Coolier - 新生・東方創想話

昔語り

2007/10/22 14:06:16
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※ 昔の話は作者による妄想です。真に受けないように。
※ 咲夜さんの昔説は色々ありますが、作者的にはこうであって欲しいと思い書きました。
※ 無理だと思うなら戻る事をお勧めします。
























――――カーン、カーン、カーン。

外は銀世界。雪は日を重ねる事に強くなっていく。

――――カーン、カーン、カーン。

霧の湖も凍ってしまい、吹雪が続く外を往来、または飛ぼうとする者等、寒さに強い氷妖精か、それでも暇だからと突撃してくる箒に乗った魔法使いだろう。

――――カーン、カーン、カーン。

太陽は暗き雲と吹雪に隠され、我が主である吸血鬼、レミリア様やフラン様にとっては太陽が出ていなくて喜ばしい反面、吹雪の中を往来する気にもなられないようで、館の中で静かにしている。

――――カーン、カーン、カーン。



「……んんー」
丁寧に、何度も作業工具であるハンマーで形を整えていくが、思った以上に自分のイメージと合致しない。
もう一度焼却炉の中に整えていた装飾品を、スコップに乗せて溶かす。
「…やっぱ無理があるのかなぁ…」
今使っている場所は、紅魔館の調理場の、真下にあたる私個人で使っている部屋。
ここで本来、メイド長…咲夜さんが使うナイフを作っていたのだが。

元々銀のナイフを作るのに、置き場にレンガ、冷やすのに掃除で使うバケツの水やら、あげくのはてには調理場のキッチンの熱管理をする為だけの焼却炉に、積もった雪をかくのに使うスコップで押し込んでいる始末。
どう考えても、練成所には程遠い。
それでも一年、また一年とナイフは作ってきた。あの時から。
今回は少し形が違うだけなのだ。
なのに、納得がいかない出来になる。
高温で焼かれ、溶けていく、銀の装飾品だったものを見つめながら、昔を振り返っていく。





――――――――そう、あれはもっと、外が穏やかな、雪景色だった時だ。








あの時も、私は紅魔館の門番として、門の前に立っていた。
夜中に、レミリア様が雪の中を飛んでいかれ、朝方になって、腕の中に何かを抱えて来た事から、「戯れ」を招き入れたとしか、この時は思っていなかった。
それから昼になって、メイド妖精たちが各自で昼食を取っている中、レミリア様に呼ばれたのだ。


「…あの、すいません。もう一回お聞きしてもよろしいでしょうか?」
レミリア様の部屋に入って簡潔に、呼んだ理由を言われた。
「……この子を、この紅魔館のメイドとして躾なさい。三度は言わないわ」
そう言って、レミリア様の後ろに隠れるようにして立っていた、メイド妖精達と同じようなメイド服を着た銀髪の少女の首根っこを掴んで、私の前に突き出してくる。
少女は、前に突き出されても、俯くようにして顔を伏せたままだ。

「…ええと、この子、人間…ですよね?」
「それ以外にどう見えるのかしら?」
レミリア様は上機嫌…とは行かないが、何故か嬉しそうな顔をして顔を俯かせている少女の首にしなだれかかりながら、囁くように口を紡いでいく。
「この子がそう望んだ事よ。この紅魔館…私の元で役に立ちたいって」
その言葉に身震いするように、その少女は反応していた。

「…それとも、美鈴は私の命令が聞けないって言うのかしら?」
震える少女と、蛇のように矛先を私を見つめるレミリア様を見て。
「いぇ、やらせていただきます」
淀みなく、即答した。逆らえばどうなるか、よくわかっているからだ。


その後、簡単にこの子にどういう事までさせていいのか、この子に名前はあるのかといくつか質問して、レミリア様の部屋から退出した。
「…はぁ」
とりあえず聞けた事は、少女の名前は十六夜咲夜という事だけ。
なんでわざわざ人間をメイドとして躾るのか、なんて事は口が裂けても聞けないし、それの答えも聞かなくても予想が出来たので聞かずにいた。
レミリア様は暇なのが一番嫌な方だ。これも戯れの一つなのだろう。
そう納得するしかない。
「よし!」
とりあえず納得したからにはこの子の面倒も含めて頑張らなければならない。
意気込んだ私は、未だに顔を地面に伏せている少女―――咲夜ちゃんの方に膝をついて目線を一緒にしてお話してみる。

