科学と情報の跋扈する外界からようやく抜け出せて約二週間、ここ幻想郷は予想以上に心地いい。
澄んだ空気に静かな山奥、縁側での深緑の景色と虫の静唱を肴にして酒を飲むのは、今はなき幾世紀か前の幻想のように感じられた。
もう、永遠に叶わないと思っていた無意識下での願いが叶ったのだ。そんな私に感傷に浸るなというのは無理な注文だろう。
これだけでもう確信できる。幻想郷は、楽園だ……が、
「あー!諏訪子様!やめてください、やめてくださいよ!?苦労してたどり着いたのにヘイカモンは……避けて!避けてええぇぇぇえ!……あ、あ、ああぁぁぁぁ……」
「ふっふっふ~、やっぱり早苗は甘いねぇ。回避率は最優先で上げとかないと」
すぐ後ろから、1000年来の付き合いの親友の声と私とその親友に仕える巫女の悲鳴が聞こえてきた。
……何で幻想郷にドカポン持ってきてんだよ、畜生……!!
と、こんなことがあったのが七時間前の昨日のこと。
七:三で早苗の悲鳴がリードしていたドカポン大会は、劇的な逆転劇を演じることなく諏訪子の勝利に終わったようだ。
近所迷惑という言葉を考えなくてもよい立地条件は、二人のテンションをこの上なくハイにしていたが、どうやら身内への迷惑は考えていなかったようだ。おかげで目が覚めた今もすこぶる眠い。
だが少し鼻を利かせてみると、二階にまで味噌汁のにおいが匂ってきた。早苗、分量間違えたな。
「仕方ないわねえ」
早苗は生粋の現代っ子ということもあり、料理の腕は少し残念な方だ。
それを私が手取り足取り教えているのだが、必死で料理を作っている早苗は母性本能をくすぐる可愛さだった。時折入る諏訪子の邪魔がうざったいが。
布団をしまって階段を降りる。テレポートでさっさといってしまうのもいいが、この前早苗を驚かせようと思ってそれを使うと、運悪く諏訪子の帽子に入ってしまい、食われて危うく大惨事になるところだった。あのカエルめ。
階段を降りるにつれて味噌汁のにおいが強くなっている。あの子、どれだけ入れたんだろう……。
早苗の料理のセンスが少し心配になりつつも、頭の中は早苗とのお料理レッスンのことで頭がいっぱいだった。自然と、ニヤついてしまう。
「早苗~!おっはよ~う……」
「ああ、神奈子様おはようございます……ってうわ!」
「とりゃあ!……あ、おっはよ~う、神奈子~」
ドカポンの次にアーマード・コアという、早苗の年頃の少女としての器を遥かに超えるセンスと、幻想郷に対する挑戦状と受け取られても仕方が無い超未来型兵器二体の映るテレビ画面を見て、地に膝をついた。
これが操作が上手くできずに歩くことで精一杯な少女二人ならまだ可愛げがあったかもしれないが、目の前の二人はブレードにとっつきと、この上なく漢らしい機体構成だったので言い訳のしようが無かった。
というか、画面内で縦横無尽に駆け回り互いの隙を見つけては斬りかかる二人を見て、浪漫を感じても可愛げを感じることは無いだろう。
「ちょ、早苗にピョン吉!ストップ、ストップ!今すぐそれをやめなさい!」
「すいません、神奈子様……。ニュースの時間までには終わらせますから、それまで朝ごはんを食べて待っててくれませんか?」
「食べられるわけ無いでしょ!早苗あんたこの部屋どころか神社中に充満する味噌汁臭に対して何にも思わないの!?」
「え?あ~、なんだかものすごい味噌汁のにおいがしますね。進化したんでしょうか?私たちが食べたときは何にもありませんでしたが」
「するか、ボケェ!こんな塩分濃度の高い味噌汁飲んだら諏訪子が縮む……って諏訪子ちっさ!早苗!今すぐ水!」
「え~そんなわけ……ってうわっ!ちっちゃ!大丈夫ですか諏訪子様!」
「ケロケロケロ~」
こいつ本当に縮んでやがった。日光を実質ものともしない吸血鬼が居るのにこいつときたら……。
早苗が運んできた水を見て、今すぐ諏訪子に水を掛けて元に戻すのと、目の前の機械に思いっきり水を掛けるの、どっちが私の幸せだろうか……という考えがよぎる。
―――――
「早苗、そこになおりなさ……ああ、あんたはいいの……ちょ、だからいいっつってんでしょ!縁側で鳴いてろ!」
私が目配せすると同時に、早苗が復活した諏訪子を抱き上げて縁側へ連れて行った。
ケロケロ鳴きながら諏訪子はそのまま退場し……ああ、帽子の目だけこっちを向かせるな!
「お待たせいたしました、神奈子様。何のご用でしょうか?」
縁側から帰ってきた早苗は、正座で私の前に佇んだ。
久しぶりに正面から向き合い、そこに発生するのは身を動かすことすら出来ない緊張感と静じゃ……「ケロケロケロ~」ああ、諏訪子うるさい!
一喝すると、諏訪子は「ケロ~」といいながら拗ねた。いい気味だ。
「おほん……早苗、あなたはなかなか真面目で、私への信仰を増やすために好きでないお酒までやってくれてるわ。そこには感謝しています」
「はい」
「でもね、早苗。郷に入っては郷に従えという言葉があるでしょう?流石にゲームは私どうかと思うわ」
「う……しかし神奈子様、あれが無かったら私は結構暇なんですが」
「そうよ神奈子!ついでに言えば私も暇よ!」
いつの間にか早苗の後ろにいた諏訪子がひょっこりと顔を出した。
いい加減うざったいので山の麓まで吹き飛ばしておいた。湖にでもたどり着くだろう。
「そうは言うけどね、早苗。今言ったとおり、郷に入っては郷に従いなさい。この中ではこの中なりの、暇つぶしの方法を探しなさい」
「う~、でもそのくらいいいじゃないですか~。少しくらい余裕持ってくださいよ~」
「聞き捨てなら無いわね早苗。この余裕とカリスマあふれる神を捕まえておいて。私の何処が余裕がないと?」
「いや、自分を見てくださいよ神奈子様。最後のスペルなんですか、あのマウンテン・オブ・フェイスとやら」
「あれは私の最高傑作よ。余裕と芸術性のみで構成されているといっても過言じゃないわ」
「いや、過言ですよ!あれ霊夢がずっと打ち込んでその上霊撃が撃てなくなるまで粘ってやっと被弾したのに神奈子様ときたらあと半分もゲージ残ってたじゃないですか!そのときの霊夢の表情、見ました?」
