「貴方に協力を要請します!!」
いきなりの登場と、そしていきなりの一言目がそれだった。
「……む?」
場所は博麗神社。
協力を要請したのは、閻魔様こと四季映姫。
「はあ?」
「なんだなんだ?閻魔様が協力要請だなんて物騒だなおい?」
縁側でお茶を飲んで饅頭を食べていた楽園の素敵な巫女と白黒の普通の魔法使いは、いきなりの閻魔の登場にそれぞれの反応をして、呆れたように閻魔を見上げている。
そして、この場にいたもう一人。里の守護者で歴史の半獣の上白沢慧音。
彼女は、そろそろ霊夢の食料が尽きた頃だろうと、暫くは困らない量の食料を善意で運んできてくれた、いわば霊夢の恩人である。
彼女の守るべき人間の中に、一応は霊夢と魔理沙も入っているので、彼女は大抵の事は自主的に面倒を見てくれていた。
そんな半端なく人間に優しい里の半獣に向って、人間を含むその他諸々を裁く閻魔様が「協力をして欲しい」と頼みに来たのだ。
そして勿論。閻魔は霊夢や魔理沙を最初から見てもいなかった。
「ふむ」
若干息を荒くして、それでも威厳を含ませながら空に浮んでこちらを見下ろす閻魔の姿に、慧音は僅かに首を傾げて腕を組む。
多分、今閻魔に協力を求められているのは自分なのだろうと予測して、慧音は口を開く。というか慧音は、閻魔が霊夢や魔理沙に協力を要請するなど、最初からしない事に気づいていなかった。
「協力、するのは別段構わないのだが、とりあえず事情の説明を求めてもいいだろうか?」
至極尤もな慧音のそれに、閻魔はそこで初めて表情を崩して、視線を少しだけ逸らす。
「いえ、それは……。実は、あまり聞いて欲しくない内容なので……その」
珍しく言いよどむ、舌の滑らかな閻魔様の様子に、慧音は、これは余程の事なのだろうと、僅かに思案げな眼差しを彼女に向けて、そして一呼吸分だけ視線を上げて考えこむ。
「了解した」
そして一つだけ頷く。
「私は何も聞かない事にしよう。それと、歴史も覗かない方がいいのだろうか?」
「ええ、お願いします。……すいません」
「いや、構わない」
閻魔の申し訳なさそうな表情に、慧音は気にするなと片手を上げる。
協力はして欲しい。だけど詳しい事情は話さない。
そんな身勝手で、何処か相手を馬鹿にしている様なその条件を、慧音は笑って受け入れてくれた。その姿に、映姫はほっと安堵の息を吐く。
そして初めて少しだけ安心した様に笑う。
「やはり、最初に貴方を尋ねてきて良かった。……なにぶん、この幻想郷で相談ができ尚且つ頼れて口が堅い。そして基本的な常識と良識をあわせ持った善人が、貴方しか思いつかなくて……」
「待ちなさいコラ」
「待ておい」
閻魔様の素直なそれに、無言で成り行きを見守っていた霊夢と魔理沙も流石に突っ込む。
「何だ、その私達が非常識みたいな言い草は?」
「失礼しました。……閻魔は嘘が吐けないので」
「本当に失礼ねあんた?また弾幕ごっこでもする気?」
こめかみに血管が浮き出てきた霊夢に、閻魔は「短気ですね」と呆れた目を向ける。
「……ですが、まあ。今は説教はしないでおいてあげましょう。私も忙しいので」
そして映姫は、心の底から嫌そうな溜息を吐いて、慧音に向き直る。
「それで、その、大まかな事情は説明できないのですが、簡単に言えば、私の相談に乗ってほしいのです」
「うん?相談に乗るだけでいいのか」
「ええ、貴方は聞き上手で、そして人間の歴史と生活に精通している。貴方の意見はとても貴重で参考になるのです」
真面目な顔でそう言う閻魔に、慧音は成程、と頷いて、すぐに目を細めて笑う。
「そうか。今の貴方は、閻魔様としてではなく四季映姫として私を尋ねてきていたのだな。ああ、困った時はお互い様だ。私でいいなら、何でも相談に乗るさ」
「……上白沢慧音。……うっ」
映姫は慧音のそれに、大げさに涙ぐむと、そっとそれを指先で拭う。
「……ああ、貴方は少し鈍感すぎますが、それでも余りある善意の心に満ちています。ええ、少し鈍感すぎて罪深すぎるのもあれですが、私は貴方に感謝します」
「?了解した」
「なあ霊夢。慧音の鈍感ぶりは少しってレベルじゃあないよな?」
「凄まじいわよね」
「ついでにあの閻魔が言う台詞でもないよな」
「あの閻魔も相当に鈍いわよ。やっぱり本人に自覚はないのね」
「そこ!陰口をたたかない!」
こそこそと嫌な顔で囁きあう少女二人を、閻魔様はびしっと注意する。
その姿は閻魔様というよりも、どこかの委員長っぽい仕草だった。
「全く。それでは上白沢慧音。……相談の内容は内密ですので。あちらの方で」
「ああ」
頷いて宙に浮く慧音に、魔理沙はそこで慌てて待ったをかけた。
「おおっとちょっと待った!おいおい遠慮せずにここで話してけよ!」
「……そうね。このままだと少しだけお茶がおいしくないわね」
ぐいっと、慧音の服を掴んで魔理沙が、その後方でお茶を飲みながら霊夢が、どこか好奇心を刺激された顔で閻魔を見上げていた。
片手にお茶を持ったまま。
つまりは、相談の内容をお茶請けにする気満々な姿勢だ。
「……お断りします」
閻魔は笑顔で言い切った。
「霧雨魔理沙。貴方は少し口が軽すぎる。貴方に秘密が知られれば、それだけで次の日には幻想郷中に知れ渡っている事でしょう。貴方はもう少し他者の心の機微に敏感でありなさい。つまり空気を読みなさい。そしてこれはついでの説教なのですが、貴方は少し直球すぎる。そんな事では変化球が好みの博麗霊夢に、貴方のその想いが通じるのは絶望的ですよ?」
