~あらすじ~
幽々子がお茶菓子を大量に腐らせた。
イナバズが「おはようむ」を流行らそうとしだした。
妖夢が野菜ジュースを飲んだ。
ルナサは良い子。
永琳から悪ノリ臭。
輝夜どこいった。
~以下本編~
ルナサ箱をあっさりと打ち崩した結界組は、そのまま永遠亭内を突き進んでいる。
ルナサの鬱の音さえまともに食らわなければ、意外とそれ以外の仕掛けは大したことが無かった。
確かに、幽々子の訓練を受けたウサギが飛び出してきたりはするのだが……。
「うーん!! うーん!!」
「……何してんのよ?」
まるで学芸会のような愛らしい変装を施されたウサギは、薄まろうとして必死に気張っていたが無理だった。
逆に霊夢に威圧され、涙目で走り去っていく始末。
「なによ、子供だましじゃない……」
「手抜きかしら? あ、あそこの道なんてどうよ、何も仕掛けてなかったりして」
先ほどから、鈴仙の仕掛けたトラップが頻繁に発動しているのだが……。
トラップから飛んできた異物は霊夢に当たらずに素通りしてしまうし、紫に飛んでもスキマに潜ってかわされる。
結界組は繊細な動きにより、紙一重での回避を得意としている……この程度なんてことはない。
「何も仕掛けてない方が怖いんじゃないの? 和むし、このウサギ達」
一人とっ捕まえた霊夢は、嫌がり暴れるウサギの頭を乱暴に撫で回す。まったく怖がってなどいない。
「妖魔調伏を生業としてる巫女が、こんなのにびびってたら商売上がったりだわ」
ウサギを放してやると泣きながら走って逃げ、一定の距離を置いて『幽々子式怖いポーズ』をやったが、無意味だった。
「無事抜けられたら文句のひとつでもつけて、たかりまくってやりましょうよ、霊夢」
「そうね、これじゃただの散歩だわ」
――幽々子、この程度なの? 失望だわ、貴女には――
幽々子がこれに参加していることは公言されていたから、もちろん紫も知っていた。
それに、期待もしていたのだが……これは当てが外れた。丸くなったな、西行寺……。
未知の経路に侵入した二人への鈴仙トラップは、激しさを増しているのだが、こちらも効果がない。
紫は飛んできた矢を素手で掴んでしまうし、霊夢に至っては避けようともしない。そして、それでも当たらない。
「罠が少し激しくなってきたの」
「そう?」
「面白いじゃない、やはりこっちに来て正解だったわ」
「しかしこの罠、一般の人に当たったら大変よね……終わったら、輝夜のやつを懲らしめましょう」
「そうしましょう、そうしましょう。うふふふ」
話は徐々に物騒な方向へ……。
完全に精神的優位に立った二人に、もはや付け入る隙は無いのだろうか……。
「拍子抜けね……あーぁ、スキマ使って出ちゃおうかしら、もう」
そのとき、辺りに妙な気配が漂い始め……スキマを開きかけた紫の動きが止まった。
そして一瞬、目眩に似た感覚があって……意識がはっきりとしたとき、辺りの景色はがらりと変わっていた。
大地にはどこまでも砂地が続き、地平線から上は真っ暗……夜空が広がっていた。
遠くに、青く美しい星が見える……。
「あれ? 紫、ここどこかしら……砂ばかりで何も無いわ……」
「……ここは……」
「幻術かしら? 別に怖くないけど……」
しかし、霊夢が横に居る紫の顔を覗くと……明らかな動揺が感じ取れた。
額には脂汗がにじみ、前髪がピッタリと張り付いてしまっている。
『……どうやって来たのか知らないけれど、月へようこそ。歓迎するわ』
「月? 永琳……何その格好?」
何やら無機質な、黒光りする筒を肩に担いで……妙な格好をした永琳が、同じ格好をしたウサギ達を率いている。
不敵な表情の中に、妖しく、鋭く輝く眼がある。紫を見据えている。
「穢れた地上の妖怪ごときが月へ襲撃をかけるとは……永遠の民の、力と技術を思い知りなさい」
「う、う、う……」
「紫?」
「構え!!」
永琳の様子も違う、霊夢の言うことなどまるで耳に届いていないかのようにいきり立っている。
その腕を振り上げると、背後に控えていたウサギ達が、腋に構えた筒を紫へと向けた。
そして永琳が勇ましく叫びを上げる。
「普段は天才薬師永琳先生……けれど、今の私は月の平和を守る天才兵士、サルダート永琳よ!!」
「は?」
「いやぁぁぁぁぁぁ!?」
「え、紫? 紫ったら!! あぁっ!?」
永琳が振り上げた筒……それは月の銃。
かつて増長して月に攻め入った、紫を筆頭とする地上の妖怪に辛酸を舐めさせた武器である。
永琳自身は本来そんなものに頼る必要はないが、紫のトラウマを引き出すためのオブジェクトとして利用した。
先ほど伝令のウサギに話していたが、既に壊れていて弾は出ない。
直さないのは、技術も性能も古すぎて直す価値が無いから……使う意味もないし。
そして身に着けているのは当時の兵士達が着用していた古い軍服。
実際に永琳が戦場に立っていたかどうかは定かでないが、紫を恐怖させる意味では十分な効果を発揮する。
日傘を放り投げ、全力疾走で逃げ出す紫。もはや霊夢のことなど眼中にない。
置いていかれた霊夢は何がなんだかわからず、きょろきょろと辺りを見回した。
「ちょ、ちょっと永琳!! 興奮しすぎ……!?」
「月から出て行きなさい!!」
「いったーい!?」
壊れた銃で頭を強打された霊夢も、涙目で逃げ出した。
永琳は完全に役に入り込んでしまっている。
「こ、ここ、お化け屋敷じゃないの!?」
なんでサルダートが出てきたんだ。
そんな疑問を抱きながら逃げ続ける、永琳は紫の方を追ったようだ。
そして、いくらか冷静さを取り戻してから、改めて考えてみると……。
「なんで殴られたのかしら……」
そうだ、なんで殴られたんだ、よく考えたら理不尽だった。
普段の緩慢な動きからは想像もつかない俊足で遁走した紫も、それを同等の速度で追いかけるサルダート永琳も……。
既に霊夢の視界から消え去って、随分な時間が経ってしまったが……。
「そっちがそのつもりだったら、こっちも容赦しないわ!!」
袴に突き刺していたお払い棒を、まるで刀のように引き抜き、ぶんぶんと振り回す。
霊夢の目も本気になった。その眼光の恐ろしさはサルダート永琳にも引けを取らない。
「悪霊退散!!」
お払い棒を手に霊夢は走り出す。博麗の勘を信じて。
そうだ、きっとあれは外界の戦争で悲運の死を遂げた兵士の霊とかそういう設定だ。
むしろ、そういう設定にして無理矢理にでも浄化してやろう。
いや実はお化け屋敷の一部じゃなかったんだ。
うっかり、普通の霊が紛れ込んでしまったんだ。おっちょこちょいさんめ。
霊夢はそういうことにして、永琳をぼこぼこにすることに決めた。
どいつもこいつも悪ノリしすぎだった。
ようやく結界組の度胸を崩した永琳。
霊夢が『浄化』に向かっているとも知らず、紫の尻を追い掛け回している。
紫は、逃げながら昔のことを思い出す。
若さゆえの過ち、まだ精神的にも幼かった当時の自分……。
あれからしばらく、夜中一人でトイレに行けなくなった。
式をトイレの前に待たせて、
『勝手にどこかへ行ってはダメなの!!』
『はいはい』
といった、微笑ましいエピソードを作ってしまった……。
思い出すと頬が熱くなる、なんてみっともないんだ……自分は幻想郷が誇る、最強のスキマ妖怪だ。
(……そうよ、紫……)
恐怖でぼろぼろとこぼれる、涙。無意識にがちがちと鳴る、歯。
今こそ、威厳を保つために……忌々しい過去を清算すべきときなのではないか?
紫は立ち止まり……振り向こうとした。
その瞬間……。
ベチィィィィッ!!
何が起こったかわからなかった、首から変な音がした。
即頭部に何か、凄まじい速度で飛んできた何かが……。
薄れ行く意識の中で、最後に聞こえたのは『デッドボール!』という声。
ぶつかったものはこんにゃく、声の主は幽々子である。
紫が振り向こうとしたせいで、顔面ではなく即頭部に命中した幽々子のこんにゃく。
その速度は、そろそろ温まってきた幽々子の肩により、限りなく音速に迫っていた。
そんなものが直撃したのだから、いくら紫とてたまらない。
それほどの高速ならばこんにゃくも立派な凶器である。
「月からっ……!! あら?」
追いついた永琳は、床に突っ伏す紫を見て首を傾げた。
しかしすぐに、床に転がっているこんにゃくを見つけて状況を飲み込んだ。
「よくやったわ……幽々子」
「あ、あ、あ……!!」
「……ん?」
「さささ、サルダート永琳よぉぉぉぉぉぉっ!! 妖夢……妖夢ぅぅぅぅぅぅ!!」
「あ」
月面に来たのは何も紫だけではなかった、同行した幽々子もしっかりとお灸を据えられたのだ。
驚かす立場同士のはずがいつの間にか『永琳>幽々子』という構図ができあがっていた。
そうでなくても苦手な蓬莱人だというのに……すぐに幽々子も全力で逃げ出した。
「う、うーん……計算外だったわ……あのとき、あいつも来てたのね」
壁をすり抜けながら逃げていく幽々子。
あれだけ亡霊丸出しなら、何も『こんにゃくをぶつけて失神させる』なんてややこしいことせずとも、
いくらでも客を怖がらせられそうなものだが……。
(さて、霊夢はどうしようかしら……)
当然、月に来ていなかった霊夢はサルダート永琳など知ったこっちゃない。
今からお化けに変装するのもなんだか妙だし……ここは白玉楼の二人に任せるべきだろうが……。
幽々子はびびって逃げてしまったし、どうしたものか。
妖夢だけでなんとかなればいいが……。
そして、お化け屋敷入り口前は大騒ぎになっていた。
「お、おぉぉ……やったのね、誰だか知らないけど……」
「魚拓でも取ろうか鈴仙……魚じゃないけど……」
マッハこんにゃくの直撃によりリタイアした紫は、下っ端のウサギ達に担がれて非常出口から連れ出されていた。
そんな一部始終を、イナバズは息を飲みながら見守っている。
まさか、あの八雲紫がこんなに早くリタイアするとは……。
「こんな無防備な八雲紫初めて見るわ……!!」
てゐは興奮気味に地面をトストスと踏み鳴らしていた。
鈴仙も震えながら、微動だにしない紫をまじまじと観察している。
そう、誇って良い。
このスキマ妖怪・八雲紫を恐怖のどん底に突き落としたのは……他ならぬ、師、八意永琳なのだから。
でもイナバズはそんなこと知らないので、紫を突付いてみたり、閉じた目を無理矢理開いたりしていじっていた。
いきなり起きたら怖いからと思っているのだろうが、やることがせせこましい。
「ああ、何か、取り返しのつかないいたずらをしたいわ……!!」
「我慢しておきなさい、てゐ……!!」
こいつら、平和だった。
ウサギ達が正面で遊んでいる間にも、霊夢はズンズン突き進んでいる。
そのお化け屋敷達成率、既に60%を越え70%に迫りつつある。
「突き進めば、永琳が邪魔しに来るはずよ!!」
そんな霊夢の考えは間違っていないだろう。
だが、道もわからないのに迷わず進んでいるのはどういうことなのか。
簡単なことである、霊夢は勘を頼りに進んでいるだけ。
直感的に、そうすればゴールへ辿り着くことがわかっているのだ。
どんな異変のときだって同じだった、今回だけ上手く行かないなんてことはあるまい。
「……ん?」
永琳を懲らしめてやろうといきり立つ霊夢の前に、何やらしゃがみ込む者があった。
「あれ、幽々子?」
幽々子はしゃがみ込み、頭を抱えて震えていた。
確かお化け屋敷側の人間だし、こんな態度、不審極まりないのだが……どうも、演技にしては生々しい。
頭を抱え、震えながら『やばい、やばい』と、壊れたテープレコーダーのように繰り返している。
それに場所を考えても、驚かすには適していないような気がする。
普通の廊下……廊下に面した部屋はあるが、そこはお化け屋敷の一部ではないらしく、
『立ち入り禁止』と張り紙がしてあるし……他に隠れられるようなものもない。
霊夢はお払い棒で幽々子を突付いてみた。
「はっ!? 霊夢!!」
「な、なによ」
正気に幽々子はびくっと一回跳ね、霊夢の顔をじっくりと眺めている。
そして我に返ったように目を見開き、周囲の状況を確認した。
「よ、良かった……ここは月じゃないのね……私としたことが……はっ!?」
「ちょっとちょっと、何なのよさっきから……」
安心したような表情を見せたと思ったら、またすぐに固まる幽々子。
そして霊夢から少し距離を取ると、袖からこんにゃくを出し、投球モーションに入った。
「……?」
「食らいなさい!! 分身魔球!!」
「へ?」
『魔球』と言う言葉に嘘は無く、しっかりと玉こんにゃくだったが……そんなことどうでも良かった。
というか、袖に入れるな。
「それいっ!!」
「わ、ちょっ……!? なんなのよー!!」
幽々子は得意のまさかり投法から玉こんにゃくを投げつけた。
しかし……
「あぶなぁぁぁい!?」
ベチィィィィィッ!!
