Coolier - 新生・東方創想話

独騒 第一小節(ルナサ、雰囲気)

2007/11/12 08:49:14
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聖書に曰く、まず始めに言が在った。
言葉は命であった。
命を照らす光であった。
言とは何か。
それは音である。
人がこの世に生まれ出ずるよりも早く、音楽は世界と共に在った。
主のお創りになった世界と常に共に在った。

独騒 第一小節

秋特有の澄んだ月が、晧晧と中空を照らしている。
満月だ。
中秋の名月である。
満月の放つ清らかな光が、森を、草原を、湖を、そして館を照らしていた。
月光に照らされ、古い洋館は在った。
その洋館から、音が聞こえてくる。
音楽だ。
音楽が、秋の澄んだ大気を切り裂いて、館の周囲に広がっていた。
萩。
尾花。
葛。
撫子。
女郎花。
藤袴。
桔梗。
それらが、音楽に揺れている。
静かに静かに揺れている。
花だけではない。
草が。
木が。
湖が。
大気が。
妖精が。
人間が。
妖怪が。
館から響く音楽に揺れている。
それらは聞いていた。
確かに聞いていた。
館から届く音楽に、静かに耳を澄ませていた。
音楽は、万物に平等に届いていた。
万物はみな一様に、音楽を聞いていた。
音楽は光であった。
命を照らす、光であった。
音楽は力であった。
万物を統べる、力であった。
音楽は言であった。
天におはします主の、御言であった。
万物は静かに、音楽を聞いていた。
ただただ、聞いていた。
音楽は、古い洋館の二階のテラスから響いていた。
古い洋館の古いテラス。
そこに、一人の少女が居た。
彼女が演奏しているのである。
彼女は一心不乱に弾いていた。
バイオリンを弾いていた。
彼女の名は、ルナサ・プリズムリバー。
騒霊楽団のリーダー。
プリズムリバー三姉妹の長女である。
黒のブラウスに黒のスカート、黒の帽子という真っ黒な格好でバイオリンを弾いている。
肌の色が、透き通るように白い。
その肌の上に、汗が浮いている。
彼女の金髪が揺れるたびに、汗が玉となって辺りに飛び散る。
ブラウスが、スカートが汗で濡れて彼女の体に絡みつく。
だが、彼女は演奏を止めない。
ただ、弾いている。
一心不乱に弾いている。
弾いている曲はシャコンヌ。
無伴奏バルティータ、第二番第五曲。
作曲家はJ・S・バッハ。
主から才能を与えられた事を喜び、主の偉大さを讃える曲を作り、主の慈悲の心を世の衆生に伝える事で主の思いに報いんとした大作曲家である。
冒頭にあるテーマを少しずつ変化させながら何度も何度も繰り返し演奏するこの曲は、我々の罪を背負って死ぬために、重き十字架を背負い、何度も何度も躓きながらされこうべの丘に向かうイエスにその想を得たと言われている。
重々しく、悲壮感漂うテーマに突如現れるあまりにも荒々しい旋律。
バイオリンに張られた四本の弦を極限まで使うそれは、
あたかも聞く者の骨に食い込まんとするかのように、鋭く、そして激しい。
その圧倒的な音の暴力の前に、聴衆はただただ沈黙せざるを得ない。
その旋律に、世界が震撼していた。
草も。
花も。
木も。
大気も。
妖精も。
人間も。
そして、妖怪も。
全てが震撼していた。
万物はただ聞いていた。
ルナサの演奏を聞いていた。
言葉は無かった。
言葉の必要は無かった。
万物はただ、彼女の演奏に合わせて揺れていた。
ただただ揺れていた。
万物よ、ひれ伏せ。
これは主の御言なり。
ルナサ・プリズムリバーが、汝らに伝える主の御言なり。
これは、イエスの証。
イエス・キリストの証である。
讃えよ。
主を讃えよ。
かつておられ、今おられ、そしてこれからもおられるお方を讃えよ。
慈悲深き主を讃えよ。
我は宣教者、ルナサ・プリズムリバーである。

ルナサは弾いていた。
何度も何度も、シャコンヌを。
脇目も振らず弾いていた。
と、その時、彼女が運指を誤った。
不協和音。
耳をつんざくような不協和音が世界を満たした。
世界は戦慄した。
草も。
花も。
木も。
湖も。
大気も。
妖精も。
人間も。
妖怪も。
万物は一気に恐慌に陥った。
臓物がねじくれ、肺から恐怖の叫びが搾り出された。
ああ、なんということか。
なんということか。
主の御言が、絶えてしまうとは。
世界は、ざわめいていた。
ざわ。
ざわ。
ざわ。
ルナサは再び弓を取り、そして弾いた。
シャコンヌを弾いた。
世界よ、聞きたまえ。
世界よ、震えたまえ。
我は主の御使いなり。
ルナサの奏でる旋律が、結晶となって大地に降り注いだ。
世界に、色が戻って来た。
万物は静かに聞いている。
万物は、静かに揺れている。
月が傾き、空が白むまで、ルナサはバイオリンを弾き続けた。
何度も何度も、夜が明けるまで。
濃厚な大気がねっとりと絡みつくような、甘美な時間が流れた。
だが、その時間にも終わりが来る。
終末は万物の定め。
ルナサの演奏も終わってしまう。
ルナサはバイオリンを脇に置き、湖に対して一礼した。
すると見よ。
草が。
花が。
木が。
湖が。
大気が。
妖精が。
人間が。
妖怪が。
騒ぎ出したではないか。
ざわわ。
ざわわ。
ざわわ。
彼らを貫くものは、強烈な感情。
感動という言葉すら陳腐に思われるその激しい感情に、万物は身を焦がした。
なんと素晴らしい演奏か。
これは、たしかに主の御言であった。
もっと聞きたい。
もっと聞きたい。
だが、ルナサは答えない。
世界の声に答えない。
ルナサは一人黙し、自分の部屋へと戻ってしまった。
ああ、行ってしまう。
主の御使いが行ってしまう。
ざわわ。
ざわわ。
ざわわ。
世界は、静かに騒いでいた。
草は。
花は。
木は。
湖は。
大気は。
妖精は。
人間は。
妖怪は。
騒いでいた。
静かに静かに、騒いでいた。

独騒 第一小節 完

参考URL http://www.youtube.com/watch?v=R_1hS5LeBm0
この作品で私が言いたい事はただ一つ。

バッハは俺の神。
椒良徳
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コメント



0.260簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
はじめまして。
短いながらもなかなか印象に残る話ですね。
途中で挿入される「ざわざわ」という言葉がいいアクセントだったと思います。
ちなみに某賭博漫画を思い出してしまった事は秘密です(苦笑
次作も楽しみにしてます。
2.70名前が無い程度の能力削除
リズムが惜しいです。
文末表現をもうすこし。