真実の竹取物語 月の姫の物語~第二章~
この作品は、作品集43にある「真実の竹取物語 月の姫の物語の~プロローグ~ 作品集44の第一章」の続きとなっております。
この話だけでも、読めると思いますが、プロローグから読んでいただければ幸いです。
「はぁ・・・・・・退屈ね」
長い溜息をつき、現在のおもちゃ・・・基、侍女に心の声を訴える。
侍女は困った顔をしながら、部屋の掃除をしていく。
仕方がないので、窓から空を見上げ、物思いに耽るしかない。
周りのものが、色鮮やかに見えた頃が懐かしくなる。
王宮に入ってから、五年もの月日が流れ、私も十二になっていた。
王子達を死に追いやってまで手に入れた、王位第一継承権は今となっては、放棄したくなっていた。
兎に角、毎日が退屈なのだ。
楽しい時間がない訳ではない。
それでも、退屈な時間の方が圧倒的に割合を占めている。
王宮に入ってから、屋敷に居たときと特に変わった事はない。
午前は一般教養を身につけ、午後は王族としての礼儀作法や心構えを教わる。
屋敷に居た頃にも、母が王位継承権を持っていた私に、万一に備えて教えてくれていた。
もともと出入りしていたこともあって、王宮での暮らしで不自由することはなかった。
だけど、唯一の王位継承者として、窮屈な生活を強いられたのも確かだった。
屋敷にいた頃は、警護といっても要所に、二人から三人配置してあるだけだった。
それが王宮に来てからは、王直属の月の使者を、私室にまで警護として配置され、廊下を歩くだけで警護の者がついていたほどだ。
いくら王族としての心構えを説かれても、堪ったものではない。
王に、警護をやめてもらえるように頼んだが、お爺様と一緒になって私を説得に掛かってきた。
互いの主張は変わる事がなかったので、平行線を辿るかと思われた話し合いの末、互いに妥協することで決着を着けた。
最初の一年は、部屋の中にも警護をつけ、何事もなければ警護の者を部屋の外に配置すること。
更に何事も起こらなければ、一年ごとに警護の数も減らし、私専用の警護を廃止すること。
お爺様は渋ったが、王は仕方ないと認めた。
そうした結果、私は王宮内での自由を手にする事はできた。
ただ、王宮内を一人で歩き回る私に、王たちは神経を、随分とすり減らせていたらしい。
十二の誕生日を迎えた日、王が私に従者を持つように命じた。
従者がつけば、少なくとも身の安全に対しては、安心を得られると考えたのだろう。
その考えが間違いだったと、半年経った今、思い知らされている。
私の我儘に付き合っていては、従者として働けないと言い、せっかくの地位を捨て、皆去っていった。
そうして去っていった人数は、半年で十数名。
私の元には現在従者ではなく、侍女がついている。
もっとも、この侍女が去っていくのも、時間の問題だろう。
「姫様、お掃除は終わりましたので失礼させていただきますね」
「あら、もう行ってしまうの?」
私が考え事をしているうちに、部屋の掃除は終わったらしい。
侍女は、換えたシーツなどを抱え、部屋から退出しようとしていた。
少し潤んだ瞳で見つめると、侍女は困った顔をした。
「申し訳ございません。他にも掃除をしなくてはいけない場所がございますので。」
本当に申し訳なさそうに言ってくる。
その顔を見て、私は心の中で微笑んだ。
「掃除なんて後でいいじゃない、いつも綺麗に掃除しているのでしょう?一日くらいしなくたって大丈夫よ。だから私とお話しましょう」
屈託のない笑顔を侍女に向ける。
「わかりました。少しの間でしたら・・」
侍女は、困ったような笑顔を見せて了承した。
いくら他に仕事があろうとも、姫である私が話し相手をしろと言った以上、最初から侍女に拒否権はない。
私は望む望まざるにせよ、次代の王になるのだから。
侍女に椅子に座るように命じ、淹れてもらったお茶を一口すする。
「それでどのようなお話をいたしましょうか?」
カップを置いたタイミングを見計らい、侍女が尋ねてくる。
「そうね・・・最近何か面白い事はないのかしら?噂話でも構わないのだけど?」
特に話したいことがあったわけでない。
暇潰しに、面白い話でもないかと思っただけ。
噂話に関しては、宮廷に勤める侍女や女官ほど知っているものだ。
いくら宮廷に勤めているとはいえ、している事は家事の延長。
そんな彼女たちは、仕事の退屈さを噂話で潰している。
その噂話から、私は退屈を潰せそうな話を選別する。
大抵は暇潰しにもならないような、ものばかり。
「そうですね・・・なら最近なのですが「月の頭脳」の方の噂は聞いたことはございますか?」
「つきのずのう?」
「はい。月の使者の、医療部隊の隊長になった方なのですが」
「月の使者の医療部隊の隊長がどうして噂になるのかしら?」
月の使者の医療部隊といえば、月の民たちの為の薬を研究したりするのが、主な任務とする部隊だ。
有事の際には戦地に赴き、戦ったりすることはあるが、特に噂になるほどの部隊でもない。
もっとも、部隊としては有名になるほどではないが、個人として、名を売り出世するには、持ってこいの部隊だとも聞いている。
「その方というのが、下級貴族の方らしいのですよ」
なるほどと、一人心の中で納得した。
「月の使者」といえばエリートだ。
月の使者だと言うだけで、結婚したがる輩が大勢いるほどに。
その部隊の隊長の大半が上級貴族。
暗黙の了解となっているのか、上級貴族以外から隊長に選ばれることはない。
稀に中級貴族が隊長に就くことはあるが、余程の功績を残さなければ、その地位に就くことは出来ず、過去片手に数えるほどのもの。
それほどの地位に下級貴族が就けば、噂の一つや二つ立つのも当然の話だった。
ふとここで疑問が出てきた。
そんな過去に例のない出世をしたのだから、その功績は相当なもののはずだ。それならその功績について、私が耳にしていてもおかしくない。 だがいくら記憶を探っても、そんな情報は出てこない。
面白い。
そこまで考えが及んで、最初に浮かんだ感情はそれだった。
いくら功績を残したとはいえ、隊長にまで上り詰めることは生半可なことではない。
余程のことをしたのだ。
「その「月の頭脳」は、一体何をして隊長にまでなったのかしら?」
興味を隠そうともせずに、侍女から「月の頭脳」の情報を聞きだそうとした。
侍女は目を丸くして、私の顔を見ている。
それも仕方ないだろう。
私がこんなに物事に、興味を示した姿を見るのは、初めてのことだったのだから。
