人と妖怪の共生を掲げる人妖連合と、幻想郷を人の世界にしようとした結社の戦いは、リトルら弾幕使いの介入もあって連合の勝利で幕を閉じた。
結社武装蜂起から数ヶ月後、幻想郷は冬になり、貧困な地域の多い旧結社側の村にとっては辛い季節であったが、連合側との交易のおかげで凍死する者は最小限に抑えられた。同時にパチュリー達の送金と咲夜のレミリアへの指導により、紅魔館の財政も回復した。パチュリーの体調も改善された。
もはや本来の目的を達成したと判断した2人は今、我が家に戻る支度を始めている。
「お世話になりました、霖之助さん、快適に過ごせました。」 リトルが深々とお辞儀。
「狭くてカビくさくはあったけどね、ご主人」 そっけないパチュリー。
「部屋代に見合う待遇をしたまでさ」 霖之助がおどけてやり返した。
「リトル、そろそろ行きましょう」
「美少女が2人ともいなくなるのは寂しいな」
「それでは霖之助さん、ときどき遊びにきますよ」 とリトルが軽くウインクした。
「ははは、小悪魔というだけのことはあるな。じゃあ、元気でね」
二人が目指したのは紅魔館ではなく、冥界の姫、西行寺幽々子が住む白玉楼。
一緒にお茶でもどうかという誘いだった。
リトルの人里での活躍がお使いにきていた妖夢の耳に入り、主の幽々子が興味を持ったのだという。
2人はブンヴンズネストからの脱退を伝えた後、伝書鴉が最後に運んできたのは、ねぎらいの言葉の入った文からの手紙と、幽々子からの招待状だった。
「ああ、入り口が見えてきましたよ」
遥かなる青空と白い雲、顕界なのか冥界なのか曖昧な空間に巨大な扉が浮かぶ。それは誰の侵入も拒まず開け放たれていた。
扉をくぐると、景色ががらりと変わり、たくさんの木々に囲まれた石段が見えた。冥界は春だった、暖かな風が吹き、木々は花で彩られ、そこかしこで幽霊たちが宴会をしたり、弾幕ごっこをして楽しんでいる。まるであの世というより、縁日に来たような賑やかさだ。笑い声があちこちで聞こえる。みんな幸せそう。
「うわあ、こんなに賑やかなら死んでもいいかも」
「馬鹿ね、そういう台詞はまずこの世を楽しみきってから言うものよ」
「そうですね、軽率でした」
白玉楼の門を叩くと、妖夢の代わりに西行寺幽々子本人が二人を出迎えた。二人は驚いたが、妖夢は出かけているという。茶室に2人を案内すると、優雅な手つきでお茶を出す。
「貴女が、巷で大活躍中の弾幕少女さんね、お名前は?」
「はい、真の名は明かせませんけれど、リトルと呼んで下さい」
「そう、リトル、あなた優秀だから、ぱぁーっと死んでここで働いて見ない?」
「なっ、なにをおっしゃるんですか」
「冗談半分、いや厳密には冗談4割」
「後の6割は本気ですか、パチュリー様ぁ」
リトルがパチュリーに抱きつき、パチュリーは何も言わず彼女の頭をなでなでする。本当にこの子が幻想郷のバランスを乱しかねない存在なのかと幽々子は疑ったが、害ではなかったとしても、可愛いから幽霊化させて側に置いておこう、と気まぐれに思った。
「紫の言っていたことは杞憂かしら」
「はい?」
「ううん、こっちの話。リトルさん、今日、とっても美味しい水あめを取り寄せたのよ」
幽々子が合図すると、二つの霊魂が壷を抱えてふよふよと飛んでくる。
「ありがとう、もう行っていいわ」
霊魂から受け取った壷のふたを開け、二人に見せた。
「何も入っていないようだけど」
「ええ、これからつくるのよ、原料は……」
「原料は?」
幽々子は一呼吸置き、答えた。妖しい笑みを浮かべて。
「可愛らしい小悪魔と、魔法使いさんの魂」
「!?」
突如、見えない力で壷に吸い寄せられる2人。壷に飲み込まれていくリトルの手をパチュリーが掴む。
「だめです! パチュリー様の腕力じゃ」
「ばかな事を言わないで!」
「このままじゃ、パチュリー様まで」
「雇用主にも責任があるのよ」
2人にとどめを刺したのは、死に誘う能力でもなく、スペルカードが織り成す弾幕でもなかった。
「ほい、完全なるギャストリ墨染死蝶の生者必滅膝カックン」
「むきゅっ」
むきゅ~
むきゅ~
むきゅ~(エコー)
どべっ
ぼてっ
「うう、大丈夫ですか~、パチュリー様ぁ」
「う、美しくない着地音ね」
壷の中は広大な空間だった、真っ白な淡い光りに満たされている。怪我はほとんどなかったが、なんだか魂が吸い取られていくような感覚を2人は覚えた。
「壷の蓋はロックしたわ、だまして悪いけど、貴女たちを殺せというのが友達から受けた依頼なのよ、じゃ、私は美味しい霊魂ができるまで待たせてもらう」
