月の姫の物語~プロローグ~
幻想郷の竹林の中に永遠亭は存在した。
綺麗な星空が竹の間から覗く、永遠亭の自室の窓から空を眺めていた。
月は生憎満月ではないが、とても綺麗な十六夜だった。
毎月行われる、例月際は昨日滞りなく終わっている。
明日、人里に売りに行く薬の準備も終わった。
特にやり残した事は無い。後は寝るだけ。
しかしどうにも眠くない。
だからと言って、やりたい事も思いつかない。
仕方が無いので、紅魔館から薬の配達料として貰った(同じ本が二冊もあると邪魔になるからと)外の世界の本を読んでいたが、さっぱり頭に入らない。
「しょうがない。お師匠様はまだ起きているかな?」
眠れないなら仕方が無い。
手段としてあまり好まないが、眠り薬でもお師匠様に頂こう。
お師匠様のお部屋に向かおうと、長い廊下を歩いていると不意に声を掛けられた。
「草木も眠るこんな夜更けにどうしたのかしら?イナバ」
声は、縁側から少し離れた所にある茶室からだった。
「輝夜様?」
声の主だと思われる名前を呼ぶと、不機嫌そうな声が返ってきた。
「貴方の事を私以外にイナバと呼ぶ者が居るのかしら?それとも貴方は飼い主の声を忘れてしまったのかしら?」
私は慌てて、弁解する。
「申し訳ございません。このような夜更けですし、襖でお姿が見えないものですからっ」
「静かにしなさい、イナバ。眠っている因幡が起きてしまうでしょう」
輝夜様に注意され、慌てて口を手で塞ぐ。
「そんな所に居ないで、こちらにいらっしゃい」
お言葉に従い、茶室の襖を開けて中に入ろうとすると、輝夜様の膝で気持ちよさそうに眠る兎が一羽。
「輝夜様・・・それは?」
思わず、聞いてしまった。
いくら実質的な主がお師匠様だといっても、輝夜様が表向きは永遠亭の主である。
その輝夜様に恐れ多くも膝枕などしてもらう者など、この永遠亭には存在しない。否、存在してはいけないのである。
気持ちよさそうに眠る兎は、永遠亭の兎をまとめるリーダーの因幡てゐだ。
「昔話をしている内に眠ってしまったのよ。こうやって見ると本当に可愛いわ」
輝夜様は、てゐの癖のある髪をなでながら満足そうな顔をする。
私は部屋に入り、輝夜様の前に正座し注意する。
「輝夜様、そのように兎に接されては困ります」
輝夜様は主であるにもかかわらず、兎達に些か気安く接されることが度々ある。
その度に注意を申し上げるのだが、笑って相手にしてくださらない。
「どうしてかしら?私はこの子達の飼い主なのだから、愛でたとしても何の問題も無いはずよ?」
意地の悪そうな顔を見せながら、私の目を見つめてくる。
「確かにそうかも知れませんが・・・」
反論をしようとするのだが、輝夜様に見つめられると思わず口籠ってしまう。
そんな私を見て、クスクスと笑われる。
「それで、こんな時間にどうしたのかしら?」
輝夜様が、私のくしゃくしゃの長い耳を弄び、時々頬を擦り付ける。
何でも兎達の中で、私の耳が一番さわり心地がいいそうだ。
「目が冴えてしまって・・本でも読んで眠くなるのを待とうかとも思ったのですが、どうにも集中できなくて」
「それで、永琳の所で薬を貰おうと思ったの?」
「はい、本当はあまり薬の力には頼りたくはないのですが」
「あら、仮にも薬師に弟子入りしながら薬を嫌うなんて。貴方は良い薬師になると、永琳は言っていたけど見込み違いだったみたいね?」
「薬師だからと言って、薬好きとは限らないと思うのですが・・・」
私は楽しそうに話をする輝夜様に必死に反論する。
「あら、貴方は自分で試しもしない薬を他者に飲ませるというの?薬師というのは、薬の良し悪しも確かめずに、患者に薬を飲ませるのね。怖いわ。いつか私も実験台にされてしまうのね。」
最後の方は、かなり嘘臭い泣き真似をしながら顔を袖で隠した。
「というのは、冗談だけれど。そういえば、イナバは一体何の本を読もうとしていたのかしら」
輝夜様は一方的に話を打ち切り、新しい話題に切り替える。
「紅魔館から貰ったのですが、外の本ですね」
外の本と聞くと、輝夜様は今まで以上に興味を示された。
