Coolier - 新生・東方創想話

河童の神友

2007/09/23 02:51:24
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※風神録体験版のネタバレを含みます。





















幻想郷は、その世界が成り立ってから何度目かも分からない秋を迎えていた。
木より零れ落ちる紅葉は空を舞い踊りながら地面へと降り積もっていき、紅葉の絨毯、いやベッドを作り出す。
田んぼの稲穂は大きく頭を垂れる。その一つ一つの稲穂の穂先には幻想郷の人の主食たる食料が今年も一年満足できるほどにまで実っていた。
空も青く、雲は鱗のような模様を作り上げながら宙を流れていく。
そう。
これはよく見る秋の光景。
幻想郷に秋がやってきた事をそのまま示すような光景。
秋には様々な秋があるというが、その秋を作り出す幻想郷そのものは一つ。
一つの世界の様々な秋。人は毎年の恒例として秋を楽しんでいた。

今、幻想郷のあらゆる所に秋は広がっている。
そしてそれはこの妖怪が住むといわれる山に繋がる谷川も例外ではない。
山から流れる水は美麗なまでに透き通り、川底にある岩の一つ一つの文様がはっきりと確認できるほどだ。
ここには『河童』と呼ばれる妖怪が住んでいると、人々は話していた。
河童は高い技術力と知識を持って、その力で人々の役に立つ道具を作っている。
天狗同様に、人に対して友好的な妖怪の一種であるといえよう。

さて、ここには一人の河童が住んでいる。
河童の住処なのだから河童が住んでいるのは当たり前なのだが。
水を主とする河童らしく、上下水色に揃えた衣服。
そして空の青色よりももっと真っ青な髪。多少伸びた髪を髪飾りで丁寧に纏めている。
緑色の帽子を被り、背中にはたくさんの道具を入れたナップザック。
まだまだ幼さの残る顔つきは、妖怪らしく若さを保っているだけのものかもしれない。

少女の名は、河城にとり。
人は彼女の事を、谷ガッパのにとりと呼ぶ。

「……あー、違うなぁ」

……と、そういう風にあって欲しいと当の本人は思う。
河童は人間に対して友好的な種族であるのだが、しかしにとりはその点少し駄目だったりする。
人間と余り関係を持ったことが無いため、非常に人見知りが激しいのだ。
よって、人間と直接会話をした事も無ければ当然人間に姿を見せたことも無い。
そもそも人間に通称で呼ばれるわけが無いのだ。
一応仲間の河童たちは彼女の事を「谷ガッパのにとり」とは呼んではいるが、それも殆ど同情に近いものであって彼女の実力を真に認めているからなわけではない。

にとり本人は高い技術を持っているのは確かだが。
だが、他の河童たちに比べるとどうも子供っぽい部分が多いのだ。
心では人間たちと仲良くなりたいとは思っているのだが、それを実践に移した事は無いし移そうと思ったことも無いのだ。
それで人間に嫌われるのが怖いと思っている節が、心のどこかにある。

「ここをこうして……あー、違う違う。駄目だなぁ、どうにも上手くいかない」

今も彼女は、一人で道具を作り続けている。
一応人間のために作っているものだ。
これが完成すれば、きっと人間は喜んでくれるだろうとにとりは思っている。

でも、どうやって渡せばいいんだろう?
どうやって人間たちに手渡せばいいのだろう?
にとりの心の中には、そういう気持ちばかりだった。
別に、感謝されるために作っているわけじゃない。
だから今まではこっそりと人間の里に忍び込んで、適当に広場に道具を置いておくなりの方法を取っていた。

でもちょっとは。
道具を通じて、人間と仲良くなりたいと。
そんな風に、思っていた。
河童が人間と仲良くなれる、数少ない接点だから。
それを生かしていきたいと思った。
……いや、思っている。今でも。

にとりは、道具を作り続ける。
それで人間の喜ぶ顔が見れるなら。
人間が喜ぶ顔を頭に思い浮かべて、うっすらと嬉しそうな微笑みを浮かべるにとり。
自分の喜びは、人間が自分の道具を使って喜んでくれることだから。
そう思って作業を続けた。



***



秋の実りには、秋の紅葉には理由がある。
それは決して季節が生み出した偶然などではない。
秋に美味しいものがたくさん作られるのも。
秋に美しい紅葉が空を舞い踊るのも。
それは、それを司る神様が居るからなのだ。

「というわけで今年も万年豊作っ!米も林檎もたくさん食べられるわよ!」
「……みのりちゃん、今年も豊作って言ってるなら万年豊作って意味と矛盾するよ」
「う……うるさいな、姉さんはいちいち……」
「語彙が足りないみのりちゃんが悪いのです」

紅葉の舞う森の中。
二人の少女が森の中を並んで歩いている。
二人とも夕日に輝くような金色の髪をなびかせる姉妹。
みのりと呼ばれた少女……豊穣の神、秋穣子は顔をしかめる。
姉につっこまれた場合は大抵言い返せない場合が多いことを自分自身知っているのだ。
その姉、紅葉の神、秋静葉は紅葉のように広がるスカートの裾を大きく持ち上げて、そこに森から雪のように降り落ちてくる紅葉を溜めていた。
その表情は愛らしい微笑みで、その笑顔を絶やそうとはしない。
二人は適当な会話をしながら、森の中を歩いていた。

「ふう……たまの活躍が出来る秋だからって、わざわざ姉さんを呼ぶんじゃなかった……」
「あら、みのりちゃんは私の事が嫌いみたいなのね」
「め、滅相もございません静葉お姉さま」

静葉が穣子をみると、穣子は冷や汗を流しながら答える。
静葉は非常に穏やかな笑顔を浮かべてはいたものの、その瞳から見える恐怖を穣子は感じ取った。
相変わらずだが、姉に対しては喧嘩で勝てる気がしない。
弾幕ごっこに発展する前に口で制されるからだ。
口喧嘩も立派な喧嘩である。

穣子ははぁ、とため息を一つ吐く。
こうも実りのある素晴らしい秋なのにどうしてこんなに気を使って歩かなければならないのだろう。
……ちら、と横目で静葉を見るが、さっきと同じような穏やかで恐ろしい目つきで見られたので即座に目をそらした。

二人は、この秋の神様であるといえる。
八百万の神の中でも、豊穣と紅葉を司る二人の姉妹神。
姉はこの秋の自然的な美しさを際立たせ。
妹はこの秋の素晴らしい作物を実らせる。
二人の存在は幻想郷の秋にとって、必要不可欠といえるものだった。
二人が居るからこそ、紅色に輝く美しい実りが溢れる秋になる。

そしてこの二人は仲が良い。
……のだが。
基本的に穣子が弄られるので穣子としてはいい気がしなかったりする。
姉の事は綺麗だと思うし尊敬はしているけど、しょっちゅう弄ってくるのだけは勘弁して欲しい。
正直殆ど欠点が見当たらない姉というのは妹にとって微妙に嫌な物なのだ。
はぁ、ともう一度ため息をつく穣子。

「みのりちゃん、どうしたの?」
「ちょっと疲れただけ……」
「そこの木陰で休みましょうか?」
「いや、いいです。気にしないでください……」
「……今日のみのりちゃんは随分しおらしいわね。敬語だし」

そりゃあんたのせいだよ、とは思ったが口には出さない。
口に出したら今度は一体どんな罵倒の言葉を浴びせられることやら。
片手で頭を抱えながら、穣子は静葉より少し前を歩いていく。

「せっかくの姉妹揃っての散歩なんだからもう少し楽しそうにいきましょ。ね?」
「わかっては居るのよ……わかっては……って、あ?」

静葉の言葉に反応して、軽く静葉のほうを振り向く穣子。
その時、思わず声を上げてしまう。
静葉が不思議そうな顔をするが、穣子はそれには反応せずに軽く硬直し、少し顔を紅くする。

「……みのりちゃん?」
「……あ、あのさ、姉さん」
「何?」
「まぁ、その、非常に言いづらいんだけれども……」

穣子は、静葉から目をそらす。
静葉は穣子が何を言っているのかわからず、頭に疑問符を浮かべて穣子を見る。
非常に言いにくそうに、それでも穣子は口を開く。

「そ、その……」
「何、みのりちゃん?はっきり言わないとお姉ちゃん分からないわよ?」
「えっと……なんていうか……」



「パ、パンツ……見えてるよ?」



一瞬、時が止まったようだった。
言った穣子は赤い顔をして宙を見上げる。
言われた静葉はその笑顔を絶やさぬまま、そのスカートの裾を握り続けている。
その上に紅葉がひらり、と降り積もっていく。
だが、それ以上に穣子が気になるのは静葉の両太股の間にある、白い、なにか。
スカートを利用して紅葉を溜めている事が、災いした。

びゅう、と秋の風が吹く。
秋の風はそれなりに強く、二人の髪の毛を大きく揺らした。
穣子のほうは被っている帽子が飛びそうにもなった。
しかし。
そんな事は今目の前で起きている惨事に比べればまさしく些細な事だった。

バッ、と。
静葉のスカートから紅葉が全部零れ落ちていった。
ようやく我に返った静葉が、自分のスカートを強く抑えたから。
俯いてぶつぶつ何かを呟く静葉。
穣子は全身で恐怖、というか嫌な予感を感じ取る。
そして、静葉が顔を上げる。
そこには、先程までの笑顔は無く、今にも泣きそうで怒りそうな静葉の顔があった。
いや、既にうっすらと涙を浮かべていた。

「……」
「ね、姉さん、その、えっとね、やっぱりこういう事は、早めに、言っておくべきだと、うん、思って、ね」
「……のばか……」
「へ?」
「みのりちゃんのばかーーっ!!」

大きく声を上げて、弾幕が静葉から飛び出す。
突然とんできた無数の弾幕を、穣子は上手くかいくぐる。

「おわぁっ!?」
「ばか、ばか、ばかーーーーっ!!」

ただ激情をあらわにして弾幕を飛ばし続ける静葉。
大粒の涙をぼろぼろとこぼし、本気で当てるつもりで穣子に対して弾幕を打ち続ける。
濃密度、高速の紅葉を象った紅の弾丸が穣子に一斉に襲い掛かる。
だが穣子も弾幕ごっこの実力は相当高い。
上手くその一発一発を見抜き、かすり潜り抜けていく。
しかしそう連続でかわせるような物でもない。
身体は静葉に向けながら、上手く後ろに下がって逃げつつ静葉の弾幕をかわしていく。
どうにか、逃げ道が無いものか。

「ね、姉さん、とりあえず止めてってば!」
「ばかーっ!みのりちゃんのばかーっ!もうお嫁にいけないーっ!」
「行く気だったの!?」

あんた曲がりなりにも八百万の神だろ!
とかつっこもうと思ったのだが、その前に目の前に飛んできた弾幕を避けるのに精一杯だった。
冷静さが無いが、むしろ普段は殆ど全力を出さない静葉だ。
こういうときに全力を出されても、その、何だ、困る。

「ぎゃー、当たる当たるーっ!!」
「当たっちゃえー!」

静葉の目がありえないぐらいに真剣だった。
八百万の神として、姉妹として、同じ秋に関連する者としてともに長い間生きてきたが、ここまで真剣な瞳を見たのは穣子は初めてだった。
穣子は多少の怪我を覚悟する。
そしてそのまま逃げるように後ろに下がっていき――

どん。

「わっ!」
「きゃ」

流石にずっと後ろを向いたままというのは無理があった。
何か、柔らかいものにぶつかってしまう。
穣子は反動でそのまま地面にうつぶせに倒れる。
そしてそのぶつかった物も、同様に倒れた。

「いたた……あっ」
「つー……あれ」

どうやら、人のようだった。
膝で立ち上がり、穣子とは逆の方向を向いている。
緑色の髪と、どこか冥いものを彷彿とさせる、衣服。
緑色の髪の毛は、長い長いリボンでざっくばらんに結われていた。
おそらくは、女の子なのだろう。
だが、穣子にはそんなのを気にしている暇は無かった。

「ご、ごめん、でも先を急いでるの!」
「……狭い幻想郷、そんなに急いでどこにいくのかしら」
「え?」

聞き覚えのある、声だった。
緑色の髪の少女は立ち上がる。
そして、穣子の顔を覗き込むように、顔を向けた。

「珍しいわね、穣子。こんなところで」
「……ひ、雛?」
「雛よ。鍵山雛。忘れた?」
「いや、お、覚えてるけど……」

鍵山雛。
少女はそう名乗る。
儚げな表情に、憂いを帯びた瞳。
それでも笑顔を作った、厄を司る八百万の神。

「どうしたのよ、そんなに慌てて」
「いや、その……」
「ん?」

穣子が逃げてきた方向を雛は見る。
そちらを見ると、凄まじいスピードで静葉が迫ってきていた。
その表情はある意味鬼のようであった。
大粒の涙を空に飛ばしながら、追いかけてくる。
穣子はその姿を見て、雛の後ろに隠れる。

