夜の人気のあまり無い町をコンビニのビニール袋片手にとことこと歩く少女が一人。
いや、年齢的には少女よりは上になるが、かと言って大人かと言えば少々届かないような微妙な年頃なのだが。
黒の膝丈までのスカートに半そでのカッターシャツ、黒のリボン付き帽子という出で立ちの彼女の名は宇佐見蓮子。
大学生という気ままな身の彼女は思うがままに生活を送っている。
温い夜風に眉を顰めて歩く蓮子は、ふと空を見上げる。
視線の先はまだまだ満月には程遠い半月と、それを擁する漆黒の空。星はまるで見えない。
「……現在時刻、午後11時48分38秒」
小さく可愛らしい口からぽつりと漏れた言葉は、現在時刻。
彼女はよく無意識の内に時間を知り、つい独り言のようにその時刻を口にしてしまうという癖を持っていた。
これこそ、彼女の能力――現在時刻を何処であろうと正確に知る能力である。
蓮子の親友であり、不良サークル『秘封倶楽部』の片割れであるマエリベリー・ハーン――メリーはその癖を最初の頃は気味が悪いと思っていた。だがメリー自身も特異な能力を有しており、いつしかそうは感じなくなっていた。
――蓮子が何故こんな夜更けに外を歩いているのかと言うと、別段散歩という訳では無い。
彼女の部屋には文明の利器のひとつ、エアコンというものが無い。代わりにあるのは扇風機という時代遅れの機械だった。
故にこんな蒸し暑く空気さえ生暖かい夜はとてもではないが眠れないのである。
扇風機など回した日には、生暖かく湿気混じりの不快な空気が混ぜられるだけである。
そして蓮子の親友であるメリーのマンションは冷暖房完備。
つまり、親友の家に押し掛けて涼を取るついでに気持ち良く寝させて頂こうという魂胆である。
一歩歩けば快適な空間が近づく。
きっとメリーも迷惑そうな顔をしながらも冷えた麦茶のひとつも出してくれる事だろう――
そう思えばこの纏わり付く不快な空気もちょっとは気にならなくなる気がした蓮子だった。
そうして日付が変わる少し手前の時間になった頃。
ピンポーン――
「メリーまだ起きてるー?」
蓮子は漸くお目当ての場所へと辿り着いた。
インターホンを鳴らしつつドア越しに部屋の中へと話しかけて数秒
「蓮子?」
「そう、私ー。愛しの蓮子ちゃんよー」
「別に愛しくは無いけど」
「えー」
「えーはいいから。どうしたのよ? こんな時間に」
「外暑いー」
「暑いわね」
「部屋暑いー」
「いい加減エアコン設置すればいいのに」
「そんなお金無いー」
「で、その金欠の蓮子はどうしたいの?」
「中入れてー。涼ませてー。ついでに安眠させてー」
「ついでどころか最終目的でしょ、それ。お土産は?」
「献上品あるから早く入れてーメリー」
「よろしい」
僅か満足げな声とともに、二人を隔てていた扉が静かに開かれた。
途端、漂ってくる涼気に蓮子は思わず幸せそうに目を細めた。
「おー快適ー」
言いつつ、蓮子は靴をぽいぽいと脱ぎ捨てて部屋の中へと上がりこむ。
蓮子のこの厚かましい所業に慣れてしまったらしいメリーは迷惑そうに眉根を寄せながら、脱ぎ散らかされた蓮子の靴をきちんと揃える。
その間にも、蓮子は快適な涼気の発生源を目指していた。
「うあー気持ち良い~」
家主のベッドに厚かましくも全身を預けている友人に、私は思わず溜息を吐く。
蓮子はお金が無いなどと言っているが、実際の所はそうでも無いんじゃないかな、と私は思っている。
秘封倶楽部の活動は主に移動費が多くかかる。
こんな二人だけの不良サークルにまともな活動費など入る訳も無く、殆どは自費で賄っているのだ。
蓮子はその活動に必要な費用はまったくケチらず、ぽんぽんとお金を出すのだ。
