赤い瞳の映すものが、一杯の貴方の顔ならいいのに。
有り得ない、そんな夢を見て目覚めて、少しだけ悲しい気分になるのが、最近の私の日課のようなものになっていた。
「……あー」
胸の奥がじくじくと重い。
その痛みに、今日もか、とちょっと自分の諦めの悪さに苦笑してしまう。存外、自分はしつこい粘着質な性質の悪い兎だったんだなと、自己嫌悪する。
鈴仙・優曇華院・イナバ。
大事な、大好きな人達から貰った名前を、自分という存在を、目を閉じて思い出す。
そう、私はあの人の弟子。
それ以上でもそれ以下でもない。とても理想的だろう関係。
「ん…」
私は、目元に溢れるそれを乱暴に拭って、朝は情緒不安定だから苦手だな、なんて独り言を呟いてから、勢いよく布団から跳ね起きた。
その時、自分の耳が、普段よりももっと、まるで力のない犬の尻尾みたいに垂れているのを、見ない振りをした。
「おはよう鈴仙」
「おはようてゐ」
朝食をとる前に、いつものように軽く走ろうと永遠亭を出ると、そこには健康を大事に!と毎日のように声高に主張するてゐが、いつものワンピース姿ではなく、軽いシャツと短パン姿で立っていた。
因幡てゐ。
永遠亭の兎達のリーダーで、見た目に反して結構な実力者。性格ははっきりと油断できないし最悪ではないかとたまに思うが、基本は面倒見がいい、優しくて気のいい兎である。
「あれ?いつものジャージは?」
てゐが毎朝健康の為に走っているのを知っていた私は、そのてゐの格好がいつものそれと全然違っているのに、珍しいなと目を丸くする。
「ん?ああ、あれ?昨日破けちゃって、修理中」
「あらら」
成程と、てゐのむき出しの足の細さと白さにちらりと視線がいきながら頷く。
ワンピース以外の服はあまり持っていないてゐは、もう少し髪が短ければ男の子に間違えられかねない姿でやれやれと足を伸ばして準備運動をしている。
見慣れないてゐの姿は妙に新鮮で、ちょっと目を離せない。
「っと、そうだ、鈴仙も走るんでしょう?なら一緒に走ろうよ」
「あ、うん、私も今同じ事を提案しようとしてた所」
笑いながら、私は慌てててゐから視線を外す。ちょっと見入りすぎていたなと肩をすくめた。
ちなみに、私はてゐと違い上下ジャージで、肌が露出している部分は少ない。今の時期、早朝はなかなかに冷えて、この格好でないとあまり外に出たいとは思えないからだ。だからてゐのその姿は寒そうだなと思うと同時に、ちょっと健康的で目を引いた。
ぐいっと腕を伸ばして、てゐに習って準備運動をしながら、私はそんな言い訳めいた事を考える。
「さって、それじゃあそろそろ走ろうか」
「うん」
ぴょこんとふわふわの耳を、気合いをいれるように僅かに立てて、私達はとんっと同時に駆け出した。
二人で走る時のコースは、もう決まっている。
静謐で肌を裂くような冷たい空気が、緩やかに私とてゐを包んでいた。
軽く汗を流してすっきりしたら、てゐと一緒にお風呂で汗を流して朝食をとるために時間を気にしながら部屋に入る。
「おはようウドンゲ、てゐ」
「おはようございます師匠」
「おはようございます」
そこで私達を迎えてくれたのは、私の師匠である八意永琳様だった。部屋に入った私達ににこりと微笑んで、その隣で僅かにまだ眠そうな顔をしている姫、蓬莱山輝夜様の頭を撫でている。
