零、タマとヒトカタの境界
――※※ ※※※※※※※ ※※※ ※※※※※※※※……。
それはそう呟いた。
延々と果て無き道を歩みたどり着いた場所で、それはそう言ったのだ。その言葉を向けられた彼女は絶望し、思考を
放棄した。全て終ってしまえと願った結果だろう。終焉を望む心は行き場を失い、彼女から漏れ出してしまう。
彼女は己の一部を斬り捨てた。それの死を願う訳でなく、己のココロを贄として、空虚を手に入れた。
それはうめき、喚き、がなり立てたが、もはや彼女には通じない。虚ろな目には最早それの姿すら映ってなどいなか
ったから。彼女からすれば、それはモノ鳴りか自然音にしか聴こえないだろう。
やがて、何かが現れる。物事が抽象的にしか観えなくなった彼女にすら、強い印象を与える新しいソレ。
ソレとそれは何かしらを言い合い、やがてそれが押し黙って、喋らなく……いや、喋れなくなった。
彼女はその行ないに感謝するでもなく、虚ろに囚われる。己に被らされた生暖かい液体も、何かなんて解らない。
ソレは彼女の手を取り、言うのだ。
『貴女には生きる価値と、権利がある』と。
「何よ、これ」
博麗霊夢は、また阿呆な夢を観たと笑い、隣でくたばる霧雨魔理沙の頭を、何となく引っ叩いた。
一、毒人形
鈴蘭の咲く花畑で目を醒ましたのは、つい数年前。何時の間にか”私”は”私”となっていた。
意識が無かった頃……つまりただの人形であった頃の記憶がない訳じゃない。元から立派な人形師に作られたらしく
て、私には魂があったのかもしれない。
だからこそ、人形を粗雑に扱う人を憎んで解放なんて訴える。
閻魔と云う人には視野が狭いと叱られたけれど、具体的にどうして行けば良いのかは知れない。永遠亭の人達と接す
る機会も増えて、コミュニケーションを取る大切さは解ったけれど……、それが何処へ通じているかは、未だに明確な
ビジョンは見えずにいる。
所謂、現状打破は急務だと思う。当然、誰かに急かされている訳でも、何か究極的な危機に陥っている訳でもないの
だけれど、現状に満足する事は即ち停滞だと、八意永琳と云う薬師は言っていたし。
「ねぇスーさん。私、お外に出てみるわ」
今は夏。燦々と照りつける太陽が青々とした鈴蘭達を照らしている。この子達は皆春に咲くけれど、いつ以来かはず
っと咲いたままになっている鈴蘭もある。私は一言別れを告げてから、空に飛び上がった。
どんな原理か、私だって曖昧だけれど炎天下の空はやっぱり熱い。体の表面がジリジリしてくる。ああ、そういえば
強い妖怪達は皆日傘を指しているらしいけれど、私もそれに習った方がいいのかも。妖怪って自覚はあまりないのだけ
れど。でも、感覚として日を嫌うのは、魂を持つモノの特権なのかしら。他の人形達がまさか日を嫌いなんて言わない
し。喋らないだけで本当は嫌いなのかもだけれど。
――そうそう、丁度あんな風な、日傘を差して。
「?」
そんな自分の身体的な心配に思考を走らせていると、視界の端に妖怪らしきものが見えた気がした。けれどもうどこ
にも見当たらず、私は気のせいだとして思考を停止させる。改めて下界に視線を向けると、何やら人里と山の間位にポ
ツンと開けた場所が見える。赤いアーチが正面に建っていて、その奥には多少大きめの家? がある。
行き成り人里に行くのは……まだちょっと気が引けてしまう。人間がうじゃうじゃ居る場所は苦手。でもここなら人
は居そうだけれど多くはないだろうし、新しいコミュニケーションを取る場所としてはうってつけだと思う。
私は早速拠点を決めると、すぐさま降下してその場所へ降り立った。
……想像していたより何もない場所。私は赤いアーチの足元でお茶を啜る人間らしき人を見つけたので、警戒されぬ
ようゆっくり近づいて行く。
白と紅が目立つおめでたそうな人だ。暗い人よりはとっつき易そうなので第一印象は安心。
「あのー……」
「はぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ……………………」
紅白の人は、私が近づいて声をかけると盛大に溜息を吐く。何か悪い事をしたっけ……いや、してない。私はただこ
こに降り立っただけ。毒だって撒いてないもの。
「疲れてるの?」
「そりゃ疲れもするわよ。まぁた妖怪増えたなんて……魔理沙に馬鹿にされるわ」
「えっと、それって私の事かしら?」
「それ以外誰が居るってのよ。なぁに、何の用。参拝なら歓迎よ。素敵なお賽銭箱は向こう」
「良く解らないわ」
「でしょーね。解ってたわよ。それで何。退治されに来たの?」
「違うわ」
紅白はあまり機嫌が良くないらしい。原因不明に怒られても此方は困る。倒してしまっても良いのだけれど、それじ
ゃあコミュニケーションにならないし。永琳は力よりまず会話って言っていた。相手の力量を見極めるのが大事とも言
っていたわね確か。永琳って人の場合……戦う気になれなかったかな。見極めるとかそんな問題じゃあなくて、あの兎
二匹と並べるにもおこがましい程に、何か滲み出てたし。
それに比べると、この紅白はそんな気配が無い。多分普通の人間なのだと思うから、叩いて潰したら可哀想。だから
一応会話に持ち込みたいのだけれど……好戦的よね。
「私、メディスン・メランコリー。鈴蘭畑に住んでいるの。この子はスーさん。ちなみに鈴蘭もスーさん」
「……良く解らないけど、名乗られたら仕方ないか。博麗霊夢よ。ここで巫女してるわ」
「巫女?」
「そ。神様のメイド」
「あ、なるほどなるほど。シスターね」
「……宗教体系自体複雑だし、難解に説くよりもそう言った方が解りやすそうね。というかシスターが解って何故巫
女を知らないのか、が疑問だけれど」
「とりあえずそんな事はいいの。実は私、お友達を作りに来たのよ」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
紅白は……そういって耳を手で塞いで蹲る。妖怪の友達ばかり居る巫女って、どうなのかしら。神聖な者がバケモノ
とばかり親しいって、問題あると思うのだけれど……でも、そういう宗教なのかもしれない。単純じゃないのね。
「駄目かしら」
「駄目よ駄目だめ。これ以上妖怪が神社闊歩したらお賽銭が……あ」
「ど、どうしたの」
「元からないや……いいわ、好きにするといいわ……」
博麗霊夢と名乗る人間は、何か諦めたような表情で放心し始める。きっと妖怪に心巣食われているのね。私も妖怪だ
けれど、少し同情するわ。
「じゃあお友達ね。宜しく、霊夢」
「……まぁ。それはいいけれど……ねぇ貴女」
「何かしら」
「妖怪って云うには……何か少し違うわね。生身ではないの?」
「それは、見た目?」
「見た目といえば見た目ね。凄く精巧だけれど、貴女無機物みたい。人形?」
この子、なんて目をするのかしら。今私を見た時の目。人間にしてはちょっと怖い。八意永琳とはまた別の怖さがあ
