※この話には、若干の風神録成分が含まれます。(製品版のネタとは無縁な程度の若干さ)
以下より本編開始です。
☆
「あ゛ー……夏だぜ」
魔法の森にある霧雨邸。
その家主である魔理沙は、机に顎を乗せてへばっていた。
魔法の森は鬱蒼と生い茂る木々が陽射しを拒み、他よりも涼しいのではないかと考える者もいるだろう。
しかし実際の所は、じめじめとした湿気が熱を逃がさず、夜になっても暑さが残るという悲惨な現実がある。
夏が暑いのは当然だし、暑くない夏なんて、とりあえず日本ではあり得ない。
ただ暑すぎるとやる気はなくなるし、あまり心地の良い物ではないことも確かだ。
汗でべっとりと張り付いた服も、着替えたところですぐに同じことになる。
首筋に濡れ手拭い、足には氷水と、考え得る納涼術はすでに決行済みだが、効果の程は薄い。
誰も見てないのを良いことに、いっそ裸にでもなってしまおうかとも考えたが、
それはかろうじて思いとどまることが出来ている。
しかし、これ以上この灼熱の中にいると、本当に歯止めが利かなくなりそうだ。
「むぅ。ここは一つ、涼しくなる魔法でも考えてみるか……」
少しだけやる気を出して立ち上がる。
立ち上がるのにもこの苦労だ。
やっぱり、早くこの暑さはどうにかしなくては。
とは言っても、魔理沙の魔法の源である茸はストック切れ。
もう一つの魔理沙の魔法の要であるミニ八卦炉も、熱エネルギーの放射にしか使えない。
炉の一部からは風が出てくるので、多少の暑さなら凌げるが、今の状況では焼け石に水だ。
根本的に涼しくできる何かが必要なのである。
となると、やがては涼しくなる魔法は新しく開発しなくてはならないという結論に辿り着く。
だが一からオリジナルの魔法を組み立てるとなると、どれだけ年月が掛かるか分からない。
完成を目指している間に、一体幾つの夏を越えればいいのやら。
「んな暇あるかーっ」
両手を高々と上げて憤りを露わにするも、それは単なる格好でしかない。
叫ぶことによって、また無駄な労力を使ってしまった魔理沙は、
再び腕を下ろすとがっくりと項垂れてしまった。
だが涼しくするための魔法という着眼点は悪くない。
地下に温泉脈ほ引いたときよろしく、何か日常的に役立つ魔法は覚えておいて損にはなるまい。
これからも暑い夏は何度もやって来るわけだし。
「ただなぁ……やっぱり一から考えるのには時間がなぁ……」
再びやる気が失せ始めて、肩を落とす魔理沙。
だがいや待てよ、と突如ピンと閃いた。
これまでにも、早く新しく尚かつ強力な魔法を物にしようとして使った“ある方法”があるじゃないか。
マスタースパーク然り、ノンディレクショナルレーザー然り。
「そうか、この方法ならなんとかなるかもしれないぜ」
にやりと悪巧みを思いついた笑みを浮かべると、あれだけ重かった腰も軽やかに上がる。
壁に立てかけておいた箒と、愛用の三角帽子を手に取ると、
忌々しいほどの陽射しが降り注ぐ空へ、魔理沙は飛び立っていった。
☆
暑さで参っているのは、何も魔理沙だけではない。
日の光の妖精だって、暑いのは勘弁願いたいし、それが氷の妖精ならなおのことだ。
湖の畔の木陰で、氷精チルノは大の字になっていた。
この暑さではどうにも動く気になれない。
下手に飛んでいると暑さにやられて落ちかねない。
暑さも気にならないほどに、面白い何かがあれば話は別なのだが――
「お、いたいた」
何やらむかつく声が聞こえたので、チルノは首だけ起こして声の主を確認する。
するとこのクソ暑いのに黒い服と帽子を着た人間が立っているのが見えた。
元気があればケンカの一つや二つ吹っ掛けるところだが、今はそんな気はない。
「あによー、あたいは今とっても忙しいんだかんねー」
「どこがどう忙しいのか教えてもらいたいもんだけどな」
「こうして暑さと戦ってるんじゃない。というかあんた見てると余計に暑くなるわ」
だいぶ薄着はしているようだが、この陽射しの中を飛んできた魔理沙の額からは止め処なく汗が流れ落ちている。
その様子を見ているだけで、こっちまで暑くなってくるのはどうしてだろう。
とりあえずチルノは、魔理沙から視線を逸らすために再び天を仰いだ。
葉々の間から除く日光がキラキラ眩しく、地味に暑い。
本当はどっかの涼しい洞窟で眠りたいところだが、生憎それを探す気も湧いてこないのが現状だ。
「あー、やっぱりお前の側は涼しいな」
相手にしなければ帰ると思っていたのだが、いつの間にか魔理沙は側まで寄ってきていた。
しかもあろうことか、チルノが垂れ流しにしている冷気で涼んでいる。
チルノからすれば、自分だけ暑い思いをしているわけだ。
これでは不公平だと不平を漏らす。
「あたいの冷気は、あんたのために出してるわけじゃないのよ」
「誰のために出してるわけでもないんだろう。だったら私が涼んだって構わないんじゃないか」
「そうだけど……でもあたいは涼しくないのっ。あんただけ涼しいのはずるいわ」
「だったらお得意の“冷気を操る程度の能力”でも使えばいいじゃないか」
それならとっくに試している。
しかしこの暑さでは、どれだけ周囲を凍らせてもすぐに溶けてしまうのだ。
無駄に体力を奪われるだけで、何の得にもなりゃしない。
だからこうして、少しでも涼しいところでジッとしているのが、何よりも得策なのだという結論に辿り着いたのだ。
「あーもー、側に寄られると暑苦しいんだから。さっさとどっか行ってよ」
「いやー、もう少しこうさせててくれ」
「まさかあたいで涼みに来ただけとか言うんじゃないでしょうね」
「んー……そうだそうだ、ちゃんとお前に用があって来たんだった」
すっかり忘れていたぜー、と笑う魔理沙にチルノの苛立ちはさらに上昇する。
それに魔理沙の言う用事というのも、どうせろくな事じゃないだろう。
それくらい、何度か魔理沙と対峙してきたことのあるチルノには想像が付く。
「物は相談なんだが、私に冷気を操るコツを教えて欲しいんだ」
瞬間、チルノは一体何を頼まれたのか理解できなかった。
教えて欲しい? 誰が? 誰に? 何を?
