Coolier - 新生・東方創想話

栽培チルノ

2007/11/14 15:50:47
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香霖堂で面白い物を見つけてきた。
クヌギの実ほどの丸い粒が数十ほど入った大きな瓶と、水のような流動性を持つ無色透明の液体が入った小さな瓶のセット。大きな瓶の方には『栽培チルノ』と書いた紙が貼ってある――これは香霖の仕業ではないらしい。
朝起きて店の売り物を何気なく見渡していたら店の隅に転がっていたとかで、これについてはアイツも全く心当たりがないのだという。これを誰かが使う様子を眺めて何者かがほくそ笑んでいるとするのならそれができそうな奴を一人ほど知っているが、しかしこんなつまらない事で喜ぶような手合いとも思えない。
例えば『あの大妖怪』が思いついた暇潰しにしては稚拙もいいところだ。


「ま、たとえ悪戯でも堂々と楽しんでやればいいのさ」

しかし、それが私の出した結論だった。
これが本当に悪戯だったならその黒幕を逆に皮肉ってやればいいわけだし、眉唾モノだが本当にチルノが出てくるのならそれはそれで面白い。寒くなりそうだが、だとしたら誰が何の目的でどのような技術で…という事にまたなってしまうが、極力それは考えない方向で。
ともあれ私は香霖からこの不思議なアイテムの使い方を聞き出し、マスタースパークと引き換えに頂いてきた。
どこからどう見ても略奪です、という類の意見に耳を傾ける気も当然あるはずもなく。



・地面に『種』を植える

・『成長促進液』を数滴垂らす 分量注意

・ほどなく『チルノ』が生まれる 生まれてから十二時間ほどで幻想郷に還る

・生まれてきた『チルノ』は土壌や周囲の環境によって性質が微妙に異なる

・本来のチルノと同類の能力を備え、思考や記憶もある程度共有している



この道具一式の使い方は香霖がメモに記してくれた。
目を通すのも辟易するほどびっしりと説明が書かれているのかと思いきや、箇条書きで最低限の説明が記されているのみ。しかもこれだけで十分納得できてしまう。栽培するモノがチルノだから、かどうかは分からないが、これならすぐにでも試せそうだ。
過度の期待はしてはいけないのだろうけど、それでもこれは面白そう。はやる気持ちを抑え、私は二本の瓶を握りしめ庭へ駈け出した。


*  *  *  *  *


『成長促進液』とやらが入っている小瓶には小さなスポイトが付属していた。
これで液を少しずつ垂らせという事なのだろう、庭先に浅く埋めた種に液を二、三滴ばかり垂らし暫し待つ。

周囲の環境によって性質が異なる、とはどういう事なのだろう。
例えば今回の場合は私の家の庭、ひいては魔法の森。天地を問わず膨大な魔力が湛えられているこの場を礎として生まれてくるチルノは、やはり生まれつき強い魔力を持っていたりするのだろうか。それとも、私の家の庭である事に倣い私に似てきたり……どの部分が似てくるのだろう。外見?性格?能力?
それはそれで面白そうな、しかしまかり間違ってとんでもなく凶悪なチルノが生まれてきたりしたら大変な事になりそうだ。ベースがチルノだから大した事はないのかも知れない、というかそうである事を切に願いたいが…
出てきたのはただのキノコ好きなチルノ、という線もあり得なくはないわけだし。

思いを巡らせている間に地が揺れ始めた。
ものの一分ほどしか経っていないはずだが、種を埋めた地点を中心に何本もの亀裂が走り、わずかに隆起する。
つまらない悪戯じゃなかった―――安心したような期待外れだったような自分でもよく分からない心持ちだが、そんな私をよそに地面の隆起はだんだん大きくなり小さな土くれが巻き上がっては地に落ちる。
私の見えない所で『何か』が急激に大きくなりつつあるという事か。


「お……おぉぉぉっ!?」

そして一際大きな噴煙が巻き上がった。
例えるならそれは極小の火山噴火、しかし噴煙は私の背よりも高く舞い上がり、辺りに立ち込め周りの様子が確認できない。あまつさえ舞い飛ぶ粉塵が私の目から口から服から、無差別に襲いかかる。黒いエプロンに砂埃は天敵だというのに。

「けほけほ…くっそ、こんな事メモには書いてなかったじゃないか」

香霖許すまじ。これは後で何か慰謝料代わりに貰わないと私の精神衛生上実によろしくない。
商品棚を一個丸ごと持っていっても罰は当たらないだろう、それなら店に入って右側に面白そうな物がたくさん並んでいたはず。あの一角が全て私のモノになったなら、きっと素敵な出会いと発見が……



