Coolier - 新生・東方創想話

七つの魔法は日のもとで

2007/10/29 11:45:47
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(筆者からのお知らせ:
 このSSは、作品集その40に登録された拙作「東の果てより日曜が昇る」の続編に当たるものです。ご観読の際にはご留意ください)

(筆者からのお願い:
 ちょっと長いので、お飲み物にお菓子などをご用意いただいた上でご観賞願います。
 途中、お疲れになられましたら、横になるなどして目を休め、お体に障ることの無いようお気をつけください)












『日が来て月と挨拶し、火を訪ねて水と知り合う。
 木は気だるげに金の旅に出て、土と我が家に日が来る。
 一巡りしたあと、彼らは互いに手を振って散り散りになった。
 けれど、別れの際に日は彼ら皆に呪いをかけたんだ。
 望めば、またいつでも彼らが一つ所に集えるように、七日間のおまじないを。 ―― ギヤマン使い』

『もし、この世の全てが書かれた本があって、それが手に入ったら。
 夢のある者にとってはそれが全てになって、夢の無い者にとってはそれで終わりになるわね。
 ああ、私? 私はいいのよ。
 たらればっていうか、それとはもう、とっくに友達だから。 ―― パチュリー・ノーレッジ(読)』




「いち読者として所見を述べさせてもらうなら。
 君は探偵役に向かないね。
 異変は解決したけれど、誰にもその話をしていないんだもの。
 得意げに語って聞かせるのが恩着せがましく思えるのかな? お節介だと?
 友人がたはそれで隠し通せるほどお安くはないじゃあないか。
 まぁ、本当は、単に面倒くさいのだろうね。
 なら、致し方ない。
 ええと。どのページからだったっけ――」




  ** 某月某日 朝




 夢を夢と自覚した上で続けられるのは、便利なようでいて、至極つまらないものだ。
 いつだか読んだそんな今更の言葉を思い出しながら、そのものずばりの夢を見ていた。
 馴れた座り心地の椅子に腰掛け、山と積まれた本に囲まれ、いつもの通りに本を読んでいる私。
 目は手元の本を一心不乱に追い続けているけれど、何だかその内容が、私には読む前からわかってしまっているのだった。
 夢の中だというのに不確かでないその書物の内容は、しかし言葉にして表そうとすると、心中にある間は明瞭に構成されていたその内実が、ばらばらに解体され有耶無耶になってしまって、これこれこうと説明する事が出来ないのだ。
 よくわからない。
 一体何をしている?
 その意味が判らないばかりに、幾度も幾度も同じ本を読んでいる。
 ――昨日までの私は、言ってみればそういう存在だった。

 覚醒。ぼやけ曇った世界が徐々に形を成す。
 周囲。住み慣れた我が日陰の図書館の風景。
 手元。ここまでの騒ぎが全て収められた本。
 自覚。新しい七がはじまろうという期待感。
 安堵。友の運命を全うすることに成功した。

 そして、溜息。
 異変は全て、解決した。

 既に背凭れはその役割を最大限に発揮していたが、私はそこに更なる圧力をかける。
 私の中の徒労感が背から椅子を通して床下に放散され、重力にプラスアルファを加えた為だな、と無意味な思考をした。
 思いがけず強く響いた椅子の足が軋むぎしりという音の後に横たわった静けさに、何とはなしに少しばかりの風情を感じ、私は小さい声で自分に向けて言う。

「あけまして、おめでとう」

 年賀の挨拶である。
 特に深い意味があったわけではない。
 ただお疲れ様と労うよりも、今はこれが相応しいように感じられたのだ。小躍りでもしたいくらいである。しないが。

「はい、あけました」

 不意に、短い返答があった。
 私の口から出たものでは無論ない。
 声のした向きへ視線をやっても、何の影も無かった。

「あけましたので、おめでとうございます」

 その一言は、物事を一つ最後までやり遂げた達成感に満ち満ちていた。
 晴れやか極まる表情とも相俟って輝かしい言葉のように聞こえる。
 只管に明るく、嫌味の全く無い爽やかな声だった。

 私に疑われる条件としては十分すぎるほどに。
 私に殴られる理由としては有り余るくらいに。
 ややこしい話だが、何であれ共犯者なのなら、犯人であると名指しても違いが生じるわけでもない。
 紅くて小さな二次元。
 事件の犯人。
 ひょっとするならば、ではあるが、本当の本当の真犯人がこいつだったかもしれない可能性はまだある。
 だとすれば、ここから先も余談などではない。
 もう少しだけ、この話を続ける必要がある。
 なんとも、面倒なことだ。
 後始末まで付き合わされるとは。
 
 こんな面倒、一人で負ってなんてやるものか。



 ***



「君が長く話すのは珍しいことなんだろうと思う。
 喉だけと言わず体全体が弱いのならそうかもなぁと思っただけだが。
 こう見えて、私は記憶力には長けているが、それでも完璧というわけではないからね。
 こうして彼を引いているわけだよ。
 その通り。ちょっと音読させてもらおうかなと。
 嫌かね。まぁ少しばかり我慢してくれないか。どうせ、聴いているのは君だけなのだから」



 ***



「兎も角、めでたいわね。珈琲が欲しいわ」

 少し歪んだ気のする小悪魔の顔に目を向け、平板な口調で使いを言いつける。
 朝も早くから私の顔面が絶好調なのか、単純に本の角の威力効果かは判然としないが、小悪魔は大きく頬を引き攣らせた不自然な笑みでもって、「あのぉ」と力なく声を出した。
 それには取り合わず、私は先と同じ平たい語調で、今度は脅しつけるように言う。
「聴こえなかった? もっと音が良く通る耳にしてあげてもいいけど」
 私の言に一切の容赦や冗談が無いことには気付けたらしく、小悪魔は笑顔を慌てて引っ込め、私が更に何か言うのを恐れるように素早く翼を広げて、一言も発さずにその場から飛び去った。
 逃げ足が速い。
 私は寝起きの喉を潤そうと思って飲み物を催促しただけなのだが、小悪魔には、私の顔に張り付いた不機嫌が全て自分へ向けられたものであると感じたのだろう。
 特段弁解の必要も感じなかった。
 事実、怒りの三分の一は彼女に対するものだし、他の三分の二にしたって遠因は彼女にあるのに違いないのだから。

 小悪魔の背を見送りながら、不機嫌の理由について思い返し、軽めのため息をつく。
「空気乾いてるのに、あんまり喋らせないで欲しいわ、ほんと」
 昨日、自分が口にした言葉の数を数えただけで胸が一杯になりそうだった。膜が薄いのだ、私は。
 魔法使いたい放題の魔女だって疲れることはある。魔を捲し立て、法を歌い続けた末、夜明けと共に寝入ってしまったわけで、どうしたところで喉くらい渇くし、水の一杯ぐらい飲ませてもらいたい。

 あれだけの長広舌は久しぶりだった。
 手元の本に目を落とし、今度は昨日の出来事と、今週・・・先週全ての出来事について思い返す。
 感じるところは様々だが、この本があったばかりにとか、こいつのせいでとか、そういう感覚とは違った、精々似せたところでこいつのお陰で久々に、というところだろう。
 誰が悪いという話をするなら、少なくとも私にとってはただ一人となる。大馬鹿者の小悪魔。

 厚めの表紙を開き、改めてページを捲ると、驚くほど綺麗な字で“それ”は綴られていた。
 判っていたことではあったが、驚きを禁じ得るものではない。内容のチェックも仕事のうちかもしれないと思って珈琲を頼んだが、どうやら私が直々に校正作業をしてやる必要は無さそうだ。
 年始早々やれやれだと思っていた大仕事を回避できた喜びから、私は大きく安心する。
 と同時に、ふと思い直して薄く笑った。
 年始早々だって?
 やれやれとはこのことか、何とも後を引く異変である。
 写実的に過ぎたというか。現実に即し過ぎていたのか。
 昨日も、今日も、明日も。
 今はただ、ただただの冬である。

 晦日でもなければ、祝月でもない。
 日曜でこそあれど、元日ではない。

 誰もがあの週を年の最終週だと思い込むこと。
 私に異変の解決をやらせる為設定された嘘の一つ、異変の一つ。
 まぁ、先週のうちであれば嘘でもなかったのだが。
 《一時的に幻想郷全体の暦が外来の暦で統一されてしまう》異変が起こっていたことは確かである。
 認識の差異を包括する幻想郷を、一枠大きい認識によって覆い囲んでしまうという大事はしかし、先週巻き起こった一連の異変群の中で見れば、規模が大きい方に属してはいても、あくまで別の異変により連鎖的に起こった現象でしかない。
 本当の年末の異変とは何だったのか。
 私が探るべきはそれで、解決するべきはそれだけだった。

「ああ」

 そしてそれはもう終わったのだ。
 どれにしたところで、実態を見れば大事でもなんでもない。
 概ねが自業自得だ。
 私の浅慮でありあの妖怪の短慮であると言って言えない事は無い。
 そうなのだ。
 妖怪。
 とある神。
 異変の真犯人。
 私がそいつと、あんな日に、不用意に出会ってしまったこと。
 あれこそがまず、違いなく年末の異変だったのだろう。

 異変が終わった今、既に私は探偵役からは降ろされたことになる。
 日常を取り戻し、平凡に本を読み続けてもよい筈だ。
 が、やらなければならないというより、やって置かないと気が済まないことはある。
 この魔法図書館の仮の主としてでも、知識の魔女パチュリー・ノーレッジとしてでもなく、一人の本好きとして。

 先週の日曜日にそいつから借りたものを、面と向かって返却しよう。



 ***



「ええと・・・これか。

『聴いてるのなら、話すわよ。小悪魔。
 今週の異変。
 そのものではなくそのうちの、私の身の回りに起こったこと。
 結論から言うと、大体のところは貴女が仕組んだものね。例外こそあれ。
 殆ど全ての意味において貴女は実行犯だった。
 貴女を疑う理由なんて大したことじゃないわ。
 簡単で単純で純粋な話。
 どちらかといえば本を読むより本で遊ぶことの方が趣味の司書くずれが。
 日常的に慢性病的に私の読書を悉く事ある毎に邪魔する小さな悪魔が。
 只管に無欲に徒に無心に悪戯を無謀する図書館きっての嫌われ者が。
 今週に限って、一つの悪戯も仕掛けていないのは、何故か、って話。
 何故か。
 シンプルに、しないのではなく、できないのだと考えてみたわ。
 悪戯なんてしてる余裕は無く、しなきゃならない事があるから。
 既に何かやっているから、常に何かをしているからに違いない。
 割合悪くない感じと思ったのよ。
 では、何かとは何か。
 今日の午前中まで、私は、何かがあるとすれば何もしていないことだとしか思っていなかった。
 貴女は概ね実行犯だった。いつもの愉快犯じゃない知能犯、思想犯、確信犯・・・そして模倣犯。
 座る直前の椅子をそっと動かす程度で満足しちゃう貴女が、まるきりテロリストだったわね。
 広義の変身。字を操る程度の能力なんて。変質の同義。而を操る程度の能力なんて。
 狭義の変形。次を操る程度の能力なんて。変容の異義。自を操る程度の能力なんて。
 例えば“居る事が自然な誰かに成り代わる”こと。例えば“そのものに成ることで全てを知る”こと。
 例えば“知るべき全ての所在を教え伝える”こと。例えば“伝えるべきでない言葉を忘れ去る”こと。
 そんなものまで使うとは、考えてもみなかったというか、むしろ忘れてたわ。
 そうすると、けれどしかしでもいやいやという感じで、また疑問が浮かんでくるわけね。
 どうして貴女は、今までだって使えたのに、ろくに使ってこなかった能力なんてものを。
 何故、今年に限って使いまくったのか。これが、私の聞きたいこと。
 動機無しの無邪気な悪戯にしては、手が込みすぎている。
 何故か。
 妥当な感じね。進めてくよ、ついてきてる?
 私もまぁ、本読むついでの合間にだけど、考えた。
 普段考えるより先に本を読む私が、本を読みながら考える私が、
 思い考えることを読むことの一部分と捉え、自分の記憶を読み返して考えた。
 待つまでも無く答えを知る必要があるかもしれなかったからね。
 するとまぁ、面白くも無いことに、いくつか気付くところがあった。
 推し敲いたら、出てくるものがあった。
 齟齬ともいえないもの。言いがかりみたいなもの。取っ掛かりにもならないもの。
 一つ一つは、問題視すべきとも思えないことだけど、それが重なっていると疑いたくもなる。
 変な気がする。別に変でもない気がする、の積み重ね。
 そういう折り重なった変異を読んだら、うっすらと答えが見えてきた。
 全てが貴女の仕業と思え、全てが貴女の意思に反すような偶然、つまり必然の重複。
 だぶだぶとね。
 貴女がどうして、本気になってまで、何かの命令に従って動いていたのか、よ』



  ** 某月某日 正午過ぎ **



 昼前から妙な胸騒ぎがしていたのだが、思わぬ形でそれは的中する。
「ここが図書館かー。はじめて来たけど、本だらけね」
 どういう風向きでか、紅魔館付近の湖を年中寒くしている氷精が、私の頼んだ通り珈琲を持ってきた小悪魔に片手間で案内されて現れた。
 そいつがいるだけで周辺の室温はぐんぐんと下がっていくと判っていたので適度に飴と鞭を使い退散させたが、その登場と退場を皮切りに、幻想郷中の妖怪、妖精、その他何かもう色々な奴らが、次々に図書館を訪問しだしたのだ。
 最初のうちに現れた輩はどちらかといえば紅魔館の見学や館主に目通しするついでに立ち寄ったという感じが強く、入ってきても書棚を眺めるだけで満足して出て行くような者ばかりだった。
 格としても木っ端のように存在感の薄い、つまりは軽薄な、いても気付かない、気付いても気にならないような奴ら。
「暗い」「思ったより明るい」
「紙くさい」「紙くさくていいわ」
「狭い」「広いね」
「あれ? ここどこかしら」
 適当、かつ身勝手だ。
 まあ、勝手に来て文句を言う手合いには慣れているし、それ以前に己の予感を確信していた私は、そういった小面倒なお客様が来るたびに応対していては手間だと思い、誰が来ていつ帰ったのかをいちいち考えないようにし、自分も彼女らに合わせて勝手に読書すると決めていた。
 一仕事終えた後なのだから少しぐらいはいいだろうと思ってのことだったが、その投げっぱなし具合が悪く働いたのか。
「お、もうやってるねぇ」
「あんたも来たのか」
「来たわよー」
「いーからこっち来て飲みなさいって」
「何か、どんどん増えてるけど・・・」
「全然大丈夫そうね、いい所」
「全然大丈夫じゃないわよ、その言葉遣い」
「わーきゃーがやがやざわざわやんや」
「わぁ妖怪だらけ!」
 斯様なまでに。
 ふと気付くと、図書館は妖怪だらけの宴会場になっていたのだ。

 見れば、知り合い、というか知識として知り得ている輩もいるにはいるが、概ね私の知らない者が多いようだ。
 中には人間、それも妖怪退治を生業とする者も混ざっていて、いよいよどういう集まりだか判らない。
 まぁ、彼ら幻想郷の化け物・・・どうも女怪が多いので基本的には彼女らということになるが、こいつらは誰も彼も概ね酒好きの酒飲みなので、一度酒席となってしまえば普段の確執も何もあったものではないのだった。
 何だかなぁと思うふしが無いでもないが、幻想郷の妖怪のイメージ変遷について私が語るべきところも無い。

 数十人から数十匹(どっちでも変わらないな)が犇いて実に騒々しいが、皆、床に腰を下ろしたり、要領のいいのが茣蓙を持参して布いていたり、自分の得物に腰掛けたりと適当である。
 少し近くを探せば椅子と座卓も見つかる筈だが、如何せん図書館は暗く入り組んでいる。この書庫の迷宮で勝手知ったる他人の家を演じられるのは金髪のモノクロ魔法使いぐらいのものだ。
「まぁ、単なる横着かもしれないけど」
 そんな風に呟いていたところに、咲夜が颯爽というわけでもなくつかつかと徒歩で現れた。
「大盛況ですね」
 しかも、澄ました顔で惚けたことを言った。
 咲夜らしからぬ仕草のように思えたが、これも先週の異変の後引きのせいかもしれないと思い直し、私は答えを返す。
「ああ、咲夜。これ、どうにかならない? 気が散って読書どころじゃない」
「はぁ。私も最初は追い返してましたけれど」
 気もそぞろ、という感じの返事である。
 勘繰るようなことでもない。
 目の前の大騒ぎの端から端までを注視しながら私と会話すると言う時点で、その完全性は実証される。
「けれど?」
「お嬢様がほっとけと」
「お見通しね」
「どうせ皆図書館に行くから関係なしと」
「見捨てられたのか」
「見なかったことにするそうです」
「むしろ見透かされてる?」
「見逃されたのですよ」
「見上げた心配りね・・・そのグラスとボトルは?」
 咲夜の姿勢良い立ち姿にはいつの間にか、どこからか取り出したのだろう酒盛りセットの乗る盆が加わっていた。
 いつもながらのタネ無し手品である。
 この形良い姿を全く崩さずにするのだから見抜くとか見抜かないとかいうレベルの話ではない。
「まぁ、ほっとくわけにもいきませんので、私も参加しようかと」
「いいの?」
「きっとお嬢様方も来られますから、それまではお暇を出されたと思って」
「いい加減ねぇ」
「良い加減ですわ」