「詳しくは分かりませんが、確か医薬学校を過去に類を見ないほどの成績で卒業されたという話です。」
「医薬学校を歴史上一番いい成績で卒業しただけで、隊長になったというの?」
「月の使者」は確かにエリートだ。
過去一番の成績で、卒業したなら配属されるのも分からなくもない。
ただしそれは、士官学校の話だ。
「月の使者」の医療部隊とはいえ、軍隊。
いくら医薬の知識があっても、戦場では怪我を治療する以外では役に立たない。
そもそも戦場でできる手当てなど、たかが知れている。
戦場でできる手当てなら、士官学校で教わる範囲のことだ。
それなら、医薬の技術を持っているものを、戦場に連れて行く必要がない。
巻き込まれて怪我でもされれば、足手まといが増えるだけだ。
そのため医療部隊とはいえ、士官学校を卒業していない者は例えどんな優秀な成績を残しても、「月の使者」に入隊することはできない。
医薬学校を噂になるほど優秀な成績で卒業したなら、上級貴族や王族専門の医療機関で働いているはずだ。
「さあ?噂ですから。王族専門の医療機関にいたという噂もありますから、そのときに王や月の使者のリーダーの耳に入ったのではないかと。」
語尾は不確定要素であったが、構わなかった。
ただ、「月の頭脳」と呼ばれる人物に興味を持った。
そして直感的にこの人物は私の退屈を潰してくれると感じた。
まだ会ったこともない、「月の頭脳」が、自分の物になるのだと分かった。
姫である私の言うことを聞かないわけがない。
「そう、ありがとう。もう仕事に戻ってくれていいわ。」
侍女に退室を言い渡し、出て行くのを確認してから、ベッドの上へと仰向けに倒れる。
「ふふふっ・・・ふふふふふっ・・」
倒れた瞬間私は、笑いが堪えられなくなった。
堪えろというのが無理な話だ。
久々に、楽しそうなオモチャが手に入るのだ。
医療部隊とはいえ「月の使者」
軍人だ。
丁度、今の私には、従者がいない。
「月の頭脳」が満足できるだけの、十分な地位と呼べるものだ。
従者ともなれば、いずれは私の補佐役として月の政務などに関わることになる。
下級貴族と身分は低いが、そんなものは私の言葉一つで、上級貴族にだってさせられる。問題は何もない。
ただ、仮にも私は姫だ。
姫たるもの、常に優美な対応をしなくてはならない。
たとえ年齢が子供と呼ばれる歳であっても、あくまで姫なのだ。
その姫が、ただ「月の頭脳」を従者にと言っても、いささか優美に欠ける。
姫は我儘であって当然だが、万が一にもその我儘が叶えられなければ恥になるのだ。
確かにこれまで、従者に無理難題を課してきたが、それはあくまでも相手を試してのこと。
単に相手の力量を測っていたに過ぎない。
どこまでも上からものを言っていただけなのだ。
だが今回は完全なる、私の欲求から来る我儘。
こちらが従者にならないかと、“お願い”している立場。
これを断られれば、私の威厳も何もなくなってしまう。
そのため私が、「月の頭脳」を従者にしたいと思っているなどと、悟られてはいけないのだ。
ならば、どうすればいいか。
簡単だ。
月の頭脳を私の従者にと、考えるよう王たちを誘導すればいい。
晩餐のときにでも、王に話してみよう。
お爺様に聞けば、侍女から聞いた以上のことを聞けるはずだ。
夜になり夕食の席に着く。
「珍しいな。カグヤが食堂で食事をするなど」
王が珍しい物をみたような顔をする。
以前は、食堂で摂っていた食事も移動の面倒さから、私室で済ませる様になっていた。
最初王は、私がホームシックになったのではないかと、お爺様を私の元によこしたりなどして、気を使っていた。
しかしそれが私の性格的な問題と、育った環境の問題からだとわかると、気にしなくなっていった。
気まぐれに食堂に訪れては、一緒に食事をする。
王と私の関係は、これだけといっても良いだろう。
だからこそ、食堂に来たときは少しでも、私のことを知ろうと色々な話をしてくる。
いくら次代の王になるからと言って、異様なほどに、私に関心を示す。
こちらとしては、その方が色々と助かるが。
「・・・ヤ・・・グヤ、カグヤ?聞いておるのか」
「ごめんなさい。少し考え事をしていて」
少し自分の世界に、入りすぎていたらしい。
王の話をまったく聞いていなかった。
王は、そんな様子に怪訝そうに伺ってくる。
「体調が優れぬなら、無理をせず部屋に戻ってもかまわんのだぞ」
「大丈夫です。それより噂で耳にしたのですけれど、何でも月の頭脳と呼ばれる天才がいるのだとか?王はその方がどんな方か、ご存知ですか?」
「月の頭脳?ああ、八意のことか」
「やごころ?」
八意。
遙か昔、月以外から来て、月の民となった一族。
噂では、当時の月の技術では、考えられないほどの薬の精製技術を持っていたことから、月の民として迎えられた一族だと聞いている。
迎えられた当初は平民だったが、「不老長寿薬」の精製に貢献したことから、下級貴族となった。
一族全てのものが、優れた頭脳の持ち主ばかりだという話だ。
私でも、これくらいのことは知っている。
実際に会ったことは一度もないが。
「八意というのは、天才で名高い一族だけれど、何でも月の使者に入ったとか?」
「あぁ、月の使者の医療部隊の隊長が死んだのでな・・良い人材がいないかと蓬莱山に聞いたら、八意の当主はどうかと薦めてきたのだ。」
「お爺様が?」
「そうだ、実際学生時代の成績や、王立医療機関での功績も申し分なかったのでな。私と蓬莱山で隊長に推薦してみたのだ。」
「その結果見事に、隊長の座についたと?いくら天才家系の当主とはいえ、下級貴族で隊長にまでなるなんて、余程優秀な人物なのでしょうね。」
王の話す月の頭脳の情報を、全て頭に記憶する。
それでもあくまで、話の種程度という態度を装うのも忘れない。
「優秀だぞ。医薬学校を卒業した後に、王立医療機関に入ったにも関わらず、月の使者になって、月の民たちのために薬師としての技術を使いたいと、士官学校に入りなおしたほどだからな。医薬学校も首席だったが、士官学校も首席で卒業したほどだ。」
王の話で私の中にあった、月の頭脳の疑問が解消された。
士官学校を出ていたのなら、月の使者に入隊できるのも当然だ。
士官学校を首席で卒業したなら、月の使者の一つを任されるお爺様の目に留まっても不思議はない。
お爺様の目に留まるほどだ、本当に優秀なのだろう。
そして一番問題だった武力だが、士官学校首席なら強さも相当なものだろう。
