足跡をたどる。
あの子の足跡をたどって、あの子を探す。
くっきりと残った足跡を、ゆっくりと丁寧にたどって、あの子の歩んだ道を追いかけよう。
最初は、あの子自身が教えてくれた、あの場所へ。
白黒の普通の魔法使いは、今日も博麗神社へと降り立つ。
ごうっと音を立てて彼女は降り立つと、その勢いのまま霊夢にびしっと言い放つ。
「好きだぜ霊夢!結婚しよう!!」
「あらありがとう。お土産はあるの?」
「……ふっ。里の饅頭があるぜ」
「そんな所が大好きよ魔理沙」
「……ははは。当然だぜ」
すぐにお茶の用意を始める霊夢に背を向けて、ちょっとごしごしと目元を擦る魔理沙。
今日も華麗にスルーされて、彼女の心は傷だらけだった。
「食べないの?おいしいわよ」
「……食べるぜ。あ、何かしょっぱいなー」
「そう?ちょうどいい甘みだと思うけど」
しょっぱい饅頭をお茶で流し込んで、魔理沙は真剣な顔で霊夢を見つめる。
「霊夢。……私の為に毎日お茶を入れてくれないか?!」
「嫌よめんどい」
「……ふっ。私の分の饅頭をやるぜ」
「仕方ないわね。一週間ぐらいは入れてあげるわ」
おいしそうに饅頭を食べる霊夢に、魔理沙は力なく「……ははは」と笑う。
頑張れ私!と自分で自分にエールを送る。
今度はお茶がしょっぱくなった。
「あ。そうだ魔理沙」
「あ?」
薄い茶をすする魔理沙に、霊夢はお饅頭を持ったまま、
「リボンを巻いて私がプレゼントって、どうやるか知ってる?」
と唐突に聞いた。
「ぶ―――――!!!!」
吹いた。口の中のお茶が霧になった。
あまりにあまりな話題変換に、魔理沙は動揺して混乱した。
「うわ……ちょっと汚いわよ魔理沙」
「だ、誰に霊夢をプレゼントする気だ?!私なら全然OKむしろカモンだが他の奴なら許さん!マスタースパークだ!」
マジでスペルカードを取りだす魔理沙は、混乱しきって今にも発動させそうな勢いだった。霊夢はそれを冷たい眼差しで見つめる。
「どうして私がそんな事するのよ?」
と、少し温くなったお茶を飲む。
「ち、違うのか?」
恐る恐ると聞いてくる魔理沙に、霊夢は当たり前だと頷く。
「当然よ。さっきここに橙が来てね。それで聞いてきたのよ」
「ああ成程それで、ってそれこそ待てよおい?!」
落ち着きかけた魔理沙はがばりと霊夢に詰め寄る。
「もう、うるさいわねー」
「お前は落ち着きすぎだ!何であの黒猫がそんな事を霊夢に聞きにくるんだよ?!」
「騒がしいわねー。藍に自分をプレゼントするって張り切ってたのよ」
「ああ、なんだ。成程そういう事かよ。藍にプレゼントするためだったのか自分を………………」
つまり、藍に橙が橙自身をリボンで包装してプレゼントするって事ですか?
「……………」
魔理沙は頭の中で意味をきちんと理解して、そして完全に絶句する。
普通の魔法使いは結構非常識だが、そこら辺は常識的だった。
「霊夢さん?」
「何かしら魔理沙さん」
「あの黒猫は何処でそのような危ない知識を?」
「さあね。そこは分からないけど……」
霊夢は、うーんと思い出すように片目を閉じる。
「確か、リボンは慧音に『プレゼントはリボンで飾ると見目がよくなるからいいぞっ』て、教えられたんですって」
「……」
魔理沙は畳に全力で突っ伏した。
「プレゼントが何かを聞いといてくれ頼むから!!」
いや、流石の慧音も、まさか橙が自分自身をプレゼントしようとしているなんて知りようもないし、だからリボンの事を教えたのだろうが、そのおかげで何かがもの凄い事なっている気がする。
いや、確かに普通は自分をプレゼントなんて思わないだろうけどさぁ!歴史を見ろよお前は!