「私のカリスマに当てられて感涙してたんじゃないの?」
「ドン引きでしたよ!霊夢、絶対『何こいつ』とか思ってましたよ!あの表情は!それに風神様の神徳とやらは時折逃げ道なくなるじゃないですか!魔理沙から弾幕ごっこ入門書とかいうのを渡された私の身にもなってください!」
「よ、余裕がないって言ったら早苗も同じじゃないの!六面で中ボスとしてあらわれなかったじゃないの!」
「空気を読んだんですよ!私がでしゃばったら絶対詰んでましたよ!それに魔理沙の表情も酷かった!つい数秒前まで『パワー3だから余裕だぜ』とか言ってたのに最後には『て、低速でも高威力になってよ!』って懇願してましたよ!?パッチがきたら高速でさえただのレーザーになるのに!」
「知らないよ!それにあんたがでしゃばっても適当に大きいパワーアップアイテム二つ上げときゃ向こうは余裕が出来るだろうよ!」
「な、私の価値はパワーアップアイテム(大)二つ分ですか!?しかし神奈子様、これだけじゃありません!大体マウンテン・オブ・フェイスって名前からしておかしいですよ!顔の山って何ですか!?鼻?鼻ですか!?」」
「フェイスは信仰って意味だよ、このゆとり!」
「ゆ、ゆとり!?いくら神奈子様でも言っていいことと悪いことがありますよ!」
「ああもう!どうでもいい!早苗、命令よ。人里まで行って今晩の食材と信仰を集めてきなさい。暇なようだし、人里へ行くのは初めてだろうから昼はそこで食べるといいわ」
「ま、待ってください神奈子様!ゆとりって言う方がゆとりって……」
さっきから口答えの激しい早苗に、私の中で何かが切れた。
「いいからさっさと人里まで行って来い!夜になるまで帰ってくるな!」
諏訪子同様、早苗も吹き飛ばしておいた。
洩矢の一族はよく飛ぶ……そう思いながら、本来の静寂を取り戻した神社で私は二度寝に入った。
―――――
「いたた……」
起き上がってお尻をさする。周りを見てみると、四方八方竹だらけだった。どうやらここは……え~っと、竹林らしい。詳しい場所は分からない。
「神奈子様……せめて人里近くに飛ばしてくださいよ……」
時間の感覚を失いそうになる暗さと、少しだけ差し込むお日様の光、そして遥か上のほうでそれを受けて光る水滴を見ると、どうやら早朝に雨が降ったのだろう。
「寒~……」
先程まではパジャマだった服装が、いつの間にか巫女服に変わっていた。右の物入れには少し重みがあった。多分財布だろう。というか神奈子様はこんな小技持ってたのか。
さて、どうしようかな?さっさと空を飛んでここを出るのもいいけど、それだったら濡れるからちょっと嫌だ。それに寒いとは言っても我慢できないほどじゃないし、寧ろ気の持ちようによっては涼しいという程度だ。
「まあ適当に行けば外に出るよね」
―――――
……そんな風に考えていた時期が、私にもありました。
足が疲れるので低空飛行すること気持ち1時間程度、景色が変わっているようにすら見えない。
「う~、やっぱり上から出ようかなぁ……」
上を見ると空を笹が覆っている。
滴は蒸発することなく張り付いており、全身濡れることを想像するとぞっとする。
「……乾くまで適当にあるこーっと」
正確には飛んでるけどね。
と、そこで視点を元に戻して目を凝らして見ると、光の塊が見えた。
ずっと何処を見渡しても暗闇ばかりだったので、もしかしたらと希望を持つ。
竹を避けて行くこと30秒、光はどんどん大きくなり、そのまま全身に光を受けた。
「わぁ……」
そこには大きな池があった。
奥を見てみると庵もある。どうやら人が住んでいるようだった。
とりあえず、住んでいる人に抜け道を教えてもらおうと思うのと同時に、視界に人影が映った。釣りをしているらしい。
気づいているのかいないのか、その人はこちらに目もくれず釣りを続けていた。
「釣れますか?」
もう竹林を抜け出すことが出来るという安堵感から、私は相当余裕が出来ていた。
「ああ、大量は見込めないけど大物がかかったよ。ところであんた誰?」
リボンにサスペンダーという、なんともうちの神様にも張り合えそうなファションの女性が言った。
「すいません、申し遅れました。私は東風谷早苗。山の神である八坂様にお使えする風祝で、今日は人間達の信仰を集めるよう命を受け、山から麓へ下りてまいりました」
「へえ、それにしても珍しいねぇ、こんな場所に。遭難か何か?」
「ええ、まあその通りですね。よかったら人里への道を教えていただきたいのですが」
「ああ、もちろんいいよ。仕事みたいなもんだからねえ。ただその前にやらなくちゃあならないことがあってね。それが終わってからでもいいなら」
「いいですよ。何をするんです?」
「お姫様直属の遊び相手でねぇ、お姫様が退屈だから遊んであげるのよ」
「お姫様!居るんですねえ。流石幻想郷というべきでしょうか……」
「まあ、実質そんなえらい奴じゃないけどね」
笑いながらそう言うと、目の前の女性は釣竿を手首の力で少しだけ動かした。
それと同時に水中から魚が飛び出してきた。針が魚のえらに刺さっていて、なんとも痛々しい姿だった。
「魚釣りってこういうものなんですねぇ。はじめて見ました」
「ああ、すぐ慣れるよ。キリがいいし私は行くけど、暇だろうから釣るといい。私が帰ってくる前に五匹以上釣れたら持ち帰ってもいいし、何ならその神様を信仰してもいい」
「本当ですか!?よ~し、楽しみにしててくださいよ」
「ああ、楽しみにしておくよ。じゃ、がんばってね」
私の能力を使えば、五匹なんてちょろいもの。
ああ、見てますか?神奈子様、諏訪子様、早速信仰を集めることが出来ました!
脳裏に浮かぶのは、我が家の晩御飯の光景。
五匹という三人に分配するには一匹足りない微妙な数。
でもたったそれだけのことで、うちの神様達は喧嘩をするのだ。
神奈子様の権力によって一匹しか食べることの出来ない諏訪子様がケロケロと鳴いているのが目に浮かぶ。
たったそれだけ、でも暖かい食卓。
外の世界では味わえなかった心の底からの充実感。自然と笑みがこぼれてしまう。目指せ!明るい食卓計画!
よ~し、早苗ちゃんがんばっちゃうぞ~!
