*領主妹が比較的アホな子です。
メイド長の仕事は着替えから始まる。
誇り高きスカーレット家に仕えるメイドが、寝癖一本あるとなれば
それはもうスカーレット家が、いかにもだらしないと思われても仕方がない。
咲夜は全身が映る大きめな鏡の前で、しつこい位に何度も何度も念入りにチェックをする。
「……よし、大丈夫。今日も頑張りましょう」
誰に言うまでもなく、自分自身に言葉を掛ける。
次にするのは朝食の用意。
本来、妖精達の食事は妖精達が作ることになっているのだが、大人数でしかも自分勝手に料理を作ったりする。
正直皿を割ったり料理を失敗する者が多く、備品に使う資金が無駄に多くなり、効率よく作業をする者がほとんどいない。
咲夜の頭痛の原因の一つだった為、妖精のリーダー的存在(以下リーダーと記す)に一緒に作ろうかと提案をしてみた。
しかし、比較的頭が良いリーダー。
紅魔館の住人の朝食は当然だが、紅魔館に仕える妖精メイド達の食事も一緒に作るとなると
メイド長、一人ではとてつもない労働となってしまう。
リーダーなりに考えたのだろう。メイド長大変! ならば私達がしっかり計画をして作ればいいじゃなーい。
ということで、日替わり当番制で妖精達は作ることにしたのだった。
もちろん、食事を作る時間。
妖精メイド達の仕事の時間はメイド長と同時刻となる。
「あら、おはよう」
「おはようございます! メイド長!!」
「元気がいいわね。余所見しないで気をつけなさい」
「はーい!」
厨房に入ると同時に、今朝の当番のメイド妖精達の威勢の良い挨拶が飛んでくる。
彼女達は、私と違い特殊能力を持っていない。
なので当然、それなりの人数が必要になるわけで。
ガッチャガッチャと食器を運ぶ音、グツグツとスープを煮込む音。
ガシャーンやらキャーやら。悲鳴に近い声など毎日と言っていい位に聞くことになる。
今は前よりかなり皿を割る回数が少なくなっている。
朝から騒々しいが、私はこの光景が嫌いじゃない。
この騒々しい厨房の戦いの音というモノを聞かないと朝が始まった気がしない。
当番制にして少しは経費削減できたしね。
「私もやらないとね」
エプロンのポケットから懐中時計を手に取る。
静かに目を閉じて、精神集中。
時間は私の手の中。私は時を操る者。時よ止まれ――。
あれ程騒々しかった厨房が、一瞬にして静寂に包まれる。
妖精達が、マネキンの様にその場に固まっている。
さてと……さっさと終わらせましょう。
======ぷ______
「おっはよう。おっはよう。あっさごっふぁぁぁん♪」
食堂で出来上がった朝食を並べていると、能天気な声が近づいてきた。
「おはようございます。フランドール様」
「おっはよう咲夜! 相変わらず綺麗だね!」
「ありがとうございます。朝食まではもう少し待ってくださいね」
笑顔で椅子に座る紅魔館領主の妹。フランドール。
前までは、地下の牢獄の様な一室に密閉されていたが、紅魔館の住人以外のデタラメな二人の人間と出会うと同時に何かが変わった。
しかも、朝起きて夜に寝るという吸血鬼らしくない生活スタイルになってきている。
比較的、その方が自分も助かるのだが。
「さくや! 今日の朝御飯は何?」
「トースト。サラダ……比較的変わりはございません」
「あ、卵! 卵だ!! ゆでたまご!!」
目を爛々と輝かせて。
「えぇ。卵でございますわフランドール様」
「あははははははははっ卵!」
椅子の上に座ったまま、足をバタバタと振り回し愉快そうに笑うフランドール。
何が面白いのか私にはよくわかりません。
だけど、本人が楽しそうなので特に問題もございませんけど。
「……朝から騒がしいわよ。フラン」
「あ、パチュリー!」
「おはようございます。パチュリー様」
「おはよう。咲夜」
いつの間にか入ってきたのか。
ネグリジュとも何とも言えない服装をした人物。
領主の親友であり、大図書館の管理人。
相変わらず眠たそうな目をしたまま、フランドールの対面席に着くパチュリー。
「おはようございます。咲夜さん。何かお手伝いしましょうか?」
「そうね。お願いしちゃおうかしら」
赤いロングヘア。頭に生えた小さな黒い羽。
パチュリーの使い魔。名前は知らないが子悪魔で通っている娘。
