Coolier - 新生・東方創想話

メランコリック 後編

2007/09/04 08:51:13
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 ―――可哀想に。アナタはこんな所で一人漂っていたのね。花にも寄らず、全てを疑いかかって、何に頼る事もなく、
ずっとそうして居る気なのね。無理強いなんてしないわ。私に牙を向けるならば向けても良い。それでアナタの気持ち
の一つでも救えるなら安いものよ。

 ……そう。ではこれをあげる。気に入ったかしら。本当はあの子をあやそうと思って持って来たのだけれど……。構
わないわよね。私にはこれくらいしか出来ないの。許して頂戴。次の生は幸福な生である事を、願っている。
 
 左様なら。また来世で。





 三、暗転





 物事、何でもやってみるものだと感心したわ。つまり閻魔が言いたかったのはこういう事だったのね。私に必要だっ
たのは思いっきり。何でもまず疑ってかかって相手を信用しない、裏切られるのが怖くて鈴蘭畑に篭っていた私のなん
と視野の狭い事か。

 昨日の出来事は、私が生きて来た中で一番嬉しいものだった。霊夢は真剣に私の話を馬鹿にせず聞いてくれるし、協
力もしてくれると言っていた。利害が見えてこそ当たり前の付き合いが出来ると思い込んでいた私は、ちょっと永遠亭
の面々に毒されていたのね。毒人形なのに。

 私は縁側でスーさんと西瓜を齧りながら、笑う。この水っぽい食べ物の何処がおいしいのかは解らないけれど、霊夢
はおいしそうに食べていたし、私もおいしそうに食べる。まず人間を理解しなくっちゃいけないから。だから同じモノ
を食べて、同じ空間で生活するのも悪くない。

 それに、霊夢は私を邪険に扱わないし、本当の友達だと言ってくれたし。友達。そう、友達。友達って言葉を口にす
るだけで嬉しくなれるなんて知らなかったわ。信頼関係の上に成り立つ、気心の知れた仲間。見返りを求めたりはせず、
相手を思いやったり、面白おかしく笑ったりする関係。

 霊夢はまだ人形の人権を認めてくれるとは言わないけれど、今までに比べたら相当の進展だ。こうして一人二人と増
やしていけば……そう、せめて、もう少し人形が丁寧に扱われる日が来ると思う。簡単に打ち捨てられる事もない、人
形の、道具としての最上級の扱いをして貰える筈。

 物事には順序が必要だと霊夢も言った。だから最初はそこを目指そう。みんながみんな人形を大切にしてくれる世の
中を作ってから、人形の自由を訴えよう。私ならきっと出来る。私には友達も居るもの。一人じゃ出来ない事だって、
友達が居れば出来るもの。

 それに、心強い。
 私は、こんな心強いものを持った覚えが無い。一人じゃないって、素晴らしいと純粋に思うわ。

 「霊夢」
 「……何かしら」

 汗をかいて暑そうにして現れた霊夢に声をかける。何かちょっと考えているみたいで、反応は鈍い。

 「アリス何某、こないわね」
 「アリスマーガトロイドよ」
 「怖い人かしら?」
 「変な人よ。パッと見人形みたいで可愛いけど、意外に好戦的だし」
 「そうなの?」
 「久しぶりに逢ったからって弾幕勝負始めるのよ、あの子」
 「でも、嫌いじゃなさそうね?」
 「うぅん。まぁ、一応旧知の仲と言うか、腐れ縁と言うか、茶のみ友達と言うか」
 「霊夢の友達なら、私の友達の友達ね?」
 「遠いわね。まぁ、そうなるわ」

 ここで待たせてもらっている本来の目的も忘れたりはしない。人々に人形の大切さを説くのも大事だけれど、目下こ
の人物にちゃんと人形敬愛論を説かなきゃいけない。

 「その人は人間なの?」
 「元は……何だっけ。妙に記憶が曖昧だけれど、まぁ人間じゃあなくて種族魔法使いよ」
 「やだ、外道じゃない」
 「外道そのものの貴女が言うと滑稽ね」
 「真っ当な話が通じるのかしら?」
 「真っ当じゃない貴女が言うと滑稽ね」
 「もう、霊夢ったら本当に人形に優しくないわね」
 「だから、私は人形を愛でる感情はあっても人としては扱わないわよ。貴女以外」
 「まぁいいわ。いつかちゃんと言論で叩き伏せてあげるから」
 「最早洗脳ね……」

 霊夢は私の隣に座ると、お盆の西瓜を手にして口に含み、種を庭に飛ばせてみせる。乙女がちょっとはしたないのじ
ゃないかしら? とは思ったけれど、少し面白そうだったので私も真似する。あ、意外と面白いわ。

 「あ、とんだとんだ」
 「むっ」

 私の方が遠くに飛ぶ。霊夢はそれが気に入らないらしく、四分の一カット西瓜をモシャモシャ頬張り、機銃の如く飛
ばせて見せた。その内数発が私よりも遠くに到達する。霊夢はふぅと一息ついて、私に流し目をして勝ち誇った。

 けど私も負けない。

 「ぷぷぷっ」
 「……な、なんでそんなに飛ぶのよ」
 「へっへぇ」

 取り敢えず恥じらいは捨てて、私もムキになる。飛ばした三発は見事に三発とも新記録更新した。肺活量の問題かし
ら。だったら霊夢、勝てないわ。貴女人間だもの。

 「……ぷぷぷぷっ……ぶっ」
 「あひっ」
 「うわ、なんか湧いたわ、霊夢っ」

 霊夢が負けじと、改めて種の掃射を開始した直後……信じられない事に目の前から何かが湧いた。この暑い時期に派
手な服を着て、手には日傘を持ってる。頭にはモブキャップを被っていて、一見するとちょっと危ないヒトかもしれな
いけれど……ヒトじゃあないみたい。

 スキマからにゅるっと出てきて、そのヒトは霊夢に向かい、何処から取り出したかも解らない西瓜を丸々一個投げつ
けた。霊夢は慌ててそれを受け取ると『何よ』と言って睨みつける。

 「この八雲紫に西瓜の種を吹きかけたのは……貴女が二人目よ霊夢」
 「他に居た事にまず驚きだわ、紫」

 紫と呼ばれた人物は霊夢からハンカチを受け取って顔を拭き、青筋だった顔を気だるそうな顔に戻す。何事もなかっ
たかの様に縁側に腰掛けてから、霊夢にお茶を出すよう命令した。

 ……霊夢もハイハイと聞いて台所に消えてしまう。このヒト、何者なのかしら。危ないって言えば危ないかもだけれ
ど、顔を見ればどう悪く言っても美人以下とは表現出来ない。このヒトを容姿で蔑む者がいたとするなら、きっとその
ヒトは顔どころか心まで醜いのね。

 「私の顔に何かついているかしら、メディスンメランコリー」
 「西瓜の種がついてますわ」
 「あらやだ」
 「ところで、何故私の名前を知っているのかしら?」
 「貴女は意外と有名人よ。物事の節度を知らなくて、まだまだ智慧の浅い新参妖怪って」
 「前の私なら何を、と怒るところだけど、もうしないわ。心当たりがありすぎるもの」
 「学習するようになったのね、偉いわ」

 扇子をパタパタと扇ぎながら、紫と呼ばれた女性はクスクス笑う。仕草の一つ一つが様になっていて、垢抜けてる。
こんなのをなんて言ったか。確か、瀟洒だったかしら。それにこの女性は、怖い。けど、怖くない。鈍感な私が気付く
程の力があるヒト。過去に逢った事のある人物で言えば、八意永琳なんかがそうだった。

 でもこの女性は……八意永琳ほど解りやすくない。全体的に含みが多すぎて、怖いって事も何処かに包み隠されてい
て、曖昧。そうだ、まるで風呂敷で包んだ包丁ね。形は解るのだけれど、その状態じゃ思ったより怖くないって。

 「私は八雲紫。ゆかりんで良いわ」
 「ちょっと恥ずかしいわ」
 「そう、なら呼び捨てで構わない」
 「じゃあ、紫でいいわね」
 「えぇ。貴女はなんて?」
 「メディで良いわ」
 「そう。じゃあメディと呼ぶわ、メディ」
 「ねぇ紫。貴女は、強いのね?」
 「……解るの?」
 「えぇ。何となくだけれど」
 「その通りよメディ。私はこの幻想郷の結界を維持する妖怪の一」
 「八意永琳から結界の事は教えて貰ったわ。じゃあ貴女はここの神様なのね」

 「そこまで尊敬してくれる妖怪もあった事がないわね……やっぱりゆかりんで良いわ。何が欲しい? 大概のものは
出してあげれるわ。さ、遠慮なく」

 「ゆかりぃ……アンタ、何メディご機嫌取りしてるのよ」
 「良いじゃない。最近は式だって私の事尊重してくれないのだもの……はぁ。ゆかりん悲しい」
 「元気を出して紫。霊夢はちょっと口が悪いだけなの」
 「まぁ、聞いた霊夢。この子、人形なのに良く出来た子だわ。ほらおいでなさいな。ほらほら」

 紫は自分の膝をぽんぽんと叩いて私に座るように言う。流石に恥ずかしいけれど、したたかな私はそれに応じてみる
事にした。何せ神様ですものね、味方につけていて悪い事なんてないわ。

 紫の手が私の体に回される。私は小さいから、大きな紫にすっぽり埋まる形になってしまう。
 ……なんだろう。もし、私にお母さんが居たら……いえ、人形ですもの、居る筈ないのだけれど……もし、もしよ。
もし居たとしたら、きっとこんな気持ちになれるのかもしれない。

 ちょっとあっついけれどね。夏だから。けど、そんな夏の暑さとは違う温もりを、私はこの女性から感じられる。私
は思わず仰け反って、下から紫の顔を見上げる。紫は何故か嬉しそうで、私を否定する素振りなんか微塵も見せない。
毒を抑制しないと妖怪だって爛れさせてしまう毒人形の私を、すっぽり包み込んでくれる。

 私はなんだか、妙に嬉しかった。

 「それで、紫。何しに来たのよ」
 「あ、そうそう。霊夢にお話があったのよ」
 「長い話は止めてね。あんまり思考が回らないのよ」
 「あら、何か悩み事かしら」
 「紫、貴女前の代の巫女から知り合いよね?」
 「ずうっっっと前の巫女から知り合いよ。でも過去を振り返ってどうするのかしら」
 「ちょっと訊きたい事があっただけよ」

 成る程。霊夢が変に呆っとしているのは、それが原因だったんだ。紫はうんうんと頷いて、私を持ち上げると地面に
降ろしてしまう。ちょっとだけ残念だった。

 「メディ。紫とお話があるから、貴女は適当にしていなさいね。ああそうだ、鈴蘭に水をあげておきなさい」
 「そうね。私だって一応弁えているつもりよ」
 「貴女は意外と素直で助かるわ。紫、いきましょ」
 「メディ、また後でね」
 「えぇ。また」

