Coolier - 新生・東方創想話

空のアリス

2007/11/18 12:37:21
最終更新
サイズ
8KB
ページ数
1
閲覧数
654
評価数
4/22
POINT
1080
Rate
9.61



 枯葉を踏んで歩く。さくさくと軽い音がふたつ、きれいに揃うとなんともいわれず心地い
い。それを崩さないようにと気をつけていたら、いつの間にか魔理沙の方も私に合わせてい
たらしい、何も考えなくてもいつしか足音は揃うようになった。のんびりと家路を行く。
「小さいかと思ったら、思ったより大きかったわね」
「なかなか馬鹿に出来ないだろ」
 魔理沙は顔を上げて得意げに笑う。抱えた大きな紙袋ががさがさと音を立てる。
「本当。値段も質も、気に入ったわ。雰囲気も……フリーマーケットっていうより、縁日み
たいなものね」
「お祭りだから商売する気じゃないんだよな。だから安い」
 と言って、その大きな紙袋をぱたぱたと叩く。胸に低く抱えてもあごまで隠れてしまうそ
の袋は、中身もずっしりと詰まっているように見えた。けれど魔理沙は満足感のために重さ
さえ忘れているという様子で、
「あの予算でこれだけ買えるからな」と、そろそろ額に汗を浮ばせながらも、とにかく嬉し
そうに言う。
「アリスは荷物少ないな」
「私はあまり大きいものは買ってないもの」
 私が買ったのは洋服の生地に、人形用は珍しい小さなコサージュをいくつか。あとは紅茶
を少しと、どれも軽くてかさ張らないものばかり。包んでもらったものと言えば、薄い古本
が一冊だけ。みんな手持ちのバッグに入ってしまった。
「私はいつもこんなもんだけどな。ちなみに今日買ったのは」
「古本とアンティーク」とわざとさえぎって言うと、
「ちぇ、なんだ、お見通しか」と魔理沙はつまらなそうに。その様子がいかにも面白くなさ
そうで、可笑しい。
「場所取るものばっかり。今に寝るところもなくなるわよ」
「物の上に寝ればいいさ」
「もう半分そうなってるっていうのに……」
 あきれて向こうの空を仰ぐ。立ち木の葉は一夜に落ちて、森はずいぶん明るくなった。木
洩れ日のきらりと光ってふいに眩しさを感じるようなことももうなくなって、ただ道の一面
が涼しげに明るく照らされている。そうしてこうさらされた地肌の色合いを見て歩くと、い
よいよ冬という気持ちがする。そよ吹く風にも秋の刺すような冷たさより、じわりと凍らせ
るような冬の寒さが含まってきた。
「整理整頓」と言って息を吐く。まだ白くはならない。
「嫌いな言葉だぜ」
「いつかは必要よ」

 やがていつもの別れ道に出ると、魔理沙はさすがに疲れたらしく、正面の大木に荷物を降
ろしてその傍に座り込んだ。この先はもう別々の道だけれど、急ぐ用事もないので私もその
隣に腰を下ろす。二人並んで古い大木に身をもたせ休んでいると、ふいに魔理沙は紙包みを
片寄せて膝元に開きはじめた。私はただその様子をじっと窺っている。中にはあらゆる種類
の雑貨が雑然と放り込まれていて、それが広げた紙の上にがらりと崩れると、もういちど包
みなおすのは難しそうにさえ見えた。「ほんとに今日もいい買い物したよなぁ」とそれらの
品物に左へ右へ視線を走らせてうっとりしている様子は、人にあげるはずのお土産を我慢で
きずに開けてしまった子供のよう。それがために思わず、
「まったく……可愛いわね、魔理沙は」
 と言うと、魔理沙はふいに手を止めて、持っていた古いカップを静かに本の上に置いた。
一瞬、沈黙。そうして陽が眩しいとでもいうようにくっと帽子を目深に被って、
「お前の『可愛い』はなんだか変な感じがするぜ」
 と言った。その恥ずかしがるでも戸惑うでもなく、感じた違和感を素直に口にするような
調子に、私はしまったと思う。
「嫌な気にもならないし、かといって照れ臭くもないし。なんか、くすぐったいな」
 と魔理沙は言葉をついで、それきり黙ってしまった。黙ってしまったのは気分を損ねたの
ではなくて、ただ私の答えを待っているのだろう。けれど私は答えに窮してしまった。
 そのとき私は、魔理沙に向かって可愛いと言ったことを悔いたわけではなかった。似たよ
うな言葉はふだんもよくかけるのだから、ほんとうなら気にするようなことはない。ただ今
はちょっと気が緩んで、その言葉に真実ほんとうの気持ちがこもってしまった。私の魔理沙に対する
感情のニュアンスが、あまりに色濃く漂ってしまった――。敏感な魔理沙のこと、きっとそ
れを漠然とした違和感に感じて、不審な顔をしているのだろう。
「そう……?」
 とやがてかろうじて口をついたのは、曖昧な空とぼけ。
「……なんかよくわからないけど」
 魔理沙は視線を空に転じて、ただ晴れない疑問がひとつ残ったという程度に、落ち込むで
も気にするでもなく、いつもの調子で、
「お前くらいいろんなことが見えたら、もっと、いろいろ楽しいんだろうな」
 と言った。それは魔理沙がいつも私によく言う言葉だった。私はもう何も答えなかった。
どこかでつぐみが鳴く。