―――――
と、意気込んだのが気持ち一時間前。
隣のバケツには活きのいい魚は一匹も居なかった。
過不足無く奇跡ではないと能力は発動できないというどこぞの念能力のような制約を持つ私の能力は、魚釣りの前では無意味だったようだ。
――ああ、そういえばこの前会った厄神様の周りのあれはオーラみたいだったなぁ――
とうとう現実逃避が始まってしまった。
と、そこにタイムリミットを知らせる女性が帰ってきた。
「おい~っす。釣れて……無いみたいね」
その言葉が私に突き刺さる。
結局私は、時間を無駄に過ごしただけのようだった。
「う~、そうみたいですね。少しは自信があったんですが……」
「まあはじめてみたいだったしね、仕方が無いよ。じゃあ、人里まで送ればいいんだっけ?」
「お願いします」
「おっとその前に……」
ポケットに手を入れ、ごそごそと何かを探しているようだった。
そこから出てきたのは、写真でしか見たことの無い懐中時計だった。
「え~っと、大体二時間か。じゃ、釣竿代で1000円ね」
突如出てきた言葉に耳を疑う。
「……はい?」
「ああ、言ってなかったっけ?じゃあ特別サービスで700円でいいよ。それとも釣竿代じゃなくて釣堀代のほうがいい?ここ、一応私が作ったし」
「は、はあ」
言われるがままにポケットから財布を出し、更に700円を出す。
彼女はそれを受け取ると屈託の無い笑顔でまいどありと言い、すぐに懐にしまった。
「で、本題だけど人里へ行くにはそこに見える庵の裏手からまっすぐ行けばいい。途中で竹にぶつかることのないようにしてあるから、まっすぐ行けばすぐだと思うよ」
「はい……」
「送ってったげようと思ったけど、まああなたなら大丈夫そうね。もう迷わないようにね~」
じゃあね、と短く言い、そのまま宙に浮いて竹林へ消えてしまった。
あの人はなんだったんだろうか、とそんなことを思っているうちに、あることに気づいた。
「さ、詐欺師~!」
やられた。
そもそも自分から勧めておいて後から料金は無いだろう。
騙される私も私だけど……。だがそれ以上に困ることがあった。
「お昼御飯が~」
昼食代が、丸々消えてしまった。鳴きたい、じゃなくて泣きたい。
―――――
先程騙されたおかげで、もしかしてこれも嘘なのではないかと思ったが、どうやらこの情報は本当のようだった。
進み続けていくと、さっき以上に強い光が身を包み、目に差し込んだ。どうやら脱出できたらしい。
とりあえず里に入ったはいいけど、どうしよう。
霊夢の話によると、上白沢という人のところへ行けばいいと言っていたけど、場所を聞くのを忘れてた。
まあ、でも。
「なんとか、なるかな」
とりあえずは適当な店でウィンドウショッピングを楽しもう。
その考えの元、まずは目に付いた服の店に入ってみた。
「おおぅ……」
店内に入ると、まだ誰にも着られていない服特有の、もわっとしたにおいが鼻についた。
右を見ると着物、左を見ると装飾豊かな洋服という、なんともまあ両極端なラインナップで、汎用性に欠けそうなものばかりだった。
「し、失礼しま~す」
私にはまだ早い……。
しばらくは外から持ってきたお洋服だけで我慢しよう……。そう思い、外に出ようとして振り返ると。
ドン。
「っと、すいません」
「いやこちらこそ、ごめんなさい……ってあら、貴方が噂の新入り巫女?」
青いワンピースに少し大きめのカバン(ポーチかな?)を肩に掛け、日焼けを知らなさそうな白い肌に金髪という、外界ならどう見ても外国人のそれな人がなんとも流暢な日本語で話した。
もっとも、その外見以上に手に抱いてある鍵つきの本の方に目が奪われてしまったが。
「まあ大まかに言えばそうですけど……ってなんで知ってるの?」
「そりゃ、そんな二色の腋だけ開いた服着てれば誰だってそう思うわよ」
共通認識だったのか、これ。
「で、貴方は確か外界から来たんだったわね?」
「そうだけど……誰に聞いたの?」
「魔理沙と霊夢よ。あの二人は知ってるでしょう?」
「ああ、お知り合いなんですね」
「近所だからね。ところで、ちょっと一つ交渉したいことがあるんだけど……」
「交渉?」
首を傾げる。
初対面の人間にいきなり交渉を持ちかけるのも、幻想郷の風土による影響も強いのだろうか。
「ええ。でもその前に言っておかないといけないことがあるわね。私はアリスって言うんだけど、あの二人から聞いて……るはずがないわよねぇ」
「はい。聞いてません」
「まあそりゃあそうよね。で、その交渉だけど、外の世界の服を一着貸して欲しいの」
「服、ですか?」
少々面を食らった。
単刀直入に欲しい、というならともかく、服を貸してというのはおかしな話だった。
そんな私の考えを見通したのか、アリスという人は慌てて、しかしあまり表情を変えることなく喋りだした。
「ああ、私は魔法使いでね、その活動資金を得るために洋服を作ったりしているの。この店にも何着かあるわよ。で、まあ外の世界の服には興味もあるし、ここにとっては斬新なものもあるだろうから、貸して欲しいと思ったわけ」
「なるほど、そういうことですか。私にとっては幻想郷の服の方が斬新ですが」
「だからこの店に入ってすぐ出ようとしたんでしょ?まだこっちの服には慣れないでしょうし、もし貸してくれたら貴方に服を一着、贈るわよ?もちろん、リクエストも受け付けるわ」
「う~、見透かされてましたか……」
服を一着、しかも自分のリクエストした物をもらえるというのは、おそらくここの服に慣れるのはしばらくかかるであろう私には、おいしい提案だった。
でも……。
「う~ん、ありがたい話だけどあなたが霊夢や魔理沙と知り合いといっても、まだ会ってすぐの人をそう簡単に信頼は出来ないわ。それにあの二人と知り合いというのも嘘の可能性があるし……」
さっき詐欺にあったし。
「もっともだわ」
「だから、あの二人に確認を取ってからでもいい?それであなたが信用に値する人だと私が思ったら、いいわよ」
「交渉成立ね。後はあの二人がまともに私のことを紹介してくれるかどうかだわ」
「言えてるわね」
アリスは少し笑いながら言った。
それに釣られて私も笑ってしまう。
「じゃあ、私はもう帰るわ。やらないといけないことがあるし」
「ええ、さようなら。アリスさん。次あった時は私のリクエストを言えるように願ってるわ」
「ありがとね」
そう言うと、店の外に出てしまった。
……って、あれ?
「あの人ここに何しに来たんだろう……」
その疑問を思いついたのは、騒がしそうに揺れている彼女のカバンを見たときだった。
何が入ってるんだろう、あれ。
考えても分かりそうにないし、とりあえずここを出て適当にまたぶらつくことにした。
店から出ると、よりいっそう、太陽がまぶしく光っており、秋なのに風を心地よく感じるほどだった。
散歩をするのは何年ぶりだろうか。思いっきり体を伸ばした。
次は何処へ行こうか。この店の入り口に張ってある地図を見ると、里の全てを一日中に回るのは無理だろう。ということは、霊夢が言っていた上白沢さんに会った方がいい。
と、すると道を聞かないといけない。上白沢さんは里では結構有名人らしいし、多分適当に誰かに聞けば分かるだろう。
視界に人は居ない。適当な店で聞くのがいいかな?私の目と鼻の先にはその店があるけど、一度出たばかりなのにまた入るのは気が引ける……。
まあ、適当に近い店で……。
――ぐうぅぅぅぅ~。
……おだんご屋にしとこうか。
100円や200円ならばれないだろう……。
―――――
おだんご一つと時間、そして上白沢塾(どうやら経営者兼、歴史の先生らしい)への情報を手に入れ、おだんご屋を後にした。
運がいいのはここから結構近いことで、まだ思ったよりも時間は経ってないことだった。これなら六時くらいには帰れるだろう。
しかし歩きながら周りを見てみると、外界のような電化製品は何一つ無く、ほぼ全てが手製のものだった。
その手製の営業案内を見てみると、店主の都合によって休みになりますとか、酷いものでは店主の気分によって営業時間、休日も変わりますというものまである。うん、コンビニマジ偉大。
しかし花屋や小物専門店などがあり、尚且つそれで経営していけるのだから、もしかしたらアルバイトを雇ったコンビニのようなものがあるかもしれない。後で上白沢さんに聞いてみよう。
と、なにやら寺小屋のような場所から子供達の騒ぐ声がしたので、自然と視線もそちらへ向いた。
こっそりと中をのぞいてみると、前には黒板と一人の成人女性と一人の子供、その前には大勢の同い年くらいの子供達がいた。ここが上白沢塾だろうか。
先程のうるささが嘘だったかのように、教室内は緊張感に満ちている。見たところ……騒いだ生徒を叱っているのだろう……ってうわ!あの人頭突きした!しかもあの子めり込んでる、めり込んでる!……ええ!?他の子笑ってる!流石にやばいでしょあれ!
