Coolier - 新生・東方創想話

狐とスキマと亡霊と

2007/08/08 12:08:31
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「……本当に幸せそうに寝ているなぁ」

幸せ一杯の弛みきった顔。枕に涎を垂らし、鼻提灯のおまけ付き。
果たして起こして良いのかと数分躊躇うが、今日は幽々子様がこちらに来られるので起こさないといけない。
ってか自分で起きろ。

「紫様!! 紫様!! 紫様!!」

駄目だ、ピクリともしない。
もう少し音量を上げてみるか。

「ゆ、か、り、さまーーー!!」

あ、耳朶が閉じた。器用な真似を……。
紫様の身体を持ち上げて垂直落下式DDTかタイガードライバー‘91でもぶち込んで叩き起こしてやろうかと思ったが、畳のことを考えるとその方法は最終手段となる。
事はエレガントに、そしてスマートに行わなければいけないと教え込まれたのは何時だったか。
ぶっちゃけるとこの前畳を交換したばかりなので、また畳をぶち破って交換するのが面倒くさいだけなのだ。
一度大きく深呼吸をして肺に空気を送り込む。拡声器のセットも完了。
さーて、準備は万端だ。いーくぞー。

「ぐーたらスキマ妖怪!! 年増!! 未亡人!! ゆあきん!! 加齢臭!! 三十路の行き遅れ!! 若作り!! 自称永遠の17³歳!!」

未亡人で行き遅れってのは矛盾している気がするのだが別に良い。
お、掛け布団と紫様の身体がプルプルと震えている。よし、起きたか。
さて、白羽取りの準備っと。

「らぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!」

日傘に仕込んでいる刀も、怒りに任せて雲燿の速さで打ち下ろしをしてくるのも予想の範囲内。
甘いですよ、紫様。MAXコーヒー並みの甘さです。
常日頃からバンジー白刃取りで鍛えている私にとってはその程度の斬撃など恐れるに足らず。
ま、簡単に受け止めちゃいます。
紫様、一の太刀で確実に仕留めないと自分が死ぬ事になりますよ。
避けるのは造作も無い事だが、それだと畳が傷ついてしまうので結局は白刃取りしか選択肢は無いのだ。
今なら1秒を切ることも夢ではないだろう。目指す頂は高橋名人の秒間16連打だ。

「おはようございます、紫様」
「おはようございます、紫様、じゃないわよっ!!
 誰が未亡人だって? 年増だって? 三十路の行き遅れだって? ああんコラァッ!?」
「そりゃ勿論紫様の事ですよ、あっはっは」
「何よっ!! その棒読みな笑いはっ!!」
「HAHAHAHAHA!! これでよろしいですか?」
「何故に外人風!?
 ……あーもう、おはようっ!!」

紫様も起きた事だし、幽々子様が来るまでに準備を済ませておくとするかな。
紫様はものっそい不機嫌だがすぐに元に戻るだろう。だって何時もの事だし。
茶請けの饅頭と煎餅は戸棚に、お茶の葉は茶筒に十分な量があるから大丈夫だ。
掃除と洗濯も既に済ませている。

「少し時間が空くか」

幽々子様がこちらに来るまでにはもう少し後になるだろう。
一通り準備も済ませたので、些か時間を持て余すことになりそうだ。

「新聞でも読むかな」

マヨヒガで――いや幻想郷で新聞を読むと言えば文々。新聞しかないのだが……。
信憑性に欠ける記事……と言うか本当にどうでも良いような記事が大半なのだ。
大体、特集『幻想郷の腋』だとか『密着!! 寺子屋24時』とか何処の誰が読むのか甚だ疑問の浮かぶ記事ばかり。
後者は兎も角前者は誰も読まないだろう。
こんなもん一部の腋フェチにしか受け入れられないマニアックすぎる記事だろうに。

「スポーツ欄、スポーツ欄っと」

この時期は年に一回の祭典『GBC幻想郷王者決定戦』が開催されるので文々。新聞もそれに重点を置いて記事を組んでいる。
生きる伝説、無敗の王者リカルド・マレティネスと全試合KO勝ちという破竹の快進撃を続ける幕の白リリーの対戦。
試合は昨日だったのだが、橙が別の番組を見たいと言うのでビデオに録画しておき、新聞で結果だけもわかればと思ったのだ。
注目の一戦だっただけに生放送で見たかったのだがなぁ。
新聞をぱらぱらと捲り目当ての記事を探し出す。

「ふむ……、レティの引き分け防衛か」

見出しだと結果だけわかれば良いので内容まで細かく読む必要はない。
録画だが、後で見ることだし。
軽く目を通した所でとある広告が目に入る。

「……あのスキマ」




『あなたの心のスキマをお埋めします  ば~い 八雲☆ゆかりん』




アンタは何処のセールスマンだ。一応女性だからセールスウーマンになるのか。
笑うせぇるすうーまん八雲ゆかりん。
うわぁ……ものすごく胡散臭い響きだ。見るんじゃなかったと激しく後悔しても後の祭りである。
紫様の場合はスキマを埋めるどころか、広げて穿り返しそうな気がするのだが。
そう言えば最近やけに家の財布が潤っている気がするのだが、これが原因か?

「いや……そうとは考え辛いな。
 なら原因は別にあるだろう。うーむ……」

先日紅魔館の魔女と居間で写真を片手に何か話しをしていたが、恐らくはそっちか。
『そちも悪よのぅ、パチュリー殿』やら『いえいえ、紫殿こそ。ウッヒッヒ』とか必殺仕事人に出てくる悪代官と越後屋の如く会話をしていたのを思い出した。
どうせロクでもない事を企んでいるのだろう。
既に実行に移しているのかも知れないな、こりゃ。
今度問いただしてみるか。

「そろそろ幽々子様が来る時間か」

結界に揺らぎを感じるが、だからと言って特に警戒する訳でもなく。
感じ取れる妖気は幽々子様のものだから侵入者や迷い人ではないのだ。
幽々子様がもうすぐでこちらに来られる事を紫様に伝えに行くとするか。
どうせ、居間でゴロゴロと寝転がっているのだろうな。

「紫様、そろそろ幽々子様が来られる時間ですよ」
「んー、わかっているわよ」

ほら、やっぱり。
しかもまだ寝巻きのまま。ホント人生(?)を満喫しているなこの人……いや妖怪は。

「ほらほら、ゴロゴロしてないで着替えたらどうですか。
 そんな事だからぐーたりんとかみそじんとかとしまんとか言われるんですよ」
「そ、そんなあだ名で言われた事無いわよ!!」
「私がたった今命名しました。
 どうです? 可愛いでしょう?」
「可愛くない!! ぜんっぜん可愛くない!!
 それにあだ名なんかよりもゆかりんの方が絶対に可愛いわよ!!」
「ゆかりん(笑)」
「な、何よその如何にも馬鹿にしたようなカッコ笑いは!!」
「いーえー、何でもございませーん」