 二人は私に挨拶をすると、奥の部屋へと消えていってしまう。私は霊夢に言われた通り鈴蘭に水をあげる為、母屋の
裏手に回って如雨露を引っ張り出し、早速作業にかかる。

 じりじりと照りつける太陽がウザッタイけれど、この作業を怠る訳にはいかないのよね。折角咲いている夏の鈴蘭だ
もの。私の不手際で枯らしてしまっては可哀想。

 「ねぇスーさん。私は間違っていないわよね」

 水をやりながら、そんな事を鈴蘭のスーさんともう一方のスーさん両方に問い掛ける。鈴蘭は答えてくれないけれど、
此方のスーさんはクルクル回って示してくれた。本当の所、実は何を意味しているかなんてサッパリだけれど、否定し
ているようには見えないので私はそれを肯定と受け取る。

 降り注ぐ日光が段々と不快感を増してくる。水をやり終わって回りを見渡せば、所々に落ち葉などが散っていて、あ
まり綺麗とは言い難い。霊夢は暑いからって掃除を怠っているのかしら。神様のお庭も掃除出来ないようで良く巫女だ
なんて言い張れるわね。

 「よしっ」

 私は思い立つと母屋に戻って霊夢を探す。ご厄介になっている代わりに庭の掃除をしてあげようと思ったから。幾ら
友達でも、善意は必要だと思うの。アリス何某は何時来るか知れないし、ただ部屋を借りているだけでは、流石の私だ
って申し訳ないと思うわ。

 だからこそ、サボりがちな霊夢に代わって……と思うのだけれど、霊夢はなかなか見当たらない。

 「何処かしら」

 仕事を勝手に取るのは嫌だから一応の承諾と、この暑さの中だから麦藁帽子の一つでも借りようと母屋に入って来た
のだけれど、奥に消えた二人はなかなか発見出来ない。居間と台所には居らず、霊夢の部屋も蛻の殻。

 霊夢一人が住むには広すぎる家は部屋も沢山ある。私は廊下を歩きながら、一つ一つ部屋を確認して回った。

 「ん。あそこかな」

 廊下の突き当たり。一番奥まった場所にある、日の当たらない部屋の襖が少し開いている事に気がついた。

 『座敷牢ね。でも私は良く知らないわ』
 『そう、よね。奥まっているし、貴女が訪れたとしても、こんな所わざわざ見にこないわよね』
 『そうね。所で、霊夢。貴女上手くやっているのね。あのメディスンがあんなに大人しく』
 『元から大人しかったし、そこまで馬鹿じゃなかったわ』

 ……。私は足をピタリと止める。襖を開けようとした手を引っ込めて、話に耳を傾ける。盗み聞きなんて良い趣味と
は思えないけれど、自分の話をされたら、やっぱり誰だって気になるわよね。

 『どうかしら。彼女、面白い?』
 『あの思想は肯定しかねるけど、普通に一緒にいれば悪くないわ。可愛らしいし、なんだか妹が出来たみたい』
 『そりゃあ……あー、まぁいいわ』
 『何よまったく。アンタは含みが多すぎる』
 『長く生きると含みの塊みたいに見られるのよ。それは良いとして、メディスンはこの神社に留めておけそうかしら』

 少し、話が掴めない。霊夢がその、私を良く思ってくれているのは嬉しいけれど、紫の言い方が引っかかる。私を留
めておけるって、どういう事かしら。

 『人里に降りられても困るし、言う事を聞かないなら弾幕ってしまうしかないけれど、聞き分けは良いみたい』
 『なら安泰だわ。なるべく手荒な真似はしたくないしね。それにあの子、弱くないでしょう』
 『実際弾幕りあった事がないからハッキリはしないけれど、潜在的な力は、ちょっと半端じゃなさそうね』
 『うんうん。仲良くしてあげてね。あの子はあまりうろつかず、ここで留まるのが最良だわ』
 『人形解放ね……一体どこでそんな思想刷り込まれたのやら』
 『物事は全てが必然よ。彼女がその思想に捕われている事も、博麗神社に現れた事も』

 彼女達の会話の節々から汲み取れる単語を、頭の中で整理する。
 つまり……霊夢が私と仲良くしてくれるのは……いえ、そんな事ないわ。霊夢は私を友達と言ってくれたもの。初め
て出来た、友達らしい友達だもの。

 霊夢は、私の事を何とも思っていない? 霊夢は、私が人里に降りないよう留める為だけに、私に関わっている?

 『……誰!?』
 『あら?』

 ヒュンッと、襖を突き抜ける何かが目の前を通過し、私は驚いて尻餅をついた。怒りの言葉一つでも紡ぎ出せれば良
いのだけれど……そんな気力が湧かない。


 ――私は、騙されていたのかしら?


 頭を振る。そんな筈ない。霊夢は、霊夢は真剣に私の話を聞いてくれた。否定はしていたけれど、邪険に扱わずに、
馬鹿にせずに私の話を聞いてくれた。真面目に悩んでくれたし、協力してくれるって言った。霊夢は、霊夢は。霊夢は
嘘を吐くような素振りは見せなかったし、嘘を吐くような子じゃないもの。違う。

 これは違うの。

 だって友達ですもの。友達が友達に嘘を吐いたりしないわ。誰も取り合ってくれなかった私の主張を、真正面から受
け止めてくれたじゃない……。それが否定だって私は構わなかったわ。

 だって、だって初めて、本当に初めて私の心に毅然として触れてくれた子だもの。

 私はそれが嬉しくて堪らなかった。友達って言葉を口にするだけで気持ちが良かった。昨日なんて、それが嬉しくて
嬉しくて、夜は寝れなかったわ。スーさんと沢山話したもの。霊夢は良い子ね、いつかもっと打ち解けたいねなんて、
話してたのに……。

 「メディ、聞いていたの」
 「霊夢……貴女……違うわよね。霊夢。霊夢は私を、騙したりはしないわよね」

 悲しそうな顔をする霊夢が、尻餅をついて動けない私を見下ろしてる。お願いだから否定して欲しい。私の単なる、
頭の悪い私の単なる勘違いだって、笑って欲しい。

 なのになのに……。

 「それで、メディはどうするのかしら」
 「なっ……」

 霊夢は……初めての友達は、否定してくれなかった。

 「嘘を、吐いたの?」
 「何処から嘘で何処から本当なんて、私だって解らないわよ」
 「霊夢、離れて。この子、制御できなくなってるわ」

 紫が霊夢を後ろに下げる。私の、私の中に抑えていたものが、感情の揺らぎと共に漏れ出してしまってる……駄目だ
わ、制御出来ない。毒が外へ出てしまう……。

 霊夢、言葉が足りないわ。霊夢、どういう事なのよ。私は騙されていたの? 貴女は、私が危険だって知っていながら
も優しくしてくれたんじゃあないの? 義務感で、義務感なんかで私に近づいたの? 私の心の中を覗こうとしたの?

 霊夢、言葉が足りないわ。馬鹿な私では、貴女の心の中なんて、解らない―――

 「……霊夢、言ってよ。騙していたのね?」
 「……」
 「れいむ……」

 その沈黙を、肯定と受け取る。擬似心臓が脈打って、胸が苦しい。視界が定まらなくて、力を込めすぎた手がぶるぶ
る震える。現実を受け止めたくなくて、何度も何度も霊夢の、あのもの悲しげな表情を反芻する。

 これほどまでの屈辱、これほどまでの侮辱、これほどまでの悲しみ。私は、短い生の中で受けたことが無い。言い表
せない感情は毒となって外に溢れ出す。冗談だと言って欲しいのに。笑って済ませてくれれば良いのに、霊夢は沈黙を
保ったまま、私をジッと見つめてる。

 その瞳は、何を語りたいのかしら……解らないわ。解らないの。ずっと貴女を解ったつもりだったのに、それは私の
思い込みだった……?

 「うっ……あっ……」

 硝子の瞳から、毒だけでは足りぬと涙が漏れる。妖怪人形である私は、涙まで持っていたんだ。

 「メディ、落ち着いて頂戴。霊夢に悪気なんて無いわ。これは、貴女を思っての事なの」
 「人を思うと、嘘を吐くのかしら……」
 「メディ……」

 「わ、わたしは……私は霊夢を、心から信用出来る人だと思っていたのに、初めて出来た友達だと、嬉しく感じてい
たのに、こんな、こんな毒人形の話も聞いてくれる、いい人だと……」

 暴力に転換する事すらも放棄させられてしまう怒りが渦巻く。比喩を用いて罵る程の言葉も生まれない。私はただ、
思った事を覇気無く口に出すだけ。



 「嘘吐き――もう、顔も見たくない」



 そうコトノハを紡いでから、私は立ち上がる。混沌とする思考が整理出来なくて、肉体的な反応が遅延しているのか
酷く歩き難かったけれど、一秒でもここには居たくなくて、脚を進める。

 二人は私を引きとめるような真似はしない。私もそれはあり難かった。今更声をかけられても、どんな反応をして良
いかなんて解らないもの。

 心をじわじわと侵食される感覚が不快で、息をするだけでも苦しい。これは全て人間の真似事だと理解していても、
私は人間を模して行動すると刷り込まれているから抗えない。だってヒトカタですもの。ヒトカタは、命を持った時点
で人間ですもの。正しく生命の原理に組み込まれた生物ではないけれど、人が造りし、ヒトですもの。

 心だって痛む。息だって苦しい。反応が鈍い体がもどかしい。

 廊下を歩き、縁側に出る。日の傾いた空を見上げてから、私は空へと飛び立った。もう、嘘吐きの顔なんて見たくな
くって。たった一日、優しくされた思い出なんて忘れ去ってしまいたくて。どうせなら、この果てない青空が私から奪
ってはくれないかと夢想する。

 霊夢……。

 嘘を吐いていたなら、何故そんな悲しそうな顔をするのよ。妖怪の友達なんて沢山いるでしょうに。しかも、友達な
んかじゃない私に嘘を吐いた所で、何も不快な事なんて無いでしょうに。

 霊夢の、あの凛々しい顔が何度も浮かんでは消え浮かんでは消え、擬似脳内を蹂躙する。他の事も考えられず、私は
ただ風の流れだけに身を任せて空を飛ぶ。嫌な思いを吹き飛ばして貰いたくて、この照りつける陽射しが記憶を焼いて
はくれまいかと願いながら。

