Coolier - 新生・東方創想話

東方臥宵夜    前編

2007/09/13 21:24:36
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*注意*
この作品はオリジナル主人公ものです。また、序盤のみですが若干グロテスクな表現があります。更に、続く予定でもあります。
苦手な方は、寛容な心とショックを乗り越える強い意思を持ってお読みくださると作者が喜びます。エサをください。
ダメ、ゼッタイ。な方は、非常に残念ですが、戻るボタンをクリックしてください。非常に残念ですが。

































「こんばんは、お嬢様。いい月ですね」
―――。―――?
「……ええ、長らく世界を彷徨えば、木石と言えども変わるもの。けれど、ここだけは変わりません。私は、満月よりも臥待よりも、宵待の月を好ましく思います」
――――……。――――。
「まだ未練があるのやもしれません。紫さんに無理を言って、期限付きとはいえこうしておめおめと戻ってきたわけですから」
―――。
「はは。相変わらず御優しい。仰る通り、一晩のみ。せっかくの御心遣いを無碍にするのは心が痛みますが、私は遠くで眺めるだけで構いません。今更、名乗ることも出来ないでしょう」
――――?
「……はは。相変わらずお厳しい。けれども、お嬢様の元で育てられたのだから、あれは強く逞しく育っている。私はそれを何の疑心もなく信じられる程度には、お嬢様のお側に居た心算でございます」
―――、―?
「あるいはやはり、私には覚悟が足りないのやもしれませんが。……さて、お嬢様。今宵限りではありますが、再びお側にお仕えさせていただくことを、どうかお許しください」

そう言って、この人間は再び私の従者となった。
今は、完璧でもなければ瀟洒でもない従者。折れない心と鋼の意志を持ち、ヒトでは到達しえぬ境界(ばしょ)まで辿り着いた、ただの人間。
もし今の私に与えられた運命があるとするのなら、この従者のことを語るべきだと思う。
そう、たまには運命に操られる側に回ってみるのも悪くは無い。

では、幕を上げましょう。このレミリア・スカーレットが、如何にしてこの人間と出会ったのかを――。













「待宵の月と臥待の華は、今もきっと」


















「……ぁ、……ぅぁ」
 意味もない呻きが漏れる。普段なら皮肉の一つも飛ばしているんだろうが、あいにくそんな余裕など、右足と一緒に吹っ飛んでしまった。
 それでも腕を前に伸ばすのは、生き物の性だろうか。命を持つ者全ての。
(くそ……)
 どうやら、人は死に瀕すると心から先に折れるらしい。シクシクと何かが心に降り積もって、真っ白に染め上げていく。
 正直、体の痛みなんてとっくに麻痺してたから、そっちのほうが堪えたねえ。
 俺はそれでも必死に耐えた。なぜか? 気に入らないからだ。こんな事で折れるような心なら、最初から持たなきゃいい。
 そうだ、俺はそれが気に食わない。実際に死んだわけでもないのに、折れるような弱い心が気に入らない。
 大体なぜこんな理不尽なことで死ななければならないのか。
 理不尽だ。ああ、まったくもって理不尽だ。
 例えば、津波。例えば、震災。例えば、台風。
 それら人間ではどうすることもできないような自然災害。俺がいた状況はそれに近い。

ずり、ずり。ずる、どん。

 ガラクタじみた体を引きずって、巨木の幹になんとか背中を預ける。
 それだけで、多分寿命が半分は減った。
「ふぅ……ごほ、がっ! ……く」
 口から漏れるのは、一仕事やり終えた者特有の深いため息と、自嘲ほど傲慢ではない笑み。ついでに言えば、体液の何割か。
 今、俺の顔を見た誰かがいれば、途方にくれた笑顔だと、これ以上ない評価をしてくれるんじゃなかろうか。
 左腕は深い森の奥に置いてきた。今頃オオカミの一家あたりが豪華なディナーと洒落込んでいるだろう。なので、比較的無事な右手を動かす。目指すは、ボロ布のようになったシャツの中で奇跡的に無事だった胸ポケット。そこに愛飲しているタバコがあるはずだ。
 そして、そこで気が付いた。同時に、オイオイと顔をしかめたくなる。顔面の筋肉が引きつって上手くはいかなかったが。
 無事だと信じていた右手も酷い有様だった。五指は親指と人差指を残して全て千切れ飛んでいるし、表皮は捲れあがって筋肉の蠕動が良く見える。
 よくも今まで騙してくれたな、俺の右手。いや、この場合よくぞ今までもってくれたな、のほうがいいだろうか。というか、これ見ちゃったらもうしばらく肉は食えないな……などと考え、瞬間、その考えに噴出した。なんだよ、俺。自分の命よりメシの心配か?