今までそんな頼み事をされた覚えがないから、困惑してしまうのも無理はない。
チルノはたっぷり三分考えて、ようやく魔理沙の言ったことを呑み込むことに成功した。
しかし理解したらしたで、どうにも不可解に思えてしょうがない。
「……何企んでるのよ」
「別に。ただ冷気を操るのに、なんかコツでもあるんかなぁと」
「本当にそれだけ?」
「なんだ、いやに疑い深いな。どう言えば納得してもらえるんだ」
疑いたくなるのも当然。
相手があの魔理沙なのだ。
しかし、ふと思う。
これは考えようによっては、実は凄いことなのではないだろうか。
弾幕ごっこでは、大抵勝ちを取られてしまう相手が、自分に技を教えて欲しいと言っているのだ。
それは則ち――
「もしかして、あんた……あたいの弟子になりたいの?」
今度はそれを聞いた魔理沙がぽかんとする番だった。
確かに、そう受け取れなくもないことかもしれないが。
しかしそこまで考えるのは、些か突飛すぎるのではないだろうか。
(でもまぁ、そういうことにしておく方が、このバカ相手には良いかもしれないな)
魔理沙は素早く自分の利害と、チルノの扱い方を計算して結論を出す。
そして何事もなかったかのように、笑みを浮かべると、あっさりと肯定の意を示した。
「あぁ、そういうことだ。ちょっとの間だけどよろしく頼むぜ“師匠”」
「ふ、ふんっ。別にそんな呼ばれ方されたからって、嬉しくなんかないんだからっ」
しかしその呼称が決定打となり、チルノは疑惑の念を取っ払ってしまった。
そのことは、嬉しくないと豪語しながらも、にやけが止まらない口元を見れば一目瞭然である。
☆
体良くチルノの弟子入り?に成功した魔理沙。
勿論毛頭そんな気はなく、チルノから冷気を操る術を盗み得て、自分の技としようという魂胆がある。
どこかの誰かが言ってるではないか。『門前の小僧習わぬ経を読む』、と。
習ったことのないことでも、近くで見聞きしている内に、いつの間にか会得してしまっているものだ。
魔理沙の場合、特にこうした会得方法が向いているらしく、いくつかのスペルは
今まで戦ってきた相手のスペルを元に、自身のオリジナリティーを加えたものを使っている。
何もそっくりそのまま使うわけではない。
ヒントを貰って、そこから自分なりに考えて、自分のものとしていくのだ。
だから絶対にパクったとか、そういうわけではない。断じて。
閑話休題。
そんなわけで、チルノと共に行動をすることになった魔理沙だが。
今はチルノの後ろに付いて、また暑い中を飛んでいる。
弟子ができたことで、やる気の湧いたチルノは、じっとしていられないのか、
あてもないのに、空を飛んだりしているのだ。
多分弟子ができても、一体どうすれば良いのかまでは頭が回ってなかったのだろう。
しかしそれを弟子に聞くわけにもいかず、適当に動くしかできないのが本音だと思われる。
「なぁ、何処に向かってるんだ」
極当然の質問にも、チルノは答えられない。
何も考えてないのだから当たり前だ。
しかし、何も答えないままでは師匠としてのメンツが保てない。
何か良い答えはないものかと、眼下を見渡す。
するとその目に、見知った赤白青の妖精の姿が映った。
魔理沙と同じく魔法の森を住処としている、光の三妖精達だ。
探検に行くのか、それとも人間相手に悪戯でもしに行くのか、どちらにしてもまだこちらには気付いていない様子で歩いている。
「お、あれは……」
「み、見つけたわっ。まずはあたいが小手調べに冷気の使い方を見せたげる」
「成る程な。お前の、いや師匠のことだから、何も考えずに飛んでいるだけだと思ってたぜ」
魔理沙大正解。
「う……と、とりあえずアイツ等の所に行くわよっ」
「らじゃーだぜ」
まさか自分たちの頭上で、そんな会話が繰り広げられているとは、露とも知らない三妖精。
今日は暑さを凌ぐため、また卒塔婆を持って幽霊狩りに行く途中だ。
「去年はコレでばっちり捕まえられたからね」
「すぐに逃げられちゃったけど、今年はその辺りの対策も考えなきゃ」
「やっぱり醤油よりも、きな粉の方が良かったのよ」
すでに成功が約束され、しかも快適な夏の夜が手に入れられるということで、三妖精の足取りも軽やかだ。
無駄な荷物は要らず卒塔婆一本担いで、意気揚々と幽霊求めて森の奥へと進んでいく。
サニーミルクを先頭に、ルナチャイルド、スターサファイアがその後に続いている。
だが突然サニーの足が止まり、ルナは鼻を強かにぶつけてしまった。
「いたた……もういきなり立ち止まるからぶつかっちゃったじゃない……って、サニー、聞いてるの?」
文句を言うルナに、サニーからの返答はない。
怪訝に感じたルナは、背中の横からひょいと顔を覗かせる。
途端、その顔が「げっ」と言わんばかりに歪んだのは言うまでもない。
目の前には、行く手を遮るように仁王立ちしているチルノと、その側にはあの魔理沙が立っているのだ。
どちらもあまり相手にはしたくない相手であることは間違いない。
まだ魔理沙は話の通じる分マシとも言えるが、この状況での登場は芳しくない。
「ちょっと、気配を感じたならどうして言ってくれないのよ」
「そうよ、あいつら二人が相手じゃ勝ち目なんかあるわけないんだから」
小声で一番後ろにいるスターに抗議の言葉を浴びせる二人。
しかし振り向くと、そこにいるはずのスターの姿はどこにもない。
「あ、あいつぅっ」
「いつの間にいなくなったのよっ」
「ちょっと! さっきから何ごちゃごちゃ言ってるのさ」
目の前にいるのに、無視を続ける三妖精、もとい二妖精に腹を立てるチルノ。
だが勝手に現れて、勝手に腹を立てられる二人の方が怒りたいくらいだ。
スターは自分だけ危険を感じて、さっさと逃げ帰ってるし。
ここはひとまず――比較的――話の付けやすい魔理沙を後回しにして、チルノをどうにかするのが先決だ。
サニーが頷くと、ルナも同様の意見なのか静かに頷きを返した。
「で、何の用なのよ」
「よう? よう……よー……あー、用ね」
「用なんか無いんでしょ」
「うぐ……そんなことないもん! 弾幕ごっこよ」
「ちょっと待ちなさいよ! なんの恨みがあっていきなりケンカ吹っ掛けてくるわけ」
チルノの行動や考えが突発的なのは承知の事実だが、それでもこの理不尽さには抗議せざるを得ない。
だがチルノもどこかいっぱいいっぱいに見える。
元々師匠という器ではない上、やること全て行き当たりばったりなのだ。
それなのにプライドだけは、やたらと気にするからそうなってしまうのも仕方がないと言える。
三妖精にとっては、そんな事情知ったこっちゃ無いのだが。
「う、恨みなんかないけど」
「じゃあ何よ」
「うぅ、うるさぁいっ! いいからとっとと始めるわよ」
「魔理沙……さんからも、何とか言ってくださいよぉ!」
このままじゃ本当に話にならないので、さっきから傍観を続けている魔理沙に助けを借りることにするサニー。
それに、どうして魔理沙がチルノと一緒に現れたのかも、気になっていたところだ。
上手くいけば両方の危険から回避できる可能性もある。
だがもう一つ、サニーにはすっぽりと抜け落ちていることがあった。
可能性には逆もまたあるのだということを。
「いやぁ、私は今チルノの弟子だからな。師匠のやることに口出しするつもりはないんだ」
「弟子? 魔理沙さんが? こんなのの?」
「こんなのって言うなっ」
「まぁ成り行きでな。だからお前等にゃ悪いが、師匠の相手になってやってくれ」
唯一の頼みの綱であった魔理沙もアテにならないことが判明。
目の前のチルノは、いつ攻撃を仕掛けてきてもおかしくない臨戦態勢。
状況は考えなくても、自分たちにとって不利すぎる。
弾幕ごっこに持ち込まれては、まず勝ち目はない。
(幽霊狩りに行くだけだったのに、なんでこうなるのよーっ)
心中で嘆いても現状が変わることはない。
