拙者の名はサト・ゲンゾウ。
国連傘下の月面侵攻旅団に所属する少尉である。
地球人が月の覇権を求めて静かの海に降り立ち、月の民との間に戦争が勃発してから、もうずいぶん経つ。
地球の兵力が月へと逐次投入される状態は今も慢性的に続いており、我が部隊も母なる惑星を離れて、ここ熱の入江の前線基地をねぐらにしているところだ。
見渡す限り不毛の大地で繰り広げられる、先の見えない戦争。虚しい戦いの日々を送る我らの心の拠りどころといえば……。
む、ちょうど十二時か。
ラジオを点けてもよろしいでありますか? カツマ大佐殿!
――ほう、大佐も「ネクタリス・レイセン」がお好きで?
いやあいいですな。この色気もへったくれもない灰色の荒野が、この時間だけはなにやら輝いて見える気さえいたしますな。
では、御免。
プチ
『……こう旅団の皆さんこんにちは! おとといの戦闘では、我らが大本営ご自慢の新兵器がお目見えしましたけど、手応えはいかがでしたか? ボロボロになって撤退しちゃった皆さん、落ち込んでませんか?』
ふむ、レイセンちゃんは今日も元気だのう。
『さっそく感想のメールが来ているようなので、ちょっと読んでみましょう。えー、ペンネーム「エース越前」さんから――
「宙戦も爆撃もこなす上に、こっちの宙戦専用機より強いなんて反則です。頑張ったけど結局撃墜されてしまい、基地まで歩いて帰るのが大変でした」
――もしかしたらエース越前さんは、あの戦闘機に最初に墜とされた地上人かもしれませんね。とにかく、ご無事のようでなによりです。
皆さんも、危ないと思ったら無理せずに投降してくださいね? 命なんて賭けたって賭けなくたって、戦争はいずれ終わるんですから。
そうそう、ご存知ですか? 月では敵をたくさん撃破した人だけじゃなくて、撃破されて帰投した人も勲章が貰えるんですよ。生きて戻ることも立派な仕事だと認められてるんですね―』
ネクタリス・レイセン。
月の大本営が地球人に向けて流している、いわゆる厭戦放送というやつだ。
敵である我らの戦意を萎えさせ、投降を誘うことを目的としているらしいが、聴く側としてはそんなことはどうでも良い。我らは皆、戦地における数少ない娯楽としてレイセンちゃんの語りを楽しんでいる。
敵方の放送に耳を傾けることについて地球のお偉方はいい顔をしないらしいが、ふん、知ったことか。くだらん理屈で兵士の楽しみを奪う前に、食堂の味噌汁に具の一つも入れろというのだ。
『ではもう一通、ペンネーム「バイク兵一号」さんからのお便りです――
「人参が嫌いなので、配給品のキャロットジュースを捕虜の兎の女の子にあげました。とても喜ばれて、あんたが偏食家で良かったわ、なんて言われました。月の兎もやっぱり人参が好きなんですか?」
――はい、もちろん大好きです。お風呂上がりに鮮やかな色のキャロットジュースなんかがあると、もう最高ですね。そんな時はしみじみ、月に生まれて良かったなって思います。あ、でも地上の人参もちょっと食べてみたいかなぁ……なんて、えへへ。
さて次の曲は、歌って飛べる猛禽アイドル、水地ローラの「もう歌にしか……
プチ
さ、出撃出撃……。
◇ ~少尉出撃中~ ◇
プチ
『……にたくさんの反響がありまして、届けられた人参ざっと五百本、キャロットジュース百ガロン! ご厚意、本当にありがとうございます』
いやはや、作戦会議が長引いてしまった。
危うく聞き逃すところであったわ。
『まあ、モノがその、立場上は敵である皆さんから送られてきた物なので色々と検査やなんかが面倒みたいですが、必ず頂きます。ええ頂きますとも。……さて今回は、人参のお礼の意味も込めて皆さんからの質問に……』
うむ、レイセンちゃんは今日も元気よのう。
『……で、「レイセンちゃんは軍人さんなんですか?」という質問をよく頂くんですけど、はい、私は軍属です。第三八九隠密強襲戦隊っていう部隊の副長をしてるんですけど、最近はDJの仕事が忙しくてなかなか任務にも参加できないんですよー。
ちなみにこの部隊のお仕事は、身を隠しながら敵前線のさらに内側まで侵入し、油断している地上人さんを後ろからズッキューン! と撃つ事です。リラックスしてラジオを聴いているそこのあなた、すぐ後ろに私の友達が迫ってるかもしれませんよ~?』
――――……。
