この作品は作品集その43集にある『閻魔様の相談事』の続編になってます。
だけど読んでなくてもあまり困らないと思います。
閻魔様と死神が仲良しすぎですので、そういうのが苦手な方はご注意ください。
朝。
小野塚小町は目覚めた途端、今までの人生でぶっちぎりに凄い勢いで意識がはっきりとするのを自覚していた。
自慢ではないが、小町は朝が苦手だ。
起きたら二度寝は当たり前。というか二度寝しないと意識がはっきりしてくれない。なのでいつも遅刻ぎりぎりと、相当に朝に弱いというかだらしなかった。
が、今朝に限っては、目を開けて、突然に至近距離にあった本来ありえない人物のそのお顔に、小町は二度寝なんて無理とばかりに硬直していた。
「……すぅ」
耳に毒な、その可愛らしい声。
小町の両腕の中、胸に顔を埋める様にして目を閉じ、すやすやと眠っているのは、自分の上司で、先日色々あって最高に幸せ状態な関係にまでなった。長年の片思いだった相手。四季映姫様がいた。
「―――――っ??!!」
いや何でだよっ?!
すぅすぅと、それはもう可愛らしい寝息をたてる上司。一応自分より幼い外見だが年上の彼女に、小町はガリガリと理性が削られていくのを自覚しつつも、混乱して思わず周りを見回してしまう。
ここはあたいの部屋!
ここはあたいの部屋のベッドの上!
つまり二人きり!
腕の中のお人は四季様!
チャンスっ?!
って違うよ落ち着け!何いきなりやばい方向に考えてるかー?!
「ん、うぅ」
「いっ!?」
もぞもぞと映姫は動いて、小町のパジャマをしっかりと握る。離さないと言いたげなその仕草と、胸に顔を押し付ける映姫の少し寝苦しそうな顔が、小町の理性をがっつんがっつんとぶち壊していく。
「う……」
鼻血でそうだった。
小町はとりあえず、必死に自分を抑えて、状況の整理をしようと頑張る。
「えっと……今日はあたいと四季様は休日で、だから一緒にお出かけしようって、四季様から誘ってくれて」
真っ赤な顔で、伺うように自分を見上げて「駄目、でしょうか……?」ともじもじするお姿は、破壊力が尋常じゃなく、小町は本当に必死で自分を抑えていた。というか、鎌でこっそり自分を刺していた。それぐらいしないと理性が本能に完全敗北という、絶対に避けねばならぬ事態に陥っていたのだ。四季映姫恐るべし!
小町はあの時ほど、自分の上司の恐ろしさを痛感した事はなかった。
話がそれた。
とにかく。だから、四季様がいつも遅刻をするあたいを迎えに来てくれるって言ってくれて。だからあたいも、寝坊するわけにはいかないって、早めに寝ようとしたけど、年甲斐もなくどきどきして眠れなくて、結局寝たのは深夜も過ぎた頃で……。
……あー、何か今、どうしてこういう事になったのか分かった様な気がする。
つまり、四季様はあたいを起こしに来てくれて、何故かそのままここで寝ていると……。
あたいが寝ている間に、どんな事があったんだろう?
「……えっと、四季様?」
「……んむぅ」
その寝顔は、愛らしいから凶悪すぎた。
ぐはっ!
し、しっかり!頑張ってあたいの理性!
「し、四季様ー!起きてください!」
「んんっ」
「お出かけするんでしょー?」
「……んふぅ……やあぁ……」
四季様は、まだ寝たいとばかりに、少しだけ首を振ってもぞもぞとしている。
いや、その前にあたいの為にも四季様の為にも、そんな色っぽい声ださないで下さい切実に!
「………ん?………あれ?」
もう頭がぐわんぐわんしてきて、混乱しまくりだったが、幸いな事に四季様の方がやっと起きてくれたらしく、暫くぼーっとしていたかと思うと、急にはっとした顔になる。
「こ、小町?!」
超至近距離で名前を呼ばれて、反射的にびくっと背筋が伸びる。その動きでさらに四季様の顔に胸が押し付けられたが、まあ事故である。
「むぐっ?!……ぶはっ!え?あれ?!」
「お、おはようございます」
あのいかつい帽子を被っていないと、四季様はさらに幼く見えたりして、そんな姿で今の様に慌てられると、なんでか自分が悪い事をしたような気になってくる。
小町が少し困った顔をしている中、その腕の中の映姫は、必死に朝の事、つまりこの状況に陥った原因を寝ぼけた頭で思い出していた。
「そ、そうよ!迎えに来たら案の定小町が寝ていて、起そうと揺さ振ったらそのまま引きずり込まれたのよ!」
そのままあのふくよかな胸の感触と、気持ちよさそうに眠る小町の寝顔の魔力にやられて……!
