※)作品集43「三度回して、溜息ついて」の続編に当たります。
レミリア=スカーレットの機嫌が良い場合、大抵、従者である十六夜咲夜も上機嫌なことが多い。
だからこの部屋の当番である妖精メイドが掃除をほったらかしにしていても、
文句も言わず鼻歌交じりに作業を代行していたりする。
「――これでよしと。さて、後はお掃除、お掃除……」
来客部屋のベッドメークを終えた十六夜咲夜は、引き続きこの部屋の掃除に取りかかる。
「――それにしても、お二人ったら。フフ……」
彼女の脳裏にあるのはレミリアとフランドールが愛らしく歌う姿。
この幻想郷にも流行歌は存在し、その半数はプリズムリバー三姉妹が発表した曲である。
昨今、彼女らが発表した曲『沈黙の声』がレミリアのハートをガッチリ掴んでしまい、
以来、朝から晩までご機嫌で口ずさんでいる。
それを見た妹君、フランドール=スカーレットまで姉に感化され、「あー」だとか「うー」
だとか時々調子を外して姉と合唱している様など、鼻血モノの破壊力であった。
「♪~~♪♪」
記憶の中の二人とハミングしつつ、やはりご機嫌な様子で床を掃きクローゼットを整理し、
それも終わると雑巾を手にして備え付けの三面鏡に取りかかる。
「♪♪~♪~♪♪♪~~」
水を含ませた雑巾で、鏡面に大きく螺旋を描いていく。
くる、くる、くると3回転。
ひときわ汚れの強い箇所に顔を近づけて、はぁーっと大きく息を吐きかけると……
「デュワッ!!」
「ぶべらっ?!」
鈍い音とともに、そこには奇妙な光景が。
紫の閃光と共に鏡面から某ヒーローポーズでニョッキリ突き出した厄神『鍵山雛』の姿。
しかも高速回転する彼女の右腕は、十六夜咲夜の瀟洒な右頬に深々と突き刺さっていた。
「雛ちゃん参上!! さぁ、今日の幸運な厄付きさんは誰かな?…………って、あれ?」
@ @ @
「ほんっとーにごめんなさい!! ごめんなさい。ごめんなさい」
「……フンッ」
「怒ってる? ――ううん、怒るわよね。そりゃ」
「当たり前じゃない!! いきなり現れて顔面にサイ○クラッシャー喰らわされれば!」
気が付いた咲夜を抱き上げて、ことの経緯を説明する雛。
けれど、頬を押さえてサッサと立ち上がりそっぽを向いてしまう咲夜。
「はい……これで傷口を冷やして」
そう言うと、どこからか『白い布きれ』を取り出す。
「あら気が利くじゃないの、って…………………貴女……これ何処から持ってきたの?」
どうやら咲夜はその白い布に見覚えがあるようで。
「え? あそこのバケツに入ってましたけど?」
「でしょうねぇ!! これ私の雑巾じゃないの!!」
思いっきりぶん投げると、足下の赤い絨毯にべちゃりと音を立てて張り付いた。
それを見て後ずさる雛と、さらに追い打ちをかける表情で
青筋を立て腕組みで仁王立ちする咲夜。背後には『ゴゴゴゴゴ』とJoJo文字が躍っている。
「(うわ、やりにくいなぁ。この人……)
そ、それじゃ早速厄払いのほうに入らせてもらうわね?」
「いいえ、結構です。間違えて出てきた厄神に用はありません。お帰り願えないでしょうか!!」
「ううっ、そりゃ確かにそうなんだけど……」
「それに私はどんな厄だって自力で乗り越えてみせる自身があります――
『完全で瀟洒』の名は伊達じゃないもの……というわけで、さぁ、帰った、帰った」
しっ、しっと露骨な帰れジェスチャーをする咲夜。
