Coolier - 新生・東方創想話

霧雨魔理沙、最初の決闘

2007/09/07 08:55:24
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 霧雨魔理沙、最初の決闘



 初めて魔法を撃った相手は――実の父親だった。


 ×


 家の屋根が吹き飛ぶのを見た。自分の家である霧雨店だ。だけど、今はもうなくなってしまった。一ヶ月かけて作った最初の魔法で、跡形もなく吹き飛ばしてしまったからだ。
 そして私は逃げ出した。手作りの箒にまたがり、人間の里を飛び出した。
 どうしてだろうか、と今でも思う。どうして私の父は、家族は、周りの人間は、私が魔法に興味を持つことを嫌ったのだろうか。誰も、その理由は教えてくれなかった。
 きっと――あくまで予想程度だけれども、里の人間は、かつて魔法使いからひどいことをされたのかもしれない。宿場の方では妖怪の姿だって多い幻想郷でも、私の里はとても閉鎖的であり、妖怪の方だって滅多に近づいては来ない。平気で入ってこれるのは、人間と姿形の変わりがない魔法使いぐらいだろう。
 理解がない。
 こっちも、向こうも。
 だから私は周囲を押し切り、家を飛び出すことにした。結果として、かつての自分の家ごと父親を吹き飛ばすことになった。
 後悔はしていない。
 しちゃいないさ、あんな父親。あんな家族。あんな故郷。
 私は霧雨魔理沙。黒と白の魔法使いだ。魔法使いという生き物は、人間がどれだけ死のうとも気にしない。人間よりも優れた頭脳を持ち、知識があり、寿命を延ばし、ありとあらゆる魔法を操る。
 魔法使いになって、一番最初にやることは決めていた。

