■神無月/1
外の世界では読書の秋という言葉があるらしい。だとすると生憎と私のような魔女にとっては一年中秋という事になるのだろうか。
ここ最近は完全自立人形に関する研究に没頭しているけれど、残念ながら芳しい結果は出ていない。
「…………ねえ上海」
紅茶を運んできてくれた上海の頭を撫でながら、私は上海に軽く声をかける。
小さな瞳をくすぐったそうに細めて微笑む様が何とも愛らしい。
「気のせいだと良いんだけど……私、ひょっとして少し太ったかしら」
私の言葉に上海の動きが一瞬だけ止まった。それからすぐに、全身を使って大きく首を横に振る。
「上海、あなたの欠点は良い嘘をつくのが下手な事よ。はぁ……やっぱりか……」
思わず天井を見上げる。心なしか染みが少し多くなった気がした。
どこぞの活動的なゴキブリ魔法使いは例外中の例外としても、魔女は基本的にインドア派だ。ましてや、いい加減寒くなってくるこの時期は薬草の類も取れなくなってくるから出歩く機会は激減するし。
まあ……別に食事なんか取らなくて良い体なのに、ここの所お菓子作りに凝って色々食べてたのが原因なのは間違いないけれどね……。
とりあえずこのままじゃ全く以って宜しくない。
もし霊夢と会った時に『あらアリス、何だか最近ずいぶんぽっちゃりとしてきたんじゃない?』何て言われた日には、私は泣きながら逃げ帰って引きこもるだろう。
仮に霊夢じゃないとしても、おちょくって馬鹿にする連中には心当たりが多すぎる以上このまんまじゃいけない。
速やかに元の体型に戻さないとっ。
「でも二・三日食事を抜けば十分かしら。うちを訪ねる物好きもそうそういないだろうし……」
そう思った直後、遠慮無しにドアが大きな音を立てて開いた。
「ようアリス、あんまり家に閉じこもってたら体にキノコが生えるぜ。おっと、しばらく見ないうちに少し肥えたか?」
……あー、そういえばいたわね。こういう時に限って狙いすましたようにやってくるとんでもない物好きが。
「わざわざ他人の家に喧嘩を売りに来るなんて、あんたの魔法店はよっっっぽど物が売れないのね」
「霧雨魔法店は年中開店休業中だぜ、そういう意味じゃ香霖と同じか。さってと、久しぶりに来たことだしお茶でも出してくれ、その間お前の本棚でも漁ってるから」
私も時々行くけれど、流石に魔理沙と一緒にされたら香霖堂の店主も気を悪くすると思う……って。
「勝手に本棚を漁るな! こら、上海もいそいそと紅茶を運んでこないの!」
「おーサンキュ、相変わらず主人と違って本当に良くできた使い魔だよな」
魔理沙に頭を撫でられるのがどうやら上海には特にお気に入りらしい。下手すれば私が撫でるより嬉しそうな顔をするんだから困ったもんだ。
「勝手に上海の頭を撫でないでくれるかしら、上海も迷惑でしょうし」
私の言葉に上海がふるふると首を横に振った。……あああ、全くもう。
「何だアリス、ひょっとしてお前も撫でて欲しかったのか? じゃあ今回に限り大サービスだ、ほれほれ良い子良い子ー」
わしゃわしゃと私の髪を掻き分けようとする魔理沙の手を私は問答無用で弾く。こいつに頭撫でられても、髪型が乱れるだけで迷惑以外の何物でもない。
「付き合いの悪い奴だな。そういや上海と言えば、便利そうだし霊夢も欲しいって言ってたぜ」
「……あらそう。絶対にあげないけど、そういうんなら一度くらい霊夢の家に上海の性能を見せびらかしに行くのも良いかもね」
「アリスはいらんから上海だけで来てくれ、って霊夢なら言うだろうよ。ちなみに私の場合も以下同文だぜ」
クックッ、と嫌な笑みを魔理沙は浮かべた。
テーブルの上にあった本を私は無言で魔理沙に投げつける。
「さっさと出て行きなさい、私はこれからやる事があるのよ!」
「危ないな、もう少しで当たる所だったぜ……まあ良いや。とりあえず帰るわ、私もやる事ができたし」