わざとらしく両手を広げ、『オウ、ワターシニホンゴワカリマセーン』と言いたげなポーズを取る。
このあだ名は明日には幻想郷中には広まるだろう。いや、広めてやろう。この私が、八雲の名にかけて。
ハクタクに頼んでぐーたりん若しくはみそじん又はとしまんのあだ名が付く歴史を作ってもらうのも良い。
『何だかオラすっげぇわくわくしてきたぞ!!』的な高揚感が胸を満たす。

「ヒャッホィ!! 楽しみだーなぁー!!」



玄関の戸を叩く音がする。
恐らく幽々子様が家に到着されたのだろう。
如何にも『私怒っています』と言わんばかりに頬を膨らませながら着替える紫様を尻目に、幽々子様を迎えるため玄関に向かう事にした。
居間で着替えずに自分の部屋で着替えろよと言いたかったが半ば諦めています。もう無理だろう。

「幽々子様、お久しぶりです。
 とは言っても三日前に会ったばかりなのですが」
「あらあら、まーたそんな畏まった言葉使いをしなくてもいいじゃないの。
 いつも通りでいいわよぅ」
「はぁ……」

いつも通りとは言うものの、流石にころっとフランクな口調になるのもどうかと思う。
玄関の戸を開け、幽々子様を中へと招き入れ、居間へと案内する。
少し落ち込んでいるような、若しくは悩んでいるような、そんな気がしたのだが私の気のせいだろうか。

(そういえば妖夢がいないな……。
 いつもなら幽々子様と一緒に見えるはずなのだが)

ふと気が付いた。幽々子様、何時も帽子をかぶっているのに今日はかぶってない。
マイガッ!! あのカリスマ溢れんばかりのドリームキャストが拝めないではないか。
さっきの落ち込みようと何か関係があるのだろう。
居間への案内も済むと、茶請けの饅頭と煎餅を取りに台所へと向かう。

「えーと……お茶はこれでいいか」

玉露の良い茶が手に入ったのでこれでも出そうか。
殆どは私達が白玉楼に出向く方なので、偶に此方に来るとなるとそれなりの持て成しは必要だろう。
押し掛けて迷惑かけているのは主に紫様だし。

「饅頭と煎餅っと……」

トレーにお茶請けや急須等一通り並べ終えると、居間へと向かう。
紫様も着替えが終わって居間にいるだろう。多分。
着替えてなかったらパワーボムか垂直落下式ブレーンバスターでもぶち込んでやろう。
幽々子様に頼んで愛と怒りと悲しみのツープラトンTTDでも良いかもしれない。
居間の畳は寝室の畳とは違い古くなってきた事だし代え時なので丁度良い。
覚悟しやがれ紫様。

「垂直落下式ブレーンバスターは兎も角として、パワーボムだと畳をぶち破れないか。
 ……ならバーニングハンマーにするか」

とまあ下らない事を考えていると気が付けば居間の襖の前。
『失礼します』と一言告げ、襖を開けて中に入る。
っち……着替えていやがったか。

「何か言った、藍?」
「何も言っていませんよ、紫様」

幽々子様の手前もあり無闇矢鱈に紫様の機嫌を損なう訳にもいかないか。
主を過度にからかうのも自重しないとな。
その内本気で家出しかねない。仮に家出をしたとしても、紫様の事だ、行くあてぐらい容易に想像つく。
白玉楼か博麗神社が二重丸印の大本命、紅魔館が丸印の対抗、永遠亭が三角の要注意といった所だ。
家出したならしたで橙と夢の薔薇色(主に性的な意味で)の主従生活が待っているから望む所ではあるが。
寧ろドンと来い。
桃色で薔薇色生活を少し考えてみようか。

(……良い……良いぞ!!)

うっひょうっ!! これはたまらん!!
これぞ理想郷ッ!! まさにスピリチアパラダイスッ!! 我が生涯に一片の悔い無しッ!!
まずい。非常にまずい。鼻血が出そうだ。収まれ自分の妄想、収まるんだ。
そうだ、こういう時は円周率でも数えて心を落ち着かせるに限る。
普通は素数なのだが、今は緊急事態なのだ。突っ込みは無用だぞ。

3
……
…………

ガッデムッ!! 3で終わってしまったじゃねぇか!!
おのれゆとり教育め。私を嵌める為の策略かこれは。
これではちっとも心を落ち着かせることができないぞ!!

「藍、鼻なんか押さえてどうかしたの?」
「いえ、何でもございません」

ええい、この緊急事態に話しかけるんじゃねぇこのスキマが。
こっちは堪える作業で精一杯なんだ。

「どうせまたくだらない事でも考えていたのでしょう?」
「そ、そんな事無いですよ」
「橙とのめくるめく薔薇色の生活」
「なっ!?」

うわっ、ビックリした。このスキマ、式の心が読めるのか?
動揺が顔に出てないだろうな……。

「なーんてね。冗談よじょ・う・だ・ん。
 まさか藍がそんな事考えている筈ないわよねぇ~?」
「も、勿論ですよ」

今朝の仕返しと言わんばかりにニヤニヤと嘘臭く嫌らしい笑みを浮かべる紫様。
幽々子様がこの場にいなければガチンコの桃鉄バトルに発展していただろう。
その幽々子様だがちっとも此方のやり取りにのってこない。
いつもなら紫様に便乗して私をからかってその反応を楽しんでいる筈なのだが、どうもおかしい。
何か思い悩んでいるようで茶請けはおろかお茶も一口つけてそれっきりだ。
やはり何かあったのだろう。
でなければお茶請けの煎餅や饅頭は出した瞬間に無くなっている筈なのだから。

「幽々子様」
「……何?」
「妖夢と何かありましたね?」
「……」

返事ない。つまりビンゴ。
まあ幽々子様の悩みは九分九厘妖夢が絡んでいるからわかり易い。

「何があったのですか?」
「妖夢の……」
「妖夢の?」
「妖夢の様子が……」
「妖夢の様子が?」
「妖夢の様子が変なのよ……」

はてさて、三日前に会った時はいたって普通だったが。
あれ、茶請けの煎餅と饅頭が無くなっている。何時の間に食べたんだこの人は。

「何何、妖夢が変態デビューしちゃったの? あっらぁー幽々子も大変ねぇ。
 で、何フェチ? 腋? 尻? 耳? 二の腕? 踝? 項? 門番?」
「はーいはいはいはい、少し黙りましょうね紫様」

様子が変というだけで変態デビューが頭に浮かぶとは。
しかも何故に特定の部位のフェチになるのか。一つ関係ないものが混じっているが。
頭の中身もスキマでスカスカなのだろうか、このスキマは。

