紅魔館では、定期的にパーティーが開かれる。定期的にというよりは、館の主の気まぐれでであるが。
そんな紅魔館のパーティーでの、ある出来事である。
★★★
「流石は紅魔館のパーティーだ。うまそうな料理がいっぱいあるぜ」
大きなホールにテーブルが並べられ、所狭しと豪華な料理が存在を主張していた。
紅魔館の住人に、多数の妖精メイドたち。今回は、魔理沙やアリスのような友人たちも招待されている。
妖精メイドはかいがいしく給仕をしているのと、料理に群がっているのに分かれている。パーティーの時はメイドたちも無礼講だが、お客様がきているため、シフトで給仕役もいるようだ。
そこはもちろん妖精のため、給仕役だとしてもつまみ食いはしている。
広いホールは多くの妖精でごった返し、賑やかな喧騒で包まれていた。
★★★
「あれ、あれってなんか魔理沙の帽子に似てない?」
「なんだなんだ……おっ!」
それは確かに魔理沙のかぶっている帽子ような形をしていた。色は銀色で鈍く光り、とんがってる上の部分は途中で切り取られ穴があき、つばの部分は上に反り返って、その窪みには液体があって、湯気を立てている。よく見るとその下には火が焚かれていた。
「なんなのかしら。不思議な形ね。ホントに魔理沙の帽子にそっくりだわ」
「おいおい、やめてくれよ。流石にこれをかぶって空を飛ぶ気はない」
「一回くらい試してみてよ」
「断るぜ」
「言われてみれば、確かに似ているわね」
二人が振り向くと、そこには紅魔館のメイド長十六夜咲夜がいた。
「絶対かぶるもんか」
「あら、ひどい言い草ね。きっと似合うのに」
「咲夜もそう思う? 是非見てみたいよね」
「2人してやめてくれ。死んでも嫌だぜ。ところで、これはなんなんだよ?」
「残念ね。ああ、これは、しゃぶしゃぶっていう料理の鍋よ。こないだ香霖堂で見つけたの。」
そう言って、咲夜は手にしていた皿をテーブルに置いた。皿には薄切りにされた肉が綺麗に並べられている。
「自分で肉をお湯にくぐらして、タレにつけて食べるらしいわ」
咲夜は箸を手に取ると、食べ方を実演してみせた。桜色をした肉は湯の中で白く色を変えていく。
「これくらいでいいかしら……ああ、美味しいわ」
それを聞いた二人も箸を手に取り、肉を湯にくぐらせ始めた。
「これはうまいぜ」
「ホント美味しいわね。今度作ってみようかしら」
二人は料理を褒めると、我先にと肉を食べ始めた。
「そう言ってもらえると光栄だわ。ごゆっくりどうぞ」
咲夜が立ち去ると、魔理沙の歓声を聞きつけたメイドたちが一斉に寄ってくる。どうやら上司の目を気にして遠巻きにしていたようだ。
「なんだ、いっぱい来たな。こうやって食べるんだぜ」
メイドたちも魔理沙の真似をして食べ始める。
歓声が一段と高くなり、それを聞きつけたメイドが更に集まってくる。
「おい、押すなよ……って、ちょっ、だから押すなって」
気づくと、魔理沙はしゃぶしゃぶに群がるメイドたちに締め出されていた。館の主人にメイドの躾がなってないと嫌味を言いに行こうとも考えたが、パーティーは無礼講。言うだけ野暮だ。それに、もし聞き入れてくれたところで、この妖精たちが言うことを素直に聞くとも思えない。
「やれやれ、とんだ災難だ。なんだ、アリスも除け者か?」
「あんたと違って、早々に締め出されたわよ。よくあんな中で妖精たちに渡り合えるわね。さすが野生育ちってとこかしら」
「温室育ちはひ弱だな。こんなのに負けてちゃ魔法使いはやってられないぜ。とは言っても、締め出されてしまったけどな」
「魔理沙が図太いだけよ。でも、もう少し食べたかったわ」
