さく、さく、と竹林を歩きながらふと思う。
――一生、特定の人物を愛し続けることは可能なんだろうか。
普通の人間なら、長く生きてせいぜい百年。それぐらいなら可能じゃないかな?
腕を組んで唸ってみた、そこまで愛したことが無いからわからないな。
それにその愛の属性にもよる。愛という言葉は、何も異性間にだけ存在するものじゃない。
親子だったり兄弟だったり、まぁ家族。或いは友愛、そんな言葉もあるし。
ならば。
――一生、特定の人物を憎しみ続けることなんて可能なんだろうか。
遥か頭上で、笹の葉が風に揺られてさわさわと鳴った。
まるで首を横に振って私の考えを否定しているようで、少し気味が悪い。
「なるほど、あんた達もそう思うわけね」
再び、否定するようにさわさわと鳴った。なんだ、そういうわけじゃないのか。
これだけ高く、太い竹ならば、意思を持ち始めても不思議じゃないと思うんだけどな。
今日の竹林は平和だった、迷い人もいない。
筍の季節でもないし、まぁ、暇つぶし程度だから、迷い人の救出も別に嫌ではないんだけどさ。
だからって、迷い人を望むのも不謹慎だけれど。
助けた人間の大体は、人の顔色疑って黙っちゃってる奴が多いけど、たまに一生懸命喋る奴もいる。
いるんだよね、沈黙に耐えられない奴って。何かしら足がかりを掴もうとして、まずは当たり障りの無い話から。
こちらの様子を見て、好感触だと思うと話を展開させてくる。
(私もそれぐらい話上手だったなら、今みたいに独りじゃないのか?)
別に独りがそれほど嫌でもないから、憧れてもいないけれど。
私が無口だと知ると、大体は自分の話に切り替える。些細なことしか話さない奴もいるし、悩み事を話す奴もいる。
いろんな人間がいて面白い。
家族の話、恋人の話……憎たらしいと思う相手の話。
竹林を歩きながらいくつもの話を思い出していたら、今日のこの「一生の愛、憎しみは存在し得るのか」という命題へ。
そして、そんなことを考えるようになったきっかけはもう一つある。
(飽きてきたんだよなぁ)
輝夜とのこと。
憎たらしい気持ちは消えてないんだけど、やることっていつも同じなんだよ。
あいつは最初からめんどくさそうにしてて、そういう態度が気に入らなかったりもしたけど。
感情は消耗するものだって、何かの本で読んだことがある。何年、いや、何百年前だったかは覚えてない。
人間には『慣れる』っていう機能がついているんだって。
同じこと、同じ経験を繰り返すと、慣れてくる、こなせるようになる。
別にさほど難しい話じゃない、生きていれば確実に経験することだろう。
同じ食べ物ばかりを食べていると飽きるとか、同じ遊びをしていると飽きるとか。
慣れるということが必ずしも飽きるってことと同じだとは思わないけど、違うとは言い切れない部分もあると思う。
(輝夜を殺すのも、輝夜に殺されるのも、なんか飽きてきた……)
こいつはいけないと思う。
これからも死ぬことが無いのに、生き甲斐を失ってしまったらどうしよう。
木の枝を一本拾って、竹の幹をバチバチとはたきながら歩く。
節を狙ってはたいてみる、反応が毎回違って面白い。
輝夜もこれぐらい、いろんな反応をしてくれたら面白いんだけどなぁ。
(いやー……見尽くしちゃったかしら)
いろんな殺し方をしたし、いろんな殺され方をした。
輝夜は私を殺すことについて特別な感情は持っていないらしい。
至ってあっさりと、そのとき最善だと思われる方法で攻撃してくる。めんどくさいんだろうな。
だからそのときどきによって違うけれど、弄んだり、変に苦しませる方法を用いたりはしない。
初めの頃は本気で消そうとしてたのか、若干そういう節はあったけれど、もう諦めたらしい。
そう、初めはそれこそ、この竹の節みたいに……毎回違った反応を見せた。
刺客を送り込んできたのも、あいつらが悪さした後のくだらない肝試し以来か。
ふと、胸の中に不安が去来した。
うーん、これはいけないな。
もう、妹紅が来なくなって何ヶ月かしら。
廊下を走り回るイナバを一羽捕まえて、膝の上で撫で回しながら。
特に、これといって何の感慨があるわけでもない。邪魔なものが無くなった清々しささえある。
「ひいふうみい……」
大丈夫かしら。という心配が先行した。
結構思い込みの激しい方みたいだし、あの憎しみの矛先が変わっていたりしたら大惨事が起きるのでは?
やり場に困るあの力、喜ばしくはないけれど、そのはけ口になっていたという自覚はある。
(自業自得じゃない)
勝手に蓬莱の薬を盗んで、飲んで。老いることも、病苦に苦しむことも、死ぬことさえ許されなくなった。
浅はかな復讐心が、永劫の苦しみを招いてしまった。
(人のことは言えないけど)
そう思うと少し笑えた。
興味本位で手を出した蓬莱の薬で永遠の身となった私が、偉そうなことは言えないのかもしれないわ。
けど今は、永遠の命を楽しんでいるよ。あいつの復讐心に比べたら、よほど建設的じゃないの。
(どうせ、死ぬわけでもないのだし……)
久々に、こっちから動いてみるのも悪くないのかもしれないわ。大喜びするかもね。
腕の中で暴れ始めたイナバを放ち、膝についた毛を払って、ゆっくりと立ち上がった。
永く、暗い廊下を歩いて永琳の部屋へ向かう。
途中、愛らしいイナバがぱたぱたと横を駆け抜けていくのを見て、思わず笑みがこぼれた。
永琳は何をしているかしら、そういえばあまり顔も合わせないし、よくわからない。
永琳も不老不死だけど、一体どういう想いを抱いて生きているのか、不思議だった。
(そんなこと話し合ったこともないわ)
今を楽しむことができれば良い。
未来が現在に降りてくる、その現在を楽しめれば、必然的に楽しい過去が積み重ねられていく。
楽しい過去を、永遠に積み上げていく。
それは、そうしようとしてそうするものではなく。
きっと、永遠の民にはそうするしかないのだろう。
(永琳もきっと、そうなんだと思うわ)
これから幾つもの障害が訪れようとも、そのときは全力で排除に当たるだろう。私も、永琳も。
永遠の命との付き合い方は、それが正しいあり方、けして生きることを放棄してはいけない。
前に進むのが生きること。それが、視認できないほどにゆっくりであろうとも。
後ろに押されたら、足を踏ん張ってこらえなければいけないのよ。
(疲れるのはあまり好きではないけれどね)
永琳の部屋の戸を、叩きもせずに開けると……疲れて仮眠を取っているようだった。
椅子にもたれかかり、膝の上で指を組んで……私が来たことに気付くと、うっすら目を開けた。
顔を洗ってくると言って出て行った永琳は、そのついでにお茶も淹れてきた。
寝て、起きて、顔を洗った永琳の顔は、とても血色が良かった。
「こんなところで話すのもなんですから」
と言って広い部屋へと導かれ、そこで湯気の立つお茶を渡される。
まだ何も告げていないのに「話す」と決め付けているらしい。まぁ、確かにそうなのだけれど。
許可も出たところで熱いお茶に口を付けると、とても飲めそうになかったので、湯気だけ吸って口から離した。
「どうなさいました、姫。わざわざ私の部屋まで来るなんて」
「そういうこともあるわ」
永琳はあのお茶を平気で飲んでいる。自分のだけぬるめにしたのかしら。
「最近妹紅が来ない」
「そうですねぇ」
「思うところはある? 永琳」
「さぁ、飽きたんじゃないでしょうか?」
「飽きたとしよう、で、その後妹紅は何をするかしら」
「竹馬でも作るんじゃないですか?」
「そういうものかしら」
「竹ならたくさんありますし」
ふざけているのか、真面目に答えているのかわからないけど、おそらく後者だろう。
竹馬と、そこまで限定的ではないにしても、生きている以上は何かをする。最低、呼吸だけでも。
私ならば、やることが思いつかないときはとりあえずイナバを撫でているし。
イナバを撫でている最中物思いに耽ってみたり、何かやることを思いついたり。
動いていれば意外とやることが見つかるものだと思う。
永琳が言いたいのは多分、妹紅が今まさに何をするか思案している最中だろう、ということだ。
「永琳はさっきまで何をしていたの?」
「薬を作っていましたよ」
「売れているの?」
「程ほどに」
「足りなくなって困るほどに?」
「いえ、作り置きしているだけです、癖ですね」
「癖!」
「ええ、癖です」
イナバを撫でるのが自分の癖なのだと、今悟った。
「妹紅が私のところへ来るのって、癖だったのかしら」
「そうかもしれませんね」
「でも、癖って簡単に抜けるものかしら?」
「癖だと気付いてもやめられないものが癖です。気付いてやめられるようなら癖ではありません」
「直す必要ってあるのかしら」
「あるものも、あるでしょう。でもどうしようもないことが多いですよ」
永琳がわざとらしく、ごしごしと目をこすって見せて、少女のようにあどけなく笑った。
疲れすら忘れて薬の備蓄に没頭してしまう、という癖はそう簡単に直らないのだろう。
直そうともしていないのかもしれないけれど。
「ところが、ふとした瞬間に直ってしまうこともあります」
「不思議ね」
「そういうときは、新しい癖が身についてしまっていることが多いんですよ」
「必要の無くなったものが淘汰されていくのね」
「ええ、癖は生きていく上で、少なくとも自分にとっては必要なものです。必要だと思って、無意識に身につけるものです」
「だから、直すのも難しいの?」
「そうです」
イナバを撫でるというのは、そこまで崇高な行動だったのか。
永琳は頭が良いな。私は思わず、腕を組んでうんうんと頷いた。
「疲れ果てるまで薬を作る癖は、永琳自身はどういう必要性を感じる?」
「その後の仮眠が心地良いので」
「なるほど、素敵ね」
「そうでしょう?」
永琳は、私が無意識に自分の膝を撫で回しているのを見て、小さく笑った。
少し恥ずかしくなった。
「妹紅のところへ行ってみてはどうですか?」
私の考えを見抜いた永琳は、お茶を飲み干してそう言った。
見抜いた、と言っても別に隠そうとしていたわけでもない、逆に話が早くて助かる。
「行っても良いかしら?」
「あまり死なないように、それだけ気をつけていただければ」
「それはあいつ次第」
「行ってみたら、何か面白いこともあるかもしれません。新しい癖が身につくかもしれませんし」
「新しい癖、良いわね。欲しい」
永遠の中のささやかな変化、なんて小粋で素晴らしいのかしら。
あれから、竹林に何の異常も無いことを確認して、思い立ったように人里に足を運んだ。
そこで手に入れてきたのは小刀。ちょっとやってみたいことがあった。
が、意外と難しい。
「あ、ああー、どこ飛んでくのよー」
私が作った竹とんぼは、翼が歪んでいて上に飛んでくれなかった。
竹とんぼを追いかけるためだけに、鳳凰の翼を広げて……なんだか、違う気がした。
「竹とんぼって、空を飛べない人間が、その想いを竹とんぼに託して飛ばすんじゃないのか?」
わざと気難しそうに言ってみたけど、多分そんなことないだろう。
高く飛ばして楽しむ玩具、竹とんぼの主だった存在価値はそこにあるはず。
まぁ中には、今私が言ったような重苦しい動機を以って竹とんぼの製作に当たる人間もいるかもしれない。
へろへろと草むらに落ちた竹とんぼを拾って、ごみを取り除きながら叫ぶ。
「生きるって、なんなんだろうなー!」
腹立たしげに、草むらに寝転んだ。
失敗作の竹とんぼ……わざわざ拾ってごみまで取り除いたけど、寝転んだまま思いっ切り遠くへ投げた。
なんだよ、普通に投げた方が飛ぶんじゃないか?
輝夜との殺し合いに飽きてしまっても、死ぬわけじゃない。
しかも、別に死にたいとも思わないということが判明した。
とすれば、何をすれば良いのかがわからなくなってきた。
「……」
竹とんぼ、どこに行った? 頭だけ起こして探してみる。
そんな遠くまで行ってないと思うけど……今の私って、あの竹とんぼ程の価値もないんじゃない?
使命も無く、欲も無く、目的も無く……玩具っていう明確な役割があるだけ、あれの方がましかもしれない。
さく。
足音が聞こえた。誰だ、こんな人気の無いところに。
人里に住んでる半獣か? それとも、やる気の無い巫女か? 嘘つきの魔法使い?