それはもう気持ち良いぐらいに移動費や道中の諸経費に消えていく。
一回分だけでも我慢すればエアコンぐらい設置出来るのになぁとは思うが、私は敢えて提案しない。
蓮子の事だ。どうせ
「何言ってるのよ、メリー。秘封倶楽部の活動はそう頻繁に行えるものじゃないんだから、一度でもサボったら幽霊サークルと思われかねないわ」
こんな感じであっさりと却下するのだろう。
それに私自身の問題もある。
これがまた厄介なもので……
私、マエリベリー・ハーンはどうも宇佐見蓮子に惚れているようなのだ。
だからこんな非常識な時間に訪ねてきてもちゃんと中に入れるし、ベッドを好きに使わせているのだ。
これが単なる大学でしか会わないような友人だったら丁重にお帰り願っているところである。
と言うか、普通の友人ならこんな時間に押し掛けないか。
ともあれそんな訳で、私としては蓮子の来訪は正直嬉しかったりする。
でもそんな態度は当たり前だが、出せない。
同性愛なんてそうそう上手くいくものじゃないし、現時点では一緒に居られればまぁいいかなぁ、という段階なのだ。
蓮子がベッドをごろごろ転がって快適さを満喫しているのを横目に、私は蓮子曰くの献上品の入ったビニール袋片手に冷蔵庫へ。
二段目の冷凍庫の扉を開けてビニール袋の中身を見ると、ハーゲンダッツがふたつ。
流石は蓮子、分かっている。
少々溶けかけていそうなアイスを手早く冷凍庫に収めて扉を閉め、ついでに麦茶の準備。
多分、蓮子はこれも期待している筈だから。
分かってしまう自分が嬉しいやら恥ずかしいやら。
私が部屋に戻ると、いつの間にか蓮子はクッションを座布団にガラス製のテーブルに突っ伏していた。
「お帰りメリー。んで麦茶ありがとー」
見てないのに言ってる。
期待しているのを分かってて出す事自体、蓮子は読んでいたらしい。
私を理解してくれているらしい友人が内心で嬉しかった。
「ほらほら、少しテーブル空けてよ。お盆置けないでしょ」
「あーい」
エアコンの涼気とガラスの冷たさにすっかり骨抜きにされているらしい蓮子の声は、酷くだらけている。
蓮子の声は大学生にしては少々幼く、トーンが高い。
故にこういう声を聴くとどうにも微笑ましく感じてしまう。
まるで子供のようで、可愛らしいのだ。
そんな風に内心で和みつつ、私はお盆を真ん中に置いて蓮子の対面に座り、蓮子と自分の前にそれぞれ麦茶の入ったコップを静かに置いた。
現在私の目の前には、親友メリーの好意により出された、冷たい麦茶の入ったコップが鎮座している。
私の持ってきた高級カップアイスはきっと溶けかけた表面を再び固めている真っ最中なのだろう。
しかし、流石は文明の利器。
快適すぎて思わずだれてしまうというものだ。
「んくっ、んくっ、んくっ…………ぷはぁーっ!」
出された麦茶を一気に半分まで飲んで一息。
脳天を直撃するキーンという冷たい感覚もむしろ心地良い。
喉も潤って心身ともに落ち着き、手持ち無沙汰になって何となく前を見てみる。
目の前には当然、見慣れたメリーの顔。
軽くウェーブのかかった金髪はメリーが動く度にさらさらと流れて、見てて羨ましくなってしまう。
日本人離れした――まぁ当然なんだけど、とにかく日本人とは違う領域で綺麗に整った顔立ちは美人そのもの。
私は少し童顔だから、対比したら二、三歳ぐらい違って見えそうだ。
胸は胸で明らかに私より大きい。
これでも私は普通サイズ。
くそ、外人はやっぱでかいと相場が決まっているのか。
で、まぁそんな嬉しいやら妬ましいやらの感情を沸き起こさせるメリーが我が親友という事実は、周囲に対してはちょっとした自慢だったりする。
大学の成績も良く、容姿端麗。性格は……ちょっと冷めた部分はあるけど概ね友好的。