 咲夜が幼い少女のような気軽さで人ごみの中に紛れていったかと思うと、各自別々で適当だった宴席は、見る間に座卓と椅子が整然と並ぶ洋式のパーティ会場へと様変わりした。
 確かに、魔法図書館は、宴会に向くかどうかはさて置き、集まりにはもってこいなのだろう。
 暗いし所々本の山が積みあがったりしてはいるが、私の居心地の良い場所周辺だけに限っても、ちょっと片付ければああして大振りな食事用円卓をごろごろ並べられる程度の空間的余裕がある。
 その広がりを見ているとこちらこそが本館なのではないかと思うほどである。実際には、時空の漂流物である魔法図書館を紅魔館が館主の力で引き寄せている形であるから、そう感じるのは錯覚以外の何物でもないのだが。

「やー。何か綺麗に並んだね」
「芋洗いみたいで良かったのに」
「文句言わない」
「そういえば、なんでこんなに人が集まってるの?」
「そういうあんたはどうして来たのよ」
「いや、何となく、皆来てるから」
「主体性ないなー」
「うるさい」
「わー、図書館って広ーい」
「何だこりゃ。狭くしたろか」
「やめなさい」
「どんどん増えるなぁ」
「いいじゃん、いくらでもやっちゃってー!」
「わーきゃーがやがやざわざわやんや」

 この宴会現象は、いつぞやの鬼の所業を思い起こさせる。
 その当人が、目立つ二本角から列席を確認できていることもあり、また奴の仕業か、と思えなくも無い。
 私は煎り豆の貯蔵があった筈だなと一瞬思惑を巡らせる。がしかし、今日こんな集まりができてしまったことの原因を鬼に求めるのは些か短絡過ぎるようにも思えた。
 ああ見えて考えなしの戯け者ではない長らくの鬼神が、辛気臭いことでは右に出る場所は無いと思われる図書館を遊び場に選ぶというのは考えづらい。
 などと少々考え込む振りをしてみはしたが、実態、犯人が伊吹萃香であっても、はたまた霧雨魔理沙や八雲紫であっても、いずれ私にとってはろくでもないことには違いない。
 いずれ迷惑千万であるのだから、いちいち相手にしていたらきりが無いという意味において、雑多な一般妖怪の群れと何ら変わるところは無いのだ。

「隣失礼しますわ」
 私の席、書斎前の文机は、明らかに宴の席からぽつんとはぐれた形になっている。
 そこに堂々と現れて椅子もないのに隣などとのたまったのは、噂をした影のひとつ、室内でも傘を差す隙間妖怪だった。
「邪魔。帰って」
「どうやら無駄に解決したみたいね」
 妖怪の多分に漏れず、こいつも人の言うことを素直に聞くような奴ではない。
 妖怪の中の妖怪と言っても過言ではないこの妖怪は、そもそも人の話を聴いていなかった。
 ぞんざいに応対して退散してもらうのがいい、と先週と同じ心持で私は答える。
「ったく。はいはい、したわよ」
「無愛想ねぇ、無駄にじゃなくて無事にでしょってツッコむところでしょう」
「無理に解決させたみたいじゃない、って?」
「そうそう。その調子よ」
「どの?」
 こいつはいつ見ても楽しそうである。
 強者は優雅であり、紳士淑女である。我が友人がそうである様を常日頃から見ている私には重々判っていることだ。
「ほら、こんな調子よ。変な人でしょう」
「・・・」
「まかり間違ってもあんたには言われたくないわ。って、誰よそっちは」
 怪しすぎる妖怪の後ろに隠れて立っている人物に気付いていないわけではなかったが、てっきりこの妖怪の式だと思っていた。
 ちゃんと見てみれば背丈からして違うので、普通なら自分の調子が狂ったかと思うところである。
 八雲紫は会う度に人間に比定した場合の外見年齢の違う妖怪であるので、こういうこともままあるのだ。
 今日のこいつは私とほぼ目線が合うものの、やや私が見下ろす形になる程度の背丈で、その後ろに隠れた人物は更に頭一つ小さく、レミィよりはやや高い程度のように感じる。
 少し濃い目の焦げ茶がかった顔色と鮮やかな緑の長髪が目立つそいつは、八雲紫の道服ドレスの袖を掴み、身に纏うモスグリーンのワンピースをひらひらとさせながら、ちらちらと私の方に眼を向けている。
 その目線が少々気になったので目を合わせてやると、何も言わず緑眼を円らに広げて見つめ返してきた。
 私の両目を恐れる様子はない、がしかし、全く見覚えのない奴である。
「この子ね。まだ喋れないのよ、日本語」
 そう言いながら、八雲紫は人差し指をすいと伸ばし、随伴者のこめかみあたりを、とん、と一度突っつく。
 背の低い緑色の子は反動を受け、かくん、と小首を傾げた。
「あー、そう」
 緑の髪をそよと揺らした仕草で気付く。こいつは木曜の神木だ。
 早くも幻想郷の風潮に染められ、少女の姿をとってしまったということだろう。
 明らかに八雲紫のせいだった。これだから、賢者を自称する輩にろくな奴はいないというのだ。
「そういうこと。神語って、別に日本語のスーパーセットってわけでもないからねぇ。
 まぁ、世話に飽きたら、例のワーハクタクの家の前にでも捨て子しようかと思っているのだけど」
「・・・?」
「無責任ね」
「あら、貴女預かってくれる?」
「御免だわ。歴史家は適任だと思うよ」
 神木の怪が少し不安げに八雲を見上げたので声をかけてしまったが、実情私にこれ以上ペットを飼う余裕は無い。
 上白沢慧音は人里で寺子屋を開くほど人に近しい人妖と聞く。
 人でないものの子の面倒を短期間見てやる人物としては正に適任であるように思えた。
 獣人の性から月が満ちれば少々荒っぽくはなるだろうが、そもそも妖怪くさい怪しさだらけのこいつは論外なのだ。
「そうそう、一人や二人増えたって子守の大変さは変わらないわよね。その線でいきましょう」
「また混ぜっ返すようなこと言うね。説明する気も無いくせに」
「するわよ、それは。お散歩してたら、色々見ちゃったもの」
「・・・」
「待って。それ以上は、混乱するからいいわ」
 今、図書館では、この近くにいてもしっかりと聞き耳を立てる必要があるほど喧しい宴が盛り上がっている。この上いらぬ情報を提供されても私の読書には毒にしかならない。
 それでなくともこの妖怪との会話は神経を使う。
 あまり長々と話していたい相手ではないのだ。
 私はもうこいつとの問答を断ち切りたくなって、意識して素っ気無く言った。
「そう? どうせ魔理沙が話すと思うけど。じゃあ私は霊夢にでも話そうかな。そういえば葡萄食べた?」
「時節を知って持ってくるから性質が悪い。酸味がきつすぎよ」
「私は食べましたわ。まぁ葡萄じゃないけど」
「ずるいわね」
「ええ。狡賢いのよ、妖怪って」

 八ツ雲の紫はそう言って笑みを強めると、くるりと振り向いて騒ぎへと歩き始めた。
 木曜の神はといえば、最後にもう一度私と目を合わせてぺこりと傾斜の緩いお辞儀をしてから、さっさか行ってしまった紫の後を、とことこ短い歩幅で追いかけていった。

 意外なほどすんなりと立ち去ってくれたものだ。
 こっちの都合を推し量ってくれたとは思えない。
 単に、あいつの話したいことがあれで全部だったのだろう。
 訳のわからない繋がり方をする話し方だが、あれはどちらかといえば言いたいことしか言わない類の妖怪だ。
 話好きが高じていらないことまでべらべらと喋る無作法な輩と比べれば、その点においてのみはマシである。
 他の全てにおいて困った存在なので、あらゆる意味でその評価が打ち消されるというだけの話。

 それでも、だ。
 まぁ、今日ぐらいはあの紫色の蜘蛛に感謝してやっても良かったのかもしれない。
 あいつの介入あってこそとまでは言わないが、異変の解決が早まったのは確かだ。

 結局最後まで、それをそれと意識して割り込んできたのは、八雲紫ただ一人だったのだから。



 ***



「ええと。
『月曜日、週の序の口。
 変なレストランに迷い込んだ所為で、早起きによる三文の徳を得ることができなかった、月曜の異変。
 あの料理を味わえたこと自体は得なんだろうけど、結果的に私は日に四度も食事の席に着く羽目になった。
 食事の時間なんて短ければ短い方がいいのに、よ。変な習慣をつけると後が怖いものね。
 この日貴女は何をしたか? ま、大胆よねぇ。
 今日まで欺き続けられたのは、私がこの大胆さに思い当たらなかったからだと言っても過言じゃない。
 気付いた時には――思い出したときには、まぁ驚いたこと。
 《朝の咲夜が貴女だったなんて》。
 この時点で見破るのはちょっと無理ね。
 貴女の能力は化けるのではなく本物になるのだから。
 それを十六夜咲夜と読むことが判っていても、それがどんなものを意味するのかが判っていても。
 誰に記述された字句なのかは、物語の内側から読み取ることはできないのだし。
 その上字を操る貴女なら、筆跡を弄ることさえできる。著者を欺くことだって容易ね。
 そんなこと、普段なら何の意味も無いけど・・・。
 火曜日。
 図書館と私が溶岩で焼け爛れ、ろくに本を読む時間もとれなかった、火曜の異変。
 文字通り、貴女が火の車になって動いた日でもあるわね。
 端的に言えば、そうねぇ。
 魔理沙は火の本を借りてないし、気のことを聞いたりもしてなかった。さっき本人を呼んで確かめたわ。
 それに、火曜、美鈴は紅魔館にいなかった。これもさっき、咲夜に確認をとった。
 だから全部貴女の仕業だった、の一言で納得してくれるかしら。
 不満そうね。まず、本の話から片付けようか。
 適度に魔力を持った本は、読むだけ読んだら私が適当に封印することにしてる。
 開けてはいけない扉があればそれ自体を無くすことが危機管理、防火防水防腐は完璧なの。
 だからあの火の本は、私が読んだことの無い本だったということになる。
 読んだことの無い本が借りられる、というのはそれほど珍しいことじゃないわ。
 こっそり忍び込んだ賊に盗まれるのなんて茶飯事。
 けど、これはマグマ吹き零すような危なっかしい本の話。
 立ち読みしてから盗むものを決めるんだから、危ないだけで読む価値の無い本なんて借りる訳がない。
 じゃあどうして、貸借リストに貸し出し記録が残っていて、気の穴の中から発見されたのか。
 色々と変に思えてくるわよね。
 溶岩も気も、幻想の書籍から生まれた幻想だったわね。
 それは貴女と同じだということ。
 なら、《火の本も気の本も、貴女が書いたもの》でしょう。
 ところがこの考えを否定する証拠があったもんで、私もしっかり騙されてた。
 火の本については貸借リスト、気の本は美鈴が借りていった旨の発言。
 でもまあ、読み返すとこれが全くの眉唾だって気付いたの。
 貸借リストに霧雨魔理沙様なんて書いてあるから早とちりしたけど、
 あいつが何時何をパクったかいちいち記録してるの、貴女なのよね。
 司書でもあるまいに、暇だから、って。
 それなら、《貸し出し記録の表題》なんて工作し放題じゃない。
 《記録の本と気の穴の中にあった本は別物だった》。
 それが、いくら魔理沙が馬鹿だからって、ってことよ。
 では、気の本はどうか。
 美鈴の発言は以前から気の本が図書館にあったことを証明するものだった。
 こうなれば美鈴自身が怪しくなってくるでしょう?
 偶々本を返しに来た美鈴が、図書館に住んでいる貴女より先に私を見つけられたのは何故か。
 口より手が先に出る門番が、侵入者に書物で語って聞かせる真意は何か、っていう話。
 しかも、こっちから呼びつけても貴女はさっぱり姿を現さず、結局美鈴が去るまで登場しない。
 もう、《美鈴が貴女だった》に決まってる。
 となれば、穴が私を襲ったタイミングが絶妙なのも説明できる。
 本を読んで集中している時じゃなく、わざわざそこから目を離して窓を見た僅かな瞬間を不意撃つ。
 付き合い長い貴女か、レミィぐらいにしか出来ない芸当よ。彼女なら直接殴りかかるか。
 別に怒っちゃいないってば。今はね。
 足を引っ掛けられたり蹴り飛ばされたりしたって同情しないし。
 火曜と同様に深く深く反省すること。
 次、水曜日。
 ある意味、一番平和な日ね。風邪引きが一人、一蹴されたくらいで。
 《フランドール》、いえ、貴女に。
 多芸というか無芸というか無謀というか、火曜日と比べて殆ど何もしてないわね。
 妙な偏差だと思うけど、まぁいいわ。不気味なことに、怒る気にもなれない。
 貴女がいなくてフランドールがいて。私と遊ぶどころか、出鼻を挫いて終わらせて。
 『勝てるとは思わなかった』ってのもギリギリの発言ね。
 “不可視欺(ニュートリノマッシャー)”が、あの程度の破壊で勝負を断じる。
 おふざけの水遊びを、闘いだなんて思うはずも無いのに。
 大仕事の後にしたって失策失言極まるってもんだけど、
 彼女は悪戯より甘いお菓子が好きだから、そういうこともあるかもしれないと思っちゃったわ。
 虫歯(バグ)なんて一つも無い普通の女の子だから。
 貴女の歯のことは知らないけどさ。
 まぁ、この日のうちに私を寝かしつけたのは上手かった、ってことになるのか。
 それまでじゃ早すぎて、それより後じゃ遅すぎる。
 水曜なら丁度週の中だし、雨と絡めて私を抑えるのに相応しい、か。
 そのまま寝かしつけられて、
 木曜日と。




  ** 某月某日 午後 **



「暗がりが多いと落ち着く」
「何この熱気! 人多いよ!」
「空気が篭るようなつくりなのかしら。ヤワね」
「雪山から呼んできたよ」「どーも」
「風起こすよー」
「風邪引きそうねぇ」
「どっからでもかかってこいやぁ!」
「おぉ、高級茶器が木屑に!」
「言っておくけど、私は責任とらないわよ」
「もう誰が何やって壊れたのかも判らないしね」
「これが完全犯罪かぁ」
「皆さん、ここには天狗もいることをお忘れですか?」
「あ、あわわ」「ううっ」「こ、これは」
「いいえ、怖気づく必要はないわ」
「そうね。ここは共同戦線といきましょう。あの写真機を取り上げるの。それ!」
「わぁ! 引っ張らないで下さい!」
「あっはっは!」
「わーきゃーがやがやざわざわやんや」

 宴会は、比喩ではなく本当に、書の字を追っている場合ではない五月蝿さになってきていた。
 気が散る以前に本に向かない、迷惑甚だしい状態である。
 午前中から上昇の一途を辿っていた人手の増加率には一定の落ち着きが見られるが、既にざっと見ても百匹以上の人妖が跳梁跋扈している状態では最早そんな割合はどうでもよかった。
 冗談ではないな、と考えている間にもがちゃがちゃと喧しい。
 もう一度言いたいので、今度は口に出して言う。
「冗談ではないわ」
 そうして声にしてみても、目の前の幻想どもが吹き荒ぶ風と共に消えていってくれるわけではない。
 柄にも無く思ってしまう。私が何か悪いことでもしたのかと。

「どーも、ご機嫌斜めね。パチュリー・ノーレッジ」
 目の月を潜ませて群衆を眺めていた私に、聞き覚えの薄い声がかかった。こういう席でも、自分の名前を呼ばれるときちんと聴こえる、という奴だ。幻想郷でもよく見られる現象である。冥界の庭師、例の半人半霊などはこの現象を意図的に引き起こすことができるのだというが、それは些か剣の道から外れた場所にある技術なのではないかと素人である私には思える。
 さておき、声の方に振り返ってみると、これまた見覚えの薄い、いや、全く無い姿がそこにあった。
 背は私と同程度、上下が黒の燕尾服姿でこれといって特徴は無いが、傍らに立ってふらふら揺れる銀一色のステッキと、丈の長い黒のシルクハットに巻かれた七色七本の帯、頂点に飾り付けられた暗色の星型などを見ると、個性的な風貌を持つ幻想郷の妖怪たちと比べれば落ち着いて見えはしても、決して自己主張が弱いわけではないということがありありと判じられる。
 そして、そうした主張があるが故に、見覚えが無いことも間違いなかった。
「そうねぇ、二百七十度くらいかしら。ところで、誰?」
 考えても無駄だろうと思い、真っ直ぐに問いかけてみる。
「ああ。昨日一昨日とお世話様だったなぁ、と。覚えてない?」
 逆に問い返された。
 思いを巡らせて見ると、確かに、見覚えは無いが聞き覚えはあったのだ。
 私は底から記憶を引きずり出し、なるほど昨日の異変か、と納得するだけの証拠を揃えた。
 私との共通項。星を操る者。
「ああ、去年のことかと思ってたわ」
「そうそう。去年のことで、昨日のことで、一昨日のことよ」
「ふうん」
 私は答えを受け流した。
 まさかこいつがこの場に姿を現すとは思ってもみなかったことへの些少ならぬ驚きと、一昨日と言ったことについて思い当たる節が無かった不安定な部分を隠すためである。
「まだ不満げね。一昨日は、私自身が世話になったわけではないの。もう判るでしょう?」
 あっさりと見透かされているようだった。こういう話し方をする妖怪の多分に漏れず、やはりこいつも胡散臭い。
 百年そこらの魔女を手玉にとって楽しいのだろうか。
 恐らく、物凄く楽しいのだろう。少なくともレミィは、常に全力で楽しんでいる。
 それは兎も角として、私はそこで、一昨日が指しているものについてようやく思い当たった。
 世話になった、というのは、目下の誰かを指しても使うものだな、と。
「そういえば、あの小人もあんたのとこのか」
「小人じゃないけどね。小さくなってただけ。一足速い私の道化。あわてんぼうの、何とやらよ」
「金星か・・・正に差し金ってわけ。で、その言い草は貴女も、先週の事の次第を知ってるのね」
 燕尾服の妖怪が言いさしたのは私も知る外来の歌の一節だった。この場でそれを持ち出してくるのには、必然以上の知識と意図があって然るべきであるように感じた。
「さてねー。ま、終わった祭りは置いといてさぁ、ちょっと頼みがあるの」
「何」
 人の受け流しは無視する割に自分の言ったことははぐらかす、というのも長じた怪異に付き物のようである。
 こんなことを学習しても私には一片の得も無いが、幻想郷で学べるのは徳にもならないことばかりだった。これもいちいち嘆かわしく思う事柄ではない。学んで得られる徳は百年前に回収済みなのだ。
「私こと天動ノア・ネビュラスペースは、ちょっと楽しいサーカスのしみったれた団長さんとかやってたりするんだけど」
「知ってるわ。貴女が入ってた本、そのまんまパンフレットじゃない」
「読んでくれた? 嬉しいねぇ」
「どういたしまして」
 本当は読んではいない。というより、読むところの殆ど無い、見る為の本だった。何の変哲もない紙の上をスタッフロールが流れるのは少々驚かされたので、謝辞はそれに対してである。
 そもそも、歌劇にせよ曲芸にせよ、見世物というのが私はどうも肌に合わないのだ。咲夜のするような、大掛かりでない手品ならばそこほどに興味も持てるのだが。
「そこで物は相談なんだけど、入団しない?」
「嫌」
 見るのも然ることながら、やる方はもっとであるので、にべも無く断る。
「そう言わずに。貴女の魔法ってば万華鏡の中に入ったみたいでかっこぶーよ!」
 かっこぶー。あまり耳にしない言い回しをする奴である。誉めているのかどうかすら判らない。
 が、どのみちこんな妖怪が使っているということは外で死語となった証拠だ。
 この地で再び流行の波に乗るようなことも無いだろう。
 勿論私の意見が変わる筈も無かった。
「嫌よ」
「むぅ。とびっきりの誉め言葉もダメか・・・」
 燕尾服の妖怪は渋い顔をして何か唸っている。誉め言葉ではあったようだ。
 さして親交が深いわけでもない相手に対し意味が伝わるかどうか怪しいような言葉を使っている時点で、この妖怪の交渉術の程度は知れた。