と、砂埃がだいぶ落ち着いてきた。
風で砂埃が流れていき、その中心にいる人影が見え隠れする。

「お…おぉぉ~~……あれ?」

チルノだ。
砂埃の中に立っていたモノ、『種』から生まれてきたのは紛れもなくチルノだった。
私に似て金髪持ちだとか三つ編み持ちだとかその程度ならあり得る、または許容できる、と考えていたのだが、水色の髪や青いワンピースは本物のチルノそのものである。

見た目がやけに小さい、というか幼いのだが。

「………………」
「チ…チルノ……だよな?」
「ん?んー」

意外と速い反応で、気のない返事が一つ返ってきた。
チルノは確かに私よりも頭一つほど小さいが、目の前にいるのはそれよりさらに頭一つは小さく見える。
さしずめ小チルノといったところだろうか、今は流石に状況が掴めないようで辺りをきょろきょろと見回している。
自分がちっぽけな種から生まれてきたなどとは夢にも思っていないだろう。


「まりさー」
「おぉッ!?」
「…何おどろいてんの?」
「い、い、いやまあアレだ、アレがアレだよ」
「ははーん、あたいがカワイイからって見とれてたんでしょー?」
「はァ!?…あ、ん、いやまあ、そうかも知れない。そういう事にしといていいや」
「ほめても何も出ないからねー♪」

いや、そんなんじゃない。
私が本当に驚いたのは、この小さなチルノがいきなり私の名を呼び私と普通に言葉を交わしたからだ。
『本物のチルノとある程度思考や記憶を共有している』とは香霖のメモに確かに書いてあるが、なるほどそれなら早くもこの状況に馴染んできたような印象を受けるのにも納得がいく。
もしかしたら、彼女は自分こそが本物のチルノであるとさえ信じているかも知れない。だからこそ初対面の私とでも普通に言葉を交わせるのだろう。微妙に舌足らずな言葉が幼すぎるほどの外見と相まって一層かわいらしく聞こえる。
そんなかわいらしい声と共に白い歯を見せて満面の笑みを浮かべてくるのだからもう、その手の趣味がなくても思わず頬が緩んで来てしまう。

「とりあえず…家に入るか。服が汚れてるぜ」

噴煙から距離を置いていた私でさえ砂埃に巻き込まれてむせ返ったのだ。グラウンドゼロにいた小チルノが何ともない筈がない。
よく見ると髪には砂粒が挟まっていて、ワンピースもところどころ薄茶色に汚れている。いつまでも我慢できるものではないだろう。

「うん!おっじゃましまーす」

服を簡単に掃い、差し伸べた手を小さな手で握り返し、小チルノは小走りについて来た。
…そういえば本物よりずいぶん素直のようだ。ただでさえ小さいのがさらに幼児化したからだろうか?
妖精の、というかチルノの生態を知る事ができる貴重な機会かも知れない。生態が分かれば魔法の研究にも何か一役買ってくれるかも知れない。希少なキノコを見つける能力があったり、実は冷気と共に魔力を垂れ流す癖とかそういう物があるのかも知れないし。
ともあれ、私にはそれらを含めチルノの事をできる限り確かめる必要があった…
本当はそんな必要はないのかも知れないが、どこか使命感じみた物さえ私は感じていたのだ。


*  *  *  *  *


「で、だ」

椅子にちょこんと座り、小チルノは部屋中に転がっているマジックアイテムの数々を眺めていた。
下手に触られて私の手にも負えないようなトラブル――例えばアイテム同士での理解不能な干渉など――があっては困るので釘を刺しておいたのだ。本物のチルノならもう少しブーたれるのかも知れないが、小チルノは今の所は私の言う事をよく守ってくれている。意外といえば正直意外なわけで。

「早速だけど、『魔理沙』って十回言ってみ」
「えー、なんで?」
「なんでもいいから。ちょっとしたお遊びだよ」
「ふぅん…まりさまりさまりさまりさまりさまりさ…ふぅ。まりさまりさまりさまりさ。これでいい?」
「うん、じゃあお前の名前は?」
「チルノ」
「ほぅ」
「何よ、あたいの事バカにしてんの?」
「最初はそのつもりだったんだがなあ」
「ぶー」

引っかかるのではと心のどこかで期待していたが、元がチルノといえども流石にこの程度では騙されないようだ。
むくれっ面をする小チルノの頬を突っつき、ちょっと温めのミルクティーとクッキーを振る舞ってやる。

