夢はしらけ、暗く、明るく目の前を行きかう。
縁側に横たわる博麗の少女は、むにゃむにゃと唇を動かしながら、
眠っているような、起きているような感覚の中、
ゆったりと時間の流れに身を任せていた。
「ん~・・・んぅ~・・・」
昼寝も少し行き過ぎたのか、外は既に茜に染まっていた。
「ん~・・・いい加減、起きよう」
起きようかな?でももうちょっと・・・
意識はずっと前からあったのだけれど、
なんとなくそんなのを繰り返していたら、夕方になっていた。
さすがにいくら私でも、これ以上はダメだと思った。
ぐぐっ―――っと両腕を挙げて伸びながら、
夕飯を作ろうと台所へと移動する。
ツクツクツクツク―――
―――ミーンミンミンミン
――ジージージージージー――
神社周りの林から聞こえてくる蝉の音は、
もうすぐ夜っていう時間なのに、止む気配がない。
随分と必死よね。
折角の夏なのだから、一日くらい遊べばいいのに。
なんて、寝起きで変な事を考えていると、
「巫女さん巫女さん、こんばんは」
ブォン―――
という風をきる音と共に、割と見慣れた烏天狗が現れた。
「あら、こんばんは。こんな時間になんか用?」
いつもは朝刊や昼間号外を配りに来る彼女なので、
今の時間帯に来るのは珍しいな、と思った。
「霊夢さんにお手紙を届けに」
と言いながら小さな紙切れを渡す。
「・・・私に?誰から?」
「あはは・・・聞く前に、一応送り主の名前とか見ましょうよ」
・・・面倒だった。
「まぁ、とりあえず渡しましたんで。それではー」
とだけ言って、また着た時同様、疾風を纏い空を駆けて行った。
すぐにその姿は見えなくなり、また、私一人に戻る。
「ていうか・・・何時の間に郵便屋になったのかしら」
天狗の世界にも色々とあったのかもしれない。民営化とか。
「んー・・・何なのかしらね、これ」
夕食時。
お茶碗を片手に持ち、
内容も見ずに、とりあえずこの手紙が何なのか推測してみる。
・・・ダメだ、思い当たらない。
「手紙なんだから、素直に文面見なよ・・・」
とは萃香の言。
「何時の間に居たのよ。びっくりだわ」
「むー、目の前でさっきからご飯食べてたじゃない。
ご飯中に手紙なんて見てたらいけないんだぞー」
がーっ、と、全然怖くない顔で手を挙げ威嚇する。
本人なりに脅かしているつもりなんだろうけど、
笑いを取ってるようにしか見えないから不憫。
「とりあえず、手紙は後にしてご飯食べたほうが良いんじゃない?
冷めたらお味噌汁が美味しくないよ?」
「それもそうね」
確かにご飯中に考えることでもないし、ここは素直に食べよう。
「後、おかわりー」
「自分でよそりなさいって」
どさくさ紛れに言われてもそれは通らないと思う。
「よっ、相変わらず暇そうだなっ」
「あらこんばんは。今日はちょっと遅いのね」
夕飯後。
まったりとお茶を啜っていると魔理沙が遊びに着たので、
ついでだし、と魔理沙と一緒に手紙を読むことにした。
『第2654回チキチキ納涼☆キモ試し大会のお知らせ』
見出しだけでぐしゃっと丸めた。
「いや、せめて最後まで読もうぜ・・・」
と突っ込む魔理沙。割と本気だったのに。
「魔理沙の家にも着たのよね」
「ああ、見出しは同じだったし、多分内容も同じだぜ」
魔理沙が遊びに来たのも、
私がこれに参加するかどうか聞くためらしかった。
「私達だけなのかしら?手紙着たの」
「さぁ?でも萃香には来なかったんだよな。
ていう事は、家主か、特定の個人にしか届かないってことじゃないか?」
何にしても、たった二人では確認する方法もない。
「ま、暇だし私は出るぜ。霊夢はどうするんだ?」
「んー・・・パスしよう」
「ちょっとまったぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