その予想は、どれもはずれだった。
「永琳惜しいわ、竹馬ではなく竹とんぼだった」
「……輝夜?」
「ええ、どうする? かかってくる?」
「……」
「竹とんぼを作っていたと言うことは、私に飽きたっていう証拠よね。だから貴女はかかってこない」
「へ?」
「こっちの話よ」
輝夜はそう言って、私が投げた竹とんぼを、そっと私の胸に押し当てた。
その羽根は、やはりいびつに歪んでいた。
妹紅は私に襲い掛かってくることはなかった。
「飽きたのでしょう?」という私の言葉に反論もしなかった。飽きたのは事実なのだろう。
妹紅は仰向けに寝転がったまま、私が拾ってきてやった竹とんぼの軸を上唇と鼻の間に挟んで、立たせようとしている。
立ったからなんだって言うのだろう。けれども飽きもせずに、ずっとそれを続けていた。
「妹紅」
「……なによ」
「私が襲い掛かってくるとは思わないの?」
「思わない」
「なんで?」
「なんとなく」
そう言って竹とんぼの軸を調整し、バランスを取った。
それはほんの少しの間だけ直立していたけれど、すぐに力なく倒れた。
妹紅はそれが面白くなかったのか、ぽい、と投げ捨てて上体を起こした。
そして私と目を合わせることもなく、あぐらをかいて遠くを眺める。
「何しにきた、輝夜」
「あんたの様子を見に来たのよ」
「何のために?」
「どうしてるかな、って思っただけ」
「いちいち胡散臭いな」
「嘘じゃないわ」
もう一度竹とんぼを拾ってきて、今度は私が飛ばしてみた。
えい、と思い切り手首に力を入れてみたけれど、竹とんぼは上には飛ばず、あさっての方向へ。
「……へたくそね」
「うるさいなあ!! ほっといてよ!!」
「あ、怒った。殺す?」
「殺さない! 今日はそういう気分じゃないの!!」
「ね、妹紅」
そこまで言いかけて、もう一度竹とんぼを拾いに行った。
草むらに落ちてしまっていて少々骨が折れたけど、なんとか見つけて妹紅の元へと駆け寄る。
しまった、話しかけだったわ、妹紅は覚えているかしら。
「ね……で、なによ?」
良かった、覚えていてくれた。
少し嬉しくなって、妹紅の手を掴み、竹とんぼを握らせてから両手で包み込んだ。
妹紅は眉間にしわを寄せ、歯を食いしばって振りほどこうとしたけれど。
「ままごとでもしてみない?」
「はぁ? ふざけたこと言ってると殺すわよ?」
「あ、殺す?」
「殺さない……」
「一緒に住んでみれば、きっと憎たらしくなってくるわよ」
「はぁ? 一緒に住む? なんだよ、そんなに憎まれたいのか?」
「ううん、そうではないけど」
「願い下げだよ、なんであんたを私の家に入れなきゃいけないんだ」
「家事をしてあげるわ。私がお母さん役よ」
「勘弁してよ、何盛り上がってんの? 気持ち悪い」
殺さないからといって、嫌っていないわけではないのだな、とよくわかった。
でも、嫌っているくせに「殺さない」と、そこだけは断固否定するのがなんだか可愛らしく思えた。
「なんだよほんとに! 気色悪いったらない!! 来るな来るな!! しっしっ!!」
「わ」
私の足元に拳ぐらいの火球を一つ投げつけて、妹紅はそのまま飛んでいった。
けれど、竹とんぼはちゃんと持っていったのね。
せっかく作ったのだから、そう、大切にしなければだめよ。
形有る物は、いつか壊れてしまうのだから。私達のような例外を除いて。
でも、良い考えだと思ったのに。
知ってる? 妹紅。
憎しみって言うのはね……。
輝夜は追ってこなかった。
途中何度か後ろを振り向いて確認してみたけれど、一度もその姿を見ることは無かった。
まぁ、家の場所はわかっているんだろうし……無理して追う必要はないんだろうけどさ。
そう思うと、まるで輝夜の手のひらの上で踊っているだけのような気がして、少し気味が悪かった。
「しっかし、なんだよ。ままごとだなんて……」
輝夜のみならず、八意永琳も……真意を語らずに話を進めることが多い。
多分、輝夜にしたらままごとをすることに何かの意味があるんだろう。
あったとしても、血迷ったことを言ってるようにしか聞こえないのが始末に悪いけど。
汚れた服を着替えて、今度は居間の畳の上に寝転がった。
ぼろぼろの畳が、地肌にチクチクとこそばゆい。
(……見抜かれてたか)
私が殺し合いに飽きてきたということを、あいつも感じていたらしい。
飽きたって言っても、いつまた突然戦いたくなるかなんてわからないじゃない。
とにかく、今は疲れることをしたくない、無理して戦って筋肉痛になるのはごめんだ。
(だからって……)
どうしたいのよ。
ままごとなんかして何になる? ばかじゃないの?
ままごとをして、私に何か変化が起きたとして、だから何なのよ。
また私がいきりたって襲い掛かったら、鬱陶しいでしょうに。
「平和になるんだから、むしろ喜べ。ばか」
私は何か間違ったことを言ってるか? 言ってないと思う。
不愉快ではあるけど、不機嫌かというとそれほどでもない。
――とりあえず。
高く飛ぶ竹とんぼを作ってみたい。
地味だって良いじゃない、高く飛ぶのを作れるようになったら、今度はまた別のことをするさ。
机の上に小刀と、竹材を置いて……よく見える位置に、失敗作を置いた。
これは、失敗した自分への戒め……きっと、性格が歪んでるから羽根も歪んだんだ。
今度は心を落ち着けて、澄んだ気持ちでやってみようと思う。
澄んだ気持ちで作った竹とんぼも、羽根が歪んでいた。
どうやら気持ちだけの問題じゃないらしい、当たり前か。
頭に来た私は、そのまま竹とんぼを部屋の隅に放り投げて不貞寝した。
「お母さーん!!」
翌日、珍しく竹林に迷い人が居た。小さな女の子だった。
年の頃は十くらいだろうか……『幸せ兎』とやらの話を聞いていても立ってもいられなかったのだとか。
あーあ、その『幸せ兎』があの性格のヒン曲がった嘘つき兎だって知ったら、どう思うんだろ、この子。
罪作りだよなぁ、あの存在は。天は二物を与えないって言うけどさ。
「泣くんじゃないの」
「う……」
こんな、竹林の入り口近くも良いところ。
いかに活発で好奇心旺盛とはいえ所詮少女の足、そんな奥深くまで入り込めるはずがない。
それにしても、妖怪から見たらうまそうなんだろうなぁ、この子。
「大丈夫だから」
「……なんで?」
「私が居れば、妖怪は絶対に寄って来ない」
「え、なんで?」
「なんでも」
「……う」
「泣くなよ」
「うぅ……」
あんまりにも心細そうだから、手を握ってやった。
少女は少し意外そうに目を見開いてから、照れたようにしつつも強く握り返してきた。
(私がこの子ぐらいの頃には、どうしていたかな)
閉じ込められていた。
すぐに思い出せた。別に、拘束されていたわけじゃない、隠されていたんだ。
私自身を守るためというよりは、父を守るためだったろう。
私の存在は、父の地位を傷つけるものだった。
何不自由しなかったけど、何も面白くなかった。
(何も変わってないなぁ)
昔から暇で暇で仕方なかったけど、そうだな、輝夜と会ってからは暇じゃなくなった。
良いことなのかどうなのかはわからないけれど、やるべきことは、大きな壁となって聳え立っていた。
少女は、考え込みながら歩く私の顔を何度も覗き込んできたけど、口をきく気にはなれなかった。
そのまま竹林を出て人里の側まで連れてきてやった。なんともあっけないものだ。
「ありがとう!」
「ちょっと待って」
「なに?」
昨日作った、二作目の竹とんぼを握らせてやった。
少女は嬉しそうに笑ってから、手を振って里へと走っていった。
まぁ飛ばないんだけどさ、あれ。
飛ばないと知ったら、どう思うんだろうなー。
そのままのんびりと竹林を散策して、日が沈みかけた頃に家に帰ることにした。
帰りも空は飛ばずに、わざわざ歩いて帰った。
なんか、竹とんぼが飛ぶより先に自分が飛ぶのは間違ってる気がするし、悔しかったから。
家の側に来ると、なんだか良い匂いがした。
良い匂いなんだけど、同時にすごく嫌な予感がした。
「か、輝夜……」
すごく驚いてくれた。
これぐらい驚いてくれると、やり甲斐があるわね。
「おかえりなさい、妹紅」
そう言って作った笑顔は、あまりにもわざとらしかったかもしれない。
妹紅は表情を歪めてちらちらとこちらを見やっては、私が目を合わせると慌てて視線をそらす。
怒りさえ通り越し、酷く狼狽して……殺したくなるほどの憎しみも、もう乾ききってしまっているから。
どうしたら良いのかわからないのだろう。しばらく、頭を右往左往させて出てきた言葉は、ろくな言葉じゃなかった。
「ど、どうやって入ったのよ……」
自分で言って、呆れたのだろう。
妹紅はそのまましゃがみ込んで俯き「んー!」と、意味も無く唸ってから黙り込んでしまった。
きっと今必死に考えているのね、どうするべきかを。
「戸を開けて入ったわ」
ろくな質問じゃなかったので、私もろくな答えを返さなかった。
手の湿りを割烹着に拭いつけて、小皿に肉じゃがを乗せて、しゃがみ込んでいる妹紅の側へ歩み寄った。
妹紅の体がビク、と一度跳ねたけれど、殺し飽きたのはこちらも同じ……。
「だから、ね。ままごとでもしてみましょうよ。何か変化があるかもしれないじゃない?」
「バカバカしい……」
「私はお母さん役よ。あんたはお父さん役か、子供役か、選ばせてあげるわ」
「嫁でも母親でも最悪だよ、あんたなんか」
少し妹紅の目つきが鋭くなったような気がしたけれど、やはり、心のどこかに迷いがあるらしい。
しゃがみこんで、見上げるようにこちらを睨んでいる。
「これだけやって、まだ殺す気になれない?」
別に、殺して欲しいわけではないけれど。
なんだか腑抜けてしまっているし、それじゃ不老不死なのに面白くないでしょう?
わざと神経を逆撫でしてあげているのだから、そろそろ襲い掛かってきても良い。
さあここが分岐点、殺し合いをするかままごとをするか。
そして、憎しみ合うか、或いは……。
「ならない。なんか、あんたの思い通りに動いてるみたいで気に入らないし」
そう、ならば決定。
「ままごとをしましょう。そうよ、逆に……偽りでも良いから、愛し合ってみるの」
その私の言葉を聞いて妹紅は絶句した。
文字通りぽかん、と口を開けていたので、ここぞとばかりに菜箸でじゃがいもを挟み、その口に入れてやった。
「……」
「本気でってわけではないわ。偽りでも良いのよ、別に」
「……ペッ!!」
「あ」
勿体無いじゃない、何するのよ。
少し憎たらしかった。
「出てけよー!! 出てけよー!! もおー!!」
「妹紅、せっかく私が作った夕食が冷めてしまうじゃないの。早くお食べ」
「いらないそんなの!」
「だったら、殺してつまみ出せば?」
冷たい調子で言い放って……寝転がってうだうだと騒ぐ妹紅に、凍るような視線を向ける。
それを聞いた妹紅は、そのまま黙り込んで寝返りを打った。
なんでそこまで拒絶反応を起こしながら、殺そうとだけはしないのか。
妹紅は何をそう意固地になっているのかしら。
「頭おかしいんだよあんたは!」
「なら言わせてもらうけど」
「……なによ」
「ここまでされて襲い掛かってこないあんたも、大分頭がおかしいと思うよ」
それを言われて、妹紅は真顔になった後……悲しそうにうつ伏せた。
私のあずかり知ったところではないけれど、妹紅なりに何か考えがあってのことらしい。
私のあずかり知ったことではない、悪く言えば、知ったこっちゃない。
だから私はじゃがいもに肉を乗せて、それらをひょいと口に運んだ。
ああ、こんなに美味しくできているのに食べてくれないなんて。
「妹紅」
「……なによ」
「意地でも食べないと言うなら、私にも考えがある」
「なんだよ?」
「食べたくなる、いや、食べざるを得なくなることを教えてあげるわ」
「だからなんだよ、さっさと話せ、ばか」
「これは永遠亭から持ってきた食材なんかではないわ。ここにあったやつよ」
「……勝手なことするなよ、もぉ~……」
そこまで言われてようやく、妹紅は慌てて食卓について、箸を手にした。
心底恨めしそうにこちらを見上げながら。
本当に仕方のない奴。もう少し譲歩してやろうか。
私は最後の一口を口へ運んで、立ち上がった。
「ごちそうさま、星を見てくるわ」
「は?」
「言っておくけど、戻ってくるから……しばらく泊まるつもりよ。永琳にもちゃんと伝えた」
「はぁ!?」
「じゃ、行ってくるわ」
こうしてやらないと食べないだろう。
まるで、変に気高い野良犬みたいな奴。
お腹が空いているのなんてわかりきっているわ、私の見ていないところで好きなだけ食べなさい。
戻ってきたときには、私の食器まで片付けてあった。
借りを作るのが嫌なのかしら。
家に戻った私に、もう妹紅は「帰れ」とは言わなくなった。ただ嫌そうな目で睨まれただけだった。
そのままふい、と視線を落とし、無言で、手に握った竹材に小刀を入れていた。
諦めが良いんだか悪いんだか……。
私が勝手に引っ張り出してきたお酒は、どうも安物らしい。
開封したのは最近みたいだけれど、既にその中身はほとんど残っていなかった。
薄汚れた杯で我慢して、生ぬるいお酒をやりながら黙々と、竹とんぼを作る妹紅を眺めていた。
ただ、私があまりに大人しく眺めているものだから、妹紅は居心地が悪いらしい。
たまにこちらに視線を向けて、その度にわざとらしく眉をしかめる。
ある程度決まった間隔で……そんな律儀に睨み付けなくて良いから、竹とんぼ作りに集中しなさいよ、ばかね。
「ねぇ妹紅、楽しい?」
「お前と話すよりは楽しい」
なんだってこう、予想通りの答えしか返さないのかしら。けれど、
――なるほど、こういう状態だから飽きてしまったのだな――
と、ひとりごちた。
「ねぇ妹紅」
「うるさい、喋るな、気が散る」
「それが高く飛ぶようになったら、あんたはまた目標を失うわね」
「……うるさいな」
最後の声は、今にも泣きそうなほど弱々しくて。
ほどよく回っていたお酒が、一瞬で抜けたような気がした。
妹紅、どうしたの?
その夜、布団が一組しかないので、居候の身としては素直に譲った。
妹紅は何も言わずに布団にもぐりこんで、そのまま何も言わずに眠りについた。
私はしばらく暗闇の中に座り、妹紅を見つめていたが、そのうちに眠ってしまった。
自分でも何がしたいのかよくわからなくなってきた。
トントントン。
目が覚めたとき、布団の中に居たのは妹紅ではなく私だった。
妹紅は割烹着すら着ずに、台所で料理をしていた。
それにしてもあの台所の散らかりようと言ったら無かったわ、私が片付けてあげた台所はどう? 妹紅。
「おはよう。優しいじゃない、布団を譲ってくれるなんて」
「優しくない。あんたが布団に寝てたのなんて、ものの一時間ぐらいだ」
私は眠い目をこすりながら妹紅の背に挨拶をした。
当の妹紅は相変わらずつっけんどんな口ぶりだけど、なんだか機嫌が良さそうだった。
「一組しか無いからね。後でよく洗っておくわ」
「酷いわ、人をばい菌みたいに」
「ばい菌以下だ、あんたなんか」
「まぁ、ほんとに酷い」
調理が済んだのか、妹紅は大きな皿に料理を……料理? 料理らしきもの……を盛り付けた。
そしてそれを抱えて、食卓に置いて言う。
「今日は私がお母さん役だ、我が家の食材には触れるな」
目の下に隈をぶら下げて、にやけながら……ほんと、意地っ張りなのね。
「じゃあ、私は子供役」
「ああ、そう」
それよりも妹紅、こんな物を食べなければいけないの?