「熱くないか?」
「ん。すっごいおいしい!」
「これもな。私一人で食べちゃうつもりだったんだけど、一緒に食べようか」
「おぉー。まりさにしては上出来ね!」
「はっは、何だか照れるな」

小さくなって子どもらしさに一層磨きがかかったようで、砂糖と牛乳多めのミルクティーをいい顔で飲んでくれる。
当然と言えば当然かも知れないが、ここは渋いお茶を出さなくて正解だった。
自作のクッキーも上手く焼けて……別にこいつの為に焼いたわけではなく、元々は自分のおやつとして。
でもこれも気に入ってくれているようなので良しとしておこう。


「んぐんぐ…ねえねえまりさー」
「んー?」
「お庭でこんなの拾ったー」
「どれどれ……あ、これは…」

小チルノが差し出した銀色の物体に私は心当たりがあった。
それは一見すると細長い鉄の板に見える。しかし刃物として使うにはあまりにも切れ味が悪く、かといって鈍器として使うにはあまりにも小さく軽い。
こんな小さな子でも片手で持てるという軽さとそれに見合わぬ表面の硬さを利して弾幕の代わりに投げつける、という原始的な使い方しか私は最初思いつかなかったのだが、それとて一度投げれば投げっぱなし、また使いたければ予め紐で縛っておくか探して拾って来なければならなかった。
香霖曰く、これは携帯電話とかいう外の世界の道具で、遠く離れた人と会話する事ができる道具なのだという。しかし幻想郷で使うには何か決定的に足りない物があるようで、結局のところ私は弾幕として試しに一度投げたっきりそれに対する興味をすっかりなくし、探す事さえ忘れていた。
それを小チルノはいきなり見つけたのだ。だがきれいに刈り込まれた芝生の上で見つけたというのならともかく、私の家の庭は一歩茂みの中に入れば草やら木やらキノコやらが生え放題になっている。もしそちらの方に探すべき物が行ってしまったら、探し出すには相当の覚悟を据えてかからないといけないだろう。

しかし、彼女は私の前で何か探し物をしていたようには見えなかったのだが…
もしも私に似て蒐集癖を持っているとしたら、どう見ても私より蒐集の才能がありそうではあるのだが。

「これ、何かな?」
「あー…昔むかしに無くした玩具ってとこだな」
「まりさのおもちゃ?」
「もう見つからないと思ってたよ…よく見つけてくれたなあ」
「えへへ」

小チルノの頭をそっと撫でる。微かにウェーブのかかった髪が心地いい。
一緒にいるだけでもまるで妹ができたみたいで……どうせ私は一人っ子にして今は一人暮しなんだし、たまにはこういう気分を味わってみたいというものだ。
手渡されたモノは所々に小さな傷があるが、欠けている部品はないようでまだ蒐集品としての価値を失っていない。使おうと思えば弾幕の補助にも使えるだろうけど、せっかく見つけてもらった物なのだからこれは大事に残しておこう。
いつかこれが幻想郷で使えるようになる日が来るかも知れないし、その時はチルノにも見せてやろう。
もう二度となくさないように、電話はエプロンのポケットにしっかり入れた。


「さて……風呂入るか」
「お風呂?」
「女の子たるもの、身だしなみには常に気を配っていないとだぜ」
「へぇ、まりさも大変だねー」
「お前の事だよ。とりあえず脱げ」
「わァ!?」
「…ちょ」

ワンピースを思い切り捲り上げると、てっきり抵抗するかと思いきや小チルノは私の動きに乗せられてそのままバンザイをした。捲り上げる勢いでそのまま服がすっぽりと脱げ落ちる。
素直だとか蒐集の才能だとか考えていたが、この単純さ加減はやはりチルノそのものという事なのだろうか。


*  *  *  *  *


風呂と言っても、今日は湯気が立つほどの熱いお湯ではない。チルノの肌に合わないであろう事は明らかだからだ。かといってチルノが好みそうな冷水では私の命が危うくなるかも知れない。そこで、間を取って浴槽には水寄りの微温湯を張った。私からしてみれば微温湯どころでもなくただの温い水なのだが、チルノにならきっとこの程度で丁度いい筈。私も服を脱ぎ、二人して風呂場へ入る。
しかしいくらチルノが小さくなっているとはいえ、流石に一人用を想定した風呂場に二人も入るとなると少々手狭と思わざるを得ない。洗い場では必然的にお互いの体がくっついてしまうわけで。