 オーケー、わかった。わかったから睨まないでくれ。お望みどおりの端的な状況説明だ。長く語るのは今の俺には無理みたいだからな。
 『気が付いたら森にいた。人を求めて歩いていたらいきなり化け物に襲われ、自分の体がジャンクになった』
 まぁ、胴体そのものがないあの人形に比べたらジャンクっぷりでは劣ったが、壊れっぷりでは勝ってたね。ああ、間違いない。俺も胸にぽっかり穴が開いていたからな。
 人間の体ってのは、心臓がないとマトモじゃいられないんだ。あの時には確かもうなかったから、人間の体というカテゴリーで見れば、俺の壊れっぷりは逸脱していた。人形ってなんのことかって? いやまあ。
 何よりも壊れてたのは、心臓っていう体液のポンプであり、人体のコアを無くしていたのに、俺がその時はまだ生きてた、ってことだ。即死しなかったのが奇跡なのかね。よくわからんが。

 状況説明はこんなところかな。ああいや、わかってる。だが仕方がないんだ、俺にも状況がよくわからなかった。
 ……それで俺は、こりゃさすがに、もうダメかもなと思って夜空を見上げた。

 それでわかった。ここは俺が住んでいた世界じゃないんだろ?
 俺のいた世界にはあんな化け物はいないし、月がこんなに綺麗に見えるわけがない。
 そして何より、あんな可愛い女の子が空を飛んでるなんてのはありえないことだ。しかもこっちに向かって。
 もっとよくその子を見ようとした瞬間、頭の中でブツンって音が聞こえて視界は真っ黒さ。多分それが終わりだったんだろうな。
 次に見るのは地獄の釜か、極楽の華か。もうちょっと生きたかったぜとか思いながら、俺の意識はそこで終わり。
 後は、あんたらも知ってるだろ?



 わかったような、わからないような説明に、美鈴と咲夜は、目を見合わせてため息をついた。
 気だるそうに――実際、かなり辛いのだろう。先程から目の焦点が合っていない――こちらを見つめる一人の男を美鈴が見つけたのは、つい半刻ほど前の話だ。



 いつもより少しだけ月が綺麗な夜。満月に近いそれは煌々と大地を照らし、夜目の効かない人間であろうと、提灯は必要ないだろう。
 月を見上げてため息をつき、早く満月にならないかな……そんなことを考えながらふと守るべき門を振り返った時、美鈴は仰天した。
 そこには、ズタボロの衣服を纏った人間が、こちらに背を向けて立っていたのだ。
 中肉中背から一歩背を高くしたような体格の、至って平凡な人間男性。全体的に短い髪は黒々とし、ツンツンと天を向いている。それでいて、襟足の一房が異様に長く、腰の辺りまで届いていた。
 後ろを向いているために推測でしかないが、髪の艶やしゃんと伸びた背筋から、まだ若い人間だろう。もっとも、この郷で見た目など当てにはならないのだが。
 事実、この若く見える人間は美鈴の背後を取った。普段、いかにヌケていようと、いかに咲夜に頭が上がらなくても、昨日の食事がコッペパンのみだろうと、中国だろうと、腐っても美鈴は紅魔館の門番。通常ならこんな失態などありえない。
 美鈴は、気を操る程度の能力を持つ。大気から敵の接近を読み取り、大地の脈動からその種を知る。そう、この屋敷に侵入する方法は美鈴を正面から破る以外に在り得ない。彼女の目を掻い潜るということは、まさに世界を騙すことと同義なのだから。そんな真似が出来るのは、かのスキマ妖怪か、あるいは彼女の同僚の、完全で瀟洒なメイド長くらいだろう。
 そんな美鈴の背後を取った人間がいる。これは彼女に、警戒態勢を吹き飛ばし強襲体制を取らせるに十分だった。