 それは、幻想郷で一番強い奴を倒しに行くことだ。


 ×


 懐中時計で確認したところ、里を飛び出してから二時間近く経っていた。
 箒にまたがっているだけなのに、どうも体全体が痛くて怠い。里にいた頃は隠れるように箒の練習をしていた。これだけの長距離飛行は初めてだった。
 目的地は目前に迫っている。
 博麗神社。
 この幻想郷と外界を遮断する博麗大結界。それを管理している巫女が、あの神社には住んでいるらしい。聞いた話によると、どれだけ恐ろしい妖怪であっても、あそこの巫女には頭が上がらないとか。
 話は単純だ。
 妖怪よりも強い巫女を打ち負かせば、この幻想郷で恐れるものなどなくなるはず。住む場所なんてのは後で探せばいいさ。いっそ、妖怪の里に殴り込んでやろうか?
 鳥居の上を飛び越し、落ち葉の溜まった石畳に着地する。小さな風が舞い起こり、落ち葉がふわりと舞い上がった。
 ここの巫女は掃除をしないのだろうか。きっと、妖怪退治で忙しいのかもしれない。
 見回す。
 神社は閑散としている。境内で遊ぶ子どもの姿どころか、そもそも巫女の姿が見られない。神主の姿はどこだ? 客が現れたら真っ先に飛び出てくるもんじゃないのだろうか。
「たのもー、たのもー」
 神社のど真ん中で大声を上げる自分。
 返事をしないくせに、大口ぽっかりと開けている狛犬がまぬけである。
 留守なら留守で、こちらにも考えがあるの。せっかく神社が目の前にあり、しかも賽銭箱がドンと置いてあるわけだ。こいつをかっぱらわない理由はない。
 ……などと思って賽銭箱に手を出すと、唐突に本殿の障子が開いた。
「なぁに? 賽銭泥棒?」
 賽銭箱の影から見上げると、そこには御幣帛(ごへいはく)を持った巫女が立っていた。神に仕える身でありながら、へそだしルックたぁ、巫山戯た奴である。
「その通り。賽銭泥棒だぜ」
 と、私は答えた。
 すると博麗の巫女は、
「賽銭なんて好きなだけ持っていけばいいわ。ただし、その倍額のお金を置いていきなさいよ」
 私の頭を変な棒で払い始めた。
 かなりうざったかったので、私は御幣帛をひっつかみ、遠くへ投げ捨てた。
「だけど賽銭は後回しだ。私はあんたを倒しに来たんだ」
「決闘ね」
「決闘? どういうことだ」
 私も巫女も、双方が挑発に乗らなかった。
「人間も妖怪も、それから魔法使いも、全てが平等に喧嘩できるルールを考えたのよ。それがスペルカード決闘法」
「……詳しいルールは?」
「自分の必殺技に名前を付けて、お互いにぶつけ合うの。三度の被弾でゲームオーバー」
 ひねくれた笑いがこみ上げてきた。
 家一軒吹き飛ばすほどの威力を持つ私の魔法。それを、この巫女が三回もくらって生きていられるようには思えなかった。ルールであれば、もっと制約するべきことがあるはずだろう。
 たとえば――相手を殺してはいけない、とか。
「それでいい」
「そう? 最初に使う私のスペルカードは霊符『夢想封印』よ」
 と、必殺技の名前を言う巫女。
 けれども、名前を聞いたくらいではスペルカードの内容がつかめない。
「なぁ……、初戦なのにスペルカードの名前を発表する意味なんてあるのか?」
「あるわよ。次に戦うとき、きっと役に立つでしょう?」
 次なんてない、と心の中で言う。
 新参者の魔法使いだからって馬鹿にしてやがるな、こいつは。
「で、あんたのスペルカードはなに?」
 聞かれてから、そういえば魔法に名前がなかったことに気付く。そもそも拾った魔道書に書いてあったインチキ魔法だ。閃光のエネルギー源はお化けキノコ。てっきり魔法なんていうのは、体内のパワーを放出するものだと思っていたのだが。
「そうだな……私のスペルカードは閃符『スパーク』だ」
 このスペルカードの名前を冥土のみやげにしてやる。
「スパークね。ずいぶんと単純そうだけど」
 博麗の巫女はそうつぶやき、石畳を蹴って宙に浮き上がった。跳び上がったなんていう、重力に縛られたような動きじゃない。箒で空を飛んでいるときですら、まだまだ地面へ引っ張られているような感覚がある。だというのに、こいつは悠々と飛んでいる。
 箒にまたがり、私も神社の上空へ。
「こんなところで戦って良いのか? 下手すりゃぁ、神社が丸ごと吹き飛ぶぞ」
「吹き飛びゃぁ、あんたに修理代を催促するまでよ」
「上等っ」
 道具入れの鞄から、スパークを起動する符(奴の表現を借りるならばスペルカード)を抜き出す。人差し指と中指ではさみ、手首のスナップをきかせて投げつける。
「閃符――」
 投擲されたスペルカードは、一瞬のうちに黄金の輝きをまとい、撃った私ですら恐れるほどの熱を放出した。
「スパァァァァク――――ッ!」
 視界がまばゆい光で埋め尽くされ、思わず私は目を閉じた。
 当たった。
 それは間違いない。
 視界を埋め尽くすほどの熱線だ。
 なのに、
「低速移動、グレイズ、貼り付き」
 どうして耳元で巫女の声がする?
「ほぉら」
 こめかみに衝撃。
 なんか固いものでぶん殴られた。鈍く痛い。頭がガンガンする。
 空中で体勢を立て直す。
 博麗の巫女は、真っ赤になった手のひらをパタパタしていた。
「それ、被弾ね。グーでやるもんじゃないわ」
 やっとのことで、巫女はスペルカードを見せる。今度は奴のターンか。
「霊符――夢想封印」
 発動と同時に、巫女の体から五色の光の弾が吹き出す。五色の光は私の方に向かって飛んでくる。だが、弾自体が大きくもなければ、弾速が速いわけでもない。
 避けられる。
 巫女を視界に据えたまま、空中サイドステップで光の弾をかわす。相手はがら空きだ。今度こそスパークを叩き込んでやろうじゃないか。
「――集」
 博麗の巫女が何かを口ずさむ。
 その瞬間、避けきったはずの光弾が軌道を変え、私の方に向かって追尾してくる。
「どうなってやがる」
 一旦、急上昇して弾を引き離してみる……が、五色の光はなおも軌道を変えて追いかけてくる。これじゃぁ、頭の弱い妖が撃ち殺されて当然だ。
 踵を返し――急降下。
 地面ぎりぎりまで光の弾を引きつけ、すれすれで切り返せば避けきれるはず。五色の光は地面に大激突して、私はそのまま巫女に突撃できるって寸法。
 垂直落下は続く。あと三秒の我慢。地面が有り得ない速度で近づいてくる。
 顔面から突っ込めば確実に死ねる。
 馬鹿な。
 肉親すらも吹き飛ばした私が、自分の命の危険を恐れると?
 箒の鼻先を起こす。
 五色の光は石畳に衝突して霧散。私の方は膝をこすったものの、こいつは被弾したわけじゃないからノーカウント。スカート破けたのは仕方ない。
「――散」
 しかし、
「そう簡単じゃないわ」
 石畳をぶち破り、地面の下から光弾が沸き上がってきた。
 直撃は避けられない。吹っ飛ばされる。ガキの頃、暖炉で火傷した時と似ている痛み。
 石畳の上を転がり、鳥居の根本に頭をぶつける。
 このままじゃ狙い撃ちされる。
「箒が――」
 頼みの箒が手元にない。どうして手を離したりしたのかと自分を責めたくなる。
「あっ……」
 空を見上げると、博麗の巫女がスペルカードを構えていた。
 スペルカード同士の激突なら、私の方が攻撃力が上のはずだ。カードを抜き取り、博麗の巫女に向かって投擲。網膜が焼き切れようと、今度は目をつぶったりするものか。
 二度目のスパーク。
「消し飛べ!」
「どうかしら?」
 目を疑う。
 博麗の巫女に衝突する直前で、スパークが弾かれている……ように見える。
 まさか、まさか。
 ちりぢりになった閃光の隙間に、私を見つめる巫女の姿が見える。これだけの熱量を持つ魔法を、たったの結界一つで防御している。
「結界は博麗のお家芸よ」
 閃光がはじける。スペルカードが燃え尽きる。
 直撃しても結界には勝てないってか、化け物め。私は全身傷だらけだっていうのに、巫女の服には焦げ目すら付いていない。
 博麗の巫女は、なぜかスペルカードを引っ込める。
「ギブアップ? 単なる家出だったら、弾幕がトラウマ化しないうちに帰った方が良いわ。痛かったら泣いて良いのよ?」
「巫山戯るな。次はぶち殺す」
「少々気が触れてるくらいじゃなきゃ、人間は他者を殺せないわ」
 立ち上がれ。
「私は人間じゃない。魔法使いだ。もう一人、殺してる」
「誰を?」
「父親だ」
「…………そう」
 おしゃべりが急に押し黙る。
「宝具――陰陽鬼神玉」
 展開されるスペルカード。博麗神社の上空に出現したのは、
「鉄、球?」
 影に覆われる。大きい。神社の敷地を丸ごと潰しかねないサイズ。空が鉄球で埋め尽くされている。だが、全力で逃げれば避けられる。いや、箒が手元にない。
 立ち上がれ。
 どうした、私。でかいだけの鉄球がそれほど怖いのか? 腰が抜けているだと、どうなってる。こっちもスペルカードを使えば……もうないじゃないか。弾切れだ。もっと真面目に材料を集めていれば良かった。いやいや、一発目で確実にしておけば。
 立ち上がれ、私。
 立ち上がれ、霧雨魔理沙。
「巫山戯るな」
 しかし、思う。
 私の魔法に打ち砕かれた父は……もしかしたら、今の私のような感情を持っていたのではないのだろうか。人間離れした能力を目前にして、自分という人間のちっぽけさに気付いたのではないだろうか。そして、生きる術を失ったのではないだろうか。
 即ち、死の感覚。
 私は理解する。
 この巫女は、私という人間とは比べものにならない化け物であると。
「助け――」


