注:百合成分が多量に含まれます。苦手な方はご注意を。
天高く、馬肥ゆる秋。
ちゃぶ台に置かれた柿の葉色の湯のみに手を伸ばした体勢のまま、博霊神社の巫女は心底うざったそうな声を上げた。
「…ああ、そう」
明らかに興味のなさそうなその声に、吸血鬼の少女は彼女の背中にのしかかった状態で肩に頭を乗せ、ぐりぐりと回して不満の意を表した。
「だから最近紅魔館には帰りづらいのよ…、ってねえ、ちょっと聞いてるの? 霊夢」
「聞いてるわよ…でもね、レミリア?」
「何よ」
「何だって私がアンタんとこの従者の浮いた話を、主人から切々と語られなきゃいけないのかしら?」
「…別に、意味はないけど…ううん、なんでもない」
そう答えるや、霊夢の背中に顔を押し付けて黙り込むレミリア。
実際、彼女自身も何故こんな話を始めたのか分からなかった。
ただ、最近彼女の従者と門番が一緒にいるのを見かけたときに感じる何ともいえない感情について、霊夢なら何か知っているだろうか、と思ったくらいであった。
うんざりしたように溜息をつきつつ、霊夢は湯飲みを啜りながらぼそりと呟く。
「まったく…従者も主もそろって大バカね、紅魔館は」
いきなり振り返った霊夢に振り落とされるような形で、レミリアはぽてんと霊夢の膝に転がった。恨みがましく見上げるその目を涼しげに見返して、霊夢は続ける。
「それって結局、アンタが門番に嫉妬してるってことじゃない」
「っ…はぁっ!? 何でそういうことに」
がばりと勢いよく起き上がったレミリアの頭に、柔らかく載せられる霊夢の手のひら。
乱暴に彼女の頭を撫でながら、霊夢は彼女の額に自分の額を軽くぶつける。
「五百年生きようがなんだろうが、やっぱり子供ねぇ、レミリア?」
「うぅ~~っ」
ばたばたと手足を振ってはいるが不快ではないらしく、レミリアはぎゅっと目を瞑ってただ堪えるように唸り続ける。
楽しそうに笑いながら、霊夢は再び口を開いた。
「別に咲夜のことが好きだったとか、そういう訳じゃない。それでも嫉妬ってあるものよ。ただ、レミリアは自分の大切な人がどこか、遠くに離れていってしまいそうな気がして、それが悔しくて、嫌だったんでしょう?」
諭すような霊夢の口調に、レミリアはただ黙って頷く。
図星、だった。
咲夜を取られたくなくて、でも、別に好きとかじゃない。
いつも側にいてくれた咲夜の一番が自分じゃないことが、ただ単純に悔しかった。
「…霊夢」
「アンタはまだまだお子ちゃまよ、考えてることなんかお見通し」
言葉とは裏腹の、優しそうな微笑みがレミリアに向けられる。
「今はまだ、ちょっとつらいかもしれないわね。でも、きっといつか分かるわ」
「………」
「いつか本当に好きになった人が出来たら、ね」
どきん。
心臓が跳び上がる。
胸を押さえて息を呑み、レミリアはこのまま死ぬかもしれないと思った。
「霊、夢…っ」
「ん?」
このまま、言ってしまおうか。あの二人のように。
震える唇がゆっくりと言葉を紡ごうと動き出す。
「あのね、私…」
「ちょっと待ったァー!!!」
神社の中に響き渡る絶叫。
耳をつんざくその声の主は、涙目になってレミリアに迫る。
レミリアと同じくらい幼い、その少女の頭には二本の角。
今や幻想郷にも姿が見られなくなった鬼。彼女、伊吹萃香はその鬼である。
また彼女は、数多い霊夢に心惹かれる者の一人でもあった。
「離れろ吸血鬼ぃ!! 今何を言おうとした!!」
「いい、伊吹萃香ァ!? 貴女いつからここに…っ」
「うるさいっ馬鹿、ばーか!! っぐはァッ」
突然後頭部を押さえてうずくまる萃香の背後には、いつの間に移動したのか霊夢がこめかみをぐりぐりと押さえながら立っていた。
ちなみに萃香はレミリアが咲夜の話を勝手に語りだしたころからずっと、隠れて二人の様子を監視している。
「れ、霊夢ぅ…お払い棒は反則よぉ…うう、角に響く」