「失礼ね。しっかりぎっちりみっちりと中身はつまっているわよ」

間違いない。このスキマ、式の心を読んでやがる。

「少し黙っていて下さい、としまん。
 それで幽々子様、妖夢に何があったのです?」
「失礼ね!! 誰が年増よっ!!」
「いの一番に反応したみそじんですよ」
「きぃーーーー!!」

話しの腰が折れまくり。
それに乗る私にも問題があるのだろうな。

「最初は二週間程前の夕飯だったわ」
「二週間前の夕飯? また結構遡りますね」
「その日は馬刺しが食べたいって妖夢に頼んだのよね。
 そしたら超巨大な黒毛の馬を丸々二匹連れてきて……」
「馬を丸々ですか」
「これは何?って妖夢に聞いたら『松風と黒王です。活きが良いので存分に被りついてください』って……。
 逆にこっちが食われそうになった挙句踏み潰されそうになったわ。
 次の日は牛肉が食べたいと行ったらあばれ牛鳥なんか捕まえてきちゃうし。
 それは美味しく頂いたけれどもね。
 その次の日は鯨の刺身ですと言って丸々鯨を一匹持ってきたのよ……。
 流石の私でも半分しか食べられなかったわ……」

妖夢すげぇ。鯨を丸々一匹ってどうやって運んだんだ。
そもそも白玉楼に鯨がどうやって入ったのかが甚だ疑問なのだが。
幽々子様もすげぇ。鯨を半分も食べたのか。
鯨は食べられる部分がどれだけあるのかわからないが、一人や二人で食べる量ではないだろうに。

「それが今までずっと……ううん、今も続いているの。
 今朝は起きたら帽子の三角巾にSSと書き換えられていて……。
 『何故SS?』と妖夢に聞いたら『私は湯川専務よりせがた三四郎の方が好きなので』だって。
 力の一号、技の二号とか訳のわからない事も言っていたわ……」

妖夢はSS派でした。
しかしながら許せない事がある。正しくは技の一号・力の二号なのだよ、妖夢。
一度ライダー道と本郷猛・一文字隼人の二人について36時間みっちりと語りつくさねばならない様だ。
一号二号だけでは済まないかも知れんな。こうなったら昭和ライダーについて徹底的に語ってやろうではないか。

それはさて置き、ここ最近の幽々子様に対しての食に対する嫌がらせ……ねぇ。成る程なぁ。
心当たりはある。原因は恐らくあれだろう。
紫様も『ああ成る程ね』と言った表情で手をぽんと叩いている。
……あれ? そうだとすれば少しおかしい事になるな。
ただ単に幽々子様が忘れているだけなのか。

「藍、妖夢の症状はやっぱりアレ……よねぇ?」
「間違いなくアレにかかっているかと」
「ねぇ……アレって何よ?」
「幽々子様、身に覚えはないのですか?
 妖夢が初めてではないはずですよ?」
「……綺麗さっぱりと忘れたわ」

だろうなぁ。
そうでなけりゃそこまで落ち込む事も悩む事もないだろう。

「良いですか、幽々子様。
 妖夢の様子がおかしいのはですね……」
「おかしいのは?」
「従者の反抗期、よ」
「反抗期?」
「そそ、反抗期。
 主従関係がある程度深まると従者だけに見られる特有の症状よ。
 人間のそれと同じようなものと考えても良いわ」
「人間の反抗期と違い、みみっちくもしつこい嫌がらせが主な症状です。
 妖夢の場合は主に幽々子様の食に関してですね。
 まあ他の事もやらかしているようですが、その行為も反抗期に当てはまる行為です」

本当にみみっちい事なのだが、塵も積もれば何とやら。
これは決して馬鹿にできるものではない。
主は動揺することなく従者からの嫌がらせに耐え、それを許せる器量の大きさと慈悲の心を従者に示さなければならないのだ。
従者は主の器の大きさと懐の広さを心の奥から感じ取ることにより、より深い忠誠心と固い絆を紡ぐことが出来る。
逆に言えば、それを乗り越えられない主は最悪、従者に愛想を尽かされる事もあるのだと言う。

「でも妖夢の性格まで変わっているのよ?
 それもその反抗期ってやつなの?」
「幽々子様、妖夢の性格が変わるのは今に始まったことじゃないですか。
 作品毎にこうも見事にころころと性格が変わっているのはある意味貴重な人材ですよ」
「あー……、そう言えばそうよね……」

幽々子様超納得。
だって妖々夢・萃夢想・永夜抄・花映塚で変わりすぎだろ、妖夢の性格。

「それを抜きにしても、反抗期の間は酷く情緒不安定になり、些細な事でも本人には強くストレスを与えるのですよ」
「うう……
 でも、そんなに無茶な事は言った覚えが無いのよ……」
「性格の豹変も反抗期特有の症状でもありますから」
「ふぐぅ……」
「言うなれば今の妖夢は黒妖夢って感じかしらねぇ」
「……黒妖夢、黒妖夢。……きれいな妖夢と黒妖夢。
 ……クックック、……黒妖夢」

わお、幽々子様が壊れた。
やべぇ、このまま放って置くと隕石を幻想郷に落としかねない。
もしそんなことになったら幻想郷の危機ってレベルじゃねぇぞ。
何とかして落ち着かせないと。

「お、落ち着きなさい幽々子」
「……あら、ごめんなさい紫。
 あんな妖夢見たことがないから、思い出しただけで軽くトリップしていたわよ……。
 『ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆゆこさまっさまっ。ごっ、ごっ、ごっ、ごはん。たっ、たっ、たべたべたべる』とか口調までまるっきり変わっていて……、どうにもこうにも信じられなくて……」

妖夢、お前は何処の囚人だ。
ドラム缶に浪漫を求め、毎日毎日押し続ける庭師・妖夢。
お越しの暁には、天使の輪をプレゼントします。これで貴方も私もびりびりドラム缶仲間!!
っとそんな事考えている場合じゃないな。

「幽々子様、暫らくは耐えるしかありませんよ。
 何事にも動じず、いつもと同じように妖夢に接していれば反抗期もすぐに収まる事でしょう。
 まあ……個人差があるので期間ははっきりと断言できませんが」
「うー……」
「まあこれも一つの暇つぶしと思えば」
「……暇つぶしで済むなら良いわよぅ」
「他の方たちも体験してきたことですし、幽々子様もそう深く考える事はないですよ」
「他の人……も?」
「そうです。紅魔館コンビに図書館コンビ、後は……例外ですが閻魔と死神ですね。
 閻魔と死神は上司と部下のような関係なのですが、何故かその症状が起きたとか」

パチュリーと小悪魔。通称図書館コンビ。
なにやら最近別の名称が付いたようなので、是非とも詳細を知りたい所だ。
名称、と言うよりアホみないなあだ名が付いたと思えるのはどうしてだろうか。
気のせいだろう。うん、そうだ、きっとそうに違いない。
……でも気になるから今度詳細を確かめに行こう。