思わず背後を確認してしまったではないか。
『もう一通いってみましょう。次は「バルカン霊×文」さんからのお便り――
「この前、冬の湖のあたりでナビが壊れてしまい、道に迷ってうろうろしていたら、小さな基地を見つけました。USAと書かれた旗があったので合衆国軍の基地だと思い、助けてもらおうと中に入ったら兎の巣窟でした。死ぬかと思いました」
――災難でしたね。バルカン霊×文さんが遭遇したのはおそらく「無番独立月兎隊」でしょう。百戦練磨のイナバだけで編制されたチームで、偵察に工作に要人誘拐、拠点防衛や包囲殲滅から果てはストリートパフォーマンスまで、ラビラビ言いながらなんでもこなす荒くれ集団です。出会ってしまった場合は迷わず逃げることをお勧めします』
……ふーむ。月にも豪傑がいるものよ。
『ちなみに私達も逃げます』
味方もかよ。
『さて、最近は月の歌をリクエストしてくれる人も多くて、ちょっと嬉しくなっちゃいます。次の曲はヒュペリオンで「Glory with the Moon……
プチ
さ、任務任務……。
◇ ~少尉任務中~ ◇
プチ
『……ースですよ大ニュース! バイク兵一号さんからこんなお便りが届きました――
「ここしばらくは仕事がちょっと暇で、捕虜の兎の女の子と会う機会がたくさんありました。それでその、色々な話をしながらお互いのことを知るうちに、いつしか二人は想い合うようになっていたのであります」
――キャー☆ 素敵でしょ? 素敵な話ですよねぇ』
ほぅ、地球人と月の兎がな。
一体どうなることやら。
『あ、まだ続きがあるんですよ。読みますね――
「この戦争が終わったら結婚しようと、二人で誓い合いました。自分勝手な理由かもしれないけど、今は早く平和が来ればいいと思います。そこでレイセンちゃんに質問なんですが、人間と兎って結婚できるんでしょうか?」
――なんというロマンティック。なんという兎の嫁入り。
ええ、もちろん結婚できますとも。実際、月の人間と兎が夫婦になることはたまにあります。お医者さんに相談すれば子供だってできますよ。敵味方の障害を乗り越えて、どうかお幸せになってください。
このラジオを聴いている皆さんも、月の都でお嫁さん探しをしてみませんか? 大本営はいつでも投降者を受け入れ、月の市民権を与える準備があります。さらに地上軍の火器や戦闘機、機密情報などを提供してくれた方には、豪華な邸宅や報奨金をプレゼント!』
――――……。
いかんいかん、一瞬考えてしまったぞ。
まぁどうせ拙者のような下っ端では、提供できる物なぞ軍用携帯食とケチャップくらいしかないわけだが……。
『……私のしている事は、地上人の総意には反しているのかもしれません。でも、皆さんに死んで欲しくないと思っているのは、本当に本当です。きっと私は、自分が軍属じゃなくても、この仕事に志願していたと思います。
月の人達はその、地上人をちょっと見下してるところがあるから、私達イナバが双方の橋渡しをするのは良い事だと思うんです。バイク兵一号さんのためにも、他のすべての皆さんのためにも、いつか月と地上が仲良くなれたらいいですね』
プチ
ううむ、つくづくレイセンちゃんは良い娘であることよ。
嫁に欲しいくらいだ。
さ、仕事仕事……。
◇ ~少尉弾幕中~ ◇
プチ
『りょ、旅団の皆さん、こんにちは。前回の放送についてはいつになく熱い反響をいただき、私としても、う、嬉しい限りで……』
はて、レイセンちゃんの声に張りがないような。
(あの、プロデューサー、やっぱりこれ読まなきゃ駄目ですか? ……はぁ、駄目)
うん? なにやら声が小さいな。
アンテナがいかれたか?
『えー、というわけで届いたメール、片っ端から読んでいきましょー……
「投降します。結婚してください」
「月の人間として生きる決心をしました。結婚してください」
「帽子とグローブと首輪と靴下と金の延べ棒をプレゼントするので結婚してください」
――は、はは。み、皆さんご冗談がお好きのようで。あはは……』
ほう、レイセンちゃんはやはり人気者よのう。
『……もっと読めって? えっと――
「この前、月の工場から奪った最強戦闘機を三機とも返すので結婚してください」
ほ、本気ですか? 私が言うのもアレですけど、ハンター三機って蓬莱人でも一生遊んで暮らせる額ですよ?
