朝
太陽の光が人妖を問わず、等しく、降り注ぐ。境界の神社にも、魔法の森にも、湖上の館にも、冥界にも。そしてもちろんこの洋館にも。
Sisters Sing a Song
「やっぱりボーカルだと思うのよ!」
朝食の席で、こう言い出したのはリリカだった。そもそも、騒霊である私達が食事をするか!などと思うかも知れないが、実際に食事をしているので、さりげなくスルーしてくれると助かる。
紹介が遅れたが、私はルナサ・プリズムリバー。幻想郷の片隅のここ、プリズムリバー邸で2人の妹達と暮らしている。
それはさておき、この発言の直前までやれ醤油が一番だの、塩のほうが好きだの、メルランと言い争っていた私は、突然の発言に対して<ぼーかる>なんて調味料あったかなぁ、と一瞬首を捻ったが、それが自分達の存在意義でもある音楽に関するものだとすぐに思い至った。
「私は別にこのままでいいと思うけど…」
「でも姉さん、わたしも歌があったほうが皆が乗りやすいと思うわよ~?」
確かに…それは言えてる。
「う~ん、一考の価値はあるわね…けど、いずれにしろ問題は」
「詩と歌い手だな」
「詩と歌い手よね」
「詩と歌い手でしょ?」
見事に重なる言葉を最後に、とりあえずこの話題を打ち切り朝食を食べてしまうことを提案した。が、私が密かに楽しみにしていた目玉焼きには、ここぞとばかりにマヨネーズがのっていた。尚且つ、その上には塩ものっていた。そして鼻につく程度に醤油の香りがした。
「「私の目玉焼きが~~~~~!!!!」」
周りを見渡すとリリカが各種調味料を手に、きれいな皿=リリカとメルランの分を残して二階へ逃げていくのが見えた。ええい、成長期で反抗期め!
しかも騒霊には成長がないので「それ」が終わる予定は無い、とリリカは主張している。
朝食を作り直して食べて、メルランがとっ捕まえたリリカを反省させた後、私達はプリズムリバー邸内にある音楽室へ来ていた。ここにはメジャーな楽器ならほとんどある。以前、幽々子嬢から聴いてみたいと言われて演奏し、そのまま貰った物だ。小さなステージや軽い音響設備もあるので、よく練習に使っていた。長女の自覚からリーダーシップをとり、私から切り出す。
「まずはどうしようか?」
「はぁ~い、じゃあ私歌ってもいい?」
言い出しっぺだしね、と言いリリカが小ステージに立つ。要は歌いたかっただけなのか?
「そうね…わかった、何でもいいから歌ってみて」
「がんばってね~、リリカ」
「そんじゃ、いっきま~す☆」
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少女歌唱中…
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「う~ん……悪くは無いんけど、ね?」
「そうね~、当然だけど音程もリズムも間違ってないし」
「だが、なんだ、その…」
「はっきり言っちゃって、ルナ姉」
「ん?うん……まぁ、簡単に言うとね…あ、あ~…無難と言うか…」
「うまいわよね~。でもとくに優れているとは~」
「……そっかぁ」
酷評とも思えたがリリカ自身納得しているらしく、特に気にしてはいないようだった。自分が歌いたかっただけ、と言う訳では無さそうだ。反省。
「じゃあ次はメル姉の番ね!」
「わ、わたし?わたしはいいわよ~、歌ったことないし…」
「まぁまぁ、いいからいいから!」
リリカに押され、小ステージに立たされるメルラン。
「物は試しよ、やってみればいいわ」
「うぅ~、しょうがないわね~」
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少女歌唱中…
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リリカの先制攻撃。
「メル姉は声量が足んない」
「うっ」
「ま、まぁでもほら、音程は外れてないし」
「そ、そうよね!わたしだって音楽家の端くれだもん!」
リリカがニヤニヤしている。いかん、この顔は…
「でも『とくに優れているとは』ね~~☆」
さっきの意趣返しだ。リリカがあんな顔してる時は大体こうなる。
「うううっ…どうせわたしは二人の引き立て役よ~…所詮次女なんて…」
「い、いやそんな事は無いよ?オリジナリティ溢れるいい歌い方ね!」
「モノは言い様よね~…」
くっ!ああいえば上祐!仕方が無い…
「リリカ、いい加減にしなさい。メルランも、次は私が歌うから聞いてくれる?」
「あ~、ごめんメル姉。ほら一緒に聴こ!」
「…ぐしゅ。ぅん…」
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少女歌唱中…
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「……………」
「……………」
あれ?2人からの反応が無い…声小さかったかな?