「ほら姫。そろそろしゃんとして下さい」
「………」
とろとろとした目で、姫は師匠を見て、それから私達を見て、不思議そうに眠そうに首を傾げた。
「……永琳に、イナバ?」
「ああ、寝ぼけないで下さい姫」
「あはは……」
姫は朝に弱い。それはもう弱い。
今のところ、姫を起こせるのは師匠と、そしてここにはいないもう二人だけだった。
「んー?おかしいわね……?」
そして姫は、寝ぼけている自分の事は記憶になく。ついでに頭がふやけているので、思った事を打算も計算もなく純粋にずばりと呟いたりする。
「ん、慧音が、今日は起こしてくれるって、言ってたのに」
「……」
ほら、こんな風に。
何気に問題ありげな爆弾を落としましたよ。そしてそれに、固まってしまった師匠がすぐに復活して、姫に問いただす。
「ひ、姫っ?!ちょ、それはどういう意味ですかっ?!」
師匠が姫の肩を掴んでがくがくと揺さ振る。姫は気にした様子もなく眠そうだった。
「永琳様ー、そんな簡単に我を忘れて怒鳴らないで下さいよ。過去の冷静冷徹な動じない女って名が泣きますよー」
「てゐ!一人だけ準備された朝食を食べてないで止めなさいよ!あと過去じゃないわよ過去じゃ!」
「無理。そしてもう過去だよ」
……このように、朝は姫の一言でいつも何かしらの騒ぎが起こる。
いや、勘違いをしないで欲しいのだが、こんな風に賑やかになったのはここ最近の事だ。それまでは、私達は姫の一言に苦笑をしながらゆっくりと四人で朝食を摂っていた。
姫のペットの中でもお気に入りの私とてゐだから、この二人と一緒に食事が摂れる。まあ、というよりは、姫が私とてゐ以外の兎を認識しきれない所にあるのも理由だが……
「うん?だから、昨日慧音が、来てくれるって言ったから、だから、なら起こしに来てって、言ったのに」
「昨日?!」
「師匠落ち着いて!」
「あー、また抜け出してたんだ姫」
師匠は、このまま姫が目を覚まさなくては会話もままならないと理解して、がっと、箸で自分の卵焼きを掴んでぽいっと姫の口の中に入れる。
「……」
もぐもぐ、ごくん。
「ふぅ、おはよう永琳。いい朝ね」
しゅぴ、きらーん、とか音が聞こえそうなぐらいのすごい変わり身の早さだった。
寝ぼけた顔も絶世の美少女だけど、こうやってにこっと微笑む姿もまた何とも言えずに美しい。
「……ええ、おはようございます」
そう、姫を起こしたいなら、とりあえず何かを食べさせれば脳が目覚めてくれる。
どんな姫だ、と最初に知った時は私も思った。この人がこんなに朝が弱いなんて、天狗が知ったら大変だと、今では永遠亭のトップシークレットでもある。……別にこんなのがトップシークレットかよなんて、少し物悲しい気持ちになったりはしていない。
「それで姫。今日は慧音が来ると聞きましたが?」
「あら、どうして知っているの永琳?内緒にして驚かせようと思ったのに」
「天才ですから」
そして貴方がばらしていましたから。
「……そう、つまらないわね」
姫は寝ぼけた時の記憶が綺麗に消えているので、どうしてばれたのだろうと不思議そうな顔をして、だけどまあいいかという顔になった。
「そうね。いきなり慧音が来て慌てふためく永琳もいいけど、慧音が来るまでおろおろする永琳も面白い事に変わりはないわ」
「姫!」
「あら、慧音ったら、もう来たの?」
ガシャンっ!!