「全くだぜ」
「あら、面白い眺めね。久々に出てきた甲斐があったわ」
2人が振り返ると、そこには紅魔館の居候パチュリーが佇んでいた。いつも通り紫一色ではあるが、パーティードレスなのだろう、ところどころにレースやリボンがあしらわれ、違った印象を受ける。歳そうお、ゴフンゴフン…失礼、外見相応の可愛らしい少女に見えるから不思議なものだ。
尤も、いつもの如く手には本を抱えているし、言葉とは裏腹にその表情は不機嫌ではあるが。
「よう、パチュリー。お前がパーティーにいるなんて珍しいな」
「久しぶり、パチュリー。そのドレス素敵ね」
「ありがとう、アリス。久しぶりね。たまには着てあげないとドレスが可哀想だから」
「本当に素敵で可愛らしいわ。人形の服を作るのに、そのデザイン真似させてもらっていいかしら?」
「別に構わないわ」
「ありがとう。それにしても、いいドレスだわ…
「おーい、私は無視かよ。おーい、おーい」
一人除け者にされた魔理沙が騒ぎ出す。
「あら、いたの」
「随分な挨拶だな。今日はいいことないぜ。肉も食いっぱぐれるしな」
「日頃の行いの所為ね。ところで何の料理だったの?」
「あー、しゃぶしゃぶって言うらしい。うまかったぜ」
「そうそう、鍋が「それはもういいぜ」のよ」
魔理沙の声がアリスの科白をかきけす。
「ああ、魔理沙の帽子に似ているやつかしら?」
魔理沙の努力も虚しく、パチュリーがあっさり正解を答える。
「ちくしょー」
「ねえ、パチュリー、魔理沙にかぶせてみたいと思わない?」
「ええ、同意するわ。ところで、その魔理沙の帽子なら、あっちにもあるわよ」
「まだ帽子があるのか!! じゃなくて、しゃぶしゃぶがあるのか!?」
「ええ、まだあると思うわ」
それまでの不機嫌さが嘘のように、急に笑顔になる魔理沙。
「パチュリー、早く連れてってくれよ。あ、そういえば、今度読み終わった本返しにきてやるぜ」
その科白に口をポカンとあけるパチュリーとアリス。
普段の魔理沙を知っているものなら、耳を疑っただろう。余程しゃぶしゃぶが気に入ったのだろうか。
そこまで肉に執着してるのね。まるでどこかの紅白みたいじゃない。
そう言った呟きは、もちろん魔理沙の耳には届いていない。当人は、上機嫌で鼻歌を歌っている。
しばらくパチュリーも呆けていたが、薄く微笑むと、ホールの奥のほうを指差した。
「あっちの方よ。折角本を返してくれる気になったんだから、たくさん食べさせてあげるわ」
今までに誰も見たことのないような、とびきりの笑顔を見せると、パチュリーは2人を連れ立って奥の方へと進んでいった。
★★★
「あの魔理沙が本を返すだなんて……よっぽど気に入ったのね」
「ええ、驚いたわ」
「見たことないくらい上機嫌。なんか歌まで歌ってるし。後で咲夜に頼んでお鍋をもらおうかしら。家で作るからって魔理沙を招待すれば……」
段々声が小さくなり、終いにはブツブツと何事か呟いている。顔が赤くなって、ニヤニヤと笑っているが、気にしないでおこう。
パチュリーは薄く微笑んだままだし、当の魔理沙といえば気分良く歌い、右腕を振り上げている。
「しゃーぶ、しゃーぶ、食わせろ、にーく♪」
こっちも気にしないことにしよう。
★★★
「ここよ」
そう言ってパチュリーが示した一角は、それまでのパーティーの空間とは一線を画していた。
テーブルに豪勢な料理は並んでいるが、あれほどに群がっていた妖精メイドたちが1人もいない。小悪魔が嬉々として舌鼓を打っているだけだ。
「ああ、ここは上客優先よ。無礼講とはいっても、ここの料理は妖精たちは後からしか食べれないの」
