「出来たっ♪」
今日も私は人形を作っている。
私が持つ、数少ない至福の時間だ。
自分で言うのもなんだけど、私の人形作りの腕はかなりのものだと思っている。
私は今、「好き」な人形作りにそれなりの「技術」がある。これはとても幸運な事なのだろう。
「(『好き』が先だったか『技術』が先だったか、どっちだったかな……
そもそも、人形を作り始めた理由はそのどっちかだっけ?)」
私は最近、知りたい事が二つある。
一つ目は私が人形作りを始めたきっかけ。
でも、どうしても思い出せない。
そしてそのまま「今の幸せな生活に比べたらどうでもいい事」という結論に達して、私は日常へ戻る。
二つ目はこの間、山奥で見つけた鈴蘭畑。
そこには一人の少女、いえ一体の人形がいた。
生身の生物と作られた人形ぐらい一目で見分けが付く、人形師である私なら尚更だ。
そんな私ですら少女と見間違えたあの人形、あれは間違いなく自律し意思を持った人形であった。
「彼女についてもっと知りたい」
人形師としての純粋な興味からである。
しかしどうしたものか。
私が理由を話すことは容易であるが、自律している彼女は自分が人形であるという自覚があるのだろうか。
仮に自覚が無いのだとしたら、彼女が人形であるという事実を伝えて良いものかどうか……
そもそも自分の意思で動いている彼女を、「人形」という枠に括ってしまっても良いのか。
自覚があったとしても、私自身が自分の思考メカニズムが分からないように、
彼女が何故 自律しているのかを知っているのだろうか。
あれこれと考えをめぐらせる内に、一つの結論に達した。
「自律人形としての彼女じゃなくて、彼女自身を知ればいいんじゃないかな」
アリス・マーガトロイドとしての純粋な好意からである。
「明日、早速行ってみようっと♪」
机の上に広げた道具を片付けていると、トコトコと人形が近寄ってきた。
手にしていた紅茶を差し出しながら
「ありすー、もうねるの?」
「ええ、それを頂いたらベットに向かうわ」
「わかったー」
「今確かに私と話している、貴方と云う存在が私の目の前にある。
それなのに貴方は、私がいないと動けないんだよね……」
「んー?」
「ううん、何でもない。貴方ももう休んでいいわよ」
「おやすみなさーい」
紅茶と引き換えに手渡した道具箱を抱え、人形はまたトコトコと来た道を戻っていった。
翌日、身支度を終えた私は家を出る。行き先はもちろん、あの鈴蘭畑だ。
良く晴れた昼下がり、降り注ぐ日差しが心地よい。いや、むしろ暑い。
念願の自律人形に会える、そんな期待があれば嫌でも胸が高まる。
身体が熱を帯びるのも無理は無い。
彼女が今もあの鈴蘭畑にいるという確証など無いのに、私は何故か
そこへ行けば彼女に会える、そんな根拠の無い確信を持っていた。
そしてその根拠の無い確信はやはり正しかった。
鈴蘭の咲き乱れるその場所に、彼女はいた。金色の髪に赤い服、背丈は子供ぐらいだろうか。
何か喋っているみたいだが、ここからでは聞き取れそうも無い。
面識の無い相手に遠巻きから声をかけるのも変な気がするから、
とりあえず近づいて声をかけてみる事にする。
「よう、どうしたこんな所で」
……私の声ではない。
「どうしたはこっちのセリフよ、貴方こそ何でこんな所にいるの」
彼女の名は霧雨魔理沙、私とは友人と戦友の中間辺りといった関係だろうか。
相も変わらず、トレードマークの白と黒を基調とした衣装を身にまとっている。
お互いの職業柄で何かと関わりが深い事もあって、彼女とのあらぬ噂が出回っているが良い迷惑である。
「なーに、誰かさんがヤケに嬉しそうにして一直線に飛んでたもんでね。面白そうだから追ってきた」
「別に貴方の期待してるような事は、ここには無いわよ」
「連れない奴だなぁ……大方、あそこで踊ってる人形目当てだろ?」
彼女を知っている?
