『私はアリスの淹れた紅茶を飲みに来たんだ。人形はお呼びじゃないぜ』
私が操った人形で淹れた紅茶なのだから私が淹れたも同然なのに、とアリスがいくら言っても魔理沙は聞かず、仕方なくアリス本人の手で新しく紅茶を淹れなおしてやった。
『なんだ。やれば出来るじゃないか』
客でも相変わらずふてぶてしい魔理沙は用意した茶菓子を食いつくし、紅茶を3杯飲んで帰っていった。
魔理沙がアリスの家に来た最初の日だった。
* 1 *
人形制作は手間がかかる。材料選びからデザイン、整形、塗装、衣服の製作。更に魔法で動く人形ともなれば、複雑な魔法の理論を頭に置きつつ、さらに精密な作業を強いられる。完成した後も油断はならない。外見のチェックはもちろん、魔法の糸による動作の確認作業も加わる。それはまるで一つの針の穴に何十本もの糸を通しているかのように。魔法で動く人形など、常人が作ろうとすれば、1体作るのに何ヶ月、何年もかかってしまうだろう。
極限まで研ぎ澄まされた集中力。そして一ミリの誤差も生み出さない正確さ。魔法使いにとって必要な要素を持ったアリス・マーガトロイドにとって、人形制作はまさに『天職』であった。別に職ではないのだが。
「───フゥ」
アリスは満足げに息をつきながら、髪をとかしていたブラシを置いた。これで人形制作の実質的な工程は終了した事になる。最後に人形に名前をつけ、人形制作は真の終了となる。
「んー……今回はまぁまぁかな。たまには遠出してみるものね」
珍しく冥界から人形劇の依頼があったので顔をのぞかせたら、割と頑丈な素材が手に入ったので作ってみれば、傑作である上海や蓬莱とは比べ物にならないが、戦闘に参加させる程度の活躍が期待できるほどの出来栄えになっていた。
服についた布地の切れ端を人形に掃除させ、そのまま周りに散らかった布屑の掃除を命じ、作業台から出来たばかりの人形を抱えて席を立った。そのまま工房を出て書斎の扉を開ける。彼女の書斎は、紅魔館の図書室など比べ物にならないほどに小さいが、それなりの蔵書を誇っていた。
窓際に設置されたテーブルの中央に人形を置き、本棚から分厚い、赤塗りの本を取り出してテーブルに置いた。本の表紙には「世界地図」と書かれている。随分昔に初めて香霖堂に行き人形の素材を買う際、鮮やかなカバー色に惹かれついでにと購入した品だ。この地図は外の世界の物で、幻想郷など、地名も無ければ、「幻想郷」の文字もない。アリスどころか幻想郷の住人なら蒐集家でもない限りまったくの不必要の本だが、アリスは人形の名前をつける際、この本を使用する事にしていた。思った以上に愛着のある名前が手軽につけられるので、今思えば値段以上の買い物だった。
人形の命名にはいつもこの本に頼っている。最初は記念に気まぐれで使っていたが、徐々に愛着がつきはじめ、今では貴重な本でもあるので、いつも持ち歩くあの本には負けるが、すっかりお気に入りになってしまっていた。
「……………」
本を開く。淡い緑や茶色、水色で彩られたページが目に飛び込み、見慣れた、馴染みの地が名を連ねる。
この子はどのあたりにしようかしら。
何十体もの人形を作り続けてきたアリスはぺらぺらとページをめくっていくが、めぼしい地名はあらかた使ってしまったし、自分と人形のイメージに合う地名がどうにも探し出せない。材料の質の良さに興奮して衝動的に作ったのが失敗だった。
出来はいい。でもそれに見合う土地名が一向に見つからず、どうしようかと溜め息をついた。
ガンガンガンッ!
「アーリースッ!」
突然の激しいノック。思わず身が強ばる。
「おーいアリス、私だ、魔理沙だ。お前の愛しい魔理沙だぜ!」
ガンガンガンガンガン。
「─────もうッ!」
力任せに赤い本を閉じ、早足で書斎から玄関へ。歩きついでに数体の人形に館内の掃除を命じる。
「魔理沙!」
勢いをつけてドアを開けると、黒白の魔法使いがいつものように、まるでいたずらをする少年のような笑顔で立っていた。
「なんだ、やっぱりいるじゃないか」
「人の家の前で恥ずかしい真似しないで。いい迷惑よ」
「良い迷惑なら喜んでやるぜ」
「まったく……他に誰もいないから許すけど、人前で愛してるなんて言わないでよ」
「あら。人前じゃなければいいのかしら?」
アリスの顔から血の気が引いていったかと思うと、一気に血が昇っていく。
けらけら笑う魔理沙の背後。紅白の巫女が隠しもせず並んでにやにやと笑っていた。
アリスは火照る顔を押さえた。
「あー……えと、霊夢も来てたの。珍しいわね」
「ええ。魔理沙から、アリスが美味しい紅茶が手に入れたって誘われたの。珍しく」
普段以上に機嫌のいい霊夢はまだクスクスと笑っている。普段数々の妖怪と宴会をしている身なので、客の身分になったのが嬉しいのだった。ついでに言えばお茶代も浮いて一石二鳥。霊夢の顔が緩むのも不思議じゃない。
その紅茶は、普段銘柄にこだわらない魔理沙を感動させた高価な紅茶だった。以前二人で飲んだとき、紅茶を譲れと引かない魔理沙が「じゃあまた飲みにくるぜ」と言って大人しく去っていったのを覚えている。