 「……う、うぅ……うあぁぁ……」

 やがて、感情が決壊してしまう。たった一人の人間に騙されただけなのに。私は妖怪なのに。まだまだ経験も智慧も
足りないけれど、強い妖怪なのに。人間なんてたった一滴の毒で致死に至らしめられるのに。妖怪なんて毒の一撒きで
追い払えるのに。

 私はこんなにも強いのに。人間に裏切られた事が凄く悲しかった。

 溢した涙を袖で拭っても拭っても切りが無い。

 「あっ……」

 袖を見つめて思い出す。私は……霊夢に巫女服を借りたままだった。
 今すぐにでも記憶から消し去ってしまいたいのに、記憶そのものを身に纏っていたらどうにもならない。博麗神社に
戻るのも憚られるし、脱ぐ訳にもいかない。

 スーさんに取りにいかせても、重くて持ってこれないだろうし……。

 「何なのよ……何なのよ……何なのよっ」
 「何が何なのよ。ヒトの家の真上で毒撒き散らして……貴女妖怪?」

 イライラする私に、透き通った声の持ち主が文句を垂れる。怒りに任せて排除してしまっても構わないけれど……顔
をみて直ぐに、その選択肢を排除した。

 その子は線が細くて色白。金色の髪に赤いヘアバンドをした、人間味の薄い少女だった。フリルのついた服が嫌に似
合っていて、生き物と言うには少し違う。全体的に無機質の空気が漂ってる。

 「貴女……アリスマーガトロイド……?」
 「そうよ。私も有名になったものね。ところで、もし良かったらその毒、抑えて欲しいのだけれど」
 「あ、ごめんなさい」

 意外な人物との遭遇に、朦朧とする意識が少し鮮明になる。アリスの言う通り、私の周りは毒で埋め尽くされていて、
彼女自身も大分離れた位置から声をかけてる。

 「こ、これで良いかしら」
 「うん。それで……何故泣いていたのかしら」
 「うっ……」

 その問いになんと答えて良いかなんて、私解らないわよ。感情を言葉で言い表すほど優れた頭じゃあないし、きっと
話せたとしても、私も彼女もチンプンカンプンに決まってる。

 「……」
 「巫女装束なんて着てるけど、霊夢と知り合い?」
 「あっ……その……えと……そう、だった」
 「手当たり次第に妖怪退治するのが良いと思ってる子なのよ。こんな新参泣かせてどうする気なのかしら」

 アリスは一つ溜息を吐いて頭を振る。
 私はこの人物にどう接するべきなのかしら。こんな感情の整理も付かないまま、この人と話して説き伏せられる訳な
んて無いし、出来ればこんな服をさっさと脱いで、鈴蘭の丘に帰りたい。でも裸になるのは、嫌だし……。

 「何か事情があるのね。いいわ、うちでお茶でもどうかしら。相談くらいなら乗るけれど」
 「あ、あのね。相談は良いのだけど、服とか、無いかしら。私、これ着ていたくなくて」
 「……あの子、何時から変な趣味なんて持ったのかしら。まぁ良いわ。ほら、家は真下だから」

 この人物は、きっと信用出来ない。だって霊夢が嘘吐きなのに、人形遣いの外道が優しい筈なんて無いもの。けれど
背に腹はかえられないと言うか、このまま巫女服でなんて居たくない。

 服を借りたら、直ぐにお暇しよう。それぐらいならきっと問題無い。

 「おじゃまするわ」
 「えぇ」

 私達はそのまま森の中に降下して行く。とてもこれが最良の判断だとは思えないけれど、今の自分にはそれくらいし
か考えられる余裕がない。外道から施しを受けるのは癪だけど……仕方ないわ。

 「落ち着くにはハーブティが良いわよね」

 綺麗なクロスの敷かれたテーブルに、アンティークカップに入ったお茶を出される。私は一言お礼を言ってそれに口
をつけた。基本的に毒や薬物はあまり効かないから警戒はしない。

 そんな事より気になるのは、この家の中。まず入って驚いた。何処を見ても人形が居て、今出されたお茶も人形が運
んで来ていた。棚、机、ベッド、その他家具の上にもびっしり人形が並んでいて、人形の私ですら圧倒されてしまう。

 確かに人形を使役してはいるけれど、どの子達も皆手入れが行き届いていて、とても粗雑に扱われた節がない。私は
人形の声が聞こえないのが残念で仕方が無かった。この環境に居て、どんな待遇を受け、どのように暮らしているのか
を是非訊いて見たかったのだけれど……無理なものは仕方が無い。

 どの子達も、驚く程レベルが高いものばかり。容姿も体長も様々で、人程もある大きさの子から、親指大の子まで居
る。フリルをあしらわれた色取り取りのドレスに身を包んだその子達は、とても不幸せに見えない。

 霊夢の見解が間違っていたのかしら……人形の自由は兎も角として、少なくともこの子達は人形として最高の扱いを
受けていると思える。

 「ちょっと、お人形を触らせて貰って良いかしら」
 「構わないわ。どれでも好きなのをどうぞ」

 私は丁度目に入った、ベッドの上に寝ているお人形を手に取った。といっても、私と同じくらいの大きさがある。作
りは、私と寸分違わない。私より長い金髪で、黒白の魔女服を着てる。頭に被った帽子がチャーミングで、ちょっと生
意気そうな表情をしていた。

 「そういえば貴女、お名前は。私の事は霊夢から聞いたのかしら」
 「メディスンメランコリー。貴女の事はその通りよ」
 「そう。どうかしら、良く出来ているでしょう」
 「えぇ。本当に良く出来てる。今にも動き出しそうだわ」
 「でも残念。私の力が無いと動かないわ」
 「先ほどから動いている子達も、貴女が動かしているのよね。貴女が何かしている素振りはないけれど」
 「ある程度行動をプログラムすれば自動で動くわ。けれど、それ以上の事はしない。人形だもの」
 「……人形遣い」
 「そ。内職と人形劇が生業の、しがない人形師よ」

 アリスはクスクスと笑って、落ち着いた表情でお茶を啜ってる。本人も人形みたいって話は聞いていたけれど、本当
ね。たぶん、このお人形の中に喋らず座っていたなら、完全に同化してしまうかも。

 けれど、ちょっと難しいかしら。視覚的には騙せても、この子、ちょっと怖い。私ほど力があるとは思えないけれど、
気配の節々にただならない空気を感じれる。こんな気配を漂わせていたら、同化も何もないか。

 「お洋服の話だけれど……」
 「そうだったわね。えぇと、腹話術人形程度の服っと……」
 「……貴女、私が人形だって、解るかしら」
 「私って誰かしら。少なくとも、動かぬ人形なれば一から十まで把握した、人形師だけれど」
 「……そう、よね。解らない筈ないわね」
 「隠していたの? ならごめんなさいね。あ、あったわ」

 人形衣装専用らしいラックから、アリスが一着手にして此方に寄る。私はそれを一目見て驚く。装飾は派手でも地味
でも無いのだけれど、黒を基調としたその衣服は丁寧に繕われてる。ちょっと借りるのも偲び無くなってしまうけれど
……アリスは笑顔でさぁさぁと勧めて来るので、致し方ない。

 「ほら、鏡を御覧なさい。とっても良く似合ってる」
 「……」

 アリスは服に合わせるようにリボンも結んでくれた。人に髪を梳かれた事が無かったから少し恥ずかしいけれど。
 鏡の中には私がいる。スーさんも私に合わせた服を着せてもらった。

 「もう少し明るい色が良いかしら」
 「こ、これで良いわ。こんな上等なの着た事がない」
 「収入の大半が服とお人形だから……」

 どんな苦労があるかはちょっと計り知れないけれど、生活費を削ってまで人形にかける想いは伝わってくる。それっ
てヒトの倫理観から行くとどうなのかしら。勿論、人形としては嬉しいだろうけれど、霊夢が説明する「人」は、それ
と符合しない。言わば、生き物じゃあない。

 このヒトは、逆に人形にとらわれているのじゃないかしら。

 「霊夢には……アリスってヒトは人形を酷使する酷いヒトと聞いたのだけれど」
 「私ほど愛してる奴もそうそう居ないでしょうに。ちょっと見て解らないかしら」

 この言葉には説得力がある。だって現に、人形達は丁寧に扱われているし、自分の生活費を削ってまで人形に費やし
ているのだもの。では、このヒトからすると、人形ってなんなのかしら。霊夢は、人形はどこまで行っても人形で、愛
を注ぐ為の代用品でしかない、と説明していたけれど。

 「アリス。貴女はどういった心を持って、私達に接しているのかしら」
 「私達……ああ、お人形ね。私はちょっと特殊だから、参考にはならないわよ」
 「それでも訊いてみたいわ」

 「……人形あって私がある。かしら。人形は趣味だし、魔女となった切欠だし、生業だし、生活だし、言わば全てで
あると思うわ。人形無しのアリスマーガトロイドなんて、多分もう幻想郷じゃ通らないわよ」

 「つまり、貴女と云うヒトは人形で成り立っているのね。ではもう一つ質問だけれど……人形とは、何かしら?」
 「私の感覚から行けば……知性ある生き物が扱える、最上級の道具かしら」
 「やっぱり……同等にはなれないかしら。人形達は、こんなにも貴女の全てを支えているのに」
 「生きるだけなら必要ないもの。私は魔女よ? まぁもちろん――」

 鏡に映るアリスの顔が、髪の毛で隠れて見えなくなる。そっと私の肩を触れる手は、撫でるように降りて行き、腕を
ゆっくりと捕まえた。

 怖気が走る。早々に逃げていればよかったと、後悔した。

 そうね。そうよ。霊夢すら信用に値しないのに……ドールマスターなんて、信用のしの字もある筈がないわ。嗚呼、
このヒトは人形にとらわれているんだわ。本当の意味で。人形に生き、人形を追求する事に生を見出した魔女なんだ。

 研究に研究を重ねて、試行錯誤して、人形を最高の道具にする為に、生きているんだ。

 「命ある人形なれば、また扱いは異なるかもしれないわね。メディスンメランコリー」
 「離して頂戴。悪いけれど、私は貴女よりずっと強いわ」
 「成って間もないのかしら。智慧が足らないのね。魔女は狡猾よ。それに貴女は人形、私は人形遣い」
 「!?」

 アリスは私から手を離し、ゆっくりと腰掛けてまたお茶を啜り始める。けれど……私は動けない。

 「気が強そうだし、最初から正攻法で挑もうなんて思っていないわ。幻想郷の妖怪はどれも身勝手だし、話なんて通
じないのが多い。それに、折角見つけたサンプルですもの。簡単に逃がすもんですか」

