――ねえ、誰かに見られているような気がするの。
何かが聞こえたような気がして、宇佐見 蓮子は脚を止めて振り向いた。視界の端に丸い月が見える。空は明るくて、影絵のように長く長くかげが伸びていた。
誰もいない。
二人のほかには。
音はない。
二人のほかには。
「……メリー?」
口から出たのは、友人の名前。秘封倶楽部のパートナー。メリー――マエリベリー・ハーン。隣を歩いていたはずの彼女は、いつのまにか立ち止まっていた。後ろにおいていかれている。顔を伏せ、地面だけを見つめている。
影を見ている。
影を、見つめている。
あるいは、
空から目をそらしている。
月から目をそらしている。
「どうしたの? メリー」
不審に思ったのだろうか。蓮子は踵を返し、立ち止まるメリーの傍へと歩み寄る。
かつん、
かつん。
誰もいない音のしない夜の街に、蓮子の足音だけが響き渡る。
かつこん、
かつこん。
それ以外に音はない。日付の変わった夜の街は、既に眠りについている。人が、そして街が。誰もが眠りについている。死に絶えたように静かな街の中、生きているものは秘封倶楽部の二人だけ。
その二人を、
月だけが見ている。
「具合悪いの?」
かつん、かつこん。
足音が止まる。手を伸ばさなくても届きそうなほどに近い距離。すこし屈めば、俯くメリーの顔をのぞきこむことだって出来ただろう。けれど、蓮子はそうしなかった。前に立ち、メリーが顔をあげるのを待つ。
ただ、じっと。
彼女を、待つ。
メリーは答えない。俯いたまま、身じろぎもしない。ゆるやかな呼気の音が聞こえるだけだ。
蓮子は「ふぅ」とため息を吐いて、片手で帽子を押さえながら空を仰ぎ見た。黒く暗い蒼色の空。雲はなく、月と星がよく見える。今が何時か、此処が何処か。蓮子の瞳に明瞭とそれを告げてくる。
いつもの街。
いつもの時間。
変わったところは、何もない。
何もない――はずなのに。
「ひょっとして、おなか空いたとか?」
その言葉に、メリーはふるふると首を横に振った。そこだけは否定しておきたいらしい。
反応があったことが嬉しくて、蓮子はつい、
「パスタ二皿とピザ二枚にサラダまで食べてまだおなか空いたの? ひょっとしてメリー、新しく大食いの能力とか見つけ、」
たの、とはいえなかった。俯いたまま繰り出されたメリーの右ストレートが、狙い違わず蓮子のおなかに突き刺さったからだ。
ぼすん、といい音がした。
言葉を無理矢理に遮られて、蓮子はニ、三度きつそうに喘いだ。何か文句を言おうかとも思ったが、ぷるぷると震えるメリーの拳を見て言うのをひかえる。今余計なことを言えば、間違いなくニ発目がくるだろう。
「冗談よ」
それだけ言って、くの字に折れた体を真っ直ぐ伸ばす。ぎゅっと握られていたメリーの拳がほどけていく。
再び、静寂。
静かな、夜の街。
蓮子は何も言わず、
メリーは。
マエリベリー・ハーンは。
「見られているような気がするの」
ようやく――口を開いた。
それは二度目の言葉だったけれど、先の言葉を聞きそびれた蓮子にとっては初めての言葉だった。
だから、反応はありきたりだった。
「……は?」
いつも通りにわけのわからないことを言うメリーに対し、蓮子はいつも通りの反応を返した。即ち、小さく首を傾げたのだ。
とっぴょうしもないことを言うのも、
わけのわからないことを言うのも。
秘封倶楽部にとっては、いつも通りで。
だからこそ、蓮子はいつものように首を傾げて、続きを待つ。メリーの言葉の続きを。
けれど、繋げて吐かれた言葉は。
「いいえ、見られているわ。気がするんじゃない――見られて、いる」
蓮子にとっては、より不可解なものにすぎなかった。
自己完結するようなメリーの言葉に、蓮子の眉が八の字になる。わけがわからない。意味がわからない。理由がわからない。メリーの言葉は、蓮子に話し掛けるものというよりは、自分自身に言い聞かせるような――独り言のような、呟きだった。
声は、かすかに震えていた。
恐怖か――それ以外の何かによって。
――見られている。
メリーは、そういった。その言葉を元に、蓮子は想像をめぐらせる。メリーの発言から理解できない以上、自分の想像によって事実を埋めるしかなかった。
――何に? あるいは、誰に?
くるりと、辺りを見回した。周りには誰もいない。夜の街にはだれもいない。
何もない。
二人以外には。
誰も――何も。
見てはいない。
メリーを見ているのは、蓮子だけだ。
二人だけの――夜の、町。
「誰も……見てないわよ」
そう、言った。
けれど、メリーは再び首を横にふった。それは違うと、見られているのだと、彼女は無言で主張する。
わけが、わからなかった。
それでも不思議と、彼女が嘘を言っているとは思わなかった。思えなかった。マエリベリー・ハーンが、こういったことで嘘をついたりしないのだと、宇佐見 蓮子は信用していた。
信頼していた。
――だから、問題があるとすれば、私の想像のほうだ。
そうあたりをつけ、蓮子はもう一度想像をしなおす。自分の見落としている可能性を全て拾いながら。
答えは、意外なほどにあっさりと出た。
単純すぎるほどに――身近な答えだった。
宇佐見 蓮子が、月と星を見て、時間と場所を知るように。
メリーの目は。
マエリベリー・ハーンの瞳は――境界の隙間を、見るのだから。
――向こう側から、見られている?
そう、思い至って。
同時に、確信した。
それ以外には、ないのだと。
「メリー……あなたには見えるのね。見られていることが」
こくりと。
今度こそ――メリーは、首を縦に振った。
そうして、
メリーは。
ゆっくりと、
ゆっくりと、
恐る恐る、
畏れるように。
顔を――あげた。
目が、あう。
顔をあげたメリーの瞳と、メリーを見つめていた蓮子の瞳が、真っ直ぐにぶつかる。見てしまう。見てしまう。見てしまう。見てしまう。見てしまう。宇佐見 蓮子は見てしまう。マエリベリー・ハーンの瞳を。境界の隙間を覗く彼女の瞳を。彼女の瞳に映るものに、吸い寄せられるように、宇佐見 蓮子は見てしまう。
マエリベリー・ハーンの見る世界を、見てしまう。
彼女の瞳には。
宇佐見 蓮子が映っていた。自分自身が映っていた。そしてその向こうに広がるものが。雲ひとつない夜の空が。空に浮かぶ月が。空に浮かぶ星が。
そして。
「あ、あ、あ――――」
その空いっぱいに広がる、巨大な瞳が二人を見つめているのが――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ベアード様がみてる。ということは。
メリーと蓮子はロリコンということかぁぁぁぁぁぁ!!
そんな自分に腹が立つッ
な ぜ 笑 い し か 出 て こ な い ん だwwwwwww
シリアスと思ったのに良い意味で裏切られたり
ちぃっくショウ!
ベアード様すげぇwwwwwwwwwwwwww
むせたwwwwww
・・・・!! ・・・・・っ!!(喋れないほど大爆笑中