ると思う。一見すればただの女の子なのに、気配の切り替えが出来るのかしら。だったとしたら、私は戦わなくて良か
ったのかもしれない。
博麗霊夢から受ける印象は恐怖に類似してる。触ってはいけない類なのかしら。他の妖怪が友達って云うのも、まん
ざら嘘ではなさそうだ。
「私は人形。鈴蘭畑に捨てられていたの。毒を吸って命を得たわ」
「道理で、凶悪ね。毒そのものの想念みたいな感じかしら。それとも鈴蘭の化身かしら。自然の権化に近いわ……あ
らでも……」
「な、何? たぶんその通りだと思うけれど」
「そうよね」
霊夢は一端何かしら考える素振りを見せてから、気のせいね、と言ってお茶に手をつける。
「私にも頂戴」
「いいけど、人形ってお茶飲めるのかしら」
「貴女も言ったでしょう。私は精巧に出来ているの。魂を得た時点で、それらも正常に機能するようになったわ。
たぶん」
私は精巧に出来ている。人間として必要な器官は、形だけは無機物としてちゃんと備えられて、その上で人の形に収
められている。私に宿っている毒は、きっとそれを本物にしたんだ。夏の暑さを暑いと感じるのもその所為ね。生物ら
しい器官が備わっているのだから。
「はぁ……アリスが聞いたらビビるわね」
「アリス?」
霊夢が私にお茶を渡して、ぽつりと呟く。
「人形遣いよ。お友達がお人形しかいないの」
「敵なのか味方なのか判断しかねるわ」
「敵じゃないかしら。人形酷使してるし」
「敵だわ……どこに住んでいるの?」
「魔法の森の中。でも、止めた方が良いと思うわ」
「な、何故かしら」
「貴女、人形でしょうに。人形遣いには絶対敵わないわ。分が悪すぎるというか、相性が悪すぎる」
「そんなの、戦ってみなきゃ解らないわよ」
「……うーん」
霊夢は湯のみをお盆に降ろすとおもむろに立ち上がる。懐から紙切れを取り出して、馴れた手つきでそれをヒトのカ
タに織り上げた。
「専門分野じゃないから得意じゃないけれど……これは、何に見える」
「ヒトのカタチを模った紙」
「そう。ヒトカタ。古代より人間は、人間と同じ形を模したモノに厄を移して川に流し穢れを祓ったり、誰かに見立
てて恨みを晴らしたり、力を乗せて使役したりしてきたわ」
「それが、どうしたの?」
「解らないかしら。貴女は命はあれど、人形っていうカテゴリーからは抜け出せない。貴女は人間が作った人間の代
用品なの。主人たる人……特に人形を扱う事を専門とした者には、敵わない」
霊夢は、ヒトガタを宙に浮かせて自在に操ってみせる。それは段々と私に近づいてきて……目の前で粉々になった。
何を示したいのか、今一理解出来ない。人形は人間の道具だから、絶対的自由にはなれないって事を言いたいのかしら。
だとしたら、ちょっと嫌なヒトね。
でも、今更そんな事を言っても仕方が無いわ。前に進むって決めたのだもの。一々突っかかってたらきりが無いし、
人形解放っていう至上の目的の上で、これは瑣末な問題。人間は人形を道具として見ている。これは今の状態ではどう
にも手の施し様が無い事だからこそ、私は決意したのだもの。
「ヒトのカタを模したなら、もう少し丁寧に扱ってくれても良いとは思わない?」
「正論ね。でも一応感謝はしているの。この紙切れも、貴女を無茶に走らせない為の犠牲になったとしたら、それな
りに価値を見出して消えた事になるわ。それでもアリスに突撃するってのなら、今のヒトカタは無価値ね」
「む……」
口が上手い。霊夢は、少しだけニヤッとして此方を見ている。でもそれは詭弁。ヒトカタじゃなくても示せたに違い
ないのだから。人間は嘘を吐くから油断出来ない。私だって、何時までも馬鹿で愚かじゃないわ。何の為に永遠亭で口
の上手い兎と話し込んだと思ってるの。こうならない為よ。
「ヒトカタじゃなくても説明出来たのじゃないかしら」
「戯れよ。だってヒトカタですもの」
ほら、本音が出た。人間のヒトカタに対する意識なんてこんなもの。
「でも現実は、犠牲が一つ出たわ。貴女はそれを見て自重しないの?」
「……むぅ」
何かを殺した後にまるでその犠牲はお前の所為で払われたのだ、と言わんばかりの論理展開。私悪くないのに……。
ちょっと変な人に絡んでしまったのかもしれない。これは自己反省すべき点だと思う。とはいえ、思想同調可能な種類
の人間と交わった所で進展なんて無いだろうし、何よりこういった人間の考えを修正する為に私は居るのだから、仕方
ない。
「解ったわ。今はそのヒトカタのサクリファイスを受け入れるわよ」
「賢明。アイツの家に乗り込むと他の人形巻き添えにするし、アイツと戦うと間違いなく人形が犠牲になるから、人
形の事を思えば戦わないに越した事はないわ」
「こ、攻撃自体が人形なの?」
「そうよ。バンバン飛ばすしバンバン爆発させる」
最後の敵はそのアリスと云う人物なのだなと、私は確信する。敵も敵。なぁにが人形遣いか。発破師の間違いじゃな
いだろうか。建築物解体の仕事でも請け負えば良いものを、何をトチ狂って人形爆破なのよ。たまったもんじゃないわ。
正面から衝突したら人形が犠牲になっちゃうし……やっぱり言葉ね。言論で説き伏せるしかないわね。
「案内して。戦わないから」
「面倒」
「そんな、友達じゃない?」
「私は自分が思ったことしかしないわ。嫌なものは嫌と言うの。よっぽどじゃない限り。それに、ここに居ればきっ
とその内見かけるわよ。本人も人形みたいな容姿をしているからすぐ解るわ」
「では、ここで待っていても良いのね」
「好きにして」
「じゃあ好きにするわ」
霊夢はハイハイと私を適当にあしらうと、アーチにもたれ掛って目を閉じてしまう。神様に奉仕する職業なのに、こ
んな不真面目で良いのかしら。私にはあまり関係ないけれど、一応名目上友達だし、注意した方がいいのかしら。
「霊夢、アーチにもたれ掛って寝ていて大丈夫なのかしら。お仕事は?」
「鳥居よ。アーチって、ストーンヘンジじゃあるまいに。仕事は、適当でいいわ」
「それが仕事?」
「そ。肩肘張らず、難しい事考えないで、取り敢えず形を繕っておけば仕事よ」
「そういうものなのかしら」
「その内解るわ。貴女、肩肘張りすぎだもの。何の使命感に燃えているか知らないけれど、せめて『友達』の前くら
いではゆっくりしたら良いじゃない」
「うっ……」
薄目を開けた霊夢が此方を伺って、図星だろう、と表情で語る。自然にしては居たつもりなのに、そんな解り易い行
動をしていたかしら。
いえ、この場合違うわ。きっと、この博麗霊夢が鋭すぎるのね。人間も、侮れないわ。
・
・
・
・
・
「コンパロ、コンパロー」
「……何してるの」
「好きにしているの」
博麗神社二日目。私はアリス何某が現れるのを待つ為に、鈴蘭達をここまで持って来た。いつも傍にある分、少しの
間でも離れると居心地が悪くって仕方が無い。別に鈴蘭の毒が無くなったからといって困る訳ではないのだけれど。
依存症みたい。人形なのに。
「どこの、誰の敷地に鈴蘭植えてるの」