「嘘よ」
「姫――――!!」
真っ赤な顔で怒る師匠に、姫は「だってー」とそれはもう言い顔で笑っている。苦しそうにお腹を押さえて楽しそうだ。
「……相変わらずだね」
「うん」
てゐは二人をやれやれと見つめながら朝食をぱくぱくとよく噛んで食べている。
「ねえ鈴仙。今日は慧音と妹紅が来るみたいだけど?」
「ん?ん、ああそうだね。慧音さんを一人で来させる訳ないもんね、妹紅さん」
上白沢慧音と、藤原妹紅。
姫とそして、師匠が、好きな人達。
「……」
はっきり言えば、本当にはっきりと言ってしまえば、私は彼女が、上白沢慧音が嫌いだ。
本当に大嫌いだ。
妹紅さんは、ちょっと焼かれかけた事があるけど、話せば悪い人じゃない。それに、姫が臆面もなく私達にすら愛しい人だというぐらいに、大事な人だ。
だけど、慧音さんは無理だ。
姫も慧音さんが好き。そして師匠も、慧音さんが、もっとずっと好き。
上白沢慧音。
そんな人を、そんな位置にいるその人を、私が好きになれる訳がなかった。
「……そっか、慧音さん来るのか」
「うん」
「……はあ」
自然に溜息が出る。
慧音さんは、師匠が愛している人。
あんなに人が変わってしまぐらいに、真っ赤になるぐらいに、愛に狂わせている人。
頭の中に、慧音さんの真面目そうな顔が浮かんで消える。
そう、鈴仙・優曇華院・イナバは、
八意永琳様が、実の師匠が、どうにもならないぐらいに大好きだ。
例え、師匠に他に好きな人がいても、
例え、師匠にとっての一番が、慧音さんであっても、
例え、師匠が私を弟子としてしか見ていないとしても。
私は、師匠が好きなのだ。
だけど、師匠は私の気持ちに気付いているのかいないのか、何も変わらず、今も姫と戯れている。
「だって、夜の散歩をしていたら、偶然、引き裂かれながらも運命の渦に導かれて再び出会った恋人達のように月の下でお互いを確認してしまったのよ」
「例えにしてもおこがましいですよ!誰と誰が運命の恋人ですか!」
「あら、例えじゃないわ。真実よ。そして、私とけ・い・ね♪」
「姫――――!!」
「……ねえ鈴仙。マジであれが好きなの?」
「うるさいほっといて分かってるわよ」
ちょっと泣きながら、部屋をぶっ壊してく師匠と姫を見ないようにする。ああ、いつもは冷静沈着怖いモノなど何もないな師匠は、慧音さんが絡むと人が変わるぐらいに変わる。だけど好きです。
どっちも、どうしようもなく私には眩しい。
「………ねえてゐ」
「うん?」
「何で師匠は、慧音さんが好きなのかな……」
いい人だとは、本気で思うけど、そこまで師匠が執着するほどの人には見えない。それが私の素直な感想だ。
「そうだね。最初は滅茶苦茶に毛嫌いしてたのに。結構人って変わるもんだよねぇ」
「うん、そうだよね……………って、えっ?!」
ちょっと、てゐ!
今、流しかけたそのてゐの台詞がとんでもなかった。今、本当になんて言ったっ?!
師匠が、あの師匠が、慧音さんを嫌っていた?!
「てゐっ!」
思わず、厳しい声がでた。
「?イナバ」
「どうかしたの、ウドンゲ?」
はっとして、私は口を押さえる。しまった。
「あ、いえ、あの、何でもないです!し、失礼します!」
「はっ?ち、ちょっと、私まだ食べ終わってないし?!」
きょとんとした目をしてこちらを見てくる姫と師匠に、私は大声を出した自分に真っ赤になって、すぐにてゐを掴んで走り出す。
てゐが何か言っているが、そんなの知った事じゃない。というか、私なんて一口も食べてない!だけど今は、それよりもとても気になることがある!
