「香霖、なんだそのでかいバイオリンは」
「魔理沙、これはバイオリンじゃなくて……といいたいところだが」
「なんだよ」
「バイオリンで正解だよ。サイズはチェロかコントラバスに近いんだが、僕の目にはバイオリンと映っている」
店の片隅に寄りかかるように置かれていたその弦楽器は、背丈が魔理沙の肩に届きそうなくらい大きかった。香霖堂の薄暗さ故に、一見は古めかしく見えるが、よくよく見るとボディのラッカーの輝きは鈍さを感じず、不思議な力強さと得も言われぬ存在感を放っていた。それが、ただ見かけのサイズだけによるものではないと、魔理沙はすぐに気が付く。
「これ、マジックアイテムの類か? 魔力が強く通った感じがするぜ」
「正解だ。軽く検査したが、これはかなりの術者が用いていた曰く付きの代物とみてよいだろ――まて魔理沙、これはまだ売り物じゃないから触らないでくれないか」
霖之助の注意など関係なく、物珍しげに魔理沙はその超特大バイオリンにべたべた指紋を付けていた。魔理沙に楽器の取り扱いの心得など当然の如くあるわけもなく、遠慮無く弦をつまんだり爪先で弾く様は、見る者が見れば目くじらを立てて怒鳴りこまれそうな狼藉であった。
「なんかいいなこれ、私にしっくりきそうな気がして仕方がないんだが――」
一目でいたく気に入ったらしく、魔理沙はおもむろにバイオリンのネックに頬を軽く押し付けた。チラリ、と魔理沙はあからさまな視線を送り、それを受けた霖之助は溜息一つ、
「馬鹿なことを言うんじゃない。持って行ったところで君の家の居候に穴ぼこにされるのがオチだろう。第一、仮に売り物だとしても買うつもりなんかないだろうに」
「こんな辛気くさい所に置いてたら、それこそ買われる前に黴びるほうが先だぜ。それなら私が幻想郷を席巻するバイオリニストを目指すことと、どっちが有意義かどうかなんて議論するまでもないだろう?」
「そうね、議論するまでもなく私達が新芽潰しに取りかかるわね」
「どわっ!?」
「やぁ、待っていたよ」
驚いて体の向きを変える魔理沙を尻目に、霖之助はこのことを予想していたように普段通りで、いきなりの来客に挨拶をする。
魔理沙の背後にいたのは、ルナサだった。落ち着き払った――というよりどことなく沈んだ雰囲気を纏った彼女が店内に踏み入れたことで、香霖堂の空気はわずかにその質を変じた。ルナサ本人にしてみれば、いつも通りなのであるが。
「な、なんだよ、驚かせるなよ」
「こんにちは、香霖堂さん、魔理沙」
スルーしているのだかしていないのだか微妙な返答をしながら、ルナサは超特大バイオリンの元に歩み寄る。淀みない歩みの彼女に押されるような形で、魔理沙は思わずバイオリンから一歩後ずさりしてしまう。
「何だ、お前もこれを目当てに来たのか」
「魔理沙、そこはお前“は”だろう。君は今日来て初めてそれの存在を知ったのだから」
「さらにいうなら、少々見当外れね。私は香霖堂さんに頼まれて、このバイオリンの鑑定にきたのよ」
「むぅ……」
単に揚げ足を取られたようなものなのだが、魔理沙は何かとても分が悪いように感じて、次の言葉に窮した。霖之助の指摘についてはどうでもいいとして、ルナサの発言については何でもないことでもひるんでしまう。もしかしたら、魔理沙にとってルナサは苦手なタイプなのかもしれない。同じ金髪白黒なのに。
「さて、これが件の品物ね。本当にこれがバイオリンだなんてにわかに信じがたいけど」
「専門家からみてもやっぱりそう思うかい。実際、僕としてはバイオリンと名付けられたチェロかという疑念が晴れないんだ」
「香霖の目利きなんて当てにならないんだよ。それで、ルナサを呼んだんだろうけど……鑑定できるのか?」
「……具体的値段を付けろといわれても難しいけど、弦楽器限定ならおおよその質と価値は把握できるわ。あ、弓はあるかしら?」
「ああ、はいはい。拾ったときすぐ側に落ちていたのがある」