「あらー……」
「……というわけなの」
「珍しいわね、あなたたち姉妹が喧嘩なんて」
「いや、正直こうなることも予定外だったというか……」
「まぁ穣子が基本的に何かを考えてるとは思えないけどね」
「……馬鹿にしてる?」
「それはさておき、と」

ぐいっ、と。
雛は力強く、穣子の服の襟を掴む。

「うわっ!?」
「あれは、少し痛い目見せないと止まりそうに無いわね……とりあえず、一旦距離をとるわよ」
「どうやって……ぎゃぁ!」

フワッ、と、地面から足が離れる。
足に頼るものが無くなる。
力強く踏みつけ、その力にて地を駆ける足の意味を無くす。
その代わり……二人の持つのは、空を翔る身体。

「……空の飛び方も忘れた? 穣子」
「……いや、慌ててたから」

穣子を引っ張るように、いやむしろ直接引っ張って雛は空を舞う。
雛が穣子の服の襟を放すと、穣子も自分自身の身体で空を飛んだ。
後ろを振り向くと、同じように空を飛ぶ静葉の姿があった。

「逃がさないんだからっ!」
「うっわ……しつこ……」
「全く、あなた何やったのよ……」
「不可抗力よ、不可抗力!起こるべき事は必然として起こらざるをえなかったの!」
「あーはいはいわかりましたわかりました」
「信じてないなこの疫病神!?」
「地味に神の種類が違うけどまぁ気にしないでおきましょう」

静葉に背を向けて、雛は一気に飛んでいく。
慌てて穣子も雛を追いかけた。

「逃げられると思わないでよ、みのりちゃんっ!!」

スカートの中に手をつっこんで、一枚の紅葉を取り出す。
いや、正しくは紅葉などでは――無い。
その紅葉には、何かが込められていた。
そう、秋そのものを示す紅葉のごとく。
静葉は、それを上空高くに放り投げる。



葉符「狂いの落葉」



「……弾幕が、止まった?」
「静葉の? そこまでの喧嘩だったのね……」
「いや、だから不可抗力だと……あら?」

――空が。
真っ赤に染まる。
青空は、生命を持った紅色の世界へと姿を変えた。

姿を変えたのはそう――紅葉。
真っ赤な紅葉が、この世界の姿を、変える。
だが、その紅葉の数は常識の範囲を超えていた。
森にある全ての紅葉を集めても――事足りるだろうか。
いや――不可能だ。

「まさか……」
「全く……」

雛は、頭を抱える。
喧嘩に巻き込まれるぐらいなら慣れているが、それにしてもここまでやるか。
静葉の放った、スペルカード。
それを理解する。
穣子は慌てて、雛にすがる。

「ど、どうしよ……」
「……口で言っても無駄よね、これ」

言葉に出した瞬間。
無数の紅葉が雛たちを狙って弾丸のように飛んでくる。

「ちっ!」
「うひゃぁっ!?」

二人はどうにかしてそれらの弾をかいくぐる。
しかし第一波を避けても、次の弾幕が飛んでくる。
穣子はそれをギリギリのところで慌てて回避し。
雛はくるくると回りながら、まるで受け流すようにして弾を避ける。
紅葉の弾幕は、次々と二人に狙いを定めて飛んでくる。

「しかし、随分本気なのね静葉……」
「ここまで弾幕撃たれるのは初めてよ!」
「ふう……」

雛は、上手くその弾幕を避けながら静葉のほうを見る。
静葉は、感情に任せて弾幕を放ち続ける。
掌から無数に放たれる紅葉。

「静葉!聞くかどうか分からないけど一応私の話を聞きなさい!弾幕撃ちながらでいいから!」
「いや私が駄目なんだけど!」
「どうせあなたを目標としてるんだからあなたの事なんか気にするわけ無いでしょうが! 静葉!」
「ええい、ひなちゃんもうるさいっ!」

怒りに任せ、弾幕を撃つ静葉。
高速で雛に向かって飛んでくる紅葉の弾幕。
だが雛は、それらを回避する。
自らの身体をくるくる、くるくると回転させて。
舞うように、それらの紅葉を全て受け流していく。
雛は、やれやれといった表情で静葉を見た。

「やっぱり、少し痛い目を見ないと分からないみたいね」
「雛、何を!?」
「スペルカードバトル、始めましょうか」

雛はそう言うと、髪の毛のリボンをしゅっとほどく。
そして、それを握ってくるくると回り始める。
そして軽く、呟く。



厄符「バッドフォーチュン」



雛の周りに、黒い霧のようなものがまとわりつく。
それは――雛が、自らの肉体の中に取り込ませていた厄。
人に不幸を与え。
全てに災厄をもたらす。
厄、そのもの。

そこから、弾幕を放つ。
無数に広がっていく弾。
黒く、何もかもを包み込む闇の如き色を示す弾を。

「いくわよ、静葉」

紅葉によって染まった紅色の世界に、闇が舞い降りる。
くるくると回り、回る彼女から放たれる闇色の弾幕。
紅は闇に包まれる。

「人間から集めた災厄を、その身に受けなさい、静葉」
「……ッ!!」

雛が回るたびに、数を増す弾幕。
静葉の弾を受け流しつつ、自らも弾幕を放つ攻防一体の技。
静葉は慌てて回避行動を取る。
怒りに任せて撃ちながらも、静葉も弾幕を避ける行動に関しては相当のものだった。
互いに無数の弾を放ちながらも、それを避けることを忘れない。

「ひなちゃんっ!」
「少しは冷静になってきたかしら、静葉」
「ひなちゃんには関係ない、みのりちゃんと話があるのよ!」
「話があるなら、せめて弾幕を止めなさい」

雛は言うが、静葉は弾幕を放つのを止めない。
いや、むしろ段々と密度が上がっていく。
ふぅ、と一回軽く息を吐く雛。

「仕方ないか」

雛が、弾を撃つのを止める。
そのまま自らの回転も、止めた。
そして静葉のほうを笑顔で見た。
静葉は弾幕を止めない。

「静葉」
「なによっ!」
「今日は足元注意の気がするわ、あなた」
「え……」

雛が言うと、なぜか顔を真っ赤にさせる静葉。
弾幕を撃つのを一旦止めて、大きく叫ぶ。

「もう足元に気をつける時代は終わった!今日終わった!」
「じゃあ何に気をつける時代なのよ今は……というか、もう何かあったの?」
「うるさいっ!ひなちゃんも嫌いだっ!」

雛がきょとんとした表情を浮かべる。
そして弾幕を撃とうとしている静葉を尻目に、穣子のほうを見た。

「足元注意、とやらが喧嘩の原因?」
「足元、というか腰元注意かな」
「? まぁいいわ。これから足元注意になるわけだし」

雛はにっこりと笑う。
黒い霧の中に咲く、一輪の花のように。
きっとそんな花があるとしたら、それは毒をもった鈴蘭のように厄を舞い散らすものなのかもしれない。
そして、静葉のほうを振り向く。
その、にっこりと笑った顔で。

「静葉、足元注意よ」
「なに言ってるかわからないわよー!」
「わからなくていい。厄も呪いも、いつ来るか分からないから楽しいの」
「ええいもう、ひなちゃんをやっつけてやる!」

もう静葉は怒りと意地に任せて弾幕を放つだけだった。
冷静さを失った弾幕は、パターンが無い。
決まっていない動きの弾幕。
散り行く紅葉が落ちるのも同じようなものだ。

ならば。
散り、地面に落ち行く紅葉をかわすようにして。
雛は、空を舞うように。
くるくる、くるくると。
それだけの事。

雛は、静葉の弾幕をかわしていく。
なんだかんだいって、怒った者の弾幕パターンは決まっていないものの、単調な弾幕だ。
その場を見切りさえすれば、回避などは造作も無いことではあった。

「むー、むー!」
「怒ってるならせめて何か喋りなさいよ……」

顔を真っ赤にして怒る静葉に対して呆れて言う雛。
しかしそれでも静葉は弾幕を放ち続ける。

「そろそろ……ね」
「え?」
「穣子、少し伏せてなさい」

穣子は二人の弾幕戦を傍観しているばかりで、雛の言葉の意味が分からなかった。
だがすぐに理解し、空を飛んだまましゃがんだ体制になる。
奇妙な体制だが、とにかく少しはマシになるだろう、と雛も思った。
そして雛は、静葉のほうを見て、言う。

「ねぇ静葉」
「なにっ!」
「この辺りはもう紅葉の木がたくさんある森じゃないわ」
「えっ……」

そう。
河のせせらぎの音が、聞こえた。
山から流れる水が作り出した、自然の河。
雛は、弾幕ごっこをしている間も少しずつ動いていた。
ここまでおびき寄せるためなのか。
逃げた結果そうなったのか。
それは、誰にも分からないけれど。

「この河にはね。河童が住んでるの」
「……知ってる」
「河童はね、素敵な道具を作ってはそれを人間たちの役に立てるの」
「知ってる!」

余りに知っていること過ぎたためか、静葉は怒気をはらんだ声で叫んだ。
普段の静葉はこの程度の事で怒らないことは雛はよく知っていた。
それほどまでに怒ってるのか、この子は……
後で穣子に事情を聞こうと考える。
まぁ、それそのものは後からの事。
今は今の事を考える。

雛は。笑った。
静葉のほうを見て、にこやかに。
……でも、それはどこかに何かを含んだ笑顔。

「それでね、静葉」
「なにっ」
「河童は今とっても面白い、人間が喜ぶようなものを作っているのです」

言うが早いか。
下方から、何かが高速で飛んできた。
それが、静葉のスカートの中に飛び込む。
思いっきりスカートがめくりあがる状態になるが、先程の経験を生かしてそれを押さえつける。

「きゃっ……」
「はい、どーん」
「えっ?」



どーん



それなりに大きな爆発が、静葉のスカートの中で巻き起こった。
綺麗な、多色の光が空で輝いた。
昼間だったから太陽の光に消され、それは単なる爆発のようにしか見えなかったけれど。
爆発の勢いで大きく飛ばされていく静葉。
それを見上げて、拍手をする雛。

「たーまやー」
「……え、えと……」

事の最初から最後までを見ていた穣子が変な声を上げる。
目を丸くして、その状況整理を頭の中でしていた。
しかし、正直こんな状況の整理を簡単に出来るわけがない。
手っ取り早い方法をとることにした。

「えーと、雛?」
「何かしら、穣子」
「静葉姉さんは何処へ?」
「さぁ、場所までは分からないわよ。爆発に巻き込まれて飛んでっただけだし」
「うわー」

あっさりとした返事だった。
雛らしいといえば雛らしいが。
そして、くすっと笑ってから言う。

「全く、静葉には警告してあげたのに」
「……足元注意ってこういうことなの?」
「だって、足元から飛んできたじゃない」
「いや確かにそうだけど」

何か違う気がする。
爆発は結構すごいものだった。
けれど、雛は一切傷ついていない。
どころか、爆風の影響が何処にも見て取れなかった。
少なくとも髪の乱れぐらいあるだろうに。
伏せていた穣子でさえ、帽子が吹っ飛びそうになって髪がボサボサになっているのだから。

「雛は……無事そうね」
「そりゃ、当然よ」
「へ?」
「私の厄で、私が不幸になることはありえない。だって私は厄神ですもの」
「……」

開いた口が、塞がらなかった。
そう穣子が思っていると、雛が多少真剣な顔つきになる。

「さて、と。とっとと静葉を探しましょうか」
「あ、そ、そっか」
「一応、喧嘩の理由は後で聞くわ」
「にしても……無事かな、姉さん」
「曲がりなりにも八百万の神よ。少なくともあの程度の爆発で死ぬことは無いでしょ」

雛はそういうと、川に下りようとする。
大体あのあたりか、と適当に目星をつけているらしい。
……そんな雛の後姿を追いながら、穣子は思う。



絶対に、こいつだけは敵に回したくは無いと。



***



構造は、問題ない。
火薬の量は、テスト用としてはばっちり。
多分、これで問題ないはずだ。
これで今回作ろうと思った分は最後。
これさえ完成すれば、人間に向かって差し出すことが出来る。
……直接差し出せるかどうかは、問題として。
「それ」を手にとって、かざして見る。