「あの…なんか言ってくれないの?」
「ルナ姉、いい!すっっっごくいいよ!……」
リリカが目を輝かせて言ったと思ったらメルランまで、
「ほんと、透き通ったやさしい響きで、でもしっかりと声が出てたわぁ」
なんて大絶賛してくれた。
「そ、そう?褒めすぎじゃない?」
「これなら逝けるよ!ルナ姉!」
なんか響きが不穏だな…
「セリフにつっこまないの」
「なっ!!何故 「あぁ~、なんでかって突っ込みは無しね。在り来たりだけど声にでてたから」
むっ。いかん、以後気をつけるとしよう。
「うぅ~~~ん………」
「どしたのメル姉?牛みたいな乳して」
「誰が牛よ!これはこれで大変なのよ?肩は凝るし、リリカは今みたいに嫌味言うし、色々引っかかるし、姉さんは睨むし、下着は種類少ないしって、ちっがうの!!そ~じゃなくて~!」
「メルラン落ち着いてほら、ひっひっふぅ~」
「産むか!子供なんかいない!元からこの乳よ~!」
「が~ん」
「が~ん」
なぜ姉妹なのにこんなに差があるのよ………いやいや、脱線してる場合じゃない、話を戻さないと。
「で、結局なんだったの?メルラン」
「ふぇ?あぁ…姉さんの声だとアップテンポなのは合わないんじゃないかしら、と思って」
なるほど。私達の演奏する曲はスローテンポなのが無い訳ではないけど、基本的には無節操なまでに様々なジャンルを内包しているが為に、騒がしいのが多かったし、観客もそうゆう曲の方が好みらしかった。
「そうね、私も個人的には激しい曲では、歌える自信が無いわ」
「うぅ~~~ん………」
唸りながらまた悩みだすメルラン。腕を組んでいるせいで胸が強調される。うわ、ほんと牛みたい…あぁ、考えてたら鬱になってきた…
「はぁ…」
「もう!なんでルナ姉まで悩み始めてるのよ!考えずに行動するのも偶にはいいじゃない!」
「そうねぇ。やってみましょうか~姉さん…姉さん?おぉ~い」
「……なんでよ、私長女よ?次女には負けてるし三女よりは大きいけど…ぎりぎり…騒霊って成長しないのよね、多分…こうなったらやっぱりパッ…へるべるっっ!?」
痛っぁ!なに!?何で今私叩かれたの!?
「ルナ姉、話聞いてた?」
「え?なに?」
「だ~か~ら~とりあえずやってみようって!」
「あぁえぇ、そ、そうね、ってなにを?」
「やっぱり聞いてない!とりあえずルナ姉が出来る分だけでもやればいいじゃない、っていってんの」
あぁ、そっちね…
「ん、まぁ…出来る範囲でやるだけやるわ」
「決まりっ!」
三人で微笑みあう。ところで、と切り出すメルラン。
「詩のほうはどうするの?」
なるほど。そうだな…2人が納得すれば…私が前から書いていた詩を使ってみたいな…言おうかな?でも恥ずかしいな。え~~い女は度胸!何でもやってみるもんさ!