「咲夜ちゃん…でいいかな? 私は紅美鈴。この紅魔館の門番をしている人です」
「……」
顔を伏せていたからよく見ていなかったが、目線を合わせて見た咲夜ちゃんの顔はとても綺麗だった。
「レミリア様は怖い人ですが、機嫌を損ねなければとてもいい主人です。ですからレミリア様のお役に立てる仕事を一緒に覚えていきましょうね!」
精一杯、今自分が出来る笑顔を彼女にし、そんな事を言ってみる。
実際の所、我がままだが、それをふまえてもレミリア様はよき主人だ。嘘は言っていない。





………多分。






私の精一杯の笑顔が伝わったのか、彼女はじっと私を見つめ返したまま。
――――コクン
何も言わないが、首を縦に振った。
それが私と、十六夜咲夜の最初の出会いだった。



彼女が何処から連れられて来たかは今でもわからない。
ただあの穏やかな雪が降る世界から、レミリア様に抱えられ、この紅魔館にやって来た事だけは確かだ。



その日から、私と咲夜さんの生活は、始まった。
まずは必要最低限な事として、掃除から教えていった。
だが、今の完璧なメイドである咲夜さんから考えるとそれはとても、掃除にしては出来ていなかった。

簡潔に言ってしまえば一生懸命やっているのはわかるのだが、身体がついていけてないと行った感じで、窓ふきにしても廊下掃除にしても何度も息継ぎをして力を入れすぎて、全力で全てやろうとしてしまっているのがいけなかった。
結論から言うと、休憩している方が多い。

紅魔館はそれなりに大きい洋館だ。大量に妖精メイドがいて、一人ずつ仕事をするエリアが決められているが、それでも咲夜ちゃん一人にしては荷が重い量かもしれない。
結局、私が残りの分もやってしまい、次のお仕事をしましょうー! と意気込んだ。
時刻は夕方。外はゆっくりと雪が降ったまま、夜の帳を落としていった。

調理に関しても、紅魔館は共同作業で御飯を作る。
住み込みをしている妖精メイドの自分達の御飯と、レミリア様、地下にお住まいになっているパチュリー様の分や、フランドール様の分も作らなければならない。

これも結論から言うと……慣れが必要なのがわかった。
調理場でガシャーンとけたたましい音が鳴り響いたり、妖精メイドの一人が絶叫を上げるはめになったりと、苦笑いしながら、泣きそうな顔になっている咲夜ちゃんを抱きしめて、大丈夫、大丈夫です! 初めてだから仕方ないです! と精一杯慰めた。
そんな騒がしい夕方を駆け抜け、夜中。

別の意味で顔を伏せて、湯船に浸かっている咲夜ちゃんと、その横でどう声をかけるのがいいのだろうかと悩みながらお風呂に入っている私がいた。
一生懸命やっていたのは誰が見ても明らかだったが、力を入れすぎてしまって失敗してしまっていた。

「…えーと、ですね。咲夜ちゃん? そんな落ち込まなくても……まだ、初日なのですから」
「………」
「明日から、また頑張ればいいのですから! そんなにくよくよしちゃ駄目ですよ?」
「………」

全て無言で返されてしまっては流石の美鈴もどうすればいいかわからない。
「……ええと、咲夜ちゃん………?」
横で一緒に入っている「無言」のままの咲夜に振り返ると。
「さ、咲夜ちゃん!?」
ぐったりと、後ろの壁に身を預けるようにして顔を赤くしている咲夜がいた。
急いで身体を起こし、そのまま湯船から出して抱えて涼しい所に移動する。
抱えた時、咲夜ちゃんの身体は、とても軽かった。


あの時の咲夜さんは本当に何も知らない、一生懸命で少しおっちょこちょいなメイド見習いだった。


そんな怒涛の初日が過ぎ去ってから三日後。
「……あ、あの」
三日目ともなるとやる事が同じなせいか、また窓拭きをしようと作業に取り掛かろうとした私に、初めて声をかけてくれた。
「は、はい! 何でしょうか咲夜ちゃん!?」
三日目にしてようやく声をかけてくれた反動か、私は目を輝かせるようにして咲夜ちゃんの前に膝をついて目線を合わせながら聞き返す。