だんっ、
と畳に拳で八つ当たりする魔理沙。それを迷惑そうに霊夢は見る。
「いいんじゃないの?別に誰に迷惑をかける訳でもないんだし」
きっと藍は喜ぶだろうし。と霊夢は付け足す。
「……いや、それはそうかもしれないが」
というか、誰に迷惑と言われれば、今まさに自分の心が大変な事になっているんだが。
「大体。慧音も最近リボン付きの蓬莱人が三人遊びに来て、そんな遊びが流行っているのかって不思議そうに聞いてきたわ」
「………苦労してるんだな」
蓬莱人という、個性的な変態達に目を付けられている哀れな半獣に魔理沙は同情した。
「本人は気づいてないからいいんじゃないの?」
だが霊夢は軽くそう言うと、ずずずっとお茶を飲み干し。
「それで?どうやって自分をリボンでプレゼントするわけ?」
改めて聞きなおした。
「聞くな知らんわというか私に聞くなっ!」
べしっと、魔理沙は霊夢に愛用の帽子を投げつけた。
それをぱしっと受け止めて、そして何となくそれを頭に被りながら、霊夢は「あっそ」と興味なさげに呟いた。
「ま。私が知らないって答えたら、リグルに聞きに行くって、すぐに飛んでったけどね」
足跡をたどって、新しい足跡を見つける。
それが続く先。
そう、次は花舞う幻想の丘。
多彩な花が舞い上がり舞い散るその丘は、彼女達だけの世界。
その2人だけの世界で、蟲の王様は日傘を持った花の妖怪の膝を枕に、少しだけうとうとしていた。
「黒猫って……橙のことだよね?」
眠そうな目を向けながら首を傾げるリグルに、幽香はくるくると日傘を回しながら頷く。
「ええ、貴方に用があったみたいだけど、いなかったから私に裸でリボンな技を聞いてきたわ」
「ふーん、橙が幽香にそんな事を………………裸にリボン?」
訝しげな顔になるリグル。
その顔が面白いのか、幽香はリグルの顔を見下ろしながら楽しげにくすくすと笑う。
まるで悪戯が成功した子供の様な楽しげなその顔に、リグルはもしやと思う。
膝枕という体勢状。どうしても見上げる形になるリグルは、どういう事かなと目で幽香に問いかける。
「ええ、あの黒猫、真剣に聞いてくるから私も興が乗って真面目に教えてあげたわ」
「……裸にリボンを?」
まさか教えていないよね?
リグルは期待を込めて幽香を見上げる。
「ええ。とても丁寧に細部まで詳しく教授してあげたわ」
すぐにでも橙を止めに行こう!!
そう決意して、がばりと起き上がろうとするリグルの頭を、幽香はやんわりと抑えて、その身体をするすると花で拘束する。
その時の幽香は、それはそれは良い笑顔で、凄い楽しそうだった。いきいきと輝いている。
それとは対照的に、リグルは情けない顔で花に抑えられていた。
「……幽香?」
「もう大分遠くに行っただろうから、今から追いかけても無駄だと思うわよ?」
「……むぅ」
「ふふっ。それに私を残して何処かへ行こうだなんて、本当にいい度胸ねリグル」
「……はぁ。本当に相変わらずだよ幽香は」
この場から離れるのは無理だと理解して、リグルは幽香の膝に大人しく頭を預ける。
幽香の膝の上は柔らかかくて、微かに花の香りがして、とても居心地がいい。
「賢明ねリグル」
幽香は大人しくなったリグルの頬を、その白い指先でなぞりながら微笑む。
それからリグルの頬を伸ばしたり撫でたり抓ったりしながら、幽香はそういえばと付け足す。
「どうやらあの黒猫。大好きな主に自分をプレゼントするって計画らしいわよ?」
「主に、自分をプレゼントって……」
リグルは「ああ、またか」という表情で頭痛を堪えるようにこめかみを抑える。
「心当たりでもあるの?」
「うん。橙ってさ、いい子だし素直なんだけど……環境が悪いのかおかしな知識ばかり持ってるんだよね……」
今回も、多分その知識を活用した結果だろうと、リグルは頬を伸ばされながら疲れた口調で言う。
ふーん、と幽香は納得した様に頷く。
「それじゃあ仕方ないわね。あの黒猫が八雲の関係者である限り、生きながら腐って糸をひいても誰にも責められないわ」