 問答無用で排除にかかる。相手はふらりと振り向いたが、気にすることはない。その恵まれた体型を生かしたハイキックを、侵入者の頭めがけて振り下ろす。
 問答無用で排除にかかる。流れるような、崩れ落ちるような自然な動作で自分の攻撃を回避し、こちらに距離を詰めるその男に、勢いを殺さない回し蹴りを放つ。
 問答無用で排除にかかる。回し蹴りに巻き込まれた空気と一緒に踊るように、こちらの軸足を倒れこみながら抱え込んだ男の背に肘を落とす。その衝撃で男の手が緩み、二人一緒に倒れこむ。男が完全には手を離さなかったため、美鈴が上に、男が下に。
 問答無用で排除にかかる。ちょうど男の腹に乗り、両手を纏めて押さえ反撃を封じる。自分の右手が自由になるのを感じながら、ふと視線を感じて気配を探る。そこには、顔を赤くした咲夜。手には籐編みバスケット、中身は香りからしてコッペパン。またですか咲夜さん。動物性たんぱく質が取りたいです咲夜さん。
 問答無用で排除にかか「あらあら美鈴。はしたないわ、そういうことはお部屋でおやりなさいな」……れない。

 エレガントに頬に手など当てる咲夜に、愕然とする美鈴。何を言っているのだろうこの人は。今まさに仕事中で……いや、待てよ。この体勢。これは。
 自慢の紅い髪を振り乱し、男を組み敷いている自分。
 虚ろな瞳でこちらを見上げ、運動によって息が荒くなった男。
 それはまるで、嫌がる乙女を無理やり押し倒す片思いの男、あるいは男の枕元に現れて、精気を吸い取るサキュバスか。
 つまり、咲夜さんには私が、職務中に男を押し倒してこれからイタそうとする色魔に見えているのか。
 そこまで考えて、美鈴の顔はその髪と同じ色に染まる。それも深とか真とか付きそうなくらいに。
 顔から蒸気を吹き上げて、少女は慌てて立ち上がった。

「ちょ、いや違うんです咲夜さん! 私はただ侵入者を倒そうとしていただけであってですね、別にそういうことをしていたわけでは」
「そんなに慌てなくてもいいのよ。野外でするのは、はしたないけれど……間々あることだもの。ほら、あの宵闇なんていつも野外じゃない?」
「だから! だから違うんです! というか、ルーミアかわいい顔してなにやってんの!?」
「私のほうが意外だわ。むしろ美鈴はそういうのも好きだと思ったのに」
「んな……っ」
「でも、残念だわ。イロイロ用意してきたのに、もうヤッちゃっていたのね。いいわ、私は屋敷に戻っているから、終わったら呼んでちょうだい」
「イントネーション、おかしいからっ! あとイロイロってなにー!?」
「あらあら、突っ込み役は大変だわ」

 もうなにがなんだか。パニックを起こす美鈴と、それを微笑みながら見守る咲夜。ここ、紅魔館ではよくあることだったが、やられている本人はたまったものではない。
 いつまでたっても慣れないなぁと、美鈴の冷静な部分がぼやきを漏らした。
 その冷静な部分がふと漏らす。ねえ、マスター美鈴。あの侵入者のことは放っておいていいの?

「……! しま…っ」

 アレは私の目を誤魔化した手だれ。この隙を放っておくはずがない。
 思わず飛びのき、その反動で振り返る。そこには…

「………」

 死ーん。そんな効果音が似合いそうなほど生気なく、白目を剥いてぶっ倒れた男が一人。先程までの動きが気絶の前触れであった事に美鈴が気付けなかったのは、本日二度目の失態だ。
 実はお嬢様の命令で、ここにくるであろう客人を部屋まで案内に来た咲夜。つい愛しい美鈴をからかってしまったが、さすがにこれには慌てた。
 急いで美鈴に部屋を借り、一通りの応急処置セットを揃えたのがついさっき。なんと擂り林檎まで完備してある。さすが完璧で瀟洒なメイド長。やることに隙がない。









