『――間もなく十二番ホームに、6時20分発、のぞみ200号、東京行きが――』
丁寧で通りの良い、けれど抑揚のなく無機質な男声アナウンスが、寝不足で朦朧とした脳味噌に心地良く染み込んでくる。
何だろう、こういうの。癒し系っていうのとは明らかに違うんだけど、心安らぐ音ってわけではないのだけれど、どうもこうした、大小上がり下がりのない、平坦でスローペースな音の流れっていうのは、聴いてる人間の脳波まで同じ様に平坦でスローに……。
……っと、危ない危ない。今一瞬、膝がカクッてなったわ。残業帰りの終電で、疲れた顔で吊り革にすがっているサラリーマンみたいに。恥ずかしい。誰も見ていなかったかしら。
『――到着の列車は、6時20分発――』
京都駅の地上部に在る旧東海道新幹線のホームからは、地下の卯酉ホームと違って生の空を拝む事ができる。雲の一つも見えはしない、とてもとても綺麗な青い空。
ああ、空はこんなに青いのに、風は、こんなに暖か……くはないか。この季節、しかも朝だし。ま、それはともかく。太陽はとっても明るいのに、どうして、こんなに眠いの?
……まぁ、当然よね。昨日の夜は、バイトが長引いて終わったのが十時過ぎ。それから家に帰って、ご飯を食べて、お風呂に入って、今日の支度をして。睡眠時間なんてろくに取れてやしない。受験生でもなし、テスト期間中でもなし、それなのにこんな睡眠不足になったのなんて、ちょっと記憶にないくらい。寝るという行為は人間にとって、ううん、動物にとって、最も重要なものの一つだというのに。
『――間もなく発車します。お見送りのお客様は、ホームで――』
昨日のバイトが長引くっていうのは、予め判っていた事だった。相棒にもそれはしっかり伝えておいた。出発を一時間遅らせては、と、そうも提案した。それでも、出来るだけ目的地に到着してからの行動時間は多く確保したいから、と、そう言ったのは彼女なのだ。
そんな事を考えながら、手元の切符に目を落とす。そこに印刷されている文字を、もう一度しっかりと確認してみる。
京都6:20―名古屋6:56・のぞみ200。
『――十二番ホームに到着の列車は6時23分発、ひかり――』
「お待たせ、メリー」
アナウンスの声を押しのけて、その明るい挨拶は私の耳に飛び込んで来た。
あの子は今日も元気だね。馬鹿蓮子め。
“どこいつ”
蒼く高く澄み切った空に向けて、うーっん、と、体を伸ばしてみた。顔を上に向ければ、伸びきった腕に巻かれた時計が、逆光の中、時を刻んでいるのが見える。針が指すのは十時を少し回った所。予定よりほーんのちょっぴり遅れたけれども、無事今回の目的地、諏訪の地へと到着。
京都を出て四時間弱、本当にしんどい旅路だった。何がそんなにしんどかったのかって。
「今日の長野中部、天気予報では降水確率ゼロだって。絶好の散策日和よね。メリー?」
「へぇ」
これよこれ。駅で合流してからここまで、私が何を話しかけても、返って来るのは『へぇ』『ふぅん』『そうなんだ』の三種類のみ。これが1サイクルで以下繰り返し。順番まで固定されてるときた。今日び銀行のATMだって、もう少し愛想のある受け答えをしてくれると思うんだけど。
「……だからさぁ。さっきから何度も謝ってるじゃない」
「ふぅん」
「いい加減、機嫌直してくれないかなぁ」
「そうなんだ」
何だかもう、いっそ清々しいくらいに全く会話が成立していない。目だってまともに合わせちゃくれないし。こんなのを四時間も続けていれば、いくらなんでも精神がまいってくる。もうそろそろ勘弁して欲しい所だわ。
「ねぇメリー、いつまでもむくれてないで――」
「別に」
あ、ようやくループが切れてくれた。
「もう怒ってないわよ。私、そういう顔してるでしょう?」
そう言ってこちらに向けられたその表情は……まぁ、確かに、口の方は『笑ってる』って形になってるとは思う。一応。両の端が吊り上ってるし。引きつってるだけっていう気もしなくもないけれど。
でもね、その上。目がきつい。低視聴率子供番組の玩具在庫でもみるかのように冷たい目だわ。『かわいそうだけど明日の朝にはおもちゃ屋さんのワゴンセールにならぶ運命なのね』ってかんじの!
まずい。これはまだ、かーなーり、怒ってる。
「あのさ、そういう科白は、もう少し巧く顔を作ってからにしてくれない?」
「へぇ」
うわ、またループに戻ったっぽい。子供じゃないんだからいい加減、と、こちらも流石に少々腹が立ってくる。
ただまぁ、そもそも悪いのは、確かに私の方なんだけれどもね。
前日のバイトが長引くから出発を一時間遅くしてくれって、そう言われたのを押し切って、6時20分の列車にしたのは私。それでもって今日の朝、いつも通りに遅刻してしまったのも私。
もっとも、遅刻といっても僅か五十八秒。一分だって遅れてはいない。普段に比べればむしろ早い方だわ。実際、予定してた新幹線のすぐ次、三分後に出るやつへ乗る事が出来た。
ただ、世の中には、個人の力ではどうしようもない『不幸』というのがあるもので。私達が飛び乗ったそれは、本来乗る筈だった列車よりも停車駅が多い、要は足の遅いやつだったのだ。
そして『不幸』っていうものはこれがまた、一度起きると重なるっていうのが昔からのお決まりで。京都からここまで、一本で来られるのならばそう問題も無かったのだけれども、実際には途中で乗換えが二回。最初に乗った列車が予定よりも遅れたものになっていると、次の乗換え駅でもまた遅れが生じ、そしてそのまた次でも、と。
結局九時過ぎに到着予定だったのが、今や十時を回っている。一時間遅く出発した場合と、同じ結果になってしまったわけだ。
「ね。私、どうしたら良い?」
「ふぅん」
問いかけに応えず、メリーは私に背を向けて歩き出した。あぁ、ループに逆戻り確定だ。
て言うか彼女、行き先わかってるのかしら。今回の目的についての詳しい事は行きしなの列車の中で一応話はしたけれども、はっきり言ってちゃんと聴いていてくれたとはとても思えないし。
何だろう。何処かに向かって歩いてるっていうんじゃなくて、とにかく私と距離を取りたいって事なのかしら。つれないなぁ、つれないわよ。
「ねぇメリー。何処かお茶飲める所でも入ってさ、少し話しましょう?」
「そうですか」
まずい。ループに戻ったどころか、事態はより悪化しているようだ。この調子だといずれ、『宇佐見さん』とか呼ばれそうで怖い。そんな事になったら、ちょっと再起不能になりかねないわ。精神的に。
あれこれ思い悩んでいる私をよそに、ずんずん歩き続けるメリー。そんな彼女の背中が。
「?メリー」
不意に停まった。
そうして怪訝な顔つきをしながら、鼻をくんくん鳴らしている。
子犬みたいで何だか可愛い、と、そう言おうとして危うく口を閉じる。今の状況だと、どうにも良い反応が得られるとは思えないし。
それにしても何だろう。何がそんなに匂うのだろうか。私も、意識を鼻に集中してみた。
「あれ、これって」
水の匂い。
湖が近いから? ううん、そういう感じじゃないわ。空気全体が湿った匂いを纏ってきている。それだけじゃない。いつの間にか、周りの景色が随分と暗くなっているし。ちょっと、もしかしてこれは。
「気象庁の嘘つき!」
思わず声に出してしまった。
雨だ。本当に突然に、雨が降ってきたのだ。今の今まで、雲一つない、正しく快晴だったというのに。まるで夏の午後の夕立みたいに。
「ちょっと蓮子、傘持ってない?」
あ、やった。普通に話しかけてもらえた。
って、喜んでる場合でもないか。雨足はどんどん強くなっている。その上、風まで吹いてきた。
「ごめん、私も持ってない。……あ!でも、あれ」
少し先、雨に霞む風景の中で、頼もしく輝く7の文字。開いてて良かった! コンビニだ。
とりあえずの雨宿りか、それとも傘を手に入れるか。とにかく私達は走り出した。
「しゃいませー」
微妙に元気の無いバイト君の声に迎えられてドアをくぐる。店内には、多分私達と同じなんだろう、外から避難して来たと思しき濡れた格好の先客達が何人か居た。傘を物色しているおばさんに、所在ない様子で漫画雑誌をめくっている若い男性、恨めしげな表情で外を見つめているスーツ姿のおじさん。
雨は一向にやむ様子もなく、むしろ、どんどん強くなっている。雨が地面を叩く音、風が鳴く音、そういったものが、お店の中でもはっきり聞こえるくらいに。夕立どころか、これじゃまるで台風よ。
あ、道路工事中の立て看板が転がってる。
「ねぇメリー、知ってる? 気象庁の球技大会が」
「雨で中止になったって話?
都市伝説の類だと思ってたけど、この様子だと、実際の出来事だっていう気もしてくるわね」
「ま、降水確率っていうのは一の位は四捨五入だから、ゼロって言っても、実際は4.99%だったのかも知れないけど」
「それにしたって二十回に一回よ? 運か悪いんだか良いんだか、一体、こういう場合はどちらなのかしら」
濡れた金髪を指で弄りながら、心底うんざりしている、そんな顔で文句を並べる相棒とは裏腹に、私の方はついつい声が弾んでしまっている。
ああ、普通に、まともにお話ができるって、なんて素晴らしい事なのかしら!
これぞ雨降って地……は違うけど、あれよ、恵みの雨ってやつかしら。きっと神様が可哀想な私を見かねて、会話のきっかけを作る為に降らせてくれた、そうに違いない。気象庁には抗議の電話がかかるのを承知の上で。
ありがとう、神様。ごめんね、気象庁。
「で、蓮子。こんな悪天候の中、これから私達、何処に向かうのだったかしら?」
すごいすごい。さっきまでの嫌な沈黙がまるで嘘だったかの様に、トントン拍子で話が進んでいく。神様、本当にありがとうございます。
ま、コンビニで立ち話っていうのが少々味気なくはあるけれど、そこまで贅沢も言えないしね。
「今回の遠出の目的、これは判ってる?」
「おおまかには。先生の言っていた……何だっけ、裏守矢……だったかしら」
「そ。その裏守矢について調べるのが、今回の私達のお仕事」
メリーの言ってる先生っていうのは、うちの学校の名物教授の事。私達と殆ど変わらない歳で、いくつもの博士号を持っているという、本物の天才。
ただまぁ、天才とナントカは紙一重って、そんな言葉を地でいっている様な人であって。
学会では、若くして伝説クラスの奇人扱い。
ついこの間も、『人類の月着陸は無かった』どころか、『アポロ計画の真の目的は月侵略、だが月星人に惨敗続き、よってNASAは事実を隠蔽してるんだよ!!論』なんて素敵な本を出版。一般人の月面旅行も目前に迫ったこのご時世、そのあんまりにもあんまりな内容は、トンデモ本扱いを通り越して評価がグルリと360°、普通にSF(サイエンス・ファンタジー)小説として認知され、特に若い層に好評。本人も気を良くして、次回作の構想を練っているらしい。
『前世紀の世紀末大予言本じゃないんだから』
助手の人も、呆れ顔でそう言っていた。これで特撮映画化されでもしたら完璧。ちなみに次回は、『実は地上に残っていたかぐや姫』と『その従者』が出てくるそうだ。ああ、Sが消えそうな気がする。
まぁ、それはともかく。
教授の奇行は他にも数え切れない程。ネット上では、『ICBMを所持してる』だの『核動力ロボを開発した』だの、有象無象の噂が広まっていて、しかもそれら全てを、『あの人ならやりかねない』と、そう思えてしまう様な性格と能力の持ち主。
そんな人物が私達の奇妙な力に目をつけないわけもなく。世の怪奇不思議を調べる為の、助手というか部下というか手足というか、まぁ、便利に使われてしまっているわけだ。
もっとも私としては、教授とは趣味や話が合うし、こうして面白い所を周れるのも楽しいんだけどね。
相棒の方はそうでもない様子だけど。
「で、その裏守矢っていうのは?」
「この地方の神話については」
「お諏訪様が、ここの土着の神様を倒したっていう、それ?」
「そう、それ」
全国に二千以上も在るという諏訪神社。その総本社である諏訪大社に祀られている神様、建御名方神(たけみなかたのかみ)。神話によると彼はそもそも、ここの地元民ではないそうだ。
もともとこの地を支配していたのは洩矢(もりや)という神様だったのたが、後からやって来た建御名方神との戦いに負け、支配者の地位を奪われてしまったという。
もっともこの両者の関係、実はそれほど悪いものでもなかったらしい。建御名方神に敗れた後も、洩矢神は別に死んだとか追い出されたとかいう事もなく、この地に残ったまま、実質、共同統治みたいなやり方をしていたそうだ。
「建御名方神の子孫、諏訪氏から、大祝っていう、いわゆる巫女みたいな役割の男の子を出す。
そして、神長っていう、儀式や何かの実際を仕切る、要は神官みたいな職を担当していたのが、洩矢神の子孫、守矢氏」
「守矢氏は実務。諏訪氏は営業。そんな所?」
「そんな所。表向きは、ね」
「表向き?」
「本題はここから」
洩矢の話自体、外の人間である私達からすれば諏訪大社の裏の歴史みたいなものなんだけど、教授の調べた所によると、どうも更に裏があるらしい。
この地に侵入してきたのは、実は建御名方神ではなかった。
正確に言えば、建御名方の名は、外部に諏訪の真実の歴史を知られぬ為に用意された仮の名前。
諏訪の地を新たに支配した本当の神は、洩矢を完全に屈服させるのが不可能と判断すると、洩矢に表向きの名前、建御名方を与え、外からは『新たな神、建御名方が諏訪を支配した』と見える様にした。
そうして自身は、建御名方の妻と称し、表舞台からは姿を消したという。彼『女』は洩矢との繋がりを保つ為、その子を従者として傍に置いた。
「大祝も神長も、そのどちらも表向きの看板みたいなもの。
本当の実務担当、実際に神様の力を降ろし、それを行使して奇跡を起こしていた一族がいる」
「それが裏守矢?」
「そう。
土着神である洩矢の血を直接受け継ぎ、隠れた真の外来神に仕える一族。人でありながら、神とも言える存在」
「何だか、男の子向けの漫画かテレビみたいな話になってきたわねぇ」
うん。それは私もそう思う。これで私達が妖怪にでも襲われて、そこをその謎の一族が助けでもしてくれたのなら、もう完璧。そうして始まるバトル展開。止まらぬ強さのインフレ、美形敵キャラ続々登場、そしてアニメ化ゲーム化、ついには劇場映画化!
