Coolier - 新生・東方創想話

亡きメイドの為のカルテット

2007/08/26 23:30:05
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夜の平原
雪はやまない。
美鈴は空を見上げ。

「ありがとうございます」

中空に浮かぶ大妖怪に深く頭を下げる。
そんな真摯な美鈴を、八雲 紫は眼を丸くして見つめた。

「……珍しい、私にそんな慇懃な人は久しぶりだわ。賢しい貴女は知っているはずなのにね」

―――これから何が起きるのか。

「だから与えます。欠片と力を。本来、貴女の能力は鬼と等しい。気を操る、大地から気を得て、大気を掴み、生命を循環させるほどに」

言われ、美鈴は納得する。
出来るか、否かを問われれば、可と答えてしまう。
実際にその実演を見たことがあった。
花の妖怪。
単純に強いし、殺しても死なないと思う。

「貴女に必要なのは、足か、または間合いを詰めるための長距離攻撃…、さぁどちらが欲しい?」

いつもの笑みを浮かべない。
この話しは本当で、だから変わってしまう。
そんなのは嫌だ。
変わった私で咲夜さんを助けても、それは違うのだ。
私は、美鈴は、”無能なぐらいに門の中に敵を通す門番”として、結果万々歳を迎えたい。
でも、今のままじゃあ勝てないのも真実。
だから、―――。

「ありがとうございます。そのご配慮だけを受け取らせてもらいます」

強くなる。自分で自分を。
仙人とは、そうあるべきだ。

「……いい答え。わかったわ、ならこれだけあげる」

そうして、手渡される光。

再度、礼を述べようと紫を見るが、その姿は無い。

そこにどんな思いがあるのかは分からない。
ただ、今のやり取りで生まれた親しみだけが胸に残る。










幻想郷は平和で、紅魔館の外観はいつもどおり静かに荘厳と佇んでいる。
三メートル程の高さを持つ鉄柵の門が、更に威圧感を増していた。

その門の前。

ここいらでは見かけないチャイナ服を着た赤髪の少女が腕を組んで俯いている。
遠目から見ると、見事な仁王立ちだ。

咲夜は一目で、状況を理解した。

「……寝てるわね」

呆れ声で、一人呟くと門番――紅 美鈴の肩がビクリと挙動した。
瞬時に落ちていた首が面を上げた。
キリッ、っとした眼つきは鋭い眼光を宿している。

しかし、咲夜は見逃さなかった。
本当に刹那だけ覗かせたボンヤリと虚ろんだ眼差しと、口端から垂れた涎の光沢を。

「あ、咲夜さん。どうかしたんですか?」

……どうかしたんですか?
白々しい。
だけど、口調と裏腹に視線があちらこちらと彷徨って、声が若干震えている。
パブロフの犬宜しく、条件反射で背筋を震わしていた。
なんだか少し面白くて咲夜は軽く笑い、口を開く。

「いえ、そろそろお昼にしましょうと思って来たのよ」

そう言って、忽然と木網のバスケットを取り出し、美鈴の眼前に掲げた。

「はい!ありがとうございます。今日のお昼は誰が作ったんですかー?」

余程、お腹が減っていたらしい。
嘘が無い、とても嬉しそうな微笑で美鈴はお昼ご飯を受け取った。
おもむろに開けると、中には長方形の小さなサンドイッチが詰まっている。

基本的に彼女の食事は一人。

門番だから仕方ないと咲夜は思っているのだけれど、それではさすがに可哀想との声が部下達から上げられた。
そんなこんなで美鈴のご飯は当番制度で、作った人が直に渡しに行くのだ。
当番制だから、当然と咲夜も含まれている。
しかし、過去一回も順番は回ってこない。

それが何故なのか、咲夜は理解した。

……まるで、犬ね。

物凄いスピードで、平らげていく美鈴。
見てるこっちが気持ちよくなるぐらいの食べっぷりと、飲み込んだ後から口に運ぶまでの間に何度、美味いと言ったのだろう。

っん!と美鈴が全身を硬直させた。
顔が青い。
咽喉に詰まったのだろう、もう少し落ち着いて食べれば良いのにと思う。

「んー!んー!」

呻き、胸をとんとん叩いている美鈴。
こぽこぽと、奇怪な音に美鈴は目を向けて、丸くした。

咲夜がカップに紅茶を注ぐ音だ。

しばらく、美鈴が落ち着いたのは咽喉を潤し、食事を平らげてからだった。





「で、珍しいですね。いつもなら、ぇーと……二班の人が来ると思ったのですけど」

お昼頃になると、いつも厨房が慌しいのは美鈴のせいだ。
美鈴が美味いと言う回数で、メイド達は点数をつけて競っているらしい。
そんなことを知らない咲夜はいつも代わってくれるメイドに不思議と疑問を感じなかった。