「首席卒業なら武術の腕も立つし、医薬学校を卒業しているなら学力もある。下級とはいえ貴族なら教養もあるのでしょうね」
「私も直接は会ったことはないが、あの礼儀作法などに厳しい蓬莱山が気に入るほどだ。教養も申し分ないだろう」
王は其処まで言って、名案が思い浮かんだ顔をする。
その顔を見て、心の中で微笑んだ。
「そういえば、カグヤには今従者がいないのだったな。どうだ、従者に迎えてみては?」
内心の笑いを堪えながら、興味のない態度をとる。
「王が言うのなら、別に構いけれど・・」
「興味はあまりないか?まあ仕方がないな。どの道カグヤには従者をつけねばならぬ。蓬莱山にも八意を従者とする件を話しておく」
「わかりました。どうなるか、楽しみにしていますわね」
月の頭脳の話はここで打ち切り、食事を続けた。
あまり話を聞けば、私が月の頭脳を従者にと望んでいることが、知られてしまう。
まだ聞きたいことはたくさんあったが、その後はどうでもいい談笑で食事を終え、部屋へと戻った。
次の日の朝早く、お爺様が私を訪ねて来た。
最初は私の私室にお通ししようと思ったのだが、お爺様が女性の部屋に二人きりでいるなどできないと、頑として譲らなかったので、仕方なく王宮の庭で話をすることにした。
王宮の庭といっても、花や木が生えているわけではない。
あるのはベンチと噴水と、自分の背の三倍以上はある壁が見えるだけの、殺風景な庭だ。
ベンチに腰掛、お爺様が早速本題に入ってきた。
「カグヤ・・・いえ姫様。八意を従者に迎え入れたいと、考えておられると聞いたのですが、本当ですか?」
わざわざ呼び方を変えたのは、月の使者として話をしようと決めての事だろう。
だから私も、姫としてお爺様に答える。
「私が言ったのではなく、王が言ったのよ。優秀だから従者にどうかと。私としては、下級貴族を優秀という理由だけで、従者にするのはどうかと思うけれど、蓬莱山も気に入るほどだというし、本人が従者になりたいと言うのなら、私はかまわないわ」
どちらでもかまわない、興味がない事を態度で示す。
お爺様はその言葉を聞いて、何かを考えているようだったが、やがて私の目を見て口を開いた。
「姫様がそのように仰られるのであれば、八意に今回の話をしたいと思っております。八意が受けるかはわかりませんが、私としても従者を持たれることは、姫様の身の安全のためにもよいことだと思います」
「そう。では、話がそれだけなら朝議の時間だから、行かないと」
そっけない態度をとり、お爺様をおいて先に朝議の場に向かった。
気に入らない。
お爺様の先ほどの発言は、私を不機嫌にさせた。
八意が受けるか分からない?
受けないわけがない。
月の使者に入隊する以上、出世欲は相当なもののはずだ。
姫のたる私の従者になれば、出世も思いのままだ。
大臣になることだって、不可能ではない。
それなのになぜ、断られる理由があるというのだろう。
確かに、王が今まで選んだ従者に無理難題を課して、辞職にまで追い込んだが、それでもなお私の従者になりたいと言う者は大勢いる。
その地位に就ける、一世一代のチャンスなのだ。
これから先、下級貴族程度の八意には二度と、こんなおいしい話はこないだろう。
それに、私の勘が言っているのだ。
月の頭脳は、私のものになると。
早ければ数日中に、月の頭脳は私の元に、馳せ参じることだろう。
相手のことを知るのは、本人に会ってからでも遅くない。
私を退屈させるようなら、無理難題を言えばいい。
勝手に辞職するはずだ。
先ほどのお爺様の不愉快な発言も、これから迎える楽しい一時を考えれば、どうでもよくなった。
楽しいことを待つ時間は、あっという間に過ぎるものだ。
王が月の頭脳を私の従者にするという話から、十日がたった。
流石に遅いと思う。
私の予想では二、三日もすれば、王から承諾の返事が来るはずだった。
お爺様が、月の使者として地上に出向いているのと、関係あるのだろうか。
最近地上の民が知恵をつけて、文明を築いているらしい。
どのような文明を築いているのか、調査に向かわれている。
調査には医療部隊のものも数名を同行させているという話だが、月の頭脳も選ばれていたのだろうか?
ありえない話ではない。
だが、あっては困る話だ。
穢れた地上で、万が一のことがあっては、私の退屈をなくしてくれる者が、いなくなるかもしれない。
早ければ、あと五日ほどで帰ってくる予定だ。
それまで私は、会ったこともない、月の頭脳の心配をしなくてはならない。
私の従者に迎えた暁には、地上に向かうような危険な調査からは、外さなければいけないだろう。
そうでもしなければ、私の精神衛生状態に問題をきたす。
月の頭脳がいるかもしれない、地上の調査部隊を不安になりながら待ち続けた。
月の使者は予定通り五日後に帰ってきた。
幸い何事もなく、無事に調査を終えたそうだ。
私は帰ってきたばかりのお爺様をお茶に誘い、月の頭脳の返事を聞くことにした。
「月の使者として、地上の調査ご苦労様でした」
私室にお爺様を招き、お茶を振る舞い、勤めを労った。
「すまないな」
お爺様はおいしそうにお茶をすすり、目を細めた。
「今回の調査は特に問題はなかった。しばらく地上に降りるような任務はないだろう」
「そうなの?それなら安心ね。あまり穢れた地上になど降りるものではないもの」
「はは、心配してくれているのか?そういえば王から聞いたのだが、随分と地上の調査部隊のことを気に掛けていたようだな。大丈夫だ、仮にも厳しい訓練を受けているのだからな」
別にお爺様のことを心配していたわけでない。
月の頭脳の身を、案じたのだ。
だが、勘違いしているのなら、都合がいい。
従者になる者のことを、気に掛けていたなどといったら、私が今まで築いてきたイメージが変わってしまう。
「それは分かっているのだけど・・・」
「そうか・・・あまり心配はするな。確かに危険な任務もあるが、基本的には王の身辺を警護したりするのが仕事だ。そんなに危険なことはない」
「そうよね。そういえばお爺様、月の頭脳を従者にという話でしたけど・・・私としては下級貴族を王宮に出入りさせるのはどうかと思うの」
私はあたかも今思い出したかのようなふうを装い、月の頭脳の話を切り出した。
「ああ・・・その話か」
だがお爺様の顔は険しいものだった。
「どうかなさったの?」
まさかとは思うが、地上の調査に月の頭脳も参加していて、何かあったのだろうか?