「でまぁ、その裏守矢なんだけど。
教授の推測では、何せ隠れた一族なんだし、多分名前も守矢とは変えて、身分を偽っているんじゃないかって。実際、守矢氏の系譜にはそれらしいものは書かれていないそうだし」
「書かれていないって事は、存在しないって事なんじゃないのかしら」
「隠れた一族なんだから、そりゃ書かれてないでしょうね」
「まぁ、なんて悪魔の証明」
メリーの疑問はもっともなもの。私だって、同じ事を教授に訊いている。
で、教授自身、諏訪大社や神長官へ、実際に問い合わせてみたそうだ。
『うちに“裏守矢”なんてありませんよ……ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから』
返って来たのはこんな言葉。何て言うか、答えた人の引きつった顔が目に浮かんで、痛ましいと言うか微笑ましいと言うか。
それでも教授は、『隠れた一族なんだから、外部の人間に“居る”なんて言う筈ないじゃない!』と、むしろ嬉しそうだった。
そもそも今回の話の発端となった教授の調査ってもの自体、かなり怪しかったりもするんだけど。
聞いた話によると、ここ十年程の記録の中で、諏訪湖周辺に於いてごく局地的、かつ、ある一定のパターンを持った奇妙な気候変動と、それに、霊力磁場のかすかな乱れを発見したらしい。
霊力磁場なんていかにも胡散臭そう、かつ安っぽい響きの単語にツッコミを入れたかったけど、あの人の場合、ツッコめばツッコんだだけ、また更にツッコミ所満載の話をとめどもなく始めてしまうから、そこは黙っておいた。
で、ちょっとした異変を見つけた後は、都市伝説の類の収集と、そして、教授お得意の理論の飛躍によって、裏守矢なんてものまでたどり着いてしまった、と。
「要は今回の目的は、先生が新たに伝奇小説を書くから、そのネタ探しをしろって事?」
「いやいや。本気らしいわよ、コレは。だからこそ、私達がかりだされたんじゃない」
私もまぁ、メリーと同じく、最初は小説の話かと思ったんだけどね。
て言うか教授にとっては、今回の話も月の話も、どちらも本当の本気なんだろうけど。
ま、こちらとしては、裏守矢の話が真実かどうかはさておき、教授の提供で土日の二日間、観光旅行ができるのなら、と、この調査を引き受けたわけだ。
それにもしかしたら、アタリを引く可能性も在るのだし。
「で、結局」
前置きが随分と長くなってしまったけど。
「これから何処に行くのよ、蓮子?」
話が最初に戻ってきた。
「諏訪大社っていうのは、諏訪湖を挟んで南に上社が二宮、北に下社が二宮。本宮や、それに、守矢の資料館があるのは南側ね」
「で、私達が今いるのは?」
「諏訪湖の北西、天竜川の河口付近」
「それって、逆側じゃない」
「あえて逆側、なのよ。隠れた一族なんだし、表向きの本家本元とは、少し離れた所に居そうじゃない?」
あとはまぁ、真の外来神の正体と目される八坂の神が、下社の方に居るとされている、って事もあるんだけどね。
もっとも、理由なんて本当は全部適当。手がかりはほぼゼロ、それどころか、そもそも裏守矢自体が、教授の妄想の産物である可能性が高いのだから。
「ま、今日と明日の二日間、ぶらぶらと諏訪湖観光を楽しむって事で。どう、メリー?」
「そうね。それも悪くはないかしら。ただ、天気の方は……あら」
雑誌棚裏の窓ガラスに目を遣ったメリーが、小さく声を上げた。
話に夢中で気が付かなかったけれど、いつの間にか雨はやんでいた。
まるで台風の様な、そんなさっきまでの光景なんて無かった事になったみたいに、コンビニの大きな窓から見える町は、遮る物のない陽光によって明るく輝いていた。
素敵。なんだかドラマみたい。喧嘩した二人が、突然の雨で雨宿り。そこで仲直りをして、気付けば雨はやんで、陽の光が射していて。
「じゃ、行きましょうか。メリー」
傘は必要なくなったけれども、だからって何も買わない、というのも愛想が無い。私は、白い猫の描かれたペットボトルのカルピスを二本、手にしてレジへと向かう。
「これは私の――」
『何時だと思ってるの貴方! 大遅刻よ!』
レジの裏、バックヤードへと通じているのであろう開け放しの扉。その奥から飛び出してきた怒鳴り声が、私の言葉を遮った。
あのねぇ。駄目なバイト君を叱るっていうのは、そりゃ、お店の人としては当然すべき事だとは思うわよ?
でもね、コンビニは接客業。やるならお客様の目につかない様に、耳に届かない様に。それが気配りってものでしょう? でないと、不快な気分をさせちゃうじゃない。
……て言うか。
「――奢りだから」
触れられたくない話題を、ぶりかえす様な真似は勘弁して下さい。いやほんと。
馬鹿。遅刻したバイト君の馬鹿。少しは、気を利かせて雨を降らせてくれた神様を見習いなさいよ!
私は、恐る恐る相棒の顔をのぞいてみた。
「ありがとう、宇佐見さん」
助けて、神様。
◆
正直に言ってしまおう。私は、楽しみでしょうがなかったのだ。
もう随分と、日の沈むのが早くなってきた。
まだ夕方と言える時間なのだけれども、すっかり暗くなってきている湖畔の公園。
朝、私達が着いた駅からもほど近い、その公園に在る芝生広場に腰を下ろし、膝の上には近くのスーパーで買ったパックのお寿司を乗せながら、私は溜息をついた。
「メリー。
そのヒラメ食べないの? ガッつくようだけどわたしの好物なのよ…………もらっていいかしら?」
自身の分3パック、さっさと食べ切ってしまった蓮子が、口の中に物を入れたままでこちらに向けて手を伸ばしてきた。
何だか無性に腹が立ったので、少し強めに、その無作法な手をはたいてやった。
「なによ、メリーのケチ」
あーあ。ちょっと甘い顔をすると、すぐこれだ。朝はあれだけ、ごめん、ごめんって、神妙な顔をしていたというのに。
いつまでもすねてるなんて子供じゃあるまいし、と、そう思ったから私は、朝、雨宿りのコンビニの出際で一発、キツいのをかましてやったのを最後に、いつもの私に戻る事にした。
そうしたらどうだ。最後の一撃で随分とヘコましてやったはずが、あっという間にダメージは回復、今日一日、早足であちこち巡っている内に、あっさりと普段の蓮子に戻ってしまった。
さっきだって、夕食は地元の物が食べられるお店でゆっくり座って、と、私はそう言ったのに、蓮子ったら、『夜の諏訪湖を見ながら食べたい』って、目についたスーパーに飛び込んで、こちらの意見には少しも耳を貸さず、さっさと夕食を調達してきた。
しかも、十貫入りのお寿司を4パック。周りの人はきっと、二人で2パックずつって、そう思ったに違いないわ。私は1パックしか食べないっていうのに。ああ恥ずかしい。
て言うかそもそも、何が悲しくて、湖を眺めながら海産物を食べなきゃいけないのよ。わけが判らない。
でもまぁ、このヒラメは確かに美味しいわね。
「あーぁあ。結局、今日は何一つ、有力な情報は得られなかったわねぇ」
そう言って、蓮子は芝生の上で仰向けになって寝転んだ。そして月を見上げながら、ここは諏訪湖です、なんて呟いてる。うん、それは私も知ってる。
それにしても蓮子ってば、一応少しでも、裏なんとかについて調べようって、そういう意思が有ったんだ。私なんかもう、完全に観光旅行のつもりでいたんだけれど。
「それにしても」
夜の湖を見ながら、私は何とは無しに呟いた。
「『ほつれ』が、すごいわねぇ」
昼間、大きな白鳥の形をした遊覧船に乗っていた時にも思ったのだけれど、この湖、いたる所で空間に『ほつれ』が見える。
一つ一つは小さいし、穴が開きそうな程のものは無いのだけれど、とにかく数が凄い。
一つの場所でここまで集中しているっていうのは、京都でもそうそう見れないと思う。
「ねぇメリー。今、何て」
突然、引き締まった顔になって、蓮子が身を起こしてきた。
「え。いや、別に。ちょっとこの湖、空間の『ほつれ』が多いかなって」
頭上の帽子に手を当て、口は半開きのまま、蓮子は固まった。まあ、何だかとっても間抜けで、でも、ちょっとだけ可愛らしいかも。
「――ったーぁもうっ!」
今度は大声で叫びだした。
どうしたんだろう。変な物でも食べたのかしら。今のお寿司? だとしたら、もしかして私もピンチ?
「馬鹿か私は! ううん、むしろ、馬鹿だ私は! 断定! 決定っ!」
あら、ようやく気付いたの。
「こんな簡単な事に、今の今まで気付かなかったなんて!」
そうね。私はとっくに気が付いていたわ。
「今日一日、無駄したわー!」
……ちょっと。
何よそれ。
今のはちょっと、胸にチクリときた。
最悪の始まりだった今日だけど、でも二人して、駆け足で色々な所を見て回って、それでやっと、今日は楽しかったかなって、そう思えてきていたのに。
無駄だったんだ。蓮子にとってそんな一日が、私と一緒の時間が無駄だったんだ?
「ねぇメリー。ちょっとこれ、見て」
私の気持ちなんてまるで知った風もない。そんな様子の、少し興奮気味の彼女が、バッグから取り出した一枚の紙を目の前で広げてみせた。
「これ。旅行前教授から渡された、諏訪湖全体を写した空中写真なんだけど。
この写真でも見える? 『ほつれ』」
あのねぇ。こんな、何万分の一って感じの縮尺の写真で、そこまでが判るわけ……。
「……ええっと。これって、紙にしわが寄ってるとか、そういうんじゃないわよね」
見えた。
湖全体に、薄い鉛筆を無造作に走らせたかの様な、そんな細かな線が、しわみたいな小さな線が、無数に見える。
「ね、メリー。『ほつれ』が極端に集中してるとか、そんな所、無い?」
集中っていうか、湖全体がかすれて見えている様な感じなのだけれども。あら、でも不思議。諏訪大社の四つの宮には、殆ど線が見えないわ。
それ以外だと、特に気になる点も……。
「……あれ。ここ。他に比べて少し……ううん、明らかに密集してる」
「何処!?」
湖の北西、天竜川の河口から少し入った所。今いるこの公園からも、そんなに離れてはいない。
線が濃すぎて、何も見えないくらい。何だろう。気持ち悪い。
「――信っじられない。私って、本当、どこまで馬鹿なのかしら」
私の指が置かれている地点を見ながら、彼女は頭を抱えている。
馬鹿。本当ね。本当に馬鹿。ばかバカ馬鹿莫迦蓮子の馬鹿。
「教授の推測が当たってるのなら、新旧二柱の神様に最も縁の深い、そして、最も古い場所を、まずは調べるべきだったのに!
ねぇメリー、知ってる? 貴方が今、指しているそこは、二柱の神様が雌雄を決した所。この地の神話の、始まりの地なのよ!」
言うが早いか、彼女は立ち上がった。そうして。
「行くわよ、メリー」
それだけを言うと、こちらの意思を確認しようとするそぶりさえ見せず、一人でずんずんと歩き出した。
見る見る内に遠くなっていく背中。
「ちょっと、待ってよ」
私は、慌てて後を追った。
何なんだろう、これって。いっつもこう。
何でもかんでも一人で決めちゃって、私を巻き込んで、でも私の言う事なんか全然聞いてくれなくて。
そんなに自分の好きなようにやるのが良いのなら、いっそ、一人で行動すれば良いのに。どうして、いつも私を一緒に連れて行こうとするのよ?
やっぱり、この眼? この眼が必要だから、『あっち』への入り口が見える私の眼が必要だから、だから私が必要なの?
馬鹿蓮子!
