寒いなあ、と口から勝手に漏れてそれで目が覚めてしまった。
どれくらい眠っていたのかは定かではない。ただ、それなりに時間が経ってはいるみたいだ。
背伸びをし立ち上がる。そうして辺りを見回す。
眠る前の記憶にあった秋桜が消え、柊の花が目に映った。
いつのまにやら秋の香りは薄まり、冬の匂いが濃くなっている。
……少し眠りすぎたようね。さて、どうしたものかしら。
しばらく考えて、私は巫女のところにでも行くかと結論を出した。
「珍しい客が来てやったわよ」
「生憎と、妖怪を客と呼ぶ風習はうちの神社にはないんだけど」
「それは器量の狭い神様ね。ほら、お神酒代わりを持ってきてあげたから客扱いしてよ」
巫女に途中で仕入れた酒を手渡す。普段はこんな事は決してしないのだけど、たまには良いでしょう。
「ふーん、確かに珍しい。まあいい、お茶とかぐらいは出す」
「熱めで頼むわ。外で眠ってしまって冷えきっているから」
「はいはい」
そう言って、巫女は奥に消える。
お茶を待つ間、私は何か暇潰しはないかと空を見上げてみた。
厚い灰色の雲。……ふうむ。目を閉じて、空気の冷たさを確認。
あと、ついでに境内に咲く花と念話も少々。
「ほら、お茶よ」
「ん、ありがとう。ねえ、霊夢。今日は雪が降るわよ」
受け取ったお茶の熱さを感じながら、私は霊夢にそう話しかける。
「何よそれ。自分の行いをそんなに珍しいと思っているの?」
目を開き、霊夢の方へ振り向く。
「そんなんじゃないわよ。今日の気温からの推測と花に聞いたからよ」
「気温はともかく、花が解る事なの? それって」
そりゃ解るわよ。同じ自然にあって繋がっているんだから。
空気の流れに、気温の変化、花が感じる事が出来るのは当たり前よ。
解らないなら、それは人工物じゃないの。
「まあそれもそうね。ふう、雪が降るのか。やれやれ」
「あら、雪は嫌いなの? 巫女なのに?」
「雪かきするのが結構手間なの。それと、好き嫌いに巫女関係ないじゃない」
そうかしら。私には関係あるように思えるわよ。だってほら。
「紅白の白って雪みたいじゃない」
「……それだと赤は何よ」
えーと。
「血か火ね」
屋根から落ちて大怪我か、火鉢に当たってぬくぬく。
「あんたの頭の中ってやっぱり花が咲いているのか」
「失礼ね。今頃気づくなんて」
冗談だけど。
「ところで、さっきの話の流れだと」
話しながら、霊夢は私の横に腰掛ける。
「あんたは雪が好きなのか?」
答えを出す前に、お茶を一啜り。ああ、身体が暖まる。
「好きよ。好きに決まっているじゃない」
「へえ、良く解らないけれどそうなんだ、ふうん……おっと」
霊夢の視線が私から、灰色の曇天へと動く。
つられるように視線を動かすと、ちらりちらりと雪が舞い降りていた。
「さて問題。どうしてこの風見幽香が雪を好きなのかという」
「ん? ああ、もう興味ないんだけど」
またこの巫女は変なところで醒めているのよね。
「まあまあそう言わず。正解したら良い物あげるわよ」
お茶をもう一啜り。
「やれやれ、しょうがない」
「こういうのはどうせ暇なんだし付き合うものよ」
またお茶を一啜り。ふー、幸せ幸せ。
「霊夢。お茶がなくなりそう」
「ん、ああ。そういえば、台所に置きっぱなしだった」
霊夢は言って立ち上がり、とことこと奥に消え、今度は急須を持って戻ってきた。
「ほら。好きなだけ飲みなさい」
「太っ腹ねえ」
「お茶ぐらい出す余裕はあるわよ」
「はっは、お茶ぐらいしか出す余裕ないんじゃない?」
おやおや、殺気。
「冗談よ。今日は弾幕ごっことかそういう気分じゃないの。気に障ったなら謝るわ」
「あんたが素直なのを見ると気持ち悪いわ」
「そう? いつも素直よ私は」
自分のしたい事しかしないわ。自分の欲望にはいつも素直なの。
「妖怪らしい事」
「お褒めに預かり恐悦至極」
「本気で思っていない事を口にだすもんじゃないわ」
雪が境内にゆっくりと積もる様を見ながら、霊夢もお茶を啜る。
「……なにかヒントちょうだい。遠くても良いから」
「良いわよ」
普通に答えれば、すぐに解るだろう。なので、ちょっとだけ解りづらくしておこう。
「六辺香・鵝毛・玉の屑・玉塵・犬の伯母・白魔っていうのがヒント」
「ああ、なるほど。納得したわ」
