この作品を読まれる前に
自分、華月の作品中ではレミリアとフランは仲が良いです。
加えて、フランの精神年齢が低めになっています。
以上の事を踏まえてお読み下さい。
午前5時30分
目覚ましが鳴り、目を覚ます。
私は目覚ましを止めて体を起こした。
昨晩はお嬢様、妹様共々が早めにお休みになられたので、私も早めに寝る事が出来た為、睡眠時間は十分に取れた。
普段の仕事合間の休憩なら、時を止めて誰にも気付かれずに休息を取れるが、睡眠時間だけはそうも行かない。
如何に時を止める能力を持っていると言っても、睡眠中までは使えない。
その為、普段は眠る前に残った作業を時を止めて一気に済ませてしまう。
そうすれば、寝ていられる時間が少しでも延びるから。
さて、着替えて身だしなみも整えたので、朝食を摂りに行きましょう。
お嬢様、及び妹様を起こす時間までに食事を終えておかないと。
午前6時30分
朝食を終えて、食堂を出た。
今日は7時に起こすようにお嬢様に言いつけられている。
お嬢様の生活サイクルは偶に逆転する。
吸血鬼なので、普段は夜の活動が多いが、昼夜が逆転する事もある。
それが顕著になったのは、俗に言う所の「紅霧異変」の後。
お嬢様が起こしたあの事件を解決した巫女、博麗霊夢の事をお嬢様は気に入り、時折遊びに出掛ける。
更に最近は妹様も活発に行動するようになり、お嬢様は妹様と行動サイクルを合わせる。
現在妹様は日中動くのがお気に入りのようで、朝起きて夜に寝ると言う、吸血鬼とは逆の生活サイクルで動いている。
因みに、日光は吸血鬼にとって大敵であるが、竹林の薬剤師、八意永琳より貰った「ヒヨケルミンS」なる薬で、日光の効果を無効化している。
尤も、その代償として能力が半減するとの事。
まぁ、お嬢様や妹様が能力半減した所で、それでも並大抵の者では到底歯が立たない。
しかし、あの薬剤師…………どんな薬でも作れるとは聞いていたけど、そんな物まで作れるとは、正直驚きだったわね。
と、そんな風に考え事をしながら歩いていると、目の前に特異的な虹色の羽を持った後姿を見つけた。
見間違う筈も無い。
妹様だわ。
「お早う御座います、妹様」
「あ、咲夜。おはよ~」
私が声を掛けると、振り向いて笑顔で妹様は挨拶をなされた。
「7時になったら起こそうと思ったのですが………ご自身で起きられたのですか?」
「うん!目覚ましって言うの使って自分で起きたよ!偉い?」
「ええ、ご立派に御座います」
私はそう言って妹様の頭をなでる。
「えへへへへ………」
妹様は嬉しそうに目を瞑る。
妹様は私の主であるお嬢様の妹。
本来なら、この様な行動は従者としてあるまじき行動であるが、お嬢様より妹様が喜ぶのなら寧ろそうしろとのお達しがある為、私もこういった行動を取っている。
しかし、妹様も変わられた。
少し前までは地下室から飛び出してきては狂気を振り撒いていたが、今ではそんな面影は微塵も無い。
これもあの半獣のお陰だろう。
最近の妹様は小さな子供のようにコロコロと表情を変える。
見ていて非常に可愛らしい。
お嬢様が過保護になるのも解る気がする。
「あ、ねぇ咲夜。お姉様はまだ起きてないの?」
「ええ、これから起こしに行く所です」
「そうなんだ。じゃあ、ご飯もまだ?」
「そうですね………お嬢様が起きられたら、直ぐにご飯にいたしますので食堂でお待ちください」
「うん!わかった!」
妹様はそう返事をするとパタパタと浮遊しながら食堂へと向かった。
さて、それではお嬢様を起こしてこないと。
コンコン………
「失礼いたします、お嬢様」
私は部屋をノックしてから声を掛ける。
が、返事は無い。
コンコン………
「お嬢様、予定より早い時刻ですが、お目覚め下さい」
部屋の中からゴソゴソと布擦れの音がする。
「ん~………何よ、咲夜…………7時に起こしなさいって言ったでしょう?」
「はい、仰られました。ですが、妹様が既に目を覚まされて食堂でお待ちです」
バタンッ!!
物凄い勢いで扉が開かれた。
「それを早く言いなさい!ほら!早く着替えさせて!!」
お嬢様はそう言うとその場でバンザーイと手を上げる。
「畏まりました。ですが、一端部屋の中へお戻りください。廊下で服を脱がれるのは、はしたなく存じます」
「解ったわよ。部屋に入るから、早くしなさい」
「はい」
私はお嬢様と共に部屋へと入り、お嬢様の着替えと身だしなみを整えて差し上げた。
午前7時
「お姉様おっそ~い!」
食堂へ現れたお嬢様に妹様が言う。
けど、口調とは違い、顔は楽しそう。
「ごめんなさいねフラン。ちょっと寝坊しちゃったみたい」
「じゃあ、罰としてお姉様のプリン私が貰うね」
「そ、それはちょっと罰が重いんじゃないかしら?フラン」
何気にお嬢様はプリンが好きだったりする。
そのプリンを取られるのはお嬢様にとって些かダメージが大きいようですね。
「嘘だよ!早く食べよ、お姉様!」
「ええ、そうしましょう」
そうしてお二人は朝食を始められた。
食事中は私はお嬢様の後ろで待機している。
ご用件を申された時に直ぐに対応できるように。
故に、私は普段、お嬢様と一緒に食事をする事は無い。
その為、自身の食事は基本的にはお嬢様より後に取っている。
食後、お嬢様は一人で休憩を取る事が多い為、その間に食事を済ませる。
尤も、お嬢様自身の休憩ではなく、食事を摂っていない私への配慮だとは解っている。
唯一、一日のサイクルの最初の食事だけは私の方が先に食べる。
それは、私の方が先に起きてお嬢様を起こすのが普通な為、その前に食事を済ませられるからだ。
午前8時・テラス
お二人は朝食を終えてそれぞれ別行動になった。
お嬢様はパチュリー様の所へ。
妹様は美鈴の所へ行くと仰られた。
現在パチュリー様はテラスで読書中との事。
お嬢様と同じように太陽の光を嫌うパチュリー様だが、このテラスは午前中は陽が入らない。
そして、午後も日が傾くまでは、収納されている日除け用の屋根を伸ばして日光を防げる仕様になっている。
厳密な意味で外に出る事は無いパチュリー様だが、このテラスに訪れる事は多い。
「おはよう、パチェ」
「おはよう、レミィ。今日も早いのね」
読んでいた本から目を上げてパチュリー様は返事をされた。
「フランから目を離す訳には行かないでしょ?」
「偶には離した方が良いんじゃないかしら?」
一理ありますね。
お嬢様は少々過保護な気がしますから………
「あの子が間違った事をしたら叱らないといけないでしょ。姉として」
「私としては娘に変な虫が付かないか心配している父親の様に見えるわ」
流石はパチュリー様。
的を射た返答ですわ。
「そんな訳無いでしょ?あっと、この紅茶貰うわよ?」
「ええ、どうぞ」
お嬢様はパチュリー様が座っている所のテーブルに置いてある紅茶を飲もうとした。
私は直ぐにポットを取ってお嬢様のカップに紅茶を注ぐ。
「ん~………良い香り」
お嬢様の言う通り、確かにこの紅茶からは良い香りがする。
「あ、そうそう。レミィ」
「何かしら?パチェ」
お嬢様は返事をすると同時に紅茶に口をつける。
「それ、トウガラシ入りだから。かなり沢山の」
「はぶぅ!?」
お嬢様はたちまち紅茶を吹き出した。
それでも、懸命にパチュリー様の方に吹かないよう、体の向きを変えたのは流石と言わざるを得ない。
-幻世・ザ・ワールド-
さて、お嬢様の苦しみを少しでも和らげる為にお水を取ってこないと。
このテーブル、他に飲み物ないみたいですし………
と言うか、パチュリー様は何を飲んでらっしゃったのかしら?
他にポットは見当たらないのに。
まぁ、今はそれよりも、水を取ってきましょう。
-ザ・ワールド解除-
「かっ!!かっ!!かっ!!からいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!と言うよりも痛い!!!咲夜!水!!水!!!」
案の定、お嬢様はのた打ち回り始めた。
はしたないですが可愛らしい。
可愛らしいですがはしたない。
それは兎も角。
「はい、ご用意してあります」
「貸して!!んぐ…んぐ…んぐ…………プハァ!!!」
お嬢様は私から水を引っ手繰る様に奪うと、一気に飲み干した。
「なんて物飲ませるのよ!パチェ!!」
「失礼ね。私は飲ませてはいないわよ」
確かに。
お嬢様が自分で飲むと言って飲んだのであり、パチュリー様は一言も勧めていない。
「しかも、教えてあげようとしたのに無視して飲むし」
「う…ぐぅ…………」
お嬢様は言い包められて黙ってしまった。
しかし、私には解っている。
パチュリー様は確実に確信犯だ。
お嬢様があの状況で呼びかけられた位じゃ、止まる事無く紅茶を飲む事は目に見えていた。
解っていて、その瞬間が来るまで声を掛けなかった。
そして、そのタイミングで忠告をする事により、己の非を消してしまう。
まさに魔女。
「普通の紅茶は無い訳?」
「今、小悪魔が取りに行ってるわ」
なるほど。
パチュリー様が飲まれていたのはその普通の紅茶と言うわけですか。
「しかし、何故トウガラシ入りの紅茶が?」
私はパチュリー様に尋ねた。
まさか、お嬢様を嵌める為だけに用意していたとは思えない。
「小悪魔の悪戯よ。偶にやるのよね、あの子」
流石小悪魔。
やる事も小悪魔的だわ。
「じゃあ、パチェも引っ掛かったの?」
「いいえ。私は怪しいと思ったら、まず小悪魔に飲ませる事にしてるから」
成る程。
それで飲まなければ何かあると言う事ですからね。
「く~………小悪魔め……あとでイジメてあげようかしら?」
お嬢様がそんな事を呟く。
「あら?ダメよレミィ。小悪魔は悪くないもの。悪いのは忠告を無視した貴女」
「ぐ…………」
流石パチュリー様。
お嬢様を簡単に手玉に取っている。
「それはそれとして、妹様を覗きに来たんでしょ?」
「覗きじゃないわ。監視よ」
「そう言う事にして置いてあげるわ」
まぁ、確かにお嬢様が妹様を見る様は監視と言うよりは覗きに近い感じがしますわ。
「で、そのフランは………っと?」
お嬢様が庭の辺りを見回して、そして視線が止まる。
私もそこを見る。
………………
はぁ………また私の仕事が増えそうだわ。
視線の先では妹様が美鈴とじゃれていた。
妹様は美鈴の胸に顔をうずめて楽しそうにしている。
美鈴もそんな妹様を笑顔で抱きとめている。
「ふぅ………ちょっと躾がなってないようね。あの中国」
溜息を吐きつつ、私はそんな事を言ったお嬢様の方を振り向く。
案の定、既にそこには居ない。
先ほど居た場所からバックジャンプして、柱に着地(?)していた。
何をしようとしているかは一目瞭然。
妹様が美鈴から離れたら直ぐにでも飛んでいく気でしょう。
と、思っていると、妹様が美鈴から離れた。
そして
「お仕置きよ、中国!!デーモン…」
-幻世・ザ・ワールド-
ですから、何度も言いますように、妹様が懐いている相手を攻撃してはお嬢様が嫌われるだけですのに。
何で、毎度毎度同じ事をなさるのでしょうか………
流石に今回は別の手段でお止めした方が良いわね。
体勢から言って、お腹に攻撃を当てる事は出来ないわ。
美鈴から習った新技、「八卦双撞掌」を試そうかと思ったけど………またの機会ね。
そんなに待たなくてもその機会は訪れるでしょうし。
お嬢様が放とうとしている技は、デーモンロードアロー。
空中から斜め下方向に向かって錐もみながら突進する技。
さて、それじゃあ今の内にお嬢様の体勢を横に180度回転させてっと………
これでよし。
斜め下を向いていたお嬢様の体勢を横に180度回転さえれば斜め上を向く。
そして、時は動き出すわ。
-ザ・ワールド解除-
「ロードアレぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?!?」
お嬢様は空へ向けて物凄い勢いで飛んで行かれた。
「あら?レミィったら、お出かけかしら?」
「そのようですわ」
「あの様子じゃ大分遠くに行ってるわね」
「ええ、加減が付いてなかったようですので」
お嬢様、加減をされないと美鈴が死んでしまいますよ。
特定の者以外になら優秀な門番なのですから、迂闊に殺さないでくださいな。
「パチュリー様~」
パチュリー様と話していると、小悪魔が戻ってきた。
「どうかしたの?小悪魔」
パチュリー様が尋ねる。
「いや、お茶を淹れようとしたんですけどね。って、咲夜さんもいらしたんですか。あれ?お嬢様はどちらですか?咲夜さんが居ると大抵一緒にお嬢様も居られると思ったんですが………はっ!?まさか倦怠期という奴ですか!?夫婦間などには良く聞きますが、主従の間でもあったりするんですね~。あ、いずれ私とパチュリー様の間にも倦怠期が訪れると言う前触れか何かですか!?いやいやいや、私とパチュリー様に限ってそんな事は………」
出たわ。
小悪魔のマシンガントーク。
喋りだしたかと思うと、凄い勢いで話し続ける。
「で、何があったの?小悪魔」
流石パチュリー様。
まったく動じずに無意味な話を切り捨てて本題を再度尋ねたわ。