「アンタが五月蝿いからよ」
「だってレミリアが私の霊夢を」
「誰がよ、まったく」
萃香の弁解をこともなげに一蹴する霊夢。
レミリアは頭の中が真っ白になったまま、その場に座り込んで動けない。
「そうよぉ」
どこからともなく間延びした声が響いたかと思うと、突然霊夢の頭上の空間が裂けた。
裂け目の間から、薄ら笑いを浮かべる金髪の美しい女性がずるりと顔を出す。
実年齢が分からないほど規格外の美女は、薄紫の扇子に口元を隠して霊夢の肩を抱く。
「博霊の巫女は代々みーんな私のものなんだから」
「げっ……紫」
「紫…アンタまで」
「いいじゃない別にー…、言うだけならタダでしょ?」
にっこりと微笑む紫に、霊夢は諦めて口を閉ざす。
「ほら、霊夢も認めてるわぁ」
「認めてないわよ!」
「そうだそうだ!!」
すっかり置き去りにされたまま、レミリアはくすりと笑う。
「……負けないんだから」
すうっと息を吸い込んで、勢いよく立ち上がる。
「ちょっと! 何勝手に話を進めてるの!?」
彼女の恋はまだまだ、一件落着には遠そうである。
◆
「ふう…」
すらすらと羊皮紙を走る羽ペンが、紙の端っこでぴたりと止まった。
びっしりと紙を埋める文字の列は奇妙な模様のように曲がりくねっていて、それがただの文字ではないことを主張している。
「……っと。一段落付けようかしら」
簡単に折れそうな細い首をこきこきと鳴らして、流れる紫の髪をかき上げた少女は深呼吸してペンを置いた。
「小悪魔、紅茶を淹れてくれない?」
「はい、パチュリー様」
お辞儀をして下がる小悪魔を見送って、パチュリーは眼鏡を外す。
鼻骨の辺りをくりくりと揉み解しながらしばらく固まった関節を動かしていると、紅茶の温かな香りに気付いてくるりと振り返る。
「お待たせしました」
「ご苦労様。貴女もかけなさい」
小さな椅子を魔法でふわりと持ち上げ、小悪魔の目の前に着地させる。
彼女の休憩はいつも、誰かと一緒でなくてはならない。
ひとりだとどうしても本に手を伸ばしてしまって、休憩にならないからだ。
「それにしてもパチュリー様?」
「何?」
「あの二人のことです」
「ああ…」
最近、この館の従者と門番が恋仲になるという事件があった。
とは言え二人のお互いに対する恋心は誰が見ても明らかで、いつそうなってもおかしくない様子ではあったのだが。
言われてやっと思い出したかのようなパチュリーの態度に、小悪魔は不満げに鼻を鳴らしてむくれる。
「もう、とぼけないで下さいよ。パチュリー様でしょう? あの二人をくっつけたのって。ね、どうやったんですか? 教えてください、…ねぇ、パチュリー様ってば」
「そんな下品なこと言わないの。それに私は何もしてないわよ」
「え?」
「あの二人なら遅かれ早かれああなるのは明白だったじゃない。私はただ、背中をちょっと押しただけ」
意地悪そうに笑うパチュリーの顔に、小悪魔は引きつりながら笑った。
背筋のぞくりとする笑い。この館で一番恐ろしいのは、実は彼女なのかもしれない。
「だってあの子ったらいつまでもはっきりしないんだもの。少しくらい導いてあげなきゃ。それにね、過程なんて何があっても関係ないのよ。当人同士にとって今が幸せだったなら、それが全て。…違うかしら?」
「……?」
あまりよく分からない様子で、小悪魔は首を傾げる。
その仕草にくすくすと笑いながら、パチュリーは紅茶に口を付けた。
「ん…美味しい」
「…あの、パチュリー様?」
「あの二人なら初めから何があっても大丈夫だった、ってこと。ううん、それは誰でもそう」
眼鏡をかけて、ついと持ち上げながら彼女は自信たっぷりに続ける。
「恋する女の子は、いつだってハッピーエンドって決まっているのよ?」
「マスタァーーーーーー…スパークッッ!!」
静寂を叩き壊す巨大な光線。半ば諦めたようにパチュリーは腰を上げる。