常人ならそこで気後れして退散するのだが、雛は何かに気付いたようで咲夜をジッと見つめていた。
「……どうしたのよ。私の顔に何か付いている?」
「あのですね、間違いで出てきたのは確かなんだけど、貴女から何か大厄の気配がするのよね」
そう言うと、今度はじぃっと彼女の胸部に視線を移す。
「なんだか……そう、貴女の”胸”の辺りから禍々しいほど厄の匂いがしてるのよ」
「な、なによ。別に何もないってば!!」
胸を両手で押さえ隠すようにして後ずさる咲夜。
「じぃー」
「そ、そんな目で見なくても良いでしょ!! そりゃあ……そういう噂が蔓延してるのは知っているけど」
「噂、というと?」
ふぅ、と溜息を付くと、咲夜はエプロンのポケットから小さく折り畳んだ紙を取り出して、
広げて雛に渡した。それは一週間以上前の「文々。新聞」
【決定的証拠。これが完璧で瀟洒なパッド長だ!!】
一面にはそんな文字が踊っている。
「どういう経緯かは知らないけれど、私が胸パッドをしているって噂が立ってるのよ。
それをあの新聞記者が、面白可笑しく書き立ててるのよね」
雛は渡された新聞紙に目を通す。
「そりゃあ、確かに美鈴のダイナマイトバディに劣等感を感じていた時期もあったわ。
彼女に嫉妬してたのは確かな事実よ……そんな心の隙間が噂の原因かも知れないわね。
でもね……だからって、パッドなんて安易な方法に頼るわけないじゃないの」
少し寂しげに咲夜は言う。
「それに、あの新聞がバラまかれてからというもの……美鈴が気を遣ってくれてね、
私に優しく豊胸マッサー(ゲフン、ゲフン)じゃなくて、漢方療法を施してくれたの。
だから最近は、随分、改善されてると思わない?」
そういうと片眼を閉じ、髪をかき上げ背を逸らし、胸を強調するポーズを取る咲夜。
けれど、雛はそんな咲夜を全くスルーしつつ……
「あの、良く聞こえなかったんだけど。豊胸マッサー……って何です?」
「どうして其処だけ覚えてるのよ? 漢方療法よ、漢方療法!!」
「いえ、でも、さっき豊胸なんたらって、ハッキリ聞こえたんだけど……」
「……忘れなさい。それが貴女の為よ」
両手にナイフを装備した咲夜を見て、そこで雛は漸く気がついた。
「はっ!、そういうこと? ご、ごめんなさい。判っちゃいました、これ以上は言いません。
うん。二人がそう言う関係だったなんて誰にもいいませんから、安心してください」
「(なんか誤解してるわね……)ま、別に良いわ。とにかく、噂なんて言わせたい奴に
言わせておけばいいのよ。『人の口に戸は立てられない』っていうじゃない?
だから、気にすること無いのよ」
と、他人事のように言い放つ咲夜だったが……
「駄目ですよ!!」
「え?」
突然の剣幕に驚く咲夜。
「良いですか? 噂というのは”厄”そのものが具現化した典型的な例なの。
これを放っておくと大変なことになるわよ?」
「……そんなものかしら?」
「そうよ。みんな面白半分にパッド、パッド騒いでいるだけでも、中には真に受ける人間が
出てきてしまうのよ。『みんな言ってるんだから真実に違いない』ってね。
しかも、それを貴女の弱みだと勘違いする人間だってそのうち出てくるわよ?」
「………………」
「一番怖いのは……当の本人さえも噂に踊らされてしまうことなの。
実際、貴女だって、気にしているから、この新聞紙を取っておいたんでしょ?
