Coolier - 新生・東方創想話

式神人形

2007/09/25 06:41:41
最終更新
サイズ
19.88KB
ページ数
1
閲覧数
731
評価数
3/12
POINT
300
Rate
5.00

――アリス亭

「どうやったら一人で物を考え、一人で動く人形って創れるのかしら……」
 アリスは紅茶を飲みに来ただけの魔理沙に無駄だと感じていながらも尋ねてみた。
「そうだなぁ……」
 何も考えてなさそうにクッキーを頬張り、紅茶を飲んだ。
「あの人形……。本当に誰が作ったのかしら……」
 アリスは質問しておいたにもかかわらず上の空で紅茶を口に含む。
「おっ、そうだ!」
 魔理沙が指をパチンと鳴らして、如何にも何かが思い浮かんだという顔をしてアリスの方を見る。
「式神なんてどうだ?」
「しき……へっ?」
 言葉を半分まで無意識に口に出したが、途中で、その突飛な案に気付いたようだった。
「式神だよ、式神」
「式神って、式神?」
「何度も言わせるなよ。あのスキマ妖怪の手下だよ」
「そんなこと知ってるわよ。でも、何で?」
「昨日神社に来たんだよ。狐の式神さんが。それでちょっと思い出したわけよ」
 アリスは、しばし自分の世界へ浸っていたが、すぐに我に返って顔を上げた。
「でも、式神って人形じゃないから根本的に駄目ね」
「そうか? わたしは有りだと思ったんだけどなぁ」
 と言いながら、最後のクッキーを頬張る。
 アリスはおかわりを持ってこようかと言ったが、魔理沙は腹が膨れたようだった。
「わたしはそろそろ帰るぜ。」
「あ、そう?」
 玄関の外へ出て魔理沙を見送る。
 アリスは別れを告げて家に入り、扉を閉めてそれに凭れかかった。
「式神……か……」





――博麗神社

「やっと着いたわ、博麗神社」
 八雲紫の情報を探るならここが一番早いと踏んだアリスは、早速、翌日に博麗神社を訪れた。
 長い長い階段を地を踏みしめずにすいすい登り、着きたるは境内。
 すると縁側でお茶をしていたのは、なんと霊夢と紫ではないか。
 二人のところへ行こうとすると、自然と足が速くなる。
「お二人とも、こんにちは」
 突然の来客に眉一つ動かさずに「あら、今日は何の用なの?」とフランクに質問をぶつける巫女がいた。
「今日の用は霊夢にはないわ。八雲紫、あなたよ」
「ふふ。何かしら」
 アルカイックスマイルを決め込む紫は、まっすぐアリスを見た。
「式神について教えてほしいんだけど」
 紫は即座に嘲笑した。
「あなたごときに式が組めるかしら」
 アリスは嘲笑う紫を睨み付け「まだ使うとは言ってないわ」と反論。
「でも、説明を聞いて、いいと思ったら使うんでしょ? 結論は一緒、そんな餓鬼みたいなこと言わないの」
 アリスは紫の態度に符を出しそうになったが、教えてもらう身であることを思い出し、身を落ち着けることにした。
「所で、説明は受けさせてもらえるのかしら?」
「暇つぶしくらいにはなりそうね」
「よかった」
 アリスは胸に手を当ててほっと一息ついた。
「お茶の味は今一だったわ。もっと精進することね」
 そう言って立ち上がり、徐に歩き出した。
「余計なお世話よ」
 霊夢もお茶を片して中へ入っていった。
 アリスは二人の行動が何を意味するのか分からずその場に立ち尽くしていた。
「何してるの? こんな辺鄙な神社で屹立してても説明はできないわ。早く着いてきなさい」
 二人はそう言って博麗神社を出て、魔法の森へと入っていった。