「あ、そうそう。お茶を淹れにいったんですが、お茶っ葉が切れてたんですよ。何で前に入れた時に気付かなかったかって?いやいやいや、悪戯に夢中でそっちの事を忘れてたなんて事は無いですよ?そりゃあのトウガラシの匂いを消すには苦心しましたが、それとこれとは別関係です、はい。それにしてもパチュリー様はなんで解ったんですかね?飲んでみるまで解らないよう、全てにおいて工夫したつもりだったんですが………まだまだ私も未熟と言うわけですね………」
「つまり、お茶っ葉が切れてたから紅茶を淹れて来れなかったという訳ね?」
「ええ、その通りです」
本当に、よくまぁあんな風に切り返せるものね。
私では一度整理しないと会話を理解できない。
「と言う訳なんだけど、咲夜」
「解りました。用事を済ませましたら買って参りますわ」
お嬢様を拾いに行くと言う用事を済ませましたら。
「あれ?咲夜さん何かあるんですか?」
流石にこの程度の事を聞くだけなら一言で済ませてくれるようね。
「ええ、ちょっと手の離せない用事が、ね」
「出来れば早めにお願いね。お気に入りのお茶がないとちょっとテンションが下がるのよ」
普段から高く無さそうなのに、更に下がったら無気力になってしまいそうですね。
むきゅ~って感じに。
「あ、じゃあ私が行って来ますよ!いえ、別にパチュリー様のお小言から逃げようとしてる訳じゃありませんよ?確かにお茶っ葉が切れてたのを見落としたのは私のミスですが、同じく紅茶を悪戯に使うパチュリー様も同罪な訳でして、しかしてほら、妖精メイド達に行かせると何かって来るか解らないじゃないですか?だったら、ここは私の出番かと思いましてね。汚名挽回、もとい、汚名返上と言う奴ですよ。ええ、名誉挽回してみますとも!!」
本当に良く喋るわ。
と言うか、パチュリー様も悪戯なされてたんですね。
「そう?それじゃあお願いできるかしら?お嬢様の事だから、このまま散歩にしましょうとか言い出すと思うから」
「お任せ下さい!」
小悪魔はビシッと敬礼をした。
「今更だけど、咲夜。レミィは日除け薬服用しているのよね?」
「ええ、日中活動なされる時は、妹様と一緒に食後に服用していただいております」
今回のように急に飛び出す事があるので………
「そう。じゃあレミィの事お願いね」
「畏まりました」
私はパチュリー様にそう返すと、お嬢様の後を追った。
午前9時・竹林
ようやくお嬢様を発見した。
「遅いわよ、咲夜」
「申し訳ございませんお嬢様」
しかし、力が半減しているとは言え、ほぼ全速力で飛んで行ったお嬢様に人間の私がおいそれと追いつける訳は無い。
「で、また邪魔してくれたわね?」
お嬢様がジト目で睨んでくる。
とは言え、そこまで怒っている様子は無い。
「何度も申し上げてますとおり、妹様が懐かれている相手を迂闊に攻撃しては、お嬢様が嫌われるだけですよ?」
「うっさいわねぇ………」
その事が解っているから、怒っている様子は無いのでしょう。
こちらからすれば、解っているなら止めて頂きたいのですけどね。
「まぁ、いいわ。ついでだから少し散歩しましょう」
「承知いたしました」
お嬢様はそう言うと、地に足をつけて歩き出した。
日中の竹林。
サワサワと葉が風に揺らされ、多くの竹の間から陽が差し込む様は幻想的とも言える。
「ん~………偶にはこう言うのも良いわね」
「ええ、そうですね」
本当にそう思う。
「なんだ………侵入者が居るって言うから来て見れば……貴女達だったの」
ふと、背後から声が掛かる。
「ん?ああ、いつぞやの兎じゃない」
「鈴仙よ。好い加減覚えてくれないかしら?吸血鬼のお嬢様」
そこに居たのは鈴仙。
声を掛けられるまで気付かなかったのは、恐らく波長を操っていたのでしょう。
「ん?そっちの黒いのは?」
お嬢様が鈴仙の後ろに隠れている妖怪兎を見つけた。
「ああ、この娘はてゐよ」
「いつかの賽銭兎ね」
私は見覚えがあった。
確か、入れると少しだけ幸せになれると言って賽銭をねだってきた妖怪兎だわ。
まぁ、尤も、この子の場合、能力の「人間を幸せにする程度の能力」があるから、決して詐欺ではないわね。
少なくとも、博麗神社に賽銭入れるよりはご利益ありそうよね。
でも、妖怪相手だと詐欺になるのかしらね?
「それで?侵入者だって言ってたけど、私たちとやり合うつもり?」
お嬢様が鈴仙に尋ねる。
「永遠亭に侵入するつもりならそうするわよ?」
鈴仙も臆せずに返す。
「まぁ、遊んであげてもいいけど………貴女のお師匠様にはちょっと借りがあるから止めておいてあげるわ」
ヒヨケルミンSの事ですね。
「そう。まぁ、こっちとしても昼間っから貴女達みたいなのとやり合いたくないから助かるけどね」
それはそうでしょうね。
「ねぇ、なんでここに来たの?」
てゐちゃんが尋ねてきた。
よく見ると可愛いわね、この子。
「ん~………日中普通に出歩けるようになったから、今まで行かなかった所に来てみただけよ」
まぁ、美鈴に嫉妬してデーモンロードアローで吹っ飛んできましたなんて言えませんものね。
「その様子だと、師匠の薬の効果は良好のようね」
「ええ、そう伝えて置いて頂戴」
「そうするわ」
「所で、貴女の幸運にする能力。私達には効かないのかしら?」
お嬢様がてゐちゃんに話しかける。
う~ん………お嬢様とてゐちゃんが並んでると、微笑ましく見えるのは気のせいかしら?
「どうだろう?そういう話は聞いた事無いよ。人間だと効果あるのは良く聞くけどね」
「そう。まぁ良いわ。咲夜、そろそろ行くわよ」
「承知いたしました」
「ここに来るのは良いけど、くれぐれも騒ぎを起こさないでよね」
帰ろうとする私達に鈴仙が言う。
「喧嘩売られなければ騒がないわよ。子供じゃあるまいし」
説得力の無い言葉ですねぇ…………
見た目まんま子供ですからね。
「ああ、薬が足りなくなったらまた来るかもしれないから、それは伝えておいてくれるかしら?」
お嬢様が鈴仙に言う。
「伝えておくわ。それじゃあね」
鈴仙はそう返事をすると、てゐちゃんと共にスーッと姿を消した。
波長を操ったのでしょう。
「行くわよ、咲夜」
「はい」
私はお嬢様の後に付いて歩いた。
「お嬢様、何故先程はあのような事を尋ねられたのですか?」
私はお嬢様がてゐちゃんに尋ねた事を聞いてみた。
「別に……幸運なんてあって損するもんじゃないでしょ?だったら貰えるなら貰って置こうと思っただけよ」
「左様でございますか」
お嬢様もそう言うのを気になさるんですね。
「さて、折角だからのんびり歩きながら紅魔館まで帰りましょうか」
「はい。ただし、お昼には間に合わせましょう」
「そのつもりよ」
私はお嬢様と一緒に散歩しながら紅魔館へと戻った。
午前11時・紅魔館
「思ったよりも早く着いたわね」
「ええ」
確かに思ったよりも早く着きましたわ。
何せ、途中でお腹空いたと言ってお嬢様が加速なされましたから。
「まぁいいわ。咲夜、お昼用意して」
「まだ早いですわ」
「良いじゃないの」
「良くありません」
「何でよ?」
お嬢様がムッとした表情で尋ねる。
ああ、そう言う表情も可愛らしいですわ。
「良いですか?早めにお昼を取ると言う事は、今度はおやつの前にまた早めにお腹が空いてしまいます」
「それはそうね」
「そうしたら、今度はおやつを早くしろと言われるでしょう」
「ええ、言うわ」
「そうしますと、今度は夕飯前にお腹が減ってしまい、夕飯を早くしろと仰られますでしょう?」
「そうね」
「そうされますと、ドンドン時間がずれて行ってしまいます。そうなっては困りますので、今は我慢なさってください」
「貴女って本当、そう言う所五月蝿いわよね」
「褒め言葉とさせて頂きますわ」
コンマレベルまで五月蝿く言うつもりはありません。
ですが、ある程度の時間は守っていただきたいものです。
「解ったわよ、もう………それじゃ、時間までパチェの所にでも行ってるわ」
「はい。では、私は昼食の準備の方をして参ります」
「ええ、お願いね」
私はお嬢様と分かれて厨房の方へと向かった。
向かっている途中で前から小悪魔が歩いてきた。
「お帰りなさい、小悪魔。探してた物は見つかったかしら?」
「え?あ、咲夜さん?」
あら?何時ものマシンガントークが返ってこないわ。
しかも、私が話しかけるまで気付かなかったみたいだし………
「え~っと、売り切れてたみたいなんですよ。いや~参っちゃいましたね~」
無理に笑顔で取り繕うとしているけど、残念、バレバレよ。
何かあったわね。
けど、聞いても答えないでしょうね。
「そう。それじゃあ日を改めて買いに行って置くわ」
「すみません、お手数かけます」
小悪魔はそう言うと、大図書館の方へと向かった。
「パチュリー様」
「あら?咲夜じゃない。お昼の用意できたの?」
パチュリー様に話しかけたのにお嬢様の方が先に返事をなされた。
「いえ、まだです」
「私に何か用?咲夜」
漸く返事をしてくださった。
が、見ている本から視線は上げない。
因みに私は時間を止めて小悪魔より先に大図書館に先回りした。
「はい。小悪魔の事で少し」
「あの子がどうかしたの?」
小悪魔の名前が出るとパチュリー様は顔を上げられた。
なんと言うかあれね。
お嬢様>小悪魔>>>>>>>>>越えられない壁>>>>>>>>>私
って感じかしら?
もしかしたら、お嬢様=小悪魔くらいかもしれないけど
「先程帰って来たのですが、少々様子がおかしかったもので」
「どんな感じ?」
「明らかに覇気と言うか、元気が無かったですね。何時ものマシンガントークが出なかったくらいです」
「何かあったようね」
「そのようです。取り敢えず、その事だけお伝えしておこうかと思いまして」
「ありがとう。まぁ、後は本人から聞くわ」
パチュリー様がそう言うのと同時くらいに、小悪魔が大図書館へ入ってきた。
「おかえりなさい、小悪魔」
「あ、ただいま帰りましたパチュリー様。って、あれ?咲夜さん、何時の間に?」
「お嬢様に用があったので急いで来たのよ」
「そうでしたか」
「あら?小悪魔。手ぶらだけど、買い物に行ったんじゃないの?」
お嬢様、パチュリー様から聞かれたのでしょうけど………先程の会話から空気を読んでくださいな。
「え?いや、それがですね………」
「何があったの?正直に話しなさい、小悪魔」
パチュリー様がそう言う。
けど、怒っている様子は無い。
まるで、母親が子供に諭すかのように言われた。
「いや、あのですね…………途中でお財布落としちゃったんですよ。それで買い物が出来なくて…………」
さっきは品切れだって言ってたのに。
普段の小悪魔からは想像できない位、いっぱいいっぱいになってるわね。
「小悪魔」
パチュリー様が呼びかける。
「もう一度言うわ。正直に話しなさい」
流石パチュリー様。
私から品切れだったと言う話を聞いていなくても嘘だと見抜いている。
「え、え~っと………」
「小悪魔」
今度は少し睨みつけるように言う。
「あ、あの………その………」
「………こっちにいらっしゃい、小悪魔」
パチュリー様は本を閉じて小悪魔にそう呼びかける。
パチュリー様に言われて小悪魔はおずおずとパチュリー様の傍に寄る。
「怒らないから、正直に話しなさい」
「……………う……うあぁぁぁぁぁぁぁん!!ごめんなさいパチュリー様!!ごめんなさいぃぃぃ!!!」
小悪魔は、突然、パチュリー様の膝に抱き付いて泣き叫んだ。
「泣いてても解らないわ、どうしたの?」
パチュリー様は小悪魔の頭を優しく撫でながら問いかける。
「花の妖怪が………花の妖怪がぁぁぁ……………!!!」
要約すると、こうだ。
買い物はきちんと済ませたのだが、帰り道に花の妖怪、風見幽香に出会ってしまい、買ったものをカツアゲされたと言う事だ。
「うあぁぁぁぁぁん!!ごめんなさいパチュリー様ぁ!!ごめんなさいぃぃぃぃ!!!」
小悪魔は依然、パチュリー様の膝元で泣きじゃくっている。
パチュリー様はその小悪魔の頭を優しく撫で続けている。
「花の妖怪………風見幽香だったかしら?」
「ええ、そうですわ」
お嬢様の呟きを私は肯定する。
「レミィ、咲夜」
その私達にパチュリー様が問いかける。
瞬間、背筋が凍った。
改めて、自分が人間だと実感した。
これが「魔女」
魔力を込めてるわけでも、敵意を向けられている訳でもない。
それなのに、背筋が凍った。
その、怒気を孕んだ視線に。
「承知いたしました」
「解ってるわ」
後の言葉は続かなくても、パチュリー様の言いたい事は解った。
早い話が
余計な真似はするな
だ。
「咲夜、今日はこれから誰もここに立ち入らせないで頂戴」
「承知いたしましたわ」
その後の言葉も言わずとも解った。
入った奴は殺すから
そう、目が言っている。
目は口ほどに物を言うとはよく言ったものね。
「お嬢様、そろそろお昼にいたしますので、移動しましょう」
「そうね」
私はお嬢様を促して大図書館を後にした。
「それにしても、あんなに怒ったパチュリー様は初めて見ましたわ」
本気で寒気を覚えたもの。
「そうね………私も久しぶりに見たわ」
お嬢様が久しぶりだと言うのだから、もう、相当昔の事でしょう。
「その時はどの様な状況だったのですか?」
私は少し興味が沸いて尋ねてみた。
「あれは確か………そう、私が……」
「お嬢様が?」
何をなされたのかしら?