「ええっ?!」
小町の驚きの顔。
映姫も映姫で、あっさりと眠ってしまった自分に悔しさを禁じえない。
「つまり、四季様がここで寝てるのって、あたいのせいですか?!」
「そ、そうですが、そうでもないといいますか……うぅ。あそこでこの温もりに負けなければ……って、いつまで抱いてるつもりですか小町?!」
「きゃん!」
「むぐっ?!だ、だから―――」
「って、あれ?ああすいません!うっかり体が正直に動いて、じゃなくて!ちょっと混乱しまして!」
「は、は、離しなさい!」
「ああああ?!ちょっと四季様、そんなに暴れるといろんな所があぶないといいますかー?!」
ばたん、どたん、どすっ、きゃん、がすっ。
朝から大騒ぎだった。
結局。
二人が落ち着いてゆっくりと朝食をとったのは、まだ昼とはいえないが朝ともいえない。そんな中途半端な時間だった。
「す、すいません。……うっかりと」
「ああ、平気ですって、うっかり殴られたぐらいで怒りませんよ」
パジャマからいつもの服に着替えた小町は、早速朝食の準備をしていた。
慣れた仕草でフライパンのオムレツを引っくり返す小町に、映姫は大人しく食器の準備などをしながら謝る。
「あ。四季様はお味噌汁の味噌とか具材に拘ります?」
「いえ、あまり気にしませんが」
「それじゃあ、薄めと濃い目はどっちが好きですか?」
「……そうですね、どちらかといえば薄めでしょうか?」
「了解です」
鼻歌交じりに、鮮やかに手を動かす小町を、映姫は尊敬の混じった眼差しで見つめる。意外な事だが、小町の料理の腕は標準以上で、食べたら思わず驚くぐらいにおいしかった。
「私も、料理の勉強をするべきでしょうか?」
「あははは。大丈夫ですよ、四季様は別に料理の勉強をしなくても、あたいが四季様の分まで腕を振るいますって!」
「そ、それはそうですが。そうではなくて、私が小町に何か作ってあげたいんです!」
いつも小町ばかりが家事をするのはフェアではないと、映姫は真面目に思っていた。
ガチャンッ。
その時、僅かに派手な音が映姫の耳に聞こえてきた。
こちらから丸見えの台所で、小町が背中を向けたまま味噌汁を僅かに溢しているのが見えて、映姫は料理上手な小町にしては珍しいミスだなと首を傾げる。
「小町?」
「す、すいません。ちょっと手が滑りまして。……あちち」
「っ?!や、火傷したのですか?!」
慌てて小町に近寄ると、小町は「へ?」と間抜け面で立ち尽くしていた。映姫はそんな小町の手首を掴んで、その人差し指が赤くなっているのを確認する。
「す、すぐに手当てを!」
「へ?いや、これぐらいなら大丈夫ですよ。舐めとけばすぐに治りますんで、手当てなんて大げさな――」
「分かりました!」
「はい?」
分かったって何が?小町が聞き返そうとした、まさにその時。
ぱくっ。
「―――――――っ??!!」
本日二度目の、小町の声に出ない絶叫。
映姫はあろう事か、小町の言い分をそのまま受け取り、人差し指を銜えたのだ。
「し、しししし四季様っ?!」
ちょっ?!舌を動かさないでって、ああ、そういや舐めときゃ治るって言っちゃったよ自分!グッジョブ!じゃねぇ!!
うわ、四季様の舌、柔らかいし…………って、思考停止に陥るな小野塚小町!これは凄いやばいパターンだろうが!