「博麗神社の、貴女の家の庭に」
「数本なら許すわ。でもこれ、どう考えても花壇一つ分移植したって感じよね」
「スーさん一人じゃ可哀想だわ」
「にしたって……貴女……」
土いじりの手を止めて、霊夢に向き直る。今日も天気が良くて日がジリジリするけれど、何か一つの事に夢中になる
となかなか手が止まらないものね。それにしたって、この陽射しによく外でお茶飲もうなんて思うわね。
それは、良しとして。
鈴蘭畑から持って来たのは本当にごく一部だけど、意外と何も無いこの庭からすると、妙に目立つ量みたい。彼女は
気に入らないのか、目がちょっとだけ怖い。いいじゃない。スーさんくらい植えたって。
「いいじゃない。スーさんくらい植えたって」
「加減ってもの知って頂戴。貴女、妖怪になって日が浅いでしょう」
「そ、そうだけれど……」
「妖怪って云うのはね、なるべく他人に睨まれない様ひっそり暮らすものなの。あまつさえ私を敵に回そうとは、良
い度胸よね」
「に、人間の脅しなんか怖くないわっ。スーさんが何処で生えていようとも、自由よっ」
「……はぁ。変なのに捕まったなぁ」
変なのとは何よ、失礼ね。それはこっちのセリフだって思っても口にしなかったのに。だから人間は嫌いよ。
……でも、そう。人間っていうのはこんなものよ。もっと考えを広く持って大らかにすべく、私は居るのだものね。
ここでくじけちゃ駄目だわ。
「それで、理由は何」
「こ、ここで待たせてもらう間、その、す、スーさん居ないと寂しくって」
「……え、何。ここに定住?」
「待たせて貰っている間だけよ。そのアリスって云うのが何時来るか解らないんじゃ、離れられないわ」
「連れて行った方がいいのかな……」
「それが手っ取り早いのだけれど。でもそれじゃ植えた意味がなくなっちゃう」
「自分を縛るようなモノを自分から作り出すなんて……よっぽどの阿呆なのね。まぁいいわ。枯らしたら可哀想だか
ら、ちゃんと世話なさいね」
「あら、巫女にも花を愛でる心があるの?」
「日本の神様は自然だから」
「寛大な宗教なのね。でも貴女は今一心が狭いわ」
「神様と巫女は比例はしないの」
霊夢はそこまで言って母屋の影に消えてしまったと思ったら、如雨露を持って現れた。それと一緒に麦藁帽子も持っ
て来て私に被せてくれる。良く解らないけれど、引っこ抜いてしまおうとは考えていないのね。私の言葉が通じたのか
しら。
こうやって少しずつ解って貰うのも悪くないかもしれないわ。こんな人間一人、なんて思ってたけれど、まずはその
足がかりって欲しいものね。霊夢に花と人形への愛を説いて、伝道師にする。嗚呼、私ったら作り物の脳なのに意外と
頭良いわ。そう、伝道師。響きが良いわね。
「ありがとう……けど、私熱中症にはならないわ」
「人形だって日焼けするでしょ。色悪くなるわよ」
霊夢の指摘は最もだった。そりゃ物体ですものね、劣化するわ。なんだ、心配されちゃってたんだ。
「で、そこに把になってる鈴蘭で終わり?」
「えぇ。これだけあれば私もスーさんも寂しくないわ」
「そう。ほら、早く終らせましょ」
何を思う所があったのか。霊夢は把になっている鈴蘭を紐解いて穴を掘り、一つずつ植え始める。私一人で出来る事
なのだけれど……ううう、勘繰ってしまうわ。この疑り深い性格って、名前の所為かしら。
ま、まぁ。手伝ってくれるならそれに越した事はないと思うし。向こうが起した行動だけれど、これを機会に少しで
も人形と花の素晴らしさに気がついて貰えば儲けものだし。
私もシャベルを握り直して、次々に鈴蘭を植えて行く。
「何で鈴蘭が好きなの」
「それは、私自身が鈴蘭の毒だからよ。私は毒を自由自在に操れる。この穢れ無き体と力は、鈴蘭達のお陰なの」
「人形が毒に支配され……命を持つ、か。聞いた事ない」
「そうなの?」
「まぁ、拠り所を無くした霊が人形に宿る事はあるけれど。鈴蘭自体に意思があるとは到底思えないし」
「そんな事ないわよ。皆生きてるの。貴女も私も人形も植物も。自然が神様なのに信じていないの?」
「自然っていう大きな括りだから。鈴蘭単体の神様なんて知らないわ。霊も、妖怪もね」
「だとすると、私はその代表格となる訳ね」
「……そうね。第一号ね」
そこで会話は途切れて、鈴蘭を植える作業に没頭し始める。意外と少なめに持って来たつもりだったのだけれど、な
かなかに時間がかかってしまう。最初は日も高い位置にあったのに、今はもう翳り始めて、太陽の一部は山の向こうに
体を埋めていた。ヒグラシの声があちこちで響き渡っていて、夏の一日の終焉を演出してる。
作業をしながら霊夢の顔を伺ってみる。何も不満はなさそうだった。黙々と鈴蘭を植えては暑そうに額の汗を拭って、
またそれを繰り返して。
自分の思ったことしかしないんじゃなかったのかしら。面倒くさがりそうだし。それともこれは自分の思ったことだ
と言うのかしら。あまり優しい人には見えないけれど、人間って気紛れなのかしら。
「ねぇ」
私は疑問を口にしてみる事にした。アリスとやらの家に連れて行くより、よっぽど面倒な作業を今している、この矛
盾した行動の答えが欲しくて。
「面倒じゃない?」
「面倒よ」
「じゃあ、どうして手伝うの?」
「鈴蘭、早く植えなきゃ枯れるでしょ」
「……」
私には――この人が良く解らなかった。
「こっち終わり」
「こっちも終った……」
そんな疑問を持ち初めて数分後。漸く全ての鈴蘭を植え終えた。私と霊夢はそのまま後ろに転げて倒れる。見上げる
空は真っ赤に染まっていて、もうすぐ夜が訪れるのだと知らせてくれる。
手も腕も足も額も服もドロだらけ。霊夢も同じようだ。
こんな汚れる事を好きで引き受けるようには見えないのに。一体どんな思惑が隠れているのかしら。もしかして、本
当は仲良くなる振りをして、妖怪の私を亡き者にしようとしているとか。八意永琳は利害関係がハッキリしていたから
解り易かったけれど、私と霊夢の間には何も無い。強いて言えばとってつけただけの友人って肩書きだけ。
八意永琳は、私が毒を提供する代わりに、智慧と初歩的な妖怪としての振舞い方を教えてくれた。でも霊夢は別に何
か私に求めている訳でなく、こんな事を手伝ってくれる。少し、気味が悪い。
鈴蘭が枯れてしまう、なんて。あんな戯言をもって軽口を叩く巫女の言葉はあまり信じられないし。
「水をあげて、今日はお終いにしましょう」
「ねぇ、霊夢」
「何?」
「人間って、皆こうなの? 何となくで行動したりするの? そこに決意とか、大義名分はないの? もしかして、何
か企んでいたりするの? 私には解らないわ。霊夢、友達なら教えてよ」
「友達だからでしょ」
友達だから。
友達って云うのは、こういうものなのかしら。見返りは求めないで、取り敢えず付き合う。でも、私は別に霊夢と友
情らしきものを育んだ覚えはないわ。そんな、友情ってオブラートに包んで隠しているだけで、その奥には何か暗いも
のがあるんじゃないの?