「美味しい霊魂ですって?」 パチュリーが言った。眉をひそめている姿が想像できる。
「そこに三日ほどいると、魂だけの存在になれるのよ」
「つまり死ぬって事じゃないですか」 反泣きのリトル。
「私が直接殺しても良いんだけど、ここで死んだ者は、とろけるような甘い霊魂アイスになってくれるの。
誕生日プレゼントでもらったの」
幽々子の声が響いた。ここにずっと閉じ込められていくと、やがて甘い霊魂になって御賞味されてしまうらしい。
こんな所で死ぬわけにはいかない 2人はあきらめず、脱出の方法を探し続ける。
* * *
「幽々子様、もし彼女らが白玉楼に害をなす存在なら、この妖夢、命に変えてもここと幽々子さまをお守り します。しかしながら、こんなだまし討ちのようなやり方は正直……」
「帰ってきていたの妖夢、貴女は優しい子、暗殺なんて嫌でしょう、だから私が代わりにしてあげたの」
「はあ」
「ところで、楼観剣はどうしたの。いつもは持って歩いてるじゃない」
「はい、枝葉を切っているうちに切れ味が落ちてきましたので、冥界鍛冶屋に預けています」
「私が暗殺命令を出すと思って、剣がないので出来ませんと言おうとしたんでしょう」
「いえ、そのようなことはありません」
「暗殺なんて可愛い妖夢にさせるわけないでしょう。それにあの2人だって大丈夫、ちょっと味わったら白 玉楼の仲間に迎えてあげるつもり、どうせ生きていたって、辛い現実を見せ付けられるだけなのだから」
幽々子は寂しさを帯びた目で庭の池を見つめた、池には顕界の様子が映っている。
妖怪たちが人間を襲い、集落が炎に包まれていた。
* * *
時間の感覚が曖昧だった。もう何時間経ったのか分からない。
「パチュリー様、一体どうしたら出られるんでしょうか」
「分からない。この空間、どこまで続いているのかしら」
パチュリーが軽く咳をして、すたすたと歩きだした。リトルがついていこうとするが、パチュリーは彼女に元の位置で待っているように命じる。主の姿が真っ白な空間に吸い込まれていくようで不安を感じた。ここにいると生気を吸いとられ、霊魂だけになってしまうというが、単純に閉じ込めるだけでも同じ効果だろう。
「あっ戻ってくる、良かった」
しばらくしてパチュリーは戻ってきた。どうやらここから半径50メートルほどで、目に見えない壁に囲まれているらしい。上に向かって飛び上がろうとしたが、やはりゼリーのような見えない壁にやんわりと押し戻されるだけだった。
「本当に出口は……ごほっ」
「パチュリー様!」
「大丈夫、貴女は脱出手段を……」
ここで生気を吸い取られ、治ったはずの病気がぶり返したのだろうか。パチュリーの肉体はおもに普通の物理法則よりも魔力によって維持されている。以前、その魔力が維持できなくなる病気になり、リトルが今までしてきたような仕事を始めるきっかけにもなった。ここにい続けるのはまずい。
(どうしよう、パチュリー様の限界が近そう)
焦燥気味に周囲を見回す。誰かが助けにきてくれる望みはなさそうだ。だがどうやってここから抜け出せるのか。自分の体力も少しづつこそぎ取られている感覚がある。半ばやけになってムーンライトソードの光波を壁に当ててみるが、何の効果もない。
諦めかけたとき、真っ白い空間のある一点が目にとまった。
「なんだろう」
パチュリーをその場に横たえて、そこに近づいてみた。空間に一振りの日本刀が刺さっていた。
「これは、たしか妖夢さんが持っているという、白楼剣?」
白楼剣を抜き取り、もしかしたらと思って壁を切りつける。やはり真っ白な空間に穴が開いた。中は対照的に暗い。急いで引き返し、パチュリーをお姫様抱っこして、再び空間の裂け目に向かい合う。
「パチュリー様、どう思われますか? ここに飛び込めば出られるんでしょうか」
「この壁は霊魂と同じ素材で出来ているみたい、だから幽霊を斬れるその剣が効いたのね。出られるか分からないけれど、少なくともここで途方に暮れているよりマシよ」
早口に言うパチュリーの息は苦しそうだった。早くここから出て手当てをしなければ。
「分かりました、ずっとこのままではどの道助かりません、賭けてみましょう」
「貴女を信じるわ」
「しっかり掴まっててください」
思い切って空間の裂け目に飛び込んだ。足元はしっかりしていた。幾筋かの光がどこからか射している。
振り返ると、穴の開いた壷が転がっていた。目が慣れてくると、酒樽が幾つも並んでいるのが見えた。
「酒蔵の中?」