外の世界だと間違いなく体罰じゃ体罰じゃと騒がれそうな光景を目にして、動揺と小さな悲鳴を抑えることが出来なかった。
「「「あっ」」」
その悲鳴が聞こえたらしく、生徒みんなこっち向いてた。見るな。
「おおー!すっげー!巫女だ巫女ー!青巫女だ~!」
「こっちの巫女も腋出てるよ、先生!偽巫女だ!」
「いやあれ2Pカラーじゃない?」
私を見つけるや否や、まるで特撮物のヒーローを見つけたように目を輝かせて騒ぎ出す。やっぱり腋は共通認識なんだ。
「はいはい、みんな静かに。……ああなるほど、君が霊夢の言っていた外界から来た巫女か」
「正確には風祝と言って……まあ、巫女のようなものですね。私は山の神である八坂様にお仕えする者で、東風谷早苗といいます。初めまして」
「ああ初めまして、早苗。私は上白沢慧音という。以後、よろしく」
「先生~かぜはふりって何~?」
「風祝と言うのはだな……いや、今日はお客さんが居るからこの辺にしておこう。よし、明日は風祝についてだ。みんな、帰っていいぞ。」
言うと同時に、教室中に大きな歓声があがり、さようならという無数の声と共に子供達は行ってしまった。
風祝に対する知的好奇心が遊ぶことに負けた瞬間だ。ちょっとショック。
友達と戯れる子供達を見て、何処と無く、切なさを感じてしまった。
「で、どうしたんだ?霊夢は里を案内してやって欲しいと言っていたが」
「ええ、今日の晩御飯の食材を買わなければならないので。どこか良いお店はありませんか?」
……何か一つ忘れてる気がする。
「晩御飯?確かお前は山に住んでいるのだろう?その神様とお前は昼はどうしたんだ?山からここまで来るのに相当時間がかかるし、かといって神様をほったらかして晩御飯を買いにくるとは思えんが」
「八坂様は適当に人里で昼を食べるといいとおっしゃったので大丈夫だと思いますが、私は色々といざこざがありまして……八坂様に朝から竹林まで飛ばされてその中で詐欺にあって……昼はおだんご一つだけだったんですよ」
「竹林で詐欺か……懲りないなあの兎も」
「え?知ってるんですか?」
「ああ、その場所で詐欺と言えばそいつしか居ないだろう。今度会ったら仕返ししてやるといい。戦闘能力は決して高くないからな」
あの人、兎だったのか。全然そうは見えなかったけど。
「分かりました。今度会ったときに借りを返しておきます」
「ふふ、やりすぎないようにな。せっかくだ、昼は私が奢ろう」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
予想外の展開だ。上白沢さん、本当いい人。
―――――
「お、おもいぃ~」
あの後、昼御飯と一緒に晩御飯の食材までオマケで分けてくれた。
一応断っておいたけど、とうとう最後には貰ってしまった。ずっと持って飛んでいるのでいい加減腕が耐えられなくなってきている。
前を見ると朝に見た釣堀とは比べ物にならない大きさの湖があり、間違って買ったものを落としたりしてはいけないのでとりあえず休んでから行くことにした。
「ふぅ……」
湖の前で、腰を下ろす。
もうちょっと小さかった時なら靴を脱いでバシャバシャと水と戯れていたのだが、流石にこの年ではそんなことはしない。
「小さかったら、かぁ……」
寺小屋の子供達の顔を思い出す。
自分があのくらい小さかった頃から神奈子様は見えていたけど、だからといって悩んだりすることが無かった。と言うか悩みがあっても、あの頃は実際には悩みらしい悩みなんて無かった。心の底から笑えた。
それが年をとるにつれ、自分の能力に気づいてからは、変なプライドと選民思想に近いものが私に根付いた。心の底から笑えなくなった。
見下しがちになりつつも、心を許すことの出来る友達は居た。でも心から話せる人間は誰一人、居なかった。
他人のレベルに合わせて行動することは私にとってはとても苦痛で、それを話せる人間さえ居ないのは、それ以上の苦痛だった。笑うことすら、出来なくなった。
なんとなく、自分で性格がゆがんでしまったように感じてしまう。
でも、もし。自分が幻想郷に生まれていたら?そんなことを考えてしまう。
出口の無い思考、もしに意味は無いことなんて分かってるけど、一度考え始めたら止まらなくなる。
いや、そんな贅沢は望まないから昔に戻りた――
「……やめよう」
膝にうずめていた顔を起こす。
これからなんだ。これから、新しく頑張ればいい。
遠くの方に目をやると、小さな島と、その上に氷のオブジェのようなものがあった。
「わあ、綺麗……」
湖上の物質に目を奪われてしまい、買った物をそこに置いたまま近くに寄ってみた。
夕日を反射する氷は間違いなく上質のそれで、形が近いうちに溶けて無くなってしまうというのに、一切手抜きの見られない芸術作品。
素晴らしい。そういうものに深いわけではないけど、これは素人が見ても感嘆詞をあげてしまうだろう。
目を凝らしてよく見ると、内部は多彩な色で構成されていた。これは……女の子を表現しているのだろうか。
カエルの描かれた青いスカートに病的に白い肌。
快活そうな瞳に金の髪。
そして目が飛び出ている帽子はどう見ても諏訪――
やめよう、すぐに帰ろう。
私は感動のあまり涙が流れる瞳を自制しながら、買い物袋を持って湖を後にした。オブジェは沈めておいた。
―――――
「ただいま帰りました~。晩御飯の食材を調達してまいりました」
早苗の声が聞こえて私は体を起こした。
周りを見渡すと、どうやら諏訪子はいないらしい。何処ほっつき歩いてんだあいつ。
「お帰り、早苗。どう?信仰は集められた?」
私の言った言葉に、早苗ははっとした顔をする。
「あー!何か忘れてると思ったら……申し訳ありません、神奈子様!」
「って、そっちが本題のつもりだったんだけどねえ……全く」
早苗は真面目だが少し抜けている。まあそこが可愛いのだが。
「まあいいけどね。どう?早苗、ここは楽しそう?」
「ええ、その気になれば、暇はしないでしょう。癖のある人が多すぎます」
「それはよかった」
早苗は笑いながら言う。なにかあったんだろうか。
「神奈子様、疲れたので少し休んでもいいでしょうか?」
「もちろん、いいわよ」
「で、お願いがあるのですが……」
「お願い?」
早苗は少し俯いて言う。私に何か頼むと言うのは、外界では殆ど無かったことだ。これはいい影響なんだろうか。
「子守唄、歌ってくれませんか?出来れば膝枕をしながら」
子守唄、か。
早苗が小さかった頃、よく歌ったものだ。
確か早苗が小学生になる頃に、もう歌わなくてもいいと言われて、内心ずいぶん傷ついたものだ。
「そんな古い子守唄は別に歌わなくてもいい、じゃ無かったっけ?」
「……そんな昔のことは忘れてください」
「私にとっては最近のことだよ。ほら、来な」
「……では、失礼して」
早苗は膝に頭を乗せると、すぐに目を瞑ってしまった。
頭の中で何を歌おうか悩んだが、早苗が昔とびきり好きだった歌があるのを思い出した。
唯一、歌詞の意味を理解できるかららしい。
――噂に聞く場所、黄金郷。我が憧れの、黄金郷。
――いずこにあるかは皆、知らず。ああ、見つけようぞ、黄金郷。
――蓬莱山は、何処にある。山を探せど、見つからぬ。
――幾年探せばよいものか。ああ、見つからぬ、蓬莱山。
――あれから幾年すぎたのか。雪にうたれて、そう、おぼゆ。
――死に際最後に見たものは、緑豊かな夏景色。
――ああ、大願の成就かな。それともこれは、幻想か。
歌にあわせて、いつの間にか戻ってきた諏訪子がカエルの歌を一人で輪唱していた。五月蝿い。
しばらくして目を覚ますと諏訪子が早苗の代わりに膝に乗っていた。邪魔なので蹴飛ばしておいた。
澄んだ空気に静かな山奥、縁側での深緑の景色と虫の静唱を肴にして酒を飲むのは、今はなき幾世紀か前の幻想のように感じられた。
もう、永遠に叶わないと思っていた無意識下での願いが叶ったのだ。そんな私に感傷に浸るなというのは無理な注文だろう。
これだけでもう確信できる。幻想郷は、楽園だ……が、
「あー!諏訪子様!やめてください、やめてくださいよ!?苦労してたどり着いたのにヘイカモンは……避けて!避けてええぇぇぇえ!……あ、あ、ああぁぁぁぁ……」
「ふっふっふ~、やっぱり早苗は甘いねぇ。回避率は最優先で上げとかないと」
すぐ後ろから、1000年来の付き合いの親友の声と私とその親友に仕える巫女の悲鳴が聞こえてきた。
……何で幻想郷にドカポン持ってきてんだよ、畜生……!!