そして、胸の話題になるとどうにも居心地悪いでしょうに」
「……確かに」
「最悪の場合『もしかしたら世間は私にパッドを着けることを望んでいるのかも知れない』
そんな風に追い詰められる可能性すら有るんですよ?」
「ふん、馬鹿らしい」
「そう。馬鹿らしいこと。でも、そこが風説の怖いところなのよ。
一人歩きした謂われのない噂がやがて真実を塗り替えてしまう。これはもう第一級の厄害ですよ」
「……それじゃ私はどうすれば良いのかしら?」
「貴女のすべきことは簡単。ただ、ハッキリ否定する、それだけ。
そんな噂は嘘っぱちだ。私の言ってることだけが真実なんだって。
そう主張し続けることが大事なんです。そうすれば噂はやがて力を失いますよ」
「そんなものかしらねぇ?」
「そんなものよ。というわけで、この噂を……元から絶つことが厄払いになるけど、
ここまで大規模になると、流石に今すぐには無理ね。
申し訳ないけれど、一週間、時間を頂けないかしら?」
そんな雛の表情を見て、クスリと微笑んで咲夜は言う。
「ええ、いいわ。貴女に全てお願いするわね」
「ありがとうございます。咲夜さん!!」
「いいえ、こちらこそ期待してるわよ。厄神さま」
そう返事を返した咲夜の目に映るのは、キラキラと目映い雛の輝く前歯だった。
@ @ @
一週間後、やはり客間の掃除をしているところへ、美鈴に案内された雛がやって来た。
しかし雛を一目見た咲夜はハッキリと驚きの表情を浮かべている。
それを察知した雛はすかさず、
「あ、その意外そうな顔。私のこと信じてませんでしたね?」と突っ込んだ。
「あはは、ごめんなさい。確かに話半分にしか聞いてなかったわ。
でも貴女のいうとおり、既に広まった噂を消すなんて無理だと思うでしょ、普通」
「ええ、常識で考えればそうでしょうね」
「でも、ここに来たということは、何か考えがある……とういことよね?」
「もちろん、それも完璧な作戦です」
「へぇ、随分大きく出るわね。大丈夫なの? そんな大風呂敷広げて」
「ええ、簡単なことですよ。前に言いましたよね?
噂に対抗するには『正論を主張し続ければいい』ってことを」
「それは前に聞いたわよ」
「だから考えたんです。なるべく多くの人の耳に入り、しかも口づてで広まりやすい方法を。
それはですね……メッセージソングなんてピッタリだと思うの」
「メッセージソング?」
「はい。まずはこの歌詞を見てください」
そう言って差し出された一枚の紙に咲夜は目を通した。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
パッドじゃない-裏付け忘れた未熟な天狗達よ- / 歌:鍵山雛
作詞:Mystia=Lorelei 作曲:Marlin=P 編曲:Lunasa=P & Lyrica=P
・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
パッドじゃない(PAD jya nai!)パッドじゃない(PAD jya nai!)
ホンモノなのさー
(間奏:5秒)
最近、私は疑われてる。
『十六夜咲夜の胸部は何か奇妙に、不自然に膨れてる』
天狗はみんな笑いながら、面白可笑しく書き立てる。
けれど絶対に絶対に、パッドなんて詰めてない。
レンズ越しという視線で正確な胸囲は、
測れやしないのさ、裏付け忘れた未熟な天狗達よ。
(*)
PADじゃないPADじゃない、奇妙なクスリー
PADじゃないPADじゃない、中華の不思議ー
PADじゃないPADじゃない、美鈴のテクニックー
パッドじゃない(PAD jya nai!)パッドじゃない(PAD jya nai!)
ホンモノなのさー
(間奏:12秒)
夜中に部屋を抜け出してこっそり正門訪れるとそこにひっそり佇む美鈴。
秘密の薬を携えて彼女の私室に入るけど、
私 絶対に絶対にやましいことしていない。
うたぐりというカメラで正確なニュースは、
撮れやしないのさ、裏付け忘れた未熟な天狗達よ。
(* Repeat )
パッドじゃない(PAD jya nai!)パッドじゃない(PAD jya nai!)
(* Repeat )
パッドじゃない(PAD jya nai!)パッドじゃない(PAD jya nai!)
ホンモノなのさー ホンモノなのさー
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「な、なによこれはッ!!」
そう言いながらも譜面を持つ手がフルフルとワナないている。
当然だろう、こんな歌詞が幻想郷に広まるくらいなら、
パッド長呼ばわりされた方がよっぽどマシである。
「どうです? とっってもいい歌に仕上がっているでしょ? いやー、苦労しましたから。
だから、気に入って貰えると嬉しいんだけど」
前歯を見せて得意げに、その場でクルクルと回転を続ける雛。
そんな彼女は、咲夜の背後に沸き上がるドス黒いオーラに気がついていない。
「ねぇ、貴女。このことを知ってるのは、まだ貴女だけのハズよね?」
再びJoJo文字を背負い、袖口のナイフに手を伸ばす咲夜の瞳は、
既に血のような真紅に染まり、獲物を狙い爛々と輝いている。
(大丈夫、今ここでコイツさえ亡きものにすれば……この歌が広まることは無い)」
そう確信した咲夜は、雛の答えを聞いた瞬間、喉笛を掻っ切ろうと待ちかまえていた
…………が、
「いえいえ、そんなことありませんよ。ほら、ここを見てください」
完全にタイミングを殺がれた咲夜が、仕方なく雛の指し示した場所に目を遣ると
其処には……
【作詞:ミスティア=ローレライ】の文字が。
(くっ、あの夜雀かっ!、でも抹殺リストに一人増えただけよ!!