「パチェのプリンを勝手に食べた時だわ」
「は?」
今、なんと?
「だから、パチェの取っておいたプリンを勝手に食べたのよ、私が」
「そ、そんな事でですか?」
そんな馬鹿な………霧雨魔理沙にしょっちゅう本を持っていかれているのに?
「パチェは取り返しの利くものならそれ程目くじらを立てないわ。実際、魔理沙の持って言った本も損失してるわけじゃないし、あいつの言うとおり、死んでから回収すればいい訳だしね」
まぁ、確かに魔理沙よりもパチュリー様の方が長生きされるでしょうが………
魔理沙が捨食や捨虫の魔法を習得しなければの話ですが。
「しかし、プリンでとは………」
「その辺りはパチェの個人的観点だから、私には解らないわ」
私にも解りませんわ。
「それで、その時はどうなったんですか?」
「聞いてよ。酷いのよ?私が昼間寝てたら、いきなり壁に穴を開けて「偶には陽の光に当たらないと体に悪いわよ」って!」
お嬢様の場合、陽の光に当たった方が体に悪いですものねぇ………
「他にも紅茶にトウガラシ混ぜるわ、ケーキににんにく仕込むわ、果てには紅茶を聖水で淹れるわ。もう、散々よ」
すんごい陰湿な嫌がらせですね。
「時に、その時壊れた壁の穴はどうしたんですか?」
今は主に私が直してるんですが………私が居ない時はどうしてたんでしょ?
「それがねぇ………良く解らないのよ」
「解らない、とは」
気づいてたら直っていたと言う事ですか?そんな馬鹿な。
「なんかね、パチェがこう、胸の前辺りで両手を「パンッ!」て叩き合わせてから壁に手を付けたら見る見る壁が直っていったわ」
何ですか、それは…………
「なんでも錬金術の一種らしいけど、パチェに聞いても、真理がどうとか、等価交換がどうとか訳の解からない事を言ってたから良く解んなかったわね」
まぁ、確かにパチュリー様は賢者の石を精製出来るくらいですから、錬金術はマスターされているのでしょうが…………
そんな事が出来るなら、私の代わりに館の補修を行ってください…………
「しかし、パチュリー様があそこまで怒るとは…………」
小悪魔と仲が良いのは知っていたけど、あそこまで怒るとは思わなかったわ。
「まぁねぇ………ほら、パチェって強いでしょ?」
「ええ」
お嬢様と対等な位置関係に居るくらいですからね。
「そう言う存在って言うのは恐れられるか、媚びへつらわれるかなのよ」
確かにそうかも知れない。
己より圧倒的に強い存在を敵に回せばどうなるか。
少し成長した子供でも解る。
ならば、触らぬようにするか、取り入って保身を図るか。
そういった輩が多いのは当然でしょうね。
「そんな中で、あの子って結構物怖じしないでしょう?」
言われて見れば確かに。
最低限の敬意は払っているけど、基本的に砕けてるものね、あの子。
「私は対等な力を持つ友人。咲夜は私の従者。だから普通に話すのは当たり前。使い魔と言う立場はあるけれど、力も無いのにパチェの事を恐れずに近くに居てくれるあの小悪魔は、パチェにとって掛け替えの無い存在なのかもしれないわね」
確かに、例え真名を知られていなくても、小悪魔はパチュリー様の傍に居そうだわ。
傍から見てても、主と使い魔と言うよりは、仲の良い姉妹にすら見える。
「そんな小悪魔が泣かされた。パチェにとっては許し難いことなんでしょうね」
「そのようですね」
花の妖怪も強力な力を持つ事で有名だけど………
今のパチュリー様相手だと、本気で殺されかねないわね。
尤も、パチュリー様は体調が不安定だから、本当の意味で全力は出せないかもしれないけど………
「さて、咲夜。そろそろお昼にしてくれるかしら?」
「はい、ご用意してまいります」
そう言って私は厨房へと向かった。
午後1時
お嬢様と妹様は昼食を終えてお昼寝に入った。
本当は食べて直ぐ寝るのは良くないのだけれど、まぁ、吸血鬼であるあのお二人にはあまり関係がないかもしれないわね。
さて、今の内に妖精メイド達の働き加減を見ておきましょうか。
これによって私の仕事も増減する。
妖精メイド達がしっかりと働いていくれていれば、私の手間は減り、仕事が少なくなる。
けど、逆に仕事が粗いと、その尻ぬぐいを私がする羽目になり、仕事が増える。
しかも、相手は能天気な妖精。
叱ったくらいじゃ効果はまったく無い。
じゃあ、痛めつければ良いかと言えば、それも無意味。
結果としてその妖精は逃げ、他の新しい妖精を雇う羽目になる。
そして、また同じ事の繰り返し。
あぁ………少し頭が痛くなってきたわ。
「咲夜さ~ん!」
突然、一匹の妖精が慌ててこちらに飛んできた。
何か壊した……って事は無いわね。
何か壊したら絶対素知らぬ振りを通す種族だから。
と言う事は、思いつく事は一つ。
「モノクロがやってきました~!!」
モノクロ=黒と白。
つまり、黒と白の魔法使い、霧雨魔理沙の襲来。
ああ、もう………今日は本気でご退場願わないと………
魔理沙が突っ込んで言ってパチュリー様に殺されるのは自業自得としても、そのとばっちりをこちらが被るのは御免だわ。
それにまぁ、見知った顔が殺されるのを見てるのも夢見が悪いものねぇ………
「抵抗せずに通しなさい」
「え?良いんですか?」
何時もは適当に妨害しろと言ってある。
基本的に美鈴以外にまともに魔理沙とやり合っているのはパチュリー様だけ。
私は滅多に戦わない。
なんせ、私が魔理沙とドンパチし始めたら紅魔館に多大な損害が出るわ。
穴が開くのよ。
紅魔館と私の胃に。
けど、今日は流石に、ね。
暫くしたら魔理沙がやってきた。
「止まりなさい」
「お、珍しいな。珍しく周りの抵抗が無いと思ったら、お前が相手をするのか?」
魔理沙は止まって答える。
流石に、私相手に突進してくるほど馬鹿ではない。
「警告するわ。今日は大人しく帰って頂戴」
「それを聞いて私が帰ると思うか?」
「だったら続きを聞きなさい」
「続きがあるのか?」
魔理沙も私もお互いの動きに警戒をしながら言葉を交わす。
「今日はパチュリー様の虫の居所が悪い……と言うか、最悪なのよ。どこかの馬鹿がパチュリー様の逆鱗に触れちゃってね」
「そいつは怖いな。けど、滅多に見れないパチュリーの本気が見れるってことだろう?こんな機会は滅多に無いぜ」
死にたいのかしら?この娘は。
「と、言いたい所だがな。流石に私もそこまで空気読まずな馬鹿じゃない」
「それは良かったわ」
ええ、色々な意味で、本当に。
「それにまぁ、パチュリーの奴も私に警告してるしな」
あら?
さっきからずっとパチュリー様の魔力が渦巻いてて解らなかったけど、確かに今はこちらに向かって一際強く魔力を発せられてる。
「邪魔すんな、だとさ」
「ええ、パチュリー様もそう言ってたわ」
目で、だけど。
「仕方がないな。日を改める事にするぜ」
「そうしなさいな。出来れば、侵入者としては来ないで欲しいんだけど?」
普通の客としてくる分には、パチュリー様が文句を言わない限り拒むつもりは無い。
なんだかんだと言って、パチュリー様も、その場で本を読んでいくだけの「客」としての魔理沙なら拒む事は無い。
けど、殆どの場合は本を「借り」に侵入してくる。
まったく………毎度毎度、暴れられた後の後片付けは誰がやってると思ってるのかしらね?
「善処するぜ」
「まったく期待しないでおくわ」
ええ、そりゃもう、これっぽっちも。
「酷い話だな。っと、そうそう。これを返しておいてくれないか?」
そう言って、魔理沙は私に本を差し出した。
「珍しいわね、貴女が本を返すなんて」
そんな事例、過去に数えるほどしかないわ。
「ちょっとな、問題のある本だったんだよ」
問題のある本?
題名には「できる!属性魔法!!」と書いてあるわね。
なんで問題があったのかしら?
まぁ、私には興味の無い書物だから別に良いけど。
折を見てパチュリー様に返しておきましょう。
「さて、それじゃあ私は帰るとするぜ」
「ええ、気を付けて帰りなさい」
「ああ、じゃあな」
そう言って魔理沙は身を翻して館から出て行った。
午後2時
お嬢様と妹様の様子を見てきたけど、ぐっすりと眠っていた。
あの様子では暫く目は覚まさないでしょう。
なら、今の内に仕事を片付けておきましょう。
私は館内を巡り歩いていた。
すると
「ちょっと、そこの妖精」
「は、はい!?」
「な、なんですか!?」
あら?見れなれない顔ね………
まぁ、不思議じゃないわね。
この館は妖精メイドの入れ替わりが異常に激しいから。
それは兎も角。
「そっちは大図書館よ。今、パチュリー様は虫の居所が最悪だから、迂闊に行くと死ぬわよ?」
全妖精メイドに伝えたはずなんだけど………妖精の頭は鶏と一緒なのかしら?
「あ、そ、そうでした!」
「し、失礼しました~!!」
そう言うと、三匹の妖精は去って行った。
「だから止めようっていったじゃないのよ!サニー!!」
「あと少しで危なかったわね~」
「何暢気に言ってるのよ!そう言うのの察知はスターの役目でしょ!?」
何か叫んで居るけど、まぁ、妖精の戯言でしょう。
さ、私も仕事をしないとね。
午後5時
お嬢様が昼寝をしている間に、仕事をあらかた片付けた。
そして、ふと思い出した。
パチュリー様の紅茶の買出しに行ってなかったわ。
今からでも間に合うわね。
お嬢様はまだ寝ておられるようだし………
ささっと行ってきちゃおうかしら。
私は紅魔館の門をくぐって外に出る。
美鈴は今日は非番だったわね。
まぁ、非番と言っても、館内に居る時に侵入者が現れれば引っ張り出されるのだけど。
別に非番なのだから、その時館内に居なくてもお咎めはない。
じゃないと、一生缶詰になっちゃうものね………
それに、まぁ……お嬢様と妹様の住むこの紅魔館に侵入を試みる馬鹿はそうそう居ないわ。
道を歩いていたら、その門番が前から歩いてきた。
「あら、美鈴。おかえりなさい………って、どうしたの?」
近づいてみると、美鈴は服が所々破けていた。
出血もしている。
「あ、咲夜さん。これですか?いや~、ちょっと大勢の妖怪に囲まれましてね。少しだけ手間取っちゃいましたよ」
笑いながら美鈴は答える。
まぁ、大した怪我はなさそうだし、体の心配はしなくても良さそうだけど………
「まぁ、良いわ。貴女はウチの唯一の門番なんだから、勤務外で下手な怪我をしないようにしなさい」
「ええ、気をつけます」
罰の悪そうな笑顔で美鈴はそう返す。
「所で、咲夜さんはどちらに?」
「ちょっと里まで買い物よ」
「そうでしたか。では、私は先に戻ってますね」
「ええ」
そうして私は美鈴と別れた。
………嘘を吐いてたわね、美鈴。
徒党を組むような低級妖怪に美鈴の肌に傷なんて付けられっこない。
美鈴は硬気功という気功を使えば、体を鉄の様に硬質化する事ができる。
その体に傷を付けるのは容易ではない。
私のナイフは特殊加工してあるから、単純な物理防御は貫くけど。
あの娘は物理防御は高くても魔法防御はてんでダメだから。
しかし、その硬い体をあの傷跡は切り裂いていた。
風のカマイタチなら出来なくもないと思うけど……それなら、もっと服がズタズタになってるでしょうしね。
第一、そんな魔法使える相手が美鈴相手に接近戦を挑むとは思えない。
遠距離からそれを使っていればいいのだから。
美鈴が武術の達人なのは有名なんだし。
つまり、あの傷は接近戦において付けられた。
並みの相手ではない……けど、あの程度の傷しか負っていないという事は、美鈴が勝ったんでしょうね。
一体何と戦ってのかしら?
まさか、また風見幽香?
………ありえないわね。
風見幽香と戦ったらあんなもので済むわけが無い。
それに、第一、あの妖怪は切り裂くような攻撃は無かったと思った。
まぁ、考えても無駄ね。
私は私の用事をさっさと済ませましょう。
午後6時
そろそろお嬢様を起こそうかと館内を歩いていると、また来客者が現れた。
「こんばんわ、十六夜咲夜」
「ええ、こんばんわ。アリス・マーガトロイド」
七色の魔法使い、人形使いのアリスだわ。
「ちょっと借りたい本があって来たんだけど………」
アリスはそう言って視線を私の後ろに送り
「止めておくわ。すっごく機嫌悪そうな顔してるもの」
それが賢明ね。
…………顔?