◆
正直に言ってしまおう。私は、かなり甘えてしまっていると思う。
神話によると、この地に侵攻してきた神様と土着の洩矢神は、天竜川を挟んで南北に各々の陣を構えたという。
南側、洩矢神の本陣があった場所には、その名を冠した神社が今でも残っている。
けれど、メリーが示したのはそこではなかった。
「ああ、気味が悪い」
もう何度目だろう。メリーが呟いた。
洩矢の本陣跡を離れ、山に向かって更に進んだ所。そこが、メリーの見た『一番濃い所』。
「19時29分」
私は空を見上げて言った。最後の民家のわきを通り過ぎた時が、確か19時11分。あれからかれこれ、二十分近くも歩いているわけだ。
道は一本道。足の下は、とっくに舗装から砂利に変わっている。一応、車一台が通れる程の幅はあるのだけれど、地面に轍は見当たらない。
等間隔に並ぶ電信柱と、そこに付けられた申し訳程度の裸電球と、これらのおかげで道を外れてないって事だけは判るけど、それ以外の人工物はまるで見当たらない。もう、ほぼ完全に山の中。
「気味が悪い」
まただわ。何だか、段々と頻度が上がっている気がする。
でもそれって、この道が当たりだって事の証拠よね。わくわくしてきたわ。
……と、ここまできて不意に思った。友達が『気味悪い』と繰り返すのを聞いて、喜んでいる自分。
これって、あんまり趣味、良くないわよねぇ。
「ねぇ、メリー」
返事は無い。
朝のように、意図的に無視してる、というわけではなく、どうやら本当に聞こえてないって様子。視線が、あっちに行ったりこっちに行ったりしている。怖がってるって事なのかしら。やっぱり。
まいったなぁ。何故だか急に、頭が冷静になってきてる。変わりばえのしない単調な道を、ろくな会話もせずにずっと歩いていたせいかしら。
冷静になってみると私、メリーに対してちょっと、配慮が足りてなかったのかも知れない。
朝の遅刻の事もそうだし、さっきだって、本当はご飯の後、予約の取ってある駅近くのビジネスホテルに行く予定だったのが、メリーの話を聞いた途端、何かこう、頭の中でスイッチが入っちゃって。
落ち着いて考えてみれば、別に相手が逃げるってわけでもないだろうし、明日の朝、改めて行けば良かったかな、とも思う。
自分でも思うけど、どうにも私、興味を引かれるものと出会うと、ちょっと歯止めがきかなくなってしまう所がある。マイペースが過ぎるというか、そんな感じかしら。正直、人付き合いをするに於いては、少々の難となりそうな性格の気もする。実際、いつでも一緒なのってメリーくらいだし。
で、私はそんなメリーに、こんな私と、いつでも一緒に居てくれるメリーに、多分、甘えてしまっている。
今日だって、朝、見事に失敗をしてしまったというのに、雨宿りのコンビニの後、メリーが機嫌を直してくれたのを良い事に、すぐいつもの自分に戻っちゃって。
私、調子に乗っちゃってたわよね。反省。
「あの、さ」
ああ、どうしよう。
何か、何か言わなくちゃ。でも駄目。言葉が続かない。
何かを、って言うか私の気持ちを、はっきりと言葉で伝えたい。でも駄目。そのための文章が、頭の中に浮かんでくれない。
ああ、それでも。何かを話さないと。
「ねぇ、メリー」
「ねぇ、蓮子」
二人の声が重なった。でも私の方は、その先を考えていないから黙るしかない。
暫しの沈黙の後、遠慮がちにメリーが口を開いた。
「ねぇ、あれ。あの光」
そう言って指を向ける先、暗い夜道の終点に、淡い光と、それが照らし出す古ぼけた鳥居の影。
ああ、まずい。頭の左側で、そんな声がした。
それと同時に、頭の右側からはカチリという音。
「ビンゴ! 行くわよ、メリー!」
口よりも先に、私の足は走り出していた。
「ちょっと、待ってよ!」
そんなメリーの声を背にして、私は一足先に鳥居をくぐる。
境内は、確かに古びてはいるし、かなり小さいけれど、正直、町中にある神社と比べて際立って不可思議な点も見当たらない。
強いて言ったら、ご立派な御柱か。でもこれにしたって、この地方じゃ珍しくもないし。ただ、ちょっと数が多い気がしなくもないけれど。
「ねぇ、本当にここなの?」
一足遅れてやって来た相棒に声をかける。
「間違いないわ。って言うか蓮子の方こそ、何も感じないの?
ここ、明らかに空気の色が違う。もう半分くらい、あっち側に足を踏み入れてるって、そんな感じ」
おお、それは凄い。これは、期待大だわ。
改めて周囲を見回してみる。
拝殿の口、賽銭箱の上には、小さな蛍光灯が設けられているが、それは今、点けられていない。鳥居の脇にある石造りの常夜灯も、手水舎につけられている電球も同じく。
私たちが見た光は、参道から少し外れた所にある、小さな建物の中から漏れる光だった。
社務所、かしら。兼住宅って感じの。
「すみませーん」
今回は別に、参拝が目的で来たわけじゃない。本殿はとりあえず無視して私は、明かりの点いている建物の扉前で、呼び鈴を押しながら声を上げた。
けれど、返事は無い。おかしいわね。誰も居ないのかしら。仕方ない。連打してみるか。
「ちょっと。こんな夜中にやめなさいよ。迷惑だし、恥ずかしい」
メリーがそう言うものだから、ピンポンラッシュはお終いにする。まぁこれだけやって無反応ってことは、どうやら無人なのは確定のようだし。電気を消し忘れたまま、何処かへ出かけているのかしら。
……ああ、でもこれで、中に入ってみたら食事の用意がしてあって、コンロには火がついてやかんが乗っかっていて、テレビもつけっぱなしで、それでもなお誰も居なかったりしたら、それはちょっとした、ううん、かなりの怪奇現象だわ。
まぁ、それはともかく。
「そうしたら、お次は」
本殿ね。
神社の中心。神様の居る所。何かが在るとしたら、ここしかない。
「ねぇ、蓮子。やめましょう? 罰が当たるわよ、きっと」
「大丈夫よ、メリー。
罰っていうのは、神様が人間に与えるものでしょう?
神様が本当は存在しなければ罰は当たらないし、本当に居たら居たで、それは大当たり。どちらに転んでも問題なしよ」
さてさて、中に入るにはどうしたものか。とりあえず裏手に回ってみようかしら。
「楽しそうね、とっても」
「それはもう。さあ、蛇が出るか蛙が出るか」
「出るのは鬼でしょうに」
無粋なツッコミね、メリー。蛇と言ったら蛙、蛙と言ったら蛇、そんな昔からのお約束を踏まえた、小粋なジャパニーズジョークじゃない。
ああもう。自分でも判る。テンション上がってきてるなぁ、私。
さてと。それじゃまぁ、いっちょ……。
「何の御用でしょうか」
突然の、全く予想もしていなかった第三者の声。
若い、女の子の声。それが、背後から私達の動きを止めた。
ゆっくりと振り向いた先、出て来たのは、蛇と蛙、両方だった。
「参拝の方? 珍しい。こんな辺鄙な所まで」
白い色の蛇と、紅い眼の蛙と。そんな、奇妙な形の髪飾りをつけた少女。
髪飾りだけじゃない。服装だって、一見して巫女さんのようだけど、普通の神社で見かけるそれとは明らかに違っている。
歳は、私達と同じ位かしら。柔らかい笑顔で、こちらを見つめてきている。
「参拝と言うか、まぁ」
それにしても、今の今まで居ないふりを決め込んでいたのが、どうして突然現れたのかしら。ビックリしたわ。
「大学のレポートを作るのに、この辺りの神社を色々調べていまして」
多少語弊のある気がしなくもないけど、嘘じゃあないわよね。教授に事の顛末を書いて渡せば、それは立派にレポートなわけだし。
「あら。もしかして、トウリの」
「トウリ?」
「え? あ、ううん。ごめんなさい、こちらの話。気になさらないで」
その科白、気にしてくれって言っているようなものよ。トウリ。何なのかしら。
「貴方達、もしかして、この辺りの人では――」
「ええ、京都から」
「まあ、京都!
そんな遠くから、わざわざ大学のレポートの為に」
しまった。今のは、ちょっと失言だった。
確かに、たかがレポートの為に、京都から諏訪っていうのは不自然な気がする。卒論にしておけば良かったかしら。
こうなったら、下手に警戒をされる前に一気に話を進めた方が良さそうね。
「あの、それで、この神社について、ちょっとお話を聞きたいんですけれど。
例えば、裏――」
「ねぇ、貴方達」
強引に話を切られた。まずい。もしかしたらもう既に、警戒され始めているのかも知れない。
「あの――」
「京都から来たと言ってましたけど、今日の内に帰るのですか?」
「……いえ、今晩は宿をとってあって、明日、帰る予定です」
「それなら今日の所は宿に戻って、お話をするのはまた明日に。そうしてはどうかしら?」
余計な話はしたくない。さっさと切り上げよう。
そんな意思が、はっきりと伝わってくる。
「都会の方には判らないのかも知れませんけれど、この辺りのような田舎の夜道は、結構危ないものなのですよ。だから」
「でも――」
「安心して下さい。別に私は、逃げも隠れもしませんから。また明日、いらして下さいな」
やれやれ。この調子だと、これ以上は無理そうね。
「判りました。それでは、今日はこれで。夜分遅く、失礼しました」
仕方ない。今日は一旦引き上げるか。そうして策を練って、明日また挑戦、ね。
彼女の言ってた通り、逃げも隠れもっていうのはありえないわけだし。人間はともかく、神社の方は。
明日もし彼女の姿が消えていたら、その時はその時で、今度こそ本殿の中身を確かめさせてもらうとしましょうか。
「行きましょう、メリー」
相棒に声をかけ、私は鳥居に向けて歩き出した。
ああでも、その前に。
「帰る前に一つだけ、訊きたいんですけど」
「……なんでしょう?」
何故だろう。よく判らないけれど、無性に気になって仕方ない、その。
「その蛇と蛙の髪飾りって、貴方個人のアクセサリーなんですか。それとも」
「代々、この神社に伝わる物、ですが?」
やっぱり。
でも、だとしたら、なんで。
「なんで、蛇と蛙なんですか?」
ほんの一瞬、ほんの僅かの動き。
でも、私は見逃さなかった。目の前の少女の表情が、戸惑いの色を見せたのを。
「さぁ、なんででしょうね?」
「蛇っていうのは、何となく判ります。脱皮をする姿が、死と再生の繰り返しと見られて、色々な神話で神聖化されていますし。
でも、何でここでは蛙が一緒なんですか。
蛇と蛙っていったら、食う者、食われる者の関係ですけど、それを一緒に装飾具としている理由は?」
私の言葉を聴いている少女の表情に、今度は明らかな変化が現れた。
視線をそらし、顔をしかめている。露骨なまでに、こちらの質問を嫌がっている様子が見て取れる。
「どちらも同じ爬虫類、だからじゃないかしら?」
笑顔に戻って、そう彼女は言った。でもね。
「蛙は両生類、ですけどね」
馬鹿にしてるのかしら。
蛙と蛇の間柄は、アカントステガとテコドントの間柄と同じくらいは離れているわ。そんな事、小学生だって知ってる。
それともあえて下手な冗談を言って、話を煙に巻こうって魂胆かしら?
「やっぱり諏訪大社の、蛙狩神事と関係があったり――」
「ああ、あのね。
ごめんなさい。私もよく知らないの。本当に。ごめんなさい」
まただ。また、話の腰を折られた。
何だか、話を途中で切ったり、はぐらかそうとしたり、そういうのが多いわね、この人。この様子だと、何かを隠してるっていうのは、どうも間違い無さそう。
「髪飾りについては……判りました、ありがとうございます」
自分の神社に代々伝わってる物の由来を知らない、なんて、そんな事あるのかしら。でもまぁ、この場でこれ以上、問い詰めても進展は望めなさそうだし、また明日、角度を変えて攻めてみるか。
ああ、それと。
「最後に、これで本当に、最後ですけど」
一つだけ、と言いつつ、質問が二つ、いえ、正確には三つ目になってるけど、気にしない。
私のよーな人間は、『欲張り』もゆるされるわね。いや、根拠は無いけど。
「貴方は神様の存在を信じていますか」
「いいえ、と、言うわけにはいきませんね。神社の人間としては」
少し困ったような笑みを浮かべながらの答。ある意味、当たり前の反応。
でもね、私が聞きたいのは、そういう事じゃなくて。
「宗教家としてとか、信仰の云々とか、そういう話じゃなくて。
『テレビに出てくる有名人は実際に存在する』っていうのと同じレベルで、貴方個人が、神様が実際にいると思っているのかどうか、と、それを訊きたいんです」
こちらの質問の意図を理解したのだろう。少女の顔から再び笑みが消えた。
そうして急に疲れた顔になり、溜息混じりに言い放った。
「世の中、知らない方が良い事も在りますよ」
お腹の底から搾り出した、そんな感じのする重い声。
けれど、それも一瞬。すぐに元の穏やかな顔に戻って、そうして彼女は言った。
「それでは。帰り道、気を付けて下さいね」
◆
「……そもそも、本殿を覗こうとしたタイミングで急にって所からして怪しいし……」
あの奇妙な神社を離れてからずっと、蓮子はこんな感じ。手を顎にやったり頭にやったり、そうしながら、ブツブツと何かを呟いている。
結局、あの巫女さんみたいな人からは何も聞きだす事はできなかった。
でも、あの神社には何かが在る。それだけは多分、ううん、絶対に間違い無い。
ぼんやりとだけれど、私には見えていた。
本殿と、それから、あの巫女さんのすぐ後ろ。何か、この世のものと思えない空気を持った何かが、確かに存在しているのを。
「ねぇ、蓮子」
返事は無い。
自分の世界に入り込んでしまって、私の声なんて届いてはいないんだろう。もし今ここで、私が急に何処かへ消えてしまっても、きっと彼女は気付かないんだろうな。
「……あの服、肩腋丸出しなのにもやっぱり意味が……」
薄暗い一本道に等間隔で立てられた電信柱をずっと見ていると、何だかそれが、神社の参道わきに立ち並べられた御柱みたいに思えてきて、少し怖くなってきた。もうここは、既に異界なんじゃないかって。もう、元の世界には戻れないんじゃないかって。
「あ」
そんな事を考えていた矢先に、私達の視界へやっと、民家の明かりが飛び込んで来た。安心して、思わず小さな声が漏れてしまっていた。
「……とにかく明日ね。明日こそ……」
蓮子の方は、いまだ心ここに在らず、といった具合。さっきまでの山道ならともかく、こうして人里に戻って来たからには、いつまでもそんな調子だと、交通事故にでも遭いかねないわ。
って、そう思った途端に、私達の前方から自動車のヘッドライトの明かりがゆっくりと迫って来た。
「蓮子、危ないわよ」
私達は道路の端を歩いてて、自動車は真ん中。ぶつかりはしないだろう。
でも、街灯の殆ど無い暗い道に、突然の強い光。視界が一瞬、完全に白一色に染まる。
光だけしか見えない、その一瞬の世界の中で。
「!?」
突然の轟音と振動が私達を襲った。
「な、何っ!?」
けたたましいブレーキの鳴き声と、次の瞬間、ごぅん、と、何かと何かがぶつかる音。
「何がいったい」
光のみの世界から、夜の闇に包まれた世界に戻ってきた私達の目の前には。
「は……しら?」
一瞬、木の幹かとも思った。実際、木である事には違いない。でもそれは、明らかに人の手によって造られた物の形をしていた。
一本の大きな木の柱が、道路の真ん中に立っていた。さっきまではこんな物、影も形も無かったというのに。
ブレーキと共に聞こえた二回目の音は、車が柱に衝突した音。一回目の音は……柱が落ちてきた音? でも、何処から?
「あら?」
ようく見てみると、柱の表面に何か、模様のようなものが描かれている。
「これって」
蛙と蛇。
デフォルメされた蛙と蛇の絵が、柱の表面に描かれている。
蛙と蛇って。そう言えば。
「『田舎の夜道は、結構危ないもの』、『帰り道、気を付けて』、か」
私と同じ様に柱に描かれた絵を見上げながら、蓮子が呟いた。
「え。何、蓮子」
「ねぇメリー、知ってる?