「やっぱり来たわね…性懲りもなく」
魔道書を小脇に抱えて何か呟くと、彼女の身体はふわりと宙に舞い上がった。
「行くわよ、小悪魔。今日こそ返してもらうんだから」
そう意気込む主の姿は、内心とても嬉しそうで、楽しそうで。
「…はい」
ちりちりと焦げる何かを胸にしまいこんで、小悪魔は後を追うように飛び立った。
「出たなパチュリー! 今日も借りていくぜ? 勿論勝手になぁ!!」
「そうはいかないわよ、この白黒。今日こそ私の大事な蔵書、きちんと返してもらうわ」
言い終わるや否や、一斉に飛び散る弾幕。
早々にやられたふりをして、小悪魔はさっさとそこから退場した。
ふと、楽しげにスペルを放つパチュリーを見上げる。
苦しくて、痛い。
「ハッピーエンド…か……、パチュリー様…」
心臓を切り刻まれるような痛みに胸を押さえながら、小悪魔はひとり図書館の奥へと消えていった。
◆◆
やがて太陽は傾き、暁に幻想郷が色づいていく頃。
寂れた古道具屋の主人、森近霖之助は、得意先である八雲紫の話に耳を傾けていた。
店内は不十分な照明のせいで薄暗く、ずらりと並ぶ商品の列はどれも風変わりなもので、中には用途すら分からないような奇怪な品がちらほらと見受けられる。
奥に作られた六畳ほどの和室の畳に座り込んだ彼は、座布団の上で身振りを交えながら夢中になって語られる物語にいちいち相槌を打ちながら聞きいっていた。
「……へェ」
やっと話し終えた少女にそれだけ言うと、霖之助はすっかりぬるくなったお茶をずるずると啜りこむ。
「ちょっとぉ、他に何かないの?」
「そんなこと言われても、僕にはその中国とか言う人を知らないし…確かにいい話とは思うけど」
「あら? 前に会ってなかったかしら? ほら、赤い髪の背の高い…」
「ああ、なんだ美鈴さんのことか。彼女、そう呼ばれているのかい?」
「あら、だったら試しにそう呼んでみなさいよ。ここへはたまに来るのでしょう?」
「ああ…まあ、そのうちね。それより」
急に真面目な口調になったと思うと、霖之助はどこからか巻物と筆箱を引っ張り出て、机に並べ始めた。硯を磨りながら、横目で紫を見る。
「わざわざそんな話をするためだけに来る君じゃないだろう? 今日は何を?」
彼が記すのは紫から仕入れる商品の概要だが、彼は決して商売人気質な人間ではない。むしろ彼は紫が持ってくる品物を、純粋な興味だけで仕入れるような趣味人である。
しかしまあどちらにせよ、紫には関係のないことだ。
ただ、自分より品物に興味を示すような霖之助の態度が、紫には気に入らない。
だから紫はそんな彼の話を無視して、扇子で口元を隠しながらそっぽを向いた。
「つまらない人。そんな人には何も持ってこないわよー」
べえ、と舌を出してむくれる紫に、霖之助は苦笑して頭をかく。
「…悪かったよ…」
こうしてすぐに謝るところが、彼の憎めないところであろうか。
紫は思わず緩んだ口元を見せないようにして、スキマから小さな重箱を取り出した。
見るに、どうやら弁当であるらしい。
「…また、何も食べてないんでしょう?」
「ありがとう、頂くよ」
そう言いつつ、霖之助は重たそうに腰を上げる。
「どうしたの? お箸ならここに…」
彼は不思議そうに首を傾げる。
「君も一緒に食べるんじゃないのか?」
…これだから、この男は。
紫は顔が熱くなるのを必死で意識しないように努めた。
「…ええ、そうね。そうするわ」
「いよーぉこーりん!! 遊びに来たぜ!」
扉が壊れんばかりの轟音を響かせて開く。
腰に手を当てた男らしいポーズで店に訪れたのは、霧雨魔理沙。
「…魔理沙。扉はもっと静かに開けてくれと言っているだろう?」
「私は普通に開けているつもりだぜ? というかその弁当は何だ? 私も食べていいか、というか駄目でも勝手にもらうぜ」
既に箸を握っている魔理沙。霖之助は諦めたような顔で首を振った。
