Coolier - 新生・東方創想話

『慟哭する空』

2007/09/21 09:49:35
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その日は夕方過ぎから夕立だった。


突如として空が黒く染まりだしたかと思うと瞬く間に大粒の水滴が大量に空から降って来た。
よって、ほとんどの者がその雨に対抗する手段を持たずにその雨に打たれることとなった。

そう、私こと博麗の巫女、博麗霊夢もその一人だった。
急激に振り出した雨で視界がぐっと悪くなりとても空を飛んでいられる状態でなくなった私はとりあえず近くの木陰に避難していた。

だが、夕立はそのまま普通の雨に姿を変えたのか未だに振り続けている。
天然の木々での雨宿りではそろそろ限界が見え始めている。
ぐっしょりと濡れた巫女服が重い。特に袖の部分が水を吸ってしまい腕を上げるのが少々面倒である。

「……どこか、雨をしのげて服を乾かせる場所をさがさないと」

とはいえ、人里で用があった帰りで、やっと魔法の森付近まで来た時に雨に出会ったために、神社にはまだ少々遠い。
魔理沙やアリスの家はここから離れているし、紅魔館や白玉楼、永遠停などは論外だ。マヨヒガはどこにあるのかも定かでない。
残る場所は……。

「……」

私はふるふると自分の頭を振るうと何かを振り切るように再び雨の中に飛び出した。


そう、目的の場所である香霖堂へ向けて。







香霖堂。魔法の森の側に建っているその店の店主は森近霖之助という。
霖之助さんと私とは顔見知りで店の常連だ。(あちらはそう思っていないようだが)お茶をおすそ分けしてもらいに行ったり、そのお礼にご飯を作りに行ってあげたりしている。
見た目はまだまだ若そうだけどそれは妖怪の血が混じっているからで、実際の年齢は私よりもかなり上らしい。
そんな彼は日がな一日「店番」と称しては勘定台の中でずっと本を読んでいる。

――がらり

「おや、いらっしゃい。……なんだい、霊夢か」
「ずぶ濡れの人間に対してその言葉はないんじゃないかしら、霖之助さん?」

私が扉を開けて香霖堂の中に入ると、やはりというかなんというか彼はいつものように本を読んでいた。

今も振り続ける外の雨に対してはまったく関心がないようだ。
香霖堂には独特の雰囲気があって、まるでこの店の中だけ外の世界と時間の流れが違うんじゃないのかとたまに思うことがある。

俗世から切り離された場所、香霖堂。

そんな店の店主である霖之助さんもやはりどこか浮世離れしているように私は思う。
何しろ彼の思考回路も独特な部分が多いのだから。

「ふむ、確かにずぶ濡れだね。……おや、気づけば雨が降っているのか」
「ええ、そうよ。……で、霖之助さんはずぶ濡れの私をこのまま放っておくつもりかしら?」
「いやいや、今タオルをとってこようとしてたところだよ。とりあえずそのあたりに座って……は、商品が濡れるから立ってて待っててくれ、すぐに戻るよ」

この人はずぶ濡れのか弱い少女よりも薄く埃をかぶって戸棚に陳列されている怪しげな商品の方が大事らしい。
普通ならここは商品のことなどかまわずに座って待っていることを薦めるべきだ。

私はちょっと怒った声で霖之助さんに言う。

「ついでにお風呂も沸かしてちょうだい。このままじゃ風邪を引くかもしれないから」
「はいはい、わかったよ」

ため息一つついて霖之助さんが奥に引っ込む。
私は彼が言ったとおり立ったままそれを待つ……はずもなく手近な濡れても特に支障がなさそうな物の上に腰掛けて待つことにする。
べっとりと肌に張り付く服が気持ち悪い。

なんともなく店内を見回すと商品棚の一つに鏡を見つけた。
そこに映るのは間違いなく私で、頭から足まで濡れ鼠で、頭にしているリボンも雨に濡れてへにゃりとしているのがわかる。
私がリボンを解くと鏡の中には髪を下ろした私が映る。
しっとり濡れて下ろされた髪の私は……自分で言うのもあれかもしれないがそれなりに魅力的のように見える。

「…………」

なんとなく上目遣いになってみる。
鏡の中の私も上目遣いになる。
濡れた髪と張り付いた衣服。
実年齢よりいくらか年上に見えなくもない。

「……むむ、これはなかなか」

その時、背後から声を掛けられた。

「――なかなか、何かな?」
「え、え、え?わ、わわわわわっ!!り、霖之助さん!?」

突然の声に振り向くと霖之助さんが大き目のタオルを手に呆れた顔でこちらを見ていた。
あたふたと狼狽する私。
傍から見れば今の私ほど間抜けなものはなかったと思う。
恥ずかしさのあまり顔が赤くなるのが自分でもわかってしまう。

「人がタオルを持ってきて見れば君は勝手に商品に座って、まったく……。お風呂は今沸かしてるところだから少し待つといい」
「……………はぃ」

彼はタオルを私の頭にかぶせる。
ふわりと視界を奪うタオルをそのままに私は小さく返事を返すことしか出来なかった。
顔から火が出そうで無性に恥ずかしい。
ごしごしとタオルで顔を拭いて紛らわす。

彼はこちらには興味もないようにまた本を読み出している。
……それがまたなんとも自己嫌悪を誘うようだった。

それからの風呂が沸きあがるまでは拷問に等しかった。
彼が本をめくる音ですら私には気になる。
今の自分の行為を見て彼は私のことをどう思ったのだろう。

呆れられた?

子供だと思った?

怒った?