小町は、真剣な顔で指を銜えて舐める映姫に対して、自分を心配してくれてるのにふしだらな事を考えるんじゃないと、僅かに舌を噛んで理性を保つ。
「あ、ありがとうございます四季様。もう大丈夫です」
「……ん。……はあ、心配させないで下さいよ」
「あはは。すいません。ドジっちゃいました」
もう誤魔化すしかないと、あっはっはと笑うしかない小町に、映姫はやれやれと首を傾げる。
本当にしょうがないですねという顔は、可愛いのだが、それがさらに小町を追い詰めているのに気づいていない。
かなり罪だった。
「さて、それじゃあ朝御飯にしましょう」
「そ、そうですね。まあ質素なものですが」
「大丈夫です。小町のご飯はおいしいですから。さて、それじゃあ手を洗いましょうか」
「えっ?!」
「?」
予想外の小町の反応に、映姫は振り向いて不思議そうな顔をする。その顔に小町は慌てて何でもないと首を振る。
「ほらほら、早くしなさい」
「は、はい」
できれば洗いたくないなーと本気で思う小町に気づかずに、映姫は小町を急かす。何故洗いたくないのか。それは秘密だった。
ついでだが、じゃぶじゃぶと手を綺麗に洗う映姫が、アライグマみたいに見えて可愛かったらしい。
昼。
約束どおりお出かけしようと、軽くお弁当も作って、二人は幻想郷の湖の傍までやってきていた。
「やっぱり大きいですね~。ここでお昼寝したら気持ちよさそうですよ」
「小町、貴方はまだ寝るつもりですか……全く」
冗談ですってーと笑う小町に、映姫はどうだか、と肩をすくめて、だけどお互い笑顔のまま、二人はのんびりと飛んでいく。
どうせだから、湖の傍に降りてみようと小町は提案。映姫も承諾する。
そして二人は揃って降りていこうとして、誰かの、とても聞きなれた声がするのに気づく。
「?」
「あの声って、確か……」
声の主に想像が付いた途端に、これはまずいと小町は映姫の手を引いて、こっそりと太った木と草むらの、隠れ場所に丁度良さげな隙間に入り込む。
二人が、声を聞いたら反射的に隠れてしまう相手。……天狗である。
「……四季様、今の声って」
「ええ、あの氷精と天狗の声、ですね」
つまりは、幻想郷の最強馬鹿と名高いチルノと、幻想郷の新聞屋でちょっと盗撮趣味もある射命丸文である。
「……やれやれ」
「見つかると、少し厄介ですね」
映姫と小町は顔を見合わせて、ぼそぼそと小声で話し合う。
こそこそとするのはあまり趣味ではないが、あの天狗は少し好奇心が旺盛すぎて、尚且つそれを披露したがる悪癖がある。
小町は、あたいはともかく、四季様に不利な情報など流させてなるものか!と、その天狗が三途の川に来る度に追い返していたのだ。勿論映姫には秘密で。
「先客がいるなら仕方ないという事で。他の所に行きませんか?見つかったら根掘り葉掘りとうるさそうですし」
「……そうですね。少し残念ですが、そうしましょう」
小町の提案に、映姫は頷き。さあここから離れようとした矢先に、怒鳴り声が聞こえた。
「何処で覚えたんですかそんな言葉?!」
「!?」
間違いなく、文の声だった。
映姫と小町は顔を見合わせると、すぐに気配を消しながら声の方向へと向かう。
もしや喧嘩?!
それも今の声はどこか切羽詰っていて尋常な雰囲気ではないと容易に想像できる。もしかしたら、これはやばいかもしれないと、幻想郷にはない、外の世界の犯罪行為にもっぱら詳しい二人は、まさかと思いながらも、嫌な想像を掻き立てられるのを止められずに、その現場へと駆け出し。
ずっこけた。
「だ、だからチルノさんストップ!これはいけません!本当にいけませんから!」
「大丈夫大丈夫!えっとね。んーと…………。くっくっく、ちゃんと責任とってやるからよー、お前もその気だったんだろう?大人しくしてな!」
「だから何処で覚えてくるんですかそんな台詞?!」
「白黒ー」
「あんの人間ー!!」
「あと紅白ー!」
「何してんだ博麗の巫女ー?!」
「ふふん!だからちゃんと知ってるわよ!こうするんでしょう?」
「って、わーっ?!ふ、服を脱がせないで下さいよちょっと?!そ、それに痺れ薬を飲ませるとか、チルノさん、貴方本当になに考えてんですかっ?!」
彼女達の視線の先で、天狗が氷精に押し倒されていた。
現在進行形で。
というか、本来力で圧倒的な余裕を持つはずの天狗が、本来か弱い妖精に押し倒されて涙目だった。……恐るべしチルノ、と言うべき場面なのだろうか今は?