「さて、箸は二つか…って、ん? 紫?」
振り返る先に紫の姿はない。きょろきょろと辺りを見回す霖之助に、すでに弁当をあらかた食べ終わりつつある魔理沙が答える。
「スキマなんか私が来たときからいなかったぜ?」
「………?」
その言葉に首を傾げる霖之助。
いつの間に机から転げ落ちたのか、巻物が開いたまま畳に伸びていた。
“大馬鹿野郎”
殴り書きされた文章は、かろうじてそう読めるようだった。
◆◆◆
虫の声が涼やかに響く秋の夜空に、隙間なく星が瞬いている。
風に髪をなびかせながら、紅魔館の門番、紅美鈴は今日も変わらぬ一日を過ごしていた。
彼女にとっての一世一代の大事件は無事に落着し、紅魔館も次第に元の平穏へと戻りつつあった。
「ふぁ、あ」
あくびをひとつ。
美鈴は門扉に寄りかかったまま、ふと空を見上げた。
雲ひとつなく広がる夜空に散らばる星々の光に目を細める。
中でも南の空に一際輝く大きな星が、美鈴のお気に入りだった。
「フォーマルハウト、秋の一つ星ね」
気付くと隣には、腕を組んだまま同じ空を見上げる、十六夜咲夜の姿。
「…へぇ、名前ははじめて知りました」
美鈴はあまり驚く様子もなく、ぼんやりと空を見上げたまま答える。
「きれい、ね」
「…はい」
こくりと頷く。
それからはもう何も言わず、ただ星空を二人で眺めた。
美鈴は想う。
もしも以前の自分なら、今はどう思っているのだろうか。
きっと、頭の中が真っ白で何も考えられなくなっているだろう。
自分の横を見る。信じられないくらい近くに、彼女がいる。
今でも、動悸は収まらないけれど。
この人も、私のことを好きでいてくれている。
それだけでもう、胸が一杯になる。
「………はぁ」
たまらなくなって、美鈴は息を吐いた。
ふと、視線に気付いて咲夜もこちらを見る。
「今でもまだ、信じられないんです」
その言葉に咲夜は片眉を上げて先を促す。
「これは私の見ている夢で、朝起きたらやっぱり…」
美鈴の額をびし、とはたいて黙らせる。
唸りながらこちらを見る美鈴に、咲夜は大きく息を吸い込んで口を開いた。
「二度と馬鹿なことは言わないで頂戴」
「だ、で、でも」
「何よ。なら、私は貴女の夢で、虚像だって言うの? 冗談じゃない! そんなの御免こうむるわ」
咲夜の剣幕に縮こまりながら、美鈴は俯く。
また、失敗だ。
「……ごめん、なさい」
「…ばか」
とす、と何かが美鈴の肩にのしかかる。
あまりに軽いその体重に、美鈴の心が切なげに揺れた。
「…お詫び」
「え?」
「私の気持ちを疑ったお詫びは、どうするの?」
咲夜の顔は、髪に隠れて良く見えない。
見る見るうちに真っ赤に染まっていく顔に戸惑いつつ、美鈴は何度も深呼吸をして必死に呼吸を整えようと無駄な努力をした。
「な…ならっ…その、証明…します」
「……何、を?」
「…私の…気持ち…」
それだけ言うのが精一杯だった。
美鈴は震えが止まらない腕で、そっと愛する人の肩を抱く。
咲夜は目を瞑って、ぎゅっと身体を強張らせた。
「………さくや、さん」
「………」
「…~~~っ」
くすっ。
思わず噴出してしまう咲夜。
「馬鹿よ、ホント」
するり、と回される腕。二人の距離が、限りなくゼロになっていく。
貴女も、私も…ね。
重なる唇に、溢れる想いを乗せて。
抱きしめる指先に、ありったけの愛情を込めて。
髪の一本から、吐息のひとかけらまで、全てが愛おしくてたまらない。
「「好きです」」
<終わり>
天高く、馬肥ゆる秋。
ちゃぶ台に置かれた柿の葉色の湯のみに手を伸ばした体勢のまま、博霊神社の巫女は心底うざったそうな声を上げた。
「…ああ、そう」
明らかに興味のなさそうなその声に、吸血鬼の少女は彼女の背中にのしかかった状態で肩に頭を乗せ、ぐりぐりと回して不満の意を表した。
「だから最近紅魔館には帰りづらいのよ…、ってねえ、ちょっと聞いてるの? 霊夢」