 ×


「魔符――アーティフルサクリファイス!!!」

「間一髪とはこの事ね」

「人間の魔法使い相手に本気出しちゃって」

「寸止めよ、寸止め。殺すつもりなんて無かったわ」

「それにしては、ずいぶんと必死に見えたわ」

「道徳は暴力で正さないと」

「やっぱり私が来て良かった。あのね、霊夢――」


 ×


 目が覚めたら知らない天井だった。知らない布団だった。知らない寝間着だった。
 隣には博麗の巫女がいて、破れた私の服を縫っていた。
 ここは神社の中だろうか。畳。ちゃぶ台。巫女の居住スペースか。
「霧雨魔理沙」
 と、巫女は私の名前を呼んだ。
「目が覚めた?」
「どうして私の名前を知ってるんだ」
「ブラウスに名前が書いてあったわよ。少女どころか、まったくの子どもね」
 顔が熱くなる……のは、こいつにこめかみをぶん殴られたからだと信じたい。
「名札を外しておいてくれ」
「はいはい」
 鼻先まで布団に沈める。
 なぜだか懐かしい匂いがする。母の匂いだ。忘れかけていた匂いだ。どうして、この巫女の布団から母の匂いがするのかは分からない。
「どうして殺さなかった」
 巫女は針仕事の手を止めた。
「殺人者を放っておくほど、幻想郷の正義は温くないはずだ」
「どうして父親を手にかけたの?」
「私が魔法使いになるのを反対したからだ」
「それだけの理由で」
 あんたにしてみれば、たったそれだけの理由だろう。しかし、私にとっては自分の人生に関わる大問題だったのだ。胸の底からわき起こる感情を抑えきれなかった。
 でも、今なら分かる。
 私は自分のわがままだけで人を殺すような、最低なガキだ。
「最悪だ。ひと思いに殺してくれれば良かった」
 巫女は針仕事を続ける。スカートにあて布を施し、黒い糸で縫いつける。他の縫い物はすでに終わっているのか、すぐ脇に畳んでおいてある。
 ずいぶんと長い間、気を失っていたのが分かる。
 スカートを畳んで置くと、巫女は私の枕元に寄ってきた。
「あなたを罰そうとしなかった理由はただ一つ」