 目を覚ました男の説明を聞き終わり、林檎を食べさせてやる。まるで何日も何も食べていなかったかのようにそれを平らげた男は、すっかりご機嫌になった。
 そしてそのご機嫌面のまま、ベッドに倒れこんで意識を失った。どうやら限界だったらしい。まぁ、知りたいことは知れたからいいか。
 咲夜は、改めてこの男を観察してみた。ほのかに赤銅の色を帯びた張りのある肌、目元や口元といった顔のパーツにやや子供っぽさを残しながらも、全体を見れば大人びていると言っても過言ではないだろう。
 先程聞いた声はその顔に相応しく、少年と青年の間のような印象を受けた。程よく掠れた耳に涼しいそれは、使い込まれた樫に似る。
 年齢がわかりにくいな……それが咲夜の第一印象だった。10代のようにも見えるし、30前と言っても通用しそうだ。
 まぁ、いくらなんでも30はないだろう。私と同じか、少し上。そう結論をつけて、咲夜はかすかに感じた眩暈を頭を振ることで振り払った。
 ふと見ると、美鈴もぼーっとこの男を見ている。伝えるべきことがもう一つあったことを思い出し、咲夜は彼女に声をかけた。

「どうやら、今日中に会うのは無理のようね。美鈴、悪いけれどこの人を運んでもらえる?」
「あ、はい。それは構いませんが……その」
「そう、ありがとう。私はお嬢様に報告してくるわ。ついでに部屋の準備もしておくから、東館の2階にお願いね」
「わ、わかりました」

 先程からかわれたせいで、未だに顔の赤い美鈴。気付いた咲夜は振り返り、クスリと微笑を漏らした。

「ごめんなさいね、美鈴。この人間、あなたの食事にするつもりだったのでしょう? お外で、しかも生のまま食べるなんてはしたないけれど、あなたの食事メニューに気を配れなかったのは私の責任だものね」
「へっ!? え、あ」
「ふふ、明日からの食事は楽しみにしておきなさい。言うなれば、そう……『私の腕で作られた料理と食材の本当の味、一生忘れられないものになるよ!』というところかしら」

 それじゃあね、とセリフを残し、消え去る咲夜。
 それを呆然と見送りながら、美鈴はぽつりと呟いた。

「ご、ご飯のことを言っていたのね……。よかった、勘違いされたわけじゃなかったんだ」

 日がな一日門の前に立ってぼーっとしているのは、慣れていてもそれなりに苦痛になる。なので休憩時間を兼ねた食事の時間は、美鈴の数少ない楽しみの一つだった。
 紅魔館の門番は、基本的に暇なのだ。大物と呼ばれる妖怪は各々の理由で動きたがらないし、紅魔館に正面切って喧嘩を吹っかける相手なぞたかが知れている。
 そういう境遇であった美鈴には、咲夜の勘違いを装ったからかいなど、見抜けないのは当然だ。

(もしかしたら、咲夜さんが時々会いに来てくれるのも私のことを考えてくれているからなのかな。だったらいいなあ……)

 再び紅くなりかけた美鈴だったが、自分のベッドを我が物顔で占領している人間を見て、深いため息を吐くのだった。







「お嬢様、お客様はお疲れのご様子。今日は、もう」
「そう。……ちょうどいい、か。本当は今日のうちにするつもりだったけれど」
「……」
「咲夜」
「はい」
「あの人間の目が覚めたら、私の元へ連れてきなさい」
「よろしいのですか?」
「その質問は二度目よ、咲夜。あなたはあの人間を見て何も感じなかったのかしら?」
「いえ、特には」
「本当に? ほんとうに、何も感じなかった?」
「……少し、眩暈がいたしました」
「そういうことよ。さぁ、下がりなさいな。私は少し眠るわ」
「おやすみなさいませ、お嬢様」
「おやすみ、咲夜」

「明日からは、面白いことになりそうね……」
(明日からは、いつもより忙しくなりそうですわ……)

