「聞いてるわよ…でもね、レミリア?」
「何よ」
「何だって私がアンタんとこの従者の浮いた話を、主人から切々と語られなきゃいけないのかしら?」
「…別に、意味はないけど…ううん、なんでもない」
そう答えるや、霊夢の背中に顔を押し付けて黙り込むレミリア。
実際、彼女自身も何故こんな話を始めたのか分からなかった。
ただ、最近彼女の従者と門番が一緒にいるのを見かけたときに感じる何ともいえない感情について、霊夢なら何か知っているだろうか、と思ったくらいであった。
うんざりしたように溜息をつきつつ、霊夢は湯飲みを啜りながらぼそりと呟く。
「まったく…従者も主もそろって大バカね、紅魔館は」
いきなり振り返った霊夢に振り落とされるような形で、レミリアはぽてんと霊夢の膝に転がった。恨みがましく見上げるその目を涼しげに見返して、霊夢は続ける。
「それって結局、アンタが門番に嫉妬してるってことじゃない」
「っ…はぁっ!? 何でそういうことに」
がばりと勢いよく起き上がったレミリアの頭に、柔らかく載せられる霊夢の手のひら。
乱暴に彼女の頭を撫でながら、霊夢は彼女の額に自分の額を軽くぶつける。
「五百年生きようがなんだろうが、やっぱり子供ねぇ、レミリア?」
「うぅ~~っ」
ばたばたと手足を振ってはいるが不快ではないらしく、レミリアはぎゅっと目を瞑ってただ堪えるように唸り続ける。
楽しそうに笑いながら、霊夢は再び口を開いた。
「別に咲夜のことが好きだったとか、そういう訳じゃない。それでも嫉妬ってあるものよ。ただ、レミリアは自分の大切な人がどこか、遠くに離れていってしまいそうな気がして、それが悔しくて、嫌だったんでしょう?」
諭すような霊夢の口調に、レミリアはただ黙って頷く。
図星、だった。
咲夜を取られたくなくて、でも、別に好きとかじゃない。
いつも側にいてくれた咲夜の一番が自分じゃないことが、ただ単純に悔しかった。
「…霊夢」
「アンタはまだまだお子ちゃまよ、考えてることなんかお見通し」
言葉とは裏腹の、優しそうな微笑みがレミリアに向けられる。
「今はまだ、ちょっとつらいかもしれないわね。でも、きっといつか分かるわ」
「………」
「いつか本当に好きになった人が出来たら、ね」
どきん。
心臓が跳び上がる。
胸を押さえて息を呑み、レミリアはこのまま死ぬかもしれないと思った。
「霊、夢…っ」
「ん?」
このまま、言ってしまおうか。あの二人のように。
震える唇がゆっくりと言葉を紡ごうと動き出す。
「あのね、私…」
「ちょっと待ったァー!!!」
神社の中に響き渡る絶叫。
耳をつんざくその声の主は、涙目になってレミリアに迫る。
レミリアと同じくらい幼い、その少女の頭には二本の角。
今や幻想郷にも姿が見られなくなった鬼。彼女、伊吹萃香はその鬼である。
また彼女は、数多い霊夢に心惹かれる者の一人でもあった。
「離れろ吸血鬼ぃ!! 今何を言おうとした!!」
「いい、伊吹萃香ァ!? 貴女いつからここに…っ」
「うるさいっ馬鹿、ばーか!! っぐはァッ」
突然後頭部を押さえてうずくまる萃香の背後には、いつの間に移動したのか霊夢がこめかみをぐりぐりと押さえながら立っていた。
ちなみに萃香はレミリアが咲夜の話を勝手に語りだしたころからずっと、隠れて二人の様子を監視している。
「れ、霊夢ぅ…お払い棒は反則よぉ…うう、角に響く」
「アンタが五月蝿いからよ」
「だってレミリアが私の霊夢を」
「誰がよ、まったく」
萃香の弁解をこともなげに一蹴する霊夢。
レミリアは頭の中が真っ白になったまま、その場に座り込んで動けない。
「そうよぉ」
どこからともなく間延びした声が響いたかと思うと、突然霊夢の頭上の空間が裂けた。
裂け目の間から、薄ら笑いを浮かべる金髪の美しい女性がずるりと顔を出す。
実年齢が分からないほど規格外の美女は、薄紫の扇子に口元を隠して霊夢の肩を抱く。