すぐさま霖之助は、店の番台に置いておいた弓をルナサに手渡す。この弓もバイオリンのサイズに合った、明らかに長い代物だった。ルナサの体格と対比させると、見ようによっては剣のようにすら思えるほどだ。
音色を確かめるつもりらしく、右手に弓、左手にバイオリンのネックを掴み――弦に指を触れさせたところで、いつも薄開きなルナサの瞼が大きく開いた。
「どうしたい?」
「これは……」
弓を弦に落とさず、持ったままの右手でルナサは丹念にバイオリンのボディを触診するようになで回し始めた。合わせて、ネックに添えられていた左手もゆっくりと、しかし丹念に弦の上に指を滑らせていく。
ルナサの様子がおかしいことに気づかない二人ではなかったが、しかしなんと声を掛けて良いのかわからず、沈黙のまま数十秒がたっただろうか。
「……香霖堂さん、ちょっと外で演奏させて貰ってもいいかしら」
バイオリンを撫でる動きを止めたルナサは、静かにそのような要望を口にした。
「ん、何故だい?」
サイズはどうあれ、基本的にバイオリンとその仲間は室内楽器である。しかもルナサや魔理沙に比肩するほどに大きいこのバイオリンをわざわざ外に持ち出してまでその音色を確かめるというのは、霖之助も魔理沙も意図が掴めなかった。
「きっと、この店の中じゃ音色も埃っぽくなるからだぜ。いや、湿っぽいの間違いか」
魔理沙の軽い悪口を、ルナサは首の一振りで否定する。
「そうじゃない。この店内で音を出したら、狭すぎて物が壊れるかもしれないからよ」
「ポルターガイスト現象は抑えて頂きたいところなんだけど」
霖之助の危惧に、しかしルナサはもう一度首を振った。
「そうでもない。いや、あながち間違ってもないけど……ともかく外に出すのを手伝ってくれる?」
釈然としないまま、二人はルナサの指示するとおりに、超特大バイオリンを外へと運び出した。
店の玄関から十メートルほど離れたところで、敷物を敷いた上にバイオリンを縦に置く。そのままでは支えがなく倒れやすいので、すぐさまルナサはネックに手を添え、演奏のポジションにつく。これほどまでに大きいのでは、バイオリンのように顎と肩で挟むという構えを取ることは出来ないので、チェロやコントラバスのように縦置きの体勢となった。
「別に手を使わずに音鳴らせるんだから、構えなくてもいいだろ」
「――これは自分の手で奏でなければ意味がないのよ」
普段の様子からは想像できないほど、ルナサの表情からは気迫が見てとれた。そのような顔で答えられたら、魔理沙もはぁ、としか言うことが出来ない。
深呼吸一回。いつもの糸目ではなく、しっかりと目を閉じて、ルナサは静かに弓を弾き始めた。
そうして奏でられた音色は、ルナサのソロセッションとは思えないほどに、軽妙で愉快な旋律を編み上げた。
「おお……」
「凄いな……」
演奏が始まってものの数秒で、魔理沙と霖之助は音の世界に引き込まれた。ルナサの演奏が素晴らしいということは言うに及ばず、バイオリンの音色そのものが、頭で理解するよりも早く不思議な心地よさを与えてくれる。その旋律に導かれるように、ある情景が思考の海に広がっていった。
――片田舎の木工店、その店の前に集まった幾人もの子供達。子供達は木工屋の主人からそれぞれ木製の楽器のおもちゃを与えられ、思い思いに素朴な音色を鳴らしている。扱いに慣れた子供達は即席の楽団を結成し、パレードを組んであぜ道を練り歩き――
「あれ?」
旋律の中にバイオリンではあり得ない調べが混ざったことに気づいて、魔理沙はイメージの波から意識を持ち直すと。
「ま、まじかよ――」
突風のような驚きが駆け抜ける。魔理沙の目の前には、たった今彼女が想い描いた情景がそのまま現出していた。
柔らかい風に抱かれて、子供達が手にした楽器を一生懸命に操っている。不揃いの音色は、しかしルナサの演奏と違和感なく溶け合い、バイオリン単体では決して不可能な多重奏となる。