パチュリーを床に座らせて戸を開けると、そこは夜中の冥界だった。霊魂たちの宴は夜になっても続いていた。すぐそこに顕界と冥界を隔てる石段がある。
「妖夢さん、助かりました」
いくつかの霊魂が2人のほうを見たが、攻撃はしてこない。すぐに興味を失って宴を続ける。
パチュリーの顔色はいくらか良くなったよう。再びパチュリーをお姫様抱っこして出口へと走る。
途中、飛べばいい事を思い出し、グライダーが滑空するように石段を下りてゆく。
門が見えた、まだ開いたままである。ここまで来れば……。
「これで顕界へ抜けられる」 安堵の笑みを浮かる2人。
「まだ生きてたなんて、でも、それももうお終い」
甘い調べのような美しさと、地の底から響くような不気味さを備えた声色。
「分からないの? イレギュラーなのよ、やり過ぎちゃったのよ、お二人さん」
―敵、ランカー弾幕使いを確認しました。西行寺幽々子です―
魔道書が事務的に、冷ややかに脅威の名を告げた。
それが開始の合図であるかのように、小悪魔とパチュリーを桜吹雪が包む。
桜の花弁に混じって、触れた者を死に誘う死蝶が舞う。両手がふさがっているため、身に付けたエクステンションに迎撃させた。髪の毛がひとりでに乱舞し、レーザーを放出し、懸命に主と自らを守る。
「リトル、私を置いて逃げなさい」 リトルの腕の中で、パチュリーが苦しげな息で呟く。
「いやです、私は貴女をお守りする義務があります」
「リトル、よく聞いて、あの時、私紅魔館で倒れたでしょ。本来、私はあそこで死ぬ運命だったの」
「止めてください、それじゃ、あのときの看病はなんだったんですか、今こうしている事も無駄だというんですか」
涙声になるリトルに、パチュリーは優くささやきかける。
「無駄ではなかった、運命がくれた猶予の時間、とても楽しかった。草花や青空がこんなに美しいなんて知らなかった。第一、あなたが成長する姿も見ることが出来た。」
リトルは必死に攻撃を相殺しながら声を荒げた。
「死ぬのはこの世を存分に楽しんでから、そうおっしゃったのは嘘ですか!」
「嘘ではないわ、もう思い残すことはないの、魔理沙に、遺した本は全てあげると言って」
パチュリーはリトルの腕からそっと離れ、ゆっくりと幽々子の前に浮かび出た。
一匹の死蝶が、彼女の胸に吸い込まれる。
「パチュリー様!」
「さよならリトル、貴女だけは生き延びて」
彼女はそう言い残し、無数の光り輝く宝珠となって消えていく。その光の粒は、抱きしめようとしたリトルの腕を無常にもすり抜けてゆく。
「ああ、一体何故、何故こんな事をするんですか、パチュリー様に何の罪があって」
パチュリーの光が完全に消えうせた。涙を流し、うわごとのように幽々子に訴える。一歩もその場から動けず、呆然と膝を落とすのみ。
「罪のない者などいない、しいて言えば、あなた達は少々、幻想郷のあり方に干渉しすぎたのよ」
まるで閻魔を思わせる口ぶりを、ただただうわの空で聞くリトル。喪失感が次に取るべき行動を忘却の彼方に追いやる、エクステンションも沈黙している。
「力を持ちすぎる者は、全てを壊す。あなたもその一人」
死蝶の群れがリトルに迫り、そのまま彼女を飲み込もうとする。だが彼女は抵抗しない。
「パチュリー様が消えた」
弾幕は手加減されたものだったが、避けようとせず、ただ幽々子の弾幕を無抵抗で受け続けた。
「いっそこのまま死んでしまえば……」
リトルの生命力が次第に削られていく。
「拍子抜けね、どうやらあなたを買いかぶっていたみたい」
幽々子が軽蔑するようなまなざしをリトルに向けながら、スペルカードを取り出し止めを刺そうとする。
「もう終わりにしましょ、お嬢さん『死蝶浮月』」
かつてない本気の弾幕がリトルを包み込む、弾幕以前に、幽々子の殺意が空気を通じてリトルを貫く。
自分なんてどうなっても良いと一瞬前まで思っていたのに、その殺意が生存本能を蘇えらせる。
(殺される!! 殺されたくない)
死の恐怖と、沸き起こる悔しさ、主を殺され、訳もわからぬまま自分も抹殺されようとしている。
「パチュリー様がいなくなった。でもあの人は最期に生き延びろといった」
手にしたムーンライトソードが、レーザーを受け止める。
「だから、私は生き抜いてやる」
リトルの目に覇気が戻った。振るったブレード光波が無数の大玉を消し去っていく。
「前言撤回。やる気が戻ったみたいね、じゃあ『死出の誘蛾灯』」
幾重にも折り重なった光弾の群れが迫ってくる。
(さすが上位ランカー、避け続けるだけじゃ、いずれやられてしまう)