「とりあえず中に入らないか?私のお腹は紅茶とお茶請けを欲しがっているんだ」
「右に同じ。いいかしらアリス?」
「……まあいいわ」
「聞かなかった事にしてあげるから──っと、はいはい、中で待ってるわね」
無言でスペルカードを取り出したアリスをなだめて霊夢と魔理沙の二人は家の中へと入っていった。
「……不覚」
* 2 *
お湯を沸かし、丸型のティーポッドとカップにお湯を入れ温める。ティースプーンで適度な茶葉の量を正確に測り、温めておいたティーポッドに葉を入れ、そこへ沸騰したお湯を勢いよく注ぐ。すぐポッドに蓋をして待つこと3分。十分に蒸らしたら蓋を取り、マドラーで中を少し混ぜて濃さを均一にし、ストレイナー(茶漉し)を使ってサーブ用のもう一つのポッドへ。一般的に言われているフルリーフ(粉砕していない状態の紅茶葉)での上手な紅茶の淹れ方だ。
ケーキなど作っている時間は無いので、今朝仕入れたばかりのマドレーヌを皿に移し、人数分のカップとポッドをトレー並べ、ミルクと砂糖、そして蜂蜜を乗せ、アリスは二人の待つリビングへと移動した。
「お待たせ」
「ずいぶん時間がかかるのね」
「客に対して手を抜くのは失礼でしょう?」
「私はティーバッグでも一向に構わないぜ」
「さっきと言ってることが違うじゃない。本末転倒よ」
カップに紅茶を注いでいく。泡立たないよう静かに、最後の一滴まで手を抜かない。
「どうぞ」
「いただきます」「いただくぜ」
霊夢はミルクも砂糖も入れず、そのままカップを口に運んだ。巫女服に西洋のティーカップ。異様な光景だが、不思議と違和感は無い。和洋折衷という言葉がしっくりと来る。
「五臓六腑に染みるわぁ~」
「霊夢、年寄りくさい」
「それくらい美味しいのよ」
台無しである。
一方の魔理沙はミルクを入れた後に蜂蜜を数滴だけ垂らしていた。
「変わった飲み方をするのね」
霊夢が僅かに信じられないような目で魔理沙を見ている。アリスも初見は注意したが、やっぱり無駄だった。
「少し前に発明した。誰も美味いとは言わないけどな」
スプーンでかき混ぜ、一気に流し込むように飲み干す。
「あんまり入れすぎても下に残るから、ちょっとだけ入れるのがコツなんだ」
「さっきは普通に砂糖とミルクで飲んでたのに」
さっきは?
アリスの手が一瞬止まった。
「この蜂蜜じゃないと飲む気が起こらんな」
「我侭ねぇ」
「魔理沙から我侭を取ったらただの白黒よ」
「その魔理沙の我侭を許す通われ妻」
「違う」
「……通い妻?」
「吹き飛ばされたいのね。今なら彼岸までサービスできるけど」
館全体がぎしりと大きく軋んだ。アリスや霊夢の周囲に魔力の渦が発生し、やがて館全体を包み込んでいく。アリスの指先から人形へ。もう一声アリスが号令すれば、このリビングに全人形からの弾幕が飛び交う破目になるだろう。完全にアウェーの霊夢が避けるスペースはどこにもない。霊夢の取れる手段はただ一つ。
「ごめんなさい」
謝る他は無い。ただし霊夢の口調に余裕が感じられた。
「今日の霊夢は意地が悪いわね」
「ふぉまふぇをふぁふぁふぁうふぉおもしふぉいかふぁふぁ」
「飲み込め」
「───ん。アリスをからかうのは面白いからな」
「そうね。クセになりそう」
「貴女たち趣味悪すぎ」
霊夢がカップを置く。中は既に空だった。
「どうだったよ?」
「うん、魔理沙の言う通り、美味しかったわよ」
「だろ?」
「美味しいかどうかを聞くのは私なのに、どうして魔理沙が聞くのかしら」
「紹介したのは私なんだから聞くのも私に決まってるじゃないか」
「ここは料理店じゃないんだけど」
「……でも」
アリスと魔理沙の目が同時に霊夢へと移った。
「何か物足りないわね」
「マドレーヌ食えよ」
「そうじゃなくて。美味しいには美味しいんだけど───上手く言えないわ。紅茶なんて滅多に飲まないし」
「貧乏舌め」
「質素と言え」
「失礼な奴らめ。人間なんだからちょっとは遠慮しなさいよ。
でも淹れ方はベストを尽くしているわ。メイド長直伝だから味は保障できるわよ」
紅魔館のメイド長、十六夜咲夜の淹れる紅茶は幻想郷内でも最高峰を誇る。魔理沙以上の我侭を言う吸血鬼を相手に毎日紅茶を淹れている彼女の手法ならまず間違いはない。
「いつの間に……」
「宴会のとき、ちょくちょくね」
「まだコツでも隠してるんじゃないの?」
「霊夢じゃあるまいし、そんなケチくさい真似する意味が無いわ」
「でも霊夢の勘が言ってるなら確かだろうぜ」
最後のマドレーヌを紅茶で流し込むと、カップをトレーに戻し、3杯目の紅茶を継ぎ足す。カップが8割ほど満たされるとポッドから紅茶が途切れた。魔理沙が蓋を外して中を覗き込むが、見事なまでに空だった。
「自分で淹れても美味くないわけじゃないがめんどくさい。紅魔館で飲んでも蜂蜜が出ない。かといってアリスじゃ最高の紅茶を淹れられない。ということでアリス。もっと美味しい紅茶を淹れれるようにしろ」