あんたはいつもこんな物を食べているの?
「お母さん」
「……気持ちわる」
「食べたくないわ、これ」
「じゃあ食べるな」
「はい」
ようやくままごとらしくなってきたじゃないの。ご飯は悲惨だけれど。
だから明日以降は、ずっと私がお母さん役をやるわ。
今日は子供らしく外へ出かけて、永遠亭で何か食べてこよう。
輝夜が出かけた後、いつも通り竹林を巡回して夕暮れ時に家に帰った。
やはり空は飛ばずに、自分の足で歩く……竹とんぼが高く高く飛んだ、そのときに空を飛ぶことに決めた。
目標があるならば、それを達成するまで制約をつけた方が良い。
――臥薪嘗胆、とか言ったっけ?――
肝を嘗めて、薪を枕にする、とか、そんな話だったと思う。
復讐を果たすまで、苦い肝を嘗めて、堅い薪を枕にすることで、恨みを忘れないようにするとか。
さしづめ今は竹とんぼへの復讐と言ったところだろう。
空を飛べば楽だけど、あえてそれを封印することで竹とんぼの製作に気合が入る。
(いつか絶対飛ばしてやるから)
モンペの裾をごみだらけにしながら竹林を歩いた。
歩き慣れていない地形ではないけれど、本気で竹林を移動をするのに適した格好じゃないだろう。
こんなだるだるのモンペじゃあ、枯れた笹やらなんか、ごみがいっぱいつくのも無理からぬこと。
「あ、しまった……」
鼻腔をくすぐる良い香り。
竹林の巡回と竹とんぼにばかり気を取られ、私の娘役である輝夜にご飯を作ってやるのを忘れてた。
でも、なんでそんなことをしてやらなければいけないんだ、ままごとだって、やりたくてやってるわけじゃないのに。
「腹の立つ……」
けれども毒気はすっかり抜けてしまって。憎たらしいはずのあの面を見ても、殺そうと言う気が起きない。
殺そうと思えば殺せるけれど、殺したいと思う欲求が、それを達成する上での苦労に負けてしまう。気持ちが萎えてしまう。
輝夜だって抵抗するだろう。
「おかえり、あんたはお母さん役失格よ」
「……」
「お父さん役でもやってなさいな」
「好きにしろ」
確かに失格だったかもしれない。
ままごとに負けた悔しさが、チクリと胸を刺した。
今日はきんぴらごぼう。
悔しいけど、輝夜の作るご飯は美味しい。
腹に溜まれば良い、なんていう私の感覚とは違うんだろうな。
食卓で二人、向かい合って……食器と食器がぶつかり合う音、箸がこすれる音、咀嚼する音だけが、静かな部屋に鳴り続ける。
(前の私だったら、こんなの絶対に無理だった)
あの草原で、飛ばない竹とんぼと格闘していたときに……輝夜の顔を見て、すぐに襲い掛かっていただろう。
焼き殺すか殴り殺すか、どのような手段を選ぶかはわからない。
極限まで興奮してしまうと、それまでにどう殺すか計画していたとしても自制が効かない。
はじめの頃はそうだった。
それが次第に慣れてくると、殺し方も考えるようになった。
口に出すのもはばかれるような残酷な計画。
両腕をもいでから殺してやろうとか、もちろん、もっと酷いことを考えたこともある。
必ずしもその計画が実るわけではなかったが、思い通りにいった事もあった。
そんなことにいつしか虚しさを覚え始めた。
恐らく、純粋な復讐心がただの嗜虐心に変わっていた辺りから、その秒読みは始まっていたのだろう。
復讐を遂げることではなく、その過程、殺すことが全てになったとき――少しずつ私の欲求は消耗を始めた。
輝夜も初めの頃ほど騒ぎ立てなくなり、八意永琳も、義務的に顔を出す程度になった。
ウサギのリーダーに至っては、ときどきサボって出てこないこともあった。
そんなある時。
その身を鮮血に染めて。背には満月を背負い。川面に全身を映した。
紅に染まったこの身。それを見て思った事は……
――洗い落とすの、面倒ね――
それ以来、輝夜を殺しに行くのをやめた。
静寂に耐えられなくなったのか、はたまた、箸を握ったまま考え込んでいる私のことが気になったのか、
輝夜は突然、私に問いかけてきた。
「妹紅、美味しい?」
「美味しいわけ……」
言いかけて、やはりやめた。
「……美味しい、すごく」
「えっ?」
それまで涼しい態度をしてた輝夜の表情が一変した。
絶対私の口から出るはずのないセリフが出たから。
輝夜は少しの間目を丸くしていたが、すぐに満面の笑みを浮かべて。
「ありがとう」
今度はこっちが焦る番だった。
憎しみ続けていた宿敵が、あんな笑顔を自分に向けてくれる日が来るなんて、思ってもいなかったから。
「輝夜」
「なに? 妹紅」
「こうやって、誰かのために料理を作ることって。結構あるの?」
苦し紛れに言った台詞は、自分の首を絞める結果に終わる。
「無いわ、あんたが初めて」
……なんで?
頭の中が真っ白、いや、真っ白とも少し違う。むしろ真っ黒?
真っ黒な空に、真っ赤な入道雲でも浮かんでいるような……何も見えない、聞こえない感覚を覚えた。
「どうして……私なんかに?」
「だって、お父さん役じゃない」
そんな簡単なもので良いのだろうか?
家族でも恋人でもない、ただの鬱陶しい敵に……なんでそこまでしてやるんだ?
「妹紅、泣いてる?」
「……見るな」
けして感動なんかじゃない。
何かの歯車が、カチリ、とはまったような、嫌にしっくりとくる感覚があった。
そう、完全に終わった。
私の敵は私を憎んでなどいない。
私の敵はもう私の敵ではない。
私ももう、私の敵への憎しみを忘れてしまった。
それが悲しくて仕方なかった。
輝夜が食器を片付けている間、ずっと窓の外を眺めていた。
今日は天気が悪くて、星のひとつも見えやしないけれど。
以前は、復讐に燃える自分がどこか誇らしくもあった。
一つの感情にそこまで従順になれる自分に愛おしさを感じることさえあった。
永遠に憎しみ、殺し合い続けることができるだろう、と思っていた。
不死の身になりながら、輝夜に出会う前は、隠れ、逃げ続けることに必死だった。
あれもある意味では充実していたのかもしれない、自分を守ることに全力を尽くしていたのだから。
時々、諦めたくもなったけれど……諦めていたら、死よりも辛い生を味わうことになっていたかもしれない。
今は平和だ。
竹林にいる妖怪なんて、相手にならない。
相当な大物とも渡り合える。
そもそもあいつらは、こっちからちょっかいをかけない限り、そう軽率には動かない。
私も、連中には興味が無い。
たとえ連中が私を殺すことのできる力を持っていたとしても。今となっては死を請う事もない。
それは確かだ、死んで何になる。或いはろくな人生じゃ無かったから、埋め合わせに期待しているのかもしれない。
輝夜を憎んでいる間はそれだけを存在意義として生きてこれたけど。
今だって、殺そうと思えば殺せる。もしかすると、突然恨みが再燃するなんてことも無いとは言い切れない。
でもそればかりの自分があまりにも哀しくて、そこから逸脱したいと願っている。
恨みに身を委ねていた間がどれだけ楽だったかを思い知る。
恨みを失いかけている今、必死に、新しい生き方を模索している。
けど……。
――生き方がわからない。
死に方もわからない。
復讐を捨てた私は、あまりにも空っぽだった。
既に日付は変わり、夜空を覆っていた雲も少しずつ切れ、かすれ……星が顔を覗かせ始めた。
その明かりだけを頼りに、窓辺に座って……。
――シャリ。
竹材に、小刀を入れる。
――シャリ。
輝夜は既に寝てしまった。
――カタッ。
竹材をそっと机に置いた。
これは明日にでも完成するだろう。
今日は輝夜に布団を貸した。
私が貸してやった寝巻きを着込んで布団に包まり、その下で胸を小さく上下させている。
緊張で心臓の鼓動がおさまらなかった。
竹材を握って固定していた左手は、嫌な汗をにじませてぬるぬると湿っている。
もちろん小刀を握っていた右手も同様だった。
音を立てないように、足を床にすりつけるようにして歩く。
少し前進するたびに、足の筋肉が私の意志に反して抵抗する。
『こんなことをして何になる』と言われているようで、我ながら腹が立った。
その『何』にもならないことを、今まで続けていたのだ。
あの感覚を取り戻せるのならば……取り戻せたら、今しばらく……、
……生き方を考えずに済むだろう。
そしてついに、輝夜の枕元に立つ。
その寝顔を見下ろすと「まるで人形みたいだな」と、素直にそう思った。
都合よく輝夜の両腕は布団の中に納まっている。
私はそっと移動して、輝夜にまたがるようにその体に乗った。こうすれば輝夜は両腕の自由が利かない。
首を絞めて殺すと、酷く見苦しい死体になってしまう。
それと比べれば、部屋が真っ赤になるぐらい何のことは無い。
でも小刀を握る右腕が震える。
こんなの、初めて殺し合ったとき以来か。
(久しぶりにこんなに緊張してるよ、輝夜……)
起きてる時の小憎たらしさはどこへやら、寝顔は随分と無邪気で愛らしいものじゃないか。
殴り、腫れさせたこともあるし、灼熱をもってして焼けただれさせたこともある。
そして、私も同じことをされたことがある。
小刀を輝夜の首に当てた。その刹那……輝夜がゆっくりと目を開いて、私を見つめた。
それを見て一瞬狼狽を覚えたが、この体勢から輝夜ができることなんて、叫ぶことぐらい。
私はからからに乾く口の中に舌を滑らせ、小刀を握りなおして輝夜を睨みつけた。
「……結局、殺すの?」
輝夜は私の目を見ながら口を開き……かすれるような声を絞り出した。
『結局、殺すの?』
今度は、本当に頭の中が真っ白になった。
別に、殺したってすぐに蘇生する蓬莱人のはずなのに。
手が震える、嫌な汗が滲み出してきて、小刀をすべり落としそうになる。
「妹紅……」
躊躇する私を見つめながら、輝夜は続ける。
「私も、毒を盛って殺せたよ」
そう言って輝夜は愉快そうに笑った。
それを聞いて私の手の中から、ストン、と小刀がこぼれ落ちた。
また泣いた。
輝夜が私の肩を抱くけれど、もう憎まれ口を叩く気力も無かった。
本当に何がしたいんだろう、こいつは……。
わかったのは、もう輝夜を殺すことに何の喜びも感ずることのできなくなってしまった自分。
わからないのは、輝夜の気持ち。
それから三日ほど輝夜は私の家に滞在した。
変わったことと言えば、私が憎まれ口を叩かなくなったことぐらい。
殺されかけたにも関わらず、翌日輝夜はケロッとしていて、まるで何事も無かったかのようだった。
私はと言えば、特にすることも思い浮かばなくて、ただひたすら竹とんぼを量産していた。
そんな私を見て、ある時輝夜が唐突にこんなことを言った。
「妹紅、それは正しい。小刀は人を殺すための道具ではないわ」
刀、って言うぐらいなんだから、人を斬っても良い道具なんじゃないかなぁ。とも思った。
小刀の存在理由なんてよくわからないけれど。
――あんたも、人より竹を斬りたいかい?――
案外、小刀もそんなことを考えているかもしれないな、と思った。
そしてそんなことを考えていたら、左手の親指を切った。
「いて!! ……え? 『人を斬りたい』って?」
冗談でそう言ったら輝夜が振り返った。少し面白かった。
輝夜の泊り込みでのままごとは、八意永琳が迎えに来て終了と相成った。
迎えに来るとすればウサギだろうな、と思っていただけに、あいつが来たのには驚いた。
「姫、あと少しだけ猶予を差し上げます。積もる話もあるでしょう。思う存分どうぞ」
「嫌ね永琳。そんな物々しい言い方することないじゃない」
傍らで眺めていて、やはり月の民は感性が違うのだな、と思う。
何が面白いのかさっぱりわからないような冗談でけらけらと笑って気味が悪い。
輝夜は永琳と数分だけ会話を交わした後、玄関で待つ私のところへ戻ってきた。
「さ、妹紅、ままごとの反省会よ」
「……はいはい」
最初から最後まで輝夜一人が盛り上がっていたのに、反省会も何もあるか。
家に入る間際に永琳と目が合った、永琳は笑顔で手を振ってきた。なんだ気持ち悪い。
殺す気は失せてしまったけど、やっぱりこいつら変だ。
部屋に戻ったって、こっちから話すことはすぐには思い浮かばない。
今日帰るなんて話も、向こうでは決まっていたのかもしれないけど、こっちは全く知らなかったし。
いきなり来ていきなり帰るとは、なんとも都合の良い話だわ。
食卓で向かい合う、お決まりのスタイル。
輝夜の表情は少しだけ寂しげだが、それがこれ以上無いぐらいに胡散臭い。
そして先に口を開いたのも、いつも通り輝夜だった。
「あんたの泣き顔、可愛かったわ」
「いきなりそれか、頭に来るな」
挑発しにきたのか、何かを伝えにきたのか……どうもこいつの立ち位置ははっきりしないな。
「あんたの料理は美味かったよ、それだけは今回の収穫ね」
「ありがとう。今後も努力するわ」
「そこまでは知らん」
一つぐらいなんか言ってやっても良いだろうと思って出てきたことはそれぐらい。
そしてにこにこと微笑んだ後、不意に輝夜が真顔になった。
「妹紅」
「……なによ?」
「私への恨みは、もう無いと思って良いのかしら?」
「……今のところはね」
恨みとかどうとか、こうやって話し合うもんでもないと思うんだけど。
まぁ、輝夜にしたら確かに気になるだろうねえ。