先ほどの壷の中にいたせいで、魔力が減少している、長期戦は無理だ。
こうなったら賭けだ、弾幕を強引に打ち払いつつ、中心部の幽々子を攻撃する。
弾幕アリーナで、対戦相手の田吾作どんがやった手だ。
避けることはあまり考えず、魔力を剣と翼にありったけ注ぎ、限界に近い加速で亡霊嬢に迫る。
魔道書が翼の異常加熱を伝えるのを、意識から強引に引き剥がす。
翼が焼付くようだ、だがあともう少し、もう少しで幽々子に斬撃を加えることが出来る。
そう思った瞬間、突如後頭部に衝撃を感じ、意識が遠のいた。
「な、なぜ……」
「ごめんなさい」 妖夢の一撃だった。
幽々子は冷静な目で、気絶したまま突っ込んでくるリトルをかわし、振り向きもせず従者に向けてぼやく。
「妖夢、だまし討ちは嫌いなんじゃなかった?」
「でも、幽々子様をお守りするのが私の務めです」
幽々子の後ろで、盛大な音を立てて石段が吹き飛んだ。飛び散った石段の破片を、幽々子は扇子で軽く弾き落とした。
「……まあ、助かったわ、さあ、仕上げといきましょう」
幽々子が近づいてくる足音が聞こえる、きっととどめを刺すのだろう
(ああ、私は馬鹿だ、パチュリー様は、私を生かすために犠牲になったというのに)
「ここは白玉楼、霊魂になってみんなで一緒に暮らしましょ」
何かが階段を下りてくる気配。
「何かしら?」
ピンク色の服、紫色の髪、眠たそうな目、まだ生きているパチュリーだった。少し遅れて、ぼろぼろの棺が魔法の力で飛んでくる。
まだ死んでいない魔女と、すでに死んでいる亡霊嬢、石段に頭を突っ込んで尻を突き出し、少し間抜けな格好でのびているリトルをはさんで対峙する。
「それは……、ああ、気付いちゃったのね」 無感動な声。
「危険な賭けだった。やられた振りをして瞬間移動。貴女の亡骸を掘りあてた。正直ここまでうまくいくとは思わなかったわ」
「それで?」
「この中身を見せられたら、あなたは成仏して冥界からいなくなる、それが嫌なら私たちを解放しなさい」
「ふうん、考えたわね」
幽々子は相変わらず涼しい表情で話を聞いている。
「ちょっと、この世界から消滅するのよ、怖くないの?!」
「それで脅しになるとでも思った?」
「何ですって!」
「別に、もうここでの生活に飽きちゃったから、この辺が頃合かなと思っていたのよ。でもその前に、
親友の最後の頼み、果たさせてもらいます」
背後に展開したありったけのスペルカードが光り輝き、巨大な扇子を形作る。
「どうしてもやるつもり?」
「ええ、助かりたければ死ぬ気でかかってらっしゃい、どっちみち死ぬけど」
2人の緊張が臨界点に達しようとしている。
「幽曲!」
「棺よ開け!」
「だめーーーーーーーっ」
あらん限りの大声で2人を止めたのは妖夢だった。
「2人とも止めてください。幽々子様、ゆか……他人に頼まれて人を殺すなんて馬鹿げています、それに、パチュリーどの、どうかあなたも幽々子様を殺さないで」
「妖夢、私もう死んでるしー」
「ご自身の命も、他人の命も、あなたにとってはたいした意味を成さないのかも知れません。でも私は、幽々子様に消えて欲しいと思いません、誰かを殺す所も見るのもたくさんです。もう止めてくださいよ」
妖夢の目からとめどなくあふれる涙、幼少時、剣士たる者涙を見せてはならぬと祖父に教えられて以来、誰にも見せたことのない妖夢の素顔だった。
「……やれやれ、あなた達、妖夢に感謝しなさいね」
「あら、従者に感謝すべきなのは貴女よ」
そう言って両者は最後の矛を同時に収めた。張り詰めた殺気が消えると、再び賑やかな宴席の声が遠くから聞こえてくる。
「ところで、誰の依頼なの?」
「ひみつ、でも大体見当はつくんじゃないかしら、少なくとも私自身に動機はないわ」
「そう、この子もつれて帰るわね」
リトルがもぞもぞと動いて起き上がった。人間だったら幽々子の能力を使うまでもなく死んでいる。
「う、う~ん」
「リトル、話はついたわ、帰りましょう」
「えっ、パチュリー様、生きてらしたんですか? はっ、幽々子さんは?」
「彼女は諦めてくれたわ、行くわよ」
「は、はい」
状況を理解し切れていないリトルに幽々子が呼びかける。
「小悪魔さん、人外は人間を試し、あるいは襲う存在、その生き方を否定して、貴女は何になるつもりなのかしら」
リトルの表情が曇るが、すぐに笑顔になり、
「そうですね、人間と妖怪の領域を行き来する、ワタリガラスとでも呼んでください」
と答えた。