翔けて行く私と、それに引っ張られるてゐを、師匠と姫は不思議そうな目で見送った。
「ち、ちょっと鈴仙!い、いきなり部屋に連れ込むのはどうかと思うんだけど?!」
「しょうがないでしょう!他に静かに話を聞けそうな所が思いつかなかったんだから!」
他の兎達が驚いた顔で私達を見送ったのを無視して、私はてゐを自室に連れてくると、バタンと入り口を閉めて、その目を真剣に見つめる。
「れ、れれ鈴仙?」
「てゐ、さっき言ってた事って、本当なの?」
「さ、さっきって」
「だから、師匠が慧音さんを、毛嫌いしてたって話よ!」
てゐは、そこで物凄く不思議な顔をすると「はぁ?」と、まじまじと私の顔を見つめてきた。
「な、何よ?」
急にそんな目で見られて、勢い込んでいた私はちょっと勢いがそがれる。
「え、もしかして鈴仙、知らなかったの?」
「うっ」
そのてゐの意外そうな顔に、私は僅かに居たたまれなくなる。どんな小さなことでも、自分の師匠のそれに気付けなかった事が、私は恥ずかしいと思った。
「鈴仙、本当に知らないの?」
「……だ、だから何をよ!」
勝手だけど、私はむっとしててゐを睨むと、てゐは凄く複雑奇怪な顔をした。
「えっと、じゃあさ、慧音が永琳様に殺されかけた事があるって、知ってる?」
「…………」
ハイ?!
「うわ。その顔は、知らなかったみたいね。えっと、じゃあ、永琳様が慧音に嫌がらせしてた事があるとかは?」
「ええええぇえぇぇぇえ??!!」
師匠が、あの師匠が慧音さんに嫌がらせ?!
何そのまったく想像すら出来ない事実はっ?!
「……し、知らなかったんだ」
知るわけあるか!
想像すらも出来なかったというかしなかったそれに、私は本気で驚いててゐの肩を掴む。
「ど、どどどどういう事よ?!」
「えっとさ、まあ、順を追って説明するけど」
てゐは、何故か微妙に赤い顔で間近に迫っていた私の顔を小さな手で押しのけて距離を取る。それから、僅かに逡巡する。
「その、さ。鈴仙」
「うん!」
「もし、私が知っている事を鈴仙が知らなかったって事は、それは偶然でも何でもなくて、永琳様が鈴仙には隠しておこうと、隠蔽していたからだと思う」
……。
てゐのそれを、一瞬考えて、すぐに答えに行きついた。
「……うん」
「鈴仙はさ、それでも、聞く?」
てゐは、真摯な瞳で、私を見てそう言う。
永琳様は、私に知られたくなかったから隠していたのに、私が勝手にそれを暴いてもいいのか?と聞いている。
「うん、私、師匠が好きだから」
だから、私は迷いなく頷く。
好き。
ただそれだけ。そしてそれが精一杯。
「あっそ」
私の言いたいことが通じてくれたのか、てゐはそこで目を逸らすと、私の肩を掴む手をぺいっとどけて、それからむすっとした顔で座り込む。
「じゃあ、話す」
「うん!」
「私のこれは、永琳様の呟きと、兎達の噂と、妹紅の暴言と、慧音の話を聞いて、自分でまとめたものだから、どこまで真実に近いかは分からないけど、私の解釈とか交えて教える。………一応、嘘は言わない。今誓ってあげる」
「うん!」
「………はあ」
てゐは、そして自分の知るそれを語りだす。
慧音さんと師匠。
二人が出会ったのは、半月の夜だったらしい。
慧音さんはパトロール。永琳様は夜にしか咲かない花の収集に、お互いそうやって、偶然に出会った。
そこで、何故か二人は出会ったばかりなのに弾幕ごっこをして、永琳様は慧音さんに重症を負わせたらしい。
『貴方、酷く幼稚なのね』
血を流す慧音さんを見下ろして、永琳様はそう言ったらしい。
『私、貴方みたいなタイプ、まさに死んだ方がいいと思うわ』
とまで言ったらしい。
……凄い口悪いですね師匠。
そして、それから暫く、師匠はパトロールで竹林を飛ぶ慧音さんを見かけると、マジで死ぬ一歩手前の何かをいつも披露していたらしい。
おかげで慧音さんは機嫌も悪くてぴりぴりして、だけど師匠も僅かに苛立たしそうに、そんな風に、二人は始まった。
