時に皮膚を焦がすかのように暑く、時に突然にバケツを引っくり返した様な雨を降らし、時に柔らかな綿に包まれたかの様な日差しを浴びせる季節。相変わらず三姉妹は、彼女達の性質を空に負けじと主張するかのように騒がしかったが、どこか欠けている様な騒がしさであった。
「リリカ醤油とって…」
「メル姉が持ってるわ」
「じゃあ、塩とって…」
「それもメル姉が持ってる」
「じゃあ、ソースを」
「ルナ姉、いい加減起こそうよ」
「だって起きないもの…」
すよすよ、と寝息を立てるメルランは調味料をすべて抱えていた。まるでお人形さんと一緒に眠る少女の様に…と言うと聞こえはいい。
「ルナ姉、一体どうしたと言うのこの人?」
「あぁ実はね…」
と言って語りだしたルナサの言う所では、リリカが何時も朝食時に悪戯を仕掛けてくる事に対して、昨日の夜2人で対策を練っていたら、メルランが「じゃあ、姉さんは調味料が確保できればいい、私はおかずを確保できればいい、って事よね~」といってさっさと寝てしまった。不審に思いつつ朝起きてキッチンに来ると、既にこの状態だった…と言う
根本的な解決になってないよね~と言うリリカに対して、ルナサはそう思うなら悪戯は止める事だな、と言ってのけた。強くなったものである。
結局、予備の調味料をルナサが取り出し朝食を片付けた後、メルランを起こし今日の予定を確認することにした。
「というか、予定はないわ…」
「あら~?」
「そなの?」
「ええ、今日は大きな宴会もないし何より気圧が低い。テンションも下がるわ…」
「そうね~太陽が弱いわ~」
「そっか、じゃあ私は部屋で曲でも書こっかな」
「私は二度寝するわ~早起きしたらねむぐぅ…」
「はやっ!のび太もびっくりの早さだよ、メル姉…」
「私はちょっと出かけてくるから…メルランの事はお願いね」
「うん、いいよー」
そういってヴァイオリンを持って出ていくルナサ、すると寝ていたはずのメルランが急に起き上がり呟いた。
「また、あそこかな~」
「メル姉…うん、たぶんね」
ここはある墓場。なぜルナサがこんな所へ来たかというと、もちろん運動会ではない。実はここにはよく一人で練習に来ているのだ。墓場の中を歩いていたルナサは、突然ある墓の前で止まっておもむろにヴァイオリンを構えた。流れ出す旋律、最初は小さくまるで小鳥が囀るように。次は少しゆっくりと、音もだんだん大きくなっていく。
曲が山場に向かうと共にルナサは思いだす。この墓に眠る人、自分達の一番末の妹であり、創造主でもある妹の死。あまりに長い年月が過ぎ、思いだせることは少なくなってきている。今や間違いなく思いだせることは、自身にとって最後の言葉だけ
「やっぱりルナサお姉ちゃんの音が一番優しくて好きだよ」
そう言って笑っていたこと。と、そんな事を考えているうちに曲は佳境へ。クライマックスは激しい音の流れから包み込むようなやさしい響きへ、そして音の収束。
演奏の余韻が終わり、目を開けたルナサをどこかで見たような顔が覗き込んでいた。
紫がかった長い髪、ネクタイ、ジャケット、スカートにニーハイソックス。そして頭頂部には妙に折れ曲がった長い耳。
「…び、びっくりした。貴女、永遠亭の…」
「よかった~生きてたよ~危うく治療開始する所だったよ~…あぁ、ごめんごめん、そう、私は鈴仙。鈴仙・優曇華院・イナバよ。あなたは確かルナサさんよね」
「え、ええ…ルナサ・プリズムリバーよ。ルナサでいいわ、鈴仙さん」
「そう?じゃあ私の事も鈴仙でいいよ。それより!すごいね~やっぱりルナサの音が一番優しくて好きだな~」
「え?」
妹と同じ言葉。ちょっと嬉しくて、ちょっと驚いた。驚きのあまり暫く硬直してしまっていた。
「お~い、どしたの?やっぱりお薬要る?」
「…それ、なんの薬?妙に流線型だけど…」
「やだな~普通の飲み薬だよ?なぜか師匠がこの形しか持たせてくれないんだもん~」
「…どうして?」
「だから~これは私の意志じゃなくて~」
「そうじゃなくて。私のソロ演奏は初めて聞いたはずよ?なぜあんな言い方したの?」