そんなだからか、それとも一緒にいる内にか定かでは無いけど
私はいつの間にかメリーの事が大好きになっていた。
でもまぁ、女の子同士なんてのはそうそう受け入れられるものでもない。
女子高じゃあるまいし、ね。
ま、そんな訳で私・宇佐見蓮子は何かと理由をつけてはメリーにくっついているのだ。
クーラー買わないのもメリーに会う機会が減るから。
「……なんで怖い顔してるのよ、蓮子」
おぉっと、嫉妬心が出ちゃってたか。
「え? あぁいや個人的に思うところありましてですね?」
「思うところって?」
そこは正直説明したら負けかなって思ってるの、メリー。
悪いんだけど、話題を転換させてもらうね。
「ところでさ、メリー。アイスが一番美味しい時ってどんな時だと思う?」
「それは、まぁ、暑い最中じゃないかしら?」
「うん。正確には、身体が熱くて周囲が冷たい時、だと私は思うのよ」
「何だかなぞなぞみたいなのね。で、それはどんな時だと蓮子は考えているのかしら?」
「やぁねぇメリーったら。こんな快適な空間に居て気付かないのかしら? それは勿論、お風呂上り、それもバスタオル一枚でクーラーの効いた部屋の中に居る状態が一番に決まってるじゃない」
「お腹冷やしそうで怖いわねぇ」
「ま、そんな訳で」
話題転換ついでに追求から逃げようかな、と私は思っているという訳だ。
「お風呂借りるね、メリー」
「そこで沸いてるかどうかの確認を求めない蓮子が素敵だわ」
「だってメリー、いつもお風呂入るの遅いって言ってるじゃない」
「流石は親友。どうでもいい話でも覚えてるのね」
「そりゃもう。メリーとの愛の記録だからね」
個人的にはそう思っていたい。
メリーを意識するようになってからはメリーの一挙一動が気になって仕方が無くなってしまって、口の動きもその時言ったセリフも自然と覚えてしまうのだ。
我ながら乙女チックだなぁと思う。うん、女の子らしい。
「はいはい。タオルとかは脱衣所にあるから勝手に使いなさい」
「うん、ありがとー」
そうして私は意気揚々と家主の一番風呂を奪いに行くのだった。
勝手知ったる親友の家とは言え、長風呂する訳にはいかない。
汗流して身体洗って髪洗って湯船で一息。
「はぁ~……極楽極楽~……」
しかし、こうやってゆっくりしていると……
「いつまでこんな生殺しみたいな関係が続くんだろう」
私とメリーはたった二人の秘封倶楽部部員で、親友。
それは間違いなく、そしてそれ以上でもそれ以下でもないんだよね。
メリーにもっと好かれたい。
メリーには嫌われたくない。
告白したとして、どっちに転がるだろう?
女の子同士だとかメリーはちょっと冷たいとこあるよねとか、そんな事情諸々含めるとどうしても親友という関係が壊れて他人の関係に寄ってしまう気がしてならない。
個人的には自分をアクティブだと思ってるけど、いやはやこればっかりはそうもいかないみたいだ。
今の関係には不満なんて無い。
でも満足はしていない。
「はぁ……」
思わず溜息が漏れてしまう。
「っと、いけないいけない。私は蓮子。明るくアクティブな女の子。メリーはそう思ってる」
湯船のお湯を顔に数度掛けて沈みそうだった気分を洗い流し、いつもの私に戻る。
さて、そろそろ上がろう。
お湯が冷めたらメリーに申し訳ないし。
「あ」
お風呂場を出てバスタオルを取ったところで、私はふと気付いた。
「そういえば着替え持ってくるの忘れてた」
まぁいいや、メリーに借りよう。
「メリー!」
そんな訳で脱衣所から顔だけ出してメリーを呼びつける私。
すぐにぱたぱたとメリーの小走りな足音。
「どうしたのよ?」
「いやそれがね。着替え忘れたのよー」