魔理沙は深く椅子に座り足を組み、カップを右手に、左の人差し指をアリスに向けた。殺人事件の真犯人を暴く探偵さながらの迫力だった。
* 3 *
『紅魔館の名前が出てくるのは何故かしら?』
『ここに来る前に紅魔館で飲んだからだぜ』
『しかも同じ葉なのよ。不思議よね、淹れる人が違うと味も変わるんだもの』
「だから“さっきは”なんて言ってたのか」
妙に会話が引っかかっていたが、かいつまんで言えば、二人は咲夜とアリスの紅茶を飲み比べしていたらしい。本当に趣味が悪い。
とはいえ、気分が悪いにしろ、暇つぶし程度の収穫はあった。
いくら反芻しても自分の淹れ方に落ち度は無い。以前咲夜に習った方法とまったく同じ、かつ同じ葉で淹れたはずの紅茶の味が違う。
考えられる要素は既にいくつも挙がっている。水の違い、室温、湿度、飲む人間の体調。一度挙げたらキリが無いが、どれも決定打に欠ける。そんな細かな部分にまであの巫女が気付くはずがない。
魔法の研究でないにしろ、未知の分野、幻想の世界に挑むのなら、たかが飲み物でも立派な研究対象。魔法使いは、事実ではないのだが、言わば研究を糧としているような種族である。謎はとことん追求し、解明しなければ気が済まない。
「見えた」
目下に広がる霧の湖。そのすぐ畔に真紅に染まった館が、湖の青と木々の緑から浮き出るように建っていた。この中には門番妖怪と図書館の魔女、悪魔の犬に吸血鬼が二匹、そして数えるのも無駄なくらい多くの妖精メイドが住み着いている。にも関わらず、まるで時が止まったように、建てられたばかりの洋館にしか見えなかった。
アリスは門の手前で地上に降りた。まだ門番は姿を現さない。
「……えと」
名前、何だったかしら?食べ物だったような、地名だったような、人名だったような。
紅魔館に足を運んだ時も、宴会に出た時にもこの門番妖怪を見かけているし、実際話もした。自己紹介もされたような覚えがあるが、顔は覚えているものの、名前までは覚えてもいない。そこまで影が薄かったようなイメージはないのだけれど。
素通りしてもいい。が、門番に勘違いされて攻撃されては困る。今日は敵ではなく、客として来ているのだから。
「……人名ではあるわね」
誰か呼ぼうと息を吸い込むと、門を支える柱の陰から、微かではあるが寝息が聞こえてきた。中断して裏に回ると、例の門番が柱に寄りかかって寝息を立てていた。
時刻は正午過ぎ。季節は秋。天気は快晴。昼寝をするには十分すぎる条件である。
「起きなさい」
上海に頬をつつかせると、妖怪はあっさりと起きた。大きく欠伸をし、尻についた土を払うと、焦点の無い目でアリスを見た。
「おはほーございやすぅ。どちらさまですかぁ?人間さんなら私の胃袋にご招待できますよぉ~」
「お久しぶりね、中国っぽい妖怪。上海の手を齧らないでくれるかしら」
「中国って呼ばないでくだしぁー……お客さん、手ェつるつるしてますねぇ。なんだか肉って言うか絹みたい───あれ?」
妖怪は後ろに大きく飛び退き、ずれていた帽子を元に戻し、直角に体を曲げる。整えたばかりの帽子は地面に落下した。
自分の頬をつついていたのは人間でもなく獣でもなく、人形。人形を操る魔法使いは知りうる限りでただ一人。
「アリスさんの大切な人形とは露知らず!ごめんなさい!ごめんなさい!謝るから、隠しておいたとっておきの1年に10枚限定多村屋の新秋大判生煎餅あげるから、どうか咲夜さんにだけは何も言わないでお願いします!」
「構わないわ。もう用は済んだから」
「へ?」
美鈴が顔を上げる。
「美鈴、帽子が落ちていてよ」
美鈴の帽子を手に、極上の笑顔で仁王立ちをする少女は、美鈴の顔を鷲掴みにすると自分の頭の位置まで持ち上げた。極上の笑顔と言え、小さな子供が見たら大声で泣き出すのが明らかなほどに高圧的な殺気を放っている。赤子が見たらメイドがトラウマになりかねない。
「痛たたたたた!咲夜さん、ちょっ、こめかみきてますって!気持ちいいくらい最高にハイってます───あ、あああ゛あ゛あ゛……」
「職務中に寝るなと言うのはこれで何度目かしら?貴女の辞書に学習の文字はないの?どこぞの冷凍妖精じゃないんだから、門番くらいこなしてみせなさい、紅 美鈴」
美鈴を足が地面に着かなくなるほどに完全に持ち上げてから、咲夜は手を離した。
「お茶の時間とお嬢様に伝えなさい。パチュリー様にも声をかけるのよ」
「はいぃ!紅 美鈴、命に代えても!」
絶叫に近い声を上げて美鈴は館へと文字通り飛んでいった。
紅魔館で働く妖精メイドは、所詮頭の悪い妖精なので、大して役に立っていないのだと言う。紅魔館の雑務を請け負っているのはメイド長ただ一人のようなもの。ただでさえ我侭な主がいるので、恵まれない部下を持った彼女の心労はそれなりにある。
サボリが日常茶飯事である彼女への罰にしては軽すぎるが、それは今現在客が目の前にいるからであって、客が去った後の美鈴の無事は保障されていない。心労したメイドが行う惨事を想像して、アリスはやや呆れ気味に小さな溜め息をついた。
