これは、ちょっとしたパロディな作品です。
そういうのが苦手な方はお気をつけ下さい。
紅魔館の主である、レミリア・スカーレットは、実の妹であるフランドール・スカーレットを自分の部屋へと呼び出した。
「なぁに、お姉様?」
「ええ、わざわざ貴方を呼んだのは他でもないの。実はね、おばあちゃんが風邪を引いてしまったようなので、貴方にお見舞いに行って欲しいのよ」
「えー、面倒くさいー」
「駄目よフラン。お姉ちゃん命令を行使するわ」
「うっ。お姉様ずるい」
お姉ちゃん命令、それは、紅魔館の主としての命令ではなく、お姉ちゃんとしてお願いをされているのである。主としてならともかく、お姉ちゃんのお願いなら断りきれないと、フランは頬を膨らませる。普通は逆じゃないかと疑問も交じるが、この二人の間ではこれが普通らしい。
それに、レミリアは滅多にお姉ちゃん命令を出さないので、フランとしてはそんな久しぶりのお願いを断りきれないと、不満で可愛い顔が膨れまくりだ。
「ふふ。おばあちゃんによろしくね」
「むー、というか、おばあちゃんが風邪なんていつもの事なのにー」
「ええ、だけど今回はいつもより酷いみたいなの」
レミリアはくすくすと妹の仏頂面に笑って、紅いずきんとクッキーや本の入ったバスケットを差し出す。
「はい、フラン」
「むー、はーい」
まだ不満そうだが、フランはバスケットを受け取って、渡されたずきんをきちんと被る。ふわふわでもこもこの毛玉の装飾とリボンと、そして猫耳をイメージしたのだろう二つの膨らみが可愛らしい、何かが色々と違うずきんだった。
「流石よフラン、似合いすぎてお姉ちゃんちょっと理性を失いかけたわ!」
「わーい♪」
似合うと言われて、フランはすぐに上機嫌になり、くるりと見せびらかす様に回る。レミリアはいい笑顔でそんな妹を見つめる。
「ふふ、それじゃあ行ってらっしゃいフラン。森には最近危ない狼がでるらしいから、出会っても破壊しすぎないようにね」
「はーい」
「ああ、そうだわ。森にある花畑で、藍色の花を摘んでいってあげてね。おばあちゃんそれが好きだから」
「まっかせて!」
フランは、もうお見舞いに不満はなく、むしろ張り切って胸を張ると、姉に手を振って「行ってくるねお姉様ー」と飛んで行った。
ぱたぱたと飛んでいくフランを同じく手を振って見送って、レミリアはうんうんと頷く。
その顔は、流石は私の妹。いい子で可愛すぎるわと、物凄く姉馬鹿全開の笑顔だった。
そして、妹の姿が見えなくなると同時に、レミリアはくるりと振り返り、パンパンと手を叩く。
「小悪魔!」
「はい、ここに」
「それじゃあ、フランを見守りに行くわよ!」
びしっと格好良くレミリアは言い放つと、ぐいっと小悪魔を引っ張り出す。
レミリアの準備はいつの間にか万端で、手には日傘を持っていた。
それに、いままでレミリアの部屋のベッドの下で待機していた。というか待機させられていた小悪魔は、疲れた微笑を浮かべる。
「………えっと、すいません。失礼ながら質問です」
「何よ?」
「その、お嬢様方のお婆様のお見舞いに、どうしてメイド達を使わないのかと疑問に思っていたのですが、もしかして、妹様の初めてのお使いってノリですか?」
「当然でしょう」
当然なのかよ……。と、小悪魔はちょっと思ったが、まだ納得がいかないので恐る恐ると訪ねる。
「あと、妹様は日傘を持って行かなかったのですが、大丈夫なのですか?」
「大丈夫よ。あの紅いずきんは太陽光線を跳ね返す特殊な技術と、それを可能にするだけの費用をかけて作り上げた最高傑作なのだから!」
「……すいません。何故、それをお嬢様がお使いにならないので?」
「私は猫より犬が好きですもの」
レミリアはいい笑顔で言い切った。
流石は紅魔館の主。レミリアは常人には分からない、何か不思議な信念を持っているらしい。
「…………」
何というか、まだまだ聞きたいことはあったし、聞くべき事も増えた様な気がするのだけど、もう精神的に疲れてきたので、小悪魔は「そうですか……」と頷く。
その目尻に、うっすらと涙があったのは、決して気のせいではないのだ。
「あ、そういえば、お嬢様方のお婆様って、どんな方なんですか?」