「まぁ、とりあえずちゃんとできてるかどうか試してみないと」

にとりが手にしていたそれは、丸い球だった。
丸くて、ただ丸い。
黄土色の和紙によって丸く、丸く作られた球だ。
中にはそれなりの火薬を詰め込み。周りの紙に火をつけられれば最後。
中にある火薬が爆発する仕組みだ。
ただ爆発するだけではない。
空で、美しく散るのだ。
その名の通り、空に咲く花のように、綺麗に、美麗に。
……所謂、花火というもの。
花火の玉だ。

「安全かどうかは、撃ってみない事にはわからないからね……」

一発を無駄にする、ということだが。
人間の里に危険なものを持ち込むわけにはいかない。
入念に、テストを重ねる必要があるのだ。
人間のもとに道具を作って持っていくにあたって、意図的に危害を加える危ない物は持っていかない。
最も重要な契約の一つである。
そこまで堅苦しいものではないのだが。
人間と河童が仲良く付き合うための、決まり事のようなもの。
その為、今まで一度もそういった『危険な物』を作って持っていった河童はいなかった。

けど、にとりは知っている。
これは、一つ間違えれば人間どころか妖怪にも被害が及ぶ。
……危険な物だ。
昔から人間たちも知っていたものだけど。
これは、それよりももっと強力かもしれない。
そんなものを人間のところに持っていくのだ。
危険なのは承知だ。
でも、人間を大いに喜ばせる自信があった。
だから、頑張って、一生懸命、作ってから。
持っていきたいと思った。
打ち上げたいと思った。
――綺麗な夜空に咲く、綺麗な花火を。

その為には、これが安全であることをしっかりと確認しなければならない。
人間に危害が及ばないようにしなければならない。
……入念なテストが必要だ。
にとりはそれをよく分かっている。
だから、こうやってここでテストを行うつもりでいた。
人間が立ち入ってこないこの妖怪の山の麓なら、さほど被害は無いだろうと踏んだ。
事実、この辺りには人も妖怪も少ない。
河童は川のほとりで作業をするし、上空高くを飛ぶのなんて天狗の烏か妖怪かだった。
それも滅多に現れる事は無い。
ここは、花火のテストをするのに絶好の打ち上げ場所だった。
夜ではないからその明かりまで見ることが出来ないのが残念だが。

「いきなり夜にする方法なんて無いかな……」

特定の妖怪ぐらいにしか出来ないことをぼそりとつぶやき、軽くため息を付いたあとセッティングにかかる。
まぁ、そういう専門の妖怪がいるのは知っているが、知り合いではない。
知り合いでもない妖怪に頼むなんて、そんなことできるわけが無い。
ただでさえ他人と話すのが苦手なのだ。
そのことを改めて思って、再びため息。
……仲良くしたくないわけじゃ、無いんだ。
仲良くしたいけど、出来ないだけ。
自分の人見知りな性格が恨めしい。

花火玉打ち上げ用の筒に、持っていた玉を入れる。
安全のために、それなりに長い導火線。
少し離れたところまで歩いて移動する。
そして、愛用の火付け道具を取り出す。
蓋を開けると突然そこから小さく揺らめく、しかし安定した火が灯る。
その火を導火線の先につける。
導火線が少しずつ燃え始め、そのまま打ち上げ台の方に火が進んでいく。
にとりはその火が進んでいくのを、喉から心臓が飛び出しそうなほどに緊張して見ていた。
ドキドキする胸を押さえる。同い年の河童より少しばかり大きな胸。
河城にとりも女の子、である。
そして、導火線の火が打ち上げ台に辿り着いた。
あふれ出しそうになる緊張を抑えて、数瞬待った。

ボシュッ……!

玉が空に、打ち上げられる音。
打ち上げ台の固定場所を間違えたのか、少しばかり斜め方向に飛んでいった。
しかし、さほど気にならない程の誤差。
にとりはその玉を見送った。
あとは、それの爆発を待つだけ。

と、そう思っていた。
ふと、見上げた空に何かがいた。

「あ」

製作に夢中で全く気づかなかったが。
その方向には、弾幕ごっこをする二人と、その近くに隠れるような人が一人。
二人は弾幕を止め、何か話をしているようだった。

そして、これは何たる災難か。
にとりの運が悪かったのか。
その少女の運が悪かったのか。
はたまた、少女と対峙する少女の運が良かったのか。
それは誰にも分からないけれど。

赤い、紅葉のような服装をした少女のスカートの中に。
打ち上げられた花火玉が突っ込んで行って。



そこで、爆発した。



「……」

綺麗な花火だった。
昼だからそれは確認できなかったが、とても良い爆発だった。
空に巻き起こる爆風が少女を吹き飛ばした。
青空に、吸い込まれるように飛ばされて。
にとりはただ呆然とその姿を見ることしか出来なかった。

「ああああ」

事の重大さに気付く。
身体がぶるぶると震えだす。
頭が混乱しだした。
これは恐怖という感情だ。

やってしまった。
恐れていた事をやってしまった。
人間に危害を加えないはずの事で、人間を一人残念な事にしてしまった。
どうしよう。
人間と河童の長く続いた関係が崩れ去ってしまうだろう。
この事件に怒った人間たちが、河童の住むこの河の辺に攻め込んでくるかもしれない。
人間たちもきっとすごく強い武器や技などを持って河童を退治しようとするだろう。
しかしそうなれば河の河童も黙ってはいない。
恐らくこれから河童と人間の大戦争が始まるだろう。
幻想郷全てを巻き込むほどの……

「どど、どうしよう……」

あわてて、思考がこんがらがり、何をすればいいのか分からなくなっているにとり。
その間にも時間は過ぎていく。
混乱して、その周囲をうろうろと歩く。

「そうだ、天狗に相談に行こう!」

ポン、と手を叩く。
知り合いに、それなりに話の分かる天狗が何人かいる。
こういう場合の対策に関しては人付き合いに関して頭のいい天狗の方がいいだろう。
河童はどちらかといえば工学系だ。
そう思い立ち、すぐにそこから飛び立とうと思い、飛んだ。

しかし、飛んだのが災いしたのかもしれない。
本当に、今日のにとりは運が最悪なのかもしれない。
普通ならこんな事が起こるわけがない。
けれどこうやって起こっているという事は。

ごいんっ!!

「あうっ!?」

確実に、今日のにとりの運は最悪だったのだ。
頭に直撃した何かが、何であるかも分からないうちににとりは気を失った。
最後に上げたうめき声も意味がなく。
そのままばたり、とにとりはその場に倒れた。
異様に背中にのしかかる感触があったが、それをどうすることも出来なかった。
既に河城にとりの意識はここになかったのだから。



***



「……なるほどねぇ。ほんとに下らない喧嘩してるわねぇ……」
「言わないでよ……別に売ったわけじゃないし買ったわけでもない」

ふぅ、とため息一つ吐く穣子。
その顔は本当にぐったりとしていた。
対する雛は表情一つ変えずに呟いた。

「……姉さん、どこにいったの……?」
「しかし、私も見たかったわね、それは」
「おい駄目神」

二人は静葉の捜索に当たっていた。
爆発は小規模な物だったし、この辺りに吹き飛ばされている事は間違いないだろうという雛の判断だった。
かなり身勝手な判断ではあるが、まぁそう考えて探した方が気が楽だし、わざわざ最初から遠くの方に探しに行くこともない。
遠くの方にいなかったとき、こっちに戻ってくるのも面倒だ。
探し物は近くから。鉄則とまでは行かないがその方が楽なのは確実だ。

「お」
「どうしたの?」
「あれあれ」

雛が何かを見つけたかと思うと、下の方に向けて指差す。
河の辺に、倒れている二人の人影を発見する。
一人は、紅葉を象った様な色と形の服装を。
そしてもう一人は青を基調とした服装の少女だった。
片方は間違いなく静葉だろう。
もう片方は……?

「居たッ!? でももう一人は?」
「爆発のショックに巻き込まれた哀れな被害者って所かしら……?」
「そう考えるのが妥当かな……」
「まぁ、なんにしても静葉を放って置くわけにいかないし」
「当然っ」

雛はそう言ってから、河に降りていく。
穣子もそれを追うようにして降りていった。

降りたところには、二人が倒れていた。
静葉が青い少女に覆いかぶさるようにして倒れている。

「姉さんっ」

穣子が静葉のところに駆け出す。
そして静葉の上半身を抱えて起こした。
頭を強く打ったらしく気を失っているが、どうやらそれほど異常は無いらしい。
呼吸もごく普通で、単なるショックによる気絶だろう。
それを確認して、穣子は安堵のため息を吐き、笑顔を浮かべる。
何だかんだ言っても、姉だ。
姉が無事であることを安心しない妹がどこにいるというのか。

「よかった……」

思わず、涙が出そうになってしまう。
姉の安らかな寝息を聞いて、この気持ちよさそうな寝顔を見ているとどちらが妹なのか分からなくなる。
とりあえず、ちょっと強く抱きしめた。

「穣子……」
「うん、姉さんは無事よ。良かった……」
「とりあえず静葉のを見れなかった分をこの子でまかなう事にしたわ。白ね」
「何やってんだこの駄目神がぁぁぁーー!?」

横を見ると雛は倒れて気を失っている少女のスカートをめくって中を覗いていた。
その頭を思いっきり引っぱたく。
そのまま前のめりに顔面を川の辺の地面に打ち付けるように倒れた。

「くっ……乙女の秘密を解き明かすべく八百万の世界からやってきたこの鍵山雛……」
「それは女の子のスカートの中を覗き見ることと何の関係があるのよっ!」
「いや、秘密を解き明かすにはまずは秘部からと古来よりの言い伝えが……」
「ないわぁ!」

肘打ちをぶつける。
雛は思いっきり地面に沈んだ。
はぁ、と穣子はため息を吐く。
そして雛が弄っていた少女の方を見る。
顔立ちの可愛らしい、青い髪の女の子。
見たところ、人間とは思えない。
こんなところに人間がいるとは思えないから。

「まぁ、起きるのには時間が掛かりそうだし」

静葉同様に、気絶しているようだった。
他人であるからとはいえ、無視するわけにはいかない。
彼女が目を覚ますまではとりあえずここに居ようと思った。
彼女の貞操を守る意味でも。
少しばかり時間が掛かりそうだったが、一応の原因はこっちにもあると穣子は思っていた。
……全ての原因を作り出したのが、目の前の彼女だとは知る由もない。

いや、全ての原因は静葉に厄を纏わり付かせた八百万の神の存在かもしれないが。



***



意識が、ようやく現実に引き戻される。
何時間倒れていただろう?
もしかしたら何日か。
それほど長くないかもしれないけれど、非常に長い時間倒れていたのかもしれない。
そんなのは分からないが、とりあえず意識は戻ってきた。

「あら、動いたわよこの子」
「意識が戻ったのかしら……」
「大丈夫かな……」

そんな声が聞こえてきた。
おかしいな。
私は一人で居たはずなんだけど。
仲間の河童たち、もしくは山から降りてきた天狗たちだろうか。
いや、割と知り合いは多いつもりだが、彼女たちの声を聞いたことはない。
少ないのかな……知り合い。
そんな悲しい事をふと考えてしまった。

「まだ目は開いてないのね」
「意識が戻っただけマシでしょ、静葉姉さん、大丈夫?」
「うん、みのりちゃん……まだ、頭くらくらするけど、大丈夫だよ」

どうやら、静葉という女の子も何かあったらしい。
ただ、気を失っていた私には何故なのかわからない。
そもそも何故彼女達はこんなところにいるのか。
わからない。
私は何故倒れているんだろう。
思い出してみる。

「頭を強く打ったからね……頭大丈夫?」
「穣子、その言葉は取り方によっては他人を馬鹿にしているようにしか聞こえないわ」
「そういう意味なわけないだろっ」

そうだ。
花火を打ち上げたんだ。
花火を打ち上げた。

そして。
少女が。
吹き飛んで。

思い出した。

がばっ、と起き上がる。
思わず周りの三人も、起き上がったにとりの姿を見た。

「あ、起きた」
「おめめパッチリね。目を開くと更に美少女な感じになってきたわ」
「だから黙れ駄目神」
「……大丈夫?」

三人の少女が、にとりの目の前に映った。
濃緑色の髪の毛を、自分の顔の目の前で結った大人びた顔をした少女。
その少女に突っかかるようにしている、多少髪に癖のある少女。
そして、自分を気にかける紅葉のような服をまとった少女。
……不思議な三人だった。