「まぁ、たまにはね。ところで、今日のお昼はどうだったかしら?私が作ったのだけど」

尋ねると、美鈴は躊躇わずに美味かったですと叫ぶように言う。
咲夜が聞きたいのはそうじゃない。

味の問題じゃなく、

「それに、少し量が多かったですね。でも、私かなり食べますんで丁度良かったです」

本当に妖怪かしら?
咲夜は、まるで人間と接しているような気分になった。
無邪気な笑顔に、ふと意地悪がしたくなってくる。

「…あっそう。あの量が少し、ね。私の分も含まれていたのに」

事実だった。
けれど、咲夜自身見てるだけで半ば、満足しているのもまた事実。
それは胸の奥にしまっておく。

「っえあ!?嘘、ホントです!?マジですか?あー、ぅ~、マズったなぁー」

あ~、と頭を抱え俯いた。
苦い顔で、美鈴は咲夜を見上げる。
その表情は”ごめんなさい”と何度も告げていた。

「ええ、良いわ。別に気にしてないわ、ええ。そんな些細なこと、別に私が気にするはずないじゃない。気になんてしてないわ」

「……あの、なんか妹様ぐらいに怖いんですが?」

咲夜は一枚のスペルカードを取り出し、

「あら、気のせいよ。ほら―――斬符『夜ギ――「「っわーーっ!!わっーー!!」」

無礼にも人の台詞を遮り、卑屈な美鈴の「ごめんなさい」高速リフレイン。
これ以上苛めると、明日の朝には丁度良い感じに首を吊った美鈴が現れてしまうかも。
……まぁ、楽しめたわね。
意識して、時間の経過を確認。
昼休みも終わりに近い。楽しい時間は流れが速いのだ。

「それじゃあ、午後からも頑張ってね」

さて、洗い物を干してから庭の掃除ね。その後は…。

「あ、もうですか?」

早々に切り上げ、予定を考え始めるが、思考は遮られる。
美鈴は何か呟くが、聞こえない。

「ぇーと、すいません。―――失礼します」

言うが早し。
右手を掴まれ、咲夜の体は浮かんだ。
くるり。
世界が反転、気付けば視界一杯に青い空が広がっている。
一瞬の出来事に美鈴が何故?と混乱してしまう。

「ちょ、―――。」

声にならないほどの刺激が全身を走狗する。
激痛苦痛悶絶。
細く長い指が咲夜の足を押したり、揉んだり。マッサージを始めたのだ。

「…っ美鈴、そんなに怒られたい?」

「うっ、まぁ、ほら?段々温かくなってこないですか?最近、なんだか疲れてるみたいですから」

言われてみれば、確かに。
血行が解れていき、血の流れが喜びで速くなったような感じがする。

納得する。でも、それ以上に疲れてると言われたことに少しだけ、驚き、感心する。
果たして、私が顔に出していたのか?それとも、美鈴が見抜いたのか。
もし、後者なら美鈴には感謝するしかない。

「ありがとうね、美鈴。…でも、なんで足ばかり?出来れば、肩とかも」

「足は大事なんです。二本の足で立つ、大地に立ち、その恩恵を受けるために」

恩恵?
オウム返しで尋ねると、嬉しそうにハイと美鈴が頷く。

「私の場合ですけどね。大地に接してる、それだけで…あー、うん。……極端に言えば、花です。地面に支えられ、エネルギーを受ける。私も気の使い手ですから、ソレが実際に分かります。他の人は気付かない。けど、それは誰でも同じ。だから、まずは根が正常じゃないと、大地に立つ意味がないのです」

故に足が大事なのです。と、紅い門番は言う。

にっこりした笑みに、咲夜は苦しい。
明日に自分は―――。
咲夜は未来を想像し、そこにある形の自分を思い浮かべる。
そこに私は居ない。だけど、私の形はある。
自覚、というより真実だった。

「大丈夫です。何も問題なんてない今までどおり。これからもずっとです」

何も気付かないような顔で美鈴は呟く。
その顔に、レミリア・スカーレットが重なった。

『運命は唐突。だけど、咲夜が死んだ”時間”さえ、私の物。覚えておきなさい』


―――、なんてお人よしばかりだろう。

人生色々。
人間に迫害、悪魔と知り合い、異郷で弾幕。
簡略的な走馬灯が脳裏に描かれていく。

幸せだった。

だから、咲夜は言うのだ。

「ありがとうね」

その言葉には万感の思いを込めて。
しかし、その思いが伝わるかは分からない。

「……」



ただ、涙を堪える美鈴がいた。















忍び込んだ咲夜の寝室。

暗いのは、死で満ちているから。


レミリアは抱いていた枕を落とす。

死んでいる。死んで、死んでて、咲夜が死んで―――。

窓から月光が差し込んだ。
照らされる光景。不意にレミリアの精神は落ち着いた。

ベッドと間違っているの?