ふっと笑って、閻魔様は魔理沙に説教?をする。
魔理沙は後半部分で絶句して慧音の服を離してしまう。
だが閻魔のそれは終わらない。
「そして博麗霊夢。貴方は少し適当すぎる。自分の事に関しても人の事に関しても少しぞんざいすぎます。そうですね。もう少し貴方に想いを寄せる霧雨魔理沙を、丁寧に、そして思いやりをもって接していく事から始めるべきでしょう。そしてまたついでなのですが、貴方は少し趣味が悪すぎる。何故によりによってあそこまで歪んだ心の持ち主に惹かれるのか……八雲紫は確かに、貴方にとっては魅力的かもしれませんが、もう少し考える事をおすすめします」
それでは、と。
閻魔様は慧音を引っ張ってそのまま空へと飛んでいく。
慧音は引っ張られながら、二人に少しだけ気の毒そうな視線を向けて「それではな」と軽く手を振った。
残ったのは、お互い真っ赤な顔で、いろんな意味で固まって動けない。素直な魔法使いと、素直じゃない巫女の二人。
並んで空を飛ぶ、閻魔と半獣。
「やっぱり、今日の貴方は四季映姫だな」
「……ええ、まあ」
「説教も短く、そして、あれは説教というよりお節介だ」
「……自覚はしてます」
少々頬に赤みをつけながら、四季映姫はこほんと咳払いをする。
「まあ、それはそれとして、もう一度言いますが、私は貴方に相談をしたいのです」
「先程も言ったが構わない。どうぞ話してくれ」
「はい……」
ようやく静かに話せると、映姫はこほんと咳払いする。
「相談とは、その。……詳しくは話せないのですがその。私事で極めて重要なことなのです」
「分かった。内密にするとここに誓おう」
すぐに映姫の言いたい事を察して、欲しい答えてくれる慧音に、映姫は少しだけ笑う。
「ありがとうございます。ええ、実は、その、私の相談というか聞きたい事と言うのは……その」
映姫は、そこでもごもごと言葉を切り、逡巡する様に視線を彷徨わせて僅かに赤くなりながら、それでも搾り出すように声を出す。
「すっ……」
「ん?」
「あ、あの……」
「うむ」
真剣な顔の慧音に、映姫は何度も言葉を詰まらせて、そのたびに視線を泳がせる。
随分と言い難そうな映姫に、慧音は辛抱強く待っていた。
閻魔様としてではなく、四季映姫として相談に来たというが、それでもあまり外部に話せないような内容なのだろうと、慧音は姿勢を崩さないように、じっと耳を澄ます。
そして、
時間にして時計の長針がやっと一周したあたりで、やっと映姫は萎めた声で叫ぶように言った。
「す、すすす好きな人ができてしまったら、い、一般的にはその後どういう行動をとるものなのでしょうかっ?!」
と。
小声でか細いのに、それでも精一杯が伝わるそれを、慧音は何度も何度も頭の中で繰り返す。
「…………………」
正直に、理解した途端に目を丸くした。
ついでに、がくんと飛ぶのを忘れて落ちそうになった。
「……む?」
「……っ。そ、そんな驚いた顔で見ないで下さい!」
「あ。いや、すまない。だが……む?」
慧音は混乱しすぎたので、ここらで頭の中身を整理する事にする。
博麗神社で寛いでいたら閻魔がやってきた。
相談があると、息を切らしていた。
ついでに魔理沙と霊夢に説教?をして、今ここにいる。
そして映姫は赤い顔で必死になって、相談事をさらけ出した。
好きな人ができてしまったら、
一般的にはどういう行動をするものなのか、と。
「ふむ」
整理終了。
ちょっと時間が掛かったが、僅かなものだろうと気を取り直す。
「……つまり、貴方は好きな人が出来たのか?」
結論がそれ。
そして、初めてのその感情に戸惑って、どう行動すればいいかで混乱していると。
慧音が自分なりの結論をだすと、映姫はそこで「なっ?!」と驚愕の顔になる。
「っ?!な、何故それが?!」
いや、何故って……
流石に、青ざめて顔を引きつらせる映姫を前に、慧音は素直に返答する事はできずに困る。というか、慧音にでも分かるぐらいに凄い分かりやすかった。
「あー……。つまり、私への相談で私事の極めて重要な内容とは、貴方の初恋の事、でいいのか?」
「なっ!?し、しかも初恋だなんてどうしてそこまでっ?!」
いやどうしてって……
慧音はどう答えるべきか非常に困る。というか、自分で言っている事に気づいていないらしい。
「……ふっ。流石は幻想郷の賢者と呼ばれるだけの事はあります。見事な推察力です」
「ああ、多分だが賢者は関係ない気がするな」
きっと。
「分かりました。……そこまで暴かれてしまったのなら、私も隠す事はやめます」
会話しながら、徐々に曝け出されていく秘密に、顔を赤くしていく映姫。
もう隠し事はしないと言った映姫に、慧音は「そうか」と姿勢を正して、また聞きの体勢に戻る。
それにしても、暴くとは乱暴な言い方だなぁと、僅かに苦笑しながら。
「ええ、そうです。わ、私は―――」
ぐっと映姫は身体に力をいれて、耳まで赤く染めてきっと慧音を睨む。
「実は…」
「ああ」
「わ、私は、こ、ここ、こ」
「こ?」
「こ、恋をしてしまったらしいんですって、い、いやぁぁぁぁぁ!!!!」
ボンッ!!バキィッ!!