 「くっ……何これ……魔力……!?」

 「ああ、紹介が遅れたわ。私はアリスマーガトロイド。自律人形を完成させる為探求を惜しまぬ人形師。無機物から
生物を作ろうとする咎人よ。魔窟へようこそ」

 綺麗な作りの白い顔が、ゆっくりと歪む。それは笑っているのだけれど、とても清清しくなんてない、欲望を全面に
出した、探求者の目。自分の目的の為手段を選ばない、魔女の目だ。

 私からすれば、八意永琳や八雲紫なんかより、全然此方の方が怖い。アレ等は触らなければ祟りなんて無いけれど、
アリスはそのものが人形にとって恐怖の対象。

 「結局……結局だぁれも信じれないのね……」
 「あら、霊夢に何か裏切られたの? あの子、裏表が無くて付き合いやすい子なのだけど……」
 「ある意味で、貴女より悪いわよ……」
 「巫女が魔女より悪いなんて、世も末ね。それで、貴女はどうするのかしら。私は巫女より悪くないけれど」

 「なんかもう、色々頭に来る事ばっかりで、機嫌が悪いわ。少しでも貴女を信じて、人形への愛を説いてみようなん
て考えた私が阿呆だった。お暇するわ」

 「え? あ、ちょっと。そこまで本気にしなくても――」
 「貴女も左様なら。二度と、逢いたくない」

 私に縛りをかける魔力の糸を六感で探り当て、一つ一つ編まれたロジックの解析もせず、妖力のみで仏陀斬る。アリ
スは逆流する力の流れを受けた為か、末端神経に刺激を受けて紅茶のカップを床に落とした。

 「――何もそこまでしなくとも」
 「私から自由を奪うヒトは全部敵よ。容赦なんてするもんですか」
 「カップ、お気に入りだったのに」
 「帰るわ」
 「そう。残念ね。何時でも来て良いわ。服も好きな時に返してね」

 なんでこんなに余裕なのかしら。自律人形を目的としていると言ったけれど……私以外に自動で動く人形なんて知ら
ない。だったら、私は本当に貴重なサンプルな筈……。

 私はアリスの顔は見ず、一瞥をくれてドアノブに触れた。

 ――瞬間、頭の中で火花が散る。

 「ぐっ……」

 擬似脳内を駆け巡る魔力の波。それは次第に四肢に伝わる神経へと同化して行く。これはもう理屈じゃあなくて、全
身がそうであると私に自覚させていた。当然原理も意味も解らないけれど、私の自由が段々と奪われ、徐々に末端まで
犯されて行く。

 「逃げるんじゃないかと思ってね、一本だけ強い魔力を編んで細工しておいたの。ねぇメディスン。別に解体して完
全な実験材料にしようって言ってるんじゃないわ。少し協力してくれるだけで良いの」

 「誰が……私は、私は縛られたりしないわ」

 「強情ね。ちゃんとお礼もするわ」

 「いらない……私は縛られないもの……私は、自分の思った通りにしか動かないし、思ったことしかしない。私は、
私は、『自由』なのっ」

 「……まるで霊夢みたいな事言うのね」

 道理で冷静な筈ね。元からこうするつもりだった訳だから。軽薄な笑みを浮かべて、ヒトを信じさせようとする悪い
人間そのもの。いえ、ドールマスターなんてそれこそ人形の敵の権化よ。

 ――まして、まして私が今一番嫌っている人間を引き合いに出して比べるなんて……許せない。

 ふつふつと湧き上がる憎しみを力に還元する。乗っ取られた指の神経を奪取して、割れてしまうのではないかと思う
程に握り締める。排除対象(魔力)を自己の妖力に衝突させ相殺しながら、まるで掘削作業のように淡々とそれを繰り
返す事三十秒。

 「ん……力が強いわね」
 「だから言ってるでしょ……私は、貴女なんかよりずっと強い」

 右手の神経を奪い返した。もうここまで出来れば大丈夫。
 私は現在発揮出来る全妖力を右腕に集めて、油断しきったアリスへ向けて――弾を放つ。けれど制御しきれずに、弾
はアリスの横を通り過ぎて、硝子棚に直撃してしまった。

 けれどここでそんな顔は見せられない。私は強気で行く。舐められたら終わりだ。

 「くっ……!!」
 「解きなさいよ……アリス……さもなければ、この家丸ごと破壊するわ」
 「貴女の動力解析の為なら、家くらい惜しくないわよ」
 「ならさっきの人形」

 右腕の方向を切り替え、ベッドに向ける。 

 「わかった、解くわ。解くから」

 ……アリスが一端目を閉じて、指をくいっと動かすと私はすぐさま解放された。
 ベッドに置いてるって事は、添い寝するほど大切な人形だって予測は当たりだったみたい。同族を人質に取るなんて、
人形として最低の行為かもしれないけれど……いえ、弁解なんか出来ないわ。ごめんなさいとしか言い様が無い。

 「まったく……人形のクセに人形を人質に取るなんて、どうかしてるわ」
 「……五月蝿い」

 最初の一撃で、人形を何体か破壊してしまったかも……。酷い罪悪感で胸が一杯になる。
 私は、それ以上の言葉は紡がず、外へと出た。

 もう日は落ち着いて、茜色の空が世界を支配していた。何となく、霊夢と鈴蘭を植えた時の事を思い出してしまって、
思考を何処にやっても憂鬱になる事に気が付いてしまった。

 霊夢には裏切られるし、アリスには散々やられるし、人形は破壊するし、踏んだりけったりよ。
 それに――捕縛を解くのに妖力を使い果たしてしまった為か、体も大分重い。こんな状態では、トテモ飛べそうもな
いけれど……森を抜けるには飛ばなきゃいけない。

 残りカスのような力を振り絞って、私は空へと浮き上がる。

 森を抜けたら、みんなの所で寝そべって、ゆっくりすれば良い。難しい思考なんて排除して、悩みなんか考えず、鈴
蘭達と戯れるように惑めば良い。

 ……外に出て来たのが間違いだったのね。私は、鈴蘭の丘の番人に甘んじていれば何の苦労も無かった筈よ。八意永
琳の教えが誤っていたとは言わないけれど……世の中がこんな辛い事で満ち満ちているなんて、知らなかったわ。

 どうせ外に出れば、また私は騙されてしまうんだ。所詮人形って下に見られて、対等になんて扱ってもらえない。私
には、力が足りなさ過ぎる。私には、ヒトを見る目がない。

 ああもう……西日がうざったいったらない。まるで強い光が、私の力を奪っているみたいだわ。記憶は焼いても良い
けれど……力を奪って燃えて良いなんて一言も言ってないわよ……。

 嗚呼、頭に来る。何もかも、全て癪に障る。
 裏切られたのも、騙されたのも、人形を破壊したのも、全部全部他人のせいにしてしまいたい。

 「うっ……あっ……」

 鈴蘭の丘はもう少し……スーさんが、沢山いるあの場所は、私の場所。あそこにつければ、私はまたいつも通りに振
舞えるのに……。

 「なんなのよ、もう……」

 意図せずして、高度が下がって行く。朦朧とする意識は、全身を動かすだけの力を工面してくれない。

 「なんなのよ……もう……」

 私は、私はただ、理想を現実にしようと一歩を踏み出しただけなのに。一歩目から躓くなんて、信じられない。あの
時、あの妖怪らしき影に気取られなかったなら、私は神社に赴く事なんてしなかったのよ。

 あの日傘を差した……。

 「そう……か」

 一緒に話していたものね。私の為云々なんて言って……八雲紫は……。
 あのヒトは、霊夢と同じ。だけれど、霊夢も紫も……なんだか他人とは思えなかった。思い出せば解る。霊夢と過ご
したあの短い日の中、私は霊夢の傍に居る事を懐かしいと感じた。私は、八雲紫に抱かれて温かいと感じた。

 永遠亭の面々には、そんなもの感じなかったのに。

 でも裏切られた。これは変わらない事実。

 私は――また打ち捨てられた日のように、鈴蘭畑に無残にも横たわる事になる。

 もう誰も信じない……信じてなんかやるもんか。傷つくと解っていながら、人と接しようなんて考えるものか。

 「ひぐっ……ぐっ……うぅぅぅ……ッッ」

 夜の闇に濡れる鈴蘭の畑は……何も変わっていなかった。たった一日離れただけだったのに、こんなにも懐かしく思
える。私の母はこの鈴蘭そのもの……きっと、私はまだまだ親離れ出来ない、半端者なんだ……。

 「……そりゃあ半端よ。貴女は永遠に、完成される事なんてないわ」
 「八雲……紫……」

 力なく、私は丘の上に倒れる。解るのは、気配と声のみ。

 「つまりメディスンメランコリーとは、理不尽な生に異議を唱える者。不当に扱われる者達の代弁者。それは人形に
限らず、生を持つ者持たぬ物、全てを指す。メディ。貴女が何者なのか、知りたいかしら」

 「紫――知りたいわ……紫――私は、私は……何者、なの?」
 「私さえ余計な事をしなければ……貴女は本当に自由だったのにね……心得たわ」

 紫は倒れる私の傍まで寄ると、優しく額を撫でてくれる。優しい温もりが……精神を溶かす。

 『メディスンメランコリーと博麗霊夢の境界』

 沈み行く意識の中に、私は、最悪の想い出と、真実を見た。





 四、霊依る娘は自律人形の夢をみるか(タマヨルムスメハジリツニンギョウノユメヲミルカ)





 『もう顔も見たくない』

 なんて無慈悲な言葉なんだろう。

 『もう顔も見たくない……』

 なんて辛辣な言葉なんだろう。

 『もう顔も見たくない……だから――』

 なんて冷徹な言葉なんだろう。

 『もう顔も見たくないわ……だから――離して頂戴……』

 なんて――なんて。

 『もう顔も見たくないわ……だから――離して頂戴……ついてこないで』

 吹き抜ける風を正面にして、広大な鈴蘭の丘でその女性は私に喚き散らした。私は何がいけなかったのだろうか。何
時もこのヒトに付き従い、このヒトの言う通りにしてきた。

 けれどこのヒトは疲れた表情で言うんだ。ついてこないでって。でも、そんな事言われても、私は一人では生きてい
けない。まだ一人で生きていけるようには出来上がっていないもの。

 また母が喚き散らす。五月蝿い五月蝿いと頭を抱えて狂ったように。

 ――そして、そこに現れたのは誰だったか。派手な服を着た美しい女のヒト。あのヒトと何度か会話を交わして……
それから―――



 「霊夢……霊夢っ!!」
 「あっ……」

 ――私は今、何を観ていた?
 混沌とする思考回路から、引き出せるだけの情報を引き出して小分けにし、理解しえる単語だけ羅列して行く。覚醒
した意識が単語の意味を分析し、己の中に記録される単語と符合する部分を抽出する。