「へぇ……」
「どうかした?」
「いや、な。(栽培だと)首から下はまともなカタチじゃないと思ってたんだよ」
「何言ってんの?あたいだってこの通り、見た目は人間と同じなんだよ」
「だなぁ…ちゃんと女の子してるよなあ」
「おっぱいだって今は小さいけどっ…そのうち大きくなるんだから!まりさよりも!」
「はは、せいぜい頑張れ」

全身を丹念に洗い流し、小チルノは心底気持よさそうな顔をした。この程度の水温なら問題ないらしい。
妖精だからなのか、または小さな子どもだからなのか、白い肌はぷにぷにと柔らかでとても滑らか。本物もきっと同じような肌触りなのだろう。
そして彼女は普段は見えない首から下もちゃんと人間と同じ造りをしていた。あるべき物がちゃんと付いていたり、本来あってはならない物は当然付いてなかったり、体を洗う時にさり気なく触った時の感触も同じだったり、その辺は女同士だからよく分かる。

「頭洗うぞ、目ェつぶれ」
「え、頭もー?」
「砂まみれじゃあないかよ…言ったろ、身だしなみに気を配れって」
「うー」
「ほれほれ、早くつぶらないと痛いぞ」
「ううー」

両目が固く瞑られたのを確認したところで、シャンプーを掌で泡立てる。パチュリーから分けてもらった特別製だ。
石鹸をベースに数種のハーブを調合した物だそうで、石鹸ベースの割に髪が傷まずさらりとした洗い上がりになってくれる逸品だ。パチュリー専用の調合品だと思っていたが私が使ってみてもなかなか具合が良く、誰に対しても合うのだろう。勿論、恐らくは妖精に対しても。



わしゃわしゃ。

わしゃわしゃ。

真っ白な泡に混じり少しずつ黒い砂粒が浮き上がってきた。
氷の羽が胸やら腹やらに触れて少々冷たいが、ここは年長者として我慢あるのみ。
私がこの程度で逃げては小チルノに対して失礼というもの、逆に余裕を見せつけるくらいでなくては。
固く目を瞑ると共に強張った小さな肩が、ちょっとだけかわいく見えたりもする。

「大丈夫か?」
「だっ……だいじょーぶだから早くしてよ!」

大丈夫じゃないんじゃないだろうか。
流石はチルノ、この程度でもいっぱいいっぱいだ。

「流すぞ。口も閉じろ、息するなよ」
「ん、んぐ…」
「すぐ終わるからな」
「(うんうん)」

大量の泡を洗い流してやると、しなやかで鮮やかなアクアブルーのお目見えだ。実に指通りのいい滑らかな髪で、私のウェーブがかったハニーブロンドといい勝負だろう(霞んで見えるなんて、女の意地で口が裂けても言えやしない)。
もう少しこの髪を堪能していたいが、まずは小チルノを解放するのが先。髪と顔をタオルで拭ってやる。

「んー…よし、目も口も開けてよし!」
「っ…はぁっ!」
「なかなかいい女になったぜ。ま、私にはまだまだ及ばないけどな」
「ふぅー…ふぅー…」
「大袈裟だなあ、ほんのちょっとしか息止めてないじゃないか」
「うぅー……今度はあたいの番!まりさを洗う!」
「おいおい、私をお子様扱いするつもりか?」
「洗うの!洗うってば洗うんだから!」


ああ、そういう事か。
肩で息をしながらもかわいい瞳で私を睨むものだから何事かと思えば、一時的とはいえ一方的に私の成すがままにされていたのがちょっぴり気に入らなかったらしい。その証拠に、彼女の手と手にはタオルと石鹸が握られている。

「…分かったよ、お手柔らかにな」
「ふーっふっふっふ、たくさん洗ってあげるんだからねー♪」

さっきとは打って変わって瞳を輝かせ、嬉々として石鹸を泡立てる。
まあ、少しくらいは彼女のささやかな復讐に付き合ってやるのも悪くはないだろう。


*  *  *  *  *


「あ、それ熱いからな。食べる時は気をつけ…」
「あふっ!あふあふっ、こ、これ、あふーーい!」
「…やれやれ」

風呂から上がる頃にはだいぶ陽も落ちてきて、腹もいい具合に空いてきていた。
おやつとはまた別に妖精が何を食べ、特に何を好むのか、というのも気になる所ではあったのだが、小チルノに聞いてみても『何でも』としか答えない。幻想郷縁起にも『人間が食べる物なら何でも食べる』とかそんな記述があったがまさしくその通りだ。
カエルの唐揚げなら喜んで食べるだろうかとも考えたが、生憎この辺りには食べられるようなカエルは生息していない。風呂上がりではわざわざ生息地まで足を伸ばす気にもなれず、結局いつも通りの食事+αという程度に落ち着いた。