無意識無解放無遠慮の、容赦なき弾幕の一撃が慧音を直撃。ついでに、ぐーぱんちもおまけについてきた。
どうやら隠し事はやめると決めてくれたはいいが、恥かしさに我を忘れたようだった
女心は複雑だなと、慧音は女だけど理解できなかったので思った。
「こ、恋というか、何といいますか気づいたら、その、こう、心から離れなくてどきどきしていて。それでどうしたらいいのか分からなくなって。ええ、最近はもう小町が頭から離れてくれないのに、小町ってばそんなの関係なく『四季様ー』って可愛い笑顔で近付いてきて、もう私はどうすればいいのか分からなくて、それで―――」
映姫は、慧音がひゅるりらと墜落している事に気づいていなかった。
ついでに慧音も、流石に閻魔の照れ隠しの一撃は凄いな、とか。成程。閻魔の恋の相手は死神だったのか、とか。撃ち落されて目を回しながらも、頭の中の何処か冷静な部分で納得していた。一応余裕はあるらしい。
「って、ああぁぁぁ?!す、すいません上白沢慧音―――――?!」
やっと気づいた映姫は、慌てて慧音を追いかけるが、弾幕の実力はちょっと下方面な慧音に、弾幕の実力トップクラスの映姫のあの一撃は強すぎたらしく、慧音の脳みそはがんがんに揺れているらしい。
つまり、気絶寸前だった。
「た、大変です!このままだと閻魔が前科一犯にってそうじゃないわよ私!し、しっかり上白沢慧音―!」
閻魔の叫び声空しく、慧音は「ふあー」と本気で気の抜けた声と共に落ちた。
どべちゃ。
と、妙な音を立てて。…………彼女の上に。
「ぐっ。ぐぬぅぅ………?!」
「ふあー?」
落ちた人と受けた人。勿論きっついのはその落ちた人を受けてしまった人である。
人ではないが、彼女は背骨を折らんばかりの鈍痛に非常に苦しんでいた。
「こ、このっ!」
ぷるぷると涙目で、彼女。ミスティア・ローレライは慧音をぺいっと自分の上からどける。
「痛いじゃないのよ半獣!」
「す、すみゃにゃい」
「……うわ、舌が回ってないし」
実は自分以上にぼろぼろだった慧音に絶句するミスティア。
舌は夜雀の命。かもしれないとミスティアはうーんと考え込み、慧音に脇に置いていた水の入ったコップを差し出す。
身体の節々は傷みまくるが、自分以上にボロボロで、何故か焦げてる感じの慧音に同情したのだ。特に右頬が赤く腫れて痛々しかった。
「ま、まあ、あんたには飢えてた時におにぎり貰った事もあるし、勘弁してあげるわ」
「かんしゃしゅりゅ」
「……もしかして、舌でも噛んだの?」
「か、上白沢慧音――――!」
空からの声。それはすぐに慧音の横に降り立つと、慌てて近寄って抱き上げる。
「ご、ごめんなさい私とした事が……」
「らいじょうぶら。間違いは、だれにでもありゅ……」
「ああああ、し、舌を怪我しちゃったんですね。待っていてくださいすぐに医者に」
「どうでもいいけど、何してたのあんた達?痴話喧嘩?」
「違います!!」
映姫はこういった内容の質問に全然馴れていなかった。
なので、思わず真っ赤になって、抱き上げた慧音を離してミスティアに抗議する。慧音の頭ががつんと痛そうな音を立てて地面にぶつかった。
「ふあー?」
「って慧音ー!?」
「……凄まじく不憫ね」
やれやれとミスティアは濡れタオルを、少し離れた場所に置いてある屋台から持ってきて、慧音の頭につける。
どうやら屋台の準備中、少し休憩をしようと屋台から離れた途端に、慧音の奇襲にあってしまったらしい。
結構彼女も不憫だった。
「それで?閻魔様は何してるのよ?もしかしてこの半獣に説教?」
「違います。上白沢慧音は、その、私の相談にのってくれていたんです」
「ふーん。まあ、この半獣はそういう難しい話は得意そうだしね」
興味なさげに、というかどうせすぐに忘れるだろうと、ミスティアは慧音の看病を続ける。慧音はすでに完璧に気絶していた。
先程の映姫の一撃が相当に効いたらしい。
「それで閻魔様が半獣に相談って、何なの?」
「そ、それは秘密です!それに今の私は閻魔ではなく、四季映姫として個人的に相談に来ているのです!」
「いや、それでどうして半獣が空から墜落してくるわけ?逆切れ?」
「…………ひ、秘密です。そして違います」
じと目のミスティアに、映姫は自分が悪いと理解しているので、気まずげに視線を逸らして、曖昧に言葉を返す。
だが、映姫はそこでふと、はっとした様な目でミスティアを見つめた。
まるで、同属を見つけた様な、自分に近い何かを発見した様な、その感覚。
閻魔としての肥えた目が、ミスティアを捉えたのだ。
「ミスティア・ローレライ」
「何?」
「……貴方、今、恋をしていますね?」
ミスティアはずっこけた。
唐突というか急変すぎるそれに、煙が舞い上がるぐらいの勢いでずっこけた。
閻魔は嬉しくなる。これは図星だと。
「は、はあっ?!いきなり何を言うのよ!わ、私は別に」
「一応閻魔なので、私に嘘を通じませんよ」
「な、ななな」
「いえ、貴方を包む雰囲気が、以前説教した時とまるで変わっていたので」
「ど、どどどど」
「ええ、人も妖怪も、恋をすると変わりますからね」
「っ?!」
青ざめるミスティアに、映姫は勝ち誇った顔で胸を張る。
流石に、ちょうど自分が恋をしていますから、とは言わない。
「なっ。うっ。ぐぐっ?!」
ミスティアは、暫くぱくぱくと口を動かしてあわあわと両手を上下に動かしていた。そしてその衝撃で慧音の頭が再度地面とぶつかったりなアクシデントもあったが、映姫もミスティアも気づかない。
「それで、貴方の恋の相手はどんな妖怪なのですか?」
「だ、誰って、べ、別に私にはそんな、恋をしてる奴なんて!」