「カグヤもそう思っていてくれたのなら助かる」
「もって、どういうことかしら?」
「実は月の頭脳・・・八意に従者の話をしたのだが、自分のような下級貴族が姫の従者になど恐れ多いと」
「断ったのかしら?」
「ああ。それに従者としてより薬師として働きたいといってな」
「なら仕方ないわね。本人がそういうのであれば」
「そうか。本当にすまないな。私が優秀な者を、カグヤの従者として選んでおくから、心配はいらん」
「ええ、わかりましたわ」
平静を装っていたが私は怒りに満ちていた。
月の頭脳。
八意。
私の従者になるのに、一体何の不満があったというのか?
薬師として働きたいというならば、薬師として従者になればいい。
月の民の役に立ちというなら、次代の王である私に直接仕えることで、その力を役立てればいい。
気に入らない。
これまで蝶よ花よと育てられ、どんな我儘だって聞いてもらった。
私の望むことで、叶わないことなど、一度もなかった。
全て、私の思い通りだったのに。
私の望みどおりにならなかったのは、月の頭脳が初めてだ。
それなら、どんな事をしてでも、私の従者にするだけだ。
そう、もう始まっているのだ。
私と、月の頭脳の駆け引きは。
月の頭脳が従者になれば、私の勝ち。
従者にならなければ、月の頭脳の勝ち。
期限は私が王位を継ぐまで。
別に期限など設ける必要はなかったが、私のプライドが許さなかった。
あくまで姫である私に仕えることに、意味があるからだ。
王になってから仕えられても、意味がない。
姫である私の我儘を聞くのと、王としての私の命令では、その意味合いはまったく違う。
我儘は、一個人のものだ。
命令は、月全てに関わるものになるのだから。
私が欲しいのは、命令を忠実に聞く従者ではない。
我儘を聞いてくれる、従者だ。
姫として言うことは、全てが我儘。
王として言うことは、全てが命令だ。
だから必ず姫としての私の従者にしてみせる。
幸い、王位を継ぐまでには、かなり時間がある。
じっくりと時間を掛けて、月の頭脳を手に入れる方法を考えよう。
大丈夫。
断れることも、可能性の上で考えていたことだ。
既に幾つか案はある。
後はいかに計略だと知られずに実行するかだ。
今度は王子達の時のようにはいかない。
相手を消して終わりではない。
自分の傍に置くのだ。
決して、悟られ無いようにしなくてはいけない。
悟られるなら、逃げられないように罠を張り、少しずつ見えない鎖で繋いでしまわなくてはいけない。
月の頭脳。
天才と謳われる人物は、私の罠に掛かってくれるだろうか?
少しでも掛かってくれれば、後は全て成功させる自信がある。
私が望んで叶わぬ事は、一つも無いのだから。
高い壁に囲われた王宮の庭でベンチに座り、一人で空を眺めていた。
月の頭脳を、従者へと画策しだしてから、三年が経とうとしていた。
結果として言えることは、今のところ何一つ手応えが無いということだ。
あの手この手で、従者へとしてみようとしたが、全て空回り。
それも仕方がないといえば、仕方がない事なのかも知れない。
結局、月の頭脳には一度も会ったこともないし、顔さえ知らない状態なのだから。
写真を入手しようと思えば、出来なくはなかったが、何となくそれはしたくなかった。
写真ではなく、直接本人を見たかったから。
その為にこの前は、普段なら興味がない上級貴族が開くパーティーに、顔を出したのだ。
月の頭脳は、余程忙しくない限りは、招待された殆どのパーティーに来ていると聞いたからだ。
結局、月の頭脳には会えなかった。
月の頭脳に会えなかったことは、この際いい。
パーティー会場で、非常に不愉快なことがあったのだ。
誰も私を姫と、一目で分からなかったのだ。
確かにパーティーになど、殆ど参加したことはない・・・否。あれが第一王位継承者になってからは、初めて参加したパーティーかも知れないが、仮にも自分たちがいずれ仕えることになる姫の顔を知らないなんて、あっていいことではない。
会場にこっそりと忍び込んで、驚かそうと思って出たら、誰も彼も沈黙した。
五分くらいは会場にいたのだが、誰一人として喋らずに私を凝視したり、隣の者と目で話したりしていた。
正直腹が立ったので、会場内を見渡してから出て行ってやった。
その後、パーティーを開いた上級貴族と思われる者が謝罪に来たそうだが、どうでもいいと追い返した。
月の頭脳を手に入れようと画策する三年間は、充実していたと思う。
もちろん、退屈でしょうがない時間もあったが。
それでも、充実していた。
だがいくら充実していようとも、親展がなければ人はいずれ、飽きてしまうものだ。
月の頭脳のことに関しては、諦めてしまおうかと思う反面、まだ早いと考えている自分がいた。
「カグヤ姫様でいらっしゃいますか?」
余程考え込んでいたらしい、目の前に人が立っていた。
「そうだけれど・・・貴方は」
目の前の人物に何者かと尋ねると、方膝をつき頭を下げた。
「お初にお目にかかります。本日よりカグヤ姫様の教育係として御世話させて頂く事になった、永琳と申します」
そう言って、頭を上げた永琳と名乗る人物はとても美しかった。
肩に掛かるぐらいの銀色の髪は輝いて、優しげで涼しげな瞳は綺麗な青で、その眼はどこか挑発的な感じがした。
その眼から私は目を反らすことが出来ず、ただ目の前の女性を見続けることしか出来なかった。
これが私と八意永琳との出会いであり、永遠への始まりだった。
続く
この作品は、作品集43にある「真実の竹取物語 月の姫の物語の~プロローグ~ 作品集44の第一章」の続きとなっております。
この話だけでも、読めると思いますが、プロローグから読んでいただければ幸いです。
「はぁ・・・・・・退屈ね」
長い溜息をつき、現在のおもちゃ・・・基、侍女に心の声を訴える。
侍女は困った顔をしながら、部屋の掃除をしていく。
仕方がないので、窓から空を見上げ、物思いに耽るしかない。
周りのものが、色鮮やかに見えた頃が懐かしくなる。
王宮に入ってから、五年もの月日が流れ、私も十二になっていた。
王子達を死に追いやってまで手に入れた、王位第一継承権は今となっては、放棄したくなっていた。