「あんたは、蓬莱の薬を飲んでから今まで、私への恨みを糧に生きてきた?」
「……んー、他にも楽しいことはいくらかあったけど、大体それで良いんじゃない?」
でなければ『憎しみを失った』ことを悲しみ、涙を流すなんてことはしない。
ああ、本当にこれからどう生きよう? いっそ、竹とんぼ職人にでもなろうか。それは嫌だな。
「私がここにままごとをしに来た理由、わかってくれたかしら?」
「愛し合うんだろ? 流石に難しかったわ、愛までは芽生えない」
「そうね。でもまだ、その先がある」
輝夜は食卓に両肘をついて、指を組み……身を乗り出した。
「憎しみは、愛から生まれることもある」
「……」
「だから私はあんたの憎しみを蘇らせてあげるために、ここに来たのよ」
「……なんで?」
「そこは自分で考えて欲しいわ」
輝夜はわざとらしく眉をひそめ、苦笑しながら首を振る。
「ただね妹紅、月並みだけれど」
「なんだよーもー、まだるっこしいし重要なことは言わないし……」
コホン、と一つ咳払い。
「憎しみから愛が生まれることもあるわ」
寒気がした、何言ってるんだろう、こいつ。
「いや、正確にはね……憎しみと愛は極めて混同しやすい。とりわけ、あんたら地球人は」
「月の民の感性で物事言われて、はいそうですか、と行くか。ばーか」
「まぁ、そうよね」
「それでいいのか」
「その証拠に妹紅、以前はね」
そう言って輝夜は私にそっと耳打ちをした。
誰も居ないんだから普通に言えばいいものを。
けれど、その言葉を聞いたときに、空前絶後の怖気を覚えた。
――妹紅、私ね……していたわ。
思わず輝夜を突き飛ばして、部屋の隅まで走って逃げた。
「寄るなっ!! 気色悪い!!」
「そんなに嫌がることないじゃないの。私だってそういうつもりではないわ」
「あんたらは胡散臭いんだ、しっしっ!!」
「だからこんなにあんたのことを気にかけた、っていう部分はあると思ってるのよ」
「いいよもう、来ないでくれ。ああー! 寒気がする……」
「まぁ待ちなさいよ妹紅、ここからが本当の想いなのだから」
「な、なんだよ……」
気持ちの悪いことを言ったと思えば、次の瞬間にはまた真顔。
熱湯と氷水を交互にかけられているようで、わけがわからない。
そして輝夜は小さな口を開く。
「殺し合うだけが私との付き合い方ではないでしょう?」
「……」
「別に殺し合いたいのならばそれでいいけれど。あ、私は面倒だから殺し合いは嫌よ」
「だからなんだって言うのよ」
「それに、殺し合うだけがあんたの生き方でもないでしょう」
そういって輝夜の指差した先には、私が作った無数の竹とんぼと、それを削り上げた小刀があった。
人を斬ることもできる小刀は、使い方次第では便利な道具。
「ま、それなりに前向きみたいだし。竹林の警備もご苦労様、いらない心配だったかもね」
「……人を復讐の鬼みたいに……」
「私から見たら、修羅でしかなかったわよ」
それは当たらずも遠からずだ。
「せっかく手に入れた永遠の命……せっかくなんだから、楽しく生きなさい」
「つまらなくしたのは誰だと思ってるのよ……」
「あんた自身でしょう? 私のせいじゃないわ」
「この……ッ!!」
殴りかかりそうになったけれど、したり顔で微笑む輝夜の顔に気付いた瞬間その気は失せた。
いけない、またこいつのペースに乗せられるところだった。
すんでのところで踏みとどまった私を見て、輝夜は不思議そうな顔。
「殴らないの?」
「殴らない」
「なんで?」
「あんたが喜ぶから」
輝夜はそれを聞いて面白くなさそうに眉をひそめた。
ざまあみろ。
結局は、ままごとの初日のような状態に戻って、憎まれ口。
外でぼんやりとしていた永琳に輝夜を押し付け、
「ごちそうさま!!」
と憎々しげに吠えた後、乱暴に家の戸を閉めた。
そして久々に一人きりの居間に戻り、ぼろぼろの畳にあぐらをかく。
「フン!!」
――言われなくても、楽しく生きてやるわ――
不死の身の忌々しいことと言ったらない。
だからって死んでしまうこともできないんだから、楽しく生きるほかに無いじゃないか。
けれど、一つ嫌なことにも気付く。
『殺し合うだけが私との付き合い方ではないでしょう?』
そうか……不老不死って、あいつらと私だけか……なるほど。
だから輝夜なりに関係修復を図ったのではなかろうか。
今の状態は奴にとって「殺し合う」関係よりも、喜ばしくない状態であるに違いない。
――妹紅、私ね……していたわ。
あの気色悪い台詞がそれを証明している。
不老不死同士……まるで宿命のように、どこかで通じ合ってしまう。
どんなに距離を置いても、どこかで邂逅してしまう。
「あーあ、やだなあ」
なんであんな小憎たらしい奴と一生付き合っていかなきゃいけないんだろ。
今立てた仮定が、真理となってしまわぬことを祈るばかりだ。
(待てよ?)
今の状態が殺し合い以下の関係だと言うのなら、こっちにも考えがある。
そうかそうか、確かに殺し合うばかりが付き合い方ではないなぁ。
もっとも、愛し合うのはもっとごめんだけどね。
永琳と並んで、永遠亭への道のりを往く。
久しぶりに会った永琳は相変わらず元気そう、蓬莱人だから当然と言えば当然だけれど。
「姫、どうでした? 妹紅と分かり合うことはできましたか?」
「いや、永琳。私は別に分かり合いに行ったわけではないわよ」
「あら、そうだったんですか」
永琳はうーん、と唸って顎に手を添える。
二人で飛ぶ速度は極めて緩やか。時間はいくらでもあるのだから急ぐ必要は無い。
こうして夜風を受けながら、積もる話を交えるのもまた一興じゃないの。永琳はきっとそれをわかっているのよね。
「姫にとって妹紅はどのような存在でした?」
「しょちゅう殺しに来ていた頃は、正直鬱陶しかったわよ」
「でしょうねぇ。私も迎撃するのが面倒でした」
「ええ、その辺は本当、父親そっくりだったわ。どんな無理難題を押し付けても、どんなに絶望させてやっても、
なりふり構わず、バカみたいに……力にものを言わせて何度でも寄って来る」
「まぁ、私はあの子の父親のことは存じませんが」
「けどね、永琳。感じるでしょう?」
「何をです?」
わかっているくせに、その薄ら笑いは……。
「私達は、あいつと付き合って行かなければならないわ」
「でしょうね」
蓬莱人になったのは、あいつが勝手にやったこと。別に責任なんか感じてはいない。
付き合って行かなければならないのは……。
「不老不死なんて、私達だけだものねぇ」
「そうですねぇ」
「だから、ある程度はあいつの動向を把握していないといけないわ」
「意外と心配性なんですね、ふふ」
「ええ、あいつに言ってやったわ」
「なんて?」
「多少、誇張はあるけれどね……」
――妹紅、私ね、昔は『愛されている』って、自覚していたわ。
「って」
「ああ、愛されていましたね」
「本当に、父親そっくり」
嫌いは好きの裏返し。憎しみは愛の裏返し。
あいつは、あいつにとっての生き甲斐だった私に、歪んだ愛情を散々注いでくれていた。
そこまで悪い気分ではなかったわよ。直接的過ぎて鬱陶しかったのは確かだけれど。
「あいつが、早くああいう苦悩から卒業してくれたら良いのに」
「姫、それは酷だと思いますよ」
「なんでよ、気楽で良いじゃない」
「それに、ああいう人間臭さがあの子の可愛いところじゃないですか」
「……」
確かに、それはあるかもね。
けれども永琳の笑顔はあまりに残酷だと思うわ。
やっぱり、私が妹紅を見ていてやらなければ。
それからしばらく……何日、何週間経ったかは覚えてないけれど。
「来ませんねぇ、姫」
「そうね」
自室に永琳を招き、二人並んでお茶を飲んでいた。
あれ以来妹紅はまったく顔を出さない。イナバに頼んで界隈の調査をさせたところ、以前の状態と変わっていないらしい。
日中はだらだらと竹林を見て回り、日が暮れるころに家に帰っているそうだ。
「何よ、せっかくこちらからアプローチをかけてやったというのに」
「フラれてしまいましたね。あの子の父親の気持ち、今ならわかるのでは?」
「冗談じゃないわ、求婚に対して難題をふっかけるのは私の専売特許よ、永琳」
「ならば特許の申請でもしてはどうです」
「誰によ」
「霊夢辺りに」
「アテにならないわよ、あんなやつは」
「怒ってらっしゃるのですか? 姫」
「少しね」
もう少し単細胞だと思っていたのだけれど、見当違いだったかしら。
それとも、もしかすると未だに悩み続けているのかもしれない。
「もう一度行こうかしら」
「いくらなんでも、そう頻繁に外出されては困ります」
「うーん」
「随分気にかけてらっしゃいますが、姫としては妹紅をどう思うのでしょう?」
永琳は相変わらずお茶を飲むのが早い。
既に永琳の湯飲みはお盆の上へと移動していた。私はまだ半分も飲んでいないというのに。
「どうなのかしらね、あまりちゃんと考えたことはないわ」
「なら、私からどう見えるか……言ってよろしいですか?」
「なによ、自信ありげね。聞かせてみなさい」
「ええ」
永琳はここぞとばかりに姿勢を正し……
「まるで姉妹のようですよ」
と言った。何を言うかと思えば、特に面白いことでもなかった。
でも一点気になるわ。
「どちらが姉よ」
「もちろん姫です」
「先に蓬莱人になってるから?」
「そうです、よくおわかりでいらっしゃる」
そうなると、長女が永琳になってしまうではないの。
私が次女? なんだか少し生意気。
それから数日後……待ち望んでいた? 妹紅の襲撃があった。
今回は出てこなくて良いと永琳、及びイナバのリーダーに伝えた。
せっかくだもの、あれから妹紅がどう変化したのか見たいじゃない?
弱くなってて永琳なんかに追い返されたりしたら、こちらが欲求不満になってしまうわ。
「さあて」
柄にも無く屈伸運動などしてみる。
ここしばらく体を動かしていなかったから、久々に良い運動だわ。
面倒な殺し合いも、間を空ければ楽しみなものね。うん、たまには悪くない。
「輝夜ーっ!!」
来た来た、いっつもこれ見よがしに叫ぶんだもの、わかりやすいったらないわ。
今日は大した邪魔も無かったはずだから、きっと新品同様でここに到着するはずよ。
襖を蹴破って……飛び込んできた妹紅は得意げな表情。きっと何か心境の変化があったのね。
――結局私の思ったとおりになったじゃないの――
やっぱり単細胞、ばかね、ばか。
「久しぶりね妹紅。さあ今日はどの難題をお望みかしら?」
全身に霊力をみなぎらせ、宙に浮いて妹紅を見下した。
せっかくだから挑発できるだけ挑発して、溜まりに溜まった鬱憤を発散させてやろう。
懐に手を滑り込ませ、数枚のカードに触れる……さあ妹紅、選びなさい。それとも全部が良い?
そんな期待をよそに、妹紅は鼻で笑って叫ぶ。
「ふん! そんな、クモの巣張った難題なんか、とっくの昔に見飽きたわ」
「……へ?」
肩を怒らせ、つかつかと歩み寄ってきた妹紅は、何かを私の前に突き出した。
「これやるよ」
「……竹とんぼ……?」
え、何をしたかったの? これを渡しに来ただけ?
妹紅は私の手を掴み、立派な竹とんぼを握らせて満足げに。
「初めて、よく飛ぶのができた」
と言って笑い、そのまま中庭の方へ歩いていく。
「あの……何がしたいんだかよくわからないのだけれど?」
「少なくとも殺し合いではない、あんたの予想通りになんて動いてやるもんか」
「……」
「これで用は済んだ。じゃ、また」
妹紅は縁側から中庭に飛び出して……大きく、煌々と燃え盛る鳳凰の翼を広げ、天に向かって舞い上がった。
――私が見飽きたはずの鳳凰の翼なのに、それは未だかつてないほど見事で。
追うことも呼び止めることも叶わず、ただ見送ることしかできなかった――
「ぷっ……あはははははは!!」
なんだったのかしら? 何を勘違いしたのか知らないけど……開き直ってしまったのかしら。
手に残った竹とんぼを見ていると、腹の底から笑いがこみ上げてきた。
こんなものを渡すためだけにここまで来るなんて、あいつも相当狂ってる。
「ようやく、らしくなってきたじゃない?」
そうよ、それぐらいで良いと思う。
不老不死だからって、殺し合うだけが能ではないもの。
そして私も裸足のまま縁側へ出て、空を見上げた。
手首に思い切り力を込めて、妹紅からもらった竹とんぼを飛ばした。
「天までとどけー!」
なんだか嬉しくなって、大声を張り上げた。
竹とんぼは先ほどの妹紅のように真っ直ぐ、真っ直ぐ天へ昇っていき、
やがて太陽と重なって、見えなくなってしまった。
それから私は、次に妹紅に来たときに愛情いっぱいの料理を振舞ってやろうと、日々料理の鍛錬に勤しんでいる。
それはもはや、新しい『癖』と言って過言ではなかった。
「永琳、新メニューを考えたの。食べなさい」
「姫、作りすぎです。最近体重が増えて困っているんです」
永琳は疲れ果てるまで減量の薬でも作って、仮眠すればいい。
こんな屈折した付き合い方も、時にはありじゃない?
――一生、特定の人物を愛し続けることは可能なんだろうか。
普通の人間なら、長く生きてせいぜい百年。それぐらいなら可能じゃないかな?