「チルノ?」
「とんでもない誤解よそれは!というかチルノには天狗がいるでしょうが!」
「…橙?」
「橙はご主人様一筋よ!何その考えただけで空しい片思い?!」
「……まさか、リグル・ナイトバグ?」
「違うわよっ!よりによってなんて恐ろしい名前を出すのよ?!殺されるでしょうが花に!」
「ルーミア?」
「はぅぐっ??!!」
固まった。
ミスティアは真っ赤な顔で羽をばさばさと動かしている。
「ふっ……誘導尋問に引っかかりましたね!ミスティア・ローレライ!」
「し、しまったっ?!」
勝ち誇った顔の映姫と、愕然とするミスティア。
慧音は気絶中である。
なので、この場に突っ込み役はいない。いや、起きていても彼女に突っ込みは期待できないかもしれないが、ここにそれを指摘してくれる誰かはいない。
非常に残念である。
「……くっ」
「なるほど、ルーミアでしたかって………え?食べられませんか、貴方が?」
「失礼な事言わないでよ!」
閻魔の癖に偏見かよ!とミスティアは抗議して、何故か頭から血を流している慧音の血をタオルで誤魔化すように拭う。
「というか、何なのよ急にその質問は?!」
「す、少し、貴方の変化に興味が湧いただけです」
真っ赤になって怒るミスティアに、まさか自分が今初恋真っ最中なので、他の人の恋の話も聞いてみたいし、できればそれを参考にしたいから、等という理由だからとは、絶対に言えなかった。
「……こほん」
閻魔一筋で真面目一徹な映姫は、悲しいぐらいに恋の話に疎かった。いや、裁判時での公正な判断を得る為に、知識としてだけは知っていたが、実際の経験と照らし合わせてみたら、それは驚くぐらいに参考にならなかった。
やはり本で読むのと経験をするのは違う。
なので、今の彼女は、恋の話という、ある意味で少女同士の会話に花咲く内容に、遅れながらも非常に興味を持っていた。
「と、とにかく。それで、どうなんですかミスティア・ローレライ。貴方の片思いなのですか?」
「だから失礼よあんたは!」
ミスティアはむきーっと両手をばたばたして怒る。
「もうルーミアとは健全なお付き合いしてるもの!」
「な、なんと!」
すでに告白してお付き合い中?!
映姫は非常に興奮して身を乗り出す。その映姫のいい反応に、ミスティアもついごにょごにょしながらも教えたい気持ちになったりして、口が自然に動き出す。
「でも、本当に食べられないのですか?あの子は少し食欲が旺盛すぎましたが……」
「大丈夫よ!だってルーミアは、その。わ、私の事は食べないよーって、い、言ってくれたもの!」
「まあ」
さらに身を乗り出す閻魔に、ミスティアは隠す事をやめたのか。すでに開き直ったのか、もじもじと、好奇心満載な閻魔に、二人のラブラブ話の一部を聞かせる。
「ルーミアって、あれで馬鹿っぽいし食欲魔人な印象だけど、結構ムードを分かってるし」
「ほうほう」
「いつも嬉しい言葉を言ってくれるし、私に好きって言ってくれたのもルーミアだし」
「ふんふん!」
「さ、最初は絶対食べられるんだって拒否してたけど、その、本当にルーミアってば、告白以来齧る事もしないし、優しいし……か、可愛いし」
「それで、どうなんですか?!」
「みすちーのご飯はおいしいよーって、毎日欠かさずに言ってくれるし」
「ふむふむ!」
「それで、私を自分の闇に引きずり込んで『みすちーの事は食べないよ。でも、別の意味だと食べたいなー』って、もうきゃー!」
「なっ?!あの幼女がそこまでのやり手だったなんて?!」
メモを取り始める閻魔。
ごんごんと慧音の頭が激しく叩きつけられる。
二人の少女はもう盛り上がりまくりだった。
「お?」
「あ。おはよう半獣ってきゃー?!」
「目覚めましたか上白沢慧音って、はいっ?!」
だっくだっくと血を流す慧音に、びびる二人。
本当に遺憾な事だが、ここに突っ込みをいれる誰かはいない。
「ああ、ようやく目覚めた。ふむ、舌も治ったようだ。半分妖怪というのはこういう時に便利でいいな」
「そ、それはいいけど」
「今は、し、舌より頭の怪我の方が……」
「おや?見事にいろんな所が割れているな」
不思議そうに首を傾げる慧音。
青ざめて絶句する映姫とミスティア。
そして、慧音が出血多量の貧血で倒れるのは、それからすぐの事だった。
薬品の香りが僅かにするその部屋の中。
きゅっと、慧音の頭に包帯を巻き終えた八意永琳は、それはもう綺麗な笑顔で閻魔を見つめる。
「ふふふふふ。慧音の頭の傷と頬の腫れ。説明を頂けますよね?」
「す、すいませんでした!」
「なに、気にするな」
頭に包帯。頬に分厚いガーゼ。それは酷い有り様の慧音に、映姫はすかさず全力で頭を下げる。
どう考えても考えなくても、慧音の怪我は彼女と、ここにはいないミスティア・ローレライが原因だった。
ちなみに彼女は屋台を放っておけないので、今度ご馳走するという事で慧音に謝罪をしていた。
そして、ここは永遠亭の八意永琳の自室。誰も入らないようにと入り口に張り紙を張ってあるので、内緒話にはうってつけの場所だった。
「すまない、面倒をかけたな永琳殿」
「いいのよ慧音。貴方の傷は私の傷と一緒ですもの」
「本当に感謝します。八意永琳」
あれから、慧音が気絶してすぐに永遠亭に、こっそりと、しかし最速のスピードで無断進入した閻魔は、すぐに八意永琳を探し当て、内密に慧音を治療してくれと頼み。永琳は不穏そうな顔をしながらも引き受けてくれたのだ。
不法侵入は立派な犯罪だが、慧音が「私の為に頼む」と、言ってくれて、閻魔は色々な意味で心が引き裂かれそうだった。
映姫が説明困難な立場にいると分かって、気を使ってくれたのだ。