不意に目の前に現れた彼女への足がかりに、私の胸は更に高まる。
「彼女の事を知っているの?」
声が裏返ってしまった、不覚。
「ああ、以前ちょっとな。その様子だとビンゴか♪」
私の声がおかしかったからか、私の心を見透かしたからかは分からないが、ニヤニヤしながら魔理沙は言った。
そして一通りの情報を話した所で、魔理沙は去っていった。
ちゃっかり礼の要求は残していったのだが、何しにきたのか。
彼女の名はメディスン・メランコリーといい、毒を操る能力を持っているらしい。
又、自律人形である事も間違い無さそうである事が聞けた。
後は魔理沙が勿体つけていた外見、私自身の目で見て欲しいというような事を言っていたが
人形なのに誰もがうらやむ美肌を持っているとでも言う気だろうか、バカバカしい。
予想外の乱入者が去った所で、改めて彼女の元へと歩み寄る。
毒を操れるとの事なので、一応の臨戦態勢は取りながら。
五、六歩程度の距離まで近づくと彼女はこちらを見た。
「こんにちわっ♪」
振り向いた彼女を見て、私はハッとした。
余りにも似ているのだ……いや多少の幼さがあるものの、似ているというより私の顔そのもの。
人形である特徴を除けば、妹だと紹介しても誰も疑わないだろう。
言葉が出てこない私に向かって、彼女は言葉を続ける。
「あれ、お姉さん。以前に私と会ったことあるよね」
「え?ええ、一度この鈴蘭畑で貴方を見かけた事があるわ。
でもその時って、顔は合わせてないはずだけど……」
「ふーん、そっか。私が知らない内にお姉さんの顔を見てたんだね」
彼女、メディスンはそう言うとゆっくりと歩み出した。
「あっ、あのっ。私はアリス・マーガトロイド。
貴方と……その……友達になりたくて来たの」
私は何を焦っているんだ、メディもキョトンとして呆気にとられているではないか。
メディ?彼女もキョトンとして呆気にとられているではないか。
しばらくの沈黙の後、プッと噴き出した彼女はケラケラと笑い始めた。
「どうしたのお姉さん、こんな人形に友情を求めざるを得ないぐらい人付き合いが苦手なのかな?」
「いえ、私は」
図らずも彼女が「人形」という自覚を持っている事が知れた。
これなら変に取り繕う必要も無いだろう。
「私はアリス・マーガトロイド、人形師をしているわ。
自律人形である貴方を見つけて、もっと貴方の事を知りたいと思って会いに来たの」
気持ちが高ぶって寝られない、まるで遠足を待つ子供のような気分だ。
あの後、簡単な自己紹介を済ませた私達は共通の話題で盛り上がった。
残念ながら彼女自身も、自律人形の仕組みについては分からないらしい。
しかし今となっては、当初の目的であったそれはどうでも良い事となっている。
彼女とは良い友人になれる、何故か気が合うのだ。
「明日は私の人形達も連れて行って、みんなで遊ぼうっと」
ベッドの中でゴロゴロしていると、トコトコと人形が近寄ってきた。
手にしていた紅茶を差し出しながら
「ありすー、もうねるの?」
「そのつもりだったけど、寝付けないから頂くわ」
「わかったー」
「明日はお友達の所へ連れて行ってあげるからね、貴方達と同じ人形のお友達よ」
「んー?」
「さ、明日は早いからもう休みなさい」
「おやすみなさーい」
紅茶と引き換えに受け取った鈴蘭の花を持って、人形はまたトコトコと来た道を戻っていった。
今日は朝早くから家を出た、人形達も一緒である。
そして大きなランチボックスも♪
鈴蘭の咲き乱れるその場所に、彼女はいた。
私達に気付いた彼女は手を振りながら叫ぶ。
「アーリースー、おーはーよーっ」
叫んでいる、周囲一帯に響き渡りそうな声で。
私は気恥ずかしさから、控えめに手を振る程度で応答を済ませた。
「おはようアリス、今日はお友達も一緒なんだね」
「ええ、貴方と同じ……とは言えないけど、私の作った人形達よ」
人形達は、まちまちに挨拶をした。
「わ、すっごーい。私みたいに一人で動けるんだ」
「動けることは動けるんだけどね、貴方みたいに自分の意思でってのは中々難しいのよ」
「まぁそうだよね、簡単に作られたら私の立場無いもん。でもアリスならきっと出来るよ」
メディスンは笑いながら、冗談混じりに言った。
何の根拠も無いその言葉に、不思議と私は勇気付けられた。
ひとしきり遊んだ後、私達は一緒に随分と遅い昼食をとっていた。