それだけ言って魔理沙は本を棚に戻すと、何も取らずに玄関を出て行く。
……珍しい事もあったもんだ。明日は槍でも降るんじゃないかしら。
が、魔理沙は飛び去る前に玄関の扉を開けた所でくるっと回れ右をして最後に付け加えた。
「アリスが太ったのを霊夢やブン屋にばらすのに忙しくてな」
・・・・・・・・。
瞬きを一回、二回、三回。おまけにもう一つ瞬き。
「あんの馬鹿魔理沙……! 上海、来なさい!」
魔理沙の後を追いかける私の肩に上海が飛び乗る。
「あんたって奴は、どうして人の嫌がる事を喜んでやる性格してんのよ! 止まらないと撃ち落すわ、止まっても撃ち落すけど!!」
「お褒めに預かり恐悦至極だぜ。おし、たまにはハンデをやるか、私は攻撃せんから精々頑張って落としてくれ。普段より遅い動きのお前さんの弾なんかあたらんだろうけどなー」
結局撃ち落せず神社の側まで追い掛け回した挙句、騒がしさに出てきた霊夢にばらされた上に『そう? あんまり見かけないし言われても分からないけど』などと霊夢に言われて、笑われるよりショックな結果が待っていた。
あああ……最悪……。
■神無月/2
概ね静かだけれど、時折嫌になるくらい騒がしい日々。
平均すれば恐らくそれでもまだ騒がしい部類に入るだろう毎日が、普通に廻り廻りて通り過ぎていく。
「……とりあえず、元には戻ったかしら」
全体像の見える鏡の前でクルクルと回ってみる。一週間前の全体的にふっくらした印象から、いつもの姿に戻った私がそこにいた。
しかし考えてみたらここ最近ずっと閉じこもって読書と食欲の秋を謳歌し過ぎていたようにも思う。思い立ったが吉日という言葉もあるし。
そうと決めたら後は行動するのみ、私は本を閉じ椅子から立ち上がった。
「運動不足の解消がてらちょっと散歩でもしてくるから、上海は蓬莱と留守番してて。……ああ、魔理沙が来たら遠慮はいらないから全力で攻撃しなさい」
たかが散歩で上海達を連れて行く事も無いと思い、留守の間を狙い済ましたかのようにやってくる可能性のある空き巣撃退をとりあえず命令しておく。
私の言葉に蓬莱はこくこくと首を縦に振って頷いたが、上海は困ったように私の周りを飛び回っていた。あら、よっぽど一緒に行きたいのかしら。
「大丈夫よ、すぐ帰ってくるから。じゃあ留守番お願いね」
こうして見ていると、上海はかなり私の思い描く自立人形に近くなっている気がする。尤も、上海人形でさえ私が魔力を送らないで数日したら動けなくなってしまうのだけど。
「さてと……出かけると行っても、あまり出歩く事が無いから大して行く場所も無いわね。適当に飛んで適当に帰るかな」
こうやって考えてみると、確かに篭りっぱなしな感じな気がする。もう少しは外に出てみても良いかもしれない。
紅葉や銀杏の葉が舞う中を通り抜け、赤く染まった山々を遠くに眺めると季節の変わったことが実感できる。
今年の夏はあれほど暑かったというのに、過ぎてしまえば儚いものだ。
感傷的な事を考えつつ余所見をしながら飛んでいたせいだろうか、ふと気がつくと私は見慣れない所に出ていた。
「あら……。ここ花畑かしら、もう大体枯れちゃってるみたいだけど」
枯れてから数ヶ月くらいは経ったのか、元々何が咲いていたのかはちょっと分かりそうに無い。
けれど、それ以上私の興味を惹くものは何も無く、いい加減散策も終えて引き返そうと踵を帰しかけた時だった。
「ここはスーさんが咲いてたのよ。久しぶりに誰か来たわっ」
「スーさん?」
声のした方を振り返ろうとして私の視界がぶれた。
……何、これ……ひょっとして自然毒にでも侵されたかしら。
「スーさんは鈴蘭よ、花言葉は小さな幸せ。生憎と今は幸せの在庫切れかな」
そりゃそうだ、鈴蘭は春の花だもの。
けれど、そんな突込みなどどうでも良かった。目の前で動いて話しかけてくるそれを私はじっと見つめる。