兎に角、毎日が退屈なのだ。
楽しい時間がない訳ではない。
それでも、退屈な時間の方が圧倒的に割合を占めている。
王宮に入ってから、屋敷に居たときと特に変わった事はない。
午前は一般教養を身につけ、午後は王族としての礼儀作法や心構えを教わる。
屋敷に居た頃にも、母が王位継承権を持っていた私に、万一に備えて教えてくれていた。
もともと出入りしていたこともあって、王宮での暮らしで不自由することはなかった。
だけど、唯一の王位継承者として、窮屈な生活を強いられたのも確かだった。
屋敷にいた頃は、警護といっても要所に、二人から三人配置してあるだけだった。
それが王宮に来てからは、王直属の月の使者を、私室にまで警護として配置され、廊下を歩くだけで警護の者がついていたほどだ。
いくら王族としての心構えを説かれても、堪ったものではない。
王に、警護をやめてもらえるように頼んだが、お爺様と一緒になって私を説得に掛かってきた。
互いの主張は変わる事がなかったので、平行線を辿るかと思われた話し合いの末、互いに妥協することで決着を着けた。
最初の一年は、部屋の中にも警護をつけ、何事もなければ警護の者を部屋の外に配置すること。
更に何事も起こらなければ、一年ごとに警護の数も減らし、私専用の警護を廃止すること。
お爺様は渋ったが、王は仕方ないと認めた。
そうした結果、私は王宮内での自由を手にする事はできた。
ただ、王宮内を一人で歩き回る私に、王たちは神経を、随分とすり減らせていたらしい。
十二の誕生日を迎えた日、王が私に従者を持つように命じた。
従者がつけば、少なくとも身の安全に対しては、安心を得られると考えたのだろう。
その考えが間違いだったと、半年経った今、思い知らされている。
私の我儘に付き合っていては、従者として働けないと言い、せっかくの地位を捨て、皆去っていった。
そうして去っていった人数は、半年で十数名。
私の元には現在従者ではなく、侍女がついている。
もっとも、この侍女が去っていくのも、時間の問題だろう。
「姫様、お掃除は終わりましたので失礼させていただきますね」
「あら、もう行ってしまうの?」
私が考え事をしているうちに、部屋の掃除は終わったらしい。
侍女は、換えたシーツなどを抱え、部屋から退出しようとしていた。
少し潤んだ瞳で見つめると、侍女は困った顔をした。
「申し訳ございません。他にも掃除をしなくてはいけない場所がございますので。」
本当に申し訳なさそうに言ってくる。
その顔を見て、私は心の中で微笑んだ。
「掃除なんて後でいいじゃない、いつも綺麗に掃除しているのでしょう?一日くらいしなくたって大丈夫よ。だから私とお話しましょう」
屈託のない笑顔を侍女に向ける。
「わかりました。少しの間でしたら・・」
侍女は、困ったような笑顔を見せて了承した。
いくら他に仕事があろうとも、姫である私が話し相手をしろと言った以上、最初から侍女に拒否権はない。
私は望む望まざるにせよ、次代の王になるのだから。
侍女に椅子に座るように命じ、淹れてもらったお茶を一口すする。
「それでどのようなお話をいたしましょうか?」
カップを置いたタイミングを見計らい、侍女が尋ねてくる。
「そうね・・・最近何か面白い事はないのかしら?噂話でも構わないのだけど?」
特に話したいことがあったわけでない。
暇潰しに、面白い話でもないかと思っただけ。
噂話に関しては、宮廷に勤める侍女や女官ほど知っているものだ。
いくら宮廷に勤めているとはいえ、している事は家事の延長。
そんな彼女たちは、仕事の退屈さを噂話で潰している。
その噂話から、私は退屈を潰せそうな話を選別する。
大抵は暇潰しにもならないような、ものばかり。
「そうですね・・・なら最近なのですが「月の頭脳」の方の噂は聞いたことはございますか?」
「つきのずのう?」
「はい。月の使者の、医療部隊の隊長になった方なのですが」
「月の使者の医療部隊の隊長がどうして噂になるのかしら?」
月の使者の医療部隊といえば、月の民たちの為の薬を研究したりするのが、主な任務とする部隊だ。
有事の際には戦地に赴き、戦ったりすることはあるが、特に噂になるほどの部隊でもない。
もっとも、部隊としては有名になるほどではないが、個人として、名を売り出世するには、持ってこいの部隊だとも聞いている。
「その方というのが、下級貴族の方らしいのですよ」
なるほどと、一人心の中で納得した。
「月の使者」といえばエリートだ。
月の使者だと言うだけで、結婚したがる輩が大勢いるほどに。
その部隊の隊長の大半が上級貴族。
暗黙の了解となっているのか、上級貴族以外から隊長に選ばれることはない。
稀に中級貴族が隊長に就くことはあるが、余程の功績を残さなければ、その地位に就くことは出来ず、過去片手に数えるほどのもの。
それほどの地位に下級貴族が就けば、噂の一つや二つ立つのも当然の話だった。
ふとここで疑問が出てきた。
そんな過去に例のない出世をしたのだから、その功績は相当なもののはずだ。それならその功績について、私が耳にしていてもおかしくない。 だがいくら記憶を探っても、そんな情報は出てこない。
面白い。
そこまで考えが及んで、最初に浮かんだ感情はそれだった。
いくら功績を残したとはいえ、隊長にまで上り詰めることは生半可なことではない。
余程のことをしたのだ。
「その「月の頭脳」は、一体何をして隊長にまでなったのかしら?」
興味を隠そうともせずに、侍女から「月の頭脳」の情報を聞きだそうとした。
侍女は目を丸くして、私の顔を見ている。
それも仕方ないだろう。
私がこんなに物事に、興味を示した姿を見るのは、初めてのことだったのだから。
「詳しくは分かりませんが、確か医薬学校を過去に類を見ないほどの成績で卒業されたという話です。」
「医薬学校を歴史上一番いい成績で卒業しただけで、隊長になったというの?」
「月の使者」は確かにエリートだ。
過去一番の成績で、卒業したなら配属されるのも分からなくもない。
ただしそれは、士官学校の話だ。
「月の使者」の医療部隊とはいえ、軍隊。
いくら医薬の知識があっても、戦場では怪我を治療する以外では役に立たない。
