アリア・コンツウェルと言えば、地方一帯に影響力のある貴族の娘として有名でした。
コンツウェルは各国の貴族とも深い繋がりを持ち、莫大な畑を所有し、湖が作られるのではないかという程のお酒を醸造しては販売していました。
それらは、コンツウェル家を支える大事な柱でもあったのです。
私は、それらが不動であることに何の疑いも持っていませんでした。
月は夜に出て、太陽は昼に昇る。それぐらい、当たり前の事だと思っていたのです。
しかし、私は失念していました。月も太陽も、雲に遮られる事があるのだと。
母の死亡。親友の裏切り。自然災害。それらが重なり、コンツウェル家は父の代にして没落してしまったのです。
両手両足では数え切れないほどの使用人は、船の沈没を悟ったネズミのように辞めていき、残されたのは館と庭と父と私だけ。
だけど、その館もとうとう他の人の手に落ちてしまいました。コンツウェル家が代々暮らしてきた、由緒ある自慢の館。
それを人の手に渡したくなかったのか、それとも苦しい生活に耐えられなかったのか。
薄汚れたローブに身をつつんだ父は、思い詰めた顔で私に「さようなら」と言いました。そして庭の手入れに使う脚立を上り、父はシャンデリアから垂らされたロープで首を吊って死にました。
私の声が出なくなったのも、その光景を目撃してからです。
それからの生活は、よく覚えていませんでした。
ですが、蝶よ花よと育てられた貴族の娘が、いきなり社会に放り出されてマトモな生活ができるとは思えません。
今の私は忘れていますが、きっと辛い目に遭ったことでしょう。
ただ、唯一覚えているのは死ぬ寸前のことでした。
道端で倒れた私は、そのまま息を引き取ったのです。
誰にも看取られることもないまま、誰にも知られぬこともなく。
父でさえ、最後の瞬間を見てもらったというのに。
今にして思えば、あんな目立つ死に方をしたのも、きっと誰かに自分が死んだ事を知って欲しかったからなのだと思います。
それなのに、私は。
誰かに、私の死を知ってもらいたかった。
アリア・コンツウェルという少女は、もうこの世にいないのだと知ってもらいたかった。
呪詛に似た強い思いを抱きながら、私は誰にも知られぬことなく、ひっそりと道端で朽ち果てていったのです。
ですが、私は生きていました。いえ、正確には魂だけが生きていたのです。
私は喜びました。だって、まだ私の魂は生きているのだから、これで誰かに私の死を知らせることができる。
道行く人に話しかけました。家で安らぐ人に話しかけました。畑で鍬を振る人に話しかけました。
私の声に応えてくれる人は、一人もいませんでした。
稀に私が見える人もいましたが、会話をすることはできません。
忘れていました。私は声を出せないのです。
喋れない人が死んだのだから、幽霊も喋れない。私は現世の人どころか、同じ幽霊とすらも言葉を交わすことができなかったのです。
これでは、何の意味もない。むしろ、苦痛でしかありません。
死して尚、誰にも知られずに生きていかなければならないのか。
私は彷徨いました。
そして、その私の魂は世界を流れ、やがて幻想郷と呼ばれる所にたどり着きました。
妖怪も妖精も人間も、あらゆる幻想が集う郷。
幽霊ですら、そこでは存在してもおかしくなかったのです。そして、人が信じれば信じているほど幽霊の身体は実体化されていく。
おかげで私は、一時的にですが人と変わらない時間を過ごす力を手に入れました。
そして幽霊のお姫様から、喋れないなら使いなさいと、紙の束と鉛筆を貰いました。
私は幽霊のお姫様に色々と話そうとしましたが、
「幽霊が幽霊に語っても、そこには何も残らないわ。どうせ話すなら、現世の人と会話しなさい。神社の巫女とかどう? 暇なら成仏ぐらい、させてもらえるかもしれないわ」
巫女というモノをよくは知りませんでしたが、成仏がどういう意味かは知っていました。
私は、神社にだけは近づくまいと決心したのです。
そして、私は館で待ちました。あの時を再現した、最も輝いていた頃の館で。
ちょっとミスもしましたけど、概ねは私が貴族の娘であった頃のままでした。
そこで、私は何年も待ち続けました。
私の最後を知ってくれる人達を。
迷い込んできてくれるのを信じながら。
そうして、私はチルノちゃん達と出会ったのです。
妖怪と妖精の四人組。
チルノちゃんは無鉄砲なところがありましたが、最も純粋な妖精でした。
ルーミアちゃんは純粋ではありましたが、ある意味では最も残酷な妖怪でした。
ミスティアさんは残酷な一面もありますが、優しい一面も持ち合わせている妖怪でした。
大妖精さんは残酷なのか優しいのかわかりませんけど、少なくとも純粋では無かったようです。
それぞれに癖はありますが、私はこの四人に自分の死を知ってもらうことにしました。
ただその前に、最後の思い出をつくりたかった。
チルノちゃん達と遊んだり、ローブを着てミスティアさん達を脅かしたり。
悪い事も楽しい事もしました。
そして恐い事もあったし、嬉しい事もありました。
そのたった数時間の出来事は、数年しかなかった私の人生の中でも、最も輝いていた時間となりました。
もう、思い残すなどありません。
最も輝いていた時間の中で、最も輝いていた思い出を抱えて死んでいく。
そして私の死は、四人に知られることとなるのです。
躊躇う必要など、どこにもありませんでした。
私は父が愛用していた金色のナイフを取り出し、父が死んだホールで、ナイフを胸に突き立てました。
私が死ねばチルノちゃん達は、この館から出ることができる。
いずれにしろ、私が死なない事には、全て終わらないのです。
私はきっと、笑いながら死んでいったことでしょう。
でもきっと、目からは涙を流していたことでしょう。
誰かに死を知ってもらいたい。でも死にたくはなかった。
アリア・コンツウェルはそうして、歓喜と後悔に包まれながら、短い生涯を終えていったのでした。
心残りなど……
あるとすれば、一つだけ。
ミスティアさん達の前に現れたローブは私の変装だとしても、私の目の前に現れたローブは、一体誰が被っていたのだろうか。
その一つだけ。
後はもう、館と一緒に消えてしまいました。
最初は天国だと思いました。
次に地獄だと知りました。
最後に、たどり着いたのが幻想郷であることに喜びました。
だって、ここなら幽霊でも受け入れてくれるから。
その考えに、間違いはありませんでした。
続くなら期待しますよ。