相変わらずの秘書スタイルで、ニコニコと手伝いをしてくれる。
朝食の準備が終わると。
「あれぇ? お姉さまは?」
「レミィならまだ寝てるでしょ……ねむ……」
「私、起こしてこようか?」
まだ確実には目が覚めていないようなパチュリーに
ここぞとばかりに、フランドールが身を乗り出しパチュリーに問い掛ける。
「レミィが大人しく起きる……考えたことがないわ」
「ふーん……じゃあいいかー」
残念そうに、フランドールは唇を尖らしまた席に座る。
「さて、そろそろ食べ始めましょうか」
====ぷσ
住人の朝食が終わり、そこから住人の自由時間の時間となる。
ある者は図書館に引き篭もり、ある者は悪戯心のままに館内をうろつく。
それはさておき、何か忘れてる気がして仕方がない……。
「うーん……何か忘れてる……」
私は、紅魔館の掃除をしつつ、忘れている何かを思い出そうと必死だった。
しかし、それで掃除の効率を落とすわけにもいかず……。
「~~♪」
ふと、遠くで掃除をしている妖精リーダーがいた。
鼻歌を歌いながらご機嫌である。
「ちょっといいかしら?」
「あ、メイド長。どうなさいました?」
「メイドの仕事を言ってみて」
私の突然の問い掛けに、ぽかーんとしているリーダー。
「え…えーっと……掃除炊事御奉仕スカート捲り……」
何か不真面目な答えが混ざっていたが、気のせいだろう。
「そう、ありがとう。掃除頼んだわよ」
「あ、はい!」
ーーーーーーー
館内見回りをしていると。
「へればでへればでへんばんば♪」
変な言葉を歌っているフランドール様を発見。
気は確かなのだろうか?
メイド長として、相手を気遣う言葉も選ばなくては。
「フランドール様。現実と空想の区別は大丈夫ですか?」
「私はいつも大丈夫だよ。咲夜」
どうやら大丈夫のようだ。
「大丈夫といえば、一ついい? 咲夜」
「はい、なんでございましょう」
「美鈴が倒れてたけど、大丈夫なの?」
めいりん?
「めいりん…ですか?」
「そうだよ。メイリン。美鈴。紅美鈴」
めいりん?
「……あぁッ」
「……? さくや?」
「いえいえ。何でもございません。あれは睡眠健康法の一つでございますわ」
「あ、そうなんだ! さすが咲夜だね!!」
「お褒め頂き光栄です。フランドール様、まだ陽の光が出ている時間帯でございますのでお部屋で遊ぶようお願い申し上げます」
「あ、うん。そうする」
フラフラと飛んでいくフランドール。
それを確認すると同時に、私は厨房へダッシュ……するわけにもする気もないので優雅に歩いていく。
「完全に忘れてたわ」
ーーーーーーーーー|| =□○_
「あ…ぅぅ…咲夜さん遅いぃ……」
門の前で倒れている中華娘。紅 美鈴が涙しながら呟く。
「私が何したっていうんですかぁ……そりゃあ何度か門を侵入者に突破されていますけどぉ……」
グギュルルルル~。
美鈴の腹の虫が「何かよこせ」と鳴いている。
「お腹すいたぁ……」
「美鈴、おはよう」
天使の微笑で、私は倒れている美鈴の前に座る。
「あ…遂に悪魔がぁ……」
「誰が悪魔よ」
ぷすっと中国の帽子にナイフを突き立てる。
「うぅ……咲夜さんひどいですよぉ」
「悪かったわよ。だから今日は特別メニューよ」
「本当ですか!?」
がばっと目を輝かせて顔を上げる美鈴。
「コッペパンにバターと苺ジャムをつけてあげたわ」
「あぁぅぁ……ありがとうございますぅ……」
あぅあぅ泣きながら、美鈴はコッペパンをパクパクと頬張る。
とりあえず、ナイフ抜きなさいよ。
「甘いぃしょっぱいぃぃ……愛情こもって美味しいですよぉ」
「そう。それはよかったわね」
甘いのはジャムで、しょっぱいのは多分貴女の鼻水か涙でしょ。
「……て、これいつも以上に酷いじゃないですか!」
「コッペパンに失礼よ。それに全部食べてから文句言うのね」
私の言葉と同時に、キッと美鈴の視線が鋭くなる。
「いや、美味しかったですけど。朝食というのはその日に必要なエネルギーの基本中の基本なんですよ! キホンのキですよ!? わかっているんですか咲夜さん!!」
いつも以上に凄い気迫だ。少したじろいでしまった。
その気迫を、門番の時に使ってくれると嬉しいんだけど……。
だけど、ナイフ刺さったままだから異様な光景だ。
「わかってるわよ。そんな大きな声出さなくてもいいじゃない」