紫色の鮮やかな服装に金髪の幼い少女。けれどそれ以上に重要な外見がある。
―――― この『子』 人形だ ――――
会話も出来るとなると、余程高度な技術を持った人形遣いの作という事になる。けれど周囲に他の気配は無い。
となるとひょっとして。
「初めまして、私はアリス。あなたの名前は?」
「メディスンよ、宜しくー」
警戒心が全く無いのか、無防備な笑顔で微笑みかけてくる。
「あなた、ひょっとしてマスター……主人はいないの?」
「うぇー冗談。そんなの居ないわよ、私は私。生まれてあんまり経ってないけど、今は虐げられてる人形解放の為に活動中なのよ!」
無い胸を張りつつ、そう勢い良く宣言される。
あら……これは参った。折角偶然見つけた完全自立人形なのに、私の事を詳しく話したら敵対されるわね、これは。
妖気を感じる辺りから、最初から完全に自立する人形として作られたのじゃなく、人形が妖怪化したんでしょうけれど、それでもとても興味深い。
「ね。良かったらあなたも手伝ってっ。協力してくれる相手があまり多くないから困ってたんだ」
けれど、そんな私の思いを知らずに、純真な目でこちらを見つめながら、メディスンと名乗った子はポフッと抱きついてくる。
それと同時に、触られた右腕に焼けるような痛みが走った。
「あつ! い、痛た!」
「あれ? ごめん、痛がるとは思わなくって」
慌てて私からメディスンが離れる。
触られた場所は赤く爛れて腫れ上がっていた。抱きつかれてみて嫌でもはっきり分かったが、この子の体そのものが毒の発生源になっている。
「そりゃ痛がるわよ、人間じゃ無いけれど毒に強い訳でも無いもの。……でも、面白い事を考えているのね、良かったら詳しく話を聞かせてくれないかしら? 自分の力だけで動ける子に私も凄く興味があるのよ」
軽く腕を振ると爛れた腕はすぐに治った。
強烈な毒と瘴気で頭はクラクラするけれど、私はその程度でこんなチャンスを逃すつもりは無い。
けれど、メディスンは私の言葉に大きな目を見開いて首を捻った。
しまった、ひょっとして今の言葉だけで私が人形遣いだって感づかれたかしら。そう思ったけれど、帰って来た言葉は全く私の想像の外にあるものだった。
「あれれ? あ、ひょっとして……アリスってもしかして……。うーん、それだとちょっと困ったなぁ。今すぐ急に協力してとは頼み辛いかも」
「? ごめんなさい、話が見えないのだけど」
メディスンが何を話しているのか、私には理解が出来なかった。だが私をそのままにドンドン話が進む。
「ごめん、さっきの話はしばらく置いとくね。もうちょっと時間が経ったらまた、お願いするから」
何を話しているのか、本当に分からない。ただ少なくとも、敵意は全く感じないのだけれど。……何というか、心配されているような感じだ。
「私は大体ここにいるからさ、用があったら呼んで。じゃあまたねー」
「あ。ちょっと待って、私はもうちょっとあなたの事を知りたいんだけれど」
私の言葉にメディスンは振り返り、指を頬に当てて考え込むような動作をする。
「んー……あ、そうだ。鏡をじーっと見ればきっと何か分かるわよ」
回答になってるのかなってないのかさっぱり理解できない言葉と共に、今度こそメディスンは飛び去って行ってしまった。
「……鏡?」
さらなる訳の分からない言葉に、私はただ首を捻るしかなかった。
外の世界では読書の秋という言葉があるらしい。だとすると生憎と私のような魔女にとっては一年中秋という事になるのだろうか。
ここ最近は完全自立人形に関する研究に没頭しているけれど、残念ながら芳しい結果は出ていない。
「…………ねえ上海」
紅茶を運んできてくれた上海の頭を撫でながら、私は上海に軽く声をかける。
小さな瞳をくすぐったそうに細めて微笑む様が何とも愛らしい。