「博霊の巫女は代々みーんな私のものなんだから」
「げっ……紫」
「紫…アンタまで」
「いいじゃない別にー…、言うだけならタダでしょ?」
にっこりと微笑む紫に、霊夢は諦めて口を閉ざす。
「ほら、霊夢も認めてるわぁ」
「認めてないわよ!」
「そうだそうだ!!」
すっかり置き去りにされたまま、レミリアはくすりと笑う。
「……負けないんだから」
すうっと息を吸い込んで、勢いよく立ち上がる。
「ちょっと! 何勝手に話を進めてるの!?」
彼女の恋はまだまだ、一件落着には遠そうである。
◆
「ふう…」
すらすらと羊皮紙を走る羽ペンが、紙の端っこでぴたりと止まった。
びっしりと紙を埋める文字の列は奇妙な模様のように曲がりくねっていて、それがただの文字ではないことを主張している。
「……っと。一段落付けようかしら」
簡単に折れそうな細い首をこきこきと鳴らして、流れる紫の髪をかき上げた少女は深呼吸してペンを置いた。
「小悪魔、紅茶を淹れてくれない?」
「はい、パチュリー様」
お辞儀をして下がる小悪魔を見送って、パチュリーは眼鏡を外す。
鼻骨の辺りをくりくりと揉み解しながらしばらく固まった関節を動かしていると、紅茶の温かな香りに気付いてくるりと振り返る。
「お待たせしました」
「ご苦労様。貴女もかけなさい」
小さな椅子を魔法でふわりと持ち上げ、小悪魔の目の前に着地させる。
彼女の休憩はいつも、誰かと一緒でなくてはならない。
ひとりだとどうしても本に手を伸ばしてしまって、休憩にならないからだ。
「それにしてもパチュリー様?」
「何?」
「あの二人のことです」
「ああ…」
最近、この館の従者と門番が恋仲になるという事件があった。
とは言え二人のお互いに対する恋心は誰が見ても明らかで、いつそうなってもおかしくない様子ではあったのだが。
言われてやっと思い出したかのようなパチュリーの態度に、小悪魔は不満げに鼻を鳴らしてむくれる。
「もう、とぼけないで下さいよ。パチュリー様でしょう? あの二人をくっつけたのって。ね、どうやったんですか? 教えてください、…ねぇ、パチュリー様ってば」
「そんな下品なこと言わないの。それに私は何もしてないわよ」
「え?」
「あの二人なら遅かれ早かれああなるのは明白だったじゃない。私はただ、背中をちょっと押しただけ」
意地悪そうに笑うパチュリーの顔に、小悪魔は引きつりながら笑った。
背筋のぞくりとする笑い。この館で一番恐ろしいのは、実は彼女なのかもしれない。
「だってあの子ったらいつまでもはっきりしないんだもの。少しくらい導いてあげなきゃ。それにね、過程なんて何があっても関係ないのよ。当人同士にとって今が幸せだったなら、それが全て。…違うかしら?」
「……?」
あまりよく分からない様子で、小悪魔は首を傾げる。
その仕草にくすくすと笑いながら、パチュリーは紅茶に口を付けた。
「ん…美味しい」
「…あの、パチュリー様?」
「あの二人なら初めから何があっても大丈夫だった、ってこと。ううん、それは誰でもそう」
眼鏡をかけて、ついと持ち上げながら彼女は自信たっぷりに続ける。
「恋する女の子は、いつだってハッピーエンドって決まっているのよ?」
「マスタァーーーーーー…スパークッッ!!」
静寂を叩き壊す巨大な光線。半ば諦めたようにパチュリーは腰を上げる。
「やっぱり来たわね…性懲りもなく」
魔道書を小脇に抱えて何か呟くと、彼女の身体はふわりと宙に舞い上がった。
「行くわよ、小悪魔。今日こそ返してもらうんだから」
そう意気込む主の姿は、内心とても嬉しそうで、楽しそうで。
「…はい」
ちりちりと焦げる何かを胸にしまいこんで、小悪魔は後を追うように飛び立った。
「出たなパチュリー! 今日も借りていくぜ? 勿論勝手になぁ!!」
「そうはいかないわよ、この白黒。今日こそ私の大事な蔵書、きちんと返してもらうわ」