「なんだなんだ、そんな料理を食わせてくれるのか? パチュリー、明日にでも本を持ってくるぜ!」
「その約束忘れないでね」
「パチュリー様」
振り返ると、お辞儀をする咲夜がいた。だが、その顔には微かな困惑の表情が見える。
「パチュリー様、こちらのテーブルは、」
「咲夜、構わないわ。ところで、レミィの様子はどうかしら?」
「上機嫌にしてらっしゃいますわ。後ほど、こちらのテーブルにも来られるかと」
「そう、それはよかったわ。魔理沙がしゃぶしゃぶを食べたいって駄々をこねるから連れてきたのよ」
「なるほど。それでこちらに。お肉はどうなされますか?」
「もちろん、このテーブル用の、最上級のを持ってきて頂戴」
「メイド長早く頼むぜー。にーく! にーく! レミリアが来る前に全部食い尽くしてやるぜ!」
魔理沙の笑顔と、パチュリーの微笑みに、咲夜も微笑みを返す。やや苦笑が滲み出ているような気もするが、この先の展開を考えてだろう。
ちなみに、七色の子はさっきからずっと、顔を赤くして一人で呟いたままだ。
「では、只今お持ちいたします」
と、言った次の瞬間、その手には大皿が乗せられていた。
★★★
小悪魔も輪に加わり、4人でしゃぶしゃぶ鍋を囲む。咲夜は少し下がって控えている。
近くにかしましい妖精たちもおらず、結界でも張られたかのように、静かで異様な空間がそこには存在していた。
その異様な雰囲気を醸し出しているのは、何よりもそのテーブルクロスであろう。
他のテーブルとは異なり、真っ黒なテーブルクロスがかけられている。
紅魔館の名前の通り、くすんだ紅色の壁の色とも調和し、そこに並べられた料理の色彩をも引き立てている。咲夜の持ってきた大皿も、黒色で金の模様があしらわれ、紅色の肉がその存在を最大限に主張していた。
「こうやって、逸る気持ちを抑えて、肉をくゆらしているこの瞬間が風流じゃないか」
「普段の貴方からは想像も付かない科白ね」
「くすっ。パチュリー様の言うとおりですよ、魔理沙さん。遠慮せずたくさん食べてくださいね」
「食べようと思ってからのこの間があるからこそ、こいつはうまいんだぜ。言われなくても食い尽くしてやるから、心配するなよ」
「お、食いごろだ。散々待ち焦がれた甲斐があったな」
熱心に肉を見つめていた魔理沙は、箸を引き上げると、タレに肉をつける。
みんなが注目する中、魔理沙は一口目を口にする。
「魔理沙、味はどうかしら?」
「……めちゃくちゃうまい。食ったことのない味だぜ!!」
満開の笑顔を見せる魔理沙。パチュリーも小悪魔も楽しそうに微笑んでいる。
「そう、それはよかったわ。小悪魔、私たちも食べましょう」
「はいっ、パチュリー様」
「へっへー、レミリアが来る前に全部頂いてやる。
……おい、アリス、お前いつまで肉くゆらせてるんだよ。どうかしたのか?肉が不味くなるぞ」
片手を赤くなった頬に当て、身体をくねくねさせながら、肉をゆがいている。箸と箸がぶつかっちゃったりして、おい、お前の肉もくれよ、いや、やっぱりお前の肉じゃなくてお前をくれよ、なんて言われちゃったりして。きゃぁ、どうしよう……
「おーい、アリス、おーい」
「やっぱりベッドまで移動した方いいかしら。ムードは大事よね。でも、そのままでも……って、えっ、はっ、、、魔理沙!? もしかして聞こえてた!?」
「なんのことだ? 聞いちゃいないぜ。ところで、その肉早く食わないと堅くなっちまう」
「よかった。えー、ああ、えーと、そうね。早く食べなきゃね」
「うまいうちに食わなきゃよくないぜ」