外で食事を取るには少々日差しが厳しい天気であったが、彼女の力で毒の霧を作り日よけ代わりにしている。
毒を操れるという意味で毒の無毒化も可能らしいが、無毒化した毒はそもそも「毒」なのか
という疑問に考えをめぐらせながら、私は次のサンドイッチに手を伸ばす。
「あっ」
私のお目当てだったサンドイッチは、先にメディスンに取られてしまった。
「へへへーっ、もーらいっ♪」
「こらっ、私が食べようと思ってたのに」
「早いもの勝ちだよ、だってアリスの作ってくれたサンドイッチ美味しいんだもの。
あー、アリスみたいな人と一緒に暮らしたいな」
悪戯っぽく微笑む彼女の顔から、気恥ずかしさからだったのだろうか、私は目を背けてしまった。
「ところでさー、アリスって何で人形師になろうと思ったの?」
「……え?」
「あ、ごめん。話したくない事だったかな」
あながち間違っているわけでも無かった。
自律人形である彼女への興味で訪れた人形師が、
人形師になった動機を覚えていないというのは少々バツが悪い。
しかし、先程と一転して不安そうな表情をしている彼女を見ていると、助け舟を出さざるを得ない。
何より彼女がその事に興味を持つのは必然であり、彼女には何も非が無いのだから。
「実は、私も良く覚えてないの」
「えっ?」
「最近私も気になってたのよね、私が人形作りを始めたきっかけ。
どうしても思い出せないの。でも私は今の生活に満足している。
私が今『人形師』であるという事実に変わりは無いのだから、それでいいんじゃないかなって思うの。
何より、こうして貴方と知り合うことが出来たんだからね」
「そっか……早く思い出して、いや思い出せると良いね」
「うん、ありがとう。
でもこんな大事な事を忘れているのは、思い出さない方がいいからなのかな……
ううん何でもない、ありがとうメディスン」
「私もアリスといると楽しいよ、ありがとうアリス」
日が落ち始め、風も冷たくなってきた。そろそろ帰ろう。
連れて来た人形達の数を確かめ、全員の無事を確認する。
「今日は楽しかったよ、また遊ぼうねっ」
「ええ、私も楽しかったわ」
「それじゃあ、また明日・・・・・・今度?」
「また『明日』ね♪
明日は私の家にいらっしゃい、人形作りの工程とか私の家とか色々見せてあげるわ」
「わぁ、楽しみー。じゃあまた明日ねっ」
簡単な地図を手渡し鈴蘭畑を後にした私は、手を振っているメディスンに大手を振って応答した。
明日はメディスンが私の家に来る、そう思うと嫌いな掃除もはかどるというものだ。
何を見せようかな、これを見せたらどんな顔するかな、明日の客人を想像し期待で胸が高まる。
「そうだ、明日もサンドイッチを作ってあげよう」
掃除を終えた私は、材料のストックを確認しに食料庫へと向かう。
棚をガサガサ漁っていると、トコトコと人形が近寄ってきた。
手にしていた紅茶を差し出しながら
「ありすー、もうねるの?」
「今日はまだやりたい事があるから、もうちょっと起きてるわ」
「わかったー」
「明日は今日一緒に遊んだお友達が家に来るからね、楽しみにしてていいわよ」
「んー?」
「後は私が一人でやるから、これを片付けたらもう休みなさい」
「おやすみなさーい」
紅茶と引き換えに受け取ったゴミ袋を抱えて、人形はまたトコトコと来た道を戻っていった。
まだ来ないかな、まだ来ないかな、もうそろそろ来るかな。
私は彼女の到着を心待ちにしている。
そんな所にドアのノック音が響けば、無意識の内に笑顔で客人を出迎えてしまうものだ。
「おぅアリス、先日の礼を貰いに来たぜ。どうした、そんなに嬉しかったか?」
ニヤニヤと笑みを浮かべる魔理沙。
「(こ、こいつは狙ってやっているのか?)」
白黒の横にある赤に気付いていなければ、手が出ていたかもしれない。
「こんにちわ、アリスっ♪」
「誰かさんの地図が分かり辛かったらしくてな、途中で拾ってきた」
追い返すわけにも行かず、私は客人と乱入者をもてなす事にした。
三人で昼食を囲んだ後、私は自慢の人形作りをメディスンに見せてあげる事にした。
緊張して多少の失敗があったりしたが、その辺はご愛嬌だ。
私の一挙手一投足を興味津々に見つめるメディスンの目は、とても愛らしく可愛かった。
「出来たっ、ミニメディスンよ」
「わぁ可愛い、これ貰ってもいい?」
「もちろんよ、そのつもりで作ったんだもの」
「わーい、アリス大好き♪」