はい。と私は飼い犬に噛み付かれる前に持ってきたサンドイッチを手渡す。
「少し多めに作ってきたから、多分足りるでしょう」
「ありがとうございます。あぅぅ……美味しい……」
本当に泣きながら食べ始める美鈴。
なんだか可哀想になってきた。これからは気をつけようと思う。
「それじゃあ、私は行くから。今日も頼むわよ」
「ふぁい。おまふぁふぇくふぁふぁッ――ごふ!」
ミズ……とやら聞こえたが、きっと気のせいだろう。仕事仕事っと。
ナイフそのままだけど、まぁいいか。
まだまだ仕事が残っている。
今日も頑張らなくては―――。
ーーーーーーー
おまけ 美しき姉妹愛。
「お姉さま♪お姉さま♪カリカリスマスマお姉さま♪」
厨房から取(盗)ってきた卵をポンポンとお手玉の様に遊びながらレミリアの部屋の前に到着するフランドール。
「お姉さま、喜んでくれるかな」
フランドールの思考
朝食ゆで卵→美味しい→お姉さまいない→寝ているお姉さま起こす(咲夜・お姉さまに褒められる)→お姉さまに食べさせる→「ありがとうフラン。大好き」→抱擁。
「ふ…ふふ…あははははははっ!!!」
我ながら完璧といった様に、笑いながらレミリアの部屋に潜入。
昼の太陽の光にも負けない漆黒のカーテン。
光一筋さえ通さない黒の部屋。
大きなベッドに、小さな膨らみが一つ。
スースーと静かな寝息が聞こえる。
「……」
静かに空中浮遊し、レミリアの寝顔を真上から覗き込む。
すやすやと、幸せそうに寝ているレミリア。
「お姉さま起きて。卵」
笑顔で膨らみの上にダイブインするフランドール。
「ウッ……」
「お姉さまおはよう!」
「っ……ぅるさい……スー…」
毎日毎日、睡眠の妨害(主に妹ダイブ)に慣れているおかげか、即に夢の中へ旅立つレミリア。
布団に包まって、騒音を少しでも塞ごうという意思が読み取れる。
「……」
自分の計画通りに進まなかったフランドール。
正直面白くない。
しかし、この卵だけはしっかりと姉の口の中へ入れたい。
強制手段だ。
「お姉さま、もう邪魔しないから――これ食べて」
あえて「邪魔をしないから」を強調する。
卵の殻を向こうにも、丁度良い場所がない。
だが、即ピコーンと豆電球がフランドールの頭の上に浮かび上がった。
「……何よ」
邪魔しないという言葉に反応したのか、寝ぼけ眼でレミリアが布団から顔を出す。
刹那。
目の前の視界に広がるは白い物体。
妹の小さな手。
キラキラと期待した目。
八重歯が可愛く見える妹の笑顔。
ガッ。
グチャア――。
自分の額に衝撃が走る。
同時に、デローンと冷たく正直不快感全開なドロドロした感触が顔全体を被う。
顔から胸へ。お腹へ。
「あれぇ? 生卵かなぁ?」
容赦ない第二幕。
ガッガッガッ。
グチャッ。
「あ、ごめん。お姉さま。二つとも生だったみたい」
あはは。と可愛く笑うフランドール。
「…ふ…ふふ……」
ぺろっと口周りの液体を舐める。
「美味しかった?」
「ぷんっ……えぇ、とっても」
半身を起こし、鼻の中に入った卵エキスを出して、目の前にニコニコ笑顔で座っているフランドールの頭を優しく撫でる。両手で。
「素敵な卵をありがとう。フラン」
「どういたしまして。また持ってくるねお姉さま。そしておやすみ!」
ぱっと両手から逃れ部屋から出て行くフランドール。
「……悪夢だわ。これはきっと悪夢よ」
卵でグシャグシャになったベッド・シーツ・服。
目が覚めれば、きっとベッドもシーツも服も―――。
「……寝よう」
ばたっとそのまま半身を倒す。
グチャやら感触が生々しい。リアリティーのある悪夢だ。
私は吸血鬼……悪夢などには負けるはずがない―――。
だけど、勝手に体が震える。寒さではない。
理不尽な生卵攻撃と、睡眠妨害された怒りに。
妹に怒れない自分自身に。
「―――咲夜!!!!!!!!」
今日も紅魔館は平和です。
領地(領土)といえるほど、紅魔館以外の土地持ってましたっけ?
まあ、館の土地や建物で言えなくも無いですが・・・やはり、この表現は違和感あり
話自体はよかったと思います。
次回も頑張ってください。
また新しい話が思い浮かんだら、少しでも自分の文章の悪い所をなくすよう
作っていきたいと思います。
メイド長の心遣いに噴きました。