腕を組んで唸ってみた、そこまで愛したことが無いからわからないな。
それにその愛の属性にもよる。愛という言葉は、何も異性間にだけ存在するものじゃない。
親子だったり兄弟だったり、まぁ家族。或いは友愛、そんな言葉もあるし。
ならば。
――一生、特定の人物を憎しみ続けることなんて可能なんだろうか。
遥か頭上で、笹の葉が風に揺られてさわさわと鳴った。
まるで首を横に振って私の考えを否定しているようで、少し気味が悪い。
「なるほど、あんた達もそう思うわけね」
再び、否定するようにさわさわと鳴った。なんだ、そういうわけじゃないのか。
これだけ高く、太い竹ならば、意思を持ち始めても不思議じゃないと思うんだけどな。
今日の竹林は平和だった、迷い人もいない。
筍の季節でもないし、まぁ、暇つぶし程度だから、迷い人の救出も別に嫌ではないんだけどさ。
だからって、迷い人を望むのも不謹慎だけれど。
助けた人間の大体は、人の顔色疑って黙っちゃってる奴が多いけど、たまに一生懸命喋る奴もいる。
いるんだよね、沈黙に耐えられない奴って。何かしら足がかりを掴もうとして、まずは当たり障りの無い話から。
こちらの様子を見て、好感触だと思うと話を展開させてくる。
(私もそれぐらい話上手だったなら、今みたいに独りじゃないのか?)
別に独りがそれほど嫌でもないから、憧れてもいないけれど。
私が無口だと知ると、大体は自分の話に切り替える。些細なことしか話さない奴もいるし、悩み事を話す奴もいる。
いろんな人間がいて面白い。
家族の話、恋人の話……憎たらしいと思う相手の話。
竹林を歩きながらいくつもの話を思い出していたら、今日のこの「一生の愛、憎しみは存在し得るのか」という命題へ。
そして、そんなことを考えるようになったきっかけはもう一つある。
(飽きてきたんだよなぁ)
輝夜とのこと。
憎たらしい気持ちは消えてないんだけど、やることっていつも同じなんだよ。
あいつは最初からめんどくさそうにしてて、そういう態度が気に入らなかったりもしたけど。
感情は消耗するものだって、何かの本で読んだことがある。何年、いや、何百年前だったかは覚えてない。
人間には『慣れる』っていう機能がついているんだって。
同じこと、同じ経験を繰り返すと、慣れてくる、こなせるようになる。
別にさほど難しい話じゃない、生きていれば確実に経験することだろう。
同じ食べ物ばかりを食べていると飽きるとか、同じ遊びをしていると飽きるとか。
慣れるということが必ずしも飽きるってことと同じだとは思わないけど、違うとは言い切れない部分もあると思う。
(輝夜を殺すのも、輝夜に殺されるのも、なんか飽きてきた……)
こいつはいけないと思う。
これからも死ぬことが無いのに、生き甲斐を失ってしまったらどうしよう。
木の枝を一本拾って、竹の幹をバチバチとはたきながら歩く。
節を狙ってはたいてみる、反応が毎回違って面白い。
輝夜もこれぐらい、いろんな反応をしてくれたら面白いんだけどなぁ。
(いやー……見尽くしちゃったかしら)
いろんな殺し方をしたし、いろんな殺され方をした。
輝夜は私を殺すことについて特別な感情は持っていないらしい。
至ってあっさりと、そのとき最善だと思われる方法で攻撃してくる。めんどくさいんだろうな。
だからそのときどきによって違うけれど、弄んだり、変に苦しませる方法を用いたりはしない。
初めの頃は本気で消そうとしてたのか、若干そういう節はあったけれど、もう諦めたらしい。
そう、初めはそれこそ、この竹の節みたいに……毎回違った反応を見せた。
刺客を送り込んできたのも、あいつらが悪さした後のくだらない肝試し以来か。
ふと、胸の中に不安が去来した。
うーん、これはいけないな。
もう、妹紅が来なくなって何ヶ月かしら。
廊下を走り回るイナバを一羽捕まえて、膝の上で撫で回しながら。
特に、これといって何の感慨があるわけでもない。邪魔なものが無くなった清々しささえある。
「ひいふうみい……」
大丈夫かしら。という心配が先行した。
結構思い込みの激しい方みたいだし、あの憎しみの矛先が変わっていたりしたら大惨事が起きるのでは?
やり場に困るあの力、喜ばしくはないけれど、そのはけ口になっていたという自覚はある。
(自業自得じゃない)
勝手に蓬莱の薬を盗んで、飲んで。老いることも、病苦に苦しむことも、死ぬことさえ許されなくなった。
浅はかな復讐心が、永劫の苦しみを招いてしまった。
(人のことは言えないけど)
そう思うと少し笑えた。
興味本位で手を出した蓬莱の薬で永遠の身となった私が、偉そうなことは言えないのかもしれないわ。
けど今は、永遠の命を楽しんでいるよ。あいつの復讐心に比べたら、よほど建設的じゃないの。
(どうせ、死ぬわけでもないのだし……)
久々に、こっちから動いてみるのも悪くないのかもしれないわ。大喜びするかもね。
腕の中で暴れ始めたイナバを放ち、膝についた毛を払って、ゆっくりと立ち上がった。
永く、暗い廊下を歩いて永琳の部屋へ向かう。
途中、愛らしいイナバがぱたぱたと横を駆け抜けていくのを見て、思わず笑みがこぼれた。
永琳は何をしているかしら、そういえばあまり顔も合わせないし、よくわからない。
永琳も不老不死だけど、一体どういう想いを抱いて生きているのか、不思議だった。
(そんなこと話し合ったこともないわ)
今を楽しむことができれば良い。
未来が現在に降りてくる、その現在を楽しめれば、必然的に楽しい過去が積み重ねられていく。
楽しい過去を、永遠に積み上げていく。
それは、そうしようとしてそうするものではなく。
きっと、永遠の民にはそうするしかないのだろう。
(永琳もきっと、そうなんだと思うわ)
これから幾つもの障害が訪れようとも、そのときは全力で排除に当たるだろう。私も、永琳も。
永遠の命との付き合い方は、それが正しいあり方、けして生きることを放棄してはいけない。
前に進むのが生きること。それが、視認できないほどにゆっくりであろうとも。
後ろに押されたら、足を踏ん張ってこらえなければいけないのよ。
(疲れるのはあまり好きではないけれどね)
永琳の部屋の戸を、叩きもせずに開けると……疲れて仮眠を取っているようだった。
椅子にもたれかかり、膝の上で指を組んで……私が来たことに気付くと、うっすら目を開けた。
顔を洗ってくると言って出て行った永琳は、そのついでにお茶も淹れてきた。
寝て、起きて、顔を洗った永琳の顔は、とても血色が良かった。
「こんなところで話すのもなんですから」
と言って広い部屋へと導かれ、そこで湯気の立つお茶を渡される。
まだ何も告げていないのに「話す」と決め付けているらしい。まぁ、確かにそうなのだけれど。
許可も出たところで熱いお茶に口を付けると、とても飲めそうになかったので、湯気だけ吸って口から離した。
「どうなさいました、姫。わざわざ私の部屋まで来るなんて」
「そういうこともあるわ」
永琳はあのお茶を平気で飲んでいる。自分のだけぬるめにしたのかしら。
「最近妹紅が来ない」
「そうですねぇ」
「思うところはある? 永琳」
「さぁ、飽きたんじゃないでしょうか?」
「飽きたとしよう、で、その後妹紅は何をするかしら」
「竹馬でも作るんじゃないですか?」
「そういうものかしら」
「竹ならたくさんありますし」
ふざけているのか、真面目に答えているのかわからないけど、おそらく後者だろう。
竹馬と、そこまで限定的ではないにしても、生きている以上は何かをする。最低、呼吸だけでも。
私ならば、やることが思いつかないときはとりあえずイナバを撫でているし。
イナバを撫でている最中物思いに耽ってみたり、何かやることを思いついたり。
動いていれば意外とやることが見つかるものだと思う。
永琳が言いたいのは多分、妹紅が今まさに何をするか思案している最中だろう、ということだ。
「永琳はさっきまで何をしていたの?」
「薬を作っていましたよ」
「売れているの?」
「程ほどに」
「足りなくなって困るほどに?」
「いえ、作り置きしているだけです、癖ですね」
「癖!」
「ええ、癖です」
イナバを撫でるのが自分の癖なのだと、今悟った。
「妹紅が私のところへ来るのって、癖だったのかしら」
「そうかもしれませんね」
「でも、癖って簡単に抜けるものかしら?」
「癖だと気付いてもやめられないものが癖です。気付いてやめられるようなら癖ではありません」
「直す必要ってあるのかしら」
「あるものも、あるでしょう。でもどうしようもないことが多いですよ」
永琳がわざとらしく、ごしごしと目をこすって見せて、少女のようにあどけなく笑った。
疲れすら忘れて薬の備蓄に没頭してしまう、という癖はそう簡単に直らないのだろう。
直そうともしていないのかもしれないけれど。
「ところが、ふとした瞬間に直ってしまうこともあります」
「不思議ね」
「そういうときは、新しい癖が身についてしまっていることが多いんですよ」
「必要の無くなったものが淘汰されていくのね」
「ええ、癖は生きていく上で、少なくとも自分にとっては必要なものです。必要だと思って、無意識に身につけるものです」
「だから、直すのも難しいの?」
「そうです」
イナバを撫でるというのは、そこまで崇高な行動だったのか。
永琳は頭が良いな。私は思わず、腕を組んでうんうんと頷いた。
「疲れ果てるまで薬を作る癖は、永琳自身はどういう必要性を感じる?」
「その後の仮眠が心地良いので」
「なるほど、素敵ね」
「そうでしょう?」
永琳は、私が無意識に自分の膝を撫で回しているのを見て、小さく笑った。
少し恥ずかしくなった。
「妹紅のところへ行ってみてはどうですか?」
私の考えを見抜いた永琳は、お茶を飲み干してそう言った。
見抜いた、と言っても別に隠そうとしていたわけでもない、逆に話が早くて助かる。
「行っても良いかしら?」
「あまり死なないように、それだけ気をつけていただければ」
「それはあいつ次第」
「行ってみたら、何か面白いこともあるかもしれません。新しい癖が身につくかもしれませんし」
「新しい癖、良いわね。欲しい」
永遠の中のささやかな変化、なんて小粋で素晴らしいのかしら。
あれから、竹林に何の異常も無いことを確認して、思い立ったように人里に足を運んだ。
そこで手に入れてきたのは小刀。ちょっとやってみたいことがあった。
が、意外と難しい。
「あ、ああー、どこ飛んでくのよー」
私が作った竹とんぼは、翼が歪んでいて上に飛んでくれなかった。
竹とんぼを追いかけるためだけに、鳳凰の翼を広げて……なんだか、違う気がした。
「竹とんぼって、空を飛べない人間が、その想いを竹とんぼに託して飛ばすんじゃないのか?」
わざと気難しそうに言ってみたけど、多分そんなことないだろう。
高く飛ばして楽しむ玩具、竹とんぼの主だった存在価値はそこにあるはず。
まぁ中には、今私が言ったような重苦しい動機を以って竹とんぼの製作に当たる人間もいるかもしれない。
へろへろと草むらに落ちた竹とんぼを拾って、ごみを取り除きながら叫ぶ。
「生きるって、なんなんだろうなー!」
腹立たしげに、草むらに寝転んだ。
失敗作の竹とんぼ……わざわざ拾ってごみまで取り除いたけど、寝転んだまま思いっ切り遠くへ投げた。
なんだよ、普通に投げた方が飛ぶんじゃないか?
輝夜との殺し合いに飽きてしまっても、死ぬわけじゃない。
しかも、別に死にたいとも思わないということが判明した。
とすれば、何をすれば良いのかがわからなくなってきた。
「……」
竹とんぼ、どこに行った? 頭だけ起こして探してみる。
そんな遠くまで行ってないと思うけど……今の私って、あの竹とんぼ程の価値もないんじゃない?
使命も無く、欲も無く、目的も無く……玩具っていう明確な役割があるだけ、あれの方がましかもしれない。
さく。
足音が聞こえた。誰だ、こんな人気の無いところに。
人里に住んでる半獣か? それとも、やる気の無い巫女か? 嘘つきの魔法使い?