そう勘違いしてもいいぐらいに安らかな顔で、床に倒れている。


そっと、咲夜の唇に指を這う。
艶やかな赤は血のようだった。


ぞぷり。



―――意識が呑まれた。

脳が爆ぜるかと思った。
一瞬の痛みが、破裂するまで際限を知らずに膨れ上がっていく。

「―――っぁ」

肉体はそのまま。
意識はイメージ通り、爆ぜる。



十六夜 咲夜が死んだ瞬間だった。



白い光が一つ、手のひらに落ちてきた。

はぁーっ、はぁーーっ。

荒い息遣いが闇に飲み込まれ、消える。
多種の感覚で一つの感情。
痛みと苦しみに絶望と死に至るまでの落下していくような消失。

ソレは確かに、咲夜の欠片だった。
この欠片は本来ありえない。
ありえないが、故に一つの可能性を示唆していた。
そして、その可能性は、運命として確かにある未来として。
レミリアは、一筋の光明を見た。

「あ、ああぁっああ、あああああ!!」

どうしよもない叫び、奔流する気持ちに脳内は支離滅裂。
胸が、内側から弾けてしまいそうで、吐き出すしかない。



だって、こんなにも嬉しいと、もう一度言えるのなら―――。



嗚呼、月明かりが眩しい。
そこには満月まであと数日。
十六夜の晩、月無しの夜まであと何日だろうか。

「まだ、できることがある」

悪魔は一つの運命を見る。

それは、―――木漏れ日の中庭、向かい合う咲夜が淹れる紅茶の匂い。

玄関付近から破壊音。楽しげな笑い声に、逃げ惑う門番の気配。

静かに本を捲る少女、物陰に潜み闇を見る小悪魔。

静かに紅い日常。


運命は激流だ。そんな流れの中、飲み込まれる一束の藁を掴むようなこと。
それでも、悪魔はその一束の藁が欲しいと思った。
だから、全てを敵にしてでも。
命を賭して。

始めよう。

夏の夜を遮り、全てを覆う魔法で。



――――『紅色の幻想郷』









夏とはいえ、上空を這う風はとても寒い。
そう感じることに、自分が今、緊張を解いていたことに気付く。

「いかんいかん。紫様の顔が立たないじゃないか」

八雲 藍は眠気を噛み殺し、待っている。
遥か下方、そこには紅い屋敷がある。
先ほど、そこから幾つか光る球が散った。


―――本来、こんなことはするべきではない。


自分の主人に異論を問いたかったが、それでも紫が正しいのだと思った。

紅い霧が生まれる。
それは大きな手で、この幻想郷を掌握しようと際限なく広がっていく。

これだけの魔法が使える吸血鬼、あながち夜の王という自称も間違いではないのかもしれない。

消失する十六夜 咲夜の魂に形を与え、分割。
全て集めれば、それは反魂の術への足がかり。

そうまでして何故レミリアが暴れることを危惧するのだろうか?

とはいえ、異変は始まった。

奇しくも数年前の赤い霧みたく。
藍は鼻をひくつかせる。
霧は血の匂いがした。


「さて、私もそろそろ行くとするか」










宴会でもしてるのかしら?

博麗神社への石段を上り行くほどに、その喧騒は大きくなっていく。
アリス・マーガトロイは宴会か、またはもう一つの可能性を思考する。

異変は一昨日からだった。
紅く染まった幻想郷。
―――それだけでは終わらなかった。

今は真夏。
季節に反して、白い粉雪が舞ったのだ。
そして、紅を消し去った。
雪はもうない。一部を除いては。

自分の手元にも”雪”を保存していた。
しかし、今朝。気付けば無くなっていた。

あの雪は溶けない。溶けるのは、紅の魔法に触れた時だけらしい。
だとすれば、何故消えたのか?
決まってる。
魔理沙がまた盗んでいったに違いない。
身支度を整え、霧雨宅に行くも無人の匂い。

ならば、あの神社に居るだろうか?