「上白沢慧音……」
「本当に気にしないでくれ……むしろすまない。私の気遣いは重荷だったようだ。血が足りなかったとはいえ私の配慮不足だった」
「………」
本当に、いい人なんだよなーと。
こっそりと、部屋の前で盗み聞きしているてゐと鈴仙は顔を見合わせて思った。
流石に、いくらこっそりと進入したとはいえ、永遠亭屈指の実力者の因幡てゐと、鈴仙・優曇華院・イナバが、彼女ほどの大物の存在に気づけない筈がないのだ。
ちなみに、姫は妹紅の所へと遊びに行っているので不在。今頃妹紅は本気で嫌そうな顔をしているだろうと、簡単に予想が付いた。
まあ、閻魔様でもある彼女が、突然永琳を襲うなんて事はないだろうが、念には念をいれて、そして好奇心を刺激されるので、二人はこうして部屋の前に待機していた。ちなみに、この二人の行動は永琳にも分かっていることである。
気づいていないのは、動揺している閻魔と、負傷している慧音だけ。
「それでは永琳殿。世話になって挨拶もそこそこだが、これで失礼させてもらう」
「あら?」
「上白沢慧音……」
「まだ私は、貴方の相談に何も答えていないからな」
「………」
うっわ。本当にいい人だと、てゐは呆れながら、鈴仙はちょっと悔しげに思う。
「いえ、構いません。ここで、聞いてもらえますか?」
「……しかし」
「八意永琳にも迷惑をかけたのは事実です。このまま帰ったら、彼女が納得できないしょう」
映姫はすうっと、息を吸って、微妙に赤い顔になる。
「じ、実は、私は、こ、恋をしてしまったんです!」
すでに聞いていた慧音は「うむ」と頷く。
が、始めて聞いた三人は、まさに「はいっ?!」である。
しかし、その驚きの種類は、慧音と少し違っていた。
「あ、相手は、そ、その………小町なんです」
「小町って、あの死神よね?」
「はい」
永琳の問いに、真面目な顔で赤い顔をして頷く映姫。
そしてぽつりぽつりと、心の不安を吐き出す様に、語りだす。
「……自覚をしたのは最近なんですが、小町が、笑って、その顔が可愛いと思ったらどきっとして、それからずっと……。小町とは上司と部下の関係で、そんな関係なのに、上司が部下にこんな好意を持ってしまって、挙句にさ、最近は、よからぬ妄想までする始末で……」
「……そうか」
涙目になる閻魔を、慧音は酷く真面目な顔で見つめて、頷く。
「…………慧音」
「うむ?」
「…………会話に参加してもいいかしら?」
「はい。貴方の意見も聞きたいのです。……上司が部下に、それも同性同士で、小町に気持悪がられないか、そんな事が許されるのか、どうかを」
四季映姫の悩み
初恋。それも一番身近で、一番自分を困らせる、赤毛の気さくな死神に。
自分は、小町を好きだと思って、それを自然な事と受け入れたが、だからって小町が同性同士の愛を受け入れてくれるかどうかはわからない。
もし、気持ち悪がられたりなんてしたら……
彼女の不安を聞いて、それは相当に悩みが深いだろうと、慧音は酷く同情するが、周りの三人は違う。
「閻魔様」
「はい」
「……それ、今さらですか?」
「はい?」
「む?」
てゐと鈴仙は部屋の外で何度も強く頷く。
そうそれ!
まさに、今更かよお前は?!である。
「ど、どういう意味ですか?」
「いえ、どういう意味も何も………まずは貴方、最近も何も、もっと最初の頃からあの死神に好意を持っていたじゃない」
「えぇ?!」
驚愕に慄く閻魔に、永琳は内心「え?本気で言ってるのかしらこの小娘は」と呆然とする。
「……気づいていないのは、死神ばかりかと思っていたのだけど」
小野塚小町は決して鈍くはないが。彼女は四季映姫の近くに居すぎる。
だから、近すぎて彼女は気づけないだけだった。
なにせ、永琳は彼女達が参加した最初の宴会の時から、彼女達の互いを想う気持ちに気づいていたのだから。
この閻魔は、死神が少しどじをすれば怒り。少し善行をすれば咳払いしながら誉め、少し落ち込めば慰めると、ほんの少しの行動を見逃さない。
それはもう、閻魔の目を駆使しまくって、ずっと死神を見守っている。
サボったら必ず怒る。仕事をすれば、まあ当たり前の事を大げさに誉めてはいけないから少しそっけなくはなるが遠まわしに誉める。
つまりは、彼女は死神の事と仕事の事で一杯で、宴会よりも死神しか見ていなかった。
そして、それは見ていれば誰にでも分かるという、まさに第三者には、宴会の参加者全員が丸分かりの事実だった。
「そ、そんな……?!わ、私はそんなに前から小町の事を……」
本気で言ってたのね、小娘。
永琳は頭痛を堪えて小さく溜息を吐く。
「そうだったのか。流石だな永琳殿。人の心の機微に聡い」
「……慧音。貴方も気づいていなかった事に、私は驚きを隠せないのだけど」
てゐも鈴仙も、微妙な顔で目を合わせている。
「ねえてゐ。慧音さんって、恋愛関係からっきし?」
「多分ね。というか、あれだけ気づかないと、すでに何かの病気じゃないかと思うんだけど……」
人の好意に敏感なくせに、と鈴仙とてゐは不思議に思う。
「…………しかし、それなら私はどうしたら」
最初から、私は小町の事が好きだった。それは認めよう。
恥かしいし、何故かばればれだったみたいだけど認める。
だけど、相手は部下で女性で、小町なのだ。
「どうしたらも何も、想いを伝えるべきでしょう?」
「そ、そんなっ?!だ、だって小町にそんな事」
映姫の脳裏に、サボり癖の死神の満面の笑顔が浮んで、すぐに消える。
「できないのかしら?」
「できません!だ、だって同性同士で、まして、私は小町に毎日説教をしていて、好意なんて万に一つも持たれている訳がないのに!」