それは背後で青ざめた表情を浮かべているルナも同じ事を考えているに違いない。
こうなったら、もうアレしかない。
「逃げるが勝ちっ」
「ちょっ、サニー、待ってってば!」
いきなり反転したかと思うともの凄いスピードでこの場を立ち去ろうとする二人。
だがすでに、いつでも弾幕ごっこを始められる体勢に入っていたチルノの反応は、それ以上に素早かった。
「逃がすかっ。凍符「コールドディヴィニティー」!」
「ぉぉ、ようやくか」
スペルカード宣言をすると同時に、チルノを中心に冷気の渦が巻き上がる。
周囲の木々が凍り付き始め、肌寒さを感じた魔理沙は少し離れたところから観戦することにした。
やはりどれだけ単純でも、チルノの力はそれなりのだということを再認識する。
「あれで、頭の方も力に付いていっていればなぁ」
もし自分なら、その力をどう有効に利用するか――日常でも、戦闘でも――、考える物だが、
まあ妖精では考えたところですぐに忘れてしまうのがオチだろう。
それだけにチルノの力の持ち方は勿体ないと言える。
「ま、だから私が少しでもその力を有効に使ってやろうっていうわけなんが……」
魔理沙の思惑にも気付かず、チルノはサニーとルナに対して冷気を放ち続ける。
もはや相手が反撃してこない以上、これは弾幕ごっこでも何でもない。
魔理沙から見れば、ただの弱い者いじめだ。
だが魔理沙の目的は、チルノの能力を見て学ぶことにあるので止めることもしない。
おかげで、とばっちりを喰らっているサニー達にはいい迷惑だ。
直接的な攻撃能力ではないサニー達の力では、到底チルノになど適わない。
しかしだからと言って、このまま良いようにあしらわれてハイお終いというのも癪に障る。
「ルナっ、こうなったら私たちの奥義を見せてやるわよ」
「お、奥義?」
「あーもー、いつもの奴っ」
「あぁうん、わかったわ」
何やら反撃の手を思いついたのか、逃げ回っていた動きを止める。
チルノはそれを観念したと受け取って、とどめを刺す体勢に入った。
次の手でお互いに勝負が決まる。
じりじりと互いの動きに集中して、自身の技を放つ機会を窺う三人。
そこで先に動いたのはチルノだった。
「行くわよ、あたいの必殺技! 凍符「パーフェクトフリーズ」!」
「今よっ、ルナっ」
「うんっ」
チルノが必殺のスペルカードを宣言したと同時に、サニー達もそれに合わせて動く。
刹那、サニーとルナが、チルノの前から姿を消した。
宣言をして、さあこれからが見せ場だという時なのに。
「まさか……アイツ等、逃げた?」
「どうやらその様だな」
決着が着いたと判断した魔理沙が、チルノの元に戻ってくる。
魔理沙には遅かれ早かれ、こうなることは予測できていた。
サニー達には攻撃する気はさらさら無かったようだし、
それなのに何かの機会を窺っているような動き方だった。
それはつまり、逃げるタイミングを見計らっていたということだ。
「なんなのよーっ。せっかくあたいの格好良いところを見せてあげようとしてたのにっ」
「いや充分見せて貰ったぜ」
「本当に?」
「あぁ。流石は師匠だな、相手が逃げ出すくらいの冷気を放つなんて」
「ま、まぁねっ、最強のあたいにかかればちょろいもんだわ」
機嫌を取るのも仕事の内。
チルノにはもう少し付き合ってもらう必要がある。
えへへ、と照れ笑いを浮かべているチルノに見えないように、魔理沙はまた悪どい笑みを浮かべるのだった。
☆
三妖精を蹴散らし――一人は先に逃げていったが――た、チルノはまた霧の湖へと戻ってきた。
一応メンツは保てたっぽいが、さてこれからどうするか、とチルノはようやく考えを巡らせ始める。
手本は見せた。
ということは、次は魔理沙に教えてやるのが妥当な選択だろう。
だが改めて、自分の技を教えるということの難しさに直面する。
チルノはみんながやってる弾幕ごっこを、見様見真似でやってるだけだ。
スペルカードも、自分の得意とする氷を使ってみると、案外いいものになったというだけで、
あまり深く追及して考えついたものでもない。
紅魔館の門番や大妖精、レティ達に名付けてもらったスペル名も、実際の所はそんなに意味を理解してなかったりする。
「それで師匠、次はどうする?」
「そっ、そうねー、どうしよっかなー」
冷気を操るコツを教えて欲しい、と魔理沙は言ってきた。
だが自分にだって、どうして冷気を操れるのかわからないのだ。
氷の妖精なのだから、氷や冷気を操れるのは当然じゃないか。
そう言いたいが、それでは答えにはならないのだろう。
「冷気を操るコツ……だったわよね」
「ああ、そうだぜ」
「コツねぇ。なんて言ったらいいのかしら」
なんて言っていいのかなんかわかるはずがない。
だが答えないわけにはいかない。
そこでチルノが思いついた、苦肉の答えがこれだった。
「冷やしたい、凍らせたいと思う事ねっ」
「それだけ?」
「そ、そうよっ、でもコツを聞いたからって、すぐにできるとは思わないことねっ。
これはあたいだから簡単にできることなんだから」
確かにそうだろう、と魔理沙は内心納得もしていた。
無論チルノの答えには不服だが。
パチュリーのように、どうやってエネルギーを生み出しているのか、
どうやってその放出したエネルギーを操作しているのか、
その論理が組み立てられているものは、見て覚えるには早い。
だがチルノの場合、その論理など最初から無いのだ。
チルノという、氷の妖精だからできる技。
そうとしか言いようがない。
(成る程な。その論理まで自分で組み立てろっていう訳か)
骨が折れる作業だが、一から全てを組み立てるよりは遙かに早い。
やはりチルノとはもうしばらく行動を共にするべきだと、魔理沙は結論づけた。
となると、やはり何度もチルノの能力を目の当たりにして研究しなくては。
「なぁ師匠。もう一回くらい、師匠の力を見せてくれないか」
「それくらいお安いごようだわ」
それなら考えなくてもできることだ。
とりあえず適当な的はないものかと、チルノは周囲を見回す。
すると空の彼方に何やら飛んでいるのを発見。
「丁度良いところに。魔理沙、それじゃあもう一回見せてあげるから、よぉく見とくのよ」
「よろしく頼むぜ」
言ってチルノは、その上空の影へと向かっていった。
魔理沙もそれが見える位置まで近づこうと、箒に跨る。
だが飛び上がろうとした瞬間、もの凄い勢いでチルノが落下してきた。
「な、何だっ!?」
チルノはボロボロの姿で、気絶してしまっていた。
一瞬の出来事にも程がある。
魔理沙は飛び上がるのを止め、チルノに駆け寄った。
「お、おい、どうした、何があったんだ」
「あら、魔理沙もいたの」
心配する魔理沙の元に、チルノをこんな風にした原因が降りてきた。
紅白の目出度い衣装に御祓い棒。
衣装に合わせた赤いリボンを風になびかせて、博麗霊夢がそこにはいた。
「この暑いのに弾幕ごっこなんてやってられないわよねぇ」
「霊夢相手じゃ分が悪すぎるわな」
「この氷精がバカなのは、いつものことだけど、魔理沙はこんな所で何をしているの」
「ん、ああ、納涼術を会得しようと思ってな」
「会得? 捕獲の間違いじゃないの?」
霊夢は魔理沙がチルノを連れ帰って、涼を得ようとしていると思っているらしい。
確かに良くやる方法だが、今回は違う。
ちなみに本来納涼術という言葉には、会得も捕獲も使わない。
「でも肝心のチルノがこれじゃあなぁ」
「なんだかよく分からないけど。別に私が悪い訳じゃないようね」
「ああ、別にどうってことはないぜ。私ももう暑いしも家に戻ることにする」
チルノが伸びてしまった以上、一緒にいる理由はない。
あっさりチルノと師弟の縁を切ると、魔理沙は箒に跨って自宅へと帰っていった。
「さて、私も戻るかな」
魔理沙が帰って、静かになった湖畔。
買い出しの帰りだった霊夢も、帰ろうかと踵を返す。