ズザザザザザザァァァァァァァァ―――ゴンッ
「いっ、痛っ、痛いっ、角は痛すぎるわっ」
突如として声と共に黒い何かが現れ・・・柱に勝手に激突した。
「ああっ、姫っ、どうかお気を確かにっ
傷は深いぞがっくりしろっ、ですよっ」
ああ、またこの人達か。
と、後から追いかけてきた永琳を見て気づく。溜息も忘れない。
つまり、激突して、
うわぁなんか直視したら当分食欲沸かなくてダイエット効果抜群じゃん、
みたいな風になってるのが輝夜、と。
「くっ、で、でも大丈夫、不老不死の力で復活よっ」
「流石です姫っ
でも残機はしっかり一人分減ってますけど」
「なぁぁぁぁっ!?」
しかも勝手に漫才を始めた。
「・・・なぁ、こいつらって何時の間に芸人に転向したんだ?」
「私に聞かれても・・・」
永遠亭もお薬だけじゃやっていけなくなったのかもしれない。
「う・・・うぅ、まさか不死身のはずの私にも残機の設定があったなんて・・・」
「まぁ残り数∞ですが」
「それ無敵じゃない!?」
なんか変な事言ってるし・・・
これだから蓬莱人は・・・
「それはそうと、姫、用件を伝えませんと。
そろそろ先方も飽きてきたようですし」
良かった、一応空気は読んでたのね。
・・・なら最初からやらなければいいのに。
「それもそうね・・・こほん、良いかしら。
私は今回、
『第2341回ドキバク☆肝試し大会』を開くことにしたのよ」
「タイトルが変わってるぜ」
「今変えたのよ!!」
適当すぎ。
「そ、こ、で!!参加者を手紙で募ったのだけれど」
そこで、を強調した意味が解らない。
「・・・・・・・・・」
と、途端に涙目になってうるうるとし始める。
「えっと・・・何なんだ?おぃ」
「ちょっと・・・
いきなり泣かないでよ。私達がいじめたみたいじゃない」
正直迷惑だった。
「うぅ・・・参加者がね・・・誰もきてくれないの・・・」
「姫、しっかりなさってください。
姫はがんばりました。すごくがんばりました。
手紙の用紙まで自作するほどがんばりました」
それは努力の無駄遣いだと思う。
「と、とにかくっ、人が苦労して書いた手紙を読みもせず棄てるなんて許さないわっ」
「だって、内容タイトルだけで解るじゃない」
「え・・・で、でも、日時とか、色々詳細が・・・」
「行かないし」
また前みたいに変なのと戦わされるのも面倒だし。
「いや、私は読んだけどな」
「本当に!?じゃあ参加するの?」
「・・・参加者他に居ないんじゃなぁ」
一人だけで肝試しなんてしてもつまらないだろうし、魔理沙も不参加かな。
そうなると肝試し自体が中止になるような。
「じゃ、じゃあ私の所からイナバを出すわっ
レーセンイナバの方」
「身内じゃん」
何がそこまで彼女を駆り立てるのか。まぁ、何にしても出る気は全然沸かない。
隣の魔理沙も興味がなくなったのか、話半分位にしか聞かなくなっていた。
「うぅ・・・」
「仕方ありませんね、姫。
折角用意した賞品も私達で処分しましょう」
「「賞品が出るの」か!?」
私も魔理沙も、その単語に釘付けになる。
・・・ああ、類友ってこういう事言うのね。
「ひっ・・・え、ええ、そうよ。出るわ。ていうか手紙に書いてるじゃない」
「いや読んでないし」
「悪い、実は私もタイトルしか見てなかった」
魔理沙素直過ぎ。
「永琳・・・私引きこもっていいかしら・・・」
「まぁまぁ、折角賞品に釣られてカモ・・・
もとい参加者の方が出てくれたのだから、ここは素直に喜びましょう」
「う、うん、そうよねっ」
カモって何よカモって。
きっとまたつまらない事企んでるんでしょうけど、
賞品を前にした私達に敵なんていないわ!!
・・・あれ、釣られてる?
