Coolier - 新生・東方創想話

霧雨、憂いを振り払って

2007/09/05 01:33:00
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いつに無く、と言うのが正しい表現なのだろう。


読書が進まない。


別に霊夢や魔理沙が居て何をしているという訳でもないし、ましてや客人が居る訳でもない。
今日は特にすべき事も無いし、したい事も無い。
ただ、一つ。





音と呼ぶにはあまりにもはっきりとしない何かが耳を撫で、色と呼ぶにはあまりにも薄すぎる何かが目の前の森を覆う。
それらがこの中に降り注ぐ事は無いと分かっている筈なのに、何処からか漂う湿った空気はそれを否定しているように感じさせ
(まるで、この中にも降ってきているみたいだな)
少しひんやりとした空間が閉塞感を強調し、それを目に訴える灰色の世界が心まで冷やしているかのような感覚に捉われる。



雨。



(嫌いじゃないんだけどな)
天気が運んできたか陰鬱な気分を払うように本に視線を戻すと、今度は紙に触れた指がひどく儚いものに触れているというだけで、訳の分からない罪悪感を伴った感触を意識に伝えてくる。
意識が逃げを打つかのように、或いは、無意識が助けを求めるかのように、古びたサイドボードに手を伸ばすが、盆に置かれた湯呑みも冷め切って二刻は経とうかといった風だ。
(流石に僕も人の子か)
こんな気分になるのは何年振りだろう。
読書を諦め、かと言って水煙草などで気を紛らわす気にもなれず、無気力なまま背もたれに体を預ける。


椅子の軋む音。


それ以上は何をする気にもなれなかった。ただ、視線だけを窓の外に向け、眺めるだけ。


柔らかく、儚げ


絹?  ………いや、もっと



          ……………霧





一つの、いや、二つ、三つ、四………
無数の鮮やかな光が窓の外に落ちて、ふと、それに見入る。
どれも地面に届く前に消えてしまうのだが、ここからは見えない所にも降り注いでいるらしいそれは、誰かが無造作に撒きながら空を飛んでいるようにしか見えなかった。
考えるまでも無い。もう何年も目にしてきた光。
心地良い静寂を破り、騒動と厄介を運んでくる光。

今、僕が

「香霖、もしかしなくても居るんだろ」
考えを終える前に挿まれる声。
動作自体は静かであるにも関わらず騒々しい空気を伴って、モノトーンに身を包んだ少女が入ってくる。
何処か儚げな印象すら受ける綺麗な高音を、まるで似つかわしくない言葉に変えて。
その服装が普段以上に重苦しそうに見えるのは、雨の所為。
帽子など、まるで今日は元気が無いように見える所為で、それを着る人間とのギャップが面白いくらいだ。
「魔理沙か」
その言葉が自分で白々しく感じられたが、敢えてそのまま口にしてみた。どうせそれが魔理沙に通じる訳ではない。
「僕なら居ないよ」
「じゃあ、ここに居る香霖じゃないお前は一体誰だ?」
「今日は休業日なんだ」
「何を言っているんだ香霖。人生に休業日は無いぜ」
「たまには休みたくもなる。今日は何だかやる気が出なくてね」
その言葉に、魔理沙は開け放してあったドアを閉め、
「死ぬ気か香霖? それにはまだ早い。少なくとも私が死ぬまでは待ってな」
既に彼女の定位置と化して久しい、埃を被った壷の方へ向かって歩き出す。
「魔理沙」
「大丈夫だ。忘れている訳じゃない」



服に付いた水気を払い、帽子を壷の脇に置き、戻ってきた魔理沙は霖之助の元に来る。それを目だけで捉える霖之助に
「死ぬ気が無くても死ねそうだな」
「だから言ったろう。今日は休業だって」
返事の代わりに微かな笑みを残して、魔理沙は湯呑みと急須の乗った盆を持って戻って行く。
「…ああ、すまないね」
こんな事を言うと、「珍しいな」なんて言われるのかな。口にしてからそう思う。そして案の定、
「珍しいな香霖。 …気にするな、いつもの事だ。それに」
「?」
「お前は私を呼んだろ?」