「ワタリガラス、さしずめレイヴンの一族といったところね。 あなたのような例外も世の中に必要なのかも知れない、でも気をつけて、依頼主はそういう人外が増える事を嫌っているようだから。あなたは自分で思っている以上の力を持っているのよ、それこそ幻想郷のバランスを崩しかねないほどに」
「私はそんな大物じゃありませんよ、でも私たち、幻想郷のトラブル解決の仕事は辞めた所だったんです、異変解決は巫女さんやその他の人間さんにお任せします」
「きっとそれが一番ね」
2人は顕界への門をくぐっていく、亡霊と庭師はそれ以上追撃しなかった。
東の空が明るくなっていく、幽々子が振り向くと、そこには眠たそうな笑顔の紫がいた。
「ごめんなさいね紫、失敗しちゃった」
「ううん、他人任せにした私が悪いの、やっぱりこの世界のバランスを保つため、私が人妖共通の悪役にならなければいけないみたいね」
「紫、まだ続けるつもりなの、あなたが干渉しなくても、幻想郷は自然にバランスが取れていくと思うの、それに、あなたも本当は辛いのでしょう?」
紫の顔にかすかな影が差したように見えた。
「辛くても、誰かがやらなければならない、人間と妖怪が仲良くしすぎて、お互いの緊張感が薄まっている、このままでは人間も妖怪もだらだら生きるだけの存在に成り果ててしまう。月の都みたいに外界から何らかの侵略が行われたとき、彼らはあっさり消滅するでしょう」
幽々子はその言葉が、自分に向けてではなく、紫が自分自身に言い聞かせているように聞こえた。
あくまで人妖が一つの種族となっていくのが定めなら、新たな勢力と競合させればいい、そう紫は考えているらしい。
「目的のための戦いじゃなく、戦い自体が目的なの?」
「そう、人間と妖怪が争い、時には血を流し合うことで、生き残るための必死の努力、極限状態での戦友愛、お互いの心が鍛えられ、どんな干渉にも負けない幻想郷になれる」
「でも、人間と人外がつばぜり合いしなくなっても、普通に生きて、子孫を残して、いろんな知識や教訓を次世代に伝えていくのだって立派な戦いじゃないの?」
幽々子と紫の会話に、おずおずと妖夢が割って入る。
「あの、私は争いは永久になくならないと思います。でも、集団同士の大規模な争いは、外界でも少なくなっていると聞いた事がありますし、戦う意思のない者まで容赦なく狩りだす争いは無くすべきだし、無くすことは可能だと思います」
「優しいのね妖夢、でも、理不尽な運命に翻弄され、己の無力さに嘆き、針穴のような突破口を求めて足掻くのも、人生の貴重なエッセンスなのよ」
「そんな……」
妖夢が反論できないでいるうちに、紫は朝靄のなかに消え去っていく。残された2人は曙光をただ見つめるのみだった。
* * *
「人間は本来地上でもっとも賢い動物」 紫が言った。
「でも、個々はどんなに善良で優秀でも、徒党を組むとすぐエゴに走る」 とぼいるが応える。
「愚か、というよりもまだまだ未熟な段階にある生き物」 とれみる
「僕達は、そんな人間のおごりを戒めるために生まれた存在」
「人に試練を与え、試す、それが人外の生き方、でも、この世界の人外はその機能を失いつつあるわ
あまつさえ、どちらにもなりきれないレイヴンまで現われる始末」
「そして」 れみるが呟く。
「人がその試練を乗り越え、新たな地平に到達したときこそ、わたしは人間をもっと愛したい」
「れみるは変わった悪魔だね、落ちこぼれのリトルみたいだ」
「かも知れませんね」
「ぼいる、れみる、宴を始めましょう。私達フライトナーズ(恐怖を与える者)の」
リトルとパチュリーが冥界に閉じ込められた日の晩、
八雲紫は幻想郷の妖怪たちに人間への決起を呼びかけ、
同時にぼいるとれみるの協力で、魔界虫ディソーダ―を召還、
その数およそ500体、
妖怪との対立など、とうの昔に忘れていた人々に襲い掛かる。
* * *
ディソーダ―の一団が、冬の夜道を移動する隊商を襲う。
この辺りでは夜でも人を襲う妖怪はほとんどいなかった。むしろ人間同士のトラブルで殺される者のほうが多いくらいだった。
人々は散り散りに逃げ、ディソーダ―はその一人にビームの照準を向けた。
間一髪で、護衛の弾幕使いが弾幕を浴びせ、急所を貫かれて沈黙した。
「ハルカさん、僕だって、こいつらくらいなら、魔道具『ぱるすらいふる』」
もう一人の新米弾幕使いが、他のディソーダ―にリング状の魔力弾を撃つ
2人の連携で、魔界の蟲は全滅したが、何人かの死傷者が出ていた。