「手ぶらで行っちゃったからもしやと思ってたけど、やっぱり……はぁ……」
思いっきり溜息吐かれると罪悪感増しちゃうからお願いやめてメリー。
「ごめんねーメリー」
「いいわよ、別に。それで、下着だけでいいの?」
「服も汗で湿ってて気持ち悪いから、出来ればそっちも貸して貰えると嬉しいかな?」
うん、ほんと申し訳ないですメリーさん。
「分かった。取ってくるからちょっと待ってなさい。――あ、ブラジャーは絶対合わないから貸せないわよ」
「いやもう私は普通サイズですから。上さえ着れれば大丈夫ー」
何気に悔しいのは多分持たざる者の僻みね。
もし恋人同士になった暁には弄り倒してやる。
可能性低すぎるけど。
そんな訳で待つ事数分。
「お待たせ蓮子。これでいい?」
そう言って差し出されたのは白の飾り気の無いショーツと白にワンポイントのTシャツと黄色のパジャマ上下。柄は猫が斜線で並んでて、当たり障りの無い選択。
「うわ地味で可愛くない選択してきたわねメリー」
「文句言う子には貸さないわよ?」
この子絶対私が困ってるの見て楽しんでるわ。
貸してくれるだけ有難いと思うしかないようだ。
「メリーの意地悪」
拗ねてみせつつ素直に受け取る私。
このぐらいは言わせて頂きたいのだよ。
メリーに借りた服を着て部屋に戻ると、エアコンの冷気が火照った身体に気持ち良かった。
「ふぅ、お待たせー」
「お帰り、蓮子。麦茶、飲むでしょ?」
そう言われてテーブルの上を見てみると、私のコップは麦茶でなみなみ満たされていた。
「うん。あ、足してくれたんだ? ありがとー」
親友の気遣いが嬉しい。
なんだかんだでやっぱりメリーは良い子だった。
「お湯まだ熱い方だから、メリーも入ってきたら?」
「えぇ。そうさせて頂くわ」
メリーが立ち上がり、入れ替わりに私が座る。
目の前で水滴を光らせているコップが爽やかだ。
「んく、んく、んく……」
早速口を付け、冷たい麦茶を喉に流し込む。
この瞬間はやっぱり堪らないものがある。
「ぷあっ――」
また半分ぐらいまで飲み干してコップを置くと、私の視線は自然とメリーの姿を探していた。
視線はすぐにメリーにぶつかった。
洋服箪笥を開けてごそごそしている。着替えを探しているのだろう。
箪笥の段を変えて開けて閉めてを繰り返す度にメリーの横に衣服が積み重なる。
黒の上下でしかもアダルティな柄って、メリー中々大胆だわ。
しかもネグリジェって何それ私を挑発するつもりかしら。
いやまぁメリーがネグリジェを好むの知ってるんだけども。
透けてないだけマシだと思っておこう。
意識すると負けだ。何に負けるのかは敢えて考えないわ。
一通り出したらしく、メリーはそれを抱えて立ち上がった。
「いってらっしゃーい」
「はいはい。行って来ます」
振り向いて苦笑するメリーが何だか可愛かった。
さて、メリーが上がるまで何してよう?
メリー、音楽聴くばっかりで漫画持ってないのよねぇ。
雑誌はあるけど、生憎と見たところ読んでいないやつは無かった。
部屋を見回してみるものの、特に目新しいものは――――おや?
ベッドの下から何か出てる……?
四角い……写真だろうか?
「何だろ……」
気になる。
とても気になる。
生憎とこの宇佐見蓮子、好奇心には勝てない性分なのだ。
早速ずりずりと移動して、手に取って見る。
「私……?」
それはやはり写真で、しかも被写体は私だった。
ただ、私には撮られた覚えがまったくない場面だった。
とすると、撮影者はメリーじゃない。
メリーだったらいつも一緒にいるからわざわざ私を撮影する意味は無い。
でも現実として、私の盗撮と思われる写真がここに在る。
一体どういう事だろう?
私をネタに脅されでもしてるのだろうか?