しかし、ふとその視線の先に伸びたチルノの姿が。
「ふむ」
しばらく考えた後、霊夢は手土産を増やして神社への家路を急ぐことにした。
☆
その夜の霧雨邸。
窓を開けていても、むわっとした空気と、灯りに釣られて入ってくる虫が鬱陶しいので
魔理沙は窓を閉めたまま机に向かって、なにやら書いていた。
今日のチルノとの行動で得た情報を、まとめているのだ。
属性や風水、自然界の法則といった専門的な見解を交えて、チルノという妖精を改めて考える。
しかし妖精というのは、自然界の歪みから生まれた、謂わば自然の一部。
妖精そのものは、自然界のエネルギーと精神体の塊でしかない。
つまり魔法使いのように、エネルギーを自分で生み出して、魔法として使用するのではなく、
自身がエネルギー源となって、それを使用する。
チルノの場合、彼女自身が冷気というエネルギーの源なのだ。
魔理沙が知りたいのは、そのエネルギーの放出方法。
しかし、観察の結果得られた答えが、冷気は氷から発せられるという当たり前のもの。
「あーぁ、あんなに暑い思いをしたのに、出てくる答えがこんなものなんて」
まったくの無駄とは言い切れないにしても、あまり良い結果が得られなかった事へのショックは隠しきれない。
椅子の背もたれに寄りかかって、ランプの灯りが揺れる天上を仰ぐ。
光や熱の源となるミニ八卦炉なら持っているから、逆の事は可能なのに。
「逆? ……そうかっ」
思わず仰け反った魔理沙は、そのまま引力に引かれて椅子ごとひっくり返る。
だがそんな痛みなど今は感じない。
なんと画期的なアイデアを思いついたのか。
椅子を戻して、ひとまずノートやら本やらをその辺に片付ける。
部屋が散らかろうが、そんなことはどうでもいい。
この閃いたときのテンションを維持したまま、作業に入らなければ。
アイデアは流星のように浮かんでは、流星のように消えていくものだということを魔理沙は誰より知っている。
「よぉーしっ、やるぞーっ」
その夜、霧雨邸の灯りが消えることはなかった。
☆
それから夜を二度越した翌日のこと。
今日も今日とて、夏の陽射しは絶好調なまでに降り注いでいた。
霊夢は縁側で西瓜を冷やしながら、風鈴の音を聞いていた。
朝の内に打ち水はしてあるが、この陽射しではすぐに渇いてしまい効果は薄い。
それでも縁側は一番風が吹くため、ここが最も心地よいのだ。
「よぉーっす」
そこへ暑苦しい格好をした魔理沙がやってくる。
玄関から入るとか、そういう注文はもはやない。
魔理沙も縁側に霊夢がいることが分かっているから、ここにやって来たのだ。
「どうしたの。まさか西瓜のおこぼれでももらいに来た?」
「いいやそういう訳じゃないけどな。でも西瓜は貰うぜ」
「はいはい、それで。本当の用事は何なのかしら」
暑い空気を吸うのも嫌だと、霊夢はあまり会話に乗り気ではない。
むしろさっさと帰れというオーラが全身から湧き出ている。
しかし、魔理沙はそんな霊夢の様子も気にせず、何やら含みのある笑いを溢し始めた。
「ふっふっふ、霊夢、今お前は暑さに困っているな?」
「当たり前よ。というかケンカ売りに来たのなら残念ね。今の私は寛容だから買わないわ」
「まぁそう呆れるな。そんな霊夢に、今日は朗報を持ってきた」
「朗報ね。まあ聞いてあげるわ」
すると魔理沙は何やら帽子をごそごそと探り出した。
そして勿体ぶった動作で、それを霊夢に突きつける。
「じゃーんっ、これだっ」
「じゃーんて……それ八卦炉じゃない。そんな暑苦しいもの、とっとと仕舞いなさいよ」
「ちっちっち、甘いぜ霊夢。これは前までのミニ八卦炉とは違うんだな~」
「何処がどう違うの。見た目はどこも変わってないけど」
言って欲しいことを、すべて言ってくれる霊夢に、魔理沙は大満足の笑みを浮かべる。
そして一番言いたかったことを大々的に言い放つ。
「実はミニ八卦炉を改造して、魔力を熱とは逆のエネルギーに変換して放出することが出来るようになったのだ!」
……と。
「もしかして熱だけじゃなくて、冷たいものも出せるようになったとか?」
「なんでそこまで言っちゃうんだよおっ!」
「いや何も泣きながら言う事じゃないでしょうに」
よしよしと、すがりついてくる魔理沙の頭を撫でる霊夢。
まあどうせそんな所だろうとは思っていたのだが。
「まあとりあえず見せてよ。もし本当に出来るなら、凄いじゃない」
「そ、そうだな。百聞は一見に如かずだぜ」
目元を拭いながら、魔理沙は少し離れた位置に立ち、改造したミニ八卦炉に魔力を込め始める。
魔力を熱に変えるミニ八卦炉の作用を、逆の効果でできるようにすれば、
ミニ八卦炉はチルノ同様、冷気を放つ源に早変わりするのだ。
「行くぜっ、新魔法“コールドインフェルノ”!」
ミニ八卦炉に込められた魔力が、冷気の塊に変換されて打ち出される。
そして出てきた青緑の球体。
そこから、それと同じ色の炎が吹き出した。
慌てるのは霊夢である。
冷気が出るものと聞いていたのに、まさか炎が出るなんて聞いてない。
すぐにその場を飛び退くと、魔理沙に猛烈に抗議した。
「ちょっと! 失敗してるなら言いなさいよっ」
「いや待て霊夢。これは“冷気の炎”なんだ。もともとミニ八卦炉は炎を発する。
だから魔力を冷気に変換できても、氷を発せられる訳じゃないんだ」
「本当に?」
「あぁ。そんなに心配なら、そこの西瓜を一瞬で冷やして証明してみせる」
それならまぁ、と霊夢も承諾する。
この暑さでは西瓜も美味しくは冷えないだろう。
上手くいけば、まあ助からないこともない。
「それじゃあ改めて……コールドインフェルノっ」
やっぱり見た目は暑そうに見える青緑の炎が、桶に浸かった西瓜を直撃する。
しかし西瓜は燃え出すことはなく、むしろその表面に霜が立ち始めた。
どうやら本当に、これは冷気の炎であるらしい。
「ほら見ろ、成功じゃないか」
「うーん……でも私に当てようとしたとき、嫌な予感がしたのよねぇ」
「錯覚だ、錯覚。さ、冷えた西瓜でも食べようぜ……げっ」
魔理沙が何を見て、げっと言ったのかは想像に容易い。
二人の前には、桶ごと凍り付いてしまった西瓜の成れの果てがあった。
食べようにも割れないし、完全に凍ってしまっているので溶けるまで時間が掛かる。
「は、ははは。どうやら威力の調整は、まだまだ研究の余地があるな」
「魔理沙、その改造って、自分でやったの?」
「ああ勿論だぜ」
「でもそれを作ったのは、霖之助さんよね」
「香霖の所に持って行くのが面倒だったからな、自分でやってみたんだ。
いやぁ、案外何とかなるもんだな。と、私はこれで……」
そそくさと立ち去ろうとする魔理沙の肩を、逃がすまいと掴む霊夢。
その顔を見た魔理沙は、後日こんな風に事の顛末を語ったという。
「あれは人間の顔じゃあない。あんな顔が出来るのは修羅か羅刹くらいなもんだ」
たかが西瓜、されど西瓜。
食べ物を粗末にする者には、閻魔様より早く、博麗の巫女が調伏にやってくるので注意されたし。
ちなみに結局納涼術として使うには、まだまだ調整が必要となった新魔法。
それはしばらくして訪れる、久方ぶりの異変において、思わぬ形で活躍することとなる。
でも、それはまた別のお話――――
☆
余談だが、霊夢にやられたチルノはどうなったのか。
数日の間は博麗神社に監禁され、天然のエアコンとして使われていたという。
隙を見て逃げ出したそうだが、しばらくの間住処から姿を現すことはなかったらしい。
無論、弟子入りなど申し込んでも、門前払いにされたに違いない。
《終幕》
――and next story is “Mountain of Faith”
以下より本編開始です。
☆
「あ゛ー……夏だぜ」
魔法の森にある霧雨邸。
その家主である魔理沙は、机に顎を乗せてへばっていた。
魔法の森は鬱蒼と生い茂る木々が陽射しを拒み、他よりも涼しいのではないかと考える者もいるだろう。