「私、一応意識して、人間も妖怪も平等に接しているつもり。でもそれなりに友人だって言える奴は居るわ。いつも
押しかけてきて夕飯を食べて行く魔女とか、時たま現れては愚痴る人形遣いとか、へんなメイドとか、へんな吸血鬼と
か、へんな鬼とか。そんな奴等を友人ってカテゴライズするなら、友達になりましょうって宣言した貴女を拒む理由が
ないもの」
「妖怪の友達はもう要らないんじゃなかったの?」
「良く考えれば、貴女だけ無碍に扱うのも憚られるわね。危害、加えるつもりは無いんでしょ?」
「な、無いわ。当然無いわ」
「じゃ、いいじゃない。友達だから手伝った。この殺風景な境内に花壇の一つでも作ってもいいかって思ってそれを
肯定した。これが理由。いい?」
「……人間って、変」
これが、この博麗霊夢の認識。疑り深い私でも、この言葉に何の違和感も感じない。飄々とした態度は嫌味が無くて、
後ろ暗いモノもや隠蔽された感情の裏側も見えてこない。騙されやすいって永琳に指摘されたけれど……これは、間違
いないと思う。
この考えが人間全員に通じるかは知らないけれど……少なくとも、この博麗霊夢に関しては、何の企みもないのだと
思う。人形には優しくなさそうだけれどさ。
「そうね。ほら、さっさと水あげて、お風呂入りましょ。貴女、服も体もドロだらけよ」
「う、うん。ちょっときもちわるい」
汚れた手を服に擦りつけると、すぐさま霊夢が制止に入る。綺麗な服汚すな馬鹿と怒られた。馬鹿とはなんだ馬鹿と
は、という批難は適当にかわされる。この人間は、何かにつけても、動じない。強い人間なんだろうな。
最初は不信感ばかりだったけれど、私はこの博麗霊夢が嫌いにはなれない。これで人形にも優しかったら言う事ない
のに。残念だ。……でも、なんだろう。この子が人形を愛でている姿って、想像出来ないのよね。
いえ、人形の立場からすれば、どんな人にでも優しくされるなら嬉しいのだけれど。子供でも大人でも、モノを大切
にする心を持っている人は、きっと人形の主張にも耳を傾けてくれる筈だわ。
愛でるだけじゃなくて、私達を尊重してと。人形はただの玩具ではなくって、もっと尊いものなのだと。
そんな世界になるまで道のりは長いだろうけれど、私は諦めたりしないわ。人形がただの道具としてではなく、家族
として迎えいえられるその日を、私は理想じゃなく、現実にしてみせる。
・
・
・
・
・
「ちっさいわねぇ」
「ちょっと、もう少し丁寧に扱ってよ」
「解ったわよ……はい、ばんざーい」
「ばんざーい……って、何させて」
「体硬くするから側面が洗えないじゃない」
……。
糸瓜でゴシゴシ擦られる私。勿論擦っているのは霊夢。何よこれ。
お風呂に入るって云うのは解るわ。私だって体は汚れるから、普段水浴びくらいするもの。当然一人でね。でも何故
一緒に入る必要があるのよ。そもそも、霊夢ったら私の事なんだと思ってるのかしら? 自分で鈴蘭の毒の権化なんて
言っていた筈なのに、少しぐらい危機感は無いのかしら。
私が毒の調整を止めたら、霊夢はその瞬間から爛れちゃう。いえね、爛れさせるつもりは無いからこうして抑えてい
るのだけれど。そういうのひっくるめて、全部解った上でこんな、お風呂で体洗いっこなんてしてるの?
「ねぇ、霊夢」
「質問の多い子ね。何よ」
「怖くないのかしら?」
「誰が誰を」
「貴女が私を怖がらないのかって話よ」
「貴女……メディスンだっけ」
「メディスンメランコリー。メディでいいわ」
「ねぇメディ。基本的に私って怖いものが無いの。その上、毎日のように大火力魔女とか胡散臭い大妖怪とか、力馬
鹿の吸血鬼なんかが押しかけてくるのよ。今さら人形一体、怖いわけもないわ」
「……一体どんな神様のお家なの、ここは」
「知らないわ。こっち向いて」
「ん」
霊夢は、表情一つ変えず私を黙々と洗浄する。やっぱり、人を洗うというよりモノを洗うって感じだけれど、不真面
目には見えない。私はそんな霊夢を訝りながら、顔を覗き込む。
「何」
「人形人形って言うけれど、霊夢だってお人形みたいだわ」
「例えた対象によっては、今から裸で放り出すけれど」
「凹凸が少ないのもそうだけど。ねぇ、霊夢。もしかして貴女、人間はあまり好きではないの?」
「……」
まずかったかしら。霊夢の顔が、少しだけ曇る。でも気になったのよね。神社には妖怪ばかりだって言うし、昨日も
今日も訪れる人間一人すらいやしない。私が居なかったら、彼女はただ適当に箒で庭を掃いて、お茶を啜るだけだった
んだろうし。
なんだかそれってちょっと、私と似てるわ。人間なんかと話す事なんかなくて、毎日鈴蘭の畑でのんびりするだけ。
つまり私と似てるって事は、人間が嫌いなんじゃないだろうか。
「頭も土だらけね。どうやったら土なんか被るのよ」
「霊夢、こたえ……わぶっ」
私の問いを無視して、霊夢は私にお湯をぶっ掛ける。これは、否定と取れば良いのかしら。永琳も確か、人間は言葉
だけで無く行動でも語るって言っていたし。多分間違いないわね。この場合、深追いは禁物。あまり突っ込んだ話は嫌
われるらしいし。
私は頭を石鹸でわしゃわしゃ洗われながら、霊夢という巫女さんの心の中を探る。ここまで気を許しているのは、さ
っきの言葉に嘘を感じられなかったから。けれど当然、まだ疑念は払拭出来ていない。でも悩んでばかりでは前進すら
ままならないから、こうしている。
ヒトって云う生物は、私が思っている以上に多彩に存在して、個々に特徴的な感情と、様々な行動原理を有していて
常に一定じゃない。他にサンプルが無いからはかりかねるけれど、博麗霊夢はその人間の中でも更に特殊な気がする。
ヒトは群れて生活する。私のような孤高な存在とは異なって、とても弱い生物だから集まらないと暮らしていけない。
火に弱く水に弱く風に弱く土に弱く毒に弱く。個体では壮大な森羅万象の前に為す術がないから、その人間達は皆集団
で暮らして発達した知能を出し合い、それを用いて自然を制御しながら生きている。沢山の人達が考え練り上げた歴史
を踏み台にして生きている。
当然、博麗霊夢だってその内の、その歴史から生まれた人間の一人である事には絶対変わりない筈なのだけれど……。
具体的にそう感じる理由を挙げろと言われれば勿論困ってしまうけれど、こんな人のよりつかない場所で暮らしてい
て、私なんか恐れる事も知らず、果ては妖怪ばかり友達だって言う。
霊夢の態度や仕草を思い出しながら、もっと考える。
私を人形だと見抜いた時の目。私を不愉快だと感じた時の目。双方共、同時に湧き上がった強い力の断片。
無機質な対応。表情とは裏腹な行動。
所謂”素直ではない”のかしら。言葉と行動が結びつかない人。
ここまで来ると私からかけ離れる。似ているのは上辺だけ。
どういう意図で、こうしてお風呂まで一緒に入っているのだろう。本当に友達だからってだけの理由なのかしら。
発言と行動が結びつかない霊夢ならありそうな気もするけれど。
「お湯かけるわよ」
「え、あ、わぶっ」
……。
「ねぇメディ」
「な、な、何かしら?」
「何を深く考え込んでいるか知らないけれど、話してみたらどうかしら。内容にもよるけれど、私でよかったらある
程度協力するわ」
その表情には嘘が無い。軽薄な笑いを浮かべて好感を誘うような事もしない。彼女は真剣そのもので、私は戸惑って