 ネタ切れなのか、そこで燕尾服の妖怪は顎に手を当てたままの姿勢で黙りこくってしまった。
 辺りが喧しいので目の前に誰か一人立ち尽くしているくらいでは邪魔とも思わないが、そいつが渋面を晒したままとなると少々目障りではある。
 といって、こっちから立ち去るよう話しかけるのも誘いに乗るようで癪だ。
 大いに面倒な気分になってきた私は、手元の本に目を落とす。集中力を欠いたままで、内容はあまり頭に入ってこない。否、この本の内容は新しすぎて読むまでもない、と言うべきなのだが。

「うーん・・・一昨日のあの子。彼女も是非にってお誘いしてるんだけど・・・」
 来訪者はなおも言い募る。
 手口として見るなら、別の知り合いの名を推薦者として挙げるのは悪くない。
 燕尾服の妖怪も、何も考えていないわけではないということだ。
 この場合残念なのは、その言葉が明白に偽りであると私に知れているという点である。
「それは出任せね」
「あら。何でばれたの?」
 あっさりと嘘を認めるものである。意外というほどでもない。嘘の上塗りを続けられるほど賢い妖怪ではなく、嘘の上塗りの愚かさを知らないほど馬鹿ではないというだけのことだ。
 勿論のこと、正直であることはそれだけで美徳でもある。好感を抱くとまではいかないが、まっとうであると評価はできる。
 嘘まみれで真っ赤などこかの小悪魔よりはマシ、ということ。
「そいつからあらかた聞いたもの。百年単位で里帰りするぐらい暇とか」
「ううん」
 その声色はまだ諦めていない雰囲気に満ちている。いい加減しつこい。
 平行線の千日手である。このままでは、私が疲れ果てるまでずっと居座られてしまうような気がしている。
 困った奴だ。
「見世物に向く人材なら」
 ぽつりと気のない感じで言う。相変わらず私は相手の顔を見ていないので、どういう反応がそいつにあったのかは把握できないが、少なくとも空気の色が多少変わったのは判った。
 私の二の句を待っている感触である。
「もうすぐ来ると思うわ。勧誘はそっちにどうぞ」
「その人はどういうお知り合い? 妖怪? 魔女なの? やっぱり素敵な魔法を使うのかしら?」
 素晴らしい食いつき方だった。
「嘘ではないと断っておくけど、魔法使いよ。普通の人間だけれど」
「ふーん」
 これまた、上の空で言うよう努めている風に見えて実のところ気になってしょうがない、という、極めて色よい反応だと言える。
 仮にも一団体のトップがこんな操りやすい妖怪で大丈夫なのかと、他人事ながら気がかりになるほどに。
 傀儡なのかもしれない。考えてみれば、金曜の金星猿人の方がよほど団長らしい気がする。
「ふーんふーん。へーへーほー。なるほど、覚えておくわ」
「じゃ、そういうことで」
「じゃ、そういうことで。
 あそうだ、もしかすると、近々大騒ぎするかもしれないから、その時はよろしく」

 不吉な感じのする言葉を捨てゼリフにして、暗黒星団の大道芸人は喚き立つ群集へと紛れていった。
 そうなってしまえば大同小異の魑魅魍魎である。もうどこにいるかも判らない。
 第一、ああ言われたところで、彼女が何かするのならそれは見世物なのだろう。
 私がそこに足を運ぶ可能性は限りなく無きに等しい。
 よろしくされても、私には関係のない話だった。

「暗いー、ぺかぺかできない」
「私は落ち着く」「同じく」「ホントそう」
「いたた、髪踏まないで」「え?」
「そーら、鬼が出たぞー」
「またまたぁ」
「これ読める?」
「字くらい読めるわよ」
「じゃあこの本読める?」
「これは字じゃないわよ。私が見たところこれはミミズの絵ね。のたくってるもの」
「ただのアラビア語なんだけど・・・」
「あーあ、ここの本は絵ばっかりね」
「ここどこ?」
「どこだっけ。陰気だし、冥界かな」
「昨日地震あったよねー」
「あったあった」
「知らないなぁ」
「わーきゃーがやがやざわざわやんや」

 私は既に、この五月蝿さに対して何かコメントを思い浮かべるのも面倒になってきている。
 たけなわになりっぱなしの宴である。
 騒ぎを迷惑であると思うのは騒ぎの外にいるからで、私が抱いている文句は大方、その内側に入るタイミングを逸してしまったことへの愚痴でもあった。
 意固地になるようなことでもないのだが、外から見た乱痴気騒ぎというのは殊に滑稽に映るものであり、今更入っていくのも気が引ける。
 思えば咲夜が混ざっていった段階で付いて行くべきだったのかもしれない。
 来るかどうかも判らない人物を待つよりも、その方が有益のように思えた。

 この時間ではレミィも起きてこないことだろうし、ひとまずは本館の自室にでも引けてしまおうか。
 と、騒ぎへの対応を判断しかねていたところで、急に手元が暗くなった。
「あー、これ、どうなってるんだ?」
 影を落とす者が言うのを聞き、私は頭上を見る。
 箒の上で腕を組んでいる魔理沙はやや困惑気味で、目前の事態についていけていないという様子である。
「気にしないで、報告とかするといいわ」
 置いてけぼりにされているという意味では私もご同類だ。
「そうかい。まぁ確かにそうだ、うん」
「感謝なさいね」
「三冊ばかり返却せんでもない」
「ぶつよ」
「おお怖」
 黒白の魔法使いはおどけてそう言った。その言い方がまた魔理沙らしく小憎らしい。
 しかしもし、この本の角が朝方にも別の人物を襲っていた事実を知っていたら、こいつは果たして同じ反応が返せただろうか、と考えただけで、私は苛立ちを収めることが出来た。
 頭上を見上げていると首が疲れるので、私は軽く溜息をつくと共に頭を下げ、喧騒の群集を遠目にしながら、
「で?」
 と促した。
 魔理沙も心得たもので、何をと問い返すこともなく話し始める。
「まず香霖が異例のバーゲンセール開催中。
 そこで横流しされてた外の式で森の馬鹿が里帰りしようとして微妙に失敗、お陰で幻想郷の空は穴だらけ。
 意外と景観は悪くないが、穴から出てきた魔人どもが物見遊山してるせいで妖怪ども大騒ぎだ。
 毒々しい音と毒そのものが組んで物の腐る音のレコーディング、
 それが酷い悪臭だってんで蟲と太陽が手を組んで虹を掃除機にクリーニング、
 空の天井を支えてる竜神さままで駆り出されたから、ってこれが一番大事な気がするけど大した事無かったな、
 まあついでで一緒に雲やらなんやらも降りてきて山は快晴だが野っ原霧がくれ、
 そんな晴れ間のストレスに堪えかねてここやら冥界やらのお嬢様が別荘探し、
 霊夢不在にいち早く目をつけた兎のギャング団に乗っ取られて八幡さまなりかけの神社は居候連中が取り返し、
 萃香が酒の肴に攫ってきた近所の子供はやたら弾幕達者で外出中のお嬢様方と鉢合わせてドンパチ、
 決着がつく前にこれまた別の変な子供のせいで勝負しなかったってことにされちまった」
 顛末を語る声の聞こえる方向が、話の最中に移り変わってゆくのに気付く。
 頭上から斜め上方、斜め上方から真横へ。
 現在位置を推定して目を横に向けると、金髪金目の魔法使いは浮いたままの箒に軽く腰掛け、組んだ脚の片方を体全体の支えにするようにして床板に立てていた。
 絶妙なバランスの悪さである。
 突き押されたら尻餅は必死だなと思い、そっと視線に魔力を込めようとして押し留める。魔女を嵌めようとするのは悪魔ぐらいのものだが、無防備な人間を見ると悪戯心が騒いでしまうのは化生の性であり、私もその分から外れたものでもない。
 そうでなくとも、霧雨魔理沙という奴はことリアクションの良さに関しては逸材と言って不足の無い魔法使いであるから、こんなときでなければ、今突然発起した稚気を抑えようなどとは思わなかっただろう。
 そうした私の葛藤とも見えない逡巡が如き躊躇を知る由もないモノクロは、うんざりしたような口調で言葉を並べ続ける。
「そんなんで、もうわけがわからんから、
 トラブルの種に原因を押し付けようとしたら本人起きてて一家仲良く散歩中、
 これだけ馬鹿騒ぎになってるのに人里は日常平凡の極みで事件一つ吹く風もなく、
 挙句の果てに私は七十二時間連続労働達成で新記録更新ときたもんだ。
 盆と正月の結婚式場が火葬場で新郎新婦のお棺に引き出物入れながらお悔やみ申し上げるってな様子だったな、まったく」
「そう。お疲れ」
 捲し立てた魔理沙に対し、私は一言で労った。
 本当に全ての出来事と遭遇してきたのだ、この暇人は。依頼達成率九割を越す何でも屋という噂は伊達ではない。ひねているくせにそういうところは案外と生真面目である。
 まぁ、私の頼みごとは切欠に過ぎない。今回のような場合、霧雨魔理沙なら言われずとも適当にでしゃばって、事態をかき乱していたことと思う。
 口約束の依頼ごとに対する報酬は、今の一言で足りただろう。
「報酬は?」
 にんまりと満面の笑みで聞いてきた。
 心得られていると言うことは、そう簡単には誤魔化されてくれないと言うことでもあった。
 面倒な話である。
 報酬に当たるものなんて用意していないので、私は魔理沙から目を離し、酒盛り軍団の方を流し見つつ言う。
「まだ来てない? 探してみれば、いるかも判らないわよ」
「探すって、誰をだ?」
「紅白でしょ、そりゃ」
「って、それが報酬か?」
 魔理沙の声ははっきりとトーンダウンしていた。判りやすすぎる落胆である。
 本当に私から何かを取れるとでも思っていたのだろうか。
 人間らしく、いつまでも考えが甘い。
「不満でも?」
 含み無く頷いて一睨みする。
「いや。まぁ、満足といえば満足だな」
 正しく睥睨である私の視線をどう受け止めたか、魔理沙は不服そうに口を尖らせはしたものの、それ以上文句を垂れようとはしなかった。
 私に睨まれた者としては、感心すべき態度である。
「物分りが良くて大変結構」
 ひょっとするとこの目の恐ろしいまでの絶対性も、あの本でだけ通用するルールだったのかもしれない。
 この宴会のせいで読み返しは遅々として進まないが、そう思えるようなごく自然な反応だった。
「ところで、ままならないこの気持ちをそこらにばら撒きたいんだが」
「ご自由に。そこらの誰かが相手するでしょ」
「はっはー。基本的にお前狙いだ」
 前言を撤回すべきかどうか、微妙な感じのする質問である。
 魔理沙のフラストレーションがいつなんどきどう溜まったものかなんて私には知る術もないし、知ったところでその解消を手伝ってやるような義理も無い。
 こいつも、危険人物がわんさかたむろしている今の図書館において、本気で別件の大騒ぎを起こそうとは思うまい。
 今の発言はあくまで、一会話中の些事として捨て置かせるべきだろう。
 私は瞬時思案し、
「まぁ、騒ぎを起こして、報酬に引っ叩かれるのはあんただし。お好きにどうぞ。って、結局いたの?」
 魔理沙のプライドを刺激しないよう、適度にあからさまな話題のすり替えを行った。
「ん、見当たらない。あいつにひっついてそうな主催もいないし、まだ来てないのかね、こりゃ」
「この騒ぎはレミィの我儘じゃないわ。多分。咲夜がそう言っていたから」
「ふぅん。あ、咲夜見っけ。本当にいないんだな、レミリア。咲夜の隣でふんぞり返ってないなら、何やってるんだ?」
「この時間だし、まだお嬢様連中は寝てるわ。今日は不貞寝だけど」
「ほー。姉妹揃って。どういうイベントだ?」
「さぁ、詳しくは。初日の出に立ち向かうとか言ってたかしら」
「吸血鬼が何やってるんだか。って、初日の出とか言ったか、今」
「言葉のあやよ。まぁ気をつけることね。起こしたら誰であっても、こう、だってさ」
「ぞっとしないなぁ、色々と。じゃ、私は私の報酬を探しに行くとするか。帰ってきてはいるんだろ?」
「ええ。行ってらっしゃい」

 「用が済んだらお前も混ざれよ」と言い残し、魔理沙は箒に腰掛けたまま一瞬で私の目の前から消える。
 激しい衝突音が相次いで起こったのを聞いて目をやると、宴の群れに十戒の一の如き裂け目が出来ていた。
 自分を差し置いて騒がしくする塊が許せなかったというところか。
 どう見てもやり過ぎな黒白の魔法使いの暴走癖も見慣れたものだ。
 あいつの飛んでいった軌跡を描くように残された恋色魔法の星を目で追いながら、さて、と私は思う。

 魔理沙が博麗神社から霊夢を連れて帰ってくるのと、
 珈琲の代わりに言いつけた共犯者を小悪魔が連れて来るのは、どちらが先だろう?



 ***



「ちょっと喉が渇いた。注いでもらった紅茶をいただくよ。
 うん。うん。
 ええと。
『木曜日。
 色々と面白い日ではあったね。面白すぎて寝過ぎたし、寝過ぎで眠いぐらい。
 まぁ草の臭いのきついことったら無かったけど、黴臭いのに慣れてるのが問題かもね。
 あれなんかと同じにはなりたくないものだわ。全体、あれの登場ってのは予想してたのかしら?
 ああそうか、夢の中までは見れてないんだったわね。
 流石というか何というか、あれ、貴女のやってる事に気付いてた。
 あれへの貴女の対応、突然だったから慌てたんでしょうけど、水曜と比べても杜撰。
 貴女、じゃなくて《レミィ》、じゃなくて貴女は、夢について聞くべきじゃ無かったってところ。
 あれが貴女の本物じゃなかったことの証拠になっちゃったから。
 あれあれ言ってるのは、お見舞い持ってきた奴のことよ。
 書かれていたメッセージ、『図書館にあるわ』。
 ほら、こんなに確信できる核心のメッセージなんて、革新的に変。ちょっと苦しいか。
 八つ重なりに紫立ち細く棚引く雲先の朧光、明確の不暗化を専売する、いやしない境界者よ、あれって。
 ヒントを書くなら、もっと意味不明で奇々怪々な文面にしそうなものじゃない。
 場所を特定、いえ、限定するなんて、狂気の沙汰とも思えないわ。
 悪戯が得意な貴女より数倍性質の悪い、嫌がらせが得意な怪物なんだから。
 ねぇ。本当はもっと、問題を混ぜっ返してごったがえしてひっくり返すようなことが書いてあったんでしょ?
 それを私に気付かれないよう、気付かれるよう修正したのが貴女。
 《封印を解かず読み、内容を書き換える》。字を操る能力。
 もっと明確にしたかったんだろうけど、それができなかったのは、彼女が貴女の範疇を超えた境界存在だから。
 ま、同じネタは二回も三回も使うもんじゃないっていうこと。
 昨日、金曜日。
 もう五年ぐらい前の気分だけど、昨日かぁ。
 この日ぐらいになると、もう殆ど何もしなくても騒ぎは広がる一方。
 未知との遭遇は貴女の陰謀に関わらずぶっ飛んで来たのよね。
 私はあの金色盤を何しに来たんだか謎のままで放置したけど、それは今週の異変とは関係ない気がしたから。
 金の見立ては貴女的には《あれじゃなかった》んでしょう。
 あの馬鹿、《霧雨魔理沙》。
 属性どおり火曜日にきっちり関係を匂わせてあったのに、なんで素材を使いまわしたの?
 変にリサイクルしようとなんかするから、本物来ちゃったじゃない。
 大失敗よね。引っ込みつかなくなって翌日まで顔出さないし、バレバレもいいとこだわ。
 いくら《金曜の魔法を使ってもらいさえすればいいから》って、手抜きは感心しないわよ。
 だいたい、自分の手を潰されてやり返しもせず、そのまま人任せにするなんて。
 まぁ、それが半分くらい狙いだったのは判るけど、二日連続はちょっとねぇ。
 そして、ようやく今日、土曜日。
 もう殆ど本来の調子を取り戻した私には《本物の咲夜》が見えたし、
 土曜の魔法を使った後となれば、これまた本物の《レミィたち》と会って話も出来た。
 ああ、ところで、あいつは適当に解放しちゃったけど、良かったのかしら。
 あの地震の主よ。今年中はもう無いにしてもねぇ。
 今は関係ないか。
 かくして私は、現実を誤認するフィルター、現に居ながら幻に惑う、
 《貴方に描かれた文字の迷宮結界》を抜け出したというわけよ。
 《嘘の予定で固められた六日間》は、元通り、完全に私の支配化となって、
 貴女の目論見を潰えさせるための、違うか、目論見どおりに動く為の準備に間に合った。
 こうなれば、もう私のやることは一個だけよね。
 《失われたもの》を私の手で《書き込む》。
 さて。
 大体こんなところで婉曲的な言い方ってお終いだと思うんだけど。何か、言うことある?』