(ひ、人だ……)

しかし、何よりにとりは少し恐怖心があった。
見知らぬ人間が、三人もこんなところにいる。
足が若干震えているのが自分でも分かった。
人と仲良くしたい。
でも、仲良くする勇気がない。
その勇気のための恐怖。

(で、でもっ……)

だが、そんな事を気にしてはいられない。
大変なことが起きるのだ。
それは、自分が原因だと、しっかり伝えなければならない。

「え、えと、あのっ、大変だっ!」
「大変?何が大変なの?」
「まぁ色々大変だったのは間違いないでしょうね……」
「どうしてこっちを見るのかしら穣子」
「いや別になんでもないけど気にしないでちょうだい厄神様」
「その丁寧さが、わたしにはどうにも気に掛かるわね……」

なんだか諦めたようにして、緑色の髪の少女が言う。
にとりはなんだかはぐらかされた気分だが、目の前の紅葉服の少女は真剣に聞いているようなのでとりあえず話をすることにした。
冷静になるために、まずは深呼吸。
目の前の少女はぽかんと目を開いてこっちを見るが、気にせずに。
口を開く。

「人間と河童の戦争が始まるの!」
「ええっ!?」
「なんだってー!?」
「なんてこったい」

一人だけ驚いてないのがいた。大人びた、緑色の髪の少女だ。
なんだか、彼女にはペースを狂わされる。
他の二人は……一緒に、驚いている。
当たり前だ。
戦争なんて、この幻想郷の歴史で数えるほども無いほど少ない。
ともかく、戦争が起きるのをにとりは予感している。
紅葉服の少女と、くせっ毛の少女がにとりに詰め寄った。

「ど、どういうことなのよ、人間と河童が戦争って!」
「二つの種族は仲良くやってたはずなのにー!」
「え、その、えっと……」

戸惑う。
確かに大変なことだが、この二人に問い詰められて言葉に詰まる。
これから先に何を言えばいいのだろう。
と、後ろの方にいる緑色の髪の少女が言う。

「とりあえず、何があったのかを簡潔に願うわ」

冷静だった。
その言葉を聴いて、にとりも少し落ち着く。
にとりに詰め寄った二人も、その言葉のおかげで少し冷静になったようだ。
少しにとりから離れる。
そして、緑色の髪の少女はにとりの傍でしゃがみこんで、にとりに笑いかける。
儚い雰囲気の笑顔だった。

「まずは、お話しやすいようにお名前を教えていただけるかしら」
「え……あ、は、はい」
「私は鍵山雛。それで、この隣にいるのが秋静葉と秋穣子。帽子被ってるのが穣子で、髪飾りを着けているのが静葉よ。姉妹で似てるから分かりにくいかもしれないわね。慣れるまでは呼んで答える方だと認識してね」
「は、はい」

柔らかな言い方だった。
優しい人なのかもしれない。
緑色の髪の人……雛は、にとりに笑いかける。
にとりも、微笑みではあるが笑顔を浮かべた。

「私は……にとり。河城にとり。谷ガッパの、にとり」
「にとりか。いい名前ね」

にとりはそう言われて、思わず笑う。
そして雛は続けた。

「さて、さっきの話だけど」
「う、うん」
「河童と人間の戦争……って言ってたわね。何があったの?」
「えっと……」

にとりは少し、言いづらそうに顔を伏せる。
全ては、自分が原因なのだ。
それでも、言わなければいけない。
それは自分の責任だ。
責任を取るのは人間でも、妖怪でも同じ。
それを果たすことが出来るのは、立派な者だと、昔から教えられてきた。
だから、ちゃんと言おう。
そう心に決めて、息を軽く吸い込んだ。
そして、口を開く。

「……私の、せいなの」
「あなたの?」
「うん。私が、人間たちを喜ばせようと思って作った物が原因」

にとりは、自分の声が落ち込んでいるのを自分でも理解した。
それでもここから先の言葉を言わなければいけない。

「私は、人間たちを喜ばせようと思って、花火を作ったの」
「……花火?」
「うん。花火。とっても綺麗な」
「……は、花火、ねぇ」
「危険なものだから、持ってく前に入念に調べて、テストしてたの」
「あー……テストって言うのは、その、つまり打ち上げたって事ね?」
「うん……よく分かるね」
「まぁ、そりゃ分かるというかなんと言うか……」

雛は少し引きつった笑顔を浮かべる。
しかしにとりに気付かれるといけないと思い、どうにか気付かれないように普通に笑うようにする。
にとりはその笑い顔を見て、少しばかり不審そうな顔をするが、気にせずに話す。

「でも、その打ち上げた花火が、弾幕ごっこをしていた人間の女の子に当たって……」
「爆発した……ってことか」
「凄いね、よくそこまで分かるね」
「そりゃそこまで来たら爆発する以外無いというか」

少なくとも、目の前で知り合いに直撃したとはいえない。
どんな顔されるか分かったものではない。
にとりは悲しそうな顔で、話を続けた。

「うん、女の子に当たって爆発しちゃった」
「……」
「テスト用だから火薬の量は少なくしてたけど……あの爆発に巻き込まれたら、人間の女の子なんて……死んじゃうよ……」

嗚咽を漏らす。
にとりは涙を流していた。
後悔の涙。
危険なものだとは分かっていた。
だからこそ、後悔の念が強い。
許されることだなんて……思っていないのだから。
ただただ、泣いていた。

「女の子が空にいたなんて、気付かなかった……でも……」
「……」
「爆発させたのは……私の……せいなの」
「にとり……」
「私のせいで、人間と河童の関係を……壊しちゃったの……」

えぐっ、えぐっ、と雛の耳に痛々しい声が届く。
そっと、にとりの両肩を捕まえる。
優しく、優しく。

「泣かないの、にとり」
「ひぃっぐ……!」
「泣いちゃ駄目。今は女の子も強くなくちゃ」
「でもっ……」
「泣かなくていいのよ。大丈夫、大丈夫なの」

優しく、諭す。
泣く必要なんて、どこにも無いのだと。
彼女は、分かっている。
人間に対して悪い事をした事を。
なら、大丈夫。

「でもっ……」

さて、ここでネタばらし。

「だって、爆発した女の子はそこにいるから」
「え?」

雛が笑顔を浮かべ、親指で指差す。
そこには、プルプルと身体を震わせる静葉の姿があった。
それは怒りなのか恥辱なのか。
とにかく感情の高ぶりを表現する震え。
にとりはまだ言っていることがわからずに涙を流したまま呆けたような表情をする。

「なるほどなるほど……」
「え?え?」
「にとり」
「え、な、なに、なんなの?」
「世の中にはね、知らなくてもいい事がたくさんあるのよ」

静葉が、にとりを睨み付ける。
その瞳に秘められたものは、怒り。
だがその状態でいてなぜか静葉は不思議な笑みを浮かべていた。
にとりは涙を流しながらも、恐怖を感じる。
雛はそんな二人を見て、軽くため息をついた。
にとりは、雛にすがるように言った。

「ね、ねぇ、どういうこと!?」
「……言葉で伝えるよりも速い物がある。それは力に他ならない」

そう呟いて、空を仰ぎ見る雛。
ぶちっ、と何かが切れる音が聞こえた。
にとりの背筋に冷たいものが走る。

「お前か……」
「え……」
「お前かぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!!」
「ひぃぃぎゃぁぁぁぁぁーーーーーーー!?」

鬼のような形相で突然立ち上がり、にとりを猛スピードで追いかけ始める静葉。
それを見て驚き、慌てて逃げ出すにとり。
今度は別の意味で涙を猛烈に流しながらダッシュで逃げていた。
その姉の姿を見て、哀れむような視線を向ける穣子。

「被害者の怨念は大きかったわね……」
「うん……」
「しかし、爆発の被害そんなに受けてないように見えたんだけどねぇ……髪もアフロになってないし」
「お前の頭の中じゃあ爆発をまともに受けた人はアフロになるのか」

まず生きてないのが普通である。
まぁそもそも人ではないから生きているのは当然かもしれないけど。
しかし、温厚な静葉の事だ。
怪我程度の事で簡単に怒るとは思えなかった。
複雑な事情があるのかもしれない。
静葉にとって、大切な。

「今度は雛ちゃんにも見られそうになっただろーーーっ!あやまれっ、お嫁さんにいけなくなった私にあやまれーーーーっ!!」
「見られそうになったってなにーーっ!?どゆことーーーっ!?とりあえず爆発させてごめんなさぁぁぁぁーーーいっ!!」
「爆発とかどうでもいいわぁっ!乙女の敵ーーーーっ!」
「私も乙女なんですけどーーーーっ!?」

……もっと単純なことだった。



***



とりあえずにとりを一発叩いたら静葉も落ち着いたらしい。
結構単純だ。
それが静葉の良いところなのかもしれないが。

「……ま、こっちの事情はこんな感じね」
「はー」

雛がにとりに、自分たちの事を説明し終わる。
自分たちがそもそも人間ではないこと。
各人が様々な物に宿る八百万の神であるということ。
些細なことでも、一つ一つ丁寧に説明した。
そしてにとりが納得したように手をポンと叩く。

「でも、神様ねぇ……」
「ん?」
「……んー……」

にとりは三人の顔を見回す。
どれも、自分と同い年ぐらいにしか見えない少女たちだ。

「なんか、信じられないなぁ」
「無理も無いでしょうけどね」

目の前に神様が居るなんていわれて信じる方がどうかしている。
即座に信じたら早めに家から出ないように教育しなおした方がいいだろう。
神への信仰は大事だが、それ以上に情操教育も大事だ。

「でもまぁ、本当の事なのよねぇ」
「何か証拠とかないの?」
「そんなの簡単に見せられたら苦労しないわよ……」

一人は紅葉の神。
一人は豊穣の神。
最後の一人は厄の神。
一体このメンバーからどういう証拠を見せればいいのだろう。

「まぁ、とりあえず納得しておくわ」
「そうして貰えるとありがたいわね」
「にしても、話しやすい人間たちだと思ったら神様だったなんてね……」
「え?どういうこと?」

雛が問い詰めるように言う。
けれど、適当に笑みを浮かべてにとりは言う。

「ううん、なんでもない。気にしないで」
「で、にとりはこれからどうするの?」

穣子が問いかける。
するとにとりは軽く俯いて、はぁとため息をつく。
そのあと顔を上げて言う。

「花火、まだ完成してないからね」
「作っていくの?」
「うん、自分で決めた事だし」
「……」

静葉が、何かを考えるように口元に指を当てる。
そして何かを思いついたように、満面の笑みを浮かべるとその顔をにとりに近づけた。
にとりはちょっと驚いて後ずさりしてしまう。

「ねぇ、私たちにも何か手伝えること無い?」
「はい?」
「は?」
「へ?」

満面の笑顔で言う静葉に、目を丸くするにとり。
穣子と雛も、唐突な静葉の言葉に呆然とする。
しかし、静葉は笑顔でそのまま続けた。

「にとりちゃん一人でやったから、きっと間違えて事故起こしちゃったんだよね?」
「い、いやそれは……」
「だから、私たちもお手伝い」
「え、いや、その……」
「にとり」

雛が、呟いた。
その言葉に、振り向く。
見ると、花火の打ち上げ台を持ち上げて何かの作業をしようとしていた。

「これが打ち上げ台?二回以上使えるのよね……」
「わーっ、危険だから素人は触らないでーっ!」
「これなに?先っぽが十字型に分かれてるけど……河童ってへんな武器使うのね」
「人の工具弄らないでよーっ!それ大事なドライバーなんだからーっ!」

道具を弄りだした雛と穣子を、慌てて止めるにとり。
それを見て幼い子供のように笑い出す静葉。

「静葉ーっ!この二人止めてよーっ!」
「いいじゃない、二人とも素直じゃないから」
「素直じゃないって……」

にとりは、反論しようとする。
だが、眼前に何かを近づけられる。
それが、にとりの唇に触れた。
静葉の、人差し指。
静かにしなさい、という合図。
静葉は笑顔ではあったが、思わずにとりは黙ってしまう。