しまう。こんな事、誰からも言われた事が無い。私を信用させようと迫るヒトは大概後ろ暗いものが見えるのに、霊夢
からはそういった邪念が感じられない。
人形には優しくないけれど、今まであった誰よりも信用出来る人に思えた。
「……」
「ま、いいわ。もし何かあるなら言って頂戴」
「えぇ――」
「あがりましょ」
霊夢に手を引かれて風呂場を出ると、タオルを引っ被らされる。乱暴に頭を擦られるのはちょっと嫌だけれど、そん
な、人間からすれば日常の一コマが妙に温かく思える。
私は人形なのに。何故こんな事が私の擬似心臓を揺るがすのかしら。私がふと頭を上げると、霊夢はなんだか笑顔だ
った。これはまた先ほどの無表情の真剣さとは違う、心有る微笑。そんな顔を見られたのが恥ずかしかったのか、霊夢
はすぐさまそっぽを向いた。
服は洗濯するから、と言って取り上げられた。代わりに寄越されたのは巫女の正装らしい。着慣れない服はちょっと
違和感を覚えたけれど、鏡の前に立たされてから私はそれを気に入った。聞けば小さい頃のお古らしい。
霊夢はそういえば小さい頃って……なんてブツブツと呟いていたけれど、何やら自分で整理がついたらしく、考える
のをやめて、また私の手を引き――今度は居間へと連れて行かれる。
「外に居座られるのもなんだか嫌だから、家の中で待ちなさいよ。寂しくなったら花壇を覗きにいけばいいわ」
「あ、ありがとう」
「ところで人形って何食べるの?」
「何も食べなくても大丈夫よ。だから気にしないで。私はこの場所を借りるだけで十分」
「そう」
小首を傾げ、霊夢は私を多少観察してから台所に消えて行く。私は手持ち無沙汰になってしまったので、スーさんに
話し掛ける事にした。何時もはこうして過ごしているから何の苦もないわ。
「ねぇスーさん。何で霊夢は私に優しいのかしら」
スーさんはパタパタを羽を動かして回ってみせる。
「これは本当の良心からの行動なのかしら。それともやっぱり裏があるのかしら」
スーさんは私の肩に止まって、手で何かを表現してる。
「どちらにせよ、危害を加えるようには見えないし、私もそんな気はないし。穏便な方がいいわよね」
スーさんは頭を縦に振ってそれに答えてくれた。
……。
静かな時間が流れる。
台所からは恐らく包丁を扱っているだろう音が響いていて、外からは夏虫の羽音が聞こえた。永遠亭でも似たような
「空気」を味わった事があったわね。でもここは更に特別な感じがする。兎達のわめき声も無ければ、談笑も無い。
あるのは生活音と自然音のみ。彼女はこんな所で一人で暮らしている。
何かしら同情する点がある訳じゃなし、感傷も受けない。ただ一つ印象として浮かび上がったものは、私自身の孤独
だ。霊夢は霊夢でこの生活を享受しているのだろうから不満は無さそうだけれど、私は妙にこの空間を寂しいと思えて
ならなかった。
直ぐにその思考は鈴蘭へと直結する。私は霊夢の草履を失敬して、鈴蘭を植えた花壇まで赴く。
春に咲く筈の鈴蘭が咲いている。真夏の夜に白い花びらを湛えて、それを風に身を任せて揺れていた。
「私ったら、何してるのかしら」
袴の裾を持ち上げて、そんな事を呟く。確か、そう。私は視野を広げる為に外へと出て来たんだ。だから本当は一箇
所なんかに留まっていないで、色々な場所を回って、色々な人や妖怪に人形の地位向上を訴えなきゃいけない。
……それで、人里に行き成り赴くのは気が引けたから、ここに拠点を置こうとして、変な巫女に捕まって、その巫女
に人形遣いの話を聞いて、こうしてる。
急務だ、なんて大それた事を言って出て来たのに、結局のんびりしてる。自覚が足らないのかしら。でも、今この時
が無駄であるようにも思えない。急がなきゃいけないのは、これは個人的な問題で……実際、人形に急かされてなんて
いないのだから。
ステップは順序良く踏むべきだと改めて考え直す。一人から二人、二人から四人、四人から八人、そんな感じで増や
していけば、私だって人間に慣れる筈だし、何より霊夢を観察する事で、人間何たるかを学べるかもしれない。
ちょっと特殊みたいだけれどね。
それに、アリス何某は放って置きたくない。人形に被害が出るだろうけれど、斗争に犠牲は付き物。説き伏せれない
場合は暴力も辞さない。穏便に行きたいけれど。
「メディ、どうしたの」
鈴蘭の前で立ち尽くしていた私に、声がかかる。なんだか少しだけほっとした。鈴蘭も良いけれど、霊夢の声も不思
議と寂しさを和らげてくれる。
この寂しさはどこから来るのかしら。何時だって一人だったのに。鈴蘭が少ないからかしら。それとも、違うような
気がするけれど……。今の私には、理解出来ない感情ね。
「ねぇ霊夢」
そんな霊夢だからこそ、話しても良いのかもしれない。霊夢はあまり人形には優しくないけれど、話くらいなら真面
目に聞いてくれると思う。そこに解決策があろうがなかろうが、自分の持ちえる思想を語る事で違う未来が見えてくる
可能性だって捨てきれないから。
「あのね、霊夢―――」
二、ハクレイノミコ
もう顔も見たくない――
私の無意識……ふとした時の白昼夢などには、良く現れる言葉。天気の良い日なんて特に、ぼうっとしていると突如
そんな言葉が浮かんでは消えて行ったりする。
勿論意味なんて解らない。抽象的な表現の上に、何を意味して、誰が誰に対して言っているのやらてんで思い当たる
節がない。ただ一つ具体的な事は、その言葉と同時に広大な丘がフラッシュバックするって事。自分の預かり知らない
記憶なんてそうそうある訳がないし、眼を醒ます度に一体何なのかと考えてしまう。
「霊夢、あんまり呆けてると唇を奪うぜ」
「げろげろ。勘弁して」
「ショックだぜ」
魔理沙の頭を引っ叩き、再び思考を回す。正直、年に数度しかない経験だから、覚えている内に考えて煮詰めてしま
いたい。こんな晴れた日の、年に数回だけ。記憶ともデジャヴュとも解らない言葉と風景について考察する。
実際行動した事もあった。丘といえば、捨て子で悪名高い無名の丘しかない。けれどあんな寂れた場所に行った経験
は無かったし、私はちゃんと母も父も一応は居たのだから、捨て子じゃない。捨て子じゃあないけど……。
「魔理沙、私って誰だっけ」
「お前はお前だろう」
「違くて、私ってば、何処から来た子だっけ」
「ん? お前は確か両親が早く死んで……そう、貰われっ子だ」
「そうそう。後継ぎの居なかった博麗神社に引き取られたと。そうよね、当然」
「突然どうしたんだ」
「昔の事って、あんまり記憶していないなって思って」
「私だってあまり覚えてないさ。霊夢、暑くて脳が煮立ってるんじゃないのか。水風呂に入ろう。一緒に」
「アンタはアリスのご機嫌とってなさいよこの幻想郷フラグメーカー」
「非道いぜ……」
魔理沙を詰り倒して、私も縁側に倒れる。暑くて思考能力が低下するからこそ白昼夢なんて見るのだけれど、思考能
力が無くなる暑さじゃあ当然思考出来ない。傍らの西瓜を手に取ってシャクリとやる。温い。
温度計に目をやると、水銀は三十五度を示していた。そりゃ魔理沙の頭も茹るわね。
「魔理沙、お風呂入ろう」
「えっ……霊夢、何企んでるんだ?」
「こんなあっついのにべた付かれたら堪らないわ。頭冷やせばその良く解らない邪念も消えるでしょ」
「尤もだ。理に叶ってる。直ぐ行こうやれ行こうそら行こう」
妙に嬉しそうな魔理沙を引き連れてお風呂場へ赴き、そのままひん剥いて風呂桶に投げ込む。