  ** 某月某日 夕 **



「ていうか何で図書館に集まってるの?」
「誰かわかる?」
「えー」
「皆来てるし」
「きゃらきゃら!」
「これは!」
「何だどうした!」
「本棚で流しそうめんできそうね」
「何考えてんだ」
「ぎゃー!」
「あっ、誰か本に食われた」
「あーあ」
「あ、こっちの本から出てきた!」
「まぁ。迷路みたいで楽しいわね」
「わーきゃーがやがやざわざわやんや」

 もう日も落ちようかと言う時間になるというのに、化け物どものお祭り騒ぎは収まるどころかより一層賑やかである。
 逆か。日没が近いからこそ、空が朱に染まったからこその狂騒だった。
 人間らがはしゃぎ疲れて眠る時間は、妖魅変成が活動する時間帯なのだ。
 よくよく見通せばいくらか絶対数は減っている。混ざっていた人間や朝型の妖怪が去ったのだろう。
 そのことについては納得できた。
 だが、自分の書斎で飲めや歌えの大盤振る舞いをされていることについて、私は決して納得しない。
 然るべき理由があっても、納得したくもない。

 そう何人も集まらないうちに散らしておけば、こいつらも河岸を変えていたかもしれない、と思ってみるやすぐに打ち消す。
 この事態を回避する手立てなど、初めから無かったのだろう。
 何とはなしにそう思う。そもそもここに集まること自体に作為を感じる。というか、感じざるを得ない。
 前例がないのだ。
 何の流行か、紅魔館のメイド妖精達がここに大挙して押し寄せるようなことは過去に無いでもないが、こういう得体の知れない人手の多さというのは初なのである。
 何者かの差し金が無ければ、こんなことは起こらない。
 起こりようがない。
 では、一体誰が起こしているのか。
 判りきったことだ。

 唐突に、ぼすんという軽い衝撃が腰辺りから全身へと伝わった。
 ぼうっとしていたつもりはなかったが、不覚にも誰かの接近を許してしまったのだ。
 とは言っても、私にはその衝撃の主が誰だかは判っている。
「私じゃないわよ」
 想像したとおりの声が、私の腰周りに抱きついた人物から発せられる。
 紅魔館の主、レミリア・スカーレット。私の友人。
「私も、貴方のベッドじゃないわ。レミィ」
 言うと、額で頭突きする格好だった友人の顔が持ち上がり、
「パチェって、いつも寝巻きだからねぇ。枕みたいよ」
 年相応の、外見不相応な不敵極まる表情が見えるようになった。
 嵌りこむタイプではない木製の椅子に座っていても、彼女の立ち姿を見下ろす形になる。
 私もさほど上背がある方ではない(食事を定期に取らなくなってからは育っていない)のだが、レミィと比べれば頭身がはっきりとしている方だと言える。
 しかしそれにしても。
「・・・近いわね」
「でしょう。まぁ痩せぎすだからちょっと硬いけど」
「枕じゃなくて、距離」
「あら。偶にはいいじゃないの」
 抱きつかれる格好のままなので、互いに息のかかる近さである。
 付き合いも長いからいちいち驚いたり気を揉んだりはしないが、あまり心臓にやさしい状態とはいえない。
 甘酸っぱい話ではない。吸血鬼の紅い瞳が目の前に二つもあるのだ。
 またもや引き合いに出すが、そこには常人の感性なら百度狂っても余りある魅力が潜んでいる。
 平常心を保っていられるのは、私が魔女で、もういい加減その紅さに慣れつつあるからでしかない。
「まぁ、そういう趣向なのはいいけど。大蒜も食べた覚えは無いし」
「うちではそんなの食事に出さないわ」
「台所担当がどう思ってるかは別としてね。で」
「そうそう。私じゃないのよ」
「何が」
「だから、ほら。起きたばっかりだし、私」
「ああ。知ってる」
 レミィが、視線ですぐ横の喧騒を指し示す。意図は伝わった。
「テーブルに食器類は、咲夜の仕業ね。って、それは見ていたのだっけ?」
「まぁ、見てたわ。フランドールはまだ会ってないけど」
「どうせ寝てるわよあいつは」
 名前を出しただけで、あからさまに不機嫌な口調が帰ってきた。
 この姉妹の仲は他人には計り知れないものがある。さしずめ、喧嘩するほど仲が悪い、というところか。
「こういうのって、はっきり言って迷惑なのだけどね。パチェは、誰の所為か判ってるのね?」
「全然見当もつかない。迷惑なのは同意するわ」
 私がそう言うと、レミィは二度三度ぱちくりと目を瞬かせ、
「ああ・・・そう。まぁ、それも」
 一瞬だけ無表情になり、続けて言った。
「昨日までと同じね。年末の異変は、パチュリー・ノーレッジが解決する」
「過剰労働よ。今も、本が読めないし」
「あら。私の所為?」
「その前からだけど、その所為もあるね」
「ふふ。実はその為の姿勢なの」
 なるほど。
 話しながらも段々と顔を寄せてくるものだから、もう殆どレミィしか見えない状態になっていたが、そういうことか。
 きめ細かい白磁の肌の裏で走る紅い意図を汲んで、私は心中に深く頷いた。
「ね。その本、少し手放した方がいいんじゃないかってことよ」
「判ってるわ、レミィ。噛み砕かなくてもいい」
「さっすが、判ってるわね。今丁度、パチェに噛み付こうとしたところだったのに」
「私の貧血なら、あなたも服を汚さずに飲み干せるかしら」
「あっはっは」
 無邪気な感じで友人が笑う。瞼が下り、紅が遮られて白だけになる。
「パチェの血はかびてそうね」
 小さな口で酷いことを言う、と思った次の一瞬には眼前から白も失せ、私の文机に腰掛けるレミィの姿が映った。
「レミィ。この本、今は預かっているの」
「ふぅん」
「もうすぐ、本来の持ち主がここにやって来るわ。私はそれを待っている」
「まるで、全部判ってるみたいね」
「判っているからここにいるのよ。多分」
「この馬鹿騒ぎも、そいつの仕業だよ。これは本当」
「ああ。なるほど、それはしっくり来る」
「判ってるくせに。さてと、私も馬鹿騒いでくるわね」
「そうね。レミィは会わない方が良さそうだわ。ひと悶着ありそうだから」
「さっすが、判ってる」

 騒ぎたい気分なのだろう。
 紅い友人は、一歩の高すぎるスキップでもって黒山の人だかりに紅を差し、程なく紛れた。
 あの本のことを見抜いていたのは、今週の(もう先週だが・・・ややこしいな)異変を把握していたから。
 あの本の所有者がやって来ることを知らないのは、年末の異変を知らなかったから。
 賢い彼女は話しながらその齟齬を悟り、もうすぐ来る人物の正体にまで考えを至らしめた。
 速い。そして、紅い。いつも通りの、レミリア・スカーレットである。

「えーっと、何人居るのかなぁ」
「八百万とんで数百名くらいかしら」
「どんぶり勘定ねぇ」
「呼ばなくても客は来る。いい店の証拠よ」
「店じゃない・・・」
「店長の人柄ね」
「長ってーと」
「あいつはこわいよぉ」
「そうでもないと思うけどなぁ」
「違う違う、そのどっちでもないよ」
「そうそう。ずっとそこで、傍からこっちを見てる奴さ」
「え? ああ、あれ、置物じゃなかったんだ」
「いいのかなぁ、そんなこと言ってて」
「わーきゃーがやがやざわざわやんや」

 一瞬、宴席から私に向けられた視線があった。
 実際に向けられていたとしても場を大きく左右する出来事ではあるまい。
 所詮は花より団子より酒状態にある浮かれた者達である。私など目の端にもかからないのだ。
 別段、目立ちたがりの気質でもないので、そういった意味ではこの状況に差し迫ったものは感じない。
 魔法の一つ、弾幕の七つでもって目と気を引くのは容易いが、今優先すべきは弾幕馬鹿ども(まぁ人の事は言えないけれど)を煽って騒ぎをより肥大化させることではなく、静かに自分の用が足るのを待つこと。

 喧騒に逆撫でされた神経がこめかみを小刻みに震えさせること数知れず。
 騒いでいる連中から必要以上に注目されないよう努め、引き続き宴の群れを眺めていると、宴席の上空に突如浮かび上がる人影が見えた。
 寸暇、視線を強める。
 果たして現れたのは、私の期待とは外れた、しかしここに顔を出す可能性は想定していて、今日会えずとも近いうちに会っておく必要を感じていた人物である。
 手間が省けた、などと思っていると、私が見ているのに気付いてか、足元の騒ぎに口を開けていたそいつが首を傾け、私を見た。
 距離的には幾らか離れているが、私はそいつと目が合っていること、というよりそいつが目を合わせてきていることが判る。
 大して根拠のある確信でもない。目が合っているようで自分の後ろの他人を見ているということはままあることだ。
 けれど、今私の周りに書物と調度品しか無い以上、より注視すべき現象であるお祭り騒ぎを放っておいてこちらを見ているのなら、それは知り合いである私を見ているのだと考えるのが平凡で単純ながら普通な思考であると言っていいだろう。
 回りくどくぐるぐると考える私をよそに、そいつは空中を何の反動も起こすことなくふわりと動き、私の目の前にやって来ると、
「何か用?」
 単刀直入に、彼女らしい訊ね方をした。
 私は問い返す。
「ここに来たってことは、粗方片付いたのね」
「まぁちょっと大変だったけど、でも大した事は起きて無かったわね」
 私が質問に答えていないのを全く気にしていない様子で、紅白の巫女、博麗霊夢は答えた。
 その素っ気無いようでいて、何故か心地よい返事を聞き、私は少しだけ救われたような気になる。
 既に、今自分がここにいられているという時点で日曜の魔法の成功は証明されているが、こうして生き証人が登場してくれると実感の具合もいや増すというものである。
 信じるものは救われる。
 この場合は、自分の魔法を信じていてよかった、というところか。
「魔理沙に会った? 多分、神社に向かったはずよ」
「あー、魔理沙? 戻ってきてこっち、ずっと大活劇してたから神社には帰ってないなぁ。いつのこと?」
「さっき」
「さっきって、いつのことだか判らないけど・・・取り敢えず、会ってないわ」
「そう。ご苦労様」
「なんか偉そうね。いつものことか。それで、用があったんじゃないの? 確か、外に居るときに呼ばれたような・・・」
「ああ、その節はどうも。来ただけで用は済んだから、もう帰っていいよ」
「そうなの? まぁ、外って言っても、神社にはずっと居たんだけどね」

 言葉が途切れ、若干の沈黙が降りた。
 珍しいことではなかった。
 性格的にはどちらも、話べたというわけでも、無口というわけでもない筈なのだが、何かこうなるのだ。
 元々、私と霊夢とでは接点が薄い。
 せめて友達の友達と考えられれば繋げようはあるのかもしれないが、皮肉なことに、こいつと友人関係にあると曲がりなりにも言えるのは霧雨魔理沙ぐらいだ。
 我が友人レミィは殊の外気に入っているようだが、悪魔の執着に霊夢が色よく応えるような素振りはついぞ見ない。
 俗っぽく言えば、片思いという奴だ。
 それはさて置くとして、博麗霊夢というのは不思議な少女である。
 不思議といっても、霧雨魔理沙のような誰の目にも明らかな奇人変人とは違い、所謂普通の人間ではある。
 よく例として挙げられる哀れな“常人”たちとはおよそかけ離れた役職に就き、あからさまなまでに特別な才能を有していることは事実だが、その人格は破天荒でこそあれ、奇天烈ではない。
 小娘らしい若干の奇矯さと妙に大人びた立ち居振る舞い、直接的な感情表現と迂遠な言葉遣い。
 アンバランスな、子供と大人の端境にある人間らしさ。
 普通、ということ。
 私が彼女に不思議を感じるのは、その普通が誰に対しても平等に向けられているのを見るときである。
 霊夢は、近くにいてくれると何となく気分が楽になる、独特の空気感を身に纏っている。
 そういう人種が他に居ないというわけではないが、“普通”は誰しも一人くらい、特別な親友なり家族であったり友達以上家族未満なり敵対者なり、相対したときの態度が変わる特例が存在するものだ。
 博麗の当代巫女にはそれがない。
 述べる論拠も無い当て推量を言わせて貰えば、そのこと自体が霊夢の持つただ一つの特別な能力なのだろう。
 何も話しかけられずともいい。いつどんな話を持ちかけてもいい。
 何を話しかけられても大丈夫。話を聞いてもらえずとも構わない。
 そうして、妖精、妖怪、超人、魔女、悪魔、式神、魔人、幽霊、鬼神、異人が皆、こぞって彼女の周りに集まる。
 不気味なまでの気楽さの理由は簡単に得られるものではないと判っていても、不気味に思う。
 空を飛ぶ程度の能力。
 博麗霊夢の上には誰もいられない。翻っては、その足元も空。
 影がかからない。影響が及ばない。響きが返ってこない。
 光の元にあって影がかからないのは、空だけである。
 雲ひとつ無く、地面とも天蓋とも離れた空。
 一切の空。天上天下唯我独尊。
 博く、麗なる、霊どもの、夢。

「ああ、それ」
 霊夢が小首を傾げ、前触れも無く沈黙を破る。
「・・・ん?」
 私も、それに合わせるように少し頭を動かし、霊夢の言うそれが何を指しているのか判っていないことを仕草で伝える。
「その本その本、あんたの持ってるもの、七曜表でしょ。何でこんなところにあるの?」
「霊夢にしては詳しいね。その通りだけど・・・何でというのは何で?」
「それって、あの人しか持っていないものと思ってたわ。商売でも始めたのかしら」
「あの人・・・ああ、犯人ね」
「犯人犯人。って、誰のこと? 私の言ってるのは、私が一週間も外の神社にいなきゃいけなくなった異変のことよ」
 それは今週(先週)の異変である。
 私はそこで、幻想郷の外にいた霊夢に、異変の相関関係など判るはずも無かったのだとようやく気付き、一旦は手短にでも経緯を話そうかと思ったが、物事の仔細を気にしない彼女に話すのは時間の無駄であると思い直す。
「というか、その所為で他の事が起きてたのよ。だから実際、全部の犯人だわ」
「あー。そうなのね。てっきり、私を糾弾するつもりなのかと思ってたわよ」
「甚だ違うわ。それにしても、霊夢も勘違いはするのね」
「そりゃあねぇ。誰だって、辿り着くなり一直線に睨まれたら何かと思うってば」
「ん・・・」
 返す言葉も無かった。
 少々気を張りすぎていたかもしれない、博麗霊夢はそういう気配に極めて敏感だ。
「確かに、すまなかったわね。言ったとおり、私の方で引き止める理由はもう無いから帰っていいわ」
「そう?」
 言うと、霊夢は私からごく普通に視線を外して、酒席へと首を向けた。
「なら、私もあいつらに混ざってこようかな。知り合いも随分いるみたいだし」
「顔が広いわね。私には一割も判らない」
「顔が広いって・・・よく考えてみると、あんまり誉め言葉になってないような気がするわね」
「誉めるつもりでも貶すつもりでもないけど、私には随分広く感じられるわ。貴方の顔も、この郷も」
「うーん。まぁ幻想郷も広いようで狭いからねぇ」
「狭いながらも、ってことじゃないかしら」
「もう。狭いんだから、もっと参拝客が増えたって、良さそうなもんじゃない!」

 そう言い捨てると、霊夢は無音で地面に降り立ち、てくてくと酒席に向けて歩き出した。
 あの足取りの確かさを見れば、霧雨魔理沙も安堵することだろう。
 当人は今、神社付近で右往左往しているのかもしれないが。
 まぁ、入れ違いというのも演出の一つと言って言えないことは無い。
 このまま黙って、不安を押し隠した魔法使いが戻ってくるのを楽しみにするとしよう。
 偶には、本当に極偶には、悪戯というのもいいものだ。
 私が先週の異変で学んだ、数少ない教訓という奴である。

