蓬莱山輝夜は、藤原妹紅を愛している。
一途に輝夜を殺そうと、憎悪に歪んだ暗い瞳で、獣の様に咆哮する彼女を。
確実に輝夜を殺そうと、醜悪な炎を操り使役する、炎人の彼女を。
真剣に輝夜を殺そうと、自身を殺して血だるまになる、紅い彼女を。
永遠に輝夜を殺そうと、何度も死んで蘇る、自分と同じ狂った彼女を。
蓬莱山輝夜は、深く深く愛している。
そう、蓬莱山輝夜は愛している。
藤原妹紅の全てを愛している。
髪の毛一本から爪先までの全てを、彼女は愛している。
もし、藤原妹紅の銀の髪の一本に、誰かが触れたのなら、その無粋で身の程知らずの馬鹿の手を切り落とし、百に分解するぐらい、彼女は彼女を愛してしまっている。
そして、その深すぎる愛を行使し実行できる力が、幸か不幸か彼女にはあり。
藤原妹紅が愛する全てを愛せる、理解と優しさすらも同時に持っていて。
そんな、
狂気と呼んでもいい、どこまでも深くてまっすぐな歪んだ愛を、
美しき月の姫は生まれながらに持っていた。
そしてだからこそ。彼女の愛し方は、少し違う。
綺麗な声で、
彼女は始まりを宣言する。
彼女の為に、そして彼女の為を考えて、この日この夜この場所で、
始めようと思った。
「そうそう、慧音、愛しているわよ」
彼女は、まるで今思い出したという軽い口調で、だけど、そんな口調では誤魔化せない愛しさを滲ませた声色で、鈴の音が霞む、そんな綺麗な音でそう言った。
カチャン、と、
箸が落ちた、そんな乾いた音が僅かに響く。
急激に室内の温度が下がっていくのを感じて、それが彼女には面白くて楽しくて、顔には出さないけど内心とても心躍らせて。
「む?」
もぐもぐと、愛していると言われた上白沢慧音。
永遠亭にお呼ばれされていた慧音は、永遠亭の主の言葉に顔をあげる。
煮物をじっくりと味わって食べていたのだが、輝夜の突然のそれに思わず飲み込んでしまう。
そして暫し考えて、
「……む?」
疑問そうに顔をしかめて、慧音は月のお姫様を見つめる。
愛しているわよ。と言われた。
普通に考えれば愛の告白だが、慧音はそうは思わない。
違うと知っているから不思議で、考える。
慧音は深い知性を瞳に潜ませた、だけど決して不快ではない、そんな瞳を輝夜にむける。
「ふふっ」
そして輝夜も、それに応えるかの様に艶やかに微笑み、慧音を宝石の様な黒い瞳で見つめ返す。
「………」
「………」
暫し、二人はただ見つめあう。
数瞬後。慧音は納得したのかしなかったのか、だけど確かに「うむ、了解した」、と頷いた。
そして、
「好意に感謝する」
何故か、慧音は少しだけ照れくさそうな顔で笑った。
「――――っ?!」
ぎょっとした顔をする二人の女性の気配に、輝夜は吹き出したいのを堪えて、にっこりと邪気なく笑う。
「ええ、それと慧音も私を愛してね?片思いは嫌いなの」
「そうだな、努力する」
躊躇なく慧音がそう返すのを、輝夜は満足そうに受け止めて、それじゃあこの話はお終いねとばかりに食事を再開する。
「しかし上手いな。この煮物」
「おいしいでしょう?イナバは料理が上手なのよ」
「そうか」
かちかちと、箸と食器のあたる小さな音と、慧音と輝夜の会話。それが暫し部屋を満たして、
「慧音っ?!」
ぐわしっと、慧音の隣で食事をしていた藤原妹紅が、慧音の腕を勢いよく掴む。
勿論。彼女も永遠亭にお呼ばれされていた。というか、彼女が慧音を一人で来させるなどありえなかった。
「………!?…………!?」
そして、ぱくぱくと口を開いたり閉じたり繰り返しながら、輝夜の服の裾を凄い勢いでぐいぐい引っ張る輝夜の隣で食事をしていた八意永琳。
……ふっ。
この時。
輝夜が笑んだ事に、いつもとはまるで違う微笑を浮かべた事に、妹紅も慧音も、永琳さえも気づかなかった。
その瞳に、鋭く鈍い輝きを潜ませて、彼女はうっすらと笑う。
そう、彼女は笑う。
これから作る。自分の未来を掴む為に、これから行う、その為の全てに想いを馳せて。