メリー結構お金持ってるもんなぁ……。
あーでもメリーだったらすぐに解決に動いてるか。
メリーは境界の揺らぎなんていう”怖い”ものを見てるんだ。
こことは違う、未知の世界が境界のすぐ向こう側に存在していて、ふとした拍子に迷い込んでしまうかもしれない。メリーは以前に夢と思い込んで境界の向こう側に”往って”しまった事がある。往けば戻れなくなる可能性だってある。
そういった恐怖と隣り合わせの真実を、メリーが一番良く知っている。
そんな経験をしてきたメリーだ。
大抵の事には落ち着いて対処出来る筈だ。
そうすると、ますます分からなくなってきた。
「もっと手がかり、無いかな……?」
そう思い、私はベッドの下を覗き込んでみる。
「箱……かな?」
暗くて分かり辛いけど、手の届く距離にA4サイズぐらいの箱が見えた。
手を伸ばして取り、机の下から引きずり出す。
何処かのお土産の箱らしく、蓋には何やら英語。
でもそんなのは正直どうでも良い。問題は、中身だ。
そっと開けてみたら、中身は期待通りというか、まぁ写真だった。
「これ、私……これも……これも……これも、これも……まさか、全部私……?」
少し、気味が悪くなってきた。
どれもこれも、気付かない内に撮影されている。
明らかな、盗撮写真。
「蓮、子……何してるの……?」
「ひゃっ!?」
唐突にかかった声、思わず驚いてしまった。
声は当然、メリー。しかも後ろから。
漸く感じ取った気配からすると、相当近い。
多分、真後ろだ。
「えっと、メリー……」
振り向かない。
振り向けない。
「見ちゃったの……?」
声が、何だか怖い。
怒っている――――!
「えっと、その……別に部屋の中を物色してたとかじゃないんだよ? ベッドの下から写真が見えて、それで気になって……」
「蓮子……」
気配が濃くなった気がした。
一体何をされるのか、正直怖い。
怖いから振り向けない。
メリーからのリアクションを待つしか、私には出来そうも無い。
「ごめんなさいっ!:
「――――え?」
予想外の謝罪の言葉に、恐怖がすっ飛んだ。
思わず振り向くと、そこには顔を両手で覆って泣いているらしいメリーの姿。
「ど、どうしたのよメリー!?」
「ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの……」
いや、謝られても私には正直訳が分からないわよメリー。
むしろこっちが謝らないといけないんだけど。
「落ち着いて、メリー。ちゃんと話してくれないと分からないから」
「ごめん、なさい……ふぇ……うええぇええぇええぇ…………」
嗚咽を零しながら泣き崩れる姿はやっぱり可哀想で。
心が痛む。
だから泣き止む手助けになればいいなと思い、私はそっとメリーを抱き締めた。
子供をあやすように、優しく背中を撫でる。
胸に沁み込む涙が熱かった。
そうしてメリーを慰めて暫く。
「ひっく……ふぇっ、ぅ……」
漸く、嗚咽が小さくなって泣き止み始めた。
もう少ししたら口も利けるようになるかな。
こんな形で抱き締めるのは正直不本意だなぁ、と何となく思う。
暫く経つと、不意に胸に抵抗感。
離れたがっているらしく、私はすぐに戒めを解いた。
「もう大丈夫?」
「うん……ごめんね、蓮子……」
「それ、どっちに対して? いきなり泣いた事? それとも、この写真?」
「両方、かな……」
「……訳、聞かせてくれるよね?」
小さく頷くと、メリーはまだ少し震える唇をゆっくりと開き、ぽつぽつと理由を話し始めた。
「その写真ね。撮影サークルの友達に頼んで撮って貰ってたの」
「頼んでって、なんでまた……」
ずっと一緒にいるんだから、わざわざ写真撮る必要なんてない筈。
「だって、それは、その……」
途端、メリーが指先をもじもじと遊ばせ始めた。
顔が赤いのは、さっきまで泣いていたからだと思う。
思うんだけど、耳まで赤いって、明らかに照れてるわよ、メリー。
いやそこで黙られると生殺しよメリー。
先が気になって仕方ないわ。
そんな状態でたっぷり数分。
そろそろ言って頂戴メリー。
「えーっと、先が凄く気になるんだけど……?」
「えぇと、ね……言っても怒ったりとかしない?」
そんなしおらしく言われたら怒るに怒れないわ、
怒る気も無いけど。
「大丈夫よ。怒ったりしないから安心して言って」
「う、うん……」
弱々しくも精一杯に真面目な顔をするメリーに、私も思わず真剣な面持ちになってしまう。
「私が蓮子の事が好きだから……私の知らない蓮子も知りたくなって、それで……魔が差しちゃって………………ごめんなさい…………」
………………え?
マジですかメリーさん。
予想外すぎるよメリー!