それが、今に至るまでの経過であり、これから自分が異変に巻き込まれる段階である。




「おおーい、アリス!こっちだぜ?」

階段を上りきると、そこは宴会場だった。
賽銭箱の前に腰掛けた魔理沙が手招きしている。

人込みを遮りつつ進む。
人間、人外、鬼、半獣、亡霊、妖怪、巫女、など。

「異変が起きているのに、なんでこんなことをしているのよ?」

「ああ、そのことで今、丁度話をしようと思ったんだ。―――おーい!アリス来たから、そろそろ言うぜ」

パンパンと、手を叩くが、一切誰も耳を貸さない。
まぁ、宴会中だからこんなもんか。と、魔理沙は言うが、その横顔を少しだけ引きつらせていた。

「おい、お前たち。そろそろ本題に入るらしいから静かに」

上白沢 慧音の呼びかけ。
近くで殺し合いをしている蓬莱人たちは答えるように黙り込んだ。
それが呼び水となったのか、次第に良識的な者たちから諌める声が聞こえてくる。

静かになっていく景色に、魔理沙は「ご機嫌だぜ」と、嘯く。
さきほどまで、震える手で八卦路を構えたり、構えなかったりのくり反しにはアリスも肝を冷やすばかりだった。

「さて、いいか?よぉく聞けよ」

もったいぶって、間を取り。
再度口を開く。
直前、

「一つ、いいー?」

はい!とルーミアが手を上げた。

「これって、レミリアちゃん達にかんけーすることなのかー?」

そうだろう。
しかし、この集まりの目的は何?
魔理沙に対し、今更ながら疑問を持つ集団。
ざわめきが大きくなっていく。

「ああ!おもいっきり関係するぜ?同じようなことをする奴らにお仕置きと、夏といえば、肝試し。ってわけで遊ぼうぜ?」

「遊ぼうって、ホントにそーなのかー?」

尋ね返すルーミア。
その顔には微笑みが浮かんでいて、目は糸のように細められている。
だから、見えない。その目がどんな感情を宿しているのか。
何故、そう考えるのか?
予感だ。
危険だ。
だって、あのリボン。なんだかしっかりと結べてないじゃない。

「ああ、別にやらなくても良いぜ。強制はしないからな」

「ううんー。参加するよ。じゃあ、行くねー?」

よいしょ、と立ち上がる姿。
不意に眩暈が走る。視界が遮られるような、

「”閃影”ダークブリンガー」

暗くて低い声が響いた。
一筋の黒い柱が放たれる。魔理沙を目掛け、一直線。

「っな」

突然の攻撃に、魔理沙は箒を盾にするが、勢いのままに吹き飛ばされる。

ルーミアの周りから人波が引いていく。
ぐるり。
渦を巻いた眼は周囲を見渡し、地面を黒く溶かす。

「”夢穴”ブラックホール・バースディ」

ずぷり。
地面がどろ沼みたいに変貌、宴会場を飲み込んでしまう。

魔理沙が消えた中、一人、距離を取っていたアリスは幾人かが空に飛んだのが分かった。
しかし、殆どが黒穴に消えていく。
飲み込まれていく様子を見る限り、苦しそうな顔をしたものは居なかった。
とりあえず、呼吸は出来るみたいなので一先ずは放置。

ルーミアもふよふよと空に浮かんでいく。
空を見上げ、数える。

居るのは、
西行寺 幽々子に射命丸 文。八意 永琳、藤原 妹紅。
伊吹 萃香に博麗 霊夢。


「ダメじゃない。こんなところで様子見なんて」

背後からの声。
いつか聞いた、あの粘りつく声音。

「幽香…?」

後ろを振り向くと、楽しそうに笑う顔。
白いパラソルをくるくると、回している。

「正解!あはははは、花が踊るわ、私も混ざるわー」

矢のように飛んでいく。嗚呼、嫌なものを見た。
口の中が物凄く、苦い。屈辱の味だ。
アリスは、思う。
―――絶対に関わりたくない。
自分はそこそこ強いと自覚する。しかし、あそこに居る者たちは”そこそこ”程度じゃない。
触れば火傷する、近づけば逃れられない。

「触らぬ神に祟りなし、ってね」

一人、密かにその場を後にする。
アリスは逃げるために、後ろを向いて、一歩踏み出す。

「っ、きゃぁあ!?」

いきなりの落下。途方もない浮遊感。
何も見えない暗い崖にアリスは落ちていった。









闇食いと呼ばれた妖怪が居た。
博霊の巫女が封印を施し、そして、ある妖怪が噛み殺した妖怪だった。
巫女と妖怪の協力。
そこにあったのは利害の一致、互いに得の有る条件。
不滅と称された化け物を殺したのは、彼女の能力あってのこと。

「手伝ってあげるよー」

黒衣を纏った長身痩躯の女性が言う。
間延びし、だけど、なんだかとても余裕がない声音。
今にも死にそうなぐらいに弱弱しい。

「…良いでしょう。で、貴女は何を求めるの?」

あはー、と笑い「話が早いねー」と、死にかけの女性は言う。

「抑えるものを作ってほしい、わたしはわたしが嫌いになったからー」

そうして、髪にリボンを結ぶ。
固く縛り、漏れないように。
二度と。
トモダチのために。









にこにこと、笑うルーミアの前で彼女達は話をしている。

「私が残るわ。だから、行きなさい。というか、霊夢。貴女がレミリアを止めずに誰が止めるの?」

薬師は、そう言うが霊夢はどうにも頷くのに抵抗を感じる。
ルーミアの封印が解け掛かっている。
それを直すのも巫女の仕事。
なにより、永琳の眼が気になった。
そんな彼女にルーミアを任せるのは危険だと勘が告げていた。