「みんな、にとりちゃんのお手伝いしたいんだよ」

そんな事を言われた。
顔が、熱くなった。
少し恥ずかしかった。
静葉はそんなにとりを見ても、ずっと笑顔を浮かべている。

「花火、これから作り直すんだよね?」
「う、うん。まぁ作り直すって言うよりは、設計どおりに増やすって感じかな」
「手伝うよ。何か、私たちに出来ることない?」

静葉の笑顔。
にとりも、思わず満面の笑みを浮かべてしまう。
でも、技術の事を考えて彼女たちに仕事をさせるわけにはいかない。
だから、にとりはこう言う。

「私の仕事中、話し相手になってくれるかな?」
「え?」
「話し相手。仕事中って結構手以外のところは暇だから。一人で作業してると寂しいのよ」

にとりは明るい笑顔でそう言った。
最初静葉は理解できていなさそうだったが、その言葉を理解するとこくりと力強く頷いた。



***



「それにしても、どうして花火なんて考えたの?」
「あはは、確かにそうね。季節も全然違うのに」

静葉が近くで、花火作りを見ていた。
会話をしながら、花火の玉に火薬を詰める作業が続く。
花火に重要なのは、この火薬……所謂『星』と呼ばれるものだ。
これに着火する事で、花火は色取り取りの光を夜空に放つ。
しかし素人がやっても上手く輪のように広がる花火は出来ない。
綺麗な花火を作り出すことが出来るのは言葉通り『職人技』なのだ。

「私ね」
「うん」
「人間が苦手なの」
「え?」

にとりは自分で言って苦笑する。
人間が苦手など、そんな事をかつて言った河童はいままでいたのだろうか。
……居なかったに違いない。
確かに河童自体は身体能力が高くないために退治に来た人間から逃げることは多いが。
人間そのものに対して苦手意識などを盛っていたりすることは余りない。
静葉を見ると、少し呆然としたような顔をしている。
当たり前だ。
人間と河童は同志のようなもので、ともに技術力や行動力を認め合って暮らしてきた。
それが、普通の人間と河童の在り方という物だ。

なのに、彼女の目の前にいる河童、河城にとりは人間が苦手だというのだ。
変に思われても仕方ないだろう。
でも、平気ではあった。
人間が喜んで、自分の作った道具を使っているのを見ていれば。
……それだけで、幸せだから。
殆ど辛いと、思わなかった。
少しばかりの寂しさは感じたけれど。
気にしないようにした。
気にしないようにした。

「だからさ」
「……」
「直接私が行かなくても、楽しめるものがないかな、って思って」

花火の美しさは、打ち上げたその火薬の玉が夜空に広がることにある。
その夜空で美しく散り行く花。それを作り出す命の源とも呼ばれる火。
ゆえに花火。
空に咲く、命の花。
それが花火の全てなのだ。

打ち上げる者の努力も。
玉を作った者の努力も。
その美しさの前には足らない。
いや、無視される。
でもそれが正しい事なのだ。
みんなが楽しみにしているのは『過程』ではなく『結果』だ。
作ったものが、でしゃばる必要は無い。

だから、花火を作ろうと考えた。
これなら、特に人間と仲良くなる必要もなしに見せる事が出来る。
今まで作った他の道具のように、作り手を気にされる必要も無い。
……だから、花火を作ろうと考えた。

「うん、それだけだよ」
「……」
「静葉?」

黙り込んだ静葉が気になって、にとりが声をかける。
静葉は顔を地面に向けて俯いていた。
何か気に触ることでも言ってしまっただろうか、とにとりが少し不安になる。

「し、静葉……」
「駄目だよ……」
「え?」
「にどりぢゃんだめだよぉぉぉぉぉ」
「うわっ!?」

ボロ泣きだった。
目から大粒の涙を零して、顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。
そしてその顔のままにとりに抱きつく。
にとりはどう対応していいのか、困った表情を浮かべる。

「ど、どうしたのよ静葉……」
「にどりぢゃんばにんげんどながよぐじなぎゃだめだおぉぉぉぉぉぉぉ」
「え、え?」
「ぞういうざみじいごどいっぢゃだめだがらぁぁぁぁぁ」
「いやごめん静葉落ち着いて、それからちゃんと顔拭いて話して」

静葉が大声を上げて泣く。
その声を聞いて、なんだなんだという風に穣子と雛が駆けつけてきた。
この二人、河童の道具を弄って今まで遊んでいたらしい。
ここまで暇な神様もそうそう居ないだろ、とにとりは思った。

「何やってるの、にとり。姉さんをこんなに泣かせて」
「な、何で泣いたのか私もわからなくて」
「うぇぇぇ……」
「女の子を泣かせるなんて最低よにとり」
「いや私も女なんですけど」

にとりは静葉に抱きつかれながら、呆れた顔で二人を見る。
とりあえず一旦静葉を離し、冷静にさせてから話させることにした。

「ほら、どうしたのよ静葉」
「えっどぉ……ひぐぅっ……」
「……静葉って、こうやってよく泣くの?」
「まぁ割と感情的ではあるけど。特にこの季節は」

穣子が、静葉をあやすように声をかける。
傍から見ているとどっちが姉で妹だか分からない。
子供っぽい穣子だが、こういうときばかりはその元気さが頼りに見える。
ひぐっ、ひぐっと言う嗚咽の中に、声が混じるようになる。
静葉も少し落ち着きを取り戻してきたらしい。

「で、静葉。何があったのかしら」
「にとりぢゃんが……友達が、いないって……」
「にとりに友達がいない?」
「ちょっと待て静葉」

にとりが静葉の肩を掴む。
その表情は笑ってこそいたがかなり引きつっていた。
雛と穣子の哀れむような視線がにとりに突き刺さる。
雛がにとりの肩をポン、と叩く。

「これから、いい事あるから」
「何で私哀れまれてるんだよ!?」
「大丈夫よ……私たちが、にとりの最初のお友達……ぐすっ……」
「何で泣くんだよ!?誤解だよ誤解!」
「これからは一人じゃないよ、私たちが……えぐっ……」
「なんだこれ、新手の集団いじめか!?」

……結局、静葉が落ち着きを取り戻してからようやく誤解を解くことが出来た。
にとりは、泣きたいのはこっちだよと誰にも聞こえないように呟いた。



***



「人間の里に行きましょう」

にとりが誤解を解くために話をすると、雛が唐突にそう言った。
余りに唐突過ぎて、にとりは目を丸くして雛を見る。

「……は?」
「だから、人間の里に行きましょうって言ってるのよ。にとり」
「いや、唐突に何を言い出すかと思えば」
「……ねぇ、にとり」

雛は、真剣な瞳をにとりに向けた。
心の底をえぐる、射るような瞳。
思わずにとりも身体を強張らせる。

「あなたは、人間が嫌い?」
「……何よ、藪から棒に」
「答えて」
「好きだよ。好きじゃなきゃ、人間のために何かしようなんて思わない」
「そうよね」

にとりのはっきりとした返答に、雛も真面目な顔で相槌を打つ。

「だったら、仲良くなりに行きましょう、にとり」
「え……」

明らかな、戸惑いの表情。
雛の言葉に一瞬驚いてから、俯く。

人間が嫌いなわけじゃない。
人間の事は大好きだ。
でも、伝えられない。
……勇気がないから。
……恐怖があるから。

ほんのちょっぴりの勇気でいいのに。
それすらも、にとりにとっては怖かった。
もし嫌われたら、どうしよう?
もし好きになってくれなかったら、どうしよう?
不安が心の中を支配している。
それはにとりの小さな勇気なんてものを遥かに上回るほど大きいものなのだ。

俯いたまま、何も言わなくなるにとり。
すると、静葉も声をかけてきた。

「行こう、にとりちゃん。人間さんと仲良くなりに」
「……でも……」

うん、と言えない。
怖い。
怖い。
人間が好きなのに。
人間が怖い。
……馬鹿な話だ、とにとりは自分でも思っていた。
そんなよく分からない矛盾を抱えてるなんて。

「ねぇにとり」
「……?」
「仲良くなりたくないの?」

雛の、核心を突いた質問。
心に突き刺さって、言葉が出てこない。

「……そんな事、ない」
「それにしては随分と躊躇ってるわよね」
「……うん」

にとりは、素直に認める。

「怖いんだ」
「……」
「……人間は凄く優しいよ。私の道具、喜んで使ってくれてるのも見たことある」
「……うん」
「でも、怖いの」

にとりはそう呟いた。
雛は真面目な顔で、にとりの一言一言をしっかりと聞いている。
穣子と静葉も同じように真剣な表情をしている。
にとりは、言葉を続ける。

「人間は優しい種族なんだと思う。人間は暖かい種族なんだと思う。人間は……よい種族なんだ」
「……そこまでわかってるのに、どうして?」
「それでも怖いんだ」

それは人間の心の奥底が読めないからなのか。
それとも純粋ににとりの不安の心が大きいのか。
その両方なのかもしれない。

「人間に好きになってもらえなかったら、悲しいよ」
「……」
「人間に嫌われちゃったら、辛いよ」
「……うん」

思うことを、ただつらつらと並べる。
子供の感想のようだけど、それゆえに実直で素直な言葉。

「だから、さ」
「うん」
「好きになってもらわなくてもいい。ただ私の作った道具で満足してもらえれば……それで、いいんだ」

それを言うにとりの表情は、どこか寂しげだった。
わかっている。
これは、自分を誤魔化す為の嘘だ。
ただ道具を使ってもらえればそれでいい。
それこそが河童の存在意義であると言うことを自分に言い聞かせる。
確かにそれは事実だ。
その存在意義そのものは事実だ。
……言い聞かせる。

実際に河童と人間が仲良くなる例は多い。
人間のために河童が道具を作るからだ。
それを直接手渡したりすることで、お互いに交流を深める。
……河童の技術力の高さゆえに、道具が使えなかったりすることもあるが。
その場合は河童が譲歩して、人間に使えるぐらい簡易なものを作る。
人間はここ数年の間で技術力などが進化していないから。
ある程度のものであれば、最新の技術でなくても問題は無かったし、それで満足できていた。
河童としても、そのようにして使ってもらえるのであれば良いことだった。

最近では、余り河童と人間の交流は少なくなったが。
それでも河童と人間は古来からの盟友である。
数少ない河童たちが、人間のためにたまに道具を渡しに行くときはある。
そうやって、今でも地味な交流は続いてはいるのだ。
そして関係を、少しずつ少しずつ深めていっている。

けど、にとりは人間のために道具を作っても、人間に直接手渡すことをしない。
それは、心の弱さ。
怖いから。
にとりは、まるで子供のように人に嫌われることを恐れる。
人に好きになってもらえないことを、恐れる。
まだ子供だと、周りは罵るけれど。
それはそんなにも悪いことなのか。

にとりは、俯いたままになる。
重い空気が場を支配した。
特に穣子などは何を言おうものか完全に迷っているようだ。

河に流れる水の音がいやに大きく聞こえる。
普段よく聞かない音も、こういう時は耳障りに思えるほど聞こえるものだ。
ここに居る全員が、黙っている。

「ねぇ」
「……ん?」

声に反応して、にとりが顔を上げる。
声は落ち込んでいるが、表情は平静と保とうと、微笑みを作っている。
それが少し、痛々しいぐらいだった。

……顎にかかる感触。
下からまるで持ち上げられるような感覚だった。
そのまま顔の向きを真正面に向けられる。

唇に、何か柔らかいものが触れた。
暖かく、優しく、全てを包み込んでしまいそうなほどの。
そんな柔らかさ。
にとりの唇の端から、唾液が零れ落ちる。
液体と液体の合わさり、滴る音。
液体を通して熱がにとりに直接伝わっていく。

「んっ……」
「っ――――!!??」

雛が、にとりの唇に思い切りキスをしていた。
表面上にしているだけのキスではない。
口の中にまで思いっきり唾液を入れるほどの熱い接吻。
雛は力づくでも離れないほど、にとりの唇に吸い付くようにしている。
にとりは余りの事態に、今の状況を飲み込めなかった。

「っ、ぷぁっ、やぁっ……んっ!」
「はぁっ……んちゅぅっ……」

にとりがようやく事態を飲み込んで、必死でもがいて逃げ出そうとする。
しかし雛はもがくにとりを押さえ込んで、そのまま川辺の岩の上に押し倒す。
はたから見ている秋の神二人はというと、顔を赤らめたままその光景に呆気にとられていた。

「うわぁ……」
「雛ったら……強引……」
「ぷはぁっ、あんたら見てないで助けうぷぅっ!?」

必死で逃げようとするにとりと、思いっきり押さえつけて唇を奪う雛。
単純に言ってしまえば同性愛だ。片方は被害者だが。
そして観客のようにその光景を見ている二人の少女。
妖怪の山の麓の川辺で行われる光景にしては余りに酷すぎる光景だった。