「あ、貴方は、妖怪さん…なのですか?」
「……え?」
その言葉にきょとんとして聞き返す。
「……ええと。妖怪に見えませんか?」
その言葉にコクリと首を縦に振られ、私は少し困った顔をした。

「んー…人間臭いとはレミリア様やパチュリー様からも言われますが、一応妖怪なのですよ? これでも」
「けど…妖怪は人間を食べるって…レミリア様が」
「あー、はい。一応定期的には頂いていますよ?」

別に人間と同じ食事でも生きていけるが、人間を食べるというその行為は、本能に基づいて行われるものだ。
抑制すれば苛々するし、そもそも、抑制する必要がない。
咲夜ちゃんはそれを聞いて、一歩さがった。
自分から聞いたというのに、身体は小刻みに震えている。
顔は、不安げに聞いた表情から、恐怖に――――。



「大丈夫です」
私は自分によって震える咲夜ちゃんの顔を見たくなかったから、そんな事を無意識に口走り、そっと抱きしめて頭を撫でる。
「私は妖怪ですけど、人肉も食べますけど、決して貴方は食べたりしません」
根拠なんてない。
しかし、そう言わなければ今後彼女は私を恐れる対象として見続ける。
それは、レミリア様が言う躾にも響くし、自分が妖怪だからという理由だけで、そんな眼で見て欲しくなかった。

撫でていたのは数分だろうか。
遠くで妖精メイド達が、騒がしく働いている音が聞こえる。
震えは止まったようだ。私は咲夜ちゃんの顔を見ずに立ち上がり。

「さ、お仕事しますよー! 時間は止まってくれませんから!」
そう意気込んで黙々と窓を拭き始めた。
その後、とても小さかったが、か細い声で「……はい」とちゃんと返事してくれたのが聞こえた。

きっとあの時、私が突き放すような事をしていれば、怖がらせるような事をしていれば、今の関係は決して、作れなかった事だろう。


それから数日、数週間、今までと違う生活が続いた。
朝から昼にかけて門番をし、お昼からは咲夜と一緒にお掃除をしたり、お夕飯を妖精メイド達と一緒に作ったり、日々進歩していく咲夜ちゃんを見守り続けた。
初日と比べて格段に進歩していく咲夜。元々彼女は力を入れすぎていただけで、少し力を抜けば理解も早いし、手先も器用だった。
少しずつだが喋るようにもなり、いつからか、躾けるというレミリア様からの命令を抜きにして、一緒にいる事が楽しくなってきていた。
そんな風に、日々を過ごして2ヶ月ほど経った時だった。












「………いったぁー」
自分の不手際だった。ただただ、廊下で咲夜ちゃんの後ろ姿を見て、静か過ぎるその少女を驚かして見ようと、こっそり気配を消して近づこうと思っただけだった。
わぁ!と肩を叩くまでは、まだ変化はなかった。

叩いた瞬間、ビクリと反応し、その後自分の身に何が起こったかわからない。

いつの間にか肩にナイフが刺さり。
いつの間にか咲夜ちゃんは10歩程前に下がっていて。
いつの間にか、私は身体を壁に叩きつけられていた。

本当に不手際だった。どうしてレミリア様がお連れになった人間を、ただの「人間」だと思っていたのか。
肩に刺さっているナイフを引き抜く。
銀の装飾が施されたそれは、刀身まで銀で出来ているのか。
傷は一向に痛みが退かない。古来より銀は魔を討つにはうってつけと言われるが、ここまで酷いものだとは思わなかった。
遠くに下がった咲夜ちゃんの方に顔を向ける。
彼女は肩で息をするように呼吸をしながらも、私をじっと離さず見ていた。


交錯する視線は、唐突に、糸が切れたように倒れる咲夜によって長続きしなかった。
「咲夜ちゃん!」
倒れる咲夜に駆け寄り、すぐに抱き起こす。
顔は青ざめていたが、息はちゃんとしているし、何処にも問題はないように見えた。
そのまま抱き上げて、パチュリー様の方に向かう。あの方ならばちゃんとした診断をしてくれる事だろう。
私は、その後聞かなければならない。
レミリア様に、今の現象を。