 などと思ってほくそ笑んでいたら、
「あのさぁ」
 目の前に再び霊夢が現れた。
 零時間移動である。前触れが無いので、察知する術も無い。だが間の悪さを霊夢に怒るのも筋が違う。
「な、何?」
 自分でもおかしいほど微妙な表情から急いで取り繕った為、私は魔女にあるまじき吃音で答えてしまった。
「私がこういうこと言うのもお門違いかもしれないんだけど、そいつさ」
 霊夢はやはり、私の慌て方を気にも留めず、淡々と自分の用件を述べようとしている。
 私は、それがさっきの話を継いだものだと意識し、頭を切り替えると、一つ頷いて促した。
「そいつ?」
「そうそいつ、って、そいつばっかりじゃあんまりね。さっき言った、犯人よ」
「ああ。でも、私は名前も知らないものだから」
「そうなの? まぁ、それはどっちでもいいんだけど・・・」
 霊夢にしては歯切れが悪い、と感じはしたが、わざわざ戻ってきて言うことなのだからそれなりに意味はあるのだ、と思い直し、私は話の続きが出てくるのを待った。

 果たして、霊夢の口から出たのは、少なくとも私にとっては、大きく意味のある言葉だった。

「そいつ・・・ちょっと長い名前で全部は覚えてないんだけど・・・まぁ犯人でいいか。
 異変のことについて、私とその犯人の母親で散々に叱っておいたけど。
 もし、他の異変の事で何か言うつもりなら――まぁ、ちょっと勘弁してあげて。
 一応神さまらしいから、偉そうな態度とると思うけど。
 『あるひとにそそのかされてやったことだ』って白状してるのよ。ほんとかどうか判ったもんじゃないけどね」

 少なくとも、私にとっては。



 *** ***



「・・・いや、確かに長広舌だ。
 この七日間の記述だけを見ても、君が長々と喋るシーンが特異であることは際立つ。
 私もあまり体が強い方ではないから、こういう台詞の連続みたいなものには憧れさえ覚えるね。
 え? ああ、今は元気さ。元気だとも。長々と療養していたもの。
 というのは、先週の日曜日に、その、風邪を引いてしまってね。
 自己管理がきちんと出来ていないからだと、皆にも言われたよ。
 大の大人が恥ずかしいことだ。
 しかし、私にも一応事情があって・・・聞いてくれるかな。




  ** 某月某日 夜 **





 しゃん。


 蔓延る宴の喧騒に、鈴の音が混ざって聴こえた。
 諦めと苛立ちの入り混じった思いで流し読んでいた書を閉じ立ち上がると、私は微かに鳴った音の出所を探る。
 だが、上下左右四方八方のどちらを向いても新たに現れた人影などは見当たらず、図書館の風景は、日が落ちた後ややあってから魔理沙がむくれた顔を顕に再訪した時と変わらない様子である。
 宴席で騒いでいる連中の誰かが同じ音を聞き届けていた可能性に思いを巡らせ、一歩足を踏み出しかけてすぐにやめる。
 酔っ払いどもが、素面の魔女の話に付き合ってくれるとは到底思えなかったからだ。
 空耳だったのかもしれないと思うと、尚のこと声をかける気は失せる。
 聞き間違えならまだいい。
 幻聴だったとしたら、何の言い訳もし難くなってしまう。
 それは面倒というものだ。
 幻視や幻聴はれっきとした幻想で、決してごまかしがきかない。
 幻想郷全体に薄く広がり渡る高度な精神性は、願望が意識表面を踊るだけでなく外界にまろび出て形を成すことを可能とし、そこに一切の障害を設けない為に有象無象無数数多の幻想現象を今このときも生み出し続けている。
 幻視や幻聴はそういった幻想の中でも極めて日常に近しい位置にあるもので、幻聴に反応する様というのは、注目を浴びていないとは言え気恥ずかしい。
 私の場合は取り分け、魔女の幻聴ときたものだから、物笑いの種になるのは免れまい。
 目標を通過し続け目的を叶え続け欲求を満たし続ける為に余生を注ぐ幻想の魔女が、満たされざるものの象徴のような幻の声に惑わされたなどということがあってはならない。基本的に。
 状況に何らかの変化があって欲しいという希望が意識に沈んでいるのは自覚しているが、それを教え広めるような愚挙を犯すのに躊躇を覚えないほど切迫しているわけではないのだ。

 変にざわついてしまった気を鎮めようと、私は椅子を寄せて再び腰掛け、わざとらしいほど大きく息を吸った。
 口内で、図書館の空気がすっかり冷たくなっているのを感じ取り、おおよその時刻を推測する。
 空を蠢く卵の黄身が水平線に不時着して潰れ、跡形も無くなった後。
 夜だ。
 魔法図書館は夜が更けると、天窓から差し込む夜光と程よく吹く冷たい夜風のお陰で読書にうってつけの空間となる。
 魔女の性から言っても、昼よりは夜の方が何かをするには好ましい。
 強すぎる日の光が形を潜めている間、世のあやかしたちはせっせと月に杯を挙げるのだ。
 そう、目の前のこいつらと同じように。


「わー」「きゃー」「そいやさ」「ざわざわ」「やんや」
「きゃー」「がやがや」「ざわざわ」「やんや」「わー」
「がやがや」「ああでも」「やんや」「わー」「きゃー」
「ざわざわ」「やんや」「わー」「きゃー」「がやがや」
「やんや」「わー」「きゃー」「楽しいね」「ざわざわ」


 予想通り、主催者不明の宴会は徐々に深まる夜闇にも構わず続いている。
 百邪繚乱の態を晒す宴席の中に知り合いの顔を見つけると、何とまぁ誰もかれも楽しそうな面をしているものである。
 私はそれを見る度、殆ど無意識のうちに溜息をついていた。
 自分の呼気が随分と深いことに気付くと、夜まで待っても現れない待ち人のことを恨みがましく思う気持ちが急激にむくむくと増大し始める。
 友人の導く運命に間違いは無いのだから、私の待ち人は即ち、この宴の仕掛け人ということになる。
 私の待ち人。異変の真犯人。
 そいつは、この本――今は、私の文机の上で裏表紙を見せている本の持ち主である。
 私は、こいつを持ち主に渡すために待っていたのだ。
 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。

 この書の題は、『聖七曜書』。
 内容はというと、そのものずばりのカレンダー。
 書かれているのは、幻想郷での普及率はそこそこといったところの暦、西暦であり、200x年の一月一日から十二月三十一日まで一日に付き一頁が割り振られ、総頁数は奥付除き365頁となっている。
 外の世界の本というだけで魔法図書館の蔵書としての要綱は満たしているが、そう古くない私の記憶が正しければ、この本はおおまかに言って、読者本人の身に起こる未来の不可避かつ特別な事柄が書かれた、つまりは予言書だ。
 本物の、外れない予言書というものの実在については驚くに値しない。
 特にこの魔法図書館においてこういう特質を持った本の存在は珍しくなく、むしろ有り触れていて、予言書だけを揃えた専門コーナーが棚のいくつかを占有してしまうほどである。
 その実在を疑うことは、この館に住む運命を操る悪魔を無視するのと同義であり、彼女と比べれば予言書の一冊や二冊など物の価値にもならないとさえ言える。
 私が今触れたいのはこの本の予言書としての特質などではなく、これが、いや、《これ》ではなく《こいつ》が、今週(先週)の異変の原因、その一端を担っていたという点だ。
 一端を担うという表現は随分と緩いか。
 何しろこいつは、異変の犯人なのだから。

「わー」「何だ?」「がやがや」「何だろう」「やんや」
「きゃー」しゃん「や」「ざわざわ」「うわぁ」「わー」
「がやがや」「ざわざわ」「凄いな」「わー」「きゃー」
「ざわざわ」「やんや」「わ」「お」しゃん「がやがや」
「珍しい」「わー」「きゃー」「あれ?」「ざわわざわ」

 しゃん。

 再び鈴の音が聞こえた。
 私が一つの結論を心中で落ち着けたところで聴こえたのは偶然か、それとも誰かがタイミングを測っているのかは判らないが、私にとってはどちらでも良いことである。
 事件は解決している。私は仕事を終えている。
 それでも、もうこれ以上何事も起こりはすまいとは思えないのが幻想郷だ。個人の都合がまかり通りまくることこの上なく、適当自由に事件はいくらでも起こる。
 事件頻発現象なんてものは事件でもなんでもない。
 それは、否、それが幻想郷だ。
 先週の私はそれを忘れていた。事件が頻発することを変だと思い込んでいた。
 私は私でなくなっていた。私一人がおかしくなっていた。
 いや、おかしくされていた。
 そういう異変だ。
 犯人は、この手の内の一冊の七曜表と、大馬鹿の小悪魔の実行犯ふたりと、異変を起こせる状況を作った人物、今現在の私の待ち人を加えて、三名。
 最後の一人は、犯人と呼ぶには余りにも何もしていない、が、まぁ連帯責任という奴である。
 監督不行き届きと言ってもいいかもしれない。神の癖に、悪魔の跳梁を見過ごしすぎている。
 まぁそれも、私などに言われる筋合いではないのだろうけれど、先程の霊夢の言葉が確かなら、私には言わせて貰う権利があるだろう。
 馬鹿にいいように扱われる賢者という立場、いい加減にやめてはどうだろう、というところか。

 しゃん。

 またもや鈴の音である。
 鳴る感覚が縮まっているのだろうか。
 思いつつ少し耳をそばだててみると、相変わらず五月蝿い妖怪たちの喧騒の後ろ側で、しゃんしゃんと同じ音が鳴り続けているのが聴こえた。
 恐らく鈴の音はずっと鳴っていたのだろう。ただ私が気付いていなかっただけで。
 しかし、急に音が私に届くようになった理由については、少し考えを巡らせても判らない。
 少々頭数が減ったからといって宴が静かになってきたようにも思えないのだ。
 何かの前触れだろうか。何か、それが私の待ち人の登場であれば良いのだが。

 しゃん。

 再び聴こえた。
 音に注意を傾けていたので今度ははっきりと判る。
 今のは間違いなく、騒ぎの後背で鳴り続けているものよりも、いや目だって聴こえた先程までの数回よりも音量が大きい。
 その感覚は正しかったらしく、酒席でも何名かの人妖が辺りを見回し何事かと気にしているらしいのが見えた。
 私はこれまでの鈴の音が幻覚でなかったことの証拠を得て取り敢えず安心し、遅れて気付く。
 一人の人妖が、私を――私の居る方を見て、驚いた顔をしていることに。

 しゃん。

 鈴の音。
 人妖の視線を受け止め、私はその行方について考えようとしたが、その試みはすぐに中断せざるを得なくなった。
 私を見ていた人妖が、周りの人妖に声をかけ肩を叩き、ねえほらあれを見て、という具合で私の居る方を指差しているのを確認したためである。
 見知らぬ他人から指差されるようなことをした覚えは無いのだが、先だって霊夢から視線を向けられた際と変わりなく、辺りに私よりも目立つ要素は無いという認識から、私はその行為が自分に向いているものと考えた。

 しゃん。

 それは自然な考えの筈だった。
 だが、人妖に導かれた数人もまた私の方を見て驚いた表情を見せ、然る後最初の一人と同様近くの者に周知させようという行動を取り、次々とそれが繰り返され、終いには殆どの列席者が、静まり返って私の方を見るようになった段階でも思い込み続けるには、流石に私自身の精神衛生上よろしくなく、既にして不自然な考えへと様変わりしていた。
 繰り返すが、私は衆目を集めるようなことをした覚えなど無い。
 また、この状況下で、私が見られているなどと考えたくも無い。
 私以外が見られていると思うのが、自然だ。

 しゃん。

 では、私以外とは何か。
 酒席から無数の目が私の方へと向けられているが、私と彼氏彼女らの間には取り分け変わった何かがあるようには感じられない。
 であるなら、問題の対象はこちらとあちらの間ではなく、こちら側の向こうということだろう。
 こちら側の向こう。
 つまりは、私の後ろ。

 しゃん。

 私の後ろ側。
 最早、考える必要はない。
 そこに何かがあるのなら、まずは見て、読むのが私の生業だ。
 いや・・・いや、もう、こうして誤魔化しの煙幕を撒くのも終わりにしていいだろう。
 私にはそもそも判っていることなのだ。
 判った上で――すべて知った上で、立ち止まって、少しばかりの間だけ、待っていただけのことだったのだから。
 この独白を終える時間が来るのを。
 パチュリー・ノーレッジを読むことを許し続けることを。
 待ちきれなくなったそいつが登場して、私の張った網に引っ掛かるのを。
 それは私の気紛れだ。
 馬鹿と、馬鹿に騙された子供と、私自身の稚気に付き合ってあげようという、親心にも似た、不気味な錯覚。
 それが先週の・・・先週? そんな期間はどうでもいい。
 過去にあった一瞬の話。
 ブギーマジックの重奏の話。気紛れに気紛れが重なった魔法の話。
 幻想の中の幻想の中の幻想のお話だ。

 しゃん。

 万感の思いを込めるというでもなく、何気なく。
 私は椅子を立ち、くるりと振り向いた。

 しゃん。


 そこには――。



 *** ***

  *****



 ここもまた、幻想郷である。
 安心していただきたい。

「先週の、風邪を引いた日。私にとって特別な日で、外の世界ではクリスマス、なんて呼ばれているんだが」

 紅魔館の付録のような、それでいて紅魔館よりも深い図書館の一角。
 博麗霊夢、霧雨魔理沙、十六夜咲夜、レミリア・スカーレット、フランドール・スカーレット、ついでのおまけで紅美鈴の数名が一堂に会し、めいめい勝手に寛いでいた。
 錚々たるメンツを呼びつけた館主たるレミリアは、目を閉じて静かに時を待っている。
 咲夜は主の傍らに起立し、片時も姿勢と表情を揺るがさない。
 フランドールは埃も気にせず床を転げまわる。退屈のようだ。
 魔理沙は自分の箒に腰掛けて、手近な本を物色している。
 霊夢は席につきテーブルに頬杖を突いて、うんざりしたような顔で虚空を見つめる。
 美鈴はそんな一同と少し距離を置き、緊張の面持ちでいる。単に居心地が悪いのか。
 読者もご存知の通り、タイプは違っても揃いも揃って美女の類であるから、一般的な人間男性が見たら何という麗しい光景だろうかと思うことだろう。
 残念ながら、幻想郷の一般人は外世界の一般人と隔世して久しい為、幻想郷を物語る時にその美麗を謳うのは少々筋が違って思えてしまうこと多々であるが。外世界の一般人が幻想郷に立ち入り、彼女らのような存在に触れることは極めて稀であり、その癖物語の上では有り触れていて、いかにも見目物珍しくない。
 どうでもいいようなことだが、ここには今、先に述べた幻想の少女たち以外の者もまた列席していた。
 冒頭から駄々と口喋り続けている何やら不審な人物がそれだ。
 名をナザレという。

「実は、一年であの日だけ、性格が変わってしまうんだよ、私は。二重人格の妖怪なんて珍しいだろう? そうでもない? そうか、それは私が世間知らずだった。兎に角私は、西暦の一年における十二月のある日の間、別人になってしまうんだ。聖ニコラという底抜けにおめでたい怪奇に取り憑かれるのだね。」

 一様に知られているであろう幻想の少女達と比べ無名であるこの人物の性格を簡素に申し述べるなら、説教好きで話がくどく、その説教は救いの無いことに的外れな内容であることが多い、迷惑な存在である。頭は良いが役には立たない。情けは人のためならずの誤解釈を地で行きながら、居るだけで実は場を混乱させるという逆英雄気質でもある。
 以上の性質のうち重要なのは、今この場では少女達に疎まれているという事実だけだ。他は忘れて結構。
 迷惑な人間がその迷惑さを遺憾なく発揮し、他者が何か喋ることを本能的に嫌がるような空気を醸し出しており、暇つぶしといえばお喋りであるという点においては本来対偶項にある外世界の一般少女と同じ性質を持つ幻想の特殊少女たちはその空気を辟易していたのだ。
 彼女らを良く知る読者なら、その受身の姿勢に違和感を覚えるところだろう。
 勿論、目の前で不愉快な空間が形成されているのにただ不満気にしているような彼女達であろう筈がない。
 であるならば何故という問いには、誰しもミスをしたら取り敢えず悔しいのだ、と答えよう。
 成功の母だと言うなら、尚更失敗は疎まれて当然だ。
 況して、彼女らはいずれ劣らぬ異変解決の手練である。フランドール・スカーレットに関しては異論を挟む向きもあろうが、しかしどうして紅魔館地下のフランドールの軟禁部屋内だけで起こり得る異変など存在しないなど言い切れるのかと問いを返したい。彼女だって魔法少女だ。きっと何かしていることだろうと思う。それは紅魔館門前で平生を過ごす紅美鈴にあっても同じことだ。
 兎に角、彼女らは、この度の出来事については上手にことを運べなかった。
 自信にその非が無いとはいえ、皆それが悔しい。
 悔しさの幅は、霊夢が最も小さく(というか殆ど無い)、恐らくレミリアが最も大きい。友人のことを思えばまぁいいか、と許せている辺り、優しい悪魔ではあるが。