建御名方神は武神、狩猟の神の他に、農耕神として信仰されている。更には、神風を起こした風神とも言われているし、一説には、諏訪湖に宿る水神とも言われているわ。
つまりね、建御名方神は、風や水を司る神様なの」
興奮気味に彼女は続ける。
「今思い出してみれば、朝のあの突然の豪雨も、一発目の『警告』って事だったのかも知れないわね」
そこまで言った途端、蓮子は走り出した。さっきまでとは逆方向。今来た道を戻って、あの奇妙な神社へと向かって。
「ちょっと……」
『行くわよ』とは、言われなかった。『着いて来い』とは、言われなかった。
なら私まで、一緒に行く必要は無いわよね?
……でも。
「――待ってよ」
蓮子の背中を追って、私も走り出した。
一人で待ってるなんて、できなかった。
このままだとあの馬鹿が、何処か遠くへ行ってしまって、もう二度と会えなくなってしまう。そんな気がしたから。
「蓮子! 蓮子!」
後ろなんて全く振り返りもせずに、あの馬鹿はどんどん走って行く。
柱の立ち並ぶ暗い異界への道を、止まる事なく突き進んで行く。
ああ、何で。何でいつもこうなるんだろう。
もういっそ、あんな馬鹿は、何処かへ消えてしまえばいいと、そうも思う。
……ううん、今のは嘘だ。『そう思いたい』と思ってる自分が居るだけ。
でも、そう思えない。
あの馬鹿に振り回されてばかりの自分を、だらしないと思ってる私が居るだけ。
でも、それでも蓮子と一緒を、いつも選んでしまってる。
今回の旅行、バイトが忙しいのに、何で先生の私的な用事の手伝いなんてって、最初はそう思った。
でもそれ以上に、蓮子と一緒に旅行に行くっていう、それが何だか楽しみでしょうがなかった。だからちょっと無理をしてでも、頑張って朝一の列車に間に合わせた。
それなのに、あの馬鹿は遅刻した。私はあんなに楽しみにしていたというのに、あの馬鹿は別にそうでもなかったのだろうか。
そんな最悪の始まりだったけど、それでも蓮子と一緒にあちこち巡った今日一日を、私は楽しいと思った。
それをあの馬鹿は、『一日、無駄した』と切り捨てた。
こんな気味の悪い道を、蓮子と一緒だから、と、我慢して神社まで歩いた。
なのにあの馬鹿は、私への心配りなんかまるで無し。自分の興味の対象にだけしか目が行ってなかった。
そうして、今もまた。
「……ああ、そうか」
ここまで考えていて、そうしたら気が付いてしまった。
馬鹿なのは蓮子じゃない。
私だ。
馬鹿なのは、私だ。
莫迦馬鹿バカばかマエリベリーの馬鹿。
ああ、どうして私は。私はこんな……。
『そろそろ来る頃と思っていましたよ』
突然の声が、私の思考と、走っていた足とを止めた。
気が付けば、すぐ目の前に蓮子の背中と、そしてあの古ぼけた鳥居。
声は蓮子のものではない。聞こえてきたのは、鳥居の更に上から。
『これから私“達”は、幻想の世界へと旅立ちます』
そこは、とても明るかった。
夜中なのにまるで昼間のような……いいえ、違うわ。これは、昼の暖かな明るさとは異質なもの。夜の闇を突然に照らし出す、そう、客星のように冷たく、鋭く、けれど神々しい光。
この世には在る筈の無い、頭ではそう言って否定しようとする風景。それなのに、心の方では何故だかすんなりと受け入れてしまえる光景。
声は、空に浮く不思議な巫女の出す声だった。さっき、蓮子が話をしていたあの少女。光も、彼女の周囲から発せられている。
「旅立つって、幻想の世界って、何?」
蓮子が声を上げた。
『この世界で忘れ去られたもの、即ち、幻想になったものが流れ着く世界。
今の世は、既に神を必要としていません。ならば私“達”がここに留まる理由も、もはや在りはしないでしょう。
ですから私“達”は、人の世を離れ、素晴らしき奇跡の世界へと向かうのです』
彼女の言ってる世界っていうのは、きっと、ううん、間違い無い、私が夢で見るあの世界。理由は判らないけれど、何故か断言できる。
境界のあちら側にある世界。彼女は今から、そこに向かおうとしている。
恍惚とした顔で語る彼女に、私は訊いてみた。
「幻想の世界に行くって、それって、私達がここに来て貴方と会った、その事も関係しているんですか?」
私の問いを聞いて、彼女が穏やかに微笑んだ。でも。
『そうですね。貴方達がここに来た事がきっかけとなり、“私”にも決心がつきました』
でも何故だろう。私にはその微笑みが、何処か少し、寂しげに見えた。
『さぁ、お別れです。
幻想の世界は、この世界とは流れる時が違うとも言われています。もう、貴方達と会う事も無いでしょう』
彼女の体が少しずつ光の粒となって、まるで空気の中へと溶けるように消えていく。
彼女だけじゃない。鳥居も、御柱も、社殿も、神社そのものが、同じように光となって消えていく。
「待って!」
私は、思わず叫んでしまった。
その次の瞬間。
客星の光がひときわ大きくなり、そうして、爆ぜた。
――風の吹く音と、水面に波の立つ音が聞こえる。
「――あ」
私達の目の前に在るのは、夜の湖の風景だった。
「……帰りの手間を省いてくれたって事なのかしら?」
周囲をぐるりと見回して、冗談っぽく蓮子が言った。
確かにここは、夕御飯にお寿司を食べた、諏訪湖の見えるあの公園だ。
でも、何かが違う気がする。
「ねぇ、蓮子。ここって、本当に諏訪湖?」
私の問いに、何を呆けて、と、笑いながら彼女は空の月を見上げた。
「……? あれ、ええと?」
どうやら彼女も、異変に気が付いたらしい。
「あれ? ここ、諏訪湖よ、間違い無く。
でも、さっきまでの諏訪湖と違う場所って言うか、ううん、場所は同じなんだけど、ええと、あれ?」
彼女の眼に映った異変と私の眼に映った異変は、見えているものは違うだろうけれど、多分、同じ異変。
私の眼に映った異変、それは。
「この湖、あれほど沢山あった結界の『ほつれ』が、一つも無くなっている」
今ここに在る諏訪湖は、きっと、さっきまで在った諏訪湖とは別のもの。
本物は、あの巫女さんが一緒に幻想の世界へ持って行ってしまったんだろう。神様を信じないこの世界に、神様の宿る湖は必要ないから、と。
「それにしても」
私は思い出していた。あの人が最後に見せた、あの寂しげな微笑を。
「彼女、本当にあれで良かったのかしら」
神様を信じないこの世界を離れ、素晴らしき奇跡の世界に行くって、あの人はそう言っていた。
でもあの人にだって、この世界に友達は居るのだろうし、未練なんかは無かったのだろうか。
「あの巫女さんが自分で決めた事なんだから、他人の私達が良し悪しをどうこう言ったって無意味よ」
確かに、それはそうだけど。
でもそういう考えは、あまりにドライな感じがする。
「あーぁあ。私も、一緒に連れて行ってもらいたかったなー」
ドキリとした。今の蓮子の言葉。
そうだ。彼女はこういう人間なのだ。
彼女にとって異界行きとは興味の対象。そんな彼女が、あの巫女さんの境遇云々について、思いを馳せるわけも無いわね。
「でも蓮子。あの人の言っていた感じからすると、時の流れがどうとかって、簡単にはこっちに戻って来れなさそうだったけど」
「ま、その時はその時」
冗談みたいな口ぶり。
でも判る。彼女は本気だ。
きっと彼女は、もしその機会に遭遇したとしたら、帰って来れるかどうかなんて気にせずに、迷わず『あっち』へ行ってしまうに違いない。そうして、この世界からは永遠に消えて無くなるんだ。
「ま、もちろんその時は、メリー、貴方も一緒よ」
そう言って彼女は、私の手に触れた。
それを。
「――っや」
私は、反射的に払いのけてしまった。
「ちょ。ひどい。つれないわねぇ」
そう口を尖らせる彼女に、私は言った。
「私の眼は、『あっち』への入り口を見つける為のものでしょ?
だったら、『あっち』に行ってしまった後には、もう必要ないんじゃない?」
私、馬鹿な事を言ってるかなって、そうも思う。でも、それでも、言わずにはいられなかった。
彼女にとって、私の存在が何なのかって、どうしてもそれが確かめたかったから。
「眼? 眼は別に関係ないじゃない。
私は、メリーと一緒がいいって、そう言ってるんだから」
何わけの判らないこと言ってるの、と、そんな事でも言いたげな顔で、蓮子は言った。
馬鹿だ、こいつ。て言うか卑怯よ。馬鹿卑怯。
今みたいな科白、真顔であっさり言えるものじゃないでしょう。普通。
「だから、ね?」
そう言って彼女は、手を差し出した。
今度は自分から私の手には触れず、こちらから手を出すのを待っている。
「……」
それでも私はまだ、手を出す事ができなかった。
欲しかった言葉は得られたというのに、それでもなお、今日一日の事が頭によみがえってきて、そうして思ってしまうのだ。
彼女は本当は、一人で行動する方が性に合ってるんじゃないかって。
「あの、さ」
彼女が、何かを言おうとしている。でも、私は動けない。答えられない。
お互いの間に、どうしようもない沈黙が漂い始めた。
どうしよう。このままじゃ私、凄くイヤな子になっちゃう気がする。何か言わなくちゃ。でも何を?
そもそも、本当に何かを言わなくちゃいけないの? 私は待ってるべきじゃないの?
待つ? 待つって何を? 何で待つの? そうじゃない、私はここは、動くべきなんだ。もうこれで、充分じゃないの。
充分? 何が充分? そもそも私は、何を求めていたんだっけ?
ああ、駄目。自分が何を考えているか、何を考えようとしているのかすら判らなく……。
「あ――――っ!!」
突然の大声。ビックリして思考が一瞬停止。
何? 何なの?
わけも判らない私の前で、その大声の主は、背筋を伸ばし、両手も指の先までピンと伸ばして、気をつけの姿勢で語り始めた。
「あれこれ考えるの、やめ! 言いたいこと迷うの、やめ!
頭の中そのまま、いきますっ!」
ええと、何? いったい。
「私、宇佐見蓮子は、面白いものを見つけるとつい突っ走ってしまいます!
私、宇佐見蓮子は、おかげでいつも一緒に居てくれるのがメリーぐらいしか居ません!
私、宇佐見蓮子は、そんなメリーに甘えてしまってます!
私、宇佐見蓮子は、だからメリーに申し訳が無いのです!」
ちょ、ちょっと! ちょっと何を! 恥ずかしいわよちょっと!?
「私、宇佐見蓮子は、それでもメリーと一緒にいたいのです! 以上っ!!」
――ああ。なんて。
「っぷ」
これはなんて……。
「くっ……ぷぅ、っふ……」
なんて凄い。
「ぷぁははははははははは!!」
なんて凄い馬鹿なんだろう!
ううん、これはもう、馬鹿なんて言葉で済ませられる、そんなレベルじゃない。
馬鹿を超える馬鹿。即ち超馬鹿よ!
ほんともう、勘弁して。私を笑い死にさせるつもり?
「あはははははははっ!」
ああ、なんだかもう。
お腹の底から出てくる笑いと共に、さっきまで私の中で渦を巻いていた色々なものまでが流れて消えていく。
「だから、ね、メリー?」
そう言って再び差し出された手を、それでも私は取る事ができない。
だって、あんまりにも可笑しくて、お腹が痛くて、ちょっと手が離せないのだから!
「……んー、判ったわよ。
いいわよ。私、一人で行くから」
いつまでも馬鹿笑いをしている私に流石に腹が立ったのか、ふくれっ面になって蓮子は、私に背を向けて、そうして歩き始めた。
一歩。
二歩。
三歩。
そして。
「ちょっとメリー。
こういう時はほら、『無理しないの。貴方、友達っていったら私くらいでしょう?』とか言って、引き止めるべき場面でしょうに!」
ああ、やっと。ようやくやっと、笑いがおさまってきたわ。
それにしても蓮子。貴方、女に生まれて良かったわね。
「女性を口説くのに、昔の映画の科白をそのままで拝借するなんて、男の人がやったらとんだひんしゅくものだわ」
そう言って私は、笑い過ぎで濡れた眼をこすりながら蓮子の元へと歩み寄る。そうして、その右手に触れて。
「ぁ痛っ!?」
思いっっ切りの力を込めて、両手で握り締めてやった。
「ちょ、何を!」
「これで今回は、手打ちって事にしてあげるわ。感謝なさい?」
「何よそれー」
涙目で文句をたれる彼女の右手を、今度は左手一本で優しく握り締める。
そうして。
「行くわよ、蓮子!」
私は、私達は、夜の中を走り出した。
あの巫女さんは、今のこの世界は神様を必要としてないって、そう言っていた。
でも、少なくとも私は違う。私は神様に居て欲しい。
だって私には、神様にお願いしたい事があるのだから。
この素敵な超馬鹿と、どこまでも、いつまでも、いっしょに居られますようにって!
丁寧で通りの良い、けれど抑揚のなく無機質な男声アナウンスが、寝不足で朦朧とした脳味噌に心地良く染み込んでくる。
何だろう、こういうの。癒し系っていうのとは明らかに違うんだけど、心安らぐ音ってわけではないのだけれど、どうもこうした、大小上がり下がりのない、平坦でスローペースな音の流れっていうのは、聴いてる人間の脳波まで同じ様に平坦でスローに……。
……っと、危ない危ない。今一瞬、膝がカクッてなったわ。残業帰りの終電で、疲れた顔で吊り革にすがっているサラリーマンみたいに。恥ずかしい。誰も見ていなかったかしら。
『――到着の列車は、6時20分発――』
京都駅の地上部に在る旧東海道新幹線のホームからは、地下の卯酉ホームと違って生の空を拝む事ができる。雲の一つも見えはしない、とてもとても綺麗な青い空。
ああ、空はこんなに青いのに、風は、こんなに暖か……くはないか。この季節、しかも朝だし。ま、それはともかく。太陽はとっても明るいのに、どうして、こんなに眠いの?