「あ、おい?」
「ちょっと考える事があるから、アンタは風呂に入ってなさいよ」
「謀られた」
何故か残念がる魔理沙を置いて、私は奥座敷に篭る。風は無いけれど、光が殆ど当たらないここは他の部屋よりも大
分ひんやりとしていた。
押し入れから枕を引っ張り出して、私は畳の上へ横になる。
冷たい畳が肌に触れて気持ちが良い。これなら縁側よりよほど考えやすいだろう。
「……」
それに、この部屋は他の部屋より違う空気がある。肌に感じる空気も冷たいけど、印象として感じる空気が冷たい。
何かしら思い入れがある場所とも違うけれど、ここに居ると冷静でいなくちゃいけないような気がしてならない。
天井を見上げて、視線を巡らせる。
たった六畳の空間はまるで牢獄のようだ。
「暑いわね、霊夢」
「……」
「外の世界の氷菓、食べる?」
「食べる」
……結局、博麗神社で一人になれる場所はないらしい。人はこないけれど妖怪はひっきりなしに現れるのよね。
紫はスキマからにゅるっと出て来て私の隣に腰掛ける。表情はいつも通り、笑っているのか馬鹿にしているのか解ら
ない顔だ。
「この部屋、好きなの?」
「好きって言うより、落ち着くの。いえ、落ち着かなきゃいけない気がするのよ」
「そう。はい、パピコ」
「ん」
みょんな形をした容器の口を開けて中身を吸う。カキ氷くらい幻想郷にあるけれど、砂糖は結構貴重だし氷室だって
どこにでもある訳じゃないし、珈琲味みたいな洒落たものはないから、これはこれで嬉しい。
「どっから持って来たの」
「ちょっと拝借したのよ」
「悪人」
「世の中、ワルイヒトが居て丁度バランスが取れるんですわ」
口調が胡散臭い。こういう喋り方をする時は、何時も裏側で何か別な事を考えている。けれど、私程度じゃトテモこ
の大妖怪がどんな企みをしているかなんて、解ったものじゃない。そもそも常識が通じないし、私達とは考えが違う。
まるで神様の意見を汲み取る程に難しい。
まぁ、神降ろしなんてしないけどさ。あれ疲れるし。御祭神は不在気味だし。
「ところで、何しに来たのよ」
「霊夢の顔が見たくなったの」
「嘘ばっかり」
「本当よ。それに、一応お仕事の話もあるのよ」
私は眉を吊り上げる。お仕事といえば、妖怪退治。永夜異変の時も無理矢理連れて行かれた。物凄く嫌そーな顔をし
て、紫に抵抗する。
「退治じゃないわ。異変も無いし。けれど、懸念している事が一つあるの」
「そのくらい、自分でやりなさいよ」
「そうしたいのは山々なのだけれど、こればかりは貴女に任せなきゃいけないわ」
「どうして」
「メディスンメランコリー、解る?」
聞きなれない名前だ。新手の妖怪だろうか。
「知らないわ」
「鈴蘭畑に住む妖怪で、長い年月を経てやっと成った新手よ」
「また厄介な……」
「つい最近までは鈴蘭畑で大人しくしていたのだけれど、花の異変で閻魔が何やら諭したらしくってね、外に興味を
持ってしまって」
閻魔も余計な事をしてくれる。妖怪は大人しく自分の定位置にいて、外敵が来る度追い返す真似をしていれば良い。
大体、鈴蘭畑は人が寄り付かない場所だし、放って置けば何の害もなかった筈なのに。
私は散々説教された時の事を思い出して、多少むかっぱらが立つ。余計なお世話よっての。
「それで、そのメディなんとかがどうしたのよ」
「今までは永遠亭と交流するに留まっていたのだけれど、これまた永琳が余計な事をするものだから、人間に興味を
持ち始めたらしくて」
揃いも揃って碌な事をしないのね。
「ふぅん……」
「あむあむ」
「紫、それで目的は何なの」
「おいひぃ」
「叩くわよ」
「ってもう叩いて、痛い痛い、痛いわよ……」
「あのねぇ……」
新人妖怪が人に興味を持ったって事は、実際かなり危険な問題だ。加減を知らないから大問題を引き起こしかねない。
スペルカードルールをしっかり把握しているとも思えないし、能力次第によっては人里が壊滅する。
それは人間にとっても妖怪にとっても、非常に由々しき事だ。
「毒を操る程度の能力を持った、人形解放を唱える運動家よ」
「外道でしかも煙たいのね……」
「様子を見た限りでは、過激派には見えないけれど、少し智慧が足らないわね。だから多分、霊夢が考えている通り
危ない存在よ」
「それで、私はどうすれば良いのかしら。陰陽玉ぶち込めば良いの?」
「あの子を誘導するから、博麗神社に留めるようにして頂戴。諭せるなら諭して、智慧を与えられるなら与えて」
「また無茶な事を。あのね、私は坊主でなければ教師でもないの。巫女よ巫女。巫女巫女霊夢」
「貴女が適任なのよ。ここは人里から離れているし、強い妖怪も寄り付くから押さえが利くの」
「だからぁ……」
「お願い霊夢、あの子が大問題を起すのも困るけれど、無碍に制裁を加えるような真似もしたくないのよ」
「どうして」
「それは聞かないで」
「はぁぁぁぁ……解ったわよ。解った。その代わり何か美味しい物差し入れなさいよ」
「愛してるわ霊夢」
「きもちわるい」
「違うわ。母が子を想うように愛しているの」
「阿呆臭」
「それじゃあ、宜しくね。あ、パピコもう一個あげるわ」
「待って、何時来るの、そいつ」
「今よ」
そう言って、紫はパピコを置いて消えていった。
勝手極まりないのは日常茶飯事だけれど、今日は少しばかり印象が違った。胡散臭い口調になったし、もしかしたら
今説明された以上の問題が後ろにあるのかもしれない。とはいえ、私にそこまでは説明しなかったのだから、恐らく自
分で解決する事なんだと思う。なんだかんだ、一応幻想郷秩序の為に尽力してるのね。
私は裏庭が見える小さく丸い、竹の格子が張られた窓から外を窺う。今来るって事は外に出ていた方が良いのだろう
と考え、私はパピコを手に立ち上がった。
「……ん?」
普段、あまりこない部屋であるから、この部屋を探索した事などない。最後に入ったのが何時だかも思い出せない程
の頻度であるし―――。
何が言いたいかといえば、部屋を出ようとしたら、足元の畳がずれた。そんな建て付けの悪い家に住んでいた覚えが
無い私は、それが異様なまでに気になる。
改めて考えると、この部屋の作りは少しだけ可笑しい。隣の部屋よりも、畳一枚分段差があって、その間を無理矢理
仕切るように襖がある。木枠でしっかりと固定されていたので畳は下にずれ落ちる事もなかったのだけど、何かの拍子
に踏み壊したのかもしれない。襖の端を確認してみれば、案の定区切る為の木材が折れていた。
私は畳のスキマに指を捻じ込むと、力を込めて一気にひっくり返す。
「そりゃそうよね」
当然、その下にあるのは床板。
「……でも」
床板にしては、少し違う。上に畳を敷くにしてはずいぶんと立派で頑丈そうな木材が使用されてる。ここは元は板の
間だったのかしら……。もうその必要がなくなったから、畳部屋として改造したとか。
それで納得行く筈、だったのだけれど……もうひとつ発見してしまった。
「えっと……元は柱があった……? いや違う、これ」
長方形の太い柱が立っていた跡。それは一つではなくて、その横にも同様に、一定間隔で柱が切り取られて鉋をかけ
られた跡がある。
「まさか」
私はあまり考えたくない事を連想して、それを否定する為に確認にかかる。襖を全て外し、部屋の出入り口を開放し
てから、隣の部屋とこの部屋を別つ境界を注意深く窺う。