「………」
辛辣すぎだ。とリグルは思った。
「……幽香って、前々から思ってたけど八雲の関係者には本当に容赦ないよね」
「いやね。そんな事はないわよ」
ぐりぐりと頬を指先で突かれているリグルは、それでも尚疑い深そうな目を幽香に向ける。
「……じゃあ聞くけど、橙が『裸でリボンな技』を本当に聞きに来たわけ?」
幽香はにこりと笑う。
不自然に綺麗な笑顔だった。
「ええ『リボンを使って自分をプレゼントするにはどうすればいいんですか?』と聞きに来たわ」
リグルはにこりと笑う。
「やっぱり裸でリボンなんて一言も言ってないね。純粋な子供で遊ぶなこら」
幽香はとても綺麗に笑う。
「馬鹿ねリグル。リボンでプレゼントなら服はいらないわ。常識よ」
リグルはこめかみに青筋たてて笑う。
「何処の腐った常識だよそれは?そんな常識は今すぐ棄てて下さいルーミアの胃袋にでも」
幽香は、そこでまた何かを言い返そうとして、
ぷっ。……くすくすくすくす。
と、リグルの反応が面白くて仕方ないとばかりに、絶え間なくくすくすと笑いだした。苛めっ子の顔でリグルの頬をぐにぐにと引っ張りながら。
凄い楽しそうだなとリグルは頬を極限まで伸ばされながら思う。やっぱり彼女は真正の苛めっ子だ。
それに困ったことに、その幽香の笑顔にリグルは怒る気が完全に失せてしまって、やれやれと頭を動かす。
惚れた弱みは恐ろしいと彼女は思った。
「あら?」
静かになったリグルに、どうしたのかと顔を近づけてくる幽香。それにリグルはこほんと咳払いをして、真面目な顔になる。
「あのね幽香。あんまり嘘……ではないかもだけど、子供に悪影響な知識を教えたら駄目だよ?」
「どうしようかしらね?」
にやにやと意地悪く笑う幽香に、リグルは彼女にしては珍しい真剣な顔になる。
「駄目ったら駄目です」
「ふーん」
「王様がお姫様にお願いしています」
「あら、それなら聞かない訳にはいかないわね。そうね、貴方のその素敵な台詞とお顔に免じて、今回は大人しく聞いといてあげるわ」
むぎゅっと、リグルの鼻を摘んで、幽香はふわふわと花の雨の中微笑む。
「……ありがとう」
絶対に、素敵なお顔とか思ってないなとリグルは感じた。
「あ。それで橙はどうしたのさ?」
「リボンの色を紅魔館に相談しに行くって、凄い勢いで飛んで行ったわ」
「……そっか。それにしても藍さん。今回も、本当にもの凄くごめんなさい」
ふっと遠い目になるリグル。
幽香はそんなリグルの頬を、ぷにぷにと飽きることなく笑顔でまた弄り始めた。
黒猫の足跡をたどる。
新しい足跡は、また新しい足跡を生み。
次は、彼の悪魔が住む紅い館。
紅き魔が住む館の門前で、彼女は手にしたそれを微笑ましげに見つめている。
それの一つがひらひらと彼女の手から覗いて見えて、
その様子を館の中から見つけた彼女は、気になったから時を止めて彼女の前に。
「何を見ているの美鈴?」
「あ。咲夜さん」
ぱっ、と突然目の前に出現する咲夜に、いつもの事と驚かず、彼女、美鈴は微笑む。
「これですよ」
「?」
差し出されたそれを見て、咲夜は目を細める。
「……リボンね。それも大量の」
多彩な色のリボンがそれはもう山盛りに、美鈴の両手の中に積まれている。
「どうしたのそれ?」
「ええ、頑張って集めて、それで選んでいたんですよ」
「?」
にこにこと笑う美鈴。その笑顔は本当に優しくて、咲夜は首を傾げる。
「だから、黒に映える色がいいってちょっと助言したんです」
「黒?」
「ええ、彼女は黒ですからね」
「?」
更に首を傾げるメイド長に、美鈴はにっこりと微笑んで、一つのリボンを抜き取る。
「プレゼントに沢山の気持ちが篭っていれば、それだけでそれは貰える人の特別になる、なんて、余計なこと言っちゃいました」
美鈴は、今度はちょっと苦笑して「それで、これはそのお礼に貰ったんです」と、先程抜き出した一つのリボンを咲夜の頭にするりと結ぶ。