それに反応した霊夢はお払い棒を使った振り子打法で打ち返し、幽々子を返り討ちにした。
「ブッ!?」
「はぁ、はぁ……な、なんなのよ……」
幽々子の玉こんにゃくはちゃんと分身していたが、それだけだった。
絶好調の幽々子ならば霊夢を打ち取れたかもしれないが、サルダートにびびった直後の幽々子では無理だったのだ。
「ぴ、ピッチャー返しなんて……ガクッ!!」
「いちいち『ガクッ』って言うな、胡散臭い……もう」
実のところ幽々子は、少し前に幻想郷で流行したサッカーとやらが大好きだった。
しかし、あっという間に廃れて消えていったのが残念で、今度は野球とやらを流行らせようとした。
妖夢の見てないところで投げ込みをしたり……。
白玉楼の庭園をうさぎ跳びで一周してみたり……。
養成ギブス的なものを装着してみたり……。
野球が流行った際にはマウンドに立ち『エース』を名乗るはずだったのに……。
その夢も野望もすべて、今ここで潰えた。博麗の巫女の振り子打法によって……。
すごくどうでも良かった。
――西行寺幽々子(猫娘)リタイア。
外では、もう日が暮れ始めていた。
既に客もほとんどいない、少し残っているのは、霊夢がどうなるかを見届けようという連中だった。
そもそも、このお化け屋敷は攻略させることを前提に作っていない。
絶対に途中で脱落させるように作ったのだ。
そうでなきゃ、だだっ広い永遠亭を会場にするなど馬鹿馬鹿しくてやっていられない。
もうやる気も無いイナバズは、客が居る前なのに、受け付けで思いっきり弁当を食っていた。
「ちょっと! このお弁当、にんじんが入ってないじゃん!!」
「なら畑で引っこ抜いてきたら良いじゃないの……そんな遠くないんだし」
「お弁当に入ってるのが良いの!!」
にんじんの不備に喚き散らすてゐだったが、鈴仙が、
『すごくつまらないものを見たような顔』
でそっぽを向いたのに気付き、我に返った。
恥ずかしくて思わず赤面した。
確実に飽きてきていた。
「もう少し真面目にやれよ、なぁアリス……やられ損だぜ、これじゃ」
「まったくよ。こっちは鼻が曲がる思いだったのに。物理的に」
顔面に豪速こんにゃくが直撃したアリスの鼻は赤くなっていた。
ちょっと可愛い。
しかしそれに対し、イナバズは真っ赤な顔をして言い返す。
「脱落者が、がたがた言うんじゃないわよ!!」
「そうよそうよ!! 負け犬!!」
「なんだと!?」
「落ち着いて魔理沙!!」
突付かれると全力で反撃するイナバズだった。
閉鎖的な環境で暮らしているせいか、永遠亭のウサギ達は結構人見知りが激しいのかもしれない。
「見苦しいですわね、お嬢様」
「さくやぁ、鼻がニンニク臭くて死にそうだわ……」
「お嬢様……」
「お、おえっ!!」
「お嬢様、我慢してくださいまし……」
レミリアは顔面にニンニク臭が染み付いて真っ青だった。
吸血鬼がニンニクに弱いと言うのは本当らしい……が、くさい臭いが顔に染み付けば、何でもこうなる気はする。
咲夜は、苦しそうにえづくレミリアの背をそっと撫でてやることしかできなかった。
(……霊夢、私達の仇を……)
その時、イナバズの手元にあった奇妙な機材が突如赤く発光し、けたたましく鳴り始めた。
その場にいた全員が思わず腰を上げ、焦るイナバズの様子を伺う。
「あ、ああ……霊夢の奴、達成率80%を突破したわ!!」
「てゐ! 師匠の……『永琳生存ランプ』を見て!!」
「き、消えた!? 霊夢にやられたって言うの!?」
なんだその便利ランプ。
そんなもん持ってるくせに、伝令はアナログで行ってるのか。
それほどの技術力があるなら通信機ぐらい持ってても良さそうなものだが。せめてモールス。
まぁ、その辺が多分『幻想』的なのだろう。無理矢理な解釈だが。
「おい、また点いたぜ! 永琳生存ランプ!!」
覗きに来た魔理沙は面白がっている。魔理沙の腕を抱きながら、アリスも後ろから見守っていた。
確かに永琳生存ランプは一度消えた後、再び点灯した。
「あれ? 壊れたのかな」
「うーん……これ、師匠が設計したやつだからなぁ」
永琳から出る何かしら固有の、オーラとかフェロモンを感知して光るのだろうか。
あまり考えない方が良さそうだ。
「あれ、また消えた」
「壊れてるのかなぁ?」
だとすれば、霊夢の進行を表示する『82%』という数値も当てにならないのではないか?
そして永琳生存ランプは、その後も点いたり消えたりを繰り返した。
「なんだ、大して面白く無いカラクリだな。壊れてるんじゃないか? まあいいや、行こうぜアリス」
「……ん?」
「どうしたアリス?」
「待って、魔理沙……」
アリスは青ざめていた、魔理沙とイナバズは生存ランプにばかり気を取られていたようだが……。
見ていたのだ。生存ランプが一度消え、再度点いた直後に……霊夢の達成度がわずかに上下するのを。
「……あの、一つ聞いて良いかしら」
「何よ?」
ただならないアリスの表情に、鈴仙も表情を歪める。
「これ『生存』ランプよね?」
「うん」
「永琳って、不老不死でしょ?」
「そうよ? 今更何言って……はぁっ!?」
「うん、だから死んだり生き返ったり繰り返してるんじゃ……」
「し、ししょぉーーーー!?」
霊夢の達成度がリザレクション直後に上下するのは、
蘇生した永琳の移動に対して、追跡なり、逃走なりの行動を取っているからだろう。
そう、永琳は死ぬことまで覚悟してこの装置を作ったのだ。
蓬莱人だからって体張りすぎである。
「し、師匠……」
「お師匠様……」
イナバズは涙した。
そこまで体を張ってこのイベントを成功させようとしていた、永琳の覚悟と心意気に。
霊夢は蓬莱人相手だと容赦が無い。
永夜異変の後の妹紅肝試しでは、実際に妹紅を何度も殺そうとしている。
その辺を匙加減一つに調整できてしまうことが、霊夢の強大な戦闘力を思い知らせる。
誰もが『博麗・地獄の再教育キャンプ』を思い浮かべて震え上がった。
しかし、実際はそうではなかった。
永琳とて、ただやられたわけではなかったのだ。
巫女服の袖は両方とも落ち、腋どころか腕も丸出し。
それ以外はあまり負傷してなかった。永琳意外と、そうでもなかった。
「はぁ、はぁ……し、しぶとかったわね……」
「……」
なんとかリザレクションした永琳だったが、お払い棒が痛すぎて、もう立ちたくなかった。
ぼろぼろの軍服を着たままぐったりと壁にもたれかかり、小さく胸を上下させている。
「行きなさい……」
何度も思った『スペルカード戦しようよ……』と。
なんでお払い棒と壊れた銃でチャンバラしなきゃいけないのだ、と。
しかもお払い棒痛すぎ。
何でできてるんだあれ。
見ろ……月から持ってきた貴重な銃もバラバラになって、もはやガラクタでしかない。
金属に打ち勝つ木材って何だ。いやむしろ、並の金属では歯が立たない何か……
スペースチタニウムやら、マグナムスチールやら、そんな胡散臭い名前の物質でできたお払い棒に……
……『木目シール』貼ったんじゃなかろうか。
そんな邪推さえ浮かんでくる、異常な硬度だった。
そして月の頭脳がそんなどうでもいいことを考えている最中、霊夢が呟く。
「行って良いの? 終わっちゃうわよ、お化け屋敷」
「行きなさい……私を倒した貴女には、その権利がある……」
しかし実は『いやもう痛いからいいって、さっさと行ってよ』と思っていた。
脱出のご褒美なんて所詮、もちとかウサミミとかウサ尻尾だし、そんなもの欲しければいくらでもくれてやる。
それで落胆した霊夢にまたシバかれるとしたら嫌だが……今が大事、今が痛くなければもう良い。
霊夢は神妙な面持ちの永琳を最後にチラリと見る。
――気高いのね――
背後から襲い掛かろうなんて意思は微塵も見受けられない。
それもそのはず、永琳の心は既に折れている。ボッキボキだ。
そうとも知らず、霊夢はそっと、その場を去ろうとした。
しかし、
「あんのやろーっ!! ぶちころせーっ!!」
やたらと口の悪いウサギが仲間を率いて霊夢に襲いかかろうとした。
言葉遣いは悪いが、鼻にかかった甘い声なのでどこか情けなかった。
霊夢が無表情でお払い棒を構えたのを見て、永琳は慌てて飛び出し……ウサギ達を阻止した。
「ま、待ちなさい!! あなた達、何をする気っ!? この……イナバーッ!!」
「永琳……?」
永琳は『頼むからこれ以上刺激しないでくれ』と思ってやっているのだが……。
霊夢は……敗北を認めて潔く道を空ける、そんな永琳にこの上ない気高さを感じた。
「永琳様……いや八意永琳、血迷ったわね!! これだから月の民なんか信用できないのよ!!」