「図書館コンビは小悪魔からパチュリーに対してですね。
 主に本に関しての嫌がらせです」
「本ねぇ……。例えば?」
「本のカバーと中身をすり変え、魔道書だと思い中身を見るとあら不思議。
 目の中に広がる桃色官能ワールド」
「うわぁ……」
「他には……本を開いたら十二冊のネチョ本が襲ってくるトラップとか仕掛けたり、挟んでいた栞を全く別のページに挟み直したり、これまたみみっちい嫌がらせのオンパレードです。
 図書館の主、パチュリーはその手の知識に耐性があると思いきや、意外や意外、超純情派らしく顔を真っ赤にして恥かしがっていましたね」

ちなみにその時の様子は紫様がしっかりと写真に撮り、スキマのネタ保管庫にきっちりと保管済みなのである。
普段あれほどグータラなのに、何でこういうときだけは積極的に行動するのかね、このスキマは。


「小悪魔はどれぐらいでその症状が治まったのかしら……?」
「んと……大体二・三ヶ月ぐらいでしたね」
「そんなにも?」
「先程も言いましたように、個人差がありますので。
 閻魔の部下の死神なんて三日で治まりましたよ」
「はやっ!! 早すぎるじゃないっ!!」
「反抗期と言えるのかどうかも怪しいものだったわねぇ……」
「……そうですね。
 紫様。アレは反抗期と言うよりも唯単にやる気が出ただけだと思うのですよ」
「同意見だわ」

映姫の部下、サボり魔小町は三日間だけ普段からはありえない様な仕事の量をこなしたのだと言う。
これ本当に仕事に対してやる気を出しただけだよな……。
その仕事振りを見た映姫は涙ながらに喜んでいたらしいが、三日後にはあら不思議、すっかりと元通りになってしまい、絶望のあまり寝込んでしまったという。
閻魔様も大変だ。神経性胃炎にでもなってなければよいが。

「後は、紅魔館のあの二人ですね。例外もいますけれども」
「例外?」
「極稀に症状が発症しない従者がいまして。
 幽々子様、紅魔館の門番はご存知でしょう?」
「ええ」
「なら、その門番が以前メイド長に就いていたって事は知っていますか?」
「……それは初めて聞いたわ」
「私も初めて聞いたんだけども」
「紫様は年ですから物忘れが激しいんですよ、きっと」
「んまっ!! 失礼ねっ!! まだまだ若いわよッ!!」
「紫様、必死ですね」
「むっきゃーーーーーー!!」

地団駄ふんで怒りを露にするスキマ妖怪。
反応一つ一つが大袈裟でおちょくりがいのあるスキマだ。
これだから止められない止まらない。まるでかっぱえびせんみたいなお方だ。
ま、程々にしないとな。

「話を戻して、例外はその門番なのですよ。
 私が知っている限り……ですから他にもいるのかも知れませんが」
「……羨ましいわねぇ」
「そうでも無いのですけどね。
 今のメイド長に変わってからはきっちりと症状がでたので、流石のレミリアも驚き落ち込んでいました。今の幽々子様程では無かったですけどもね。しかしながら、幽々子様」
「何かしら?」
「本当に覚えてないのですか?
 幽々子様に仕える従者は妖夢が初めてじゃないでしょう?」
「うーん……。思い出せないわねぇ……」
「ふむ、それなら……。
 未だにそこで地団駄踏んでいるおばさんに少し境界を弄ってもらえば思い出すかも知れません」
「お、おばさんですってっ!?」
「反応しなけりゃいいのにそうやって一々反応するから、私如きにからかわれるのですよ、紫様。
 話が進まないのでとっととやっちゃって下さい」
「……ホント良い性格しているわね、藍」

ぶつくさと文句を言いながらも、境界を弄りやる事はしっかりとやるスキマ。
何? これで思い出せるのかって?
記憶と言うのは切欠があれば心太のようにするっと出てくるものなのだ。
つまりはその切欠を与える訳ですね。

「どうです? 何か思い出せそうですか?」
「……ん、思い出した」
「で、どうして顔を真っ赤にしているのよ……」
「……そ、それは私が聞きたいぐらいです」

顔を真っ赤にし、頬に両手をあてていやいやと顔を横に振る幽々子様。
おいおい……あの爺さん幽々子様に何やらかしたんだよ……。
幽々子様の反応で大体の予想はつくのだが……な。
まあ具体的に文字で表現するとなればこんな感じになるのだろうか。


『妖忌は嫌がる幽々子を無理矢理に押し倒し――――』


おっと待った。
ここから先は色々な意味でこの場で掲載出来る内容ではないので諦めてくれたまえ。
現実とはかくも厳しいものであるのだ。
どうしても詳しい内容を知りたければ、然る場所で公開しようではないか。はっはっは。






「落ち着きましたか? 幽々子様」
「……ええ」

暫らくして落ち着きを取り戻した幽々子様。お茶を啜り溜息を一つ。
まだ少し頬が赤く火照っているようなのだが気にしたら負けになる。

「藍、さっきの話だけど。本当なの?
 まだ俄かに信じられないのだけども」
「本当ですよ、幽々子様。何なら本人に直接聞いてみましょうか?」
「え? 直接?」
「はぁ~い、お二人さんご案内~」

待っていましたと言わんばかりに紫様がスキマを開くと、中から出てきた人影が二つ。
一人はフリルのついた赤を基調としたエプロンドレス―――メイド服に身を包み、頭にはこれまたフリルのついたカチューシャ、腰まで伸びているであろうストレートの赤い髪はポニーテールにして纏められていた。
もう一人は―――熊の着ぐるみに身を包み、従者に膝枕をしてもらいながらすやすやと寝息を立てている。
二人とも服装は違うが、見間違うはずも無い。
紅魔館の主・レミリア・スカーレットとその門番・紅美鈴だ。

「えーっと……」
「……」
「……熊?」
「あら? あらあら? お客様ですか。
 申し訳ございません。お嬢様は唯今お昼寝中でございまして……」
「うん、それは見ればわかるわ……」

少しの動揺を見せずに何時もと変わらない様子の美鈴。
逆に私達三人は唖然として口を開いたままである。
そらそうだわ。さすがに紅魔館の赤い悪魔・夜の王と恐れられる吸血鬼が『実は熊の着ぐるみ着てお昼寝をしていました!!』とは誰も思いつかないだろう。
いや、それよりも何故そこまで平然としていられるんだ美鈴さんよ。
もしかしてもしかするとアンタ天然か? 天然娘なのか?