「見苦しいのを見せて悪いわね」
「構わないわ。貴女を呼びにいく手間が省けて助かったから結果オーライよ」
「サボりも役に立つケースがあるのねえ。魔理沙は一緒じゃないの?」
「魔理沙のオプション扱いしないで。貴女に例の続きを教わりに来たの。美味しい紅茶の淹れ方」
「紅茶───そういえば教えたような気がしないでもないわ。魔理沙に言われたのかしら?」
「だから魔理沙から離れなさいってば」
少女説明中…
「やっぱり魔理沙じゃない」
「どいつもこいつも……きっかけは魔理沙ってだけでしょ。別にあいつのために来てるわけじゃない」
「はいはい。別にここに来る必要もないと思うけどね」
「ここに来ないと分からないから来てるのよ」
「言いたいことと違うんだけどねえ。まあいいわ、報酬は?」
「やっぱりいる?」
「質問を質問で返さない。世の中はギブアンドテイクよ」
「貴女はギブばかりだと思うけど」
「お嬢様の存在自体がテイクですから」
「羨ましい頭だこと。えーと、貴女の好きそうな物は……資料用に集めたナイフでも持ってく?バネ仕掛けの飛び出しナイフとか、缶切りやピンセットのついたナイフとか」
「帰れ」
「……多村屋発売1年10枚限定の新秋大判生煎餅」
「ここから先は上空で魔力が感知されると魔理沙迎撃用の魔法が飛んでくるから歩いて着いてきなさい。帰りは飛んでも大丈夫だけど……そうそう、館に着くまで庭園を見ておくといいわ。ちょうど秋の花が見ごろなのよ」
「現金ねえ」
感心半分、呆れ半分で咲夜の後を歩いて着いていく。門から館までは距離がある。特別親しくもない咲夜との会話は少なく、せいぜいアリスが花の名前を聞き、咲夜が答える程度だった。
咲夜の言葉通り、ここの庭園は見事なまでに秋一色だった。藤袴に金木犀、十月桜まで花を開かせていた。数え切れないほどの花々が咲き乱れる中でも雑草はほとんど見当たらない。よく手入れが行き届いている証拠だった。程よく乾いたレンガ詰めの道に、金木犀を主とした花々の香りが充満する。魔理沙や霊夢たちはこの香りを楽しみながら紅茶を飲んでいたに違いない。
「ここは美鈴が管理しているのよ。門番業もこれくらいしっかりしてくれれば私もお嬢様の世話に専念できるのに」
「でもいい仕事をしているわ」
シクラメンから咲夜に視線を戻すと、アリスを見て僅かに微笑んでいた。
「今度美鈴に会ったら自分で言ってあげて」
館はもう目の前だった。
* 4 *
日の光が入らない紅魔館の図書館。ここでは魔法によって生まれた淡く白い光と手元を照らす蝋燭の炎だけが光源だった。紅魔館の住民は数日に一度この図書館に集まって紅茶を楽しむのが習慣だった。
紅茶を飲むには明かりが乏しいが、吸血鬼であるレミリアにとって明かりなど月が照らし出す程度でも十分だし、パチュリーは普段通りの明るさなので、普段日の光を浴びて仕事をする美鈴以外誰も気に留めない。
一方の美鈴は広大な図書館の中、ただ一人息苦しさを感じていた。半人前である自分と、主のレミリアやパチュリーと一緒に紅茶を楽しめるのは誇らしくもあり、また珍しいお茶や食材にありつけるので嬉しくもある。しかし開催場所くらいもう少し考慮してもいいと思っていた。
そしてもう一つ、美鈴には懸念材料があった。
「美鈴」
びくり。
「暇だわ」
不機嫌な口調の主は顔の前に手を組み、極めて静かな口調で言った。
「私に御用でしょうかお嬢様」
わずかに声が震えているのが美鈴自身にも感じ取れた。
「私が貴女に暇だと言ったなら、貴女は私を楽しませるのが道理じゃなくて?それとも、もっと具体的な命令が無いと何も出来ないのかしら?」
微笑っている。組まれた手の後ろでレミリアは確かにクスクスと微笑っていた。
「5秒待ってあげるからどうにかなさい。私を愉しませる程度に、ね」
「5秒ですかっ!?」
「5、4……」
レミリアはただ美鈴を虐めて困る顔が見たいだけ。ただそれだけのために無理難題も平然と言ってのける。重要な職である門番を彼女に任せているのは、不器用な彼女を気に入っているためだった。
何年も主に仕えている美鈴は彼女の意思などとっくにお見通しである。分かっていても、美鈴には無視も誤魔化しも効かないのが彼女の主。美鈴は一刻も早い咲夜の登場を願うばかりだった。
「で、では最近憶えた演舞を───」
「埃が立つからやめて頂戴」
「そんな、パチュリーさまぁ」
「3、2、1……」
「ひゃあああ!?」
「失礼します」
ノック音が3回。パチュリーが本を閉じ、美鈴が胸を撫で下ろす。
「レミィは悪趣味ね」
「吸血鬼は総じて悪趣味なのよ」
「程ほどにしないといつか逃げられるわよ。まともに機能するのは咲夜とここの小悪魔、美鈴くらいなんだから」
「あら。その時は幻想郷の果てまで追いかけてあげるわ」
美鈴の反応を見たレミリアは多少満足したのか、あどけない笑顔が戻っていた。
「何をおっしゃっても絶対逃げませんってば」