「私達の首領はてゐ様だけだわ!! 鈴仙も胡散臭いのよ!! 付け耳だろアレ!!」
「そうだそうだ!! 寝る前に外してるの見たぞ!!」
それは大事件だ。
しかし永琳もひるまない。
よろけながらも、バラバラになった銃の破片を手にウサギ達を食い止める。
「やめておきなさい!! あなた達じゃ霊夢になんか敵うわけないし!!」
そのままもみ合い……終わる頃には頭がたんこぶだらけになったウサギ達と、同様の姿で倒れる永琳がいた。
自慢のぶっとい三つ編みも解け、無残に貧乏パーマをさらして、倒れていた。
呆然と眺めていた霊夢だったが……去り際に、永琳の前に立つ。
「永琳……」
霊夢が無意識のうちにとっていたのは「敬礼」の姿であった。
誇り高き戦士(サルダート)に……。
ものすごい誤解だった。
――八意永琳(兵士の亡霊?)リタイア。
――そして霊夢は走り出す。
「85%……86%……」
「ま、まずいわよ鈴仙!! このままじゃ……!!」
「行け! 行け霊夢!! こいつらにほえ面かかせてやってくれー!!」
どんなトラップが発動しようと、もはや意に介さない。
「87%……88%……!!」
「うわぁぁぁぁん!! お師匠さまぁー!!」
風を切り、薄暗い永遠亭を駆け抜ける。
「89%……90%……て、てゐ、こうなれば私達が……」
「おい!! お化け屋敷なのに力ずくで止める気かよ!! 汚いぞ永遠亭!!」
「そうよそうよ魔理沙! もっと言ってやって!!」
「へへっ」
「くっ……!! イラッとする……!!」
霊夢を襲うトラップはどんどん激しさを増す。
しかし、どれも霊夢の進行を妨げることはできない。
「91%……92%……これじゃ、最後の罠も、多分……」
「うえぇぇぇん……」
「顔が! 顔がニンニク臭いわ咲夜ァッ!!」
「お嬢様、落ち着いてくださいまし!!」
93%、94%……そして、95%に差し掛かろうとしたときだった。
「おーっ!!」
「……なに?」
何やら、怖がらせようという意思を感じる声が霊夢の耳に届いた。
それは本来高い声質なのだろうが、それにもめげずに一生懸命、腹から響かせている。
しかし今の霊夢に恐れるものなど何も無い、勇者、サルダート永琳にとっておきの敗北をプレゼントするのだ。
言い訳などできないほど、完全に、完膚なきまでに叩きのめすのが……霊夢の誠意なのだ。
霊夢は毅然として、声の方に向き直った。
そして勇ましく叫ぶ。
「何よ……何だって言うのよ、もう何も怖くな……って怖ァァァァァァッ!!」
「おーっ!!」
「ひぃぃぃぃぃ!?」
流石の霊夢も震え上がった鬼面武者・妖夢……永遠亭最後の砦。
ギリギリに出てきて美味しいところを掻っ攫う、値千金の逆転ホームランである。
「いやぁぁぁぁ!! こっちくるなぁぁぁぁ!!」
「お、おーっ……」
普段取り乱すことのほとんど無い霊夢が、泣いて、逃げながらお札やら陰陽玉やらを乱暴に投げつけてくる。
幸い、A・臭太郎の甲冑がそれらから身を守ってくれるのだが……。
(そんな怖いのか……)
霊夢が怖がるなんて、事だ。
自分はそんな怖いものになってなっていたのか、妖夢は悲しかった。
「おー……」
「ぎゃああああああ!!」
霊夢の叫び声も段々鬼気迫ってきた。
女の子がそんな声出しちゃだめだよ、と思う妖夢だが、今の自分の格好……女の子……?
そう思うと複雑だった。
(霊夢の泣き顔ってあんななんだー)
どうでも良くなってきた。
役割、果たしてるし。
そして外の光が見え始めた頃、ゴトン、と一つ音がした。
「え、えっく……うぁぁぁぁぁぁん!! 怖かったよぉぉぉぉ!!」
「なんだこれ……ちょっと良いぜ、この霊夢」
「何言ってるのよ! 魔理沙!!」
「へへ、冗談だって、怒るなよアリス……ウグッ!?」
出口から出てくるなり、霊夢が大泣きし始めて……。
驚きつつ、皆そんな霊夢を慰めていた……イナバズ以外。
イラッとしたてゐはついに魔理沙に手を出してしまいつつも……
脱出されて負けと見るか、泣かせて勝ちと見るか、判断に困っていた。
横では鈴仙も腕組みをして、眉間にしわを寄せて唸っている。
「いたた……なぁ霊夢、可愛いじゃないか。何がそんなに怖かったんだ、言ってみろ、ん?」
嫉妬するアリスをよそに、グーで殴られた頬を撫でつつ、霊夢の肩を抱く魔理沙。
「よ、鎧武者が!! 鎧武者が……すごく足の速い鎧武者が……!!」
「鎧武者……う、うぁぁぁぁぁん!!」
同様の被害に遭った魔理沙も、霊夢の横に並んで『思い出し泣き』し始めた。
本当に、本当に怖いんだ、あれは。キャメルクラッチも、死ぬかと思った。
「……試合に負けて、勝負に勝った感じかしら……」
「あ、師匠……私達、勝ったんでしょうか?」
非常出口から出現した永琳は、うっすら笑いながらイナバズの前に立ち、霊夢と魔理沙を見下ろした。
そしてイナバズを振り返り、問う。
「なら、敗北感でもあるの?」
「いえ、スカッとしましたけど……」
「だったら勝ちよ、きっと」
永琳は小さく笑って、鈴仙とてゐの頭を撫でた。
しかし、リザレクションしすぎて滅茶苦茶筋肉痛だった。
動きが硬いので、ロボットに頭を撫でられているような感覚があった。
こうして永遠亭と白玉楼の合同企画『永玉怖い亭』は幕を閉じた。
最も危険だと思われていた結界組……紫は普通に撃破したし、霊夢は泣きまくっていたのでドローということに。
しかし、総合的に見ればあそこまで霊夢を怖がらせたのだから、お化け屋敷としては勝利と言えそうだ。
お化け屋敷を名乗るなら突破ぐらいさせろ、と言ってはいけない。
数日後。
永玉怖い亭の成功を祝して永遠亭で祝勝会が行われた。
幽々子、輝夜、永琳、鈴仙、てゐ……その他下っ端のウサギ達。
その前に立ち並ぶ豪華料理の数々……その中には、もちも混ざっていた。
月の兎、鈴仙・U・イナバがついたもちなのだろう。
蛇足だがこんにゃくを使った料理もあった、ああいうのはスタッフがおいしくいただかねばならないのだ。
そしてプリズムリバー三姉妹による演奏をバックに、祝勝会は大盛り上がりだった。
今回は主役どころを妹のメルランに譲り……場の空気を尊重するルナサの顔にも穏やかな笑顔が浮かんでいる。
「これが月の兎がついたおもちなのね……」
きなこもち、磯辺焼き、おしるこ……真夏だというのに、やたらともちが並んでいた。
眼を輝かせる幽々子を見て、輝夜を初めとした永遠亭の面々も満足そうである。
「たっ……食べて良いの!?」
「良いわよ、約束していたし。それ以外にもいろいろと報酬はあるわ」
ここしばらく、まともなもちを食べていなかった。
食べるたびに喉に詰まる魂魄もちばかりだった……。
「魂魄もち……あれ?」
「貴女達がいなければ上手く行かなかったわ、きっと……ん? 貴女『達』?」
その瞬間、皆が思った。
『妖夢いなくない?』
と。
「よっ、妖夢ぅぅぅぅ!?」
霊夢をやっつけたことが衝撃的過ぎて、皆忘れていたが……。
よく考えてみたら、霊夢にトドメを刺したのだって妖夢である。
それだけの功労者を忘れ、祝勝会を開くとは……。
とりあえず幽々子は、冷静にきなこもちを一個食べてみた。
「ま、まろいわ!! 流石は月のテクノロジー!!」
うまかったらしい。
そして、くちゃくちゃと咀嚼しながら、再び取り乱し始めた。
「妖夢……妖夢ぅっ!!」
今度は、落ち着いて磯辺焼きを口に放り込んでみた。
程よいノビ、まろやかな舌触り、香ばしい海苔の香り……幽々子の表情が恍惚となった。
「まろいわっ!! こ、これが月の兎のおもち……!! よ、妖夢ぅぅぅぅ!!」
食べるのか取り乱すのかどっちかにしろ。
そんな幽々子を落ち着かせようと近づいたのは、永遠亭の当主、蓬莱山輝夜だった。
輝夜は、おろおろと右往左往している幽々子の肩を掴み、一言呟いた。
「それ、私がついた」
「……」
「あんた達がお化け屋敷で盛り上がってる最中に」
悲しい現実がそこにはあった。
なんか出てこないと思ったら、下っ端ウサギ以下のそんな地味な作業をしていたのか。
それにしても、輝夜ももちつきの名手だったのかもしれない。あるいは永遠の民の基本技能なのか。
あと、月の兎がついたもちじゃなかった。
なのにすっごい喜んでしまって幽々子は恥ずかしかった。
思い込みの力は恐ろしい。
そして幽々子は『願わくば、桜の下にて云々』と詠い始めた。
儚い現実を悟ったらしい、蓬莱山もちで。
輝夜と幽々子が変なやりとりをしている横で、永琳とイナバズは慌てている。
「ウドンゲ、どういうこと……魂魄妖夢はどこへ?」