***

 買ってきたものを片付けると、すぐにオルガンの鍵盤に指を落とした。とりとめのない和
音を交互に鳴らして、仰向いて考える。散歩道をだらだらと歩くように、どこにも焦点を合
わせることなくただ気侭に考え耽っていると、やっぱり魔理沙のことが気になった。私はあ
のとき、正直に答えたほうがよかったのだろうか――。響くオルガンの音は、知らず不協和
音が多くなる。
 あなたと私は違うもの。
 あのとき魔理沙に言い敢えなかった言葉をいま独りちてみる。そうしてやっぱり正直な
ことを言わなくてよかったと思う。たとえ暗に気づかれたとしても、私が魔理沙を対等には、、、、
見ていない、、、、、ということをはっきり言ってしまったら、それがどんな意味であっても、きっと
魔理沙は辛い思いをするだろう。たとえそれを説いてみたところで――だから、言わなくて
よかったのだ。
 そうしてまた魔理沙の最後の言葉を思い出す。思い出して、思う。嬉しいことも悲しいこ
とも、私の気分とは関係なくやってきては去っていくつれない世の中に、私は身をひたしてい
ることができない。そういう諸々の出来事に絶えず目を注いでいるのがつらい。だから別の
世界を見る。別の世界に遊んでいる。それだけのことなのに、そんなことをする必要のない
魔理沙が、私の見ているものを見たいというのは……なんだかまるで海のなかから空を見上
げては、鳥の滑らかに飛び行くさまに、あそこなら自分ももっとすいすいと、やすやすと泳
げるだろうにと嘆息する魚のよう。水がなければ泳げはしないのに――自分がどうして人間、、
でいられるか、魔理沙は知らないのだ。

 棚のガラス戸を開けて、そこに仕舞った幻想郷の面々を模した人形をテーブルに広げる。
その中からひときわ古びた魔理沙を拾い上げて、上海の隣にならべてみる。残った人形は整
列もさせずに、背景のままにしておく。小さな家の小さなテーブルに、瞬く間に三人だけの
不思議な世界が出来上がる。そうして上海だけがじっと私を見ている……。
 私は人形を好きとか嫌いとか思ったことは一度もない。それはただ大切な存在というより
ほかに、言いあらわすことはできない。同じように、私は魔理沙を好きにも嫌いにもなりた
くない。ただ人間の可愛らしいところを集めてきたようなその存在そのものに、深くはかない
想いを傾けていたいのだ。けれど私はまだふいに魔理沙を一人の友達として見てしまうこと
がある――そうするとそれはとたんに情熱を失って、一緒にいると楽しい、、、、、、、、、というくらいの、
淡くゆるやかな想いに変ってしまう。そういう気持ちも大切なものかもしれない。けれどそ
れは私を心の底から震わせてはくれない。それはあまりにも人間的な、、、、感情で――私には必要
のないものに思えてならない。
「ねえ上海、魔理沙」
 人形を愛するのと同じように人間を愛することができたらいいと思う。魔理沙にも、上海
に対するような素直で純粋な気持ちをいつも注いでいたい。けれどそのためには私は魔理沙
より、人間よりちょっと上にいなければいけないのだと思う。犬や猫がお互いにそんな気持
ちを抱いたりはしないように、そんな素朴な感情で相手と交わりつづけることは、人間同士
にはきっと無理なのだ。
「対等じゃあ、駄目なのよね」
 人間より上、それは神様なのかもしれない。そうして神様に憧れる人間の気持ちというの
は、こんな簡単なものなのかもしれない。人間。神様。その微妙な線の上を危なっかしく歩
いている自分が、誇らしくも、また可笑しくもあった。魔理沙が海の魚なら、私は片翼で空
を飛んでいる鳥のよう――。落ちれば沈んでしまう。私はきっと魔理沙のようには泳げない。
そう思うと、今度はちょっと魔理沙が羨ましくなった。