ようやくこちらの世界に戻ってきたアリスは、あたりをきょろきょろと見回す。
「ところで、これ何の肉なんだ? あっちのテーブルでは、牛に兎、それに猪肉もあったと思うが、それとは違うよな。もしかして熊肉か?」
言いつつも、箸の動きは止まらない。もぐもぐと食いながら問いかける。
「え、ちょっと待って魔理沙。黒のテーブルクロスって、ここって、」
「あら、魔理沙。ここにいるなんて、どうしたのかしら?」
アリスの声をさえぎって、館の主、レミリア・スカーレットがやってきた。
「咲夜、私にもちょうだい」
「はい、只今」
咲夜から、小鉢と箸を受け取り、優雅に肉を食す。
「美味しいわ。ところでパチェ、魔理沙は貴方が連れてきたのかしら?」
「ええ、レミィ。魔理沙がどうしてもしゃぶしゃぶを食べたいっていうから」
薄く微笑みを返す。
「そうなの。魔理沙、味はどうかしら?」
「とてもうまいぜ。もぐもぐ。レミリアが来る前に全部食べつくしてやろうと思ったんだけどな」
「そう。貴方の口にあってよかったわ。
そういえば、さっきの疑問に答えてあげましょうか。
貴方が食べているのは、 『人肉』 よ」
時が凍りついた。咲夜の能力ではない。
魔理沙は、口を開き、肉を今まさに食べようとしていた、その姿勢のままで固まった。
次第に顔色が悪くなり、汗が垂れていく。
「……ちょっと用事を思い出した。失礼する」
ようやく時の支配を逃れると、魔理沙は踵を返し、その場から立ち去った。
…口を両手で抑えて、お手洗いはどっちだー、と叫びながら。
「くすくす、魔理沙は面白いわね」
「ええ、お嬢様。久しぶりに面白いものを見せていただきましたわ、パチュリー様」
「ええ、魔理沙の顔ったら、なかったわね」
「あははははは、パチュリー様、最高ですよー! ずっと微笑んでましたよね。悪魔の微笑みってやつですか。もう笑いを堪えるのに精一杯で」
「悪魔の微笑みって貴方が言う科白かしら、小悪魔。でも、これでしばらく魔理沙が本を奪いに来なくなってくれればありがたいわ」
紅魔館の上客優先しゃぶしゃぶと、アリス宅のしゃぶしゃぶ
魔理沙にとっちゃあ、どっちも危険
アリス、知っているという事は招かれ済みですか。違う料理だったみたいだけど・・・まあ、人間じゃあ無いし
紅魔館の住人がダークに見えるのは、たぶん紅魔郷でのイメージで書いたからですね。というか、みんなSなだけです。
イマイチわかりにくい部分もあったようで、お恥ずかしい限りです。
魔理沙をはめるために、パチェは嘘ばっかついてるってことです。
>1番目の名前がない程度の能力さん
腹が黒いと昔からよく言われます。あ、関係ないですねw
>2番目の名前がない程度の能力さん
腹が黒(ry
後者の方が危ないような気がするのは、ここのアリスだけでしょうか?
あと、上客優先ってよりは、材料がアレなだけですね。いいご馳走なんでしょうけど。
>3番目の名前がない程度の能力さん
なんか、この流れで話続けてっても面白いような気がしてきました。
アリスも、魔理沙も、パーティーには何回か招かれてるはずです。黒いテーブルは上客とかじゃなくて、食材の問題で。上客って言ったのはパチェの方便ですね。
魔理沙が知らなかったのは、単に言ってなかっただけでしょう。わざわざ不快にさせないでしょうし。
続きを書いて頂けると嬉しいですね。
後書きに書いた本筋の話ってやつとこれの続きと、書こうとしてますがなかなか難しいですね。
書きかけてはボツ、書きかけてはボツの繰り返しです。
とりあえず、色々他に書いてみてます。
いつか、これの続きは書きたいです。