「……ん、もう良いかな……」
「……うう……」

押さえつける両手を緩め、その両手でそのまま岩場に膝立ちになる雛。
その表情は非常に晴れやかで、顔の艶も良くなっているようだった。
にとりはそれと対照的に疲れきっていて、息も荒くなっている。
しかも押さえつけられた際に暴れたせいなのか、それとも雛のせいなのかは知らないがにとりの衣服が随分と乱されていたりする。
衣服の色々な部分から、白い肌が露出している。

「はぁ……久し振りに、いい味だったわ……」
「汚された……初めてだったのに……」

ううう、と涙を流すにとり。
傍に穣子が歩み寄って肩を叩く。

「大丈夫よ……あいつには良くあることだから」
「初めてが女の子だった……もうお嫁にいけない……」
「……大丈夫、私たちも初めては……」
「へ?」

穣子が、呆れたような顔で雛を見る。
にとりがなんとなく、察知する。
満足そうな雛の表情。

「……まさか、穣子」
「ちなみに」
「え」
「姉さんもだから」
「……」

にとりの目が見開かれる。
目先にいる厄神は、今の事にとても満足したようで伸びなどをしている。
よく見ると、少し離れたところにいる静葉の表情も紅くなっていた。
……雛が大人っぽく見える理由がなんとなくわかってきた気がした。

「ふぅ……でも、わかったわ」
「え?」

雛の台詞に対して「何が?」と思う周り三人。
余りに唐突過ぎる。

「ううん、にとりがそこまで人間の里に行きたくないって言うなら……それで良いかなって」

雛は、ただそう告げる。
少しだけ諦めたように。それでも悟ったように。
本人の意思を尊重することを優先させた。

「雛ちゃん、でもそれって」
「わかってるわよ。でもにとりがそれで良いって言ってるじゃないの」
「……でも」
「いいのよ、静葉」

突っかかる静葉を、優しくなだめる。
それはわかりきっている事なのだと。
雛にとっても解決したかったことではあったけれど。
それでも。

「にとりがそう言うなら、しょうがないわよね」

にとりの方を見る。
その言葉に対して、にとりは頷いた。
その表情は……どこか儚げな。
諦めを含んだ表情。
その表情を見て、雛はいつもの憂い気のある微笑みを浮かべる。
納得して、雛自身も頷く。

「……にとりちゃん」
「うん、大丈夫だよ、静葉」

心配そうな顔で名前を呼ぶ静葉に、優しく答える。
その「大丈夫」が何を指すものなのか。
にとりはただ笑顔でそう答えた。
心配させたくないという、ただそれだけの理由の言葉を。

「よっと」

そう、声を出して立ち上がるにとり。
若干乱れた衣服を整える。
そして製作途中の花火の方に向かっていく。
その前でしゃがみこみ、再び製作に取り掛かった。

「……それじゃ、これ作らないといけないから」
「……うん」
「……にとり」
「あははっ、大丈夫だって」

にとりはそう言って、心配するような声をあげる二人の秋の神の姿を見る。
二人とも、本当に心配するような目だった。
このままで本当に良いのか。
そう、訴えかけているようにも見えた。

でも心配かけちゃいけない。
最初の始まりは私のエゴだったんだから。
自分が仲良くしたいというだけの、そんな我侭だったから。
そしてそれなのに自分から動けないという、まるで子供のような我侭だから。
……そんな我侭で。
……そんな自分勝手な。
……まるで子供のような事で。
初めて会った人たちに、心配をかけるなんて。
出来るわけが、無いから。

空元気を見せる。
作り笑顔を、浮かべる。
それで良いじゃないか。
みんなが余り気にしなくなってくれるなら。
みんなが心配を止めてくれるなら。
その方がみんなも気が楽なんだから。

満面の笑顔を、作る。
二人に見せる。
……それで良いんだ。
にとりは自分に、言い聞かせた。

「まぁ、二人とも」
「……」
「にとりがこう言ってるんだから、素直に聞いておくものよ」
「でも」
「我侭言わないの。……神は子供じゃないんだから」

雛が諭すように静葉に言った。
本当に母親が子供を叱るように。
雛のおかげで、にとりの気も少し楽になった。
しゅんと落ち込む静葉。
それほどにまで心配してもらっていたことに、少しにとりの心が痛む。

「……静葉」
「え?」
「ありがとう」

たった一言だけ、そうつぶやいた。
それが感謝を示す為の方法。
本当に気にかけてくれるだけで。
心配してくれるだけで嬉しいから。
そう彼女に言った。

静葉が微笑むのが、にとりに見えた。
それだけで、救われる気がした。
自分のせいで彼女にかける負担が少なくなった気がして。



「でも、にとり」
「……え?」

雛から、呼びかけられる。
それは先程から聞く、雛の優しさのある声。



「ちょっとだけ、お願いを聞いてもらえるかしら」



***



五穀豊穣祭。
それは秋に行う実りの祭である。

五穀とは、古来より幻想郷に伝えられてきた五つの代表的な人間の食物、主要な穀類を指す。
即ち、稲・麦・粟・稗・豆の五つ。
今の人間の里では他に豊穣を祝うのは果物なども含んではいるが、基本的にはそれらがよりよく実ることを神様にお願いする為の祭である。

「……で、人間の里で今日そのお祭が行われるってわけね」
「そうそう。ついでにあの二人は祭られにいかなきゃならないの」
「……神様も大変ね」
「それは仕方ないんじゃない?」
「まぁね」

にとりは、花火の調整をしていた。
実際問題花火自体はさっきのテストで殆ど完成していることはわかっている。
あとは危険がないように何とかするだけだ。

その傍で話をしているのは、雛。
雛が言う二人とは、勿論静葉と穣子の事だ。
五穀豊穣の祭では、神に祈ることでこの秋の更なる実りをお願いする。
その秋の実りを司るのが八百万の豊穣の神である秋穣子だ。
ある意味ではかなり里に近い神であるだろう。
穣子を祭ることで里では豊穣を頼むのだ。
その祭が、人間の里で行われる五穀豊穣の祭である。
昼間から出店などが揃い、まさに「祭」と言った雰囲気である。

実際人間の里で行われる祭はほとんどが楽しむ為のものである。
それは、基本的に祭る神を楽しませる為であると言われている。
八百万の神のほとんどが祭などの賑やかな雰囲気を好むからだ。
神が楽しめるような雰囲気を作り出すために、人間は自分たちが最も楽しめることをする。
それが神を祭る祭である。
信仰とはただ崇めるだけでない、と言う理念の下にそういった祭になっている。

ちなみに同じく秋の神である静葉も「紅葉」の美しさを祝うことで祭られている。
凄くついでな印象が強いが。

「で、その為に今日上げろって……?」
「まぁまぁ、せっかく作った花火をみんなに楽しんでもらえるチャンスじゃない」
「そうだけどね」

雛がにとりに頼んだことは一つ。
この五穀豊穣祭の時に、花火を上げる事。
ただそれだけだった。
人間の里に行かせるなどの事をさせないように、少し離れた河の下流に花火を設置する。
そしてにとりを一人にしておくわけにもいかないと思って、雛もそこに居る事にした。
実際に雛が祭られるのは厄払いの時期だけだ。
別にこの時期に里に行く必要は無いので、彼女は普通に一人の妖怪の元に居る事にした。

時刻は、夕方。
祭りも盛り上がり時だ。
静葉と穣子に頼んで、花火があることは里の全員に教えてある。
無論、誰が行うなどの事に関しては伝えないようにして、だ。
これはにとりの意思である事もしっかりと連絡。

「さて、打ち上げ準備は完了っと」
「真下からでも花火って楽しめる?」
「いや流石に無理だと思う。というか誰が真下で打ち上げるか」

そういって、打ち上げ台に花火玉を入れる。
花火玉から伸びた導火線を手にして、それを出来るだけ遠くに離す。
全て導火線が届く範囲に。
自分たちも少し離れた位置に陣取る。

「まぁ、大体これぐらい離れれば安全な範囲ではあるわよ」
「花火見れる?」
「そりゃあもう里で見るのとは比べ物にならないほど巨大なのが」

にひひ、とにとりは笑う。
雛もその様子を見ておかしくなって微笑む。
悪巧みをする子供のように、二人は笑った。

「ねぇにとり」
「ん?」
「私からも言っておいてなんだけど……ホントに良いの?」

雛が言うと、にとりは微笑みを携えたまま黙り込む。
その瞳にはどこか悲しげな色が浮かんでいた。
それでも、明るい声でにとりが言う。

「いいの。私の喜びは、人間の喜びだから」
「……人間たちと、仲良くなりたくない?」
「そんな事無いよ。でも……良いんだ」

セッティングを進める。
綺麗な花を、夜空に咲かす為に。
目的はそれだけだから。

「にとり」
「……何?」

雛が、話しかける。
花火を準備するにとりの背中に。
それから先の声が聞こえなくなり、にとりは振り向いて雛の姿を見た。

夕闇に照らされた紅葉。
風が吹き、木々につく紅葉の葉がざわめいた。
自らの髪を抑える雛の姿が、紅の光を受けて輝く。
本人は、自らを厄の神だと言っていた。
厄とは即ち、人間に降りかかる禍。
それを溜め込むのが、流し雛の長を名乗る八百万の神、鍵山雛。

けれど、今の彼女はどうだろう。
そんな、禍をもたらすような存在には見えない。
彼女の何が不幸なのだろうか。
……その美しさか。
人でないにも拘らず生まれ持った。
その美しさこそが、彼女にとっての禍なのかもしれない。
にとりは、ふとそんな事を考えてしまった。

「意外とね」
「え」
「悪く考えている物事っていうのは、自分の予想より遥かに良い方向に進んでいくのよ」

白い、綺麗な歯を見せて雛は笑った。
厄と言う言葉には、黒いイメージがあったのに。
この少女は、どうにもそんな雰囲気を見せない。
よく見せる憂い気な表情ぐらいしか、彼女にはその厄のイメージが見えない。
それですらも薄いものなのに。

「余り、思いつめて考えないことね」
「……」
「割と楽観的に行った方が、いい結果が出るものよ」
「……うん」

なんとなくだけど。
気楽にその言葉が出てきた。
思った以上にすんなりと。

「……暗くなってきたわね」
「……うん」

夕日が、どんどん西の空に沈んでいく。
二人で、今日の夕日の最後を見送って行った。
夜がやってくる。
夜空の華を咲かす時間がやってくる。
紅い空は暗闇に染まる。
雛はそのくらい空を見上げて、顔を少ししかめて呟いた。

「……暗い」
「明かり、必要?」
「あると嬉しいかな……でも、そんなに簡単に明るく出来る?」
「うん、問題ない」

にとりはそう言うと、ナップザックの中を漁り始める。
その中から何か一つの棒のようなものを取り出した。
太さは片手に収まるほどで、大体30cmぐらいの棒。
漏斗のように先が広がっている部分には透明なガラスが取り付けられている。
木や鉄などでない、なにやら特殊なもので外装が作られているらしい。

「ほいっ」
「おっと」

にとりが、雛にそれを投げる。
まだどうにか夕日が出ているのでそれが見えたが、段々と夜空が広がって見えなくなってくる。

「そこにある白いボタン押してみて」
「ん」

にとりに言われて、その棒をまず良く見る。
手にしっくり来る重さと大きさ。
そして確かにその棒には白いボタンが付けられていた。
雛は、普通にそのボタンを押す。
パッ、と地面が照らされた。

「うひゃぁっ」

突然の事に驚く。
地面がまるで昼間のように輝いた。
夜だというのに、地面に座り込んで花火の導火線を構えるにとりの姿がはっきりと写しあがる。
まるでその場を切り抜いたかのように、丸い円の光の中に。
驚きの声を上げる雛を見て、にとりがくすくすと笑う。

「雛も、やっぱりそういうの驚くんだね」
「……河童の技術力は知れど、その中身は知らず」
「まぁ、一般に出回ってるものでもないから当たり前だよ」
「それで、これは?」

大きなガラスの面から飛び出る光。
内側は鏡面になっていて、中の光が反射するようになっているようだ。
小さな棒から小さな光を放っているが、その反射によって非常に広範囲を明るく照らし出している。
雛は新しいおもちゃを貰った子供のようにその光をいろんな方向へ向ける。
殆ど紅い空が消え去った中で、その光はより輝いていた。
にとりがその様子を見て、解説をする。