しかし実際の所は、じめじめとした湿気が熱を逃がさず、夜になっても暑さが残るという悲惨な現実がある。
夏が暑いのは当然だし、暑くない夏なんて、とりあえず日本ではあり得ない。
ただ暑すぎるとやる気はなくなるし、あまり心地の良い物ではないことも確かだ。
汗でべっとりと張り付いた服も、着替えたところですぐに同じことになる。
首筋に濡れ手拭い、足には氷水と、考え得る納涼術はすでに決行済みだが、効果の程は薄い。
誰も見てないのを良いことに、いっそ裸にでもなってしまおうかとも考えたが、
それはかろうじて思いとどまることが出来ている。
しかし、これ以上この灼熱の中にいると、本当に歯止めが利かなくなりそうだ。
「むぅ。ここは一つ、涼しくなる魔法でも考えてみるか……」
少しだけやる気を出して立ち上がる。
立ち上がるのにもこの苦労だ。
やっぱり、早くこの暑さはどうにかしなくては。
とは言っても、魔理沙の魔法の源である茸はストック切れ。
もう一つの魔理沙の魔法の要であるミニ八卦炉も、熱エネルギーの放射にしか使えない。
炉の一部からは風が出てくるので、多少の暑さなら凌げるが、今の状況では焼け石に水だ。
根本的に涼しくできる何かが必要なのである。
となると、やがては涼しくなる魔法は新しく開発しなくてはならないという結論に辿り着く。
だが一からオリジナルの魔法を組み立てるとなると、どれだけ年月が掛かるか分からない。
完成を目指している間に、一体幾つの夏を越えればいいのやら。
「んな暇あるかーっ」
両手を高々と上げて憤りを露わにするも、それは単なる格好でしかない。
叫ぶことによって、また無駄な労力を使ってしまった魔理沙は、
再び腕を下ろすとがっくりと項垂れてしまった。
だが涼しくするための魔法という着眼点は悪くない。
地下に温泉脈ほ引いたときよろしく、何か日常的に役立つ魔法は覚えておいて損にはなるまい。
これからも暑い夏は何度もやって来るわけだし。
「ただなぁ……やっぱり一から考えるのには時間がなぁ……」
再びやる気が失せ始めて、肩を落とす魔理沙。
だがいや待てよ、と突如ピンと閃いた。
これまでにも、早く新しく尚かつ強力な魔法を物にしようとして使った“ある方法”があるじゃないか。
マスタースパーク然り、ノンディレクショナルレーザー然り。
「そうか、この方法ならなんとかなるかもしれないぜ」
にやりと悪巧みを思いついた笑みを浮かべると、あれだけ重かった腰も軽やかに上がる。
壁に立てかけておいた箒と、愛用の三角帽子を手に取ると、
忌々しいほどの陽射しが降り注ぐ空へ、魔理沙は飛び立っていった。
☆
暑さで参っているのは、何も魔理沙だけではない。
日の光の妖精だって、暑いのは勘弁願いたいし、それが氷の妖精ならなおのことだ。
湖の畔の木陰で、氷精チルノは大の字になっていた。
この暑さではどうにも動く気になれない。
下手に飛んでいると暑さにやられて落ちかねない。
暑さも気にならないほどに、面白い何かがあれば話は別なのだが――
「お、いたいた」
何やらむかつく声が聞こえたので、チルノは首だけ起こして声の主を確認する。
するとこのクソ暑いのに黒い服と帽子を着た人間が立っているのが見えた。
元気があればケンカの一つや二つ吹っ掛けるところだが、今はそんな気はない。
「あによー、あたいは今とっても忙しいんだかんねー」
「どこがどう忙しいのか教えてもらいたいもんだけどな」
「こうして暑さと戦ってるんじゃない。というかあんた見てると余計に暑くなるわ」
だいぶ薄着はしているようだが、この陽射しの中を飛んできた魔理沙の額からは止め処なく汗が流れ落ちている。
その様子を見ているだけで、こっちまで暑くなってくるのはどうしてだろう。
とりあえずチルノは、魔理沙から視線を逸らすために再び天を仰いだ。
葉々の間から除く日光がキラキラ眩しく、地味に暑い。
本当はどっかの涼しい洞窟で眠りたいところだが、生憎それを探す気も湧いてこないのが現状だ。
「あー、やっぱりお前の側は涼しいな」
相手にしなければ帰ると思っていたのだが、いつの間にか魔理沙は側まで寄ってきていた。
しかもあろうことか、チルノが垂れ流しにしている冷気で涼んでいる。
チルノからすれば、自分だけ暑い思いをしているわけだ。
これでは不公平だと不平を漏らす。
「あたいの冷気は、あんたのために出してるわけじゃないのよ」
「誰のために出してるわけでもないんだろう。だったら私が涼んだって構わないんじゃないか」
「そうだけど……でもあたいは涼しくないのっ。あんただけ涼しいのはずるいわ」
「だったらお得意の“冷気を操る程度の能力”でも使えばいいじゃないか」
それならとっくに試している。
しかしこの暑さでは、どれだけ周囲を凍らせてもすぐに溶けてしまうのだ。
無駄に体力を奪われるだけで、何の得にもなりゃしない。
だからこうして、少しでも涼しいところでジッとしているのが、何よりも得策なのだという結論に辿り着いたのだ。
「あーもー、側に寄られると暑苦しいんだから。さっさとどっか行ってよ」
「いやー、もう少しこうさせててくれ」
「まさかあたいで涼みに来ただけとか言うんじゃないでしょうね」
「んー……そうだそうだ、ちゃんとお前に用があって来たんだった」
すっかり忘れていたぜー、と笑う魔理沙にチルノの苛立ちはさらに上昇する。
それに魔理沙の言う用事というのも、どうせろくな事じゃないだろう。
それくらい、何度か魔理沙と対峙してきたことのあるチルノには想像が付く。
「物は相談なんだが、私に冷気を操るコツを教えて欲しいんだ」
瞬間、チルノは一体何を頼まれたのか理解できなかった。
教えて欲しい? 誰が? 誰に? 何を?
今までそんな頼み事をされた覚えがないから、困惑してしまうのも無理はない。
チルノはたっぷり三分考えて、ようやく魔理沙の言ったことを呑み込むことに成功した。
しかし理解したらしたで、どうにも不可解に思えてしょうがない。
「……何企んでるのよ」
「別に。ただ冷気を操るのに、なんかコツでもあるんかなぁと」
「本当にそれだけ?」
「なんだ、いやに疑い深いな。どう言えば納得してもらえるんだ」
疑いたくなるのも当然。
相手があの魔理沙なのだ。
しかし、ふと思う。
これは考えようによっては、実は凄いことなのではないだろうか。
弾幕ごっこでは、大抵勝ちを取られてしまう相手が、自分に技を教えて欲しいと言っているのだ。
それは則ち――
「もしかして、あんた……あたいの弟子になりたいの?」
今度はそれを聞いた魔理沙がぽかんとする番だった。
確かに、そう受け取れなくもないことかもしれないが。
しかしそこまで考えるのは、些か突飛すぎるのではないだろうか。
(でもまぁ、そういうことにしておく方が、このバカ相手には良いかもしれないな)
魔理沙は素早く自分の利害と、チルノの扱い方を計算して結論を出す。
そして何事もなかったかのように、笑みを浮かべると、あっさりと肯定の意を示した。
「あぁ、そういうことだ。ちょっとの間だけどよろしく頼むぜ“師匠”」
「ふ、ふんっ。別にそんな呼ばれ方されたからって、嬉しくなんかないんだからっ」
しかしその呼称が決定打となり、チルノは疑惑の念を取っ払ってしまった。
そのことは、嬉しくないと豪語しながらも、にやけが止まらない口元を見れば一目瞭然である。
☆
体良くチルノの弟子入り?に成功した魔理沙。
勿論毛頭そんな気はなく、チルノから冷気を操る術を盗み得て、自分の技としようという魂胆がある。
どこかの誰かが言ってるではないか。『門前の小僧習わぬ経を読む』、と。
習ったことのないことでも、近くで見聞きしている内に、いつの間にか会得してしまっているものだ。
魔理沙の場合、特にこうした会得方法が向いているらしく、いくつかのスペルは