夜雀の一匹や二匹どうということはないわ!!)
そんな咲夜の明確な殺意も、次の一言でさらに殺がれる結果となる。
「それに、ここを見てください、
【作曲:メルラン=プリズムリバー 編曲:ルナサ&リリカ】ですよ。
すごいでしょ? いやー、あの売れっ子三姉妹を口説き落とすのに苦労しましたよー 」
膝から崩れ落ちそうになる膝を、何とか気力でねじ伏せる咲夜。
(ぬ、ぬぉぉ、五人……五人か、ちょっと骨が折れる戦いになるわね……
けど、これを世に出されるより全然マシよ!!)
再び両目に真紅に宿した咲夜はナイフを抜いて足音を潜めて……
(まずは諸悪の根元であるコイツから…………確実に仕留める!!)
その場で浮かれてクルクル回っている雛の後頭部めがけて、ナイフを大きく振りかぶると……
「あ、咲夜、こんなところにいたの!、探したわよ!」
バンッ、と扉が開き、レミリアと美鈴が慌てて入ってきた。
二人とも大あわてで駆けてきたようで、肩を上下させて呼吸を整えている。
「お、お嬢様、それに美鈴……どうされました? そんなに血相を変えて……」
「咲夜、今すぐ出かけるわよ、すぐに支度なさい」
「急に何事でしょう? 事態が飲み込めないのですが」
先程のまで殺人鬼の形相をしていた素振りなど微塵も見せずに主人へと向き直る咲夜。
レミリアは大あわてで事の経緯を説明する。
「さっき新聞屋が号外をバラまいてたんだけどね……何でもプリズムリバー三姉妹が
博麗神社でゲリラライブをやるらしいのよ。一時間後に!!」
途端、咲夜は嫌な予感に襲われる。
「しかも……新曲をひっさげて来るらしいわ。珍しいことに歌詞付きなんだって。
何でも『世間に誤解された女性の悲哀を謳ったメッセージソング』だっていうわ!!
これは最前列で聞かなくちゃ!! というわけで出掛けるわよ、支度なさい!!」
よろよろとその場にへたり込む咲夜。その脳裏にはああ、終わったなという思いが渦巻いていた。
「うん? どうしたの咲夜?」
「いいえ、ちょっと体調が優れませんので。スミマセンが少しお休みを頂きたいのですが。三年ほど」
「さっきから見てると結構、元気そうじゃない?」
「いえ、たった今、絶望しました……人生に」
「馬鹿なこといってないの。事態は一刻を争うのよ」
「申し訳ありませんが、咲夜は行けませんわ……美鈴をお連れになってください」
「全く、聞き分けの悪い従者ね……だったら!」
レミリアの手が閃くと同時に、咲夜の首には鎖付きの頑丈な首輪が巻き付いていた。
「つべこべ言わずに来るのよ。美鈴、日傘は貴女が持ちなさい」
「はい、よろこんでお供します」
「いや、離して、助けてめーりん」
「あれ? どうしちゃったんですか、咲夜さんもプリズムリバー三姉妹の楽曲、
好きだったじゃないですか。折角ですから、一緒に楽しんじゃいましょうよー」
いやだ、はなせ、いっそひと思いに殺してと叫ぶ咲夜は、
ぐぃぐぃと首輪を引っ張るレミリアに先導されて、
さぁさぁ、と彼女の背中を押す美鈴に押されてドナドナと連れられていく。
「咲夜さーん、それじゃ、また会場でお会いしましょうねー」
ひらひらと手を振る雛のそんな台詞を恨めしく思いながら、
それでも無駄な抵抗を続ける咲夜は、博麗神社へズルズルと引きずられていきましたとさ。
≪~~後日談へ~~≫
≪おまけ≫
妖怪の山にある『パティスリー忌⑧』のオープンカフェ。
一見、仲の良さげに見える、鍵山雛、秋静葉、秋穣子の三人がテーブルを囲んでいる。
雛 「今回のお仕事大成功。機嫌もいいし、ここは私のおごりで良いわよー」
穣子「……当たり前じゃない、アンタにいくら貸しがあると思ってるのよ。当然よ。当然」
静葉「すいませーん、こっちにケーキセット10個くださーい」
穣子「姉さんも! 調子に乗ってがっつかないでよ、はしたない」
静葉「えー、いいじゃない。折角のチャンスなんだしー」
雛 「そうそう、自分でいうのも何だけど、こんな成功は滅多に無いんだから。
穣子ちゃんも遠慮してちゃ駄目よ?」
穣子「(自分でいうか、フツー……)それにしても、あんた傷だらけじゃない?