「へ?そういえば…何でだろ~?」
首をかしげる鈴仙。どうやらよく分からないらしい。と言うかよく見たらかしげた首の向こうに大きな荷物を背負っている。重くないのだろうか。
「ねえ、その背中の荷物、何?」
そう聞くと後ろを振り返る鈴仙。もちろん、そうすると荷物も動く。暫くそうしてくるくる回る。犬か。あ、いや兎だった。と、思考がずれかけたところで、目の前の少女は急に拍手を打ったと思ったら焦った顔で騒ぎ出した。
「ああ!そうだ、里に薬を届けるんだった!まずい、師匠に怒られるよ~ごめんルナサ、私もう行かなきゃ~!」
「あ、うん。それじゃあ…」
すでに走り出した鈴仙は墓場の出口まで来ていた。ルナサが呆気にとられながら、自分も帰ろうかとすると、遠くから鈴仙の声。
「ごめ~ん、挨拶忘れた~またね~」
「…うん、またね」
少しだけ微笑んだルナサは、気圧がさらに低くなっている事に気付き、慌てて帰ることにした。
「ねえ、鈴仙って知ってる?」
夕食時、ルナサは今日出会った彼女のことを妹達に尋ねてみる事にした。墓場に行っていたことは知られたくなかったので、単刀直入に切り出した。その為、急に聞かれた妹達は頭にハテナを浮かべることになった。
「?よくわかんないけど、私ちょっと前に会ったよ?ほら、この間の花が溢れたとき」
「ああ~そんなこともあったわね~」
「あの時は大変だったなぁ、閻魔様にはなんか説教されたしー」
「いや、だから鈴仙について聞いたんだけど…」
「…姉さん?何でそんなにあの兎のことを~?」
「いや…うん、いい。忘れて」
「?」
「?」
どうやらリリカは会ったことは有るけど特に印象はないらしく、メルランは会ってもないらしい。
夕食も終わり風呂上り、ルナサは自室で髪を乾かしながら考えていた。
「レイラと知り合い、な分けないし…幽霊、だったら私が会いたいし…いや、そうじゃなくて…」
等と色々考えた揚げ句の結論として、人から私の評価を聞いたか何かだと決めて、今日はもう寝ることにした。が、何故か鈴仙の顔が目の裏に浮かび、なかなか寝付けないルナサなのだった。
永遠亭。刻一刻と成長するという竹林の所為で、簡単に辿り着く事の出来ない所にその屋敷はある。鈴仙は今、その屋敷で戦っていた。その黒い色は奈落の底を思わせ、またその体はヘドロのように張り付き、さらに臭いに至ってはまるで生ごみの塊。そう彼女は戦っていたのだ!
油汚れと。
「てゐ…妙なナレ入れてる暇があったら手伝ってよ、も~」
「はいはい、鈴仙はまじめだねえ」
てゐ、そう呼ばれた少女はどこから取り出したのか、マイクを片手に持ったまま肩を竦めて、やれやれ、とでも言いたげなポーズをとった。
「…私だって、好きで真面目にしてるわけじゃ…」
「ちょ!なに言ってんのよ。ジョークよジョーク!」
「…だめね、私」
「………鈴仙?」
てゐが何か違和感を感じ始めたその時、流しの扉を開けて入ってくる者がいた。
ゆるくウェーブのかかった長い髪。星座をあしらった赤と青で彩られた服。そして決して威圧しすぎず、しかし無視は絶対出来ない90のE。かの天才、八意永琳である。
「うどんげ、ちょっと良いかしら?あとで私の部屋まで来てくれる?」
「はい、判りました~」
「ええ、よろしくね」
そう言って出ていった永琳を見送った後、鈴仙は「きっとあまりに不甲斐ない自分をお叱りになるんだ…いや、もしかしたら破門なんて事も…あぁ」と呟きながら食器を片付けたと言う。
沢山の薬と薬学、医学の本。その他多くのものがきちんと整理しておかれるこの部屋。鈴仙は永琳と向き合って座っていた。ちなみに正座ではない。怒られると勘違いした鈴仙は正座しようとしたが、永琳の説得により苦節三十分、椅子に座らせることに成功した。と言うか和風建築の永遠亭において、床は畳であるのだが…椅子である。しかもキャスター付き。まあそれは置いといて。
「うどんげ、とりあえず今日何をしたのか順を追って話してくれない?」
