Coolier - 新生・東方創想話

今夜の酒には電気ブランを

2007/10/29 09:36:45
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盛者必衰と古めかしい本は仰っています。なのに木屋町は滅びません。
昔からの歓楽街には首都機能の移転でかえってお役人さんが増えたようです。


代わりに学生が飲むような安めのお店はずいぶん減ってしまい、
路地裏の地下とか、雑居ビルの一室とか、そんなところにちんまり残っているのみ。
そもそもが狭い京都、遷都の時点で地価高騰は避けられません。
学生に対する不動産的配慮など、広重から幻想の風景の中へ投げ捨てられてしまったようです。


今頃は樹海の中でしょうか。そういえばあそこにはずいぶん不動産的余裕がありそうです。
霊的にはどうか知らないけど。


「メリー」


私はぼんやりと向こうにある寺町通の前時代的なアーケードを眺め、
それから手前の高瀬川を見下ろしました。


立体映像の高瀬舟には立体映像の米俵がいくつも積まれ、
やはり立体映像の小粋な船頭が器用に舟を漕いでいきます。
1時間に1本、定時で運航していく立体的高瀬舟幻燈。
シティプランナーの遊び心かバージョンが複数あり、
いま運航しているのはなんと女性の船頭さんでした。


ふくよかな胸部を誇る彼女(映像だけど)めがけてダイブする酔客が後を絶たぬとの噂ですが、
私も実物を見るのは初めてです。


川に向けて屈み込む気の毒な女子学生の頭部をすぅっと高瀬舟が貫通してゆきました。
真新しいリクルートスーツに身を固めた、短めの髪型をした小柄で真面目そうな子ですが、羽目を外しすぎたのでしょうか。


映像の船頭は黙って背中を向けているのみですが、痛ましい表情を浮かべているかもしれません。
姫のような扱いで、これもスーツの男性達が彼女をいたわっている様子が見て取れました。就活か何かの集まり
のようです。


それにしても高瀬舟に頭を通られる経験もなかなかに貴重です。
物思いに耽る私の耳元ではグラスの氷がカランと音を


「メリー」


蓮子でした。冷え冷えの蓮子のグラスが頬に当たりました。
思った以上にいいリアクションをしてしまった私の椅子ががたりと鳴り、
カウンターの隅で突っ伏していた眼鏡をかけた院生風の男子学生がガバッと身を起こしました。

―あれはすごい仕入れであった。
訳の分からないことをひとしきり述べ、彼は再びテーブルのヒトとなりました。

安眠を妨害するに留まらない私は肘でグラスまで倒してしまいましたが、幸い中身は空っぽでした。
カウンターの向こうでバーテンダーのお姉さんが少し笑いながら私を見ています。


「ごめんなさい、この子ときどき結界越えちゃうの。色んな意味で」

「一線越えなきゃ大丈夫でしょ」


ニヒルに微笑むお姉さんは蓮子の帽子を上向きに持ってくるくる回すと、
中からわっと鳴るような花束を取り出しました。


「帰還記念」


私は訳も分からず花束を抱きました。


「メリーに言わなかったっけ?ここマジックバーなの」

「種も仕掛けもありません」


おどけた身振りでお姉さんが両手を耳の横でブラブラさせました。
合成ライムを斬るナイフを持ったままだったのがいささか危なげに見えました。


手品より驚嘆すべきは、蓮子が帽子を手品に使わせたことの方だと思いましたが、
大いに酩酊していた私は素直にぱちぱちと手を叩きました。
そしてもう一杯注文しようかと自分のグラスに目を移すと、
既に茶褐色の液体が半分ほど入っているではありませんか。

花束、帽子、それからお酒。
私は三度目の驚嘆に囚われました。



「おごりよ」

種も仕掛けもないお姉さんはトングで挟んだ氷をちゃぽんと一つ落としました。

「電気ブラン。私の一番のお気に入り」

私は出されたお酒は飲むのが礼儀とばかりにすいっと飲み干しました。


え、ちょっと、それ、とお姉さんの制止の声が聞こえてきましたが、
礼儀作法の前には黙殺されて然るべきです。

個性的なお名前の電気ブランはずいぶん強く、微かな痺れと華やかな味が口に残りました。
喉から胃にかけてほのかな暖かさが伝わります。
ああ、私を喜ばせる刺激的な貴方!汝の名は電気ブラン!