「……ん、くぁ~……どうしたの? ……めーりん……クマ~」

欠伸をかみ締め、寝ぼけ眼で美鈴に話しかけるレミリア。
いやいやいや、さすがに語尾に『クマ~』は無いだろう……。
まだ状況が把握できてないみたいだ。当然か、先程までぐっすりと寝ていたのだから。

「おはようございます。お嬢様」
「おはよう……」
「へろぅ~、れ、み、り、あ、ちゃ~ん」
「へろぅ~、……ゆか……りぃぃぃぃぃぃっ!?」
「私達も」
「いるわよぅ~」
「え? え? えぇぇぇぇぇぇっ!?」

此方を指差しながら口をパクパクさせ、何とか状況を飲み込もうとするレミリア。
うわっ、やべぇ。この仕草は可愛すぎる。お子ちゃまの身体で熊の着ぐるみってこれは反則だろう。
レミリアが呆然自失の間に写真を撮っておかねば。って既に紫様が撮っているじゃないか。
こういうことに関しては恐ろしいほど反応が早い。さすが抜けめ無いスキマ。
この状況を休暇中の咲夜が見たら鼻血駄々漏れで喜びそうだな。
橙がこの様な格好をしていたら私も理性がぶっ飛ぶかもしれない。いや間違いなく亜光速でぶっ飛ぶだろう。
……今度橙用に着ぐるみを用意しておくか。ひゃっほいっ!!

「……話はわかったわ。
 だからっていきなりスキマ展開して呼び出すとか何考えているのよ紫?」

レミリア、その疑問は無駄だぞ。
普段はともかくとしてこういう時の紫様は何も考えていないから。

「思い立ったら即実行。これが私のモットーよ」
「矢張り何も考えていなかったのね……」
「あら~、失礼ね。レミリアちゃんは」
「失礼も何も大当たりじゃないですか、紫様」
「藍、貴方は一言余計なのよ」
「へーいへい、すんまへーん」

全く反省していない返事を返し、紫様から顔を背ける。
状況が掴めたのか、それとも何も考えていないだけなのか。相変わらずニコニコと笑顔を絶やさない美鈴。
ある意味大物だなこの門番。
そう言えば、何故メイド服に身を包んでレミリアの世話をしていたのだろう。
門番の仕事はどうしたのか。

「藍さん、咲夜さんは一週間程お休みを取っているのですよ。
 お嬢様が『無理矢理にでも休みを取らせないと何時まで経っても休みを取らないから』と仰いまして。
 その間は私が代理として咲夜さんのお仕事を務めさせてもらっています」

うぉいっ!! アンタも人―――基い、式の心が読めるのかよ。
油断ならない奴等め……。

「藍さんは思っていることが表情に出やすいみたいですから、心を読みやすいのです。
 要修行、ですね」
「う、そうだったのか」

まーた考えを読みよった。スキマといいこの門番といい本当、油断ならねぇ。
だがしかし、メイド服の格好をした美鈴も様になっているな。
私がメイドの格好をしたらどうなのだろうか。
うーん、あまり想像できん。

「それで、レミリアのあの格好は?」
「これは寝巻きよ。
 咲夜とパチェがこれを着て寝た方が安眠できるからって、態々作ってくれた特注品なのよ。
 折角二人が作ってくれた物だし、無下に断るわけにもいかないからこうして着ている訳。
 それにね、これを着て寝るとカリスマに満ち溢れるって二人が教えてくれたの」

ふふん、と胸を仰け反らせ得意気に話すレミリア。
熊の着ぐるみを着ながらだと威厳もへったくれも無く、寧ろ愛嬌が漂う。
いやいや、それ以前にアンタ思いっきり騙されてますやん。
ああ、純真無垢の澄み切った真っ赤な瞳が眩しい。……あれ、涙が出てきたよ。

「お嬢様は口では仕方無しに言っていますけど、結構お気に入りなのですよ。熊の着ぐるみ。
 お二方から頂いてからは、毎日寝る時は決まってこの着ぐるみを着て寝ているぐらいですからね。
 まあ……、カリスマ云々は二人の嘘でしょうけれども……。
 ああそれと、二人がこの着ぐるみに赤カブトって名を付けていましたねぇ。
 片目に傷を入れているのと何か関係があるのでしょうか」

と、上品に笑みを浮かべる美鈴。どこぞの胡散臭いスキマとはえらい違いだ。
それよりも驚いたのが着ぐるみに名前があることだ。
またどえらい名前を名付けたものだ。その内、抜刀牙を使いこなす犬の群がレミリアに戦いを挑む事間違いなし。
その犬の群の大将は銀と名付けられているに違いない。
すっげぇ名勝負になりそうな予感がする。文々。新聞で取り上げてくれないだろうか。

「それで、あんた等の用件は何よ?
 態々こちらの意志を無視して呼び出しておいて『何もございませんでした』じゃ済まされないわよ」

寝起きで機嫌が悪いのだろうが、全くもって怖さが感じられない。
熊の着ぐるみを着た格好を見ると寧ろ和む。
だってメイド服姿の美鈴の膝上にちょこんと座っている熊の着ぐるみを着た幼女の吸血鬼ですよ?
こりゃあレッドカード級の反則だろう。一発退場も頷ける。
何か紫様と幽々子様の目付きがやばいッスよ。あーこりゃ完全に目が逝っちゃっているな。
下手に『れみ・りあ・うー』でもやろうものなら間違いなく二人の煩悩は臨界強襲した後に限界突破して理性を那由他の彼方へをぶっ飛ばす事だろう。

「今日はレミリアに用がある訳じゃないのよね。
 用があるのはそこの門番よ」
「ほぇ? 私ですか?」
「そそ、貴方よ美鈴。
 貴方もレミリアの従者である以上、アレの事は知っているわよね?」

顔を傾け暫らく考えた後、思い当たる節があるのか、『ああ、アレですか』と顔の前でぽんと手を合わせる美鈴。
その反応からすれば知っているとみて良いだろう。
それなら話は早い。

「従者特有の反抗期。例外を除いて従者は皆その症状が出ているわ。
 例外と言うのが……」
「私、ですよね。
 確かに咲夜さんがメイド長に就く前は私が務めていましたけども、アレにはなった事ないですねぇ……。
 そうそう、咲夜さんはきっちりとアレを迎えていましたね。
 あの時はお嬢様も慌てふためいて大変でしたよー。何せお嬢様にとっては初めての体験ですからー」
「美鈴!! 誤解されるような言い方しないのっ!!」

美鈴の膝の上で腕をぱたぱたを振るレミリア。
余計な事を言われないようにと、美鈴の口を塞ごうとしているようなのだが、手が美鈴まで届かずに空を切る。
レミリアが自分の頭の上でぱたぱたを手を振る仕草を見せ付けられ、何とも言えないものが胸を満たしていく。
いや、だからそんな事したらそこの二人がますますやばくなるっての……。
時すでに遅し。あー、二人とも鼻血がだだ漏れだわ……。
えーと、ティッシュティッシュ。多めに持ってきておくか。畳に零されちゃかなわん。