それでは玉砕覚悟ではないかと、映姫は悲鳴じみた声で訴える。
どうせ振られると分かっているなら、告白なんてしないで、今まで通りで小町の傍にいたいと、閻魔の顔は言っていた。
「……」
これには流石に、永琳も、外で待機しているてゐも鈴仙も、呆れた。
本当に、この人、恋愛初めてなんだなーと、尊敬すらした。
「……閻魔様。助言をするなら、この幻想郷で同性同士を気にするのは意味がありません。というか、気にする人の方が珍しいと言えます」
それに、あの死神はそんな事は気にもしないでしょうと付け加える。
「そ。そうでしょうか?」
おずおずと自分を見上げてくる映姫に、もう永琳は堪えられない頭痛に額を抑える。
これは、思った以上に堅物で難解で純粋だと、閻魔と同じように、全然わかっていなさそうな想い人の疑問の顔に泣きたくなる。
ここは、そうね。
永琳はふと閉じていた目を開いて、ぱんっと手を鳴らす。
「てゐにウドンゲ。閻魔様に説明を」
「げっ?!」
「えぇっ?!」
障子越しに、聞きなれた声が聞こえて、慧音と映姫は驚き、そして外で待機していたてゐと鈴仙も驚く。
まさか呼ばれるとは思っていなかったのだが、呼ばれた以上は出て行くしかなかった。
「ふふっ。こういうのは、貴方達の方が向いているわ」
「うぅ」
「ず、ずるいです師匠ぅ」
おいでおいでと招く永琳に、ちょっと嫌そうな目を向けて、てゐと鈴仙は部屋に入ってくる。
「……聞いていたのか」
「なっ。なななな」
動揺する二人に、てゐと鈴仙は罰の悪い顔をしながらも、開き直るように永琳の隣に座る。
「話は盗み聞きしていました!」
「うむ。見れば分かるな」
「ついでに、閻魔様の悩みを解決する方法も見つけました!」
「なっ、ほ、本当ですか!?」
動揺していたくせに、すぐに身を乗りだす映姫に、てゐと鈴仙は頷く。
というか、もう誰だってわかるだろうこんなの。と言う顔を必死でださないようにしていた。
永琳も、こんな事を説明するより、慧音の怪我の手当てを続行する方が大事だった。頭と頬以外では、全身に擦り傷打撲の跡がある。永琳は溜息をついて、その傷の手当をする。
てゐは、そこで閻魔を可愛い顔を厳しくして見つめる。
「いいですか閻魔様!閻魔様は死神に恋をして、悩んでいる。だけど、貴方が悩んでいる事って、部下に恋をしてしまった自分に対してと、今後その死神にどうやって接していけばいいのかという、そういう悩みでしょう?告白をして自分の気持ちをどう伝えるか、ではない!つまり閻魔様は根本的に間違っているんです!」
「……ま、間違って、いる?」
呻く閻魔に、てゐは腕を組んで可愛い顔をにやりと邪悪に微笑ませる。
「だって、閻魔様ってばそんな雰囲気をだしまくりなんですもの。どうやって自分の心を殺せるか、どうやって小町に知られないようにできるか。って、そんなのばかりで、どうやって想いを伝えればいいのか、って、実は一度も言ってませんよ?」
「そ、それは」
言いよどむ閻魔。
慧音も気づく。そういえば、彼女は自分に、どうやすればではなく、どうやって行動すればいいのかと尋ねてきた。……つまり、最初から彼女は自分の気持ちを殺すつもりだったのだ。
「つまりですよ、閻魔様」
鈴仙は、そこでてゐに引き継ぐように困った顔で笑いながら、まるで姉が妹に語りかけるような口調で伝える。
「閻魔様は勘違いをしているんです。思いを伝えずに我慢して殺す事が、一番いい事なんだって。押し込める方法さえ知ってしまえば、今まで通り変われずに過ごせる。そしていずれこの恋は風化して消え去ってくれる。これは一時の気の迷いなのだから、だから小町に絶対に伝えてはいけないと……違いますか?」
「っ」
図星だったらしい。
閻魔は嘘をつかないというが、これでは分かりやすすぎる。
「そんなの、駄目に決まってるでしょうが!」
「そうですよ!自分でこれは気の迷いだから告白しないなんて決めるなんて……どう見ても、閻魔様のそれは本気の恋です!」
てゐと鈴仙は、そこで畳み掛けるように身を乗り出す。
「閻魔様ってば本気で馬鹿でしょう?!どう見てもそれ、全然一時の気の迷いってレベルじゃないよ。そんな泣きそうな顔で何をほざいてるわけ?さっき好意をもたれている訳がないとか言ってたけど、そんなの分からないでしょうが!自分勝手に気持ちよく落ち込んで悩んで、それで相手の気持ちまで勝手に決めるな!それって自分にも相手にも凄い失礼なだから!ちゃんと好きな人の事をよく見てあげなさいよね!」
びしっと言い放つてゐに、映姫はぐっと言葉に詰まる。
確かに、自分は勝手に小町の気持ちを判断し、ただ勝手に悩んでいただけだと、ぎりっと歯を食い縛る。
なんて体たらく。なんて無様。
映姫は激しく後悔する。
それを、鈴仙は見つめて、口を開く。
「……想いは伝えて、答えて貰うのが、一番いい形だと思うんです。自分勝手だと言われても、それが自分の素直な心の筈です。答えが、どちらかは分からないけど、伝えない事で自分に嘘をついたら、ずっと後悔します。消えない後悔は、苦しいです!」
「………」
それは、閻魔の彼女には痛すぎる言葉。
四季映姫は知っている。
罪の種類を知っている。
罰の種類を知っている。
天国と地獄の違いを知っている。
彼女は裁判官。
後悔をして後悔をして、未練を残して、現世に彷徨い、悪霊になった善人を知っている。
知っている。
ぐっと、映姫は拳に力を入れて、ぎゅっと握り締める。
「………私のこれは、エゴです」
「そうですね」
永琳が、微笑しながら口を開く。
「………自分勝手は、罪です」