「気のせいだと良いんだけど……私、ひょっとして少し太ったかしら」
私の言葉に上海の動きが一瞬だけ止まった。それからすぐに、全身を使って大きく首を横に振る。
「上海、あなたの欠点は良い嘘をつくのが下手な事よ。はぁ……やっぱりか……」
思わず天井を見上げる。心なしか染みが少し多くなった気がした。
どこぞの活動的なゴキブリ魔法使いは例外中の例外としても、魔女は基本的にインドア派だ。ましてや、いい加減寒くなってくるこの時期は薬草の類も取れなくなってくるから出歩く機会は激減するし。
まあ……別に食事なんか取らなくて良い体なのに、ここの所お菓子作りに凝って色々食べてたのが原因なのは間違いないけれどね……。
とりあえずこのままじゃ全く以って宜しくない。
もし霊夢と会った時に『あらアリス、何だか最近ずいぶんぽっちゃりとしてきたんじゃない?』何て言われた日には、私は泣きながら逃げ帰って引きこもるだろう。
仮に霊夢じゃないとしても、おちょくって馬鹿にする連中には心当たりが多すぎる以上このまんまじゃいけない。
速やかに元の体型に戻さないとっ。
「でも二・三日食事を抜けば十分かしら。うちを訪ねる物好きもそうそういないだろうし……」
そう思った直後、遠慮無しにドアが大きな音を立てて開いた。
「ようアリス、あんまり家に閉じこもってたら体にキノコが生えるぜ。おっと、しばらく見ないうちに少し肥えたか?」
……あー、そういえばいたわね。こういう時に限って狙いすましたようにやってくるとんでもない物好きが。
「わざわざ他人の家に喧嘩を売りに来るなんて、あんたの魔法店はよっっっぽど物が売れないのね」
「霧雨魔法店は年中開店休業中だぜ、そういう意味じゃ香霖と同じか。さってと、久しぶりに来たことだしお茶でも出してくれ、その間お前の本棚でも漁ってるから」
私も時々行くけれど、流石に魔理沙と一緒にされたら香霖堂の店主も気を悪くすると思う……って。
「勝手に本棚を漁るな! こら、上海もいそいそと紅茶を運んでこないの!」
「おーサンキュ、相変わらず主人と違って本当に良くできた使い魔だよな」
魔理沙に頭を撫でられるのがどうやら上海には特にお気に入りらしい。下手すれば私が撫でるより嬉しそうな顔をするんだから困ったもんだ。
「勝手に上海の頭を撫でないでくれるかしら、上海も迷惑でしょうし」
私の言葉に上海がふるふると首を横に振った。……あああ、全くもう。
「何だアリス、ひょっとしてお前も撫でて欲しかったのか? じゃあ今回に限り大サービスだ、ほれほれ良い子良い子ー」
わしゃわしゃと私の髪を掻き分けようとする魔理沙の手を私は問答無用で弾く。こいつに頭撫でられても、髪型が乱れるだけで迷惑以外の何物でもない。
「付き合いの悪い奴だな。そういや上海と言えば、便利そうだし霊夢も欲しいって言ってたぜ」
「……あらそう。絶対にあげないけど、そういうんなら一度くらい霊夢の家に上海の性能を見せびらかしに行くのも良いかもね」
「アリスはいらんから上海だけで来てくれ、って霊夢なら言うだろうよ。ちなみに私の場合も以下同文だぜ」
クックッ、と嫌な笑みを魔理沙は浮かべた。
テーブルの上にあった本を私は無言で魔理沙に投げつける。
「さっさと出て行きなさい、私はこれからやる事があるのよ!」
「危ないな、もう少しで当たる所だったぜ……まあ良いや。とりあえず帰るわ、私もやる事ができたし」
それだけ言って魔理沙は本を棚に戻すと、何も取らずに玄関を出て行く。
……珍しい事もあったもんだ。明日は槍でも降るんじゃないかしら。
が、魔理沙は飛び去る前に玄関の扉を開けた所でくるっと回れ右をして最後に付け加えた。
「アリスが太ったのを霊夢やブン屋にばらすのに忙しくてな」
・・・・・・・・。
瞬きを一回、二回、三回。おまけにもう一つ瞬き。
「あんの馬鹿魔理沙……! 上海、来なさい!」