「あら、どうしたの永琳?」
「ひ、姫。今の会話は、ど、どのような、意味なのでしょう?」
先程の笑みなど消し去って、不思議そうに永琳に振り向く輝夜。だが、それに動揺した永琳は気づかない。
所々噛んだり外したりしながらもやっと台詞を言い終える永琳を、輝夜は愛しげに見つめる。
その、慧音が絡むと一瞬で乙女になる従者を、輝夜はとても気に入っているから。
だから、意地悪にもにっこりと微笑んで、輝夜は気まぐれの猫みたいな仕草で永琳の耳に囁く。
「慧音って、可愛いわよね」
「……っ」
永琳の顔がさあぁぁっと青くなる。
「永琳のお気に入りだし、ね」
青い顔で、それでも僅かに微笑むように努力している永琳は、とても可愛くて、輝夜はぞくりとする。
輝夜は知っている。
永琳が、恐れている事を。
あくまで永琳は輝夜の従者。永遠の下僕にして永遠の共有者。
その、絶対の存在である輝夜に、もしも「慧音を頂戴」なんて言われたら、自分はどうするのかと、永琳が悩んでいるのを、輝夜は知っている。
知っているから、そんな言葉は言わない。
輝夜は永琳も、妹紅とは違う意味で深く愛しているから、本気で狂わせるような意地悪はしない。
だけど、
狂わない程度の、意地悪はしたい。
「ねぇ、永琳。私に――」
「こら」
と、そこでひょいっと輝夜は持ち上げられた。
「あら?」
飛んでいるわけでもないのに地面が遠い。
その感覚にきょとんと目を開きながら、同じくきょとんと、いや、驚いた顔で輝夜を見上げる永琳と目が合う。
この中で、輝夜を持ち上げられる力を持っているのは、慧音だけ。
輝夜より少し背が高いだけの癖に、慧音は軽々と輝夜を持ち上げて、永琳から離す。
「あんまり苛めるな」
「はーい」
素直な返事が口から出たことに、誰あろう輝夜自身が驚く。
「よし」
慧音は頷いて、ひょいっと輝夜を妹紅の隣に座らせる。
「先生は永琳殿と話があるから、二人は喧嘩しないで仲良くするように」
「はーい」
「慧音っ?!」
冗談めかしてそう言う慧音に、輝夜は楽しげに、妹紅はぎょっとした声で、それぞれ返事をする。
「よしよし」
思わず二人の頭を撫でて、慧音は永琳の所へと戻っていく。
「…………」
撫でられた頭に、そっと触れて顔を赤らめる妹紅を、輝夜は愛しげに見つめて、
「嬉しそうね」
からかう。
「なっ?!」
「もう、もこたんたら可愛いんだからー」
つんつんつんつんと、妹紅の頬をつついて、慧音に注意されているから手が出せないと分かっているから、更に煽るように意地悪に笑う。
「ぐっ、こ、この女……」
「慧音先生の言う事だったら何でも聞いちゃうんだからー」
「やかましいぞこら!」
「ねえねえもこたん」
「黙れ燃やすぞもこたん言うな」
がるがると唸る妹紅に、輝夜は楽しげに微笑んで見せて、
「私は貴方を愛してるわ」
不意打ちをする。
「きっと、永遠に」
きっと、終焉まで。
きっと、死んでも蘇る。
万感の想いを込めて、蓬莱山輝夜は告げる。
「ねえ、妹紅。貴方はどう?」
優艶と笑う彼女に、妹紅はただ目を細めるだけ。
怨敵の告白に、ただ冷たい目を向けるだけだった。
「……馬鹿か?」
「ええ、馬鹿よ」
「私は慧音が、きっと永遠に好きなの」
「知ってるわ」
妹紅は、彼女にしては珍しく、輝夜にきちんと応え返す。
それが、今はそれだけでも嬉しいと言いたげに、彼女はふにゃりと頬を綻ばせて膝に少しだけ顔を埋める。
「ねえ妹紅」
「あ?なんだ馬鹿」
「私、慧音も愛しているわよ」
「あっ?!」
がばっと、勢いよくこちらを威嚇する妹紅に、輝夜は可愛いなぁと本当に思う。
だって、
「貴方が、一番に愛している人だもの」
愛する人の、全てを、思想も、好みも、本当に全てを愛せてしまう彼女は、
愛しげに、永琳と話し込む慧音を見つめる。
「輝夜……殺されたいのか?」
「短気ねもこたん」
もっと、周りに目を向けて広い心を持ちなさいと、輝夜は思う。