「いい勇一郎、調子に乗らないで、あなた位の段階が一番危ないのよ、初心者は慎重になって危ないことはしない、上級者はあらゆる危険を跳ね除けるか、もともと危険には近づかない。そこそこに自信をつけた人が一番死にやすいのよ」
「分かりました、気をつけます」
「さあ、怪我人の手当てを手伝いなさい」
勇一郎はまだ生きている者達の救護に当たる。結社が解散した後、月ヶ瀬ハルカは妖怪退治や護衛の仕事をフリーの立場で受けるようになった。
勇一郎も一応弾幕使いを名乗ってはいたが、まだブンヴンズネストに登録して仕事を請け負う立場ではなかった。
彼は弾幕より魔法使いに向いている、そのような適正をとある魔法使いに見出され、そこで修行しながら、ときおりこうしてハルカの手伝いをしている。弾幕使いへの夢も捨てきれなかったし、ハルカへの思慕の情も動機になっていた。
「よし、この人は助かりそうだ」
勇一郎が魔力を練り、負傷者の傷口に注ぎ込む。治癒の魔法が彼の得意分野だ。
しかしようやく出血が収まりかけてくる。
「あの女性は九朗義明を愛していた、あの少年もまだまだ成長しそうだね、コンビを組まれたら厄介そうだ、後々のために消えてもらおう」
上空から2人を狙い打とうとするぼいる。彼を止めたのはれみるだった。
「お兄様、もういいでしょう。私たちの役目は、あくまで人間を畏怖させることのはず」
「れみる! 人間に情が移ったのか」 少し感情的なトーンの声。
「確かに妖怪は人間を襲い、その増長を戒めるのが定めです」
「じゃあなぜ?」
「同時に私達が人間に退治されるのも定めなのよ」
「紫様の思想に影響されたのか?」
「いいえ、もともと私たち悪魔は人間を殺すのではなく試す存在、それをお兄様に忘れて欲しくないだけ」
「……分かった、れみるが言うんだ、この辺でお暇しよう」
れみるはやや感情的になったぼいるの手を引いて、その場を後にする。
* * *
ほぼ同時刻、とある人里が無数のディソーダ―や妖怪に襲われた。人形劇開催のため、たまたま逗留していたアリスは自警団とともに迎撃に向かった。
「数が多すぎる、守りきれるのか?」
「大丈夫、私がいるから、誰も死なせない、イクシード上海蓬莱!」
いつになく熱いアリス、魔物の群れの前に踊り出ると、リュックサックの中から二体の人形が飛び出し、レーザーでディソーダ―や妖怪の群れを焼き払う。
「今だ!」
浮き足立った所を自警団、オリキャラ弾幕使い達に突かれ、魔物の群れは壊滅した。
「敵妖怪の後退を確認、弾幕使い、協力に感謝する」
「だから何度も言ってるでしょ、弾幕使いじゃなくて、アリスって呼んで」
「じゃあアリス、君のおかげで助かったよ、ありがとう」
自警団長や、村人たちからのねぎらいの言葉。ひとりぼっちが長かったアリスにとって、単なる報酬以上の意味を持っていた。
「明日の人形劇、俺も見物してみよ……何だ?」
村の反対側から、頭から血を流した男がよろよろと走ってくる、倒れそうになって自警団の者に抱きかかえられる。
「しっかりしろ、何があった?」
「アリス、助けてくれ、化け物だ」
振り向くと、地響きとともに、冬の夜空に真っ黒な陰が浮かび上がる。
「高魔力反応、種族判別、該当データがありません」
アリスのもつ魔道書の声を聞き、周囲に緊張が戻る。
しかしアリスはその陰に見覚えがあった、巨大ディソーダ―「まりーえーけんふぁー」だ。まだアリスが幼かった頃、魔界でこいつの幼虫に追いかけられ、あわやというところで母である魔界神、神綺に助けられたのだ。だがこいつは遥かに大きく、全身に生えた砲塔のような器官がせり上がり、今にも村を焼き尽くそうとする。
「う、撃たれたら村がもたない」
「あっ、アリス、幾ら君でも……」
自警団長が止めるのも聞かず、アリスは巨大な虫に向かって走っていった。彼女には勝算があった。
(あの時、お母さんはこう言っていた)
―いい、アリスちゃん、ああいう敵は、懐にもぐりこまれると案外弱かったりするのよ―
走りながら、背中に上海人形と蓬莱人形がしっかりしがみついているのを確かめ、ポケットから房のような物をとり出す。紫色で赤い髪飾りがついているそれは、アリスが母から貰ったお守り、神綺様のアホ毛こと射突式ブレード『AHG-TAKUMASHIINA-w』だった。
(これって、髪の色がマッチしないから使いたくないけれど)
ガチン
アホ毛を自分の頭に押さえつけると、一瞬だが強い痛みがして脳髄とアホ毛が接続された。どういう原理でくっついているのかは考えず、まりーえーけんふぁーの足元に潜り込んだ。
(図鑑で見た、一番大きな神経節は、ここ!)