と、こんなことがあったのが七時間前の昨日のこと。
七:三で早苗の悲鳴がリードしていたドカポン大会は、劇的な逆転劇を演じることなく諏訪子の勝利に終わったようだ。
近所迷惑という言葉を考えなくてもよい立地条件は、二人のテンションをこの上なくハイにしていたが、どうやら身内への迷惑は考えていなかったようだ。おかげで目が覚めた今もすこぶる眠い。
だが少し鼻を利かせてみると、二階にまで味噌汁のにおいが匂ってきた。早苗、分量間違えたな。
「仕方ないわねえ」
早苗は生粋の現代っ子ということもあり、料理の腕は少し残念な方だ。
それを私が手取り足取り教えているのだが、必死で料理を作っている早苗は母性本能をくすぐる可愛さだった。時折入る諏訪子の邪魔がうざったいが。
布団をしまって階段を降りる。テレポートでさっさといってしまうのもいいが、この前早苗を驚かせようと思ってそれを使うと、運悪く諏訪子の帽子に入ってしまい、食われて危うく大惨事になるところだった。あのカエルめ。
階段を降りるにつれて味噌汁のにおいが強くなっている。あの子、どれだけ入れたんだろう……。
早苗の料理のセンスが少し心配になりつつも、頭の中は早苗とのお料理レッスンのことで頭がいっぱいだった。自然と、ニヤついてしまう。
「早苗~!おっはよ~う……」
「ああ、神奈子様おはようございます……ってうわ!」
「とりゃあ!……あ、おっはよ~う、神奈子~」
ドカポンの次にアーマード・コアという、早苗の年頃の少女としての器を遥かに超えるセンスと、幻想郷に対する挑戦状と受け取られても仕方が無い超未来型兵器二体の映るテレビ画面を見て、地に膝をついた。
これが操作が上手くできずに歩くことで精一杯な少女二人ならまだ可愛げがあったかもしれないが、目の前の二人はブレードにとっつきと、この上なく漢らしい機体構成だったので言い訳のしようが無かった。
というか、画面内で縦横無尽に駆け回り互いの隙を見つけては斬りかかる二人を見て、浪漫を感じても可愛げを感じることは無いだろう。
「ちょ、早苗にピョン吉!ストップ、ストップ!今すぐそれをやめなさい!」
「すいません、神奈子様……。ニュースの時間までには終わらせますから、それまで朝ごはんを食べて待っててくれませんか?」
「食べられるわけ無いでしょ!早苗あんたこの部屋どころか神社中に充満する味噌汁臭に対して何にも思わないの!?」
「え?あ~、なんだかものすごい味噌汁のにおいがしますね。進化したんでしょうか?私たちが食べたときは何にもありませんでしたが」
「するか、ボケェ!こんな塩分濃度の高い味噌汁飲んだら諏訪子が縮む……って諏訪子ちっさ!早苗!今すぐ水!」
「え~そんなわけ……ってうわっ!ちっちゃ!大丈夫ですか諏訪子様!」
「ケロケロケロ~」
こいつ本当に縮んでやがった。日光を実質ものともしない吸血鬼が居るのにこいつときたら……。
早苗が運んできた水を見て、今すぐ諏訪子に水を掛けて元に戻すのと、目の前の機械に思いっきり水を掛けるの、どっちが私の幸せだろうか……という考えがよぎる。
―――――
「早苗、そこになおりなさ……ああ、あんたはいいの……ちょ、だからいいっつってんでしょ!縁側で鳴いてろ!」
私が目配せすると同時に、早苗が復活した諏訪子を抱き上げて縁側へ連れて行った。
ケロケロ鳴きながら諏訪子はそのまま退場し……ああ、帽子の目だけこっちを向かせるな!
「お待たせいたしました、神奈子様。何のご用でしょうか?」
縁側から帰ってきた早苗は、正座で私の前に佇んだ。
久しぶりに正面から向き合い、そこに発生するのは身を動かすことすら出来ない緊張感と静じゃ……「ケロケロケロ~」ああ、諏訪子うるさい!
一喝すると、諏訪子は「ケロ~」といいながら拗ねた。いい気味だ。
「おほん……早苗、あなたはなかなか真面目で、私への信仰を増やすために好きでないお酒までやってくれてるわ。そこには感謝しています」
「はい」
「でもね、早苗。郷に入っては郷に従えという言葉があるでしょう?流石にゲームは私どうかと思うわ」
「う……しかし神奈子様、あれが無かったら私は結構暇なんですが」
「そうよ神奈子!ついでに言えば私も暇よ!」
いつの間にか早苗の後ろにいた諏訪子がひょっこりと顔を出した。
いい加減うざったいので山の麓まで吹き飛ばしておいた。湖にでもたどり着くだろう。
「そうは言うけどね、早苗。今言ったとおり、郷に入っては郷に従いなさい。この中ではこの中なりの、暇つぶしの方法を探しなさい」
「う~、でもそのくらいいいじゃないですか~。少しくらい余裕持ってくださいよ~」
「聞き捨てなら無いわね早苗。この余裕とカリスマあふれる神を捕まえておいて。私の何処が余裕がないと?」
「いや、自分を見てくださいよ神奈子様。最後のスペルなんですか、あのマウンテン・オブ・フェイスとやら」
「あれは私の最高傑作よ。余裕と芸術性のみで構成されているといっても過言じゃないわ」
「いや、過言ですよ!あれ霊夢がずっと打ち込んでその上霊撃が撃てなくなるまで粘ってやっと被弾したのに神奈子様ときたらあと半分もゲージ残ってたじゃないですか!そのときの霊夢の表情、見ました?」
「私のカリスマに当てられて感涙してたんじゃないの?」
「ドン引きでしたよ!霊夢、絶対『何こいつ』とか思ってましたよ!あの表情は!それに風神様の神徳とやらは時折逃げ道なくなるじゃないですか!魔理沙から弾幕ごっこ入門書とかいうのを渡された私の身にもなってください!」
「よ、余裕がないって言ったら早苗も同じじゃないの!六面で中ボスとしてあらわれなかったじゃないの!」
「空気を読んだんですよ!私がでしゃばったら絶対詰んでましたよ!それに魔理沙の表情も酷かった!つい数秒前まで『パワー3だから余裕だぜ』とか言ってたのに最後には『て、低速でも高威力になってよ!』って懇願してましたよ!?パッチがきたら高速でさえただのレーザーになるのに!」
「知らないよ!それにあんたがでしゃばっても適当に大きいパワーアップアイテム二つ上げときゃ向こうは余裕が出来るだろうよ!」
「な、私の価値はパワーアップアイテム(大)二つ分ですか!?しかし神奈子様、これだけじゃありません!大体マウンテン・オブ・フェイスって名前からしておかしいですよ!顔の山って何ですか!?鼻?鼻ですか!?」」
「フェイスは信仰って意味だよ、このゆとり!」
「ゆ、ゆとり!?いくら神奈子様でも言っていいことと悪いことがありますよ!」
「ああもう!どうでもいい!早苗、命令よ。人里まで行って今晩の食材と信仰を集めてきなさい。暇なようだし、人里へ行くのは初めてだろうから昼はそこで食べるといいわ」
「ま、待ってください神奈子様!ゆとりって言う方がゆとりって……」