その予想は、どれもはずれだった。
「永琳惜しいわ、竹馬ではなく竹とんぼだった」
「……輝夜?」
「ええ、どうする? かかってくる?」
「……」
「竹とんぼを作っていたと言うことは、私に飽きたっていう証拠よね。だから貴女はかかってこない」
「へ?」
「こっちの話よ」
輝夜はそう言って、私が投げた竹とんぼを、そっと私の胸に押し当てた。
その羽根は、やはりいびつに歪んでいた。
妹紅は私に襲い掛かってくることはなかった。
「飽きたのでしょう?」という私の言葉に反論もしなかった。飽きたのは事実なのだろう。
妹紅は仰向けに寝転がったまま、私が拾ってきてやった竹とんぼの軸を上唇と鼻の間に挟んで、立たせようとしている。
立ったからなんだって言うのだろう。けれども飽きもせずに、ずっとそれを続けていた。
「妹紅」
「……なによ」
「私が襲い掛かってくるとは思わないの?」
「思わない」
「なんで?」
「なんとなく」
そう言って竹とんぼの軸を調整し、バランスを取った。
それはほんの少しの間だけ直立していたけれど、すぐに力なく倒れた。
妹紅はそれが面白くなかったのか、ぽい、と投げ捨てて上体を起こした。
そして私と目を合わせることもなく、あぐらをかいて遠くを眺める。
「何しにきた、輝夜」
「あんたの様子を見に来たのよ」
「何のために?」
「どうしてるかな、って思っただけ」
「いちいち胡散臭いな」
「嘘じゃないわ」
もう一度竹とんぼを拾ってきて、今度は私が飛ばしてみた。
えい、と思い切り手首に力を入れてみたけれど、竹とんぼは上には飛ばず、あさっての方向へ。
「……へたくそね」
「うるさいなあ!! ほっといてよ!!」
「あ、怒った。殺す?」
「殺さない! 今日はそういう気分じゃないの!!」
「ね、妹紅」
そこまで言いかけて、もう一度竹とんぼを拾いに行った。
草むらに落ちてしまっていて少々骨が折れたけど、なんとか見つけて妹紅の元へと駆け寄る。
しまった、話しかけだったわ、妹紅は覚えているかしら。
「ね……で、なによ?」
良かった、覚えていてくれた。
少し嬉しくなって、妹紅の手を掴み、竹とんぼを握らせてから両手で包み込んだ。
妹紅は眉間にしわを寄せ、歯を食いしばって振りほどこうとしたけれど。
「ままごとでもしてみない?」
「はぁ? ふざけたこと言ってると殺すわよ?」
「あ、殺す?」
「殺さない……」
「一緒に住んでみれば、きっと憎たらしくなってくるわよ」
「はぁ? 一緒に住む? なんだよ、そんなに憎まれたいのか?」
「ううん、そうではないけど」
「願い下げだよ、なんであんたを私の家に入れなきゃいけないんだ」
「家事をしてあげるわ。私がお母さん役よ」
「勘弁してよ、何盛り上がってんの? 気持ち悪い」
殺さないからといって、嫌っていないわけではないのだな、とよくわかった。
でも、嫌っているくせに「殺さない」と、そこだけは断固否定するのがなんだか可愛らしく思えた。
「なんだよほんとに! 気色悪いったらない!! 来るな来るな!! しっしっ!!」
「わ」
私の足元に拳ぐらいの火球を一つ投げつけて、妹紅はそのまま飛んでいった。
けれど、竹とんぼはちゃんと持っていったのね。
せっかく作ったのだから、そう、大切にしなければだめよ。
形有る物は、いつか壊れてしまうのだから。私達のような例外を除いて。
でも、良い考えだと思ったのに。
知ってる? 妹紅。
憎しみって言うのはね……。
輝夜は追ってこなかった。
途中何度か後ろを振り向いて確認してみたけれど、一度もその姿を見ることは無かった。
まぁ、家の場所はわかっているんだろうし……無理して追う必要はないんだろうけどさ。
そう思うと、まるで輝夜の手のひらの上で踊っているだけのような気がして、少し気味が悪かった。
「しっかし、なんだよ。ままごとだなんて……」
輝夜のみならず、八意永琳も……真意を語らずに話を進めることが多い。
多分、輝夜にしたらままごとをすることに何かの意味があるんだろう。
あったとしても、血迷ったことを言ってるようにしか聞こえないのが始末に悪いけど。
汚れた服を着替えて、今度は居間の畳の上に寝転がった。
ぼろぼろの畳が、地肌にチクチクとこそばゆい。
(……見抜かれてたか)
私が殺し合いに飽きてきたということを、あいつも感じていたらしい。
飽きたって言っても、いつまた突然戦いたくなるかなんてわからないじゃない。
とにかく、今は疲れることをしたくない、無理して戦って筋肉痛になるのはごめんだ。
(だからって……)
どうしたいのよ。
ままごとなんかして何になる? ばかじゃないの?
ままごとをして、私に何か変化が起きたとして、だから何なのよ。
また私がいきりたって襲い掛かったら、鬱陶しいでしょうに。
「平和になるんだから、むしろ喜べ。ばか」
私は何か間違ったことを言ってるか? 言ってないと思う。
不愉快ではあるけど、不機嫌かというとそれほどでもない。
――とりあえず。
高く飛ぶ竹とんぼを作ってみたい。
地味だって良いじゃない、高く飛ぶのを作れるようになったら、今度はまた別のことをするさ。
机の上に小刀と、竹材を置いて……よく見える位置に、失敗作を置いた。
これは、失敗した自分への戒め……きっと、性格が歪んでるから羽根も歪んだんだ。
今度は心を落ち着けて、澄んだ気持ちでやってみようと思う。
澄んだ気持ちで作った竹とんぼも、羽根が歪んでいた。
どうやら気持ちだけの問題じゃないらしい、当たり前か。
頭に来た私は、そのまま竹とんぼを部屋の隅に放り投げて不貞寝した。
「お母さーん!!」
翌日、珍しく竹林に迷い人が居た。小さな女の子だった。
年の頃は十くらいだろうか……『幸せ兎』とやらの話を聞いていても立ってもいられなかったのだとか。
あーあ、その『幸せ兎』があの性格のヒン曲がった嘘つき兎だって知ったら、どう思うんだろ、この子。
罪作りだよなぁ、あの存在は。天は二物を与えないって言うけどさ。
「泣くんじゃないの」
「う……」
こんな、竹林の入り口近くも良いところ。
いかに活発で好奇心旺盛とはいえ所詮少女の足、そんな奥深くまで入り込めるはずがない。
それにしても、妖怪から見たらうまそうなんだろうなぁ、この子。
「大丈夫だから」
「……なんで?」
「私が居れば、妖怪は絶対に寄って来ない」
「え、なんで?」
「なんでも」
「……う」
「泣くなよ」
「うぅ……」
あんまりにも心細そうだから、手を握ってやった。
少女は少し意外そうに目を見開いてから、照れたようにしつつも強く握り返してきた。
(私がこの子ぐらいの頃には、どうしていたかな)
閉じ込められていた。
すぐに思い出せた。別に、拘束されていたわけじゃない、隠されていたんだ。
私自身を守るためというよりは、父を守るためだったろう。
私の存在は、父の地位を傷つけるものだった。
何不自由しなかったけど、何も面白くなかった。
(何も変わってないなぁ)
昔から暇で暇で仕方なかったけど、そうだな、輝夜と会ってからは暇じゃなくなった。
良いことなのかどうなのかはわからないけれど、やるべきことは、大きな壁となって聳え立っていた。
少女は、考え込みながら歩く私の顔を何度も覗き込んできたけど、口をきく気にはなれなかった。
そのまま竹林を出て人里の側まで連れてきてやった。なんともあっけないものだ。
「ありがとう!」
「ちょっと待って」
「なに?」
昨日作った、二作目の竹とんぼを握らせてやった。
少女は嬉しそうに笑ってから、手を振って里へと走っていった。
まぁ飛ばないんだけどさ、あれ。
飛ばないと知ったら、どう思うんだろうなー。
そのままのんびりと竹林を散策して、日が沈みかけた頃に家に帰ることにした。
帰りも空は飛ばずに、わざわざ歩いて帰った。
なんか、竹とんぼが飛ぶより先に自分が飛ぶのは間違ってる気がするし、悔しかったから。
家の側に来ると、なんだか良い匂いがした。
良い匂いなんだけど、同時にすごく嫌な予感がした。
「か、輝夜……」
すごく驚いてくれた。
これぐらい驚いてくれると、やり甲斐があるわね。
「おかえりなさい、妹紅」
そう言って作った笑顔は、あまりにもわざとらしかったかもしれない。
妹紅は表情を歪めてちらちらとこちらを見やっては、私が目を合わせると慌てて視線をそらす。
怒りさえ通り越し、酷く狼狽して……殺したくなるほどの憎しみも、もう乾ききってしまっているから。
どうしたら良いのかわからないのだろう。しばらく、頭を右往左往させて出てきた言葉は、ろくな言葉じゃなかった。
「ど、どうやって入ったのよ……」
自分で言って、呆れたのだろう。
妹紅はそのまましゃがみ込んで俯き「んー!」と、意味も無く唸ってから黙り込んでしまった。
きっと今必死に考えているのね、どうするべきかを。
「戸を開けて入ったわ」
ろくな質問じゃなかったので、私もろくな答えを返さなかった。
手の湿りを割烹着に拭いつけて、小皿に肉じゃがを乗せて、しゃがみ込んでいる妹紅の側へ歩み寄った。
妹紅の体がビク、と一度跳ねたけれど、殺し飽きたのはこちらも同じ……。
「だから、ね。ままごとでもしてみましょうよ。何か変化があるかもしれないじゃない?」
「バカバカしい……」
「私はお母さん役よ。あんたはお父さん役か、子供役か、選ばせてあげるわ」
「嫁でも母親でも最悪だよ、あんたなんか」
少し妹紅の目つきが鋭くなったような気がしたけれど、やはり、心のどこかに迷いがあるらしい。
しゃがみこんで、見上げるようにこちらを睨んでいる。
「これだけやって、まだ殺す気になれない?」
別に、殺して欲しいわけではないけれど。
なんだか腑抜けてしまっているし、それじゃ不老不死なのに面白くないでしょう?
わざと神経を逆撫でしてあげているのだから、そろそろ襲い掛かってきても良い。
さあここが分岐点、殺し合いをするかままごとをするか。
そして、憎しみ合うか、或いは……。
「ならない。なんか、あんたの思い通りに動いてるみたいで気に入らないし」
そう、ならば決定。
「ままごとをしましょう。そうよ、逆に……偽りでも良いから、愛し合ってみるの」
その私の言葉を聞いて妹紅は絶句した。
文字通りぽかん、と口を開けていたので、ここぞとばかりに菜箸でじゃがいもを挟み、その口に入れてやった。
「……」
「本気でってわけではないわ。偽りでも良いのよ、別に」
「……ペッ!!」
「あ」
勿体無いじゃない、何するのよ。
少し憎たらしかった。
「出てけよー!! 出てけよー!! もおー!!」
「妹紅、せっかく私が作った夕食が冷めてしまうじゃないの。早くお食べ」
「いらないそんなの!」
「だったら、殺してつまみ出せば?」
冷たい調子で言い放って……寝転がってうだうだと騒ぐ妹紅に、凍るような視線を向ける。
それを聞いた妹紅は、そのまま黙り込んで寝返りを打った。
なんでそこまで拒絶反応を起こしながら、殺そうとだけはしないのか。
妹紅は何をそう意固地になっているのかしら。
「頭おかしいんだよあんたは!」
「なら言わせてもらうけど」
「……なによ」
「ここまでされて襲い掛かってこないあんたも、大分頭がおかしいと思うよ」
それを言われて、妹紅は真顔になった後……悲しそうにうつ伏せた。
私のあずかり知ったところではないけれど、妹紅なりに何か考えがあってのことらしい。
私のあずかり知ったことではない、悪く言えば、知ったこっちゃない。
だから私はじゃがいもに肉を乗せて、それらをひょいと口に運んだ。
ああ、こんなに美味しくできているのに食べてくれないなんて。
「妹紅」
「……なによ」
「意地でも食べないと言うなら、私にも考えがある」
「なんだよ?」
「食べたくなる、いや、食べざるを得なくなることを教えてあげるわ」
「だからなんだよ、さっさと話せ、ばか」
「これは永遠亭から持ってきた食材なんかではないわ。ここにあったやつよ」
「……勝手なことするなよ、もぉ~……」
そこまで言われてようやく、妹紅は慌てて食卓について、箸を手にした。
心底恨めしそうにこちらを見上げながら。
本当に仕方のない奴。もう少し譲歩してやろうか。
私は最後の一口を口へ運んで、立ち上がった。
「ごちそうさま、星を見てくるわ」
「は?」
「言っておくけど、戻ってくるから……しばらく泊まるつもりよ。永琳にもちゃんと伝えた」
「はぁ!?」
「じゃ、行ってくるわ」
こうしてやらないと食べないだろう。
まるで、変に気高い野良犬みたいな奴。
お腹が空いているのなんてわかりきっているわ、私の見ていないところで好きなだけ食べなさい。
戻ってきたときには、私の食器まで片付けてあった。
借りを作るのが嫌なのかしら。
家に戻った私に、もう妹紅は「帰れ」とは言わなくなった。ただ嫌そうな目で睨まれただけだった。
そのままふい、と視線を落とし、無言で、手に握った竹材に小刀を入れていた。
諦めが良いんだか悪いんだか……。
私が勝手に引っ張り出してきたお酒は、どうも安物らしい。
開封したのは最近みたいだけれど、既にその中身はほとんど残っていなかった。
薄汚れた杯で我慢して、生ぬるいお酒をやりながら黙々と、竹とんぼを作る妹紅を眺めていた。
ただ、私があまりに大人しく眺めているものだから、妹紅は居心地が悪いらしい。
たまにこちらに視線を向けて、その度にわざとらしく眉をしかめる。
ある程度決まった間隔で……そんな律儀に睨み付けなくて良いから、竹とんぼ作りに集中しなさいよ、ばかね。
「ねぇ妹紅、楽しい?」
「お前と話すよりは楽しい」
なんだってこう、予想通りの答えしか返さないのかしら。けれど、
――なるほど、こういう状態だから飽きてしまったのだな――
と、ひとりごちた。
「ねぇ妹紅」
「うるさい、喋るな、気が散る」
「それが高く飛ぶようになったら、あんたはまた目標を失うわね」
「……うるさいな」
最後の声は、今にも泣きそうなほど弱々しくて。
ほどよく回っていたお酒が、一瞬で抜けたような気がした。
妹紅、どうしたの?
その夜、布団が一組しかないので、居候の身としては素直に譲った。
妹紅は何も言わずに布団にもぐりこんで、そのまま何も言わずに眠りについた。
私はしばらく暗闇の中に座り、妹紅を見つめていたが、そのうちに眠ってしまった。
自分でも何がしたいのかよくわからなくなってきた。
トントントン。
目が覚めたとき、布団の中に居たのは妹紅ではなく私だった。
妹紅は割烹着すら着ずに、台所で料理をしていた。
それにしてもあの台所の散らかりようと言ったら無かったわ、私が片付けてあげた台所はどう? 妹紅。
「おはよう。優しいじゃない、布団を譲ってくれるなんて」
「優しくない。あんたが布団に寝てたのなんて、ものの一時間ぐらいだ」
私は眠い目をこすりながら妹紅の背に挨拶をした。
当の妹紅は相変わらずつっけんどんな口ぶりだけど、なんだか機嫌が良さそうだった。
「一組しか無いからね。後でよく洗っておくわ」
「酷いわ、人をばい菌みたいに」
「ばい菌以下だ、あんたなんか」
「まぁ、ほんとに酷い」
調理が済んだのか、妹紅は大きな皿に料理を……料理? 料理らしきもの……を盛り付けた。
そしてそれを抱えて、食卓に置いて言う。
「今日は私がお母さん役だ、我が家の食材には触れるな」
目の下に隈をぶら下げて、にやけながら……ほんと、意地っ張りなのね。
「じゃあ、私は子供役」
「ああ、そう」
それよりも妹紅、こんな物を食べなければいけないの?
あんたはいつもこんな物を食べているの?