「……こ、これは」
「よ、予想外の展開ですね」
派手にずっこけたのだが、取り込み中の二人には聞こえなかったらしく、いまだに二人の存在に気づかずによくわからない押し合いを続けていた。
「……止めますか?」
「……えっと、本来なら止めるのですが、この組み合わせだと、止めるべきかどうかの判断が付きにくいですね」
小町と映姫は顔を見合わせる。
とりあえず、そのまま見捨てるわけにも出て行くわけにもいかないので、様子見をする事になった。
「と、とにかく落ち着いて話し合いましょう!チルノさん、これは犯罪行為ですからすぐにやめましょうね?!今なら私も怒りませんから!」
「………んー」
「ち、チルノさん?聞いてます?」
「ねえ、文?」
「え、えっと。な、何でしょうか?」
「きせー事実って、どんな事すればそうなるの?」
「は?きせー?……え?それって、まさか既成事実の事ですか?」
「そうそれ!あと危険日を狙えって!」
「………………………」
「?」
「だ、誰だー!いたいけな馬鹿に変な台詞ばっかり教える奴は――――?!これ絶対にあの人間達だけじゃないですよ?!複数の悪意を感じますよ!!」
何だか凄い事になっている。
「……どうしましょう四季様、見てて凄い楽しいですが。これ止めるべきですよね?」
「……いえ、まだ様子見です。それと小町、これは決して覗きではないのです。だから楽しんではいけません!………ふむふむ」
「……あの、そういう四季様は、何故メモ帳を取り出しているんで?」
「……げ、現場の状況を忘れぬように記載しているだけです!気にしなくてよろしい!」
外野は、どうやらまだ文を助ける気がないようだった。
映姫はメモに真面目にペンを走らせながら「な、成程、背の低いほうが積極的でも大丈夫なのですね?!勉強になります!」とか呟いていたが、小町は全力で聞かなかったことにした。
そして視線の先の氷精と天狗は、天狗が必死になって、説教?をしているのだった。
「いいですかチルノさん!こういうのは同意の上でしなくてはいけないんです!相手の一方的な都合だけで先走るのは最低な事なんです!だからすぐにやめましょう!」
「えー。白黒が、えっと「いやよいやよも、すきのうちー」って言ってたのにー」
「はっはっは。やっぱあいつが筆頭かあのアマ絶対に殺す!……こほん、失礼。とにかく、それはただの男の妄想であり妄言です。信じてはいけません」
「んー。わかった」
「よろしい。そしてですね……これが一番気になっているのですが、何故に分かってくれた筈のチルノさんは、いまだに私の服を脱がそうとしているのでしょう?」
「きせーじじつよ!」
「だから、さっき同意の上じゃないと駄目って言ったじゃないですか!くそっ、分かってましたよ!貴方に説明をしても意味がないって!ええ、世の中って理不尽ですよ!」
天狗はすでに泣きそうだった。いや、ちょっと泣いてるかもしれない。
「哀れだな」
「哀れですね」
「……助けます?」
「様子見です」
「……り、了解です」
外野は大人しく草陰で覗いていた。
小町は、映姫の手がせわしくなく動く事にどことなく不安を感じるのだが、止める理由もないので黙っている事にした。
「あのね文」
「うぅ。何ですか」
「あたい、文が大好き!」
「ぅへ?!」
「最初は嫌いだったけど、優しいし、格好いいし、あたいを馬鹿にするけど、あたいと遊んでくれるし、だから大好き!」
「え、えっと……?」
「だから、文をあたいのお嫁さんにしてあげる!」
「いやそこ待ったー?!」
「待ったなしー♪」
「私が嫁っ?!」
「うん!」
「つまり、抱かれる方っ?!」
「うん!!」
「間違ってるっ!それ絶対に間違ってますから!普通逆ですから!」
「大丈夫!あたいったら最強なんだから!」
「理不尽だー!!」
とっても大変な事になっていた。
「……ふっ。とても勉強になりました」
パタンとメモ帳を閉じる閻魔様に、死神は背筋がぞくりとするのを感じた。何だろうこの寒気?
「えっと、じゃあ、もう行きましょうか四季様?」
「そうですね。とても有意義な時間でした」
よく分からないが、閻魔は何かを勉強していたらしい。……小町は絶対に気にしないようにしようと心に決めた。
「そ、それは良かったですね。それじゃあ、次は何処に行きます?」
「……そうですね。先日のお礼もかねて、ミスティア・ローレライや上白沢慧音。それに永遠亭を尋ねたいとは思いますが……でも、今日は、小町と遊ぶと決めた日ですから」
「四季様……。はい!それじゃあ、もっと別な所に行きましょう!」
「ええ」
微笑みあって、二人は暫く見つめあう。
映姫は遠まわしに、遊ぶと決めた日なんて言ったが、これが実はデートだと、ちゃんと自覚をしているらしい。