ぐるぐるとマイナス面へと思考が働いていることを自覚するけども止められない。
そして、ふと別の私の中にいる別の私が疑問に思った。



――どうして博麗霊夢はこんなにも森近霖之助のことを気にするのか?





瞬間。




私は。




恋を。




しているのだ、ということに気がついた。






いや。



―――気がついてしまった。









まず最初にあったのが安心感。
……今まで何かをするにつけて彼のことを目で追っていたことに対する回答を得たから。

次にあったのが幸福感。
……博麗霊夢が森近霖之助を好きだという気持ちが確信できたから。

最後にあったのが途方もない恐怖。
……他人を愛することとは「博麗の巫女」としての地位を脅かすことに十分であるから。

私は頭から血の気が引くように思えた。
冷や水をぶっかけられた、とよく言うけどこうやって体験してみて初めてそれが的を得た比喩だとわかるその感覚は恐ろしいものだった。


女性にとって愛とはとても重い。とてもとても。
親友と恋人、どちらかを選ぶ局面になった時、ほとんどの女性は恋人を選ぶくらいだ。
恋をすると女性は変わるというが、それは恋が女性を変えているに等しい。
美しいものには同時にそれに比例した脆さが伴う。
儚いからこそ人も夢も美しく綺麗に気高くなる。

だが、巫女は駄目だ。
こと博麗の巫女は絶対な強さが必要な存在だ。
弱点を、弱みを、隙を作っては駄目だ。
だから、だからだから――。

とてつもなく恐ろしい。
できるなら今すぐこの感情を捨ててしまいたい。
いや、むしろそうするべきなのだ。
だけども、しかし、やはり恋しいものは恋しいし、愛しいものは愛しい。
恋の病は巫女にとっては重病にもほどがある。

自分はこれからどうすればいいのか?

考えても用意に答えが出てこないように思えるが、その答えは至って単純なものにも思える。
近くて遠いその答えは私の心の遠近感を狂わせる。
どうしていいかわかららず、その場に崩れ落ちそうになる私を助ける声があった。

「霊夢、お風呂がそろそろいい頃だから入っておいで」

混乱の境地に達していた私の精神は、その声で深海から一気に湖面へと浮上する。
その声は濃い霧が掛かった森の中に忽然と現れた光のように鮮明だった。

「え、あ。……そ、そうね。……それじゃあ、お風呂に入ってくる、わ……」

声は裏返らなかったか、顔は自然だったか、いつも通りに振舞えたか。
足早に脱衣所に駆け込み、肌にへばりつく衣服を悪戦苦闘しながら脱ぎ、湯船に浸かるまでそんな思考が延々とループしていた。

お湯の温かさが私にじんわりと染み込んで思考が少しだけ落ち着きを取り戻す。
思考がすこしだけ空いた幅が広がった感じがして楽になる。

「………」

それでもぶくぶくと私は口まで湯船に浸かって悩んでしまう。
考えることは多い、多過ぎるように思える。
それともあまりにも大き過ぎるのか。

彼に好かれたい。
だが、それはいけないと巫女である自分が猛烈に反対する。
彼女の意見は正しい。

彼のことなどどうでも良い、と思うこともできない。
自分の中にある女である自分がそう訴える。
彼女の意見は正しい。

ぎりぎりぎりと彼女の頭が二つの思考の間で軋轢を生む。
どちらを見ても先にあるのは途方もない喪失感と恐怖感。

巫女でなければ、女でなければ、そのことをこれほどまでも悔やむことになるだなんて生まれて今このときまでまったく考えもしなかった。
いや、もしかしたら薄々気づいていたにも関わらずそれに目を向けず、考えることもせずなかったことにしたかったのかも知れない。

自分の顔が自嘲気味に歪むのがわかる。
人に妖にと無敵の力を振るう博麗の巫女にとっての天敵が自分自身だとは間抜けすぎる。
三文芝居もいいところだ。
こんなありきたりな舞台からは一刻も早く降りてしまいたい。
だというのに。

「――霊夢。代えの着替えとタオルを置いておくよ。この濡れた服は……まぁ、いつものよう

に洗濯して乾かしておくからまた今度取りに来てくれ」

彼の声が強固な鎖となり私を縛り付けてしまう。
霖之助さんの声が聞こえただけでうれしく思うような自分の心を不甲斐なく思えて憎い。
そんなことで一喜一憂する私を私があざ笑う。
随分と弱くなったものだな、博麗の巫女。

ぶくぶくと湯船に泡が立つ。
水泡はすぐに弾けて消えてしまいあとも残らない。

ああ、どうして。


どうして、私は…・・・。


こんな泡のように生まれてはすぐに消えてしまうように生まれてこなかったのだろうか。








屋根を叩く水滴の音が続いている。

まだ外は雨が降っている。

風呂の窓から見える空は、どんよりとした陰鬱とした私の心のようでどこまでもどこまでも黒く曇って雨を降らせ続けていた。



愛、愛ってなんだろう?
色もない、形もない。
でもそこにあって、邪魔で、やっぱり大切で……。

※この話はこの話で終わっても大丈夫な形に書かれてます。
不安エンド。ごめんなさい、調子乗りました。
……では、お目汚しを失礼しました。
芦桐
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コメント



0.610簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
代々の巫女はどうだったのか
終わり方、キレイだと思いますよ
6.100名前がない程度の能力削除
いい終わり方です
こういう話、大好きなので頑張ってください

あーでもやっぱりHAPPY ENDが一番好きですwww
8.100ピースケ削除
霊夢も巫女である以前に人間だからなー
そりゃそういう思いを持ったとしてもおかしくないな
恋をし子を為し次代に伝えるのが
人間としての本能に刻まれた欲求だから