Coolier - 新生・東方創想話

残る夏と秋の星

2007/09/24 10:45:23
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死体だった。
いや、正確には肢体なのだけども。
見た目は死体にしか見えなかった。

「れ……蓮子?」

返事はない。
ただのしかばねのようだ。
しかし、キャミソールから覗くすらっとした足が綺麗……違う違う。
京都貧乏下宿蒸し部屋殺人事件。
誰かさん、事件です。

「蓮子ー!救急車と名探偵ー!」
「……落ち着きなさいって」
「ひっ。ゾンビ!」
「黙れ」

蓮子はのそりと起き上がり、冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出す。

「上がる?ひどく暑いけど」
「……蓮子、なんか羽織るとかしないの?」
「暑いじゃん。エアコンないし」
「……エロいわよ?」
「えっち」
「そんな格好してるのが悪いのよ」

京都の夏は暑い。
熱気が体にまとわり付いてくる。
蓮子の下宿は昔ながらの通りにあり、景観の事情からエアコンを使用している家は少ない。
室外機が、木造住宅の通りでは浮いてしまうからだ。
おかげで景観は保たれているが、代償として蓮子のような事態に陥る。
ちなみにメリーの下宿は冷房完備。

「そんなに暑いなら私の下宿に来ればいいじゃない」
「甘いわねメリー」

蓮子は立ち上がり、窓から入る陽の光を背負う。
そして両腕を勢いよく広げ

「夏は暑いからいいんじゃない!」

叫んだ。
メリーはそんな蓮子を見ながら、麦茶で喉を潤した。
キャミソール一枚に汗だくで、熱中症になりかけていた人に言われても説得力がない。
セミの声もしない。

「……無理しないで私の下宿か図書館に行く?」
「……行く」

京都の夏は暑い。
人の心を折るほどに。

「上着は着てね」
「えー」
「えーじゃない」

無理やり蓮子に普段着を着せるメリー。
二人は、メリーの下宿に向かうことにした。
夏の空には、入道雲が美しく浮かんでいた。











「で、なんでこうなるのかしら」
「日頃の行い?」
「私は日々慎ましく生きてるわよ?」
「そうかしら」

蓮子の下宿を出た後、メリーの下宿に付く直前。
発達した入道雲はみるみるうちに空を覆い、滝のように雨を降らせた。
メリーは日傘を持っていたが、もちろんそんな雨に太刀打ちできるわけもない。
二人揃ってびしょ濡れとなった。

「……美女濡れ?」
「本格的に病院行く?」
「いや、遠慮しとく」

蓮子はメリーの服を借り、塗れた服は部屋干しさせてもらうことに。

「まぁまた外は暑くなるわね」
「さらに蒸すわ」

外はまだ滝のような雨。
時々稲光。

「そういやさ、メリー」
「何?」
「最近境界見えた?」
「盆のときはちょっと向こう側に、人魂がいる庭園が見えたりしたけど」
「庭園かぁ。京都にもあるけど、どんな感じ?」
「枯山水」
「いいねぇ、行きたい」
「ただ、行ったら帰ってこれないような雰囲気はある」
「それは怖い」

取り立ててやることもないので、外を眺める。

「最近夜の天気が悪くて、時間がわからないのよねぇ」
「時計を持ちなさい」
「メリーこそ、ご臨終の時計を直すかどうかしなさいよ」
「夜は蓮子を頼りにするからいいわ」
「……えー」

照れる蓮子。
メリーはずるい、と思う。
ここぞというときに、優しい言葉を放つ。
蓮子は視線を合わせていられず、眼をそらした。
メリー、すごくいい笑顔。

「あ、そうだ」
「どしたの?」
「雨があがったら、星を見に行かない?」
「星を?」
「服が乾いたら、ちょっと丘の上まで」
「まぁいいけど」
「どうせだから、雨が上がる前から待ってましょう」
「……晴れてからでもいいじゃない」
「雲の切れ間から見える星がまた綺麗なんじゃない」
「せっかく涼んでたのに……」

雨は勢いこそ弱くなったものの、まだ降り続いている。
むしろ、にわか雨から本降りに移行しそうな雰囲気。

「そうと決まれば、腹ごしらえよ!」
「え?!決まったの?!」
「うん」
「そんなあっさり……」

壮絶なジャンケンデスマッチの末、食事を作るのは蓮子に決まった。
夕食の献立は、大根サラダと合成ツナのオムライス。

「美味である」
「ありがたきお言葉」













「まぁ雨はあがったけど」
「雲がしぶといわね」

メリーの下宿からほど近くにある開けた丘。
普段はカップルなんかがいたりして、蓮子とメリーから呪われていたりする。
今日は雨上がりということもあって、人影はない。
すっかり日が落ちて、辺りは宵闇。
もう星が出ている時間帯であるが、空はまだ雲に覆われている。