「それで、場所ってどこなわけ?」
結局参加することになって、本人が目の前にいることだしと、
手紙ではなく直接輝夜に詳細を聞くことにした。
また竹林だったら流石に警戒するけれど。
「手紙読んでよ・・・いいけど。
実は特別におあつらえ向きな場所を借りることが出来たのよ」
とりあえずその心配はないらしかった。
「おあつらえ向きっていうとアレか?墓地とかか?」
キモ試しというのだから、確かにそれはありかもと思った。
でも良く考えれば、
墓地を通り越して冥界まで行っているのに今更ねぇ、とも思う。
「えーっと何って言ったかしら・・・あの、あそこよ、ほらあの・・・」
「どこよ・・・」
本人、忘れてるし。
「あっ、思い出したっ、湖の近くにある荒魔館っ!!」
なんという荒城。
「紅魔館ですよ姫」
「そう、それだわ」
紅魔館って・・・レミリアの屋敷じゃない。
「良くそんな所借りられたわね」
「ふっ・・・実力で乗っ取ったわ」
「和訳すると
『勝ったら一つだけ願いを叶えるというルールで人生ゲームをして勝利した』
となります」
よりによって運任せのゲームだし。
「あぁぁーっ、ななななんでばらすのよ永琳っ!?」
「情けは人の為ならず、と言いますし」
「今のは誰の為にもならないわよーっ」
・・・話がそれてる気が。
「こ、こほん、ともかく、今回の会場はそこよ。
開始時国は今夜の丑の刻。少し早めに来るようにね」
「ていうか、参加者私達だけだし、
ここでじゃんけんで勝ったほうに賞品出せば、
やらなくてもいいと思うぜ?」
説明を聞いてるうちに飽きたのか、魔理沙がそんな本末転倒なことを言う。
だけど私も同意。
「う・・・うぅ・・・っ」
また泣きそうになる輝夜。
と同時にギラ、と目つきが鋭くなる永琳。
(ま、魔理沙、ちょっとっ)
(ん?なんだなんだ?)
(ここは素直に従っておきましょっ、やるのよ、キモ試し)
(えーっ?だって面倒そうじゃないか。
じゃんけんで決まるならそっちのほうがいいだろ?)
(そうじゃなくて、後ろ。輝夜の後ろみなさいよ)
(え・・・?うわ・・・)
魔理沙もやっと気づいたらしく、
目を合わせないようにわざとらしく装いを整える。
「えっと・・・うん、そうだなっ、たまにはキモ試しも悪くないよなっ」
「そうそう、そうこなくっちゃ、よろしく頼むわね輝夜」
・・・なんで私がこんな事を。
「あ・・・も、もも勿論よっ
私に任せておけば泥舟にのったような気分に浸れるわっ」
沈むのかっ!?
「姫・・・良かったですね」
ただニコニコと笑う永琳がただ怖かった。
「それでー、きたはいいけど・・・」
ピシャーン
ゴロゴロゴロゴロ
見事に天気が荒れ、紅魔館がそれらしく見えてしまう。
「うわぁ・・・ここって夜来るとこんな不気味だったんだな」
前来た時は明るかったから気にならなかったけれど、
天候の所為もあるけれど、こうして夜見ると確かにおあつらえ向きかもしれない。
「とりあえず、雨降る前に入ろうぜ?」
空はと言うと既に黒い積乱雲が支配していて、
いつ雷雲に呼び寄せられて降り始めるか解ったものじゃない。
「そうね・・・」
濡れるのも馬鹿らしいし、なんてどうでもいい理由をつけて、
私達は珍しく門番の居ない紅魔館の門をくぐることになった。
『館に入ったときから開始。
今回は人数も少ないし、最初の分岐点までは一緒だけど、
そこからは別れて違うルートを通ってもらうわ。
最終的な目的地はフランドールの部屋。
ここにお札を置いておくから、それを取って入り口まで戻ること。
先に持って戻ってこれたほうに賞品を贈呈するわ』
という説明を受け、やっぱり私達しかいないのね、
と溜息をつきながら、不承不承に了承する事数刻。
魔理沙と二人できたまでは良かったけれど、
思ったより不気味で怖い。
隣の魔理沙はそんなに表情も変えてないし、大した事無いのかもしれない。
でも・・・賞品ゲットの為には勝たなくてはっ
「じゃ、私こっちだから。また後でな」
「ええ、気をつけなさいよ魔理沙。何が出るかわからないし」
「解ってるって。霊夢も気をつけろよー」
すぐに分岐点に着いてしまい、そこで別れる事に。
「・・・行かないの?」
「いや、行くけど・・・霊夢こそ行かないのか?」
手を上げて別れを伝えるまでは良かったけれど、
そこから足が動かない。
「じゃあせーので」
「ああ、解ったぜ」
「「せーのっ」」
声をあげ、互いに背を向け、勢い良く――