「バイクつきで投降するので結婚してください」
ちょwwwwwww婚約オワタwwwwwwwww』
今日のレイセンちゃんはいつになく元気だのう。
(……えっ? なんですかこのカンペ。読めって、これ何が書いて……ブーッ!)
ぬ、また音が小さくなった。
このラジオもいい加減に古いか……。
(や、やですよこんなの! いくらなんでも……えっ、帝の勅命? 逆らったら反逆罪で耳縛りと兎鍋の刑? そんなぁ……)
ごっすん。ごっすん。
こんなものは叩けば直るのだ。
『こ、ここでスペシャル企画~! いま投降してくれた地上人の皆さんの中から、抽選で一名様に、レ、レ……』
お、聴こえた聴こえた。
……レ?
『レイセンをお嫁さんとして、ププププレゼントしまーす! ぁゎゎゎゎ』
なんとな。
かつて兎は飢えた人を救うために我が身を差し出したというが、レイセンちゃんはそこまで我らのことを……。
『さらに、抽選で外れてしまった方にもダブルチャンス! 応募者全員になんと、レイセンのぱ、ぱ、ぱん……』
パン?
そういえば腹が減ってきたな。
『……うわあぁぁぁぁん! もぅやらぁ――――――っ!!』
うぉわっ!? ラジオが爆発しおった。
なんぞ激しい電波でも飛んできたのか?
しかし、これでは次回からの放送を聴けなくなってしまうぞ。
さて、どうしたものか……。
◇
少尉の懸念は取り越し苦労に終わった。
「ネクタリス・レイセン」は突如打ち切りとなったのである。
その後、「打ち切りはDJ不在のため」「レイセンが軍を脱走」「泣きながら地球の方に走り去る兎を見た」「レイセンちゃんと結婚した奴はいないのか」「せっかく投降したのに騙された」「つーかこのぱんつ誰のだよ」などの噂がまことしやかに月を駆け巡ったが、真相が明らかになることはついになかった。
◇
「あらウドンゲ、こんな所にいたの」
永遠亭の、中庭に面した縁側で、鈴仙はゆらりと声の主を振り仰いだ。
「あ……師匠。はい、少し前から」
「なにをしてたの?」
声の主――八意永琳は問いながら、鈴仙と並んで静かに腰を下ろす。
「月を、ちょっと」
「見てた?」
「見てたというか、聴いてたというか……」
漆黒の空に浮かぶ満月に視線を戻しながら、どこか淡い口調で鈴仙は答える。
永琳はその言葉にはてと首を傾げたが、
「……ああ、そういうこと」
頷いて、彼女もまた月を見た。
月の兎は波を操る。精神の波、光の波、有形無形のモノの在り方を左右する波動というものを、感じ取り、生み出し、制御する力を持つ。それは彼女達にとって最大の武器であり、とりわけ鈴仙・優曇華院・イナバには顕著な能力であった。
たとえばそれは、月面で発信されたラジオ放送を暇潰しに聴くことができる程度に。
「今はなにが聴こえるの?」
「歌ですね。ラジオの番組かなにかで……」
永琳が腰を浮かせて座りなおし、鈴仙にぴたりと寄り添う。
そして、一見すると甘えるような仕草で、自分の頭を鈴仙の頭にこつん、と押し当てた。
聴こえてきたのは、柔らかなメロディと歌声だった。
永琳の耳ではなく聴覚に、直接それは響いてくる。
「――あら? この歌知ってるわ」
「有名な曲ですからね。ずっと昔からあるみたいだし」
故郷と、旧い友と、今はそこから遠く離れた自分。
それらをかわるがわる思い起こす心を綴った、月の民なら誰でも知っている歌だった。
頭と頭を寄せたまま、しばし無言で聴き入っていた二人だったが、やがてどちらからともなく、その口が歌を紡ぎはじめる。
囁きに近い、静謐な声が、月の光とともに永遠亭の中庭を満たしてゆく。
虫の音は、もう秋のそれに変わっていた。
「……師匠、」
「なに?」
鈴仙は祈るように閉じていた瞳をそろりと開けて、
「大勢の人を見捨ててきて、なのに今、その人達が幸せであるようにと願うことは、偽善なんでしょうか……?」
再び、月を見る。
神酒の海。静かの海。冬の湖。熱の入江。
とうの昔に縁切りした懐かしき天上の地が、今も煌々と輝いている。