うん、そういう理由なら仕方ないよね仕方ないから謝られると困るというかね?
えぇい私混乱しすぎ。
オーケー落ち着こう。
「マジでっ!?」
「ひっ!?」
落ち着こうとか思いつつ思いっきり身を乗り出してしまう私。
驚くメリーが妙に可愛かった。
「ほんとにっ? ほんとに私の事好きなのっ!?」
「ほ、ほんとだって……その写真が証拠だし……」
何だろう。私、凄く損してきた気がする。
じゃあもう、遠慮しなくていいよねメリー?
「きゃっ!?」
思いっきり抱き締めて、耳元で
「私も、好きだよメリー。愛してる。女の子同士は嫌がるかなって思ってずっと言えなかったけど……メリーもそう思ってくれてるなんて思わなかった。――ありがと、メリー」
告白返し。
急に心臓が高鳴り始めて、それで漸く自分が少し震えている事に気付いた。
やっぱり緊張しているのかな、私。
「蓮子…………え、好きって、え?」
今更慌てだすメリーが可愛い。
「うん。好きだよ。メリーと一緒なんだよ?」
だから、わざと恥ずかしい言葉を選んで言ってしまう。
私自身も恥ずかしいけど、気にしたら負けだ。
「ふぇ、え、うえぇ……蓮子、蓮子ぉ……」
そしてまた泣き始めた。
今度は嬉しいからだろうなぁ。
というか、さっきからメリーが可愛すぎて個人的にはお腹いっぱいだったりする。
「んもう、さっきからよく泣くなぁメリーったら。嬉しいんだったら笑お。ね?」
とは言うものの、一度泣き始めたらそうそう抑えられる筈も無くて、さっきから私の肩はメリーの涙でだだ濡れだ。
涙を拭いてあげたいところだけど、生憎と手元にハンカチとかの類は無い。
メリーを離したくは無いし、メリーも離れたくないんじゃないかな。
かなり恥ずかしいけど、アレやるしかないか……。
私は肩からメリーの顔を外してほんの少しだけ離れて、メリーの顔を見る。
涙でくしゃくしゃだ。
美人が台無しよ、メリー。
「ぺろ」
「ひゃっ!?」
思い切って、舐めて涙を拭いてあげる事にした。
うわ、実際にやるとめちゃくちゃ恥ずかしいわよこれ。
まぁ始めてしまった事だし、ちゃんと最後まで綺麗にしてあげよう。
涙の痕に沿って舌を這わせ、涙を掬い取っていく。
口中に流れ込んでくる涙はやはりしょっぱい。
でもメリーの流したものだと思うだけで不味いなんて少しも感じなかった。
「や、ちょっと蓮子、くすぐったいってばっ」
「ぺろ、ぺろ……んく……ダメよ。ちゃんと涙拭かないと綺麗な顔が台無しだもん」
「綺麗って、そんな……うぅ……」
そんな恥ずかしがられたらますます恥ずかしがらせたくなっちゃうわ、メリー。
そうして猫みたいにメリーの顔を舐め続け、舌が疲れてきた頃。
「ふぅ……全部拭いてあげたよ」
「ありがと……って、凄く恥ずかしかったんだけど」
「安心して。私も恥ずかしかったから」
「じゃあ止めなさいよ……」
「仕方ないじゃない。メリーが可愛い顔するから止められなかったのよ――――!?」
突然、言葉を遮られた。
何事か認識するより早く。すぐに唇は解放された。
唇に残る柔らかく湿った感触で、すぐに理解した。
私、メリーに唇奪われた。
「ど、どうっ? 恥ずかしいでしょ?」
「あーえっと…………うん、まぁ恥ずかしいけど……っていうか、した方のメリーがかなり顔赤いわよ?」
「そ、そんな事無いわよ?」
疑問文の時点で自覚してるのバレバレよ、メリー。
「まぁいいんだけども。それでさ。これから私達は秘封倶楽部であり恋人同士っていう関係でいいのよね?」
「いや確認求められても……言わなくても分かってるじゃない」
「そこで確たる答えを欲しがるのが乙女心というものよ? メリー」
「乙女心じゃなくて、蓮子が欲しいだけでしょ?」
うん、さすが我が恋人は分かってらっしゃる。
