生の終わり、死の始まり。此岸と彼岸を結ぶ境界線。
誰がそう呼び始めたか、そこは「三途の河」と呼ばれていた。
その河原で座り込んでいる一人の少女の姿がある。少女、小野塚小町は眠たそうに大きな欠伸をする。
その姿からは威厳の欠片もないが彼女はここに来た霊達を彼岸まで案内する役目の立派な死神である。
とは言え、実際には小町は幻想郷担当としてその任について間もない新人の死神だ。死神暦の長い先輩と一緒に此岸と彼岸を行ったり来たりする毎日。
元々人間の数自体多くないせいか仕事量が多いわけでもなく、幸いなことに先輩も彼女と同じく楽できれば良いと考えているクチだったので大して辛くもない。
気張ったところで何が変わるわけでもなし。今日できることをそれなりに頑張れば良い、と彼女は考えているのだ。
「…もし」
「……?」
半分飛びそうになっていた意識が掛けられた声で覚醒した。
いけないいけない、と首を振って無理矢理意識を帰還させる。
いくら空き時間だからといってもこんな姿を上司に見られたら説教が待っていることだろう。
さすがに何時間もずっと説教というのは精神的に堪えるものだ。
「ここは何処なのかしら?」
「ああ、ここは―――」
小町は言いかけてふと気付いた。自分は一体今誰と話しているのだろうか。
こんな殺風景な所に来るのは死神かその類に属する者、それ以外なら死者だけだ。
そして、死者は肉体を持たないが故に普通に会話をすることは出来ない。
では、今目に映る着物姿の少女は一体誰なのだろうか。
「……」
「?」
ゆっくりと顔を上げる小町を不思議そうな顔をしながらお嬢様といった感じの着物姿の少女が見つめ返している。
どこからどう見ても足がある。身体がある、顔もある。五体満足だ。
もしかすると、地上から迷い込んできてしまったのだろうか。幻想郷は普通の地上と違って三途の河への道が繋がっているから、そういうこともあるかもしれない。
だが、歩いてここまできてどこか知らないというのはあり得ない話だ。そもそも、ここまで誰も止めなかった時点でおかしい。
幻想郷から来る場合は必ず中有の道を通らなければならず、そこまで来れば担当者が怠慢でなければ嫌でもこの場所のことを知らされるはずなのだ。
そもそも彼女からは確かに死んだもの独特の感じが確かにある。それを間違えるほど耄碌はしてない。
ならば、この少女は一体何者なのだろうか。
「…あ」
「?」
そこまで考えて小町は気がついた。というよりは、死んでおきながら肉体を持っているなど思い当たるのは一つしか知らない。
――この少女は亡霊なのだ。
生への念が強すぎて死して尚肉体を有する、生きた幽霊という存在自体に矛盾をはらんだ存在。
話に聞いたことはあったが、実際に見るのは彼女は初めてだった。
「…あの?」
「いや、お客さんみたいなのを見るのは初めてだからつい見とれてしまった。悪いね」
正体が分かってしまえば警戒する必要もない。幽霊の正体知れば何とやら、だ。
相手が死んでいるというのなら亡霊だろうがなんだろうが関係なく、お客には変わりない。
見た目で客を選んでいるようでは商売なんて成り立たない。
死神だって立派な商売なんです。
「ここが何処かって質問だったね?『三途の河』、一度くらいは聞いたことがあるだろう?」
「三途の河…。私は死んだの?」
「そういうこと。お客さんにとってそれが幸せなことなのか不幸なことなのかは知らないけど」
死が救いになることもあるから、生きるということは侮れないと思う。
亡霊の少女からは少なくとも、見た目上は動揺している感じはしない。
変に動揺されるよりはいいが、生での年を捨てきれないから亡霊になっているはずなのにそんなにあっさり死を認められるものなのだろうかという疑問はある。
疑問はあるが、小町は気にしないことにした。気にしたところでどうにもならないことは気にしないに限る。