「ど、どうして私に聞くんですか?」
「だって、あのときの霊夢の口ぶりを考えるに……最後に霊夢をやっつけたのは妖夢でしょう?」
「そうかもしれませんけど……」
「霊夢を追いかけてる最中に貴女の仕掛けた罠に引っかかったとか、考えられない?」
「あ……」
どんな罠を仕掛けるかについては、永琳がノータッチな部分もあった。
『これをここに仕掛けろ』と明確に指示した部分も確かにあるのだが、流石に全域の罠を仕切る余裕はなかった。
鈴仙の任意で罠を仕掛けた箇所も、けして少なくはない。
「えと、師匠が霊夢と戦っていた時点で達成度80%強だったから……」
その先に鈴仙が仕掛けた最後の罠……そうだ、とっておきの罠があった。
鈴仙はぱたぱたと走っていき……永遠亭の見取り図の描かれた模造紙を持ってきた。
そしてそれを皆の前で開き、出口手前のある部分を指差す。
「こ、ここに落とし穴……」
「落とし穴……」
鈴仙の指差した先を永琳が見下ろすと、そこには『めっちゃ深い落とし穴』と、鈴仙の字で書いてあった。
鈴仙は目にじわりと涙を浮かべ、わなわなと震えながら……助けでも求めるように永琳を見つめ、叫ぶ。
「し、ししょぉぉぉぉ!! どうしよぉぉぉぉ!?」
「落ち着いてウドンゲ!! まだ生きているわ! きっと!!」
永琳はどこかからかロープを担いできて、腕を振り上げて鈴仙とてゐを先導する。
急がなければ……妖夢は、死には至らずとも相当衰弱していることだろう。
一番の功労者にそんな仕打ちをしてしまったなんて……あまりの罪悪感から、永琳及びイナバズは涙を流す。
涙を流しながら、妖夢が落ちているとおぼしき穴へ、まっしぐらに駆けていく。
三人が辿り着いた落とし穴の中には、やはり妖夢が居た。
けれども、それほど衰弱している様子は無かった。少しすねていたが、助けが来たとわかると素直についてきた。
穴から脱出できなかったのは足を挫いてしまったかららしく、ひょこひょこと歩く妖夢に、鈴仙が肩を貸してやった。
『あんたがいなかったら、負けていたわ』
なんて、鈴仙がおだててやると、かすかに照れ笑いを見せたりもした。
どうにも釈然としないが、妖夢も無事だったし……多少足取りがおぼつかないぐらいで、おかしなところもない。
永琳の手によって挫いた足に薬が塗られ、包帯で固定され……そのまま妖夢も祝勝会に参加することになった。
もちろん鬼面と甲冑は脱がせ、風呂にも入らせた。
そして風呂から上がった妖夢。
A臭太郎はどこへやら、つるつると頬が輝き、ストイックに石鹸の香りが漂う。
そんな健康的で可愛らしい妖夢の姿に、見る者は皆、無意識のうちに笑顔を浮かべていた。
しかし、一人だけ納得行かない様子の者が居た。
――なんか半霊小さくなってない?――
幽々子は毎日のように妖夢に会っているから、その微妙な変化に気付いた。
妖夢の側でぷかぷかと浮かぶシンボルマークの半霊が、なんだか小さいように見える。
以前は妖夢の頭と同じぐらいのサイズだったと思うが……今の半霊は握り拳大、明らかにおかしい。
「はぁ……もう、お腹すいた……」
「月の兎がついたやつじゃないけど、腹持ちの良いおもちもあるわよ」
「他のご馳走も、好きなだけお食べ」
「うん」
申し訳ないと思っているのか、妙に態度の優しい永琳とイナバズの声を受け、妖夢は食卓の上を眺め始めた。
そして少し考えた後、きなこもちを手に取った。
「これ、全部もらっていい?」
「あら……欲張りね、うふふ。ええ良いわよ、私達はいくらでも食べられるしね」
「任せて永琳、もちつきの極意は心得てるよ」
「そう、それじゃもらって行くわ」
「え?」
大量のきなこもちの載った皿を手に、妖夢は廊下に向かって歩き始めた。
どう考えても不審な挙動……食べたければこの場で食べれば良いのに。
しかし妖夢はそれについての説明はいっさいせず、そのまま廊下へと消えていった。
「ん、んー?」
「何かしら……」
誰もが妖夢の奇行を訝しんだ、一体、あの大量のきなこもちをどうしようと言うのか……。
取られるのが嫌で持っていったとか、そんな低次元な話ではあるまい。
何か重要な、重要なことを忘れているのではあるまいか。
その答えはすぐにわかった。
(……半霊黄ばんでる)
(めっちゃ黄ばんでる……)
(きなこもちと融合した……)
戻ってきた妖夢はそ知らぬ顔で磯辺焼きを頬張っている。
皆の視線を、毅然として受け流していた。
その口に咥えられた蓬莱山もちが、みょーんとのびた。
「なんですか?」
「い、いや、なんでも……」
突然起きた不気味な現象……久々に会った妖夢の半霊はしぼみ、きなこもちと融合し、元のサイズに戻った。
――そして……黄ばんだ。
(幽々子、どういうことなの? 貴女ならわかるんじゃないの?)
(し、知らないわよ……こんなの初めてよ……!)
妖夢は無表情でもっちゃもっちゃともちを咀嚼している。
一人でもりもり食べ続ける妖夢を、皆遠目に眺め、囁き合っていた。
とりあえずわかったのは……怒ってないようで、妖夢、滅茶苦茶怒ってた。
(もしかして……)
(お師匠様、どうしたんですか?)
(半霊って……)
永琳が打ち立てた一つの過程を耳にして、皆青ざめ、ぶるぶると震え始めた。
『半霊を食べて、凌いでいたんじゃ……』
確かに見た目もちに似てなくもないが、だからって……。
……しかし、そう考えると辻褄が合う。
あれだけ放置されてそれほど衰弱していなかったのも、半霊が小さくなっていたのも、
きなこもちと融合し、黄ばんだのも……。
――こ、怖い……――
それ以上言及することもできず、そのまま皆が妖夢に怯えたまま、祝勝会は終了した。
結局真相は謎のまま、勝利の余韻に浸ることすらできずに。
コトッ……。
「ふぅ……」
幽々子は久々につけた日記に、永玉怖い亭での出来事を書き記していた。
それも今ようやく終わり……筆を置き、誰に見せるでもないが、誤字脱字が無いか流し読みしてみた。
妖夢の手により悪臭の消え去った自分の部屋。
あれ以来引き出しに茶菓子を隠すのもきっぱりとやめた。
今二段目の引き出しには、永玉怖い亭でもらってきた思い出達……
ウサミミ、ネコミミ、ウサ尻尾、ネコ尻尾が収められている。
鬼面と甲冑は気持ちが悪いので返してきた。臭いし。
そしてウサミミを手に取り……装着して、縁側へ歩いた。
縁側から夏の空を見上げると、美しい月が闇夜を照らしている。
冥界とはいえ、月は美しい。
(結局なんだったのかしら……)
あれからも妖夢は何も話してくれない。
態度は今までとそう変わりなかったが、たまに幽々子と目が合ったときに、半霊を撫でてニヤリと笑う。
それがたまらなく不気味で、何度も悪夢を見た。
夢の中の自分は妖夢の半霊で……その先は、言うまでも無かろう。
たまにそのままいやらしい夢に派生したりもする。
そしてそっちを先に思い出した幽々子は、ぽっ、と頬を赤らめた。
『おっといけない』とばかりに首をぶるぶる横に振る幽々子の元に、噂の妖夢がお盆を抱えてやってきた。
「遅くまでご苦労様です。そろそろおやすみになってはいかがです?」
「あら妖夢……それ、お夜食?」
「ええ、お腹一杯になると眠くなりますから」
「乱暴な手段ねぇ……どれどれ……ひぃっ!?」
妖夢が持ってきたのはあんころもち……だけならば、そこまで驚かなかった。
半霊が黒く染まっている……まさか、あんころもちとも融合を……? 定期的に補充してやらないといけないのか?
「い、いいわ妖夢、お腹いっぱいよ……っていうかもう、しばらくおもちは見たくないわ。ウップ!!」
「大丈夫ですか? 幽々子様……ウフフフ」
「はぁ、はぁ……も、もう寝るわ……お、おえっ!!」
幽々子はふらふらと部屋に戻り、自分で布団を敷いて……ウサミミを装着したまま布団に包まった。
そしてその夜も怖い夢を見た。
妖夢が不気味に微笑みながら、ぐるぐる巻きに縛った幽々子の顔にあんこを塗りたくり……
……までは怖かったが、その後いやらしい夢になった。
妖夢が自分の半霊を食べていたという事実は、何の害も及ぼさないが、それだけで十分に恐怖の事実だった。
本当に恐ろしいものは、日常の中にそっと息を潜めているものである。
おばけや怪物は、必ずしもその具現ではない。
お化け屋敷など、所詮遊びにすぎないのだ、ということを幽々子は痛感するのだった。
亡霊がそんなこと考えて良いものかどうなのかは、よくわからないが。
妖夢は、寝てしまった幽々子の部屋の襖を閉め、ため息をついてからあんころもちを一つ頬張った。
(脅かしすぎたかな?)