言い終わるや否や、一斉に飛び散る弾幕。
早々にやられたふりをして、小悪魔はさっさとそこから退場した。
ふと、楽しげにスペルを放つパチュリーを見上げる。
苦しくて、痛い。
「ハッピーエンド…か……、パチュリー様…」
心臓を切り刻まれるような痛みに胸を押さえながら、小悪魔はひとり図書館の奥へと消えていった。
◆◆
やがて太陽は傾き、暁に幻想郷が色づいていく頃。
寂れた古道具屋の主人、森近霖之助は、得意先である八雲紫の話に耳を傾けていた。
店内は不十分な照明のせいで薄暗く、ずらりと並ぶ商品の列はどれも風変わりなもので、中には用途すら分からないような奇怪な品がちらほらと見受けられる。
奥に作られた六畳ほどの和室の畳に座り込んだ彼は、座布団の上で身振りを交えながら夢中になって語られる物語にいちいち相槌を打ちながら聞きいっていた。
「……へェ」
やっと話し終えた少女にそれだけ言うと、霖之助はすっかりぬるくなったお茶をずるずると啜りこむ。
「ちょっとぉ、他に何かないの?」
「そんなこと言われても、僕にはその中国とか言う人を知らないし…確かにいい話とは思うけど」
「あら? 前に会ってなかったかしら? ほら、赤い髪の背の高い…」
「ああ、なんだ美鈴さんのことか。彼女、そう呼ばれているのかい?」
「あら、だったら試しにそう呼んでみなさいよ。ここへはたまに来るのでしょう?」
「ああ…まあ、そのうちね。それより」
急に真面目な口調になったと思うと、霖之助はどこからか巻物と筆箱を引っ張り出て、机に並べ始めた。硯を磨りながら、横目で紫を見る。
「わざわざそんな話をするためだけに来る君じゃないだろう? 今日は何を?」
彼が記すのは紫から仕入れる商品の概要だが、彼は決して商売人気質な人間ではない。むしろ彼は紫が持ってくる品物を、純粋な興味だけで仕入れるような趣味人である。
しかしまあどちらにせよ、紫には関係のないことだ。
ただ、自分より品物に興味を示すような霖之助の態度が、紫には気に入らない。
だから紫はそんな彼の話を無視して、扇子で口元を隠しながらそっぽを向いた。
「つまらない人。そんな人には何も持ってこないわよー」
べえ、と舌を出してむくれる紫に、霖之助は苦笑して頭をかく。
「…悪かったよ…」
こうしてすぐに謝るところが、彼の憎めないところであろうか。
紫は思わず緩んだ口元を見せないようにして、スキマから小さな重箱を取り出した。
見るに、どうやら弁当であるらしい。
「…また、何も食べてないんでしょう?」
「ありがとう、頂くよ」
そう言いつつ、霖之助は重たそうに腰を上げる。
「どうしたの? お箸ならここに…」
彼は不思議そうに首を傾げる。
「君も一緒に食べるんじゃないのか?」
…これだから、この男は。
紫は顔が熱くなるのを必死で意識しないように努めた。
「…ええ、そうね。そうするわ」
「いよーぉこーりん!! 遊びに来たぜ!」
扉が壊れんばかりの轟音を響かせて開く。
腰に手を当てた男らしいポーズで店に訪れたのは、霧雨魔理沙。
「…魔理沙。扉はもっと静かに開けてくれと言っているだろう?」
「私は普通に開けているつもりだぜ? というかその弁当は何だ? 私も食べていいか、というか駄目でも勝手にもらうぜ」
既に箸を握っている魔理沙。霖之助は諦めたような顔で首を振った。
「さて、箸は二つか…って、ん? 紫?」
振り返る先に紫の姿はない。きょろきょろと辺りを見回す霖之助に、すでに弁当をあらかた食べ終わりつつある魔理沙が答える。
「スキマなんか私が来たときからいなかったぜ?」
「………?」
その言葉に首を傾げる霖之助。
いつの間に机から転げ落ちたのか、巻物が開いたまま畳に伸びていた。
“大馬鹿野郎”
殴り書きされた文章は、かろうじてそう読めるようだった。
◆◆◆
虫の声が涼やかに響く秋の夜空に、隙間なく星が瞬いている。