他の部屋より梁が太く、左右も同様。そして、そこにもまた切り取られ鉋をかけられた柱の跡がある。ニスが塗られ
ていて気が付き難いけど、間違いはない。
これは隣の部屋とは作りが違う。柱があったと推測する部分を全て繋げば、これはどう見ても。
「座敷牢、よね」
格子状に木材が組まれていたとすれば、それ以外考えられない。ここが座敷牢であった事実など私は知らないし、誰
からも聞いた覚えがない。神社の母屋の一室が座敷牢。考えても答えは出ない。一体どんな理由で備え付けられていた
のか、どうして無くす必要があったのか。
「おい、霊夢。襖全部外してどうするんだ。大掃除か?」
「え、あ。違うわ。はいこれ、パピコ」
「紫だな。まぁ、あんな奴が現れた後なら襖も外したくなるさ」
魔理沙はそれで納得したのか、袋を破ってパピコを食べ始める。
こんな暑い夏の日に、私は一人だけ冷や汗を流した。
怖いのとは違う、異質な感情。薄暗い部屋はそれまでただの瞑想室であったのに、今はその薄暗さと涼しさが言い知
れぬ気配を漂わせている。
「霊夢、随分真剣そうだな」
「アンタの存在が何もかもをぶち壊しているのよ」
「そっか。んじゃ私はこれで失礼するぜ」
空気の読めない魔理沙を追い出して改めてこの空間について考察しようとしたけれど……そう、確か紫がそろそろ妖
怪一匹現れると言っていた。
ここでのんびりしていて、私に会わずそのまま人里に降りられても困る。
早急に解決する疑問でもないので此方を後回しにし、私はお茶を持って境内へと出る事にした。
・
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「あのね、霊夢――」
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・
この子は鈴蘭の子。
私とは全く持って違う概念で動く妖。
『私、メディスンメランコリー。鈴蘭畑に住んでいるの』
私の前に現れたのは、私の腰ほどの背丈の妖怪だった。人形解放を唱えているとは聞いていたけれど、まさか当人自
体が人形であるとは思わなかった。驚く程精巧に作られていて、一見すると年下の少女にしか見えない。
ふさふさの金髪にふりふりの服を着たその人形は、私にかなりのインパクトを与えてくれる。
紫が言った通り、彼女の言動からは人形を擁護する節が感じられる。けれど、理論的なものは感じられず、完成され
た体系があるとは思えない。間違いなく、この子は感情論でものを言っている。
けれど一応考える頭はあるらしくて、それなりにコミュニケーションは取れる。私が愛想のない振りをしても、向こ
うから話し合いを持ちかけてくる。
アリスの話題を出すと大分深刻な顔になって居場所を聞き始めるけれど、私が諭すと一応は刀を納めてくれた。
毒人形か。
その呼称だと筆舌にし難いおぞましいモノを想像するけれど、実物は意外に、その。可愛らしい。
あまり女の子らしいものを持った事がないし、小さな頃も人形の一つも持っていた記憶はないけれど、もしこの子の
形をした人形を貰えるなら、私は素直に受け取ると思う。
まだまだ智慧は足りなさそうだけれど、馬鹿と言う程じゃない。ただ、どう振舞って良いか戸惑っている風に見える
し、私と話している間も身が固い。
だから私は、もう少し心を開かないかと試してみる。
優しい振りをして、彼女の出方を窺ってみる。
戦って押さえつけて、二度と鈴蘭畑から出てこなくする事は簡単だと思う。けれど、そうしてしまうには、あまりに
も哀れ。
少し加減を知らなくて、振り舞い方が解らないだけなのだから、教えてあげれば良い。それに何故か、私はこの子を
叩きのめす事が出来ないのじゃないかと考えていた。
力の差は歴然だし、今まで弾幕を交えた相手より絶対的にメディスンメランコリーは劣るのだけど、きっと私はこの
子に本気を出せない。自分なりに理屈を考えてみても、それは浮かんでこないから多分感情的なモノだと思う。
『人間って、皆こうなの? 何となくで行動したりするの? そこに決意とか、大義名分はないの? もしかして、何
か企んでいたりするの? 私には解らないわ。霊夢、友達なら教えてよ』
何となくで行動したりするわ。
でも、貴女に対しては違う。
『友達だからよ』
こんな軽薄な言葉を吐いたのが、些か頭に来る。この、純粋無垢な瞳に嘘を吐く私はなんて汚いのか。勿論、紫の所
為でもあるけど、結局は自分で言葉にしたのだから自分が悪いのだろう。
あまり罪悪感なんて感じる方じゃないけれど、私は心が痛んだ。
ヒトカタの人「形」権を尊重している訳じゃないし、彼女の言うような絵空事を肯定してあげるつもりなんて毛頭な
い。人は人、人形は人形に甘んじるのが道理だもの。どんな問いをされても、私は絶対に否定する。
けれど――
『人間って、変』
人のように扱って欲しいと願うメディスンメランコリーの希望を、むざむざと打ち砕く真似だけは、出来なかった。
・
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・
・
・
「うん。なに、メディ」
「私、人形解放を目的としているの。本当は、ここに来たのも貴女と友達になる為なんかじゃなくて、人と接する為
の足がかりの拠点にするのが目的」
メディが本音を話す。宵闇に揺れる鈴蘭を背にして、少しだけ恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。
私の把握している通りの話。大分警戒していたようだし、心を解くのも時間がかかるんじゃないかと思ってたけど、
案外アッサリ吐露してくれた。
話さないなら話さないで良かった。私はここに彼女を留めるだけで良いのだから、この子がどう感じてどう行動しよ
うと選択肢はある程度決まっていたのだけれど、告白してくれるなら別だ。
「そう、それで何か懸命に見えたのね」
「解るのね」
「解るわ。今まで鈴蘭畑に居た妖怪が突然人に接しようなんて考えるのは、よほどの事だろうし」
「そっか。霊夢は妖怪の友達が多いものね」
「えぇ」
メディの調子を見れば、もっと話を聞いてもらいたいといった様子が窺える。私はメディの肩に手を添えると、母屋
に入るよう仕向ける。
人形解放を訴えているのは解る。きっと命を与えられたからこそ、人形の身として人形を保護する立場に回りたいと
思っているに違いない。だけれど、ではそれは一体何処から来る思想なのかといえば、明白じゃない。これは私に解る
訳でもないし、恐らく本人だって何故なのかは理解していないのだと思う。
根本原因を見つけて取り除く、もしくは妥協点を見つける。そうして馬鹿な真似をしないようにしてあげるのが、こ
の子の為だろう。だから私は真剣に話を聞く。面倒くさいと言えば面倒くさいけれど、他にする事があるものでもない
し、悩みといえば……そう、あの部屋の事ぐらい。
あんなものはいつでも考えられる。まずは、目の前の事象に取り組まないといけない。
「食べながら話しましょ。ご飯冷めちゃう」
「私は食べないから」
「そうね、じゃあ食べながら聞くわ。色々話したい事もあるでしょうし」
メディの表情が明るくなる。紫の話では永遠亭と交流があったらしいけれど……まぁ、あのメンツじゃ真っ当に会話
出来るとは思えないし、何より最初から馬鹿にしてかかってる節があるし。メディが永遠亭メンバーと関係を持った経