「大丈夫よ安心しなさい。どちらにせよ、あの黒い沼をなんとか出来るのは私ぐらいじゃないの」

……それでもなぁ。
うー、と悩む。
そんな霊夢のお腹に萃香が抱きついた。
さりげに角が二の腕を突付いて痛い。

「へへぇー、良いよ。私が残るから、霊夢は行ってきなって」

見張りとして。
萃香なら、確かに平気かもしれない。
だけど、何故?

「うん、ほら?私ってさ、嘘が嫌いじゃん。だから、本気出すよ?」

一瞬、見上げる視線に剣呑な眼光が宿った。
応じるように、永琳がくすり、と笑った。

「ほら、これだけ背中を押されてるのよ。あとは任せてちょうだい」

微妙に納得できないけど、霊夢は仕方なく背を向ける。
永琳が呟いた。

「で、貴女はどうするの?幽香さん」

―――。
体内に氷が滑り落ちた。
湧き上がった殺意が辺りを包む。肌を焦がすほどの濃度が生まれた。

「……吸血鬼とあなたどっちが強い?」

霊夢は勢いよく、後ろを振り向いた。
爛々と輝く二つの眼。
幽香のソレは完全に標的を定める獣だった。

「それはもちろん。私のほうが強いけど、それを知って貴女はどうしたいのかしら?」

「あは、あはは。決まってるじゃない…虐めてあげるわ」

「貴女ごときが?私を?出来もしないことは口にしないほうが良い。負けたら、自分が惨めになるだけだから」

妹紅が空々しく欠伸をする。
それでも、緊張を隠せてはない。

静寂が降りた中、ぱん!ぱん!と、破裂音が響く。
彼女は拍手を打ち、手を離す。

「はいはい~。急がば回れー、でも犬みたくグルグル回りすぎよ」

陽気に笑う亡霊。
ナイスタイミングだった。今ばかりは、幽々子には感謝。

「そうね、決まり決まり。じゃあ、私とこの子が残るから」

「……ん。霊夢」

何?と尋ね返す。
萃香が拳を握り、真っ直ぐ突き出した。

「任せて」

いつのまにか我が家に住み着いた鬼は、意外と可愛くて格好良い奴だ。

「ええ、任せるわ」

仲間なんて居ない。
けれど、信頼できる友達なら居る。
それを仲間と呼ばないのは、単純に――――霊夢の照れ隠しだ。

こうして、二人を残し、博霊神社を後にした。














照りだす太陽は暑く、そんな陽の元で上空を駆ける射命丸 文は速度を落とす。

「……遅いです、暑いのにあんなトロトロとよく飛べるものですね」

「なんか言ったか、焼き鳥?」

追いついてきた藤原 妹紅が毒づく。

「さぁ~?それは風の声でも聞いたに違いないですね、私たち鴉天狗でも中々に聞こえないのに、凄いですよ。まったく羨ましい」

「……ほぉ」

ジットリと、湿った視線が追求。
妹紅は、ふと思い出したように口を開いた。

「そういえば、どこぞの馬鹿が言ってたな。どこぞの焼き鳥が饒舌に喋る時は何かを誤魔かす時だけだと」

「あれ、あんた達そんなに仲良かったの?」

背後から霊夢が問う。
その背後にふよふよと風に流されてるような幽香が追いつく。

「ああ。なんか焼き鳥して竹林が燃えたときに取材とかって付きまとってさ」

「あ!あの時はタバコのポイ捨てって言いましたよね?じゃあ、あの時は嘘をついていたんですか?貴女が炎を使うのは知っているのですよ」

ふっ、と妹紅は笑う。

「別に?私的にはタバコのポイ捨てでも、焼き鳥でもいい。ところでさ。焼き鳥好き?今度、家に来なよ。持て成されてやるよ」

うっ、と文は右手で口を隠し、一歩分身を引かせる。

「きょ、脅迫ですか?貴女はよくそんなことばかりするのですね。この前だって、ある妖怪から宝石を巻き上げたそうで。ところで持て成すの間違いでは?」

「ああ、あの妖怪な。元は人間から巻き上げたもの。人間たる私が取り返すのは当然だろう?持て成される、で合ってる。是非、頑張って身を焦がしてくれ。……文字通りな」

「そんなもの、巻き上げられる人間が悪いのです。人間はもっと賢くあるべきです。分かりました、さっさとくたばれ蓬莱人」

ぱんぱん、と拍手。
二人は後ろを振り向き、同じ人物を見る。

「お喋りはそこまでねー。もうそろそろ、館に着くわよ」

さっきと同じく。幽々子だった。
幽々子の言うとおり前方に小さな黒い影。
そういえば、と文は疑問を口にする。