 またどこかで鶫が鳴く。風は時々思い出したように小窓を動かしに来る。庭の方には落葉
の音、陽はまだ沈まない。私はそこでとりとめのない空想を打ち切って、テーブルの人形を
片付けはじめた。上海は食卓に移して置いて、ほかは乱れた服を正して順々にガラス戸にな
らべていくと、最後にぽつんと魔理沙が残る。何気なくその黒い帽子の先を弾くと、人形の
魔理沙はぱたりと倒れて、どこか反抗的な目をこちらへ向けた。
「可愛いわね、魔理沙は」
 私はいつもそうしているように、人形にささやいてみる。その小さな体を手に取り上げる
と首はくっと前に折れて、帽子は目深に、視線はその内に隠れてしまった。
「お前の『可愛い』はなんだか変な感じがするぜ」
 とそれは今にもしゃべりだしそうな気がした。


こんばんはMS***です。
濃味のあとにすこし薄味にも挑戦してみました。文章など書き始めてまだ間もないほどに、いまはまだどう書いても面白いのでしばらくはいろいろ模索してみようと思う次第です。

魔理沙とアリスの二人は、どちらかというと魔理沙がアリスに惹かれる、アリス優位の感じが好きだったりします。アリスもそれをわかった上で、魔理沙との関係を楽しんでいるような。いつでも行動の主導権は魔理沙にあって、でも気持ちの主導権はアリスのほうにあるというような。――なんとも言いづらいのですけれど。ともかく、自分の中のアリスはどうもこういう、不思議な考え方感じ方をするようです。……もしや私の精神的に危うい部分をそっくり受け継いでしまったのかも……だとしたらごめん、アリス。

また今回も短いものですが、ご意見ご感想お待ちしています。お目通しいただき、ありがとうございました。また前回はありがたいコメントをいただきまして、嬉しい限りです。併せて感謝。
MS***
http://mail.contact.ms(at)gmail.com
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.760簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
今回は物語り自体に重点を置かれたのですね。こうして文体を使い分けられる方は尊敬します。
登場人物が単なるキャラクター(設定どおりに動き、話すロボット)ではなく人間として描かれていて、心安らぐものでした。
5.60名前が無い程度の能力削除
アリスの望は正負の感情とは異なる、遊ぶための精神。
欲求の土俵自体が異なる二人。
二人は「仲が良い」わけではないのに、それでも一緒に居られる。
混ざり合えるっていいですよね。
6.90名前が無い程度の能力削除
>いつでも行動の主導権は魔理沙にあって、でも気持ちの主導権はアリスのほうにあるというような
そうそうそうそう、そうなんですよもう完全に同意ですよホント。
今風に言うと誘い受けってヤツですね。え、違う?
あ、でも永夜抄って確かアリスが誘った形だったような……アレ?

しかしアリスの心理描写が抜群に上手い。
こっちが思っていたことを形にしてくれたって感じです。
14.80名前が無い程度の能力削除
キャラの描写がうまかったです。プロ作家の短編集を見たような読後感。