 壊れて高速回転する活動写真。同じ音だけ流し続ける古びた蓄音機。もう誰も開く事のなかったアルバム。必要な部
分だけチェックを入れられた、虫食いだらけの辞書。

 頭を振る。頭を振る。

 違う。私の頭の中で勝手に色々結びつけるな。本質はその中にしかない。その中にこそある。

 無名の丘。ワタシノココロ。この座敷牢は……。

 「霊夢……駄目よ、壊れてしまっては……ほら、おいでなさいな」

 氾濫する情報の濁流が、八雲紫によって塞き止められる。

 「紫……?」
 「そうよ。紫よ。貴女の大嫌いなスキマ妖怪よ」
 「うん……」

 温かい。私は、何時この温もりを忘れてしまったんだろう。両親と死別してしまった時からかしら。いえ、違う。私
は……。私は―――

 駄目。これ以上、思い出せない。

 これ以上先に進むと、頭がキリキリと痛む。まるで何者かに、厳重に鍵をかけられているみたい。記憶喪失なんてし
ていない。私は失ってなどいない。必ず、この先にあるのに―――

 「霊夢、考えてはいけないわ。まだ早かったの、ごめんなさいね。許して頂戴……」
 「紫……解らないわ。何故貴女が謝るのよ」
 「不用意だったわ。今は聞かないで。ほら、座って、私を見て、深呼吸をして」

 肩を抱かれたまま、私は畳に座る。紫の顔を間近で見ながら、数度深く呼吸をする。不思議と、そうすると私の中で
渦巻いていたものが収束して行くのが感じ取れた。

 ……。

 コイツの顔見て落ち着くなんて、なんか嫌ね。

 「紫、近い」
 「良いじゃない。近くても」
 「……」
 「……」
 「……」
 「んー♪」
 「何で目閉じて顔寄せるのよ馬鹿っ」
 「あいた」

 ただならぬ邪気を感じて、私は紫の頭を引っ叩く。こう、他の奴なら避けてやるだけなのだけれど、紫は別。常識と
言葉が通じない分、肉体言語で語るしかない。

 本当に、どいつもコイツも空気読めない事甚だしい。いや、今私がどんな空気で居たかなんて、自分でも解らないの
だけれど、同性で接吻するような空気ではない筈だわ。というか勘弁して頂戴。

 「紫、真面目に良いかしら」
 「あまり思い出さないほうが良いし、聞かない方がいいわ」
 「駄目よ」
 「駄目なものですか。それなら白い花を咲かせた方がよっぽど有意義」
 「紫」
 「……はぁ。頑固ね。昔から」
 「貴女……春雪以前にも、会ってるのかしら」
 「ゆかりん、口が滑っちゃった」

 つくづく、会話が成り立たない。私はまず溜息を深く一つ吐いてから仕切り直す。

 こんな感覚、今までは無かった。白昼夢の如く幾度か、数度に分けて観る事はあったけれど、今回はそれ所の話じゃ
ない。今まで単語でしか聞き取れなかった言葉が最後まで聞こえてきた。風通しが良い、日の当たり難いあの独特な空
気のある無名の丘が、まるで私自身がその場に居るかの如く感じられた。

 この音声と映像の氾濫は、過去に類を見ない。紫も思わせぶりで含みがあって、それにイライラする。

 紫は何か知っている。惚けた振りして私を撒こうとしているけれどそうは行くものか。

 「えぇと……私は、たしか、メディに貴女と話している所を聞かれたのよね」
 「そう。そしたら突然、貴女が茫然自失と立ち尽くしてしまった。それだけよ。深い意味なんてないわ」
 「真っ当な人間が、突然意識失わないでしょ。紫、話して」
 「……ここまでお膳立てした後じゃ、隠し切れないか……じゃあ霊夢……ここはなんだか解る?」

 紫は、畳を指差して私に問い掛ける。コレ、じゃなくココ、なのだから、間違いなく。

 「元座敷牢ね。何、それと関係あるのかしら」
 「今から幾つかしゃべるから、頭が痛くなったら言って頂戴」
 「解ったわ」

 ……私の正面に正座で座りなおして、姿勢を正す。私もそれに倣おうとしたけれど、貴女は楽にしていなさいと言わ
れたのでそうした。

 紫のこんなキリッとした顔、観た事ないわ。ある意味、これの方がきもちわるいわね。

 「貴女の名前は」
 「博麗霊夢」
 「性別は」
 「女」
 「職業は」
 「一応、巫女」
 「生まれは」
 「確か、人里」
 「両親の名前は」
 「……」
 「両親の職業は」
 「……」
 「博麗家とは」
 「結界守護。幻想郷秩序監視。外と内の境界を見守る家系」
 「お気に入りの場所は」
 「縁側。鳥居の下。それとここ」
 「好きなものは」
 「お賽銭とお茶」
 「好きなヒトは」
 「居ないわ」
 「いつも夢に観る場所は」
 「……」
 「貴女は、自分が自分であることに自信があるかしら」
 「あるわ」
 「では貴女は誰」
 「博麗霊夢」
 「では貴女の両親は誰」
 「くっ……」
 「メディスンメランコリーをどう思う」
 「悪い子じゃないわ……」
 「ではその子はどこに住んでいるの」
 「無名の丘……」
 「では貴女の両親は誰」
 「うっ……」
 「……」

 淡々と同じ質問を繰り返される事が苦痛だった訳じゃない。同じ質問になると、そこだけ答えが出ない。そりゃあ、
死別しているもの。両親の名前なんか知らないし、記憶だって無い。

 こんなものに何の意味があるのか知れないけれど……紫は真剣そのものだし、私も巫山戯てはいられない。

 「紫。こことその質問と私の親、何が関係してるのよ」
 「貴女は貰われて来た子よ」
 「知ってるわ。それで跡取のいなかった博麗神社に引き取られたんでしょ」
 「ねぇ霊夢。貴女、自分が強いって自覚、あるかしら」
 「それは、ルールの上でも一応貴女を倒した事がある私が強いかって事かしら」
 「貴女は強いわ。バケモノ相手だって怯まないし怖がらない。でもそれって、強くても蛮勇よね」
 「どういう意味」
 「貴女、自分が大切ではないのでしょう。何時消えてしまっても良いとすら思ってる」
 「む……」

 「貴女は自己が薄い。それは他人に奉仕しようって意味合いからじゃない。貴女は自分をどうでも良いと思ってる。
自覚有る無しに、心の何処かで自分は元からどうでも良い存在なのだと感じている」

 「要領を得ないわね……ハッキリ言って頂戴。私は、一体記憶の奥底に何を持っているって言うの」

 「これは私の所為なのよ……霊夢。貴女は心が欠けているの。ごめんなさい、霊夢……」

 紫は俯いたかと思うと、私を抱き寄せた。さっきからそればっかりよ貴女。言葉では語ろうとせず、それを伏せてし
まうかのように、私を抱きとめる。一体、その行為にどれほどの意味合いがあるって言うの。私は貴女の子供じゃあな
いし、ひん曲がった恋愛の対象でもないわ。

 そもそも……大妖怪八雲紫とこの私に……どれほどの共通点が……。

 「結界の守護者……博麗は、子供に恵まれない事が多いわ。続いても二代が限界。でも、それでは結界守護など果た
せない。では、結界の番人たる私は、どのように行動するかしら」

 「……子を、貰ってくるしかないわね」

 「そう。それも強い力を持った子じゃなきゃいけない。知性があり、力があり、勇猛果敢な人間でなければ、勤まら
ない仕事よ」

 「……何よ。じゃあ私は、貴女に選定された巫女だって言うの」

 「貴女は力の強い子だった。まるで抜き身の刀みたいで、居るだけで危険な程に」
 「下手くそな人選ね……」
 「だって私は、貴女を見つけてしまったのよ。鈴蘭の丘で、今まさに捨てられようとする貴女を」

 ――記憶の扉が、音を立てて軋む。それは鉄で出来ていて、本当はビクともしないはずなのだけれど……紫の言葉が
その扉を容赦なく叩きつける。勿論鍵はないから、正しくは開かない。でも紫の言葉は強くて、まるで破壊槌の如く、
それを徹底的に殴る。

 「……私は、捨て子だったの」
 「でも、死別したわ」
 「どうして……」


 「――私が、殺してしまったからよ、霊夢」


 「………―――!!??」

 錠前なんて、その言霊の前で意味はなかった。重厚な鉄の鎖なんて、まるで紐を千切るようだった。

 扉が勢い良く開かれると同時に、向こう側から突風が吹き荒れる。私はその風に飛ばされまいと、必死に地面にしが
みつく。目は閉じない。閉じたら向こう側が見えなくなってしまう。

 「あ、あ――」
 「霊夢……私は、丁度良い機会だと思ったの。メディスンメランコリーが行動に出るって事は、貴女自身が……」
 「解らない、解らないわよ……なんで、なんでそこでその子の名前が出てくるの……」
 「もう隠さないわ。さぁ、ほら、ごらんなさい。貴女の記憶の向こう側を。見えるでしょう」 
 
 ……紫は、多分私の記憶の境界を弄っている。
 ヒトの頭の中を弄るなんて良い趣味だとは思えないけれど……なんとなく、今ならそれも仕方が無かったんじゃない
かと感じた。

 ……。

 記憶のスキマに沈んで行く。紫に抱かれたまま、懐かしい温もりを感じながら、私はどんどん落ちて行く。扉の向こ
う側は、形容し難い、表現に窮する観念の世界だ。こんなもの、文字や言葉でどう表したら良いか解らないけれど、記
憶は何もかも、全てが含まれた水の中にある。

 私は今、根源の一部に触れているのかもしれない。博麗と云う類稀なる家系の、更に私と云う一個人の存在証明の集
合体。八雲紫が神隠した、私を私たらしめる、記憶の渦。

 居心地が悪かった。
 目の前に突きつけられる事実は、悉く今まで生きて来た博麗霊夢を根底から覆す情報ばかり。楽天的に物事を見据え、
適当で、誰にも同じような接し方をし、自己を完全に見失ったとすら表現出来る私を揺るがすモノ達。

 私が観ているこれは……本当に博麗霊夢なんだろうか。

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

 薄暗くて気味の悪い、鈴蘭の丘で、私は彼女と対峙する。
 私はあまり賢くなくて……何故ここに置き去りにされるのか、理解出来なかった。それに対して……彼女は……母は
怒り狂うんだ。

 私を何度も平手打ちして、ついてくるなと喚く。けれど、私はこんな所に置いていかれたくはなくて……しがみつく。

 『もう無理なのよ……レイム……もう、お母さん無理だわ……頑張って頑張って庇って来たけど、もう庇いきれない
のよ……アナタが居るだけで霊障は止まないし、気味悪がられるし、バケモノとの間の子だって言われて……迷惑さえ
かからなければ、誰だって文句なんて言わないのに……アナタが居ると、生活がむちゃくちゃになるのよ……!!!!』