「あ、はい…まず今日は目覚めの一発にてゐのフライングボディプレスで起こされて、その後朝食時に姫がお味噌汁にソースを入れたのに気付かず飲んで、朝のお掃除中はウサギ達にすれ違う度にお尻を触られて、里に届ける薬を取りに師匠の部屋に行ったら罠にかかり何故か片栗粉でとろみをつけた液体にまみれて、里に向かう途中にはルナサと出会って、里に着いてからは子供に」
「はい、ストップ」
「はぁ…もういいんですか?ってか師匠、あの罠は何だったんですか?じゃなくて、結局呼び出した理由は何なんですか?」
「うどんげ、貴女…自分の波長がどうなってるか見てみなさい」
さすが天才、都合の悪いことは聞かないことにしてしまう。政治家も真っ青だ。でも鈴仙にとってそんなのは何時もの事であるので、ここは素直に師匠の言う通りにすることにした。そこで初めて気付いたのだ、自分の波長が狂っている事に。
「へ?…あれ?なんで?え~と…はい、もう大丈夫です~、でも一体…」
「ルナサよ」
「は?ルナサ?」
「ルナサ・プリズムリバー。騒霊三姉妹の長女。担当はヴァイオリン。手を使わずに楽器を演奏する程度の能力。以上、幻想郷縁起、初版第二刷。」
「…………へ?」
「うどんげ、ここはもっと激しくつっこむところよ。それともあほの子呼ばわりされたいのかしら?」
「師匠もう少しわかる言葉を話してください」
「あら、ごめんなさいね。ま、この本に書かれている事を私なりに意訳すると、彼女の音の影響で気分が沈降するみたいね」
その後も暫く師匠の講義が続き、色々と彼女のことを教えてもらった鈴仙。布団に潜り込んで眠ろうとすると、そんな彼女の情報と昼間見た演奏する彼女を思いだして、目が冴えてしまうのだった。
太陽は東の山を大きく越え、すでに中天に差し掛かっていた。彼の恒星はここ数日、夏を取り戻したかの様に燦然と輝いている。そんな焼付く様な日差しの中でも何時もと同じ佇まいのプリズムリバー邸。しかし今ここに普段にはあるまじき異変が起こっていた。そのことに最初に気付いたのはリリカであった。
「ふあ……あ~~よく寝た。ってなんで?あれ、ルナ姉は?」
そう、何時もはルナサがリリカを起こし、リリカがメルランを起こすのだ。つまりルナサが起きなければ、リリカは何時までも眠れるし、メルランが起きるべくもなしで、この家は機能し始めないのだ。そんな小さな異変が気になったリリカは、ルナサの部屋に行ってみる事にした。
姉妹の部屋は隣同士である。いくら女の子同士でも壁一枚の隣部屋では問題が起こりそうなものだが、結構防音等しっかりしているので皆安心して色々できるのである。乙女には色々あるんだよ、多分。
こんこん
「ルナ姉、入るよー」
果たしてそこにいたのは、眠っている以外は何時ものルナサだがよく見ると目に隈があるのが分かる。リリカはこの異常事態をうけて慌ててもう一人の姉を起こし、2人で会議ついでのブランチを取りつつ話し合いを始めた。
目に隈&寝坊→夜更かし→不良化?→姉さんが?あはは、ないない→じゃあ何か悩み事→年頃の娘さん→恋!?
という結論に達したと同時に二階からドアを開け閉めする音、次いで階段を駆け下りる音、足音はだんだんとダイニングに近づき…
ばたん!
「ご、ごめん昨日色々考えてたら寝られなくて、すぐ朝食を作るから…」
「姉さん!」
「ルナ姉!」
「な、なに?」
「お相手は!?」
所変わって永遠亭。もちろん同じ日なのだから暑い、筈なのにどこか涼しく感じるのは竹林の中ということと、先人達の夏は涼しく冬は暖かく過ごす為の知恵が詰まった純和風建築の賜物か。そんな永遠亭、まだまだ寝ている者も多いのだが、動き出すもの達がいた。
トントン コトコト サッサ ジュウ
大所帯の永遠亭。永琳お母さんの『用事があって出先で夕飯を頂くこともあるでしょう。お仕事に勤しんで昼を簡単に出先で済ませる事もあるでしょう。でも朝ごはんだけはみんな一緒に食べる。それが家族というものよ』という言葉を守る為に朝食担当の兎が、そして永琳自身が、その言葉を真実にする為に真剣に料理していた。
「ご飯よそっておいて」
「はいウサ~」
「貴方達はお味噌汁を」
「はいウサ~あっ!」
バチャ!