気づきなさい、と。
慧音は、貴方の気持ちにも、永琳の気持ちにも気づいていない。
慧音は、私の気持ちには気づいている。
蓬莱山輝夜が、藤原妹紅を愛していると知っている。
「………まあ、気づいたら残酷ね」
「はぁ?!」
優しい貴方は、私と妹紅の仲を祝福してくれるんだろう。
そして今、永琳とそんな話を、それに近い話を、本人達の目の前で、真面目に話しているんだろう。
分かるわよ。
だって、貴方は永琳とそんな話か、里の人間の為の話しかしないもの。
貴方から、世間話をする事がないことを、私は知ってる。
ほら、永琳の顔が、少しだけ悲しげに、泣きそうに歪んで、それでも綺麗に笑ってる。
酷い人。
「ねえ、もこたん。あの二人やけに話が長くないかしら?」
「……そうだな。けーねもあんな薬師となにをそんなに」
「愛が含まれてたりして?」
「絶対にそれはない!」
怒鳴る妹紅に、慧音が「お?」と顔をあげて、それからやれやれと苦笑する。
その様子に妹紅はうっすら赤くなり、私は微笑む。
酷い人。
だから。
輝夜は考えた。
どうすれば、この酷い人から愛されるのか。
「もこたん」
「いい加減にしないとその舌抜くぞ?」
「私ね。考えたのよ」
「ああそうかよ。それは良かったな」
そう、輝夜は考えた。
輝夜は、愛を与える人だから。
愛する人を、幸せにして、その幸せで溺れさせてしまう様な人だから。
許せなかった。
愛する妹紅が、失恋するなんて、とても許容できなかった。
愛する妹紅は、私の手の中で、永遠に幸せにすると決めている。
だから、
月の姫は、永遠の姫は、満月の下で誓ったのだ。
愛する妹紅と、そして永琳に、彼女達が愛する少女をプレゼントしようと。
永遠を添えて。
だって、愛しているんですもの。
妹紅も永琳も、種類は違えど、蓬莱山輝夜が一番に愛を注ぐべき愛しき存在。
その二人の為ですもの。
だから、ゆっくりと始めた。
大丈夫。時間ならそれこそ大量にある。
あの少女がいくら酷くても、あの子は約束した。私を愛する努力をすると。
唯一の不安は、あの少女が大人しく蓬莱の薬を飲んでくれるかどうかという不安だけ。
「輝夜?」
訝しげな瞳をむけ妹紅。
輝夜は、妹紅を狂うほどに愛している。
愛という深い意味を持つ言葉を、多用して価値を下げてしまう位に、それを構わないと思えるぐらいに、
狭愛している。
今だって、我が手で殺したいと思うほど。
「もこたん」
「殺す」
「永遠に愛してる」
「死ね。私は永遠に大嫌いだ」
つれない彼女に、輝夜は嬉しげに微笑んで、ゆっくりと瞳を歪ませる。
輝夜は妹紅を愛してる。
一番に、
貴方の為に、頑張ろうと思える。
だから、上白沢慧音。
優しい残酷な半獣さん。
私は貴方を愛するの。愛しい妹紅が、永琳が、貴方を愛するから、私も愛するわ。
だから、上白沢慧音。貴方も私を、私達を愛しなさい。
逃がさないわ。
今夜が始まり。
明日から、私は全力で貴方を堕とす。
貴方が妹紅を好きになるように、貴方が永琳を好きになるように、貴方が私を好きになるように。
永遠を生きる姫君が、全身で全霊で、貴方に愛を教えてあげる。
愛を与える事しかできない、悲しい半獣に、
愛される本当の喜びを教えてあげる。
「愛しているわ」
上白沢慧音。貴方に、永遠の愛をプレゼント。
狂気の姫君の愛は常人には理解できない。だから魅了されてしまう。
優しく残酷で酷い
自分達が全く似ていなくとても似ていることに、輝夜は気づいているのか
言魂ですね。
でも、なんというか深さは感じた
悪い話ではないと思う
だがそれが良い
«とある日のこと»
輝「慧音、蓬菜の薬を飲んで。」
永「な、何を言っているのです!?」妹「それは嬉しいけど、慧音を苦しませるのは嫌だ。だからやめろ輝夜!」
慧「喧嘩しないでくれないか?(困)」
輝・妹・永「はい!!」
という場面を思い浮かべてしまった。(苦笑)