「それで、あなたは賽の河原の鬼なの?」
「鬼なんて大層なものじゃないさ。死神だよ。といっても、しがない船頭程度のだけどね」
聞いただけの話だが、人間達は死神は鎌を持って命を刈り取る存在だと噂されているらしい。
常識的に考えてそんなことしたらただの人殺しではないか。
最近ではそれに合わせるために作り物の鎌まで持たされる始末だ。客商売も大変だ。
「へぇ。ならあなたが三途の河の案内人?」
「そういうこと」
小町は愛用しているわけでもない鎌を支えにしてひょい、と立ち上がる。そして、停めてある小舟を指差して言った。
「長いか短いかはお客さん次第だけど、一緒に船旅を楽しもうじゃないか」
・・・
「それで、上司が口五月蝿くて参っちゃうのよ」
「ふふ、死神といっても人間と大差ないのね」
「まぁ、そんなもんさ。営みなんて種族でそう違いはない。違うのは性質くらいだよ」
三途の河に発ってからどれくらい時間が経ったのかは分からないが、小町はその間ずっと亡霊の少女と取り留めのない話をしていた。
着くか着かないかも分からない船旅だ。着く前に落ちてしまう幽霊だって珍しくもない。どうせなら楽しみたい。
「ところで、お客さんはどうして死んだんだい?」
そんな問いをしたのもそんな簡単な理由からだ。
「…それを聞いてあなたはどうするの?」
「どうもしないよ。どうにかするつもりもない。ただ、純粋に聞きたいだけ」
少女の問いに小町はあっさりと答える。幽霊達の殆どは多彩な経験をした者達ばかりだ。
その経験談は彼女の好奇心を満たすには十分すぎるほどのものだ。船頭の仕事を選んだのもそれが一番の理由でもある。
小町の答えに少女が納得をしたのかは分からないが、少女はくすりと微笑んでいる。それは年相応とは言い難いどこか達観した笑みだった。
「あなたは貪欲なのね。だから、何の躊躇いもない」
「そんな風には考えたことはなかったね。私は知りたいから聞くだけだよ」
知識に善も悪もない。聞いた話をどうするつもりもない。
ただ知りたいから聞く、彼女にとってはそれだけのことだった。
「…思い出せないの」
暫くの沈黙の後で口を開いた彼女が言ったのはそんな言葉だった。
「思い出せない?」
「そう。生きてた頃の断片的な記憶はあるけれど、どうしても何故死んだのかを覚えてないの」
苦悶の表情で少女は言う。
結果としての自分はそこにあるのに、その決定的なことの記憶がないというのはきっと何よりもどかしい事なのだろう。
「そうかい。ならそれは思い出させない方がいいってことさ」
その気持ちが理解できるわけもないが、小町はそう言った。
少女の方は意外そうに表情をこちらに向けている。
「…聞きたいと言ったのはあなたじゃないの」
「確かに言ったけどね。それは私の都合。お客さんにはお客さんの都合がある。私は私の都合を人に押し付ける気はない。ただそれだけ」
都合を跳ね飛ばしてまで好奇心を満たしたいわけでもない。
言い切った小町に対して少女は苦笑するしかない。
「あなたは羨ましいくらいに単純なのね」
「元々単純なもんだよ。人間も死神も等しく、ね。人間ってのはそれを理屈を捏ねて否定したがる」
神様だって閻魔様だってそれには変わりはない。
違うのは性質だけだ。
「後悔だけは覚えてるの。自分のせいで大切な人達を犠牲にしてしまったことだけは覚えてる」
「ならその事実だけを覚えておくと良い。生きてる限り死の可能性なんて常に持っているものだよ。それが早いか遅いか程度の違いさ。お客さんがするべきなのは自分がした行為を忘れないということ。それが何よりの罪滅ぼしになる」
「覚えることが出来ていたら、ね」
少女はどこか自嘲的に微笑む。
「でもね、生きてた頃の記憶がどんどん抜けてるのよ。私の名前ももう思い出せないわ。きっと、全部忘れてしまうんでしょうね」
「そうかい。なら、忘れるのが良いということさ」