「そうね。まあ、おばあちゃんと呼んでいるだけで血は繋がってないのだけど、簡単に説明するなら、本の虫で虚弱体質ね」
「……はあ?」
説明不足の為に、不思議そうな顔になる子悪魔。
その小悪魔の顔を見て、レミリアは「まあ、見てからのお楽しみね」と何故か含む様に笑って、それから少し行儀は悪いが、フランと同じく、二人は窓から外へと飛び出した。
とてもいい天気の、吸血鬼に優しくない青空だった。
きゃあきゃあと、フランは楽しそうに森の中を翔けていた。
せっかくだし、さっさと空を飛んで目的を済ませてしまうよりも、歩いてもう少しだけこのドキドキを持たせていたいと思ったのだ。
どうしてかは分からないけど、レミリアのお姉ちゃん命令はフランにとって、いつもどこかわくわくするものだった。
それはレミリアが、命令ではなく、そしてフラン自身の勉強になるようにと、フランが好みそうな問題を出す為なのだが、まだ幼いフランは姉のそんな優しさに気付かない。ただ楽しいと純粋にわくわくするだけだ。
だからフランは楽しそうに、声をだして笑いながら森の中を翔けていく。
そして、それを木々の間から盗み見る姉と悪魔。
「可愛いわフラン」
「……ああ、そろそろ帰りたいなぁ」
「黙りなさい小悪魔」
「うぅ。私、何でこの吸血鬼と契約したんだろう?」
しくしくと泣く子悪魔など全然気にせずに、レミリアはうっとりと妹を見つめ続ける。まさに、ストーカーと言われても文句が言えない、すぐさま現行犯で逮捕ができそうな怪しさだった。
だけど見事なもので、気配はばっちりと消えている。小悪魔は、無駄に力のある変態はこれだからと、心中でぶつぶつと文句を言うしかないのである。
と、その時。レミリアと小悪魔は、同時にぴくりと反応する。
「……お嬢様?」
「ええ、さて、どうしようかしら?」
レミリアは、真面目な顔になる子悪魔とは対照的に軽く笑うと、くすくすと喉の奥で隠すように、にやりと口元を歪ませるのだった。
「?」
フランがその気配に気付いたとき、その気配はすでに道の真ん中に綺麗な姿勢で、ゆっくりとナイフを構えていた。
少しだけ、好き勝手に伸びた木の枝や腰まである草むらやらで見えないが、それでも、そこに誰かがいる事は明白だった。
「あれ?いつの間にそこにいたの?」
「……」
無邪気に驚くフランに、その気配はゆらりとナイフを構えたまま、口元に微笑を浮かべる。
「初めまして、貴方の様なお嬢さんが森の中を一人歩きだなんて、あまりに物騒よ?」
「……む」
銀色の綺麗な髪の女の子に、フランは少し見惚れたが、その女の子の目が全然温かくない事に気付いて、すぐに不愉快になる。
「あんた、誰?」
「……私に名などないわ」
ようやく、女の子がこちらに歩み寄ってきて、それで、女の子の全貌が見えてきた。
「あ」
ピンッと神経質に伸びた、可愛い小さな子犬の耳と、そのスカートの裾から見える、ふんわりとした触り心地の良さそうな尻尾。
それだけで、彼女が人間ではないと知れて、フランは驚きに目を丸くする。
「うわー!可愛い、わんちゃんだー!」
ビキッ。
フランの無邪気な、というか嬉しげな悲鳴に、わんちゃんと言われた彼女の額が傍目にそれと分かるほどひきつった。
「……わ、わんちゃん、ですって?」
「わー、可愛い」
「か、可愛い?」
ビキビキッ、と、彼女の青筋が増えていく。綺麗で可愛い顔をしているから、その分それはえらい迫力があった。
「い、いいわ。子供の戯言だと思って聞き流しておいてあげる。そして私は犬じゃないわ!狼よ!」
「え、嘘だー」
「嘘じゃないわよ!れっきとした狼よ!」
子犬みたいな耳と尻尾で、狼と言われてもなーと、フランが疑うような眼差しになる。それにさらに銀色の彼女はびきっと切れそうになるが、必死の自尊心で、彼女は頑張った。
「……くっ。今すぐ八つ裂きにしたいけど、まあいいわ。貴方のその手に持つバスケット。それを置いていきなさい。それで貴方の暴言は許してあげるわ」
「えー」
それに、フランは不満げに頬を膨らませる。
銀色の彼女としても、その反応は予想範囲内だったので、ナイフを翳しながら不適に笑んで、どう脅してやろうかと、一歩フランへと近づく。
「お嬢さん、貴方は―――」
「もう、しょうがないなー!」
「へ?」
そこで、彼女の足が止まる。