今まで戦ってきた相手のスペルを元に、自身のオリジナリティーを加えたものを使っている。
何もそっくりそのまま使うわけではない。
ヒントを貰って、そこから自分なりに考えて、自分のものとしていくのだ。
だから絶対にパクったとか、そういうわけではない。断じて。
閑話休題。
そんなわけで、チルノと共に行動をすることになった魔理沙だが。
今はチルノの後ろに付いて、また暑い中を飛んでいる。
弟子ができたことで、やる気の湧いたチルノは、じっとしていられないのか、
あてもないのに、空を飛んだりしているのだ。
多分弟子ができても、一体どうすれば良いのかまでは頭が回ってなかったのだろう。
しかしそれを弟子に聞くわけにもいかず、適当に動くしかできないのが本音だと思われる。
「なぁ、何処に向かってるんだ」
極当然の質問にも、チルノは答えられない。
何も考えてないのだから当たり前だ。
しかし、何も答えないままでは師匠としてのメンツが保てない。
何か良い答えはないものかと、眼下を見渡す。
するとその目に、見知った赤白青の妖精の姿が映った。
魔理沙と同じく魔法の森を住処としている、光の三妖精達だ。
探検に行くのか、それとも人間相手に悪戯でもしに行くのか、どちらにしてもまだこちらには気付いていない様子で歩いている。
「お、あれは……」
「み、見つけたわっ。まずはあたいが小手調べに冷気の使い方を見せたげる」
「成る程な。お前の、いや師匠のことだから、何も考えずに飛んでいるだけだと思ってたぜ」
魔理沙大正解。
「う……と、とりあえずアイツ等の所に行くわよっ」
「らじゃーだぜ」
まさか自分たちの頭上で、そんな会話が繰り広げられているとは、露とも知らない三妖精。
今日は暑さを凌ぐため、また卒塔婆を持って幽霊狩りに行く途中だ。
「去年はコレでばっちり捕まえられたからね」
「すぐに逃げられちゃったけど、今年はその辺りの対策も考えなきゃ」
「やっぱり醤油よりも、きな粉の方が良かったのよ」
すでに成功が約束され、しかも快適な夏の夜が手に入れられるということで、三妖精の足取りも軽やかだ。
無駄な荷物は要らず卒塔婆一本担いで、意気揚々と幽霊求めて森の奥へと進んでいく。
サニーミルクを先頭に、ルナチャイルド、スターサファイアがその後に続いている。
だが突然サニーの足が止まり、ルナは鼻を強かにぶつけてしまった。
「いたた……もういきなり立ち止まるからぶつかっちゃったじゃない……って、サニー、聞いてるの?」
文句を言うルナに、サニーからの返答はない。
怪訝に感じたルナは、背中の横からひょいと顔を覗かせる。
途端、その顔が「げっ」と言わんばかりに歪んだのは言うまでもない。
目の前には、行く手を遮るように仁王立ちしているチルノと、その側にはあの魔理沙が立っているのだ。
どちらもあまり相手にはしたくない相手であることは間違いない。
まだ魔理沙は話の通じる分マシとも言えるが、この状況での登場は芳しくない。
「ちょっと、気配を感じたならどうして言ってくれないのよ」
「そうよ、あいつら二人が相手じゃ勝ち目なんかあるわけないんだから」
小声で一番後ろにいるスターに抗議の言葉を浴びせる二人。
しかし振り向くと、そこにいるはずのスターの姿はどこにもない。
「あ、あいつぅっ」
「いつの間にいなくなったのよっ」
「ちょっと! さっきから何ごちゃごちゃ言ってるのさ」
目の前にいるのに、無視を続ける三妖精、もとい二妖精に腹を立てるチルノ。
だが勝手に現れて、勝手に腹を立てられる二人の方が怒りたいくらいだ。
スターは自分だけ危険を感じて、さっさと逃げ帰ってるし。
ここはひとまず――比較的――話の付けやすい魔理沙を後回しにして、チルノをどうにかするのが先決だ。
サニーが頷くと、ルナも同様の意見なのか静かに頷きを返した。
「で、何の用なのよ」
「よう? よう……よー……あー、用ね」
「用なんか無いんでしょ」
「うぐ……そんなことないもん! 弾幕ごっこよ」
「ちょっと待ちなさいよ! なんの恨みがあっていきなりケンカ吹っ掛けてくるわけ」
チルノの行動や考えが突発的なのは承知の事実だが、それでもこの理不尽さには抗議せざるを得ない。
だがチルノもどこかいっぱいいっぱいに見える。
元々師匠という器ではない上、やること全て行き当たりばったりなのだ。
それなのにプライドだけは、やたらと気にするからそうなってしまうのも仕方がないと言える。
三妖精にとっては、そんな事情知ったこっちゃ無いのだが。
「う、恨みなんかないけど」
「じゃあ何よ」
「うぅ、うるさぁいっ! いいからとっとと始めるわよ」
「魔理沙……さんからも、何とか言ってくださいよぉ!」
このままじゃ本当に話にならないので、さっきから傍観を続けている魔理沙に助けを借りることにするサニー。
それに、どうして魔理沙がチルノと一緒に現れたのかも、気になっていたところだ。
上手くいけば両方の危険から回避できる可能性もある。
だがもう一つ、サニーにはすっぽりと抜け落ちていることがあった。
可能性には逆もまたあるのだということを。
「いやぁ、私は今チルノの弟子だからな。師匠のやることに口出しするつもりはないんだ」
「弟子? 魔理沙さんが? こんなのの?」
「こんなのって言うなっ」
「まぁ成り行きでな。だからお前等にゃ悪いが、師匠の相手になってやってくれ」
唯一の頼みの綱であった魔理沙もアテにならないことが判明。
目の前のチルノは、いつ攻撃を仕掛けてきてもおかしくない臨戦態勢。
状況は考えなくても、自分たちにとって不利すぎる。
弾幕ごっこに持ち込まれては、まず勝ち目はない。
(幽霊狩りに行くだけだったのに、なんでこうなるのよーっ)
心中で嘆いても現状が変わることはない。
それは背後で青ざめた表情を浮かべているルナも同じ事を考えているに違いない。
こうなったら、もうアレしかない。
「逃げるが勝ちっ」
「ちょっ、サニー、待ってってば!」
いきなり反転したかと思うともの凄いスピードでこの場を立ち去ろうとする二人。
だがすでに、いつでも弾幕ごっこを始められる体勢に入っていたチルノの反応は、それ以上に素早かった。
「逃がすかっ。凍符「コールドディヴィニティー」!」
「ぉぉ、ようやくか」
スペルカード宣言をすると同時に、チルノを中心に冷気の渦が巻き上がる。
周囲の木々が凍り付き始め、肌寒さを感じた魔理沙は少し離れたところから観戦することにした。
やはりどれだけ単純でも、チルノの力はそれなりのだということを再認識する。
「あれで、頭の方も力に付いていっていればなぁ」
もし自分なら、その力をどう有効に利用するか――日常でも、戦闘でも――、考える物だが、
まあ妖精では考えたところですぐに忘れてしまうのがオチだろう。
それだけにチルノの力の持ち方は勿体ないと言える。
「ま、だから私が少しでもその力を有効に使ってやろうっていうわけなんが……」
魔理沙の思惑にも気付かず、チルノはサニーとルナに対して冷気を放ち続ける。
もはや相手が反撃してこない以上、これは弾幕ごっこでも何でもない。
魔理沙から見れば、ただの弱い者いじめだ。
だが魔理沙の目的は、チルノの能力を見て学ぶことにあるので止めることもしない。
おかげで、とばっちりを喰らっているサニー達にはいい迷惑だ。
直接的な攻撃能力ではないサニー達の力では、到底チルノになど適わない。
しかしだからと言って、このまま良いようにあしらわれてハイお終いというのも癪に障る。
「ルナっ、こうなったら私たちの奥義を見せてやるわよ」
「お、奥義?」
「あーもー、いつもの奴っ」
「あぁうん、わかったわ」
何やら反撃の手を思いついたのか、逃げ回っていた動きを止める。
チルノはそれを観念したと受け取って、とどめを刺す体勢に入った。
次の手でお互いに勝負が決まる。
じりじりと互いの動きに集中して、自身の技を放つ機会を窺う三人。