どんな騒動起こしてきたのよ?」
雛 「えへー、それはヒミツー」
穣子「(……あまり関わらない方が良さそうね)ま、いいわ、私もお言葉に甘えるとするわ」
~~ 少女間食中 & 歓談中 ~~
穣子「さて、お腹いっぱいになったし随分話し込んじゃったし、そろそろ帰りましょうか」
雛 「ええ、そうしましょう。マスター:お会計をお願いしまーす、って、あれ? あれ?」
財布の中身を覗き込む仕草を見るや、穣子に奔るとても嫌な予感。
雛 「そういえば……ミスティアとプリズムリバー姉妹を買収するのに
全額叩いたんだった~ 完全に忘れてたよ……」
穣子「(……姉さん、今いくら持ってる? 姉さん……)ってもう居ねぇし!!」
静葉は危険を察知しサッサと逃げ出したようで、既に何処にも姿が見えない。
雛 「ご、ごめん、穣子ちゃん、今度返すからお金かしてー この通り~~」
額の前で両手を合わせて懇願する雛の姿を見た穣子は、
青筋をヒクつかせながらも流石に断り切れず……
穣子「え、ええ、良いわよ、次回に纏めて返して貰えればね。
……もちろん貸すだけよ、貸すだけ!! 絶対返してもらうんだからっ」
結局、今日も三人分の支払いを押しつけられた穣子であったとさ。
≪――おしまい――≫
≪後日談≫
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【文々。新聞】 百二十二期 文月の五
『珍事!! 秋の夜長の不謹慎ライブ』
○月×日18時00頃、博麗神社で開催されたプリズムリバー三姉妹のライブに
招かれざる珍客が乱入、楽しいはずの騒霊ライブ会場は一時騒然となった。
騒動の張本人は妖怪の山に住んでいる鍵山雛(自称:厄神 年齢不詳)氏。
三姉妹にボーカルとして紹介された彼女だったが、まるで自分のために集まってくれたかの
様に我が物顔でステージを闊歩。この時点で熱烈なプリズムリバーファンの不評を買っていた。
会場がざわつくなかライブはスタート。三姉妹の演奏をバックに歌唱を始める鍵山氏だったが、
その歌詞が十六夜咲夜(人間 年齢不詳)氏の身体的特徴を揶揄するようなデリカシーに欠いた
内容だったため、会場からは野次と怒号が投げられた。
特に、激昂したレミリア=スカーレット(吸血鬼 五百歳)氏がステージに向けスペルカード
「スピア・ザ・グングニル」を投函してから事態は一変。鍵山氏がこれを回避した為、
背後で演奏中のルナサ=プリズムリバー(騒霊 年齢不詳)氏の眉間を直撃。これを合図に観客席から、
ゴミや食物が投げつけられてライブ続行不能となった。
その後も怒りの収まらないファン達はスペルカードを手に鍵山氏を追い回し、周辺住民を巻き込む
騒動となった。この後、鍵山氏は追撃を振り切って逃亡した時点までの足取りは確認されているが、
この記事を書いている時点で行方不明となっており、何処かに潜伏しているものと思われる。
奇しくもマスコミ業界においては、行きすぎた表現が問題視される最中でのこの珍事。
表現の自由を優先するか、個人のプライバシーを尊重するか、その答えを体現したかのような
今回の一件が、今後の幻想郷の報道のあり方について一石を投じるのは必然ではないだろうか。
(写真・記事:射命丸文)
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「……お嬢様、これは?」
「さっき、例のカラス天狗が届けに来たのよ。貴女に見て欲しいんですって。
まったく、自分も今まで同じような内容書いてたはずなのにねぇ」
クツクツと喉を鳴らして笑うレミリア。
「はぁ……」
「でも、考えようによってはラッキーだったんじゃない?