私は後ろを振り向いた。
そこには、アリスの言うとおり、とても機嫌が悪そうな顔をしたパチュリー様が居た。
「…お出掛け、のようですね。パチュリー様」
「ええ、出かけてくるわ。図書館には誰も入れないで頂戴」
アリスにも聞こえるように私に向かってパチュリー様は言う。
「承知いたしました」
「それは残念ね。じゃあ、借りた本だけメイドに渡して私は帰るわ」
「ええ、そうして頂戴」
この辺りは、何時もどおり抑揚の無い喋り方で答えるパチュリー様。
「その前に、差し入れよ」
そう言って、アリスはパチュリー様に何かを差し出す。
「その様子だと体力使う事するんでしょ?悪くない物だと思うわよ」
アリスが差し出したのは所謂栄養ドリンク。
恐らくは、八意製薬でしょうね。
「良い差し入れだわ。これで久しぶりに掛け値なしの全力が出せそうね………」
そう言って、パチュリー様は受け取った栄養ドリンクを飲み干す。
「………まずっ」
「美味しくは無いでしょうね」
まぁ、栄養ドリンクですからね。
「じゃあ、行って来るわ」
「はい、お気をつけて」
「良く解らないけど、行ってらっしゃい」
私とアリスに見送られてパチュリー様は外へと飛び立った。
それにしても………賢者の石にロイヤルフレアまで持ち出してたわ。
本当に殺されるわね、あの妖怪。
「さて、それじゃあ私は帰るわ」
「ええ。今度来たらお茶くらいはご馳走するわよ」
「あら?客人にお茶を出すのは当然じゃない?」
「取って置きの、よ」
「期待させてもらうわ。それじゃあね」
そう言ってアリスは帰っていった。
午後7時
この時間になって漸くお嬢様が起きられた。
因みに、妹様はまだ寝ている。
「ん~……やっぱり、連日日光の下で活動してると疲れ溜まるのかしら?」
かもしれませんわね。
「で、パチェは?」
「行かれました」
「そう」
「幻想郷から強力な妖怪が一体、消える事になるかも知れませんわね」
「ま、パチェを怒らせたんだから当然ね」
自業自得。
触らぬ神に何とやら。
その神に触れてしまったのなら、後に待つのは裁きのみ。
同情の余地は無いわ。
「で、咲夜」
「はい」
「お腹空いたわ」
「少々お待ちくださいませ」
厨房に行って妖精メイド達に作らせてこないと。
食事の準備が整うまで待つ事30分。
「そろそろかしら?」
「ええ…………あら?」
向こうの空が光った?
「どうしたの?咲夜」
お嬢様も私と同じ方を見る。
あの光は………
「ロイヤルフレア?パチェったらこんな所で戦闘してたの?」
「いえ、先程までは感じてませんでしたが………」
「………それもそうね」
あら?今見えたあのスペルはパチュリー様のものじゃない……花の妖怪の物でもない。
あれは……あの「蝶」は……!
「西行寺幽々子?なんであいつが?」
かと思ったら、今度はレーザーの様な物が夜空を引き裂いた。
「今度はあの隙間の式のじゃない。どういう事よ?」
お嬢様は目を凝らす。
生憎と、私ではここからは見えない。
「何あれ?」
「どうなさいました?」
状況を教えて頂きたいですわ。
「花の妖怪に対して、パチェと幽々子、それに式に………蓬莱人二人?」
あの妖怪、他でも手を出してたというの?
呆れるわ。
………呆れる?
ちょっと待って。
パチュリー様が外出されたのは6時過ぎ。
そこから花の妖怪の所まで1時間ほど経ったとしても、あの面子相手に30分近くも凌いでいる!?
そんな馬鹿な………あの妖怪、それ程の力を!?
「まさか……それだけの者を相手にして、無事で済むほどあの妖怪は強いと?」
「ん~………違うわ。確かに、あいつも相当の力持ってるけど、普通ならあの面子相手に持つ訳無いわ」
「では、何故?」
「言ったでしょう?普通なら、よ。パチェ見たでしょ?あのパチェが「普通」に見えた?」
そう言えば……完全に頭に血が上ってるような状態でしたね。
「他の連中も……蓬莱人二人は兎も角、幽々子と式も頭に血が上ってるっぽいわ。お互いがお互いを邪魔してる」
「邪魔を?」
「正確には邪魔をするつもりは無いんでしょうけどね。自分の手であの妖怪を痛い目に遭わせたいって言う気持ちが強いのよ。だから、まるで協力していない」
「なるほど……それでは、お互いの強力な力が返ってお互いを妨害しあっていると?」
「ええ。そして、あの妖怪はそれを解っていて、上手くその状況を利用して避けてるわ」
何としたたかな………
「パチェも……ああ、ダメね。もう少しで幽々子の蝶が追い詰めてたのに、パチェがロイヤルフレアで掻き消しちゃったわ」
「はぁ……しかし、あのロイヤルフレアをまともに浴びれば、流石に落ちるのでは?」
「あいつの傘、確か防御にも使えたそうね」
「まさか、それで?」
「傘で防御すると同時にスペルも放ったわ。防御+相殺、加えて幽々子の蝶も相殺に一役買っちゃったから、結果としてダメージほぼ無し。あいつ、かなり戦い慣れしてるわね」
「まるでバラバラですね」
「あんなんじゃ倒せる相手だって倒せないわよ。ああ、今度はパチェのノンディクショナルレーザーと式のレーザー見たいのが打ち消し合っちゃったわ」
「………美鈴辺りをパチュリー様のお迎えに出した方がよろしいですかね?」
「そうね……あの様子だと、多分仕留められないわ。それに、例え仕留めても相当消耗してるでしょうね。まったく、らしくないわね」
珍しくお嬢様がパチュリー様に悪態を吐く。
「ま、手を出すなって言われてるし、ご飯でも食べて待ちましょう」
「承知しました。では、私は美鈴の方に出迎えの旨を伝えてきます」
「ええ、お願いね。」
午後9時
美鈴がパチュリー様を負ぶって帰ってきた。
「お帰りなさい、パチェ。中国、ご苦労」
「はい」
美鈴はパチュリー様を背負ったまま敬礼する。
「気分は晴れて………無いわよねぇ」
ものすっごい不機嫌な顔してますからね。
「邪魔さえ入らなければ、あの程度の妖怪………!!」
「取り敢えず、今日の所は休みなさい。心配し過ぎてあっちへウロウロこっちへウロウロしてる使い魔見るのも飽きたから」
小悪魔はパチュリー様が心配なあまり、落ち着かずにウロウロウロウロ図書館内だけでなく、館内まで歩き回っていた。
「………そうするわ」
ムスッとしながらも、小悪魔の事が話題に出た事で、パチュリー様も少し収まった。
「もう歩けるわ。下ろして中国」
「はい」
言われて美鈴がパチュリー様を下ろす。
本音は、負ぶったまま帰って来たら、また小悪魔が心配するからでしょうね。
「そう言えば、パチュリー様。霧雨魔理沙がこの本を返却されました」
そう言って、私は昼間に魔理沙から受け取った本をパチュリー様に渡す。
「ああ、これ?魔理沙は特に何も言ってなかった?」
「ちょっと問題のある本だった、と言っておりました」
「それだけ?」
「はい」
「失敗ね」
「え?」
何が失敗なのでしょうか?
「この本の最後を見なさい」
最後……あとがきの事ね。
何々………………………
「咲夜、なんて書いてあるの?」
お嬢様が浮かび上がって覗き込んでくる。
これは……なんとも…………
「魔理沙をハメようと思ったんだけど、失敗ね」
あとがきには「ただし魔法は尻から出る」と書かれていた。
「うわ~………これは流石にイヤよね」
これは、確かに問題ありですわね。
「残念だわ。お尻からマスタースパークを噴出して空を飛ぶ魔理沙が見れると思ったのに」
-幻世・ザ・ワールド-
ちょっ………パチュリー様………!!
とんでもない事いきなり言わないで下さい!!
そ、想像したら、わ…笑いが………!!!
少女抱腹中
あ~………いきなりとんでもない事言われるものだから、思わず笑ってしまったわ。
しかし、完全にして瀟洒な従者として、そんな姿を主はもとより、他の方にも見せるわけには行かない。
さて、ひとしきり笑ったし、そろそろ時間を動かしましょう。
-ザ・ワールド解除-
「ぷ……あははははははははは!!!パ、パチェ……!!いきなり変なの想像させるような事言わないでよ!!」
時間を動かしたら、お嬢様も爆笑なされた。
「実際に見れないのが実に残念だわ」
「あははははははははは!!!」
お嬢様はお腹を抱えながら寝転がって足をバタバタさせている。
相当壷に入ったようですわね。
「それにしても、咲夜はなんとも思わないのね?」
「いえ、十分面白いと思いますわ」
思いっきり笑わせていただきましたし。
「そう?ああ、もしかして時間を止めてる間に笑ってたとか?」
鋭い。
流石ですわね。
「そんな事に能力は使いませんわ」
しかし、そう言う事にしておかないと。
「そう……まぁ、そう言う事にしておいてあげるわ」
バレてる?
まぁ、パチュリー様なら気付いててもおかしくないわね。
足元で未だに爆笑しているお嬢様は恐らく気が付いていないでしょうけど。
「そうそう、咲夜」
「はい?」
「後で紅茶持ってきてくれるかしら?例の奴を」
「眠る前に紅茶を飲むと寝辛くなりますよ?」
「これだけ疲れてればそんなの効果ないわ。良いから持ってきて。二人分」
「畏まりました」
「ああ、それなら私も…」
「お嬢様、そろそろ妹様が起きなければいけない時間ですから、起こしていただけますか?」
空気読みましょうよ、お嬢様………
「え?あ、もうそんな時間?そうね。姉として起こしてあげないといけないわね」
そう言ってお嬢様は妹様の部屋へと向かわれた。
背中の羽が嬉しそうにピクピクと動いているのが、なんともカリスマに欠ける後姿ですね。
「悪いわね、咲夜。レミィは昔からああ言う所があってね………」
「心中お察しします」
「まぁ、暫くは大人しくしてるわ。ちょっと力を見せ過ぎたのもあるし」
確かに、頭に血が上って多分、その辺りの加減も効いていなかったのでしょう。
「では、早く中で心配で死にそうにしている小悪魔を安心させてあげてください」
「大袈裟なのよ、あの子は」
「それだけパチュリー様が大事なのでしょう」
「どうかしらね」
プイッと顔を背けてそう言ったパチュリー様の横顔は少し赤かった。
明日は例の上白沢慧音の妹様の家庭教師があるので、今日は昼夜逆転してた生活サイクルを戻していただいた。
なので、これからまた朝まで起きて居なければならない。
人間の私にとっては、ちょっと辛いわ。
けど、お嬢様に仕える事は私の至上の喜び。
それを考えれば徹夜の一つや二つ、苦にはならない。
けれど、お嬢様。
欲を言えば、もう少し、私がお止するような行動は慎んでいただけませんか?
と言っても、まぁ…………
「ふふ………貴女の運命を貫いてあげるわ!!ワーハクタク!!!スピア・ザ・グング…」
「八卦双撞掌!!」
「ふぐぅ!?」
…………無駄なんでしょうけどね………
自分、華月の作品中ではレミリアとフランは仲が良いです。
加えて、フランの精神年齢が低めになっています。
以上の事を踏まえてお読み下さい。
午前5時30分
目覚ましが鳴り、目を覚ます。
私は目覚ましを止めて体を起こした。
昨晩はお嬢様、妹様共々が早めにお休みになられたので、私も早めに寝る事が出来た為、睡眠時間は十分に取れた。
普段の仕事合間の休憩なら、時を止めて誰にも気付かれずに休息を取れるが、睡眠時間だけはそうも行かない。
如何に時を止める能力を持っていると言っても、睡眠中までは使えない。
その為、普段は眠る前に残った作業を時を止めて一気に済ませてしまう。
そうすれば、寝ていられる時間が少しでも延びるから。
さて、着替えて身だしなみも整えたので、朝食を摂りに行きましょう。
お嬢様、及び妹様を起こす時間までに食事を終えておかないと。
午前6時30分
朝食を終えて、食堂を出た。
今日は7時に起こすようにお嬢様に言いつけられている。
お嬢様の生活サイクルは偶に逆転する。
吸血鬼なので、普段は夜の活動が多いが、昼夜が逆転する事もある。
それが顕著になったのは、俗に言う所の「紅霧異変」の後。
お嬢様が起こしたあの事件を解決した巫女、博麗霊夢の事をお嬢様は気に入り、時折遊びに出掛ける。
更に最近は妹様も活発に行動するようになり、お嬢様は妹様と行動サイクルを合わせる。
現在妹様は日中動くのがお気に入りのようで、朝起きて夜に寝ると言う、吸血鬼とは逆の生活サイクルで動いている。
因みに、日光は吸血鬼にとって大敵であるが、竹林の薬剤師、八意永琳より貰った「ヒヨケルミンS」なる薬で、日光の効果を無効化している。
尤も、その代償として能力が半減するとの事。
まぁ、お嬢様や妹様が能力半減した所で、それでも並大抵の者では到底歯が立たない。
しかし、あの薬剤師…………どんな薬でも作れるとは聞いていたけど、そんな物まで作れるとは、正直驚きだったわね。
と、そんな風に考え事をしながら歩いていると、目の前に特異的な虹色の羽を持った後姿を見つけた。
見間違う筈も無い。
妹様だわ。
「お早う御座います、妹様」
「あ、咲夜。おはよ~」
私が声を掛けると、振り向いて笑顔で妹様は挨拶をなされた。
「7時になったら起こそうと思ったのですが………ご自身で起きられたのですか?」
「うん!目覚ましって言うの使って自分で起きたよ!偉い?」
「ええ、ご立派に御座います」
私はそう言って妹様の頭をなでる。
「えへへへへ………」
妹様は嬉しそうに目を瞑る。
妹様は私の主であるお嬢様の妹。
本来なら、この様な行動は従者としてあるまじき行動であるが、お嬢様より妹様が喜ぶのなら寧ろそうしろとのお達しがある為、私もこういった行動を取っている。
しかし、妹様も変わられた。
少し前までは地下室から飛び出してきては狂気を振り撒いていたが、今ではそんな面影は微塵も無い。
これもあの半獣のお陰だろう。
最近の妹様は小さな子供のようにコロコロと表情を変える。
見ていて非常に可愛らしい。
お嬢様が過保護になるのも解る気がする。
「あ、ねぇ咲夜。お姉様はまだ起きてないの?」
「ええ、これから起こしに行く所です」
「そうなんだ。じゃあ、ご飯もまだ?」
「そうですね………お嬢様が起きられたら、直ぐにご飯にいたしますので食堂でお待ちください」
「うん!わかった!」
妹様はそう返事をするとパタパタと浮遊しながら食堂へと向かった。
さて、それではお嬢様を起こしてこないと。
コンコン………
「失礼いたします、お嬢様」
私は部屋をノックしてから声を掛ける。
が、返事は無い。
コンコン………
「お嬢様、予定より早い時刻ですが、お目覚め下さい」
部屋の中からゴソゴソと布擦れの音がする。
「ん~………何よ、咲夜…………7時に起こしなさいって言ったでしょう?」
「はい、仰られました。ですが、妹様が既に目を覚まされて食堂でお待ちです」
バタンッ!!