「これからどこへ行くの?」
「どこへも行かないわよ。ところで、あなたはそこに直立した木をどのくらい把握できるかしら」
 アリスは首をかしげた。
「つまり、その木の部品、構造、はたらきなど、ありとあらゆること。例えば、葉なら光合成というはたらきを葉緑体で行うとか、根から水分や養分を吸収するとか。で、あなたはいくつくらい把握できるかしら」
「いきなりそんなこと言われても、すぐには思いつかないわ」
「そうね。じゃあ、少し視点を変えましょ。あなたやわたしに付いている目、鼻、口。そしてこの目、鼻、口は理論上存在しないというお話は知ってるかしら?」
「どういうこと?」
 すると紫はアリスの口を指差した。
「例えば口。わたしが今指差しているのは唇。もっと正確に言うならば上唇。そして口内はというと、舌があり、歯があり、口蓋がありっていう感じでどこを探しても口という単語は出てこない。つまりは形而上の概念に留まるということになってしまうの。言ってる意味が分かるかしら?」
「そりゃ、分からなくはないけど、何が言いたいの?」
「例えば、人の形になるよう式を打つ際に、口という式は、口を形成するありとあらゆるものを用いて、式とし、初めて口というものが具現化されるの。つまり、ただ歯があって、舌があってと定義付けしたとしたら、その歯、舌は一体どのようなものから成り立ち、どのようなものに、どのような作用を施すのかを定義付けしなければ、これは具現化されずに、口というものは出来上がらない」
「意外に面倒臭いのね」
 すると紫は片方の口元をくっとあげて、視線を空にやった。
「面倒臭いだけならいいのよ」
 アリスは意味深に笑う紫を見て少し戸惑いを覚えた。
「あなた、油断して式を打つと、その口がある日突然消えてしまうわよ」
 紫はとてもおかしそうに笑う。
「どうして?」
「例えば舌が火傷してごらんなさい、その皮膚は焼け爛れ、そこから細胞の連結が崩壊し、舌、口蓋、歯、唇と連鎖して消えてゆく。そして消えた瞬間に口の周辺から大量の出血を催してその人型の式神は死亡。どう? 実に壮麗な論理だと思わない?」
 爽やかに不快な笑みを浮かべて、アリスを見る。
「つまりそういうへまをしなければいいんでしょ?」
「そう簡単にいくかしら? まぁ、仕組みは分かったと思うから、式の打ち方だけは教えてあげるわ。あとは一人でやることね。教えるのは億劫だし、そんなことに時間使いたくないし」
 アリスは不快さと嬉しさを兼ね揃えた複雑な気持ちでいっぱいになった。

 魔法の森の道を歩きながら、紫はさらりと式の打ち方を教え、指南が終わる頃にはアリス亭に着いていた。
「それじゃ、わたしはこれで消えるわ」
「どうも、ありがとう」
 アリスがありがとうの「う」の言葉を言っている頃には、紫の姿はもうアリスの視界からは消えていた。
「さて、今日からまた、人形作りに励むか」
 そう言って家の中へと入っていった。





――三ヵ月後

「紫様、何にやにやされてるんですか? もう少し、締りのある顔と言うものがあると思うのですが」
 端から見ていて気持ちを害するくらいにやついた顔をして窓の外を眺めているのは紫だった。
「いや、今頃音をあげてるだろうなぁって考えると滑稽でしょうがないのよ」
「誰がですか?」
「魔法の森の人形遣いさんが」
「…………?」
 藍ははてなと首を傾げた。
「藍」
「何ですか?」
「ちょっと見てくるわ」
「……はぁ。分かりました」
 藍は溜息をついた次の瞬間、紫の姿はなかった。
「もう、仕事は全部わたしに押し付けるんだから」