「永琳様ごめんウサ~…」
「大丈夫よ、沢山作ってあるから。それより火傷しなかった?」
「大丈夫ウサ!永琳様優しいウサ~」
「あらあら、有難う。さ、できたわよ。皆を起こしてきて」
「はいウサ~」
こうして永遠亭大広間に全住民が集まり朝食となった。ちなみに兎達は上下の区分なく座っているが、一応この邸内での頂点である輝夜が最も上座、次いで永琳、鈴仙、てゐの順だけは守られている。そんな中、小さな異変をてゐは感じていた。
(鈴仙、全然食べてない…)「鈴~仙!食べないなら貰っちゃうよ?鈴仙のお魚」
「ごめん、そうしてくれる?ご馳走様でした…」
「え?ちょ、鈴仙?」
駆け出していった鈴仙を心配そうに見つめるてゐ。その横では輝夜と永琳が小声で話し合っていた。その内容は…
箸が進まない→病気なんじゃない?→仮にも医者なのでそれはないと断言出来る→じゃあ何か悩み事→年頃の兎さん→恋!?
2人がその結論に達した瞬間、聞き耳を立てていたてゐが走り出した。慌てて2人も駆け出す。鈴仙の部屋は近い、すぐに辿り着き慌てて扉を開けて言い放つ。
「鈴仙!」
「うどんげ!」
「イナバ!」
「あの~…」
「相手は誰!?」
「き、着替え中なんですけど~」
今まさにブラのホックに手がかかる所だった。
昼の賑わいに溢れる人里。家にいる限り妹達のにやにやが止まらないので、居た堪れなくなったルナサは逃げるように飛び出していた。
(何だって言うんだ、あいつ等は…人の事をジロジロと…大体、別に恋とかそうゆうんじゃない…鈴仙は…ってだから鈴仙は関係なくて…あぁ、もう…)
考えが深まると共にどんどん俯いていく。次第に前を見ずに歩くようになっていった。
時を同じくして永遠亭を飛び出した鈴仙。ブツブツ呟きながら歩いていく。
「急に入ってくるんだもんなぁ~…むしろ何時ものことだけど…ううん、こんな事に慣れちゃ駄目よ!…はぁ…でも何でいきなり私が恋してることになったんだろう?……な、なんでルナサの顔が浮かぶの~」
波長をずらして他人に聞こえないように呟くことの多い鈴仙。考え込んでいるうちに、いつの間にか目をつぶって歩いていた。
ドン!ドサ!
「わ!」
「きゃ!」
(しまった、前見てなかった!)
(しまった、目つぶってた!)
「すみません、大丈夫でしたか?…へ?」
「ごめんなさい~怪我はないですか?…あれ?」
互いの声に、顔に、状況に驚き、そして今考えていたことを思いだし、硬直した。
「こ、こんにちは…鈴仙」
「え、あ、こんにちは~ルナサ」
「え~と、いい天気ね?」
「そ、そうね、秋だって言うのに熱いもんね~」
2人は其処まで会話を続けてから、周りの視線に気付いた。それもその筈、2人とも美少女と言って差し支えない上に、ミニスカートにそれぞれニーハイと黒ストで尻餅をついている。衆目を集めない理由がない。それに気付いた鈴仙は慌てて立ち上がり、ルナサの手を掴んで走り出そうとする。
「い、いこうルナサ!」
「あ、ちょっと鈴仙痛い…」
「うあ、ごめん~」
そう言ってパッと手を離す鈴仙。
「あ…別に、離さなくても、良かったかも…」
「え?な~に?」
「私、何言っちゃってるのかしら…ううん、何でもない…いこう」
それっきり、すこし気まずいのか何も話さずに歩いていくルナサ。鈴仙も話しかけ辛いのか、黙ってルナサに付いていく。気付くと昨日2人が出会ったお墓の近くまで来ていた。
「こんなとこでお話もなんだけれど…」
「いやぁ、人もいないし丁度いいよ~」
ようやく落ち着いたのか、打ち解け始める2人。お互いのことを話しながら知ってゆく。
「ウチのリリカが毎朝私の卵を…」
「ああ~ウチの姫も味噌汁を~」
「へぇ、それでニーハイが…」
「いや、黒ストもなかなか~」
「鈴仙って意外と大きいわよね…」
「うえ?そんなことないよ~それよりルナサこそスタイルいいよね~」
「う、うん、自慢だから…」