後が怖いので。誰にも聞こえないように小さな声で付け足した。
図書館の扉からワゴンが動く音と共に咲夜が入室した。人数分のカップとティーポッド、そしてバスケットの中には今日の菓子が入っていた。
「お待たせいたしました」
咲夜が指を鳴らすと同時に紅茶から独自の香りが放たれた。少しでも適度な温度で出すために咲夜が施した時間停止空間を解除したのだった。時間を停止させれば温度の変化も停止する。咲夜が長年の研究で編み出した手法の一つでもある。
「使用した葉はお嬢様が先日飲まれたのとまったく同じカンヤム・カンニャムの上等品を使用していますが、今日は紅茶そのものを味わっていただくためにストレートで用意させてもらいました」
各々にティーカップを配り、紅茶を注ぐ。注ぐ姿勢も動作の一つ一つも全てが洗練され無駄もまるで無い。彼女が完全と呼ばれる由縁を垣間見る事の出来る瞬間である。
「スイーツは豊穣の神愛用の香水と同じ香りのサツマイモのモンブランですわ。ストレートティーに合わせて少し甘めに仕上げてあります」
「ん。ご苦労、咲夜」
「もったいない言葉です」
レミリアがカップに口をつける。続いてパチュリーと美鈴が続いた。
「レミィ、これ……」
「ええ、パチェ」
パチュリーはレミリアに視線を送った。レミリアも頷き返す。二人は同時にカップを置いた。
「?」
普段と様子が違う美鈴が何事かと伺っていると、レミリアはフォークをくるくると弄んで問う。
「ねえ咲夜」
「はい、お嬢様」
「この紅茶。淹れたのは誰?」
咲夜は何事もなかったかのように優雅な動きで紅茶に口をつけた。
* 5 *
「人形の本当の価値ってのは、見て楽しむんじゃなくて、触って愛玩するものだと思うのよ。寂しい時は人形に話しかけるし、寝苦しい昼は人形を抱いて眠るんだもの。綺麗に作ったって触っているうちにいつかは壊れてしまうんだから、あんたはもっと手を抜くことを覚えるといいわ」
「……要するに、もっと不細工に作ったほうがいいのかしら?」
「あいつはもっと不細工よ。七面鳥くらい歪んでたほうが壊しがいがあるの」
「貴女たちって案外仲が悪かったのね」
「久しぶりに肉汁たっぷりのローストチキンが食べたいな。今度烏でも捕まえに行こうかな」
「ここから出られないのに?」
「魔法使いが密室でどかーんと壊れちゃえば密室殺人になるから、烏もミステリーを感じ取ってきっと飛んでくるよね……ん?密室殺魔法使い?語呂が悪いわね」
「逃げていいかしら」
「だめ。できた?」
「もう少しよ」
食堂脇の小さなテーブル上。アリスの真正面にもう一人の赤い悪魔がアリスの作業を眺めていた。フランドール・スカーレットと出合ったのは本当に偶然で、咲夜がアリスを厨房に案内している途中、運悪く紅魔館を闊歩していたフランドールに見つかってしまったのだった。
現在、アリスはフランドールのためにレミリア人形を誠意製作中である。アリスが文句の一つも言わずに手を動かしているのは、フランドールの力が現時点でのアリスの力を大きく上回っているため。全力で対応しても手に負えるかどうか。姉はまだ話ができるが、妹は会話すら成立しにくい。出会い頭に弾幕勝負にならなかっただけ幸運だった。
もっとも、咲夜曰く、最近は自分から部屋を出て散歩するくらいに安定しだしているので大して怖くはないとの事。実際、アリスが人形を作っている間は大人しく眺めているだけなので、彼女も安心して手を動かせるようにはなってきていた。
「悪かったわね。助かったわ」
ワゴンを持った咲夜が来ると、アリスはワゴンの上を盗み見た。カップの中は空になっている。アリスは僅かに微笑んだ。
咲夜がワゴンを止めると、下から人形が飛び出してアリスの肩に乗った。アリスは図書館での会話をレミリア達に会わずに食堂で聞くために、二段構造になっているワゴンに布をかぶせ、受信機役の人形を下の段に忍ばせておいたのだった。
「寿命が縮むわ。生煎餅の話は無しでいいかしら?」
「あげないわよ。もう私の物なんだから」
「世の中ギブアンドテイクでしょ?」
「ケースバイケースという言葉もあるわね」
「アリス、まだぁ?」
「……貸しておくわ」
「そうね、借りておきましょう」
「……はい完成。似るなり焼くなり埋めるなり杭を打つなり木っ端微塵にするなり好きになさい」
完成したレミリア人形はとても彼女とは言えないほどに歪な形状となっていた。羽は蝙蝠よりも蟲に近く、手足の長さも合っていない。顔に至っては目や鼻のパーツが生物としておかしい位置になっている。全てはフランドールの注文どおりだった。
「とてもその肩に乗ってる人形を作ったとは思えないほどの出来ね。これなら咲夜に作らせたほうがずいぶんいいわ」
「怒りと呆れを通り越して可哀想になってきた」
フランドールは人形を受け取ると、人形の手を持って食堂を出て行った。引きづられる人形が壊れずにまだ原型を留めているのは奇跡かもしれない。
彼女が廊下に消えるまで見送ってからアリスは視線を咲夜に戻した。
「一緒に飲まないの?」