さっきから口答えの激しい早苗に、私の中で何かが切れた。
「いいからさっさと人里まで行って来い!夜になるまで帰ってくるな!」
諏訪子同様、早苗も吹き飛ばしておいた。
洩矢の一族はよく飛ぶ……そう思いながら、本来の静寂を取り戻した神社で私は二度寝に入った。
―――――
「いたた……」
起き上がってお尻をさする。周りを見てみると、四方八方竹だらけだった。どうやらここは……え~っと、竹林らしい。詳しい場所は分からない。
「神奈子様……せめて人里近くに飛ばしてくださいよ……」
時間の感覚を失いそうになる暗さと、少しだけ差し込むお日様の光、そして遥か上のほうでそれを受けて光る水滴を見ると、どうやら早朝に雨が降ったのだろう。
「寒~……」
先程まではパジャマだった服装が、いつの間にか巫女服に変わっていた。右の物入れには少し重みがあった。多分財布だろう。というか神奈子様はこんな小技持ってたのか。
さて、どうしようかな?さっさと空を飛んでここを出るのもいいけど、それだったら濡れるからちょっと嫌だ。それに寒いとは言っても我慢できないほどじゃないし、寧ろ気の持ちようによっては涼しいという程度だ。
「まあ適当に行けば外に出るよね」
―――――
……そんな風に考えていた時期が、私にもありました。
足が疲れるので低空飛行すること気持ち1時間程度、景色が変わっているようにすら見えない。
「う~、やっぱり上から出ようかなぁ……」
上を見ると空を笹が覆っている。
滴は蒸発することなく張り付いており、全身濡れることを想像するとぞっとする。
「……乾くまで適当にあるこーっと」
正確には飛んでるけどね。
と、そこで視点を元に戻して目を凝らして見ると、光の塊が見えた。
ずっと何処を見渡しても暗闇ばかりだったので、もしかしたらと希望を持つ。
竹を避けて行くこと30秒、光はどんどん大きくなり、そのまま全身に光を受けた。
「わぁ……」
そこには大きな池があった。
奥を見てみると庵もある。どうやら人が住んでいるようだった。
とりあえず、住んでいる人に抜け道を教えてもらおうと思うのと同時に、視界に人影が映った。釣りをしているらしい。
気づいているのかいないのか、その人はこちらに目もくれず釣りを続けていた。
「釣れますか?」
もう竹林を抜け出すことが出来るという安堵感から、私は相当余裕が出来ていた。
「ああ、大量は見込めないけど大物がかかったよ。ところであんた誰?」
リボンにサスペンダーという、なんともうちの神様にも張り合えそうなファションの女性が言った。
「すいません、申し遅れました。私は東風谷早苗。山の神である八坂様にお使えする風祝で、今日は人間達の信仰を集めるよう命を受け、山から麓へ下りてまいりました」
「へえ、それにしても珍しいねぇ、こんな場所に。遭難か何か?」
「ええ、まあその通りですね。よかったら人里への道を教えていただきたいのですが」
「ああ、もちろんいいよ。仕事みたいなもんだからねえ。ただその前にやらなくちゃあならないことがあってね。それが終わってからでもいいなら」
「いいですよ。何をするんです?」
「お姫様直属の遊び相手でねぇ、お姫様が退屈だから遊んであげるのよ」
「お姫様!居るんですねえ。流石幻想郷というべきでしょうか……」
「まあ、実質そんなえらい奴じゃないけどね」
笑いながらそう言うと、目の前の女性は釣竿を手首の力で少しだけ動かした。
それと同時に水中から魚が飛び出してきた。針が魚のえらに刺さっていて、なんとも痛々しい姿だった。
「魚釣りってこういうものなんですねぇ。はじめて見ました」
「ああ、すぐ慣れるよ。キリがいいし私は行くけど、暇だろうから釣るといい。私が帰ってくる前に五匹以上釣れたら持ち帰ってもいいし、何ならその神様を信仰してもいい」
「本当ですか!?よ~し、楽しみにしててくださいよ」
「ああ、楽しみにしておくよ。じゃ、がんばってね」
私の能力を使えば、五匹なんてちょろいもの。
ああ、見てますか?神奈子様、諏訪子様、早速信仰を集めることが出来ました!
脳裏に浮かぶのは、我が家の晩御飯の光景。
五匹という三人に分配するには一匹足りない微妙な数。
でもたったそれだけのことで、うちの神様達は喧嘩をするのだ。
神奈子様の権力によって一匹しか食べることの出来ない諏訪子様がケロケロと鳴いているのが目に浮かぶ。
たったそれだけ、でも暖かい食卓。
外の世界では味わえなかった心の底からの充実感。自然と笑みがこぼれてしまう。目指せ!明るい食卓計画!
よ~し、早苗ちゃんがんばっちゃうぞ~!
―――――
と、意気込んだのが気持ち一時間前。
隣のバケツには活きのいい魚は一匹も居なかった。
過不足無く奇跡ではないと能力は発動できないというどこぞの念能力のような制約を持つ私の能力は、魚釣りの前では無意味だったようだ。
――ああ、そういえばこの前会った厄神様の周りのあれはオーラみたいだったなぁ――
とうとう現実逃避が始まってしまった。
と、そこにタイムリミットを知らせる女性が帰ってきた。
「おい~っす。釣れて……無いみたいね」
その言葉が私に突き刺さる。
結局私は、時間を無駄に過ごしただけのようだった。
「う~、そうみたいですね。少しは自信があったんですが……」
「まあはじめてみたいだったしね、仕方が無いよ。じゃあ、人里まで送ればいいんだっけ?」
「お願いします」
「おっとその前に……」
ポケットに手を入れ、ごそごそと何かを探しているようだった。
そこから出てきたのは、写真でしか見たことの無い懐中時計だった。
「え~っと、大体二時間か。じゃ、釣竿代で1000円ね」
突如出てきた言葉に耳を疑う。
「……はい?」
「ああ、言ってなかったっけ?じゃあ特別サービスで700円でいいよ。それとも釣竿代じゃなくて釣堀代のほうがいい?ここ、一応私が作ったし」
「は、はあ」
言われるがままにポケットから財布を出し、更に700円を出す。
彼女はそれを受け取ると屈託の無い笑顔でまいどありと言い、すぐに懐にしまった。
「で、本題だけど人里へ行くにはそこに見える庵の裏手からまっすぐ行けばいい。途中で竹にぶつかることのないようにしてあるから、まっすぐ行けばすぐだと思うよ」
「はい……」
「送ってったげようと思ったけど、まああなたなら大丈夫そうね。もう迷わないようにね~」
じゃあね、と短く言い、そのまま宙に浮いて竹林へ消えてしまった。
あの人はなんだったんだろうか、とそんなことを思っているうちに、あることに気づいた。
「さ、詐欺師~!」
やられた。
そもそも自分から勧めておいて後から料金は無いだろう。
騙される私も私だけど……。だがそれ以上に困ることがあった。
「お昼御飯が~」