……まぁ、当然よね。昨日の夜は、バイトが長引いて終わったのが十時過ぎ。それから家に帰って、ご飯を食べて、お風呂に入って、今日の支度をして。睡眠時間なんてろくに取れてやしない。受験生でもなし、テスト期間中でもなし、それなのにこんな睡眠不足になったのなんて、ちょっと記憶にないくらい。寝るという行為は人間にとって、ううん、動物にとって、最も重要なものの一つだというのに。
『――間もなく発車します。お見送りのお客様は、ホームで――』
昨日のバイトが長引くっていうのは、予め判っていた事だった。相棒にもそれはしっかり伝えておいた。出発を一時間遅らせては、と、そうも提案した。それでも、出来るだけ目的地に到着してからの行動時間は多く確保したいから、と、そう言ったのは彼女なのだ。
そんな事を考えながら、手元の切符に目を落とす。そこに印刷されている文字を、もう一度しっかりと確認してみる。
京都6:20―名古屋6:56・のぞみ200。
『――十二番ホームに到着の列車は6時23分発、ひかり――』
「お待たせ、メリー」
アナウンスの声を押しのけて、その明るい挨拶は私の耳に飛び込んで来た。
あの子は今日も元気だね。馬鹿蓮子め。
“どこいつ”
蒼く高く澄み切った空に向けて、うーっん、と、体を伸ばしてみた。顔を上に向ければ、伸びきった腕に巻かれた時計が、逆光の中、時を刻んでいるのが見える。針が指すのは十時を少し回った所。予定よりほーんのちょっぴり遅れたけれども、無事今回の目的地、諏訪の地へと到着。
京都を出て四時間弱、本当にしんどい旅路だった。何がそんなにしんどかったのかって。
「今日の長野中部、天気予報では降水確率ゼロだって。絶好の散策日和よね。メリー?」
「へぇ」
これよこれ。駅で合流してからここまで、私が何を話しかけても、返って来るのは『へぇ』『ふぅん』『そうなんだ』の三種類のみ。これが1サイクルで以下繰り返し。順番まで固定されてるときた。今日び銀行のATMだって、もう少し愛想のある受け答えをしてくれると思うんだけど。
「……だからさぁ。さっきから何度も謝ってるじゃない」
「ふぅん」
「いい加減、機嫌直してくれないかなぁ」
「そうなんだ」
何だかもう、いっそ清々しいくらいに全く会話が成立していない。目だってまともに合わせちゃくれないし。こんなのを四時間も続けていれば、いくらなんでも精神がまいってくる。もうそろそろ勘弁して欲しい所だわ。
「ねぇメリー、いつまでもむくれてないで――」
「別に」
あ、ようやくループが切れてくれた。
「もう怒ってないわよ。私、そういう顔してるでしょう?」
そう言ってこちらに向けられたその表情は……まぁ、確かに、口の方は『笑ってる』って形になってるとは思う。一応。両の端が吊り上ってるし。引きつってるだけっていう気もしなくもないけれど。
でもね、その上。目がきつい。低視聴率子供番組の玩具在庫でもみるかのように冷たい目だわ。『かわいそうだけど明日の朝にはおもちゃ屋さんのワゴンセールにならぶ運命なのね』ってかんじの!
まずい。これはまだ、かーなーり、怒ってる。
「あのさ、そういう科白は、もう少し巧く顔を作ってからにしてくれない?」
「へぇ」
うわ、またループに戻ったっぽい。子供じゃないんだからいい加減、と、こちらも流石に少々腹が立ってくる。
ただまぁ、そもそも悪いのは、確かに私の方なんだけれどもね。
前日のバイトが長引くから出発を一時間遅くしてくれって、そう言われたのを押し切って、6時20分の列車にしたのは私。それでもって今日の朝、いつも通りに遅刻してしまったのも私。
もっとも、遅刻といっても僅か五十八秒。一分だって遅れてはいない。普段に比べればむしろ早い方だわ。実際、予定してた新幹線のすぐ次、三分後に出るやつへ乗る事が出来た。
ただ、世の中には、個人の力ではどうしようもない『不幸』というのがあるもので。私達が飛び乗ったそれは、本来乗る筈だった列車よりも停車駅が多い、要は足の遅いやつだったのだ。
そして『不幸』っていうものはこれがまた、一度起きると重なるっていうのが昔からのお決まりで。京都からここまで、一本で来られるのならばそう問題も無かったのだけれども、実際には途中で乗換えが二回。最初に乗った列車が予定よりも遅れたものになっていると、次の乗換え駅でもまた遅れが生じ、そしてそのまた次でも、と。
結局九時過ぎに到着予定だったのが、今や十時を回っている。一時間遅く出発した場合と、同じ結果になってしまったわけだ。
「ね。私、どうしたら良い?」
「ふぅん」
問いかけに応えず、メリーは私に背を向けて歩き出した。あぁ、ループに逆戻り確定だ。
て言うか彼女、行き先わかってるのかしら。今回の目的についての詳しい事は行きしなの列車の中で一応話はしたけれども、はっきり言ってちゃんと聴いていてくれたとはとても思えないし。
何だろう。何処かに向かって歩いてるっていうんじゃなくて、とにかく私と距離を取りたいって事なのかしら。つれないなぁ、つれないわよ。
「ねぇメリー。何処かお茶飲める所でも入ってさ、少し話しましょう?」
「そうですか」
まずい。ループに戻ったどころか、事態はより悪化しているようだ。この調子だといずれ、『宇佐見さん』とか呼ばれそうで怖い。そんな事になったら、ちょっと再起不能になりかねないわ。精神的に。
あれこれ思い悩んでいる私をよそに、ずんずん歩き続けるメリー。そんな彼女の背中が。
「?メリー」
不意に停まった。
そうして怪訝な顔つきをしながら、鼻をくんくん鳴らしている。
子犬みたいで何だか可愛い、と、そう言おうとして危うく口を閉じる。今の状況だと、どうにも良い反応が得られるとは思えないし。
それにしても何だろう。何がそんなに匂うのだろうか。私も、意識を鼻に集中してみた。
「あれ、これって」
水の匂い。
湖が近いから? ううん、そういう感じじゃないわ。空気全体が湿った匂いを纏ってきている。それだけじゃない。いつの間にか、周りの景色が随分と暗くなっているし。ちょっと、もしかしてこれは。
「気象庁の嘘つき!」
思わず声に出してしまった。
雨だ。本当に突然に、雨が降ってきたのだ。今の今まで、雲一つない、正しく快晴だったというのに。まるで夏の午後の夕立みたいに。
「ちょっと蓮子、傘持ってない?」
あ、やった。普通に話しかけてもらえた。
って、喜んでる場合でもないか。雨足はどんどん強くなっている。その上、風まで吹いてきた。
「ごめん、私も持ってない。……あ!でも、あれ」
少し先、雨に霞む風景の中で、頼もしく輝く7の文字。開いてて良かった! コンビニだ。
とりあえずの雨宿りか、それとも傘を手に入れるか。とにかく私達は走り出した。
「しゃいませー」
微妙に元気の無いバイト君の声に迎えられてドアをくぐる。店内には、多分私達と同じなんだろう、外から避難して来たと思しき濡れた格好の先客達が何人か居た。傘を物色しているおばさんに、所在ない様子で漫画雑誌をめくっている若い男性、恨めしげな表情で外を見つめているスーツ姿のおじさん。
雨は一向にやむ様子もなく、むしろ、どんどん強くなっている。雨が地面を叩く音、風が鳴く音、そういったものが、お店の中でもはっきり聞こえるくらいに。夕立どころか、これじゃまるで台風よ。
あ、道路工事中の立て看板が転がってる。
「ねぇメリー、知ってる? 気象庁の球技大会が」
「雨で中止になったって話?
都市伝説の類だと思ってたけど、この様子だと、実際の出来事だっていう気もしてくるわね」
「ま、降水確率っていうのは一の位は四捨五入だから、ゼロって言っても、実際は4.99%だったのかも知れないけど」
「それにしたって二十回に一回よ? 運か悪いんだか良いんだか、一体、こういう場合はどちらなのかしら」
濡れた金髪を指で弄りながら、心底うんざりしている、そんな顔で文句を並べる相棒とは裏腹に、私の方はついつい声が弾んでしまっている。
ああ、普通に、まともにお話ができるって、なんて素晴らしい事なのかしら!
これぞ雨降って地……は違うけど、あれよ、恵みの雨ってやつかしら。きっと神様が可哀想な私を見かねて、会話のきっかけを作る為に降らせてくれた、そうに違いない。気象庁には抗議の電話がかかるのを承知の上で。
ありがとう、神様。ごめんね、気象庁。
「で、蓮子。こんな悪天候の中、これから私達、何処に向かうのだったかしら?」
すごいすごい。さっきまでの嫌な沈黙がまるで嘘だったかの様に、トントン拍子で話が進んでいく。神様、本当にありがとうございます。
ま、コンビニで立ち話っていうのが少々味気なくはあるけれど、そこまで贅沢も言えないしね。
「今回の遠出の目的、これは判ってる?」
「おおまかには。先生の言っていた……何だっけ、裏守矢……だったかしら」
「そ。その裏守矢について調べるのが、今回の私達のお仕事」
メリーの言ってる先生っていうのは、うちの学校の名物教授の事。私達と殆ど変わらない歳で、いくつもの博士号を持っているという、本物の天才。
ただまぁ、天才とナントカは紙一重って、そんな言葉を地でいっている様な人であって。
学会では、若くして伝説クラスの奇人扱い。
ついこの間も、『人類の月着陸は無かった』どころか、『アポロ計画の真の目的は月侵略、だが月星人に惨敗続き、よってNASAは事実を隠蔽してるんだよ!!論』なんて素敵な本を出版。一般人の月面旅行も目前に迫ったこのご時世、そのあんまりにもあんまりな内容は、トンデモ本扱いを通り越して評価がグルリと360°、普通にSF(サイエンス・ファンタジー)小説として認知され、特に若い層に好評。本人も気を良くして、次回作の構想を練っているらしい。
『前世紀の世紀末大予言本じゃないんだから』
助手の人も、呆れ顔でそう言っていた。これで特撮映画化されでもしたら完璧。ちなみに次回は、『実は地上に残っていたかぐや姫』と『その従者』が出てくるそうだ。ああ、Sが消えそうな気がする。
まぁ、それはともかく。
教授の奇行は他にも数え切れない程。ネット上では、『ICBMを所持してる』だの『核動力ロボを開発した』だの、有象無象の噂が広まっていて、しかもそれら全てを、『あの人ならやりかねない』と、そう思えてしまう様な性格と能力の持ち主。
そんな人物が私達の奇妙な力に目をつけないわけもなく。世の怪奇不思議を調べる為の、助手というか部下というか手足というか、まぁ、便利に使われてしまっているわけだ。
もっとも私としては、教授とは趣味や話が合うし、こうして面白い所を周れるのも楽しいんだけどね。
相棒の方はそうでもない様子だけど。
「で、その裏守矢っていうのは?」
「この地方の神話については」
「お諏訪様が、ここの土着の神様を倒したっていう、それ?」
「そう、それ」
全国に二千以上も在るという諏訪神社。その総本社である諏訪大社に祀られている神様、建御名方神(たけみなかたのかみ)。神話によると彼はそもそも、ここの地元民ではないそうだ。
もともとこの地を支配していたのは洩矢(もりや)という神様だったのたが、後からやって来た建御名方神との戦いに負け、支配者の地位を奪われてしまったという。
もっともこの両者の関係、実はそれほど悪いものでもなかったらしい。建御名方神に敗れた後も、洩矢神は別に死んだとか追い出されたとかいう事もなく、この地に残ったまま、実質、共同統治みたいなやり方をしていたそうだ。
「建御名方神の子孫、諏訪氏から、大祝っていう、いわゆる巫女みたいな役割の男の子を出す。
そして、神長っていう、儀式や何かの実際を仕切る、要は神官みたいな職を担当していたのが、洩矢神の子孫、守矢氏」
「守矢氏は実務。諏訪氏は営業。そんな所?」
「そんな所。表向きは、ね」
「表向き?」
「本題はここから」
洩矢の話自体、外の人間である私達からすれば諏訪大社の裏の歴史みたいなものなんだけど、教授の調べた所によると、どうも更に裏があるらしい。
この地に侵入してきたのは、実は建御名方神ではなかった。
正確に言えば、建御名方の名は、外部に諏訪の真実の歴史を知られぬ為に用意された仮の名前。
諏訪の地を新たに支配した本当の神は、洩矢を完全に屈服させるのが不可能と判断すると、洩矢に表向きの名前、建御名方を与え、外からは『新たな神、建御名方が諏訪を支配した』と見える様にした。
そうして自身は、建御名方の妻と称し、表舞台からは姿を消したという。彼『女』は洩矢との繋がりを保つ為、その子を従者として傍に置いた。
「大祝も神長も、そのどちらも表向きの看板みたいなもの。
本当の実務担当、実際に神様の力を降ろし、それを行使して奇跡を起こしていた一族がいる」
「それが裏守矢?」
「そう。
土着神である洩矢の血を直接受け継ぎ、隠れた真の外来神に仕える一族。人でありながら、神とも言える存在」
「何だか、男の子向けの漫画かテレビみたいな話になってきたわねぇ」
うん。それは私もそう思う。これで私達が妖怪にでも襲われて、そこをその謎の一族が助けでもしてくれたのなら、もう完璧。そうして始まるバトル展開。止まらぬ強さのインフレ、美形敵キャラ続々登場、そしてアニメ化ゲーム化、ついには劇場映画化!