そこで先に動いたのはチルノだった。
「行くわよ、あたいの必殺技! 凍符「パーフェクトフリーズ」!」
「今よっ、ルナっ」
「うんっ」
チルノが必殺のスペルカードを宣言したと同時に、サニー達もそれに合わせて動く。
刹那、サニーとルナが、チルノの前から姿を消した。
宣言をして、さあこれからが見せ場だという時なのに。
「まさか……アイツ等、逃げた?」
「どうやらその様だな」
決着が着いたと判断した魔理沙が、チルノの元に戻ってくる。
魔理沙には遅かれ早かれ、こうなることは予測できていた。
サニー達には攻撃する気はさらさら無かったようだし、
それなのに何かの機会を窺っているような動き方だった。
それはつまり、逃げるタイミングを見計らっていたということだ。
「なんなのよーっ。せっかくあたいの格好良いところを見せてあげようとしてたのにっ」
「いや充分見せて貰ったぜ」
「本当に?」
「あぁ。流石は師匠だな、相手が逃げ出すくらいの冷気を放つなんて」
「ま、まぁねっ、最強のあたいにかかればちょろいもんだわ」
機嫌を取るのも仕事の内。
チルノにはもう少し付き合ってもらう必要がある。
えへへ、と照れ笑いを浮かべているチルノに見えないように、魔理沙はまた悪どい笑みを浮かべるのだった。
☆
三妖精を蹴散らし――一人は先に逃げていったが――た、チルノはまた霧の湖へと戻ってきた。
一応メンツは保てたっぽいが、さてこれからどうするか、とチルノはようやく考えを巡らせ始める。
手本は見せた。
ということは、次は魔理沙に教えてやるのが妥当な選択だろう。
だが改めて、自分の技を教えるということの難しさに直面する。
チルノはみんながやってる弾幕ごっこを、見様見真似でやってるだけだ。
スペルカードも、自分の得意とする氷を使ってみると、案外いいものになったというだけで、
あまり深く追及して考えついたものでもない。
紅魔館の門番や大妖精、レティ達に名付けてもらったスペル名も、実際の所はそんなに意味を理解してなかったりする。
「それで師匠、次はどうする?」
「そっ、そうねー、どうしよっかなー」
冷気を操るコツを教えて欲しい、と魔理沙は言ってきた。
だが自分にだって、どうして冷気を操れるのかわからないのだ。
氷の妖精なのだから、氷や冷気を操れるのは当然じゃないか。
そう言いたいが、それでは答えにはならないのだろう。
「冷気を操るコツ……だったわよね」
「ああ、そうだぜ」
「コツねぇ。なんて言ったらいいのかしら」
なんて言っていいのかなんかわかるはずがない。
だが答えないわけにはいかない。
そこでチルノが思いついた、苦肉の答えがこれだった。
「冷やしたい、凍らせたいと思う事ねっ」
「それだけ?」
「そ、そうよっ、でもコツを聞いたからって、すぐにできるとは思わないことねっ。
これはあたいだから簡単にできることなんだから」
確かにそうだろう、と魔理沙は内心納得もしていた。
無論チルノの答えには不服だが。
パチュリーのように、どうやってエネルギーを生み出しているのか、
どうやってその放出したエネルギーを操作しているのか、
その論理が組み立てられているものは、見て覚えるには早い。
だがチルノの場合、その論理など最初から無いのだ。
チルノという、氷の妖精だからできる技。
そうとしか言いようがない。
(成る程な。その論理まで自分で組み立てろっていう訳か)
骨が折れる作業だが、一から全てを組み立てるよりは遙かに早い。
やはりチルノとはもうしばらく行動を共にするべきだと、魔理沙は結論づけた。
となると、やはり何度もチルノの能力を目の当たりにして研究しなくては。
「なぁ師匠。もう一回くらい、師匠の力を見せてくれないか」
「それくらいお安いごようだわ」
それなら考えなくてもできることだ。
とりあえず適当な的はないものかと、チルノは周囲を見回す。
すると空の彼方に何やら飛んでいるのを発見。
「丁度良いところに。魔理沙、それじゃあもう一回見せてあげるから、よぉく見とくのよ」
「よろしく頼むぜ」
言ってチルノは、その上空の影へと向かっていった。
魔理沙もそれが見える位置まで近づこうと、箒に跨る。
だが飛び上がろうとした瞬間、もの凄い勢いでチルノが落下してきた。
「な、何だっ!?」
チルノはボロボロの姿で、気絶してしまっていた。
一瞬の出来事にも程がある。
魔理沙は飛び上がるのを止め、チルノに駆け寄った。
「お、おい、どうした、何があったんだ」
「あら、魔理沙もいたの」
心配する魔理沙の元に、チルノをこんな風にした原因が降りてきた。
紅白の目出度い衣装に御祓い棒。
衣装に合わせた赤いリボンを風になびかせて、博麗霊夢がそこにはいた。
「この暑いのに弾幕ごっこなんてやってられないわよねぇ」
「霊夢相手じゃ分が悪すぎるわな」
「この氷精がバカなのは、いつものことだけど、魔理沙はこんな所で何をしているの」
「ん、ああ、納涼術を会得しようと思ってな」
「会得? 捕獲の間違いじゃないの?」
霊夢は魔理沙がチルノを連れ帰って、涼を得ようとしていると思っているらしい。
確かに良くやる方法だが、今回は違う。
ちなみに本来納涼術という言葉には、会得も捕獲も使わない。
「でも肝心のチルノがこれじゃあなぁ」
「なんだかよく分からないけど。別に私が悪い訳じゃないようね」
「ああ、別にどうってことはないぜ。私ももう暑いしも家に戻ることにする」
チルノが伸びてしまった以上、一緒にいる理由はない。
あっさりチルノと師弟の縁を切ると、魔理沙は箒に跨って自宅へと帰っていった。
「さて、私も戻るかな」
魔理沙が帰って、静かになった湖畔。
買い出しの帰りだった霊夢も、帰ろうかと踵を返す。
しかし、ふとその視線の先に伸びたチルノの姿が。
「ふむ」
しばらく考えた後、霊夢は手土産を増やして神社への家路を急ぐことにした。
☆
その夜の霧雨邸。
窓を開けていても、むわっとした空気と、灯りに釣られて入ってくる虫が鬱陶しいので
魔理沙は窓を閉めたまま机に向かって、なにやら書いていた。
今日のチルノとの行動で得た情報を、まとめているのだ。
属性や風水、自然界の法則といった専門的な見解を交えて、チルノという妖精を改めて考える。
しかし妖精というのは、自然界の歪みから生まれた、謂わば自然の一部。
妖精そのものは、自然界のエネルギーと精神体の塊でしかない。
つまり魔法使いのように、エネルギーを自分で生み出して、魔法として使用するのではなく、
自身がエネルギー源となって、それを使用する。
チルノの場合、彼女自身が冷気というエネルギーの源なのだ。
魔理沙が知りたいのは、そのエネルギーの放出方法。
しかし、観察の結果得られた答えが、冷気は氷から発せられるという当たり前のもの。
「あーぁ、あんなに暑い思いをしたのに、出てくる答えがこんなものなんて」
まったくの無駄とは言い切れないにしても、あまり良い結果が得られなかった事へのショックは隠しきれない。
椅子の背もたれに寄りかかって、ランプの灯りが揺れる天上を仰ぐ。
光や熱の源となるミニ八卦炉なら持っているから、逆の事は可能なのに。
「逆? ……そうかっ」
思わず仰け反った魔理沙は、そのまま引力に引かれて椅子ごとひっくり返る。
だがそんな痛みなど今は感じない。
なんと画期的なアイデアを思いついたのか。
椅子を戻して、ひとまずノートやら本やらをその辺に片付ける。
部屋が散らかろうが、そんなことはどうでもいい。
この閃いたときのテンションを維持したまま、作業に入らなければ。
アイデアは流星のように浮かんでは、流星のように消えていくものだということを魔理沙は誰より知っている。
「よぉーしっ、やるぞーっ」
その夜、霧雨邸の灯りが消えることはなかった。
☆
それから夜を二度越した翌日のこと。
今日も今日とて、夏の陽射しは絶好調なまでに降り注いでいた。