目が覚めたらそこは、大豪邸でした。
そんなモノローグが、俺の心の中に浮かんできた。真っ赤な壁紙、真っ赤な調度品。俺が寝ている天蓋付のベッドに至っては、シーツまで紅いシルクだ。
趣味悪ぃ……ここの主は赤しか好きになれない異常認識者なんだろうか。全体的に品のいいものばかりなのだ。あの壷なんかいくらするんだ?だからこそ惜しい。
ベッドから立ち上がりながら部屋を見渡して、頭を抑える。ちくしょう、いい仕事しやがって。あー、頭痛くなってきた。
一応窓はあるものの、どうやらハメゴロシのようで開くことはできない。数分粘ってみて、最後には実力行使に出てみたりはしたものの、ゴガっという音と共に砕け散る俺。あ、もちろん比喩的表現だが。痛ぇ……なんだこれ。ガラスじゃなくて強化プラスチックとかでできてんじゃないだろうか。主にMSとかに使われるような。
額を撫でながら窓からの脱出を諦めた俺の視界に、外の風景が飛び込んでくる。見えるのは大きな湖と、それを囲う黒々とした森。ふと、その森にいやな予感を感じた。
太陽は傾き、山々の間に隠れている。夕焼けか、あるいは朝焼けか。どちらかはわからないが、光の残滓によって黄金に染まったこの館は、まぁそれなりに綺麗なのだろう。
紅に毒された俺の目でも、それだけは理解できた。



つーか、どこですかここ。俺、海にいたはずだよな……?
記憶を反芻するが、どうも今一はっきりしない。くそ、それはいけないぞ。イライラする。
とりあえずここを出よう。こんな紅いところにいたら息が詰まってしまう。いつも海の蒼ばかり見ていたせいか、この紅は目に毒だ。
ベッドから立ち上がり、ドアを目指す。ずっと寝ていたからだろうか、少しフラフラするが、気になるほどじゃない。
ドアノブに手をかけ、慎重に捻る。ほんの少しだけ開けて、廊下を確認。うえ、廊下まで真っ赤じゃないか。
息を潜めて気配を探る。……よし、とりあえず人の気配はないようだ。

「お目覚めですか?」

だから、その声が響いた時には心底驚いた。うひょわ、なんておかしな声を上げながら振り向くと、そこには銀髪の美人。
……ふぅん……。
俺はその美人ににこやかな笑みを振りまきつつ、相手に気取られない程度に警戒した。

「すっきりいい目覚めさ、お嬢さん」
「それはよろしゅうございました。お食事の準備が整っておりますので、身支度が済み次第お呼びください」

つい条件反射で返した俺に、美人はクローゼットはあちらです、なんて微笑を返す。
ちらりと自分の体を確認。バスローブ一丁だ。おおう、ゴット。

「こいつはご丁寧に。が、その前に一つだけ聞きたいことがあるんだけれども」
「何なりと」
「あんた、どうやってこの部屋に? 時間でも止めたのかい」
「まさか。私に時間は操れないわ」
「へえ。それじゃあどんなトリックがあるのかね。隠し通路とか」
「初対面なのにずいぶんと熱心なのですね。少し驚きましたわ」
「美人は口説けってのが我が家の家訓でね。ああいや、グランパの遺言だったかな?」
「それは、素敵で豪奢で傍迷惑な遺言ですわ」
「そりゃどーも。えーっと……」
「咲夜でございます。この紅魔館でメイドをしております」
「はぁ、俺は臥待です。天原臥待」
「フシマチ様……。 月のお名前ですわね、とても良いお名前ですわ」
「……そりゃどーも」

お風呂も用意してございます、と頭を下げる咲夜さんを見送って、とりあえず軽くシャワーを浴びた。降りかかる雨は適温、湯船には花弁の散らされた半透明の湯。
まったく、用意のいいことで。
大理石(というか、俺に石の良し悪しはわからないので、とりあえず高そうなのは全て大理石だ。間違いない)のタイルを敷き詰められた風呂場はこの屋敷にしては珍しく、白と灰色のコラボだ。ああ、これで心身共に寛げるなんて思いながら、頭の別の部分では思考が高速で回っている。

上手く話を逸らされたな。だがまぁ、収穫はありか。
言葉は囮。俺は適当な言葉遊びをしただけだ。相手の瞳を見続けて、そこに現れた声無き声を聞く。
瞳は表情や口以上に雄弁だ。どんな存在だろうと、自分の言葉には意思を騙せない。あの女のように、深い傷跡なら尚更だ。
「あの女。一度だけ、ほんの僅かだが動揺したな。どうやら時間を操れないのは本当。本命はもう一つの……」
ザーという、雨に似た音が俺の独白をかき消していく。
まさか出任せがクリーンヒットとはなあ。ちと悪いことしちまったかな。でもよ、明らかに異能とわかる人間がいたら、誰だって警戒するだろ?
ま、機会があれば謝っとくか……。