「見えないわね、星」
「そりゃあねぇ……」
「さすがに合成夜空じゃ意味がないし」
「プラネタリウム?……まぁ所詮作り物だし、何万年前の星空って言われても」
「力は働かない?」
「うん」

空を黒い雲が流れていくが、切れ目も見えない。

「やっぱり今日は無理じゃない?」
「うーん……」

蓮子は上げていた視線をおろして、首をさする。
疲れたらしい。
メリーは諦めずに空を見続ける。
風が吹いた。

「あれ?」

空が裂ける。
その向こうに

「蓮子、蓮子。あれ!」
「ん?どれ?」
「境界よ!」

……境界の向こうからは、透き通った風が吹いてくる。
こことは違う、清浄な空気。
何より、ここと比べ物にならないほどに煌く星。
夜遅いとはいっても、普段は街灯などの照明のせいで星はここまではっきりとは見えない。
明らかに、知っている夜空ではなかった。

「蓮子、見えてる?」
「見えてる……けど」
「けど?」
「うーん……」

蓮子は星を見上げながら、首を傾げる。

「メリー、向こうはこことは違うのよね?」
「どんな意味?」
「ええと、時間はだいたい違わないみたいなんだけど、場所がはっきりしないの」
「そりゃあ、向こう側の座標だろうし」
「違うのよ」
「え?」
「座標はここなんだけど、ここじゃないっていうか。なんか違和感がある」
「?意味がわからないわ」
「私もわからないもの」
「謎ね……あ、雲が切れるわ」

分厚い雲の僅かな間から、星空が覗いた。
見える星は同じ、しかし星座が少しずれている

「やっぱり、少しだけずれてるわ」
「あとは向こうにいけたら、謎が解けるかもしれないわね」
「うーん……でもあんな空の境界どうやって超えるのよ」

そうこうしているうちに、境界はどんどん閉じていく。
間もなく、境界は夜空に溶けた。

「あーあー」

残るは、雲の切れ間から覗く僅かな星と月の明かり。

「時間は、ちょうど午前零時。場所は此処。メリーの時計はご臨終」
「なんか余計なものがあるわ」
「きっと気のせい」
「そうかしら」
「それにしても、久々に星が見れてよかったわ」
「夜だけ天気悪い日もあったしね」
「ほんとよ。私の力がもったいないわ」

月明かりに照らされた草葉が幻想的に輝く。
風が丘に吹いて、蓮子とメリーはその肌寒さに身震いした。

「さむっ」
「やっぱりもう秋ね、風がつめたいわ」
「メリー、部屋に戻って熱くしたのでもやらない?」
「……今日は泊まる気?」
「もち」
「……酒代は折半」
「わかったわかった。早く帰って一杯やりましょ。秋のつまみも買って」
「秋のつまみって何よ」
「……秋刀魚?」

二人は丘を後にする。
地上だけではなく、星座も秋のものへと入れ替わり始める。
夏の残り香が薄くなり、すぐに秋の豊穣な香りが世界を包む。







鮮やかな紅の季節は、もうすぐそこに。






ただ最初のシーンを書きたかった。
そう思っていたら後に繋げられなくて困っていた時期がまさに今。

えらい久々の投稿となりました。
ちょっと日常がてんやわんにゃしているので、二人には日常を過ごしてもらいました。
いいなぁ、まったりな日常。
量も少ないです。
あとセリフを多くする練習も兼ねて。


秋頃から星が一層綺麗になるので、夜更かしが楽しみになる小宵でした。
小宵
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コメント



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4.70浜村ゆのつ削除
うわぁ…何気ない会話が綺麗で、そして軽妙ですね。素敵なお話でした。

こういう、雰囲気を楽しめるお話というのはいいなぁ、とてもほわほわとした気持ちになれましたw
9.80三文字削除
軽妙な会話がいいわぁ・・・
蓮子とメリーの様な友人関係を作ってみたいです。
11.80名前が無い程度の能力削除
最初のシーンだけでも満足ものです
後もよろしく大満足

秋刀魚が食べたい
17.90読み解く程度の能力削除
何と言う偶然か、現在雨の振っている音を聞きながら作品を拝見しましたw
この二人組みには夜が良く似合いますね。
ほのぼのとした良い作品でした。
21.100名前が無い程度の能力削除
すっごいニヤニヤした。なにこのかわいい女子大生。水かけさせろうりゃうりゃ。
セリフの掛け合い、間、地の文のはこび。なんなんだろう、すごくツボだ。
かわいらしいお話でした。