「でまぁ、その裏守矢なんだけど。
教授の推測では、何せ隠れた一族なんだし、多分名前も守矢とは変えて、身分を偽っているんじゃないかって。実際、守矢氏の系譜にはそれらしいものは書かれていないそうだし」
「書かれていないって事は、存在しないって事なんじゃないのかしら」
「隠れた一族なんだから、そりゃ書かれてないでしょうね」
「まぁ、なんて悪魔の証明」
メリーの疑問はもっともなもの。私だって、同じ事を教授に訊いている。
で、教授自身、諏訪大社や神長官へ、実際に問い合わせてみたそうだ。
『うちに“裏守矢”なんてありませんよ……ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから』
返って来たのはこんな言葉。何て言うか、答えた人の引きつった顔が目に浮かんで、痛ましいと言うか微笑ましいと言うか。
それでも教授は、『隠れた一族なんだから、外部の人間に“居る”なんて言う筈ないじゃない!』と、むしろ嬉しそうだった。
そもそも今回の話の発端となった教授の調査ってもの自体、かなり怪しかったりもするんだけど。
聞いた話によると、ここ十年程の記録の中で、諏訪湖周辺に於いてごく局地的、かつ、ある一定のパターンを持った奇妙な気候変動と、それに、霊力磁場のかすかな乱れを発見したらしい。
霊力磁場なんていかにも胡散臭そう、かつ安っぽい響きの単語にツッコミを入れたかったけど、あの人の場合、ツッコめばツッコんだだけ、また更にツッコミ所満載の話をとめどもなく始めてしまうから、そこは黙っておいた。
で、ちょっとした異変を見つけた後は、都市伝説の類の収集と、そして、教授お得意の理論の飛躍によって、裏守矢なんてものまでたどり着いてしまった、と。
「要は今回の目的は、先生が新たに伝奇小説を書くから、そのネタ探しをしろって事?」
「いやいや。本気らしいわよ、コレは。だからこそ、私達がかりだされたんじゃない」
私もまぁ、メリーと同じく、最初は小説の話かと思ったんだけどね。
て言うか教授にとっては、今回の話も月の話も、どちらも本当の本気なんだろうけど。
ま、こちらとしては、裏守矢の話が真実かどうかはさておき、教授の提供で土日の二日間、観光旅行ができるのなら、と、この調査を引き受けたわけだ。
それにもしかしたら、アタリを引く可能性も在るのだし。
「で、結局」
前置きが随分と長くなってしまったけど。
「これから何処に行くのよ、蓮子?」
話が最初に戻ってきた。
「諏訪大社っていうのは、諏訪湖を挟んで南に上社が二宮、北に下社が二宮。本宮や、それに、守矢の資料館があるのは南側ね」
「で、私達が今いるのは?」
「諏訪湖の北西、天竜川の河口付近」
「それって、逆側じゃない」
「あえて逆側、なのよ。隠れた一族なんだし、表向きの本家本元とは、少し離れた所に居そうじゃない?」
あとはまぁ、真の外来神の正体と目される八坂の神が、下社の方に居るとされている、って事もあるんだけどね。
もっとも、理由なんて本当は全部適当。手がかりはほぼゼロ、それどころか、そもそも裏守矢自体が、教授の妄想の産物である可能性が高いのだから。
「ま、今日と明日の二日間、ぶらぶらと諏訪湖観光を楽しむって事で。どう、メリー?」
「そうね。それも悪くはないかしら。ただ、天気の方は……あら」
雑誌棚裏の窓ガラスに目を遣ったメリーが、小さく声を上げた。
話に夢中で気が付かなかったけれど、いつの間にか雨はやんでいた。
まるで台風の様な、そんなさっきまでの光景なんて無かった事になったみたいに、コンビニの大きな窓から見える町は、遮る物のない陽光によって明るく輝いていた。
素敵。なんだかドラマみたい。喧嘩した二人が、突然の雨で雨宿り。そこで仲直りをして、気付けば雨はやんで、陽の光が射していて。
「じゃ、行きましょうか。メリー」
傘は必要なくなったけれども、だからって何も買わない、というのも愛想が無い。私は、白い猫の描かれたペットボトルのカルピスを二本、手にしてレジへと向かう。
「これは私の――」
『何時だと思ってるの貴方! 大遅刻よ!』
レジの裏、バックヤードへと通じているのであろう開け放しの扉。その奥から飛び出してきた怒鳴り声が、私の言葉を遮った。
あのねぇ。駄目なバイト君を叱るっていうのは、そりゃ、お店の人としては当然すべき事だとは思うわよ?
でもね、コンビニは接客業。やるならお客様の目につかない様に、耳に届かない様に。それが気配りってものでしょう? でないと、不快な気分をさせちゃうじゃない。
……て言うか。
「――奢りだから」
触れられたくない話題を、ぶりかえす様な真似は勘弁して下さい。いやほんと。
馬鹿。遅刻したバイト君の馬鹿。少しは、気を利かせて雨を降らせてくれた神様を見習いなさいよ!
私は、恐る恐る相棒の顔をのぞいてみた。
「ありがとう、宇佐見さん」
助けて、神様。
◆
正直に言ってしまおう。私は、楽しみでしょうがなかったのだ。
もう随分と、日の沈むのが早くなってきた。
まだ夕方と言える時間なのだけれども、すっかり暗くなってきている湖畔の公園。
朝、私達が着いた駅からもほど近い、その公園に在る芝生広場に腰を下ろし、膝の上には近くのスーパーで買ったパックのお寿司を乗せながら、私は溜息をついた。
「メリー。
そのヒラメ食べないの? ガッつくようだけどわたしの好物なのよ…………もらっていいかしら?」
自身の分3パック、さっさと食べ切ってしまった蓮子が、口の中に物を入れたままでこちらに向けて手を伸ばしてきた。
何だか無性に腹が立ったので、少し強めに、その無作法な手をはたいてやった。
「なによ、メリーのケチ」
あーあ。ちょっと甘い顔をすると、すぐこれだ。朝はあれだけ、ごめん、ごめんって、神妙な顔をしていたというのに。
いつまでもすねてるなんて子供じゃあるまいし、と、そう思ったから私は、朝、雨宿りのコンビニの出際で一発、キツいのをかましてやったのを最後に、いつもの私に戻る事にした。
そうしたらどうだ。最後の一撃で随分とヘコましてやったはずが、あっという間にダメージは回復、今日一日、早足であちこち巡っている内に、あっさりと普段の蓮子に戻ってしまった。
さっきだって、夕食は地元の物が食べられるお店でゆっくり座って、と、私はそう言ったのに、蓮子ったら、『夜の諏訪湖を見ながら食べたい』って、目についたスーパーに飛び込んで、こちらの意見には少しも耳を貸さず、さっさと夕食を調達してきた。
しかも、十貫入りのお寿司を4パック。周りの人はきっと、二人で2パックずつって、そう思ったに違いないわ。私は1パックしか食べないっていうのに。ああ恥ずかしい。
て言うかそもそも、何が悲しくて、湖を眺めながら海産物を食べなきゃいけないのよ。わけが判らない。
でもまぁ、このヒラメは確かに美味しいわね。
「あーぁあ。結局、今日は何一つ、有力な情報は得られなかったわねぇ」
そう言って、蓮子は芝生の上で仰向けになって寝転んだ。そして月を見上げながら、ここは諏訪湖です、なんて呟いてる。うん、それは私も知ってる。
それにしても蓮子ってば、一応少しでも、裏なんとかについて調べようって、そういう意思が有ったんだ。私なんかもう、完全に観光旅行のつもりでいたんだけれど。
「それにしても」
夜の湖を見ながら、私は何とは無しに呟いた。
「『ほつれ』が、すごいわねぇ」
昼間、大きな白鳥の形をした遊覧船に乗っていた時にも思ったのだけれど、この湖、いたる所で空間に『ほつれ』が見える。
一つ一つは小さいし、穴が開きそうな程のものは無いのだけれど、とにかく数が凄い。
一つの場所でここまで集中しているっていうのは、京都でもそうそう見れないと思う。
「ねぇメリー。今、何て」
突然、引き締まった顔になって、蓮子が身を起こしてきた。
「え。いや、別に。ちょっとこの湖、空間の『ほつれ』が多いかなって」
頭上の帽子に手を当て、口は半開きのまま、蓮子は固まった。まあ、何だかとっても間抜けで、でも、ちょっとだけ可愛らしいかも。
「――ったーぁもうっ!」
今度は大声で叫びだした。
どうしたんだろう。変な物でも食べたのかしら。今のお寿司? だとしたら、もしかして私もピンチ?
「馬鹿か私は! ううん、むしろ、馬鹿だ私は! 断定! 決定っ!」
あら、ようやく気付いたの。
「こんな簡単な事に、今の今まで気付かなかったなんて!」
そうね。私はとっくに気が付いていたわ。
「今日一日、無駄したわー!」
……ちょっと。
何よそれ。
今のはちょっと、胸にチクリときた。
最悪の始まりだった今日だけど、でも二人して、駆け足で色々な所を見て回って、それでやっと、今日は楽しかったかなって、そう思えてきていたのに。
無駄だったんだ。蓮子にとってそんな一日が、私と一緒の時間が無駄だったんだ?
「ねぇメリー。ちょっとこれ、見て」
私の気持ちなんてまるで知った風もない。そんな様子の、少し興奮気味の彼女が、バッグから取り出した一枚の紙を目の前で広げてみせた。
「これ。旅行前教授から渡された、諏訪湖全体を写した空中写真なんだけど。
この写真でも見える? 『ほつれ』」
あのねぇ。こんな、何万分の一って感じの縮尺の写真で、そこまでが判るわけ……。
「……ええっと。これって、紙にしわが寄ってるとか、そういうんじゃないわよね」
見えた。
湖全体に、薄い鉛筆を無造作に走らせたかの様な、そんな細かな線が、しわみたいな小さな線が、無数に見える。
「ね、メリー。『ほつれ』が極端に集中してるとか、そんな所、無い?」
集中っていうか、湖全体がかすれて見えている様な感じなのだけれども。あら、でも不思議。諏訪大社の四つの宮には、殆ど線が見えないわ。
それ以外だと、特に気になる点も……。
「……あれ。ここ。他に比べて少し……ううん、明らかに密集してる」
「何処!?」
湖の北西、天竜川の河口から少し入った所。今いるこの公園からも、そんなに離れてはいない。
線が濃すぎて、何も見えないくらい。何だろう。気持ち悪い。
「――信っじられない。私って、本当、どこまで馬鹿なのかしら」
私の指が置かれている地点を見ながら、彼女は頭を抱えている。
馬鹿。本当ね。本当に馬鹿。ばかバカ馬鹿莫迦蓮子の馬鹿。
「教授の推測が当たってるのなら、新旧二柱の神様に最も縁の深い、そして、最も古い場所を、まずは調べるべきだったのに!
ねぇメリー、知ってる? 貴方が今、指しているそこは、二柱の神様が雌雄を決した所。この地の神話の、始まりの地なのよ!」
言うが早いか、彼女は立ち上がった。そうして。
「行くわよ、メリー」
それだけを言うと、こちらの意思を確認しようとするそぶりさえ見せず、一人でずんずんと歩き出した。
見る見る内に遠くなっていく背中。
「ちょっと、待ってよ」
私は、慌てて後を追った。
何なんだろう、これって。いっつもこう。
何でもかんでも一人で決めちゃって、私を巻き込んで、でも私の言う事なんか全然聞いてくれなくて。
そんなに自分の好きなようにやるのが良いのなら、いっそ、一人で行動すれば良いのに。どうして、いつも私を一緒に連れて行こうとするのよ?
やっぱり、この眼? この眼が必要だから、『あっち』への入り口が見える私の眼が必要だから、だから私が必要なの?
馬鹿蓮子!
◆
正直に言ってしまおう。私は、かなり甘えてしまっていると思う。
神話によると、この地に侵攻してきた神様と土着の洩矢神は、天竜川を挟んで南北に各々の陣を構えたという。
南側、洩矢神の本陣があった場所には、その名を冠した神社が今でも残っている。
けれど、メリーが示したのはそこではなかった。
「ああ、気味が悪い」
もう何度目だろう。メリーが呟いた。
洩矢の本陣跡を離れ、山に向かって更に進んだ所。そこが、メリーの見た『一番濃い所』。
「19時29分」
私は空を見上げて言った。最後の民家のわきを通り過ぎた時が、確か19時11分。あれからかれこれ、二十分近くも歩いているわけだ。
道は一本道。足の下は、とっくに舗装から砂利に変わっている。一応、車一台が通れる程の幅はあるのだけれど、地面に轍は見当たらない。
等間隔に並ぶ電信柱と、そこに付けられた申し訳程度の裸電球と、これらのおかげで道を外れてないって事だけは判るけど、それ以外の人工物はまるで見当たらない。もう、ほぼ完全に山の中。
「気味が悪い」
まただわ。何だか、段々と頻度が上がっている気がする。
でもそれって、この道が当たりだって事の証拠よね。わくわくしてきたわ。
……と、ここまできて不意に思った。友達が『気味悪い』と繰り返すのを聞いて、喜んでいる自分。
これって、あんまり趣味、良くないわよねぇ。
「ねぇ、メリー」
返事は無い。
朝のように、意図的に無視してる、というわけではなく、どうやら本当に聞こえてないって様子。視線が、あっちに行ったりこっちに行ったりしている。怖がってるって事なのかしら。やっぱり。
まいったなぁ。何故だか急に、頭が冷静になってきてる。変わりばえのしない単調な道を、ろくな会話もせずにずっと歩いていたせいかしら。
冷静になってみると私、メリーに対してちょっと、配慮が足りてなかったのかも知れない。
朝の遅刻の事もそうだし、さっきだって、本当はご飯の後、予約の取ってある駅近くのビジネスホテルに行く予定だったのが、メリーの話を聞いた途端、何かこう、頭の中でスイッチが入っちゃって。
落ち着いて考えてみれば、別に相手が逃げるってわけでもないだろうし、明日の朝、改めて行けば良かったかな、とも思う。
自分でも思うけど、どうにも私、興味を引かれるものと出会うと、ちょっと歯止めがきかなくなってしまう所がある。マイペースが過ぎるというか、そんな感じかしら。正直、人付き合いをするに於いては、少々の難となりそうな性格の気もする。実際、いつでも一緒なのってメリーくらいだし。
で、私はそんなメリーに、こんな私と、いつでも一緒に居てくれるメリーに、多分、甘えてしまっている。
今日だって、朝、見事に失敗をしてしまったというのに、雨宿りのコンビニの後、メリーが機嫌を直してくれたのを良い事に、すぐいつもの自分に戻っちゃって。
私、調子に乗っちゃってたわよね。反省。
「あの、さ」
ああ、どうしよう。
何か、何か言わなくちゃ。でも駄目。言葉が続かない。
何かを、って言うか私の気持ちを、はっきりと言葉で伝えたい。でも駄目。そのための文章が、頭の中に浮かんでくれない。
ああ、それでも。何かを話さないと。
「ねぇ、メリー」
「ねぇ、蓮子」
二人の声が重なった。でも私の方は、その先を考えていないから黙るしかない。
暫しの沈黙の後、遠慮がちにメリーが口を開いた。
「ねぇ、あれ。あの光」
そう言って指を向ける先、暗い夜道の終点に、淡い光と、それが照らし出す古ぼけた鳥居の影。
ああ、まずい。頭の左側で、そんな声がした。
それと同時に、頭の右側からはカチリという音。
「ビンゴ! 行くわよ、メリー!」
口よりも先に、私の足は走り出していた。
「ちょっと、待ってよ!」
そんなメリーの声を背にして、私は一足先に鳥居をくぐる。
境内は、確かに古びてはいるし、かなり小さいけれど、正直、町中にある神社と比べて際立って不可思議な点も見当たらない。
強いて言ったら、ご立派な御柱か。でもこれにしたって、この地方じゃ珍しくもないし。ただ、ちょっと数が多い気がしなくもないけれど。
「ねぇ、本当にここなの?」
一足遅れてやって来た相棒に声をかける。
「間違いないわ。って言うか蓮子の方こそ、何も感じないの?