そもそも戦場でできる手当てなど、たかが知れている。
戦場でできる手当てなら、士官学校で教わる範囲のことだ。
それなら、医薬の技術を持っているものを、戦場に連れて行く必要がない。
巻き込まれて怪我でもされれば、足手まといが増えるだけだ。
そのため医療部隊とはいえ、士官学校を卒業していない者は例えどんな優秀な成績を残しても、「月の使者」に入隊することはできない。
医薬学校を噂になるほど優秀な成績で卒業したなら、上級貴族や王族専門の医療機関で働いているはずだ。
「さあ?噂ですから。王族専門の医療機関にいたという噂もありますから、そのときに王や月の使者のリーダーの耳に入ったのではないかと。」
語尾は不確定要素であったが、構わなかった。
ただ、「月の頭脳」と呼ばれる人物に興味を持った。
そして直感的にこの人物は私の退屈を潰してくれると感じた。
まだ会ったこともない、「月の頭脳」が、自分の物になるのだと分かった。
姫である私の言うことを聞かないわけがない。
「そう、ありがとう。もう仕事に戻ってくれていいわ。」
侍女に退室を言い渡し、出て行くのを確認してから、ベッドの上へと仰向けに倒れる。
「ふふふっ・・・ふふふふふっ・・」
倒れた瞬間私は、笑いが堪えられなくなった。
堪えろというのが無理な話だ。
久々に、楽しそうなオモチャが手に入るのだ。
医療部隊とはいえ「月の使者」
軍人だ。
丁度、今の私には、従者がいない。
「月の頭脳」が満足できるだけの、十分な地位と呼べるものだ。
従者ともなれば、いずれは私の補佐役として月の政務などに関わることになる。
下級貴族と身分は低いが、そんなものは私の言葉一つで、上級貴族にだってさせられる。問題は何もない。
ただ、仮にも私は姫だ。
姫たるもの、常に優美な対応をしなくてはならない。
たとえ年齢が子供と呼ばれる歳であっても、あくまで姫なのだ。
その姫が、ただ「月の頭脳」を従者にと言っても、いささか優美に欠ける。
姫は我儘であって当然だが、万が一にもその我儘が叶えられなければ恥になるのだ。
確かにこれまで、従者に無理難題を課してきたが、それはあくまでも相手を試してのこと。
単に相手の力量を測っていたに過ぎない。
どこまでも上からものを言っていただけなのだ。
だが今回は完全なる、私の欲求から来る我儘。
こちらが従者にならないかと、“お願い”している立場。
これを断られれば、私の威厳も何もなくなってしまう。
そのため私が、「月の頭脳」を従者にしたいと思っているなどと、悟られてはいけないのだ。
ならば、どうすればいいか。
簡単だ。
月の頭脳を私の従者にと、考えるよう王たちを誘導すればいい。
晩餐のときにでも、王に話してみよう。
お爺様に聞けば、侍女から聞いた以上のことを聞けるはずだ。
夜になり夕食の席に着く。
「珍しいな。カグヤが食堂で食事をするなど」
王が珍しい物をみたような顔をする。
以前は、食堂で摂っていた食事も移動の面倒さから、私室で済ませる様になっていた。
最初王は、私がホームシックになったのではないかと、お爺様を私の元によこしたりなどして、気を使っていた。
しかしそれが私の性格的な問題と、育った環境の問題からだとわかると、気にしなくなっていった。
気まぐれに食堂に訪れては、一緒に食事をする。
王と私の関係は、これだけといっても良いだろう。
だからこそ、食堂に来たときは少しでも、私のことを知ろうと色々な話をしてくる。
いくら次代の王になるからと言って、異様なほどに、私に関心を示す。
こちらとしては、その方が色々と助かるが。
「・・・ヤ・・・グヤ、カグヤ?聞いておるのか」
「ごめんなさい。少し考え事をしていて」
少し自分の世界に、入りすぎていたらしい。
王の話をまったく聞いていなかった。
王は、そんな様子に怪訝そうに伺ってくる。
「体調が優れぬなら、無理をせず部屋に戻ってもかまわんのだぞ」
「大丈夫です。それより噂で耳にしたのですけれど、何でも月の頭脳と呼ばれる天才がいるのだとか?王はその方がどんな方か、ご存知ですか?」
「月の頭脳?ああ、八意のことか」
「やごころ?」
八意。
遙か昔、月以外から来て、月の民となった一族。
噂では、当時の月の技術では、考えられないほどの薬の精製技術を持っていたことから、月の民として迎えられた一族だと聞いている。
迎えられた当初は平民だったが、「不老長寿薬」の精製に貢献したことから、下級貴族となった。
一族全てのものが、優れた頭脳の持ち主ばかりだという話だ。
私でも、これくらいのことは知っている。
実際に会ったことは一度もないが。
「八意というのは、天才で名高い一族だけれど、何でも月の使者に入ったとか?」
「あぁ、月の使者の医療部隊の隊長が死んだのでな・・良い人材がいないかと蓬莱山に聞いたら、八意の当主はどうかと薦めてきたのだ。」
「お爺様が?」
「そうだ、実際学生時代の成績や、王立医療機関での功績も申し分なかったのでな。私と蓬莱山で隊長に推薦してみたのだ。」
「その結果見事に、隊長の座についたと?いくら天才家系の当主とはいえ、下級貴族で隊長にまでなるなんて、余程優秀な人物なのでしょうね。」
王の話す月の頭脳の情報を、全て頭に記憶する。
それでもあくまで、話の種程度という態度を装うのも忘れない。
「優秀だぞ。医薬学校を卒業した後に、王立医療機関に入ったにも関わらず、月の使者になって、月の民たちのために薬師としての技術を使いたいと、士官学校に入りなおしたほどだからな。医薬学校も首席だったが、士官学校も首席で卒業したほどだ。」
王の話で私の中にあった、月の頭脳の疑問が解消された。
士官学校を出ていたのなら、月の使者に入隊できるのも当然だ。
士官学校を首席で卒業したなら、月の使者の一つを任されるお爺様の目に留まっても不思議はない。
お爺様の目に留まるほどだ、本当に優秀なのだろう。
そして一番問題だった武力だが、士官学校首席なら強さも相当なものだろう。
「首席卒業なら武術の腕も立つし、医薬学校を卒業しているなら学力もある。下級とはいえ貴族なら教養もあるのでしょうね」
「私も直接は会ったことはないが、あの礼儀作法などに厳しい蓬莱山が気に入るほどだ。教養も申し分ないだろう」