それを小町も察して、嬉しくて恥ずかしくて、顔がにやけるのをがんばって引き締めて、エスコートをしますと、映姫に告げたのだ。
いい雰囲気の二人は、どうやら文を見捨てる気満々らしい。
天狗と氷精の微笑ましい(?)会話を聞いて、まあ大事にはならないだろうし、好きにさせてあげようという結論に至ったようだ。
閻魔様と死神は、揃って少しばかり放任主義だった。
そして二人はほんのりとしたいい雰囲気に勇気を貰って、ついでに盗み撮りの心配もないと分かって、二人は手を繋いで、仲良く幻想郷の空を飛んでいくのだった。
結局。文は何とか話し合いでチルノを納得させ、自らの貞操を守りぬいた。が、何故か「将来はチルノのお嫁さん」と約束させられて、世の理不尽さとか、誰だチルノさんに痺れ薬渡した奴は?!とか、私に幼女趣味はありません!とか、とにかく悩みまくりらしい。
「……私が、嫁?婿じゃなくて?」
特に、これが一番大きな悩みらしかった。
夕方。
ふわふわ、ひらひら、そしてイチャイチャな花畑。
「あら、いらっしゃい四季映姫」
「風見幽香……」
風に乗ってくる綺麗な花を追ってみると、そこの発生源には、過去に説教をした妖怪が、余裕ありげな微笑と共に、くるくると日傘を回していた。その隣では、リグル・ナイトバグが、珍しいお客さんにきょとんとした顔をして大人しく座っている。
「久しぶりね。何用かしら?またお説教しに来たの?」
「……勘違いをしないで下さい。今の私は閻魔ではなく、ただの四季映姫です。公私混同はしない、というのが私のポリシーですので、オフの私は進んで説教をする気はありません」
「あら、それは殊勝で感心な心がけね」
くすくすと、どこか小馬鹿にした様に笑う幽香に、映姫の眉がぴくりと動くが、そこで余計な事は言わずに彼女は沈黙を守った。
ここで言い返せば、幽香のペースに引き込まれると、聡明な映姫はきちんと理解していた。
そんな映姫に、幽香は暫くにやにやとした意地悪な、だけど興味深そうな顔を向けたが、すぐにその興味を別の方向、つまり映姫の隣で二人のやり取りを止めるべきかどうかと悩みながら見守っていた小町に向けた。
「ふーん。それが貴方の、ねぇ?」
ぴくっ。
幽香のそれに、映姫の体が目に見えて反応した。
……それ?今貴方、小町をそれとか抜かしました?
映姫のこめかみに青筋が一つ。
「……それは、どういう意味の発言ですか?風見幽香」
「別に何でもないわよ?ふーん。貴方は自分より背の高いのが好みなのかしら?」
青筋が二つ。
「……貴方にはどうでもいい事です。それに、貴方の方は自分より背の低いのがお好みのようですね…………ふっ」
ぴくくっ。
今度は、映姫のそれに、幽香が目に見えて反応する番だった。
四季映姫、今貴方、鼻で笑ったわね?
幽香のこめかみに、映姫と同じ青筋が浮かび上がる。
「あら、何かしらその笑いは?私のリグルを馬鹿にしたのだったら、今すぐにその命、散らすわよ?」
「貴方こそ、私の小町をその穢れきった視線で見るのはやめてくれませんか?でなければ、今すぐその罪、裁きますよ?」
ばちばちと、視線だけで火花を撒き散らす二人に、その相方達の口元がひきつる。
「う、うわ」
「こ、ここまで仲悪かったのかこの二人……」
想像以上の相性の悪さだった。
幽香は、あまりの事に会話に混じっていいのかと考えているリグルを抱き寄せ、
映姫は、ぎゅっと、隣にいた小町の腕に自分のそれを絡ませて、お互いに睨み合う。
「ふん。閻魔様は分かってないようだから教えてあげるわ。リグルは小さいだけじゃないのよ?」
「はっ。貴方こそ。何も分かっていないようだから教えますが、小町は大きくてスタイルがいいだけではありません」
何故か、リグルと小町を盾にするように押し出して、二人はおかしな事を言い出した。
微妙に影が薄い感じの二人は、目を白黒させて、ちょっと目を合わせている。
「聞きなさい!私のリグルは見た目と違って積極的よ!」
「貴方こそお聞きなさい!私の小町は雰囲気と違って料理が上手です!」
……。
リグルは「お互い大変ですね」と視線だけで小町に言っていた。
小町も「あんたも大変なんだな。今度一杯どうだい?」と同じく視線だけで語る。
「リグルはまだまだ成長期よ!将来は私より背が高くなるし、格好良くなるわね」
「小町だって、まだ成長途中です!あれでまだ成長します!ちょっとそこは殺意が湧きますが、貴方など足元にも及びません!」
「リグルは男装したら格好良すぎたわ!あれは反則よ!」
「小町だってきっと負けてません!というか普段からどきっとする顔をたまにするんです。あ、あっちの方が反則です」
ばちばちばちばちと、それはもう青い火花を散らしながら、お互いの恋人自慢?に忙しい二人。
その恋人達も、少し間違った友情を育んでいる。