小さなパレードは、ルナサ達の周りを緩やかに巡り、数周したところで――バイオリンの音色と共に消えた。ルナサが第一楽章を奏で終えたのだった。
風が一迅吹き抜けると、最初から何事もなかったかのように、周囲には森と香霖堂しかなかった。
「エトムント・アンゲラー作曲、おもちゃの交響曲」
ルナサは弦から弓を離してから、静かにつぶやく。
「管楽器の代わりにおもちゃの楽器を用いる小交響曲よ。うまく再現できてたかしら」
「す、凄いじゃないか今の! あんな精巧な幻影みたことないぜ! なぁ香霖!」
「ああ、まるで心の中がそのまま映し出されたみたいだったね。何というか、言葉がでない……」
鼻を鳴らしてはしゃぎ上げる魔理沙は興奮冷めやらず、感動の余り惚けかけている霖之助の袖口をパシパシと叩いた。その二人の顔をみて、納得したようにルナサは「そうね」と頷く。
「……このバイオリンは心や想いを形にする魔器よ。作曲者の心、奏者の心、あるいはその周囲の存在の心まで巻き込んで、その想いを確かなものとして表現する。今の演奏は、私と貴方達が想い描いた像が似通っていたからこそ出来たのだわ」
ルナサもまた、魔理沙ほどではないが高揚している様子で、いつになく饒舌に言葉を紡ぎ続ける。
「伝説では、辺境の勇者がこのバイオリンを携え、その演奏でもって魔王に立ち向かったという話よ。既に記憶の中に埋没したお伽噺かとばかり思っていたけれど、実際に目の当たりにすることになるとはね……」
「音楽で戦う勇者かー、キザだけど悪くはないぜ」
「ああ、そうだ、思い出した。その勇者の容姿は黒装束に黒い鍔広帽で金髪だった」
「ほー。なるほどそういうことかぁ。このバイオリンを一目で気に入った理由が今わかったぜ」
「まさか魔理沙、自分がその勇者にそっくりだとか思っているのかい」
「なーなールナサ姉さん、私にも弾かせてくれよ」
「――やめた方がいい。これは人間の手には余りに余りすぎる」
「そこで私の秘密を公開しよう。実は私はお化けなんだぜ!」
「貴方もつくづく子供ね。これを見た後でもそんなことが言えるのかしら」
そこで言葉を切り、ルナサは突如バイオリンと共に明後日の方向に向く。そうして、短音を鳴らす。その音は、音階で表すところの『ミ』の音だった。
次の瞬間。
ありのまま、ありのまま起こったことを記述する。バイオリンのボディが大きく開いて、その内側から凄まじい爆音と硝煙が吹き出した。そして、ヒューンと打ち上げ花火のような甲高い響きが鳴った後、森の入り口が盛大に爆裂したのだった。
もうもうとバイオリンと森の入り口から煙が立ちこめる有様を数秒眺めて、魔理沙と霖之助は現実の理解に思考が拒否を示した事を認識した。
「「……」」
「ミサイル」
「「……」」
「ミの音を出したから、ミサイル」
「何そのツッコミはハナから門前払いだバーロー的表情!」
「ちなみに、ドの音で月の妖精の髪が、レの音で貴方の大好きなビームが出る」
「聞いてないし!」
「レーザーとビームは別物だよ……」
「そんなこといわれてもねぇ」
糸目をとても渋く引き締め、ルナサは眉間に指を当たる。彼女にとってもこれは頭の痛い事実だった。
「伝説に曰く、このバイオリンは長い旅の間に二度、制作者の手で修理と改修を受けたそうよ。その結果がこれ」
「……音楽に疎い私でも、その制作者ってやつは世の音楽家を愚弄しまくりだったというのがわかるぜ」
「ああ、そうだ魔理沙。こっちにくるといい」
「ん?」
手招きに誘われるまま、魔理沙はルナサの元に歩み寄る。
「何だよ」
「この部分を握って、指はここを押さえて……」
「??」
「そう、で、弓でこの線を弾くの」
「これか?」
ジャコン。
霖之助は見た。そのような金属音の後、バイオリンの底に見たこともないお椀型のモノが三つ生えたのを。並行して、ルナサがバックステップでバイオリンから距離を取ったのも。
「ぎゃあああああああああ……!!」
瞬きをしたときには、魔理沙は既に天高く飛翔していた。その上昇速度は恐ろしく速く、おそらく彼女の高速移動よりも速い。