それにしても、だ。
出来立ての肉じゃがの、よりにもよってジャガイモの大きな欠片を頬張れば私だって悶絶する。

「いっぺん吐けって…なあ、お前は氷の妖精だろう?」
「ん?うん」
「食べられないほど熱い物をどうしても今食べたかったらどうしたらいい?」
「んー?……あ!まりさったら頭いい!」
「いやいや、これはお前が先に気づいとけって」

手をぽんと打ち、小皿に戻された欠片に手をかざす。
そこに冷気が集まっているのが私の肌でも感じられる。普通にしている分にはだだ漏れ続けている冷気は微々たる物にしか感じられなかったが、明確な目的の元に能力を行使するとなるほど『本来のチルノと同類の能力』という記述が実感できる。
湯気だっていたジャガイモから見る見るうちに熱が奪われていき…


「あーん……ぅ、ま、まりさぁ」
「どした?」
「かたーい」
「 硬 い ? 」

冷やし過ぎで冷たいと言うのならまだ分かるのだが…
とりあえずもう一度吐かせ、箸を通してみる。

「どれどれ…なっ!?」
「ねー?かたいでしょ?」
「……え、えーと、手加減くらいはしような?」
「えー?」
「流石に氷を食べて生活してるわけじゃないんだろ?」
「(こくこく)」

チルノの能力でジャガイモは確かに冷やされていた…表面に霜が降り、凍りつく程度に。
木の箸など全く歯が立たず、表面の氷の結晶をガリガリと削るのみ。確かにこれでは食べられるはずがない。歯で噛み砕けたとしても、氷よりも硬い塊と格闘しているようにしか感じられないはずだ。
それにしても、子どもゆえに手加減ができない、つまり常に全力に近い力しか出せないであろうとしても、まさか一瞬でほくほくの芋を台無しにできるほどの力を持っているとは思わなかった。
もっと普通の方法があるのに、自分の能力で冷やすよう示唆した私も悪いと言えば悪いのだが。


「仕方ないな…」

別の芋の欠片を箸で運び、ふぅふぅと息を吹きかける。最初からこうすればよかったのだ。
…よかったのだが、興味本位で今のチルノの力を試したかった。私は少し自重するべきだろう。

程なくして、欠片から少しずつ湯気の勢いが失われてきた。端をほんの少しだけ齧ってみると、芋の温かさと柔らかさと味わいのバランスが丁度いい。お子様がおいしく食べるのなら今このタイミングしかない。落とさぬようそっと小チルノの口元まで運んでいき、彼女は恐る恐るそれを口へ運ぶ。

「今度は熱いなんて言わさないぜ?」
「んぐんぐ……ん!おいひぃー!?」

丸い目が大きく見開かれたかと思ったら、口元から何やら飛沫が飛んできた。それが何なのかは考えるまでもなく分かったが、いちいち私の方を向いてリアクションしてくれるものだから飛沫がいちいち私の顔に張り付いてくる。
ただ、リアクションの仕方はともかく味付けは口に合うらしい。小さな顔いっぱいに浮かべた笑みがとても眩しい。

「ぷっぷっ、せめて口を手で覆うとかだな…」
「コレおいしーよまりさ!すっごくおいしい!」
「そうか、そりゃ良かった」
「いいお嫁さんになれるね、まりさ!」
「ぶッ!?よ…嫁だァ!?」
「だって、こんなおいしいご飯作れるんだもん」
「んーー………」

まさか『嫁』なる単語が彼女の口から出てくるとは思わなかったし、私自身もそんな事を意識した事はない。
一人で暮していれば料理の腕が上達するのは至極当たり前の話なわけで、とびきりの御馳走を作ったわけでもない。
ほぼいつも通りの食事をいつも通りに作っただけだ。

「ねーねーまりさ」
「ん?」
「まりさって好きな人いるの?」
「はァ!!?」
「だって、いつかケッコンするんでしょ?好きな人とするんでしょ?」
「はぁ…どこでそんな事を覚えて来るんだかね、このお子様は」
「ケッコンしておいしいご飯作るんでしょ?だれにも言わないからさ、教えてよー」
「十年早いぜ」
「十年たったら教えてくれるの?」
「それでもまだ十年早いな」
「ぶー」