「そう、あの時になくなったかと思ったのだけれど。能力は残ったままだったのね」
パチュリー様に怪我を見てもらって、肩を治療してもらい、そのままレミリア様の部屋で咲夜のあの能力について聞いていた。
「珍しいものでしょう? 人間の身で時間操作をするのよ。あの子は」
「時間、操作ですか?」
つまりあれは私の時間を止められたか、もしくは咲夜ちゃんの時間が加速したという事なのだろうか。
確かに、それならばさっきの不可解な状況にも納得がいくが…。

「……どうして時間操作なんて能力を、あの子が持っているのですか」
人間の身で、身につく能力ではない。それに、後ろから肩を叩かれた時に見せた、何かを恐れるかのようなあの表情。
「さぁ、なんでかしらね。豚のようにわめく人間と、泣き叫ぶ少女が見せた奇跡とでも言えば理解してくれるかしら?」
理解出来ない事を口走りながらもレミリア様はそれが愉快であるかのようにクスクスと笑う。
「…真面目に質問しているのですが」
「私はいつでも真面目よ?」
ならば、それだけで理解しろと言われているのか。
「……わかりました。なら、この銀のナイフはなんですか?」
柄を握り、レミリア様の前に先ほど私の肩を刺し貫いたナイフを見せる。
「あぁ、これはあの子が持っていたものよ。…時間操作にコレを使われたら、私たちでも痛い目を見るわね」
「……これは、返すべきなのでしょうか。あの子に」
先ほどの咲夜と、物静かな咲夜が自分の脳裏に写る。

「好きにすればいいわ。それだけじゃ私は殺せないし、あくまで危害が加わるのは貴方でしょうしね」
「……わかりました」
ナイフを懐に入れ、レミリア様に一礼して、部屋を出ようとする。
「美鈴」
ドアノブに手をかける所で自分の名前を呼ばれ。
「食べては駄目よ? あの子を」
核心を突くかのように、我が主人は、今の私の現状を知っていた。
そのまま振り向かずに、ドアノブをひねって外に出る。







…もう、かれこれ、二ヶ月、人肉を口にしていなかった。


偽善と笑ってもいい。あの時の自分はただ自己満足がしたかっただけだ。
それに自分への決意にしかならない。あの時の、根拠のない約束を破らない決意として。
怖がられる対象として、見て欲しくなかったから、人の肉を食べるのをやめたなんて。







それからまた数ヶ月。
冬は過ぎ、春に差し掛かり、暖かい陽光が紅魔館にも溢れていた事だろう。
あの後私は、咲夜ちゃんに銀のナイフを返した。
彼女は謝り続けた。私も謝り続けた。
驚かしてごめんなさい。
刺してしまってごめんなさい。

あの時、意識はあったようだ。ただ身体が言うことを聞いてくれなかったと。
私は咲夜ちゃんが悪いわけではないと言い続けた。
それからだ。彼女の時間操作をちゃんと制御出来るようにしようと考え始めたのは。
意識があるのなら、あの時の力を行使した感覚を覚えているはずだと思ったのだ。
私の説明がわかりやすかったのか、それとも元々彼女の能力だったせいか。
時間操作そのものの制御は簡単に出来た。
どうやら彼女が意識して行使しようと思えば出来るようだった。

今では掃除中、調理中に使い、仕事の量が大幅に咲夜ちゃんの手によって、処理されている程だ。
彼女は日を追う毎に、メイドとして機能していった。
けれど、一度として。
彼女が嬉しそうな顔をする事はなかった。









私は彼女に深入りしすぎているのだろうか。
命令として躾けるその行為から、それ以上を望んでしまう。
心から、ここにいて嬉しいと、思って欲しいと、何故願ったのか。
私はそれからも咲夜ちゃんの為に色々な事を教えていった。

春の時には、館の生活用品を買出しついでに、人里で桜を見ながら帰路に着く。
夏になれば、霧に包まれた湖で、一緒に泳いだりもしてみた。
秋にはわざわざ山に行き、山の幸を取りに行ったりもした。
冬には、館の門前に雪ダルマを作ってみた。

そうやって一年、彼女が笑うようになるまで、一緒に付き添うように色々な事をしてみた。
そして、今でも思い出したくない事が、彼女が来て一年となる、三日前に起きた。









その日の私は、起きた当初から苛々していた。
何かに、というわけでもない。ただ何故か苛々し、何でもいいから八つ当たりしたくなる衝動にかられていた。
いつものように普段着ている服に着替え、紅魔館の門の前に立つ。
昼にはまた咲夜ちゃんと一緒にお仕事をしなければならない。
それまでに何とか、この苛々をどうにかしたいのもあり、冷たく雪が降る門前で立っていた。
少ししただけで頭の上に雪が積もっていく。

