※このお話は、創想話35~37に投稿した拙作「ナイトメアによろしく」の内容を前提とした短編です。
また、東方花映塚をプレイした方でないと意味が解らないかもしれません。
そんな注文の多い作品ではありますが、よろしければお楽しみください。
○月×日
博麗神社を訪問。
例によって例のごとく、巫女が鳥居の根っこに腰掛けてのんびりとお茶を啜っていた。
境内の落ち葉を掃除しないのかと訊いたところ、もう少しで散り終わるのでそれからやるとの回答。
曰く、掃除というのは自然の成り行きに逆らってするものではないという。
さらに曰く、巫女の在り方もまた然り。空を行く雲のように、在るがままに、流れるがままに。
……この巫女に比べたら、雲の方がまだよく働いていると思うのだが。
紅魔館に向かおうと飛んでいたところ、後方から凄まじい勢いで迫る人影があった。
なにか用かと白黒のそれに尋ねると、同じ方向に飛んでいたからつい闘争心が芽生えたのだという。
……あなたは見ず知らずの人間と自転車競争を始める中学生ですか。
先に紅魔館に着いた方が勝ちと問答無用でカウントダウンを始めたので、ゼロの直前に箒の向きを変えてやったら明後日の方向へすっ飛んでいった。
パワーやスピードばかりを追い求めてもろくな事にはならないと思う。
妖精たちに手を振りながら湖の上を通過し、紅魔館に到着。
メイド長は相変わらず、日常の業務と日常茶飯事のトラブルに追いまくられている模様。紅魔館の近況でも訊こうかと思っていたが当てが外れた。
それにしても、人の身でありながら繁雑な諸事をあざやかに解決していく様には、素直に称賛の念を覚える。
大半のトラブルの元凶が他ならぬ彼女の主であるという事実については、いささかの同情を禁じえないが……。
冥界では、庭師が剣術の稽古に励んでいた。一心に。ひたむきに。
何事にも全力で打ち込める集中力というのは得がたい美徳だが、私の訪問にもまるで気付かないというのは御庭番としてどうかと思う。
永遠亭に行ってみると、薬師の卵が他の兎を引き連れて雑務に奔走していた。
どこぞのメイド長と比べて「仕事に働かされている」という印象が拭えないのは、資質の差かはたまた年期の差か。
以前からずっとこんな仕事をしているのかと尋ねると、いや私もこう見えて昔は売れっ子の……と何かを懐かしむように空を見上げる。
続きが気になったが、すぐにまた屋敷の方からお呼びがかかってしまい、彼女は私に会釈して踵を返した。
――ところで、いつも一緒にいる白兎はどうしたのか。
そう彼女の背中に質問すると、用事を言いつけられる頃になると決まって姿を消してしまうのだ、と答えが返ってきた。
探し回ってもなかなか見つからないし、どこかに隠れ家でも持ってるんじゃない? とは彼女の推論である。
騒霊三姉妹に遭遇。
なにやら異様にきらびやかで巨大な扇を囲み、ああだこうだと相談を交わしていた。次女は話よりもトランペットを吹かすのに夢中だったが。
訊けば、次回のライブでは舞台衣装にも凝ってみるつもりらしく、懇意の客から借りてきたというそれを背負って演奏するという。
重くはないのかという問いに、大丈夫三人で担ぐからと長女は答え、妹二人に号令をかけてその虹色キラキラ扇を背負って見せてくれた。
ほらこのとおりと語る長女の声と足腰はかなりヤバい感じに震えていたが、それは多分、両脇の二人が扇に腰掛けているせいだと思う。
妙な歌声が聞こえてきた。
音源を追跡してみると、低空を無軌道に飛び回りながら歌う夜雀を発見。
昼は屋台が暇だから、今のうちに歌って皆を鳥目にしておく算段だという。
いま鳥目になったらそもそも誰もあなたの屋台まで辿り着けないのではないかと忠告したところ、夜雀はあっさり納得して歌を止めた。
が、別れて十秒としないうちに、背後から再び歌声が。
……鳥頭。
道端でティーセットを広げている毒人形に会った。
鈴蘭畑から遠出しても大丈夫なように、こうして特製のお茶を持ち歩くことにしたのだという。