 アリス亭の玄関前に神出した紫は、再び鬼没してアリス亭のリビングルームのソファに神出した。
 アリスがどれだけ待っても来ないので、しばらく紫はソファで居眠りすることを決行した。
 紫が一時間ほど眠った頃、紅茶のカップを洗いにきたアリスがようやく発見し、体を揺すって起こした。
「むにゃ?」
「むにゃ? じゃないわよ! 不法侵入だわ!」
 アリスは憤怒に満ちていた。
「幻想郷に法律も十戒もむにゃむにゃ……」
「寝るな! 」
 そんなアリスの叫び声を尻目に、大あくびと伸びをして体を目覚めさせる。
「あ~、取り敢えず、紅茶とお菓子」
 日頃の生活の様子を垣間見たアリスは、出がらしとカマンベールチーズを紫に差し出した。
 眠気眼にそれらを食す紫はこんなことを言った。
「珍味ね。悪くないわ」
 アリスはにこにこしながら小さく舌打ちをした。
「で、今日は何の用かしら?」
「いや、あなたの嗟嘆を聞きにきたのよ。そろそろ音をあげてる頃だろうと思って」
「式神のことかしら? あれなら順調に行っているわ」
「心外ね。少し見せてもらおうかしら」
「いいわ」
 そう言うとアリスは、研究室へ行かんと奥へ入っていった。
 紫がカマンベールチーズを食べ終わった頃に、アリスが帰ってきて、式を紫に見せた。
「これが式ねぇ……」
 紫は笑いを堪えるのに必死になっており、肩がふるふる震えている。
「何よ。どこか変なところでもあったわけ?」
「いや、変なところはないわ。ただ、稚拙だわ。猛烈に」
 ついに吹き出した紫は、嘲笑の極みたる大笑いであった。
「い、いいじゃない稚拙だって!」
「こんな式なら橙にだって打てるわ」
「…………」
 ふてくされて黙り込んでしまったアリスを見て、紫はやっと大笑いを落ち着けた。
「まぁ、予想していた通りだわ。こんなことだろうと思って今日は来たのよ」
「予想してたなら、そんなに笑わないでよ……」
 アリスはぼそぼそっと愚痴をこぼした。
「よく聞くのよ? 一回しか言わないから」
 紫はいつものにんまり顔をアリスに向けて、話し始めた。
「式っていうのは、答えに辿り着くまでに、複数の方法がある場合があるわね? 例えば、答えが“2”の場合、1+1とか3-1とか2×1とかになるのがそれね。それらは式の打ち方が異なる。つまり個々で打ち方が違う場合があるということになる。まぁ、答えが2であったとしても、意味するところが違うんだけどね。わたしが前回教えたのは基礎的なもの。それがここまでできるようになったなら、少し応用を加えたものを教えるわ。また一からやり直しだけど、あなたはきっとこの方が組みやすいと思うわ」
 すると紫はアリスに紙と書く物を持ってくるように促した。
「これでいい?」
 それらを不機嫌そうな面持ちで持ってきたアリスは、紫の前に突き付けた。
 充分だと頷いて、紫はその紙に、法則と注意事項を書き上げた。

「それじゃ、わたしは帰るわね」
「そう。また来てとはいいにくいけど、今日の件については感謝するわ」
 ふふっと不快な笑みを浮かべて境界の中へと姿をくらました。
「来てもらうのは構わないけど、本当に嫌みな奴だわ。まぁ、助かったけど……」
 アリスはリビングルームでの暇乞いを終え、研究室へと戻っていった。





――アリス亭研究室

 あれからまた一ヶ月ほど経ち、アリスは見る見るうちに式を組んでいった。
 それに伴い、いろいろな書物が研究室に見る見るうちに山を組んでいった。
「それにしても、前回の法則とは組みやすさが違うわ。なんでここまで違うのかしら。どんどん組める……」
 昼夜を問わず研究室から出てこないアリスを上海・蓬莱人形は出来る限りサポートしようと、紅茶を入れたり、掃除をしたりと忙しそうに立ち回っていた。
 そして、アリスの理想としていた動きの人形とは懸け離れていたけれど、自分で動くという式を組み込んだ人形の姿をした式がおおよそ完成した。
「ふぅ。あともう少しだわ」
 一息入れて紅茶を口に含もうとしたが、新しい式を思いついたので手に持ったカップを置き、紙にそれらを書き留める。
「そうよね。自分で身を守る防衛機能とか、式の穴を自分で修復する機能とかも付けられるかも」
 書き終えて、紅茶を口に含む。
「一応明日で、大まかに完成ね。命令して動くくらいなら明日試せそうだわ。うん、楽しみ」
 満面の笑みを浮かべ、心躍らせて、眠る必要のない筈なのにベッドにばたんと倒れ、そのままスースーと寝息を立てて寝てしまった。
 それに気付いた上海・蓬莱人形が、アリスにタオルケットをふわりとかける。
 二人はここ数日、多忙に生活していた為、アリスの両隣で一緒に休むことにした。
 こうして三人は、幻想の世界からすっかり夢の世界へと誘われていった。