「・・・・・・」
「・・・・・・」
動かない。
ちらりと見る。
魔理沙も動かない。
「いや、行かないのか?」
「い、行くわよっ
あんたこそ別にそんな、気にしないで行きなさいよ」
「解ってるって。いや霊夢が怖いじゃないかって心配で」
「そういう魔理沙こそどうなのよ」
「え?いや、私は全然怖くないぜ?余裕だぜ?目を瞑っても歩けるぜ?」
ぶつかるわよ。
「くっ、これじゃ埒が明かないじゃないっ
と、とりあえず行くわ。それじゃ」
「あっ・・・」
いつまでも煮え切らないし進まないので、
意を決して図書館へと走り出した。
後ろから魔理沙の声が聞こえた気がするけど、気にしない。
その頃―――
「うふふっ、やったわ。始まったわ永琳」
「ええ、そのようですね」
輝夜と永琳は紅魔館の一室を占拠し、
永遠亭から持ち出した怪しげな機械の数々が並ぶ中、
モニター(というものらしい)を眺めていた。
画面は霊夢と魔理沙の二人を、リアルタイムで写しだす。
「なんか都合よく天気も悪くなったし、演出効果抜群よね」
「それではそろそろ仕掛けましょうか」
「そうね、じゃあまずは霊夢から・・・鈴仙っ、やりなさい」
『はっ、はい、解りましたっ』
無線機っぽい機械を使い、早速輝夜は指示を出す。
『ではまずは・・・ありえない光景を見せて驚かせますっ』
「ええ、ちゃんとやりなさいね」
『はいっ』
「はぁ・・・それにしても一人ってちょっと心細いわよね」
怖がってると思われるのが嫌で走り出してしまったけれど、
そんなのが長く続くわけもなく、すぐに恐怖で足がすくんでしまい走れなくなった。
まぁ、歩けなくなるほどじゃないんだけど、
なんか加速した分だけ怖いのも増幅していきそうな気がして、
止まってしまった。
「せめて敵くらい出れば良いのに・・・弾幕とか」
弾幕出れば怖さも薄れるよねー、なんて、
そりゃ怖いなんて感じてる間もなくなるしね。
「今よっ」
バサササササッ―――
「わっ」
いきなり目の前の棚から本が動き出し、びくりとする。
「・・・な、なんだ、本か。もうっ」
何か得体の知れない物が沸いたらそれは怖いけど、
本が空を飛ぶのって普通よね?
「あ、あれ・・・思ったより怖がってない・・・?
で、でも次は絶対・・・」
ぽぅんっ
「そーなのかーっ」
「知らないわよ」
なんでこんな所にルーミアが?
「あれぇ・・・?」
『ちょっと鈴仙っ、どうなってるの?全然驚いてないわよ?』
「ねぇ、なんであんたこんな所にいるの?」
「わからないけど、お化け役として呼ばれたのだー」
ああ、なんか和む・・・
この子にこんな癒し効果があったなんて。
「ちょっとちょっと!!なんか和んでるわよっ」
「困りましたね・・・うどんげ?もうちょっと本気出しなさい」
『ひっ、は、はい解りましたです師匠っ』
「こうなったら・・・頼みますよ境界の人っ」
ルーミアと和んでいたのも束の間。
突然ぬまっ、と手が現れ、
「わわっ、な、何事なのだー?」
ルーミアが掴まれそのまま連れて行かれた。
「え・・・何・・・?」
あんまりな事に唖然としていたけれど、
一人にされてしまった事に気づき、少し背筋が冷えた。
「あれ・・・怖い・・・?」
今まで味わった弾幕では感じられない感覚が私を染めていく。
そしてそれが極まる直前、
「こぉんばんわぁっ」
何かが私の耳元でささやきかけ、肩に手を置く。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!?」
「・・・あら酷い。そんな悲鳴あげちゃって。傷つくわ」
「やぁぁぁぁぁっ・・・って、え?ゆ、紫・・・?」
パニックになりかけていたけれど、思ったより呑気な声が聞こえて、
正気に戻った。
で、良く見ると、紫色のが居た。
「な、何よ・・・はぁ~」
正直、恥ずかしい。
「ちょ、ちょっと、八雲さん、あなたまで何和んでるんですかっ」
『あらあらごめんなさい、つい』
「もう、なんであんたこんな所にいるの?」
「ばぁぁぁ~」
「・・・?」
「たぁべぇちゃうぞ~」
「・・・何してるのよ」
「え?お化けの真似だけど」
何もかもが手遅れな気がする。
「うーん・・・お呼びじゃないかしら。残念。ばいば~い」
「あ、ちょっと・・・」
呼び止めようとしたけれど、手をフリフリ振ったかと思うと、
紫はそのまま境界に飲み込まれどこかへと消えていった。
「・・・ルーミア返せ」
また一人ぼっちになってしまった。
(続く)