こ の マ セ ガ キ め 。

仮にこの問いに真面目に答えたとして、その記憶を本物と共有する可能性があるというのだからなんともやりにくい。
それをネタに色々からかわれたりでもしたら……しかしその一方では、どうせチルノだから長く覚えている筈がないという楽観的な考えもある。後が面倒だから黙っておくのが一番なのだろうが…


*  *  *  *  *



いつの間にか辺りは暗くなっており、灯りを点けずには家の中ですら満足に動けなくなっていた…
といっても、昼なお暗い魔法の森の中では時間の流れが掴みづらいものなのだが。

「ぅはー♪」

私の家は寝室にすら無数のマジックアイテムが散乱していて足の踏み場もかなり限られているのだが、その中においてベッドだけは己の牙城を保ち続けている。そのベッドに飛び込むや否や、小チルノは全身で大の字を描き歓喜の声を上げた。
普通の人間なら、徐々に蓄積されていく己の温もりに歓喜または安堵して声を上げるのだろう。だがそこはチルノ、単純にベッドの寝心地だけに歓喜しているようである。常に冷気がだだ漏れているのだから、ベッドに入ったという程度では自分の冷気で安らぐという事は流石にないか…

「あれ、まりさは寝ないの?」
「私はここでいいよ」
「いーじゃん、いっしょに寝ようよー」
「いや、遠慮しとくぜ…お前にゃその理由は分からんだろうけどさ」
「?」

ベッドのすぐ脇に椅子を設え、私はそこに座って体を休める事にした。
年中冷気をばら撒く妖精と同じベッドで一夜を共にした日にゃ、朝を待たずして凍死体の完成だ。
雪山で不用意に眠るに等しい行為とも言える。

「へえ、氷精でもシーツを使うものなんだな」
「まーねー。冷気が逃げていくのはなんかイヤだし」
「モノを冷やすのに使えそうだなあ…」
「使ってもいいよ?夏はスイカとか冷やしてるもん」
「あいにく、冷やしたい物がない季節なんだよなあ」
「あはは、そりゃ残念だー…」

横になった小チルノの胸を服越しにぽふぽふと撫でる。
規則正しい刺激を受けて瞳はだんだん細く潤み、口数も少なくなり、自身の呼吸すら規則的になっていく。
流石の私といえども子どもサイズの寝間着は持っていないので彼女には普段着のままベッドに入ってもらっているが、とりあえず気にした様子は見られない。



「…なあ」
「んー……?」
「さっき言ってただろ、私の好きな相手の事」
「あー…」

睡魔に意識を半分ほど持っていかれたところで小チルノに問う。
私が話しかけなければすぐにでもその目を閉じてしまいそうだが、どうにか意識は保っているようだ。

「教えてくれんの…?」
「ああ」
「だれ…?」

一呼吸置いて、小さな手にそっと自分の手を添える。

「お前の事だよ……って言ったら、どうする?」
「………ん~~~~~♪」

少なくとも嘘は言ってない。
私の中で彼女が一番ではないというだけだが、かといって嫌いというわけでもない。
むしろこの子ども特有の好奇心と凹み知らずの元気にはある種の憧れすら抱いてしまう時がある。
この豊かな感情表現、そして裏表のない性格…今の私が真似するには恥じらいが多すぎる。
そして、天使の表情で私の親指にしゃぶり付いてきた。これではまるで赤ん坊だ。
自然の権化である妖精の辞書には母親という言葉や概念はない筈だが、永い永い時間をかけて転生を繰り返すうちにどこかで人間の記憶の一つでも混じったのだろう。人間も自然の一員であると考えればあり得ない話ではない…と思う。

「まりさ~……」
「おいおい、私の指なんて美味くはないぜ?」
「んちゅぅ~~…」
「…やれやれ」

だが、これでいいのだろう。
嘘も方便という奴で、眠りに落ちつつある彼女の安らかな顔が全てを語ってくれている。
吸い付かれた指は妙にくすぐったく、眠る間際にしては確かで規則正しい刺激を私に送り続けている。
この親指、もう暫くは預けておいてやろう。