ブレード起動、アホ毛が超高速で伸び、槍のようにまりーえーけんふぁーの中枢神経を貫く。魔界虫は体の制御を失い、土煙をあげてその場に崩れ落ちていった。アリスはすかさず飛び退き、服についたほこりを手で払う。リュックの中の二体の人形は目をつぶって服を強く抱き合っていた。胸に抱いて頭を撫でてやる。
「もう終わったわ、よしよし、ごめんね、怖がらせちゃったみたい」
村人達が駆け寄ってくる。恥ずかしいので、頭につけた『AHG-TAKUMASHIINA-w』ははずす。
軽い足取りで虫の背中に乗ると、ピースサインで無事を知らせた。
「たくましいな」 みんなが口々にそう言ってアリスを讃えるのだった。
* * *
湖の岸辺で、レミリアと咲夜、その他の人間・妖怪・妖精メイド達が、我が家である紅魔館を臨む。
「さあ、家を取り返すわよ!」 レミリアが声を張り上げた。
「おーーー」
「みんな突入!」
昼間、紅魔館有志でピクニックに出かけたところ、館がフライトナーズの妖怪たちに占拠されていた、との報せが届いた。なんとも間抜けな攻められ方だった。しかし気を取り直して奪回を試みる。
紅魔館はこの程度では滅びない。館のバルコニーから、そんな紅の軍勢を見つめる悪魔が二体。
「弾幕使いか、迎撃する」
「了解、早めに済ませるか」
「スカーレットシュート!」
「プライベートスクウェア!」
「彩光の風鈴!」
「雑魚メイド飽和弾幕!」
「ウボァー」
「同じくウボァー」
「フン、オリキャラ風情が、三秒もかからなかったわ」
「ええ、ウォーミングアップにもなりませんわ」
「門を破る側に回ったのは初めてです」
捕らわれていた妖精メイドの話によると、地下室にかなりの勢力がまだ抵抗を続けているらしい。
「フフン、それは大変ですね」 余裕の声の咲夜
「攻め込んだ奴らがね」 レミリアも軽い感じ。
「ねーねー遊んで遊んで~」
「た、大変だ、あれが動き出した」
地下にこもった部隊も、フランドールの遊び相手にされ壊滅。
紅魔館はあっさり陥落したが、あっさり解放された。
* * *
今まで挙げた例は、幸運なケースに分類される。突然の妖怪の襲撃に、成す術も無く逃げ惑い、虐殺される人々も少なくなかった、その夜、幻想郷は叫喚地獄と化した。
―霊夢様、うちの村が襲われています、どうかお助けください―
―弾幕使いに緊急の依頼です、突如妖怪が村を襲い……―
―妹紅、仲の良かった妖怪が急に暴れて、お父さんが、お父さんが―
―畜生! 相手は弾幕使い一人じゃないか―
―こちらばるだー、だめだ、もうもたない―
―第2部隊、スペルカードがもうない、後退許可を―
―人を喰うって言ったって、妖怪はただの殺戮者じゃないはずだぜ―
―なんとしても村に入れさせるな―
―助けてくれ、助け……―
―うどんげ、てゐ、ありったけの麻酔薬と抗菌剤、屋外手術キットを集めてきて―
―あの小悪魔さえいてくれたら―
―紫様、なぜー
叢雲玲治、フライトナーズに寝返った妖怪に襲われ死亡。
その場に居合わせた上白沢慧音も重傷、連合は機能停止に陥った。
月ヶ瀬ハルカ、および綾瀬勇一郎、一度フライトナーズの襲撃を退けるも、さらなる襲撃情報を聞き、駆けつける途上で妖怪の群れに遭い行方不明。
亜羽論谷自警団MT部隊、戦力の約半数を喪失。
妖怪達は、殺戮の限りを尽くした後、夜明けとともに自らの住処へ引き上げた。
「ぼいる、れみる、ここからが本当の仕事よ」
朝日を浴びながら、幻想郷一高い山の頂きで、紫と二体の式神は下界を見つめていた。
* * *
「まさか、あの日の夜にそんな事が……」
朝一で紅魔館に戻った二人は、昨晩の大規模な妖怪襲撃をまだ知らなかった。紅魔館がのっとられたという話は聞いていたが、あっさり奪還できたので特に気にしてはいなかった。しかし午前中に八雲紫の式神である藍と、さらにその式である橙、ブンブンズネスト運営に携わっている、射命丸文の来訪を知ったときはさすがに臨戦体勢を取った。おそらく自分達の暗殺を依頼したであろう、八雲紫の式神が来たということで緊張したが、訪れた3人はどこか疲れた様子で敵意がない事を告げ、そこではじめて、2人は昨夜の惨劇を知った。
「先日、君達が西行寺幽々子嬢に暗殺されかけたそうだが、依頼したのが紫様だという噂は本当なのだろうか?」
「ええ、あの娘の口ぶりからしておそらく……。友人に頼まれた、と確かに言っていたわ」
「そうか……」
橙に顔を向け、辛そうにうなずきあった。『信じられない』ではなく『やっぱりな』といった雰囲気だった。