そして、そうこうしているうちに。あの、月の異変が始まった。
後から聞いたのだけど、その時の慧音さんは、師匠の事を相当に嫌そうに『あいつの仕業か』なんて呟いたらしい。……あの慧音さんにそこまで苛立たせる何をしたのか、少し気になった。
そして、慧音さんはその異変の夜に、妹紅さんと出会う。
ちなみに、その時は慧音さん。妹紅さんに本気で焼き殺されかけたらしい……
つくづく貧乏くじを引くものだと思った。
その後、師匠は姫のお気に入りを手懐けたのね、と何度も慧音さんをからかいに行ったらしい。
もう隠れ住む事がなくなった事もあり、里にも積極的に顔を出すようになった。どうやら薬用の材料が欲しかったというのもあるが、一番は慧音さんの監視が目当てだったらしい。
『貴方は本当に偽善者ね』
『……私がどうあろうと、貴方には関係ない』
『ええ、関係ないから掻き回しているのよ』
『…………』
『それにしても、あの人間嫌いをよく調教できたわね』
『……お前』
『ふふ、あんまり怖い顔をしていると、また殺しかけちゃうわよ?』
何て会話が、二人並んだ途端に始まったとか聞いたときは、私は流石に唖然とした。あの師匠がそこまで誰かに絡む姿を私は見た事もないし、聞いたこともなかった。
そして、此処が空白。
ここに何があったのか、てゐもしらない。
まるで、そこだけ隠されたみたいに、消えていた。食べられたみたいに、なくなっていた。
その空白の後、本当にどうして師匠がああなったのか、その本当に大事な所は分からないけど、師匠は慧音さんを好きになっていた。
優しくなった。素直になった。何より、まるで少女の様に、素敵に笑うようになった。
それは、妹紅さんも同じで、
二人は多分、同じ時期に慧音さんが好きになって、だからお互い慧音さんを挟んで仲が悪い。
そして、そのきっかけは、私やてゐ、そして姫が知るべきではない。三人だけの思い出。
ただ言えるのは、そのきっかけで、師匠も妹紅さんも、いい意味で変わったという事。
「……そうだね出会ってからそれまで、多分、半年って所かな」
「そっか……半年か」
その間、師匠は私に何も語らず、また何も悟らせなかった。
師匠が何を考えていたのかは分からない、私には末端に触れる事すら出来ない。
だけど、それは、私を何一つとして、それに巻き込むつもりがなかったからだと。私を思っていたからだとそれだけは分かる。
……そっか。
「だから、てゐは知っていて、私は知らなかった」
「ま、永琳様が意図して隠していた理由は知らないけどね。そして肝心な所もね」
「……うん」
「でさ、鈴仙」
「うん?」
「此処まで聞いて、まだ、永琳様の事を諦めないの?」
まだ、不毛にも想い続けるつもりかと、てゐは訊いている。
「うん」
だから、私は素直に頷く。
私は、ぼんやりと、少しだけ師匠と慧音さんの馴れ初めを聞けて、それで、ああ、叶わないなぁって、思ったけど、それでも頷いた。頷いて見せた。
半年。
その間に、私の知らない間に、私が気づいた時には、何かが終わっていた。
「……ちぇ」
適わない。
きっと、私が師匠を振り向かせるなんて無理だろう。負け惜しみではなくて直感で、彼女の弟子として気付いてしまう。
朝目覚めるのが辛かった。
幸せな、勝手な夢を見て、起きて現実を思い出すから。
朝、走るのが嫌いだった。
幸せな夢をみた名残を、完全にかき消して、全部現実に戻ってしまうから。
上白沢慧音が嫌いだった。
幸せなのに気付けない。師匠を幸せに出来るのにしない、あの半獣が。
だけど、結局は、それは私一人の馬鹿な執着でしかなかったと、今気付いた。
時間は流れている。
私は結局、その流れすら気付かないほどに、馬鹿だったのだ。
「ありがとうてゐ」
「……」
「私、少しだけ賢くなったわ」
「……」
「だから、もう、師匠を振り向かせようなんて、淡い願いを抱かない」
「……」
「これからは、師匠を幸せにする為に、何が何でも、師匠と慧音さんをくっつけてやるわ!」