「知ってますよ」
てゐが、楽しそうに笑う。
「………後悔は、罰です」
「はい……」
鈴仙が、悲しげに笑う。
「………私は、今は閻魔ではなく四季映姫です」
「そうだな」
慧音が、優しく笑う。
四季映姫は、ぱんっと両頬を強く叩いて、気合を入れる。
むんっと自分に活をいれると、立ち上がり、だけど最後に振り向いて。
「失恋してきます!」
赤くなった頬で、彼女は宣言して勢いをつけて飛んでいく。
流石は閻魔。
ごうっと風が流れて、部屋の中が滅茶苦茶だ。
「やれやれね」
部屋の惨状に、だけど部屋の主は気にした様子もなく肩を竦める。若いわねーと呟きながら。
「……というかさぁ、私と鈴仙って、閻魔に告白を急かす為にいただけ?」
「みたいだね」
苦笑して顔を見合わせる二人。
「というか、私は相談を受けたと言うのに、全然役に立てなかったな……」
苦笑して、まだまだだと呟く慧音。
本当に、何のために閻魔の恋愛話に関わったのか分からずに、四人は笑いあう。
彼女達は気づいていないが、皆が皆、それぞれに彼女に小さな勇気をあたえていた。
博麗神社にいた霧雨魔理沙も、博麗霊夢も、
そう、森の中で出会った、ミスティア・ローレライですら。
そうして彼女はここにいる。
片思いをしている。だけど親友同士の、仲良しな二人を知っている。
幸せそうに、愛する人の事を話してくれた、夜雀の事を知っている。
一途に一人の半獣を思う。幸せそうに笑う永遠の薬師を知っている。
師を敬愛する。その為に師を応援しようと悲しい恋を経験した、月の兎を知っている。
月の兎を見守り続けた、素直じゃない、だけど変わらぬ愛を持ち続けた兎を知っている。
人間を愛して、自分を愛する事を忘れた、悲しくて優しい半獣を知っている。
だから彼女はここに立てる。
三途の川の前に。
彼女の前に。
「ど、何処に行ってたんですか四季様?!探したんですよ!」
息を切らせて飛んできた映姫に、小野塚小町は慌てて駆け寄る。
いくら休憩時間だからといって、こんなに長い時間彼女が不在だったのは初めてで、小町は本気で心配していた。
探しに行こうとも思ったが、流石にここを不在にするわけにもいかないと、それこそ歯を食い縛って、じりじりしながらずっと彼女が帰ってくるのを待っていたのだ。
「小町……」
「そんなに息を切らして、本当にどうしたんですか四季様?」
近付いて頬に手を当てて気遣ってくれる小町に、映姫はかあっと赤くなりながらも、必死で拳を握り締めて耐える。
いつもなら、ここで照れて動揺して、逃げてしまうけど、今はそんな事できないのだ。
「………小町」
「は、はい?」
いつもと何処か違う映姫に、小町も不思議に思いつつも、何かしてしまっただろうかと動揺する。
「貴方に、伝える事があります」
「四季様?」
俯く彼女に、本当にどうしたのだろうと、長身を屈めて下からその顔を覗き込んで、ぎょっとする。
「………ふぐ」
泣いていた。
「え、えええぇぇぇ??!!」
がこんと、頭を殴られたようなショックを受けて、小町は愕然とする。な、泣いている?四季様が?何で?!ま、まさか何かあったんじゃっ?!
「ど、どうしたんですか四季様?!誰かに何かされたんですか?!」
「………ちが」
「もしかして外出中にですか?!」
「っ……ふぅ……ぐす」
これから、自分はこの優しい死神に、嫌われるのだ。
そう思ったら、映姫は自然に泣いていた。
自分勝手は罪。後悔は罰。
私はこれから後悔しない為に、自分勝手になって、そして……
「貴方は、少し、優しすぎます」
そうだ。
全部小町が悪い。小町が酷いのだ。だって優しすぎる。
いつも、小町は私に優しすぎる。優しく笑ってくれる。優しく話を聞いてくれる。優しく、遠まわしに気遣ってくれる。サボるけど、でもいつも優しくて……
「………ぜ、絶対に、有罪です」
「ゆ、有罪でいいですから!何があったんですか四季様?!」
ぼろぼろと泣く映姫に、もう誰かの名前を出したら、それだけで激怒して飛び立っていきそうな小町。
嫌われるのは悲しい。
気味悪がられるのは痛い。
いなくなったら寂しい。
だけど、永遠亭で教えられた。想いを伝える事は、大切なことだと。
想いを伝えなくては、それだけで自分の嘘になる。
嘘はつかない。閻魔様だから。私は小町の上司だから、小町に嘘をつきたくない。
「ご、まちぃ……」
「な、泣かないで下さいよ。四季様」
ごしごしと目元を何度も擦る小町の指が心地よくて、それでも涙は止まらない。
最初は、
小町を好きになって、小町の事しか考えられなくなって、おかしな妄想ばかりして、小町が私を好きだったらとか、そんな馬鹿な妄想しかできなくなって。
これではいけないと、上白沢慧音に相談に行った。
どうすれば、前の関係に戻れるか。
どうすれば、前のように小町に接すれるかと……
だけど、
私は彼女達を見てしまった。
片思いをして、お互いの想いは通じていないのに、それでも共にいる二人を。
両想いになって、相手の事で幸せそうに笑う。綺麗な笑顔の彼女を。
傷を負った想い人の為に心を痛める。だけど、手当てをして役に立てて、どこか嬉しそうに笑う彼女を。
愛する師を応援する。悲しい月の兎を。
愛する月兎を守ろうと、傍に居ると誓った地上の兎を。
愛するあまり、愛されているのに気づけない。そんな悲しい半獣を。
もう、私は知っている。
裁く為の客観的資料でも情報でもない、自分で経験して、自分の目で見て知った。
私は、
知っているのだから。
「小町」
「はい」
そんな、頑張ってる彼女達を見て、知って、今まで通りがいいなんて、そんな腑抜けた事、言える訳がない!