そしてくすっと笑う。
今の半霊は、ちょっと墨で黒く塗ってみただけである。
半霊のサイズはある程度自由も利く、特に意識しなければ頭と同じぐらいのサイズ、それが標準。
力んでみればかなりしぼむ。それこそ、握りこぶし大ぐらいまでならなんとか可能だ。
きなこもちは、きなこだけ失敬して半霊にまぶし、余った分は頑張って食べたり、こっそり隠して持ち帰ったりした。
(お腹は空くし、喉は渇くし……暗いし、心細かったんですから)
穴の中では特殊な呼吸法を用い、体力の消耗を最小限に抑えていた。
そして『もう忘れないでくださいね』と心の中で呟いて、妖夢はあんころもちを片付けに行った。
半霊の色も洗い落とさねばならない……。
その後『妖夢が半霊を食べる』『半霊はもちと融合する』という噂がすごい勢いで広がった。
それについて妖夢は必死に弁明したが、誰も信じてくれなかった。
言うまでもなくその噂を広めたのは幽々子だった。
めんどくさいのでそのままの設定をしばらく貫くことにした。
妖夢は『余計なことするんじゃなかった』と後悔した。
そして、永遠亭から持ち帰ったきなこもちを、そっと幽々子の机の引き出しに隠した。
蒸し暑いこの真夏、素敵にカビてくれることだろう。
多分、片付けるのは妖夢の役目だが。
~続かない~
幽々子がお茶菓子を大量に腐らせた。
イナバズが「おはようむ」を流行らそうとしだした。
妖夢が野菜ジュースを飲んだ。
ルナサは良い子。
永琳から悪ノリ臭。
輝夜どこいった。
~以下本編~
ルナサ箱をあっさりと打ち崩した結界組は、そのまま永遠亭内を突き進んでいる。
ルナサの鬱の音さえまともに食らわなければ、意外とそれ以外の仕掛けは大したことが無かった。
確かに、幽々子の訓練を受けたウサギが飛び出してきたりはするのだが……。
「うーん!! うーん!!」
「……何してんのよ?」
まるで学芸会のような愛らしい変装を施されたウサギは、薄まろうとして必死に気張っていたが無理だった。
逆に霊夢に威圧され、涙目で走り去っていく始末。
「なによ、子供だましじゃない……」
「手抜きかしら? あ、あそこの道なんてどうよ、何も仕掛けてなかったりして」
先ほどから、鈴仙の仕掛けたトラップが頻繁に発動しているのだが……。
トラップから飛んできた異物は霊夢に当たらずに素通りしてしまうし、紫に飛んでもスキマに潜ってかわされる。
結界組は繊細な動きにより、紙一重での回避を得意としている……この程度なんてことはない。
「何も仕掛けてない方が怖いんじゃないの? 和むし、このウサギ達」
一人とっ捕まえた霊夢は、嫌がり暴れるウサギの頭を乱暴に撫で回す。まったく怖がってなどいない。
「妖魔調伏を生業としてる巫女が、こんなのにびびってたら商売上がったりだわ」
ウサギを放してやると泣きながら走って逃げ、一定の距離を置いて『幽々子式怖いポーズ』をやったが、無意味だった。
「無事抜けられたら文句のひとつでもつけて、たかりまくってやりましょうよ、霊夢」
「そうね、これじゃただの散歩だわ」
――幽々子、この程度なの? 失望だわ、貴女には――
幽々子がこれに参加していることは公言されていたから、もちろん紫も知っていた。
それに、期待もしていたのだが……これは当てが外れた。丸くなったな、西行寺……。
未知の経路に侵入した二人への鈴仙トラップは、激しさを増しているのだが、こちらも効果がない。
紫は飛んできた矢を素手で掴んでしまうし、霊夢に至っては避けようともしない。そして、それでも当たらない。
「罠が少し激しくなってきたの」
「そう?」
「面白いじゃない、やはりこっちに来て正解だったわ」
「しかしこの罠、一般の人に当たったら大変よね……終わったら、輝夜のやつを懲らしめましょう」
「そうしましょう、そうしましょう。うふふふ」
話は徐々に物騒な方向へ……。
完全に精神的優位に立った二人に、もはや付け入る隙は無いのだろうか……。
「拍子抜けね……あーぁ、スキマ使って出ちゃおうかしら、もう」
そのとき、辺りに妙な気配が漂い始め……スキマを開きかけた紫の動きが止まった。
そして一瞬、目眩に似た感覚があって……意識がはっきりとしたとき、辺りの景色はがらりと変わっていた。
大地にはどこまでも砂地が続き、地平線から上は真っ暗……夜空が広がっていた。
遠くに、青く美しい星が見える……。
「あれ? 紫、ここどこかしら……砂ばかりで何も無いわ……」
「……ここは……」
「幻術かしら? 別に怖くないけど……」
しかし、霊夢が横に居る紫の顔を覗くと……明らかな動揺が感じ取れた。
額には脂汗がにじみ、前髪がピッタリと張り付いてしまっている。
『……どうやって来たのか知らないけれど、月へようこそ。歓迎するわ』
「月? 永琳……何その格好?」
何やら無機質な、黒光りする筒を肩に担いで……妙な格好をした永琳が、同じ格好をしたウサギ達を率いている。
不敵な表情の中に、妖しく、鋭く輝く眼がある。紫を見据えている。
「穢れた地上の妖怪ごときが月へ襲撃をかけるとは……永遠の民の、力と技術を思い知りなさい」
「う、う、う……」
「紫?」
「構え!!」
永琳の様子も違う、霊夢の言うことなどまるで耳に届いていないかのようにいきり立っている。
その腕を振り上げると、背後に控えていたウサギ達が、腋に構えた筒を紫へと向けた。
そして永琳が勇ましく叫びを上げる。
「普段は天才薬師永琳先生……けれど、今の私は月の平和を守る天才兵士、サルダート永琳よ!!」
「は?」
「いやぁぁぁぁぁぁ!?」
「え、紫? 紫ったら!! あぁっ!?」
永琳が振り上げた筒……それは月の銃。
かつて増長して月に攻め入った、紫を筆頭とする地上の妖怪に辛酸を舐めさせた武器である。
永琳自身は本来そんなものに頼る必要はないが、紫のトラウマを引き出すためのオブジェクトとして利用した。
先ほど伝令のウサギに話していたが、既に壊れていて弾は出ない。
直さないのは、技術も性能も古すぎて直す価値が無いから……使う意味もないし。
そして身に着けているのは当時の兵士達が着用していた古い軍服。
実際に永琳が戦場に立っていたかどうかは定かでないが、紫を恐怖させる意味では十分な効果を発揮する。
日傘を放り投げ、全力疾走で逃げ出す紫。もはや霊夢のことなど眼中にない。
置いていかれた霊夢は何がなんだかわからず、きょろきょろと辺りを見回した。
「ちょ、ちょっと永琳!! 興奮しすぎ……!?」
「月から出て行きなさい!!」
「いったーい!?」
壊れた銃で頭を強打された霊夢も、涙目で逃げ出した。
永琳は完全に役に入り込んでしまっている。
「こ、ここ、お化け屋敷じゃないの!?」
なんでサルダートが出てきたんだ。
そんな疑問を抱きながら逃げ続ける、永琳は紫の方を追ったようだ。
そして、いくらか冷静さを取り戻してから、改めて考えてみると……。
「なんで殴られたのかしら……」
そうだ、なんで殴られたんだ、よく考えたら理不尽だった。
普段の緩慢な動きからは想像もつかない俊足で遁走した紫も、それを同等の速度で追いかけるサルダート永琳も……。
既に霊夢の視界から消え去って、随分な時間が経ってしまったが……。
「そっちがそのつもりだったら、こっちも容赦しないわ!!」
袴に突き刺していたお払い棒を、まるで刀のように引き抜き、ぶんぶんと振り回す。
霊夢の目も本気になった。その眼光の恐ろしさはサルダート永琳にも引けを取らない。
「悪霊退散!!」
お払い棒を手に霊夢は走り出す。博麗の勘を信じて。
そうだ、きっとあれは外界の戦争で悲運の死を遂げた兵士の霊とかそういう設定だ。
むしろ、そういう設定にして無理矢理にでも浄化してやろう。
いや実はお化け屋敷の一部じゃなかったんだ。
うっかり、普通の霊が紛れ込んでしまったんだ。おっちょこちょいさんめ。
霊夢はそういうことにして、永琳をぼこぼこにすることに決めた。
どいつもこいつも悪ノリしすぎだった。
ようやく結界組の度胸を崩した永琳。
霊夢が『浄化』に向かっているとも知らず、紫の尻を追い掛け回している。
紫は、逃げながら昔のことを思い出す。
若さゆえの過ち、まだ精神的にも幼かった当時の自分……。
あれからしばらく、夜中一人でトイレに行けなくなった。
式をトイレの前に待たせて、
『勝手にどこかへ行ってはダメなの!!』
『はいはい』
といった、微笑ましいエピソードを作ってしまった……。
思い出すと頬が熱くなる、なんてみっともないんだ……自分は幻想郷が誇る、最強のスキマ妖怪だ。
(……そうよ、紫……)
恐怖でぼろぼろとこぼれる、涙。無意識にがちがちと鳴る、歯。
今こそ、威厳を保つために……忌々しい過去を清算すべきときなのではないか?
紫は立ち止まり……振り向こうとした。
その瞬間……。
ベチィィィィッ!!
何が起こったかわからなかった、首から変な音がした。
即頭部に何か、凄まじい速度で飛んできた何かが……。
薄れ行く意識の中で、最後に聞こえたのは『デッドボール!』という声。
ぶつかったものはこんにゃく、声の主は幽々子である。
紫が振り向こうとしたせいで、顔面ではなく即頭部に命中した幽々子のこんにゃく。
その速度は、そろそろ温まってきた幽々子の肩により、限りなく音速に迫っていた。
そんなものが直撃したのだから、いくら紫とてたまらない。
それほどの高速ならばこんにゃくも立派な凶器である。
「月からっ……!! あら?」
追いついた永琳は、床に突っ伏す紫を見て首を傾げた。
しかしすぐに、床に転がっているこんにゃくを見つけて状況を飲み込んだ。
「よくやったわ……幽々子」
「あ、あ、あ……!!」
「……ん?」
「さささ、サルダート永琳よぉぉぉぉぉぉっ!! 妖夢……妖夢ぅぅぅぅぅぅ!!」
「あ」
月面に来たのは何も紫だけではなかった、同行した幽々子もしっかりとお灸を据えられたのだ。
驚かす立場同士のはずがいつの間にか『永琳>幽々子』という構図ができあがっていた。
そうでなくても苦手な蓬莱人だというのに……すぐに幽々子も全力で逃げ出した。
「う、うーん……計算外だったわ……あのとき、あいつも来てたのね」
壁をすり抜けながら逃げていく幽々子。
あれだけ亡霊丸出しなら、何も『こんにゃくをぶつけて失神させる』なんてややこしいことせずとも、
いくらでも客を怖がらせられそうなものだが……。
(さて、霊夢はどうしようかしら……)
当然、月に来ていなかった霊夢はサルダート永琳など知ったこっちゃない。
今からお化けに変装するのもなんだか妙だし……ここは白玉楼の二人に任せるべきだろうが……。
幽々子はびびって逃げてしまったし、どうしたものか。
妖夢だけでなんとかなればいいが……。
そして、お化け屋敷入り口前は大騒ぎになっていた。
「お、おぉぉ……やったのね、誰だか知らないけど……」
「魚拓でも取ろうか鈴仙……魚じゃないけど……」
マッハこんにゃくの直撃によりリタイアした紫は、下っ端のウサギ達に担がれて非常出口から連れ出されていた。
そんな一部始終を、イナバズは息を飲みながら見守っている。
まさか、あの八雲紫がこんなに早くリタイアするとは……。
「こんな無防備な八雲紫初めて見るわ……!!」
てゐは興奮気味に地面をトストスと踏み鳴らしていた。
鈴仙も震えながら、微動だにしない紫をまじまじと観察している。
そう、誇って良い。
このスキマ妖怪・八雲紫を恐怖のどん底に突き落としたのは……他ならぬ、師、八意永琳なのだから。
でもイナバズはそんなこと知らないので、紫を突付いてみたり、閉じた目を無理矢理開いたりしていじっていた。
いきなり起きたら怖いからと思っているのだろうが、やることがせせこましい。
「ああ、何か、取り返しのつかないいたずらをしたいわ……!!」
「我慢しておきなさい、てゐ……!!」
こいつら、平和だった。
ウサギ達が正面で遊んでいる間にも、霊夢はズンズン突き進んでいる。
そのお化け屋敷達成率、既に60%を越え70%に迫りつつある。
「突き進めば、永琳が邪魔しに来るはずよ!!」
そんな霊夢の考えは間違っていないだろう。
だが、道もわからないのに迷わず進んでいるのはどういうことなのか。
簡単なことである、霊夢は勘を頼りに進んでいるだけ。
直感的に、そうすればゴールへ辿り着くことがわかっているのだ。
どんな異変のときだって同じだった、今回だけ上手く行かないなんてことはあるまい。
「……ん?」
永琳を懲らしめてやろうといきり立つ霊夢の前に、何やらしゃがみ込む者があった。
「あれ、幽々子?」
幽々子はしゃがみ込み、頭を抱えて震えていた。
確かお化け屋敷側の人間だし、こんな態度、不審極まりないのだが……どうも、演技にしては生々しい。
頭を抱え、震えながら『やばい、やばい』と、壊れたテープレコーダーのように繰り返している。
それに場所を考えても、驚かすには適していないような気がする。
普通の廊下……廊下に面した部屋はあるが、そこはお化け屋敷の一部ではないらしく、
『立ち入り禁止』と張り紙がしてあるし……他に隠れられるようなものもない。
霊夢はお払い棒で幽々子を突付いてみた。
「はっ!? 霊夢!!」
「な、なによ」
正気に幽々子はびくっと一回跳ね、霊夢の顔をじっくりと眺めている。
そして我に返ったように目を見開き、周囲の状況を確認した。
「よ、良かった……ここは月じゃないのね……私としたことが……はっ!?」
「ちょっとちょっと、何なのよさっきから……」
安心したような表情を見せたと思ったら、またすぐに固まる幽々子。
そして霊夢から少し距離を取ると、袖からこんにゃくを出し、投球モーションに入った。
「……?」
「食らいなさい!! 分身魔球!!」
「へ?」
『魔球』と言う言葉に嘘は無く、しっかりと玉こんにゃくだったが……そんなことどうでも良かった。
というか、袖に入れるな。
「それいっ!!」
「わ、ちょっ……!? なんなのよー!!」
幽々子は得意のまさかり投法から玉こんにゃくを投げつけた。
しかし……
「あぶなぁぁぁい!?」
ベチィィィィィッ!!