フランは、ごそごそとバスケットの中身をあさくると、クッキーの入った袋の一つを、はいっと彼女に差し出した。
「…………え?」
予想範囲外のフランの行動に、彼女は目を丸くする。
「もう、欲しいなら欲しいって言えばいいのに。お姉様が言ってたわよ!欲しいモノは素直に言いなさいって」
「え?」
知らず、おいしそうなクッキーの匂いに、飢えていた彼女の尻尾はぱたぱたと軽く動く。耳もぴこぴことしていて、困惑しているのは傍目からよく分かった。
「え、えっと」
「あー、知らないの?!お姉様が言ってたわよ!こういう時はありがとう!」
「あ、ありがとう」
「うん、どういたしまして」
えっへんと、お姉さんぶれた事が少し嬉しくて、得意になって胸を張るフラン。
そして、そっとその光景に涙を流して感動するストーカーの姉。
「うんうん。いい子よフラン。貴方は最高よ。誰よりも輝いているわ。まさに天使よ!」
「いえ、そんな常識的な行動を取っただけで、そこまで大げさに褒め称えなくても……それに、いいんですか?あの狼、多分、今ちまたで有名の森の狼ですよ?」
「みたいね。ふん、中々にいい耳と尻尾をしているわ」
「何故に真っ先に耳と尻尾を見るんですか?」
この主は相当に何かが歪んでいると、小悪魔はげんなりする。
「よし。小悪魔」
「はい?」
「あの狼、確保」
「はいっ?!」
「か・く・ほ♪」
「り、了解!」
凄む様に笑顔を向けられて、小悪魔はぞくりとしながらも、びしっと敬礼してばっと飛び出していった。
姉達がそんな事をしていると知らないフランは、クッキーを齧って、尻尾ぱたぱたな彼女を嬉しそうに見ていた。
相当にお腹がすいていたらしく、むぐむぐと必死に食べている。よく見てみると、彼女はまだ人間として全然成熟していない子供だ。
フランよりは背が高くても、きっと小悪魔ほどはないと、フランはじっくりと観察する。
つまりは、子犬。
……。
「飼っちゃ、駄目だな~……?」
「っ?!」
ぞっわぁ。
彼女は、不意に襲い来る。相当の寒気にばっとフランから離れた。それからキョロキョロと辺りを見回して、寒気の原因を探ろうと目を光らせる。
どうやら、目の前の小さな幼女がその発生源だとは、年若くて経験も浅い彼女には気付けないらしい。
「い、今のは一体?」
「はい!小悪魔です!」
「は?!え?誰よ貴方は?!」
「あ、小悪魔」
「それでは、失礼しまっす!」
「むごっ?!」
「あ、拉致だ」
一瞬の早業。
フランが気がついた時には、わんちゃん、じゃなくて子狼は連れ去られていた。
「?」
小悪魔が、あの子狼に何のようがあるのかと、フランは首を傾げるが、
「………ま、いっか」
すぐに考えても仕方ないので、気を取り直して歩き出す。
それと、今度お姉さまに、飼っていいか頼んでみようと、フランはまた鼻歌を歌いながら、歩き出した。
「むごもがっ?!」
「小悪魔よくやったわ。自然すぎてフランも不信に思わなかったようね」
「あははは。もう駄目だ紅魔館」
「何を言っているのよ貴方は?まあいいわ。ちょっとそこの犬」
「狼だ!」
猿轡を外した途端に、きゃんきゃんと鳴きだした彼女に、レミリアは満足げに頷く。
「そう。狼になれない、狼志願の哀れな犬なのね」
「正真正銘の本物の狼よ!なにっ?!私が子供だからって馬鹿にしてる?!」
「まあまあ、見た目だけなら私より上なのだから、もう少し余裕を持つべきよ犬」
「殺すっ!!」
涙目でぎゃんぎゃん鳴きだした。
小悪魔は、ああ、お嬢様が嬉々として苛めてる。気に入られちゃったなぁと、酷く可哀想な目で彼女を見つめる。
「さてと、それで貴方の名前は?」
「私に名前なんてないわよ!」
「あら、捨て犬?」
「……ぐぐっ。捨て狼よ!」
「そう。ふーん」
にまにまと、お嬢様は何が面白いのか急に酷く楽しそうに目を細める。
「小悪魔」
「はい?」
「決めたわ。この犬飼う」
「そうですか……」
「ちょっと待てっ?!」
ぎょっとする彼女に、小悪魔は諦めろとその肩をぽんぽんと叩く。
「名前は、そうね……。私が夜の王だから、それに関連する名前がいいわね」
「……まあ、彼女は狼女です。お嬢様と同じく月に影響を受ける種族です。飼う事に反対はしませんけど、ちゃんと面倒見てくださいね」
「勿論よ」