受け取った人形を持ち、彼女は嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねている。
頃合を見計らったのか、魔理沙が話しかけてきた。
「で、例の礼の件なんだが」
「何そのくだらない洒落は、サンドイッチ食べたでしょ?」
「あ、悪魔だ……悪魔が私の前に!!」
「冗談よ、適当に見繕っておくからまた今度ね。
今日はメディスンの事で手一杯だったんだから」
「ああ、期待してるぜ。所でそろそろ本題に入りたいんだが、アイツの事は何か思い出したか?」
「『何か?』って、何よ」
「あれ、私はてっきりアリスの捨てた人形が妖怪化したもんだと思ってたんだが」
「人聞きの悪いこと言わないでよ、私は可愛い人形達を捨てたりしないわ。
大体、捨てられて妖怪化したなら、当の昔に私は襲われているだろうし」
「何だ、無関係なのか。ちぇっ、せっかく面白そうなネタだと思ったのに」
「ご期待に添えなくて申し訳ないわね」
ブツブツと呟きながら、魔理沙はさっきまで読んでいた本を再び読み始めた。
私も作業へと戻る、次に作るのはもちろんミニメディスンとお揃いの。
夕食はメディスンが作ってくれた。
料理に慣れていない彼女の手つきは見ていてヒヤヒヤするものだったが、とても楽しそうだった。
「毒は入ってないから安心して♪」と言われたカレーは、彼女が言うと冗談に聞こえないから怖い。
確かに毒は入っていないのだが、その……食べることをためらうような料理であったわけで。
魔理沙は辛いものは苦手だとか何だとかで上手く避けていたが、私は食べた。
涙が出た。
メディスンが私の為に作ってくれたという感激であって、断じてそういうアレではない。
夜も更け、客人二人は帰り支度を始める。
泊まるように勧めようかとも思ったが、魔理沙がいる手前、私はそのまま見送りに出る。
「じゃあな、アリス。ブツを楽しみに待ってるぜ」
「ええ、良い意味で期待を裏切れるように努力するわ」
「またねー、アリスー」
「また明日ね、メディスン」
あの時の魔理沙の問い、可能性としてはありえなくも無い。
彼女が私と同じようにその時の事を忘れていると考えれば、ツジツマは合うのだ。
仮にそうであったとしたら、私はどうするべきなのだ?
『あれ、お姉さん。以前に私と会ったことあるよね』
あの言葉が妙に引っかかる。
私に何か非があったのなら謝りたい、しかし……そもそもまだ思い出せない。
そんな事を考えながら後片付けをしていると、ノックの音が転がった。
「(誰にも会えない気分なのに……もう何よ、どちら様)」
どうせ忘れ物でもした魔理沙だろうと思いながら、私は扉を開けた。
薄い紫色の長髪をつむじ辺りでピョンと束ねた髪の女、魔理沙では無かった。
「随分探したのよ、アリスちゃんこんな所にいたのね」
誰……だっけ。
「まったく、急に家を飛び出したっきり音沙汰が無いものだから、お母さん心配してたのよ。
とりあえず上がらせてもらうわね」
呆気にとられている私を尻目に、その女は私の家に入っていった。
母である彼女は、もちろん私の幼い頃についても良く知っていた。
そして私は、知りたくてたまらなかった事を知る事となる。
「あら、忘れちゃったかしら?」
「『アリス』ちゃん、怖がらずに思い出しなさい」
私は思い出すのが怖い、思い出したら何もかもが壊れてしまいそうで。
「あの日の事、覚えているでしょう?」
嫌だ、思い出したく無い。やめて……やめて。
『よしっ、貴方の名前はメディよ。よろしくね、メディ♪』
『また明日、ね。おやすみなさいメディ』
メディ?
部屋の中には、泣き崩れる幼い金髪の少女と地面に横たわった人形があった。
そして、紫色の髪を持つ女性も。
なにやら少女に話しているようだ。
『これは現実なの、早く現実を受け入れなさい』
『嘘だっ、お母様の嘘つきっ!!絶対に私はっ』
『いい加減にしなさい』
その女が少女の顔に手をかざすと、少女はガクリとその場に倒れこんだ。
やれやれと云った表情を浮かべる女に誰かが問う。
『神綺様、この人形はいかがいたしましょうか』
神綺と呼ばれたその女は、なにやらブツブツと呟いているようだ。
しばらくして
『あの辺の鈴蘭畑にでも捨ててきなさい。時を経れば思い出と共に土に還るでしょう。
私はマーガトロイドの方を何とかするから、お願いしておくわね』
『かしこまりました』
少女と人形はそれぞれが抱えられ、別々の方向へと運ばれていった。