少なくとも今だけは、貴女を悪く言える状況じゃないでしょう。パッド呼ばわりなんて以ての外」
「確かに。皆が手のひらを返したように私の肩を持つというのは、正直、予想外でしたね」
咲夜は怪訝そうな顔のまま、紅茶のポットを手にレミリアに歩み寄る。
けれど、彼女は手で”もういいわ”と合図を送り、カップに残った滴を優雅に飲み干した。
「ま、そういうことだから、この状況をうまく利用しなさいな」
「はい、善処いたします」
ふむ、と一息ついたレミリアは
「それと咲夜。あんな事があった後だもの。今日くらいは休養しなさい。
……いいえ、そう言われて従う貴女じゃないわよね?
今日は館内における全ての雑務を禁ずるわ。厳守すること。判った?」
「畏まりました、一字違わず従いますわ」
咲夜はそう言うと、深々と頭を垂れて部屋を後にした。
@ @ @
その後、十六夜咲夜は何をしていたかというと、竹箒を手に中庭に佇んでいた。
レミリアに休養を命じられた咲夜だったが、かといって取り立ててする事もないので、
普段手を付けない中庭の掃除に勤しんでいた。
ここは館外。子供じみた論理ながら主君の言葉に何一つ背いていない。
落葉の季節だというのに、既に周囲には塵一つ無く、足下には枯れ葉が堆く掃き集められている。
ふう、と一息ついて青空を見上げる咲夜。
頭上には白い薄墨の様な雲が一様に広がり、秋の様相を呈している。
「そうだ、お嬢様の冬のお召し物を準備しないと」そう考える咲夜だったが、館内での雑事は全て禁止。
仕方ないので明日の作業リストに加えておくに止める。
(仕事のことを考えてないと、どうしても昨日のことを思い出しちゃうわねぇ……)
くるくると回転しながら、調子外れの歌声を嬉々揚々と披露する雛の姿。
怒り始めた観客の態度に怯えて、おろおろ慌てふためいている雛の姿。
飛び交う『おせん』に『キャラメル』、あとグングニルも。
やはり、ステージ上をくるくると回りながら悪意と罵倒をその身に受ける雛の姿。
耐えきれず半泣きで逃げ出すも、更に追い立てられ次第に遠ざかっていく雛の姿。
結果的に、あの厄神との出会いはトラブルしか引き起こさなかった。
世にも恥ずかしい歌を披露されただけだった。
けれど、最終的には彼女の思惑通りになった。
私の噂をタブー視する風潮を作り出し、経緯はどうあれ約束を果たした。
「あの子、最初からそれを狙って……まさかね――」
咲夜の胸に去来するのは『もう一度だけ彼女に会ってみたい』という思い。
もちろん邪険にするつもりはない。けれど感謝するつもりもない。
咲夜が思うのは、あの厄神が何を思いあの行動に出たのか、
その真意を確かめてみたいということだけ。
「さーくーやーさーんーーーーこれ一緒に食べましょーよー」
声に振り向くと、向こうから駆け寄ってくる美鈴の姿。
彼女は胸のところで大きな薩摩芋を二つ、大事そうに両手で抱えている。
咲夜の足下には枯れ葉が山盛り。ならば……やることは一つしかない。
(今日はもう店終いにしちゃいましょうか……いい天気だし)
咲夜は再び空を仰ぐ。どこまでも透き通る青空。
この遠い空のどこかで、あの厄神は今頃どうしているのだろうか。
そう思うと、胸に不思議な何かを一杯に詰め込まれたような、
そんな奇妙な錯覚に陥る咲夜であった。
≪――終――≫
なんでだよww 色々吹きましたw