「私の色々な権利を無視して勝手に話を進めるなそこっ!」
荒縄でぐるぐる巻きなので、叫ぶしか出来ない狼女。レミリアはその元気な様子を楽しく見守る。
「そうね。じゃあとりあえず、呼び名がないと困るし。咲夜でいいわね」
「ちょっとは私の話を聞けよあんたらはっ!!」
「あら、お嬢様にしては珍しくまともなお名前を……。てっきりポチとかギンとかタマだと思ってました」
「ふふふ。私だって考えているわ。この前フランと、将来子供が出来たらこんな名前もいいわねって、話し合っていたのよ」
「あはははは。色々と詳しく聞いたら地雷を踏みそうな際どい会話ですね。流石ですお嬢様。良かったですね咲夜ちゃん」
「うわーん!助けて誰かー!」
とうとう泣き出す咲夜に、二人は優しい眼差しを送るのだった。
レミリアは、泣き出す子犬にぞくぞくっとした、どう慰めてあげましょう、うふふな顔で、
小悪魔は、ああ、頑張れファイト、君の明日は紅色だけど、いつかきっといい事あるよと、諦めの顔で、
こうして、咲夜はレミリアとフランのペットとして、紅魔館に飼われる事が決まった。
そして道中の綺麗なお花畑。フランはそこで、一生懸命にお花を集めていた。
「あいいろのお花~」
歌いながら一つずつ丁寧に採っていく。破壊しないように頑張ってね。と、前にお姉さまと一緒に練習した事もあるので、これぐらいなら簡単だった。
たくさんの花を、両手で一杯に握って、次はどれを採ろうかと楽しげに眼を輝かせるフラン。
そんな時。
「うぅ。そ、そこの可愛いお嬢さん!そ、そんな事より私と遊びましょう」
「あ。わんちゃん」
びしっと、泣きながらフランを誘う、変なポーズをした咲夜が現れた。
「……な、何で私がこんな事……。というか、何であんなちっさいのが、あんなに強いのよ……」
よく見ると、先程より所々が焦げている。フランは首を傾げるが、まあいいかとよいしょと立ち上がる。
「さっきは何処に行ってたの、わんちゃん?」
「わんちゃんじゃないっ!狼!これだけは譲れないわよ!」
「むぅ。じゃあ狼さん」
唇を尖らせて呼びなおすフランに、咲夜は満足げに涙目で頷く。その素直な反応が、ちょっとすさんでいた咲夜の心を潤す。短い間に色々と心境が変化しまくりだった。
「え、えっと、それで、そんな用事なんて放っといて、私と楽しく遊びましょう、えっへっへ?……何、この下品な笑い方。流石にナンパでこんな笑い方する奴いないでしょう?」
何故かメモを見ながら話して、ぶつぶつと独り言をもらす咲夜。フランは、だけどそんな事は気にもせずに、遊ぼうと誘われて、どうしようかなーと迷う。
そう、聡い人ならすでにお気づきだろうが、これこそが、レミリアがフランに出した。一つ目の試練であった。
気配は完璧に消しているレミリアと小悪魔は、手に汗握ってその様子を見つめていた。
「フラン。しっかりするのよ。この甘い誘惑に負けて、咲夜と遊んだら駄目よ!」
「しっかり、咲夜ちゃん。アホだろあんた。というか何このシナリオ?とか思うだろうけど、挫けちゃ駄目よ!」
二人は真剣な瞳で成り行きを見つめている。
思う所が全然違うが、それでも二人が彼女達の心配をしているのは間違いない。
花畑の試練。
見事乗り越えなさいと、レミリアはフランへと、祈りすら込めて頑張れと願っていた。
「うーん。駄目。お姉ちゃん命令だから」
「そ、そう!」
「?なんで嬉しそうにガッツポーズしているの?」
「気にしないで!それなら、さっさとおばあちゃんの家に行きなさい!花もそれだけあれば充分よ!」
フランは、咲夜が「ありがとう!ありがとう紅いずきんの幼女!」という目で自分を見るのがちょっと気に入らなかったが、確かに花はたくさん摘んだし、そろそろ行こうと頷く。
「それじゃあね狼さん!」
「ええ、ストーカーに気をつけて」
心からの声だった。
フランは「ばいばーい」と手を振り振り、今度は歩かずに、ぱたぱたと飛んでいく。
「上出来ね」
レミリアが咲夜の背後に現れた。
「きゃうんきゃうん!!」
「……ああ、すでに負け犬の鳴き声になってる。相当に怖かったんですねぇ」
小悪魔がよしよしとその頭を撫でて落ち着かせるが、あまり効果はなさそうだ。そしてレミリアはそんな事は気にもせずに、そっと目尻の涙を拭う。