物凄い勢いで扉が開かれた。
「それを早く言いなさい!ほら!早く着替えさせて!!」
お嬢様はそう言うとその場でバンザーイと手を上げる。
「畏まりました。ですが、一端部屋の中へお戻りください。廊下で服を脱がれるのは、はしたなく存じます」
「解ったわよ。部屋に入るから、早くしなさい」
「はい」
私はお嬢様と共に部屋へと入り、お嬢様の着替えと身だしなみを整えて差し上げた。
午前7時
「お姉様おっそ~い!」
食堂へ現れたお嬢様に妹様が言う。
けど、口調とは違い、顔は楽しそう。
「ごめんなさいねフラン。ちょっと寝坊しちゃったみたい」
「じゃあ、罰としてお姉様のプリン私が貰うね」
「そ、それはちょっと罰が重いんじゃないかしら?フラン」
何気にお嬢様はプリンが好きだったりする。
そのプリンを取られるのはお嬢様にとって些かダメージが大きいようですね。
「嘘だよ!早く食べよ、お姉様!」
「ええ、そうしましょう」
そうしてお二人は朝食を始められた。
食事中は私はお嬢様の後ろで待機している。
ご用件を申された時に直ぐに対応できるように。
故に、私は普段、お嬢様と一緒に食事をする事は無い。
その為、自身の食事は基本的にはお嬢様より後に取っている。
食後、お嬢様は一人で休憩を取る事が多い為、その間に食事を済ませる。
尤も、お嬢様自身の休憩ではなく、食事を摂っていない私への配慮だとは解っている。
唯一、一日のサイクルの最初の食事だけは私の方が先に食べる。
それは、私の方が先に起きてお嬢様を起こすのが普通な為、その前に食事を済ませられるからだ。
午前8時・テラス
お二人は朝食を終えてそれぞれ別行動になった。
お嬢様はパチュリー様の所へ。
妹様は美鈴の所へ行くと仰られた。
現在パチュリー様はテラスで読書中との事。
お嬢様と同じように太陽の光を嫌うパチュリー様だが、このテラスは午前中は陽が入らない。
そして、午後も日が傾くまでは、収納されている日除け用の屋根を伸ばして日光を防げる仕様になっている。
厳密な意味で外に出る事は無いパチュリー様だが、このテラスに訪れる事は多い。
「おはよう、パチェ」
「おはよう、レミィ。今日も早いのね」
読んでいた本から目を上げてパチュリー様は返事をされた。
「フランから目を離す訳には行かないでしょ?」
「偶には離した方が良いんじゃないかしら?」
一理ありますね。
お嬢様は少々過保護な気がしますから………
「あの子が間違った事をしたら叱らないといけないでしょ。姉として」
「私としては娘に変な虫が付かないか心配している父親の様に見えるわ」
流石はパチュリー様。
的を射た返答ですわ。
「そんな訳無いでしょ?あっと、この紅茶貰うわよ?」
「ええ、どうぞ」
お嬢様はパチュリー様が座っている所のテーブルに置いてある紅茶を飲もうとした。
私は直ぐにポットを取ってお嬢様のカップに紅茶を注ぐ。
「ん~………良い香り」
お嬢様の言う通り、確かにこの紅茶からは良い香りがする。
「あ、そうそう。レミィ」
「何かしら?パチェ」
お嬢様は返事をすると同時に紅茶に口をつける。
「それ、トウガラシ入りだから。かなり沢山の」
「はぶぅ!?」
お嬢様はたちまち紅茶を吹き出した。
それでも、懸命にパチュリー様の方に吹かないよう、体の向きを変えたのは流石と言わざるを得ない。
-幻世・ザ・ワールド-
さて、お嬢様の苦しみを少しでも和らげる為にお水を取ってこないと。
このテーブル、他に飲み物ないみたいですし………
と言うか、パチュリー様は何を飲んでらっしゃったのかしら?
他にポットは見当たらないのに。
まぁ、今はそれよりも、水を取ってきましょう。
-ザ・ワールド解除-
「かっ!!かっ!!かっ!!からいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!と言うよりも痛い!!!咲夜!水!!水!!!」
案の定、お嬢様はのた打ち回り始めた。
はしたないですが可愛らしい。
可愛らしいですがはしたない。
それは兎も角。
「はい、ご用意してあります」
「貸して!!んぐ…んぐ…んぐ…………プハァ!!!」
お嬢様は私から水を引っ手繰る様に奪うと、一気に飲み干した。
「なんて物飲ませるのよ!パチェ!!」
「失礼ね。私は飲ませてはいないわよ」
確かに。
お嬢様が自分で飲むと言って飲んだのであり、パチュリー様は一言も勧めていない。
「しかも、教えてあげようとしたのに無視して飲むし」
「う…ぐぅ…………」
お嬢様は言い包められて黙ってしまった。
しかし、私には解っている。
パチュリー様は確実に確信犯だ。
お嬢様があの状況で呼びかけられた位じゃ、止まる事無く紅茶を飲む事は目に見えていた。
解っていて、その瞬間が来るまで声を掛けなかった。
そして、そのタイミングで忠告をする事により、己の非を消してしまう。
まさに魔女。
「普通の紅茶は無い訳?」
「今、小悪魔が取りに行ってるわ」
なるほど。
パチュリー様が飲まれていたのはその普通の紅茶と言うわけですか。
「しかし、何故トウガラシ入りの紅茶が?」
私はパチュリー様に尋ねた。
まさか、お嬢様を嵌める為だけに用意していたとは思えない。
「小悪魔の悪戯よ。偶にやるのよね、あの子」
流石小悪魔。
やる事も小悪魔的だわ。
「じゃあ、パチェも引っ掛かったの?」
「いいえ。私は怪しいと思ったら、まず小悪魔に飲ませる事にしてるから」
成る程。
それで飲まなければ何かあると言う事ですからね。
「く~………小悪魔め……あとでイジメてあげようかしら?」
お嬢様がそんな事を呟く。
「あら?ダメよレミィ。小悪魔は悪くないもの。悪いのは忠告を無視した貴女」
「ぐ…………」
流石パチュリー様。
お嬢様を簡単に手玉に取っている。
「それはそれとして、妹様を覗きに来たんでしょ?」
「覗きじゃないわ。監視よ」
「そう言う事にして置いてあげるわ」
まぁ、確かにお嬢様が妹様を見る様は監視と言うよりは覗きに近い感じがしますわ。
「で、そのフランは………っと?」
お嬢様が庭の辺りを見回して、そして視線が止まる。
私もそこを見る。
………………
はぁ………また私の仕事が増えそうだわ。
視線の先では妹様が美鈴とじゃれていた。
妹様は美鈴の胸に顔をうずめて楽しそうにしている。
美鈴もそんな妹様を笑顔で抱きとめている。
「ふぅ………ちょっと躾がなってないようね。あの中国」
溜息を吐きつつ、私はそんな事を言ったお嬢様の方を振り向く。
案の定、既にそこには居ない。
先ほど居た場所からバックジャンプして、柱に着地(?)していた。
何をしようとしているかは一目瞭然。
妹様が美鈴から離れたら直ぐにでも飛んでいく気でしょう。
と、思っていると、妹様が美鈴から離れた。
そして
「お仕置きよ、中国!!デーモン…」
-幻世・ザ・ワールド-
ですから、何度も言いますように、妹様が懐いている相手を攻撃してはお嬢様が嫌われるだけですのに。
何で、毎度毎度同じ事をなさるのでしょうか………
流石に今回は別の手段でお止めした方が良いわね。
体勢から言って、お腹に攻撃を当てる事は出来ないわ。
美鈴から習った新技、「八卦双撞掌」を試そうかと思ったけど………またの機会ね。
そんなに待たなくてもその機会は訪れるでしょうし。
お嬢様が放とうとしている技は、デーモンロードアロー。
空中から斜め下方向に向かって錐もみながら突進する技。
さて、それじゃあ今の内にお嬢様の体勢を横に180度回転させてっと………
これでよし。
斜め下を向いていたお嬢様の体勢を横に180度回転さえれば斜め上を向く。
そして、時は動き出すわ。
-ザ・ワールド解除-
「ロードアレぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?!?」
お嬢様は空へ向けて物凄い勢いで飛んで行かれた。
「あら?レミィったら、お出かけかしら?」
「そのようですわ」
「あの様子じゃ大分遠くに行ってるわね」
「ええ、加減が付いてなかったようですので」
お嬢様、加減をされないと美鈴が死んでしまいますよ。
特定の者以外になら優秀な門番なのですから、迂闊に殺さないでくださいな。
「パチュリー様~」
パチュリー様と話していると、小悪魔が戻ってきた。
「どうかしたの?小悪魔」
パチュリー様が尋ねる。
「いや、お茶を淹れようとしたんですけどね。って、咲夜さんもいらしたんですか。あれ?お嬢様はどちらですか?咲夜さんが居ると大抵一緒にお嬢様も居られると思ったんですが………はっ!?まさか倦怠期という奴ですか!?夫婦間などには良く聞きますが、主従の間でもあったりするんですね~。あ、いずれ私とパチュリー様の間にも倦怠期が訪れると言う前触れか何かですか!?いやいやいや、私とパチュリー様に限ってそんな事は………」
出たわ。
小悪魔のマシンガントーク。
喋りだしたかと思うと、凄い勢いで話し続ける。
「で、何があったの?小悪魔」
流石パチュリー様。
まったく動じずに無意味な話を切り捨てて本題を再度尋ねたわ。
「あ、そうそう。お茶を淹れにいったんですが、お茶っ葉が切れてたんですよ。何で前に入れた時に気付かなかったかって?いやいやいや、悪戯に夢中でそっちの事を忘れてたなんて事は無いですよ?そりゃあのトウガラシの匂いを消すには苦心しましたが、それとこれとは別関係です、はい。それにしてもパチュリー様はなんで解ったんですかね?飲んでみるまで解らないよう、全てにおいて工夫したつもりだったんですが………まだまだ私も未熟と言うわけですね………」
「つまり、お茶っ葉が切れてたから紅茶を淹れて来れなかったという訳ね?」
「ええ、その通りです」
本当に、よくまぁあんな風に切り返せるものね。
私では一度整理しないと会話を理解できない。
「と言う訳なんだけど、咲夜」
「解りました。用事を済ませましたら買って参りますわ」
お嬢様を拾いに行くと言う用事を済ませましたら。
「あれ?咲夜さん何かあるんですか?」
流石にこの程度の事を聞くだけなら一言で済ませてくれるようね。
「ええ、ちょっと手の離せない用事が、ね」
「出来れば早めにお願いね。お気に入りのお茶がないとちょっとテンションが下がるのよ」
普段から高く無さそうなのに、更に下がったら無気力になってしまいそうですね。
むきゅ~って感じに。
「あ、じゃあ私が行って来ますよ!いえ、別にパチュリー様のお小言から逃げようとしてる訳じゃありませんよ?確かにお茶っ葉が切れてたのを見落としたのは私のミスですが、同じく紅茶を悪戯に使うパチュリー様も同罪な訳でして、しかしてほら、妖精メイド達に行かせると何かって来るか解らないじゃないですか?だったら、ここは私の出番かと思いましてね。汚名挽回、もとい、汚名返上と言う奴ですよ。ええ、名誉挽回してみますとも!!」
本当に良く喋るわ。
と言うか、パチュリー様も悪戯なされてたんですね。
「そう?それじゃあお願いできるかしら?お嬢様の事だから、このまま散歩にしましょうとか言い出すと思うから」
「お任せ下さい!」
小悪魔はビシッと敬礼をした。
「今更だけど、咲夜。レミィは日除け薬服用しているのよね?」
「ええ、日中活動なされる時は、妹様と一緒に食後に服用していただいております」
今回のように急に飛び出す事があるので………
「そう。じゃあレミィの事お願いね」
「畏まりました」
私はパチュリー様にそう返すと、お嬢様の後を追った。
午前9時・竹林
ようやくお嬢様を発見した。
「遅いわよ、咲夜」
「申し訳ございませんお嬢様」
しかし、力が半減しているとは言え、ほぼ全速力で飛んで行ったお嬢様に人間の私がおいそれと追いつける訳は無い。
「で、また邪魔してくれたわね?」
お嬢様がジト目で睨んでくる。
とは言え、そこまで怒っている様子は無い。
「何度も申し上げてますとおり、妹様が懐かれている相手を迂闊に攻撃しては、お嬢様が嫌われるだけですよ?」
「うっさいわねぇ………」
その事が解っているから、怒っている様子は無いのでしょう。
こちらからすれば、解っているなら止めて頂きたいのですけどね。
「まぁ、いいわ。ついでだから少し散歩しましょう」
「承知いたしました」
お嬢様はそう言うと、地に足をつけて歩き出した。
日中の竹林。
サワサワと葉が風に揺らされ、多くの竹の間から陽が差し込む様は幻想的とも言える。
「ん~………偶にはこう言うのも良いわね」
「ええ、そうですね」
本当にそう思う。
「なんだ………侵入者が居るって言うから来て見れば……貴女達だったの」
ふと、背後から声が掛かる。
「ん?ああ、いつぞやの兎じゃない」
「鈴仙よ。好い加減覚えてくれないかしら?吸血鬼のお嬢様」
そこに居たのは鈴仙。
声を掛けられるまで気付かなかったのは、恐らく波長を操っていたのでしょう。
「ん?そっちの黒いのは?」
お嬢様が鈴仙の後ろに隠れている妖怪兎を見つけた。
「ああ、この娘はてゐよ」
「いつかの賽銭兎ね」
私は見覚えがあった。
確か、入れると少しだけ幸せになれると言って賽銭をねだってきた妖怪兎だわ。
まぁ、尤も、この子の場合、能力の「人間を幸せにする程度の能力」があるから、決して詐欺ではないわね。
少なくとも、博麗神社に賽銭入れるよりはご利益ありそうよね。
でも、妖怪相手だと詐欺になるのかしらね?