「紅魔館から本何て・・・よく貰えたわね?しかも、外の本だなんて。それでタイトルは何て言うのかしら?読み終わった後で構わないから、貸してくれないかしら?」
「既にもう一冊同じものがあるそうですよ。二冊あっても仕方ないとの事なので、薬の配達料代わりに貰ったんですよ。私はまだ当分読む事がないと思いますから、明日にでも部屋にお持ちしますよ」
「そう?なら、明日の朝にでも持ってきて頂戴。部屋にある本はすべて読んでしまったから、少し困っていたのよ」
輝夜様は子供のように目を輝かせる。
「本のタイトルは“真実の竹取物語”ですね」
「しんじつのたけとりものがたり?」
タイトルを繰り返す輝夜様の顔は、先ほどまでの子供のような顔から一変した。
「ええ、内容は詳しく読んでないので分かりませんが、本当の竹取物語は、残酷で怖い話だとか・・表紙のカバーの本の紹介欄には、書いてありましたが・・・輝夜様?」
輝夜様は暫く何かを考えていたが、私が見つめているのに気が付くと、いつもの笑顔に戻った。
「どうかなさいましたか?あぁそういえば、竹取物語は輝夜様がモデルですよね?本当は残酷で怖いなんてある筈ありませんよ」
私は、輝夜様が残酷などと言われた事が、気に障られたのかと思ったがどうやら違うらしい。
「そうかしら?でも大抵は私が竹の中からお爺様に拾われて、月に帰っていくまでしか書かれていないでしょう?その前や後には、何があったか書かれていない」
輝夜様が言わんとする事が私にも分かっていた。
昔、輝夜様の我儘からお師匠様に“本物”の「蓬莱の薬」を作らせ、ご自身で服用されたのだ。
その罪により輝夜様は地上へと落とされたのだ。
その後、輝夜様の罪の一つが償われとされ、減刑される事となり月にお戻りになれる事が決まったが、お師匠様と共謀され、迎えに来た月の使者を全員“殺し”逃亡されたのだ。
竹取物語には、確かに本当の意味で、真実は何一つ書かれていないのだろう。
「少し読んだだけですが、一般的に知られている竹取物語と、同じ輝夜様が竹の中から拾われるシーンから始まっていましたよ」
真実の竹取物語と書いてあったが、その内容は一般的な竹取物語と大差はないだろう。
残酷や怖いと書いてあったから、人が殺されるシーンなどはあるかもしれない。
「そうなの?残念ね。だったら、私が真実の竹取物語でもお話してあげましょうか?私も目が冴えてしまって困っていたのよ」
輝夜様は本当に眠くないのだろう。
今日のお昼頃は、珍しくお師匠様が里まで検診に行かれたので、その間の退屈な時間が嫌だからと、夕ご飯までの時間を眠って過ごされていた。
時間にして五時間。昼寝にしては長すぎるだろう。
「それは、輝夜様が考えられたお話しですか?」
輝夜様は時々、自作小説などを書いたり聞かせてくれたりする。
なんでも暇つぶしに丁度よいらしい。
永遠亭の図書室には輝夜様が書かれた本が、私が知る限りでも百冊は存在する。
その内容は面白いの一言に尽きる。
私と違って、最低でも千年は生きてこられただけあって、知識量などが半端ではない。
また、月の頭脳とまで呼ばれたお師匠様が協力されることもあり、色々なジャンルの小説がある。
私はあまりミステリー小説や、ホラー小説の類は好きではなかったが、永遠亭にきてからは好みの幅が広がったほどだ。
「“真実”の竹取物語と言っているでしょう」
そう言って、輝夜様は今まで私が見たことの無い笑顔で話し始める。
その笑顔に、私は今までにない恐怖を感じた。
私はこの時、辞退しなかった事を後悔した。
語られたのは、玉兎如きの私が知るはずも無い真実だった。
「物語のタイトルは・・・そうね、“月の姫の物語”」
静かな声で、輝夜様が語り始めた時、辺りは怖いほどの静寂に包まれていた。
続く
ごめんなさい。正直これだけでは点数を付けかねます。続きを期待してます^^頑張って下さい^^
「幻想郷のとある竹林に永遠亭は在った」とするといいと思います。
輝夜とウドンゲの描写はすごくいいと思います。
これからもがんばってください。