魔理沙の後を追いかける私の肩に上海が飛び乗る。
「あんたって奴は、どうして人の嫌がる事を喜んでやる性格してんのよ! 止まらないと撃ち落すわ、止まっても撃ち落すけど!!」
「お褒めに預かり恐悦至極だぜ。おし、たまにはハンデをやるか、私は攻撃せんから精々頑張って落としてくれ。普段より遅い動きのお前さんの弾なんかあたらんだろうけどなー」
結局撃ち落せず神社の側まで追い掛け回した挙句、騒がしさに出てきた霊夢にばらされた上に『そう? あんまり見かけないし言われても分からないけど』などと霊夢に言われて、笑われるよりショックな結果が待っていた。
あああ……最悪……。
■神無月/2
概ね静かだけれど、時折嫌になるくらい騒がしい日々。
平均すれば恐らくそれでもまだ騒がしい部類に入るだろう毎日が、普通に廻り廻りて通り過ぎていく。
「……とりあえず、元には戻ったかしら」
全体像の見える鏡の前でクルクルと回ってみる。一週間前の全体的にふっくらした印象から、いつもの姿に戻った私がそこにいた。
しかし考えてみたらここ最近ずっと閉じこもって読書と食欲の秋を謳歌し過ぎていたようにも思う。思い立ったが吉日という言葉もあるし。
そうと決めたら後は行動するのみ、私は本を閉じ椅子から立ち上がった。
「運動不足の解消がてらちょっと散歩でもしてくるから、上海は蓬莱と留守番してて。……ああ、魔理沙が来たら遠慮はいらないから全力で攻撃しなさい」
たかが散歩で上海達を連れて行く事も無いと思い、留守の間を狙い済ましたかのようにやってくる可能性のある空き巣撃退をとりあえず命令しておく。
私の言葉に蓬莱はこくこくと首を縦に振って頷いたが、上海は困ったように私の周りを飛び回っていた。あら、よっぽど一緒に行きたいのかしら。
「大丈夫よ、すぐ帰ってくるから。じゃあ留守番お願いね」
こうして見ていると、上海はかなり私の思い描く自立人形に近くなっている気がする。尤も、上海人形でさえ私が魔力を送らないで数日したら動けなくなってしまうのだけど。
「さてと……出かけると行っても、あまり出歩く事が無いから大して行く場所も無いわね。適当に飛んで適当に帰るかな」
こうやって考えてみると、確かに篭りっぱなしな感じな気がする。もう少しは外に出てみても良いかもしれない。
紅葉や銀杏の葉が舞う中を通り抜け、赤く染まった山々を遠くに眺めると季節の変わったことが実感できる。
今年の夏はあれほど暑かったというのに、過ぎてしまえば儚いものだ。
感傷的な事を考えつつ余所見をしながら飛んでいたせいだろうか、ふと気がつくと私は見慣れない所に出ていた。
「あら……。ここ花畑かしら、もう大体枯れちゃってるみたいだけど」
枯れてから数ヶ月くらいは経ったのか、元々何が咲いていたのかはちょっと分かりそうに無い。
けれど、それ以上私の興味を惹くものは何も無く、いい加減散策も終えて引き返そうと踵を帰しかけた時だった。
「ここはスーさんが咲いてたのよ。久しぶりに誰か来たわっ」
「スーさん?」
声のした方を振り返ろうとして私の視界がぶれた。
……何、これ……ひょっとして自然毒にでも侵されたかしら。
「スーさんは鈴蘭よ、花言葉は小さな幸せ。生憎と今は幸せの在庫切れかな」
そりゃそうだ、鈴蘭は春の花だもの。
けれど、そんな突込みなどどうでも良かった。目の前で動いて話しかけてくるそれを私はじっと見つめる。
紫色の鮮やかな服装に金髪の幼い少女。けれどそれ以上に重要な外見がある。
―――― この『子』 人形だ ――――
会話も出来るとなると、余程高度な技術を持った人形遣いの作という事になる。けれど周囲に他の気配は無い。
となるとひょっとして。
「初めまして、私はアリス。あなたの名前は?」
「メディスンよ、宜しくー」
警戒心が全く無いのか、無防備な笑顔で微笑みかけてくる。