「ふふ……流石よフラン、お姉ちゃんは嬉しいけど、ちょっとだけ寂しいわ」
貴方も、どんどん大人になっていくのね……と付け加えるレミリアに、小悪魔は「はいはい」と適当に相槌を打つ。
「咲夜」
「何よ?!」
「よくやったわ」
「……え?」
予想もしなかった、レミリアからのお褒めの言葉に、咲夜はきょとんとして、そのままレミリアによしよしと頭をなでられる。
「流石は私のペットね。初仕事から大手柄よ」
なでなで。
「っ」
初めて誰かから褒められて感謝された。咲夜はかあっと赤くなり、ただ馬鹿みたいに硬直してしまう。レミリアは分かっているのかいないのか、なでなですると揺れる尻尾と耳に、うっとりと心を奪われていた。
犬好きにはたまらない可愛さである。
「おやおや」
小悪魔は、そこでちょっと苦笑して、もしかしたら、この二人結構上手くいくかもしれないと、ちょっと安心する。
「さて、それではお嬢様。これでフラン様のお使いは完了で宜しかったのでしょうか?」
「ん?……んー、そうね。確かに、これ以上を求めるのは酷ね。すでに充分成果はあったし……」
レミリアは咲夜をなでなでしながら少し悩む。
「そうね。森に最近出る狼さんを見つけられただけ、もういいかしら?」
一回目の試練とか考えていたけど、どうやらこれ以上は、フランの大人具合を見れば無駄だと、レミリアも思い直す。
今の貴方に子供だましなんて意味がないわと、ふっと余裕の笑みを浮かべて。
「え?」
と、その時に、咲夜がなでなでの極楽から抜け出した、ぽかんとした顔をする。
「あら、どうかした咲夜?」
「ま、待って、私じゃないわよ?!」
「?」
「どういう事ですか?」
慌てる咲夜に、小悪魔とレミリアはきょとんとする。だが咲夜は青くなって、急いで首を振る。
「最近騒がれてるのは、人を襲って食べる狼でしょう?私は人から食べ物を奪う事しかまだできない!」
「……どういう事かしら?」
レミリアの眼がすうっと細まる。
それに、咲夜はちょっとぞくっとするが、すぐにぐっと唇を噛み締めて、きっとレミリアを睨む。
「この森の狼は、私をいれて、二匹なのよ!」
咲夜の、その、レミリア達の勘違いに苛立った声に、レミリアも小悪魔も、すぐに状況を理解する。
森の狼は二匹。
一匹は、ここにいる可愛い咲夜。
もう一匹は、愚かで凶暴な、人を襲う狼。
小悪魔はすぐに飛び立つ。
「……妹様に限ってとは思いますが、あまり刺激をされすぎても困りますので、私はお先に行っています」
「そう、なら頼んだわ」
「はい!」
「わ、私も……!」
「ああ、貴方はいいの」
「きゃうん?!」
小悪魔を追おうとした咲夜の尻尾を掴んで、レミリアは咲夜を止めると、そのままゆっくりと歩き出す。
「んふふ♪」
「ち、ちょっと!あんた、あの子、あんたの妹なんでしょう?!なんでそんなに落ち着いてるのよ!」
「はいはい」
さっきまでは、フランの事を襲おうとしていたのにねぇと、レミリアは楽しく楽しく歩き出す。
「し、尻尾を離せ!」
「ああ、もう、本当に今日は素敵な日ね」
「何を言ってるのよ何を!」
「あら、貴方には分からない?」
と、レミリアは振り返る。
怪しい妖艶な、小さな彼女には、あまりに似合わない、そんな怖い笑顔。
そのギャップにぞわりと咲夜の何かが震える。
「感じないのね。残念だわ」
先程のフランの様に、レミリアは鼻歌を歌って、スキップしそうなほどに上機嫌に歩く。
「こんなに、素敵で幸せな運命を、私達は手に入れたのに」
咲夜にとって意味が分からないそれは、だけどどこかで安心してしまうような、そんな力を持った言葉だった。
どかんと、派手な音をたてて、扉がぶっ壊れる。
「ああ、もう、ごほっ。……体調が最悪だって時に」
そして、その崩壊から開いた穴から飛び出してきたのは、今起きたばかりだろうネグリジェ姿の小さな少女。その手には本があり、そのままぐいんっと、無理矢理に魔力で体勢を立て直す。
「ごほっ……っ?!」
青い顔で、飛び出してきた少女は家の中を見る。
そこからにこにことした顔で出てきたのは、一匹の小さな狼。
「わはー」
「……激しく気がぬける鳴き声の狼ね」
黒い塊の様な、そんな金色の髪の狼。
最近。森に金と銀の可愛い狼が出るとか騒がれていたなと、そこで彼女は思い出す。新聞もきちんと読む彼女だからこその情報だった。