「ねえ、あのさあ」
 こぞってご機嫌斜めな空気を打ち破って最初に口を開いたのは、やはりというか何というか、博麗霊夢だった。
「なんか、だんまりだとちょっと気が詰まるのよ。っていうか、一応パーティか何かなんでしょ? あ、ナザレさんはそのまま、勝手にやってていいから。雑談でも何でもさせてもらうわよ。暇だし、いつ終わってくれるのかも判らないから帰れないし」
「やっぱりな。最初に痺れを切らすのは霊夢だと思ってたぜ」、と魔理沙。
「私はお嬢様だと思ってましたけど」、と咲夜。「私もー」、とフランドール。無言で美鈴も挙手。
「咲夜か魔理沙だと思ってたのは私だけみたいね。というか、霊夢は飽きただけでしょう?」照れ隠しのようにレミリア。「ルールが違えば、パチェだって対象だわ。今回は、どうしたって関係ないけれど」
「まぁ、主犯だしね」、と霊夢。「第一さぁ、そりゃあスペルカードルールだって、いつもいつでも公正ってわけじゃぁないと思うけど、これと比べれば華やかで面白いし、それなりに自己主張できて楽しいじゃない。何が楽しいの、これって?」
 当然の疑問をぶつける霊夢にレミリアが、諦め顔を浮かべ、首を振って答える。
「それは、仕方がないわ。公正なわけないでしょ。《私たちが、あの憎たらしい小悪魔の創った遊びに、付き合ってあげただけなんだから》。最初から、楽しいのは小悪魔だけなのよ。全く、《パチェに裏切られるなんて思ってなかった》わね」
「巻き込まれた方は、いい迷惑だぜ。だって、《パチュリーが異変を起こすなんて》、普通思わないだろ」、と魔理沙。
「ネズミが面白いことを言ってもチーズは増えないわよ」と怒るでもなく咲夜。無言で首肯する美鈴。
「あ、私は、パチュリーが随分弱くて、結構楽しかったわ」、と流石に狂った発言のフランドール。内心の悔しさを、それはそれとして取り置いて、楽しかったことを主張できる。精神の重層、その層一つ一つが全く断裂している彼女ならでは。「《自分がどうして水曜になったら雨を降らさなければいけないのかも詳しく書けないぐらい》に弱ってたものね。パチュリーだって、案外楽しんでたかもしれないわ」
「おおっと、遊んでたのは妹だけじゃあない。私だって結構楽しかったぜ。何せパチュリーときたら、私と友達ごっこしてくれるような茶目っ気なんて普段ありゃしないんだ。《金曜の話には積極的にちょっかい出させてもらった》。森の魔人と違って魔女ってのは可愛げが無い」
 魔理沙の表情はフランドールに次いで明るいが、一番泣きたいのは彼女であることを読者はご承知だろう。ふざけていても誠心誠意が霧雨魔理沙である。そっとしておいてあげるのが、閲覧者の鑑というものだ。
「茶目っ気といえば、美鈴が溶かされるところを見逃したのは惜しかったわね」とレミリア。
「溶かされていませんし、茶目っ気と何の関係があるんです?」、怯みがちに美鈴。「そりゃあ私は、何が起きてるのかも判らずじまいでしたよ。《溶けて体が半分無くなったのに数時間で再生しちゃう》パチュリー様を見たときはひどい夢だと思いましたもの。いくら魔女ったって、あんな悪魔じみたことは出来ないわけで、まぁ実際悪夢みたいなもんでしょう、あれは」
「夢ではないよ、美鈴。れっきとした、幻想。原因と結果を結びつけるものが無いから、《あれはあの中で完結している》の。“運命”とか、“時間”とかいうものが端から存在しない《二次元平面世界》ね。小悪魔の独壇場よ。まぁ、《パチェが介在してなきゃ、ただの文章にしか見えないところだけど》」
 一呼吸置いて、何か満足げにレミリアが続ける。
「そこを何とかしちゃうのが、私だったり、咲夜だったりするわけだけどね。なあ、そうだろう?」
 レミリアが呼びかけると、少女達が談話している間も自らの手元を眺めながらつらつらと喋り続けていた髭面の人物が振り向き、聖人君子のように清らかに笑みを返した。
「喰えん親爺だなぁ。どうにも」とレミリアが軽く息をつく。「粗食ですわ」と咲夜。美鈴が無言で首肯。
「まぁ、あんな変人はほっといていいのよ、煮ても焼いても食えないし」、おまけに蘇るものね、と暴言するのは霊夢だ。「でさぁ、良く判ってないんだけど、私は何の為にここに呼ばれたの?」
「おお? 霊夢が何かを判ってた事が今までにあったみたいな言い方だな。勿論、私は判ってるが」と魔理沙。「実際問題、ちっとも大事じゃないしな。霊夢が引っ掛かったのは偶然みたいなもんだろ」
 言いしな咲夜にちょいちょいと手招きをした魔理沙を、霊夢とレミリアが違ったニュアンスで睨む。「引っ掛かったのは魔理沙も同じじゃないの」「お客様のときぐらい遠慮しなさいよ」、と異口異音同時に二人。咲夜が主をまぁまぁと宥め、時空を省略してティーポットを取り出した。
「あれ、魔理沙が種明かしをしてくれるのかしら?」とフランドール。美鈴も自然に魔理沙を見る。
「なんだ、妹も門番もお手上げか」咲夜に紅茶を注いでもらいながら、魔理沙は大げさな感じで首を左右に振る。「まああれだな。話してやりたいのは山々なんだがー」
 魔理沙の濁した語尾に被せるように、「生憎それは、私たちの仕事じゃないわね」と咲夜。
 一拍置いて、カップが適度に満たされたのを確認した魔理沙が「そういうこった。つまり、」と言いかけたところで、霊夢がカップを掲げて一言、「私もおかわり」と咲夜に催促する。
 虚を突かれた魔理沙を置いて、次いで「私も」「私も」と姉妹がハモる。
 暫し、雑談が中断され、紅茶のこぽこぽと注がれる音と、
「あのときの私は、少々無邪気でね。雪の舞う冬空の下で跳ね回ったりするから、すぐ風邪の気にやられる。え? またまた。判っているくせに。私には畏れ多くて、とても口に出せないよ」
 ひたすら饒舌に語り続けるナザレの声だけが図書館に響いた。
 それが気まずく思えてか、仕切り直すように魔理沙が咳払いして言う。「話の腰を折るなよ」
 気怠そうに霊夢が人差し指をひらひらと動かして魔理沙に応える。
「あんたの言いたいことは判ったもの。要するに」
 霊夢の指が、ぴた、と一点を差して止まる。細い指の向かう先を、フランドール以外の全員が見詰める。
「でっかいケーキが食べれるまで、あとちょっとの辛抱ってことでしょ?」
 自身も指先を見ながら、霊夢がそう言った。
 人差し指が差す先はナザレ・クライシス、ではなく、その手元。
 しっかりとした装丁の、分厚い一冊の本。
 視線が一点に集ったと同時に、ナザレの姿が一瞬輪郭を残した後にふつりと消え、続いて少し大きな「皆さん、ご協力ありがとうございました」という声と、それに隠れて小さく本の落ちるばさりという音が響いた。
「お、ようやく邪魔なのがいなくなったな」、とからかい気味に魔理沙。
 ナザレの席に一番近かった霊夢は無言で主の居なくなった空席に近寄り、無造作に広がった分厚い本を手にとって、「無駄に重いなぁ、これ」と呟いた。
 霊夢が目を落とすその本には、流麗な筆記体で『All of The Seven』と題されている。
 その表紙は今や、霊夢の手の内で七色に輝いていた。

 そこで霊夢は言った。
 本の放つきらめきを眩しがるでもなく、得心いったという表情を浮かべて。

「って、そうか。
 ここには、パチュリーと、あといろいろ入ってるのよね。重くもなるってもんか」



  **********

 *** 某日 ? ***





 私は絶句する。
 いや、異常事態には慣れた。ここ数日での話ではなく、幻想郷に来てより数えての話。
 図書館を迷宮たらしめる壁面、即ち巨大な本棚が、今、その表面全体を鈍く煌かせ、波打ち際の水面のようにゆらゆらと揺蕩う様を見せているが、それは衆人の注目するところになりはしても、私が驚くようなことではないのだ。
 喧騒が消え、よりはっきりと響き渡るようになったしゃんしゃんというこの鈴の音が、どうやらその本棚から・・・本棚の“向こう側”から聴こえているらしいと判ったところで、私の態度の変わろうはずが無かった。
 いやいや。
 もう誤魔化しはやめていいのだ。
 騙す相手はもう居ない。
 衆人などはそもそも居なかったのだ。
 私の背後に居る全ては・・・その全てが全て、《小悪魔の文字たち》でしかないのだから。
 この物語は、虚構であるが故の物語なのだから。

 しゃん。

 私は、自分が絶句しているという事実を自覚するよりも早く、無意識のうちに片手で空を撫ぜていた。
 一撫でのスペルは横殴りの突風、木曜の魔法ジュエルアンダースライとして巻き起こり、私の脆弱で軽薄な身体をその流れで巻き上げる。
 風に飛ばされたまま、空中で続けざまに土曜の魔法グラビティルーペ及び金曜の魔法ネルドリップオーヴァルを呟いて姿勢を制御、水曜の魔法バラストドランカー及び火曜の魔法ボイルドチェンバーを口走り循環系の調整を行い、私は、なるほど言葉を失っている場合ではなかったと遅まきながらの気付きを得た。
 定まった視界に、一瞬前まで自分が立っていたあたりが、本棚の海面を突き破り凄まじい勢いで出没した巨大な何かによって蹂躙されている様が映る。
 追認としてはまことに遅い。が、パチュリー・ノーレッジの反応速度など本来こんなものだ。
 そこに居るのが何かはだいたい判っている。
 いたずらに加速するものでもない。ここへ来て観測は終わろうとしている。
 宴席を突き破った勢いのまま宙に浮かび上がる巨大な物体――そこに乗り込む、光り輝く紅い鈴を首輪に付けた動物精たち(ここも幻想郷である以上はその全てが少女の姿を模している者)が操る特大特注のソリ――それを見て、私は安堵すべきなのだ。
 全ての仕掛けが上手く働き、とうとうこいつを呼び寄せることに成功した、と。
 こいつ。
 ソリの後部座席に座って、こちらを眺めている人物。
 私がここまで散々、直に名指さず仄めかしてきた者。
 長すぎる名前の神。
 紅白洋装の、髭面の、紳士然とした、愚者。

 しゃん。

「パチュリー・ノーレッジ」
 諸人こぞりて、私の待ち人がやって来た。
「事件を解決してくれて、ありがとう」

 眼前の真犯人はそう言った。
 程度の低い皮肉かこの物語への感想という素直な言葉か、そのどちらなのかを判じかねる調子の声だったから、私には取り敢えずのところそれはどうもと返す。
 確かに、霊夢――の写し身である文字が言った通り、偉そうな奴である。
 神だからというより、本人の性格問題であろう。私と同じく。
 そう。私と同じく・・・気紛れなのだろう。
 一年前に起こした自分の気紛れに、こうして今付き合おうというのだから、相当の物好き。

「ありがとう。全ては貴方のお陰だ」

 紅白洋装の人物が一体何者であるのかは、私にとって然したる問題には当たらない。
 神だというのならその通りなのだろう。そして、だからどうしたというところである。
 気紛れはきまぐれで、たまたまそうなったというだけの話。
 七色のスポットライトが一点に集まった物語。
 私のためという名目を持った、ただの絵空事。
 小さな悪魔の、小さな異変。
 出来上がったのは偶然で、然るに、必然であったというだけ。
 その仔細を私が一人ごちること、それこそ私自身の身勝手さ、気紛れさの表れだ。
 何故と問うなら単純なこと。
 後々にまた、読み返すときのため。
 誰がとか、誰にとか、誰のためとか、誰の所為とか。
 そういうことは、読者が考えればよろしい。

「貴方がこれを始めてくれたことに感謝すべきだ、と私は思っている。
 彼女のようなものが、いや、彼? うん、まぁ、ここなら彼女なのだろう。
 それが未だに以って続いてるということを、遅まきながら、人づてながらもこうして思い出せたのだから」

 洋装の人物はなにやら勝手に語り始めている。
 説教好きというのも本当だったらしい。
 今ひとつ付け加えるべきは、嘘と幻想は決定的に違うもので、この物語は幻想であった、という事実だ。
 即ち、現実。現実の幻想と幻想の現実。虚実に差は無いが、差があるというだけのこと。

「予言なんてしたことも忘れていた。
 その昔はただ生きるのにも必死だったから。
 けれど確かに思い返せば、忙しくはあったけど、物書きする時間は余るほどあったわけだね。
 そしてあの頃書いたのなら、それは大層奇妙な本になってしまう要素は十分にあったわけだ」

 紅白洋装の喋りっぱなしはそこで座席に立ち、特に意味無さそうに両手を広げ、また閉じた。
 何がしたいのかは判らないが、変人だということは判っている。
 こいつには、何もかもが判っている筈である。回りくどい言い方も性格の問題か。
 それで十分だった。

「私の七曜表と、二次元の神か悪魔か。
 彼女らの願いを、貴方が聞き入れた理由は、
 読書こそ全てであるようなパチュリー・ノーレッジが得た積極性の源とは何だったのか?
 己を見せかけの主犯として仕立て上げ、二次元の神に幻想郷の型を取らせていたのは何故か。
 年末を彩る七色の物語を都合よくリードし、七曜の定義の根っこを引きずり出そうとしたのは。
 どうしてパチュリー・ノーレッジに何がしかの理由が生じなければならなかったのか、という全て。
 それは――元を糺せばやはり、君自身の勝手な都合だったのだね。判ってみれば、なるほどという感じだな」

 言の通り、私はここまで独白を以って真実を偽ってきた。
 書き物をするのは珍しいことではないが、筆力に特別自信があるわけでもなかったので、初めの頃は少なからず甘く見ていた。
 しかし、小悪魔と七曜表の小細工によって作り出された無限の六日間迷宮を彷徨い、目的を追い求め己の偽りを幾度と無く繰り返して反芻し続けるうちに、今ある自分が嘘の幻想郷、私自身の著述によってのみ構成された狭い世界の登場人物であることを忘れるまでに至っていた。
 日曜の欠けた幻想郷。私の認識に照らし合わせれば、博麗霊夢の居ない幻想郷。
 結果的に見れば、それは即ち私の目論見の失敗と、小悪魔の悪戯の成功を意味していたことになる。
 詰らない理由で引っ掛かってしまったものだ、と悔やむでもなく思い返す。
 私の目的は端的に言って過失の糊塗だったのだが、まさかこうも長く弄ばれるものとは思っておらず、その意味でもあいつを甘く見ていたということで、馬鹿とは言え神を嘗めた私に責があったのだろうな、と今なら言える。
 逆か。
 神とは言えそこまで節操無く馬鹿であったとは、か。
 最初の目的を放り出し、協力者の願いさえ忘れ去って、私たちを迷宮に閉じ込め続けるとは。
 ひょっとしたら引っ込みが付かなくなったのだろうか。私による報復を恐れるあまり?
 それとも単に、ただ単に楽しみを続けたかっただけなのか。
 どちらも少し正しく、そして少し違うのだろう。
 最初から、私に悪戯を仕掛けることがたった一つの目的で、本はその方法でしかなかった、のだろう。
 後悔の二文字を、この無限の六日間の最中に見た覚えが無いことからも、そう断じられる。
 だから私は、あの小悪魔を、いつものように、叱り付けようとしている。
 それがここまでのあらすじだ。

「何だか、夢のように長い物語だったね。
 とても365ページの内に秘されるものとは思えない。
 私のような暇人の読書好きでもなければ、全部を読もうなんて思いもしないのだろうね。
 博麗の巫女さんなんて特に、今日来たばっかりというのもあるけれど、一ページも読んではいないよ。
 まぁ、読むだけで解決するような異変では勿論無かったのだし、読む以上のことなんて誰にもできないのだけど。
 それは実際、ここにこうしている私だって同じことだ。この閉じた本を作ったのは、貴方たちなのだから」

 時折、私の友人や知人たちが、外の世界からの入り口たる書物、神の七曜表を介して登場しはした。
 先週・・・前回の今週にも登場した知人達である。
 本を入り口に、二次元世界の神である小悪魔の能力を媒介して顕現した――私には小悪魔が化けたものとして認識される――幻想の住人達は、しかし最後まで私の偽の記憶を覆すことはできなかった。
 レミィしかり、魔理沙しかり、彼女らは異変の正体を理解せず本を読んだが為に、ここにいる私に起きている出来事の解決が私の救出に他ならないと勘違いしてしまったのだろう。
 そのことに、誰も気付くことが出来なかったから、私もどんどんと本来の目的を見失って、自分の周囲の異変を解決することにばかり躍起になっていたのだ。
 そうして、一体何回この年末の六日間を繰り返したか、もう本当に誰も判らなくなってしまったけれど。
 サルベージャとして最後に成功したのは、誰よりも回数多く私に介入してきたレミィだった、ということになるだろう。
 パチュリー・ノーレッジは年末の異変を全て解決する、という宣言。
 絶対の運命を通す赤い糸。自業自得、因果応報。
 私が起こした異変は、私にしか解決できない。それに気付けたこと。その為に、八雲紫という型破りまで利用したこと。
 流石は我が友だ――なんて、こんなことを今更言ったって仕様が無い。
 私は回答に行き着き、小悪魔のたくらみを暴き、こいつを呼び寄せた。
 私の目的への到達と、そのついでの頼まれごとの解決。
 それが急務だ。
 後の事は、後で嫌でも追ってくる。外に戻って、話さないわけにもいかないだろう。
 レミィは黙っているだろうが、魔理沙がそうであるとは限らず、第一どんなに隠し立てようとも、博麗霊夢の前には無駄だ。
 抗う術は無い。

「静かだね。どうしたのかな。
 ああ、いよいよ用が足りようとしているのに、ぐだぐだ言ってる私がうざったく思えるのか。
 さもあろう。だが心配は無用だよ。望みはわかっている。
 貴方が定義したとおり、一週間前と同じ日である今日なら、その願いを叶えることが出来る。
 夢を見続けているいい子に、欲しいものを一つだけプレゼントしてあげること。
 それが七曜表から得た、貴方の答え。願いを操る程度の能力。年に一度だけ宿る、私の不気味な魔法だ」