「んあぁ、よく寝たわ」
 研究室には窓がなく、日光が入ってこないせいで、今が昼なのか夜なのか判断することができなかった。
「よし、今日は一応の完成まで持ってくぞ」
 気合を体力を充分に充填した気分になり、再び作業を開始する。
 式をああでもない、こうでもないと書き換え、地道な作業に明け暮れる。
 そして、この日の午後三時頃、取り敢えず完成と言うところまで持ち込めた。
「できたわ! これで命令すれば動くくらいにはなってる筈。先ずは動くかどうかテストしなくちゃ!」
 完成によって高ぶった意気は、アリスを一瞬童心に帰らせた。
 早速アリスは式を打ち、具現化を試みた。
 すると、眩いいくつもの二重螺旋の光が辺りを包む。
 そして光が治まると、所謂『式神』という人形がちょこんと座っているではないか。
「せ、せ、成功だわ!」
 座っていた人形が立ち上がる。
「えっと、えっと、命令しなくちゃ。何させよう……」
 アリスが周囲を見回すと、先ずベッドの上にぞんざいに放置されたタオルケットが目に付いたので、それを畳むように命じた。
 しかし式神は立ち止まったまま微動だにしない。
「……。何で動かないのかしら……」
 しばらく考えた後で、命令の仕方を変えてみることにした。
「ベッドまで歩け」
 すると今まで瞬き一つしなかった式神がベッドに向かって歩き始めたのだ。
「あっ……あっ……う、動いた!」
 本日二度目の歓声である。アリスは満面の笑みを浮かべ、目を輝かせた。
 式神がベッドの前で制止する。
「そのベッドの上にあるタオルケットを畳め」
 式神がぞんざいに放置されたタオルケットを、ぞんざいの状態のまま二つに畳んだ。
「あぁ……。一度広げて、広げた状態から半分に折ることを四回繰り返せ」
 手を額につけて落胆しているアリスを尻目に、式神はタオルケットをバサッと広げ、言われたように畳み始めた。
 畳み終わったのを見計らって、アリスは元の位置に戻るように指示した。
 そしてアリスはタオルケットをもう一度くしゃくしゃにしてベッドの上に置き、こう言った。
「タオルケットを畳め」
 不思議なことに、さっきまで細やかな指示の元でしか動かなかった式神が、今度は自らベッドへ向かった。
 ベッドの傍まで行き、タオルケットをそのまま二つ折りにし、それから広げ、ちゃんと畳み、定位置に戻ってきた。
「やった。学習能力は正常に作動してる! これであとは……」
 アリスはもう一度タオルケットをくしゃくしゃにして、今度はこう言った。
「このタオルケットをどうした方がいいか自分で考えて動きなさい」
 今度はしばらく立ち止まったままだったが、すぐに動き出し、ベッドへ向かった。
 式神は先ほどと同じ行動をとり、定位置に回帰した。
 その様子を見てアリスは手を口に当てている。
「すごい……。モラル的行動まで身に付いてる……」
 アリスは感慨にふけっていて、不図何かを思いついたようだった。
「イリス! 名前はイリスに決まり!」
 と、突然命名し、イリスこと式神を抱き上げた。
「よろしくね、イリス」