昼食代が、丸々消えてしまった。鳴きたい、じゃなくて泣きたい。
―――――
先程騙されたおかげで、もしかしてこれも嘘なのではないかと思ったが、どうやらこの情報は本当のようだった。
進み続けていくと、さっき以上に強い光が身を包み、目に差し込んだ。どうやら脱出できたらしい。
とりあえず里に入ったはいいけど、どうしよう。
霊夢の話によると、上白沢という人のところへ行けばいいと言っていたけど、場所を聞くのを忘れてた。
まあ、でも。
「なんとか、なるかな」
とりあえずは適当な店でウィンドウショッピングを楽しもう。
その考えの元、まずは目に付いた服の店に入ってみた。
「おおぅ……」
店内に入ると、まだ誰にも着られていない服特有の、もわっとしたにおいが鼻についた。
右を見ると着物、左を見ると装飾豊かな洋服という、なんともまあ両極端なラインナップで、汎用性に欠けそうなものばかりだった。
「し、失礼しま~す」
私にはまだ早い……。
しばらくは外から持ってきたお洋服だけで我慢しよう……。そう思い、外に出ようとして振り返ると。
ドン。
「っと、すいません」
「いやこちらこそ、ごめんなさい……ってあら、貴方が噂の新入り巫女?」
青いワンピースに少し大きめのカバン(ポーチかな?)を肩に掛け、日焼けを知らなさそうな白い肌に金髪という、外界ならどう見ても外国人のそれな人がなんとも流暢な日本語で話した。
もっとも、その外見以上に手に抱いてある鍵つきの本の方に目が奪われてしまったが。
「まあ大まかに言えばそうですけど……ってなんで知ってるの?」
「そりゃ、そんな二色の腋だけ開いた服着てれば誰だってそう思うわよ」
共通認識だったのか、これ。
「で、貴方は確か外界から来たんだったわね?」
「そうだけど……誰に聞いたの?」
「魔理沙と霊夢よ。あの二人は知ってるでしょう?」
「ああ、お知り合いなんですね」
「近所だからね。ところで、ちょっと一つ交渉したいことがあるんだけど……」
「交渉?」
首を傾げる。
初対面の人間にいきなり交渉を持ちかけるのも、幻想郷の風土による影響も強いのだろうか。
「ええ。でもその前に言っておかないといけないことがあるわね。私はアリスって言うんだけど、あの二人から聞いて……るはずがないわよねぇ」
「はい。聞いてません」
「まあそりゃあそうよね。で、その交渉だけど、外の世界の服を一着貸して欲しいの」
「服、ですか?」
少々面を食らった。
単刀直入に欲しい、というならともかく、服を貸してというのはおかしな話だった。
そんな私の考えを見通したのか、アリスという人は慌てて、しかしあまり表情を変えることなく喋りだした。
「ああ、私は魔法使いでね、その活動資金を得るために洋服を作ったりしているの。この店にも何着かあるわよ。で、まあ外の世界の服には興味もあるし、ここにとっては斬新なものもあるだろうから、貸して欲しいと思ったわけ」
「なるほど、そういうことですか。私にとっては幻想郷の服の方が斬新ですが」
「だからこの店に入ってすぐ出ようとしたんでしょ?まだこっちの服には慣れないでしょうし、もし貸してくれたら貴方に服を一着、贈るわよ?もちろん、リクエストも受け付けるわ」
「う~、見透かされてましたか……」
服を一着、しかも自分のリクエストした物をもらえるというのは、おそらくここの服に慣れるのはしばらくかかるであろう私には、おいしい提案だった。
でも……。
「う~ん、ありがたい話だけどあなたが霊夢や魔理沙と知り合いといっても、まだ会ってすぐの人をそう簡単に信頼は出来ないわ。それにあの二人と知り合いというのも嘘の可能性があるし……」
さっき詐欺にあったし。
「もっともだわ」
「だから、あの二人に確認を取ってからでもいい?それであなたが信用に値する人だと私が思ったら、いいわよ」
「交渉成立ね。後はあの二人がまともに私のことを紹介してくれるかどうかだわ」
「言えてるわね」
アリスは少し笑いながら言った。
それに釣られて私も笑ってしまう。
「じゃあ、私はもう帰るわ。やらないといけないことがあるし」
「ええ、さようなら。アリスさん。次あった時は私のリクエストを言えるように願ってるわ」
「ありがとね」
そう言うと、店の外に出てしまった。
……って、あれ?
「あの人ここに何しに来たんだろう……」
その疑問を思いついたのは、騒がしそうに揺れている彼女のカバンを見たときだった。
何が入ってるんだろう、あれ。
考えても分かりそうにないし、とりあえずここを出て適当にまたぶらつくことにした。
店から出ると、よりいっそう、太陽がまぶしく光っており、秋なのに風を心地よく感じるほどだった。
散歩をするのは何年ぶりだろうか。思いっきり体を伸ばした。
次は何処へ行こうか。この店の入り口に張ってある地図を見ると、里の全てを一日中に回るのは無理だろう。ということは、霊夢が言っていた上白沢さんに会った方がいい。
と、すると道を聞かないといけない。上白沢さんは里では結構有名人らしいし、多分適当に誰かに聞けば分かるだろう。
視界に人は居ない。適当な店で聞くのがいいかな?私の目と鼻の先にはその店があるけど、一度出たばかりなのにまた入るのは気が引ける……。
まあ、適当に近い店で……。
――ぐうぅぅぅぅ~。
……おだんご屋にしとこうか。
100円や200円ならばれないだろう……。
―――――
おだんご一つと時間、そして上白沢塾(どうやら経営者兼、歴史の先生らしい)への情報を手に入れ、おだんご屋を後にした。
運がいいのはここから結構近いことで、まだ思ったよりも時間は経ってないことだった。これなら六時くらいには帰れるだろう。
しかし歩きながら周りを見てみると、外界のような電化製品は何一つ無く、ほぼ全てが手製のものだった。
その手製の営業案内を見てみると、店主の都合によって休みになりますとか、酷いものでは店主の気分によって営業時間、休日も変わりますというものまである。うん、コンビニマジ偉大。
しかし花屋や小物専門店などがあり、尚且つそれで経営していけるのだから、もしかしたらアルバイトを雇ったコンビニのようなものがあるかもしれない。後で上白沢さんに聞いてみよう。
と、なにやら寺小屋のような場所から子供達の騒ぐ声がしたので、自然と視線もそちらへ向いた。
こっそりと中をのぞいてみると、前には黒板と一人の成人女性と一人の子供、その前には大勢の同い年くらいの子供達がいた。ここが上白沢塾だろうか。
先程のうるささが嘘だったかのように、教室内は緊張感に満ちている。見たところ……騒いだ生徒を叱っているのだろう……ってうわ!あの人頭突きした!しかもあの子めり込んでる、めり込んでる!……ええ!?他の子笑ってる!流石にやばいでしょあれ!