「懐中電灯っていうの。暗い道を歩く時とかに使うのよ」
「へー。空だと使えないのかしら?」
「光を一部分に当てるだけだしね。空を飛ぶならもっと大きなのを使わないと」
「……便利な道具ね。これ貰っていい?」
「……大体一月分の電池っていう燃料切れたらすぐ使えなくなるわよ」
「めんどくさい道具ねぇ」
「河童の道具ってそういうものだから」

そう言いながら、自分も自分用の懐中電灯を取り出す。
導火線と、その先に繋がる打ち上げ台を照らし出す。
導火線の繋がる先には、天に矛先が向けられた打ち上げ台。
その中に繋がっている花火玉。
準備は万端だ。

ナップザックを更に漁る。
そこから取り出した一つの道具。
片手に納まるほどの小さな道具だ。
丸みを帯びた、薄っぺらい直方体の道具。
カチッ、と心地の良い音を立ててその道具が開かれる。
蓋を開けた瞬間、そこから柔らかい小さな火が現れる。
それは摩擦で現れた火のように消えることなく、そしてずっと同じ大きさを保ち続けている。

「あれ、それも河童の道具?」
「うん。ジッポライターって言うんだけど」
「ホントに便利ねぇ河童って」
「自分でもそう思うよ」

にとりは、その小さな火を眺める。
この火が、今日人間の里を照らすのだ。
そう考えると……少し、怖くもあった。

「怖気づいた?」
「えっ」
「ううん、そう見えただけ」
「……ちょっとね」
「うわホントに怖気づいてるのか」

雛はちょっとおどけて見せる。
しかしにとりの表情は真剣だった。

「……やっぱり、怖い?」
「間接的でも、楽しんでもらえなかったら……意味が無いもの」
「怖がりなのね、にとりは」
「好きに言って頂戴」

ふふっ、と可笑しそうに笑う雛。
懐中電灯で照らされていないので、その表情はいまいちわからないが。
きっと楽しそうに笑っているのだろう。

「大丈夫」
「え?」
「きっと大丈夫」

雛の言葉に、思わず反応する。
温かい言葉だった。
少ない、ほんの少し気持ちを伝える言葉。

「私が保証してあげる」
「……なにを?」
「きっとあなたの打ち上げた思いは、みんなに届くって」
「……恥ずかしい台詞を平気で吐けるわね」
「そういう性格なの」

柔らかい笑顔を浮かべる雛。
その楽観的な正確に、少し呆れてしまう。
でも、気が楽になっていた。
きっと楽しんでもらえると。
そんなふうに信じることが出来た。

「……点火するわ」
「ええ」

シュボッ! っと導火線に火が灯る。
線を通って打ち上げ台のほうに火が向かっていく。

「きっと」
「ん?」
「喜んでもらえると思うよ」

そういって、にとりは微笑んだ。
その微笑みは暗がりで見えなかったけれど。
雛にはなんとなく笑っていることがわかった。

火が、打ち上げ台にたどり着いた。
長い導火線の道のりを終えて。
美しき花を咲かせるための終着点。
いや、始発点。

――火を尻に付けて。
玉が空に打ち上がる。
大きく空に飛んでいった玉は。



「――綺麗」



雛は、思わず呟いてしまった。
その花を見て。
余りにも美しい火を見て。

花火玉は、夜空に美しい花を咲かせた。



***



今の人間たちが見てきていたのは、ただ弾けるだけの物だった。
大きな音を立てて、空に広がる一輪の華だけだった。

けれど、今見ている花火は違う。
弾け、広がるだけではない。
七色の弾幕のように。
蛇などのように空を舞う姿。
単色でなく、一回の爆発で多色に変化し。
一度ならず、二度弾ける空の炎。

まさしく、空に咲く華だった。
一輪の花は数十の輝きを見せる。
もはや、他に形容しえる言葉が見当たらない。
ただ一言それを見て呟くのだから。

「……綺麗ね」
「うん」

静葉と穣子も、その一人だった。
祭りも終焉を迎えた頃、空に解き放たれた華。
その美しさを、人間の里の人々と楽しんだ。

ただ美しい花だった。
他にあの花を、なんという言葉で表せるだろうか?
……表せない。
ただ見とれるしかない。
綺麗だと、言うしかない。

「やっぱり、にとりちゃんは凄いんだね」
「ええ。私もこれだけの物を見れるなんて思ってなかった」

二人はそういって笑いあう。
河童の技術力に感心しながら。
そして改めて、今日会った少女の凄さに感動しながら。
静葉は、ふぅとため息をつく。

「残念だな」
「え?」
「これだけ綺麗なものを作ってる人を、この人たちはわからないって」
「……そうね」

穣子も、ふぅと息を吐く。
周りの人間たちを見ると、みんな息を呑んで花火を見ていた。
こんなにも人を感動させているのだから。
にとりが受け入れられないはずなんて無いのに。

「あいつ、ホントに怖がりだなぁ」
「そうだね」

恐れは、誰の心にもあるものだけど。
それを乗り越えるからこそ成長すると思う。
でもまぁ、強制するわけにも行かないとも思ってるから。

「まぁ、考えても仕方ないか」

そういうと、空を眺める。
空には、まだ綺麗な花火が上がっていた。
一体何時になったら終わるのだろう。
……終わってほしくは無いのだけれども。

けれど、いつかは終わりが来るものだ。
終わらないということは、あってはならないことだから。
終わりが来るから始まりがあって。
始まりがあるから終わりがあって。
そうであるから成り立つものがある。

祭や花火というのは、そういうものだ。
花火の美しさが終わるとき。
それが、今日の祭が終わる時。
寂が、訪れる時。
それが祭の楽しさの一つかもしれない。

光が。
音が。
輝きが。
色が。
炎が。
夜空を支配する。

花火は、まさしく夜の英雄だ。
こんなにも、見る人の心を清々しくさせる。
綺麗だと。
美麗だと。
……そう、思った。

「あっ」

静葉が、声を上げる。
……花火の音が止んだ。
恐らく、もう打ち上げが全て終わったのだろう。

静寂が、里を包んだ。
それも、一瞬の静寂。
そのあとすぐに、人々の喧騒で里が騒がしくなる。
今の花火の美しさを話す。

「なんか、寂しいね」
「うん」

静葉も、そう呟いた。
それでもこの寂しさは、大切なものだ。
夜空に咲く華の余韻を、楽しめるのだから。

「また、見れるかな」
「見れるよ。にとりに頼めばね」
「そうだね」

穣子がいうと、静葉が明るく笑う。
人間の里は、河の辺と違って明かりが灯っている分明るい。
その笑顔は、しっかりと映った。
そんな二人の元に、子供が駆け寄ってくる。

「ねぇ、お姉ちゃん!」
「ん?どうしたの?」

自分より小さい男の子だったので、目線を合わせるために少ししゃがむ穣子。
優しく声をかけて、頭をなでてやる。

「今の、すっごくきれいだった!」
「そうね。すっごい綺麗だったわね」
「ねぇ、もっと見れないのかな?」
「もっと?」

穣子が、驚いたような表情を浮かべる。
子供のきらきらと輝くような瞳。
本当に今のに感動しているからこその、そんな目。
穣子は、静葉の方を見る。
静葉は笑顔を浮かべている。
穣子はそれに反応して頷いた。

「ね、もっと見たいの?」
「うん!」
「そっか。うーんと、ちょっと待っててね」

穣子はそういうと、背筋をぴんと伸ばして立つ。
無い胸を張って。
それに気付いて少し寂しくなるが、まぁ気にしない。

「さぁて、五穀豊穣祭の終夜祭を始めましょうか」



***


「あれで全部?」
「まぁ、一応はね」
「そっか」
「ふぅー」
「終わったわねぇ……」

打ち上げをしていた二人。
全てを打ち上げると、二人して空を見上げる。
星が綺麗な夜空。
先程までは夜特有の花が咲いていたけれど、今は自然特有の煌きが空を覆いつくしている。

「にとり、あれは誇っていいわよ」
「そうかな」
「ええ、私が予想していたよりも遥かに綺麗だった」
「ありがとう、それだけで嬉しいよ」

にとりが微笑む。
懐中電灯で照らされた明かりの中で、二人の笑顔が映る。

「人間たちは、喜んでくれたかな?」
「まぁ、それについては穣子と静葉が教えてくれるわよ」
「そっか……」
「聞くの、怖い?」
「ちょっとね」

あはは、と大きな声で笑った。
本当に嬉しそうな少女の笑い声。
雛もつられて、笑ってしまう。

「お疲れ様、にとり」
「うん、ありがと。わざわざ雛もごめんね」
「楽しかったから大丈夫よ」

二人で夜空を見上げながら、他愛もない会話。
それもそれで、楽しい時間だった。
二人にとっての祭が終わり、河のせせらぎが二人の耳に届く。

「おっと……」
「ん?」

木々の向こうから、明かりが灯っているのが見えた。
にとりは少し身体を強張らせる。

「多分、あの二人よ」
「あ、ああー」

雛が言うと、途端に肩の力を抜くにとり。
くすくすと雛が笑う。
光はこちらの方に近づいてくる。
こっちにも懐中電灯があるので、おそらくそれを見て近寄ってきているのだろう。
ただ、やはり広範囲を照らすなら火の方が良いなと雛は思う。
明かりの量は全然違うけれども。

光が迫ってくる。
それと同時に、足音が聞こえてきた。
それは、規則的に並んでいるように聞こえてくる。

「……良かったわね、にとり」
「……え?」
「直接感想が聞けそうよ、人間から」

雛がにとりに笑いかける。
足音が少しずつ大きくなっていく。
それは、二人だけのものではない。
明かりも良く見ると一つではなかった。
にとりの額に脂汗が浮き出る。

「……ま、まさか」
「穣子たちも結構準備が良いわねぇ」
「帰る」
「まぁまぁ」

ナップザックを手にとってその場から去ろうとするにとりを羽交い絞めにする雛。
雛の身体の中でにとりが大暴れする。

「はーなーせー!」
「おとなしくしなさい。またキスするわよ」
「うがー!」
「……何してんの?二人とも」

火をつけたたいまつを持った穣子が、二人を見ていった。
呆れたような目をしている。
そしてその後ろには静葉が率いる人の群れ。
それを見てにとりが目を見開いて身体を硬くする。
心なしか、顔中から汗が噴出している。

「な、なにしてんの、っていうか、みのりこ、なに、してんの」
「何してんのって、ここで祭やるのよ祭」
「何でここでやるのって聞いてんのー!」
「そりゃあ、ねぇ?」

意地悪そうな笑みを浮かべる穣子。
静葉が近くによって、両手一杯に抱えていた酒の箱を地面に下ろす。

「ひなちゃんもにとりちゃんも、お酒飲んでないでしょ?」
「そうねー。折角だから花火を肴にしたかったところなんだけど」
「にとりちゃん、もう花火上げないの?」
「今はそれどころじゃないのよー!?」

にとりが大声で騒ぐ。
すると人の群れのところからなんだなんだと声が聞こえてくる。
その声を聞いて、身体をがちがちに強張らせるにとり。
そして穣子が人間たちの前を向いて、大きく声を上げる。

「さーて、今年の五穀豊穣祭ですが!」
「おー!」

その声に静葉が合いの手を入れる。
周りの人たちも、それにつられて大きく声を上げる。
体育会系の集団のようだ。

「最後は素晴らしい締めに、美しい花火を打ち上げてもらいました!」
「ましたー!」
「それもこれも、今回の豊穣祭にはすばらしい協力者がいてくれたからでーす!」
「からでーす!」
「ちょ、ちょっと……」

二人はとても楽しそうにみんなの前で叫ぶ。
にとりはそれを見てただただ呆然と声を上げるばかりだった。

「それでは登場していただきましょー!今回の花火の立役者、河城にとりー!」
「え、いや、ちょっと!?」
「おぉー!」

回りも興奮して、大きく声を上げる。
にとりは戸惑って、何をどうしたら良いかわからないらしい。
とにかく雛から逃げ出そうと必死だった。
そして今その雛本人によって人々の前にその姿を出されていた。
目の前でようやく羽交い絞めの状態から解き放たれるのだが。

「ええ、ええっと……」

周囲の目に、晒される。
それだけで、にとりは全身の神経が動かなくなるように感じる。
身体全体を支配する緊張と恐怖。
……ああ、喉が渇いてきた。
全身から噴出す汗のせいだ。
喉がごくり、と鳴る。
恐らく今の自分は目を見開いて酷い顔をしているに違いない。とにとりが思う。
すぅ、と息を吸った。
その時だった。