 初見の後、一段落ついたので一度式神を式に戻し、いろいろと訂正を加えることにした。
 その後も、式を打ったり、式を改善したりと、そういう日々を繰り返した。





――二ヵ月後

 アリスは式を駆使し、感情は持たないが、自分で考え、自分で動く式神にすることに成功した。
 今ではアリスの下で上海・蓬莱人形と一緒に働いている。

 ある日「紅茶飲みにきたぜ」と勢いよくドアを開け、中へ入ってきたまろうどがいた。
「あら、魔理沙。いらっしゃい」
 するとイリスがキッチンへ向かった。
「今の見慣れない人形は何なんだ?」
 当然のことながら、初めて見るイリスをまじまじと目で追った。
「あれは式神のイリスよ。わたしが式を打ったの」
「式神!? アリスが作ったのか?」
「そうよ」
 アリスは驚く魔理沙を見て、少し誇らしげに言った。
「さぁ、そろそろ紅茶が入るわよ。玄関で立ち話するより、座って話はしましょ」
「お、そうだな」
 二人がダイニングルームへ行くと、イリスが二人の椅子を引いた。
「よく気が利く人形だな。あ、式神だったっけ?」
「イリスって呼んであげて」
 イリスが紅茶と、正確に八等分されたシフォンケーキのうちの二つを二人に配る。
 そしてどこかへすたすたと歩いていった。
「忙しい奴だな……。それにしても、あんなのどうやって作ったんだ?」
「魔理沙の言い方で言うと、親切なスキマ妖怪さんにに教えてもらったの、となるわね」
「へぇ、あいつが人に教えることなんてあるんだ……」
 目を丸くした。
「教え方は雑だったけどね。でも、嬉しかったわ」
「あいつが聞いたら鳥肌を立てるだろうな」
「そうね」
 アリスは口元に手を添えてくすくす、魔理沙は腹を抱えてけらけら笑った。
「ところで、作るのにどれくらい掛かったんだ?」
「そうね……。ざっと六ヶ月くらいかしら」
「半年かよ。アリスのことだからずっと研究室に篭ってたんじゃないだろうな?」
「篭ってたわ」
 シフォンケーキを手で掴んで、ぱくぱく食べていた魔理沙は「そりゃよくないぜ?」という顔をして「そりゃよくないぜ?」と言った。
「わかってたけど、出たくなかったのよ」
「まぁ、分からんでもないけどな」
「でも、こんなに早く今の段階まで来られるとは思っても見なかったわ」
「ふぅん、それにしても気の利く人形だぜ。よし、便利そうだからその式神をさらっちゃうぜ」
 つまらない冗談でも魔理沙が言うと、面白く聞こえるアリスはついまた笑ってしまう。
 すると次の瞬間、魔理沙の横を何かが物凄い勢いで通り過ぎた。
 そしてその頬に赤い線が走る。
「なんだ?」
 思わず手を頬に当てる。そして手に付着したのは紛れもなく血だった。
 アリスが振り向くと、淡白な顔のイリスが包丁やナイフを数多く持って浮遊している。
「イリス、何してるの! やめなさい!」
 アリスが止めようとするが、イリスは聞き入れる様子がない。
 そしてイリスはこんなことを口走った。
「防衛機能起動。自身ヲ誘拐スル虞有リ。直チニ敵ヲ排除ス可シ」
「何言ってるの!? 魔理沙は敵じゃないわ! 今のは冗談よ! 本気じゃないわ!」
 アリスの説得も虚しく、イリスはナイフを構える。
 すると、アリスは魔理沙の前に敢然と立ちはだかった。
「今すぐそのコマンドを削除しなさい!」
「敵ヲ護ル者有リ。直チニ排除ス可シ」
「そんな……」
 イリスの手からナイフが放たれた。
 放たれたスピードは尋常ではなく、魔法によって加速されていたので速度がかなり速い。
 次の瞬間、魔理沙がアリスに飛び掛り、二人は倒れ、一時の難をしのいだ。
「何やってんだ! 殺されるぞ!」
「でも……」
 アリスは困惑していた。自分で作った式神に、今、殺されようとしていることに。
「アリスがやらないなら、わたしがやる」
 そう言うとすっくと立ち上がり、ミニ八卦炉を取り出した。
 そして両足をしっかり広げてどっしり構えた。
「マスタースパ、うわっ」
 アリスが魔理沙の服を思いっきり引っ張ってこけさせたのだった。
「ダメ! やめて!」
「ダメって、そんなこと言ってたら!」
 その時、初めてアリスの顔をちゃんと見た。
 涙は線を描きながら頬を伝い、滴り、唇を噛み締めて必死で泣くのを堪えていた。
「ん……そ、そんな顔するなよ……」
 そのとき、二本のナイフが一筋の像を引きながらアリスと魔理沙に向かってきた。
 もう駄目だと魔理沙が目をつぶったとき、上海・蓬莱人形が飛び出した。