幽香と映姫のそれが、最高潮にまで盛り上がり、結構際どい怒鳴りあいが続いた後に、もう埒があかないと思ったのか、幽香が腕の中のリグルを睨む
「リグル!リグルは私のどんな所が好きなの?!答えなさい!」
「もちろん全部だよ」
流石は蟲の王様。
幽香のその、勢いで聞いてきた、普通なら戸惑ったり恥ずかしかったりして、誤魔化したり遠まわしだったりするその答えを、あっさりと即座に正直に、満面の笑顔で答えた。
影が薄かろうと何だろうと、彼女は王様だった。
「っ?!」
これには、勢いよく問いかけた幽香自身の方が言葉に詰まってしまい、僅かに赤い顔で硬直する。
「大丈夫、私は幽香の全部が好きだもの。嫌いな所はないよ」
そして笑顔でとどめ。
幽香は、すでに言葉もない。
ぱちぱちぱち。思わず、小町と映姫は揃って拍手をしてしまう。
「これはお熱いねぇ……。四季様、ここはもうあたいらお邪魔みたいですし、別な場所に行ってみませんか?」
ピンク色のオーラが出始めた蟲と花に気を使って、小町は苦笑しながら提案する。
が、何故か映姫は複雑そうな顔になって、迷うような赤い顔で小町を見上げる。
「小町…」
「?はい」
「……私も、小町に嫌いな所なんて、ないですからね?」
「へ?」
「さぼるけど、真面目じゃないけど、だらしないけど。だけど、好きですからね?」
「っ?!」
それはもう、的確に急所に響く一撃だった。
小町は幽香と同じく、言葉にできないそれに真っ赤になって口をぱくぱくさせてしまう。
「あ……うあ」
「ですから、小町はリグル・ナイトバグに負けてませんからね!安心してください!」
よく分からないが、いつの間にか幽香と何かの勝負をしていたらしい。
意外とこの二人、息が合うというか、喧嘩するほど仲がいいタイプなのかもしれない。
だがそれにしても、小町には刺激が強すぎる告白だった。朝からあれだけ理性を削られているのに、まだ削られまくり、一瞬本能に負けそうになる。
というか、ここのバカップルたちは、すぐ傍にいるバカップルすら目に入らないほどに、自分たちの世界を構築していた。
「リグル」
「うん」
「私の全部が好きなのよね?」
「そうだよ」
「…それは、貴方が成長してもかしら?」
「え?」
「……そう、貴方はまだ成長途中ですもの。……心が完成して大人になっても、ちゃんと私の事、好きでいてくれるのかしら?」
「ふーん、幽香ってばそういう事言うんだ?じゃあ、もし私が大人になって心変わりしたらどうするつもり?」
「……決まってるわ」
「うん」
「貴方が私を好きになるように、貴方を毎日苛めてあげるのよ。……本気で」
「……ゆ、幽香らしいね。それ」
「当たり前よ」
「ははは……。だけど、そんな心配は杞憂だよ」
「そうかしら?」
「うん。だって、蟲の王様が花のお姫様を好きにならないでどうするのさ?」
「ふーん。格好いいわね王様」
「勿論!お姫様の前の王様が、格好悪かったら駄目だもの」
「あ、あたいだって、四季様が好きです!」
「小町?」
「えっと、その。ま、まだまだ未熟ですしあれですけど、四季様を幸せにしたいとか、部下の癖に考えちゃうぐらいに、すっごく好きですから!」
「……小町」
「小野塚小町!四季様を幸せにすると、他ならぬ四季様に誓います!」
「………っ。ぜ、絶対ですよ!誓った以上は、私を幸せにしないといけません!」
「勿論です!」
「う、嘘をついたら、地獄行きです」
「嘘なんて付きません!あたいは本気です!」
「……じゃあ、その」
「はい」
「ゆ、指きりをして下さい」
「へ?」
「こ、古来より、約束はこうやってするものなのです!早く小指を出して下さい!」
「あ、はい」
「…………はい。これで、約束は成立です」
「四季様。可愛いやり方を知っているんですね」
「う、うるさいです!これが一番いいんです!」
とまあ、こういう具合にイチャついていた。
余談だが、ちょうどその頃、隙間で何処かを覗いていた大妖怪が、大量の砂を吐いてぴくぴくと痙攣して倒れていたらしい。そこを自分の式に運よく発見され、慌てて治療を受けた為に大事にはいたらなかったが倒れた原因は不明。何故か倒れた本人が話したがらなかった。
とにかく、その大妖怪は暫く、好物の甘味を絶対に摂らなかったらしい。というか。砂糖とか見るだけで口元を抑えていたとか……
まあ、本当にこれは余談である。
夜。
お出かけはおしまい。
明日からはまた忙しくて、だけど満たされる平日が待っている。
「小町」
「はい」
「今日は楽しかったです」
「あたいもです」
特に、何の予定もない、二人きりのお出かけ。別名ではデートとも言える、楽しいひと時。
朝、小町が寝坊した。
昼、湖の傍で頑張る妖精と襲われる天狗がいた。