 そんな事……知るもんか。私は子供なのに……そんな事、知るはずがあるか。

 『離して頂戴……縋らないでっ!!』
 『あうっ』

 思い切り蹴られて、私は強かに体を打つ。けれど、離れたらもう帰れないから……それでも這って歩いて、母に懸命
にしがみつく。ここでは生きていけない。沢山の妖怪が、ずっとずっと此方を観ているもの。

 『もうやめて……顔も見たくないのよ……離して頂戴……アンタ、きもちわるいのよ』

 それは果して……自らの子供に吐くべき言葉だっただろうか。

 抱きしめてもらいたいのに。

 愛してもらいたいのに。

 私の中に、吐き気を催す程の嫌悪感が湧き上がる。もうその絶望的な状況を考えたくなくて、感情の一部を外へ放り
出す。その時点で、私はもう、母の言葉は入ってこなくなってしまった。

 母に縋る事もやめて、茫然自失のまま、鈴蘭の丘に座り込む。

 『……クズが……いい加減にしなさいな』
 『何よ……誰よ、アナタ……』
 『境界を司る妖怪、八雲紫』
 『随分派手な妖怪もいたものねぇ……ったく、今の世の中、何が妖怪よ……おデンパちゃんかしら』
 『……外来人。迷い込んだのね』
 『外来人……? 何言ってるの、ここは山奥の……』
 『どこかしらね……その子を見る限りは、そうね。その子のお陰で貴女は幻想郷に紛れ込んだとも言えるか』
 『さっきから何なのよ。意味わかんない。邪魔しないで。私は帰るんだから』
 『外の人間は随分と傲慢で、己の子も愛せないヒトが増えたのね』
 『あ、アンタに何が解るのよ……アンタに何が解るのよっ』

 『喚くな鬼畜が。さっきから聞いていれば好き放題言うわね。子供がどんなであろうと、身を呈して守るのが親でし
ょうに。どんな逆境も、年端も行かぬ子の為に立ち向かうのが親でしょうに。生活がむちゃくちゃになる? 詭弁よ。
貴女はこの子を愛してなんか居ない。最善を尽くすって事はね、身も心も砕けてしまうほどに大変な事なの。貴女のそ
の正気を保った精神。血色の良い顔。キリキリ動く体。こんな山道登って迷い込んでしまうほどの体力。さてさて、貴
女は死ぬほど頑張ったのに、何故そんなに元気なのかしら。答えなんて一つ。貴女は何も頑張っちゃいないわ』

 『……な、何を……』

 『貴女は保身しか考えていない。絶望したなら子と心中するぐらいの気概持ちなさいよ間抜け。格好からすると、一
緒に山登りでも行って行方不明になったなんて事にしようとしてたわね。考えが浅いわ。外のお上だって馬鹿じゃない
でしょうに。どうせ貴女は帰れても殺人犯よ』

 『だっ、だったらどうだってのよ!!!』

 『正気といえど、狂ってる事には違いないわね。左様なら畜生。この子は私が引き取るわ』

 生暖かい血液が私にかかる。母だったものは、一瞬でただの肉の塊になってしまった。抱きしめて欲しかった対象は、
今や頭部と胴体が完全に分離している。

 けれど、私は当然なんの悲しみもない。私は、ここに感情を捨ててしまったのだから。

 『……もう何も悲しむ事はないわ、童。幻想郷へようこそ。ここは良い所よ』

 綺麗な女性が、私の手を取る。そう、八雲紫が私の手を取った。勿論私は、その行為を受け入れるしかなかったけれ
ど、この状況下、胸中に何も芽生えない、空虚な子になってしまっていた。

 『凄まじい力ね……外の世界はこの子を拒んだか……益々もって、幻想が死滅した、つまらない世になったのね』
 
 手を引かれて連れて行かれたのは、赤いアーチのある大きな家だった。そう、博麗神社。私を迎えてくれたのは、二
十歳も過ぎた頃の若くて美しい女性。どんな待遇になるかと思えば……存外酷かった。

 『紫様……また、ずいぶんと恐ろしい子を見つけて来ましたね』
 『情緒不安定なの。力が強すぎる事もあるでしょうけれど、安定させて見せるから』
 『しかし……』
 『丁重に扱って頂戴。力が何時暴走するかも知れないから』
 『なら座敷牢しかありません』
 『こんな年端も行かない子を牢にぶち込みたくはないわねぇ……』
 『リスクが大きすぎます。普通には扱えませんわ』
 『……』

 座敷牢には数百を越えるようなお札が張り巡らされ、注連縄で結界が貼られている。そんな中から外をみれば……巫
女の姿をした女性と……八雲紫。その他にも、知らない顔が並んでいる。

 『紫様……力が強すぎます。制御出来ないのでは、巫女として不適合かと』
 『私がなんとかしますわ。貴方達は、ただこの子を見守っていれば良い』
 『しかし……恨みから生成りとなった場合、私どもではトテモ抑えきれませんわ』
 『鬼くらい何よ。いいから、少しの辛抱。何とかするわ』
 『紫様、何故そこまで。今までの貴女なら、危険分子処理と言って……』
 『私も女なのよ。察して、博麗』
 『……』

 力が強すぎた私を、処分するか否かの問答……。弁護は紫のみ。他の者達の目は、冷ややかだ。幾ら私があまり人に
接しないからと言って、ここまでの目線を突きつけられた事があっただろうか……。

 『紫様。この子はココロが欠けております。きっと母に捨てられる際においてきてしまったのでしょう』
 『なら探すまでよ。良い事、手出しするんじゃないわよ』
 『――はい』

 紫が座敷牢から去って行く。私はそんな光景を呆っと観ながら、無関心そうにしていた。これが自分であるとは、と
ても肯定しがたいけれど……明らかに、自分の目線で見えるこの世界は、私のものだ。

 座敷牢の中は何も無い。板張りの床に、木で編まれた格子。私は空虚で、牢獄もまた空虚だった。

 『……紫様はああ言っていたが……この子は危なすぎる』
 『幾ら博麗存続の為とは言え、心に欠損を持っていては勤まるまい……』
 『……』
 『巫女様、如何なさいましたか』
 『もしこの子が鬼となった場合、紫様とて敵うかどうか』
 『はぁ……』
 『成る前に処理します。二人は下がって』

 この言葉に、異論を唱えるものは居なかった。

 注連縄は解かれ、牢が開けられる。入って来たのは当然巫女。私の、前の代の巫女。
 その表情をなんと表現すれば良いのだろうか。人を殺す咎を背負うと決め、年端も行かぬ子を殺める罪を被ると決め、
幻想郷の秩序を守る為致し方ないと、自分を肯定した、毅然とした表情。

 巫女の周りに陰陽玉が具現する。次第に集束する力は……きっと私を、一瞬で消し炭にする程の威力があるのだろう。
巫女は躊躇いはない。そして当然。

 『……えっ』
 『巫女様!! うあっ』
 『ば――ばけもの』

 私も躊躇なんてしなかった。

 術式なんて知らない。物理的にダメージを与える術など学んだ事はない。しかしけれど、私の中に潜在する力は、私
の消滅を完全に拒んで具現した。丹田に溜まる力が一気に解放されて三人を吹き飛ばす。巫女は格子に背をぶつけて、
もう二人は当たり所が悪かったのか、頭から血を流して倒れていた。

 『――紫様……この子は……』
 『だから手を出すなと……博麗。貴女は馬鹿ね……』
 『ゆか……ぐっ』

 くぐもったうめき声とともに、巫女は息絶えた。私の掌から放たれた光弾が、完全に胸を射抜き貫通させている。

 ……私はそうか、人殺しだったんだ。

 『ごめんなさい。童。貴女のココロは、もう救えなかったわ』

 紫の言葉が私の欠けたココロに響く。
 私は、紫に攻撃しなかった。何故かなんて、答えを必要となんてしない。

 紫は、荒ぶる力を遺憾なく発揮する私を、抱きしめていたから。

 私が最も欲していた温もり。

 私が最も欲していた行為。

 自然と解かされ、芽生える心に、私は声も無く歓喜した。

 『貴女に名前をあげましょう。あのクズ親からは、なんと呼ばれていたの』
 『――レイム』

 『……そう。なら貴女は霊夢と名乗りなさい。いつかきっと舞い戻る霊(ココロ)の夢を観る子でありなさい。わざ
と読みを変えたりしないわ。貴女はいつか思い出すの。貴女の境遇を。貴女の求めるべきココロを。だから今は忘れな
さい。然るべき時はやってくる』

 『霊夢……私は霊夢』




 『貴女は新しい生を全うするの。幻想郷は素敵な所よ。貴女をきっと受け止めてくれる。貴女はね、貴女には生きる
価値と、権利があるの―――』
 


 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

 「……紫……私は……なんて、事……」

 「落ち着いて。貴女は何も悪くないわ。誰も貴女を責めたりしない。大丈夫、敵なんて居ない。もし何が来ても、平
気よ。貴女には私が居るわ。幻想郷だって片手で潰せる、この私が」

 「けれど、けれど――前代の巫女を殺害して……私は……」

 「殺さなければ殺されていたわ。難しく考えないの。博麗が愚か者だったのよ。貴女は生きるべきだった。貴女には
生きる価値と権利があったわ。私が保障する。私が肯定する。私が受け入れる」

 まるで脳みそを掻き混ぜられるような感覚と情報が氾濫し続ける。場面が何度もフラッシュバックして、肉体も精神
も同じ状況を追体験する。紫に声をかけられながら、紫の言葉を受け入れながら、ゆっくりと、ゆっくりと本来の博麗
霊夢へと帰依して行く。

 「紫……紫が、私を――」
 「気にしなくて良いわ。私は幻想郷の為に貴女を利用したまでよ」
 「違うわ。紫、貴女が、私を救い、生きる道を示して、くれた」
 「結果、貴女に……いえ、貴女達からすれば、最良とはいえない道を歩ませる事になってしまったわ」
 「馬鹿を言わないで……私は、幸せよ。紫」
 「えっ……?」

 落ち着いてきた心の中を整理しながら、深く息を吸い込んで、吐き出す。まるで母のように私をあやす紫を強く抱き
しめて、言葉を一つ一つ選んで行く。

 思い出して尚、私は今の自分を肯定出来る。私は過去の自分から成り立つ今を否定したりはしないし、出来ない。地
続きの歴史を内包した、この博麗霊夢を、私は否定出来ないから。

 「然るべき時なんて……何時だか解らない。だから、今明かされた事を受け入れる。貴女は、私の為を思ってしてく
れたのよね。生かして行くために。こんな面倒な子を引き取って。博麗霊夢は、貴女のお陰で現在が在るのよね」