「一度だけご一緒したんだけど、ティータイムになる前にお嬢様とフランドール様の弾幕勝負になって図書館が崩壊寸前になったわ」
「やっぱり仲が悪いのね。ところで───」
『この紅茶、淹れたのは誰?』
『最近入ったばかりの新人メイドですわ、お嬢様』
『入ったっけ?』
『ええ、入りましたよ。とても器用だったので試しに教えて淹れさせてみました。いかがですか?』
『まだまだ咲夜の足元にも及ばないわね』
『でも確かに腕はいいわ。本当に初めてなのかしら?』
『普段から自分で淹れて飲んでいたそうですよ』
『変わったメイドね。他のメイドにも見習わせたいわ。今度小悪魔にも教えてみようかしら』
『主人を満足させられない紅茶が淹れれないなら失態よ咲夜。でもその腕に免じて不問にしておくわ。
咲夜、砂糖とミルク。ついでに後でそのメイドにナイフの1本くらい投げておいて』
『かしこまりました』
「私、メイドじゃないんだから本当に投げなくてもいいじゃない」
「主君に忠実なメイドなので」
咲夜から投げられたナイフはアリスの眉間から数センチ手前、二体の人形がナイフの刃を挟んで止めていた。アリスの人形がまったく同じ速度と軌道で咲夜に投げて返すと、咲夜はボールを受けるかのように空中で取った。
「パチュリー様は気に入ってたわよ。美鈴は分からなかったみたいだけど」
「私は気に入らないわ」
「お嬢様を満足させられなかったから?それとも自分の未熟さかしら?」
「疑問が解けないからよ。私の手順にミスは無かった」
「ええその通り、完璧だった。でも相手を満足させられないならどれだけ完璧な手順を踏んでも完全とは言えないわね。
聞くけど、アリスは紅茶を淹れている時、何を考えながら淹れたかしら」
「手順を思い返していたわ」
「はいダウト」
「……もしかして愛情とか言い出すんじゃないでしょうね」
「分かってるじゃない。正解よ」
「ばかばかしい。レミリア大好きだー、なんて言って紅茶が美味しくなったら世の中言霊だらけになっちゃうわ」
「別に声に出さなくてもいいってば。そうね、実際に飲んでみたほうが早いか」
咲夜は先ほど人形の入っていたワゴンの下の段からティーカップ一式を取り出した。アリスの前に置き、図書館でのティータイム同様に時間停止を解除すると、カップの紅茶から湯気が立ち始める。
「普段お嬢様にお出ししている紅茶よ。飲んでみて」
外見と香りに変化は無い。血が入ってるわけでもない。見ただけなら普通の紅茶だ。
言われるままにアリスが口をつける。
「……少し薄い……温い?」
「そう。紅茶は温度が高いほどに美味しいと言われてるけど、お嬢様は自分で紅茶を冷ますという行為が非常にお嫌いなの。だから予め熱を冷ましておくのよ。また苦味も渋みもお嬢様には敏感なので極力抑えるように上澄みに近い部分を飲んでいただいているわ。本来ならその苦味も渋みも楽しむのでしょうけど、机上の空論でしかないわ。
何事においても愛情は最も重要な要素の一つ。
物事には全てにおいて過程と結果があるわ。最高の結果を出すために最良の過程を取り入れるのはもちろん、最良の過程を生み出すのは、最高の結果に対していかに心血を注ぎ込むかなの。透明なダイヤモンドも生まれる過程が違えば真っ黒な鉛筆になるのと同じ。
だから私はお嬢様に喜んでもらうため、私が持ちうる最大限の技術と工夫を形にしてお嬢様に差し上げる。ほら、立派な愛情表現じゃない」
言われてみればまったく当たり前の話だった。アリスが人形を作る理由は、完全なる自立人形を作り出すため。それは自分自身のため、自分の目的に可能な限り近づくため、つまりは自分自身が最も喜びたいがために作るため。これは自分への愛情表現と言える。
アリスは誰かのために行動した記憶は無い。常に自分だけの考えで動いていたのだから美味しい紅茶など淹れれるはずがない。たかが紅茶、されど紅茶。
「難しいわね」
「そうでもないわよ。要は相手に合わせて淹れろって話。気をつけていれば自然と身に付くわよ」
「とても貴女の口から出たとは思えない言葉だわ」
「ダイヤの話はパチュリー様から、その他は私の紅茶の師匠からの受け売り」
「納得した」
「するな。話はこれでおしまい。私としたことが無駄な時間を過ごしたわね」
「貴女には無駄でしょうけど、私は無駄じゃなかったわ。それなりに有意義だったわよ」
「いいえ。まったくの無駄よ」
「?」
アリスは首をかしげた。どうでもいい話でもあれば実用的な話でもあった。だがアリスにとって決して無駄ではない。
「貴女、魔理沙に紅茶を出すときはどうしていたのかしら?」
「どうって……普通に出しただけなんだけど。せいぜい蜂蜜を出してやっ──た……………」
「無駄でしょ」
クスクスと笑う咲夜は、先ほどアリスをからかっていた霊夢の表情そのものだった。
アリスは拳を握り締めた。既に答えを持っていたのに気付かない自分にも腹が立つが、からかう咲夜の意地悪さには更に腸が煮えくり返る。
最初から分かっていてこんな茶番を組んだのか。