夕方、花畑にバカップルがいた。
夜、こうして、二人はここにいる。
「こんなに楽しい休日は、初めてかもしれません」
四季映姫は、本当に嬉しそうに笑う。明日から、彼女は閻魔様になって厳しい顔をして、死者を裁いていく。
「……四季様は働き者なんだから、休日ぐらいは楽しむべきなんですよ」
「そうですね」
お仕事中の映姫は、小町とこうやって話なんてしてくれないから、小町は今の内にとたくさんの話をする。
映姫もそれがわかっているから、そして小町と別れ辛いから、こうして三途の川の手前で、名残惜しそうに話をする。
「……」
「……」
夜は、少しだけ寂しいと、二人は同時に思った。
「えっと……」
「………」
頬を掻く小町に、だけど映姫は別のことを考えて、ぐっとスカートを強く握る。
映姫はもう、こうやって僅かに分かれる時間さえ、心が騒ぐ自分に驚き、そして少しだけ誇らしかった。
「こ、小町」
四季映姫は、ゆっくりと思い返す。
朝。
小町は寝坊した。だけどその寝顔は安らかで、ずっと見ていたいと思った。
昼。
お弁当を持って小町と遊びに行った。そして、チルノの、素直で真っ直ぐで少し身勝手な、だけど、だからこそ心に響く、眩しい笑顔を見た。
夕方。
とても気に入らない。だけど、認めたくないけど、どこか自分に似ているかもしれない、彼女と、その想い人と少し話をした。
今日見つけた。幻想郷の恋する少女達。
思い出したら、それだけで胸の中に勇気が湧いてきて、映姫は僅かに微笑む。
その僅かの勇気を、四季映姫はぐっと歯を食いしばって体に閉じ込め、ゆっくりと小町に近づいていく。
「小町」
「え?どうしたんですか四季様。急に真面目な顔をして」
「いいから、しゃがみなさい!」
「は、はい!」
厳しい声に、訳が分からずとも反射的に従ってしまい、小町はしゃがみこむ。
それに、映姫は満足げに頷く。
「小町」
「は、はい!」
「今日はありがとうございます。楽しかったです!だから、こ、これはお礼です!」
こつん。
小さく、そんな音がした。
そして、小町が我に返ったその時には、映姫は全力で小町に背を向けて、飛んでいっていた。
「……………」
どさっ。
小町は、そのまま映姫を目だけで見送りながら、それ以外は体に力が入らずに、バランスを崩して背中から倒れる。
そしてさわさわと草むらに大の字になって、呆然と夜空を見上げる。
「…………う、うわぁ」
真っ赤になるのを、抑えるのは無理だった。
今の、小さく乾いたこつんという音は、歯と歯が、僅かにぶつかった。そんな音。
つまりは、そういう事。
「っ」
小町は口元を抑えて、自身の髪に負けないぐらいに赤くなる。
きらきらと綺麗な星空と満月が、そんな小町を優しく照らす。
顔が熱い、心臓がうるさい、頭の中はぐちゃぐちゃで、だけど嬉しくて死にそうで。
小町は高揚した気分のまま、三途の川の前で寝転がり、無言で口元を抑え続けていた。
朝。
四季映姫が三途の川にやってくると、部下の死神がぐっすりと眠っていた。
すでに業務時間は始まっていると、映姫はこめかみに青筋たてて、この部下を起こそうと近づき、揺さ振って、
「んー。四季様ー」
昨日と同じく、本当は起きてるんじゃないかと疑いたくなるぐらいに正確に映姫を両腕で捉えると、そのまま抱き枕にしてしまう。
慌てて抵抗するが、死神の力は強く、そしてその香りはとても心地よくて、閻魔は、いけないと思いつつ、必死に抵抗しながらも、どんどん意識が薄れていくのを抑え切れなかった。
三途の川。
そこに、今朝は閻魔と死神が、安らかな顔で抱き合いながら、幸せそうな寝息をたてる。
通りすがりの天狗が、一瞬目を疑って、少し困った顔になって、閻魔様を新聞にはなぁと、酷く残念そうに呟いてから、パシャリと一枚だけ記念に撮ってみた。
とても良く取れていたので、後日、送ってあげようと決めて、天狗は去っていく。
氷精が通り過ぎる。彼女は少しだけ羨ましそうな目を向けて、そうだ、眠たくなる薬を貰おう!と楽しそうに飛んでいった。
花の妖怪が、僅かに意地悪そうな顔をして、蟲の妖怪とそれを見下ろしていた。
少し悪戯をしようとする花の妖怪を、蟲の妖怪はやんわりと止めて、一緒にお昼寝をしようと誘う。仕方ないので花の妖怪は日傘をくるくる回しながら、しょうがないわねと呟いた。
だけど花びらがたくさん降り注ぐから、嬉しいんだろうと、蟲の妖怪はマントを靡かせながら微笑む。
二人が幸せな眠りから目覚めるのは、まだ少し先の事。
熟睡している閻魔と死神は、どうやら昨日の夜に全然眠れなかったらしい。
柔らかな花びらが少しだけ舞う、三途の川の手前で、二人はただ幸せそうに寝息をたてていた。
アライグマな四季様だとか、寝起きの四季様だとか、天然入った四季様だとか素薔薇しすぎる!