それに反応した霊夢はお払い棒を使った振り子打法で打ち返し、幽々子を返り討ちにした。
「ブッ!?」
「はぁ、はぁ……な、なんなのよ……」
幽々子の玉こんにゃくはちゃんと分身していたが、それだけだった。
絶好調の幽々子ならば霊夢を打ち取れたかもしれないが、サルダートにびびった直後の幽々子では無理だったのだ。
「ぴ、ピッチャー返しなんて……ガクッ!!」
「いちいち『ガクッ』って言うな、胡散臭い……もう」
実のところ幽々子は、少し前に幻想郷で流行したサッカーとやらが大好きだった。
しかし、あっという間に廃れて消えていったのが残念で、今度は野球とやらを流行らせようとした。
妖夢の見てないところで投げ込みをしたり……。
白玉楼の庭園をうさぎ跳びで一周してみたり……。
養成ギブス的なものを装着してみたり……。
野球が流行った際にはマウンドに立ち『エース』を名乗るはずだったのに……。
その夢も野望もすべて、今ここで潰えた。博麗の巫女の振り子打法によって……。
すごくどうでも良かった。
――西行寺幽々子(猫娘)リタイア。
外では、もう日が暮れ始めていた。
既に客もほとんどいない、少し残っているのは、霊夢がどうなるかを見届けようという連中だった。
そもそも、このお化け屋敷は攻略させることを前提に作っていない。
絶対に途中で脱落させるように作ったのだ。
そうでなきゃ、だだっ広い永遠亭を会場にするなど馬鹿馬鹿しくてやっていられない。
もうやる気も無いイナバズは、客が居る前なのに、受け付けで思いっきり弁当を食っていた。
「ちょっと! このお弁当、にんじんが入ってないじゃん!!」
「なら畑で引っこ抜いてきたら良いじゃないの……そんな遠くないんだし」
「お弁当に入ってるのが良いの!!」
にんじんの不備に喚き散らすてゐだったが、鈴仙が、
『すごくつまらないものを見たような顔』
でそっぽを向いたのに気付き、我に返った。
恥ずかしくて思わず赤面した。
確実に飽きてきていた。
「もう少し真面目にやれよ、なぁアリス……やられ損だぜ、これじゃ」
「まったくよ。こっちは鼻が曲がる思いだったのに。物理的に」
顔面に豪速こんにゃくが直撃したアリスの鼻は赤くなっていた。
ちょっと可愛い。
しかしそれに対し、イナバズは真っ赤な顔をして言い返す。
「脱落者が、がたがた言うんじゃないわよ!!」
「そうよそうよ!! 負け犬!!」
「なんだと!?」
「落ち着いて魔理沙!!」
突付かれると全力で反撃するイナバズだった。
閉鎖的な環境で暮らしているせいか、永遠亭のウサギ達は結構人見知りが激しいのかもしれない。
「見苦しいですわね、お嬢様」
「さくやぁ、鼻がニンニク臭くて死にそうだわ……」
「お嬢様……」
「お、おえっ!!」
「お嬢様、我慢してくださいまし……」
レミリアは顔面にニンニク臭が染み付いて真っ青だった。
吸血鬼がニンニクに弱いと言うのは本当らしい……が、くさい臭いが顔に染み付けば、何でもこうなる気はする。
咲夜は、苦しそうにえづくレミリアの背をそっと撫でてやることしかできなかった。
(……霊夢、私達の仇を……)
その時、イナバズの手元にあった奇妙な機材が突如赤く発光し、けたたましく鳴り始めた。
その場にいた全員が思わず腰を上げ、焦るイナバズの様子を伺う。
「あ、ああ……霊夢の奴、達成率80%を突破したわ!!」
「てゐ! 師匠の……『永琳生存ランプ』を見て!!」
「き、消えた!? 霊夢にやられたって言うの!?」
なんだその便利ランプ。
そんなもん持ってるくせに、伝令はアナログで行ってるのか。
それほどの技術力があるなら通信機ぐらい持ってても良さそうなものだが。せめてモールス。
まぁ、その辺が多分『幻想』的なのだろう。無理矢理な解釈だが。
「おい、また点いたぜ! 永琳生存ランプ!!」
覗きに来た魔理沙は面白がっている。魔理沙の腕を抱きながら、アリスも後ろから見守っていた。
確かに永琳生存ランプは一度消えた後、再び点灯した。
「あれ? 壊れたのかな」
「うーん……これ、師匠が設計したやつだからなぁ」
永琳から出る何かしら固有の、オーラとかフェロモンを感知して光るのだろうか。
あまり考えない方が良さそうだ。
「あれ、また消えた」
「壊れてるのかなぁ?」
だとすれば、霊夢の進行を表示する『82%』という数値も当てにならないのではないか?
そして永琳生存ランプは、その後も点いたり消えたりを繰り返した。
「なんだ、大して面白く無いカラクリだな。壊れてるんじゃないか? まあいいや、行こうぜアリス」
「……ん?」
「どうしたアリス?」
「待って、魔理沙……」
アリスは青ざめていた、魔理沙とイナバズは生存ランプにばかり気を取られていたようだが……。
見ていたのだ。生存ランプが一度消え、再度点いた直後に……霊夢の達成度がわずかに上下するのを。
「……あの、一つ聞いて良いかしら」
「何よ?」
ただならないアリスの表情に、鈴仙も表情を歪める。
「これ『生存』ランプよね?」
「うん」
「永琳って、不老不死でしょ?」
「そうよ? 今更何言って……はぁっ!?」
「うん、だから死んだり生き返ったり繰り返してるんじゃ……」
「し、ししょぉーーーー!?」
霊夢の達成度がリザレクション直後に上下するのは、
蘇生した永琳の移動に対して、追跡なり、逃走なりの行動を取っているからだろう。
そう、永琳は死ぬことまで覚悟してこの装置を作ったのだ。
蓬莱人だからって体張りすぎである。
「し、師匠……」
「お師匠様……」
イナバズは涙した。
そこまで体を張ってこのイベントを成功させようとしていた、永琳の覚悟と心意気に。
霊夢は蓬莱人相手だと容赦が無い。
永夜異変の後の妹紅肝試しでは、実際に妹紅を何度も殺そうとしている。
その辺を匙加減一つに調整できてしまうことが、霊夢の強大な戦闘力を思い知らせる。
誰もが『博麗・地獄の再教育キャンプ』を思い浮かべて震え上がった。
しかし、実際はそうではなかった。
永琳とて、ただやられたわけではなかったのだ。
巫女服の袖は両方とも落ち、腋どころか腕も丸出し。
それ以外はあまり負傷してなかった。永琳意外と、そうでもなかった。
「はぁ、はぁ……し、しぶとかったわね……」
「……」
なんとかリザレクションした永琳だったが、お払い棒が痛すぎて、もう立ちたくなかった。
ぼろぼろの軍服を着たままぐったりと壁にもたれかかり、小さく胸を上下させている。
「行きなさい……」
何度も思った『スペルカード戦しようよ……』と。
なんでお払い棒と壊れた銃でチャンバラしなきゃいけないのだ、と。
しかもお払い棒痛すぎ。
何でできてるんだあれ。
見ろ……月から持ってきた貴重な銃もバラバラになって、もはやガラクタでしかない。
金属に打ち勝つ木材って何だ。いやむしろ、並の金属では歯が立たない何か……
スペースチタニウムやら、マグナムスチールやら、そんな胡散臭い名前の物質でできたお払い棒に……
……『木目シール』貼ったんじゃなかろうか。
そんな邪推さえ浮かんでくる、異常な硬度だった。
そして月の頭脳がそんなどうでもいいことを考えている最中、霊夢が呟く。
「行って良いの? 終わっちゃうわよ、お化け屋敷」
「行きなさい……私を倒した貴女には、その権利がある……」
しかし実は『いやもう痛いからいいって、さっさと行ってよ』と思っていた。
脱出のご褒美なんて所詮、もちとかウサミミとかウサ尻尾だし、そんなもの欲しければいくらでもくれてやる。
それで落胆した霊夢にまたシバかれるとしたら嫌だが……今が大事、今が痛くなければもう良い。
霊夢は神妙な面持ちの永琳を最後にチラリと見る。
――気高いのね――
背後から襲い掛かろうなんて意思は微塵も見受けられない。
それもそのはず、永琳の心は既に折れている。ボッキボキだ。
そうとも知らず、霊夢はそっと、その場を去ろうとした。
しかし、
「あんのやろーっ!! ぶちころせーっ!!」
やたらと口の悪いウサギが仲間を率いて霊夢に襲いかかろうとした。
言葉遣いは悪いが、鼻にかかった甘い声なのでどこか情けなかった。
霊夢が無表情でお払い棒を構えたのを見て、永琳は慌てて飛び出し……ウサギ達を阻止した。
「ま、待ちなさい!! あなた達、何をする気っ!? この……イナバーッ!!」
「永琳……?」
永琳は『頼むからこれ以上刺激しないでくれ』と思ってやっているのだが……。
霊夢は……敗北を認めて潔く道を空ける、そんな永琳にこの上ない気高さを感じた。
「永琳様……いや八意永琳、血迷ったわね!! これだから月の民なんか信用できないのよ!!」
「私達の首領はてゐ様だけだわ!! 鈴仙も胡散臭いのよ!! 付け耳だろアレ!!」
「そうだそうだ!! 寝る前に外してるの見たぞ!!」
それは大事件だ。
しかし永琳もひるまない。
よろけながらも、バラバラになった銃の破片を手にウサギ達を食い止める。
「やめておきなさい!! あなた達じゃ霊夢になんか敵うわけないし!!」
そのままもみ合い……終わる頃には頭がたんこぶだらけになったウサギ達と、同様の姿で倒れる永琳がいた。
自慢のぶっとい三つ編みも解け、無残に貧乏パーマをさらして、倒れていた。
呆然と眺めていた霊夢だったが……去り際に、永琳の前に立つ。
「永琳……」
霊夢が無意識のうちにとっていたのは「敬礼」の姿であった。
誇り高き戦士(サルダート)に……。
ものすごい誤解だった。
――八意永琳(兵士の亡霊?)リタイア。
――そして霊夢は走り出す。
「85%……86%……」
「ま、まずいわよ鈴仙!! このままじゃ……!!」
「行け! 行け霊夢!! こいつらにほえ面かかせてやってくれー!!」
どんなトラップが発動しようと、もはや意に介さない。
「87%……88%……!!」
「うわぁぁぁぁん!! お師匠さまぁー!!」
風を切り、薄暗い永遠亭を駆け抜ける。
「89%……90%……て、てゐ、こうなれば私達が……」
「おい!! お化け屋敷なのに力ずくで止める気かよ!! 汚いぞ永遠亭!!」
「そうよそうよ魔理沙! もっと言ってやって!!」
「へへっ」
「くっ……!! イラッとする……!!」
霊夢を襲うトラップはどんどん激しさを増す。
しかし、どれも霊夢の進行を妨げることはできない。
「91%……92%……これじゃ、最後の罠も、多分……」
「うえぇぇぇん……」
「顔が! 顔がニンニク臭いわ咲夜ァッ!!」
「お嬢様、落ち着いてくださいまし!!」
93%、94%……そして、95%に差し掛かろうとしたときだった。
「おーっ!!」
「……なに?」
何やら、怖がらせようという意思を感じる声が霊夢の耳に届いた。
それは本来高い声質なのだろうが、それにもめげずに一生懸命、腹から響かせている。
しかし今の霊夢に恐れるものなど何も無い、勇者、サルダート永琳にとっておきの敗北をプレゼントするのだ。
言い訳などできないほど、完全に、完膚なきまでに叩きのめすのが……霊夢の誠意なのだ。
霊夢は毅然として、声の方に向き直った。
そして勇ましく叫ぶ。
「何よ……何だって言うのよ、もう何も怖くな……って怖ァァァァァァッ!!」
「おーっ!!」
「ひぃぃぃぃぃ!?」
流石の霊夢も震え上がった鬼面武者・妖夢……永遠亭最後の砦。
ギリギリに出てきて美味しいところを掻っ攫う、値千金の逆転ホームランである。
「いやぁぁぁぁ!! こっちくるなぁぁぁぁ!!」
「お、おーっ……」
普段取り乱すことのほとんど無い霊夢が、泣いて、逃げながらお札やら陰陽玉やらを乱暴に投げつけてくる。
幸い、A・臭太郎の甲冑がそれらから身を守ってくれるのだが……。
(そんな怖いのか……)
霊夢が怖がるなんて、事だ。
自分はそんな怖いものになってなっていたのか、妖夢は悲しかった。
「おー……」
「ぎゃああああああ!!」
霊夢の叫び声も段々鬼気迫ってきた。
女の子がそんな声出しちゃだめだよ、と思う妖夢だが、今の自分の格好……女の子……?