外の世界だと間違いなく体罰じゃ体罰じゃと騒がれそうな光景を目にして、動揺と小さな悲鳴を抑えることが出来なかった。
「「「あっ」」」
その悲鳴が聞こえたらしく、生徒みんなこっち向いてた。見るな。
「おおー!すっげー!巫女だ巫女ー!青巫女だ~!」
「こっちの巫女も腋出てるよ、先生!偽巫女だ!」
「いやあれ2Pカラーじゃない?」
私を見つけるや否や、まるで特撮物のヒーローを見つけたように目を輝かせて騒ぎ出す。やっぱり腋は共通認識なんだ。
「はいはい、みんな静かに。……ああなるほど、君が霊夢の言っていた外界から来た巫女か」
「正確には風祝と言って……まあ、巫女のようなものですね。私は山の神である八坂様にお仕えする者で、東風谷早苗といいます。初めまして」
「ああ初めまして、早苗。私は上白沢慧音という。以後、よろしく」
「先生~かぜはふりって何~?」
「風祝と言うのはだな……いや、今日はお客さんが居るからこの辺にしておこう。よし、明日は風祝についてだ。みんな、帰っていいぞ。」
言うと同時に、教室中に大きな歓声があがり、さようならという無数の声と共に子供達は行ってしまった。
風祝に対する知的好奇心が遊ぶことに負けた瞬間だ。ちょっとショック。
友達と戯れる子供達を見て、何処と無く、切なさを感じてしまった。
「で、どうしたんだ?霊夢は里を案内してやって欲しいと言っていたが」
「ええ、今日の晩御飯の食材を買わなければならないので。どこか良いお店はありませんか?」
……何か一つ忘れてる気がする。
「晩御飯?確かお前は山に住んでいるのだろう?その神様とお前は昼はどうしたんだ?山からここまで来るのに相当時間がかかるし、かといって神様をほったらかして晩御飯を買いにくるとは思えんが」
「八坂様は適当に人里で昼を食べるといいとおっしゃったので大丈夫だと思いますが、私は色々といざこざがありまして……八坂様に朝から竹林まで飛ばされてその中で詐欺にあって……昼はおだんご一つだけだったんですよ」
「竹林で詐欺か……懲りないなあの兎も」
「え?知ってるんですか?」
「ああ、その場所で詐欺と言えばそいつしか居ないだろう。今度会ったら仕返ししてやるといい。戦闘能力は決して高くないからな」
あの人、兎だったのか。全然そうは見えなかったけど。
「分かりました。今度会ったときに借りを返しておきます」
「ふふ、やりすぎないようにな。せっかくだ、昼は私が奢ろう」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
予想外の展開だ。上白沢さん、本当いい人。
―――――
「お、おもいぃ~」
あの後、昼御飯と一緒に晩御飯の食材までオマケで分けてくれた。
一応断っておいたけど、とうとう最後には貰ってしまった。ずっと持って飛んでいるのでいい加減腕が耐えられなくなってきている。
前を見ると朝に見た釣堀とは比べ物にならない大きさの湖があり、間違って買ったものを落としたりしてはいけないのでとりあえず休んでから行くことにした。
「ふぅ……」
湖の前で、腰を下ろす。
もうちょっと小さかった時なら靴を脱いでバシャバシャと水と戯れていたのだが、流石にこの年ではそんなことはしない。
「小さかったら、かぁ……」
寺小屋の子供達の顔を思い出す。
自分があのくらい小さかった頃から神奈子様は見えていたけど、だからといって悩んだりすることが無かった。と言うか悩みがあっても、あの頃は実際には悩みらしい悩みなんて無かった。心の底から笑えた。
それが年をとるにつれ、自分の能力に気づいてからは、変なプライドと選民思想に近いものが私に根付いた。心の底から笑えなくなった。
見下しがちになりつつも、心を許すことの出来る友達は居た。でも心から話せる人間は誰一人、居なかった。
他人のレベルに合わせて行動することは私にとってはとても苦痛で、それを話せる人間さえ居ないのは、それ以上の苦痛だった。笑うことすら、出来なくなった。
なんとなく、自分で性格がゆがんでしまったように感じてしまう。
でも、もし。自分が幻想郷に生まれていたら?そんなことを考えてしまう。
出口の無い思考、もしに意味は無いことなんて分かってるけど、一度考え始めたら止まらなくなる。
いや、そんな贅沢は望まないから昔に戻りた――
「……やめよう」
膝にうずめていた顔を起こす。
これからなんだ。これから、新しく頑張ればいい。
遠くの方に目をやると、小さな島と、その上に氷のオブジェのようなものがあった。
「わあ、綺麗……」
湖上の物質に目を奪われてしまい、買った物をそこに置いたまま近くに寄ってみた。
夕日を反射する氷は間違いなく上質のそれで、形が近いうちに溶けて無くなってしまうというのに、一切手抜きの見られない芸術作品。
素晴らしい。そういうものに深いわけではないけど、これは素人が見ても感嘆詞をあげてしまうだろう。
目を凝らしてよく見ると、内部は多彩な色で構成されていた。これは……女の子を表現しているのだろうか。
カエルの描かれた青いスカートに病的に白い肌。
快活そうな瞳に金の髪。
そして目が飛び出ている帽子はどう見ても諏訪――
やめよう、すぐに帰ろう。
私は感動のあまり涙が流れる瞳を自制しながら、買い物袋を持って湖を後にした。オブジェは沈めておいた。
―――――
「ただいま帰りました~。晩御飯の食材を調達してまいりました」
早苗の声が聞こえて私は体を起こした。
周りを見渡すと、どうやら諏訪子はいないらしい。何処ほっつき歩いてんだあいつ。
「お帰り、早苗。どう?信仰は集められた?」
私の言った言葉に、早苗ははっとした顔をする。
「あー!何か忘れてると思ったら……申し訳ありません、神奈子様!」
「って、そっちが本題のつもりだったんだけどねえ……全く」
早苗は真面目だが少し抜けている。まあそこが可愛いのだが。
「まあいいけどね。どう?早苗、ここは楽しそう?」
「ええ、その気になれば、暇はしないでしょう。癖のある人が多すぎます」
「それはよかった」
早苗は笑いながら言う。なにかあったんだろうか。
「神奈子様、疲れたので少し休んでもいいでしょうか?」
「もちろん、いいわよ」
「で、お願いがあるのですが……」
「お願い?」
早苗は少し俯いて言う。私に何か頼むと言うのは、外界では殆ど無かったことだ。これはいい影響なんだろうか。
「子守唄、歌ってくれませんか?出来れば膝枕をしながら」
子守唄、か。
早苗が小さかった頃、よく歌ったものだ。
確か早苗が小学生になる頃に、もう歌わなくてもいいと言われて、内心ずいぶん傷ついたものだ。
「そんな古い子守唄は別に歌わなくてもいい、じゃ無かったっけ?」
「……そんな昔のことは忘れてください」
「私にとっては最近のことだよ。ほら、来な」
「……では、失礼して」
早苗は膝に頭を乗せると、すぐに目を瞑ってしまった。
頭の中で何を歌おうか悩んだが、早苗が昔とびきり好きだった歌があるのを思い出した。
唯一、歌詞の意味を理解できるかららしい。
――噂に聞く場所、黄金郷。我が憧れの、黄金郷。
――いずこにあるかは皆、知らず。ああ、見つけようぞ、黄金郷。
――蓬莱山は、何処にある。山を探せど、見つからぬ。
――幾年探せばよいものか。ああ、見つからぬ、蓬莱山。
――あれから幾年すぎたのか。雪にうたれて、そう、おぼゆ。
――死に際最後に見たものは、緑豊かな夏景色。
――ああ、大願の成就かな。それともこれは、幻想か。
歌にあわせて、いつの間にか戻ってきた諏訪子がカエルの歌を一人で輪唱していた。五月蝿い。
しばらくして目を覚ますと諏訪子が早苗の代わりに膝に乗っていた。邪魔なので蹴飛ばしておいた。
に全て持ってかれたwww
さっさと霊夢と魔理沙のところに行けよw
次回、竹林でモッコモコの巻~
そして早苗さん、早いところ誤解に気づかないとトラウマになるよw
「そんなのかんけーね!」でついに腹筋が占領されますた
でもs(ry
ケロちゃん楽しすぎます!
…AC見せたら喜んで河童が作りそうな気がする…