「こんなに距離ありましたっけ?神社から直接、山の方から来た割には時間かかりましたね」

霊夢が答える。

「ん、どっかのバカ妖精が迷わせてくれただけよ。あんた達が楽しそうに会話してる間に倒したわ」

咽喉を詰まらせたように文は呻く。
妹紅も同じく。
「会話って数秒しかたってないのに……」
奇しくもないが、二人の心中は同情と悲哀が胸から溢れそうな感じだった。


次第に近づけば大きくなる影。
近寄れば近寄るほどに、視界を遮る濃霧で包まれている。
それでも、大きな鉄柵の門のすぐ眼前まで来ると館は見えた。

「……おかしいわね」

霊夢は俯いて、呟く。

「確かに。いつもなら、ここいらで門番が蹴りの一つでもお見舞いしてくれるのにな」

妹紅は同意するが、霊夢の言う”おかしい”は違う意味。
この中で一人だけ、様子がおかしいのがいる。
それでも、進むことしかなく。
門を文が風を使って開ける。

古風宜しく、耳を塞ぎたくなるような不吉な音と共に扉は開く。

「洋風って便利ねぇ」
玄関を土足で踏みいる。
幽香が靴で、文字通り踏みにじっていた。グリグリと。
俯き、うふふと恍惚で暗い笑みを浮かべご満悦。


「皆さん、前を見てください」

勝手知ったる他人の家。
しかし、霊夢が知る紅魔館とは中の形が変わっていた。
先には、通路が二つに分かれている。

「元々は、あのメイドが広げていたはず」

幽々子は口元を扇子で隠し、眼を細めて告げる。

「だから、メイドが死んだ今、空間が元に戻るのは仕方ないのよ」


え―――――。

それは霊夢が息を呑んだ音かもしれない。
それとも、妹紅が、文が。
「ふーん?」
幽香がつまらなそうに声を洩らす。
ただ一人。
幽々子だけは嬉しそうに微笑んでいる。

「で、どうするの?」

突然の告白にまったく興味が無い幽香は会話を進める。
それを無情と思うかは勝手。
でも、やるべきことは決まっている。
だから、三人は何も言葉にしない。ただ無言で時を待つ。

「んー、じゃあ私と霊夢。それにー、変な人間。こっちへ行きましょう」
右側の通路を示し、幽香は進行を促す。
賛成とばかりに幽々子は文の袖を掴み引っ張る。

「う~、はぁ。諦めましょうかしら。妹紅が来れば美味しい焼き鳥ができたのにねぇ~」

寒気で文の肌が粟立つ。

「これがホントの鳥肌。あ~、食べたいわ。お腹減ったー。妖夢のバカアホー。皮をさばく人と焼く人が居ないじゃないの」

言いながら、襟首を掴みズルズルと深い闇に連なる左の廊下へ。
三人に対し、文は眼で訴える。
『助けてください、マジですよこの人。眼が真面目過ぎます。食われちゃいますよ私』

妹紅は天井を見上げた。

霊夢は俯く。

幽香がその視線に答える
文は一筋の希望を見出す。

『がんば!』

一瞬で希望が崩壊。

『ガッツポーズ付の声援、ありがとうございました!枕元にたってやるんだからーー!!』

精一杯の呪詛に、幽香はニコニコと終始手を振って見送った。













水晶の向こう。
ルーミアは圧倒されている。
何をやっても、先に潰され、後から壊される。
永琳は理不尽に強い。
強いからこそ、パチュリーはこんな策を選んだ。

「さて、そろそろ私の出番だから少し行ってくるわね」

テーブルを挟んだ向こう。
魔女は本を閉じ、席を立つ。

「ああ、気をつけてね。パチュ」

「……」

ぽかん。半ば開いた口が間抜けだった。
パチュリーは呆然と見て、ふと笑い出す。

「……なにさ」

レミリアの眼に、紅い怒りが灯された。

「いえ、ごめんなさい、そんなに怒らないで。ただ、―――変わったわね、レミィ」

……。

「ふん、知らないよ。そんなこと」

ぷい、と。そっぽを向く夜の王が居た。
照れ隠しがなんとも可愛らしいと思う。
これも一重に十六夜 咲夜の所為だった。

「―――良い事だと思うわ」

そう告げ、パチェは歩く。その先にはパックリと空間が開いた虚穴。
躊躇いなく進む。
隙間みたいな道の先にあるのは―――。













―――――太陽凝縮法」

空が夕日色に燃える。
夜みたいに暗い景色が真昼の空に戻る。
ルーミアが昼にいつも、黒い球体で過ごすのは「眩しい」がキライだから。
それはいつだか、どっかの妖怪にやられた方法だから。