「貴方は、食べてもいい人類?」
「残念。私は魔女よ」
「んー、まいっか」
「頭は悪そうね」
その手に魔力を溜める魔女の少女。できれば家はあまり壊さないように注意をしようと、微細なコントロールを高速であわせる。
「それじゃあ、いただきます♪」
「そう、それじゃあ、たっぷりとご馳走してあげ……ごほっ……っ……るわよ」
本当に彼女は具合が悪そうで、狼から見ればあまりに隙だらけだった。
「あははー」
「なっ、しま―――」
咳き込んで口元を抑えている隙に、狼はぐんっと魔女の少女と距離をつめる。魔女の少女にしてみれば、この狼があまりに敵意も殺意もなく、ただお腹がすいたという欲望だけで動いていた為に、気配が読みにくかったのだ。
暗闇の狼の手が、少女に伸ばされ、もう少しで掴まれる。
「っ!」
一度でもこいつに捕まるのはやばいと、本能で悟った魔女は、腕の一本を覚悟しようと、自爆同然の魔力を一気に溜める。
「って、おばあちゃんを苛めるな悪い狼ー!とうっ!」
「きゃうん?!」
「…………あら?」
ごうんと、暴力的な爆風が一筋。
気がつくと、目の前の狼は家の中に吸い込まれて、そのままガチャンドカンと、おかしな音を立てていた。
「もう!危ないなー!大丈夫おばあちゃん?」
「……ええ、大丈夫よフラン。というか、家の中に吹っ飛ばすな散らかる。そしておばあちゃん言うな。ありがとう助けてくれて。感謝するわ」
混乱して色々と混ざった。
「ううん。気にしないでいいよおばあちゃん。あ、これお見舞いの品」
「……ありがとう。そう、貴方は感謝の言葉しか耳に入らない特殊な鼓膜をしているのね」
「?」
魔女の少女は「いいのよ」と嘆息して、ごほごほと咳き込む。先程のフランの一撃で、狼は気絶中だろうが、多分散らかって埃だらけだろう家に帰ってまた寝るのは正直に遠慮したいと、少女は難しい顔で真剣に考える。
さて、どうしようかと少女は考えて、
「だ、大丈夫ですか?!」
「……ん」
魔女の少女が、その聞き慣れた声に振り返る。フランは不思議そうな顔で飛んできた彼女を見る。
「……美鈴、遅かったのね」
「す、すいませんパチュリーさん。それで、今の音は……ってやっぱり、ここに来ましたかルーミアちゃん」
「知り合い?」
「ええ、最近この森に来た狼さんですよ」
美鈴と呼ばれた、猟銃を持った少女は、困った顔で笑い、それからパチュリーと呼ばれた魔女の隣できょとんとしているフランに「初めましてお譲ちゃん」と、優しく微笑みかける。
「っ♪私フランドール!」
「私は紅美鈴です。この森の猟師をしてるんですよ」
「私は絵を描いたり遊んだりしてる!」
「あはは、元気ですねぇ」
「うん!」
そのままぎゅうっと美鈴に抱きつくフラン。それにパチュリーが呆れた顔になって美鈴を見る。
「……相変わらず、子供に懐かれる人ね」
子供は優しい人が分かるというが……
ふぅん、なるほど、つまり、あの金色狼にも懐かれたわねと、パチュリーはじと目になる。
その眼差しに、美鈴は「あはは」と乾いた笑いで頬をぽりぽりと掻く。
「いや、その、あはは。あの子まだ子供でして。どうにもこうにも……」
「最近。人間が襲われてるって聞いたけど、この子じゃないの?」
「あ!それなら大丈夫です!あれはあの子じゃないですから!」
「……庇ってるの?」
「そ、そうじゃなくて!あの子が襲ったなら、身包みも骨も全部食べちゃいますから、あれは多分、狼の仕業に見せかけた下級妖怪の仕業ですって!」
見つかった人の死体は、どれも身元が判明できたらしい。
それならと、パチュリーは目を細めて頷いた。
「……ふぅん。そう、一応は納得できるわね。気がついたら、あの狼に家の食料全部食べられて、食べる物がなくなった途端に私を襲ってきてたのだし……あの量。単純に計算して人間の大人二、三人分あるわよ……」
「って、あれ?あの、その間パチュリーさんは何をしてたんですか?」
「ただじっと面白くて見てたわ。急に襲われてびっくりよ」
「……けっこう余裕あったんですね」
ごろごろと懐いてくるフランを肩車しながら、美鈴はあははと苦笑い「最近はあの子の食事代でお財布がピンチです」と嘆き、パチュリーが「子供だからって甘やかすのはよくないわね」と呆れたじと眼になる。