対する小町の言葉は何処までもはっきりとしたものだった。その言葉には迷いなんて欠片もない。
忘れてしまうというのならそれが一番なのだ。世の中には忘れたほうが良い事もある。
それを糧にできる人間もいるが、ほとんどの人間はその重圧に耐えることはできない。
「…ふふ。さっきと…言ってることが…違うわ」
少女のあきれたような声は途切れ途切れになっている。
見れば少女の頭がふらふらと舟を漕いでいる。
「お客さん、眠いのかい?」
「そう…ね。なんだか…急に……眠く」
うつらうつらと今にも倒れてしまいそうなほどだ。
「お客さん、一眠りすると良い。着いたらちゃんと起こすからさ。なぁに、お客さんなら心配しなくてもちゃんと向こう側まで辿り着けるさ」
「そう……。じゃあ……おね……がい」
言うが早、少女はすやすやと寝息を立てている。
あいにくかける物は何もないが、一応幽霊だし体調の心配はしなくていい。
少女の無防備な寝顔を見ながら小町はぼそりと呟いた。
「夢くらいは良いものであることを祈っているよ。夢の中では誰でも幸せになる権利があるんだから、ね」
・・・
「お客さん、着いたよ」
そんな声で彼女は目を覚ました。彼女の身体は小舟の上にある。何故こんな所にいるのか記憶がない。
――そして、目の前にいる少女は一体誰だろうか。
「…あなたは誰?」
「私?私はしがない船頭だよ。お客さんをここまで運んできただけさ。おっと、船賃は気にしなくていいよ。もう貰ってるからね」
そんな記憶は彼女にはなかったが、でも事実としてこの場にいる以上はきっと運んでもらったのだろう。
「さ、待ってるお人がいる。行った行った」
言われるがままに彼女は歩き始める。どこまで歩いても同じ光景しか見えない。
どこに向かっているのだろう、と疑問に思う。こんな殺風景な所に何の用があったのか。
そして、そもそも自分が誰だったのかすら分からないということに気付いた。
何もない。ここにいる目的も、こうして歩いている理由も、そもそも自分が自分であるという証明できない。
けれど、不思議と何の不安もない。むしろ何かから解放された様な、そんな安心感すらあった。
「よく来ましたね」
突然のその声。ふと辺りを見回してみればそこはどこかの部屋の中。
そして、声の主は彼女の視線の前の方で立派な椅子に座っている少女だった。
その瞳はまるでこちらの全てを見透かしているようにすら見える。
「あなたに会ったことがあったかしら?」
「いいえ、会ったのは初めてですよ。けれど、私はあなたのことをすべて知っています」
「?」
彼女には言っていることが良く分からなかった。
会ったことがないというのなら普通は全てを理解するなんて無理ではないのか。
「相変わらず意地の悪い言い回し。三途の河に全部流してきたんだからそんなこと言われたって混乱するだけよ?」
口を出したのはいつの間にか隣にいる室内なのに傘をさしている女だ。
彼女にはそう遠くない前にどこかであったような気がする。
「事実を言っているだけです。私は生きている者の総てを司っているのですから。もちろんあなたのこともね」
少女は女の方をじっと見つめながら言った。当の女の方は軽くため息をつく。
「閻魔はどいつもこいつも頭が固いわ。もう少し融通というものを利かせたらどう?」
「融通を利かせないのが私の仕事です。そう言うあなたは少し自由過ぎるのではないですか」
「あら、自由を抜いたら妖怪が妖怪である意義がなくなるわ」
お互い一歩引かずの言い合いをしているのを彼女はぼーっと見つめていたが、ふと何かに気付いたように呟く。
「私、死んだのね」
言いながら彼女は少し違和感を覚える。少し前に似たような言葉を言ったような気がしたからだ。
「ええ、あなたは死にました。ただし、普通の死に方ではありません。あなたはあるものを封じるために自ら人身御供となったのです。尤も、あなたは覚えていないでしょうが」