風に髪をなびかせながら、紅魔館の門番、紅美鈴は今日も変わらぬ一日を過ごしていた。
彼女にとっての一世一代の大事件は無事に落着し、紅魔館も次第に元の平穏へと戻りつつあった。
「ふぁ、あ」
あくびをひとつ。
美鈴は門扉に寄りかかったまま、ふと空を見上げた。
雲ひとつなく広がる夜空に散らばる星々の光に目を細める。
中でも南の空に一際輝く大きな星が、美鈴のお気に入りだった。
「フォーマルハウト、秋の一つ星ね」
気付くと隣には、腕を組んだまま同じ空を見上げる、十六夜咲夜の姿。
「…へぇ、名前ははじめて知りました」
美鈴はあまり驚く様子もなく、ぼんやりと空を見上げたまま答える。
「きれい、ね」
「…はい」
こくりと頷く。
それからはもう何も言わず、ただ星空を二人で眺めた。
美鈴は想う。
もしも以前の自分なら、今はどう思っているのだろうか。
きっと、頭の中が真っ白で何も考えられなくなっているだろう。
自分の横を見る。信じられないくらい近くに、彼女がいる。
今でも、動悸は収まらないけれど。
この人も、私のことを好きでいてくれている。
それだけでもう、胸が一杯になる。
「………はぁ」
たまらなくなって、美鈴は息を吐いた。
ふと、視線に気付いて咲夜もこちらを見る。
「今でもまだ、信じられないんです」
その言葉に咲夜は片眉を上げて先を促す。
「これは私の見ている夢で、朝起きたらやっぱり…」
美鈴の額をびし、とはたいて黙らせる。
唸りながらこちらを見る美鈴に、咲夜は大きく息を吸い込んで口を開いた。
「二度と馬鹿なことは言わないで頂戴」
「だ、で、でも」
「何よ。なら、私は貴女の夢で、虚像だって言うの? 冗談じゃない! そんなの御免こうむるわ」
咲夜の剣幕に縮こまりながら、美鈴は俯く。
また、失敗だ。
「……ごめん、なさい」
「…ばか」
とす、と何かが美鈴の肩にのしかかる。
あまりに軽いその体重に、美鈴の心が切なげに揺れた。
「…お詫び」
「え?」
「私の気持ちを疑ったお詫びは、どうするの?」
咲夜の顔は、髪に隠れて良く見えない。
見る見るうちに真っ赤に染まっていく顔に戸惑いつつ、美鈴は何度も深呼吸をして必死に呼吸を整えようと無駄な努力をした。
「な…ならっ…その、証明…します」
「……何、を?」
「…私の…気持ち…」
それだけ言うのが精一杯だった。
美鈴は震えが止まらない腕で、そっと愛する人の肩を抱く。
咲夜は目を瞑って、ぎゅっと身体を強張らせた。
「………さくや、さん」
「………」
「…~~~っ」
くすっ。
思わず噴出してしまう咲夜。
「馬鹿よ、ホント」
するり、と回される腕。二人の距離が、限りなくゼロになっていく。
貴女も、私も…ね。
重なる唇に、溢れる想いを乗せて。
抱きしめる指先に、ありったけの愛情を込めて。
髪の一本から、吐息のひとかけらまで、全てが愛おしくてたまらない。
「「好きです」」
<終わり>
私は好きです。いえ、大好きだと叫びたい!!!
次は・・・次は、アリスを是非!!
鬼干瓜氏といい、アリスの扱いに全俺が泣いた(ノ∀`)
(´;ω;`)ウッ…アリス…。 アリスは幸せになれる子!
そして皆スルーしてるみたいだけど、悲しい恋をしている小悪魔にも救いがあらんことを…
小悪魔が切なくて切なくて
パチェ、無自覚とはいえ酷い一言を・・・
レミリアかわぃぃ♪
ですが、正直な気持ちを言うとパチュリー所で話は終わって欲しかった・・・
霖之助は好きじゃないです(苦笑)
私は百合が好き(笑)
失礼、百合の部分はとても満足できましたぁw
次も楽しみにしています。
何らかの目的があってキャラごとにスポットを当ててるかと思えばそうではなく、ただ出したいキャラを並べているだけのような。
キャラをいちゃつかせるだけなら誰でもできます。
もう一歩踏みこんで何らかのテーマに昇華して欲しかった所。