風呂から出る。よし、思ったより落ち着けた。再び俺を迎えた紅にはげんなりとするが。
髪を拭きながらクローゼットを開けた俺は、何故か綺麗に畳まれた自前の服と、褌と、元々備え付けと思われる燕尾服を発見した。
さて、どれにするか。こういう選択は大切なのだ。例えば、空気を読まずに褌一丁でいってみたとしよう。するとどうなるか。
キャー、臥待様かっこいいー、特にその鎖骨が!鎖骨が! もう抱かれたい男№1ですわ!……となるわけだ。
ゴガッ。再び俺は砕け散った。あ、もちろん比喩的な意味で。
なわけねーだろうが!阿呆か!
柱にぶつけた頭を摩りながら(おかげで呆けた頭は完全に覚めたが)、俺は無難に自前の服を選らんだ。元が着慣れた和服なので時間もかからない。褌? もちろん下着として着用さ。
ふと振り向くと、僅かに開いたドアの隙間から咲夜さんがじーっと覗いていた。
そして、ふっとエレガントに哂うと、そのまま何事も無かったかのように廊下に戻る。

「き、貴様見ているなァー!」

俺は三度砕け散った。あ、もちろん直接的な意味で。

着替えを終えて廊下に出ると、どこからともなく咲夜さんが現れた。いや、さっき覗いていたんだし、近くにいたんだろうけど……しかし、それらしい気配はしなかったぞ。
気を取り直してふと聞くと、「あら、ブラックジョークですわ」と返ってき、更に「お召し物を取り替えた時に一度見ましたので」などと追撃を入れるのも忘れない。
ぎゃふん。この女、やるじゃあないかっ!
つーか、ぎゃふんて。まさか俺が幻想の音を鳴らす喉を持つ男だったとは。思わず現実逃避してしまう。
男性諸氏ならわかるだろう。こんな美人に見られると、大抵の男は萎縮するものだ。特別な性癖や特別剛毅でもない限り。
なので、思わず内股になってしまった俺は可笑しくないし、情けなくも無い。そう、無いのだ。無いと思わせてくれ。
……ち、小さいわけじゃねえぞ!


おおう、ゴット。
俺は困った時の例のアレをしつつ、咲夜さんの後について部屋を出た。
謝る機会を逸した事に気付いたのは、俺のいた部屋が見えなくなってからだった。











思えば、この時が最後だったんだろう。俺が人間側で太平楽に生きられる時間は。
もしこの時なりふり構わず逃げ出していれば、今頃は普通のサラリーマンでもやっていたのかもしれない。
……いや、どちらにせよ同じか。今ならわかる。俺という人間を構成するゲノムの歪み。そしてそれを発露する因果律の狂気こそが、俺をここに導いたのだろうから――。
始めまして。最初は読むだけだったものの、ここに投稿される作品を見て、私もついつい筆を執ってしまいました。
何人もの書き手、いくつもの幻想が連なる創想話は、もはや一つの幻想郷ですね。

続き物ですが、それがいつになるかはわかりません。申し訳ない。
稚拙ではありますが、作品の感想をいただけると嬉しいです。

※タイトル変更しました


*SYSTEM* ステータス情報が更新されました。

Name:天原 臥待(あまはら ふしまち)
Age:21
Class:旅人。幻想郷の外の世界の人間。
Ability:真と虚を区別する程度の能力
Character:常に三枚目を装うのは、他人に自分の感情を読み取らせない為であった。だが、いつの間にかそれは素顔と区別のつかない仮面へとなってゆく。そう、どんな能力があろうと、人間は自分の事が一番理解できないのだ。理解が出来ないから、人間は無意識に自分を欺き続ける。臥待に他の人間と違う部分があるとすれば、彼は理解できない自分に気付き、それを探し続けた変人だ、という一点だろう。
ちなみに特技は頭突き。短所は、手を尽くしても無理だった場合の奥の手に頭突きをもってくること。手を尽くしても無理だったものが頭突き一つでなんとかなるわけもなく、大抵は失敗する。
IKUTOSE
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コメント



0.120簡易評価
3.無評価三文字削除
オリキャラは難しいモノなんですが、このキャラはとても自然に幻想郷に入ってきた気がします。
正直、違和感がない。
点数は完結してからということで。
では、続きを楽しみにしています。