「――誰かの幸福を願った末の行いが、業を生むことはある」
すぐ耳元で、永琳が答えた。
「でも、それを願った心そのものは、決して咎められるべきものではないと、私は思ってるわ」
それが思想の自由というものよ――と永琳は結んだ。
鈴仙は短く頷いただけでそれ以上の言葉を返さなかったが、その顔には笑みが浮かんでいた。
一つの枷が外れたような、透明な笑みだった。
『さて、どんどんいきましょう。往年の名曲・名場面ベスト10000、続きまして……』
語るべき言葉は尽きたが、永琳は鈴仙から離れるでもなく、ただ漫然と流れる放送に耳を傾ける。
ラジオなんてそんなものだ。
『……ジオ番組にラジオ番組のリクエストが来るとは思いませんでした! というわけで次の名場面は、将兵合わせて五千人を我らが陣営に引き入れた伝説の厭戦放送、ネクタリス・レイ
ブツッ ピー……ザザー……
「あら? ねえウドンゲ、聴こえなくなっちゃったんだけど……」
「…………」
「……ウドンゲ?」
「…………すぅ……」
あらあら。
気付けば、永琳はすっかり鈴仙に体重を預けられていた。
受信のために立っていたその耳がへたりと寝そべり、安らかな寝息が永琳の頬をくすぐる。
「こんな場所で寝るには、ちょっと涼しい時季だと思うけどね……っと……」
永琳はゆっくりと姿勢を変えて、鈴仙に枕を提供してやった。
縁側で膝に抱くのは、猫であるとも限らないらしい。
「あら永琳、こんな所にいたの」
どこかで聞いたような台詞とともに、永遠亭の主が廊下から姿を見せた。
「ええ。少し子守りを」
声量を絞って、永琳が答える。
主もまた声をひそめて鈴仙の寝顔を覗き込み、
「酔ってもいないのにこんな所で寝ちゃうなんて、イナバはまだまだ子供ねえ」
「子供ですね」
「やっぱり女たるもの、プロポーズの一つや二つは蹴ってからでないと一人前とは言えないわ」
「あら、それではウドンゲはいつまで経っても未熟者ね」
「どうして?」
「ウドンゲが欲しいなどという不逞の輩は、私がみんな射抜いてしまいますから」
「まあ、永琳ったら恐いわ。うふふふふ」
「おほほほほほ」
「…………むにゃ……」
師匠と主に囲まれ、おそらくは世界一安全であろうその場所で、無防備に眠るうさぎのこども。
さよならした求婚者の数は、主のざっと一千倍である。
「……次の曲はぁ…………くぅ…………」
―終―
収拾は、いっそつけなくともよかったのではないかなぁ、と。
どうにもしっくり来ない感じが。
思わずデスクリムゾンネタに期待したじゃねーかwwww
イイ。そして誰のパンツだ。
ラヴィ。
こんなことさせられりゃぁそりゃ逃げるわなぁ…
ラストの纏めに難を感じましたが、懐かしさと「こいつらマジで戦争してるのか」と疑うようなのんびりした雰囲気にやられました。鈴仙可愛いよ。
しかしこの厭戦放送が続いていればと思うと惜しい気もします。
まったりした少尉ライフが非常に楽しかったです。
なんだかラジオを聴きたくなりました。
何やってるんだw
脱走にはこんな裏があったのかw
着眼点が意外ですし、パロディの使い方がまた絶妙です。短編ならではの良さが生かされていて、創想話をパパッと手軽に楽しみたいと云う欲求を満たしてくれる一作でした。
うどんげ可愛いようどんげ。そしてししょーが珍しくししょーっぽかった
パロディ沢山でもうお腹いっぱいです。ご馳走様!
でも元ネタのリリィちゃんの中の人は故人なんだよね・・・
ちょっとしんみり
座薬隠密強襲戦隊てw
ところで再放送は(ry
ネクタリス、ガンパレくらいしかわかりませんでしたが。
レイセンかわいいよレイセン。
スキマにもう一回侵攻するように頼むしか!
地味に猛禽アイドル水地にふいたwww
ウドンゲかわいいよウドンゲ!!!
失礼しました。
物語の中ぐらいは平和な戦争もアリですねw
かわいいですね
いや、本当にかわいいですね
かわいいですよね
パロがすっきりしており読みやすいです。
つーかウドンゲ逃げ出した理由がそれかよ!w