「あ」
驚いて固まる咲夜。だけど美鈴は気にせずに、片手の指先だけで器用に彼女の頭に蝶を咲かせる。
「うん。咲夜さんにはやっぱり赤が似合いますね」
「……っ」
きゅっとリボンを作られて、それを満足そうににこにこ笑って見つめる美鈴に、咲夜は目を見開いて驚いて、それから少しだけ微笑んだ。
「美鈴」
「はい?」
「貴方だって、似合う色があるわ」
「え?」
先程のお返しよ、と小さく呟いて、メイド長はどこか楽しそうに、だけど意地悪そうに口元を緩ませて、
するりと、美鈴がもつリボンの山から銀色のそれを抜き出した。
「これが、きっと貴方に一番似合うわ」
笑顔で、きょとんとする美鈴の首に、それを巻こうと指先を伸ばし、そこで。
「ピッ」
という鳴き声。
がつん、と指先に感じた痛みと衝撃で、リボンが落ちた。はらひらとリボンが地面に落ちる。
「……………………………」
「ピッ」
美鈴の肩には、誇らしげな小さな白い鳥がぱたぱたと羽を動かしていた。
この鳥、いやがったのか。という顔で咲夜はナイフを取り出す。
「ああ、貴方にもあげるね」
「えっ?!」
「ピッ」
驚愕の咲夜の様子に気づかずに、美鈴はにこにことまたリボンを一つ抜き取る。
美鈴は機嫌よく笑って、あろうことか赤いリボンを、咲夜と同じ色のリボンを、白い鳥の首にきゅっと優しく巻く。
純白の小さな鳥に、それはあつらえたかのように似合っていて。
「うん。凄く似合うよ」
「ピッ、ピッ!」
「あははは。喜んでくれて嬉しいよ」
「……くっ!」
悔しいけど本当に似合っていると咲夜も思って、それなら自分は如何だろうと少し不安になる。
「ピッ、ピッ!」
すりすりすりすり。
「…………」
だが、美鈴の頬にすりすりする白い鳥を見ていると如何でもよくなってきた。
彼女は、とても凄い顔で白い鳥を睨んでから、まるで宣言するように紅魔館の中にまで聞こえるように声を張り上げる。
「今夜の夕食は鶏肉のフルコースよ!!」
赤いリボンを付けた可愛らしい咲夜のそれに、美鈴は「えー、最近ずっと鶏料理ですよー」と不満の声をあげて。
その肩の上で、白い鳥が嬉しそうに赤いリボンを揺らしてぱたぱたとしていた。
そういえばと、白い鳥は思う。
あの天敵の猫の妖怪は、今度は白玉楼に行くと言っていたけど、死んだりしないんだろうか、と。
足跡はまだ続く。
新しい足跡は、まだ続いていく。
今度は、半霊と幽霊のお嬢様が住む。静かな屋敷。
ふわふわと、
半分の自分が飛ぶのを何となく目で追って、彼女はお盆に今日のおやつを乗せて歩く。
「幽々子様ー。おやつですよー」
「は~い」
ほわほわと蕩けそうな笑顔で彼女はやってくると、すぐにお盆の上のお饅頭に手を伸ばす。
「おいひいわ」
「それは良かったです。里で最近人気のお饅頭なんですよ」
行儀がいいとはとても言えないが、主のその嬉しそうな笑顔に妖夢は満足そうに幸せそうに笑って、そのまま二人で縁側に座る。
「あの子も紫も残念ね~。もう少し待っていればおいしいお饅頭が食べられたのに」
もぐもぐと、お嬢様は幸せそうに饅頭をほおばる。
「え?あの子とは?」
「紫の所の黒猫ちゃんよ」
「ああ」
そういう事ですかと、妖夢は頷いて自分の分のお饅頭を食べる。
「橙が来ていたんですか?」
「ええ、あの子ったらね。ふふっ。紫も一緒にってお願いに来たのよ」
「紫様にお願い、ですか?」
幽々子の所に遊びに来ていた紫を、橙が訪ねてきた。そこは分かる……
「……んー」
むぐむぐとお饅頭を食べながら、妖夢は首を傾げる。
橙は、どうして自分の主の藍ではなくて、その主の紫に直接お願いをしよう等と思ったのかと、妖夢は不思議に思ったのだ。
「ふふっ」
その妖夢の様子に、幽々子は「それがね」とふわふわ笑う。
「あの子ったら『リボンでプレゼントは、私一人だけじゃ気持ちが足りないと思うから、紫様も一緒にお願いします!』ですって……うふふ」
「プレゼント?」
リボンで?一緒に?