文字通り訳がわからないといった表情をしている彼女を見て女に閻魔と言われていた少女は微笑む。
「失礼、今の貴方とはあまり関係のないことでした。それよりもこれからのことです。今日はその話をさせていただくためにわざわざお呼びだてしたのですから」
「約束は守ってくれるわね?」
妖怪の女の言葉に閻魔は「勿論です」と頷く。
「嘘を付くようでは他者を裁く権利はありませんからね。多数の魂の輪廻転生を妨げていた西行妖を封印してくれたのですから対外的な方面も問題はありません」
西行妖、何故かその言葉を聞くと胸が痛かった。
まるで身体の半分が切り裂かれたような痛みだ。
閻魔はそんな彼女の様子に気付いているのかいないのか、彼女のことを見つめている。
「功績を称え、あなたの死後を保障しましょう。……それと、これは別件になりますが、冥界の管理を頼まれてくれませんか?あなたの能力があれば大丈夫でしょう」
「…ちょっと待って。そんな話は聞いてないわ」
「今初めて話しましたから。こちらも人材不足で色々大変なんです」
しれっと言う閻魔に女は「…これだから」とため息をつく。
閻魔はそんな女の様子をどこか満足気に見つめて、再び彼女の方を見やる。
「そんな堅苦しいものではないですよ。家賃と思ってくだされば良いです。管理と言ってもそんな難しいことではないですから」
「…それは楽しいの?」
それまでわけが分からなくて黙って聞いていた彼女が口を開く。
聞いた理由はただそれが気になったというだけだ。
「それはあなた自身が見て――」
「ええ、とても楽しい所よ。きっとあなたなら満足するわ」
閻魔の少女の声を遮って妖怪の女がそう返した。
その言葉に安心したように彼女は「それならそれで良いわ」と頷く。
本当は二人が何を言っているのか未だに理解していなかったが多分大丈夫だろうと判断したのだ。
遮られた閻魔は若干不満そうではあったが、それを口に出すことはなくこほんと咳払いをする。
「では、改めて約束しましょう。―――我々はあなたの輪廻転生に関しては一切関与しないことを誓います。冥界までの道案内はあなたに任せましたよ」
「はいはい。どの閻魔も本当に妖怪使いが荒いんだから」
言いながら妖怪の女は彼女の手を取る。その感触に彼女の中の何処かが刺激される。
そう遠くない昔、孤独だった時の彼女に何の嫌悪も何もなく純粋な興味だけで話しかけてくれた人の手だ。
「……あなた、確か紫だったかしら?」
妖怪の女の目が驚きで見開かれる。
が、それも一瞬ですぐに何を考えているのかよく分からないような表情に戻る。
「ええ、そうよ。…本当は初めましてではないんだけど『今』のあなたとは初めてだから初めましての挨拶をしておくわ。初めまして、西行寺幽々子。私は八雲紫。見ての通り妖怪よ。きっと私たちは長い付き合いになるわよ」
「そうなると良いわね」
彼女は本心からそう言う。それに対して女も感情の読めない表情で微笑むだけ。
そして、二人が部屋を出ようとした時、閻魔の少女が声をかける。
「これは個人的な願望ですが、どうか新たな『生』を謳歌してください」
彼女はそれにただこくりと頷いた。
・・・
小町は大きな桜の木の下で欠伸をかみ殺していた。
ここは冥界。普段彼女が働いている三途の河と近くにあるが、最も離れた場所でもある。
何故彼女がここにいるかといえば非番だったところを上司にこれも勉強ですと無理矢理連れてこられたのだ。
「ったく、あの人も生真面目だからなぁ」
今日ここに来た理由だってこの冥界を統括しているある亡霊に部下のしつけがなってないと注意するためだ。
上司だって今日は休みの日の筈なのだ。休日返上で働くのは結構なことだが、真面目に働きすぎて倒れないか結構ひやひやしている。
間違いなくその一因である彼女が言ったところで説得力はまるでないが。