供された時点で飲み頃になっていた緑茶が内から体を温め、有り余った熱が心まで温める。そんな感覚に、体の緊張が解ける様を感じる。
何故か、生き返るという言葉が脳裏を過ぎった。
「香霖、何かあったのか?」
そんな霖之助を見て、魔理沙が言う。
「いや、別に何も無いよ。ただ、今日はやる気が出ないだけだよ」
「風邪の引き始めか? 気を付けた方が良いぜ」
「そういう訳じゃない。僕の体は人間より丈夫なんだ」
その返事を聞き、魔理沙は何かに納得したかのように、
「そうか」
霖之助の元に寄る。
それが不思議と不安を感じさせない動きだったものだから反応出来ずにいると、魔理沙は目の前まで来たところで後ろを振り返る。
「な…んっ」
霖之助に背中を向けている魔理沙が、そのまま眼前に迫ってきた。
アリスと比較しても遜色の無い、綺麗な金髪が霖之助の頬を撫で、直後、見た目ほどには無い体重が霖之助の腿に乗る。
「今日は私も何かをするのはやめだ。何もしない事にする」
「待ってくれ魔理沙。これじゃ僕が動けないじゃないか」
「何だ香霖。やる気が無いんじゃなかったのか?」
「だからって全く身動きを取らない訳」
「だったんだろ? ……いいんだよ。安心しな、私は意外と軽いんだぜ」
「もう魔理沙が乗っているんだから、知らない訳が無いだろう」
「ならいいだろ?」
そう言うと、魔理沙の体が右に傾き、
「魔理沙?」
倒れそうになる魔理沙を両腕が抱き留める。

魔理沙の鼓動が手に伝わって、霖之助の鼓動が魔理沙に合わせようとしている気がした。そこに柄にも無く気恥ずかしさを覚えるのだが、それを後押しするかのように、魔理沙が真っ直ぐな視線を向ける。
「言ったろ? 大丈夫だって。…安心しな、もう冷たくはないだろ?」
それを聞いて、霖之助は椅子がいつの間にか温まっている事に気付く。
(なんだ。そういう……)
椅子の温度と魔理沙の体温を感じ、そこに感じた言い様の無い安堵を隠すように霖之助が言う。
「間違っても椅子は燃やさないでくれよ」
「コントロールは完璧だぜ」
諦めにも似た表情を浮かべ、溜息を付く。



それから魔理沙が眠そうな表情を浮かべ、挙句そのまま寝息を立てる迄には時間は掛からなかった。
腕の中で眠る白黒を眺めると腕の筋肉の心配をしたくなってもくるのだが、夕方までは大丈夫だと思う事にしよう。

そんな事を考えるうち、霖之助にも眠気がさしてくる。
(まあいいか、ここは寝てしまおう。しかし……)
腕の中には、眠れる森の魔女。





(………もし起きたら、その時考えるか)
静かに優しく、まるで霧を包むように、魔理沙を抱き寄せる。
お初にお目に掛かります。
ここに限らずSSの投稿が初めて、しかも知識も技術もほとんど無い中、勢いだけで書いた作品ですので、至らない所も多々あるかとは思いますが、お読みいただけると幸いです(あとがきで言う事ではない)。

魔理沙と香霖はロコツな関係じゃなくて少し素っ気無いくらいが丁度良いかとか
魔理沙は気分次第で弾幕ではない☆を撒き散らしながら飛んでると良いなとか
香霖も半分は人の子だからたまには感傷的になっても良いかとか
この二人だったら魔理沙がやや優位に立つのかとか
すると香霖は少し弱腰になるのかとか
そんな事ばかり考えてました。駄目すぎる。
しかし、魔理沙と香霖は良いものだ。単体でも、そうでなくても。大好きです。

今回、自分のイメージを優先させたために、自分で見返しても「キャラ違わね?」的な部分がありますが、そこはご愛嬌という事でどうか一つ。

もし次があるようなら、次は予習をしっかりしてきます。
今回はお読みいただき、ありがとうございました。
傷と顎鬚
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コメント



0.1100簡易評価
1.100ピースケ削除
うほっ、いい香魔理
良い味出してるな二人とも
16.80名前が無い程度の能力削除
ほのぼのしている雰囲気の作風、とても私の好みです。素晴らしい
17.80名前が無い程度の能力削除
悪くないけど、何故霖之助がこのような状態になったのかが欲しい
次回作に期待してます。頑張って下さい。
18.80名前が無い程度の能力削除
なかなかいい。
何をするでもない二人の関係がいい