「実はわた「それはルナ姉に任せとけばオッケーだと思うよ。二番目の引出しの奥にある様なのでいいんじゃない?」わらば!?!?」
自分の顔が真っ赤になるのがわかる。自分から提案するのと、実の妹にばらされるのでは恥ずかしさの度合いが違う。思わず変な声出た。
「リリカっ!?まさかアレを見たの!?!?」
ちゃんと枕元に鍵を隠してた筈なのにっ!
「まさかも何も無いわルナ姉。枕元なんて古典的過ぎるし…」
「なぁに~?姉さん、最初に否定してたわりに乗り気だと思ったら…」
「ち、違っ!?違うんだメルラン!アレは別に……」
「別にぃ~?《響く想い》とか、とまったく同じタイトルの詩もあるけどな~☆」
「!!~~////////~~!!」
もはや顔の中で赤くない所なんて無かった。邸内にこだまする笑い声2つ。これだから成長期で反抗期で悪戯好きで悪趣味な妹はっっ!!
その日からの私達は慌しかった。余りの恥ずかしさに悶える私をよそに、詩を元に曲に歌詞をつけていった。もちろんタイトルは《響く想い》。
私が諦めて腹式呼吸の練習をしている合間に、メルランとリリカが編曲と楽譜づくり。ちなみに、メルランはいつものトランペットではなくサックス、リリカはキーボードではなくピアノの練習をした。
次に、流石にヴァイオリンを演奏しながら歌うのは不可能なので、何時もの様に直接演奏せずに能力を使いながらの、歌唱&演奏練習。意外と大変。
最後は、皆揃っての合奏と合唱。実は最初にピアノのリリカのほうが楽に歌えるじゃない!と文句をつけたら、じゃあ私はコーラスで、なんて言って逃げた。とまぁいろいろあったが、そんな日々が暫く続いた。
瞬く間に時間は過ぎ、今日は博麗神社での宴会および演奏会。曲目の最後に、私が歌う事にして、取り敢えずは宴会の盛り上がりに合わせて演奏していく。
途中で黒白が、エアギターならぬエア箒だぜ~なんてよく分からないこと(なんせ箒を持っいたからエアじゃない)言いながら混ざってきたり、紅魔館の門番のなんとかが見たことも無い打楽器(おそらく中国製。おそらく)を持ってきたのでジャムってみたりした。曲には関係ないが永遠人の喧嘩が始まったり、半人半霊が主人とその友人に弄られだしたり、お子様達の弾幕ごっこが始まったりしたが、(すべて巫女が処理したから)概ね問題なく時間は過ぎていった。
そして宴たけなわといった所で、とうとう時が来た。おもむろにヴァイオリンを宙に浮かす私と楽器を変える妹達に不思議な顔を向ける一同。
「今回は最後にちょっとした、試みがあります。……まぁ、なんだ。楽しんでくれたら幸いです」
妹達に目配せし、まずはリリカが伴奏を弾き始める。さぁ、ここからが本番だ!
『響く思い』
♪~~~♪♪~♪~~~
もしこの想いが届くならどんな形で伝えよう
例えば手紙や歌にして伝える事も出来るかな
貴女と逢えなくなって沢山の日々が過ぎたけど
私は一日だって貴女を忘れなかったわ
もしかして貴女は忘れて欲しいなんて願うかしら
無理よ私の言葉は貴女に届いていないでしょ
もしこの歌が届いたらどんな顔をするのかな
例えば笑顔、照れる顔 伝えて欲しい私へと
貴女を見れなくなって沢山の記憶消えたけど
私は一生だって貴女の笑顔忘れない
もしかして貴女は忘れて欲しいなんて願うかしら
今も貴女の笑顔を想い出しては泣けるのに
貴女は逢えなくたって沢山の事を気付かせる
「私は一緒だ」って貴女の声が聞こえてる
「もしかして私を忘れたのかな」なんて想うかしら
無理よ貴女の言葉は私の胸に響いてる
.
.
.