知ってしまえばどうと云う事は無い、あの時果たせなかった事を果たせば良いだけの事だ。
山奥の鈴蘭畑、そこにたたずむアリスとメディスン。
「ねえメディスン、今日は大切な話があるの」
「アリス、どうしたの?何かいつもと雰囲気が違うけど」
鈴蘭の咲き乱れるその場所に、彼女はもういない。
時期を同じくして、森の中にある一人の人形師の家には笑い声がこだまする様になったという。
日を改めて渡すつもりであったミニアリス人形は、今もそのまま家の中に置かれている。
もう、渡す必要が無いのだから。
今日も私は人形を作っている。
私が持つ、数少ない至福の時間だ。
自分で言うのもなんだけど、私の人形作りの腕はかなりのものだと思っている。
私は今、「好き」な人形作りにそれなりの「技術」がある。これはとても幸運な事なのだろう。
「(『好き』が先だったか『技術』が先だったか、どっちだったかな……
そもそも、人形を作り始めた理由はそのどっちかだっけ?)」
私は最近、知りたい事が二つある。
一つ目は私が人形作りを始めたきっかけ。
でも、どうしても思い出せない。
そしてそのまま「今の幸せな生活に比べたらどうでもいい事」という結論に達して、私は日常へ戻る。
二つ目はこの間、山奥で見つけた鈴蘭畑。
そこには一人の少女、いえ一体の人形がいた。
生身の生物と作られた人形ぐらい一目で見分けが付く、人形師である私なら尚更だ。
そんな私ですら少女と見間違えたあの人形、あれは間違いなく自律し意思を持った人形であった。
「彼女についてもっと知りたい」
人形師としての純粋な興味からである。
しかしどうしたものか。
私が理由を話すことは容易であるが、自律している彼女は自分が人形であるという自覚があるのだろうか。
仮に自覚が無いのだとしたら、彼女が人形であるという事実を伝えて良いものかどうか……
そもそも自分の意思で動いている彼女を、「人形」という枠に括ってしまっても良いのか。
自覚があったとしても、私自身が自分の思考メカニズムが分からないように、
彼女が何故 自律しているのかを知っているのだろうか。
あれこれと考えをめぐらせる内に、一つの結論に達した。
「自律人形としての彼女じゃなくて、彼女自身を知ればいいんじゃないかな」
アリス・マーガトロイドとしての純粋な好意からである。
「明日、早速行ってみようっと♪」
机の上に広げた道具を片付けていると、トコトコと人形が近寄ってきた。
手にしていた紅茶を差し出しながら
「ありすー、もうねるの?」
「ええ、それを頂いたらベットに向かうわ」
「わかったー」
「今確かに私と話している、貴方と云う存在が私の目の前にある。
それなのに貴方は、私がいないと動けないんだよね……」
「んー?」
「ううん、何でもない。貴方ももう休んでいいわよ」
「おやすみなさーい」
紅茶と引き換えに手渡した道具箱を抱え、人形はまたトコトコと来た道を戻っていった。
翌日、身支度を終えた私は家を出る。行き先はもちろん、あの鈴蘭畑だ。
良く晴れた昼下がり、降り注ぐ日差しが心地よい。いや、むしろ暑い。
念願の自律人形に会える、そんな期待があれば嫌でも胸が高まる。
身体が熱を帯びるのも無理は無い。
彼女が今もあの鈴蘭畑にいるという確証など無いのに、私は何故か
そこへ行けば彼女に会える、そんな根拠の無い確信を持っていた。
そしてその根拠の無い確信はやはり正しかった。
鈴蘭の咲き乱れるその場所に、彼女はいた。金色の髪に赤い服、背丈は子供ぐらいだろうか。
何か喋っているみたいだが、ここからでは聞き取れそうも無い。
面識の無い相手に遠巻きから声をかけるのも変な気がするから、
とりあえず近づいて声をかけてみる事にする。
「よう、どうしたこんな所で」
……私の声ではない。
「どうしたはこっちのセリフよ、貴方こそ何でこんな所にいるの」
彼女の名は霧雨魔理沙、私とは友人と戦友の中間辺りといった関係だろうか。
相も変わらず、トレードマークの白と黒を基調とした衣装を身にまとっている。
お互いの職業柄で何かと関わりが深い事もあって、彼女とのあらぬ噂が出回っているが良い迷惑である。
「なーに、誰かさんがヤケに嬉しそうにして一直線に飛んでたもんでね。面白そうだから追ってきた」
「別に貴方の期待してるような事は、ここには無いわよ」
「連れない奴だなぁ……大方、あそこで踊ってる人形目当てだろ?」
彼女を知っている?