「……………」
落ち着け。怒りで我を忘れるな。ここは紅魔館であり、自分の家じゃない。家と自分を結ぶ空間魔法を使えば人形を取り寄せるのは可能だけど、それまで戦力になるのは上海を含めた7体の人形。何体もの人形と対峙して軽々と打ち勝った彼女に生半可な戦法など通用しない。
戦力分析は勝利の確率を上げると同時に冷静さを取り戻す役目もある。アリスの怒りは徐々に収まっていった。
だが。
「自分の為に動いているのに自分を理解していないなんて、滑稽よ魔法使い」
「───ッ!」
乱れた感情がそうそう整うはずもない。アリスは咄嗟に全戦力の人形を周囲に放ち───
「──とお嬢様なら言うわね」
「へ?」
固まった。咲夜は表情を崩していない。
自分だけが怒り狂っているのもバカバカしくなってきたアリスはすぐに人形を引っ込めた。
「口に出せるのなら貴女もそう思っているのでしょう?」
苦し紛れに強がってみるも、もうアリス自身の失態は取り消せない。帰り道は慎重に選ばないとまた惨めな事態になりそうだった。
アリスが杞憂していると、咲夜は肩をすくめた。
「別に滑稽とは思わないけど───」
笑顔のまま彼女は言い切った。ただしアリスを馬鹿にしてからかうのではなく、純粋な笑顔で。
「可愛いわよ。虐めたくなるくらいに」
「ふぇっ!?」
アリスは顔を真っ赤にしたまま再び固まった。先ほどがストップなら、今回はフリーズ。
咲夜としてはまるで外見相応の女の子みたいで可愛い、と言ったまでなのだが、今のアリスに深読みする余裕などなく、ただ滅茶苦茶になった思考回路で混沌とした内容の思考を展開しているのだった。面を向かって可愛いなんて誰にも言われたことがない。
「さ、そろそろ本気で仕事の邪魔になるから、これ以上用が無いならさっさと帰りなさい」
「……言われなくても帰るわよ……もう疲れた……帰って寝る」
玄関から出るという気力も無く、アリスは窓からフラフラと飛んで出て行った。上海がおろおろと咲夜とアリスを交互に見て、最後に小さく頭を下げてアリスの後を追っていった。
「随分賑やかだったわね」
「あらパチュリー様。いつからいらしていたのですか?」
「いつでもいいじゃない。面白い話をしていたわね。話そのものは面白くないけど」
アリスが出て行った直後、入れ替わりで扉からパチュリーが入ってきた。アリスとの会話を幾分か聞いていたようだった。
「ところでパチュリー様。使い終わった鉛筆持ってませんか?」
「持ってるわよ。溜まってきたから処分しようと思ったんだけど……その前に言っておくわ。鉛筆の芯は炭素の同素体である黒鉛が入ってはいるけど、粘土を練りこんであるから、純粋な炭素の結晶であるダイヤモンドは作れない。粘土を剥離する方法も探せばあると思うけど、少なくとも私には不可能。もっと現実的な方法があるのだから調べる気も起きないわ。
だから朝に人間の里に出かけて子供と一緒に体操をして鉛筆を貰っても、それは鉛筆としての用途しか持たないわよ」
「……いい考えだと思ったのに。鉛筆ダイヤモンド。鉛筆5本くらいでダイヤ1カラット。パチュリー様ならできると思ったのに」
「錬金術師に頼みなさいな」
ぽりぽりと頭をかく彼女の姿にもはや完全と名のつくメイドは見当たらない。
「その理屈だったら空気や人間からダイヤモンドを精製できるんだけど……ああ、こっちなら興味が沸いてきたわ。気が向いたら試してみようかしら。
それにしても咲夜。その考えはそんじょそこらの頭の弱い妖精や妖怪と変わらないわよ」
「パチュリー様。秋限定の生煎餅があるんですけど、いかがですか?」
「たまには和菓子も悪くないわね。もう少ししたら戴こうかしら」
紅葉真っ只中、庭園の秋色が強くなっても紅魔館だけは常に紅い。変化と言えば季節に合った紅茶やケーキが振舞われたり、主の一行が紅葉狩りに繰り出したりする程度だけ。メイド長が完全に見えて実は少しだけずれた思考回路を持っていたり、図書館の魔女が本を読んだり、吸血鬼が昼間から神社に通うのは、年が変わっても季節が変わっても、紅魔館の住民はいつも通りなのであった。
「あれ?私の生煎餅は?」
門番妖怪が自室で涙を流すのも、やっぱりいつも通りの紅魔館の姿なのであった。
* 6 *
秋の昼下がり。昨日と同じく、魔理沙は霊夢を引き連れてやってきた。霊夢はたまたま手に入れた多村屋発売の10枚限定新秋大判生煎餅と緑茶の葉を持って。魔理沙は手ぶらで。
「はいどうぞ」
「おー、一晩待ってた甲斐があったぜ。こいつが究極の紅茶か」
二人とも笑顔で目を光らせながら同時に紅茶に口をつけた。しかし笑顔はすぐに消え去った。口を離し、角度を変えながら紅茶やカップを覗き込む二人を見て、アリスは僅かに苦笑した。
「……究極?」
「さあ。究極なんじゃないの?」
二人が向き合って首を傾げる。究極の紅茶と言うからには、もっと心の奥からの感動があってもいいはずだったのだが、あまり変わり映えの無いような気がしてならない。