ぎゅっと、手が握られる。
小さな暖かい手だった。
ふと気付いてそちらを見ると、子供が一人居た。
自分の腰元ぐらいまでの身長の少年が一人。
笑顔でこちらを見ていた。

「お姉ちゃん、ありがとう!」
「えっ……」

大きな声で、少年が言う。
その一言で、場が一気に沸いた。

「姉ちゃん、良かったぞ!」
「すっごい綺麗だった!」
「なぁ、もう打ち上げるのは無いのか!?」
「こ、こんな可愛い子があんなことをなぁ……」

と、そんな声で盛り上がり始める。
にとりはただ口をあけて、その様子を呆然と眺めているだけだった。

「ほら、ね?」
「へ?」
「意外と何とかなるものでしょ?」

横に立っている雛が、そう言った。
雛の言っていること。
悪く考えている物事は、意外と良い方向に進んでいく。
そういう風に、雛が言っていた。
にとりは未だに完全に物事を把握し切れていなかった。
その姿を見て、雛が言う。

「さぁ、祭の最後の締めくくりと行きましょう」
「うんっ」
「はい、これひなちゃんの分」
「ありがと、静葉」

静葉から枡に入った一杯の日本酒を受け取る。
そしてそれを天高く掲げる。

「豊穣祭最後の功労者に、乾杯!」
『乾杯!!』

大勢の声が、揃う。
最大の感謝を。
最高の労いを。
一人の少女に向けて。

「……えーっと」
「ほら、姉ちゃんも飲みなって!」
「うわっ!?」

にとりは一気に強い力で引っ張られる。
30代後半ぐらいの男性だった。
一気に集団の中に引っ張り込まれる。
目の前にドン、と一升瓶を置く男。
にとりは枡を渡され、その中に酒を注がれる。

「えっと……」
「なんだ、河童ってのは酒が飲めないのか?」
「あ、いや飲めるけど……その……」
「に~とりっ!!」
「むぐっ!?」

いきなり後ろから身体を取り押さえられたと思うと、口の中に酒を流し込まれる。
息が出来なくなって、どうにかして酒を一気に飲み干す。
後ろを振り返ると、顔を真っ赤にした穣子がいた。

「な、なにすんのよっ!?」
「あっはは、にとり飲めるじゃんー!」
「おお、神様もノリノリだな!」
「もう出来上がってんじゃねえかこの豊穣の神!?」
「ほら、にとりさんももっと飲んで!」
「むぎゃっ!?」

近くにいる人間の女性からも一気に口の中に酒を流し込まれる。
もうそこからはまさしく宴会だった。
さぁ飲め。
さぁ飲めと。
食い物も用意してきた。
祭を終わらせる終夜祭が幕を開く。



***



「ねぇ、にとり?」
「あ、雛」

大勢が、騒いでいる。
雛がにとりの横に座る。
そんな中でも、にとりはいろんな人から話しかけられ、それに対応したりもしている。

「楽しい?」
「……うん」
「そう、よかった」
「雛」
「ん?」

にとりが、雛に対して声をかける。
それに対して優しく微笑みかける雛。

「これ、まさか雛が考えてた?」
「さぁね」

そういいながら、自分も酒をあおる雛。
にとりはその言葉を聞いてなんとなく笑ってしまう。
どうにもこの雛だけは考えが読めない。
穣子は元気があって感情の起伏が激しいし。
静葉は大人しめの可愛らしい女の子だ。
そんな簡単な印象があるのに、どうにもこの雛だけは読めない。

「まぁ、にとりが楽しんでくれてるならいいわよ」
「……」
「どうしたの?」
「いや、雛って優しいなーって」
「ありがとう」

優しく微笑みかける。
そして、そのままにとりの頬に手をかける。
そのまま雛はにとりの顔に自分の顔を近づけて

「って何やっとんじゃぁッ!?」
「ごふっ!?」

雛を思い切り蹴り飛ばすにとり。
そのまま雛は地面に仰向けにぶっ倒れた。
周りからおお~という歓声が上がる。
別に格闘大会を行ってるわけではない。
雛は起き上がると、自分の服についた砂埃をぱっぱっと払う。

「何よ……にとりったら酷いことするわね」
「どっちがよ! いきなりキスなんかしようとすんな!」
「だって……にとりの唇って、凄く柔らかいんだもの……」
「なっ……!?」

妖艶な瞳を向けて雛が言う。
にとりは顔を真っ赤にした。
周りからもなんだか声が上がる。
特に女性が興味津々な瞳で二人を見ていた。

「ちょっと待て! お前ら落ち着け!」
「にとり……」
「こっちみんな! 頬染めんな!」
「……好きよ……」
「ぎゃーー!?」

雛に言い寄られるにとり。
顔を桃色に染めて、照れながら言う雛に対して本気で逃げようとするにとり。
だが、腕を背中に回されて身動きが取れなくなっている。
回りも全員息を呑んでその光景を見守っていた。

「いやぁぁぁーーーっ!? 誰かぁぁーーー!!?」
「大丈夫……もう離さないわ……」
「おをとしはーべすたーっ!!!」
「ぶほっ!?」

ゴインッ!!
……大きな音とともに、雛がにとりの胸に沈んだ。
にとりが肩で大きく息をしながら目線の先を見ると、そこには一升瓶を手にした穣子がいた。
よく見ると一升瓶にはひびが入っている。
見たところ、新しい傷のようだが。

「み、穣子……」
「あははは~、雛、どうしちゃったのよ~」
「穣子……やってることはさておき、ありがとう」
「ん~? なんかしらないけどどういたしまして~」

出来上がっているにも程がある。
ちなみに雛は動かなくなってしまったのでとりあえず地面にうつぶせにしておいた。
そんな事をしていると、静葉も寄ってきた。
非常に困った表情でにとりに話しかける。

「ごめんね、二人とも酒癖悪くて……」
「悪いってもんじゃないわよ……って、静葉は大丈夫なの?」
「こう見えて、お酒は強いから」
「あ、そうなの」

割と意外だった。
一番先に倒れそうなイメージがあるものだったが。
やはり人も神も予想とは大違いだ。

そんな事をしていると、子供たちがにとりの方に走ってくる。
にとりは少しびくっと身体を震わせる。
だが、子供たちの笑顔を見て少し落ち着く。

「ねぇ、お姉ちゃん!」
「ん、ど、どうしたの?」
「もう、花火上げないの?」
「え……」

きらきらとした瞳で、子供がにとりを見ている。
そうすると周りからも声が上がった。

「そうだなー、あの花火凄く綺麗だったし!最後にもう一発無いのか!?」
「まぁ、無理は言いたくないけど……やっぱり、見たいな」
「……みんな」

にとりは、思わず笑顔を浮かべる。
静葉が軽くにとりを小突いた。

「ほらね」
「えっ?」
「みんなあったかいよ」
「……うん」
「みんな、優しいね」
「……ふふ、ほんとだ」

静葉の笑顔が、暖かかった。
にとりも笑った。
みんな喜んでくれた。
人の温かさを……感じられた。

「これから」
「ん?」
「これから仲良く、できるかな」
「にとりちゃんなら、できるよ」
「ありがとう、静葉」
「どういたしまして」

ぺこ、とおじきをして例を示す静葉。
可愛らしいその姿に、笑みを零すにとり。
そして皆の方に向かって言った。

「じゃあ、祭の最後だもんね。盛大に一発打ち上げちゃうわよー!」

おーっ! と歓声が沸き起こる。
隣にいる子供たちの嬉しそうな笑顔が、心に潤いをくれた。
ナップザックをおろすとそこから花火玉を一つ取り出す。
丹念に作った中の一発。
念のために残しておいた最後の一発。

「じゃ、ちょっと用意してくるね。危険だからここで待ってる事!」
「はーい!」
「良い子ね」

子供たちの頭をなでると、打ち上げ台の方に走り出す。
花火玉をセットする。
導火線を延ばして、皆の方に戻る。

「にとりぃ~」
「あはは、あは、あはは~」
「……にとりちゃん、ごめんね、なんか」
「まぁ気にしないでいいよ」

酔っているせいなのか知らないが顔を紅くして虚ろな目でにとりを見る雛。
完全に酒のせいで出来上がっている穣子。
そしてその二人を前に、もうしわけなさそうな顔をする静葉。
けれどにとりは、嫌な顔一つしない。
そもそも、こういう風になれたのも彼女たちのおかげなのだから。
にとりは、みんなの所に飛び込む。

「にとり……ようやく私の愛をごふぅッ!?」
「あはは~、にとり何だか甘えんぼさん~」
「にとりちゃん、飛び込んできちゃ駄目だって!」
「無礼講無礼講~!」

言いながら、導火線に火をつけてそれを打ち上げ台の方に向かって投げる。
地面に落ちた導火線はどんどん短くなっていく。
打ち上げ台に辿り着いた時、花火球が火を噴いて空に舞い上がる。

美しい花火が、空で咲いた。
それは、綺麗な花だった。
こんな綺麗な花は、もう二度と咲かせられないほどの美しさを。
四人もその空を見上げる。

周りの皆が一斉に沸く。
それを肴としてさらに宴会は激化する。
みな飲み、食い、踊り、楽しむ。

にとりはきっと忘れる事は無い。
こうやって、人間と仲良くなるきっかけを持った花火を。
こうやって、楽しく人間たちと過ごす夜を。
こうやって、自分の為に色々してくれた仲間を。

「みんな大好きだーっ!!」

大きな声で、満面の笑みを浮かべてにとりが叫んだ。
場が大きく沸いた。
雛がいきなり抱きついてきたので大きく振り落とした。
穣子に抱きかかえられたので軽く照れた。
静葉に手を握られて、少し恥ずかしさを感じた。
それでも、みんな自分に優しくしてくれた。

これからも、ずっと。
こうやって居たいと思った。
この仲間たちと。
自分の友人と。いや――



親友と。



その後、道具などを渡したりなどして少しは人間と仲良くなったにとりであったが
妖怪らしさを保つ為にしばらく人里に通わなかったら巫女と魔法使いが現れて、ぼっこぼこにされた。
後の秋の話である。

なんか河童らしくないにとりだったり河童の設定が微妙だったりしますが。
そもそも求聞史記の八百万の神とゲームの設定が(ry
つっこんだらキリが無いけどまぁにとりも雛も静葉も穣子もみんな可愛いから問題ないってことで。
というか投下するのが久しぶりすぐる。
駄目な点あれば言ってくださるとありがたいです。

にとりは河童らしく結構友好的っぽいけど、それでも怖がりならこんな感じかなっていう感じで。
風神録体験版キャラをメインに書こうと思ったらとにかくにとりメインになった。
後悔はしていない。良くあること。なんて酷い。
もっと……構成力が上手くなりたい……よ。
書き専でごめんなさい(´・ω・)
タイトルは親友と神友をかけてます。タイトルを最後に考えたのは内緒。

河童の技術は世界一ィー!
花火だろうと作っちまいますぜ!(いや個人解釈ですが
稜乃
http://easy2life.sakura.ne.jp/
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コメント



0.930簡易評価
4.80名前が無い程度の能力削除
雛はちょっと自重すべきだと思うんだ。
ちょっとにとりのキャラが思ってたのと違うけど、これはこれで。
10.80異月削除
じわっと来ました、これは良い
12.90名前ガの兎削除
素晴らしいといわざるを得ない。

最初、あーん?スクロールバーの具合から見て長すぎだろー ねぇわー
とか思ってたけど
いやいや、なんとも読みやすい
それにこう、話の内容がストライクで・・・
GJとしか
13.100nanasi削除
これはよいお話ですね。
にとりかわいいにとり。
もちろん雛も姉妹も。
18.無評価名前が無い程度の能力削除
雛も姉妹もにとりも、それぞれのキャラが活き活きとしてて素晴らしい。
素敵な花火をご馳走様でした。

あと、厄神様も(いろんな意味で)ご馳走様でした。
21.80名前が無い程度の能力削除
にとりええ子や…

でもそれ以上に厄神様の印象が強すぎてもう何が何だか。
22.100名前が無い程度の能力削除
これはよい親友ですね。

河城にとりも女の子、にビンビン来た。
にとりかわいいよにとり。
23.90bobu削除
にとりかわいいな。
雛おもしろすぎw
いいお話でした。
26.100名前が無い程度の能力削除
読めてよかったです。いい話でした。