 それぞれにナイフが刺さり、二人の人形はバタっと地に落ち、動かなくなった。
 魔理沙はそっと目を開け、その惨劇を目の当たりにする。
「人形たち……」
 そう呟いた魔理沙はアリスの方に向き直って、アリスの両肩をゆさぶった。
「おい、逃げるぞ! 殺したくないなら逃げるんだ」
 しかし、アリスは立ち上がらなかった。
「おいアリス! 立てよ! …………もう、どうすりゃいいんだよ!」
 無表情のイリスが包丁二挺を構える。アリスは座り込んだまま動かず、今度は魔理沙が飛び掛って動くような態勢ではなかった。
 ついに包丁二挺が放たれた。
 魔理沙は怖かったようだが、一直線にこちらへむかってくる包丁から目を離さなかった。
 包丁が目と鼻の先まできたところで、思わず目をつむると、包丁が刺さる感覚を覚えなかった。
 どうなっているのかと、ゆっくり目を開けると、包丁の代わりに八雲紫、その人が背を向けて屹立していた。
 紫を見上げると、顔だけで振り向いて嫌みな笑みを浮かべ、また前へ向き直った。
「なんで……」
 紫は指で何かしらを空に描いている。
 すると、イリスが一瞬にして姿を消した。
 紫は今度は体ごとアリスたちの方を向き、こう一言告げた。
「無様ね」
 アリスと魔理沙は何も言わなかった。
「少しは式の難しさというものが分かったかしら?」
 アリスが顔を上げて、紫に問うた。
「どうして、わたしに式の打ち方を教えてくれたの?」
「アリス、こんなときに何言ってんだ?」
「いや、ただなんとなく訊いてみたかっただけよ」
 紫は顔をそらしてふふふと笑う。
「理由は二つあるわ。一つはただの情報収集。わたしは狐に式を組み込んで、狐の全てを式にするという形式を今はとっているわ。だけどね、式のみからっていうのはまだやったことがないの。だから、その前例がほしくてね。まぁ、わたしの考えていたまでに式を組めていないから前例にはならなかったけど」
 すると魔理沙が赤い顔をして怒鳴り散らした。
「じゃあ、お前はアリスを実験台にしたのか!」
「そういう言い方もできるわね」
「ふざけるな! アリスは必死だったんだぞ! それをお前は高飛車に踏みにじりやがって!」
「あら、自分より下等な者を蔑んで何が悪いのかしら?」
「…………」
 魔理沙は目の下がピクピク痙攣して、更に口も引きつっていた。
「それとね、理由はもう一つあるのよ」
 紫は顔をアリスの方へ向け、そらした。
「お遊びよ」
「おい、てめぇどういうことだ! もう一遍言ってみろ!」
 アリスは憤る魔理沙の肩を優しく持って、制止させた。
「いいのよ。わたしが悪いの。だからもう怒らなくていいから」
 魔理沙は複雑な顔をして、今にも飛び掛りそうな構えを解いた。
「でも、こんなことになっちゃ、もうそれも終わりね」
 紫はやれやれという顔をしてこう言った。
「たまにあるのよね。こういう邪魔な感覚」
 そして紫は扇子を口元にあてて「じゃ、またね」と言い残して境界へと消えていった。
「何なんだよ!」
 魔理沙は歯を食いしばって、三角帽子を床へと勢いよく投げつけた。
「ふふ、邪魔な感覚ね」
 アリスは紫の笑みのような笑みを浮かべた。
 悔しみに暮れていた魔理沙がふと目線を横にやると、ナイフで串刺しにされて無惨に倒れている上海・蓬莱人形の姿があった。
「そうだアリス! 人形たちの手当て!」
「そうだったわね。でも、そんなに慌てなくても大丈夫よ」
 そう言ってアリスは二人の人形をそっと抱いて、研究室へ行った。魔理沙も後に続く。
 研究室でアリスは最初に救急箱を棚から持ってきて、ばんそうこうを取り出した。
 そしてそれを魔理沙の頬にペタリと貼った。
 次にアリスは裁縫道具を取り出してきた。針や糸を手際よく準備していき、作業にとりかかった。
 ロッキングチェアに座り裁縫道具を操るアリスの手は、それはそれは透き通った水流の如き手付きだった。
 そして、見る見るうちに人形たちに生命が戻ってくるのが見えた。
「わたし、焦ってたのかもしれないわ」
「なんだ? いきなり」
 アリスがにこやかな顔でそんなことを言うものだから、魔理沙は少し戸惑った。
「じっくり長い時間を掛けて作ったスープはとても美味しいものね。短時間で作ったスープは味気ないと思わない?」
「まぁ、確かにそうだが……」
「それにしても、かわいかったわ」
「式神の……イ……なんだっけ?」
「そうじゃないわ。紫よ」
「はぁ?」
 魔理沙は視線を人形からアリスに移して、一驚の色を見せた。