それを定期的に腕で払いながら、目の前に広がる凍りついた霧の湖と、静かに降り続ける雪を見続ける。
数時間程経っただろうか。
苛々は一向に収まらない。むしろさっきより酷くなっている気がした。
こんな事今までなかったのにと、ぼやきながら一度屋敷の方に戻る。
きっと具合が悪いのだろう。妖怪である自分でも、調子が悪い時はきっとこうなってしまうものだ。
そんな風に、自分に言い聞かせながら地下図書室にいるであろう、パチュリーの下に行って、自分の具合を見てもらおうと廊下を歩いていく。
今日はいつになく、館で働く妖精達の声が頭に響いた。
神経が研ぎ澄まされているのか。館で働くメイド妖精達の声がわずわらしい。









「…ん」
だからだろうか、聞くはずのない声が聞こえた。
今歩いている、一階の廊下からは決して聞こえる筈のない声。
「あ……」
だが、とても小さいが、その声は、他のどの声よりも、今の美鈴に響いた。
戻るように踵を返し、一階の広間から2階の階段へと足を進めていく。
声が聞こえるのはレミリア様の部屋からだ。
現在朝の八時頃、夜に動き回るレミリア様は、寝ておられる時間の筈だ。


何処かで、引き返せと頭の中で騒ぐ自分がいた。
何も見なかった、何も聞こえなかった。苛々を抑える為に館に入ったのならそっちに行くべきだろうと。


進む足は止まらない。
程なくして、美鈴はレミリアの私室の前に来る。
歩いている間も、ずっと声は聞こえてきた。



か弱い声、静か過ぎるその少女の声は、泣くように、鳴いていた。


美鈴は音を立てないように扉を開ける。
ノックもせずに覗き見など、本来の美鈴なら決してやらぬ行為だろう。
ましてや今から覗く場所は自分の主人の部屋だ。




けれど今の彼女はそんな事等気にしなかった。
そして、見てはいけないものを見る。
カーテンは閉め切られ、朝を回っていると言うのにそこは夜のように薄暗い。
備え付けられている木製のテーブル、対をなすように椅子があり、奥には寝るためにある天蓋付きのベッドが。









「もう、もう…やめて…ください」
小さく、抵抗するように、「ソレ」はベッドの上で鳴いていた。
「あら、本当に、やめていいのかしら?」


翼の生えた少女は、鳴く「ソレ」の唇を奪い、貪るように堪能していた。
「ソレ」の背中が見える。服はどうしたのだろうか。脱がされたのだろうか。
あぁ、違う。そんな甘ったるい事をあの少女は決してしない。
疑問には思っていた。
どうしていつも、服が新品のようになっているのだろうと。

それは、いつも破かれていたからじゃないのか?
苛々は何処かに吹き飛んでいた。
代わりに、頭が沸騰するかの様に加熱していく。
彼女は決して私に、笑顔を見せなかった。

「ソレ」の顔は、今は見えない。
だが、今「ソレ」は、どんな顔をしながら、少女の口付けを受けているのだろうか?











―――――――――パタン。
音を立てないように、静かに開いていたドアを閉める。
そのまま、足音を立てないようにして、元来た道をスタスタと歩く。
苛々は、消えていた。


代わりに、ガンガンと響くように頭痛が。
そして、胸の奥がチリチリと痛くなっていた。
そこからは、よく憶えていない。


後に聞いた話では、体調が悪いから、門番を他の妖精メイドにしてもらい、お昼に一緒に働くはずだった咲夜ちゃんとの行動も、他の者にしてもらったという事だけだ。















起きてみれば、自分の部屋で。
「あら、やっと起きたのかしら?」
その自分の部屋に、今二番目に会いたくない人物がくつろいでいた。
「レ、レミリア様――――」
「騒ぐな」
私が慌てるようにベッドから出ようとして、一喝される。
「……美鈴、私がここに来た意味、わかっているわよね?」
「……た、体調が悪い自分を気遣って、レ、レミリア様自らご看病をなさっていてくださったんで――――」
「そんな、優しいご主人様に見えるかしら? 私は」