「ねえねえ、めーりん」
「ん?なあにフランちゃん」
「じゃあさ、よくわかんないけど、あのルーミアって狼と、仲良くなってもいいの?」
「……」
ふわりと、フランは肩から下ろされて、そのまま美鈴と眼を合わせる形になる。
「うん、是非仲良くなって欲しいな」
「あ、うん」
その、妖怪らしくない人間臭い嬉しそうな満面の笑顔に、フランはぽかんとして、それからすぐに満面の笑顔になる。
「めーりん!」
「?はい」
「私ね、めーりんの事気に入った!」
「あはっ。ありがとうございます」
ぎゅうぎゅうと首に抱きつかれて「うおっ、この子の力、予想以上に強い?!」と苦しみながら、美鈴は笑う。
パチュリーはその様子に少し笑って、ぱらりと手にした読みかけの本を開く。
と、そんな和やかな空気になってから、小悪魔はやっとここにたどりつく。
「あ、あれ?」
何だか半壊している小さな家と、和やかな空気の三人に、小悪魔は毒気を抜かれた顔になる。
「妹様?」
「あ、小悪魔」
「あの、これはどういう事で―――はうっ?!」
瞬間。
小悪魔の心に電撃が走った。
その眼差しの先には、本を読んでいるパチュリーがいた。
「……?何よ」
じと目で本を読みながら、その合間に小悪魔を睨む、ネグリジェ姿で弱々しそうな少女。
見事にストライク。
小悪魔のハートに直撃だった。
まさに、小悪魔はパチュリーを目にした途端、ショックを受けたうっすらと赤い顔のままで固まる。
今の小悪魔の心境は「こ、こんな所に女神がいた……」である。
一目惚れって、結構怖いものだった。
「あら、やっぱりもう解決していたのね」
「し、尻尾を離せ馬鹿ぁ!」
そして、のんびりとした足取りなのに、小悪魔に軽く追いついていた二人。
レミリアはちょっとだけ小悪魔を見て、やっぱりねうふふと口元を緩ませる。そして、初対面の筈の猟師の少女を見つめて、咲夜の尻尾を放す。
「フラン。お見舞いご苦労様」
「お姉様!」
「いい子ねフランは。流石は私の妹よ」
「えへへ~」
嬉しくて仕方ないという様に、フランは赤く上気した顔で、美鈴の首から顔に移動して抱きつく。
もう少しで美鈴が死ねそうな勢いだった。
「それとフラン。この子は今日から家で飼う事になった犬の咲夜よ」
「狼だっつってんでしょうが!」
「わー咲夜って言うんだ!よろしくね咲夜!」
興奮して、フランの力加減がやばくなり、美鈴の首がぐきっと嫌な音をたてるが、美鈴は騒いだらこの場のあったかな空気が壊れそうだなーと、気を使って我慢する。だけどそろそろ限界だと思っている辺り、そろそろ本気でやばかった。
「だ、誰が、貴方に飼われるなんて冗談じゃないわ!私は誰のものにもなる気はないのよ!」
「あらあら。フラン、こちらにいらっしゃい」
「はーい」
「聞けこらぁ!!」
心からの叫びを無視しまくるというか流しまくるレミリアに、咲夜はぎりぎりと歯軋りして涙目になる。
敵わなくてもぶん殴りたいとその顔が言っていた。
パチュリーはやれやれと肩をすくめて、小悪魔はそんなパチュリーをぼーっと見ていて、そしてやっと美鈴が「あいたた……」と首を押さえながら顔をあげる。
「……ん?あれ、貴方は」
「え、あ、おま、お前はあの時の妖怪?!」
はっとした顔になる咲夜。
そして、その顔がどんどん赤くなる。そしてレミリアの顔のにんまり度がさらに上がっていく。
「何よ、また貴方の知り合い?」
パチュリーが、この場を代表して美鈴に訪ねる。
「あ、はい。この子も最近この森にやってきた狼で、よくお腹をすかせてるから、偶にご飯を持ってきたりしてるんですよ。大抵は会えなくて無駄になっちゃうんですけど」
苦笑いする美鈴に、本当にパチュリーは呆れた溜息を吐く。
「……貴方は、もっと子供に厳しくあるべきね」
ちらりと、咲夜を見て、家の中にいるだろうルーミアの事を考えて、パチュリーはぱらりと本をめくりながら消極的に提案する。小悪魔は、そんなパチュリーから僅かも目がそらせないまま釘付けだった。
「ふふ、それで、貴方の名前は?」
「え、あ、はい。私は紅美鈴。この森で猟師をやっている妖怪です」
「そう、じゃあ美鈴。貴方、早速猟師をやめなさい」
「はい?」
ぴしっと笑顔のまま固まる美鈴。