 ――あなたが殺人者ではないから

 私は耳を疑う。
 思わず、布団をはねのけて起きあがった。
「馬鹿な――殺したはずだ」
 閃光の魔法によって、親父は店ごと吹き飛んだ。
「じゃぁ、霧雨さん。あなたは父親の死体を自分の目で見たの?」
 見てはいなかった。
 スパークで吹き飛ばした瞬間、まばゆい光に耐えられず目をつぶっていた。そして、死体の確認もせずに飛び出した。
「霧雨さん。あんたが目を背けたかったのは、閃光魔法の輝きからじゃない。自分の父親の死だったんじゃないの?」
 それで、私は人を殺したつもりになっていた。
「それにね、霧雨さん。……どこの誰だかは知っても知らなくても関係ないか。あんたの父親を守ってくれた人がいたのよ」
「お、親父は死んでないのか?」
「通りすがりの魔法使いが、命を救ってあげたらしいわよ。誰がとは言わないけど」
 かつて魔法使いの被害に遭い、魔法使いを嫌うようになった里の人間。その子どもが魔法使いになろうと里を飛び出し、説得しようとして魔法に撃たれ、しかし魔法使いに命を救われる。
 なんという皮肉だろうか。
 誰に対しての皮肉だ?
 私だ。
「あっ――」
 涙が。
「う……うぅ…………」
 涙が止まらない。
 泣き声を我慢できない。
 私の体を抱きすくめる博麗の巫女。
 誰が抱きしめてくれと言った。
「これで安心して魔法使いになれるわね」
 誰も抱きしめてくれなんて頼んでないのに、さっきまで決闘をしていた相手だというのに、どうして博麗の巫女はこうも暖かいのだろうか。
 私は頷いていた。
「……よかった」
 そして彼女の体を抱きしめ返した。
「誰も死ななくて、よかった……」


 ×


「で、これからどうするわけ?」
 博麗の巫女が尋ねて、私は即答した。
「住む家を探すところからだな」
 博麗神社の境内は、相変わらず落ち葉の積もるさびれた場所だった。しかし、今は私と巫女の二人がいる。紅白と黒白が一度に揃うだなんて、なんという縁起の良さ・悪さだろうかね。
 決闘中になくした箒であるが、神社の裏手にある沼に突っ込んでいたのを見つけた。軸が折れていたために新調。私の怪我を治すより、新しい箒を作る方に時間がかかってしまった。
「それと、親父を守ってくれた魔法使いも探さないとな」
「魔法使いもピンからキリまで色々いるわよね。探すのは苦労するんじゃない?」
 この巫女、探し人の正体を知っているはずなのだが、なかなか教えちゃくれない。これも強い魔法使いになるための修行だろうか。さしずめ、今の私は見習い魔法使いってところか。せめて普通の魔法使いを名乗りたい。
 箒にまたがって空へ。
「行くぜ」
「行ってらっしゃい」
 そうそう。
「そういえば、あんたの名前を聞いてなかったな。博麗の巫女ってのは、ちゃんと名前があるんだろ?」
「さすがに名前くらいあるわよ。私の名前は博麗霊夢。霊夢で良いわ」
「なら、私のことは魔理沙って呼んでくれ」
 霊夢は大きく手を振った。
「行ってらっしゃい、魔理沙」
 こちらも大きく手を振り替えし、一気に高度を上げた。

 さて、これからどこへ行く?



[ to be continued = >




 この後、魔理沙は七色の人形遣いと出会うのだが、それはまた別のお話。

 ×

 伏線を回収しきれず。
 バレバレではあるけれども、魔理沙の父を守った魔法使いの正体とは?
 里の人間と魔法使いとの間にある確執とは?
 などなど。
 その辺は、暇だったら後編を書きます。

 ×

 この作品は本家の設定、旧作の設定、およびメジャーな二次設定を守っていません。
 また、魔理沙がまだマスタースパークを習得する&八卦炉を手に入れる前の話です。
竜之介
http://www.geocities.jp/hagi_inthesky/touhou/maritaku.html
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