言い終える前に冷たくそう言われ、美鈴は確信する。
見ていたのを、ばれていたのだ。
「も、申し訳ありません!」
謝った。
自分がした事は、主人への裏切りだ。
「………」
レミリアは、美鈴を一瞥しながら、黙って、座っていた椅子から立ち上がる。

「……み、見る気はなかったんです。ただ、声が聞こえてしまって、就寝されているレミリア様の部屋からおかしいなと思って…」
言い訳を言いながらも、美鈴はレミリアから目が離せない。
レミリアは手に細切れになっている肉を乗せた皿を持ちながら美鈴の前に立つ。

「あ、あの、レミリア様?」
「美鈴、言い訳はいいから、口を開きなさい」

首を傾げながらも、美鈴は口を開く。
口を開いた美鈴に向かって、何の躊躇もなく、その細切れになった肉を開いた口に押し込んだ。

「ふぐ!?」
「……まさか、まだ我慢しているなんて、思っていなかったわ」
押し込まれ、そのまま吐き出さないように顎を手で押さえられる。
咀嚼している肉の味は、酷く懐かしくて――――

「うー! うぅー!!」
気づいた時には暴れていた。
しかし、暴れるのも予測していたのか、レミリア様は哀れな目で私を見ながら、片方の手で身体を押さえていた。
吐き出す事も叶わず、暴れに暴れたが、全て、口の中で消化してしまう。

「……どうして」
「どうして? それは美鈴、貴方が一番わかっている事じゃない」

食べ終わったのを見て、レミリアは美鈴の身体を押さえるのをやめる。
今、咀嚼したのは、細切れになっていたからわからなかったが、確かに、人肉だった。

「何故我慢していたかなんて聞く気はないけれど、主人の部屋を忍ぶように覗いて、ましてやあんな情事を見たごときで体調を崩すような状態なら、我慢しない方がいいわ」
「……はい」


いつものレミリアにしてみれば、それはとても、優しい怒り方だった事だろう。
「…美鈴、咲夜を貴方に任せてから、変になったわね」
だが、そう言われ、美鈴は反射的にレミリアの顔を睨み付けてしまった。
「……あれは私のモノよ。それだけ肝に銘じておきなさい」
その睨み付けた私の視線を、邪悪な笑みで返しながら、部屋から出て行く。











「………ぅ」
出て行った途端、心が砕けた。
「うぁあぁぁぁああぁ………」
眼から涙が零れていく。
自分の決意を踏みにじられたのと、胸の痛みと、その胸の痛みを、拭えない痛みに。
初めて私は、主人であるレミリア様を、憎く思った。





咲夜にもう一度生きる希望を与え、そして、縛り続けるレミリアに。














「………出来た」
昔の事に浸っている頭と違い、身体は正常に動いていたようだ。
定期的に銀の鎖を叩いてたハンマーを脇に置き、まだ冷え切っていないが、形を保ちながら銀に輝く鎖を顔まで掲げ、出来を見る。
長さも丁度よく、強度もこれなら問題ないだろう。
そのままレンガの上に、冷え切るまで置き、他の片付けをし始めた。








――――それから一年の記念と称して、私は咲夜に銀のナイフを贈っていった。
彼女が少女から女性に変わっていくのはあっという間だった。
見習いのメイドの顔は消え、冷徹で厳格なる顔を持った、メイド長の顔になるのも。
彼女はレミリア様の事を愛していた。
それは、この紅魔館に来た当初からだろう。
けれど、それでも私は咲夜さんの事を愛している。
決して結ばれない。
決して痛みは消えない
それでも、私は彼女以外に愛せない。


そして今年も銀のナイフを贈ろうと思っていた時だ。
最近、わざわざ真正面からこの紅魔館を突破してくる魔法使いと。
それに連れ添うように来る人形師が、わざわざ助言をしてきたのだ。
その時はパチュリー様の気分がよかったのか、それとも魔理沙が正面突破してこずに、パチュリー様の客人として招かれたせいか、もうすぐ咲夜さんに贈り物をするというのを、パチュリー様自ら小話として二人に話した事から提案されてしまった。
そして人形師と魔法使いの二人とも咲夜さんが身につけている懐中時計に合うものを渡してやればいいと提案したのだ。
確かに、昔から大事そうに持っていたあの懐中時計に合うものをあげれば喜んでくれるかもしれない。