しかしその直後、私は酩酊のあまりカウンターにごとりと頭を預けました。
ああ、私を支える盤石たる貴方。汝の名は合成木材化粧合板。


蓮子が笑う気配がします。

「大丈夫。メリーはこのくらいじゃ死なない死なない」

本当でしょうか。

「長生きするわね、この子は。相当期間」

果たして本当でしょうか。

「これってずいぶん古いお酒じゃない?
 あんまり見かけないけど」

「私のルームメイトたちがこういうの好きでねぇ…
 ホッピーとか私もそういうのばっかり飲んでて」

……

「へえ、いいなぁ。レトロ趣味。ルームメイトってのもいいなぁ」

「一人で住むと家賃が高いからなんだけどね。
 本ばっか読んでる奴に朝まで帰ってこない奴に。
 家事なんて私ばっか。少しは手伝って欲しいなぁ」



しばらくウトウトとしていると、先ほどの眼鏡大学生も席を立ち、
入り口近くの席に座っていた女性二人組も支払いを済ませて出ていきました。

―おいくらでしたか。
―私が持つわよ。

お店の中には私と蓮子とお姉さんだけが残り、
先ほどの女性二人組の、お香に似た香水の香りがふんわり舞うだけになりました。


お姉さんは懐から時代錯誤な懐中時計を取り出し、厳かに言いました。
「二時。当店はこれにて閉店させていただきますわ」


蓮子に急かされて、慌ただしく店を出ました。
お姉さんはグラスの水気を拭いながら、「新しい手品と電気ブランのカクテルを考えておく」と言っていました。
「いま本の引き取り手も探してるのよ。あなたたちとかちょうど良さそう」



不覚にも、店を出た直後に私も高瀬川の水面とにらめっこする羽目になりました。
川に向かってアヒルのようにがぁがぁやっていると、目の前が木目で一杯に。

目のような模様に私はスズメよろしく吃驚しましたが、すぐにそれは左から右へ過ぎていきました。
背中をさすっていた蓮子が「あー…」だの「おっ」だのと小さく声を漏らしました。

「どうしたのよ」
「今メリーの頭を高瀬舟が」

どうやら私も気の毒な部類だったようです。
私も笑って言うしかありません。
「それは貴重な経験だわ」


「しかも森鴎外罪人送還後バージョン」
蓮子は笑って言います。「プレミアだね」
「プレミアで気の毒な人なのね」



平日(私たちは不良サークルですから!)の夜更けの帰り道は人影もまばらです。
すれ違ったのは人が二人(にしたってあの二人は夜更けの神社で何を?)
と猫が一匹、それから気の早い烏が一羽。


晩秋の下弦の月が黒い空にぽつんと引っかかっています。


何を考えてるの?と蓮子が聞いてきたので、
私は花束を一度わさりと振って、「電気ブランの味」と答えました。
私が飲んだ電気ブランは伏見目指して流れていきましたが、
あの華やかな味がまだ口に残っている気がします。
もちろん心理的な意味で。


蓮子はちょっと上を見上げて、
荒神橋東詰、とぽつりと呟いてからから言いました。

「私は月のことを考えてた」

「月旅行のこと?」

「もっと人文的で観念的なこと」

「蓮子が、人文的で観念的なことをね」

「毎月同じ形なのに、なんでこうも見る気分が違うかなって」

「それ、人文的?」

「違うかもしれないけどね、今日の月は今日だけ。明日も来月も同じ月は出ない。
 そんな和歌があったわね」

「と、今日を惜しむ蓮子なわけね。
 私はお酒の味で良かったわ。お酒はいつ飲んでも同じ味だもの。
 たぶん今日を惜しむなら月よりお酒を愛でるべきね」



私たちはその晩、鴨川沿いの交差点で別れました。


「また明日ね、メリー」
「うん、ちゃんと起きれれば」
「起きろ。講義行け」


そう言って私たちは別れたのです。

秋風はますます冷え、中空にかかる月はいよいよ白い。
冬と秋の境の日でした。








あの晩を思い出す時、月だけではどうしても足りません。
だいたいにおいて月というものは油断がならず、
形が同じでもその月はあの晩の月ではないからです。


電気ブランさえ飲めばふとそれがふっと戻ってきて、触れそうな気分になります。
あの時の花束、バーテンダーのお姉さん。木屋町。高瀬舟。お腹の暖かみ。彼女の帽子。




蓮子。







私は手を叩くと、同居人たちにこう言いつけをします。
今夜の酒には――。
   ||||
  (゚ω゚)  <でんぱ ここまで
  。ノДヽ。    
   bb
まのちひろ
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コメント



0.620簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
電気ブラン、呑んだことないです、今度買ってみよう

船頭、バーテン、何時かの何処かと似た風景
そして人文的?な蓮子カッコイイ
4.80kt-21削除
なるほどこれはよい電波。
メリーメリー電気ブランすいっと呷っちゃダメメリー。
6.80名前が無い程度の能力削除
確かに蓮子が帽子を使わせた事に驚き
何となく蓮子(と帽子)にそんなイメージが
9.80名前が無い程度の能力削除
このバーテンと似た人を、どこかで見かけた事が有るような無いような・・・

蓮子の帽子を、本人とメリー以外の誰かが使う話、初めて見ました
13.無評価まのちひろ削除
ご感想をありがとうございます。
細部をいくつかいじらせて頂きました。

個人的に電気ブランの味に近いのはクリニカだと思う。
好きだけども。
18.80名前が無い程度の能力削除
電気ブランで電波でいい感じにほのぼのでした。
昔飲んだことあるんですが,リキュールは少し苦手。
でも,飲みたくさせるそんなお話でした。
22.80名前が無い程度の能力削除
夜は短し歩けよメリー。

こういうお話読むとどうしようもなくお酒が飲みたくなる。
アルコールはまったくの苦手なんですがね。