緯は知らないけど、粗方の想像は付く。毒人形だし、毒人形らしく扱われていたのだろう。
「ちゃんと話合ってくれるって人、貴女が初めてよ」
ほらみろ。
人形とて、命あれば悩む事もあるんだ。なんとなく、その辺りは私に似ている気がする。この子は私よりもよっぽど
素直だから、協力してくれる相手に悪態を吐いたりしないみたいだけれど、その点を除けば私とそっくり。
私の場合条件反射なのよ。誰かが手伝ってくれるって云うのは、その。ありがたいというか迷惑というか。その辺り
を素直に相手に伝えられない。どうしても反発するような物言いになってしまうし、適当にあしらおうとしてしまう。
こんなにも素直なメディが少しだけ羨ましい。
「それで、人形解放って云うのは具体的にどうしたいのかしら」
「人形は人の形を模したもの。人間が寂しさを紛らわす為に生み出された存在。そんな私達を粗雑に扱い打ち捨てる
ような真似は絶対に許せないの。人の形として作られたのなら、赤ん坊と何が違うのかしら。私達が望むのは、人らし
い権利。家族として生み出したなら家族として扱って欲しい。私は間違っているかしら」
「間違えているわ。そもそも生物じゃない。人と人が愛し合った結果生まれたものでもないの。人間は、人形を道具
として扱うからこそ愛するし、打ち捨てる。解らないかしら」
「どう言う事かしら……」
「道具であるから安心する。人形は何も求めたりしない、自分を束縛しないヒトガタだからこそ愛しいの。それに大
きな権利を与え、家族として扱った時点でもはやそれは人形じゃない。人形に縛られる人間なんて、人間じゃないの」
「人形の権利を肯定する事実は、つまり人間である事を否定すると言いたいの?」
「そうよ。人形は人形。私達は私達。私達はアナタ達を都合の良い道具として扱えるからこそ愛しているの」
「……まず、権利は置いておきましょう。では、何故その愛は続かないのかしら。何故捨てるのかしら」
メディはちゃぶ台に身を乗り出して、真摯な瞳を此方に向ける。純粋な、生きた眼が私を貫くようにするけれど、決
して肯定してはならない事実だから、この言論については妥協などはしてあげられない。
私は味噌汁を一啜りしてから、口を開く。
「恋も愛も、永遠ではないの。これは人形だけじゃなく、人間に対したってそう」
「で、でも……」
「モノを大事にしろって云うのは、当然大切よ。モノにも命が宿っているって考える人も居る。特に幻想郷は消耗品
が少ないから、一つのモノを使い込む事が多い。そして人はそれに愛着を持つ。勿論モノとして、便利なモノとしてね
……残念だけれど、人間の価値観に貴女の理論は通用しないわ。人形もまたその道具の一つである事に変わりないの。
人形を例えに挙げれば、そうね。人形も所詮、人間に対する愛の代用品なの。結局人形は人間と同じ立場に並ぶ事は、
永遠にないわ、悲しいでしょうけれど」
「悲しいわ」
「そうね、悲しいわね」
メディは落ち着いたのか、乗り出していた体を引っ込めて座布団に座る。
私はご飯をかっ込んでご馳走様と一言良い、食器を持って台所に消える。
……。
話を聞くと言って論破してどうするのかしら。とはいえ、反論しない訳にもいかないのが辛いところね。メディが唱
える話は感情論だからそもそも論破する程のものでもないのだけれど……今一、何かが引っかかる。
メディ自身は、生きている。これは疑いようが無い。何かしらの命を受けた存在で、人形の中でもかなり特殊な部類。
アリスが聞いたら飛んでくるんじゃないかって程精巧に出来た自律人形。
では、彼女自身自分を特別視してはいないのかしら。他の人形とは違うって云う優越感とか、他の人形は人形として
の処遇を全うすればいいって思想はないのかしら。
「霊夢」
洗い物をしている私の背中から、声がかかる。服をちょこんと引っ張って、何やら寂しそうな表情を湛えるメディ。
「では、私はどうなのかしら。これは酷いエゴなのだけれど、人形でも特別な私は、どんな扱いをして貰えるかしら」
……なるほど、と思う。
元から解っていたんだ。人形が人形以上の権利を得る事なんて難しい事を。きっと自分の中でも様々な葛藤があった
に違いない。
「人間にも人形にも永遠はないわ。けど、貴女は人らしい扱いはして貰えると思う。貴女は他の人形と違って、考え
る事も、喋る事も出来る。一人でも生きていける。現にこうして、私は貴女を普通に扱っているじゃない」
「友達だから?」
「友達ってのもある。けれど、それはメディが喋るし歩くし考える存在だからこそなの。流石に私、物言わぬ人形と
友達になるほど変態じゃないわ。アリスじゃあるまいに」
「酷い言い方するのね」
「だから言ったでしょう。人形は道具なの。道具には道具なりの愛し方がある」
「そっか……」
……私はメディの正面にしゃがみこむと、同じ目線になり、頭を撫でる。
一人で考えて、視野も狭いままに外へとやって来たこの子は……きっと私なんかより全然偉い。私は視野を広げる事
もなく、ずっと博麗神社に居る。自分の意見は曲げずに、積極的に人に交わる事もせず、どちらかといえば妖の側に立
って物事を達観してる。
ハンパなニヒリズムね。自身で冷めているつもりは無いのだけれど、きっと他人からみたら相当冷めた人間よね。そ
んな風に振舞うからこそ、過干渉を絶対的に避けたい妖怪なんかが、茶のみ友達を求めてやってくるのだと思う。
そんな私とメディは、たぶん同じ視点に居ながらにして全く違う存在なんだ。
「霊夢……?」
「考えなさい。考えて悩んで、智慧を得て。経験して、弾幕って笑い、弾幕られて泣いて、順序良く、焦る事無く前
に進めば良いわ。決して貴女の思想には同調してあげられないけれど、貴女が妖怪らしく広い視野で物事を考えられる
までになるように、協力してあげる事は出来る」
「霊夢。それは友達って事なのかしら。私は、本当の意味で、人形なのに、貴女と友達になれるのかしら」
メディが私の手を握る。少し力が強くて痛いけれど、振り払ったりはしない。
最初は、これほど面倒な事も無いとは感じていたけれど、今は違う。私は、この悲しいもう一人の私に力を貸してあ
げなきゃいけない。
理屈なんて後で良い。今は思うままに行動しよう。紫が何処まで見越してこんな状況を作ったか知らないけれど、き
っとアイツにも考えがあったんだろう。
なら私は流れに身を任せよう。その中で悩んでみよう。放って置けないこの子の為にも、言い知れない感情ばかり目
立つ私の心の中を探る為にも。
「そうよ、友達よ。何かあったのなら、必ず私に相談して。何か行動する時も、私に聞いて。まだまだ貴女は知らな
い事が多すぎるから。だから智慧も力も貸してあげる。ねぇ、メディ?」
「う……うんっ。有難う、霊夢。話してよかった、貴女なら聞いてくれると、力になってくれると思っていたから」
先ほどついた嘘の罪悪感が私の中で燻るけれど、今の私は本心から言葉を紡いでいる。
過去の発言が嘘であっても、現在の言葉が本当なら、たぶんそれで良いと思う。
ほら、人って云うのは一定じゃないから。思いつきでそうなったりするのよ。きっとね。
つづく
さて、続きをと――
以てでは。
では続き、楽しませてもらいます。
改めて読み直し、ホロリとしました。
この得点を送らせていただきます。
さっそく続きを読ませていただきます。(>o<)/
とりあえずパピコ買ってきます