「おぉ、言い切ったね~」
日常の悩みやファッションやスタイルなど、年頃の娘さんらしい話からいつの間にか話は昨日の事へと変わっていった。
「ほんと、ルナサのヴァイオリンは素敵だったよ~」
「そんな…ちょっと練習してただけよ…」
「え~あれは絶対気持ち入ってたって~」
「ん、気持ちは入ってたかも…」
少しの沈黙をはさんで、鈴仙が切り出した。
「ね、ちょっと気になってたんだけどさ~」
「?なにかしら」
「どうして昨日はこんな所で演奏してたの?」
「ん…うん…」
少しうつむくルナサに、しまったと思い慌てて取り繕おうとする。
「ごめん~、聞かない方が良かったかな」
「ううん、いいのよ…」
「ごめんね~、嫌だったら話さなくてもいいよ?誰だって触れられたくない事くらいあるよね」
そう言って今度は鈴仙が空を見上げ黙ってしまう。ルナサは考え込むように少し俯き、こう切り出した。
「昨日演奏してた場所ね、妹のお墓なの…」
「え?でも妹って」
「そう、私達はプリズムリバー三姉妹、私とメルランとリリカ。でも私にはもう一人の妹がいた。レイラ・プリズムリバー。人間のプリズムリバー家の四女で騒霊プリズムリバー三姉妹の生みの親。私たちが幻想郷に来る前に亡くなってしまったから、ここは本当のお墓じゃないんだけど…たまにここに来て演奏するの、あの子は私達の音楽が好きだったから…」
「そっか~…その子の事大好きなんだね~」
「うん…ねぇ、鈴仙はどうしてここへ?」
ルナサから目を逸らし、再び空を見つめる鈴仙。其処にない何かを見つめながら語りだした。
「私には…帰れない故郷がある。そこは戦場で私は逃げてきた者。殆どの仲間は逃げずにそこに残ったから今はもう………その人たちはここに眠っている訳じゃないけど。ここで祈っても罪滅ぼしどころか自己満足でしかないけど…それでもたまにここには来てたの。昨日も来たんだけどその時誰かに呼ばれた気がしてね、それで貴女にあったの」
「誰かに、って?」
「さあ…もしかして貴女の妹かもね~」
そう言ってニカッと笑った鈴仙に、ルナサは自分の鼓動が少し早くなるのを感じながら、それを誤魔化す様に切り出した。
「昨日の貴女の言葉…私が聞いたレイラの最後の言葉にすごく似ていたから、すごく驚いたの」
「そっか~それでか…でもあれは私の本心からの言葉だよ。もし仮に貴女の妹が私の口を借りたんだとしても、同調するって事はそういうことだからね~」
「うん、わかってる。嘘吐いてる声じゃなかったもの…」
そう言って微笑んだルナサに今度は鈴仙が目を奪われる。
「ね、また演奏してくれないかな?」
「ええ、もちろん」
首にヴァイオリンをあてがい、滑らかに演奏を始める。鈴仙は目を瞑り聞き入る。それはまるで絵画の中の世界であった。
「いい、雰囲気ね」
「鈴仙、まさかホントに…?」
そんな光景を見つめる三つの影。てゐ、永琳、輝夜は近くの茂みに身を隠して様子を窺っていた。そこに聞こえてきたのは二つの騒がしい声。
「あら~姉さんったら、私たちにすらソロなんて滅多に聞かせないのに~」
「ってかマジで恋!?ど、どうしようメル姉!」
どうやらアチラさんの家族のようだと気付いたてゐ。このままほっとくと鈴仙達にばれると思ったのか、二人を諌めに行く。
「ちょっと!あんた達うっさいのよ!あっちに気付かれたらどーしてくれんの!」
「えーりん、イナバがキレたわ」
「てゐ、落ち着きなさい。貴女が一番うるさいわよ」
突然話しかけられた側としては複雑である。いきなり怒鳴られた上にあっち側で勝手に揉めだしたものだから、どんな反応をしていいか分からない。
「リリカ、私たち話しかけられたのに無視されてるわ~」
「いい度胸じゃない。ちょっとあんた!何様よ!自分から話振っといて無視すんな!」
ここに幻想郷を代表する2人の(固有名有り)悪戯っ娘属性対決が開始される!