「ら、藍!! ティッシュを!! 大至急ティッシュをっ!!」
「わ、私の分もお願い……」
「はーいはいはいはい」

気持ちはわからんでもない。
橙が熊の着ぐるみを着て先程のレミリアと同じ事をしてたら、まず間違いなく噴水の如く鼻血が流れ出るだろう。
咲夜がこの場にいないで本当に良かった。
『我の理性など当の昔に捨て去ったわっ!!』と言い残し、高笑いと共にレミリアを連れ去って行くだろう。間違いなく。

「お二人とも鼻血は止まりましたか?」
「な゛、な゛ん゛どがね゛……」
「お゛ぞる゛べじ……」
「鼻にティッシュ詰めながら話さんでください。何を言っているのかさっぱりですよ」
「「ぶあ゛ーい゛」」

何とか鼻血は止まったか。畳の平和は守られた。

「ねえ、藍」
「ん、何だ?」

熊の着ぐるみを着たレミリアが此方を指差し尋ねてくる。
ええい、式を指差すんじゃない。クマリアが。
畜生、一つ一つの動作が可愛いすぎて文句も言えねえじゃねぇか。

「貴方はアレの症状は起きなかったの?」
「ん? ああ、勿論あったとも。
 まあ普段と対して変わらなかったのだが、な」
「ふぅん……。藍、貴方の場合はどのような症状だったのよ?」
「私の場合は……。そうだな、紫様の鼻の穴にピーナッツを詰めたり、生わさびを詰めたり、辛子を詰めたり、濃縮メチルを流し込んだり――――」
「ロケット花火や爆竹も詰め込んできたりしたじゃないっ!!」

しかもロケット花火は導火線側を鼻の穴に向けて、だ。
鼻の穴からロケット花火を発射するのではない。鼻の穴に向けて発射するのだ。
危険極まりない。主に紫様の鼻の穴が。
逆だとしても、ロケット花火が甲高い音をたてながら鼻から飛び立つ様子は間抜け以外の何者でもないのだが。


『ちゃらり~、鼻からロケット花火~♪』


嘉門達夫の歌を改変し、その間抜けな光景を脳内再生してしまったので思わず吹いてしまった。
ブッ!! スキマだっせぇ!!


「仕方が無いじゃないですか。アレが私の症状なのですから」
「危うく私の鼻の穴が阿鼻叫喚の地獄絵図になるところだったわよっ!!」

ロケット花火が爆発する直前にスキマを開いて何処かに捨て去ったらしいが、もう少し早ければなぁ……。

「……あんた等普段からこんな感じなの?」
「だって、全てはこのグータラスキマの教育が悪いんだよ」
「まーーー!! そんな事言うのねっ!! 藍!!」
「だって事実じゃないっすか。
 紫様の式になって三日目でまさか生死の境を体験するとは夢にも思わんでしょう、普通は」
「生死の境って……。あんた等何してるのよ……」

レミリア唖然。そらそうだわ。
幾ら我侭吸血鬼でも貴族。従者を三日目で壊すような真似はしまい。
レミリアの妹・フランドールがいるだって? アーアーキコエナーイ。

「このスキマ、目指せ若林君とか言って零距離で大砲的脳波選局を撃ってきやがるんスヨ。
 こちとら式に成り立てで身体も力も人間の子供と何ら変わらないのに、それすら関係無しに」

しかも脹脛を痙攣させての田楽刺しモードだ。
紫様、アンタは憑きたてほやほやの幼い式を殺す気ですか?
目の前には白く鋭利な凶器と化したサッカーボールと呼ばれたものが、いやにゆっくりと一直線に此方目掛けて迫ってくる光景は今思い出しても身震いがする。
子供ながらに身体の全神経をフルに活用して紙一重で避けられたが、あれをまともにくらっていたら今頃はここでのほほんと過ごしてはいなかっただろう。

「何とか避けたんだが、案の定このスキマが後遺症を引き起こしやがって。
 ゆかりんファンタジアを4時間56分にも亘って歌い続けて、聞かされる身としてはまさに地獄だったよ」
「うわぁ……」

レミリア絶句。
あのような電波ソングを5時間弱も聞かされ続ける地獄を一度味わって欲しいものだ。
ジャイアンリサイタルとどちらが苦痛なのか是非とも試してみたい。
勿論被験体はレミリアで。

「何よっ!! 藍だって一緒になって歌っていたじゃないっ!! ノリノリだったじゃないっ!!」
「スキマをフル展開させて5.1chも顔負けの全方位サラウンド仕様にしておいて何を仰いますか。
 耳を塞いで耐えようにも間にスキマを開けるから意味ないですし。
 そりゃあ洗脳されるってのも頷けるもんですよ」

二人でゆかゆかとノリノリで歌う様子は珍妙奇天烈摩訶不思議。
もしその場にブン屋の射命丸文がいたのなら、新聞のネタにされていたこと間違いなし。

「後は、変な実験にも数多く付き合わされたよ。勿論拒否権なしの強制的にな」
「誰がそんな酷い事したのよ?」

流れからして、聞くまでもなく誰がやったのかは想像がつくと思うのだが。

「そこで剥れてるスキマに決まっているだろう」
「……聞いても良いかしら?」
「ああ、構わん。
 『藍、これをバックに流せば弾幕に当たらなくなるわよっ!!』と言うものだから何事かと思って振り返ったんだ。そこに何があったと思う?」
「さあ……、想像もつかないわ」

何故か置いてあるのはラジカセでした。
スキマが『あ、ぽちっとな』とスイッチを入れると、ラジカセから流れてくる音楽はヤンマーニ。
まあっすーぐぅーにーかけあーがーるぅー、等と歌っている暇もなく。

「次に視界に入ったものは1ドットの隙間も無いほど敷き詰められた容赦ない弾幕の雨霰。
 喰らいボムをあの場面で閃かったら私は確実に死んでいたな」
「……アンタも結構頑丈よね」
「だってだって、あの音楽が流れている間は本当に弾が当たらないのよ!?」
「それはテレビの中の話です。んな事位わかるでしょうに。
 だからかれりんとか言われるのですよ」

んなもんが実際に効果あるなら、世の中の弾幕大好きなプレイヤー達は皆低速無しのノーミスノーボムでルナティックをクリアできるじゃないか。
この、脳味噌スポンジスキマめ。

「か、かれりん?」
「加齢臭ゆかりん。略して――――」
「も、もういいから!! それ以上は言わないで!!
 もう新たにあだ名をつけるのはやめて頂戴、藍!!」

流石のスキマも懲りているようだ。だぁがまだまだ足りないぞ。
まだ私は満足していない。もっと色々あだ名をつけてやる。
そう考えていた時、結界に再び揺らぎを感じた。誰が来たのかは大体は予想がつくが。