「お母さん」
「……気持ちわる」
「食べたくないわ、これ」
「じゃあ食べるな」
「はい」
ようやくままごとらしくなってきたじゃないの。ご飯は悲惨だけれど。
だから明日以降は、ずっと私がお母さん役をやるわ。
今日は子供らしく外へ出かけて、永遠亭で何か食べてこよう。
輝夜が出かけた後、いつも通り竹林を巡回して夕暮れ時に家に帰った。
やはり空は飛ばずに、自分の足で歩く……竹とんぼが高く高く飛んだ、そのときに空を飛ぶことに決めた。
目標があるならば、それを達成するまで制約をつけた方が良い。
――臥薪嘗胆、とか言ったっけ?――
肝を嘗めて、薪を枕にする、とか、そんな話だったと思う。
復讐を果たすまで、苦い肝を嘗めて、堅い薪を枕にすることで、恨みを忘れないようにするとか。
さしづめ今は竹とんぼへの復讐と言ったところだろう。
空を飛べば楽だけど、あえてそれを封印することで竹とんぼの製作に気合が入る。
(いつか絶対飛ばしてやるから)
モンペの裾をごみだらけにしながら竹林を歩いた。
歩き慣れていない地形ではないけれど、本気で竹林を移動をするのに適した格好じゃないだろう。
こんなだるだるのモンペじゃあ、枯れた笹やらなんか、ごみがいっぱいつくのも無理からぬこと。
「あ、しまった……」
鼻腔をくすぐる良い香り。
竹林の巡回と竹とんぼにばかり気を取られ、私の娘役である輝夜にご飯を作ってやるのを忘れてた。
でも、なんでそんなことをしてやらなければいけないんだ、ままごとだって、やりたくてやってるわけじゃないのに。
「腹の立つ……」
けれども毒気はすっかり抜けてしまって。憎たらしいはずのあの面を見ても、殺そうと言う気が起きない。
殺そうと思えば殺せるけれど、殺したいと思う欲求が、それを達成する上での苦労に負けてしまう。気持ちが萎えてしまう。
輝夜だって抵抗するだろう。
「おかえり、あんたはお母さん役失格よ」
「……」
「お父さん役でもやってなさいな」
「好きにしろ」
確かに失格だったかもしれない。
ままごとに負けた悔しさが、チクリと胸を刺した。
今日はきんぴらごぼう。
悔しいけど、輝夜の作るご飯は美味しい。
腹に溜まれば良い、なんていう私の感覚とは違うんだろうな。
食卓で二人、向かい合って……食器と食器がぶつかり合う音、箸がこすれる音、咀嚼する音だけが、静かな部屋に鳴り続ける。
(前の私だったら、こんなの絶対に無理だった)
あの草原で、飛ばない竹とんぼと格闘していたときに……輝夜の顔を見て、すぐに襲い掛かっていただろう。
焼き殺すか殴り殺すか、どのような手段を選ぶかはわからない。
極限まで興奮してしまうと、それまでにどう殺すか計画していたとしても自制が効かない。
はじめの頃はそうだった。
それが次第に慣れてくると、殺し方も考えるようになった。
口に出すのもはばかれるような残酷な計画。
両腕をもいでから殺してやろうとか、もちろん、もっと酷いことを考えたこともある。
必ずしもその計画が実るわけではなかったが、思い通りにいった事もあった。
そんなことにいつしか虚しさを覚え始めた。
恐らく、純粋な復讐心がただの嗜虐心に変わっていた辺りから、その秒読みは始まっていたのだろう。
復讐を遂げることではなく、その過程、殺すことが全てになったとき――少しずつ私の欲求は消耗を始めた。
輝夜も初めの頃ほど騒ぎ立てなくなり、八意永琳も、義務的に顔を出す程度になった。
ウサギのリーダーに至っては、ときどきサボって出てこないこともあった。
そんなある時。
その身を鮮血に染めて。背には満月を背負い。川面に全身を映した。
紅に染まったこの身。それを見て思った事は……
――洗い落とすの、面倒ね――
それ以来、輝夜を殺しに行くのをやめた。
静寂に耐えられなくなったのか、はたまた、箸を握ったまま考え込んでいる私のことが気になったのか、
輝夜は突然、私に問いかけてきた。
「妹紅、美味しい?」
「美味しいわけ……」
言いかけて、やはりやめた。
「……美味しい、すごく」
「えっ?」
それまで涼しい態度をしてた輝夜の表情が一変した。
絶対私の口から出るはずのないセリフが出たから。
輝夜は少しの間目を丸くしていたが、すぐに満面の笑みを浮かべて。
「ありがとう」
今度はこっちが焦る番だった。
憎しみ続けていた宿敵が、あんな笑顔を自分に向けてくれる日が来るなんて、思ってもいなかったから。
「輝夜」
「なに? 妹紅」
「こうやって、誰かのために料理を作ることって。結構あるの?」
苦し紛れに言った台詞は、自分の首を絞める結果に終わる。
「無いわ、あんたが初めて」
……なんで?
頭の中が真っ白、いや、真っ白とも少し違う。むしろ真っ黒?
真っ黒な空に、真っ赤な入道雲でも浮かんでいるような……何も見えない、聞こえない感覚を覚えた。
「どうして……私なんかに?」
「だって、お父さん役じゃない」
そんな簡単なもので良いのだろうか?
家族でも恋人でもない、ただの鬱陶しい敵に……なんでそこまでしてやるんだ?
「妹紅、泣いてる?」
「……見るな」
けして感動なんかじゃない。
何かの歯車が、カチリ、とはまったような、嫌にしっくりとくる感覚があった。
そう、完全に終わった。
私の敵は私を憎んでなどいない。
私の敵はもう私の敵ではない。
私ももう、私の敵への憎しみを忘れてしまった。
それが悲しくて仕方なかった。
輝夜が食器を片付けている間、ずっと窓の外を眺めていた。
今日は天気が悪くて、星のひとつも見えやしないけれど。
以前は、復讐に燃える自分がどこか誇らしくもあった。
一つの感情にそこまで従順になれる自分に愛おしさを感じることさえあった。
永遠に憎しみ、殺し合い続けることができるだろう、と思っていた。
不死の身になりながら、輝夜に出会う前は、隠れ、逃げ続けることに必死だった。
あれもある意味では充実していたのかもしれない、自分を守ることに全力を尽くしていたのだから。
時々、諦めたくもなったけれど……諦めていたら、死よりも辛い生を味わうことになっていたかもしれない。
今は平和だ。
竹林にいる妖怪なんて、相手にならない。
相当な大物とも渡り合える。
そもそもあいつらは、こっちからちょっかいをかけない限り、そう軽率には動かない。
私も、連中には興味が無い。
たとえ連中が私を殺すことのできる力を持っていたとしても。今となっては死を請う事もない。
それは確かだ、死んで何になる。或いはろくな人生じゃ無かったから、埋め合わせに期待しているのかもしれない。
輝夜を憎んでいる間はそれだけを存在意義として生きてこれたけど。
今だって、殺そうと思えば殺せる。もしかすると、突然恨みが再燃するなんてことも無いとは言い切れない。
でもそればかりの自分があまりにも哀しくて、そこから逸脱したいと願っている。
恨みに身を委ねていた間がどれだけ楽だったかを思い知る。
恨みを失いかけている今、必死に、新しい生き方を模索している。
けど……。
――生き方がわからない。
死に方もわからない。
復讐を捨てた私は、あまりにも空っぽだった。
既に日付は変わり、夜空を覆っていた雲も少しずつ切れ、かすれ……星が顔を覗かせ始めた。
その明かりだけを頼りに、窓辺に座って……。
――シャリ。
竹材に、小刀を入れる。
――シャリ。
輝夜は既に寝てしまった。
――カタッ。
竹材をそっと机に置いた。
これは明日にでも完成するだろう。
今日は輝夜に布団を貸した。
私が貸してやった寝巻きを着込んで布団に包まり、その下で胸を小さく上下させている。
緊張で心臓の鼓動がおさまらなかった。
竹材を握って固定していた左手は、嫌な汗をにじませてぬるぬると湿っている。
もちろん小刀を握っていた右手も同様だった。
音を立てないように、足を床にすりつけるようにして歩く。
少し前進するたびに、足の筋肉が私の意志に反して抵抗する。
『こんなことをして何になる』と言われているようで、我ながら腹が立った。
その『何』にもならないことを、今まで続けていたのだ。
あの感覚を取り戻せるのならば……取り戻せたら、今しばらく……、
……生き方を考えずに済むだろう。
そしてついに、輝夜の枕元に立つ。
その寝顔を見下ろすと「まるで人形みたいだな」と、素直にそう思った。
都合よく輝夜の両腕は布団の中に納まっている。
私はそっと移動して、輝夜にまたがるようにその体に乗った。こうすれば輝夜は両腕の自由が利かない。
首を絞めて殺すと、酷く見苦しい死体になってしまう。
それと比べれば、部屋が真っ赤になるぐらい何のことは無い。
でも小刀を握る右腕が震える。
こんなの、初めて殺し合ったとき以来か。
(久しぶりにこんなに緊張してるよ、輝夜……)
起きてる時の小憎たらしさはどこへやら、寝顔は随分と無邪気で愛らしいものじゃないか。
殴り、腫れさせたこともあるし、灼熱をもってして焼けただれさせたこともある。
そして、私も同じことをされたことがある。
小刀を輝夜の首に当てた。その刹那……輝夜がゆっくりと目を開いて、私を見つめた。
それを見て一瞬狼狽を覚えたが、この体勢から輝夜ができることなんて、叫ぶことぐらい。
私はからからに乾く口の中に舌を滑らせ、小刀を握りなおして輝夜を睨みつけた。
「……結局、殺すの?」
輝夜は私の目を見ながら口を開き……かすれるような声を絞り出した。
『結局、殺すの?』
今度は、本当に頭の中が真っ白になった。
別に、殺したってすぐに蘇生する蓬莱人のはずなのに。
手が震える、嫌な汗が滲み出してきて、小刀をすべり落としそうになる。
「妹紅……」
躊躇する私を見つめながら、輝夜は続ける。
「私も、毒を盛って殺せたよ」
そう言って輝夜は愉快そうに笑った。
それを聞いて私の手の中から、ストン、と小刀がこぼれ落ちた。
また泣いた。
輝夜が私の肩を抱くけれど、もう憎まれ口を叩く気力も無かった。
本当に何がしたいんだろう、こいつは……。
わかったのは、もう輝夜を殺すことに何の喜びも感ずることのできなくなってしまった自分。
わからないのは、輝夜の気持ち。
それから三日ほど輝夜は私の家に滞在した。
変わったことと言えば、私が憎まれ口を叩かなくなったことぐらい。
殺されかけたにも関わらず、翌日輝夜はケロッとしていて、まるで何事も無かったかのようだった。
私はと言えば、特にすることも思い浮かばなくて、ただひたすら竹とんぼを量産していた。
そんな私を見て、ある時輝夜が唐突にこんなことを言った。
「妹紅、それは正しい。小刀は人を殺すための道具ではないわ」
刀、って言うぐらいなんだから、人を斬っても良い道具なんじゃないかなぁ。とも思った。
小刀の存在理由なんてよくわからないけれど。
――あんたも、人より竹を斬りたいかい?――
案外、小刀もそんなことを考えているかもしれないな、と思った。
そしてそんなことを考えていたら、左手の親指を切った。
「いて!! ……え? 『人を斬りたい』って?」
冗談でそう言ったら輝夜が振り返った。少し面白かった。
輝夜の泊り込みでのままごとは、八意永琳が迎えに来て終了と相成った。
迎えに来るとすればウサギだろうな、と思っていただけに、あいつが来たのには驚いた。
「姫、あと少しだけ猶予を差し上げます。積もる話もあるでしょう。思う存分どうぞ」
「嫌ね永琳。そんな物々しい言い方することないじゃない」
傍らで眺めていて、やはり月の民は感性が違うのだな、と思う。
何が面白いのかさっぱりわからないような冗談でけらけらと笑って気味が悪い。
輝夜は永琳と数分だけ会話を交わした後、玄関で待つ私のところへ戻ってきた。
「さ、妹紅、ままごとの反省会よ」
「……はいはい」
最初から最後まで輝夜一人が盛り上がっていたのに、反省会も何もあるか。
家に入る間際に永琳と目が合った、永琳は笑顔で手を振ってきた。なんだ気持ち悪い。
殺す気は失せてしまったけど、やっぱりこいつら変だ。
部屋に戻ったって、こっちから話すことはすぐには思い浮かばない。
今日帰るなんて話も、向こうでは決まっていたのかもしれないけど、こっちは全く知らなかったし。
いきなり来ていきなり帰るとは、なんとも都合の良い話だわ。
食卓で向かい合う、お決まりのスタイル。
輝夜の表情は少しだけ寂しげだが、それがこれ以上無いぐらいに胡散臭い。
そして先に口を開いたのも、いつも通り輝夜だった。
「あんたの泣き顔、可愛かったわ」
「いきなりそれか、頭に来るな」
挑発しにきたのか、何かを伝えにきたのか……どうもこいつの立ち位置ははっきりしないな。
「あんたの料理は美味かったよ、それだけは今回の収穫ね」
「ありがとう。今後も努力するわ」
「そこまでは知らん」
一つぐらいなんか言ってやっても良いだろうと思って出てきたことはそれぐらい。
そしてにこにこと微笑んだ後、不意に輝夜が真顔になった。
「妹紅」
「……なによ?」
「私への恨みは、もう無いと思って良いのかしら?」
「……今のところはね」
恨みとかどうとか、こうやって話し合うもんでもないと思うんだけど。
まぁ、輝夜にしたら確かに気になるだろうねえ。
「あんたは、蓬莱の薬を飲んでから今まで、私への恨みを糧に生きてきた?」
「……んー、他にも楽しいことはいくらかあったけど、大体それで良いんじゃない?」
でなければ『憎しみを失った』ことを悲しみ、涙を流すなんてことはしない。
ああ、本当にこれからどう生きよう? いっそ、竹とんぼ職人にでもなろうか。それは嫌だな。
「私がここにままごとをしに来た理由、わかってくれたかしら?」
「愛し合うんだろ? 流石に難しかったわ、愛までは芽生えない」