「あなた、ひょっとしてマスター……主人はいないの?」
「うぇー冗談。そんなの居ないわよ、私は私。生まれてあんまり経ってないけど、今は虐げられてる人形解放の為に活動中なのよ!」
無い胸を張りつつ、そう勢い良く宣言される。
あら……これは参った。折角偶然見つけた完全自立人形なのに、私の事を詳しく話したら敵対されるわね、これは。
妖気を感じる辺りから、最初から完全に自立する人形として作られたのじゃなく、人形が妖怪化したんでしょうけれど、それでもとても興味深い。
「ね。良かったらあなたも手伝ってっ。協力してくれる相手があまり多くないから困ってたんだ」
けれど、そんな私の思いを知らずに、純真な目でこちらを見つめながら、メディスンと名乗った子はポフッと抱きついてくる。
それと同時に、触られた右腕に焼けるような痛みが走った。
「あつ! い、痛た!」
「あれ? ごめん、痛がるとは思わなくって」
慌てて私からメディスンが離れる。
触られた場所は赤く爛れて腫れ上がっていた。抱きつかれてみて嫌でもはっきり分かったが、この子の体そのものが毒の発生源になっている。
「そりゃ痛がるわよ、人間じゃ無いけれど毒に強い訳でも無いもの。……でも、面白い事を考えているのね、良かったら詳しく話を聞かせてくれないかしら? 自分の力だけで動ける子に私も凄く興味があるのよ」
軽く腕を振ると爛れた腕はすぐに治った。
強烈な毒と瘴気で頭はクラクラするけれど、私はその程度でこんなチャンスを逃すつもりは無い。
けれど、メディスンは私の言葉に大きな目を見開いて首を捻った。
しまった、ひょっとして今の言葉だけで私が人形遣いだって感づかれたかしら。そう思ったけれど、帰って来た言葉は全く私の想像の外にあるものだった。
「あれれ? あ、ひょっとして……アリスってもしかして……。うーん、それだとちょっと困ったなぁ。今すぐ急に協力してとは頼み辛いかも」
「? ごめんなさい、話が見えないのだけど」
メディスンが何を話しているのか、私には理解が出来なかった。だが私をそのままにドンドン話が進む。
「ごめん、さっきの話はしばらく置いとくね。もうちょっと時間が経ったらまた、お願いするから」
何を話しているのか、本当に分からない。ただ少なくとも、敵意は全く感じないのだけれど。……何というか、心配されているような感じだ。
「私は大体ここにいるからさ、用があったら呼んで。じゃあまたねー」
「あ。ちょっと待って、私はもうちょっとあなたの事を知りたいんだけれど」
私の言葉にメディスンは振り返り、指を頬に当てて考え込むような動作をする。
「んー……あ、そうだ。鏡をじーっと見ればきっと何か分かるわよ」
回答になってるのかなってないのかさっぱり理解できない言葉と共に、今度こそメディスンは飛び去って行ってしまった。
「……鏡?」
さらなる訳の分からない言葉に、私はただ首を捻るしかなかった。
続き、凄く楽しみに待ってます♪
これは続きが気になって仕方がないです。
期待しています!
これでこれからの楽しみが増えました。続き期待してますが故のフリーレス
と思ったけどやっぱり「待ってました!」で
初心に戻って、レスなのです。
>続きが気になるっ!
それは奇遇ですね、私も気になります!!(ちょw)
とまあ、冗談はさておきー。第2話霜月はあと数日で公開できると思いますので、どうぞお楽しみにっ。
……勘の鋭い人は2話目を全部読んだ時点で、話の展開を予想されそうで怖いんですけどね(汗)
>懐かしい名前と空気~
はぅ、懐かしい名前になってしまってるのに猛省です(汗)
文章の空気は……まあ、私はこういうのしか書けない人間なので(苦笑)一時期は文体変えようと努力してた事もあったんですが、すっかり開き直り、今ではもうこのまんまずっと突っ走る事に決めましたw
ではでは~。