 「……霊夢」

 「私は幸せよ。馬鹿だけど、直情的だけど、自分の事省みてないけれど、私は生かされて、幸せよ、お母さん」

 自然に漏れたお母さんと云う言葉。自分で紡ぎ出した言霊は、私に染み入り、紫に感情を齎す。封じられていた思い
の自覚とともに芽生えたこの気持ちを表すには、この単語しかなかった。

 私は死ぬはずであったのに。あの母に捨てられて、妖怪の餌になるはずだったのに。紫は、助けてくれた。博麗霊夢
を博麗霊夢にしてくれた。

 「まさか、そんな風に呼ばれる日が、来るなんて思って無かったわ」

 「メディにも伝えてあげて。あの子もきっと、自分の感情に戸惑っているはずだから。それに、私ではなんと伝えて
良いかなんて、解らないから」

 「――えぇ」

 紫の胸の中で、私は子供のように身を捩った。閉じられていた記憶を呼び覚ますように。失われた時間を取り戻すか
のように。大嫌いなスキマ妖怪の懐の中で、私は新しい博麗霊夢を手に入れた。





 ※ 八雲紫





 メディスンメランコリーが行動に出たという事は、間違いなく半身たる霊夢自身が何かを望んでいる事を示してる。
霊を欠けさせてしまって十余年。今まで兆しが無かったかと言えば、無い事も無かったけれど、この大きな変動は恐ら
くは、メディスン自身が自律して行動出来るようになったのが起因していると思われる。

 ……。

 人間を食料にする妖怪が、人に同情するなどと偽善極まりない行為だったって事は、私だって理解してる。けれど、
目の前であんなものを見せられてしまっては……私だって、忍びない。

 そう、あれは――こんな良く晴れた日の事だった。

 無名の丘といえば、名も与えられぬまま子が捨てられる事からその名を付けられた、人々の記憶の片隅にしかない場
所。幻想郷が隔離される以前から昭和の初めにかけてまで、捨て子は絶えなかった。飢饉の度に老人と子供は犠牲にな
る悲しい時代を、幻想郷も経験した。

 今でこそ公称では『ない』とはされるけれど、私が知る現実はそうではない。何時の世も、弱いものは負け続けるの
は常なんだろうと思う。

 私が霊夢を見つけたのは、丁度博麗の跡取に難儀している時の事だった。その代の巫女はなかなかの力量を秘めては
いたけど、如何せん気が強すぎて男が堪えられない。十代後半にはと思っていた跡取も、結局は作れず、そして巫女自
身もまた産めぬ体と解ってから塞ぎ込みがちだった。

 捨て子の噂を聞いてはあちこち回ってはみたものの、どの子も博麗には相応しくなく、また生きる力も弱かった。外
の世界も見ては回ったけれど、幻想が死滅しかけた外で博麗に相応しい子など、そうそう居る筈もなく……。

 私と藍がいれば、恐らくは博麗大結界も保てるとは思う。けれどそれではあまり意味がない。博麗大結界は博麗が護
ってこそ意味があるし、いざとなった時、ヒトとの繋ぎ目がない結界では心もとない。

 そんな憂鬱な日々が続く最中、私は無名の丘に現れた二人を見つける。

 格好は、明らかに外来人。最初はただ迷い込んだだけだと思い、スキマから帰してしまおうと思っていたけれど、状
況はどうやら宜しいものではなかった。

 ……捨て子に来て捨て子の丘に出てしまったのは、きっと何かの縁だったんだろう。

 様子を窺っている間は、別に母を殺さずとも良かった。腐れた親など何処にでもいるし、こんな所に迷い込んだのだ
から、やがて妖怪の餌となるのは目に見えていたから。

 けれど……私はその目で、娘に対する仕打ちを目撃してしまった。

 己の娘に顔もみたくないなどと言い放つ外道、ほかの妖怪に任せるまでもない。この手で葬ってやろう。

 久しぶりに明確な殺意に目覚めた私の行動は早かった。わめき散らす親を言葉で打ちのめしてから、首を撥ねてやる。

 娘は……それを見てなんとも言わなかった。

 もうそこには感情が存在していなかったから。母の言葉がよほど辛かったんだろう。現実を受け止めたくなくて、別
の人格に任せる訳でなく、感情を切り離す事で防衛していた。

 この子がどんなに矮小な力の子でも、引き取ろうと思った。けれど――この子こそ、私の求めていた、博麗の後継ぎ
だった。私は歓喜した。これで博麗結界は維持できる。幻想郷の秩序は保たれる。存続できると。

 ……しかし、物事上手くいかないもの。最大の力には最大の弊害がセットだった。

 感情を切り離したお陰で、今まで最小限に留めていた力が抑えられなくなっていた。

 私は彼女を宥める為に心を探す為表に出る。まだ小さな女の子だったのもあって、私はまずプレゼントを取りにいっ
てから探し始める。プレゼントって云うのは……勿論、ヒトが愛を注ぐ為の代用品。空虚な彼女でも、ヒトカタぐらい
愛でてくれるんじゃないかと思って、私は人形を手に、彼女の心を探し始めた。

 失った場所は解っている。無名の丘しかない。

 それに私は、直ぐに発見出来た。

 ……けれど、もう既に手遅れで……。

 霊夢のココロは暴君だった。母に打ちのめされた感情そのものであるのだから当然。これを収めるべき宿主は、今は
博麗神社の座敷牢の中。

 力で押さえつけようとも思ったけれど、それがあの子だと思うと、決めかねた。

 だから私は……せめてもの供養として、人形を与えた。するとどうだろう。そのココロは人形を気に入り、それを依
代とする事に決めたらしく、すぐさま収まってくれた。

 やがて時間が経てば成仏すると思い……私は手を合わせ、別の手段を考える為に博麗神社へと舞い戻る。

 そこで見たのは、ある意味で予想通りの光景。

 あれほど手を出すなと釘を刺したのに、博麗の巫女は愚か者だった。

 その子は制御出来ない力に脅えてブルブル震え、己に恐怖し、捨てたはずの感情を奮い立たせている。これが新しい
この子の芽生えだったのは、因果なんだろう。博麗を殺して、感情を形成していた。

 ここで勢いを殺害する必要はない。私が、私があの鬼畜親の代わりになれば良いだけだったのだから。

 私はその子に、霊夢と名付ける。読みはそのままに、漢字を当てた。

 己の持つ境遇を忘れぬように。何時か立ち向かえるように。片割れの夢を見る、幽玄の子に育つように。

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

 『お母さん。このお魚はどうすれば良いのかしら』
 『それは捌いて干物になさい。そっちのお芋は煮付けね』
 『はぁい』

 『お母さん。この草は食べれるの?』
 『えぇ、おひたしに出来るから、一杯摘んで頂戴』
 『お母さんは何でも知っているのね』
 『当然よ。私は貴女の母ですもの。貴女が望むなら、もっともっと沢山の事を教えて上げられる』
 『うん』
 『貴女が一人になっても、暮らしていけるように――』

 『お母さん。参拝するヒト、いないわね』
 『そうね、昔っから、信仰心の薄い所だから』
 『神社の経営は、だいじょうぶなのかしら』
 『……厳しい事を言うわね。まぁ、大丈夫よ』

 『お母さん、ちょっと難しい』
 『結界術はココロの壁。何もかもを拒む魂の障壁。貴女なら出来るわ』
 『……えぇと、タカマガハラニカムズマリマスー……』
 『そうそう。頑張って。それが出来れば、全部合格』
 『全部合格?』
 『何も教える事はなくなるって事』

 『……あれ』
 『………………………あれ?』
 『ああそっか。朝ご飯、作らなきゃ』

 短い母としての生活に終止符を打ったのは、霊夢が九つになった日の事。霊夢は能力だけでなく、勘も、智慧も、天
才的だった。彼女は何もかも自分で出来る子。

 それがいけなかったのかもしれない。

 彼女は何でもかんでも自分で出来るが故に、ヒトに頼らなくなってしまった。ヒトも妖怪も隔たり無く接しはすれど、
私が親代わりをした所為か……どうしても妖怪に寄る性質がついてしまったらしい。

 駄目な親だったのね。子育ては、幾つになっても難しいものだわ。だけれど、私は投げたりはしなかった。駄目な親
でも、精一杯やるのが、つとめだもの。

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

 ――それから、どのくらいの月日が経ったかしら。

 彼女はとうとう、私の目の前に現れた。

 『幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは、残酷な話ですわ』

 当然彼女は私の事なんて知らないけれど……私は、心の底から、嬉しかった。 































 ※ ささやかなる終章 私のココロと毒人形





 鈴蘭の丘は、風通しは良かったけれど、日当たりはあまり良くなくて、本当に一部だけ強い陽を浴びるだけの、寂し
い場所だった。皆は無名の丘と呼ぶけれど、私は有名のまま捨てられたからあまりその名前はそぐわない。

 花は今の時期、あまり多くはないから毒はそれほどでもなくて、生身でも侵入出来るほど。けれど、一面広がった緑
は、色が濃すぎて目に毒だった。

 「メディ」

 風を受け、気持ち良く寝そべる人形に声をかける。

 「……」

 私の顔を見た瞬間、メディは憂鬱そうな顔になった。だから私は謝らなきゃいけない。謝って、弁解しなきゃいけな
い。確かに最初は義務感だけで付き合ったけれど……その後の言葉は全て本当だって伝えなきゃいけない。

 「迎えに来たの」
 「霊夢……私は……」
 「メディ……」
 「……えっ?」

 私は……メディを抱きしめる。紫がそうしたように、私も抱きしめて語ろうと思う。言葉で伝えきれない部分は、体
を使えばいい。空虚な私が否定して来た、温もりを与える行為。私は私でしかないと勘違いし続けてきた人生を讒言す
るように、今はこれで語るしかない。

 「還って来て。メディ。私は決して、貴女を裏切ったりしないわ」
 「でも……私は、貴女に最低の言葉を言い放ってしまったわ。私の記憶にある、この世でもっとも最低な……」
 「それがなんだっていうのよ……ごめんなさい。ごめんなさい、メディ。ずっとほったらかしにしていて」

 自然と零れてくる涙を拭いながら、もっと強くメディを抱きしめる。

 「な、泣かないでよ霊夢……わ、私まで……うぐ……悲しくなるから……」
 「うん―――うん……」

 メディを正面に据えて、私は己が抱いている全てを吐き出す。何故メディを博麗神社に引き止める必要があったか、
何故それが嘘ではないか、何故、迎えに来たか。言葉を紡ぐ度に私は嗚咽を漏らしてしまって、なかなか進まなかった
し、きっと紫に聞いていたのだから、また改めての話になってしまっただろうけれど、私は私の口からこうしなくては
いけないと思ったから。