「そうね。でもまだ、その先がある」
輝夜は食卓に両肘をついて、指を組み……身を乗り出した。
「憎しみは、愛から生まれることもある」
「……」
「だから私はあんたの憎しみを蘇らせてあげるために、ここに来たのよ」
「……なんで?」
「そこは自分で考えて欲しいわ」
輝夜はわざとらしく眉をひそめ、苦笑しながら首を振る。
「ただね妹紅、月並みだけれど」
「なんだよーもー、まだるっこしいし重要なことは言わないし……」
コホン、と一つ咳払い。
「憎しみから愛が生まれることもあるわ」
寒気がした、何言ってるんだろう、こいつ。
「いや、正確にはね……憎しみと愛は極めて混同しやすい。とりわけ、あんたら地球人は」
「月の民の感性で物事言われて、はいそうですか、と行くか。ばーか」
「まぁ、そうよね」
「それでいいのか」
「その証拠に妹紅、以前はね」
そう言って輝夜は私にそっと耳打ちをした。
誰も居ないんだから普通に言えばいいものを。
けれど、その言葉を聞いたときに、空前絶後の怖気を覚えた。
――妹紅、私ね……していたわ。
思わず輝夜を突き飛ばして、部屋の隅まで走って逃げた。
「寄るなっ!! 気色悪い!!」
「そんなに嫌がることないじゃないの。私だってそういうつもりではないわ」
「あんたらは胡散臭いんだ、しっしっ!!」
「だからこんなにあんたのことを気にかけた、っていう部分はあると思ってるのよ」
「いいよもう、来ないでくれ。ああー! 寒気がする……」
「まぁ待ちなさいよ妹紅、ここからが本当の想いなのだから」
「な、なんだよ……」
気持ちの悪いことを言ったと思えば、次の瞬間にはまた真顔。
熱湯と氷水を交互にかけられているようで、わけがわからない。
そして輝夜は小さな口を開く。
「殺し合うだけが私との付き合い方ではないでしょう?」
「……」
「別に殺し合いたいのならばそれでいいけれど。あ、私は面倒だから殺し合いは嫌よ」
「だからなんだって言うのよ」
「それに、殺し合うだけがあんたの生き方でもないでしょう」
そういって輝夜の指差した先には、私が作った無数の竹とんぼと、それを削り上げた小刀があった。
人を斬ることもできる小刀は、使い方次第では便利な道具。
「ま、それなりに前向きみたいだし。竹林の警備もご苦労様、いらない心配だったかもね」
「……人を復讐の鬼みたいに……」
「私から見たら、修羅でしかなかったわよ」
それは当たらずも遠からずだ。
「せっかく手に入れた永遠の命……せっかくなんだから、楽しく生きなさい」
「つまらなくしたのは誰だと思ってるのよ……」
「あんた自身でしょう? 私のせいじゃないわ」
「この……ッ!!」
殴りかかりそうになったけれど、したり顔で微笑む輝夜の顔に気付いた瞬間その気は失せた。
いけない、またこいつのペースに乗せられるところだった。
すんでのところで踏みとどまった私を見て、輝夜は不思議そうな顔。
「殴らないの?」
「殴らない」
「なんで?」
「あんたが喜ぶから」
輝夜はそれを聞いて面白くなさそうに眉をひそめた。
ざまあみろ。
結局は、ままごとの初日のような状態に戻って、憎まれ口。
外でぼんやりとしていた永琳に輝夜を押し付け、
「ごちそうさま!!」
と憎々しげに吠えた後、乱暴に家の戸を閉めた。
そして久々に一人きりの居間に戻り、ぼろぼろの畳にあぐらをかく。
「フン!!」
――言われなくても、楽しく生きてやるわ――
不死の身の忌々しいことと言ったらない。
だからって死んでしまうこともできないんだから、楽しく生きるほかに無いじゃないか。
けれど、一つ嫌なことにも気付く。
『殺し合うだけが私との付き合い方ではないでしょう?』
そうか……不老不死って、あいつらと私だけか……なるほど。
だから輝夜なりに関係修復を図ったのではなかろうか。
今の状態は奴にとって「殺し合う」関係よりも、喜ばしくない状態であるに違いない。
――妹紅、私ね……していたわ。
あの気色悪い台詞がそれを証明している。
不老不死同士……まるで宿命のように、どこかで通じ合ってしまう。
どんなに距離を置いても、どこかで邂逅してしまう。
「あーあ、やだなあ」
なんであんな小憎たらしい奴と一生付き合っていかなきゃいけないんだろ。
今立てた仮定が、真理となってしまわぬことを祈るばかりだ。
(待てよ?)
今の状態が殺し合い以下の関係だと言うのなら、こっちにも考えがある。
そうかそうか、確かに殺し合うばかりが付き合い方ではないなぁ。
もっとも、愛し合うのはもっとごめんだけどね。
永琳と並んで、永遠亭への道のりを往く。
久しぶりに会った永琳は相変わらず元気そう、蓬莱人だから当然と言えば当然だけれど。
「姫、どうでした? 妹紅と分かり合うことはできましたか?」
「いや、永琳。私は別に分かり合いに行ったわけではないわよ」
「あら、そうだったんですか」
永琳はうーん、と唸って顎に手を添える。
二人で飛ぶ速度は極めて緩やか。時間はいくらでもあるのだから急ぐ必要は無い。
こうして夜風を受けながら、積もる話を交えるのもまた一興じゃないの。永琳はきっとそれをわかっているのよね。
「姫にとって妹紅はどのような存在でした?」
「しょちゅう殺しに来ていた頃は、正直鬱陶しかったわよ」
「でしょうねぇ。私も迎撃するのが面倒でした」
「ええ、その辺は本当、父親そっくりだったわ。どんな無理難題を押し付けても、どんなに絶望させてやっても、
なりふり構わず、バカみたいに……力にものを言わせて何度でも寄って来る」
「まぁ、私はあの子の父親のことは存じませんが」
「けどね、永琳。感じるでしょう?」
「何をです?」
わかっているくせに、その薄ら笑いは……。
「私達は、あいつと付き合って行かなければならないわ」
「でしょうね」
蓬莱人になったのは、あいつが勝手にやったこと。別に責任なんか感じてはいない。
付き合って行かなければならないのは……。
「不老不死なんて、私達だけだものねぇ」
「そうですねぇ」
「だから、ある程度はあいつの動向を把握していないといけないわ」
「意外と心配性なんですね、ふふ」
「ええ、あいつに言ってやったわ」
「なんて?」
「多少、誇張はあるけれどね……」
――妹紅、私ね、昔は『愛されている』って、自覚していたわ。
「って」
「ああ、愛されていましたね」
「本当に、父親そっくり」
嫌いは好きの裏返し。憎しみは愛の裏返し。
あいつは、あいつにとっての生き甲斐だった私に、歪んだ愛情を散々注いでくれていた。
そこまで悪い気分ではなかったわよ。直接的過ぎて鬱陶しかったのは確かだけれど。
「あいつが、早くああいう苦悩から卒業してくれたら良いのに」
「姫、それは酷だと思いますよ」
「なんでよ、気楽で良いじゃない」
「それに、ああいう人間臭さがあの子の可愛いところじゃないですか」
「……」
確かに、それはあるかもね。
けれども永琳の笑顔はあまりに残酷だと思うわ。
やっぱり、私が妹紅を見ていてやらなければ。
それからしばらく……何日、何週間経ったかは覚えてないけれど。
「来ませんねぇ、姫」
「そうね」
自室に永琳を招き、二人並んでお茶を飲んでいた。
あれ以来妹紅はまったく顔を出さない。イナバに頼んで界隈の調査をさせたところ、以前の状態と変わっていないらしい。
日中はだらだらと竹林を見て回り、日が暮れるころに家に帰っているそうだ。
「何よ、せっかくこちらからアプローチをかけてやったというのに」
「フラれてしまいましたね。あの子の父親の気持ち、今ならわかるのでは?」
「冗談じゃないわ、求婚に対して難題をふっかけるのは私の専売特許よ、永琳」
「ならば特許の申請でもしてはどうです」
「誰によ」
「霊夢辺りに」
「アテにならないわよ、あんなやつは」
「怒ってらっしゃるのですか? 姫」
「少しね」
もう少し単細胞だと思っていたのだけれど、見当違いだったかしら。
それとも、もしかすると未だに悩み続けているのかもしれない。
「もう一度行こうかしら」
「いくらなんでも、そう頻繁に外出されては困ります」
「うーん」
「随分気にかけてらっしゃいますが、姫としては妹紅をどう思うのでしょう?」
永琳は相変わらずお茶を飲むのが早い。
既に永琳の湯飲みはお盆の上へと移動していた。私はまだ半分も飲んでいないというのに。
「どうなのかしらね、あまりちゃんと考えたことはないわ」
「なら、私からどう見えるか……言ってよろしいですか?」
「なによ、自信ありげね。聞かせてみなさい」
「ええ」
永琳はここぞとばかりに姿勢を正し……
「まるで姉妹のようですよ」
と言った。何を言うかと思えば、特に面白いことでもなかった。
でも一点気になるわ。
「どちらが姉よ」
「もちろん姫です」
「先に蓬莱人になってるから?」
「そうです、よくおわかりでいらっしゃる」
そうなると、長女が永琳になってしまうではないの。
私が次女? なんだか少し生意気。
それから数日後……待ち望んでいた? 妹紅の襲撃があった。
今回は出てこなくて良いと永琳、及びイナバのリーダーに伝えた。
せっかくだもの、あれから妹紅がどう変化したのか見たいじゃない?
弱くなってて永琳なんかに追い返されたりしたら、こちらが欲求不満になってしまうわ。
「さあて」
柄にも無く屈伸運動などしてみる。
ここしばらく体を動かしていなかったから、久々に良い運動だわ。
面倒な殺し合いも、間を空ければ楽しみなものね。うん、たまには悪くない。
「輝夜ーっ!!」
来た来た、いっつもこれ見よがしに叫ぶんだもの、わかりやすいったらないわ。
今日は大した邪魔も無かったはずだから、きっと新品同様でここに到着するはずよ。
襖を蹴破って……飛び込んできた妹紅は得意げな表情。きっと何か心境の変化があったのね。
――結局私の思ったとおりになったじゃないの――
やっぱり単細胞、ばかね、ばか。
「久しぶりね妹紅。さあ今日はどの難題をお望みかしら?」
全身に霊力をみなぎらせ、宙に浮いて妹紅を見下した。
せっかくだから挑発できるだけ挑発して、溜まりに溜まった鬱憤を発散させてやろう。
懐に手を滑り込ませ、数枚のカードに触れる……さあ妹紅、選びなさい。それとも全部が良い?
そんな期待をよそに、妹紅は鼻で笑って叫ぶ。
「ふん! そんな、クモの巣張った難題なんか、とっくの昔に見飽きたわ」
「……へ?」
肩を怒らせ、つかつかと歩み寄ってきた妹紅は、何かを私の前に突き出した。
「これやるよ」
「……竹とんぼ……?」
え、何をしたかったの? これを渡しに来ただけ?
妹紅は私の手を掴み、立派な竹とんぼを握らせて満足げに。
「初めて、よく飛ぶのができた」
と言って笑い、そのまま中庭の方へ歩いていく。
「あの……何がしたいんだかよくわからないのだけれど?」
「少なくとも殺し合いではない、あんたの予想通りになんて動いてやるもんか」
「……」
「これで用は済んだ。じゃ、また」
妹紅は縁側から中庭に飛び出して……大きく、煌々と燃え盛る鳳凰の翼を広げ、天に向かって舞い上がった。
――私が見飽きたはずの鳳凰の翼なのに、それは未だかつてないほど見事で。
追うことも呼び止めることも叶わず、ただ見送ることしかできなかった――
「ぷっ……あはははははは!!」
なんだったのかしら? 何を勘違いしたのか知らないけど……開き直ってしまったのかしら。
手に残った竹とんぼを見ていると、腹の底から笑いがこみ上げてきた。
こんなものを渡すためだけにここまで来るなんて、あいつも相当狂ってる。
「ようやく、らしくなってきたじゃない?」
そうよ、それぐらいで良いと思う。
不老不死だからって、殺し合うだけが能ではないもの。
そして私も裸足のまま縁側へ出て、空を見上げた。
手首に思い切り力を込めて、妹紅からもらった竹とんぼを飛ばした。
「天までとどけー!」
なんだか嬉しくなって、大声を張り上げた。
竹とんぼは先ほどの妹紅のように真っ直ぐ、真っ直ぐ天へ昇っていき、
やがて太陽と重なって、見えなくなってしまった。
それから私は、次に妹紅に来たときに愛情いっぱいの料理を振舞ってやろうと、日々料理の鍛錬に勤しんでいる。
それはもはや、新しい『癖』と言って過言ではなかった。
「永琳、新メニューを考えたの。食べなさい」
「姫、作りすぎです。最近体重が増えて困っているんです」
永琳は疲れ果てるまで減量の薬でも作って、仮眠すればいい。
こんな屈折した付き合い方も、時にはありじゃない?
点数理由は、一人称が実にキャラらしい描写だったこと、会話のテンポが良いこと、小道具の使い方がうまいこと、です。特に一人称、というか妹紅のらしさは個人的には絶品でした。彼女が飽きるきっかけになったことの描写とか、まさにすっぽり腑に落ちましたね。
まったくもって、ごちそうさまでした。
あと別Ver.みたいのは私一人ではないと思いたい今日この頃。
別Ver.読んでみたいw
つネチョスレ
俺が読みたかったのはこういうかぐもこだったのかもしれない。
自分には無い着眼点のお話だったので興味深く読ませていただきました
こういった関係も良いものです。
もこてる最高だよもこてる
奥様がぐやで夫がもこたんなんて
何その理想郷(エルドラド)!!
あ、あと、パラレルワールドって素敵ですよね。
あと、読んでる途中でネチョを思いっきり期待しました。
具体的には小刀で刺そうとしてる辺りw
妹紅の不死の生には、もう輝夜は必須なのですね。裏返った形で。たまに更に裏返った形で。妹紅自身はそう考えるのがイヤなんでしょうけど。
ところで、憎しみあいながらちゅっちゅするちょっと不健全なもこたんも見たいです!