心配そうにしゃがんで見上げてくる。小町。
だから、私はちゃんと言おう。
小町に、自分の思いをぶつけて、困らせて、苦しめてしまうけれど、どうか許して欲しいと心の中で必死に謝罪しながら、貴方に伝えよう。
「……私は、小町を――――」
小町の耳に両手をつけて、こっそりと、小さく、吐息みたいな声で、私は伝えた。
すぐにばっと、音を立てて小町から離れて距離をとった私は、
小町の返事を、絶望的なそれを聞く為に、多分赤いだろう顔を、小町に向ける。
そう、こんな時なのに。
小町に嫌われるかもしれない、気味悪がられるかもしれないそんな審判の時なのに、
「―――へ?」
ぽかんとした、小町の顔。
小町の、その子供みたいな幼げな顔が、何故かツボにはまって。
私は少しだけ笑った。涙を流して笑った。
そして私は、少しだけ胸がスッキリしていたのに気づいた。
四季映姫の勤めるべき善行は、自分に正直になる事だったのだと、今気づいた。
後日の話。
「上白沢慧音ー!」
竹林の上空。永遠亭に先日のお礼に行こうとお土産を持っていた慧音は、その声におや?と首を傾げた。
「ああ、久しぶりだな」
何故か全力で飛んでくる閻魔に、慧音は笑いかける。
最近は、なんだかそれが日常的な事になりつつあるから。
「小町が、小町が優しくて酷いんです!」
「そうか。大変だな」
「ええ、もう!」
閻魔としてではなく、四季映姫として、彼女は慧音の元をたびたび訪れるようになっていた。
「小町ってば、わ、私なんかにお弁当を作ってくれたんです!」
「そうか。それは嬉しいな」
もう、慧音の映姫を見る目は、寺子屋の生徒達を見る目と同じであった。
「だけど、私は好き嫌いが少し多いからって、苦手な食材を工夫して入れてくれたのですが、やっぱり苦手なのは苦手で……でもそれは小町の優しさで、だけど椎茸はどうしても苦手で……」
「そうか。それでは、椎茸が食べられるようになった、人間の話をしてあげよう」
「た、助かります!」
小町のお弁当は残さず食べたいと、今日はこうして慧音を尋ねてきた閻魔。
その笑顔は、歳相応な少女の笑顔で、閻魔の時の威厳溢れる姿とは似ても似つかず。
きっと、
あの死神はこの笑顔に惹かれたのだろうと、慧音は思う。
閻魔と死神が、今まで以上に仲良くなった。
閻魔と死神が、何故か交互に相談に来るようになった。
といっても、目当ては慧音ではなく、慧音が紹介してくれる誰かなのだろうけど。
「な、成程。椎茸にそんな逸話が……」
「ああ、他にもあるぞ」
真剣な顔をする映姫に、慧音は笑う。
きっと。閻魔様の相談事が椎茸だったりするから、幻想郷は幻想郷なのだと。
優しい閻魔が椎茸を食べられる様になるのは、優しい死神の愛情が不可欠なのだなと、慧音は歴史を語りながら優しい気持ちになった。
ちなみに、次の日の彼女の相談事はマッシュルームだった。
これからもよろしくお願いします。そのうちぜひ、あなたの文章力で、マリ×レイなお話がほしい、今日このごろです。でわ、次回も楽しみにしてます^^
幻想郷は一年中春ですよ~、主に頭の中が。そしてそれがとてもいい!!
しかし、いつ・どんな成り行きでチルノは天狗(仮名)と仲良くなってたんでしょうか?
ミスティアとルーミアの馴れ初めも気になるけど、チルノと天狗(ほぼ確定してるけどあくまで仮名)の話も見てみたいです。
次回も楽しみです。
だがこういうの大好きです
とにかく、にやにやさせていただきました。
えーきさまの告白シーンで身悶えした自分はきっと地獄行き
魔理沙、霊夢、蓬莱人たち、うどんげ、てゐには今後も頑張ってほしいなと。
告白シーンでは、すんげぇ応援しながら読んでました。
ただ甘いだけの話にならないのが素晴らしいです。
あと何気に複線多いな。⑨とぶん屋の組み合わせは是非見たい。
そんなに短くもないし登場キャラもさりげなく多目なのにスルリと読める、こりゃ凄い。
で、アナザーストーリーはまだですか(゚∀゚)?
あなたのキャラクターは実に魅力的でした
最後の辺りに納得
誰もがなんにでも悩めること、どんなものにでも好き嫌いがあるのが幻想郷なんですよねぇ
どんな小さな悩みでも
すべての伏線がお話となることを期待してますwww
ご馳走様でした。
なるほどねぇ、それは確かに悲しいことかも
今回もキャラが生き生きしていましたね!
百点!
いいね夏星さんがキャラをみんな愛してるのがちゃんと伝わってきますよ
勝手に口元が緩んでしまいましたwww
何て初々しいお姿。
四季様の可愛らしさ、初々しさに乾杯。
これはまさにアルカディア…いや、これこそが幻想郷か!
甘すぎて砂糖を吐き出しました。
にしても伏線いっぱいあってワロタw アナザーストーリーはまだですか?w
何とも 勇気ある言葉か…
周囲の人々の気持ちを無碍にしない映姫さまはキュート。
・・・変な創作意欲がわいてきた。
映姫様かわいいすぎるよ
畜生ニヤニヤが止まらない!
虫歯にならない事を祈るばかりです。
だがそれがいい!百合の花が咲き乱れる幻想郷も良いと思うんだ!
それにしても恋とは恐ろしい程のパワーをもたらすのですね
>椎茸にそんな逸話が……
気になるw
ああ、懐かしきあの青春の日々……。
そんな感じにニヤニヤしちしまって俺ウボァァァァァァ