「それで?侵入者だって言ってたけど、私たちとやり合うつもり?」
お嬢様が鈴仙に尋ねる。
「永遠亭に侵入するつもりならそうするわよ?」
鈴仙も臆せずに返す。
「まぁ、遊んであげてもいいけど………貴女のお師匠様にはちょっと借りがあるから止めておいてあげるわ」
ヒヨケルミンSの事ですね。
「そう。まぁ、こっちとしても昼間っから貴女達みたいなのとやり合いたくないから助かるけどね」
それはそうでしょうね。
「ねぇ、なんでここに来たの?」
てゐちゃんが尋ねてきた。
よく見ると可愛いわね、この子。
「ん~………日中普通に出歩けるようになったから、今まで行かなかった所に来てみただけよ」
まぁ、美鈴に嫉妬してデーモンロードアローで吹っ飛んできましたなんて言えませんものね。
「その様子だと、師匠の薬の効果は良好のようね」
「ええ、そう伝えて置いて頂戴」
「そうするわ」
「所で、貴女の幸運にする能力。私達には効かないのかしら?」
お嬢様がてゐちゃんに話しかける。
う~ん………お嬢様とてゐちゃんが並んでると、微笑ましく見えるのは気のせいかしら?
「どうだろう?そういう話は聞いた事無いよ。人間だと効果あるのは良く聞くけどね」
「そう。まぁ良いわ。咲夜、そろそろ行くわよ」
「承知いたしました」
「ここに来るのは良いけど、くれぐれも騒ぎを起こさないでよね」
帰ろうとする私達に鈴仙が言う。
「喧嘩売られなければ騒がないわよ。子供じゃあるまいし」
説得力の無い言葉ですねぇ…………
見た目まんま子供ですからね。
「ああ、薬が足りなくなったらまた来るかもしれないから、それは伝えておいてくれるかしら?」
お嬢様が鈴仙に言う。
「伝えておくわ。それじゃあね」
鈴仙はそう返事をすると、てゐちゃんと共にスーッと姿を消した。
波長を操ったのでしょう。
「行くわよ、咲夜」
「はい」
私はお嬢様の後に付いて歩いた。
「お嬢様、何故先程はあのような事を尋ねられたのですか?」
私はお嬢様がてゐちゃんに尋ねた事を聞いてみた。
「別に……幸運なんてあって損するもんじゃないでしょ?だったら貰えるなら貰って置こうと思っただけよ」
「左様でございますか」
お嬢様もそう言うのを気になさるんですね。
「さて、折角だからのんびり歩きながら紅魔館まで帰りましょうか」
「はい。ただし、お昼には間に合わせましょう」
「そのつもりよ」
私はお嬢様と一緒に散歩しながら紅魔館へと戻った。
午前11時・紅魔館
「思ったよりも早く着いたわね」
「ええ」
確かに思ったよりも早く着きましたわ。
何せ、途中でお腹空いたと言ってお嬢様が加速なされましたから。
「まぁいいわ。咲夜、お昼用意して」
「まだ早いですわ」
「良いじゃないの」
「良くありません」
「何でよ?」
お嬢様がムッとした表情で尋ねる。
ああ、そう言う表情も可愛らしいですわ。
「良いですか?早めにお昼を取ると言う事は、今度はおやつの前にまた早めにお腹が空いてしまいます」
「それはそうね」
「そうしたら、今度はおやつを早くしろと言われるでしょう」
「ええ、言うわ」
「そうしますと、今度は夕飯前にお腹が減ってしまい、夕飯を早くしろと仰られますでしょう?」
「そうね」
「そうされますと、ドンドン時間がずれて行ってしまいます。そうなっては困りますので、今は我慢なさってください」
「貴女って本当、そう言う所五月蝿いわよね」
「褒め言葉とさせて頂きますわ」
コンマレベルまで五月蝿く言うつもりはありません。
ですが、ある程度の時間は守っていただきたいものです。
「解ったわよ、もう………それじゃ、時間までパチェの所にでも行ってるわ」
「はい。では、私は昼食の準備の方をして参ります」
「ええ、お願いね」
私はお嬢様と分かれて厨房の方へと向かった。
向かっている途中で前から小悪魔が歩いてきた。
「お帰りなさい、小悪魔。探してた物は見つかったかしら?」
「え?あ、咲夜さん?」
あら?何時ものマシンガントークが返ってこないわ。
しかも、私が話しかけるまで気付かなかったみたいだし………
「え~っと、売り切れてたみたいなんですよ。いや~参っちゃいましたね~」
無理に笑顔で取り繕うとしているけど、残念、バレバレよ。
何かあったわね。
けど、聞いても答えないでしょうね。
「そう。それじゃあ日を改めて買いに行って置くわ」
「すみません、お手数かけます」
小悪魔はそう言うと、大図書館の方へと向かった。
「パチュリー様」
「あら?咲夜じゃない。お昼の用意できたの?」
パチュリー様に話しかけたのにお嬢様の方が先に返事をなされた。
「いえ、まだです」
「私に何か用?咲夜」
漸く返事をしてくださった。
が、見ている本から視線は上げない。
因みに私は時間を止めて小悪魔より先に大図書館に先回りした。
「はい。小悪魔の事で少し」
「あの子がどうかしたの?」
小悪魔の名前が出るとパチュリー様は顔を上げられた。
なんと言うかあれね。
お嬢様>小悪魔>>>>>>>>>越えられない壁>>>>>>>>>私
って感じかしら?
もしかしたら、お嬢様=小悪魔くらいかもしれないけど
「先程帰って来たのですが、少々様子がおかしかったもので」
「どんな感じ?」
「明らかに覇気と言うか、元気が無かったですね。何時ものマシンガントークが出なかったくらいです」
「何かあったようね」
「そのようです。取り敢えず、その事だけお伝えしておこうかと思いまして」
「ありがとう。まぁ、後は本人から聞くわ」
パチュリー様がそう言うのと同時くらいに、小悪魔が大図書館へ入ってきた。
「おかえりなさい、小悪魔」
「あ、ただいま帰りましたパチュリー様。って、あれ?咲夜さん、何時の間に?」
「お嬢様に用があったので急いで来たのよ」
「そうでしたか」
「あら?小悪魔。手ぶらだけど、買い物に行ったんじゃないの?」
お嬢様、パチュリー様から聞かれたのでしょうけど………先程の会話から空気を読んでくださいな。
「え?いや、それがですね………」
「何があったの?正直に話しなさい、小悪魔」
パチュリー様がそう言う。
けど、怒っている様子は無い。
まるで、母親が子供に諭すかのように言われた。
「いや、あのですね…………途中でお財布落としちゃったんですよ。それで買い物が出来なくて…………」
さっきは品切れだって言ってたのに。
普段の小悪魔からは想像できない位、いっぱいいっぱいになってるわね。
「小悪魔」
パチュリー様が呼びかける。
「もう一度言うわ。正直に話しなさい」
流石パチュリー様。
私から品切れだったと言う話を聞いていなくても嘘だと見抜いている。
「え、え~っと………」
「小悪魔」
今度は少し睨みつけるように言う。
「あ、あの………その………」
「………こっちにいらっしゃい、小悪魔」
パチュリー様は本を閉じて小悪魔にそう呼びかける。
パチュリー様に言われて小悪魔はおずおずとパチュリー様の傍に寄る。
「怒らないから、正直に話しなさい」
「……………う……うあぁぁぁぁぁぁぁん!!ごめんなさいパチュリー様!!ごめんなさいぃぃぃ!!!」
小悪魔は、突然、パチュリー様の膝に抱き付いて泣き叫んだ。
「泣いてても解らないわ、どうしたの?」
パチュリー様は小悪魔の頭を優しく撫でながら問いかける。
「花の妖怪が………花の妖怪がぁぁぁ……………!!!」
要約すると、こうだ。
買い物はきちんと済ませたのだが、帰り道に花の妖怪、風見幽香に出会ってしまい、買ったものをカツアゲされたと言う事だ。
「うあぁぁぁぁぁん!!ごめんなさいパチュリー様ぁ!!ごめんなさいぃぃぃぃ!!!」
小悪魔は依然、パチュリー様の膝元で泣きじゃくっている。
パチュリー様はその小悪魔の頭を優しく撫で続けている。
「花の妖怪………風見幽香だったかしら?」
「ええ、そうですわ」
お嬢様の呟きを私は肯定する。
「レミィ、咲夜」
その私達にパチュリー様が問いかける。
瞬間、背筋が凍った。
改めて、自分が人間だと実感した。
これが「魔女」
魔力を込めてるわけでも、敵意を向けられている訳でもない。
それなのに、背筋が凍った。
その、怒気を孕んだ視線に。
「承知いたしました」
「解ってるわ」
後の言葉は続かなくても、パチュリー様の言いたい事は解った。
早い話が
余計な真似はするな
だ。
「咲夜、今日はこれから誰もここに立ち入らせないで頂戴」
「承知いたしましたわ」
その後の言葉も言わずとも解った。
入った奴は殺すから
そう、目が言っている。
目は口ほどに物を言うとはよく言ったものね。
「お嬢様、そろそろお昼にいたしますので、移動しましょう」
「そうね」
私はお嬢様を促して大図書館を後にした。
「それにしても、あんなに怒ったパチュリー様は初めて見ましたわ」
本気で寒気を覚えたもの。
「そうね………私も久しぶりに見たわ」
お嬢様が久しぶりだと言うのだから、もう、相当昔の事でしょう。
「その時はどの様な状況だったのですか?」
私は少し興味が沸いて尋ねてみた。
「あれは確か………そう、私が……」
「お嬢様が?」
何をなされたのかしら?
「パチェのプリンを勝手に食べた時だわ」
「は?」
今、なんと?
「だから、パチェの取っておいたプリンを勝手に食べたのよ、私が」
「そ、そんな事でですか?」
そんな馬鹿な………霧雨魔理沙にしょっちゅう本を持っていかれているのに?
「パチェは取り返しの利くものならそれ程目くじらを立てないわ。実際、魔理沙の持って言った本も損失してるわけじゃないし、あいつの言うとおり、死んでから回収すればいい訳だしね」
まぁ、確かに魔理沙よりもパチュリー様の方が長生きされるでしょうが………
魔理沙が捨食や捨虫の魔法を習得しなければの話ですが。
「しかし、プリンでとは………」
「その辺りはパチェの個人的観点だから、私には解らないわ」
私にも解りませんわ。
「それで、その時はどうなったんですか?」
「聞いてよ。酷いのよ?私が昼間寝てたら、いきなり壁に穴を開けて「偶には陽の光に当たらないと体に悪いわよ」って!」
お嬢様の場合、陽の光に当たった方が体に悪いですものねぇ………
「他にも紅茶にトウガラシ混ぜるわ、ケーキににんにく仕込むわ、果てには紅茶を聖水で淹れるわ。もう、散々よ」
すんごい陰湿な嫌がらせですね。
「時に、その時壊れた壁の穴はどうしたんですか?」
今は主に私が直してるんですが………私が居ない時はどうしてたんでしょ?