「……ん? 誰かがマヨヒガに入ってきたな。
 この妖気は……妖夢のものか」
「ひぅっ!! よ、妖夢ですって!?
 あわわわわ……」

あーあー、折角落ち着きを取り戻していたのにまた取り乱して震えだしてしまった。
そこまで怖いのか。げに恐るべしは黒妖夢。
その黒妖夢が此方に近づいてくるにつれてはっきりと聞こえてくるダースベイダーのテーマ曲。
おおぅ、威圧感あるなぁ黒妖夢。

「ひぅぅぅぅぅっ!!」
「幽々子様、落ち着いて落ち着いて。
 大丈夫ですってば」

幽々子様すんげぇ怯えよう。三日前に会った時はホント普段と変わらなかったのに。
幽々子様と他の人では態度を変えているのだろうか。
事の始まりが二週間前だと言うのだからありえない話では無い。
そうこうしている内に、ますますダースベイダーの曲が大きくなって聴こえてくる。
もうすぐで家に着くか。

「へぐぅぅぅぅぅぅっ!!」

卓袱台の下に身を怯ませて、卓袱台事がたがた震える幽々子様。
頭隠して尻隠さずとはまさにこのこと。
傍目から見ても丸見えですがな。
一体全体幽々子様は妖夢に何をされたのだろうか。先程の話だけだとここまで怯える事は無いだろうに。

「……ねえ美鈴」
「何でしょうか? お嬢様」
「貴方達が従者でほんっっっとうに良かったわ……。
 咲夜の時も驚きはしたけども、あの食欲亡霊娘みたいに怯えるって程酷くなかったもの」
「あらあら」
「何よ……」
「うふふ、何もございませんよー」

ええい、何だ何だその和みオーラ全開の会話は。
チクショウッ!! 私だって橙がこの場に居れば、それ位は朝飯前のスーパーひとし君なんだぞ!!
橙のいない寂しさと悔しさは脳内桃色桃源郷的妄想で補うことにしよう。ヒャォウッ!!

「落ち着きなさい藍。
 私がいるじゃな――――フゲラブゲラゴファッ!!」

世迷い事をぬかすスキマに容赦なく裏拳三連撃を叩き込む。
吹っ飛び襖に激突するスキマ。

「ひ、ひど、酷いじゃないっ!! いきなり裏拳往復ビンタは反則よ!!」
「じゃかあっしゃぁぁぁっ!! 私と橙の春爛漫桃色桃源郷な妄想に入り浸っているときに勝手に入り込んでくるんじゃねぇっ!! このスキマッ!!」

何人たりとも私と橙の桃色絶対領域に入り込んでくることは許される事ではないのだ。
それが例え妄想の中の出来事であってもな。
ダースベイダーの曲に混じり、玄関をドンドンと叩く音がする。
妖夢が来たのだな。ま、一応迎えにいくとするか。
そろそろ晩御飯の用意もしなくてはいけないしな。

(しかし黒妖夢か。……どうなっているのだろうか)

関係ないとわかっているからか、好奇心が溢れて抑えられない。
まあ私が妖夢と会っても、妖夢は普段と何ら変わりない様子だろうが。
しかし、あの曲はどうにかならないのだろうか。いい加減五月蝿く感じてきてうざったい。
玄関の扉を開けると妖夢がいた。何ら変わりはなく、至って普段通りだ。
背中にラジカセを背負っている以外は。

「どうもこんにちは。お久しぶりです、藍さん」
「ああ、こんにちは妖夢。久しぶりといっても三日前に会ったばかりだろう」
「そうですね。所で、幽々子様が此方に来られていると思うのですが」
「いるにはいるのだがな……。 先にそのラジカセを切ってくれないか?
 五月蝿くてかなわんよ」
「あ……、すみません」

うーむ、何処が違うのだろうか。私にはさっぱりお手上げ。
幽々子様と対面すれば変わったりしてな。
考え事をしていたおかげで私と妖夢は無言のまま居間へ向かい廊下を歩いて行く。

「幽々子様、妖夢が迎えに来られましたよ」
「ひぐぅぅぅぅぅ!! よ、妖夢が?」
「ほらほら幽々子、震えていないで凛とした態度を見せないと何時まで経っても治らないわよ?」
「幽々子様」
「……よ、妖夢?」

はーい、お二方感動のごたーいめーん。



―――――ここからは副音声と合わせてお楽しみください―――――



ん? 何だこのテロップみたいなものは。
副音声?

「幽々子様、そろそろ戻られないと(副音声:幽々子はん、あんまりワテに手間かけさせるもんやおまへんでぇ?)」
「ふみゃっ!?」
「いきなり居なくなったのでとても心配しましたよ(副音声:勝手に逃げ出すとはいい度胸してはりまんな……。そんなにワテが怖いのんか? んん? んんんーーー? ハッ!!)」
「ひぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「これ以上心配かけさせないでください(副音声:次勝手なことしはったらワテもそれ相応の事を考えんとあきまへんがなぁっ!! ハッハァーーーーッ!!)」
「へぐぅぅぅぅぅぅぅっ!!
 妖夢!! ごめんなさい!! ごめんなさい!!」



―――――副音声での御視聴ありがとうございました―――――



畳に頭を擦り、土下座で妖夢に謝る幽々子様。
何が何だかもう訳わかりません。此方が聞いている限りじゃ至って普通でした。
副音声とやらが気にはなるのだが、聞こえないものはどうしようもない。
ん? スキマが有り得ないといった表情でがたがたと震えてやがる。さては副音声を聞いていやがったな。

「それでは、帰って夕ご飯の支度をしないといけないので失礼いたします」
「え、ええ……妖夢またね。
 幽々子……」
「ふぐぅ……、ゆかりぃ……」
「耐えるのよ。平常心を忘れちゃダメよ……!!」

首根っこを掴まれずるずると妖夢に引き摺られてゆく幽々子様。
ドナドナが流れそうな、どこかシュールな光景だった。
あー……、またダースベイダーの曲が聞こえてきた。




「ヒャーーーーッハァァァァァッ!! 本日も全力全開絶好調ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「イーーーーヤァァァァァァァァァッ!! 帰りたくないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」




妖夢の歓喜の叫びと幽々子様の悲痛な叫びがマヨヒガに響き渡る。
あー、成る程な。確かに変わっているな。壊れているとも言うが。
アディオス、幽々子様。私達は貴方の事を決して忘れませんとも。

「で、結局私達は何の為に無理矢理に呼ばれたのかしら?」

プンスカと頬を膨らませ怒りを露にしているレミリア。
まーたティッシュで鼻を押さえているよ、あのスキマは。
くっそぅ、頬を指でつんつんと突付いてみたい……。

「ほーらー、お嬢様。怒ってばかりだとお肌に良くないですよー」
「美鈴!! 頬を突付かないの!!」

二人のじゃれあう様子は主と従者と言うよりも親子みたいに見える。
私と橙も傍目からするとそのように見えるのだろうか。

(っと結局の所、幽々子様にとってはあまり意味がなかったな)