「……あっそ」
それは、きっと私自身を追い詰める、愚かな行為。
だけど、きっと私自身を助けてくれる、最善の行為。
「ねえ、鈴仙」
「うん?」
「じゃあさ、永琳様が幸せになったらさ、私との事、考えてくれない?」
「え?」
てゐは、微苦笑を浮かべて、頬をかいて、酷くこっけいそうに自分に笑う。
「私、鈴仙の事、好きなんだよね」
だから、
唖然とするしかない私に、てゐは笑って立ち上がると、私の額をつんっと人差し指で付いて「じゃあ、そういうことだから」って、歩いていった。
だけど、最後に振り返って、にやりと笑う。
「だから、私の幸せの為に、永琳様と慧音をくっつけちゃうからね」
「あ、なっ、わ、私がするわよ!」
慌てて、上手く動かない舌で反論する。やばい、顔が熱い。
「いやいや、鈴仙じゃ無理だって、私に任せときなさい。ついでに二人がくっついたら、鈴仙は私の嫁ね」
「ち、ちょっとっ?!」
「大丈夫大丈夫」
てゐは、真っ赤になっているだろう私に、凄く強気に笑って、ぺろりと舌を出す。
「私、本気で鈴仙に迫るから」
だから、鈴仙が私を好きにならないわけがない。と、大胆な事を言って、てゐは去って行った。
「っ」
な、何だあいつ。
ムードも何もない、いきなりの告白と、そして嫁になれ宣言。しかも、私よりも先に師匠と慧音さんをくっつけるなどと言い出した。
「てゐめ……」
そんな事、簡単にさせてたまるか。
私は強気にそう誓う。
顔が、誰にも見せられないぐらいに真っ赤になっていようと、てゐの台詞が頭の中で何度も何度も繰り返されていても、
少しだけ、
私の心が軽くなっていたとしても、
素直になんて、認めてやらないのだ。
「せいぜい、苦労してよね。てゐ」
私は、すっごく手強いんだからね!
自然に私は満面の笑顔で、嬉しそうな声でそんな事を言っていた。
「いらっしゃい慧音。さ、私の部屋に行きましょう」
「?輝夜殿、顔が近いが」
「姫っ!」
「輝夜――――!」
顔を洗って、気を引き締めて玄関に行くと、とてもタイミングよく、いや、とてもタイミング悪く、師匠たちを発見した。
「こんにちは慧音さん、妹紅さん」
「ああ、こんにちは鈴仙」
慧音さんと軽く挨拶を済ませて、ちらりとその隣の妹紅さんを見ると、妹紅さんは姫と師匠と仲良く言い争っている。これは挨拶どころではなさそうだ。
「相変わらず、ここの空気は気持ちいいな」
「ありがとうございます。あの、それで慧音さん」
「ん?」
慧音さんは、そこで私を見て、少し不思議そうに目を丸くする。
うん、慧音さんは勘がいいから、私がいままでの鈴仙・優曇華院・イナバと違うって、感じてくれたんだろう。
嬉しいです。ありがとうございます。恋敵だった人。
「慧音さんって、師匠と姫と妹紅さん、誰が一番好きなんですか?」
でも、やっぱり私は貴方が嫌いだから、精一杯、意地悪します。
「む、む?」
私の問いに、目を白黒する慧音さんと、ぴたりと言い争いが止まった三人。何を言ってるのだという顔をしながらも、三者三様のその反応は私のそれを止めるつもりがないと分かる。やっぱり気になるのだろう。
「どうなんですか?」
「ど、どうと言われても、私は、一番を決めて、他を捨てるみたいな、そういう質問は、その、苦手だ……」
……ふむ、手強い。なら、
「いえいえ、順位を知りたいんです」
「む、ぅ」
慧音さんは真面目に考える。
それに、師匠も姫も妹紅さんも、じっと息を潜めて注目する。
姫は、楽しげに目を細めて。
妹紅さんは、不安と期待を交えて、僅かに硬い表情で。
師匠は、目を酷く落ちつかなさげに揺らして、僅かに赤い顔で。
そして、慧音さんは答えがでたのか、顔をあげてはっきりと言った。
「一番は妹紅だ」
「けーね!」
その途端、妹紅さんが慧音さんの首に抱きついて、ぎゅううっと嬉しそうな泣きそうな顔になる。
「お、大げさだな妹紅」
「大げさじゃないよけーね!」
……………ほう?