王は其処まで言って、名案が思い浮かんだ顔をする。
その顔を見て、心の中で微笑んだ。
「そういえば、カグヤには今従者がいないのだったな。どうだ、従者に迎えてみては?」
内心の笑いを堪えながら、興味のない態度をとる。
「王が言うのなら、別に構いけれど・・」
「興味はあまりないか?まあ仕方がないな。どの道カグヤには従者をつけねばならぬ。蓬莱山にも八意を従者とする件を話しておく」
「わかりました。どうなるか、楽しみにしていますわね」
月の頭脳の話はここで打ち切り、食事を続けた。
あまり話を聞けば、私が月の頭脳を従者にと望んでいることが、知られてしまう。
まだ聞きたいことはたくさんあったが、その後はどうでもいい談笑で食事を終え、部屋へと戻った。
次の日の朝早く、お爺様が私を訪ねて来た。
最初は私の私室にお通ししようと思ったのだが、お爺様が女性の部屋に二人きりでいるなどできないと、頑として譲らなかったので、仕方なく王宮の庭で話をすることにした。
王宮の庭といっても、花や木が生えているわけではない。
あるのはベンチと噴水と、自分の背の三倍以上はある壁が見えるだけの、殺風景な庭だ。
ベンチに腰掛、お爺様が早速本題に入ってきた。
「カグヤ・・・いえ姫様。八意を従者に迎え入れたいと、考えておられると聞いたのですが、本当ですか?」
わざわざ呼び方を変えたのは、月の使者として話をしようと決めての事だろう。
だから私も、姫としてお爺様に答える。
「私が言ったのではなく、王が言ったのよ。優秀だから従者にどうかと。私としては、下級貴族を優秀という理由だけで、従者にするのはどうかと思うけれど、蓬莱山も気に入るほどだというし、本人が従者になりたいと言うのなら、私はかまわないわ」
どちらでもかまわない、興味がない事を態度で示す。
お爺様はその言葉を聞いて、何かを考えているようだったが、やがて私の目を見て口を開いた。
「姫様がそのように仰られるのであれば、八意に今回の話をしたいと思っております。八意が受けるかはわかりませんが、私としても従者を持たれることは、姫様の身の安全のためにもよいことだと思います」
「そう。では、話がそれだけなら朝議の時間だから、行かないと」
そっけない態度をとり、お爺様をおいて先に朝議の場に向かった。
気に入らない。
お爺様の先ほどの発言は、私を不機嫌にさせた。
八意が受けるか分からない?
受けないわけがない。
月の使者に入隊する以上、出世欲は相当なもののはずだ。
姫のたる私の従者になれば、出世も思いのままだ。
大臣になることだって、不可能ではない。
それなのになぜ、断られる理由があるというのだろう。
確かに、王が今まで選んだ従者に無理難題を課して、辞職にまで追い込んだが、それでもなお私の従者になりたいと言う者は大勢いる。
その地位に就ける、一世一代のチャンスなのだ。
これから先、下級貴族程度の八意には二度と、こんなおいしい話はこないだろう。
それに、私の勘が言っているのだ。
月の頭脳は、私のものになると。
早ければ数日中に、月の頭脳は私の元に、馳せ参じることだろう。
相手のことを知るのは、本人に会ってからでも遅くない。
私を退屈させるようなら、無理難題を言えばいい。
勝手に辞職するはずだ。
先ほどのお爺様の不愉快な発言も、これから迎える楽しい一時を考えれば、どうでもよくなった。
楽しいことを待つ時間は、あっという間に過ぎるものだ。
王が月の頭脳を私の従者にするという話から、十日がたった。
流石に遅いと思う。
私の予想では二、三日もすれば、王から承諾の返事が来るはずだった。
お爺様が、月の使者として地上に出向いているのと、関係あるのだろうか。
最近地上の民が知恵をつけて、文明を築いているらしい。
どのような文明を築いているのか、調査に向かわれている。
調査には医療部隊のものも数名を同行させているという話だが、月の頭脳も選ばれていたのだろうか?
ありえない話ではない。
だが、あっては困る話だ。
穢れた地上で、万が一のことがあっては、私の退屈をなくしてくれる者が、いなくなるかもしれない。
早ければ、あと五日ほどで帰ってくる予定だ。
それまで私は、会ったこともない、月の頭脳の心配をしなくてはならない。
私の従者に迎えた暁には、地上に向かうような危険な調査からは、外さなければいけないだろう。
そうでもしなければ、私の精神衛生状態に問題をきたす。
月の頭脳がいるかもしれない、地上の調査部隊を不安になりながら待ち続けた。
月の使者は予定通り五日後に帰ってきた。
幸い何事もなく、無事に調査を終えたそうだ。
私は帰ってきたばかりのお爺様をお茶に誘い、月の頭脳の返事を聞くことにした。
「月の使者として、地上の調査ご苦労様でした」
私室にお爺様を招き、お茶を振る舞い、勤めを労った。
「すまないな」
お爺様はおいしそうにお茶をすすり、目を細めた。
「今回の調査は特に問題はなかった。しばらく地上に降りるような任務はないだろう」
「そうなの?それなら安心ね。あまり穢れた地上になど降りるものではないもの」
「はは、心配してくれているのか?そういえば王から聞いたのだが、随分と地上の調査部隊のことを気に掛けていたようだな。大丈夫だ、仮にも厳しい訓練を受けているのだからな」
別にお爺様のことを心配していたわけでない。
月の頭脳の身を、案じたのだ。
だが、勘違いしているのなら、都合がいい。
従者になる者のことを、気に掛けていたなどといったら、私が今まで築いてきたイメージが変わってしまう。
「それは分かっているのだけど・・・」
「そうか・・・あまり心配はするな。確かに危険な任務もあるが、基本的には王の身辺を警護したりするのが仕事だ。そんなに危険なことはない」
「そうよね。そういえばお爺様、月の頭脳を従者にという話でしたけど・・・私としては下級貴族を王宮に出入りさせるのはどうかと思うの」
私はあたかも今思い出したかのようなふうを装い、月の頭脳の話を切り出した。
「ああ・・・その話か」
だがお爺様の顔は険しいものだった。
「どうかなさったの?」
まさかとは思うが、地上の調査に月の頭脳も参加していて、何かあったのだろうか?