どうもよく分からないけど、橙は藍の為に何かをプレゼントしたいんだなと理解して、妖夢は優しく目を細める。
本当に仲がいいなぁと、心が暖かくなる。
「それは素敵ですね」
「そうなのよぉ」
幽々子はころころと、本当に楽しげに笑っていて、その様子に妖夢は嬉しくなる。
「どうやらね、紅魔館の門番に、プレゼントはその人の好きな物は勿論だけど、それ以上に気持ちが沢山篭っていると、貰う人はもっと嬉しくなるしもっと喜ぶって、そんな風に教えて貰ったんですって」
「成程」
確かに、気持ちが篭っていると余計に嬉しくなると、妖夢は頷く。
「だからね。……ふふふっ。あの子ったら紫に『紫様も一緒だったら、藍様の好きな人だし気持ちも篭るしいいと思うんです!』って、真剣にお願いしていたわ」
「はあ、そうなんですか」
妖夢は、それは微笑ましいなぁとお饅頭をもう一口食べる。
紫は何気に、藍と橙に甘くて優しい所があるから、きっと断りきれないだろうと妖夢はにこりと笑う。
それと同時に、それにしても何をプレゼントするんだろうなぁと不思議にもなった。
「ふふふっ。紫のあんな顔はとっても久しぶりに見たわ♪」
「?」
「まあ、裸でリボンは恥かしいわよね」
「は?」
どうしてプレゼントで裸?
疑問満載の妖夢の表情に、幽々子は優しく微笑む。
「そうね。妖夢にはまだ早いわ」
「そう、なんですか?」
橙には早くないのに自分は早いと言われて、ちょっとだけ納得いかないなぁと妖夢は思った。
「ええ」
だけどそんな妖夢の心境を気にもせずに、幽々子はにこにこしながら饅頭を食べて、それから「はい」と妖夢にビンに入った蜂蜜を差し出す。
「?」
「あのね妖夢」
「はい、幽々子様」
「私はリボンより甘いのがいいわ」
「?」
「だから、意味がわかったらこれでプレゼントしてね」
「?わかりました」
よく分からないけど、それが幽々子様のお望みならと。
妖夢は蜂蜜のビンを大事に受け取って、意味が分かったいつかの為に、それを大事に閉まって置こうと心に決めて、大切に胸に抱くのだった。
それを幽々子は「楽しみねぇ~」と本当に楽しみにしている顔で微笑んで見つめてから、お饅頭に更に手を伸ばす。
「今頃は、あの子も紫も、マヨイガで準備をしているんでしょうね~」
幽々子は、くすくすくすくすと、妖夢も思わず楽しくなるぐらいに、声に出して笑っていた。
そこで、
彼女は目を開ける。
ようやく、あの子を探せたと微笑んで。
里の外れにある。一人で住むには少し立派すぎる家の中。
「……ああ、分かったぞ」
そこでこの家の主は、ゆっくりと頷いた。
「本当か?!」
彼女、上白沢慧音に八雲藍は詰め寄る。尻尾がびびんっとその言葉に反応していた。
「ああ」
それに慧音は頷いて、ちょっと疲れたのか目元を擦る。
「……どうかしたのか?」
「んむ。ちょっと無理をしたな。彼女は相当に色々な所を回っていたので、たどるのに苦労した」
「うっ。それはすまない」
「いや、元気なのはいい事だ」
慧音は微笑んで、申し訳なさそうな藍から、台所の方へと視線を移し、優しげに見つめる。
そこから派手な音と声が聞こえてくる。
「薬師ぃぃぃぃ!!」
「だ、だってしょうがないじゃない!出来ちゃったんだから!」
「あら、本当に目が付いているのね。この茄子」
「お前は慧音にまたこんなの食わす気かよ?!」
「あ、貴方のだって前と変わらず墨じゃないのよ!」
「本当に見事な墨ね」
「なっ?!うるさい馬鹿姫………って、嘘っ?!」
「えっ?……って、そ、そんな?!」
「……何かしらその驚愕の目は?料理ぐらいできるわよ。普通に」
「嘘だぁぁぁぁぁ!!」
「そ、そんな馬鹿なっ?!」
「待ちなさい妹紅。そして永琳?」
「し、しかも上手い。まずくない……そ、そんな馬鹿な事が」
「なっ……そ、そんな事が有り得るというのっ?!だって姫よ?!」
「………貴方達が今まで私をどんな目で見ていたのか興味が湧いたわ」