私の赤い瞳が、少し制御不能に陥りかける。
いきなりいい度胸ですね慧音さん。貴方には見えなかったんですか?!あの師匠の愛らしい表情が!どう考えてもそこで一番は師匠でしょうが!やっぱり私は貴方が嫌いです!
「二番は永琳殿で、三番は輝夜殿だ」
「……そう」
「えー」
慧音さん……師匠が三番でないからって、私が怒らないと思ったら―――
「それにしても、どうして急にそんな事を聞いたんだ?鈴仙殿」
不思議そうな顔をする慧音さんに、ちょっと毒気を抜かれながらも、私は素直に貴方を苛める為と師匠とくっつける為の布石です。なんていわない。
なので、
「慧音さんが好きだから、気になったんですよ?」
可愛く、そんな台詞を言ってみる。妖怪、吹っ切れればなんでもできるのだ。
姫、師匠、妹紅さんの、絶句する顔が面白くて、私は笑ってしまう。だが慧音さんは目を点にして
「は?」
なんて呟いて、
「えええええええぇぇぇぇぇ??!!」
「わっ?!」
悲鳴は、私達の後方から。慌てて振り向くと、そこにはてゐがいた。
「あ」
ちょっと、さっきの事を思い出して赤くなったが、すぐにそれを振り払う。だが、てゐはわなわなと震えて、それからはっとした顔になる。
「れ、鈴仙、まさかそれ、ライバル宣言?!」
「……………は?」
全てを知っている筈のてゐの、意味不明な発言に、頭が白くなってしまう。
「そ、そういう事だったんだ。最近、鈴仙が枕をぬらしている相手って、慧音だったんだ!」
「は、はあ?」
「……え?」
呆れる私と、僅かに赤くなる慧音さん。
「そっかそっか。とうとう自分の上司を退けて慧音さんに告白する覚悟が!」
そこまでてゐに言われて、私は気付いた。
し、しまった!罠だ!
「け、慧音さん、ち、違」
「えっ、あ、いや、その」
しまったぁ!慧音さんが赤い顔で目を泳がせていた。
このタイプは、自分に向けられる好意に徹底的に鈍い分、誰かからこの人は貴方が好きよ、とか言われたらうっかりそれを信じちゃうんだよ!
「そ、その、急に言われても心の準備というか………あぅ」
くらりとする可愛い仕草をありがとう!だけど私は貴方を恋敵だとは思っても恋愛対象としては見ていません!