指を預けながら、あの『種』の事を考える。
本来のチルノとは別に『チルノ』が生まれてきて、且つ思考や記憶を共有する。確かにこの小チルノは生まれながらに私の事を知っていたし、冷気を操る能力も(完全ではないとはいえ)使っていた。
言うまでもなくチルノは妖精だ。妖精とは自然の具現であるからして、チルノという個体がいるというよりは『冷気』という自然現象がその末端としてあの小生意気な少女の姿を取っているに過ぎないのだろう。つまり、同時に複数のチルノが存在していてもそれは末端が増えているというだけだ。また、大元が同じ『冷気』なのだから、仮に本人同士が出会ってしまっても別段驚くような事はないと思われる。大木の枝を思い浮かべればいいのだろうか。
そして自然の具現であるのだから、ならば生まれてくるチルノが『種』を植えた場所の影響を受けるのは至極当然の話だ。博麗神社の土から生まれればきっとマイペースになり、アリスの家の庭から生まれればもう少し口うるさくなるか手先が器用になるのだろう。紅魔館の土で生まれれば瀟洒か又は傲慢か、そして向日葵畑で生まれたなら……きっと最強を名乗るに相応しいチルノが生まれてくるのかも知れない。恐ろし過ぎてあまり考えたくないが。

では、この種は?成長促進液とやらは?
地面に植え、得体の知れない液体を数滴垂らすだけでチルノと寸分違わぬ存在が生まれ出る。
植物の種ならその中には成長するための胚がぎっり詰まっているのが相場だが、チルノの場合は自然の具現。その前の状態では何らかの形を取る必要はなく、何か別の物が入っている必要さえないはず。極端な話、恐らくは殻の内側には十分な冷気さえ詰まっていればいいのだろう。
成長促進液の方は想像もつかない。ここでいう成長とは、チルノのカタチが作られる事を指すと考えられる。ならば、これはまさしく読んで字のまま、チルノのカタチが作られるのを促す……漠然とした表現を使うなら『幻想郷の力』を濃縮した何か?

脳内仮説だけでは無理があり過ぎる、こちらの方は時間をかけて研究した方がよさそうだ。


「んぅ…おやすみぃ」

私の手を抱き、小チルノが(恐らくは無意識のうちに)呟いた。手を放す気は全くないらしい。少し冷たいのを我慢し、私もお休みと言葉を返しゆっくり目を閉じる。
短いながらも密度のあった今日一日は私の頭と瞼を際限なく重くし、一つ大きく呼吸をするたびに体の力が抜けていき、意識もだんだん沈んでいき―――




















翌朝、ベッドから小チルノの姿は消えていた。
メモに書いてあった通り、十二時間経って彼女は消え去った――幻想郷に還ったのだ。
日が高いうちに種を植えたのを覚えている。眠っている間に約束の十二時間が経過したというわけだ。
消え逝く事を私に気づかせぬまま、恐らくは自身が消えていく事にも気づかずに……

ベッドには微かな冷気が名残惜しげに残っている。これも時を置けばかき消えてしまうものだ。
だがそれを時間に任せるわけにはいかないような気がして、彼女が眠っていた場所に両掌を這わす。冷気は私の掌に余す事なく受け入れられ、そして小チルノを成していたモノは私の体温で全て確実に幻想郷に還っていった。

「……………ふぅ」


末端の一つが消えただけだというのに。

また種を植えればチルノにすぐ会えるはずなのに。

霧の湖にだってチルノはいるはずなのに。


不思議な虚無感が心の中に残り、ため息ばかりがついて出る。
しかし、何故だか新たな種を植えようという気にはなれず…



「はぁ……あ?」

何気なくポケットに突っ込んだ手に硬い物が当たった。
昨日チルノが見つけてくれた物だが、あれから片付けるのも忘れて眠ってしまったんだった。
相変わらずこの道具は何をしてもうんともすんとも言ってくれないが、そう言えば私は自分の中だけで一つの誓いを立てていた。これをチルノに見せびらかす……まだ電話が使えるようにはなっていないが、これを見た彼女がどんな顔をするのか、想像しただけでも面白そうだ。


「ま、もうひと眠りしてからだなあ」

日頃から暗い魔法の森だが今は一段と暗い。まだ夜が明けきっていないのだろう。
おまけに座りながら一夜を過ごしたせいで安眠だったとは到底言えない。
もうひと眠り…たまには、日が高くなる頃まで眠っていても罰は当たらないだろう。いくら呼んでも返事がないというんでアリスあたりがやきもきするかも知れないが、今日に限ってはそんなのは知った事ではない。

「よいしょ、っと」

チルノが眠ったベッドに入り、私は今一度瞼を閉じた。
願わくば、今日出逢う『彼女』も私に屈託のない笑顔を見せてくれん事を。

「よう天然モノ」
「天然って何よ」
「早速だけど、『魔理沙』って十回言ってみ」
「は?何で?」
「なんでもいいから。ちょっとしたお遊びだよ」
「ふぅん…魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙……あと何回?」
「六回」
「よし、魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙、ッと!」
「(騙されるなよ…)じゃ、じゃあお前の名前は?」
「え?あ、あぅ……魔ル沙!」
「どこの役人だよお前は」