「くちゅん!…?パチュリー様ぁ、またなんか私の悪口言いませんでしたぁ?」
「何時も陰口を叩いてるのは貴女じゃない」
そんな名無しは兎も角。リリカvsてゐの構図が出来上がり、その2人をはさんで見守っていた永琳と輝夜とメルランは突然背後に気配を感じ後ろを振り向く。
「まったく、何してるのよ…」
「そうですよ~てゐだけなら兎も角、師匠に姫まで~」
「な!?気付かれた!?」
アレだけ騒いでおいて気付かれないと思っていた様子のてゐに詰め寄る鈴仙と、静かにリリカを問い詰めるルナサ。因みに他三人も蛇ににらまれた蛙状態で動けずにいる。
「リリカ、何してたの?」
「えぇ?と、あ~私もソロの練習しよっかなー」
「『も』?どうして私がソロをやってたのを知ってるのかしら?盗み聞き?」
「てゐ~!何でこんなことしたのよ~!」
「だ、だって鈴仙が朝から…ううん、昨日の夜から何か変だったから気になって」
「だからって付いてこなくてもいいでしょ~!」
気付いていなかったリリカとてゐは、驚きのあまり受け答えがしどろもどろになってしまっていた。そんな2人の追求を受けたくないのか、硬直の解けた残りの三人がこそこそと逃げ出す。
「メルラン…どこに行くの?貴女にも話はあるのよ?」
「師匠、姫。今日は見逃しませんよ~?」
一斉に駆け出す三人。ルナサと鈴仙は互いに見合って苦笑を交わし、同時にため息を吐きながら駆け出していく。
「「こらー!!」」
大好きな家族を追っていく2人は少しだけ笑っていた。
それから2人は暇を見付けては会うことが多くなった。場所は最初に出会った墓地であったり、人里の喫茶店だったり、お互いの家であったりした。
「じゃあ、行商に行ってきますね~」
「うどんげ、何時もよりスカートが二センチ短いわね」
「な!何のことでしょうか~気のせいですよ、きっと、ね?てゐ」
「…しらない」
永遠亭の殆どが兎でありながら最初なかなか馴染めずにいた鈴仙を、仲間に近づけたのは自分だと自負しているてゐとしては、面白くないという感情もある。しかしそれ以上に、どこか違和感を感じてもいた。
「あ…何かごめんね~、てゐ」
「なんで、謝るの…?」
「え?だって何か怒ってるし~」
「ふ~ん………」
それっきり黙ってしまうてゐに、首をかしげ様子を窺う鈴仙。その視線に堪りかねたのか、そっぽを向いてしまう。
「…いけば?」
「あ~うん、行ってきます」
「ゆっくりしていらっしゃい」
「ルナ姉ぇ~髪のセットに何時まで掛かってんのさ」
「だっ、だって気になるんだもの…変じゃないかしら?」
「あら~リリカ、そんなに責めちゃ駄目よ?姉さんは恋する乙女だもの~」
「お、おとめって…ただ身だしなみに気を遣おうと…」
顔を真っ赤にしておろおろする姉など…見たことはあったが、こんなにも音楽以外のことに夢中な姉は見たことがなかった。そうするとからかいたくなるのが姉妹ってものである。
「大丈夫、バッチリ決まってるよ」
「姉さん、かわいいわよ~」
「か!…うぅ、もう2人して…行ってきます…」
こうして日々、仲を深めていく2人。あるものは見守り、あるものはからかい、あるものは我関せず、あるものは不安を抱えて、しばしの平和。しかし確実な変化が迫っていた
…レイセン…レイセン…なぜ…
ここ最近縁側に一人佇み、月を見上げる鈴仙を見かけることが多くなった。てゐはそんな鈴仙を見ていて不安を覚えるようになっていた。あれは、あの目はここに来た時の目に似ている。確かにルナサと会うようになって鈴仙は楽しそうだ、けれどもこんな表情を見せるのも最近多くなっていた。
「………や……そ…………もう……」
「…鈴仙?」
しかしこの日の様子は何時も以上に見えて、てゐは思わず駆け寄っていた。
「鈴仙、ちょっと、大丈夫?」
「いや、私の所為じゃない…そんなことない…わた、しは…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
虚ろな目で月を見つめながらぼそぼそと謝罪の言葉を吐き続ける鈴仙に、一瞬怯みながらも即座に近くの兎に指示を飛ばした。
「誰か!永琳を呼んできて!早く!鈴仙、落ち着いて。すぐに永琳来るから!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
秋の空に浮かぶ大きな月は、二匹の兎を煌々と照らしていた。
続く
なんかイイ!
鈴仙はどうなってしまうのか?
続きが気になる。