そうして、今に至る。









「め、メイド長!」
廊下を歩く、咲夜に後ろから声をかける。
「あら、美鈴。もう今年のは出来上がったの?」
振り返る咲夜は昔の面影等残していない。
完璧なる御洒落なメイドそのものだった。

昔はドジな所もあったと言っても、今の彼女を見ては信じないだろう。

「は、はい! その、今回はナイフじゃないのですが…」

小脇に抱えた、ラッピングされた袋を咲夜に渡す。

「…? 開けてみていいかしら?」
「はい! どうぞ!」

袋を開けて、中に入っているものを手に取り。
「…鎖?」

銀に輝く鎖を、袋から取り出す。

「メイド長が持っている懐中時計に合うかと思って、作ってみたのですが……」

それを、少しの間、見続け、咲夜は懐から懐中時計を取り出し、鎖を取り付けてみる。
まるでそれは最初から懐中時計と付いていたように、合った。

「……ありがとう、美鈴」

それを見て咲夜は薄く笑う。
「い、いえ。好きでやっている事ですから!」
喜んでくれたと思い、私は笑顔になりながら手を振る。
「で、では。仕事に戻りますね」
このままだと何か余計な事を口走るかもしれない。
そう思い、美鈴は、踵を返して紅魔館の門へと向かう。
「………」
咲夜はその背中を見送りながら、送られた銀の鎖をもう一度眺める。

















――――――咲夜は、美鈴の事、好きかしら?

慣れない情事をし終え、自分の主人となった少女に聞かれ、私は少し思案しながらも、コクリと首を縦に振った。


――――――それは恋人として見れる好きかしら?それとも家族として?

私はまた少し考えながら、美鈴の事を想う。
彼女はとても親切で優しい人だった。
私の為に色々な事をしてくれる彼女は、きっと、恋人として好きなのかもしれない。


――――――なら、私と美鈴、どっちの方が好きかしら?


この問いには困ってしまった。長く考え続け、考えに考え抜いたが、結局私は選べず、両方同じように好きだと答えた。


――――――それでいいのよ。私も美鈴の事は嫌いじゃないわ。あの子は、よくやってくれている。


レミリアは、何処か寂しそうな顔をしながらそう言った。


――――――咲夜、私を枷だと思わないでちょうだい。
貴方は自分自身の手で、貴方の人生を手にしたのだから。誰を好きになろうとも、誰を愛すことになろうとも、躊躇しては駄目よ?


咲夜はそれに戸惑いながらも頷く。
レミリアはこの紅魔館に暮らすものをいつも気にかけていた。
美鈴はレミリア様の事を怖い人と言っていたが。
そう見せているだけだった。レミリア様はとても優しい吸血鬼。
当時の私は、そう思い、今でもそう思っている。






「……けれど」
もし、美鈴が私に好きだと言ったら答えてあげよう。
決して来ないかもしれない。
決して言わないかもしれない。
だから、もしも告白したならば――――――――



「そう思って、何年待っているのかしらね」
ぼやきながら銀の鎖が付いた懐中時計を懐に入れる。







遠くから派手な音が聞こえてくる。
こんな雪の中でもあの魔法使いは正面から堂々と来たようだ。
ため息をつきつつ、お茶の用意をしなければと厨房に足を進ませる。




今日も、紅魔館は騒がしかった。



簡易評価

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コメント



0.990簡易評価
3.100点数屋削除
凄く良かったです。
4.無評価名前が無い程度の能力削除
面白かった。こんな過去だったらと夢想してしまう。美鈴が気持ちを伝えることはないだろうけど、ifを妄想してしまう。

誤字?故意かな?
>>御洒落
7.80kieu削除
とても面白いです。
構成が素晴らしいですし、些細なすれ違いのもどかしさみたいなものもよく出ています。
8.70小麦粉削除
 咲夜さんの過去話は作家さんによって
独創性が強く、読んでいて面白いです。

 美鈴の面倒見の良さというか、健気さが強く感じられるお話でした。
普段の二人の呼称からすると、咲夜さんの方が強い立場にいるように
思えますが、こんな過去もifとして十分アリだなぁ、と思います。

 レミリア嬢がかなり良い人という気もいたしましたが
そこは美鈴に対する彼女の深層心理であると解釈させていただきます。
それにしても美鈴・・鍛治できたのか(