「カグヤもそう思っていてくれたのなら助かる」
「もって、どういうことかしら?」
「実は月の頭脳・・・八意に従者の話をしたのだが、自分のような下級貴族が姫の従者になど恐れ多いと」
「断ったのかしら?」
「ああ。それに従者としてより薬師として働きたいといってな」
「なら仕方ないわね。本人がそういうのであれば」
「そうか。本当にすまないな。私が優秀な者を、カグヤの従者として選んでおくから、心配はいらん」
「ええ、わかりましたわ」
平静を装っていたが私は怒りに満ちていた。
月の頭脳。
八意。
私の従者になるのに、一体何の不満があったというのか?
薬師として働きたいというならば、薬師として従者になればいい。
月の民の役に立ちというなら、次代の王である私に直接仕えることで、その力を役立てればいい。
気に入らない。
これまで蝶よ花よと育てられ、どんな我儘だって聞いてもらった。
私の望むことで、叶わないことなど、一度もなかった。
全て、私の思い通りだったのに。
私の望みどおりにならなかったのは、月の頭脳が初めてだ。
それなら、どんな事をしてでも、私の従者にするだけだ。
そう、もう始まっているのだ。
私と、月の頭脳の駆け引きは。
月の頭脳が従者になれば、私の勝ち。
従者にならなければ、月の頭脳の勝ち。
期限は私が王位を継ぐまで。
別に期限など設ける必要はなかったが、私のプライドが許さなかった。
あくまで姫である私に仕えることに、意味があるからだ。
王になってから仕えられても、意味がない。
姫である私の我儘を聞くのと、王としての私の命令では、その意味合いはまったく違う。
我儘は、一個人のものだ。
命令は、月全てに関わるものになるのだから。
私が欲しいのは、命令を忠実に聞く従者ではない。
我儘を聞いてくれる、従者だ。
姫として言うことは、全てが我儘。
王として言うことは、全てが命令だ。
だから必ず姫としての私の従者にしてみせる。
幸い、王位を継ぐまでには、かなり時間がある。
じっくりと時間を掛けて、月の頭脳を手に入れる方法を考えよう。
大丈夫。
断れることも、可能性の上で考えていたことだ。
既に幾つか案はある。
後はいかに計略だと知られずに実行するかだ。
今度は王子達の時のようにはいかない。
相手を消して終わりではない。
自分の傍に置くのだ。
決して、悟られ無いようにしなくてはいけない。
悟られるなら、逃げられないように罠を張り、少しずつ見えない鎖で繋いでしまわなくてはいけない。
月の頭脳。
天才と謳われる人物は、私の罠に掛かってくれるだろうか?
少しでも掛かってくれれば、後は全て成功させる自信がある。
私が望んで叶わぬ事は、一つも無いのだから。
高い壁に囲われた王宮の庭でベンチに座り、一人で空を眺めていた。
月の頭脳を、従者へと画策しだしてから、三年が経とうとしていた。
結果として言えることは、今のところ何一つ手応えが無いということだ。
あの手この手で、従者へとしてみようとしたが、全て空回り。
それも仕方がないといえば、仕方がない事なのかも知れない。
結局、月の頭脳には一度も会ったこともないし、顔さえ知らない状態なのだから。
写真を入手しようと思えば、出来なくはなかったが、何となくそれはしたくなかった。
写真ではなく、直接本人を見たかったから。
その為にこの前は、普段なら興味がない上級貴族が開くパーティーに、顔を出したのだ。
月の頭脳は、余程忙しくない限りは、招待された殆どのパーティーに来ていると聞いたからだ。
結局、月の頭脳には会えなかった。
月の頭脳に会えなかったことは、この際いい。
パーティー会場で、非常に不愉快なことがあったのだ。
誰も私を姫と、一目で分からなかったのだ。
確かにパーティーになど、殆ど参加したことはない・・・否。あれが第一王位継承者になってからは、初めて参加したパーティーかも知れないが、仮にも自分たちがいずれ仕えることになる姫の顔を知らないなんて、あっていいことではない。
会場にこっそりと忍び込んで、驚かそうと思って出たら、誰も彼も沈黙した。
五分くらいは会場にいたのだが、誰一人として喋らずに私を凝視したり、隣の者と目で話したりしていた。
正直腹が立ったので、会場内を見渡してから出て行ってやった。
その後、パーティーを開いた上級貴族と思われる者が謝罪に来たそうだが、どうでもいいと追い返した。
月の頭脳を手に入れようと画策する三年間は、充実していたと思う。
もちろん、退屈でしょうがない時間もあったが。
それでも、充実していた。
だがいくら充実していようとも、親展がなければ人はいずれ、飽きてしまうものだ。
月の頭脳のことに関しては、諦めてしまおうかと思う反面、まだ早いと考えている自分がいた。
「カグヤ姫様でいらっしゃいますか?」
余程考え込んでいたらしい、目の前に人が立っていた。
「そうだけれど・・・貴方は」
目の前の人物に何者かと尋ねると、方膝をつき頭を下げた。
「お初にお目にかかります。本日よりカグヤ姫様の教育係として御世話させて頂く事になった、永琳と申します」
そう言って、頭を上げた永琳と名乗る人物はとても美しかった。
肩に掛かるぐらいの銀色の髪は輝いて、優しげで涼しげな瞳は綺麗な青で、その眼はどこか挑発的な感じがした。
その眼から私は目を反らすことが出来ず、ただ目の前の女性を見続けることしか出来なかった。
これが私と八意永琳との出会いであり、永遠への始まりだった。
続く
しかしまだ文章のバリエーションとして~だ、~だったのような言い切りの連続が多く、読んでいると改行が多いにも関わらず少し疲れてしまいました。
注文ばかりのようですが、前作から今作への変わりようを見てまだまだ上達されていく方だと思っていますので、また次回作にも期待しています。
追伸:作者からのメッセージの最初の文がなにやらおかしいことになっています。
ジャンル問わず色々な本を読んでみては?
命令じゃなくて我儘をきかせたいかぁ
上手いなぁ