 アリスが人形を仕上げると、人形たちは起き上がって、アリスに飛びついた。
「ごめんね。二人とも」
 そう言ってアリスは強く抱きしめた。
「さて、あとはもう一つ」
 今度は棚から人形を一体取り出して、元居たのダイニングルームへ向かった。
 そして、テーブルの中央にその人形を座らせた。
「もう二度と、道から外れないからね」
 人形にそう投げかけて、しばらく眺めていた。
 そのとき、魔理沙がアリスの目に雫を見たのは秘密である。
「さぁ、お茶をやりなおしましょ。上海・蓬莱人形と魔理沙も手伝って」
 そして四人は、ダイニングの掃除を始めたのでした。

参考資料に講談社ノベルスのある作品や、養老孟司さんの書籍を使用しているので、
まったくのオリジナルというわけではないのですが、自分なりに咀嚼して描いてみました。

まだ物書きを始めてから間もないですので、文章構成が下手です。
ですから、気になった点などはどんどん指摘・指南をよろしくおねがいします。
未羽
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.190簡易評価
2.20名前が無い程度の能力削除
文章は読み易かったです。ただ、上手く言えませんが色々と違和感が残る作品でした。

アリス亭→アリス邸
所で→ところで
故意に使用しているのだとしたら申し訳ない。
4.60名前が無い程度の能力削除
題材はとても良いのですが、もう少し広げればもっと面白くなったんじゃないでしょうか。
「さぁ話が動き出したぞ」と思った次の瞬間「あれ?もう終わり?」というふうに感じる作品でした。
さらに練り直した上での再投稿を望みます。必ず良い作品になると思います。
6.30名前が無い程度の能力削除
なかなか面白かったです。
ただ、やはりこれからの発展を期待しています。
偉そうなこと言ってすみません。

アリスがにこやかな顔でそんなことを言うものだから、アリスは少し戸惑った。→アリスがにこやかな顔でそんなことを言うものだから、魔理沙は少し戸惑った。
9.無評価未羽削除
皆さんコメントありがとうございます。

>偉そうなこと言ってすみません。
どんどんお願いします。

>題材はとても良いのですが、もう少し広げればもっと面白くなったんじゃないでしょうか。
広げると広げすぎてしまう悪い癖があるので、そこも修正していきます。

>アリス亭→アリス邸
自分のイメージがこんなだったので、これで書いてみたのですが、やはり統一します。