「それがねぇ………良く解らないのよ」
「解らない、とは」
気づいてたら直っていたと言う事ですか?そんな馬鹿な。
「なんかね、パチェがこう、胸の前辺りで両手を「パンッ!」て叩き合わせてから壁に手を付けたら見る見る壁が直っていったわ」
何ですか、それは…………
「なんでも錬金術の一種らしいけど、パチェに聞いても、真理がどうとか、等価交換がどうとか訳の解からない事を言ってたから良く解んなかったわね」
まぁ、確かにパチュリー様は賢者の石を精製出来るくらいですから、錬金術はマスターされているのでしょうが…………
そんな事が出来るなら、私の代わりに館の補修を行ってください…………
「しかし、パチュリー様があそこまで怒るとは…………」
小悪魔と仲が良いのは知っていたけど、あそこまで怒るとは思わなかったわ。
「まぁねぇ………ほら、パチェって強いでしょ?」
「ええ」
お嬢様と対等な位置関係に居るくらいですからね。
「そう言う存在って言うのは恐れられるか、媚びへつらわれるかなのよ」
確かにそうかも知れない。
己より圧倒的に強い存在を敵に回せばどうなるか。
少し成長した子供でも解る。
ならば、触らぬようにするか、取り入って保身を図るか。
そういった輩が多いのは当然でしょうね。
「そんな中で、あの子って結構物怖じしないでしょう?」
言われて見れば確かに。
最低限の敬意は払っているけど、基本的に砕けてるものね、あの子。
「私は対等な力を持つ友人。咲夜は私の従者。だから普通に話すのは当たり前。使い魔と言う立場はあるけれど、力も無いのにパチェの事を恐れずに近くに居てくれるあの小悪魔は、パチェにとって掛け替えの無い存在なのかもしれないわね」
確かに、例え真名を知られていなくても、小悪魔はパチュリー様の傍に居そうだわ。
傍から見てても、主と使い魔と言うよりは、仲の良い姉妹にすら見える。
「そんな小悪魔が泣かされた。パチェにとっては許し難いことなんでしょうね」
「そのようですね」
花の妖怪も強力な力を持つ事で有名だけど………
今のパチュリー様相手だと、本気で殺されかねないわね。
尤も、パチュリー様は体調が不安定だから、本当の意味で全力は出せないかもしれないけど………
「さて、咲夜。そろそろお昼にしてくれるかしら?」
「はい、ご用意してまいります」
そう言って私は厨房へと向かった。
午後1時
お嬢様と妹様は昼食を終えてお昼寝に入った。
本当は食べて直ぐ寝るのは良くないのだけれど、まぁ、吸血鬼であるあのお二人にはあまり関係がないかもしれないわね。
さて、今の内に妖精メイド達の働き加減を見ておきましょうか。
これによって私の仕事も増減する。
妖精メイド達がしっかりと働いていくれていれば、私の手間は減り、仕事が少なくなる。
けど、逆に仕事が粗いと、その尻ぬぐいを私がする羽目になり、仕事が増える。
しかも、相手は能天気な妖精。
叱ったくらいじゃ効果はまったく無い。
じゃあ、痛めつければ良いかと言えば、それも無意味。
結果としてその妖精は逃げ、他の新しい妖精を雇う羽目になる。
そして、また同じ事の繰り返し。
あぁ………少し頭が痛くなってきたわ。
「咲夜さ~ん!」
突然、一匹の妖精が慌ててこちらに飛んできた。
何か壊した……って事は無いわね。
何か壊したら絶対素知らぬ振りを通す種族だから。
と言う事は、思いつく事は一つ。
「モノクロがやってきました~!!」
モノクロ=黒と白。
つまり、黒と白の魔法使い、霧雨魔理沙の襲来。
ああ、もう………今日は本気でご退場願わないと………
魔理沙が突っ込んで言ってパチュリー様に殺されるのは自業自得としても、そのとばっちりをこちらが被るのは御免だわ。
それにまぁ、見知った顔が殺されるのを見てるのも夢見が悪いものねぇ………
「抵抗せずに通しなさい」
「え?良いんですか?」
何時もは適当に妨害しろと言ってある。
基本的に美鈴以外にまともに魔理沙とやり合っているのはパチュリー様だけ。
私は滅多に戦わない。
なんせ、私が魔理沙とドンパチし始めたら紅魔館に多大な損害が出るわ。
穴が開くのよ。
紅魔館と私の胃に。
けど、今日は流石に、ね。
暫くしたら魔理沙がやってきた。
「止まりなさい」
「お、珍しいな。珍しく周りの抵抗が無いと思ったら、お前が相手をするのか?」
魔理沙は止まって答える。
流石に、私相手に突進してくるほど馬鹿ではない。
「警告するわ。今日は大人しく帰って頂戴」
「それを聞いて私が帰ると思うか?」
「だったら続きを聞きなさい」
「続きがあるのか?」
魔理沙も私もお互いの動きに警戒をしながら言葉を交わす。
「今日はパチュリー様の虫の居所が悪い……と言うか、最悪なのよ。どこかの馬鹿がパチュリー様の逆鱗に触れちゃってね」
「そいつは怖いな。けど、滅多に見れないパチュリーの本気が見れるってことだろう?こんな機会は滅多に無いぜ」
死にたいのかしら?この娘は。
「と、言いたい所だがな。流石に私もそこまで空気読まずな馬鹿じゃない」
「それは良かったわ」
ええ、色々な意味で、本当に。
「それにまぁ、パチュリーの奴も私に警告してるしな」
あら?
さっきからずっとパチュリー様の魔力が渦巻いてて解らなかったけど、確かに今はこちらに向かって一際強く魔力を発せられてる。
「邪魔すんな、だとさ」
「ええ、パチュリー様もそう言ってたわ」
目で、だけど。
「仕方がないな。日を改める事にするぜ」
「そうしなさいな。出来れば、侵入者としては来ないで欲しいんだけど?」
普通の客としてくる分には、パチュリー様が文句を言わない限り拒むつもりは無い。
なんだかんだと言って、パチュリー様も、その場で本を読んでいくだけの「客」としての魔理沙なら拒む事は無い。
けど、殆どの場合は本を「借り」に侵入してくる。
まったく………毎度毎度、暴れられた後の後片付けは誰がやってると思ってるのかしらね?
「善処するぜ」
「まったく期待しないでおくわ」
ええ、そりゃもう、これっぽっちも。
「酷い話だな。っと、そうそう。これを返しておいてくれないか?」
そう言って、魔理沙は私に本を差し出した。
「珍しいわね、貴女が本を返すなんて」
そんな事例、過去に数えるほどしかないわ。
「ちょっとな、問題のある本だったんだよ」
問題のある本?
題名には「できる!属性魔法!!」と書いてあるわね。
なんで問題があったのかしら?
まぁ、私には興味の無い書物だから別に良いけど。
折を見てパチュリー様に返しておきましょう。
「さて、それじゃあ私は帰るとするぜ」
「ええ、気を付けて帰りなさい」
「ああ、じゃあな」
そう言って魔理沙は身を翻して館から出て行った。
午後2時
お嬢様と妹様の様子を見てきたけど、ぐっすりと眠っていた。
あの様子では暫く目は覚まさないでしょう。
なら、今の内に仕事を片付けておきましょう。
私は館内を巡り歩いていた。
すると
「ちょっと、そこの妖精」
「は、はい!?」
「な、なんですか!?」
あら?見れなれない顔ね………
まぁ、不思議じゃないわね。
この館は妖精メイドの入れ替わりが異常に激しいから。
それは兎も角。
「そっちは大図書館よ。今、パチュリー様は虫の居所が最悪だから、迂闊に行くと死ぬわよ?」
全妖精メイドに伝えたはずなんだけど………妖精の頭は鶏と一緒なのかしら?
「あ、そ、そうでした!」
「し、失礼しました~!!」
そう言うと、三匹の妖精は去って行った。
「だから止めようっていったじゃないのよ!サニー!!」
「あと少しで危なかったわね~」
「何暢気に言ってるのよ!そう言うのの察知はスターの役目でしょ!?」
何か叫んで居るけど、まぁ、妖精の戯言でしょう。
さ、私も仕事をしないとね。
午後5時
お嬢様が昼寝をしている間に、仕事をあらかた片付けた。
そして、ふと思い出した。
パチュリー様の紅茶の買出しに行ってなかったわ。
今からでも間に合うわね。
お嬢様はまだ寝ておられるようだし………
ささっと行ってきちゃおうかしら。
私は紅魔館の門をくぐって外に出る。
美鈴は今日は非番だったわね。
まぁ、非番と言っても、館内に居る時に侵入者が現れれば引っ張り出されるのだけど。
別に非番なのだから、その時館内に居なくてもお咎めはない。
じゃないと、一生缶詰になっちゃうものね………
それに、まぁ……お嬢様と妹様の住むこの紅魔館に侵入を試みる馬鹿はそうそう居ないわ。
道を歩いていたら、その門番が前から歩いてきた。
「あら、美鈴。おかえりなさい………って、どうしたの?」
近づいてみると、美鈴は服が所々破けていた。
出血もしている。
「あ、咲夜さん。これですか?いや~、ちょっと大勢の妖怪に囲まれましてね。少しだけ手間取っちゃいましたよ」
笑いながら美鈴は答える。
まぁ、大した怪我はなさそうだし、体の心配はしなくても良さそうだけど………
「まぁ、良いわ。貴女はウチの唯一の門番なんだから、勤務外で下手な怪我をしないようにしなさい」
「ええ、気をつけます」
罰の悪そうな笑顔で美鈴はそう返す。
「所で、咲夜さんはどちらに?」
「ちょっと里まで買い物よ」
「そうでしたか。では、私は先に戻ってますね」
「ええ」
そうして私は美鈴と別れた。
………嘘を吐いてたわね、美鈴。
徒党を組むような低級妖怪に美鈴の肌に傷なんて付けられっこない。
美鈴は硬気功という気功を使えば、体を鉄の様に硬質化する事ができる。
その体に傷を付けるのは容易ではない。
私のナイフは特殊加工してあるから、単純な物理防御は貫くけど。
あの娘は物理防御は高くても魔法防御はてんでダメだから。
しかし、その硬い体をあの傷跡は切り裂いていた。
風のカマイタチなら出来なくもないと思うけど……それなら、もっと服がズタズタになってるでしょうしね。
第一、そんな魔法使える相手が美鈴相手に接近戦を挑むとは思えない。
遠距離からそれを使っていればいいのだから。
美鈴が武術の達人なのは有名なんだし。
つまり、あの傷は接近戦において付けられた。
並みの相手ではない……けど、あの程度の傷しか負っていないという事は、美鈴が勝ったんでしょうね。
一体何と戦ってのかしら?
まさか、また風見幽香?
………ありえないわね。
風見幽香と戦ったらあんなもので済むわけが無い。
それに、第一、あの妖怪は切り裂くような攻撃は無かったと思った。
まぁ、考えても無駄ね。
私は私の用事をさっさと済ませましょう。
午後6時
そろそろお嬢様を起こそうかと館内を歩いていると、また来客者が現れた。
「こんばんわ、十六夜咲夜」
「ええ、こんばんわ。アリス・マーガトロイド」
七色の魔法使い、人形使いのアリスだわ。
「ちょっと借りたい本があって来たんだけど………」
アリスはそう言って視線を私の後ろに送り
「止めておくわ。すっごく機嫌悪そうな顔してるもの」
それが賢明ね。
…………顔?
私は後ろを振り向いた。
そこには、アリスの言うとおり、とても機嫌が悪そうな顔をしたパチュリー様が居た。
「…お出掛け、のようですね。パチュリー様」
「ええ、出かけてくるわ。図書館には誰も入れないで頂戴」
アリスにも聞こえるように私に向かってパチュリー様は言う。
「承知いたしました」
「それは残念ね。じゃあ、借りた本だけメイドに渡して私は帰るわ」
「ええ、そうして頂戴」
この辺りは、何時もどおり抑揚の無い喋り方で答えるパチュリー様。
「その前に、差し入れよ」
そう言って、アリスはパチュリー様に何かを差し出す。
「その様子だと体力使う事するんでしょ?悪くない物だと思うわよ」
アリスが差し出したのは所謂栄養ドリンク。
恐らくは、八意製薬でしょうね。
「良い差し入れだわ。これで久しぶりに掛け値なしの全力が出せそうね………」
そう言って、パチュリー様は受け取った栄養ドリンクを飲み干す。
「………まずっ」
「美味しくは無いでしょうね」
まぁ、栄養ドリンクですからね。
「じゃあ、行って来るわ」
「はい、お気をつけて」
「良く解らないけど、行ってらっしゃい」
私とアリスに見送られてパチュリー様は外へと飛び立った。
それにしても………賢者の石にロイヤルフレアまで持ち出してたわ。
本当に殺されるわね、あの妖怪。
「さて、それじゃあ私は帰るわ」
「ええ。今度来たらお茶くらいはご馳走するわよ」
「あら?客人にお茶を出すのは当然じゃない?」
「取って置きの、よ」
「期待させてもらうわ。それじゃあね」
そう言ってアリスは帰っていった。
午後7時
この時間になって漸くお嬢様が起きられた。
因みに、妹様はまだ寝ている。
「ん~……やっぱり、連日日光の下で活動してると疲れ溜まるのかしら?」
かもしれませんわね。
「で、パチェは?」
「行かれました」
「そう」
「幻想郷から強力な妖怪が一体、消える事になるかも知れませんわね」
「ま、パチェを怒らせたんだから当然ね」
自業自得。
触らぬ神に何とやら。
その神に触れてしまったのなら、後に待つのは裁きのみ。
同情の余地は無いわ。
「で、咲夜」
「はい」
「お腹空いたわ」
「少々お待ちくださいませ」
厨房に行って妖精メイド達に作らせてこないと。
食事の準備が整うまで待つ事30分。
「そろそろかしら?」
「ええ…………あら?」
向こうの空が光った?
「どうしたの?咲夜」
お嬢様も私と同じ方を見る。
あの光は………
「ロイヤルフレア?パチェったらこんな所で戦闘してたの?」
「いえ、先程までは感じてませんでしたが………」
「………それもそうね」
あら?今見えたあのスペルはパチュリー様のものじゃない……花の妖怪の物でもない。
あれは……あの「蝶」は……!