天を見上げてすぐに、魔理沙とバイオリンは光と熱の帯を残して彼方へと消えた。
「……えーと」
「『シ』の音はジェットという空を飛ぶ力を出すそうよ。勇者はこの力で何十里もの道のりを一飛びして、愛する者たちの危機にはせ参じたとか」
「――それがどんなに美談だったとしても言わせて貰おう。何というご都合主義だ」
飛翔の軌跡が薄らいだところで、霖之助はぼやく。
「魔理沙は無事なのかい?」
「大丈夫よ。あのバイオリンを手放さない限り絶対に死なないから」
説得力があるんだかないんだかわからない説明だったが、霖之助はお約束として片づけることにした。
「で、ちゃんと戻ってくるのだろうか」
「大結界が弾いてくれるでしょう。すぐに落ちてくるわよ」
「――ひょっとして、試した?」
「さぁ、どうかしらね」
怪訝な霖之助の視線を受けて、しかしルナサは何の痛痒も感じないかのように、いつもの薄開きの双眸の、思考が読めない表情になっていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「バイオリンこわいバイオリンこわい――」
ガクブルシャーと霖之助の布団に潜り込んで、魔理沙は先ほどからずっと震えていた。
ルナサの言い分通り、あの後一分もしないうちに魔理沙は香霖堂の目前に落下した。その際の衝撃はクレーターが出来るほどの強烈なものだったが、驚くべき事に魔理沙はすすと埃に汚れた程度で済んだ。最も、バイオリンの原子力ジェットの圧倒的スピードと超Gがよほど怖かったのか、救助されてからこっち、すっかり恐慌状態に陥ってしまったのだった。
「スピード狂には良い薬になったんじゃない?」
「空の交通安全に一役買ったりしたら、それこそ風が吹いてなんとやらだね」
にべもないルナサに、霖之助は軽口を叩くほか無かった。
「こんなバイオリンと呼んではいけないようなものが伝説になってるとはね」
「だからこその伝説よ。そして、そんな側面を持っていてすら、伝説になる仕事をこのバイオリンは奏でたのよ」
ルナサは、店の片隅に座り直したバイオリンに目を向けた。
「香霖堂さん」
「なんだい?」
「これ、譲ってくれるならおいくらになるかしら」
いきなりの申し出に、霖之助は口に含んだ白湯を吹きだしかかった。
「ほ、本気かい?」
それは、このような異常なシロモノを引き取るつもりなのかということと、ちゃんと金を払って取引をするのかという、二重の意味が含まれていた。
「貴方、ひょっとして自分が商売人であるという自覚がないんじゃない?」
「ま、まさか……そ、そんな……」
図星、と言うか気づかされたかのように、霖之助は狼狽した。その様子に、ルナサは溜息をつく。呆れと哀れみをたたえた薄い視線を添えて。
「売るの? 売らないの?」
「あ、ああ、待ってくれ。そうだなぁ……」
霖之助はそろばんを弾く。数回打って揃えてを繰り返したところで、ルナサにそろばんが差し出される。
珠が示す金額を読み取ったルナサは、意外そうに首を軽くかしげた。
「なんだ、これくらいなら現金払いで良いわね」
「ええ!?」
今度こそ、霖之助は驚嘆の声を上げた。彼が彼女に提示した金額は、付加価値を考えてもバイオリンとしては相当な安値と言えたが、それでも現金一回払いするには重い金額だった。霖之助は、相手が値切りにくることを見越した上で値段を付けた。だが、ルナサはサイフから淀みなく、提示されただけの札束を目の前に広げたのだった。
「い、いつもこんな大金を持ち歩いているのかい?」
「大金なのかしら? これ――まぁ、持ち歩かざるを得ないというか」
そうして、ルナサはプリズムリバーシスターズの台所事情を話してくれた。
「メルランは金が有限であるって言うことを認識していないんじゃないかってくらいばらまくし、リリカはリリカでずる賢く収益からちょろまかしては趣味と称したガラクタの購入で食いつぶしていくし、それでいて毎月お小遣いの上限アップをせびってくるんだから、手のつけようがないわ」