一杯勧められ、いやさすがに毒のお茶はと遠慮しようとしたところ、無毒化できるのだと説明された。毒を操る能力があればこそ、毒を遠ざけることも容易であると。
コンパロコンパロと唱えられながら、恐る恐るゲルセミウム・エレガンスと鈴蘭とトリカブトのブレンドティーとやらを飲んでみたが、驚いたことにお茶としての味は至極上等なものだった。
河豚も一番旨いのは猛毒の部分だというし、そんなものなのかもしれない。
次はどこへ行こうかと飛び回っていると、非常識にも向日葵が咲き誇っている一角を発見。
近寄ってみれば案の定、そこには花妖怪の姿があったが、せっかく可愛い花を愛でていたのに余計な風を吹かすなと怒られたので早々に退散する。
ひと通り幻想郷を巡り、三途の川のほとりで羽根を休めていると、死神に声をかけられた。死ぬつもりじゃあるまいな、と。
この死神、ここを訪れる者は誰でも自殺志願者に見えるらしく、死に急ぐことがいかに愚かしいかという講釈を会う度に聴かせてくれる。
業務上、自殺者とそれ以外になにか勝手の違いでもあるのかと尋ねると、実りある一生を送ってもらわんと舟の上で聞く話がつまらないじゃないか、との事。
あんたが死んだときの話は期待できそうだね、とも言われた。
褒められたと思っていいのだろうか……。
――◇―― ◇―― ◇◇―◇ ―◇――◇
「これは……、また……」
純白の原稿を前に、取材メモを読み返した文は小さく溜め息をついた。
一日中飛び回って集めた話だというのに、誰も彼もがいつもどおりすぎて、記事にできるようなネタがまるで無い。
毒人形のお茶の話あたりは使えるかもしれないが……。
こんなことなら数を当たらず、もっと腰をすえて話を掘り下げるんだった。
「……う~ん」
文は考え込む。
書くことがないなら、出さなければいい。
それは正論だが、やはり定期的にきっちり発行してこその新聞という思いもある。
ただ、こういう状況で無理に記事を書くとなると、どうにも推測や脚色ばかりが膨らみがちな内容になることは否めない。
不正確な報道で社会を混乱に陥れるようでは本末転倒というものだろう。
ふと、傍らを見る。
やわらかすぎるプリンのように座り崩れたチルノが、倒れてしまわないのが不思議なくらいに舟を漕ぎまくっていた。
ペンも取らずに悩んでいるうちにすっかり夜が更けてしまったようだが、どうせ文が寝ましょうと言い出さない限りチルノはこの状態だろう。断固として一人寝はしないチルノさんなのだ。
――今日はもう、書かなくてもいいかな。
新聞のあるべき姿については、閻魔様から釘を刺されたこともある文だ。
あの裁判長は今も文の行いを見ているのだろうし、たとえ誰が見ていなくとも文自身の矜持だってある。
なんでもありの幻想郷といえど、ジャーナリストを名乗るからには己の発信する言論に責任を持たねばなるまい。
口が災いを呼ぶことだって、時にはあるのだから。
「物言えば 唇寒し 秋の風……か」
多くの時間をチルノと一緒に過ごすようになって以来、災いというものが少しだけ恐くなった文は、そう呟いて手帖を閉じた。
さて、寝るとしようか――。
「……ふぇっ?」
ぴくり、と。
思いっきり寝ぼけた声と共に、チルノが顔を上げた。
半分と少しだけ開いた目で、ゆらりと文を見る。
「文……、くちびるがさむいの?」
「えっ? いやその」
それじゃあ――と。
チルノは身を乗り出した。
~終わり~
微妙に他の作品も関係してるっぽいし。
適度にすっきりしていて良いですね。
唇寒しのその用法は……素晴らしい!
>くちびるがさむいの?
萌え死んだ
最後に萌えた。
よし!花映塚再プレイしてくる!
こういう注釈はありがたかったり…
前作が大好きだったので、続きが読めて嬉しいです。
「おやすみのちゅーも兼ねて」寒い唇を暖める、つまり一石二鳥!
お見事でした。
多謝
皆がそれぞれ良い味でてて良かったです。
チルノ可愛いよチルノ