そう思うと複雑だった。
(霊夢の泣き顔ってあんななんだー)
どうでも良くなってきた。
役割、果たしてるし。
そして外の光が見え始めた頃、ゴトン、と一つ音がした。
「え、えっく……うぁぁぁぁぁぁん!! 怖かったよぉぉぉぉ!!」
「なんだこれ……ちょっと良いぜ、この霊夢」
「何言ってるのよ! 魔理沙!!」
「へへ、冗談だって、怒るなよアリス……ウグッ!?」
出口から出てくるなり、霊夢が大泣きし始めて……。
驚きつつ、皆そんな霊夢を慰めていた……イナバズ以外。
イラッとしたてゐはついに魔理沙に手を出してしまいつつも……
脱出されて負けと見るか、泣かせて勝ちと見るか、判断に困っていた。
横では鈴仙も腕組みをして、眉間にしわを寄せて唸っている。
「いたた……なぁ霊夢、可愛いじゃないか。何がそんなに怖かったんだ、言ってみろ、ん?」
嫉妬するアリスをよそに、グーで殴られた頬を撫でつつ、霊夢の肩を抱く魔理沙。
「よ、鎧武者が!! 鎧武者が……すごく足の速い鎧武者が……!!」
「鎧武者……う、うぁぁぁぁぁん!!」
同様の被害に遭った魔理沙も、霊夢の横に並んで『思い出し泣き』し始めた。
本当に、本当に怖いんだ、あれは。キャメルクラッチも、死ぬかと思った。
「……試合に負けて、勝負に勝った感じかしら……」
「あ、師匠……私達、勝ったんでしょうか?」
非常出口から出現した永琳は、うっすら笑いながらイナバズの前に立ち、霊夢と魔理沙を見下ろした。
そしてイナバズを振り返り、問う。
「なら、敗北感でもあるの?」
「いえ、スカッとしましたけど……」
「だったら勝ちよ、きっと」
永琳は小さく笑って、鈴仙とてゐの頭を撫でた。
しかし、リザレクションしすぎて滅茶苦茶筋肉痛だった。
動きが硬いので、ロボットに頭を撫でられているような感覚があった。
こうして永遠亭と白玉楼の合同企画『永玉怖い亭』は幕を閉じた。
最も危険だと思われていた結界組……紫は普通に撃破したし、霊夢は泣きまくっていたのでドローということに。
しかし、総合的に見ればあそこまで霊夢を怖がらせたのだから、お化け屋敷としては勝利と言えそうだ。
お化け屋敷を名乗るなら突破ぐらいさせろ、と言ってはいけない。
数日後。
永玉怖い亭の成功を祝して永遠亭で祝勝会が行われた。
幽々子、輝夜、永琳、鈴仙、てゐ……その他下っ端のウサギ達。
その前に立ち並ぶ豪華料理の数々……その中には、もちも混ざっていた。
月の兎、鈴仙・U・イナバがついたもちなのだろう。
蛇足だがこんにゃくを使った料理もあった、ああいうのはスタッフがおいしくいただかねばならないのだ。
そしてプリズムリバー三姉妹による演奏をバックに、祝勝会は大盛り上がりだった。
今回は主役どころを妹のメルランに譲り……場の空気を尊重するルナサの顔にも穏やかな笑顔が浮かんでいる。
「これが月の兎がついたおもちなのね……」
きなこもち、磯辺焼き、おしるこ……真夏だというのに、やたらともちが並んでいた。
眼を輝かせる幽々子を見て、輝夜を初めとした永遠亭の面々も満足そうである。
「たっ……食べて良いの!?」
「良いわよ、約束していたし。それ以外にもいろいろと報酬はあるわ」
ここしばらく、まともなもちを食べていなかった。
食べるたびに喉に詰まる魂魄もちばかりだった……。
「魂魄もち……あれ?」
「貴女達がいなければ上手く行かなかったわ、きっと……ん? 貴女『達』?」
その瞬間、皆が思った。
『妖夢いなくない?』
と。
「よっ、妖夢ぅぅぅぅ!?」
霊夢をやっつけたことが衝撃的過ぎて、皆忘れていたが……。
よく考えてみたら、霊夢にトドメを刺したのだって妖夢である。
それだけの功労者を忘れ、祝勝会を開くとは……。
とりあえず幽々子は、冷静にきなこもちを一個食べてみた。
「ま、まろいわ!! 流石は月のテクノロジー!!」
うまかったらしい。
そして、くちゃくちゃと咀嚼しながら、再び取り乱し始めた。
「妖夢……妖夢ぅっ!!」
今度は、落ち着いて磯辺焼きを口に放り込んでみた。
程よいノビ、まろやかな舌触り、香ばしい海苔の香り……幽々子の表情が恍惚となった。
「まろいわっ!! こ、これが月の兎のおもち……!! よ、妖夢ぅぅぅぅ!!」
食べるのか取り乱すのかどっちかにしろ。
そんな幽々子を落ち着かせようと近づいたのは、永遠亭の当主、蓬莱山輝夜だった。
輝夜は、おろおろと右往左往している幽々子の肩を掴み、一言呟いた。
「それ、私がついた」
「……」
「あんた達がお化け屋敷で盛り上がってる最中に」
悲しい現実がそこにはあった。
なんか出てこないと思ったら、下っ端ウサギ以下のそんな地味な作業をしていたのか。
それにしても、輝夜ももちつきの名手だったのかもしれない。あるいは永遠の民の基本技能なのか。
あと、月の兎がついたもちじゃなかった。
なのにすっごい喜んでしまって幽々子は恥ずかしかった。
思い込みの力は恐ろしい。
そして幽々子は『願わくば、桜の下にて云々』と詠い始めた。
儚い現実を悟ったらしい、蓬莱山もちで。
輝夜と幽々子が変なやりとりをしている横で、永琳とイナバズは慌てている。
「ウドンゲ、どういうこと……魂魄妖夢はどこへ?」
「ど、どうして私に聞くんですか?」
「だって、あのときの霊夢の口ぶりを考えるに……最後に霊夢をやっつけたのは妖夢でしょう?」
「そうかもしれませんけど……」
「霊夢を追いかけてる最中に貴女の仕掛けた罠に引っかかったとか、考えられない?」
「あ……」
どんな罠を仕掛けるかについては、永琳がノータッチな部分もあった。
『これをここに仕掛けろ』と明確に指示した部分も確かにあるのだが、流石に全域の罠を仕切る余裕はなかった。
鈴仙の任意で罠を仕掛けた箇所も、けして少なくはない。
「えと、師匠が霊夢と戦っていた時点で達成度80%強だったから……」
その先に鈴仙が仕掛けた最後の罠……そうだ、とっておきの罠があった。
鈴仙はぱたぱたと走っていき……永遠亭の見取り図の描かれた模造紙を持ってきた。
そしてそれを皆の前で開き、出口手前のある部分を指差す。
「こ、ここに落とし穴……」
「落とし穴……」
鈴仙の指差した先を永琳が見下ろすと、そこには『めっちゃ深い落とし穴』と、鈴仙の字で書いてあった。
鈴仙は目にじわりと涙を浮かべ、わなわなと震えながら……助けでも求めるように永琳を見つめ、叫ぶ。
「し、ししょぉぉぉぉ!! どうしよぉぉぉぉ!?」
「落ち着いてウドンゲ!! まだ生きているわ! きっと!!」
永琳はどこかからかロープを担いできて、腕を振り上げて鈴仙とてゐを先導する。
急がなければ……妖夢は、死には至らずとも相当衰弱していることだろう。
一番の功労者にそんな仕打ちをしてしまったなんて……あまりの罪悪感から、永琳及びイナバズは涙を流す。
涙を流しながら、妖夢が落ちているとおぼしき穴へ、まっしぐらに駆けていく。
三人が辿り着いた落とし穴の中には、やはり妖夢が居た。
けれども、それほど衰弱している様子は無かった。少しすねていたが、助けが来たとわかると素直についてきた。
穴から脱出できなかったのは足を挫いてしまったかららしく、ひょこひょこと歩く妖夢に、鈴仙が肩を貸してやった。
『あんたがいなかったら、負けていたわ』
なんて、鈴仙がおだててやると、かすかに照れ笑いを見せたりもした。
どうにも釈然としないが、妖夢も無事だったし……多少足取りがおぼつかないぐらいで、おかしなところもない。
永琳の手によって挫いた足に薬が塗られ、包帯で固定され……そのまま妖夢も祝勝会に参加することになった。
もちろん鬼面と甲冑は脱がせ、風呂にも入らせた。
そして風呂から上がった妖夢。
A臭太郎はどこへやら、つるつると頬が輝き、ストイックに石鹸の香りが漂う。
そんな健康的で可愛らしい妖夢の姿に、見る者は皆、無意識のうちに笑顔を浮かべていた。
しかし、一人だけ納得行かない様子の者が居た。
――なんか半霊小さくなってない?――
幽々子は毎日のように妖夢に会っているから、その微妙な変化に気付いた。
妖夢の側でぷかぷかと浮かぶシンボルマークの半霊が、なんだか小さいように見える。
以前は妖夢の頭と同じぐらいのサイズだったと思うが……今の半霊は握り拳大、明らかにおかしい。
「はぁ……もう、お腹すいた……」
「月の兎がついたやつじゃないけど、腹持ちの良いおもちもあるわよ」
「他のご馳走も、好きなだけお食べ」
「うん」
申し訳ないと思っているのか、妙に態度の優しい永琳とイナバズの声を受け、妖夢は食卓の上を眺め始めた。
そして少し考えた後、きなこもちを手に取った。
「これ、全部もらっていい?」
「あら……欲張りね、うふふ。ええ良いわよ、私達はいくらでも食べられるしね」
「任せて永琳、もちつきの極意は心得てるよ」
「そう、それじゃもらって行くわ」
「え?」
大量のきなこもちの載った皿を手に、妖夢は廊下に向かって歩き始めた。
どう考えても不審な挙動……食べたければこの場で食べれば良いのに。
しかし妖夢はそれについての説明はいっさいせず、そのまま廊下へと消えていった。
「ん、んー?」
「何かしら……」
誰もが妖夢の奇行を訝しんだ、一体、あの大量のきなこもちをどうしようと言うのか……。
取られるのが嫌で持っていったとか、そんな低次元な話ではあるまい。
何か重要な、重要なことを忘れているのではあるまいか。
その答えはすぐにわかった。
(……半霊黄ばんでる)
(めっちゃ黄ばんでる……)
(きなこもちと融合した……)
戻ってきた妖夢はそ知らぬ顔で磯辺焼きを頬張っている。
皆の視線を、毅然として受け流していた。
その口に咥えられた蓬莱山もちが、みょーんとのびた。
「なんですか?」
「い、いや、なんでも……」
突然起きた不気味な現象……久々に会った妖夢の半霊はしぼみ、きなこもちと融合し、元のサイズに戻った。
――そして……黄ばんだ。
(幽々子、どういうことなの? 貴女ならわかるんじゃないの?)