「…まぁ、説教するのが趣味みたいなものだからこれはこれで余暇を満喫してるのかねぇ」
その説教に常にびくびくしている彼女としては笑えないことだが、それは十分にありえそうだった。
「あら、誰かと思ったらあなたは閻魔様のとこの死神さんだったかしら?」
そんな思考に耽っていると声が掛けられる。
視線を向けてみればそこにいたのは上司から説教を受けている最中のはずの冥界の統括者である西行寺幽々子だ。
「映姫様はどうしたんだい?あの人の説教がこんなに早く終わるわけないだろう?」
「ちょうど紫がいたから押し付けてきたわ。あの人、紫の顔を見ると目的を忘れるから。紫も紫であの人のこと結構苦手みたいだし」
「…」
ふふふ、と楽しげに微笑んでいる幽々子を見ながら小町は心の中で合唱する。世の何処かの幸せは誰かの不幸で成り立っているものである。
「あなたとまともに話すのは初めてだったかしら?」
「いや、前に一度だけ話したことがあるよ」
「あら?そうだったかしら?」
幽々子は必死に思い出そうとしているようだが、どうやら一致しないらしくうーんと唸っている。
そんな彼女の姿を見ながら小町はふ、と微笑む。
「思い出せないんならそれで良いじゃないか。思い出せないということは思い出さない方が良いってことなんだから」
「それもそうね」
あっさりと同意した幽々子は小町が座っている隣に腰を下ろす。
「西行妖のことが気に入ったのかしら?」
「まぁ、寝心地が良さそうだからね」
「ふふ。そうね、私もたまにここで昼寝をしてるのよ。妖夢には怒られるけど」
微笑む幽々子に小町も笑う。
「へぇ、私と同じじゃないか」
「まぁ、こっちはお説教つきだけどね」と苦笑しながら付け加える。
それに微笑みながら幽々子は桜を見上げる。
「…でも、この子の傍にいるとたまにとつても切なくなるのよね。何でなのかしら?」
どこか寂しそうな表情の幽々子。その表情が小町の中で昔見たどこかの亡霊のそれと重なる。
「さっきも言ったろ。思い出せないってことはその方が良いってことなんだから、気にしたところでどうしようもないさ」
だからだろうか、そんなことを口に出していた。
「…それもそうね」
彼女も彼女ですぐに元の表情に戻る。それを見て小町の方も満足気に頷く。
暗い顔をしている者に幸福は決して訪れない。「笑う門には福来る」というやつだ。
「さて、と」
「あら、もう行っちゃうの?」
立ち上がる小町に幽々子が不思議そうに尋ねる。
彼女としてはもっと話していたかったようだが、こちらはこちらで用事があるのである。
「色々と歩き回っとかないとね。映姫様にここでサボってるのが見つかったら後で何言われるが分かったものじゃないし」
「あなたも大変ねー」
「…」
恐らく同情してくれているのだろうが、幽々子ののほほんとした表情からは一切そういったものを感じないのは気のせいなのだろうか。
まぁ、考えても仕方ないと思い小町はそのまま立ち去ろうとしたが、ふと何かに気付いたように立ち止まる。
「一つ聞いて良いかい?」
「?何かしら?」
「あんたは今幸せ?」
聞いて今幸せじゃないと言われたところでどうする気もなかった。
ただ、純粋に今の彼女がどう『生』きているのかが気になっただけだ。
当の幽々子は少しだけ考える仕草を見せている。
「そうねぇ。暇なときが多いし、妖夢は何かと口煩いわねぇ。―――でも、今はとても楽しいわ。それじゃ答えにならないかしら?」
満面の笑顔で彼女はそう言った。小町はそれを見て満足そうに微笑む。
「答えなんて自分の中で出てれば十分。あんたがそのまま生を謳歌できることを祈らせてもらうよ」
「ええ、あなたにも上司運が巡ってくることを祈ってるわ」
幽々子のそんな言葉に小町は「あれはあれで良い上司なんだけどね」と苦笑しながら特に目的地も決めずにぶらぶらと歩き始めた。
なんとなく先ほどまでより気分が良くなっているのは気のせいだったのだろうか。