不意に目の前に現れた彼女への足がかりに、私の胸は更に高まる。
「彼女の事を知っているの?」
声が裏返ってしまった、不覚。
「ああ、以前ちょっとな。その様子だとビンゴか♪」
私の声がおかしかったからか、私の心を見透かしたからかは分からないが、ニヤニヤしながら魔理沙は言った。
そして一通りの情報を話した所で、魔理沙は去っていった。
ちゃっかり礼の要求は残していったのだが、何しにきたのか。
彼女の名はメディスン・メランコリーといい、毒を操る能力を持っているらしい。
又、自律人形である事も間違い無さそうである事が聞けた。
後は魔理沙が勿体つけていた外見、私自身の目で見て欲しいというような事を言っていたが
人形なのに誰もがうらやむ美肌を持っているとでも言う気だろうか、バカバカしい。
予想外の乱入者が去った所で、改めて彼女の元へと歩み寄る。
毒を操れるとの事なので、一応の臨戦態勢は取りながら。
五、六歩程度の距離まで近づくと彼女はこちらを見た。
「こんにちわっ♪」
振り向いた彼女を見て、私はハッとした。
余りにも似ているのだ……いや多少の幼さがあるものの、似ているというより私の顔そのもの。
人形である特徴を除けば、妹だと紹介しても誰も疑わないだろう。
言葉が出てこない私に向かって、彼女は言葉を続ける。
「あれ、お姉さん。以前に私と会ったことあるよね」
「え?ええ、一度この鈴蘭畑で貴方を見かけた事があるわ。
でもその時って、顔は合わせてないはずだけど……」
「ふーん、そっか。私が知らない内にお姉さんの顔を見てたんだね」
彼女、メディスンはそう言うとゆっくりと歩み出した。
「あっ、あのっ。私はアリス・マーガトロイド。
貴方と……その……友達になりたくて来たの」
私は何を焦っているんだ、メディもキョトンとして呆気にとられているではないか。
メディ?彼女もキョトンとして呆気にとられているではないか。
しばらくの沈黙の後、プッと噴き出した彼女はケラケラと笑い始めた。
「どうしたのお姉さん、こんな人形に友情を求めざるを得ないぐらい人付き合いが苦手なのかな?」
「いえ、私は」
図らずも彼女が「人形」という自覚を持っている事が知れた。
これなら変に取り繕う必要も無いだろう。
「私はアリス・マーガトロイド、人形師をしているわ。
自律人形である貴方を見つけて、もっと貴方の事を知りたいと思って会いに来たの」
気持ちが高ぶって寝られない、まるで遠足を待つ子供のような気分だ。
あの後、簡単な自己紹介を済ませた私達は共通の話題で盛り上がった。
残念ながら彼女自身も、自律人形の仕組みについては分からないらしい。
しかし今となっては、当初の目的であったそれはどうでも良い事となっている。
彼女とは良い友人になれる、何故か気が合うのだ。
「明日は私の人形達も連れて行って、みんなで遊ぼうっと」
ベッドの中でゴロゴロしていると、トコトコと人形が近寄ってきた。
手にしていた紅茶を差し出しながら
「ありすー、もうねるの?」
「そのつもりだったけど、寝付けないから頂くわ」
「わかったー」
「明日はお友達の所へ連れて行ってあげるからね、貴方達と同じ人形のお友達よ」
「んー?」
「さ、明日は早いからもう休みなさい」
「おやすみなさーい」
紅茶と引き換えに受け取った鈴蘭の花を持って、人形はまたトコトコと来た道を戻っていった。
今日は朝早くから家を出た、人形達も一緒である。
そして大きなランチボックスも♪
鈴蘭の咲き乱れるその場所に、彼女はいた。
私達に気付いた彼女は手を振りながら叫ぶ。
「アーリースー、おーはーよーっ」
叫んでいる、周囲一帯に響き渡りそうな声で。
私は気恥ずかしさから、控えめに手を振る程度で応答を済ませた。
「おはようアリス、今日はお友達も一緒なんだね」
「ええ、貴方と同じ……とは言えないけど、私の作った人形達よ」
人形達は、まちまちに挨拶をした。
「わ、すっごーい。私みたいに一人で動けるんだ」
「動けることは動けるんだけどね、貴方みたいに自分の意思でってのは中々難しいのよ」
「まぁそうだよね、簡単に作られたら私の立場無いもん。でもアリスならきっと出来るよ」
メディスンは笑いながら、冗談混じりに言った。
何の根拠も無いその言葉に、不思議と私は勇気付けられた。
ひとしきり遊んだ後、私達は一緒に随分と遅い昼食をとっていた。
外で食事を取るには少々日差しが厳しい天気であったが、彼女の力で毒の霧を作り日よけ代わりにしている。
毒を操れるという意味で毒の無毒化も可能らしいが、無毒化した毒はそもそも「毒」なのか
という疑問に考えをめぐらせながら、私は次のサンドイッチに手を伸ばす。
「あっ」