慧音は満足そうに頷く。
「うん、元気なのはいい事だ」
「………………」
藍は、お前の感性は色々おかしいんじゃないか?と突っ込むべきかちょっと迷った。
「と、とりあえず。橙はどこにいるんだろう?」
だが、仮にも手助けをしてくれている慧音に、そんな失礼な事は言えないと藍は口を噤み、先程から気になっている事を尋ねる。
そう、藍は、朝から姿の見えない橙をとても心配していた。
それはもう、胸が張り裂けんばかりに心配して混乱して、ちょっと暴れてしまうぐらいだった。
「うぅ。橙……」
いつもなら書置きをきちんと残してから出掛けて行くのに、今日に限ってそれもなく、お昼にも帰ってこないと、心配になった藍は幻想郷中を走りまくって、そして慧音の存在を思い出し、歴史をたどって橙を探してくれないかと頼みに来たのだ。
その時。
慧音は口を滑らせて「彼女なら朝早く家に来たぞ」とうっかり教えてしまい「何だとそれはどういう事だ?!」とばかりに興奮した藍にがくがくと揺さぶられるなど、ちょっとした一悶着あったが、慧音に「彼女の歴史をたどって見つけてやるから落ち着け」と宥められて、藍はこうして大人しく座っていた。
というか、猛省して何度も頭を下げていた。
慧音は気にするなと手を振りながら、過保護すぎだなぁ、と僅かに苦笑する。
そして慧音は、橙が家に着てからその後の歴史をたどり、その行方を捜していた。
「うむ」
橙の行方をすでに知っている慧音を、藍は懇願するように見つめる。
慧音も勿体ぶる様な真似はせずに、すぐに藍に答えを教える。
「大丈夫だ。彼女はすでに家に帰っている筈だ。紫殿も一緒にな」
「え?紫様も一緒なのか?」
橙が家に帰っていると聞いてほっとした藍だが、紫も一緒だと聞いて不安になる。
もしかして、橙が何かトラブルに巻き込まれて紫様に助けられたのではと、そんな不吉な想像をしてしまう。
「慧音殿……あの」
「大丈夫だ。貴方の考えている様な事態は起こっていない。歴史を見た私が証言しよう」
「そ、そうか」
再度ほっとする藍に、慧音は微笑む。九つの尻尾も緊張が解けてへにゃりとしていた。
「早く帰ってあげるといい」
「え?」
藍は、その慧音の優しい声色に顔を上げる。
「彼女は、貴方の為に頑張っていたようだからな」
「?私の為、とは」
「それは内緒だ」
全てを知る慧音は、柔らかく微笑んで、藍にお土産だと油揚げを差し出す。
「あ、いや。迷惑をかけた上に土産を貰うなんて」
「気にするな。……ふむ、そうだな。それでは貴方の式の歴史を勝手に覗いた、愚かな半獣の罪滅ぼしだと思ってくれ」
「……うっ」
そもそも、橙の歴史を探してくれと頼んだのは藍だ。思わず呻いてしまう。慧音も分かっているらしく、素直に受け取れと油揚げを差し出す。
「これでおいしい夕食でも作ってあげればいい」
「……重ね重ね感謝する」
藍は、そこで、
やっと少しだけ笑った。それに慧音は満足げに笑って頷く。
「あらすごい。八色のお米ね」
「薬師ぃぃぃぃ!!そこをレベルアップしてどうするんだよ?!」
「な、何故っ?!どうしてこうなるの?!」
「あらすごい。素敵な墨ね」
「くっそぉぉぉぉ!!」
「何をしても墨になるのね貴方も……」
「あらすごい。流石は私ね」
「……ぐっ!!」
「………くっ……」
「……あのね、私も口の端から血を流すぐらい本気で悔しがられると傷つくのよ?」
台所の惨状が凄い事になっているらしい。
藍は青い顔でこくこくと頷く。
「美味しい夕飯を作ってあげようと思う!全身全霊で!」
「ああ、その意気だ!」
「……よかったら今夜は家にくるか?」
「いや、今夜は彼女達が夕飯を作ると頑張っているからな。遠慮しておこう」
爽やかに笑う慧音。そこにやましさは全然なかった。
「……一言いいか」
「うん?」
「……貴方の感性はおかしいが、貴方は偉大だと思う」
「?ありがとう」