あと、幽香可愛いよ幽香。そして、リグルが瀟洒すぎ!!
兎に角、あなたの積める善行は更に甘い四季様を書くことです!
ご馳走様でした。
ちょっとこの四季様おもちかえr
え?主役が違いますかそうですか。
あとリグル。あんたスゲェよ、マジで。
紫様?紫様あああああ!!
主役違うが貴方の書くリグルは素晴らしく貴族ですわ
リグル×幽香とチルノ×文も素晴らしかったです。
ちょ、痺れ薬て何やってんの永琳。
ああ、甘すぎる……
のろけてんじゃねぇぞ!
素晴らしい!!
小町は頑張ったしリグルも格好良かった。言うことナシの満点だ!!
卿ではなく郷ですよ?それだけですよ?
耳からモネリン
メインじゃない腋カプもGJ!甘さも最高!だけど、それだけじゃないのがイイ!
甘すぎてもう自分でも何言ってるのか分からーん。
つーか小町の理性スゲェ
とりあえず、ここまで魅力的過ぎるリグルは見た事がない。
なに、これ なに、これぇ!
出てくる奴出てくるペア軒並み甘くておなかいっぱいだ!
甘すぎる!有罪!もっとやれ!wwww
ただ今回のは糖類ぶっかけすぎで骨が溶けそうだったかな。
あんまり詰め込みすぎると胸焼け起こすからもう少し抑えてもいいかも。
ま、これはこれで、なんだけどなw
おいらも暫くは甘味はいらね。
たぶん逆…
ご馳走様でした。これからも頑張ってください。
添い寝だけですめばいいけど
>二人は幻想卿の湖の傍まで
>幻想卿にはない、
>幻想卿の恋する少女達。
>幻想卿でもトップクラス
まだ卿が残っていますね。Ctrl+Fをお試しあれ。
こいつをどう思う?
.‐────┐│ ,,-―''':::::::::::::::ヽヾヽ':::::/、 誰 書.. こ
小町×映姫││ /::::::::::::::::::::::::::::::i l | l i:::::::ミ. だ .い の
││ /:::::::::,,,-‐,/i/`''' ̄ ̄ ̄ `i::;|.. あ た 神
.______」..│ /:::::::::=ソ / ヽ、 / ,,|/. っ の 作
/f ),fヽ,-、 ┌┘ | 三 i <ニ`-, ノ /、-ニニ' 」') !! は. 品
i'/ /^~i f-i |三 彡 t ̄ 。` ソ ハ_゙'、 ̄。,フ | ). を
,,, l'ノ j ノ::i⌒ヽ;;|  ̄ ̄ / _ヽ、 ̄ ゙i )
` '' - / ノ::| ヽミ `_,(_ i\_ `i ヽ、 ∧ ∧ ∧ ∧
/// |:::| ( ミ / __ニ'__`i | Y Y Y Y Y
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神作品ktkr。
あたかもソドムを見てしまい塩になったロトの妻のように、理性が崩壊する!
残念!私は砂糖の柱になってしまった!
小町×映姫、リグル×幽香、文×チルノの三連発とは…。
あんまぁぁーい!
よい作品、ご馳走様でした。
甘すぎるぜこの野郎!最高だ!
まことに申し訳ありませんでした。以前二つ目のマイナスコメントを入れたものです。
今回考えを改めまして管理人様にご連絡し、コメントの削除を願い出ました。
ご迷惑をおかけいたしました。
貴方は私に死ねと!?もうこの点数入れるしかないじゃないかww
つまり甘すぎて悶えたと言いたいわけですよ
あとリグルがかっこよかった
YURYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!
甘い!甘すぎる!もう砂ざらざらですよ
映姫様がめちゃかわいいじゃん
べったべたに甘い百合大好き