「ムーンライトレイ」

どうすればいいのか、考えるよりも速く攻撃ができる。
包み込む光の一部を取り込み、一筋の光線を返す。

永琳のお腹に当たる直前、斜め下に反れた。

「ふふ、波長をずらせば…このぐらい」

きぃぃぃん
高い音が痛くて、ルーミアは手で耳を塞ぐ。
すると、音が消えて。

「…え?」

だけど、体が斬れた。肩からお腹まで、真っ直ぐに。
痛みよりも、ぽっかり胸があくような途方感に言葉が出ない。

「そろそろ終わりね…。」

くっくっく。と、鶏みたく笑っているのになんだか怖い。
……と、後少しなのに。
あー、痛い。ルーミアの体から血がどばどばと、こぼれてく。
右手を伸ばす。
イメージよりも遅れて、闇が永琳の足に蛇みたいに絡みつく。

「……まだ」

右足は軽く、永琳は弾くように闇を蹴り外す。

「闇の妖怪…月では見たこともない、…そのリボン外したらどうなるのかしらね?」

狂喜の独白。
ゆっくりと、手が伸びてくる。
いつもだったら、このリボンは硬くしばってある。
そもそも、自分では触れない。
リボンを緩くしたのは、――――レミリアだ。


『――――で……が、そうすればあの宇宙人は』


あの偉そうなレミリアちゃんが、薄く笑う。


『だから、頼んだ』

あー、そこでなんていったの私?

「そーなのかー、…じゃなくてー」

「?」

…なんだっけ?

「んー、よくわからないけど。貴女、中身がこぼれてるわよ」

くすくすと、笑う顔は光を背にしていて、よく見えない。
それが、のっぺりとした黒い仮面を付けてるみたいで余計に怖い。

仮面は言う。



「ああ、私が代わりに良いものをあげるわ」



一瞬で眼前に現れた。
鈍色に光る物が差し出される。
先が薄く、細い。
ソレは、ずぶり。ルーミアのお腹に潜っていく。

思ったより、痛くない?
血の匂いがした割には、凶暴さが感じられない。
むしろ、

「どう?気分は良い?―――じゃあ、もっと良いことしてあげるわ」


次の瞬間、

―――インフレーション・スクウェア」


銀色のナイフが一気に増殖。

「 」

――――――――。

ルーミアのお腹は、”キレイ”に裂けた。


















永琳は知った。


たまたま、竹林の中で一本だけ。
光る竹を見つけた。
軽く、手を平らにして竹をストン、と割った。
すると中から眩しいぐらいに光る球が浮かび上がった。
興味心で手を伸ばす。
熱はなく、ただ光を放つ現象に指が触れたのなら、



―――さっさと死ねば?』
地面に這い蹲った私。
夏なのに、氷のように冷たい視線と、心臓が止まるような言葉。
「止めて」
そう思うと、世界は止まる。
止まった世界で、私はその場を後にする。
だって、怖いから。
人間なんて、皆消えれば良いのに。




ふと、我に帰る。
永琳は今の感覚が不思議と理解できた。

「これは咲夜の記憶―――?」

だと、すれば。
嗚呼。
なんて事をしてしまったのだろう。
その右手には一枚のスペルカードが握られていることに気付かない。
気付いたのは、ひとしきり後悔をしてからだった。

そして、今。

そのスペルカードを永琳は使う。


―――インフレーション・スクウェア」


銀色のナイフが一気に増殖

「?」

増殖、しない。

だが、
ルーミアのお腹は、”キレイ”に裂けた。

真っ直ぐに、高周波で斬った傷から、這い出てきた両手によって。

噴水のように、黒い血が飛沫をあげた。
ルーミアは、苦しみで言葉にさえならない。仰け反り、小さな呻き声を洩らしている。

当たり前だ。
両腕に肩まで、外に出てきた。
次いで、頭が、紫色の萎びた紫陽花のような髪が見えて。

人間丸々一人が、ルーミアの小さな体に入るわけがない。

出てきた彼女は小さく言う。

「日符 ロイヤルフレア」

伸ばされた両手の間に空間も捻じ曲げる熱量の太陽が―――。


認識するよりも、早く速く。
永琳は逃げようと、だけど足がとられて上手く動きがとれなかった。
左足に、今は硬く撒きついた漆黒の血。
ルーミアの所為だった。

太陽が指向性をもって破裂する。

視界が潰され、皮膚が焦げ付く匂いで鼻が痛い。

閉じた瞼の上からでさえ、光は眩い。
「これ間に合」

声さえ蒸発
久しぶりの死を覚悟する。
予想通り、一秒後に永琳は六千度を越える熱量に姿形も残さぬまま死んでいった。





永琳は死んでも世界が見える。

すぐに復活はできないけど。
果たして、鬼はどうでるのだろうか?