こうして、藍は油揚げをもってマヨイガへと帰っていった。
それを慧音は見送って、うんうんと頷く。
「仲良き事は美しき哉」
黒猫の頑張りは、きっと狐の彼女に届くだろうと、慧音は優しい気持ちで家の中に入る。
自分をプレゼントするなんて、相当に愛されているなと思いながら。
藍の言葉通り、慧音の感性は少しだけずれていた。
足跡をたどるのはお終い。
たどらなくても、あの子は貴方を、あの家で待っている。
慧音はそっと、あの子をたどった歴史を閉じる。
藍は、
まずマヨイガの我が家の前で深呼吸をしていた。
「……よし!」
橙が黙って遊びに行った事に関してはきちんと注意するつもりだが、慧音が、それは自分の為だと教えてくれた。
黙って出かけた事がどう自分に関係あるのかはまだ分からないが……
「とりあえず。おいしい夕食を作ってやらねばな」
それがお節介な半獣の助言だ。
藍は苦笑して、よしっ!と気合を入れて扉に手をかける。
ガララッ。
「おかえりなさい藍様!」
「………お、おかえり藍」
美味しい夕食を作ろうと。心に決めていた藍が、我が家に入って最初に見たものは、
何故か玄関に並んで座る。リボンだけを身に纏った自分の主と式だった。
「…………タダイマ?」
藍は混乱して片言になった。
にこにこと、そんな藍を気にせずに、橙は満面の笑顔で黄色いリボンだけを、その細くてまだ成長しきっていない身体に巻きつけていた。二又の尻尾が機嫌良さげにふりふりしている。その尻尾にもリボンが絡まって、あんまり動かすと大変な事になりそうだ。
「藍様!私頑張りました!」
「ええ、橙は頑張っていたわ………私が断れないぐらいに………」
「…………ハイ?」
いや、あの。
これはどういう事でどんな状況ですかと、藍は笑顔のまま硬直。
そんな藍の主は、橙より細めの紫のリボンをその白い肌にきつめに巻いていて、そのせいで肌がうっすらと赤くなっている。その赤い肌と瑞々しい裸体を隠すように、彼女には似合わない及び腰で、固まる藍を睨みあげる。……本気で恥かしいのか、ちょっと涙目で。
「―――――?!」
藍。やっとの事で現状を把握した。
ちょっと待てぇぇぇぇ!!??
慌てて鼻を抑えて、藍は玄関の扉をガシャンと閉める。
こんなとんでもなく素敵、じゃなくて大変な光景を間違っても誰かに見られては勿体無い、じゃなくていけない!
「ち、橙にゆゆ紫様っ?!こ、これは一体」
尻尾が全部逆立って、藍は真っ赤な顔で視線を精一杯斜め上に逸らす。
「はい!藍様」
そんな藍に、橙はきっとした顔で頷くと、自分を包むリボンを藍に近付いて握らせる。
「………はい?」
「どうぞ受取って下さい!」
「受け取るって、リボンをか?」
「いえ私を!」
……。
藍、思わず紫を見る。
紫は目を逸らした。
「藍様に私をプレゼントです!優しくして下さい!」
橙のまたとんでもない発言が出た。
もしここに彼女の友達のリグルがいたなら、きちんと丁寧に、そして完璧なフォローをいれてくれたのだろうが、今彼女は花の妖怪とイチャつき中につき無理な相談だった。
「な、なぁぁぁ?!」
「どうぞ!」
「ど、どうぞって私にどうしろって言うんだお前はぁぁぁぁ?!」
「藍、覚悟を決めなさい!」
「紫様っ?!」
「橙が一生懸命に考えて、そして私まで巻き込んで実行したのよ。責任を持って貰いなさい!」
「無茶を言わないで下さいよぉぉぉぉ!」
「それに」
紫は、橙に頼まれて断りきれなかった過去の弱い自分を激しく叱咤しながら藍を睨みあげる。
「………流石の私も、この格好でここにずっと放置されるのはきついのよ………早く何とかしなさい!」
「――――っ?!」
ちょっと弱々しげな台詞を言う紫に、藍は凄いダメージを受けた。
「藍様!」
「藍!」
「えぇっ?!い、いやあの、だって、というかあの半獣これを知ってた癖に教えなかったのか――――――?!」
この夜。藍は別の意味で主と式を手に入れた!