私のお目当てだったサンドイッチは、先にメディスンに取られてしまった。
「へへへーっ、もーらいっ♪」
「こらっ、私が食べようと思ってたのに」
「早いもの勝ちだよ、だってアリスの作ってくれたサンドイッチ美味しいんだもの。
あー、アリスみたいな人と一緒に暮らしたいな」
悪戯っぽく微笑む彼女の顔から、気恥ずかしさからだったのだろうか、私は目を背けてしまった。
「ところでさー、アリスって何で人形師になろうと思ったの?」
「……え?」
「あ、ごめん。話したくない事だったかな」
あながち間違っているわけでも無かった。
自律人形である彼女への興味で訪れた人形師が、
人形師になった動機を覚えていないというのは少々バツが悪い。
しかし、先程と一転して不安そうな表情をしている彼女を見ていると、助け舟を出さざるを得ない。
何より彼女がその事に興味を持つのは必然であり、彼女には何も非が無いのだから。
「実は、私も良く覚えてないの」
「えっ?」
「最近私も気になってたのよね、私が人形作りを始めたきっかけ。
どうしても思い出せないの。でも私は今の生活に満足している。
私が今『人形師』であるという事実に変わりは無いのだから、それでいいんじゃないかなって思うの。
何より、こうして貴方と知り合うことが出来たんだからね」
「そっか……早く思い出して、いや思い出せると良いね」
「うん、ありがとう。
でもこんな大事な事を忘れているのは、思い出さない方がいいからなのかな……
ううん何でもない、ありがとうメディスン」
「私もアリスといると楽しいよ、ありがとうアリス」
日が落ち始め、風も冷たくなってきた。そろそろ帰ろう。
連れて来た人形達の数を確かめ、全員の無事を確認する。
「今日は楽しかったよ、また遊ぼうねっ」
「ええ、私も楽しかったわ」
「それじゃあ、また明日・・・・・・今度?」
「また『明日』ね♪
明日は私の家にいらっしゃい、人形作りの工程とか私の家とか色々見せてあげるわ」
「わぁ、楽しみー。じゃあまた明日ねっ」
簡単な地図を手渡し鈴蘭畑を後にした私は、手を振っているメディスンに大手を振って応答した。
明日はメディスンが私の家に来る、そう思うと嫌いな掃除もはかどるというものだ。
何を見せようかな、これを見せたらどんな顔するかな、明日の客人を想像し期待で胸が高まる。
「そうだ、明日もサンドイッチを作ってあげよう」
掃除を終えた私は、材料のストックを確認しに食料庫へと向かう。
棚をガサガサ漁っていると、トコトコと人形が近寄ってきた。
手にしていた紅茶を差し出しながら
「ありすー、もうねるの?」
「今日はまだやりたい事があるから、もうちょっと起きてるわ」
「わかったー」
「明日は今日一緒に遊んだお友達が家に来るからね、楽しみにしてていいわよ」
「んー?」
「後は私が一人でやるから、これを片付けたらもう休みなさい」
「おやすみなさーい」
紅茶と引き換えに受け取ったゴミ袋を抱えて、人形はまたトコトコと来た道を戻っていった。
まだ来ないかな、まだ来ないかな、もうそろそろ来るかな。
私は彼女の到着を心待ちにしている。
そんな所にドアのノック音が響けば、無意識の内に笑顔で客人を出迎えてしまうものだ。
「おぅアリス、先日の礼を貰いに来たぜ。どうした、そんなに嬉しかったか?」
ニヤニヤと笑みを浮かべる魔理沙。
「(こ、こいつは狙ってやっているのか?)」
白黒の横にある赤に気付いていなければ、手が出ていたかもしれない。
「こんにちわ、アリスっ♪」
「誰かさんの地図が分かり辛かったらしくてな、途中で拾ってきた」
追い返すわけにも行かず、私は客人と乱入者をもてなす事にした。
三人で昼食を囲んだ後、私は自慢の人形作りをメディスンに見せてあげる事にした。
緊張して多少の失敗があったりしたが、その辺はご愛嬌だ。
私の一挙手一投足を興味津々に見つめるメディスンの目は、とても愛らしく可愛かった。
「出来たっ、ミニメディスンよ」
「わぁ可愛い、これ貰ってもいい?」
「もちろんよ、そのつもりで作ったんだもの」
「わーい、アリス大好き♪」
受け取った人形を持ち、彼女は嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねている。
頃合を見計らったのか、魔理沙が話しかけてきた。
「で、例の礼の件なんだが」
「何そのくだらない洒落は、サンドイッチ食べたでしょ?」
「あ、悪魔だ……悪魔が私の前に!!」
「冗談よ、適当に見繕っておくからまた今度ね。
今日はメディスンの事で手一杯だったんだから」
「ああ、期待してるぜ。所でそろそろ本題に入りたいんだが、アイツの事は何か思い出したか?」