てゐを見ると、てゐはしてやったりの顔で、にやりと笑う。
それだけで、何故か嫌でもてゐの気持ちが分かってしまう。
ねえ鈴仙。私は私のやり方で、永琳様と慧音をくっつける。
ついでに、鈴仙の未練をばっさりと切り裂くからね♪
あ、あの詐欺師。
流石に、背中に向けられる殺意交じりの視線も、もう誤魔化しきれないので、私は恐る恐ると振り替える。
「……ふぅん、イナバが慧音をねぇ。私のペットとして見る目はあると褒めてあげるけど、主人のモノに手をだす子にはおしおきね」
あ。姫。ちょ、その顔黒くて怖いんですが……
「……鈴仙。お前が、そうか、こんな所にも害虫っているんだな。……ああ、構わない、これからお前に不死鳥の炎を拝ませてやるよ」
あ、それ死にます。勘弁してください。
だけど、私にとって最も恐ろしいのは、このお二人ではない。そう、本当に怖いのは……
「……ウドンゲ」
「し、師匠!あ、あの」
「……そう、そうだったのね。貴方は良く出来た弟子だし、私のお気に入りでもあるわ。敵として申し分はないわね。………うふふふふふふふ」
うわ、私の初恋。最悪な形で終わりそう。せめてもうちょっと綺麗な終わり方が良かった……
「あ、あうあうあう」
慧音さんはあまりこういうのに慣れていないのか、私を見て目を逸らし、色々と真剣に考えてくれているらしい。
あ、しかも何か脈ありっぽい?わあやったぁ。
「なんて思うかちょっとてゐ――――――!!」
「鈴仙ってば皆の前で告白なんて大胆♪」
「違うわよ!ああもう、てゐなんか嫌いだ――――!」
「うんうん、私は鈴仙の事愛してるよー」
「ば、馬鹿―!」
そうやって、
私の初恋は告白も何もせずに、勝手に終わった。
あの後、誤解はきちんと解けて、慧音さんは赤い顔のままちょっと気まずそうに頷いてくれた。
そんな慧音さんの様子に、妹紅さんの目が私を殺すと言っていて怖かったけど、何とか生きて帰れた。
「ねえ、てゐ」
「うん?」
「結局さ。私って道化だったわね」
「………」
「だけど、それでもちゃんと最初から最後まで、舞台で踊れたから、良かったんだよね?」
「……うん」
「ねえ、次の舞台では、私は主役になれるかな?」
「当たり前でしょう?じゃなかったら、私はその舞台に上がらないよ」
「……そっか」
「うん」
「……えっと、師匠が幸せになったら……よろしくね?」
「………ん」
早朝の身を切りそうな寒さの中。歩きながら、私とてゐは指先だけで繋がりながら、お互いの顔を見ないで一緒に歩く。
もう、朝目覚める時に感じた。あの寂しさを感じる事はない。
もう、朝走る事を、嫌いだと思う事もない。
まあ、だけど、上白沢慧音だけは嫌いのまま変わりそうにないけどね。
だから、覚悟して下さい慧音さん。
そしてごめんなさい妹紅さん。
私こと、鈴仙・優曇華院・イナバは、私の望む理想の家族を作る為に、奮闘します!
永遠亭のお母さんとして、師匠を、そしてその旦那様に慧音さんを。
永遠亭の主として輝夜様を、そしてその伴侶として妹紅さんを。
絶対の絶対に、その理想を現実にしてみせます。
「てゐ」
「ん?」
「頑張るわ!」
「ああ、うん。……ま、私達の為にも、ね」
てゐのその言葉の意味が、分からないほどに鈍くない私は、真っ赤になって、それで思い切って、てゐの手を大胆に握ってみた。小さくて暖かな手は、ちょっと汗ばんでいて、私は目を丸くしてから笑ってしまった。
さあ、今日から理想に向けて頑張ろう!
レイセン涙目ですがとりあえずご馳走様でした。
にしても、てゐの告白のところは素敵だったなぁ
流石、幻想郷でも屈指の年m(ピチューン
貴方は僕を糖尿病にする気なんですね!?
うどんげもよかったけど、とにかく今回はてゐに萌えまくりました!てゐ可愛いよてゐ!
毎度甘いお話をありがとう!これからも期待してます!
誰か一言突っ込めよ!
でもとても面白い。
だがまだ足りない!もっとだ!もっと甘く!
こうなったら砂糖漬けの幻想郷をぜひとも!
まずは手始めに甘さ増量のうどんげ続きを是非っ!
取り合いをせず、皆で布団に入ればいいじゃない!
・・・一番以外も捨てられない慧音だったら、本当にその選択しそうってかするね。それとも日替わりか!!
最初から好意全開とか理由がぼかしてあるとか。
チートでレベルMAXで始めたRPGほど魅力がない。
ラブコメとしては面白いけれど展開が急すぎる気が・・・
あぁもう赤い糸が繋がりすぎてこんがらがってますよ!
相変わらずのけーね、そして蓬莱人の三人も可愛いですw
私のてゐ好きの原点はここにあるっ!!!!!11!!
ありがとうっ
愛してるっ!!