ここ、明らかに空気の色が違う。もう半分くらい、あっち側に足を踏み入れてるって、そんな感じ」
おお、それは凄い。これは、期待大だわ。
改めて周囲を見回してみる。
拝殿の口、賽銭箱の上には、小さな蛍光灯が設けられているが、それは今、点けられていない。鳥居の脇にある石造りの常夜灯も、手水舎につけられている電球も同じく。
私たちが見た光は、参道から少し外れた所にある、小さな建物の中から漏れる光だった。
社務所、かしら。兼住宅って感じの。
「すみませーん」
今回は別に、参拝が目的で来たわけじゃない。本殿はとりあえず無視して私は、明かりの点いている建物の扉前で、呼び鈴を押しながら声を上げた。
けれど、返事は無い。おかしいわね。誰も居ないのかしら。仕方ない。連打してみるか。
「ちょっと。こんな夜中にやめなさいよ。迷惑だし、恥ずかしい」
メリーがそう言うものだから、ピンポンラッシュはお終いにする。まぁこれだけやって無反応ってことは、どうやら無人なのは確定のようだし。電気を消し忘れたまま、何処かへ出かけているのかしら。
……ああ、でもこれで、中に入ってみたら食事の用意がしてあって、コンロには火がついてやかんが乗っかっていて、テレビもつけっぱなしで、それでもなお誰も居なかったりしたら、それはちょっとした、ううん、かなりの怪奇現象だわ。
まぁ、それはともかく。
「そうしたら、お次は」
本殿ね。
神社の中心。神様の居る所。何かが在るとしたら、ここしかない。
「ねぇ、蓮子。やめましょう? 罰が当たるわよ、きっと」
「大丈夫よ、メリー。
罰っていうのは、神様が人間に与えるものでしょう?
神様が本当は存在しなければ罰は当たらないし、本当に居たら居たで、それは大当たり。どちらに転んでも問題なしよ」
さてさて、中に入るにはどうしたものか。とりあえず裏手に回ってみようかしら。
「楽しそうね、とっても」
「それはもう。さあ、蛇が出るか蛙が出るか」
「出るのは鬼でしょうに」
無粋なツッコミね、メリー。蛇と言ったら蛙、蛙と言ったら蛇、そんな昔からのお約束を踏まえた、小粋なジャパニーズジョークじゃない。
ああもう。自分でも判る。テンション上がってきてるなぁ、私。
さてと。それじゃまぁ、いっちょ……。
「何の御用でしょうか」
突然の、全く予想もしていなかった第三者の声。
若い、女の子の声。それが、背後から私達の動きを止めた。
ゆっくりと振り向いた先、出て来たのは、蛇と蛙、両方だった。
「参拝の方? 珍しい。こんな辺鄙な所まで」
白い色の蛇と、紅い眼の蛙と。そんな、奇妙な形の髪飾りをつけた少女。
髪飾りだけじゃない。服装だって、一見して巫女さんのようだけど、普通の神社で見かけるそれとは明らかに違っている。
歳は、私達と同じ位かしら。柔らかい笑顔で、こちらを見つめてきている。
「参拝と言うか、まぁ」
それにしても、今の今まで居ないふりを決め込んでいたのが、どうして突然現れたのかしら。ビックリしたわ。
「大学のレポートを作るのに、この辺りの神社を色々調べていまして」
多少語弊のある気がしなくもないけど、嘘じゃあないわよね。教授に事の顛末を書いて渡せば、それは立派にレポートなわけだし。
「あら。もしかして、トウリの」
「トウリ?」
「え? あ、ううん。ごめんなさい、こちらの話。気になさらないで」
その科白、気にしてくれって言っているようなものよ。トウリ。何なのかしら。
「貴方達、もしかして、この辺りの人では――」
「ええ、京都から」
「まあ、京都!
そんな遠くから、わざわざ大学のレポートの為に」
しまった。今のは、ちょっと失言だった。
確かに、たかがレポートの為に、京都から諏訪っていうのは不自然な気がする。卒論にしておけば良かったかしら。
こうなったら、下手に警戒をされる前に一気に話を進めた方が良さそうね。
「あの、それで、この神社について、ちょっとお話を聞きたいんですけれど。
例えば、裏――」
「ねぇ、貴方達」
強引に話を切られた。まずい。もしかしたらもう既に、警戒され始めているのかも知れない。
「あの――」
「京都から来たと言ってましたけど、今日の内に帰るのですか?」
「……いえ、今晩は宿をとってあって、明日、帰る予定です」
「それなら今日の所は宿に戻って、お話をするのはまた明日に。そうしてはどうかしら?」
余計な話はしたくない。さっさと切り上げよう。
そんな意思が、はっきりと伝わってくる。
「都会の方には判らないのかも知れませんけれど、この辺りのような田舎の夜道は、結構危ないものなのですよ。だから」
「でも――」
「安心して下さい。別に私は、逃げも隠れもしませんから。また明日、いらして下さいな」
やれやれ。この調子だと、これ以上は無理そうね。
「判りました。それでは、今日はこれで。夜分遅く、失礼しました」
仕方ない。今日は一旦引き上げるか。そうして策を練って、明日また挑戦、ね。
彼女の言ってた通り、逃げも隠れもっていうのはありえないわけだし。人間はともかく、神社の方は。
明日もし彼女の姿が消えていたら、その時はその時で、今度こそ本殿の中身を確かめさせてもらうとしましょうか。
「行きましょう、メリー」
相棒に声をかけ、私は鳥居に向けて歩き出した。
ああでも、その前に。
「帰る前に一つだけ、訊きたいんですけど」
「……なんでしょう?」
何故だろう。よく判らないけれど、無性に気になって仕方ない、その。
「その蛇と蛙の髪飾りって、貴方個人のアクセサリーなんですか。それとも」
「代々、この神社に伝わる物、ですが?」
やっぱり。
でも、だとしたら、なんで。
「なんで、蛇と蛙なんですか?」
ほんの一瞬、ほんの僅かの動き。
でも、私は見逃さなかった。目の前の少女の表情が、戸惑いの色を見せたのを。
「さぁ、なんででしょうね?」
「蛇っていうのは、何となく判ります。脱皮をする姿が、死と再生の繰り返しと見られて、色々な神話で神聖化されていますし。
でも、何でここでは蛙が一緒なんですか。
蛇と蛙っていったら、食う者、食われる者の関係ですけど、それを一緒に装飾具としている理由は?」
私の言葉を聴いている少女の表情に、今度は明らかな変化が現れた。
視線をそらし、顔をしかめている。露骨なまでに、こちらの質問を嫌がっている様子が見て取れる。
「どちらも同じ爬虫類、だからじゃないかしら?」
笑顔に戻って、そう彼女は言った。でもね。
「蛙は両生類、ですけどね」
馬鹿にしてるのかしら。
蛙と蛇の間柄は、アカントステガとテコドントの間柄と同じくらいは離れているわ。そんな事、小学生だって知ってる。
それともあえて下手な冗談を言って、話を煙に巻こうって魂胆かしら?
「やっぱり諏訪大社の、蛙狩神事と関係があったり――」
「ああ、あのね。
ごめんなさい。私もよく知らないの。本当に。ごめんなさい」
まただ。また、話の腰を折られた。
何だか、話を途中で切ったり、はぐらかそうとしたり、そういうのが多いわね、この人。この様子だと、何かを隠してるっていうのは、どうも間違い無さそう。
「髪飾りについては……判りました、ありがとうございます」
自分の神社に代々伝わってる物の由来を知らない、なんて、そんな事あるのかしら。でもまぁ、この場でこれ以上、問い詰めても進展は望めなさそうだし、また明日、角度を変えて攻めてみるか。
ああ、それと。
「最後に、これで本当に、最後ですけど」
一つだけ、と言いつつ、質問が二つ、いえ、正確には三つ目になってるけど、気にしない。
私のよーな人間は、『欲張り』もゆるされるわね。いや、根拠は無いけど。
「貴方は神様の存在を信じていますか」
「いいえ、と、言うわけにはいきませんね。神社の人間としては」
少し困ったような笑みを浮かべながらの答。ある意味、当たり前の反応。
でもね、私が聞きたいのは、そういう事じゃなくて。
「宗教家としてとか、信仰の云々とか、そういう話じゃなくて。
『テレビに出てくる有名人は実際に存在する』っていうのと同じレベルで、貴方個人が、神様が実際にいると思っているのかどうか、と、それを訊きたいんです」
こちらの質問の意図を理解したのだろう。少女の顔から再び笑みが消えた。
そうして急に疲れた顔になり、溜息混じりに言い放った。
「世の中、知らない方が良い事も在りますよ」
お腹の底から搾り出した、そんな感じのする重い声。
けれど、それも一瞬。すぐに元の穏やかな顔に戻って、そうして彼女は言った。
「それでは。帰り道、気を付けて下さいね」
◆
「……そもそも、本殿を覗こうとしたタイミングで急にって所からして怪しいし……」
あの奇妙な神社を離れてからずっと、蓮子はこんな感じ。手を顎にやったり頭にやったり、そうしながら、ブツブツと何かを呟いている。
結局、あの巫女さんみたいな人からは何も聞きだす事はできなかった。
でも、あの神社には何かが在る。それだけは多分、ううん、絶対に間違い無い。
ぼんやりとだけれど、私には見えていた。
本殿と、それから、あの巫女さんのすぐ後ろ。何か、この世のものと思えない空気を持った何かが、確かに存在しているのを。
「ねぇ、蓮子」
返事は無い。
自分の世界に入り込んでしまって、私の声なんて届いてはいないんだろう。もし今ここで、私が急に何処かへ消えてしまっても、きっと彼女は気付かないんだろうな。
「……あの服、肩腋丸出しなのにもやっぱり意味が……」
薄暗い一本道に等間隔で立てられた電信柱をずっと見ていると、何だかそれが、神社の参道わきに立ち並べられた御柱みたいに思えてきて、少し怖くなってきた。もうここは、既に異界なんじゃないかって。もう、元の世界には戻れないんじゃないかって。
「あ」
そんな事を考えていた矢先に、私達の視界へやっと、民家の明かりが飛び込んで来た。安心して、思わず小さな声が漏れてしまっていた。
「……とにかく明日ね。明日こそ……」
蓮子の方は、いまだ心ここに在らず、といった具合。さっきまでの山道ならともかく、こうして人里に戻って来たからには、いつまでもそんな調子だと、交通事故にでも遭いかねないわ。
って、そう思った途端に、私達の前方から自動車のヘッドライトの明かりがゆっくりと迫って来た。
「蓮子、危ないわよ」
私達は道路の端を歩いてて、自動車は真ん中。ぶつかりはしないだろう。
でも、街灯の殆ど無い暗い道に、突然の強い光。視界が一瞬、完全に白一色に染まる。
光だけしか見えない、その一瞬の世界の中で。
「!?」
突然の轟音と振動が私達を襲った。
「な、何っ!?」
けたたましいブレーキの鳴き声と、次の瞬間、ごぅん、と、何かと何かがぶつかる音。
「何がいったい」
光のみの世界から、夜の闇に包まれた世界に戻ってきた私達の目の前には。
「は……しら?」
一瞬、木の幹かとも思った。実際、木である事には違いない。でもそれは、明らかに人の手によって造られた物の形をしていた。
一本の大きな木の柱が、道路の真ん中に立っていた。さっきまではこんな物、影も形も無かったというのに。
ブレーキと共に聞こえた二回目の音は、車が柱に衝突した音。一回目の音は……柱が落ちてきた音? でも、何処から?
「あら?」
ようく見てみると、柱の表面に何か、模様のようなものが描かれている。
「これって」
蛙と蛇。
デフォルメされた蛙と蛇の絵が、柱の表面に描かれている。
蛙と蛇って。そう言えば。
「『田舎の夜道は、結構危ないもの』、『帰り道、気を付けて』、か」
私と同じ様に柱に描かれた絵を見上げながら、蓮子が呟いた。
「え。何、蓮子」
「ねぇメリー、知ってる?
建御名方神は武神、狩猟の神の他に、農耕神として信仰されている。更には、神風を起こした風神とも言われているし、一説には、諏訪湖に宿る水神とも言われているわ。
つまりね、建御名方神は、風や水を司る神様なの」
興奮気味に彼女は続ける。
「今思い出してみれば、朝のあの突然の豪雨も、一発目の『警告』って事だったのかも知れないわね」
そこまで言った途端、蓮子は走り出した。さっきまでとは逆方向。今来た道を戻って、あの奇妙な神社へと向かって。
「ちょっと……」
『行くわよ』とは、言われなかった。『着いて来い』とは、言われなかった。
なら私まで、一緒に行く必要は無いわよね?