ルナサは、差し出されたそろばんを弾いて、妹二人の月の浪費額を霖之助に示した。その値は、霖之助にとっては非現実極まるレベルだった。目眩がするほどに。
「と、いうわけで――私が楽団のサイフの管理をしないといけないわけ。今見せた金額は割と酷かったころのもので、今はある程度抑えられてはいるけどね」
「――しかし、そうなると君はどうなんだい? 別に君を疑ったりするわけじゃないが、楽団の金を全て握っているとなれば、ついサイフの紐が緩んでしまうってことも」
「私はお金があっても使い道なんかほとんどないから、たまる一方よ。ついでにいうなら、今日払ったお代は、私の貯蓄の一割にも満たない」
「……」
金というのは、持てば持つほどその価値がわからなくなるものなのだろうか。霖之助がその域に達することは決してないだろうけれど。
「じゃあ、取引も成立と言うことでいいかしら」
「ああ、きっちりいただくものはいただいたから、まったくもって円満だ。それに、そんな危なっかしいものは置いておきたくはない」
毎度あり、と霖之助は一礼する。よもやの大商談となったが、しかし、決着は拍子抜けする余地もないほどあっさりとしたものだった。おかげで、普段からは信じられないほどの大金を手にしたにもかかわらず、霖之助には大した高揚はなかった。
その代わり、他愛もない疑問をルナサへとぶつける。
「ここからは野暮な話なんだが、そのバイオリン、やはりライブで使うのかい?」
「……ん……」
霖之助の言葉にわずかな反応を示したルナサは、少々の思案の後、答えた。
「妹たちと話し合ってからにするわ。扱いが難しいのは間違いないから」
「そうか、まぁ楽しみにしているよ。君が弾く分には大丈夫だと思いたい」
「……ライブで板○サーカスやるのも悪くないかもね」
「?」
「何でもないわ。それではこれで」
「あ、一人で運べるのかい?」
「それも大丈夫。乗っていくから」
「…………交通事故は起こさないでね」
そうして、ルナサは去っていった。
客がいなくなり、いつも通りガランとした店内には、魔理沙の震えだけがこだまする。
「バイオリンこわい、ばいおりんコワイ――」
「ほら、もうバイオリンは無くなったから、いい加減落ち着きたまえよ」
結局魔理沙は、霖之助の布団を占拠したまま次の日の朝日を迎えることになった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「メルラン、リリカ。見せたいものがあるから食事の後に玄関の前に出ておいて」
姉妹の慎ましい夕食の時間が始まる直前に、ルナサは二人の妹にそう宣言した。
よって、食事の片づけが終わった後、メルランとリリカは、闇夜のプリズムリバー邸の前で姉の登場を姦しく待っていた。
「姉さんが見せたいものだなんて、想像できなくて怖いわ」
「メルラン姉さんが静かにしているときくらい怖いわね」
「それをいうなら、リリカが神社にお賽銭いれるくらい怖いかしら」
「ああ、兎の搗く餅のような嘘みたいに怖い怖い」
そうこうしているうちに、メルランとリリカの背後に馴染んだ気配が迫ってきた。二人は首を後ろに向ける。
「お待たせ」
二階の窓からゆるやかに降りてきたルナサは、低空を飛行しながらで二人のいる場所を回り込み、その正面にポジションを取った。
その傍らには、ルナサの身の丈に並ぶほどの巨大なバイオリンがあった。
「「うわ、姉さん何ソレ」」
メルランとリリカは異口同音、見事に重なり合ったタイミングでルナサに問う。
妹二人の予想通りの反応に特段動揺することもなく(そもそもあまり動揺を外に出すタイプではないが)、ルナサは弦に弓をあてがいながら答えた。
「今日の私はちょっとだけ勇者の真似事をするのよ」
「へ?」
「ほ?」
ルナサの答えをメルランとリリカが理解する前に。