「ええ、間違いなく究極よ。霊夢、貴女緑茶にしたら?どうせこの紅茶の味なんてわからないでしょ」
「失礼な、高級感を楽しんでるの!でもいただくわ。やっぱり和菓子には緑茶に限る」
アリスが人形に緑茶を淹れるよう命令していると、魔理沙が前のポケットから紅いゲル状の物質の入った小さなビンを取り出した。そしてアリスの用意した蜂蜜には目もくれず、ティースプーンで少し掬って紅茶に入れてビンをポケットに戻した。辺りに苺の甘い香りが漂い始める。
「魔理沙、あんた蜂蜜は入れないの?」
「飽きた。時代は苺ジャムだぜ」
霊夢がゲテモノ料理を見るような目で魔理沙を見るが、気にすることもなく一気に飲み干した。
一方のアリスは我関せずと気にする様子もなく自分の紅茶をゆっくり飲んでいた。
紅茶は脇役であり、主役は飲む相手である。その主役が最も美味しく飲めるように淹れる側が注意を払えば自然と紅茶は美味しくなる。メイドの言葉は最もである。
だが主役である人間が楽しむのは紅茶ではなく、添えられたスイーツや茶菓子、そして会話であり、紅茶などただの飲料でしかない。紅茶の真髄はおろか、いろはも知らない人間に高級な紅茶を用意するなんてまったくの無駄であり、アリスがするべきなのは、最も美味しく飲めるよう魔理沙に蜂蜜やジャムを用意してやったり、日本茶党の霊夢に緑茶を淹れてやる程度なのだ。
必要なのは技術ではなく愛情。愛情を怠らなければ、ティーバッグの紅茶も最高級の一杯になる。
「しっかし、これじゃ神社で飲むのと変わりないわねえ」
人形に運ばれてきた緑茶を受け取って霊夢は溜め息をついた。
「アリスが昨日みたいに可愛げがあったらもうちょっと楽しいんだがな」
「───ッッッ!!!!!ゲホッ、ゲホゲホ!!!」
「あん?」
魔理沙の言葉に反応したアリスは反動で熱々の紅茶を一気に飲んでしまい、その幾分かが気管支に流れ込んで盛大に咳き込んでしまった。幸い茶菓子や魔理沙たちに被害は無かった。すぐに人形が濡れてしまったティーカップをシンクへと持っていった。
「汚いな」
「誰のせいよ、誰の!」
「私のせいなのか?」
「どう考えても魔理沙のせいね」
霊夢は緑茶を冷ましながら呆れた口調で言った。魔理沙はまだ分からずに固まっていたが、やがて考えても仕方ないと思い、おかわりの紅茶を注いでいた。
アリスは霊夢を見た。霊夢の目は明らかに笑っている。しばらく二人に目を向けるのは止めよう。
間もなく人形が運んできた紅茶を受け取ったアリスは更に飲むスピードを落とした。なにせ霊夢と魔理沙に淹れた紅茶の10倍以上も値が張るのだから、じっくり味わって飲まないと損なのだった。
少しずれてる咲夜さん、ゴーイングマイウェイな魔理沙、クールだけど、どこか人間臭いアリス・・・・・・うん、皆、素敵だ。
それより10枚限定多村屋の新秋大判生煎餅食ってみてぇ・・・・・・
大事ではない日常で、これほど面白くできるのは凄いと思います。また貴方の作品を読んでみたいです。
二次設定に染まりきってないプレーンな感じがグー
全体的に落ち着いてまとまっており、起承転結もバッチリとケチのつけようもありません。
各キャラも生き生きと違和感なく動いており、二次創作設定に染まりきった頭には逆に新鮮でした。
次もまた読めることを願います
>二次設定とか
参考にしたのが文花帖と求聞史紀だったので原作テイストが濃くなったかもしれません。結果的にはオーライだったので内心ほっとしています。
もちろん二次設定も大好きなので影響は大きいです。アリマリは俺のジャスティス。
>アリスの可愛らしさに全俺が鼻血を噴いた
原作よりもツンアリのほうが大好きですwだからここでもやっぱりツンアリw
>10枚限定多村屋の新秋大判生煎餅食ってみてぇ・・・・・・
私も食べたいです。
咲夜さんはきちんと美鈴を名前で呼ぶのですね・・・
誤字報告:霊夢が持ってきた煎餅の名が新春大判生煎餅になっています。
あと、「ポッド」は「ポット」だと思うのですが、ポッドでも正しいのでしょうか?
少し気になりました。
キャラが全然違和感ないですね。アリスは少女っぽく可愛いし。
それに、フランの非常に「らしい」話っぷりが何よりお見事で。
>誤字報告
ご指摘ありがとうございます。確かに、ポッドではなくポットでした。ただし、直したのは新春→新秋だけにしました。新春は純粋に書き損じだったのに対し、ポッドは記憶違い、自分の知識としての間違い。学校のテストと同じように、間違えた部分を消しゴムで消すのではなく、反面教師として赤い罰点をつけるためです。ただの自己満足ですが、あまり折りたくない部分なので。
それぞれのキャラクターの個性が原作そのものにも感じられるほどでした。
文章の中にもキラリと光るセンスが感じられて、是非これからの作品に反映していって欲しいです。
大変素晴らしい作品でした。
特にこういう紅魔館は大好物。
こういう話は大好物ですよ
これからに期待、なんて大それた事は一介の読み手には言えませんが、
頑張ってください!