……でも。
「――待ってよ」
蓮子の背中を追って、私も走り出した。
一人で待ってるなんて、できなかった。
このままだとあの馬鹿が、何処か遠くへ行ってしまって、もう二度と会えなくなってしまう。そんな気がしたから。
「蓮子! 蓮子!」
後ろなんて全く振り返りもせずに、あの馬鹿はどんどん走って行く。
柱の立ち並ぶ暗い異界への道を、止まる事なく突き進んで行く。
ああ、何で。何でいつもこうなるんだろう。
もういっそ、あんな馬鹿は、何処かへ消えてしまえばいいと、そうも思う。
……ううん、今のは嘘だ。『そう思いたい』と思ってる自分が居るだけ。
でも、そう思えない。
あの馬鹿に振り回されてばかりの自分を、だらしないと思ってる私が居るだけ。
でも、それでも蓮子と一緒を、いつも選んでしまってる。
今回の旅行、バイトが忙しいのに、何で先生の私的な用事の手伝いなんてって、最初はそう思った。
でもそれ以上に、蓮子と一緒に旅行に行くっていう、それが何だか楽しみでしょうがなかった。だからちょっと無理をしてでも、頑張って朝一の列車に間に合わせた。
それなのに、あの馬鹿は遅刻した。私はあんなに楽しみにしていたというのに、あの馬鹿は別にそうでもなかったのだろうか。
そんな最悪の始まりだったけど、それでも蓮子と一緒にあちこち巡った今日一日を、私は楽しいと思った。
それをあの馬鹿は、『一日、無駄した』と切り捨てた。
こんな気味の悪い道を、蓮子と一緒だから、と、我慢して神社まで歩いた。
なのにあの馬鹿は、私への心配りなんかまるで無し。自分の興味の対象にだけしか目が行ってなかった。
そうして、今もまた。
「……ああ、そうか」
ここまで考えていて、そうしたら気が付いてしまった。
馬鹿なのは蓮子じゃない。
私だ。
馬鹿なのは、私だ。
莫迦馬鹿バカばかマエリベリーの馬鹿。
ああ、どうして私は。私はこんな……。
『そろそろ来る頃と思っていましたよ』
突然の声が、私の思考と、走っていた足とを止めた。
気が付けば、すぐ目の前に蓮子の背中と、そしてあの古ぼけた鳥居。
声は蓮子のものではない。聞こえてきたのは、鳥居の更に上から。
『これから私“達”は、幻想の世界へと旅立ちます』
そこは、とても明るかった。
夜中なのにまるで昼間のような……いいえ、違うわ。これは、昼の暖かな明るさとは異質なもの。夜の闇を突然に照らし出す、そう、客星のように冷たく、鋭く、けれど神々しい光。
この世には在る筈の無い、頭ではそう言って否定しようとする風景。それなのに、心の方では何故だかすんなりと受け入れてしまえる光景。
声は、空に浮く不思議な巫女の出す声だった。さっき、蓮子が話をしていたあの少女。光も、彼女の周囲から発せられている。
「旅立つって、幻想の世界って、何?」
蓮子が声を上げた。
『この世界で忘れ去られたもの、即ち、幻想になったものが流れ着く世界。
今の世は、既に神を必要としていません。ならば私“達”がここに留まる理由も、もはや在りはしないでしょう。
ですから私“達”は、人の世を離れ、素晴らしき奇跡の世界へと向かうのです』
彼女の言ってる世界っていうのは、きっと、ううん、間違い無い、私が夢で見るあの世界。理由は判らないけれど、何故か断言できる。
境界のあちら側にある世界。彼女は今から、そこに向かおうとしている。
恍惚とした顔で語る彼女に、私は訊いてみた。
「幻想の世界に行くって、それって、私達がここに来て貴方と会った、その事も関係しているんですか?」
私の問いを聞いて、彼女が穏やかに微笑んだ。でも。
『そうですね。貴方達がここに来た事がきっかけとなり、“私”にも決心がつきました』
でも何故だろう。私にはその微笑みが、何処か少し、寂しげに見えた。
『さぁ、お別れです。
幻想の世界は、この世界とは流れる時が違うとも言われています。もう、貴方達と会う事も無いでしょう』
彼女の体が少しずつ光の粒となって、まるで空気の中へと溶けるように消えていく。
彼女だけじゃない。鳥居も、御柱も、社殿も、神社そのものが、同じように光となって消えていく。
「待って!」
私は、思わず叫んでしまった。
その次の瞬間。
客星の光がひときわ大きくなり、そうして、爆ぜた。
――風の吹く音と、水面に波の立つ音が聞こえる。
「――あ」
私達の目の前に在るのは、夜の湖の風景だった。
「……帰りの手間を省いてくれたって事なのかしら?」
周囲をぐるりと見回して、冗談っぽく蓮子が言った。
確かにここは、夕御飯にお寿司を食べた、諏訪湖の見えるあの公園だ。
でも、何かが違う気がする。
「ねぇ、蓮子。ここって、本当に諏訪湖?」
私の問いに、何を呆けて、と、笑いながら彼女は空の月を見上げた。
「……? あれ、ええと?」
どうやら彼女も、異変に気が付いたらしい。
「あれ? ここ、諏訪湖よ、間違い無く。
でも、さっきまでの諏訪湖と違う場所って言うか、ううん、場所は同じなんだけど、ええと、あれ?」
彼女の眼に映った異変と私の眼に映った異変は、見えているものは違うだろうけれど、多分、同じ異変。
私の眼に映った異変、それは。
「この湖、あれほど沢山あった結界の『ほつれ』が、一つも無くなっている」
今ここに在る諏訪湖は、きっと、さっきまで在った諏訪湖とは別のもの。
本物は、あの巫女さんが一緒に幻想の世界へ持って行ってしまったんだろう。神様を信じないこの世界に、神様の宿る湖は必要ないから、と。
「それにしても」
私は思い出していた。あの人が最後に見せた、あの寂しげな微笑を。
「彼女、本当にあれで良かったのかしら」
神様を信じないこの世界を離れ、素晴らしき奇跡の世界に行くって、あの人はそう言っていた。
でもあの人にだって、この世界に友達は居るのだろうし、未練なんかは無かったのだろうか。
「あの巫女さんが自分で決めた事なんだから、他人の私達が良し悪しをどうこう言ったって無意味よ」
確かに、それはそうだけど。
でもそういう考えは、あまりにドライな感じがする。
「あーぁあ。私も、一緒に連れて行ってもらいたかったなー」
ドキリとした。今の蓮子の言葉。
そうだ。彼女はこういう人間なのだ。
彼女にとって異界行きとは興味の対象。そんな彼女が、あの巫女さんの境遇云々について、思いを馳せるわけも無いわね。
「でも蓮子。あの人の言っていた感じからすると、時の流れがどうとかって、簡単にはこっちに戻って来れなさそうだったけど」
「ま、その時はその時」
冗談みたいな口ぶり。
でも判る。彼女は本気だ。
きっと彼女は、もしその機会に遭遇したとしたら、帰って来れるかどうかなんて気にせずに、迷わず『あっち』へ行ってしまうに違いない。そうして、この世界からは永遠に消えて無くなるんだ。
「ま、もちろんその時は、メリー、貴方も一緒よ」
そう言って彼女は、私の手に触れた。
それを。
「――っや」
私は、反射的に払いのけてしまった。
「ちょ。ひどい。つれないわねぇ」
そう口を尖らせる彼女に、私は言った。
「私の眼は、『あっち』への入り口を見つける為のものでしょ?
だったら、『あっち』に行ってしまった後には、もう必要ないんじゃない?」
私、馬鹿な事を言ってるかなって、そうも思う。でも、それでも、言わずにはいられなかった。
彼女にとって、私の存在が何なのかって、どうしてもそれが確かめたかったから。
「眼? 眼は別に関係ないじゃない。
私は、メリーと一緒がいいって、そう言ってるんだから」
何わけの判らないこと言ってるの、と、そんな事でも言いたげな顔で、蓮子は言った。
馬鹿だ、こいつ。て言うか卑怯よ。馬鹿卑怯。
今みたいな科白、真顔であっさり言えるものじゃないでしょう。普通。
「だから、ね?」
そう言って彼女は、手を差し出した。
今度は自分から私の手には触れず、こちらから手を出すのを待っている。
「……」
それでも私はまだ、手を出す事ができなかった。
欲しかった言葉は得られたというのに、それでもなお、今日一日の事が頭によみがえってきて、そうして思ってしまうのだ。
彼女は本当は、一人で行動する方が性に合ってるんじゃないかって。
「あの、さ」
彼女が、何かを言おうとしている。でも、私は動けない。答えられない。
お互いの間に、どうしようもない沈黙が漂い始めた。
どうしよう。このままじゃ私、凄くイヤな子になっちゃう気がする。何か言わなくちゃ。でも何を?
そもそも、本当に何かを言わなくちゃいけないの? 私は待ってるべきじゃないの?
待つ? 待つって何を? 何で待つの? そうじゃない、私はここは、動くべきなんだ。もうこれで、充分じゃないの。
充分? 何が充分? そもそも私は、何を求めていたんだっけ?
ああ、駄目。自分が何を考えているか、何を考えようとしているのかすら判らなく……。
「あ――――っ!!」
突然の大声。ビックリして思考が一瞬停止。
何? 何なの?
わけも判らない私の前で、その大声の主は、背筋を伸ばし、両手も指の先までピンと伸ばして、気をつけの姿勢で語り始めた。
「あれこれ考えるの、やめ! 言いたいこと迷うの、やめ!
頭の中そのまま、いきますっ!」
ええと、何? いったい。
「私、宇佐見蓮子は、面白いものを見つけるとつい突っ走ってしまいます!
私、宇佐見蓮子は、おかげでいつも一緒に居てくれるのがメリーぐらいしか居ません!
私、宇佐見蓮子は、そんなメリーに甘えてしまってます!
私、宇佐見蓮子は、だからメリーに申し訳が無いのです!」
ちょ、ちょっと! ちょっと何を! 恥ずかしいわよちょっと!?
「私、宇佐見蓮子は、それでもメリーと一緒にいたいのです! 以上っ!!」
――ああ。なんて。
「っぷ」
これはなんて……。
「くっ……ぷぅ、っふ……」
なんて凄い。
「ぷぁははははははははは!!」
なんて凄い馬鹿なんだろう!
ううん、これはもう、馬鹿なんて言葉で済ませられる、そんなレベルじゃない。
馬鹿を超える馬鹿。即ち超馬鹿よ!
ほんともう、勘弁して。私を笑い死にさせるつもり?
「あはははははははっ!」
ああ、なんだかもう。
お腹の底から出てくる笑いと共に、さっきまで私の中で渦を巻いていた色々なものまでが流れて消えていく。
「だから、ね、メリー?」
そう言って再び差し出された手を、それでも私は取る事ができない。
だって、あんまりにも可笑しくて、お腹が痛くて、ちょっと手が離せないのだから!
「……んー、判ったわよ。
いいわよ。私、一人で行くから」
いつまでも馬鹿笑いをしている私に流石に腹が立ったのか、ふくれっ面になって蓮子は、私に背を向けて、そうして歩き始めた。
一歩。
二歩。
三歩。
そして。
「ちょっとメリー。
こういう時はほら、『無理しないの。貴方、友達っていったら私くらいでしょう?』とか言って、引き止めるべき場面でしょうに!」
ああ、やっと。ようやくやっと、笑いがおさまってきたわ。
それにしても蓮子。貴方、女に生まれて良かったわね。
「女性を口説くのに、昔の映画の科白をそのままで拝借するなんて、男の人がやったらとんだひんしゅくものだわ」
そう言って私は、笑い過ぎで濡れた眼をこすりながら蓮子の元へと歩み寄る。そうして、その右手に触れて。
「ぁ痛っ!?」
思いっっ切りの力を込めて、両手で握り締めてやった。
「ちょ、何を!」
「これで今回は、手打ちって事にしてあげるわ。感謝なさい?」
「何よそれー」
涙目で文句をたれる彼女の右手を、今度は左手一本で優しく握り締める。
そうして。
「行くわよ、蓮子!」
私は、私達は、夜の中を走り出した。
あの巫女さんは、今のこの世界は神様を必要としてないって、そう言っていた。
でも、少なくとも私は違う。私は神様に居て欲しい。
だって私には、神様にお願いしたい事があるのだから。
この素敵な超馬鹿と、どこまでも、いつまでも、いっしょに居られますようにって!
もう少し『彼女』との会話が欲しかった。
とメリーが不安に思うという、よくある秘封倶楽部とは逆の想いが新鮮。
それ以外も含めて二人の心情・やり取りはよかったです。
岡崎夢見が一番該当しそうだが彼女は『超大統一理論』が完成している世界に居るらしいが蓮子とメリーの世界ではその理論が完成している様には思えない。蓮子は『超弦理論』を研究している辺りまだその理論は完成していないと思われる。
話の方はとても秘封らしさが出ていて良かったと思われる。それにしてもオンバシラに衝突した自動車の運転手はとんだ災難だな。
教授というのは月の話なんかに触れられてる辺り、紫様か?
……いや待て、アンタ何してんだwwwwww
読み始めて一分経たないうちに、ブランクを感じさせないネタの冴えにやられました…俺、そういう顔してるだろう?
八坂刀売神と建御名方神に関する解釈も見事でした。
てゆーかこの解釈だと、リアルであの二人が夫婦に…w
同時に守矢関連の詳細な神話解釈に感心させられ、
後半、早苗が出てからの一連の流れでぐいぐい読まされました。
>「それなら今日の所は宿に戻って、お話をするのはまた明日に。そうしてはどうかしら?」
>「安心して下さい。別に私は、逃げも隠れもしませんから。また明日、いらして下さいな」
このあたりで、「うわ、今夜来るな」と否応なしに確信させられ、
そしてその通りの場面にメリーと蓮子が出くわした瞬間、背筋にぞくぞくと震えが走りました。
そして最後に、メリーと蓮子、二人のわだかまりを綺麗に解消して締め、と、
文句のつけようも無い作品でした、これを読めたことを幸運に思います。
そして一日遅れで投稿された「どこイツ」の感想へと続きます。
いやあ、上手い。
互いの心情描写が実に巧みで、良い秘封でした。
小ネタもいろいろとあって面白かったです。
これ単品でも素敵な秘封倶楽部。堪能しました。
正直、最初にこっちを読んだ時は、もの足りなさを感じていたのですが、どこイツを読んだ後だと、もうこれしかねぇw って感じですね。
うん、面白かったですw
どうしてくれる
あはははははっはは!!
あーwww
俺ニヤニヤしすぎきめぇwww
後先考えず突っ走ってほしい
これからどこイツ読みます
犬走さんはそんな感じだと思う