『おてんば恋娘』を聴いてると、チルノが何に恋をしているのか未だに分かりません(ぁ
カエル?w
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コメント



0.2330簡易評価
4.90名前が無い程度の能力削除
チルノは最強!
5.70堰碎-香霧蒼削除
面白いな~きっと永琳と紫が暇つぶしに共同で開発したんだろうな~

・森近 霖之助の能力について、
霖之助の能力では道具の名称と用途は分かるが、使用方法は分かりません。
「前々に霖之助がこの道具を実際に使用した」という設定にしておくならそのままでも構いませんが・・・
7.100名前が無い程度の能力削除
これは良い鬱作品。(耳すま的な意味で)
「栽培チルノ」に関する魔理沙の考察シーンは必要無かったんじゃないかな、と感じました。
話の流れ的にも、魔理沙と小チルノのエピソードに重きを置かれているようでしたし。
それから後日談も、少々蛇足感が否めないというのが正直な所です。
後は……冒頭でオチの見当が付いてしまうのが何とも。

二人の姉妹のような掛け合いは見事にストライクだったので、点数的な評価はこれ。
11.70名前が無い程度の能力削除
>首から下はまともなカタチじゃないと
某植木女神思い出して唾噴出w

何がぶっとんでいるかって、チルノを栽培しよう、などと思いついてしまうその発想。妖精は自然の権化ですもんね。まして幻想郷ですから、なんかそのぐらいあってもあんまり不思議じゃないですね。

けれどこれだけのネタ、陳腐化せぬよう気をつけて練り込んでお話を作ったならば、もっともっと良いものになったのではないか、と自分に出来ない事を望んでしまうようなものを感じます。物足りなさといいますか。

お話全体としては、栽培チルノとの触れ合いが大半ですのでほのぼのとした雰囲気があって良かったです。
12.70名前が無い程度の能力削除
なるほど、自然の具現なら栽培もできるのですか。

誤字報告:胚がぎっり→胚がぎっしり
指を預けたまま眠るところで魔理沙の指が凍傷にならないかひやひやしたのは私だけでいいです。
16.80三文字削除
うん、和ませていただきました。
まあ、途中でこうなるんだろうなぁと話の筋が読めたものの、それでも面白かったです。

にしても、天然ものの方がおバカだとは・・・・・・
17.80名前が無い程度の能力削除
12時間でさよなら
さみしい
こうなったら、天然ものをお持ち帰りするしか
19.70削除
魔理沙って本当にどんなキャラと絡ませても自然ですね。
考察も含めて面白かったです。
21.90名前が無い程度の能力削除
かわいすぎて涙が出てきます。思わず机をバンバン叩いてしまいました。
22.80名前が無い程度の能力削除
恋に恋するお年頃
24.40名前が無い程度の能力削除
栽培チルノの入手経緯で魔理沙に対する心象が最悪となり、その後の展開も冷めた目で読んでしまった。
アイディアは秀逸だったかと。
25.80名前が無い程度の能力削除
・・・かわええ

>栽培チルノの入手経緯で魔理沙に対する心象が最悪

特別な展開ありましたっけ?
27.90名前が無い程度の能力削除
甘いぜ甘いぜ甘くて死ぬぜ
29.90卯月由羽削除
かわいいなぁこんちくしょうww
>栽培チルノの入手経緯で魔理沙に対する心象が最悪
むしろ魔理沙の行動としては至極普通だと思うんだが
33.80名前が無い程度の能力削除
私の中ではそれほど矛盾も無くて楽しめましたよ。まあ、自然の現象である妖精を栽培の時点でおかしくはあるんですが。
>・生まれてきた『チルノ』は土壌や周囲の環境によって性質が微妙に異なる

性質が異なるのは中身だけですか、もし発育具合も違えば(ry
35.90削除
何たる凶悪な可愛さ!
考察としてもなかなか面白かったです。自然と端末の関係についても、違和感はありませんでした。
37.80名前が無い程度の能力削除
幼女!幼女!つるぺた幼女!!
42.80名前が無い程度の能力削除
ちっちゃくても最強。むしろちっちゃいから最強。
それにしてもこの発想はどこから湧いたのか。
46.90とらねこ削除
天真爛漫なチルノっていいですね。
49.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい。
52.100名前が無い程度の能力削除
作者がチルノを愛しているは分かりました。
58.80名前が無い程度の能力削除
ちんまいチルノいいですね