 そんな話でも……メディは大人しく聞いてくれた。

 全てを打ち明けた後に見せてくれた表情といったら……これまで見てきた、どんな笑顔より美しかった。

 まるで白昼夢のような時間。
 終らない夢を観るような、不思議な感覚。私の欠けている部分が次第に補われるような、満たされた感情。


                ……そう、当然よね―――貴女は、私だもの。               


 「霊夢」
 「なぁに?」
 「また、また貴女に逢いに、博麗神社へ行っても良いかしら」

 その問いに対しての、私の答えは決まっている。

 「駄目よ。また妖怪が増えたって、魔理沙に笑われるわ」
 「まぁ酷い。それが半身に対する仕打ちなのかしら」
 「くくっ……」
 「ふふっ」

 『あはははははははははッッッ!!!』

 それは酷く暑い日の事だった。

下らない言葉も何故か面白くなってしまうような、そんな夏の日の、一時の出来事だった。



 end
 今日も元気に俄雨です。もっと手軽なものを、と思っていたら何時の間にか100kb越えてしまっていて、嘆くば
かりです。長くて申し訳ありません。読んでくださってありがとう御座います。

 それはともかくゆかりんってなんであんなに可愛いんでしょうかね。幻想郷どうやったらいけますかね。ちょっと探
してきます。ああ、ゆかりんのお婿さんになりたい。

 もし誰かゆかりんの靴下もってらっしゃる方いましたらご一報ください。買います。



 以下、本編















 霊「ねぇ、お母さん」
 紫「も、もっと」
 霊「お母さん」
 紫「ふふふ、ふふ。これでゆかれいむは更に背徳的な属性がついたわ」
 霊「(面倒くさいなぁ)」
 魔「そうはいかないぜ」
 ア「そうはいかないわ」
 幽「そうはいかないのよ」
 萃「そうはいかないかも」
 レ「そうはいくもんですか」
 霊「(面倒くさいなぁ)」



 完


再度誤字修正。ご指摘ありがとうございます。
俄雨
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コメント



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7.100名前が無い程度の能力削除
メディ主人公かと思いきや、ゆかれいむ(笑)
二次創作ならではの良さが如何なく発揮されてて面白かったです。
9.100名前が無い程度の能力削除
ゆかりんの大ファンがここに誕生してしまいました。
しかし、お話作り上手いなぁ。感動。
10.80名前が無い程度の能力削除
1.メディ物来たー!
2.これはいいメディ
3.あ、あれ?
4.ゆかれいむ!ゆかれいむ!
『俺はメディ物を読んでいたと思ったらいつのまにかゆかれいむ物を読んでいた』(中略)
擬似親子関係とか家族ごっことかそんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
もっと恐ろしいゆかれいむの片鱗を味わったぜ…
15.90名前が無い程度の能力削除
この発想は無かった。
しかしゆかれいむ好きとしてはニヤニヤせざるを得ない( *^ω^)b
16.100名前が無い程度の能力削除
長文なのにとても読みやすかった。これぞ正に二次創作!ってお話でした。
18.50名前が無い程度の能力削除
盗み聞きのシーンは紫があえてメディに聞かせたって解釈でいいんかな。
紫クラスの数多の時を過ごしてきた妖怪が母親のあの仕打ち程度で怒りに奮えるとは思えないんで、母親が何となく気に食わなくて殺したら、とかの方が説得力があったかと思う。
19.60名前が無い程度の能力削除
ちょっとこー、紫の思考に一本筋が見えなかった。
あと、別々のお話が交差するにはタメが足りなかったような気がします。
21.80名前が無い程度の能力削除
…泣いた
22.90名前が無い程度の能力削除
ゆかりん大勝利のハナシ?w
あぁ…自分も霊夢に「お母さん」と呼ばれたい(男だけどw
23.100創製の魔法使い削除
実に素晴らしい、ゆかれいむでした!

それに、霊夢とメディの二人も凄く良かったです♪
ゆかれいむは勿論の事、霊夢とメディのカップリングが私の世界で正式に認定されました。

最後で泣いて、最後の最後で笑いました。
25.90イスピン削除
これはいいメディ物…うん、メディ物で良いや。本編の様子から見るに霊夢としては『メディ>紫』みたいだし

なんにせよ、良い話を読ませてもらいました。

28.80名前が無い程度の能力削除
誤字報告……しようと思ったけど見失ってしまいました。

分量は多いですが、すらすらと読めました。
メディと霊夢という少し意外な二人の結び付け方がとても上手いです。脱帽。
ただ紫が親を殺した場面には少々首を傾げました。
あと、話の交差のさせ方が微妙というか……上手い言葉が見つかりませんが。
まあ、細かいことは抜きにして非常に面白い作品でした。

31.100名前が無い程度の能力削除
良かったです・゚・(ノД`)・゚・
34.無評価名前が無い程度の能力削除
創想話に来たのは久しぶりだったのですがとてもいい話でした。ご馳走様です。

あと誤字報告をば・・・
「一秒でもここには痛くなくて、脚を進める。」
ここは『居たくなくて』と勝手に脳内変換しました。ここだけです。

これからも頑張ってください。応援しています。
35.100名前が無い程度の能力削除
肝心の点数を忘れていました。申し訳ないですorz
36.80名前が無い程度の能力削除
メディきたっと思ったらいつの間にかゆかれいむを読んでいた
メディと霊夢の関係がうまかったです
けど紫が説明に対して
激情に駆られるすぎかと思いました
37.100名前が無い程度の能力削除
いやこれは面白い
メディものかと思ったけどゆかりん凄くいいとこどりw

毒以外にもココロでなりたっていたメディスン
そのココロに出会えた霊夢
それを見守るゆかりん

どれも面白くお気に入りです
39.90名前が無い程度の能力削除
ゆかれーむ。ゆかれーむ。素敵。
アリスがかっこいい役で出てきたと思ったら、なんか情けない退場だよ。でも、それがアリス。
40.70固形分削除
メディが霊夢と友達になりにやって来るという発想が斬新で驚きました。
霊夢・紫の関係、霊夢・メディの関係をもうちょっと練ればもっと面白くなったと思ったので惜しく感じました。(霊夢は実は人形でした、なんていうのもぶっ飛んでて面白いかもしれない)
紫の思考には確かにらしくなさを感じましたが、総じて見れば中々にのめり込めるお話でした。
43.90名前が無い程度の能力削除
ゆかりんが霊夢のお母さん、これは偶に見かけますがやはり非常に素晴らしい物ですね!本当の母を躊躇い無く肉塊にしてしまうほどの愛情も素敵です。
霊夢とメディスンがお互いに自分の半心であり、捨てられた霊夢の心が捨てられた人形として行動するというのも面白かったです。が、このような設定ならば人形解放とか毒を操る程度の能力とかの説明もあるべきだと思いました。というか霊夢=メディスンということを意識し過ぎて、今の霊夢に対して今のメディスンの内面描写がだいぶ疎かになっているように感じます。
>私は、八雲紫の抱かれて
紫にでは?
49.100名前が無い程度の能力削除
メディと霊夢の面白い創作話でした。この発想は無かった。
51.100名前が無い程度の能力削除
正直、霊夢と紫の描写に少しずつ違和感が残りました。
自分の中で、霊夢は打算では動くことはないと考えているためかもしれません。
あと、何度読み返してもアリスとメディの対話が、作品中で必要だったとは思えません。あのシーンで表現したかったことはなんだったのですか?
前作に比べると、少し残念な出来であったように思います。

それでこの点数はおかしいですか?
でも阿求の話には一人で千点入れてやろうかと思ったくらいでしたので。
52.無評価俄雨削除
 ご評価、ご批評、有難う御座います。キャラクターの性格に違和感を覚える方もいらっしゃる様で、ご批評通り改めて読み返して見ますと、まことその通りです。書こう書こうという思いが先行してしまった為でしょうか、荒が出てしまったことが否めません。皆様の温かいご意見を胸に、深く反省してこれからも精進して参りたいと思う次第です。

 作者の特性上、今後も妙に偏った作品などが創想話にあがるなどするかもしれませんが、どうぞどうぞ、生暖かい目で見守ってくださいまし。
 本当に本当に、有難う御座います。
53.100Admiral削除
メディアリかと思っていたら、ゆかれいむになっていてビックリ。
これは嬉しい驚きだ。
ゆかりん母最高。
良かったです。
あんたは最高だ!

メディの友達がもっと増えるといいなぁ(霊夢は一心同体みたいなものだし…)。
永遠亭のメンバーとはギブアンドテイクな関係、と言うことなんでしょうかね?
54.100s削除
ゆかりんが母って話は数あれどもここまで複雑且つ納得できる話も少ないかと。ゆかれいむイイよゆかれいむ。
アリスとメディの関係をもう少し穿てたら更にイイかも、とか思ってみたりみなかったり。
人形を自立させていたのは人間の心だった。と知ったアリスが何か行動を起こしてくれ…、いやまぁ、私の考えることでは無いですね。

ではでは、これまた最高の作品をありがとうございました。蝶最高と言わざるを得ません。
59.100読み解く程度の能力削除
前編からやってきました。(笑)
まず最初に、大変素晴らしかったです。
自分の中でのゆかりん母親説が大幅に上昇です。霊夢の両親が外の世界の住人であり、霊夢自身も捨て子であるという驚愕の事実。さらにはメディスンまでもがもう一人の自分。脱帽しました。ここまで東方ならではの曖昧な設定が生きているものも無いと思いました。
自分を取り戻した霊夢と周辺の掛け合いなども読んで見たいものですねぇ。
そして最後に、大変素晴らしかったです。次回作も期待しています。
62.100名前が無い程度の能力削除
今頃になってこんな名作を発見してしまうから困る
お母さんゆかりん最高
63.100名前が無い程度の能力削除
発想が秀逸すぐる!
64.90永遠に名前がない削除
こんな作品にはこの点数で十分だ
とても楽しめました
65.100名前が無い程度の能力削除
あきゅえいきから来ました
ゆかれいむにも目覚めそうです
86.100名前が無い程度の能力削除
メディと霊夢も八雲家の仲間入りですね
91.100名前が無い程度の能力削除
よかったです。
え? 100kb越えてたの? ってぐらいに一気に読ませていただきました。
92.100あとん削除
まさかの帰結に驚きです。
それにしても不思議と読ませる文ですね。すんなりと読めました。
あとメディの言葉遣いかわいい。
94.100はなかやわ削除
何でだよみんな!
いいじゃないか親娘的ゆかれいむ!
背徳的でもそれが究極真理なんだよ!
97.100名前が無い程度の能力削除
メディ=霊夢の発想はなかった