(し、知らないわよ……こんなの初めてよ……!)
妖夢は無表情でもっちゃもっちゃともちを咀嚼している。
一人でもりもり食べ続ける妖夢を、皆遠目に眺め、囁き合っていた。
とりあえずわかったのは……怒ってないようで、妖夢、滅茶苦茶怒ってた。
(もしかして……)
(お師匠様、どうしたんですか?)
(半霊って……)
永琳が打ち立てた一つの過程を耳にして、皆青ざめ、ぶるぶると震え始めた。
『半霊を食べて、凌いでいたんじゃ……』
確かに見た目もちに似てなくもないが、だからって……。
……しかし、そう考えると辻褄が合う。
あれだけ放置されてそれほど衰弱していなかったのも、半霊が小さくなっていたのも、
きなこもちと融合し、黄ばんだのも……。
――こ、怖い……――
それ以上言及することもできず、そのまま皆が妖夢に怯えたまま、祝勝会は終了した。
結局真相は謎のまま、勝利の余韻に浸ることすらできずに。
コトッ……。
「ふぅ……」
幽々子は久々につけた日記に、永玉怖い亭での出来事を書き記していた。
それも今ようやく終わり……筆を置き、誰に見せるでもないが、誤字脱字が無いか流し読みしてみた。
妖夢の手により悪臭の消え去った自分の部屋。
あれ以来引き出しに茶菓子を隠すのもきっぱりとやめた。
今二段目の引き出しには、永玉怖い亭でもらってきた思い出達……
ウサミミ、ネコミミ、ウサ尻尾、ネコ尻尾が収められている。
鬼面と甲冑は気持ちが悪いので返してきた。臭いし。
そしてウサミミを手に取り……装着して、縁側へ歩いた。
縁側から夏の空を見上げると、美しい月が闇夜を照らしている。
冥界とはいえ、月は美しい。
(結局なんだったのかしら……)
あれからも妖夢は何も話してくれない。
態度は今までとそう変わりなかったが、たまに幽々子と目が合ったときに、半霊を撫でてニヤリと笑う。
それがたまらなく不気味で、何度も悪夢を見た。
夢の中の自分は妖夢の半霊で……その先は、言うまでも無かろう。
たまにそのままいやらしい夢に派生したりもする。
そしてそっちを先に思い出した幽々子は、ぽっ、と頬を赤らめた。
『おっといけない』とばかりに首をぶるぶる横に振る幽々子の元に、噂の妖夢がお盆を抱えてやってきた。
「遅くまでご苦労様です。そろそろおやすみになってはいかがです?」
「あら妖夢……それ、お夜食?」
「ええ、お腹一杯になると眠くなりますから」
「乱暴な手段ねぇ……どれどれ……ひぃっ!?」
妖夢が持ってきたのはあんころもち……だけならば、そこまで驚かなかった。
半霊が黒く染まっている……まさか、あんころもちとも融合を……? 定期的に補充してやらないといけないのか?
「い、いいわ妖夢、お腹いっぱいよ……っていうかもう、しばらくおもちは見たくないわ。ウップ!!」
「大丈夫ですか? 幽々子様……ウフフフ」
「はぁ、はぁ……も、もう寝るわ……お、おえっ!!」
幽々子はふらふらと部屋に戻り、自分で布団を敷いて……ウサミミを装着したまま布団に包まった。
そしてその夜も怖い夢を見た。
妖夢が不気味に微笑みながら、ぐるぐる巻きに縛った幽々子の顔にあんこを塗りたくり……
……までは怖かったが、その後いやらしい夢になった。
妖夢が自分の半霊を食べていたという事実は、何の害も及ぼさないが、それだけで十分に恐怖の事実だった。
本当に恐ろしいものは、日常の中にそっと息を潜めているものである。
おばけや怪物は、必ずしもその具現ではない。
お化け屋敷など、所詮遊びにすぎないのだ、ということを幽々子は痛感するのだった。
亡霊がそんなこと考えて良いものかどうなのかは、よくわからないが。
妖夢は、寝てしまった幽々子の部屋の襖を閉め、ため息をついてからあんころもちを一つ頬張った。
(脅かしすぎたかな?)
そしてくすっと笑う。
今の半霊は、ちょっと墨で黒く塗ってみただけである。
半霊のサイズはある程度自由も利く、特に意識しなければ頭と同じぐらいのサイズ、それが標準。
力んでみればかなりしぼむ。それこそ、握りこぶし大ぐらいまでならなんとか可能だ。
きなこもちは、きなこだけ失敬して半霊にまぶし、余った分は頑張って食べたり、こっそり隠して持ち帰ったりした。
(お腹は空くし、喉は渇くし……暗いし、心細かったんですから)
穴の中では特殊な呼吸法を用い、体力の消耗を最小限に抑えていた。
そして『もう忘れないでくださいね』と心の中で呟いて、妖夢はあんころもちを片付けに行った。
半霊の色も洗い落とさねばならない……。
その後『妖夢が半霊を食べる』『半霊はもちと融合する』という噂がすごい勢いで広がった。
それについて妖夢は必死に弁明したが、誰も信じてくれなかった。
言うまでもなくその噂を広めたのは幽々子だった。
めんどくさいのでそのままの設定をしばらく貫くことにした。
妖夢は『余計なことするんじゃなかった』と後悔した。
そして、永遠亭から持ち帰ったきなこもちを、そっと幽々子の机の引き出しに隠した。
蒸し暑いこの真夏、素敵にカビてくれることだろう。
多分、片付けるのは妖夢の役目だが。
~続かない~
取り合えず石投げときますね。
正確に言うならば、期待外れ、です。
最初に『お化け屋敷』をやると宣言しておきながら、ルナサと妖夢(一応、サルダート永琳も?)の仕掛け以外は実態は『トラップハウス』であり、読者である私達が全くその怖さを体感できませんでした。
『おおっ、今回は怖い話なのかな?』と最初で期待していただけに、まさしく『期待外れ』でした。
妖怪の感覚の違いとか、文中の『そもそも、このお化け屋敷は攻略させることを前提に作っていない』があったとしても、私はこれを許容することができませんでした。
次回作を楽しみにしています。
てるよの影の薄さに全俺が泣いた。
え?ネタが古い?気にしないでください!
そしてヘタレイセンに少し萌えた自分がいたりする。
いつもながら小ネタにちょっとした驚きがあって面白いです。
一般人ルートも見てみたかったなぁ。
永琳の行動原理がいつも仕返しや復讐でワンパターンな気がしたので、
もうちょっと大物らしくなった方が良いかも?
頭の良さに反した小物っぽさが魅力でもありますが。
どうもうまく言えないのですが、ネタの数が多くなった分ひとつひとつが軽くなっている、そんな気がします。
ちょこちょこと思うところはいくつかありますが、取りあえず一つだけ書かせてもらうなら、ネタの詰め込みすぎは良くない、ということだけ。本筋と関係ないところで最後のオチを付けたりするのは、蛇足感しか感じられません。
もちろん、総合的にはレベルの高い作品だったと思います。
※誤字
>(半霊って……)
>永琳が打ち立てた一つの過程を耳にして、皆青ざめ、ぶるぶると震え始めた。
>『半霊を食べて、凌いでいたんじゃ……』
最初の括弧内は、文脈的に「半霊」でなく「妖夢」が正しいのでは。
紫とも遭遇して欲しかったなー。
それにしてもアンモニア臭太郎の人柄が気になる今日この頃。
食べ物を粗末にしちゃダメだって妖夢。
しかしこの薬師、ノリノリである。
アリスと魔理沙は特殊な条件下で典型的カップルになるんですね。
輝夜も頑張ったw
ただイメージが固まってるというか、キャラが出てきた時点である程度どういう役割を担うかを予測できてしまうので、もう少し冒険してもいいような気はします
偉大なるマンネリとの言葉もある通り、その予想が付く展開を期待してる人も多いとは思いますが…
霊夢も泣き出す面を見てみたい。