「おや?」
「あら、どうしたの慧音?」
「いや、先程誰かに恨まれたような気配を感じて」
「まあ大変。大丈夫よ慧音、そんな馬鹿は私が殺してあげるから怖がらなくてもいいわ」
よしよしと慧音の頭を撫でる月の姫。慧音はうーむと首を傾げて為すがままだった。
ちなみに、
「……ぐふぅ……め、目がぁ」
「………む、無念」
自分達の作った料理で死に掛けている二人の蓬莱人。
心底情けなくて、輝夜はそれから目を逸らしていた。
どうやら死にそうで死ねない。そんなぎりぎりの所にいるらしい。
「……慧音はよく無事ね」
「ああ、あれから何度かご馳走になっていたからな。内臓も鍛えられた。今なら吐血だけですむ」
「そうね。お願いだから食べないで」
本当に血を流している慧音に、輝夜は笑顔ではっきりと言う。
そしてやれやれと肩を竦める。
「ああ、そうだ輝夜殿」
「なぁに?」
「どうして最近。貴方達はリボンを全身に巻くんだ?裸で?」
輝夜は、
ちょっと頭が痛くなる。
「慧音」
「ああ」
「貴方の感性は、どこかずれているわね」
「?最近はよく言われるな」
何故だろうと慧音は考える。
「しかし、裸にリボンというのが今幻想郷でも流行っているのだろうか?」
「ええ、そんなお馬鹿な所も愛しているわ」
「?」
馬鹿と言われて、慧音は更に考える。
「どうしてそれが流行っているなんて思えるのかしらね………私はともかく。妹紅も永琳もちょっと捨て身だったのに」
「うん?いや、外の世界の人間達の歴史に、そういう格好をした女性の姿が所々にあったのでな」
輝夜は、うん?とそこで首を傾げる。
「どうして幻想郷内で外の歴史が分かるのよ?」
「うん。それなんだがな。魔法の森の外れに店があるのは知っているだろう?あそこには外の品も存外揃っていてな。そこの道具の歴史を覗くと、よくそういう光景が見えるんだ」
「………どんなマニアックな品よ」
輝夜は「貴方はどうして人間のそういう所も受け入れるのかしら?」とか「もっと疑問をもってお願いだから」とか「私に突っ込みをさせるなんて流石は慧音ね……」とか呟いてから嘆息して、食後のお茶を優雅に飲む。
その光景に。
最近はよく見られるようになった光景に、慧音はまあいいかと、裸でリボンの事を忘れる。
そして、
慧音は彼女にだけ見える。歴史という膨大なそれを少しだけ覗いて、すぐに閉じた。
とりあえず、今日の歴史も、幻想郷は概ね平和だという結論に到り、平和を愛する半獣は満足そうに目を細めて微笑んだ。
どのキャラも素敵すぎで面白かった。りぐるんは膝枕堪能中ですか…うがぁー!
題名も含めてあんたは最高だ!(≧∇≦)b
皆仲良しな八雲家があって、慧音は天然属性で、リグルと幽香はラブラブで、咲夜さんは白い鳥に嫉妬して、さりげなく料理の上手な姫がいる。
これは私にとってのサンクチュアリでエリュシオンでアルカディアです。
そんなニヤケ顔をしているに違いない俺がいる。
次の作品も期待しています。
過去投稿したSSの設定を持ち回しする場合は最初に注意書きを入れておいた方がいいかも。
今回の自分的なMVPは『アリスを超えた8色のお米』に決定したいと思います。
純朴とは、ここまで罪作りな物なのでしょうか。(笑)
それにしても、プライドと優しさの間でぐらんぐらん揺れる紫の姿を想像すると、もうにやにやが止まりません。
リグルとゆうかりんいいよ!いいよ!
いずれにしろ良いカップリング集でわないでせうか。
惜しむらくは七色魔法馬鹿な彼女が出ないことか。
今までの設定維持で正解ですよ。
次の作品も期待してます。
慧音だったとは
妹紅の墨は備長炭にレベルアップした
なにこの二人だけの世界。
盛り沢山で最高だよ!
アンタ神だ。
信じていますwww
え?年齢制限いやいや、これは食事です。決して性的な意味ではないのです
妖夢の蜂蜜がけ…なんて桃玉楼w
慧音……w
それにしても甘いぜ、甘ったるいぜ!最高だよこのけーねは!
相当タラシの才能があるなw
ニヤニヤしながら笑わせて貰いましたwww
書き手の愛が垣間見えるぜっ!!