「お手並み拝見」


―――光が途絶える。
溢れるように辺りを包んでいた光が霧散していく。

「っく」
同時に
パチェリーが吹き飛ぶ。
その前方、真っ直ぐ伸ばした拳。
今までその姿を消していた萃香が殴り飛ばしていた。

「ごほっごほっ」

吹き飛び、ルーミアの横を通り過ぎる瞬間に、
伸ばした手で何かを掴む。
血でむせるパチュリーはゆっくり静かに落ちていく。

「あとは、任せてー!」

ルーミアが叫ぶ。
ばさり。
束ねていたように長髪が垂れる。短髪だったはず。
絹のように滑らかな金髪の途中、赤い一切れのリボンが絡まっていた。

完全に取れたわけじゃない。

「それでも、充ぶ―――。」

ルーミアの言葉が途切れる。
空が青い。
雲が全て消えて、太陽だけが浮かんでいる。

闇が、消える。

萃香はおもむろに右手を上げた。
その先に丸く黒い、塊があった。

「無駄無駄。折角さ、閉じ込めた能力開放してまで、大事なこと?」

大事かと尋ねられると首は縦を振るう。

「レミリアちゃんが困ってた、それってさー。ものすごく大事なことだと思うよー」

「あっそう」

つまらなそうに呟く。
思いに愚直、それは美徳だけど、つまらない死に方だ。
あまり見過ごせないけど。
この戦いの後に生きていたら治療をしたいと永琳は思う。

萃香は黒い塊をルーミアに軽く放り投げる。
それは、手を伸ばせば簡単に取れる。
しかし、そこは萃香の間合いで、負けると同意語であるに違いない。

ルーミア自身が分かっていることだろう。
それでも、永琳はこの先の光景が眼に浮かぶ。
決意を持って眼を反らさない。
ルーミアの最後かもしれないから。


そして、

闇に細い指が触れる。

萃香は手をかざす。

ルーミアは告げる。

「行って」

萃香は叫ぶ。

「散れぇ!」

闇が指向性を持って動く。
塊に向けられた密疎の能力は、標的を失い、ルーミアに。
行け、と命じられた闇は遥か下方、パチュリーに。

萃香が悔しそうに、バカと小さく洩らす。
パチュリーを包んで闇は球になり、消える。
その姿はどこへいったのかはルーミアしか分からない。

「あーあ、そーなのかー、負けたのかー」

左半身が根こそぎ塵に変えられたルーミア。

乾いた砂のように、ルーミアは風に崩されていく。

萃香は真っ直ぐルーミアを見つめている。
拳は握られていた。


「でも、役立ったよねー?私だって、ほら。これぐらいできたよー」


最後の言葉、その余韻を消し去るように一際大きな風が吹いた。

闇の妖怪は欠片も残さず消えていった。
ホントは一話完結めざしてましたー。
これはEXルーミア的と見せかけて、健気に頑張るルーミアの話しです。
嘘です。
自分は何故か、脇役が好きで……。
そういう嗜好の元で作ってますので、あんまり表現できてないけど。
四重奏<カルテット>とか言ってる割には、パチュしか出てません。しかも速攻やられてるし。
ってわけで続きます。
一話とか、前編とか、タイトルに書いていないけど続きます。完
設楽秋
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コメント



0.360簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
続きに期待
4.20名前が無い程度の能力削除
最初から最後までパチェリーと書いているのはワザとなんでしょうか。
ついでに言いますと、台詞も誰の物か分かりづらいです。
5.無評価設楽秋削除
全然、勘違いです。
憎いとかじゃあ、ないですので。
視点移動が多いのは、すいません。
次は直し、今回は近いうちに整えてきます
6.無評価名前が無い程度の能力削除
博麗
7.無評価ライス削除
久しぶりにラブラブ話以外のものを読めました。

少し彼女らの会話の意味が理解できないというか、
何を言っているのか分からないところがありました。
会話の内容をもう少し分かりやすくすればいいと思います。

しかし、全体的に言えば面白かった、です。
8.60ライス削除
点数付け忘れました。
9.80道端から覗く程度の能力削除
これは続きが気になる!!
10.50名前が無い程度の能力削除
正直、文章力はまだまだと思いましたが、展開は熱めで
続きに期待します。がんばってください。