「西行寺幽々子?なんであいつが?」
かと思ったら、今度はレーザーの様な物が夜空を引き裂いた。
「今度はあの隙間の式のじゃない。どういう事よ?」
お嬢様は目を凝らす。
生憎と、私ではここからは見えない。
「何あれ?」
「どうなさいました?」
状況を教えて頂きたいですわ。
「花の妖怪に対して、パチェと幽々子、それに式に………蓬莱人二人?」
あの妖怪、他でも手を出してたというの?
呆れるわ。
………呆れる?
ちょっと待って。
パチュリー様が外出されたのは6時過ぎ。
そこから花の妖怪の所まで1時間ほど経ったとしても、あの面子相手に30分近くも凌いでいる!?
そんな馬鹿な………あの妖怪、それ程の力を!?
「まさか……それだけの者を相手にして、無事で済むほどあの妖怪は強いと?」
「ん~………違うわ。確かに、あいつも相当の力持ってるけど、普通ならあの面子相手に持つ訳無いわ」
「では、何故?」
「言ったでしょう?普通なら、よ。パチェ見たでしょ?あのパチェが「普通」に見えた?」
そう言えば……完全に頭に血が上ってるような状態でしたね。
「他の連中も……蓬莱人二人は兎も角、幽々子と式も頭に血が上ってるっぽいわ。お互いがお互いを邪魔してる」
「邪魔を?」
「正確には邪魔をするつもりは無いんでしょうけどね。自分の手であの妖怪を痛い目に遭わせたいって言う気持ちが強いのよ。だから、まるで協力していない」
「なるほど……それでは、お互いの強力な力が返ってお互いを妨害しあっていると?」
「ええ。そして、あの妖怪はそれを解っていて、上手くその状況を利用して避けてるわ」
何としたたかな………
「パチェも……ああ、ダメね。もう少しで幽々子の蝶が追い詰めてたのに、パチェがロイヤルフレアで掻き消しちゃったわ」
「はぁ……しかし、あのロイヤルフレアをまともに浴びれば、流石に落ちるのでは?」
「あいつの傘、確か防御にも使えたそうね」
「まさか、それで?」
「傘で防御すると同時にスペルも放ったわ。防御+相殺、加えて幽々子の蝶も相殺に一役買っちゃったから、結果としてダメージほぼ無し。あいつ、かなり戦い慣れしてるわね」
「まるでバラバラですね」
「あんなんじゃ倒せる相手だって倒せないわよ。ああ、今度はパチェのノンディクショナルレーザーと式のレーザー見たいのが打ち消し合っちゃったわ」
「………美鈴辺りをパチュリー様のお迎えに出した方がよろしいですかね?」
「そうね……あの様子だと、多分仕留められないわ。それに、例え仕留めても相当消耗してるでしょうね。まったく、らしくないわね」
珍しくお嬢様がパチュリー様に悪態を吐く。
「ま、手を出すなって言われてるし、ご飯でも食べて待ちましょう」
「承知しました。では、私は美鈴の方に出迎えの旨を伝えてきます」
「ええ、お願いね。」
午後9時
美鈴がパチュリー様を負ぶって帰ってきた。
「お帰りなさい、パチェ。中国、ご苦労」
「はい」
美鈴はパチュリー様を背負ったまま敬礼する。
「気分は晴れて………無いわよねぇ」
ものすっごい不機嫌な顔してますからね。
「邪魔さえ入らなければ、あの程度の妖怪………!!」
「取り敢えず、今日の所は休みなさい。心配し過ぎてあっちへウロウロこっちへウロウロしてる使い魔見るのも飽きたから」
小悪魔はパチュリー様が心配なあまり、落ち着かずにウロウロウロウロ図書館内だけでなく、館内まで歩き回っていた。
「………そうするわ」
ムスッとしながらも、小悪魔の事が話題に出た事で、パチュリー様も少し収まった。
「もう歩けるわ。下ろして中国」
「はい」
言われて美鈴がパチュリー様を下ろす。
本音は、負ぶったまま帰って来たら、また小悪魔が心配するからでしょうね。
「そう言えば、パチュリー様。霧雨魔理沙がこの本を返却されました」
そう言って、私は昼間に魔理沙から受け取った本をパチュリー様に渡す。
「ああ、これ?魔理沙は特に何も言ってなかった?」
「ちょっと問題のある本だった、と言っておりました」
「それだけ?」
「はい」
「失敗ね」
「え?」
何が失敗なのでしょうか?
「この本の最後を見なさい」
最後……あとがきの事ね。
何々………………………
「咲夜、なんて書いてあるの?」
お嬢様が浮かび上がって覗き込んでくる。
これは……なんとも…………
「魔理沙をハメようと思ったんだけど、失敗ね」
あとがきには「ただし魔法は尻から出る」と書かれていた。
「うわ~………これは流石にイヤよね」
これは、確かに問題ありですわね。
「残念だわ。お尻からマスタースパークを噴出して空を飛ぶ魔理沙が見れると思ったのに」
-幻世・ザ・ワールド-
ちょっ………パチュリー様………!!
とんでもない事いきなり言わないで下さい!!
そ、想像したら、わ…笑いが………!!!
少女抱腹中
あ~………いきなりとんでもない事言われるものだから、思わず笑ってしまったわ。
しかし、完全にして瀟洒な従者として、そんな姿を主はもとより、他の方にも見せるわけには行かない。
さて、ひとしきり笑ったし、そろそろ時間を動かしましょう。
-ザ・ワールド解除-
「ぷ……あははははははははは!!!パ、パチェ……!!いきなり変なの想像させるような事言わないでよ!!」
時間を動かしたら、お嬢様も爆笑なされた。
「実際に見れないのが実に残念だわ」
「あははははははははは!!!」
お嬢様はお腹を抱えながら寝転がって足をバタバタさせている。
相当壷に入ったようですわね。
「それにしても、咲夜はなんとも思わないのね?」
「いえ、十分面白いと思いますわ」
思いっきり笑わせていただきましたし。
「そう?ああ、もしかして時間を止めてる間に笑ってたとか?」
鋭い。
流石ですわね。
「そんな事に能力は使いませんわ」
しかし、そう言う事にしておかないと。
「そう……まぁ、そう言う事にしておいてあげるわ」
バレてる?
まぁ、パチュリー様なら気付いててもおかしくないわね。
足元で未だに爆笑しているお嬢様は恐らく気が付いていないでしょうけど。
「そうそう、咲夜」
「はい?」
「後で紅茶持ってきてくれるかしら?例の奴を」
「眠る前に紅茶を飲むと寝辛くなりますよ?」
「これだけ疲れてればそんなの効果ないわ。良いから持ってきて。二人分」
「畏まりました」
「ああ、それなら私も…」
「お嬢様、そろそろ妹様が起きなければいけない時間ですから、起こしていただけますか?」
空気読みましょうよ、お嬢様………
「え?あ、もうそんな時間?そうね。姉として起こしてあげないといけないわね」
そう言ってお嬢様は妹様の部屋へと向かわれた。
背中の羽が嬉しそうにピクピクと動いているのが、なんともカリスマに欠ける後姿ですね。
「悪いわね、咲夜。レミィは昔からああ言う所があってね………」
「心中お察しします」
「まぁ、暫くは大人しくしてるわ。ちょっと力を見せ過ぎたのもあるし」
確かに、頭に血が上って多分、その辺りの加減も効いていなかったのでしょう。
「では、早く中で心配で死にそうにしている小悪魔を安心させてあげてください」
「大袈裟なのよ、あの子は」
「それだけパチュリー様が大事なのでしょう」
「どうかしらね」
プイッと顔を背けてそう言ったパチュリー様の横顔は少し赤かった。
明日は例の上白沢慧音の妹様の家庭教師があるので、今日は昼夜逆転してた生活サイクルを戻していただいた。
なので、これからまた朝まで起きて居なければならない。
人間の私にとっては、ちょっと辛いわ。
けど、お嬢様に仕える事は私の至上の喜び。
それを考えれば徹夜の一つや二つ、苦にはならない。
けれど、お嬢様。
欲を言えば、もう少し、私がお止するような行動は慎んでいただけませんか?
と言っても、まぁ…………
「ふふ………貴女の運命を貫いてあげるわ!!ワーハクタク!!!スピア・ザ・グング…」
「八卦双撞掌!!」
「ふぐぅ!?」
…………無駄なんでしょうけどね………
……プリンで怒るんですね(笑)
前々の作品の設定を踏まえている(慧音とか)のがいいですね。面白いです。
それと……美鈴さすがですね!
>ウロウロしてる使い魔見るのも見飽きたから
「~使い魔見るのも飽きた」か「~使い魔は見飽きた」では?
今後も待ってますw
ここの小説で久しぶりに爆笑させていただきましたww
いつも楽しみにしています。次回作も期待していますね
これは、輝夜と妹紅だけということでしょうか?
だとしても、かなりきついよ?まあ、前回の時点ほどでは無くなったとはいえますが
全員いいけど、パチュリーと小悪魔が特にいいなあ
可愛いな咲夜さん!
咲夜さんが瀟洒でいられる理由として、色んな意味で時止め能力が必要なんですね。
あと咲夜さん、辛いものの後に水は逆効k(ry
この証言にはムジュンがあります!!
以下、六つ下の人と同文
読んだ瞬間浮かんだ。反省はしてる。でも、あやまらない。
>>お嬢様はそう言うとその場でバンザーイと手を上げる。
おもっきり吹いたwwwww
しかし・・・あの強敵揃いに打ち勝った霊夢は人間なのか・・・
今思うと連邦の「白い悪魔」を思い出したww。
残りの三人も楽しみにしてます。
素直じゃないパチュリーと小悪魔とてもかわいいよ!他の皆ももちろんかわいいよ!
>等価交換
そうか!だからパチュリーは魔法使いの割に体が弱いのか!パチュリーはきっと健康を対価にして真理に触れたんだ!!(AA略、というか書けない)
そして、頑張ってお姉さんをやってるお嬢様かわいいよおじょうさま。
にしても、やっぱゆうかりん強いなぁ
的を得た×
的を射た○
じゃなかったかな?
内容には文句なしw
氏のとあるシリーズは全部読んでますぜ
地味な部分も含め、全体を通して可愛さが伝わってきました。
すっげぇシュールな光景だw
総じて高い評価とコメントを頂き、ありがとうございます^^
>前々の作品の設定を踏まえている~
反面、自分の前の作品を読んでない方にはよく解らない展開のもあるかも知れませんねぇ。説明を入れるよう、気をつけては居ますが^^;
>これは、輝夜と妹紅だけ~
その辺りも今後の登場人物視点で書いて行こうと思っています。
>咲夜さんが瀟洒でいられる理由として~
>時を止める能力をそんなことに
いやぁ、やっぱり、人間それくらいしないと「完全」は保てないかとw
>異議あり!!
>この証言にはムジュンがあります!!
あら?時系列か何かで矛盾が発生しましたか?
自分で見直した限りでは無いと思ったのですが………
>エ○か?!
>健康を対価にして真理に~
まぁ、解りやすかったですかね?お察しのとおりハガ○ンです^^
>あと咲夜さん、辛いものの後に水は逆効k
そりゃ知りませんでした。
でもまぁ、口直しをせずには居られないでしょう^^
>尻からマスタースパークを想像して思いっきり吹いたw
尻から魔法の時から思いついていたのですが、絵板見たら、既にどなたかが書かれていましたね^^;
ちょっと二番煎じっぽくなっちゃいました(´・ω・`)
>お嬢様かわいいよおじょうさま
>体を通して可愛さが伝わってきました
いや、なんと言うか、もう、ウチのお嬢様はまったくカリスマがありませんね^^
ま、開き直ってお嬢様はこのまま突っ走ると思いますが(´・ω・`)
>氏のとあるシリーズは全部読んでますぜ
>今後も待ってますw
>さぁ、早く続き(次?)をGive me^^
>さて、次は誰かな?
>いつも楽しみにしています。次回作も期待していますね
>残りの三人も楽しみにしてます。
自分の拙い作品を楽しみにしていただき、ありがとうございます^^
ご期待に添えられるよう、しっかりとした作品を作り上げて行きたいと思います。
ので、ネタ不足等で執筆が遅れるのはご了承ください^^;
出来れば1~2週間に1作品は書いて行きたいと思っていますが………
>的を得た×
>的を射た○
>「~使い魔見るのも飽きた」か「~使い魔は見飽きた」では?
誤字及び文法ミスを修正いたしました。
ご指摘ありがとうございます。
この証言にはムジュンがあります!!
すまん!ネタに走ったせいで分りにくかったようで
前の方で言われてる
>今回はお互い目的があったからね。協力してたつもりは無いけど、お互いに邪魔をしないようにしてただけよ
のとこが同じく気になった訳さね
今後も楽しみにしてます。
何度か読み返して違和感覚えたんですが、
テラスから庭の美鈴に向けて斜め下方向に跳ぼうとしてるお嬢様の向きを
斜め上を向くように180度変えたら屋敷の天井に突っ込むことになるのでは…?w
ずれた指摘だったらごめんなさい
大幅に遅れての返答で申し訳ありませんが、書いてありますとおり、普段は屋根は収納されているので、その時点の時刻ではそこのテラスに斜め上に飛んだとしてもぶつかるような屋根はありません。
そして、レミリアが脚をつけた柱は一番外側(庭に面している)柱なので、斜め上に飛んでもぶつかることは無い、ということです。
描写不足ですみませんm(__)m