「あら、すぐ解っちゃった? 少しだけ意識して出したんだけど」
「そりゃね。つまり雪の異称と美称でしょ」
こう簡単に解かれると、もうちょい解りづらくするべきだったかと思うが――良いか。
「そう、貴方の言う通りよ」
「そりゃ好きな訳ね。好きじゃなかったら、あんたが何の妖怪かという話になるしね」
「ええ、もちろん。そして正解おめでとう。今度、とっておきのものを貴方にあげるわ」
「いや、いい。どうせ暇潰しだし。それにヒントを貰った時点で、私が正解しても無効よ」
あらあら。気高い人間ですこと。
「自力で解かないと、そういうのは成り立たないからさ」
「ほんと、気高いわ。そんなところは巫女みたいよ」
「そりゃ、巫女だからね」
霊夢が奥に引っ込み、私は一人でお茶を啜る。
それなりに時間が経って、境内は白く染まりきった。
ゆっくりと飲んでいたお茶も空になり、時間も良い頃合になった。
「さてと、もうそろそろ夜が近いから寝床に帰るわ」
奥に居る霊夢に声をかけ、帰り支度をする。
荷物と言っても、酒を渡した今の私には傘程度しか持ち物がないのでそのまま帰るだけなんだけど。
「なんだ、もう行くの」
奥からぱたぱたと足音を立てて、霊夢がやってきた。
お見送りしてくれるなんてサービスが良いわね、この神社。
「妖怪の私がずっと居たら迷惑でしょ。ここ神社なんだし」
「やっぱり今日のあんたは気持ち悪い。普段はそんな素振りを見せやしないのに」
失礼ねー。たまたま今日はそういう方向に素直なだけよ。
「そうか……はあやれやれ、失敗したな」
「どうかしたの?」
「てっきり飯を食べていくものだと思ってね、鍋の支度をしてしまった。寒いからちょうど良いだろうと」
「兎鍋かしら?」
「いんや、白菜鍋だ。この前メイドから教わった奴で、実際は扁炉というのが正式な名前らしい」
……へえ。それはまた。
「じゃご相伴にあずかるわ。ああ立ち上がったついでだし、お酒を買ってくる」
「もうすぐ出来上がるから、ちょっと急いでよ」
「ええ、任せときなさい」
急ぎつつも、結構良いのを見繕ってきてあげるわ。
灰色の空の向こうで、どっぷりと日は暮れ、月は昇り。
「そいじゃ、ご馳走様。美味しかったわよ、またね」
「こちらこそご馳走様。良いお酒だった」
そんな別れの言葉を交わして、私は神社から歩いて帰る。
空を飛んで帰るというには、あまりにも今日は勿体なさすぎる。
石段を降りた先――眼前いっぱいに広がる、白さに白く白を重ねた風景。
こんな満開の風景はじっくりと眺め、愛でて帰らなくてはならない。
六花に瑞花、不香の花
そうよね、その捉え方からしたら雪も花の仲間なのよね
あんたの能力で影響するのかまでは解らないけど
するに決まっているじゃない霊夢
私みたいな力のある妖怪の能力は、概念で影響させるのよ? 出来ない道理がないわ
あの胡散臭いスキマだって、口うるさい閻魔だって、自身の持つ概念の範疇ならそれが出来ない奴はいないわよ
“そうか、それもまあ、そうだな”
“そうよ、そういうものなのさね”
今日はどうも喋りすぎてしまった。
酒がそれをさせたのか、はたまた空から降る花がそうさせたのかは解らない。
雪花の舞う空と、雪花の咲き誇る地面を見比べて――そんな些細な事は気にしない事にした。
今は――春よりも、夏よりも、秋よりも、花咲き乱れるこの季節の一瞬に酔いしれよう。
この最も儚い花が、ほんの僅かな間だけ支配する幻想郷の美しさにしばらく――見とれよう。
そうして、私は幸せな心持ちのままに花畑を歩む。
花の夢に溺れるように、花の命に沈むように。
私自身も白に染めておくれと、目を瞑りながら。
この作品において最も評価するべき点を挙げるとするならば、雰囲気でしょうか。
こういった作品が好物の作品としては本望に御座りますれば……。
ただ何故でしょう。凄く文体やらに見覚えがあるのですががが。
すてきと感じ入るひとコマをみせて頂きました。
しかしあのヒントで答えがサッパリ解らなかった自分に軽く凹む。
ただ何故でしょう。凄く文体やらに見覚えがあるのですががが。(コピペ
なにが面白いと聞かれると悩むけど面白い
とにかく面白い
いい作品でした。
他の方もおっしゃっているように、とにかく雰囲気が良いですね。