「『何か?』って、何よ」
「あれ、私はてっきりアリスの捨てた人形が妖怪化したもんだと思ってたんだが」
「人聞きの悪いこと言わないでよ、私は可愛い人形達を捨てたりしないわ。
大体、捨てられて妖怪化したなら、当の昔に私は襲われているだろうし」
「何だ、無関係なのか。ちぇっ、せっかく面白そうなネタだと思ったのに」
「ご期待に添えなくて申し訳ないわね」
ブツブツと呟きながら、魔理沙はさっきまで読んでいた本を再び読み始めた。
私も作業へと戻る、次に作るのはもちろんミニメディスンとお揃いの。
夕食はメディスンが作ってくれた。
料理に慣れていない彼女の手つきは見ていてヒヤヒヤするものだったが、とても楽しそうだった。
「毒は入ってないから安心して♪」と言われたカレーは、彼女が言うと冗談に聞こえないから怖い。
確かに毒は入っていないのだが、その……食べることをためらうような料理であったわけで。
魔理沙は辛いものは苦手だとか何だとかで上手く避けていたが、私は食べた。
涙が出た。
メディスンが私の為に作ってくれたという感激であって、断じてそういうアレではない。
夜も更け、客人二人は帰り支度を始める。
泊まるように勧めようかとも思ったが、魔理沙がいる手前、私はそのまま見送りに出る。
「じゃあな、アリス。ブツを楽しみに待ってるぜ」
「ええ、良い意味で期待を裏切れるように努力するわ」
「またねー、アリスー」
「また明日ね、メディスン」
あの時の魔理沙の問い、可能性としてはありえなくも無い。
彼女が私と同じようにその時の事を忘れていると考えれば、ツジツマは合うのだ。
仮にそうであったとしたら、私はどうするべきなのだ?
『あれ、お姉さん。以前に私と会ったことあるよね』
あの言葉が妙に引っかかる。
私に何か非があったのなら謝りたい、しかし……そもそもまだ思い出せない。
そんな事を考えながら後片付けをしていると、ノックの音が転がった。
「(誰にも会えない気分なのに……もう何よ、どちら様)」
どうせ忘れ物でもした魔理沙だろうと思いながら、私は扉を開けた。
薄い紫色の長髪をつむじ辺りでピョンと束ねた髪の女、魔理沙では無かった。
「随分探したのよ、アリスちゃんこんな所にいたのね」
誰……だっけ。
「まったく、急に家を飛び出したっきり音沙汰が無いものだから、お母さん心配してたのよ。
とりあえず上がらせてもらうわね」
呆気にとられている私を尻目に、その女は私の家に入っていった。
母である彼女は、もちろん私の幼い頃についても良く知っていた。
そして私は、知りたくてたまらなかった事を知る事となる。
「あら、忘れちゃったかしら?」
「『アリス』ちゃん、怖がらずに思い出しなさい」
私は思い出すのが怖い、思い出したら何もかもが壊れてしまいそうで。
「あの日の事、覚えているでしょう?」
嫌だ、思い出したく無い。やめて……やめて。
『よしっ、貴方の名前はメディよ。よろしくね、メディ♪』
『また明日、ね。おやすみなさいメディ』
メディ?
部屋の中には、泣き崩れる幼い金髪の少女と地面に横たわった人形があった。
そして、紫色の髪を持つ女性も。
なにやら少女に話しているようだ。
『これは現実なの、早く現実を受け入れなさい』
『嘘だっ、お母様の嘘つきっ!!絶対に私はっ』
『いい加減にしなさい』
その女が少女の顔に手をかざすと、少女はガクリとその場に倒れこんだ。
やれやれと云った表情を浮かべる女に誰かが問う。
『神綺様、この人形はいかがいたしましょうか』
神綺と呼ばれたその女は、なにやらブツブツと呟いているようだ。
しばらくして
『あの辺の鈴蘭畑にでも捨ててきなさい。時を経れば思い出と共に土に還るでしょう。
私はマーガトロイドの方を何とかするから、お願いしておくわね』
『かしこまりました』
少女と人形はそれぞれが抱えられ、別々の方向へと運ばれていった。
知ってしまえばどうと云う事は無い、あの時果たせなかった事を果たせば良いだけの事だ。
山奥の鈴蘭畑、そこにたたずむアリスとメディスン。
「ねえメディスン、今日は大切な話があるの」
「アリス、どうしたの?何かいつもと雰囲気が違うけど」
鈴蘭の咲き乱れるその場所に、彼女はもういない。
時期を同じくして、森の中にある一人の人形師の家には笑い声がこだまする様になったという。
日を改めて渡すつもりであったミニアリス人形は、今もそのまま家の中に置かれている。
もう、渡す必要が無いのだから。
頭のてっぺんから足指の先までアリスだ。いいなあ……
とか思ってたらこのオチか。
ちくしょう、やられた。
神綺様が気になるー!
ふたりの関係がほのぼのとして良いです。(^^*)