 言うが早いか、紅白洋装の人物は頭上を指差し、虚空にささっと指を走らせる。
 程なくして空中に大きな純白の袋が生まれると、それはぼすんと重たげな音を立ててソリの後部座席、洋装の人物の隣に乗るやいなや、前部座席の動物精たちをその穴の中に吸い込み始めた。
 異様な光景だが、以前も見たことのある私にとっては驚きに値しないものだ。
 洋装の人物の使徒である動物精はああして袋の中を探り、主が用意した無数のプレゼントの中から目的のものを見つけ出す。
 非効率なのは明白だが致し方ないのだろう。願いを叶える対象は大概において人間である。あんなに気紛れで移り気な生き物の抱く本当の願いを、これと定めて提供できるだけでも大したものだ。
 私も人間に負けず劣らず気紛れな魔女であるから、本来であれば探し物が見つかるまでにそれ相応の時間がかかるところなのだが、今に限っては違うと、洋装の人物も、私自身も、これを読む私以外にも最早知れたことだ。
 数秒もしないうちに、動物精の一匹が袋から舞い戻った。

「早かったね。よくやった」

 しもべが見つけ出した対象物を、洋装の人物が受け取る。
 用の済んだ動物精は、満足げに鼻を鳴らすと悠々前部座席に座った。他の動物精が戻ってくる様子は無かったが、私の心配するようなことでもなかろう。
 そんなことよりも。
 私の興味は、洋装の人物の手にあるものに注がれる。

「これが貴方の願うもの。
 知識が風化することへの、せめてもの抵抗。
 老いさらばえ、消えてなくなるものの存続のための手記。
 パチュリー・ノーレッジの百年記。言い換えれば、君の記憶そのもの。
 二次元の神の悪戯により奪われ、失い、求め続けてきた、あるべき幻想への道しるべ。
 そして、それはつまり、この閉じた年末の世界に残された、最も有力な出入り口、か」

 そう。
 何ということも無い、いつものちょっとした悪戯だと思っていた。
 本当の、一週間前の出来事。
 内容を纏め終え、後は私の署名と題を載せるだけで完成するはずだった私の魔法書が、少し席を立って戻ってきてみると、別の書に摩り替えられていたのだ。
 小悪魔の仕業である事は明白だった。
 確かにそこに置いてある書に私の署名は無かったが、表紙の色も本の厚さも違う。題だけは微妙に似通っていて、そこが私という魔女を完全に嘗めきった印象を際立たせていた。
 それは小悪魔の常套手段でもあった。
 慣れが私の判断を鈍らせたのだとすれば、私はいつからあんなに寛大で鷹揚な生き物になってしまったものだろう。
 冷静にあたりを目配せし、どこかで私が間抜けにも違う本に署名するのを今かと待ちかねている小悪魔を見つけ出して、即座に叩きのめすべきだったというのに。
 その場を丸く収め、後処理の面倒な悪魔討伐を避けるためだけに、悪戯の一切に気付かない振りを決め込んだ。
 嘗めていたのは私の方だったわけだ。
 騙されている風を見せ付けるような走り書きでもって署名をして、
 愚かにも、
 しかしパチュリー・ノーレッジであるなら当たり前に、
 ぱたり、と本の扉を開いた。
 そこにあったのは、365ページの全てに亘る白紙。
《全ての一週間に、特筆すべき何事も起こらなかった、あるべき意味を持たない予言書》。

「『せめて、最後の一週間だけでも』、という願いだったわけだね。
 私の作った、この年の七曜表はそう願い、二次元の神はそれを利用した。
 しかしまぁ、所詮はというかやはりというか、悪気を無くした悪魔なんてものはいないってことだ」

 無為のまま終わろうとしているカレンダー。
 登場人物のいない物語。
 『七つの大いなる光』、聖七曜表の、200x年版。
 言うなれば、今年そのもの。
 それに、私は名を付し。
 本の友として認められ、その物語の、最初の登場人物となった。
 荷の重いことに、一人三役。
 書き手として捕捉され、
 主人公として補足され、
 主犯格として補則されてしまった。
 字を操る程度の能力。《名に体を表させる》という次元の境界突破。

「予言書に書かれたことは実現するものだ。
 それを二次元の神は、その役割・・・《題名》を書き換えることで、改竄した。
 字を操るだなんて出鱈目極まる能力を、惜しげもなく悪戯に使うのだから恐れ入るよ。
 この世を支配する予言の持つキャパシティを転用して、本の中に《二次》の・・・《虹》の次元世界を生み。
 予言書を、物事を記述する幻想の日記、魔法の備忘録へと作り変えた。
 成り立たせる仕組みとはつまり、貴方か。
 《擬似的に二次=虹=七色=七曜を構成する素材として、その体を百年の歴史に分解した》。
 全く幻想郷ならではだ。無闇に強力で、無邪気に奇天烈なことといったら。
 どちらを向いても凄い妖怪たちばかりだから、私なんかはかなり肩身が狭いなぁ」

 だから、この物語は少々息苦しい。
 肩凝りや何かも混じっているだろうから、堅苦しくもあるだろう。
 全部が全部、私の脆弱にして矮小な肉体によるものだと思うと、今にもぽっくり逝きそうだなんて悪態がすんなり受け入れられるような気さえしてくる。
 まぁ、凝りをほぐそうなどと考えるほど、私の頭は柔らかくは無いのだが。
 思考のうちに、ふと眼下を望む。
 既に仕掛けの解かれた後の世界、視界としてしか捉えることの出来ない文字の世は、書き手たる私の描写が長らく絶えたことで、その実在をあやふやなものへと様変わりさせていた。
 親しみある図書館の風景であるようで、そうでもないどこか。
 例えば博麗神社の境内。
 例えば魔法の森のうらぶれた家屋。
 例えば紅魔館最下層。
 例えば冥界の門の上。
 例えば鬱蒼たる竹林。
 例えば四季の花畑。
 例えばはるか空の彼方、星の降りしきる異界。
 そのどこであるようにも感じられるひどく茫洋とした空間にあっては、列席する人々もまた同じく、輪郭と色彩を失い、うっすらとぼやけて誰が誰だか判らない。
 記述によりその実在を復権はしても、またすぐに薄らいでしまう私以外の全て。
 何も言葉を発さなければ、何をも感じ取らなければ、秒と待たずに何もかもが消えうせることだろう。
 だが、いま少し。
 ここには、人と妖怪が異様に集まった奇妙な図書館、あってはならない風景であってもらわなければならない。
 この場所がこの場所でなくなってしまえば、私がここにいて、目の前の人物の登場を待っていた理由も無くなる。
 本物の図書館と、この偽物の図書館とを、繋ぎ、留める。
 我が友が、紅魔館と魔法図書館を繋いだように。

「まぁ、それは兎も角。私も、自分の仕事を果たさなければね。
 そら。この本は貴方に贈ろう。メリー・クリスマス、パーティカラートルマリン 」

 紅白洋装の人物が、持っていたもの――これまた分厚い一冊の本を、無造作にひょいと投げて寄越す。
 私はページをはためかせて飛ぶ本が描く放物線を遮るように右の手をかざし、物体誘致の魔法で手元に吸い寄せた。
 軽く掌を返して題を見て、軽く頷き、地面に落とさないようしっかりと胸で抱える。
 境界を超えさせた切欠。博麗霊夢と同じく、私を以って世を定義する以上はこの場には現れ得なかったもの。
 私の手記。パチュリー・ノーレッジの昔日。密室魔女の百年記。『七つの遠き日々』。
 分解される前の、本物の私。
 入り口にして出口。内にして外。
 ようやく、ここに辿り着いた。
 万感と言っても過言にはなるまい。
 そう思える。
 が、今の私はそこに浸れる私ではないのだ。
 この私と、洋装の人物に出来ることを優先する。
 それが、面白おかしい平々凡々の幻想の世界を締めくくるということ。
 仕事納めということになるのだから。

 私はゆっくりと、急ぐことは無い、ゆっくりと口を開く。
 上下の唇が、内外の寒暖差が故に少し粘っこくくっついているのを想像し、こうして描写することで、私の唇がある。
 体を縛る名を意識し、そして口腔を通じ、言葉として発する。

「私はパチュリー。一週間ぶりね、あわてんぼうのサンタクロースさん。
 まぁ、歳母と使いの目を逃れて悪さをしようと思うから、こんなことになるのよ。
 これで、巻き込まれる方の気ってものが判ってもらえたかしら?」

 紅白の人物は後頭部に手をやり、
「よぉく判った。今度からは、無茶はしないと約束したよ。
 風邪を引いたら養生することと、それに、風邪を引かないように摂生することもね」
 照れるような仕草で言った。

「結構。
 それじゃ、折角ご足労いただいたわけだし。
 
 ――真犯人として、最後まで付き合ってもらいましょうか、ジーザス」

 今度は私が、返す言葉と共に本を抛る。
 左手で小脇に抱えていたそれは初めから物理を無視し、ふわふわと穏やかに、主の許に辿り着いた。
 あの七曜書にとっての造物主である紅白洋装の人物は、私がしたのと同じように自らの子をかき抱き、満足げな表情を浮かべてほっと一息つくと、私に目を合わせる。
 駄目押しのように一つ頷いて、それが合図である事を伝えてくる。

 さぁ、お仕事の始まりだ。

 ここまで読んできたのなら、もう何をするのか判るかもしれないな、と思う。
 判らなくとも良い。判れば尚良い。
 知っていれば得というものでもない。知識は損得のためにあるのではない。
 知識は知識。
 私は私。
 パチュリー・ノーレッジ。七曜の魔女。

 察しの通り。
 続きに続いた平和と、花火のように煌いた騒動、その顛末を、事実、あったこととして書き込む。
 その為には。
 ここまでと、全く同じ作法で。
 虚構のこの日が、この世にとってどういう意味を持つのか教えてやるのが相応しいのだろう。

 私の描く、ステンドグラスワールドでもって。




  洋装の人物がもう一度頷く。
  私は両腕に私の本を抱え、その手触りがあることを確かめながら、一つ、二つと数え。
  三つ、と呟いた瞬間に両手を大きく振り上げ、その勢いのままに私の本を上空に解き放ち。



  不気味な魔法を、終わらせる。





       【七曜よ】




   
  がぁぁぁぁぁぁぁん。

   銅鑼を激しく推し敲くが如き、長大で遠大な反響が空間を走り。
   空中に投げ出された私の本と、洋装の人物の手にする本の双方がそれに共鳴する。
   そんな心地良い不協和音の只中で、私は最新の記憶から新たな曜を定義する。

   さぁ聴かせよう、名も無き本よ。
   静かなる月、焼き打つ火、飲み干す水、伸び行く木、照り返す金、埋め込む土、そして騒がしき日の順で。
   私は不気味な七色から、絶えざる世の流れを創作する。



       【月曜は日陰で 馴染みの彼女に欠伸して
        暗いお部屋でいつも通りに 誰より遅い朝食を】



  がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん。

   二つの本の共鳴が、場を渡る長大な銅鑼の音を増幅し、
   この一週間で最も明確な境界を有する、最大精緻のステンドグラスワールドを構成する。
   茫洋とした世界は巨大な色眼鏡を通すことで色彩を凝縮され、メリハリを蘇らせ、実在の不確定性を取り除かれる。
   ここにある図書館をまごうかたなきものとして定義する。
   そこに居る全ての客人を本物の人妖たちとして分類する。
   見下ろせば、既に彼らは見分けの付く知人達。
   皆が高空を眺め、そこに居る私たちを見上げている。
   巫女が。魔法使いが。悪魔が。メイドが。大勢の人間、妖怪、悪鬼、邪精の類が。
   揃い揃って、ステンドグラスの一枚一枚に収まっている。

   名で体を表した登場人物たちには、七つに色分けされた視界がどう捉えられているのか、
   なんて、そんなことを考えている余裕も有らばこそ、私は次の一節を口の端に滑らせる。



       【昨日まで静かでも 火曜はあんなに蒸発する
        暗いお部屋でいつも通りに 寝こけていても暑すぎる】



  がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん。

   わんわんという細かな残響を拾い、一層長大な音色となって共鳴が続く。
   全ての色が個性を持ち、別々に跳ね回り、総じてこちらを注目している。
   彼女らは、観客であると同時に、この最後の大舞台を共演する音楽家たちでもある。
   ここにいることで。
   ここにいるだけで。
   私の指揮に従い、振りを付け、拍子をとって、多くの魔法を唱えてくれる。
   そのようにしたのだ。そのために来てもらったのだ。
   今日の異変は、今日があること。
   あるはずの無い日があること。
   それは昨日私が咲夜に頼んだこと。
   つまりは私が主犯。その解決も、私が請け負う。
   二重三重の結界構造。
   これもまた、魔法をより強く浮かび上がらせる為の、魔法。



       【だって彼女と壊すのは 間違いだらけの擬音祭
        暗いお部屋でいつも通りに 関係無いよと無駄な水曜】



  がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん。

   この共鳴の奏者たちは、彼女らは。
   自分が持っている楽器が、鍵を打つものか、弦を引くものか、管を吹くものかも分からないままだろう。
   深い楽章、広い楽章、遠い楽章、長い楽章、そしていつか訪れる終わりの礼までを、各々好き勝手に演じる。
   クラシカルな荘厳さは無くとも、式の幕すら脅かす、生の交響。
   たとえ一人で暗い館の深くにいたとしても、そのバックでは大騒ぎが起こっている。
   たとえ世を揺るがす大舞台にいたとしても、それとて数ある日常の一幕に過ぎない。
   幻想郷の奥深さ。
   その懐の、無駄にさえ思える深さ。
   広すぎる密室。オーケストラ専用の大ホール。
   まさに楽団の騒ぐ格好の場だ。
   交響の鳴り渡る、この世の最後の密室。
   その全てを眺め見、聴き、書き続ける?
   百年の魔女にだってできやしない。
   況して、一歳未満の赤ん坊になど!



       【一人ぼっちが嫌いだと 無口の木曜ぽつり言う
        暗いお部屋でいつも通りに いついつまでも 眠るのね】



  がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん。

   長い音。短い音。美しい音。美しくない音。
   一つ一つの音色が一人一人の生。
   一人にとって他全ての音色はBGM。
   何もかもがメインテーマで、常に並べてがバックコーラス。
   雑多なごった煮。
   それが当たり前の、不気味な魔法。幻想郷はその集合体だ。
   ここに常日頃住み暮らす幻想人たちには当然の観念。
   けれど。
   生まれたばかりでは、判らないこともある。
   未熟で幼稚な恐怖も仕方が無い。
   教わるものではないかもしれない。教えるべきでもないかもしれない。
   知識は損得のためにあらず。それが私の信条である。
   抛っておけばいいものを。
   しかし。まぁ。そうは言っても。
   ――しつけてやらねば、ならないこともあるのだ。



       【この金曜に蛇足を描いて マジシャンハットが伝えても
        暗いお部屋でいつも通りに 停滞気味の作業報告】



  がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん。

   だから。
   身の程知らずのこの世のため、音曲たちの重奏に、幕を下ろす。
   指先に七色のタクトを思い描き、転調を強調するように強く、激しく振る。
   それは七色のカラーペンに早変わりして、展開を強制するように激しく、強く標す。
   週を定義する私の手で、周の定理を書き込む。
   勘違いを正し、想いこみを糺させる。
   そのために必要な全ては、ここに揃っている。
   目前。眼下。
   自身。私。
   主犯。共犯。
   ――共犯。
   ここに至ってもまだしらばっくれるつもりなのは、逆に少しばかり誉められる度胸だと言えるが。
   しかし私はもう騙されない。騙されようが無い。
   騙されようにも、気付かざるを得ない。
   この状況が、動かぬ証拠。
   私の魔法を受けて共鳴し、不協和音を鳴らせるのは。
   私が書付け、生み出した、私から構成された登場人物ではないということ。



       【けど本当は標も知らず 明日の色より自由に開け
        暗いお部屋でいつも通りに 端っこだけが土曜の居場所】



  がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん。

   そして、どちらが誰なのかを類推するのは容易だ。
   物語の常という奴を考えてみればいい。
   簡単なことだ。
   《最後に出てきた奴が黒幕に決まっている》。
   《私は、空中に留まり、共鳴し続けている私の本を指差して》。

   もう言い逃れは出来ないよ。
   大人しく出てきなさい、小悪魔、と音無き声で呟いた。



       【遥か東の果ての果て 誰より早く目を覚まそう
        暗いお部屋でいつも通りに 日曜巫女が昇るときまで】




   共鳴が止み。
   私の本は見る間にその表紙を変色させ、空間を偏食し、灰色の境界に滲んだ後、
   緩やかに形を変え、私のステンドグラスワールドに、見慣れた赤い髪の悪魔として、実体化した。
   小悪魔は楽しそうに手を広げ、
   一興。一興。一興。一興。一興。一興。一興。
   興は削ぎ足りず、どれだけ解いてもまだ内側がある。
   久方ぶりにこちらで暴れさせてもらいましたもので、もう楽しくて楽しくて。
   つい羽目を外してしまいました。
   とか言うものだから、私も羽目を外して、
   ああそう。
   言いたい事は数え切れず、粛清してもしきれない気分ではあるけど、今の為に許すわ。
   覚えていなさい、と言いながら、今週最大の睥睨で迎えてやる。
   小悪魔は心底嫌そうな顔をしてから、
   ほらそんなことより、あちらを見ないと、と話を逸らすように促す。
   癪ながらそれに従って、私は紅白洋装の人物へと目を向け。
   その様子を見た上で、スペルの最終節を唱え始めた。



        
       【日月火水木金土 七つの星の巡り行く
        暗いお部屋のいつも通りは 七曜だけが知っている】



  しゃん。しゃん。しゃん。しゃん。しゃん。しゃん。しゃん。しゃん。しゃん。しゃん。

   幾重にも重なる涼やかな鈴の音が、動物精たちの手で打ち鳴らされる中。
   紅白洋装の人物は中空に屈み込み、抱えていた書物を、そっと手放した。
   既に物理の則から解き放たれた、否、定義を失った世にあって、それは落下することなく。
   ふわりと浮かび、一定の高さで安定を取り、
   先程の小悪魔と同じように、その姿かたちを本ではないものへと変える。
   昨日見たばかりの、灰色の人影。
   昨日よりもはっきりとした、少女の面影。
   ややもすれば境界に溶け消えてしまいかねない、薄弱な陰影。
   この二次世界で小悪魔により設定された、七曜書の自画。
   その虚像。
   