美鈴の話を聞こうと呼び出したのに、話を聞く前に悲鳴と共に妖夢に連れ戻されたので、二人を態々マヨヒガに呼んだのは無駄骨だった。
疲れたのは主に紫様だから別に良いか。

「二人とも、態々此方から無理矢理に呼び出したのに何の持て成しをしないで返すのも失礼だろう。
 お詫び、と言っては何だが夕飯でよければご馳走させて頂くよ」
「お嬢様、どう致しますか?」
「ん、それで良いんじゃない? 私は別に構わないわよ」
「わかりました。
 藍さん、そう言う事ですので……、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、遠慮することは無い。
 ゆっくりと寛いでいってくれ」
「折角ですし、私もお手伝いさせていただきますね」
「それは助かるが……、良いのか?」
「身体を動かしている方が何かと楽ですからね」
「わかった、ならお願いするよ。
 紫様、卓袱台周りの掃除をお願いしますね」
「ぶえ゛~い゛」

夕飯の用意は何時もより多めに作らなければいけなかったが、美鈴が手伝ってくれた事もあってかさほど時間もかかる事なく出来上がった。
普段なら此方が幾ら頼んでも用意すらしてくれない紫様だが、どういう風の吹き回しか、私が頼んでおいた事を全てきちんとこなしてくれていたのだ。
何時もこうなら苦労も少ないのだがな。
そろそろ橙も帰ってくる時間だ。そう言えば橙は美鈴にえらい懐いていたな。
夕御飯を一緒に食べると知れば大層喜ぶだろう。
橙の主としての立場で言うと少し悔しいが、な。


そう言えば……永遠亭の月の兎―――鈴仙もまだアレを迎えてなかった筈だ……。
妖夢と同じで、真面目でストレスの捌け口を知らず、内に溜め込むタイプだと聞いているから、アレの時は妖夢と同じ様に性格が豹変するのかも知れない。
あの手のタイプは一度壊れると何しでかすかわからないからなぁ……。
まあ、万が一何かあれば此方に相談にでも来るだろうから、出切る限り相談にのってやるとするか。
橙が病気の時はいつも世話になっているし、困った時はお互い様だ。




あの二人――――特に幽々子様は大丈夫だろうか……。
殺しても死なない―――既に死んでいるか。ともあれさほど心配する程でもないとは思うが、な。
しかしながら先程の紫様の表情が気になって仕方がない。
きっと聞き取れなかった副音声と関係があるのだろう。
幽々子様もまた訪ねてきそうだし、お茶請けを朝の内に買いに行くとするか。








――――二週間後



夕飯の仕込みも終え、紫様と二人でお茶を飲んで寛いでいると、玄関をドンドンと激しく叩く音がする。
その直後に玄関先に流れてくるダースベイダーの曲。
幽々子様と妖夢、冥界組の御到着である。

「た、助けてっ!! 藍!! 紫いぃぃぃぃっ!!」
「ハッハァーーーーーッ!! ゆーゆーこーさまぁーーーーーッ!!」
「いーやぁぁぁぁぁぁぁっ!! こっちに来ないでぇぇぇぇぇぇっ!!
 妖夢ぅぅぅぅぅぅっ!! 貴方、一体何時になったら治るのよぅぅぅぅぅぅっ!!」
「ヒャォウッ!! それこそ神のみぞ知るってやつだっ!!
 おっと先に言っておくがアホ毛神はお呼びじゃねぇぞぉっ!!
 ちなみにこの症状もこち亀が連載終了する頃には治ると思うぜぇッ!!
 神のみぞ知ると言っているのに具体的な期間を告げているのはこれいかにっ!?」
「貴方言っていることが矛盾しているじゃないぃぃぃぃぃっ!!」
「イィーーーーヤッハァーーーーーッ!!」

あー、また連れて行かれた。
ここの所毎日だな。別の所に逃げ込んだら良いのに。
……ん? 物陰で隠れているようで全然隠しきれていない、逞しいあのアホ毛は……。
神と聞いて飛んできたのか。出番が無くて、哀愁を漂わせながらも逞しく自己主張をするアホ毛。
これは見なかったことにしよう。うん。もう突っ込むのもめんどくさい。



「……紫様、あの二人は本当に大丈夫でしょうかね?
 妖夢が日に日に壊れていっている様なのですが……」
「んー、ケセラセラ。ま、なるようになるわよ」
「そんなものですか?」
「世の中なんてそんなものよ」



お茶を飲み干し、しみじみと吐息を一つ。
今日も平和だなぁ。
どもぬるたです。


最初に思い浮かんだのがレティvs白リリー
……何でここまで変わるのか自分でも理解不能。
ま、いいか。



最後まで読んでくださった読者様、前作にコメント・点数・指摘してくださった読者様に感謝の言葉を。
本当にありがとうございました。



※8・10 少しだけ修正
ぬるた
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コメント



0.2210簡易評価
1.80欠片の屑削除
ゆゆ様…だからあれ程レンタルタンクに手を出しちゃ駄目だって言ったのに!
とりあえず、合掌。
2.80丸々削除
ああ、私もここまで壊れた話を書いてみたいものです
3.90名前が無い程度の能力削除
テラカオス(褒め言葉
5.80名前が無い程度の能力削除
アホほど笑わされたので負け。
6.80名前ガの兎削除
MMネタのせいで
ゆゆ・ブロイラーだの、ゆかり・マッスルだの思いついたのは俺だけでいい。
9.90名前が無い程度の能力削除
真っ赤になって恥ずかしがってるパチェを微笑を浮かべながら見ている小悪魔を幻視しました

咲夜さんの反抗期も気になるなあ。
10.80名前が無い程度の能力削除
嘉門達夫にマジで受けた私
13.90名前が無い程度の能力削除
ひでぇwww
14.80幻想と空想の混ぜ人削除
ああ、今日も平和だ、ついでに原稿は真っ白だ……ウワァァァァァ
15.100名前が無い程度の能力削除
電車の中だったから、吹くのを抑えるのに必死だったwww
24.90名前が無い程度の能力削除
十二冊のネチョ本ってワイ○ドアームズですか?
ロケット花火で腹筋崩壊したww
29.60おやつ削除
紅魔館の主様は部下に恵まれているようでw
カリスマの元には人が集まるものなんでしょうかね。
頑張れゆゆ様。
31.100すっきー削除
暴走しそうになった
41.100名前が無い程度の能力削除
毎回ぬるたさんの作品にはわらわせて頂いてますwww
ってか最新のレスが去年だとっ!?
42.100名前が無い程度の能力削除
藍様最高
44.80名前が無い程度の能力削除
あ、歩いてお帰り!!(笑)
51.100名前が無い程度の能力削除
みょん・・・ ダースベイダー・・・
みょみょんみょんみょみょん! みょみょんみょんみょみょん!

しかし、元ネタが分かる言葉を見ると笑えるわ