「その件については申し訳ない、紫様の変わりに謝りたい」
「わたしからも、ごめんなさい」
「私達天狗が管理しているブンヴンズネストは、基本的に依頼内容を詮索したりすることはないのですが、あくまで異変やトラブル解決依頼を仲介するためのものです、それが暗殺に利用されるなんて。お二人宛ての招待状もうちの鴉が運びました、我々の落ち度でした」
藍と橙、文が頭を下げるのをパチュリーは止めた。
「もう済んだこと、私もリトルもちょっとやそっとで殺されたりなんかしないわ、ところで、他に用事はあるのかしら」
「昨夜のあちこちで行われた人里襲撃、紫様が妖怪たちに働きかけてやらせたものらしい」
「以前取材中に、八雲紫と思しき人が結社の村へ出入りするのを目撃したんです、そのときに連れていた隠し式神らしき妖怪の特徴が、どうも人間を襲った妖怪集団と似ているんです。」
「……おそらく、彼らは私の同族の、それも幼馴染の小悪魔だと思います」
リトルが話すと、藍も同情せずにいられなくなる。
「そうか、お互い辛いな……」
「はい」
「もう異変解決の仕事は廃業したそうなので悪いが、敢えて依頼をしたい」
「紫様を止めるのを手伝って、紫様、今も幻想郷じゅうの妖怪を煽っているの。夜が明けて、いつも遊びに行っている人里を見たら、人間の友達が……何人か食べられたって……私にねこまんまをくれたおばあちゃんも死んじゃった」
藍のしっぽに顔をうずめて泣き出す橙、友人達が殺され、しかもその首謀者が親同然の主なのだ、どれほどの辛さだろう。
「これが幻想郷じゅうの妖怪に当てられた檄文だ」
藍が差し出した薄茶色の手紙にはこう書かれている。
全ての妖怪へ
人間を襲ってはいけないだの、仲良くすべきだのと
今の私達はとても不自由だ
妖怪だけの楽園を作る
それを望むものは私のもとへ来なさい
レオス ユカリン
「八雲紫氏は、今回の襲撃に参加した妖怪たちに対しては、レオス=ユカリンという偽名を名乗っているようです、彼女は、まだ妖怪が普通に人間を襲って食べていた時期に戻したがっているようです」
「昔に戻す? 連合の玲治さんも殺されるなんて」
玲治の正義感の強いまっすぐな瞳を思い出す。ただ、純粋な正義感のあまり独裁者になってしまわないかと心配していたが、予想に反して結社を許し、人妖間のみならず、結社側とも和解を進めていた、それなのにこのような結末になるなんて。
リトルがうなだれる。藍が続けた。
「私たち妖怪は最近めったに人を襲わなくなっているが、紫様はそれを疑問視していたな。これでいいのだろうか、常に適度な緊張が妖怪と人との間に必要なのに、スペルカードルールもお遊び程度になってしまったと」
「そうすると、八雲氏がただ単純に、妖怪の楽園を作ろうとしているとは思えませんね」
文がいつもの記者的な口調に戻る。
「私達のやっている事は、紫様から見たら裏切りなのかも知れないけれど、でも、でもこんな事はしたくないし、それに紫様には、元の優しい紫様に戻って欲しい」
泣き止んだ橙の言葉に、藍もうなずく。
(私が必要以上にこの幻想郷に干渉したからなんだろうか)
「リトル、いつも言ってるけど……」
「わ、分かってますって、私だけでこんな状況になるわけないです」
リトルは悩んでいた、そんな考えは奢りに過ぎない、とパチュリーは言うが、その思考が頭を離れない。もう外部に出ないほうが良いとも考えていたが、自分にもこのような事態を招いた責任の一端があるのなら、その解決に協力すべきかも知れない。
「分かりました、これが最後です、パチュリー様が許可してくださるなら行きましょう」
「なら、私も行くわ」
「パチュリー様、もですか?」
「当たり前よ、あなただけじゃ、何をしでかすか分かったものじゃないから。それに報酬の半分は私によこしなさい、それがいやならここから出ることは許可しない」
「あはは、しっかりしたご主人様」
「小悪魔に負けるもんですか」
藍と橙、そして文も二人につられて微笑んだ。空気が少しだけ軽くなった。
(まったく、生真面目すぎる使い魔ね)
自分の使い魔はいろいろ悩み、覚悟を決めたのだろう。ならば自分もと、パチュリーは自分に言い聞かせる。世界の安定などと大それたことではなく、ただ、いつもの穏やかな日常を守るため。それに……。
(リトル、私のかわいいパートナー、この子にこんな思いをさせた、この礼は必ず……)
誰にも気付かれること無く、そっと握りこぶしを固めた。
懐かしいなあAC。
紫様は管理者だなあ
レイブン・・・