   わたしは予想しない。けれど。
   もしかしたらと思えるようになっている気がする。
   何による変化なのか。
   パチュリー・ノーレッジ。
   貴方なのか。

   影は言う。私は答える。

   判ってきたわね。
   そう。それは私の使った魔法。
   だけど、私にしか使えない魔法では、ない。
   誰にでも使える。
   魔法であるかすら定かじゃないけど、でもそれは、確かに幻想を支えている。
   そしてその幻想を、今の貴方を支えているのは、貴方よ。
   だって、この魔法は、誰にでも使える・・・不気味な魔法なのだから。
   
   不思議な問答だが、判る。
   ということは、そういうことなのか。
   なるほど。
   それなら・・・私は、礼を言わなければならないな。
   貴方だけではない。
   幻想の支えを担った、この場の誰もに。
   この私に書き込まれてきた、全ての登場人物に。

   影は言う。私は答える。
   
   そうね。
   でも、その前に。
   私から、いえ、私たちから、貴方に言うべき事があるのよ。
   今このとき、この場でしか言えない事。
   この魔法が終わってからでは、とても勿体無いこと。

   それは、何だ?
   私には――もう、予想、できるけれど。
   どこまでも手のかかる子供だと、笑われるかもしれないけれど。
   教えて欲しい。

   影は言った。

   私は答えず、さっと軽く手を上げる。
   魔法は時空を省略し、無駄な空白を読み飛ばし、結果をそこに齎した。
   一瞬の間も無く、私の目の前には、灰色の影が人妖たちの円陣に囲まれる光景が広がる。
   ループする六日の間に、登場人物として現れた者のうち、
   紅白洋装の人物により読み返され、再登場叶った人妖たちが、自分達で出来た大きな輪の中心を見ていた。

   私もまた、その円の中に組み込まれて、七曜表の少女と顔を合わせている。
   影は少し困惑した様子で、けれども、慌てることは無く。
   私が動くのを待っている。
   物語が終わる瞬間を、見逃すまいと瞳を開けて。
   一つ、頷いた。

   それに応えて、私は上げたままの手を、すっと軽く下げ。

   同時に一つ、呟いた。



      「誕生日、おめでとう」



   ああ、と。
   影はただ息を吐く。
   それがそいつの、とびきりの感情の発露だった。

   簡単な――ことだった。
   小悪魔が語った、この物語を続ける理由。
   生のサイクルを一年で終える七曜表の定めを、如何にして捻じ曲げるか。
   新しき一日の始まりを、どう用意してあげられるか。
   馬鹿者にとっては遊びの口実でしかなかっただろう言葉。
   馬鹿正直に叶えてやる必要が、しかし私にはあったのだ。
   本の友というだろう、私を。
   本好きに悪い奴はいないのだろう。
   それなら。
   友のたっての頼みを聞いてやることぐらい当たり前だと、私は既に学んでいる。
   そして、私に出来ることなど高が知れている。
   簡単で、単純なことだ。

   一年を遂げたカレンダーは、確かに捨てられ、忘れ去られるわね。
   けれど、もう貴方は捨てられたりなんてしない。
   何故ならここは幻想郷。
   忘れ去られ、なくなってしまったものの漂着場。
   その上、ここは図書館。
   捨て去られ、なくなってしまった書物の楽園。
   そしてここには、本を読み続ける魔女が一人。
   こうして貴方を、何度でも読み返すことが出来る。もう何度でも黄泉帰ることができる。

   これが最初の一度目。
   365分の1日目。
   あなたの、一歳の誕生日。

   そして――そしてそして。

   口の端から音無き言葉を紡ぎつつ、私は懐から、一枚のカードを取り出し。
   勢い強く腕を振って、灰色の影へと投げる。
   カードマジックの嗜みは無くとも、ブギーマジックがその投擲を支える。

   灰色がカードを受け取って、不思議そうな仕草で首を傾げる。
   問いたげなそいつが、私をもう一度見るのを待ってから。

   私は、スペルを締めくくる。




       【読み孵れ 七日】




   同時に。
   円陣を組む全ての人妖が、一斉に一様に構えを取って、カードを出現させる。

   スペルカードルール。弾幕戦。この物語から排除されていたもの。
   こいつがまだ体験していないもの。
   幻想郷の住人たるべき者、これを避けて通ることはできない。
   妖怪と人間の新しい関係を繋ぐ、荒っぽいマナー。
   これと決めた意志を通すために、習熟すべきスキル。
  《字によって定義された本の分を乗り越える為の、言葉の要らない語り合いの術》。
   それを、予めここに書き込み、教えておいてやること。


   ありがたく受け取りなさいね。
   ルールの定義と、その為のスペルカード。
   これが、私からの誕生日プレゼント。


   驚いているのか呆れているのか答えの無い灰色に、容赦なく妖怪たちの弾幕が開始される。
   小符「二乗皆無」。擦過「ディレイパームトライアングル」。
   白雨「フレグランスパラベラム」。画餅「一統天下」。
   音阿「余情の音」。渦動「インターコミットナルト」。
   慙愧「古城と主への最初の報せ」。列記「ミニマルインデント」。
   「エクリプスパルサー」。「グラフィカルチェイス」。
   その他大勢、総勢百数十名の提供による、いずれ劣らぬ優美華美の壮麗なる弾幕たち。
   華やか過ぎる彼女達からのプレゼントの前で、最早私のステンドグラスは背景と化した。
   
   弾幕の波に押し潰されようとする最中、その隙間から灰色が私を覗き、ありがとう、と言った気がした。
   意を汲んでくれたのだと思いたい、私の思い込みかもしれないけれど。
   頷き返して、息を吸い。
   溜息せずに、助言した。

   危なくなったら、スペルカードを使うこと。

   私の声が届くよりも早く、弾幕が弾け飛び。
   弾けるような笑顔の、彼女がいた。
   もう灰色でも影でもない。
   鮮やかな七つの魔法を書き込まれ、七色に染まったその姿は、七曜の名に相応しい輝きを放つ。
   
   そんな彼女に、なかなか学習能力が高いな、なんて思いながら。

   役目を終えた私は、この物語を読み終えるために、瞳を閉ざして。
   慣れ親しんだ世への、一時の別れを口ずさむ。

   さあ、最後の魔法を謡おう。
   出来れば今だけでいい、これを読んでいる貴方も一緒に。
   声を揃えて。

   太古からいや亦古くから。

   より新しく更に尚新しく。

   一重ならず偏に人会する。

   なんという不出来な合奏。

   なんという不気味な魔法!

   裏方でがなり続ける音曲!

   “楽しみは尽きない”というその呪い!







       【【【 ――― ブギーマジック・オーケストラ! ――― 】】】





 









 <ブギーマジックオーケストラ・完 了>











































 ***** あとがき ***** 午後の図書館にて



  私は不要だと思うのだが、あとがきなるものを書こうと思う。
  〆にあたって必要なものだから、と友が言うので。

  作者近況はあとがきの常らしい。友人もわからなさの境地に達している。
  といっても、私の日常はそうそう変化するものでもない。
  強いて言うなら・・・こんなことがあった。
  もうこんな体験をすることも、物語を書くこともないだろうと思っていた私に来客があった。
  紅白洋装の紳士が、無闇に神々しい女性と並んで現れ、私に一冊の本を渡した。
  昨年とは違っての堂々とした登場に、
 「煙突探しはやめたのね」
  と皮肉みたいに言ってやると、盗人と間違われて館主の怒りを買うのはもう沢山ですとの返答だ。
  二人は軽く頭を垂れて、すぐに去っていった。

  問題は残された一冊の本だ。
  
  それからというもの、
  虹色の髪を靡かせた妖怪少女が呼びもしないのに本棚からひょこひょこ出てきて、
 「この子も殆ど白紙だ。また、お話を書いてあげたらどうだろうか」
  幼い声で居丈高に言うのだから。
  その彼女を見て爛々と目を輝かせる馬鹿小悪魔に、あんな大変な思いをするのは懲り懲り、と言うと、
 「別に、私の細工なんか無しで、普通にお話し書けばいいんじゃないですか?」
  なんて簡単に答えて、悪びれる素振りも無い。

  結局、考えが甘かったということなのだろう。
  私は今、また少しずつ物書きをしている。
  今年の夏に起こる予定の異変(その張本人が事前に連絡をくれた)を先取りして、とんでもない物語を書いている。
  どう考えても、いいように踊らされているだけだが――

  不思議なことに、もうやめようという気にはならない。
  不気味な魔法は、まだまだ有効であるようだ。
  小悪魔が厭きるか・・・この私の執筆自体を巫女に差し止められない限りは。

  さて、あとがきもこの辺りで終わりにしよう。
  最後に謝辞を。
  この物語を書籍として出版した天狗の印字会社。
  その費用をどこから出したのか判らない価値ある品々で払ったレミリア・スカーレット。
  校正作業中に仕事の合間を縫って美味しい珈琲を提供してくれた十六夜咲夜。
  同じく、いや、真逆に面白おかしく人の作業を邪魔しくさった霧雨魔理沙とフランドール・スカーレット。
  最初から最後までアシスタントとして多くの邪魔をしてくれた小悪魔。
  その他、物語の執筆に関わった全ての人間・妖怪の皆様。
  というか、御名様方、か。
  貴方がたに、協力への謝意を示す。
  ありがとう。
  それと知って協力いただいた数名には既に一定の謝礼を(誕生日ケーキのお零れという形で)配ってあるが、
  もし自分はそんな褒美を貰った覚えは無いという方がいれば、何か差し上げる用意が無くも無いので、ご一報を。


  それでは、またの機会に。
  その時まで、幻想が続いていることを祈って。



 某月某日 パチュリー・ノーレッジ



<ブギーマジックオーケストラ 了>







 夜も遅くにこんばんは。
 shinsokkuと申します。
 お久しぶりです。

 前回のコメントで、すぐに続きを出します、などと軽はずみに書いたので、
 五ヶ月以上も経っての投稿となった今回こそは本気で怒られそうな気がしています。
 その時には既に第八話に当たる話を書き終えていたからこそのコメントだったのですが・・・。
 後で、未回収の伏線についていくつか失念していたことに気付き、結局は丸々書き直しと相成りました。

 そんな事情で、今回もばかに長くなってしまいました。
 申し訳ありません。
 注意書きにもあります通り、ご無理をなさらず、のんびり読んでいただければと思います。
 
だらり、だらりと長く続いてきたお話も、これでお終いです。
 如何でしたでしょうか? こちらでよろしかったでしょうか?
 おお、誤用。御用。
 とふざけるのは置いておいて。
 お話についてのお話を、少しばかりさせていただきます。

 タイトルは、言わずと知れたYMO、イエローマジックオーケストラから。
 毎話のサブタイトルは、特に出典はありません。こういうタイトルが好きなのです。
 土曜を除き、同じ字数で揃えてありますが、これは並べた際の字面を考慮してのことで、それ以上の深い意図はありません。

 内容。
 連作短編になるはずでしたが、火曜の辞典で普通の長編にしようと思いなおしました。
 木曜まではそこそこ短編っぽい空気で、それ以降は終わらせるための話という感じです。
 大失敗はしていないつもりですが、とんでもない見落としが無いとも限りません。
 もし何か見つけてしまったら、そっと心に仕舞っておいてください。

 更に当初は、
 現時点での東方キャラを全員出し、きちんとしたオリキャラも十名以上出す、という予定がありました。
 普通に無茶です。
 その構想の名残が、今回の本文中、魔理沙のセリフとして形をとっています。
 誰か書いてください。すみません、無茶振りのようで、半分くらい本気です。

 期間。
 えらく長くなったものです。長いといっても三年近くではありますが。
 その間の東方の移り変わりや何やらは私が書くことでは無いものと思うので省きましょう。
 自分の東方への想いは、最初に東方妖々夢をクリアしたときから全く変わっていません。
 かつて持っていた熱意、その温度は最早失ってしまったように思いますが、
 熱情の後の倦怠も同じように過ぎ去り、今は頭の中に当たり前のように東方がある状態です。
 なればこそ、こうして時間を長く置いても、最後まで話を書き終えられたのだろうと、
 そして、これからももそもそと何か書こうと思い続けられるのだろう、と思います。
 とか書くと、かなりアブナイ人に思えますね。
 というか危ないかもしれません。

 その他、書きたいことはまだいくつもありますが、既に十分長いように思うので、この辺で。
 また何か投稿させていただくことがあるときまで、しばしのお別れを。

 本文未読既読問わず、ここまで読んで下さった全ての方へ。
 本当に、ありがとうございました。


(十月三十日夜 誤植一字修正)

(同夜
 読んでもらえてて物凄く安心しています。あー、書けて良かった。
 コメントいただいた方へ、カウンターなど。

 >うわああああ
 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ(AA略
 お楽しみいただけたようで幸いです。
 奇跡といえば風神録ですがLunaノーコン未達成につき精進します。客星が苦手すぎ。

 >完結おめでとうございます。
 ありがとうございます。本当に、長らくお待たせしてしまって。
 読み返すと新たな発見があるかもしれません。
 自分はありました。いいのかなぁ。

 >拍手!
 ありがとう!
 全然関係ありませんが、自分、拍手の上手さだけは自信があります。
 違うんだよ、ぺちぺち平手を叩き合わせるだけじゃないんだって!
 迷惑なので心の中で叫ぶだけですが。

 >明日も仕事だというのに
 自分も止められませんでした。勢い重要、超重要。
 貴重な時間を割いてまで読んでもらえることへの感謝で明日も頑張れますですよ。
 語りたいことがあったら語りましょう! 適度に!
 語り合いましょうとまでは言えないのがこの臆病者の性ですが。色々とツッコまれそうで怖い。

 以上、こんな感じで、失礼いたします。


(十一月八日 夜
 お読みいただきありがとうございますですで。でです。
 時間差でコメントレシーブなど。

 >とりあえず、浸った後に
 スタッフが美味しくいただきました。は置いといて。
 喪失感みたいなものって、あんまり感じたことがありません。
 お祝いのときしか食べれない好物を食べ終わっちゃったときとかの感じですよね。
 凄い勢いで誉められてる気がしてきました。勝手にごめんなさい。ありがとうございます。

 >追い続けて三年
 柿八年。こんなに長く追跡してもらっておいて、自分に出来るのはお礼くらいなのです。
 長らく読者側に回れてない所為で、
 ちょっと自分の周りを見回すと知らない人だらけということになってて、
 何だかよく判らない寂しさに襲われたりしました。ああ、これが喪失感。

 以上、こんな感じで、失礼いたします。
shinsokku
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コメント



0.860簡易評価
1.100しず削除
うわああああ!
何故か今日、この様な時間に目が覚めたのは必然でしょうか。それとも予感でしょうか。
個人的に色々と奇跡的な状況だったりするのですが、それは此処で書くべき事では無いと思いますので割愛にて失敬。
そして、感想や感謝の心算で、恐らく傍目にはそうは見えないであろう以下の駄文を残させて頂きます。

私は(或いは私がロマンチストだからか)、人生には物語こそが必要であると考えています。
一つの夢が終わり、今、私は至上の幸福と奈落の寂寥を同時に迎えました。
『終わりがあるからこそ、物語は美しい。だけど、しかし、もっと!』
此れは読み手としての尽きないジレンマでしょう。
こちらこそ、ありがとうございました。本当にありがとうございました。
貴方の文章は、貴方の物語は、最高に素敵です。

点数に関して言えば、既に私の中では評点で表せるレベルに無いのですが、敢えてそれでも、という事で文句なしの最高得点を。
近い内、時間のある時に、いえ、時間を創り出してでも、月曜日から通して読み返させて頂こうと思います。
次の『何か』を楽しみにしつつ、失礼。
3.100名前が無い程度の能力削除
ついに完結ですね、感慨深いです。ずっとお待ちしておりました。
上手い文が思い当たらないのでとりあえず、完結おめでとうございます。
最終話を読み終え満足した今、今度はまた週末にでも全てを最初からじっくりと読ませて頂こうと思います。
4.100名前が無い程度の能力削除
拍手!
14.100床間たろひ削除
ああ、読んでしまった。明日も仕事だというのに止められなかった。
いや、読み始めたら止まらないのは解ってましたがね?

そりゃそうでしょう。とっくの昔に魔法を掛けられていたのですから。
そしてそれは解呪されることなく、次なる魔法も掛けられてしまったわけですが。

語りたいこと、理解が及ばず問いたいこと、どちらも無数にありますが、今はただ一つだけ。

『素敵な魔法をありがとう』

次の魔法を楽しみにしておりますw
17.100名前が無い程度の能力削除
何だろうな~
この充足感と虚心感・喪失感
とりあえず、浸った後に最初から読み直すとします
18.100世界爺削除
 追い続けて三年。こうして完結の場所に立ち会えたことを幸運に思います。
 お疲れ様でした。
22.60名前が無い程度の能力削除
(点数は「待ってました!(60点)」て意味合いですので)

あまりに待たされましたよ。これが完結するまでここの他の話が見れないとまで思ってたくらいですから。
やっと僕の中の時も動き出した感じです。
執筆おつかれさまでした。
26.100名前が無い程度の能力削除
今更な年ですが月曜から引き込まれまして。
ここまで読めて本当によかったです。
貴方の頭の中には東方の人物が住み着いてるんでしょうな。
本当の事、また本当の事、全てを受け入れる幻想郷、幻想郷はすぐ近く、幻想郷はそこにある。