霊夢は縁側で西瓜を冷やしながら、風鈴の音を聞いていた。
朝の内に打ち水はしてあるが、この陽射しではすぐに渇いてしまい効果は薄い。
それでも縁側は一番風が吹くため、ここが最も心地よいのだ。
「よぉーっす」
そこへ暑苦しい格好をした魔理沙がやってくる。
玄関から入るとか、そういう注文はもはやない。
魔理沙も縁側に霊夢がいることが分かっているから、ここにやって来たのだ。
「どうしたの。まさか西瓜のおこぼれでももらいに来た?」
「いいやそういう訳じゃないけどな。でも西瓜は貰うぜ」
「はいはい、それで。本当の用事は何なのかしら」
暑い空気を吸うのも嫌だと、霊夢はあまり会話に乗り気ではない。
むしろさっさと帰れというオーラが全身から湧き出ている。
しかし、魔理沙はそんな霊夢の様子も気にせず、何やら含みのある笑いを溢し始めた。
「ふっふっふ、霊夢、今お前は暑さに困っているな?」
「当たり前よ。というかケンカ売りに来たのなら残念ね。今の私は寛容だから買わないわ」
「まぁそう呆れるな。そんな霊夢に、今日は朗報を持ってきた」
「朗報ね。まあ聞いてあげるわ」
すると魔理沙は何やら帽子をごそごそと探り出した。
そして勿体ぶった動作で、それを霊夢に突きつける。
「じゃーんっ、これだっ」
「じゃーんて……それ八卦炉じゃない。そんな暑苦しいもの、とっとと仕舞いなさいよ」
「ちっちっち、甘いぜ霊夢。これは前までのミニ八卦炉とは違うんだな~」
「何処がどう違うの。見た目はどこも変わってないけど」
言って欲しいことを、すべて言ってくれる霊夢に、魔理沙は大満足の笑みを浮かべる。
そして一番言いたかったことを大々的に言い放つ。
「実はミニ八卦炉を改造して、魔力を熱とは逆のエネルギーに変換して放出することが出来るようになったのだ!」
……と。
「もしかして熱だけじゃなくて、冷たいものも出せるようになったとか?」
「なんでそこまで言っちゃうんだよおっ!」
「いや何も泣きながら言う事じゃないでしょうに」
よしよしと、すがりついてくる魔理沙の頭を撫でる霊夢。
まあどうせそんな所だろうとは思っていたのだが。
「まあとりあえず見せてよ。もし本当に出来るなら、凄いじゃない」
「そ、そうだな。百聞は一見に如かずだぜ」
目元を拭いながら、魔理沙は少し離れた位置に立ち、改造したミニ八卦炉に魔力を込め始める。
魔力を熱に変えるミニ八卦炉の作用を、逆の効果でできるようにすれば、
ミニ八卦炉はチルノ同様、冷気を放つ源に早変わりするのだ。
「行くぜっ、新魔法“コールドインフェルノ”!」
ミニ八卦炉に込められた魔力が、冷気の塊に変換されて打ち出される。
そして出てきた青緑の球体。
そこから、それと同じ色の炎が吹き出した。
慌てるのは霊夢である。
冷気が出るものと聞いていたのに、まさか炎が出るなんて聞いてない。
すぐにその場を飛び退くと、魔理沙に猛烈に抗議した。
「ちょっと! 失敗してるなら言いなさいよっ」
「いや待て霊夢。これは“冷気の炎”なんだ。もともとミニ八卦炉は炎を発する。
だから魔力を冷気に変換できても、氷を発せられる訳じゃないんだ」
「本当に?」
「あぁ。そんなに心配なら、そこの西瓜を一瞬で冷やして証明してみせる」
それならまぁ、と霊夢も承諾する。
この暑さでは西瓜も美味しくは冷えないだろう。
上手くいけば、まあ助からないこともない。
「それじゃあ改めて……コールドインフェルノっ」
やっぱり見た目は暑そうに見える青緑の炎が、桶に浸かった西瓜を直撃する。
しかし西瓜は燃え出すことはなく、むしろその表面に霜が立ち始めた。
どうやら本当に、これは冷気の炎であるらしい。
「ほら見ろ、成功じゃないか」
「うーん……でも私に当てようとしたとき、嫌な予感がしたのよねぇ」
「錯覚だ、錯覚。さ、冷えた西瓜でも食べようぜ……げっ」
魔理沙が何を見て、げっと言ったのかは想像に容易い。
二人の前には、桶ごと凍り付いてしまった西瓜の成れの果てがあった。
食べようにも割れないし、完全に凍ってしまっているので溶けるまで時間が掛かる。
「は、ははは。どうやら威力の調整は、まだまだ研究の余地があるな」
「魔理沙、その改造って、自分でやったの?」
「ああ勿論だぜ」
「でもそれを作ったのは、霖之助さんよね」
「香霖の所に持って行くのが面倒だったからな、自分でやってみたんだ。
いやぁ、案外何とかなるもんだな。と、私はこれで……」
そそくさと立ち去ろうとする魔理沙の肩を、逃がすまいと掴む霊夢。
その顔を見た魔理沙は、後日こんな風に事の顛末を語ったという。
「あれは人間の顔じゃあない。あんな顔が出来るのは修羅か羅刹くらいなもんだ」
たかが西瓜、されど西瓜。
食べ物を粗末にする者には、閻魔様より早く、博麗の巫女が調伏にやってくるので注意されたし。
ちなみに結局納涼術として使うには、まだまだ調整が必要となった新魔法。
それはしばらくして訪れる、久方ぶりの異変において、思わぬ形で活躍することとなる。
でも、それはまた別のお話――――
☆
余談だが、霊夢にやられたチルノはどうなったのか。
数日の間は博麗神社に監禁され、天然のエアコンとして使われていたという。
隙を見て逃げ出したそうだが、しばらくの間住処から姿を現すことはなかったらしい。
無論、弟子入りなど申し込んでも、門前払いにされたに違いない。
《終幕》
――and next story is “Mountain of Faith”
>八卦路
八卦炉では。
あと、「ミニ」が付いているところと付いていないところがあってバラバラです。霊夢の台詞以外は「ミニ八卦炉」で統一しては?
ただ、魔理沙がもうしばらく行動を共にするべきだ、と考えていたのに直後にチルノが退場し、魔理沙が別の方向性を閃いてしまったのには少し拍子抜けしてしまいました。
別に山場を作れと言っているわけではなく、まったりならまったりで良いんですけど……うーん。
演出とかの問題じゃなく、ネタの段階でもう少し捻って欲しかったなと思います。
八卦炉にチルノから剥ぎ取ったドロワーズ詰め込んだら冷気が出たとか(いや、お前がもう少し捻れよ)
新ショット=チルノ要素、という発想はいいのですが、最後で魔理沙がほとんどオリジナルで考えてしまっているため、チルノが出た意味が薄くなっているんですよね。作中のチルノが可愛かっただけに、そこが残念です。
あと最後になりましたが、巫女がさりげに横暴で良かったと思います。
>名前が無い程度の能力さん(一人目)
チルノ好きとして、私は断固この説を推したいところです(ォィ)
※ご指摘された箇所と誤字は訂正しました。ありがとうございます。
>みんさん
好きな子ほど虐めたくなる法則が、どうやら私にも働いたようですw
>名前が無い程度の能力さん(二人目)
その辺りの辻褄が合ってないのは、ご指摘があって初めて気付きました。
魔理沙の考え方の移行は、もう少し考えたら良かったですね。
>床間たろひさん
捻りがない。耳が痛い言葉ですが、それが現状ですね。
コメディと自分で銘打っている以上、もっとそれらしい要素を
盛り込めれば、もう少し楽しんでもらえたのでしょうが……。
苦手分野を書くと弱点が露呈しますね。精進します。
>名前が無い程度の能力さん(三人目)
物足りなさや、辻褄の合わなさは結構感じられているようで、
今回は反省点の多い作品になってしまいました。
チルノ好きと言うなら、もっとチルノと絡ませた展開を考えるべきか……。
むむ、今回は反省点が多い作品になってしまいました。
次回はもっと楽しんでもらえるように引き締めて書いていきたいと思います。
ご意見下さった方々、採点してくださった方々、ありがとうございました。
コメントは引き続き、何かありましたらぶつけてくださいませ。
まさに、「馬鹿な子程かわいい」 ですね。