流石にこれは唐突過ぎて、美鈴の理解の範疇を大幅に超えていた。
だけど、レミリアはそんな美鈴の反応など気にもせずに「もしかして?!」と期待に目を輝かせるフランに微笑む。
「貴方は今日から、紅魔館の門番として働いてもらうわ。ちょうどマシなのがいなかったしね」
「え、ええっ?!こ、紅魔館って、あの悪魔のお屋敷ですか?!」
「そうよ。それで咲夜、素直に私に飼われなさい。今なら美鈴いるわよ?」
「なっ?!な、なな何をいってる!!」
ぎゃんぎゃん真っ赤になって吼える咲夜に、レミリアはうんうんと頷く。
いあぁ、若いっていいわねとその顔は言っていた。
「パチェ。貴方もそろそろ潮時だし、紅魔館に来なさいよ」
「………そうね、家もあんなになったし、そろそろいい機会かしら?」
「世話係は、小悪魔でどう?」
「はあ?」
世話係?と訝しげな顔になるパチュリー。だが、何よりその言葉に小悪魔が反応して、真っ赤な顔でこくこくと頷く。
「は、はい!精一杯頑張ります!よろしくお願いしますパチュリー様!」
「え?!よ、よろしく」
あまりの勢いに、パチュリーはちょっと驚く。
両手を掴まれて、妙にきらきらした目で熱っぽく見つめられると、この小悪魔は大丈夫だろうかと、パチュリーは本気で心配になる。
「あ、お姉様。あのね、ルーミアは?」
「勿論、飼ってあげるわ」
「本当?!わーい!」
「ふふ、いいのよフラン。この世界は私がルール。そして、お見舞いを成功させたフランへのご褒美よ。遠慮なく受け取りなさい」
「お姉様大好きー」
「うふふ。もっと言ってフラン」
「大好き―――!!」
ぎゅうっと、フランはレミリアに抱きついて、わーいわーいとはしゃぎまくる。
こうして、紅いずきんを被ったフランドールのお見舞いは終わった。
そして、彼女はたくさんの新しい家族ができた。
「あ、咲夜ちゃん。首輪貰ったんだ」
「え、ええ。……す、少し似合っているか気になったから……」
「大丈夫、とっても似合ってるよ。まだまだ小さいから少しぶかぶかだけど、大きくなったら誰よりも似合いそうな紅い首輪だね」
「そ、そう!」
「うん」
「そ、そっか……えへへ」
「パチュリー様!はいどうぞ!」
「……ありがとう。貴方って、結構気がきくのね」
「う、嬉しいお言葉です」
「何よ、大げさね……」
「え、えっと、まあ、そうですね」
「……ふふ」
「見てご覧なさいフラン」
「え?」
「あれが、恋をしている少女というものよ」
「そーなのかー」
「あ、ルーミアまだ動いちゃ駄目ー!」
「ふふふ」
レミリアは紅茶を片手に、楽しくて仕方ないとばかりに目を細める。
「素敵じゃない」
吸血鬼が主人公の『紅ずきん』のお話。
レミリアは手元の薄い絵本を『赤ずきん』という題名の本をぽんっと燃やす。
「私のフランなら、狼だろうとおばあちゃんだろうと狼だろうと、誰も欠けさせる必要がないのよ」
だって、ほら。
「お姉様ー、明日の夜は皆でお花見しようね!」
紅ずきんを被った女の子は、こうして金色の狼と遊んでいる。
全部を引き込んで、全部を家族にして、そして、毎日を楽しく過ごしている。
「これが、本当のめでたしめでたしと言うものよ」
灰になった出来損ないの絵本の残骸は、風に乗って、どこぞへと飛んでいく。
レミリアは可愛いフランと新しい家族に、更に素敵で幸せな運命をと、紅い紅茶を空へと優雅に掲げて、にこりと笑った。
東方キャラで昔話というのもなかなかいいものですね。
永遠亭のかぐや姫は随分とドタバタな感じになりそうw
白玉楼なら一寸法師ですかねぇ。当然娘役はゆゆ様で。
妄想がとまらない・・
魔法の森コンビなら、やはりこぶとりじいさんでしょうか。
あ、鬼役はもちろん霊夢と萃香でっ
夏星さんの次回作にも期待です
お嬢様のお相手候補が増えるわ、女神に出会うわ
みんながはまり役ですね。実に良い。
アリとキリギリスがいいかな。冬になって、説教をしながらも家にキリギリス(小町)を招き入れるアリ(映姫)を幻視。
お見事でする
まさにハッピーエンド、素晴らしいじゃないか♪
ラストシーンで『紅ずきん』を読んで(作って?)、『赤すきん』を燃やすレミリアの姿が印象的でした。
ほのぼのしました。
チルノは妖々夢組?
それにしても良い紅魔館