バイオリンの音色は淀みなく流れ始めた。
その旋律は、三姉妹にとっては耳に馴染むどころか、もはや生命のビートに等しい曲であった。
幽霊楽団 ~ Phantom Ensemble
ライブでは、その時々でオープニング入場曲として使われたり、アンコールで〆を飾ったりと、プリズムリバー楽団の象徴といってもいい一曲である。騒霊の楽団故、基本的には激しい曲調であるのだが、今回のルナサソロは、演奏者が演奏者なこともあって普段の騒がしさはなりを潜めていた。
その音色の美しさは、掛け値なしに極上だった。扱う楽器の関係もあるが、こと演奏技術のきめ細やかさについては、三姉妹の中でルナサは群を抜いていた。妹であるメルランとリリカも、姉が奏でる旋律に、あっという間に酔いしれていた。
調べに包まれながら、メルランはふと過去を回想する。
――いつだったか、あの子と一緒に、草笛から始まって家の中にあるものを片っ端から吹き鳴らして遊んだっけ。
調べに抱かれながら、リリカはふと過去を追憶する。
――いつの時だろう、あの子と一緒に、屋敷の時計台の鐘にいたずらしてルナサ姉さんに怒られたの。
バイオリンに聞き惚れながら、二人は知らず知らずのうちに、在りし日の記憶に心を満たしていた。
その間に第一ループが終わり、間奏に移行したところで
「おいで」
演奏していたルナサは、まるでここぞというタイミングを計っていたように、何処へと優しく声を掛けた。
その呼び声に答えるように、ルナサの傍らに、あたかも銀河を織物にしたような光が収束していく。
柔らかい風が吹いた。
「あ……」
「嘘……」
信じられない光景が二人の、いや三人の目の前に現れた。
最期に彼女を見たのは何時のことだったか、最期に彼女の声を聞いたのは何時のことだったか。
もう遠い昔のことだけれど、それでも三人は楽器を奏でるのと同じように思い出すことが出来た。
幻影の少女、レイラ・プリズムリバーは歌っていた。メルランが、リリカが、そしてルナサが、共に想い描いた在りし日の姿そのままに。
歌うレイラはとても溌剌で、可愛いらしくて、繊細で――
そんなレイラの姿を見た三人は、自分たちが彼女の想いから生み出されたことを再び感謝した。
曲が終わった後、わずかな余韻と共に幻影のレイラは三姉妹に微笑みかけ、手を振りながら消えていった。
“じゃあ、またね”
と。
夜が静けさを取り戻して、メルランとリリカは改めてルナサを見つめる。二人の視線を受けたルナサは、
「もう来週にはお盆だからさ」
いつもの糸目ではなく、慈しむような眼差しで妹二人を見つめ返した。
「その日になったら、今度は三人一緒に演奏しよう」
メルランとリリカは一も二もなく頷いて、ルナサもまた満足げに首を縦に振った。
ギャグとして絡ませるのはいくらでもイメージできましたが、このオチは盲点でした。
あの勇者には何度も度肝を抜かれた覚えが・・・
季節ネタにもなっていて非常に楽しめました。
……続編が出るとすればやっぱりリリカはアレを背負うんだろうか……
流石にルナサはヴァイオリン爆弾(ボンバー)使わないだろうな
あとがきで海の底で純金ピアノ弾くリリカと死神の鎌吹いて全裸になるメルランが思い浮かんだのはご愛嬌
最後までパロで行くと思ったらちょっとしんみりさせられましたですよ
前半ギャグっぽくて、最後はちょっとしんみりしていて良い味でした。
懐かしいネタでした。
ピアノはでないのですか?
いや~レベルの違いを実感します
またなんて懐かしいネタをw
そしてギャグ一辺倒かと思いきや、最後はしんみりと・・・良いお話でした。
・・・しかしそうなると、パンドラの便○やら聖女が愛用した丸太やらも流れ着いてたりするんだろうかw
そういえば、大気圏突入しながら演奏出来るんだっけ…
自分単行本全部持ってますよ。
ミサイル、ビーム、ジェット噴射には大爆笑した覚えが………w
あの糸目顔でアリス当たりをぶん殴ってる姿が妙に似合うw