静まり返る神社の境内。怖い。目を開けるのが怖い。歌っている最中も怖くて目を開けていられなかった。途中で帰ってしまうんじゃないか、嫌そうな顔をされるんじゃないか。不安が止むことは無かった。
ぱん ぱん ぱん
何か乾いた破裂音の様なものが数回、聞こえた気がした。しかしそれは始まりに過ぎなかった。
次の瞬間、歓声が上がった。響くような、ワーッと言う声と沢山の拍手の雨あられ。目を開いてみると沢山の笑顔と、愛しい妹達の抱擁が私を迎えてくれた。
「ひゅー。やるじゃないか」
「魔理沙、口笛吹けないんなら無理しなくていいわよ」
「あー?何言ってやがんだ口笛くらい吹けるぜ。温室育ちのアリスは知らんかもしれんが、これが今流行のブーイングだぜ」
「流行ってないし、使い所も意味も違うわ」
はは、実にあの黒白らしい。
「…な、なかなかいい歌じゃない。私には及ばないけどね」
「そーなのかー」
「ふ、ふん!歌ぐらいわたしだって歌えるわよ!さ~ぃたあ、さ~いたぁ、もぉみ~じ~の~は~な~がぁ」
「チルノ、チューリップだよ?」
歌詞どころか音程もリズムも違うけどね。
「ねぇ、レミィ。妹様のうたの先生にしてはどうかしら?」
「さすがはパチェね、目の付け所が違うわ。咲夜」
「はい、お嬢様。では交渉をしてきましょう」
ナイフをちらつかせないで、冥土長。誤植じゃない、幻想郷の統一見解だ。って慧音が言ってた。
「流石うちのお抱え音楽隊ね、これなら私の鼻も高いわ」
「そうですね幽々子様」
確かに西行寺家は上客ではあるけど、お抱えに為った覚えは無いわ。
「あんたにこの歌が理解できるのか?」
「詠えもしない貴女には言われたくないわねぇ?」
「やるか?」
「やるわ!」
がす! こん!
「んぎゃ!ちょっと慧音!明らかに私のほうが痛かったぞ!」
「いったぁ~い!」
「2人とも無粋だ。黙って余韻に浸ってろ」
喧嘩をするなら、ここでしない方がいいわ。また巫女に封印される。
「いいな~、私もあんなふうに、歌ってみたいな~」
「そんな鈴仙に朗報!今ならたったニンジン五十本でこの《これで貴女も幻想郷のアイドル!~歌手デビュー編》が買えちゃうよ~」
「高っ!(?)買うかっ!大体、そんなモン使う奴がドコに…」
「てゐ、それは私のよ?まだ使うんだから、勝手に売らないで頂戴(はぁと)」
「師匠ぉ!?!?」
宇宙人の考える事はよく分からない。
「ねぇ紫。ずっと気になってたんだけど、藍の上にのってるそれは何?」
「あら、霊夢は目聡いわね。これは《てーぷれこーだー》と言って、音を記録して再現するものよ。大きくて四角いから邪魔だったんだけど何時か使えると思っていたのよ」
「ゆ、かり…さ、ま……これ、ほんと…重いぃ……。ち、ちぇ~~ん、私はっ、頑っ、張っ、てる…ぞ~ぅ…」
ほう、後で私も聞かせてもらえないかな。後、とりあえず狐を助けてあげたら?
「ルナ姉、お疲れ様~」
「成功したみたいね~、どうなることかと思ったけど…」
どうやら妹達も気が気じゃなかったらしい。
「ええ。2人ともお疲れ様。まだ挨拶が残ってるけどね」
ここで抱き合っていた二人から離れて、皆に向き直る。
「楽しんで頂けた様で幸いです。機会があればまたやってみようと思います。ご拝聴、有り難うございました。」
もう一度大きな拍手が起こった。
後日………
「やっぱり激しい歌も必要だと思うのよねー」
「でもね…」
「歌い手ね~…」
リリカはまだ諦めていないようだった。まったく、どうしたものやら…
続く?
修正しました
もちろん本文も最高っした!