「……蓮子がいいなら私はいいわよ」
メリーの意志が見えない返答だけど、多分メリー的には精一杯なのかな。
さっきから見てて思うけど、メリーは凄く恥ずかしがり屋だ。
今はこれで満足しておこう。――――いずれはメリーの口からこの関係で居たいって言わせるけども。
「そ。じゃあ、これからもよろしくね。親友から恋人にランクアップしたメリー?」
「こちらこそよろしくお願いするわ、蓮子」
もう少し修飾して呼んで欲しかったのが残念だけど、それよりメリーと確たる新しい関係を持てた充足感で満足しておこう。
「えっと……」
「んっと……」
そして言葉が続かなくなる私達。
恋人同士ってどんな会話を自然にするのかさっぱり分からないわ。
メリーも同じ心境らしく、私の顔と自分の手元を忙しなく見ている。
沈黙が永遠に続きそうな気がするわ。
沈黙ってキツいわ。
騒がしいのが特異な方じゃない私でもこの沈黙はしんどいわよ、蓮子。
お願い何か言って。
「……」
「……」
あぁもう、また泣こうかしら。
今なら思い出すだけで嬉し泣き出来そうだし。
でもここで泣くのは不自然極まりないわ。
だからお願い蓮子。
私の期待を汲み取って。
そんな風に願い始めて、私の感覚で数分ぐらい経って
「…………あ、そ、そうだっ。ね、ねぇメリーっ」
漸く私の願いは届いたらしい。
ありがとう我が恋人。
「ほ、ほら、アイス! ハーゲンダッツ!」
「そそういえばそろそろ冷えた頃ねっ。ちょ、ちょっと取ってくるわっ!」
「いぃい行ってらっしゃい!」
慌てて立ち上がり、そんなに広くない部屋を冷蔵庫までダッシュする私。
あぁ顔が熱いわ。
「お、お待たせ……」
時間を少しでも置くと余計に恥ずかしくなるなんて事、初めて知ったわ蓮子。
もう蓮子の顔見れそうにないわ。
見ないようにしつつ自分と蓮子の前にスプーン付きでハーゲンダッツを置いて座ってみるものの、蓮子もどうにもリアクション無し。
仕方なしに食べ始める私。
「はむ……」
一口。
口中に広がる甘さと、冷たさがすっと喉に落ちる感覚が心地良い。
美味しいわぁやっぱり。
不思議と、心が落ち着く気がした。
まるで顔の熱をアイスが優しく溶かしてくれているみたい。
「ね、ねぇ蓮子」
「な、何?」
「アイス、美味しいわ、ね……」
出た声は少し震えていたけど、それでも言葉は出てくれた。
少しずつ、慣れていこう。
そうしてまた一口。
もう一口。
無言で食べ続ける私達。
恋人同士なんだからもう少し和やかに会話した方がいいのかもしれないけど、私も蓮子もこうするのが限界。
でも、こうしているだけで幸せだと思うのは確か。
好きな人と一緒に居るだけで幸せだっていう話は星の数程あるけど、まさにその通りだわ。
それだけで幸せなのに、こうして安らげる空間は外の暑さとは無縁かのような快適さ。そこに冷たくて美味しい高級アイスを食べているなんてー―――
私は最高の贅沢なんじゃないかな、って思うの。
-FIN-
はっはっはっ。違うこと想像したw
著者様の仰るとおり正に”甘くて恥ずかしい百合話”ですね。
びみょんにアッサリ気味だったのが少し残念。けど良かったです。
いい空気をもったお話だこと
私は好きです。
何方か詳しい設定教えてください。
>凄く遜してきた気がする。
損では?
どんな高級なアイスもこのシチュには敵わないー
これは正直もっと暑い時期に読むべきだった・・・。
うむ、激甘。
初々しい二人の関係に乾杯。
蓮子もメリーもかあいいよ!
ぜひとも甘々な今後を期待しています。
く、口から砂糖が……誰か塩辛持ってこい
こういう二人もありすぎる・・・
誰か白米と塩辛もってこい!!
虫歯になる。
蓮メリはこのくらいの甘さがちょうど良い。